第 8 分科会 出版流通 転換期の出版界と図書館との連携・協力 基調報告 転換期を迎えた出版界―社会科学系出版社の現状と図書館 江草貞治(有斐閣代表取締役社長) 報 告 出版産業の構造的変化と図書館の未来 湯浅俊彦(立命館大学文学部教授) パネリスト 江草貞治(有斐閣代表取締役社長) 小林隆志(鳥取県立図書館支援協力課長) 岩本高幸(桜井市立図書館長) 村上和夫(オーム社代表取締役社長) コーディネーター 湯浅俊彦(立命館大学文学部教授) 分科会概要 日本の出版産業は転換期を迎えている。2000 年のアマゾン・ジャパン設立,2010 年の iPad・2012 年 の Kindle の発売による電子出版の始動など,出版産業を取り巻く環境の変化と構造改革の必要性が増大 している。 転換期の第一のポイントは,出版物の売上げの減少,特に紙媒体の出版物,それも雑誌の売上げの減少 に歯止めが利かなくなっていることだ。その結果,販売部数に着目すると,1970 年代初めの公立図書館が 貸出サービスを中心に飛躍を始めた頃の部数に近づいている。 出版科学研究所による 2015 年の推定販売部数は,書籍が6億 2633 万冊(前年比 2.8%減)である。な お,これは 1975 年の水準である。雑誌は 14 億 7812 万冊(同 10.5%減)で,ピーク時の 1995 年の 39 億 1060 万冊の 38%まで減少し,こちらは 1969 年の水準になる。書籍雑誌を合わせた推定販売部数は 21 億 445 万冊で,1971 年前後に相当する。この年代は,公共図書館が貸出中心にサービス実績を急速に拡大し 始めた時期に当たる。 転換期の第二のポイントは,雑誌の売上の減少による“雑高書低” (雑誌が書籍より良く売れる)から“書 高雑低” (書籍が雑誌より良く売れる)への再転換である。出版物推定販売金額のピークは 1996 年の2兆 6564 億円で,それが 2015 年には1兆 5220 億円(57.3%)まで減少した。内訳は,書籍 7419 億円(前年 比 1.7%減) ,雑誌 7801 億円(同 8.4%減)で,雑誌は売上のピークを 1997 年に記録して以降 18 年間毎 年減少,しかも 2015 年は過去最大の下げ幅となったのに対し,書籍は昨年の2%弱の減少に留まった。 雑誌の推定販売金額は 1982 年の金額に相当する。この傾向が続くと,早ければ 2016 年には雑誌の販売額 が書籍より少なくなることが予想される。1976 年に雑誌が書籍を上回ってから 40 年も続いてきた“雑高 書低”の時代から, “書高雑低”の時代に戻ろうとしている。 転換期の第三のポイントは,出版物販売額の減少傾向は紙媒体のことで,電子出版のそれは増えている ことだ。2015 年の電子出版は 1502 億円で前年の 1144 億円から 31.3%の増だった。紙の出版の減少に対 し電子出版は拡大が続き,徐々に電子出版に移行していくことが考えられる。 一方,図書館界の懸念は出版社による著作物の再生産活動に支障が生じることである。図書館は,大学 1 / 第 8 分科会 出版流通 図書館・公共図書館など館種の違いを越えて出版界を支える必要がある。それは,利用者サービスの観点 から「持続可能な出版コンテンツの再生産活動」を支援することが重要だからである。 本分科会を,出版界との連携を軸として討論することで,図書館界が出版界と共同して新しい一歩を踏 み出すための場の一つとしたい。 発表いただく講師の方とテーマは以下の通り。 基調報告 「転換期を迎えた出版界-社会科学系出版社の現状と図書館」 江草貞治氏(有斐閣代表取締役社長) 報 告 「出版産業の構造的変化と図書館の未来」 湯浅俊彦氏(立命館大学文学部教授) 休憩ののち,新たなメンバーに加わっていただき,パネルディスカッションを行う。 【パネリスト】 江草貞治氏(有斐閣代表取締役社長) 小林隆志氏(鳥取県立図書館支援協力課長) 岩本高幸氏(奈良県桜井市立図書館長) 村上和夫氏(オーム社代表取締役社長) 【コーディネーター】 湯浅俊彦氏(立命館大学文学部教授) 意見交換の時間も取るので,参加される皆さんからの積極的な発言をお願いする。 (瀬島健二郎:日本図書館協会出版流通委員会委員長,文化学園大学) 2 / 第 8 分科会 出版流通 基調報告 転換期を迎えた出版界―社会科学系出版社の現状と図書館 江草貞治(有斐閣代表取締役社長) 1. 