JRIA24 研 開 マ ネ 平成 24 年度 研究開発マネジメント専門委員会 調査研究報告書 -グローバル競争下における利益 創出のための技術開発戦略と 研究開発マネジメントのあり方- 平成 25 年 3 月 社団法人 研究産業・産業技術振興協会 この事業は、競輪の補助金を受けて実施したものです。 http://ringring-keirin.jp/ 平成 24 年度 研究開発マネジメント専門委員会 調査研究報告書 -グローバル競争下における利益 創出のための技術開発戦略と 研究開発マネジメントのあり方- 平成 25 年 3 月 社団法人 研究産業・産業技術振興協会 は し が き 研 究 開 発 マ ネ ジ メ ン ト 専 門 委 員 会 は 平 成 14 年 度 に 発 足 し 、 本 24 年 度 は 11 年目の委員会活動となった。発足当初より研究開発マネジメントに一般解はな いという考え方の基に「研究開発を推進するための先進的なマネジメント事例 を調査し、研究開発マネジメントのあり方のヒントを見出す」ことを主目的と して活動を継続してきた。 この間、国内外での社会情勢も大きく変化し、情勢の変化に応じて研究開発 マ ネ ジ メ ン ト に 求 め ら れ る 調 査 内 容 も 大 き く 変 化 し て き た 。平 成 1 5 年 度 か ら 平 成 1 7 年 度 に か け て は 、国 内 外 で の 競 争 激 化 に 対 応 す る「 研 究 開 発 の ス ピ ー ド ア ップ」を目指して「研究開発を加速する研究開発マネジメントツール」の調査 研究を行った。初期段階では、マネジメント全体像を掴んだ分析や各業種業態 や研究段階に応じた評価手法に関心が持たれており、研究開発を戦略的かつ効 率的に進めるための基礎知識や判断材料になったものと考えている。その後、 平 成 17 年 度 か ら は 、 よ り 先 進 的 な 事 例 を 調 査 す る こ と を 意 図 し て 、 技 術 経 営 ( M O T ) を 意 識 し た「 研 究 開 発 の 死 の 谷 を 克 服 す る た め の 技 術 経 営 に つ い て の 調 査 研 究 」を 、更 に 平 成 18 年 度 か ら は「 イ ノ ベ ー シ ョ ン ・ マ ネ ジ メ ン ト 」の 視 点 を 加 え た 調 査 、平 成 1 9 ~ 2 2 年 度 に か け て は 事 業 戦 略 を 睨 ん だ イ ノ ベ ー シ ョ ン 創 出 のための研究開発についてと、オープンイノベーションをはじめとする効率的 な研究開発を実現するための考え方や手法について継続的な調査活動を実施し て き て い る 。ま た 、平 成 2 3 年 度 以 降 は 世 界 的 な 経 済 動 向 の 急 激 な 変 化 や ア ジ ア を中心とする経済発展国の成長に伴う市場変化に対応した研究開発やマネジメ ン ト 手 法 の 変 化 と い う 観 点 か ら 調 査 を 実 施 し て き た 。平 成 2 3 年 度 は ア ジ ア を 中 心とする市場動向の変化を背景に、事業の海外展開の進展と研究開発マネジメ ントの関係を明らかにするべく調査を実施した。研究開発マネジメント専門委 員会では、従来からフィンランド、オランダ、ドイツ、スイス、フランス等の 先 進 的 な EU 各 国 の 研 究 開 発 マ ネ ジ メ ン ト を 訪 問 調 査 し て き た が 、 EU の ギ リ シ ャに端を発する経済不安などからその重要性や調査の観点も変化してきている と考えられる。今後は、国際的な市場動向や企業の活動戦略の変化に対応した 調 査 対 象 及 び 内 容 に シ フ ト し て い く こ と が 重 要 で あ る 。平 成 2 1 年 度 以 降 は 経 済 状況の悪化が影響し、海外調査が困難となっているが、今後の企業成長を促す 研究開発マネジメントという新たな視点から調査を企画していく必要があるも のと思われる。 