小谷野 智恵さんの場合 Part1 - 中国経済産業局

脱・都会! 地方に移住した若者たち
東京→岡山県真庭市
こ
や
の
小谷野智恵さんの場合 Part1
総務企画部 広報・情報システム室
TEL 082-224-5618
このコーナーでは、東京や大阪などの都会から、地方に移住し、充実した生活を送って
おられる方をご紹介します。
連載第5回は、東京都から岡山県真庭市の勝山にIターンされ、カフェ「かぴばらこー
ひー」を営む小谷野智恵さんにお話を伺いました。
小谷野さんは、生まれは北海道旭川市。ご両
親の仕事の関係で埼玉に移り住んでから、ご
結婚後、東京都に住まいを構えました。
ところが、東日本大震災をきっかけとして、
昔から考えていた自分のカフェを立ち上げた
いという思いが膨らみ、これまで全く縁のな
かった勝山への移住を思い立ちました。
そして今、町並み保存地区の古民家に小さな
お店と、バリ舞踊の教室を開かれています。
今回は、そんな小谷野さんが勝山に移り住む
までをご紹介します。
左が小谷野さん
命を輝かせる生き方を
--ご出身地と年齢を教えてください
生まれた場所は北海道旭川市で、年齢は、1978年生まれの38才です。東京都から移住し
てきました。両親は二人とも北海道生まれで、父の転勤で関東に来ました。二人とも北海道は好き
なのですけど、冬の大変さを知っているので、北海道には帰らず、今、実家は埼玉にあります。
夫は、プロのバリ仮面舞踊家で、勝山で年に2、3回は一緒に公演をしています。また舞台俳優も
していて、公演で全国を回っていて、勝山に帰ってこられるのは、月に一週間あれば良い方です。
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--勝山に来られる前は?
結婚して、私の実家と夫の実家の中間地点である、東京の練馬区に住んでいました。大学を卒業
後、スターバックスで社員として5年間働き、最後の2年間は店長を務めました。その後、別の会社
で8年間OLを務めたあと、今に到ります。
--店長は大変そうですね。
年齢が25才と若かったので大変でした。アルバイトの方と年齢も変わらないぐらいでしたから。従業
員も多く、店舗あたりアルバイトをいれて25人、多くて50人ぐらいの店もあります。
--スターバックスを辞められたのはご結婚のため?
そんな感じになるのですけど、友達のお父さんが社長をしている会社から「ちょっとベトナムで3ヶ月ほ
ど勤務できそうな人を探しているのだけど」と声を掛けてもらい、事務職に携わることとなりました。海外
での勤務は中々経験できることではないで
すし、スターバックスでの遅番と早番がミック
スする勤務体系では家庭を持った時に続
けていくのは難しいのではと感じていました。
結果的に事務職を経験したことで店舗運
営と、経理や受発注などの事務に関わる
こと、両方をバランス良く経験することがで
きました。
スターバックスでは店舗運営や人材育成
にはとても関わりますが、一般的な会社の
オリジナルドリンク「レモンコーヒー」(ホットもあります)
事務とは少し違います。再就職した会社
はとても小さい会社だったので、社会保険のことや税金の事など、ひととおりやらなくてはいけなくて、経
理処理を含め、起業するに当たって大切なことがたくさんあり、今の仕事にとても生きています。
やろうと思ったら本気でやらないと
--移住、起業のきっかけを
きっかけは震災ということにはなるのですが、その前からずっとお店をやりたいと思っていました。スターバ
ックスで店長をしていたときに、アルバイトだったスタッフが独立して珈琲屋を始めたというのも、すごい
刺激になりました。
スターバックス時代の友人などに、お店の家賃を聞いたら、関東だと、家と店で月 25〜30万円ぐら
いかかる。ですから関東で開店すると、家賃を稼ぐために休みを少なくし、営業時間を長くしないとペ
イしないでしょう。仕事には全力投球しますが、自分の暮らしも大事にしたい。怠けたいわけじゃなく、
いい仕事をするために自分の時間をとって、バリ舞踊も大切にしたい。そして自分がすべて関われるよ
うな形でお店を運営したい。オーナーという形ではなく、直にお客と接したいし、働いているみんなと関
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わりたい。それを考えた時に、東京でお店を、という働き方でない方がいいかなと思ったんです。
--事業は都会のほうが上手くいきそうです
震災をきっかけにいろいろ見直して、食に対する考え方もとても変わったんです。以前はファーストフー
ドやコンビニのお弁当とか食べていたのですけど、ちょっと違うな、やっぱり命を大事にしないといけない、
という思いがあって。自分が今まで受け継いできて今があるわけだから、命を輝かせる生き方をしたい
なと思ったんです。そこで、夫に「ちょっと東京を離れたいんだけど」と相談したら、「東京ではなく他の場
所、地方でカフェを始めるのはすごくいいと思う。好きなところに行っていいよ!」と賛成してくれて。
--旭川に戻るという手もありますね
冬、雪が大変です・・。どうせ知らない土地に行くのなら、私は海のほうに住みたかった。瀬戸内は、温
暖な気候がすごくいいなあと思って、それで岡山がいいと考えました。もちろん地震が少ないとか、災
害が少ないといったことも調べましたし、移住者が結構多い。
--移住者が多いというのは大きいですか?