基調報告に与えられた課題 (ア) 「転換」はどこへ向かっているのか この 1 年に限っても出版に関わるあらゆるところで「転換」が起きているが、その「転換」の全体 像と向かう先をイメージするのは難しい。基調報告では概括的にその変化を整理することを期待され ていると思うが,筆者の力量の及ぶ範囲が専門書,特に学術分野をフィールドとする出版社の視点か らに限られており,ひとまず限定的ながら「転換」の現状把握と課題設定を試みたい。 (イ)図書館との連携と協力 前述の変化のただ中で,出版社と図書館の位置関係も相対的に変化しており,これまで以上の積極 的な互恵的な関係構築が視野に入っている。例えば昨年の図書館大会での「無料貸本屋」論再燃の一 方で専門書・学術系出版社は別な考えを持っているし,無書店市町村では公共図書館がプリントメデ ィアの唯一のよりどころになっていて,出版社も期待を寄せるところである。いずれにせよ今回の議 論をきっかけとして,出版社と図書館の協力により読者にとってより良い読書環境を構築し,文字を 媒介とした文化の蓄積や交換を魅力のあるものにしていきたいと思う。 (ウ)少しだけ歴史を振り返る 激流に翻弄されている出版各社は目の前の取引条件や商習慣の見直しに目が向いてしまいがちだ が,もっと大きな枠組みの変化が起きているのではないか。というのも歴史を遡ると、ある時期に版 元のほとんどが廃業した事実があるのである。事業継続できなかった(しなかった)出版経営者の振 る舞いを考えることで,現代の我々にも示唆があるのではないか。2015 年の出版学会において橋口 侯之介氏(古書店・誠心堂書店店主)の「出版界の明治二十年問題」という報告があった。橋口氏に よれば,造本,出版の内容,流通小売のいずれもが「和本」として精緻に運営されていたが,学問の 変化,印刷技術の革新,国の商業への統制が強化される中で,精緻に運営されていたがゆえに変革に 対応出来なかったこと,そうした変化を経営方針として受け入れることが出来なかった事業者が脱落 していったと報告された。私が見るこの報告の重要な点は,既存版元の廃業にもかかわらず新興出版 社の台頭により「読書環境」は守られ,廃業は決して読者にとって不都合ではなかったことである。 現代に戻って考える時,我々が出版産業のプレイヤーとして踏みとどまるために必要なことは,読 者に関係のない既得権や精緻な制度の維持を試みる前に読者のための出版エコシステムを再構築す ることであると提起したい。 2. 出版流通小売で起きている「転換」の背景 (ア)団塊の世代のリタイア 旺盛な消費を担っていた「団塊の世代」が,2007 年~2012 年に生産人口年齢の対象外となった。 通勤途上に消費されるスポーツ新聞,定期雑誌、帰宅途中の飲み屋を始め,あらゆる事が「団塊の世 代」の消費行動の変化の影響を大きく受けた。図書館の来館者もリクエストも「団塊の世代」の行動 に大きく影響を受けているのではないか。 (イ)デジタルデバイスの普及(スマホ,タブレット端末) 文字を媒体とした情報消費について,紙への印刷からデジタルへの移行が進んでいる。無料の Web 3 / 第 8 分科会 出版流通 コンテンツ,複数雑誌の定額読み放題サービスなどは取次→書店ルートを経由しないことで,その利 益が柱であった既存流通網は存亡の危機に瀕している。消費者の行動様式を変える新しいサービスは、 想像以上に好評のようでさらにリアルの消費を侵食する可能性もある。さらに競合関係として,映像・ 音楽・ゲームコンテンツの消費もオンライン化でよりカジュアルになり,本は可処分時間の奪い合い に負けていると推察される。 (ウ)出版社の新刊濫造 一点あたりの販売金額が減少したことで出版社は点数増で販売金額を維持することを選択した出 版社は少なくない。その結果 2000 年代に入ってから 5 年間で業界全体の年間新刊点数が 7 万点から 8 万点へ急増した。 以降は 8 万点前後で行き来しているものの, 取次は増大する流通量に答えてきた。 しかし読者が受け止めることが出来ないほどの新刊洪水は返品率を押し上げ,取次も近年は流通量自 体をコントロールする方向に転換せざるをえなくなった。新刊配本の「総量規制」や書店返品減少の ための賞罰施策を実施し,新刊点数増が出版社の販売金額増という結果に結びつきにくくなった。結 果、出版販売金額は 2000 年からの 15 年間で 20%強のマイナスに。これまでは恩恵の多かった委託 制度・再販制度の負の側面と考えられる。 (エ)ネット通販の普及 ネット書店はリアル書店のマイナス部分を補う形で登場した。