ま た 、 平 成 24 年 度 は グ ロ ー バ ル な 市 場 変 化 と モ ノ づ く り の 環 境 変 化 の な か 、 研究開発投資が事業利益の創出に寄与していないのではないかという危機感か ら、グローバルな競争下で利益創出のための仕組み、技術・知財戦略などに焦 点を当て、この分野の研究を遂行されている研究者の講演調査と、利益創出の ための先進的な活動を実施している企業の訪問調査を実施した。 本書が今後の研究開発マネジメントを考える上で、何らかの参考になれば幸 いである。最後に、今年度の調査に際して多大なるご協力を頂きました講演講 師、訪問先企業・団体の皆様方には深甚なる謝意を表します。 社団法人 研究産業・産業技術振興協会 研究開発マネジメント専門委員会 平 成 24 年 度 研 究 開 発 マ ネ ジ メ ン ト 専 門 委 員 会 委員名簿 ( 平 成 25 年 3 月 現 在 ) <委員長> 大野 定俊 (株 )竹 中 工 務 店 技 術 研 究 所 企 画 部 長 <委員> 渥美 有介 大 日 本 印 刷 ( 株 ) 研 究 開 発 ・事 業 化 推 進 本 部 エ キ ス パ ー ト 板谷 和彦 (株 )東 芝 研 究 開 発 セ ン タ ー 電 子 デ バ イ ス ラ ボ ラ ト リ ー 研 究 主 幹 井上 隆夫 (株 )リ コ ー グ ル ー プ 技 術 企 画 室 事 業 企 画 室 室 長 小沼 良直 (一 財 )日 本 総 合 研 究 所 東 京 事 務 所 主 席 研 究 員 内平 直志 (株 )東 芝 研 究 開 発 セ ン タ ー 技 監 酒井 俊彦 大阪府立大学 統括コーディネータ 佐 久 田 昌 治 (株 )日 本 総 合 研 究 所 研 究 顧 問 ( 平 成 25 年 2 月 ま で ) 住友 宏 (株 )K R I 副 社 長 高井 剛 鹿 島 建 設 (株 ) 技 術 研 究 所 研 究 管 理 グ ル ー プ 上 席 研 究 員 高田 謙一 (株 )I H I 技 術 開 発 本 部 管 理 部 技 術 企 画 グ ル ー プ 主 査 谷口 雅人 日 本 精 工 (株 ) 技 術 開 発 本 部 技 術 企 画 室 主 幹 寺井 弘幸 日 本 電 気 (株 ) 政 策 調 査 部 シ ニ ア エ キ ス パ ー ト 冨樫 良一 (株 )小 松 製 作 所 技 術 統 括 部 主 査 中務 貴之 (株 )日 本 総 合 研 究 所 総 合 研 究 部 門 公 共 コ ン サ ル テ ィ ン グ 部 副主任研究員 永田 秀昭 大 阪 ガ ス (株 ) 顧 問 行谷 武 古 河 電 気 工 業 (株 ) 研 究 開 発 本 部 企 画 部 主 査 新関 崇 (一 財 )日 本 総 合 研 究 所 東 京 事 務 所 主 任 研 究 員 畠山 靖彦 筑波大学 産学連携本部 技術移転マネージャー 細川 久雄 大 日 本 印 刷 ( 株 ) 研 究 開 発 ・事 業 化 推 進 本 部 前田 賢二 東 京 ガ ス (株 ) 技 術 戦 略 グ ル ー プ 企 画 チ ー ム チ ー ム リ ー ダ ー 山﨑 雄介 清 水 建 設 (株 ) 技 術 研 究 所 上 席 マ ネ ー ジ ャ ー 吉村 哲哉 (株 )三 菱 総 合 研 究 所 経 営 コ ン サ ル テ ィ ン グ 本 部 産業戦略グループ 主任研究員 ( 50 音 順 ) 佐 久 田 昌 治 様 に お か れ ま し て は 平 成 2 5 年 2 月 に 逝 去 さ れ ま し た 。こ こ に 謹 ん で お悔やみ申し上げますとともに、これまでのご功績に深く御礼申し上げます。 <訪問調査にご協力をいただいた方> 尾形 秀樹 (株 )I H I 技 術 開 発 本 部 管 理 部 技 術 企 画 グ ル ー プ 主 査 <研究開発動向実態調査にご協力をいただいた方> 太田 与洋 東京大学 産学連携本部 教授 尹 諒重 名古屋商科大学 経営学部 専任講師 <事務局> 大嶋 清治 (社 )研 究 産 業 ・ 産 業 技 術 振 興 協 会 専 務 理 事 松井 功 (社 )研 究 産 業 ・ 産 業 技 術 振 興 協 会 調 査 研 究 部 長 小林 一雄 (社 )研 究 産 業 ・ 産 業 技 術 振 興 協 会 企 画 交 流 部 長 清水 淳 (社 )研 究 産 業 ・ 産 業 技 術 振 興 協 会 総 務 部 長 前佛 伸一 (社 )研 究 産 業 ・ 産 業 技 術 振 興 協 会 調 査 研 究 部 次 長 松田 香織 (社 )研 究 産 業 ・ 産 業 技 術 振 興 協 会 企 画 交 流 部 主 任 兼 総 務 部 主 任 石塚 美香 (社 )研 究 産 業 ・ 産 業 技 術 振 興 協 会 調 査 研 究 部 目 第1章 次 調査の目的と概要 1.1 背景と目的 ------------------------------------------------------ 1 1.2 調査活動の概要 -------------------------------------------------- 3 1.3 今年度の活動成果とまとめ ---------------------------------------- 11 第2章 2.1 講演聴講による調査 「“モノづくり”が通用しないグローバル市場の登場 -仕組みづくりと知財戦略への転換に向けて-」 ---------------- 東京大学知的資産経営研究プロジェクト客員研究員 2.2 東京大学 ------------------ 先端科学技術研究センター 教授 20 渡部俊也氏 「特許から考える勝つための研究開発 -技術のコモディティ化を見極める」 内田・鮫島法律事務所 2.4 小川紘一氏 「オープン知財戦略からデザイン・ブランド戦略まで: 知財戦略の最先端」 2.3 15 弁理士・弁護士 「ビジネスモデルのイノベーション ---------------- 25 鮫島正洋氏 ~異業種からの移植」----------- 33 早稲田大学ビジネススクール(大学院商学研究科ビジネス専攻) 教授 第3章 山田英夫氏 訪問・ヒアリングによる調査 3.1 株式会社小松製作所----------------------------------------------- 47 3.2 株式会社村田製作所 –--------------------------------------------- 54 3.3 大阪ガス株式会社 ------------------------------------------------ 62 第1章 調査の目的と概要 1.1 背景と目的 1.2 調査活動の概要 1.3 今年度の活動成果とまとめ 第1章 1.1 調査の目的と概要 背景と目的 2010 年 後 半 か ら 2011 年 初 頭 に か け て 、 リ ー マ ン シ ョ ッ ク 以 来 の 世 界 的 な 経 済 危機からの脱出の兆しが見えかけたのも束の間、ギリシャに端を発する金融不 安は欧州経済を直撃するとともに、世界的な金融不安や円高の進行をもたらし て き た 。 ま た 、 既 に 発 生 後 2 年 を 経 過 し て い る が 、 2011 年 3 月 11 日 に 発 生 し た 東日本大震災は、多くの尊い命を奪うとともに、社会インフラに大きな損害を もたらし、製造業を中心にしたサプライチェーンの損壊、原子力発電所停止に よる電力不足など、日本経済への影響はもとより、生産拠点の見直しや海外シ フトの傾向など、企業活動や事業方針にも大きな影響を与えた。被災地域の復 興は未だ半ばであるが、東日本大震災による生産活動の急激な落ち込みは、 2011 年 末 に は 東 日 本 大 震 災 以 前 の 状 況 に 回 復 し て い る 。 