大きいですね。そして帰省するにしても、東京からも新幹線や飛行機もあるし便がいいです。でも岡
山県内のどこに住むか、どこでカフェを開こうか、まだ明確に決めかねていて、南の地域かなと漠然と思
っていました。ところが「タルマーリー」というパン屋さんがあるですが、そのパン屋さんがきっかけで勝山と
いう場所を知りました。「タルマーリー」は、私が興味を持っていることを何歩先もやっている、本当に素
晴らしいパン屋さんで、今は鳥取県の智頭町にお店がありますが、そのときは真庭市にありました。た
またま研修生を募集していて、本当は一か月の募集だったのですが、東京の自宅を売却して行くから
3か月ぐらい研修させてほしいと頼んで、まずは勝山に来たんです。
--家を売るのは研修後でよかったのでは
逃げ道を作ってはだめなので。カフェをやろうと思ったら本気でやらないと。東京には帰らないというのは
決めていたんです。研修中にいろいろな
つながりを作って、暖かい牛窓などの南
の地域に行くことを考えていたのですが、
住んでみると勝山が本当にいい町だっ
た。
有名な「タルマーリー」ですら、お客さん
があまり来ない日もあり無名の私がお
店をだしても無理だろうと自信が持てず
悩みましたが、勝山のみなさんのそばに
いたいなあという気持ちが強くて、移住
先を勝山にしようと決めました。
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勝山・町並み保存地区
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勝山の魅力
--勝山のどこを気にいったのですか?
バリのような地域のコミュニティーのつながりがあるところです。バリというのは地域のコミュニティーの結び
つきがとても強いところで、人との関係や距離が近い分、大変なこともありますが、地域の共同体単
位で何でも助けあう。
勝山は、住んでいる人の仲が良くて、
安心感があるんです。この付近の人た
ちしか知りませんけれども、60、70
代のおじさま同士が、小さい頃からお
互い知っていて。東京では定年退職し
たらつながりがなくなってしまうけど、ここ
はそうじゃない。こういったつながりは、
すぐにはできるものではないけれど、何
かあっても、「まあしゃあない」みたいな、
いい意味での「なあなあ」がありますよ
ね。
のれんの町・勝山
その輪の中に呼んでもらったりする中で、そういう楽しい姿を見たら、すごいいい町だなあ、みなさんの
そばがいいなあ、と。もちろん、きれいとか、環境がいいとか、自然が豊かとか、たくさんありますけど、最
後は人ですよね。
住むというのは一大事だから、なかなか決められないですよね、選択肢が多い分迷います。だけど勝
山で出会った、のれんの加納さん含め町づくりをしている方々のキャラクターが決め手になったのと、ち
ょっと生まれた町、旭川のにおいと似ているんです。町並みは全然違いますけれど、空気がすごく似て
いるなというのを覚えています。それも決め手になっていると思います。
--ずっと、ここに居れそうですか?
居ますよ。そのつもりです。今度の夏で3年になりますが、知らない土地で事業を始めるというのは、
想像以上にとてもエネルギーのいることです。
色んな縁が繋がって、私はここ
勝山にきて、カフェを始めたわけ
ですが、その縁をこれからもずっ
と大事に育てていきたいと思い
ます。
お店を始めようと改装工事を始
めた頃は、皆さんも私のことを
知らないから、どう思われている
かぴばらこーひーの側を流れる旭川
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のかなという気持ちや不安がありました。ただ住むだけではなく、お店をやろうと思うなら、やっぱり地元
の人に愛してもらいたいなあと思います。
やっと落ち着いたというか。地域の皆さんも不安だったと思います。勝山で、バリ舞踊やって、喫茶店
なんかやって本当に大丈夫なのか、止めたほうがいいんじゃないかといった感じでしたけどいろんな集ま
りに顔を出したり、地元のソフトボールチームに入ったりとか。そう、お葬式や自治会の行事とかも大事
じゃないですか、そういうときはお店を休みにして。そういうなかで、何となく、「あっ、こういう人なんだ」と
いうのがわかってもらえたのかなと思って。
今回は、中国地域へ移住、そしてその地で起業された方、という視点で、東京都から I
ターンされ、勝山でカフェを起業された小谷野智恵さんにお話をお伺いしました。
小谷野さんは、地域の方が応援したくなるのがとても分かる明るいお人柄で、来客の多
い中にも関わらず、インタビューでは気さくに対応いただき、大変楽しいひとときとな
りました。
お話では、関東に居るときには岡山についての詳しい知識は全く無かったとのこと。そ
れなのに、東京の自宅を売り払って飛び込むご自身の勇気、そして周りの方々の懐の深
さに驚かされました。
次号は、カフェ開店のご苦労や、もう一つの生業である
バリ舞踏についてなど語って頂きます。お楽しみに。
◆かぴばらこーひーウェブサイト
http://capikopi.com/
◆(社)真庭観光連盟ウェブサイト
「まにわへいこう」トップページ
http://www.e-maniwa.net/
経済産業省 中国経済産業局 広報誌
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Copyright 2016 Chugoku Bureau of Economy , Trade and Industry. 5