土地利用上の課題解決モデルの構築 - 土地総合情報ライブラリー

土地利用上の課題解決モデルの構築
課題⑧ 自然環境の保全・形成を意図した土地利用調整
日本列島は、起伏に富んだ地形や多彩な四季の基に、豊富な水資源、多様な生態系、優れ
た風景や景勝地などを多く有している。また、近年では田園・里山・水辺空間などといった
人と自然の相互作用によって形成される身近な自然環境への関心も高まっており、それらの
保全や利活用に取組むNPO等の活動が増加している。
ここでは、自然環境のうち地方公共団体の全域などの広域な地域を対象として、その適切
な保全や形成を意図して土地利用調整を検討する場合のポイントやプロセスを示す。
① 自然環境に関する諸情報の収集
a.良好な自然環境を形成する資源を把握する
b.法規制や関連データ等を把握する
a.良好な自然環境を形成する資源を把握する
優良な自然環境の資源としては、一般的に、水系・水辺(海岸、河川、湖沼、湧水、井戸
等)
、緑のまとまりや連なり(森林、斜面緑地等)
、動植物の生態系(貴重な動植物の生息域
等)
、里山(谷津、谷津田等)
、田園空間(農地と集落のまとまり、棚田等)
、風景の良い場所
(眺望スポット)などが挙げられる。これらは、自治体の各所に存在するために、書籍・図
面・専門家等へのヒアリング・地域住民アンケートやまちあるきなどの多様な手段で、なる
べく網羅的に把握することから始めることが望ましい。
また住民等に親しまれていたり、人の手によって守られる身近な資源などを把握するため
に、
それらの保全のために住民やNPOが行う活動地域や内容を把握することも有効である。
b.法規制や関連データ等を把握する
自然環境に関する土地利用の検討に際しては、それらの現況や課題を的確に把握するため
に、法規制の指定状況、統計情報・開発動向等の関係データを把握することが基本となる。
その際、下表のような情報を収集・分析することが一般的である。
表 自然環境に関する現況を把握するために収集する基本情報の例
土地分類
森林関係
農地関係
水辺・水面
公園等
自然・動植物
都市・市街地
その他
図面や区域の名称
[法規制] 国有林/保安林/地域森林計画対象民有林
[データ] 貴重な種の森林、原生林、水源の涵養林、山林転用の推移・位置図
[法規制] 農業振興地域、農用地区域/基盤整備済み農地の位置図
[データ] 農地転用の推移・位置図/耕作放棄地の推移・位置図
[データ] 河川・湖沼・水路位置図/地下水脈、井戸の分布の分布図
[法規制] 国立・国定公園/都道府県立自然公園
[法規制] 原生自然環境保全地域/自然環境保全地域/都道府県自然環境保全地域
[データ] 貴重な動植物の生息推移・生息区域図
[法規制]都市計画区域・用途地域・市街化調整区域
[データ] 人口の推移・将来予測/土地利用区分別の面積の推移
土地利用現況図/自然風景の眺望スポットの位置図/低・未利用地の分布
図/別荘等の開発分布図
② 自然環境の評価(土地分級評価・土地利用機能評価)
市域全体など広域レベルの自然環境の検討を行う際には、貴重さの度合いが異なる多様な
自然環境資源が存在しているため、何が大切な資源であるかが分かりづらくなっていること
が多い。そのような場合には、土地を機能別に評価し、自然環境の貴重さや保全の重要性の
度合い(ランク)を把握することが効果的である。
土地の評価には様々な方法があるが、土地が持つ要素や属性ごとに評価を行いそれらを重
ね合わせて評価する方法が一般的である。その方法としては、レイヤー法またはメッシュ法
が使われることが多い(詳細は、
「土地利用調整計画策定ハンドブック(国土交通省)
」
「総合
的な土地利用評価マニュアル(旧国土庁)
」などを参照)
。
図 評価項目と手法の例
評価項目の例
○土地保全機能(地形・地質・土壌)
○生態系保全機能(植生・動物)
○水資源保全機能
