情報処理北海道シンポジウム 2014 お産アプリを用いたプロジェクト「KODO」による ジェンダー意識の変容期待に関する研究 土田 栞†* 渡邊 宏尚† 上川原 ひろみ‡ 林 秀彦§ 釧路公立大学† 市立釧路総合病院‡ 1 はじめに 多くの女性が、お産への期待と不安を抱いている。現 代社会は家族構成が夫と二人世帯、あるいは、お産につ いて近隣に相談できる人がいないなど少子化問題の深 層は深い。地方の僻地に住んでいる女性にとっては産科 の減少だけではなく、お産予定の病院から遠いなど、子 供を産みたくても不安要因が多くある。大学生に面接調 査をしたところ、安心して子供を産める社会環境などソ ーシャルサポートがあれば将来、結婚して生みたいとい う希望が聞かれた。本研究では、お産を望む女性(女子) の教育支援そして現在、実際にお産時期になった女性を 支援するための陣痛ダイアリーと称するスマートフォ ン向けアプリケーションを開発し公開配布した。また、 研究では安心して子どもを産み育てるまちづくりを基 本目標の一環として掲げる町[5]を中心に検証を行った。 現状、産科が消滅し、お産可能な病院までが遠く、大い に不安を感じている女子・妊婦に向けたプロジェクトで ある。 2.陣痛の種別 陣痛とは不随意に周期的に反復して起こる子宮洞筋 の収縮である。陣痛発作と陣痛間欠を繰り返す[2]。図 1 は陣痛間欠の推移例である[1]。 斉藤 唯‡ 小松 望†‡ 皆月 昭則† 白糠町役場†‡ 鳴門教育大学§ 2.2.分娩陣痛 分娩開始から分娩終了までが分娩陣痛である。陣痛発 作と間欠時間は、分娩の進行時期によって変化する[1]。 分娩初期には陣痛発作は短く間欠時間は長いが、分娩の 進行とともに陣痛発作はしだいに長くなり間欠時間は 短くなる。実際の陣痛の強さは、病院(分娩室)で内測法 により測定した子宮内圧によって判断されるが、病院前 に間欠時間と発作時間によって判断も可能である[2]。ア プリケーションでは陣痛開始時点にみられる陣痛間欠 時間の規則性を抽出し、早期に医療機関への連絡・受診 を促す機能を開発した。 3.アプリケーションの概要 本アプリケーションは、陣痛間欠時間を計測・記録す ることで妊婦に病院受診を促す。アプリケーションの判 断ルールは妊婦の主観的感覚尺度に対応するため、お腹 の張り(腹部緊満)感覚時から入力可能であり、デバイス 内では陣痛とみなし記録保存ができる。すなわちお腹の 張り(腹部緊満)時期から間欠時間の規則性を抽出し病院 受診を促す。 本研究は Android OS に対応したアプリケーションの 開発を行った。女子・妊婦への教育・知識機能に加えて お産時期(正産期)の妊婦を支援する。 3.1 アプリケーションの処理アルゴリズム アプリケーションの主な機能は、①前回の陣痛終了時 点~次回の陣痛開始時点までの間欠時間の計測、②計測 した間欠時間の記録保存、③記録データの導出値によっ て、その先を予見した安全上の注意点や確認事項を喚起 する評価コメント文の表示、④csv 形式での記録保存デ ータのマイクロ SD カードへの出力(パソコンで閲覧可 能)の 4 つである。 図 1 陣痛間欠の推移例 2.1.前駆陣痛 妊娠中に起こる子宮収縮が前駆陣痛である。測定する と、間欠時間が不規則になる。 北海道釧路市芦野 4 丁目 1-1 Mail: [email protected] 個別性の高いおなかの張り(腹部緊満)感覚・痛みの開 始時点と終了時点にボタンをタッチすることで、陣痛間 欠時間の記録保存が可能であり、履歴一覧として確認で きる。また、間欠時間データの計測値に基づく評価コメ ント表示は、3 条件を判定する。①20 分以内、②30 分以 内、③30 分以上、すべての条件で過誤防止のため病院受 診を常に意識させるような表示になっている。図 2 にア プリケーションの処理と使用プロセスを図示した。 