機能性ディスペプシアを 知っていますか - Credentials(クレデンシャル)

特集
機能性ディスペプシアを
知っていますか
機能性ディスペプシアは器質的な原因が見つからないのに腹部症状を呈する疾患です。馴染
みのない病名ですが、かつては慢性胃炎などの診断名があてられていました。最近、疾患の概念
が 確 立し、診 療ガイドラインも整 備されました 。しかし、プライマリ医 療 現 場 の 隅 々 にまで
浸透するにはまだ時間がかかりそうです。日本の上部消化管領域の診断・治療のあり方は大きく
変わり始めています。機能性ディスペプシアの診療について慶應義塾大学医学部医学教育統轄
センター教授の鈴木秀和氏に概括していただきます。
Credentials No.96 September 2016
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機能性ディスペプシアを
知っていますか
監修
鈴木 秀和氏
慶應義塾大学医学部
医学教育統轄センター教授
不全、胃の知覚過敏、胃の内容物の排出異常、酸感受性
QOLを損なう慢性疾患
の亢進などが考えられていますが、完全には解明されて
いません。FDと喫煙、不眠、飲酒などの生活習慣との関
食べ物を食べて食塊が胃に運ばれてくると、胃の上部
連も複数の研究で報告されています。上部消化管の内
が弛緩してそれを一時的に収容します。胃酸や酵素(胃
視鏡検査やその他の画像検査などを行っても明らかな
液)と混ぜ合わせられた食塊は消化されやすい形になっ
異常所見が認められず、適切に診断されない患者が少
て幽門部から十二指腸に送り出されます。
なくないのがこの疾患の特徴と言えます。
胃の運動機能障害が生じて、
貯留機能が損なわれると、
FD患者は日本の一般人口の約10%で、男性より女性
食塊が食道から胃に入ってきても胃の上部がうまく広が
に多く、幅広い年齢層で見られます。FD患者の予後は
らず、食塊を留めておくことができなくなります。それ
決して悪くありませんが、さまざまな症状のために日常
によって早期飽満感や痛みが起こりやすくなります。ま
生活が大きく影響を受け、QOLや労働生産性が低下し
た、胃の排出能が低下して胃内に食物が長時間停滞する
ます。
と胃壁の持続的な伸展、食塊の刺激などにより胃のもた
れ感が起こり、さらに知覚過敏が生じることで、みぞおち
の痛みや灼熱感などが起こることが考えられます
(図1)
。
Rome基準と日本人のFD
機能性ディスペプシア(functional dyspepsia:FD)
は、
1987年にアメリカ消化器病学会で消化器疾患の新し
潰瘍や悪性腫瘍などの器質的疾患がないにもかかわ
い概念として
「非潰瘍性消化不良
(non-ulcer dyspepsia:
らず、さまざまな症状が慢性的に生じる疾患です。みぞ
NUD)
」が提唱されたのをきっかけに、消化管領域の診療
おちあたりに生じる灼熱感、痛み、胃もたれ、早期飽満
のあり方が少しずつ変わってきました。それまでは、慢
感などの症状があると、以前は神経性胃炎、ストレス性
性胃炎など、上部消化管領域の不定愁訴に対しては積
胃炎などと呼ばれていました。
極的な診断・治療は行われていませんでした。その後、
FDの病態は複雑で、その機序として食後の胃の拡張
国際消化器病学会の国際作業部会で議論が繰り返され、
器質的病変を伴わず消化器症状を起こす病態である機
貯留機能障害
排出機能障害
(症状:早期飽満感、食欲不振など) (症状:胃のもたれ、重く感じるなど)
能性消化管障害(functional gastrointestinal disorders:
FGIDs)についての診断基準と治療法を確立するために
Rome委員会が発足しました。FGIDs診療の国際標準と
なるRome基準はⅠ、Ⅱ、Ⅲと改訂が重ねられ、2016年5
月にRomeⅣが発表されました。
RomeⅣではFGIDsの病型は次のように分類されてい
ます。
A 機能性食道障害
B 機能性胃・十二指腸障害
図1 │ 機能性ディスペプシア─ 運動機能障害
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Credentials No.96 September 2016
C 機能性腸障害
D 消化管由来腹痛の中枢介在性障害
機能性ディスペプシアを知っていますか
E 機能性胆嚢・乳頭括約筋障害
F 機能性直腸・肛門障害
G 新生児および乳幼児の機能性消化管障害
ヘリコバクター・ピロリ関連
ディスペプシア(HpD)
H 小児・青年期の機能性消化管障害
病理組織学的に慢性炎症が確認できる慢性胃炎のほ
FDは機能性胃・十二指腸障害に含まれています。