やがてネット通販自体が一般的にな る中で,一部小売業がバイイングパワーを背景にして,これまでの業界標準的な取引条件や慣行を変 え始めている。またネット,リアル書店共に,合従連衡や出版社との直接取引で利幅を確保する動き がある。 (オ)著作権の権利制限 著作権法 35 条「学校その他の教育機関における複製等」では,教育現場での複製について要件を 定めて限定的に認めているが,法の趣旨に反して権利者や出版社の利益を損なうような複製配布も多 く目撃される。その状況に加え、より自由に複製配布できるよう教育関係者などから「権利制限」の 拡大がの要望が出されている。 対価を支払うことで、包括的な許諾を持って自由に複写配布できるようにしたいとの狙いは分かる ものの、制度設計次第では出版の根幹を揺るがすことになりかねず、重要な問題提起となっている。 3. 有斐閣の領域で起きていること (ア)有斐閣の事業 ① 大学の変遷 明治時代からの学術出版は研究者個人の研究発表や体系的概説書刊行であった。戦後の大学進学率 の上昇と共に,行政官や研究者,特定分野のプロになることから社会人養成へと大学の目的自体が変 化したことで,講義で使う本は教育効果を意識した「教科書」となり、学術出版社でも大きな部分を 占めるようになった。 さらに 18 歳人口の減少が顕著になった現在は,社会的要請もあり教養教育から実学志向となった。 その結果,知見の継承、抽象的な議論や思考訓練よりも,グループワークやプレゼンなどのアウトプ ットのトレーニングが重視されるようになった。そうなると本は講義の中心に置かれるものから事前 の独習に使われるものとなり,代わってオリジナルのレジュメが講義の主役となっている。 4 / 第 8 分科会 出版流通 ② 3人の読者(1>2>3のバランス) 有斐閣の出版は,次の 3 タイプの読者( 「3 人の読者」 )を意識している。近年この 3 タイプのバラ ンスが崩れ,収益化の難しい専門的な学術書が作りにくくなっている。 1. テキスト&教材(大学や研究機関,企業研修)は,著者やその弟子等に講義用として採用して もらう事で収益となっている。学問の敷居を下げ間口を広げ関心を持つ人を増やすことで, その学問領域全体の深さ,高さを下支えすることになる。 2. 一般読者&啓蒙的教養(自発的な読書)&専門的実務書。最先端の学問的知見を一般の方に伝 えるためであったり,個人の教養的関心や国家試験に向けた独習用として企画されるもの。 3. 研究書&理論的な実務書は,研究成果の発表とともに著者の研究支援の側面がある。また研 究機関や,実務家(法曹など)が自身の研究等のために購入する。専門性が高いため印刷部数 が限られ,出版補助金を公的機関から受けるケースも少なくない。 ③ 法科大学院(LS)の見直し 新しい法曹養成のために設立(2004)されたが、想定より低い合格率と合格者の供給過剰よる収入 の悪化のため志望者数が激減した。また LS での教育はこれまで以上に手間の掛かるものとなり,研 究者の研究以外の実務作業負担が増加し、研究論文生産に影響が出ている。 (イ)専門書・研究書の刊行・購買の実態 ① 大学図書館の購入実態 CiNii で検索し,大学図書館での新刊の収蔵数の変化をみたところ,近年の購買実態は出版社の期 待通りではないことが推測される。 ② 専門書刊行数の推移 科研費の出版助成金の申請数推移,有斐閣の出版助成金の受入数推移などをみると申請数,採択数 は漸減傾向にある。発表の場が電子ジャーナルへ移行していることや,研究者の生産力の低下,出版 助成獲得競争なども影響している可能性が有る。 (ウ)大学図書館の状況 先に述べた大学での教育目的・手法の変化とともに,図書館自体がラーニング・コモンズとして学 びの場となる事が期待されている。蔵書も論文・レポートの書き方などのアカデミックスキルに関す る本,資格試験関連書籍の購入が促進され、出版社が期待する高額で専門的すぎる本の購入は控えら れる傾向がある。 さらに「機関リポジトリ」「オープンアクセスジャーナル」が活用され、大学図書館の重要なプラ ットフォームとなってきている。 4. 出版社の課題 ここまで見ただけでも、出版の「転換」は全体に及びシステムの根幹に関わる問題をはらんでいる。各 社単独の対応だけでは限界があり、冒頭にしてきたように枠組ごと見直すべきではないだろうか。 (ア)出版物の多様性維持 5 / 第 8 分科会 出版流通 特定の分野の為に極小の部数でも刊行すべき書籍がある。