情報処理北海道シンポジウム 2014 図 2 アプリケーションの処理と使用プロセス 図 5 (左) 陣痛の種別に関する教育画面 3.2 計測値による導出コメント機能 図 6 (右) 使用上の留意点 本アプリケーション内で提示されるコメント文は、市 立釧路総合病院の助産師の知見をもとに作成した。計測 した陣痛間欠時間によって、①20 分以内、②30 分以内、 4 期待される効果 ③30 分以上の 3 条件でコメントが異なる。各コメントは その時点における留意点を示し、破水や多量の出血がな いか確認を促す。経産婦は初産婦にくらべて陣痛開始か ら出産までの期間が短いため、病院に連絡するタイミン グの参考が異なる[4]。アプリケーションの判断ルールは 妊婦の主観的感覚に依拠しながらも、異常を感じた場合 は、計測結果に関わらず、すぐに医療機関に連絡する注 意喚起表示を重視した。 1)妊婦の身体的負担や精神的不安の軽減 陣痛間欠時間を手記で時計を見ながら計測する妊婦 が多くいる。陣痛の発生時、計測・記録を行うことは妊 婦の身体的負担や精神的不安は多大である。アプリケー ションでは、ボタンをタッチするだけで簡単に計測・記 録が可能であるため、妊婦の従来の負担を軽減する効果 が期待される。 また、前回からの陣痛間欠時間の計測値を比較照合し て妊婦の状況を類推したコメントが表示することによ って、計測時点での安全関する留意点が確認できる。総 合的な効果として看護師が寄り添ってくれているよう な安心感を与え、妊婦の孤独感を軽減することが期待さ れる。 2)正確な計測情報による問診媒体の生成 ボタンタッチ操作によって、陣痛間欠時間の開始時刻 や前回からの間隔、継続時間が自動保存されるため、病 院に連絡する際、正確な計測情報を整理して伝えること ができる。 3)csv 形式のデータファイルのエクスポート 記録したデータを csv 形式のファイルで端末から外部 に保存することができる。csv ファイルはパソコンに USB ケーブルで接続し、転送・閲覧することができる。 5.KODO プロジェクトの展開 図 3(左図) 20 分以内の導出コメント例 図 4(右図) 30 分以内の導出コメント例 3.3 お産に関するナレッジ取得機能 アプリケーションに実装したチュートリアル機能で は、ナレッジモジュールによってお産に関する一般的な 知識が学習できる。 「KODO プロジェクト」は開発したアプリケーション を地域・社会環境へ投入し、ソーシャルサポートとして お産時期の妊婦支援や大学生などに教育を実施し、少子 化問題を直接的に捉えた企画である。プロジェクトの実 施において、活動内容は、妊婦へのサポート(計測ツー ルとしての活用)と大学生など若者への教育啓発(教育 ツールとしての活用)の 2 つに大別できる。妊婦へのサ ポートでは、白糠町の妊婦にアプリケーションを配布し、 アンケート調査を実施した。また若者への教育として、 大学内でレクチャーを実施した。これまでの先行研究 情報処理北海道シンポジウム 2014 [6][7]では明確になっていない質問項目を設定するなど、 出産や陣痛における学生意識に関する調査を実施した。 5.1.計測ツールとしての妊婦へのサポート 北海道の道東地方にある白糠町の行政・保健師の協力 を得て、実際にお産時期の妊婦の自宅を訪問し、対面方 式でアプリ使用法について説明した。図7は妊婦の自宅 訪問時の様子である。妊婦に対しては、計測ツールの有 効性などを確認するためのアンケートを出産後に実施 した。実際にお産で使用した妊婦からは、遠く離れた病 群、「ネガティブなイメージ」群、「両価的イメージ」 群の 3 つをカテゴリー化して作成した。アンケート結果 の詳細は登壇時に公表する。 アプリケーションの試行的な使用による面接調査で は、大学生男女ともに安心して子どもを産み育てること ができる地域・社会環境などソーシャルサポートに大き な期待がある。