「①つ
とんどがヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)感染による
らいと感じる食後のもたれ感、②つらいと感じる早期飽
ものであり、内視鏡検査でピロリ菌の感染が確認された
満感、③つらいと感じる心窩部痛、④つらいと感じる心
場合は除菌が行われます。2013年2月にピロリ菌感染
窩部灼熱感のうち1つ以上があり、かつ症状を説明しう
胃炎への除菌治療が保険適用となりました。
る器質的疾患がない」状態が少なくとも6カ月以上前に
日本ではピロリ菌感染者が多いことが知られています。
始まり、直近3カ月以内にいずれかの症状がある場合、
ピロリ菌に感染した人の胃には組織学的な胃炎が認め
FDと診断されます。FDはさらに、食後のもたれ感や早期
られますが、その多くでは症状が見られず、一方で、ピロ
飽満感を伴う「食後愁訴症候群」
(postprandial distress
リ菌感染のない人に上腹部の愁訴が見られることもあ
syndrome:PDS)と、みぞおちの痛みや灼熱感を伴う
ります。このことから、組織学的な慢性胃炎とは別の枠
「心窩部痛症候群」
(epigastric pain syndrome:EPS)
組みの疾患としてFDが注目されるようになりました。
に分類されますが、2つの症候群が併存する場合もあり
ピロリ菌が原因となるディスペプシアの扱いについ
ます。
ては、多くの場で議論されてきました。ピロリ菌感染は、
なお、Rome基準は臨床試験や治験を想定した場合の
組織学的にも内視鏡的にも同定可能な胃の器質的病変
指標という意味合いが強く、実地診療ではそこまでの厳
を来す主要な原因であるにもかかわらず、それに伴う
密さを求めていないことが多いようです。
ディスペプシアは機能性疾患、
つまりFDの範疇で扱わ
しんか
日本独自の診療ガイドライン
れてきたという経緯があります。
2014年に京都で
「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎に
関する京都国際コンセンサス会議」
(日本消化器病学会
日本でもFDの標準的な診断・治療のための指針は専
主催)が開催され、ピロリ菌感染とFDに関する問題が
門医だけでなく、プライマリ・ケアにあたる一般医にも
集中的に議論されました。会議では、①慢性胃炎の分
必要とされ、日本消化器病学会は『機能性消化管疾患診
類、②ピロリ菌に起因するディスペプシアを「ピロリ菌
療ガイドライン2014─ 機能性ディスペプシア(FD)
』を
関連ディスペプシア(H. pylori -associated dyspepsia:
2014年4月に刊行しました。
HpD)」としてFDと区別、③ピロリ菌感染胃炎の適切な
日本消化器病学会のガイドラインは、FDを「症状の原
診断法、④除菌の時期、対象、方法について議論されま
因となる器質的、全身性、代謝性疾患がないのにもかか
した。
わらず、慢性的に心窩部痛や胃もたれなどの心窩部を中
ピロリ菌感染による胃炎、特に萎縮性胃炎の改善には
心とする腹部症状を呈する疾患」と実質的かつわかりや
時間がかかり、一過性の治療効果を除外するためにも
すい表現で定義しています。さらにFDの判定基準とな
少なくとも6~12カ月経過した後に症状を確認する
る症状の持続期間を
「慢性的」
として、実際に治療にあた
必要があります。このことを踏まえ、会議ではピロリ菌
る医師の判断にある程度ゆだねる格好になりました。こ
除菌治療を行い6~12カ月後に症状が消失または改善
うしてRome基準とは差別化され、日本の実臨床に則し
している場合はピロリ菌関連ディスペプシアと定義し、
た形でFD診療の独自性が打ち出されました。
FDとは別の疾患概念とすべきという考え方が提唱され
さらに消化器科専門医用とは別にプライマリ・ケア用
ました。
の簡略版の「診断と治療のフローチャート」が記載され
これを受けRomeⅣ基準では、ピロリ菌関連ディスペ
たことで、これまで個々の一般医の見立てで行われてき
プシアについて、
「ピロリ菌陽性でディスペプシア症状が
たFDの診療は、的確な診断、標準的治療へ導くことが可
ある場合、除菌後6~12カ月経過して症状が消失、ある
能になりました。もちろん、FDの診断では器質的疾患
いは改善した場合はピロリ菌関連ディスペプシアとする」
を除外することが重要であり、日本消化器病学会のガイ
と新たに記載されました。
ドラインでも内視鏡検査を行うことを推奨しています。
また、RomeⅣ基準ではピロリ菌除菌治療が薬物治療
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