これまでは大量消費のための取次ルート に紛れる形で(そこでの利益に頼る形で)そうした出版物を全国に流通させることができた。しかし 今後はニッチな出版物のためのニッチな流通小売の開発が急務であるが、ICT の発展や小口流通網の 整備などがあり代替手段の検討が可能となっている。 つまり商品特性に合わせた流通の複線化(取次ルート,書店直取引,読者直取引 etc)や,多様な 読者の購買導線にアプローチするなどのチャネル戦略を出版社が主体となって検討する必要がある。 (イ) 「買って所蔵する」から「利用する」への対応 これまでは正価で買うか借りるかして印刷媒体を入手するしかなかった読書だが、新古書店やオー クションサイト、フリマアプリが身近になったことで、読み終えたら(単位が取れたら、試験に受か ったら、卒業したら etc)売却することができるし、安く入手することもできるようになった。これ は実質的に手数料を払って「利用する」読書ともいえる。また近年は様々な定額読み放題、電子図書 館サービスが登場し、購入&所蔵へのハードルがさらに上がった。 またデジタル環境での利用を前提に考えると、検索・参照・引用への作りこみ、教育現場での複写 利用など、新しい読書環境への目配せが求められるようになる。 (ウ)学術出版は誰のためにあるか 有斐閣の事業で見た「3 人の読者」は、旧来の大学教育目標と教育の手法、国家試験制度の上で成 立していたものである。これまで見てきたように前提となるもろもろの変容に対処するときに、出版 事業体の継続が第一の目的となってしまうと、読者のニーズから掛け離れることが想像される。それ は当初述べた「出版界の明治二十年問題」で示唆されていることであると思っている。 5. 読者のためにできること (ア)図書館への期待 書店減少が進む中、地域によっては既に図書館が一番のアクセスポイントとなっている。また公共 図書館ではコミュニティの中核施設として様々な取り組みが行われているが、読書に限って言えば、 本の販売や出版社と読者を直接結び付けるような役割もありうるのではないか。 (イ)積み残しの課題 公共図書館のサービスの高度化(ネット予約、返却場所の多様化など)は利用を促進するし、税金 を原資とした公共の福祉であるからこそ効率性や効果は重要な指標であることは理解できる。 しかし図書館の利便性のさらなる向上は出版産業と衝突しうるし、地方財政上、利便性向上のコス ト問題も露わになるはずである。将来は受益者負担のシステムを一部分導入するなど、公平性を考え ることが浮上してくると思われる。 6 / 第 8 分科会 出版流通 報 告 出版産業の構造的変化と図書館の未来 湯浅俊彦(立命館大学文学部教授) 1.出版メディアの変容を出版業界はどのようにとらえているのか 2000 年 8 月、発表者は『デジタル時代の出版メディア』 (ポット出版)という本を上梓した 。海外の学 術雑誌における冊子体から電子ジャーナルへの移行、政府系刊行物のインターネットによる無料公開、オ ンデマンド出版の開始、オンライン書店の急成長など、出版メディアにおけるデジタル化とネットワーク 化の進展が出版産業にもたらす変化を分析し、日本の出版業界にかかわる人々の多くが世界的規模で進行 しているこのような変化を正確に把握できないでいることに警鐘を鳴らす目的で書いたものであった。 この本についてまっさきに肯定的な評価をしたのは、日本における電子出版事業の草分け的存在であるボ イジャーの創業者である萩野正昭氏であった。萩野氏は 2000 年 11 月に「21 世紀の図書館―本とデジタ ル社会の共生」をメインテーマに開催された第 2 回「図書館総合展」 (主催:図書館総合展運営委員会、会 場:東京国際フォーラム)に私を招き、評論家の津野海太郎氏と共に「本の未来と図書館―インターネッ トに展開されている電子本と図書館について語る」 (大林組主催、2000 年 11 月 17 日)というフォーラム を行った。 後に萩野氏はその著書『電子書籍奮戦記』 (新潮社、2010、p.22)に次のように書いている 。 「2000 年頃には、学術雑誌の主流は冊子体から電子版に移っていました。このことを詳細にレポートにし たのは、当時大阪の旭屋書店に勤務していた湯浅俊彦です(現在は夙川学院短期大学准教授)[肩書きは当 時=引用者注]。彼は『デジタル時代の出版メディア』の中で、いち早く私たちに知らせてくれたのです」 しかし、当時の出版業界や書店業界の一般的な受け止め方は萩野氏とは異なり、 「出版のデジタル化は学 術世界だけの話、しかも自然科学系、医歯薬系で起こっていることである」というものであった。 