将来子どもをもちたいという意見が得ら れたが、お産に関する知識やイメージにおいてジェンダ ー差が見られた。 院への連絡コミュニケーションや病院受診の意思決定 タイミングに有用であったという意見が得られた。 図9(左写真).KODO プロジェクトのレクチャー 図 10(右写真).実機を使ったお産時の計測実習 5.4 プロジェクト普及に向けた情報発信 開発したアプリ「陣痛ダイアリー」による妊婦のサポ ートや学生などの若者に対する教育について「KODO プ ロジェクト」の名称でホームページ公開している。内容 図7.妊婦の自宅訪問時の様子(奥が開発者の第一著者) 5.2.ツール開発と改良へのアプローチ手法 開発から KODO プロジェクトの進行過程では、妊婦の 感覚や気持ちを知るために、医療者の知見を収集した。 開発プロセスでは、母性学の知識を学び、妊婦の模擬体 験を開発者(第一著者)自身で体感した(図8)。結果、 将来、母親あるいは父親になる若者に対して「お産や親 として、お産に関する一般的な知識やお産時期の妊婦を 支援しており、PC 版とスマートフォン版コンテンツを公 開中である。アプリの配布普及のみでなく、ソーシャル サポートとして情報発信している。「お産や子どもを持 つこと」にあまり関心を向けていなかった人々の意識変 容を期待しており、著者と同じ考えを持つ人へ「KODO プロジェクト」への参加を呼びかけている。 になること」への期待や不安要因が整理できた。開発し たツールを用いて、レクチャー講師を開発者自らで担当 して開催している。女子学生だけではなく男子学生にも 実際にアプリケーションを模擬的に使用させることで、 「妊娠・出産に優しい社会」を想起させることになった。 図 11.ホームページでの情報発信 6.張り(腹部緊満)~陣痛までの感覚尺度 アプリケーションの支援範囲は、医療機関が介入する 前(病院前)である。分娩陣痛がはじまる前の計測支援を 発展させるため、「張り・痛み」の感覚尺度を用いたア 図8.妊婦の模擬体験に挑む様子(妊婦服が開発者) 5.3.教育ツールとしての活用 KODO プロジェクトのレクチャーにアプリケーショ ンを参加者にダウンロードさせて使用してもらい、計測 デモデータで陣痛イメージを想起させた(図 9・図 10)。 学生男女 20 人を対象にアンケート調査を実施した。 「妊 娠・出産・育児」に関する質問項目から、妊娠・出産・ 育児に対してもつイメージを「ポジティブなイメージ」 プリケーションを試行開発して配付中である。お腹の張 りや痛みの感覚と陣痛間欠時間の最短値を抽出し、医療 機関受診時の重要な問診要素を抽出整理する機能を実 装した。病院前において、お腹の張り(腹部緊満)の強さ が「強い」「中くらい」「弱い」の 3 つの感覚尺度に分 けて判定処理(図 12)した。医療介入前のお腹の張り(腹部 緊満)~痛み(陣痛)までの経過をダイジェストで振り返 る機能を有しており、試行期間終了後、今後の KODO プ ロジェクトに加えていく予定である。 情報処理北海道シンポジウム 2014 る一般的な知識を学習できるナレッジモジュール機能 は、お産までの不安を軽減する。今後は道東地域の白糠 町を起点とした「KODO プロジェクト」を継続し、北海 道内で産科がない根室地域や全国の中山間地など、病院 までの移動距離が長い地域の妊婦のために地方から全 国へ活動を拡大推進していく。 また、現代社会では核家族化や近所づきあいの希薄化 図 12.「張り・痛み」過程の感覚尺度の実装 6.1.産期の計測に特化したアプリケーション お産の計測支援に特化したアプリケーション「陣痛ウ ォッチ」を開発した。アプリケーションの判断ルールは 「張り・痛み」のどちらかの主観的感覚の「曖昧さ」を 含むため、新たに 3 段階の感覚尺度を設定(張り 3 段階・ 痛み 3 段階)として設定した。医療の安全を考慮して、 計測時のお腹の張り(腹部緊満)の「強」を陣痛の「弱」 として取り扱うべきと、医療者と検討した。