2013年6月3日 医療の先進国を目指して戦略的な取り組みを期待!

C-CAST
CORPORATION
業界トピックス
(Vol.16)
株式会社 シ-・キャスト
代表
荻原
健一
医療の先進国を目指して戦略的な取り組みを期待!
-日本版
NIH 実現に向けて-
1.概要
日本の医療は公的医療保険制度の財源逼迫、医師不足や偏在の深刻化、医療機関の閉鎖等によ
る地域医療の衰退など確実に危機が迫っている。レベルが高いとされている基礎研究の成果は医
療現場に生かされているとは言い難い。日本の医薬品と医療機器は国際競争力に乏しく 3 兆円も
の貿易赤字となっている。
1961年に国民皆保険制度が発足してから50年が過ぎた。国民皆保険の発足は,同時に発足した
国民皆年金とともに日本の社会保障制度の確立を告げるものであり,その後の社会保障制度の展
開においても中心的な役割を果たしてきた。
しかし、日本の医療費は 2010 年度で既に 37 兆円に達している。今後、更に高齢化が進むこと
や技術の進歩に伴う医療費の高額化等で 2025 年度には 62 兆円に膨れ上がると予想されている。
優れた研究成果を生かし医療の国際競争力を高めて、これらを成長のエンジンとするためには
今何が求められるのであろうか。
2. 医療を成長戦略の中核に
自民党の新政権は健康・医療産業の競争力強化を経済政策の柱として掲げている。このため医
療の産業化や国際競争力の強化について政府や経済界も認識が高まっており、各省庁の縦割りを
排し、実効性を伴う取り組みがどのように進められるかが今後試されることになる。
一方、政府の動きに併せて製薬企業や医療機器メーカあるいは商社などもライフサイエンス分
野において様々な取組みを始めている。(表1)
CT(コンピュータ断層撮影)装置で世界3位のシェアも持つ東芝メディカルシステムズは昨年9
月に英国のサッカーチーム「マンチェスター・ユナイテッド」と公式パートナー契約を結んだ。
57億円のCT装置などを選手用に無償で貸している。世界的に知名度のあるチームでの使用実績は、
他の多くの国へのアピール材料になると同社は考えている。
また、三井物産は2011年にアジア最大の民間病院グループ「IHHヘルスケア」に出資。今夏にもシ
ンガポールに肝臓疾患などの専門クリニックを設け、日本の医師を送り込む計画を進めている。
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豊田通商も今夏、インドで病院経営に乗り出す。日系企業の病院が増えれば、日本の医薬品や医
療機器のビジネスチャンスが拡大することは明らかである。しかし、既にこれらの国においては
巨大病院が医療ツーリズム(居住国とは異なる国や地域を訪ねて診断や治療を受ける)に力を入
れていることもあり、後発の日本勢がどこまで食い込めるかは未知数である。
企業
時期
概要
三井物産
2011年5月
アジア最大の民間病院グループ「IHHヘルス
ケア」に出資
武田薬品工業
2011年9月
スイスの製薬大手「ナイコメッド」を1兆円で
買収
富士フィルム
2012年3月
米国の医療機器大手「ソノサイト」を780億円
で買収
東芝メディカルシス
テムズ
2012年3月
ブラジルにCTや超音波診断装置の生産工
場を設立。トルコに現地法人
ソニー、オリンパス
2012年4月 外科用内視鏡の製造・販売会社を設立
日立製作所
2012年4月
粒子線ガン治療装置の受注目指し、ロシア
の医療機関と提携
豊田通商、セコム医
療システム
2013年 夏
インド・バンガロールに総合病院を設立、運
営開始予定
表1 ライフサイエンス分野拡大に向けた企業の取り組み
一方、製薬企業各社においても新興国市場を狙い、海外でのM&A(合併・買収)に活路を求めて
いる。武田薬品工業はスイスの製薬大手「ナイコメッド」を2011年に約1兆円で買収し、海外での
販売拠点を増やすことにより海外展開をスピードアップする。大日本住友製薬は2012年にがん治
療薬を手がける米バイオベンチャーのボストン・バイオメディカル社を総額26億ドルで買収した。
このように日本企業における取り組みも漸く動き始めている。日本企業の技術力が新たな医療
産業を産み出し、経済成長や雇用の創出、ひいては国民の健康増進につながることを期待したい。
3. 日本版NIHの創設へ
このような状況の中で、政府は米国国立衛生
研究所(NIH)と同様に医薬品・医療機器分
野の研究開発で司令塔機能を担う「日本版NI
H」の創設構想の概略をまとめた。
新組織は独立行政法人の形態となり、厚生労
働省など関係各省にまたがる医療関連の研究
開発予算を「調整費」などの名目で受け取って
一元的に管理し、重点分野へ戦略的に配分する。
新組織の運営方針を決める機関として首相や
関係閣僚らによる「推進本部」を内閣に設置し、
研究開発の総合戦略を策定する。(図1)
図1 日本版NIHの創設の役割
新しい独法は有望な医薬品や医療機器の研究
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開発を基礎から臨床応用の段階まで一貫して指揮し支援する。具体的には推進本部が示す総合戦
略に基づき(1)個別研究テーマの選定(2)研究の進捗(しんちょく)管理(3)事後評価―
などを手がける。(図2)
図2.政府が進める医療改革イメージと日本版NIH
日本版NIHは、医療関係の企業と協力し、研究開発成果を早期の新薬開発や医療機器の実用化
などにつなげる。政府は、経済再生に向けて本年6月にまとめる新成長戦略に創設方針を明記し、
関連法を整備したうえで、2014年度中の設置を目指している。
しかし、実現に向けた課題も少なくない。日本版NIHが司令塔として機能するには各省庁が縄張
り意識を捨てることが不可欠である。更には予算の一元化には各省庁の不満も根強い。縦割り行
政を排して、国家プロジェクトとして医療の産業化を進められるかどうかが課題となる。
4. 終わりに
世界の製薬企業の売上高ランキングは米国ファイザーの577億円を筆頭にほぼ10位までが200億
ドルを超えている(2012年3月期)
。これらは米国とEUの企業が独占するという構図はここ何年も
変わっていない。日本のリーディングカンパニーである武田薬品工業ですら、200億円レベルには
到達していない。
巨額の研究開発費を手当するには、規模の優位を発揮する業界再編や海外企業との提携が必要
である。また、国内での研究開発を促進するには税制面での支援も必要である。最先端の医療技
術や新薬開発はますます国際競争力が激しくなり、国の司令塔機能は一層重要になる。
既に欧米勢の製薬企業や医療機器メーカは、巨額の研究開発費を掛けて開発した新製品を世界
各国で展開している。
「日本版NIH」の創設が、周回遅れとなっている日本の医療行政を救う重要な役割を担うことに
期待したい。
以上
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