○自然景観保全機能
○農林業保全機能
など
評価方法の例
○レイヤー法(オーバーレイ法)
…評価項目の単位の境界線を活かして
重ね合わせして評価する方法
○メッシュ法
…土地をある単位に区分(例:1km 四
方メッシュ)して、その区分ごとに
評価する方法
③ 自然環境の現況・課題の整理と基本方向の検討
①∼②を通じて把握した内容を土地分類や地域別にまとめることで、自然環境の現況特性
や課題が分かりやすく整理することができる。また、この段階で、基本的な土地利用の方向
性を確認しておくことで、その後の土地利用の方針の検討の取り掛かりとなる。
表 高島市における土地分類別の課題と基本的な土地利用の方向性の整理の例(抜粋)
土地分類
現況・課題
山林
・市域の 72%を山林が占めていることから、多く
の土砂災害危険箇所が存在する。
・水田跡人工林が、山村景観を阻害している。
・分水嶺に自然植生を取り戻す必要があり、併せ
てブナ、ミズナラの林の保全が必要。
・里山の放置、管理不足、荒廃が進んでいる。
農地
・離農等に伴う農振除外の要請あり。
・後継者不足から農家数、農業者数減少による耕
作放棄地が拡大している。
・高齢化が進行し、棚田など条件不利地の管理が
困難になってきている。
・遊休農地解消のために農地の有効利用が望まれ
ている。
・農振白地に耕作放棄地が拡大している。
水辺
・洪水危険箇所が多い。
・湖岸の風景を保全する必要がある。
・河畔林等の保全
・湧水・水源地の保全
・内湖の保全
・浜欠けが生じている
・松食い虫による松枯れが拡大している
基本的な土地利用の方向性
・里山や山林は、居住環境や生態系を守るとともに、
災害防止や水源地としての役割などの公益的機
能が高められるよう維持保全に努める。
・豊かな自然環境を活かし、レクリエーション活動
や学習の場として保全活用するとともに、エコツ
ーリズムの舞台として整備を図る。
・農地の集団性や生産性、公益的機能の発揮の観点
から、将来にわたって守るべき農地の保全を図る。
・農村集落周辺や市街地周辺などについては、土地
の有効利用を図るため、他用途への転用を検討す
る。
・条件不利地における農地の保全活用が図られるよ
う、集落等による共同作業や保全活動を支援し、
不耕作地の拡大を防止する。
・災害危険箇所における開発行為等を抑制すると共
に、災害防止のための施設整備を図る。
・水辺の風景や生態系を保存・活用したレクリエー
ション施設や機能を高める土地利用を誘導する。
・本市の特性とも言える豊で美しい水が守られるよ
う、水源や水脈の保全を図る。
④ 土地利用計画(方針)の策定
自然環境の保全・形成を意図した土地利用調整を行うためには、市域を区分し(ゾーニング)、
その区域に対応した土地利用の方針を設定することが有効である。ゾーニングは、前頁の土
地分級評価や基本方向などを基本とし、それらに住民意向や行政の政策判断を加味して将来
の土地利用の方向性を決定することが一般的である。
図 自然系や農業/集落系のゾーンが設定された土地利用誘導区域図の例(兵庫県篠山市)
⑤ 実現手法の検討
良好な自然環境の保全や形成の実現化の方法としては、土地利用ルールの検討、行政内部
の横断的な体制整備と他の計画や事業等との連携、保全や活用の担い手づくりの3つのアプ
ローチが代表的である。
a.土地利用ルールの検討
b.行政内部の横断的な体制整備と他の計画や事業等との連携
c.保全や活用の担い手づくり(地域住民等と連携した保全や利活用)
a.土地利用ルールの検討
良好な自然環境の保全や形成の実現に際しては、保全の必要性の度合いに応じた規制を設
定したり、自然環境の保全活用や地域の活力の向上などに資する必要な開発を特定の地域に
誘導したりするなど、メリハリのある土地利用を行うことが効果的である。
その実現の手段として、都市計画や農業振興地域などの法律に基づく指定区域の見直しを
