病薬アワー 2013 年 10 月 21 日放送 企画協力:社団法人 日本病院薬剤師会 協 賛:MSD 株式会社 がん治療における薬剤師の病棟常駐が 他職種の業務に与える効果 九州がんセンター薬剤科 製剤主任 衛藤 智章 ●はじめに● 九州がんセンターの紹介をします。当院は福岡市にある病床数が411床、診療科23科、薬 剤師数19名の都道府県がん診療連携拠点病院で、九州で唯一のがん専門病院です。 平成24年度の診療報酬改定で病棟薬剤業務実施加算が新設されました。ここで改めて病 棟薬剤業務実施加算の概要を説明しておきます。薬剤師を全病棟に配置し1病棟あたり平 均週20時間以上の病棟業務を行っていれば、すべての入院患者を対象に週1回100点が加算 されます。 業務内容は、 ① 入院時の持参薬の確認と服薬計画の提案 ② 医薬品の投薬・注射状況の把握 ③ 2種以上の薬剤を同時投与する場合の相互作用の確認 ④ 患者等に対するハイリスク薬等の投与前の詳細な説明 ⑤ 医薬品安全性情報等の把握および周知、医療従事者からの相談応需 ⑥ 薬剤投与流量や投与量の計算 などが挙げられています。 当院は調剤業務や薬剤管理指導業務、抗がん剤調製業務をほとんどの薬剤師が兼任して います。そのため、平成23年度時点では全病棟に病棟常駐薬剤師を配置することができま せんでした。しかし、平成24年度になんとか1名の増員が確保できたため、同年11月から 試行的に婦人科病棟(50床)のみで薬剤師の病棟常駐業務を開始しました。当院の婦人科 病棟入院患者の治療目的は、化学療法、放射線療法、手術療法の大きく3つに分かれてい ます。 ●実際の業務内容について● まず持参薬の識別業務の充実を図りました。従来は実際の服薬状況の把握が困難であっ たことから、薬剤名の鑑別と代替薬の提案までしか行っていませんでした。今回から当該 病棟全入院患者の持参薬をすべて引き上げ、薬剤の用法、用量、残数、採用の有無、代替 薬の用法用量、術前中止対象薬剤の有無を記載した識別報告書を作成することにしました。 今回から術前中止対象薬剤を報告するようになって、手術目的の入院患者が抗血栓薬を 服用中であったため手術が延期になる事例がありました。多くの施設では外来で手術日が 決定するため、患者は手術直前に入院してくることが多いと思います。当院も同様ですが、 抗血栓薬服用中の患者の多くは外来中に服薬を中止する必要があります。したがって、こ のような指示漏れを防ぐために、婦人科医師と協議し術前中止対象薬剤一覧表を作成しま した。さらに手術予定患者用に案内リーフレットを作成し、使用中の薬剤をすべて医師に 提示するように注意喚起をした結果、以降、手術延期事例はありません。一番の対策は、 外来で手術が決定した患者は当日、薬剤師が介入して内服薬を確認するべきですが、当院 では人員を捻出することができないのが現状です。 次に、入院患者の投薬状況の把握や相互作用の確認についてです。この点は病棟常駐業 務開始前も行っていましたが、病棟常駐業務開始後は投薬状況を確認するにあたって、処 方箋だけでは見えない患者情報までより把握しやすくなったと感じます。たとえば腎機能 低下患者への薬物治療において投与量調節の必要性について患者の様々な状況を考慮して 医師と協議できるようになりました。 また、ハイリスク薬等の投与前の詳細な説明についてですが、現在は病棟薬剤業務実施 加算を算定していませんので、薬剤管理指導業務として行っています。当院の婦人科入院 患者の大半は化学療法目的ですので、少なくとも化学療法施行患者には全例介入して副作 用の状況を毎日確認するようにしています。そうすることで患者が主治医に相談しにくい ことも薬剤師を介して主治医に伝えることもできます。 このように入院患者のすべての持参薬や既往歴を確認することで化学療法との相互作用 を発見することもあります。たとえば、ワルファリンを服用中の患者にアプレピタントを 投与するとそれまでコントロールできていたPT-INRが変動することがあります。添付文書 には記載されていますが、主治医に定期的なモニタリングと用量調節を助言することもあ ります。