2.出版メディアの変容を図書館界はどのようにとらえているのか 出版コンテンツのデジタル化の進展を直視しない姿勢は決して、出版業界だけのことではない。日本の 公共図書館の世界でも、電子書籍、電子雑誌、データーベースはあくまで大学図書館が扱う情報資源であ り、自分たちとは無関係と考えている人々が多いのである。 問題なのは、既存の図書館利用者のためには紙媒体の資料提供で十分だと考えてしまう次のような意見 が、公共図書館現場の気分を支配することであろう。 「(略)いま、市民にとっての図書館が、電子書籍の『貸出』サービスに努めるべきとはおもっていない。 デジタルテクノロジーの進歩に対応することと、市民に身近な図書館の目的と機能を充実発展さすことと は、かならずしも合致するとはいえない。 (略)状況に左右されず、あえて『時代遅れ』の『活字文化を大 切にする図書館』を鋭く意識していくことこそが、市民を強く惹きつける力になるのではないか。」(馬場 俊明「市民にとって図書館とは―"滋賀の図書館"が大切にしてきたもの」 『出版ニュース』2011 年 4 月下 旬号、p.12.) この文章が『出版ニュース』に掲載されたのは 2011 年 4 月である。文部科学省が「これからの図書館 の在り方検討協力者会議」による提言として、報告書『これからの図書館像−地域を支える情報拠点をめざ して−』を公表したのは 2006 年 4 月であり、そこに示された公共図書館の今後の方向性としての「図書館 のハイブリッド化-印刷資料とインターネット等を組み合わせた高度な情報提供」は、5 年経ってもまっ たく無視されたままであったことがよく分かる。そして、その状況は 2016 年の現在でもほとんど変わら 7 / 第 8 分科会 出版流通 ない。 それにしても、なぜ日本の図書館ではこのように「電子」と「紙」が対比的にとらえられ、「活字文化」 を守るために「電子資料」が否定されるという構図になりがちなのであろうか。 3.デジタル・ネットワーク社会における出版と図書館 冒頭で紹介した『デジタル時代の出版メディア』の話に戻ると、学術情報流通の世界から始まった出版 コンテンツのデジタル化とネットワーク化の動きは、今日ではあらゆる分野で起こっていることは明らか であろう。 つまり、学術雑誌における「電子ジャーナル」だけでなく、一般的な雑誌も「デジタル雑誌」として提 供され、また学術系の eBook だけでなく、コミック、文芸書、絵本、教科書、通信教育教材など多様な電 子書籍が登場し、法典、判例、議会記録、統計資料などの政府系情報資源だけでなく、コミックシリーズ の第 1 巻の試し読みも含めて多様な出版コンテンツがインターネット上で無料公開されるようになったの である。 ここまで見ると、日本の出版産業が大きな転換期を迎えていることは誰も否定しえないであろう。2000 年のアマゾン・ジャパン設立による出版流通システムのイノベーション、2009 年のグーグルによる日本の 著作権者に向けられた「グーグル著作権訴訟」に関連しての「法定通知」 、2010 年の iPad の発売、2012 年の Kindle の発売に象徴される電子出版・電子書店の本格的な始動、そして 2015 年にスタートした「国 立国会図書館 電子書籍・電子雑誌収集実証実験事業」など、日本の出版産業を取り巻く環境の変化とそ れに対応する構造改革の必要性は確実に増大しているのである。 一方、図書館にとっての最も大きな課題は電子出版ビジネス市場が十分に形成される前に、紙媒体の出 版販売額の低迷が続き、出版社による著作物の再生産活動に支障が生じることである。 本発表では出版メディアの変容についてデジタル化とネットワーク化をキーサードに論点整理を行い、こ れからの出版産業と図書館の連携の可能性について探求する。 パネルディスカッション パネリスト 江草貞治(有斐閣代表取締役社長) 小林隆志(鳥取県立図書館支援協力課長) 岩本高幸(奈良県桜井市立図書館長) 村上和夫(オーム社代表取締役社長) コーディネーター 湯浅俊彦(立命館大学文学部教授) 第 102 回全国図書館大会ホームページ 掲載原稿 URL:http://jla-rally.info/tokyo102th/ 2016 年 9 月 21 日 作成 8 / 第 8 分科会 出版流通
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