行うことや、まちづくり条例などの自主条例を制定することで土地利用方針図と連携した独
自の土地利用ルール(地域住民との協議や行政窓口等の手続き、立地基準・技術基準等の設定
など)を運用するなどの方法がある(詳細は、
「土地利用調整計画の策定事例集(国土交通省)
」
「土地利用調整計画策定ハンドブック(国土交通省)
」などを参照)
。
b.行政内部の横断的な体制整備と他の計画や事業等との連携
良好な自然環境の適切な保全や形成に関わる土地利用は、山林・河川の管理、農林業の振
興、景観保全、集落・市街地整備など多様な分野にまたがる。そのため、計画の運用に際し
て総合計画・環境基本計画や都市計画マスタープラン等の他計画と連携すると共に、他の部
局が主体となって行う事業の計画や実施に際しても、事業内容が自然環境の保全や形成に寄
与するように調整・連携することが大切である。
c.保全や活用の担い手づくり(地域住民等と連携した保全や利活用)
近年では、森林・里山・田園・身近な水辺空間の保全に際して、住民やNPO等が積極的
に関与するケースも多い。これらの団体等の活動と連携しながら、自然環境資源の保全や利
活用を実施することも大切である。
また、農業や生垣・屋敷林のように、人の営みが作り出す良好な自然環境については、持
続的に保全されるように助成金や支援プログラムを用意したりすることも有効である。例え
ば、長野県松川村では田園景観の保全のために、生垣・屋敷林・土蔵などの保全に対する助
成金制度を設けている。
以上のようなプロセスを踏まえ、自然環境の保全・形成を意図した土地利用調整の解決モ
デルは、次頁のように示せる。これらを実現するに当たっては、次のような点に留意する必
要がある。
○自然環境の保全や有効な活用に際して判断を行う際は、住民等の意向の把握に努めるこ
と。また、自然環境に関わる情報等の周知に努めること
○自然環境に関わる部局は多岐にわたるために、行政内部の横断的な連絡・調整の体制づ
くりを構築すること
図 自然環境の保全・形成を意図した土地利用調整の解決モデル
基本情報の把握
■自然環境に関する諸情報の収集
○良好な自然環境を形成する資源を把握する
○法規制や関連データ等を把握する
■自然環境の評価
(土地分級評価・土地利用機能評価)
■住民の意向の把握
計画 方(針 の)策定
アンケート実施
■自然環境の現況・課題の整理と基本
方向を検討する
■土地利用計画(方針)の策定
・自然環境の保全や形成の方針
委員会等の開催
■庁内の横断的な体
制による検討
・土地利用方針図(ゾーニング図)など
■実現手法の検討
○土地利用ルールの検討
実現化
○行政内部の横断的な体制整備と他の計画や事業等との連携
○保全や活用の担い手づくり(地域住民等と連携した保全や利活用)
3)災害危険度の高い地域への対応
自然災害には、主に地震に伴う津波の発生や活断層による亀裂の発生、土砂等の流出など
が想定でき、これらへ適切に対応するためには、土地利用計画に基づく規制・誘導だけでな
く、様々な検討が必要となる。一般には、次のようなプロセスで検討を進めることが妥当で
あると考えられる。
① 被害予測の把握
土地利用計画の策定に当たっては、まず、被害予測を把握し、対象となる地域の確定とそ
の対応策を検討する必要がある。また、必要に応じて防災マップを作成・配布するなど、予
め住民に対して周知を図ることも、その後の取組に有効である。
② 地域防災計画との連携
自然災害へ対応するためには、被害を予防する、避難地・避難路を確保する、住民の活動
を進める等の施策を総合的に実施する必要がある。そのため、市町村が策定する地域防災計
画で示すとともに、被害予測地域が広範囲に及ぶ場合は、都道府県が策定する地域防災計画
との整合を図り、これらと土地利用計画の十分な連携を図ることが求められる。
③ 被害予測地域への対応手法