また、化学療法ではステロイドや抗ヒスタミン剤を使用することが多いため、持 参薬で緑内障の点眼液を使用している患者には、主治医に相談のうえ眼科医にこれらの薬 剤の使用の可否について確認したこともあります。また当院はオピオイド投与患者も多く いらっしゃいますので、投与量やレスキューの調節を主治医と検討したり、オピオイドロ ーテーション時には、看護師の勤務体制と患者のアドヒアランスを確認して適切な切り替 えタイミングを主治医に提案することもあります。 その他に、看護師申し送りや病棟カンファレンスにも参加して、薬剤師の視点から患者 情報の把握と情報提供を行うほかに、医師や看護師から薬に関する相談を随時受け付けて います。 ●病棟の医師、看護師を対象にしたアンケート調査について● 病棟常駐業務開始1カ月後に婦人科医師と看護師を対象に、薬剤師の病棟常駐業務に関 する無記名のアンケート調査を行いましたのでその内容を報告します。 質問① 「持参薬識別報告の見直し」については、ほとんどのスタッフが「内容が把握しやすくな った」や「残数や服用方法の確認など持参薬関連の業務量が減りほかの専門業務に時間を 費やせるようになった」と回答しました。実際に看護師の持参薬に関連する業務時間も1 患者あたり10~30分程度かかっていたものが5~10分程度に短縮できていると感じていま した。また、医師からの回答には、代替薬の提案が役に立つという意見も多かったです。 当院のようながん専門病院の採用薬は、抗がん剤や支持療法薬の採用は充実していますが、 一方で循環器用薬や外用薬などの採用数は乏しいため、薬剤師からの代替薬の提案は有用 であると考えます。 質問② 「薬剤師が病棟に常駐することでメリットはありますか」という質問には、「すぐに薬に関 する相談ができる」「配合変化などの確認がしやすくなった」「患者により適した薬剤の選 択を他職種で検討できる」などの意見が多かったです。 質問③ 一方で「薬剤師が病棟に常駐することでデメリットはありますか」という質問には、調 剤室に残る薬剤師の負担を心配する声があった以外に特に意見はありませんでした。また、 病棟常駐業務開始前後それぞれ半年間の薬剤関連インシデント件数を調査しましたが、開 始前19件に対して開始後は12件に減少しました。 アンケート調査からわかったことは、薬剤師の病棟常駐によって特に看護師にとって持 参薬関連の業務負担が軽減されたようです。そのほかにも、薬剤情報の収集や副作用マネ ジメントを他職種とリアルタイムで意見交換ができることで、薬剤師から医師への処方提 案が迅速化されて、逆に他職種が薬剤師にいつでも相談できることで患者への対応が早期 化されていることを医師や看護師が感じていることがわかりました。また、他病棟への業 務拡大を望む声も多かったです。 ●今後について● 婦人科がんの化学療法では、消化器症状や末梢神経障害など様々な副作用が発現します が、そのなかには有効な対処法が確立されていなかったり、エビデンスが不足しているこ とがまだまだあります。病棟に常駐すると医師や看護師とのコミュニケーションの時間を 持つことができ、さらに患者からの相談を受ける機会も増えました。そこで出た臨床現場 の疑問を医師の協力のもと薬剤師主導で臨床試験を行えるようになりました。当院で行う 臨床試験の特徴は、がん専門病院ならではの症例数があり、他施設との共同研究も計画し やすい面があります。幸いに、当院は医師や看護師そして患者の協力が得られやすいため、 これからは婦人科がん治療においても、特に支持療法について薬剤師がエビデンスを発信 していきたいと思っています。 病棟常駐業務を将来にわたって持続させるためには、薬剤師はいままで以上に医師や看 護師とコミュニケーションをしっかりとり、他職種や患者から信頼される存在になること、 そして患者のためのチーム医療を実践していく姿勢を意識し続ける必要があると思います。
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