また、計測 時点から 12 時間前まで 1 時間の間隔ごとに、強(中また は弱)の種別で「張り・痛み」の回数を抽出するマルチフ ォーカス機能を開発した。フォーカス項目は医療者にと って妊婦の状況を把握する重要な要素である。また、間 欠時間の最短値を同様にフォーカスするため、進行や異 変の察知が迅速になると期待される。「陣痛ウォッチ」 は計測に特化した機能であるため教育的なナレッジモ ジュールは実装していない。メイン画面中央に大きなボ タンの配置、就寝時の暗闇使用でも目の疲労感を軽減す る視認性に配慮したデザインである。 など身近なところでお産経験を聞く、あるいはお産につ いて相談できる人々が少ない現状で、一番そばにいる男 性のサポートが重要になる。現状、お産のつらさを理解 できないなど、お産に対する意識差によってジェンダー 間で大差がみられ、少子化問題の根本はジェンダー観で ある。「KODO プロジェクト」として、妊婦へのサポー トや大学生など若者への教育啓発を通じて、ジェンダー 意識の差を小さくし、お産に対する女性の不安解消策の 一つとして活動を継続する。 謝辞 本研究にご協力いただいた市立釧路総合病院の看護 局の皆様、白糠町役場保健福祉部の皆様と町民の皆様に、 心から深謝致します。 参考文献 [1] “妊娠大百科” 株式会社学研パブリッシング(2014). [2] 杉野法広 “産科疾患の診断・治療・管理 3.分娩の生 理・産褥の生理”, 山口県立大学看護学部紀要 日本 産 科 婦 人 科 學 會 雜 誌 59(10), “N-637”-“N-643”, 2007-10-01 (2007). [3] “科学的根拠に基づく快適で安全な妊娠出産のため のガイドライン” 金原出版株式会社, 厚生労働科学 研究 妊娠出産ガイドライン研究班編集(2013). [4] 株式会社永岡書店, “はじめての妊娠・出産 安心マ タニティブック” (2006) [5] 北海道白糠町, “次世代育成支援後期行動計画” (2010). [6] 吉村昭子, 山口佳子, 鳥越郁代, “女子大学生の出産 に対するイメージと陣痛・産痛緩和方法についての意 識に関する調査” 母性衛生 54(3), 239, 2013-10-04 [7] 中村恵里子, 黒田緑, “大学生がもつ出産のイメージ と関連要因”. 母性衛生 54(3), 239, 2013-10-04 [8] 木本喜美子, 榎一江, “ジェンダー平等と社会政策”, 図 13.メイン画面 図 14.データベース画面 7.まとめと展望 出産に際して、女性は不安で孤独なお産時期を過ごす。 陣痛が発生する際、計測を手記で行うことは妊婦にとっ てまさに産みの苦しみである。2 種のアプリケーション では、ボタンタッチのみの簡単操作で妊婦の負担や不安 を軽減させ、正確な計測情報によって病院との連絡ツー ルとして役立てることが可能である。また、お産に関す 社会政策学会誌 [9] 大口勇次郎, 成田龍一, 服藤早苗, “新 体系日本史 9 ジェンダー史”, 株式会社山川出版社 [10]内田明香, 坪井健人, “産後クライシス”, ポプラ 新書 [11]Kukiko Ogawa, Kumiko Adachi, Fumie Emisu, “Distressing experiences of and changes in adolescent mothers who hace just started parenting”, The Journal of Japan Academy of Health Sciences p.63~76 [12]高橋 恒男, “分娩誘発・陣痛促進時の分娩監視方法”, 日 本産科婦人科学会雑誌 ACTA OBST GYNAEC JPN Vol.63, No.7, pp.1395-1400, 2011(平成 23, 7 月)
© Copyright 2024 Paperzz