災害危険度の高い地域が確定したら、それに対応する手法として、以下の事項が想定でき
る。なお、これらは地域防災計画の策定と並行して進めることも可能であると考えられる。
a. 土地利用の規制・誘導
b. 被害を軽減させるための各種事業の実施
c. 住民の活動等(被害の発生予防、発生した場合の避難等)
a. 土地利用の規制・誘導
土地利用計画において示すべき項目とその考え方は次のとおりである。
被害予測地域の概況と課題
・被害予測地域を示し、当該土地の状況を示す
被害予測地域への土地利用 ・上記を踏まえ、今後の土地利用に関する基本的な考え方を整理する
の基本的な考え方
土地利用の規制・誘導方針
被害予測に応じて、次のような規制・誘導の方針を整理する。
・土地利用を制限する(例:新たな土地利用転換を禁止する)
・土地利用に一定の制限を加える(敷地内に○%の空き地を確保する)
・土地利用に配慮を求める(例:建物の耐震性能を強化する)
実現化の方策
被害予測に応じて、次のような方策を整理する。
・公共施設の整備等に関する事項を定める
(例:公園や広場等の避難地の確保、防災工事の実施等)
・耐震に関する取組を整理する(耐震診断を実施する等)
b. 被害を軽減させるための各種事業の実施
被害を軽減させるための各種事業として、次のようなメニューが想定できる。
○避難地・避難路の整備
・避難人口及び避難行動の予測に基づき、避難地と避難路の整備を行う
・併せて、避難誘導灯や防災備蓄に必要な物資などの関連施設の整備を行う
○土砂流出や急傾斜の崩壊を予防する防災工事の実施
○建築物の耐震診断・補強
・施設の所有者を問わず、建築物の耐震状況を把握し、その補強を進める
・公共施設は避難場所及び避難生活の場として重要であるため、耐震補強に積極的に
取組む
・必要に応じてブロック塀や看板、自動販売機等の倒壊の危険があるものを改善する
c. 住民の活動等(被害の発生予防、発生した場合の避難等)
被害が発生した場合の円滑な避難行動や消火活動などを行うため、地域住民の意識啓発と
ともに、自主的な防災活動を進める必要がある。
また、防災に対する意識の向上を図るため、パンフレットの作成・配布など、情報の提供
などに取り組むことも大切である。高知県では、南海地震の被害が県内の沿岸部の広範囲で
予測されていることから、県が中心となり、パンフレットの作成や広報活動などに取組んで
いる。
以上のようなプロセスを踏まえ、災害危険度の高い地域の解決モデルは、次頁のように示
すことができる。これらを実現するに当たっては、次のような点に留意する必要がある。
○中長期的な視点で取組むこと
○行政内部の横断的な連絡・調整の体制づくりを構築すること
○住民への情報開示や周知、また、参加が必要であること
図 災害危険度の高い地域の解決モデル
■災害危険度の把握
災害の発生予測
被害の予測(対象の区域、被害状況)
住民等への情報
提供・周知
■災害への対応策の検討
災害対策のための総合的な計画の策定
他の計画への
○地域防災計画(都道府県、市町村)
位置づけ 等
○防災都市づくり計画 等
規制・誘導
○土地利用計画の策定
・対象地区の位置づけの明確化
・土地利用の誘導方針等の検討
○新たな災害危険地域の指定
・土地利用の規制等(例:砂防地域の指定等)
・防災工事
・建築物の耐震診断、耐震補強の実施や民間建築物への支援
・倒壊危険物の実態調査とその対策の実施
○住民の活動等
住民活動等
・地域の状況を知る(まち歩きの実施により地域の実態を把握する、
避難弱者の把握、住民意識の把握)
・防災に関する学習(先進地区の視察やヒアリング、勉強会の開催等)
・自主的な防災活動の実施(自主防災組織の設置、避難訓練の実施等)
︵都道府県と市町村/庁内︶
・避難地・避難路の整備/避難誘導灯、案内板の整備
横断的な体制づくり
事業の実施
○災害を緩和・軽減する各種事業の実施