ま た 、 2012 年 末 の 政 権 交代により、デフレ対策への期待の膨らみから、円安、株価の上昇など、経済 の回復への期待が膨らんでいる。 一方で、中国やインドなどのアジア周辺国の経済発展は、社会環境の急激な 変化とも相まって企業戦略にも変化を与えている。地球環境問題に対応して欧 米 諸 国 が 積 極 的 に 進 め て い る 政 策 誘 導 型 の 産 業 施 策 も EU の 経 済 基 盤 の 不 安 か ら トーンダウンする状況とも相まって、国際的な経済活動の視点も開発途上国の 経済成長を睨んだ対応へとシフトしている。 こうした新興国市場においても持続的発展を見据え、新たな経済価値を作り 出すとともに、我が国の高い研究開発力を活かして国際競争力を更に強化して いくことが望まれている。しかし、我が国の強みや研究開発力の活用という意 味では、未だ十分に対応できているとは言い難い。最近では韓国、台湾、中国 などアジア諸国の激しい追上げもあり、特にコモディティ化した電子製品分野 などでは、苛烈なコスト競争に追い込まれ、なかなか利益を創出できない環境 が続いている。良質なモノづくりのために費やしてきた多大な研究開発投資や 知財活動が利益創出に繋がらなければ、日本の企業基盤の前提条件が覆される 状況にあるといっても過言ではない。日本企業の多くはグローバルな市場拡大 の中で競争力強化に向けてさまざまな取組みを行っているが、従来の良質なモ ノづくりのための研究開発投資や知財活動だけでは事業の利益創出に繋がらな いという指摘があるなか、どのような仕組みやビジネスモデルが重要であるか、 また、新たなビジネスモデルや事業戦略の中で研究開発の果たす役割の変化や 研究マネジメントのあり方を探ることが重要な課題となってきている。 研究開発マネジメント専門委員会では、従来から「研究開発を推進するため の先進的なマネジメント事例を調査し、研究開発マネジメントのあり方のヒン ト を 見 出 す 」 こ と を 主 目 的 と し て 活 動 を 行 っ て き た 。 平 成 23 年 度 は 、 「 グ ロ ー バルな研究開発マネジメントのあり方」という観点から調査活動を継続してき - 1 - た。今年度は、昨年度と同様な視点を持ちつつ、昨今の世界経済環境の変化を 考慮して、事業利益を創出するために有効な仕組みやビジネスモデルは何か、 そのために技術開発戦略・最適な研究開発マネジメントや知的財産マネジメン トは何かという観点から事例調査を行った。 今年度の調査は、「グローバル競争下における利益創出のための技術開発戦 略と研究開発マネジメントのあり方」という視点から講演聴講による調査と、 国内の特徴ある活動を実施している企業の訪問調査を行った。 講演聴講による調査活動としては、最初に東京大学知的資産経営研究プロジ ェクト客員研究員、小川紘一氏から「“モノづくり”が通用しないグローバル 市場の登場-仕組みづくりと知財戦略への転換に向けて-」と題する課題につ いて講演聴講するとともに、今後の企業活動を支える仕組みづくりと知財戦略 のあり方について討議を行った。 2 回目には、東京大学 ンター 先端科学技術研究セ 渡部俊也教授から、「オープン知財戦略からデザイン・ブランド戦略 まで:知財戦略の最先端」と題する課題について講演聴講するとともに、利益 創出に繋がる知財戦略からデザイン・ブランド戦略まで含め、オープン戦略と クローズ戦略の最適な組み合わせなどについて幅広い議論が交わされた。 3 回 目は内田・鮫島法律事務所 弁理士・弁護士 鮫島正洋氏から、「特許から考 える勝つための研究開発-技術のコモディティ化を見極める」について講演聴 講するとともに、技術のコモディティ化を見極めながら、利益創出のために取 り組むべき方向性について討議を行った。 4 回目は早稲田大学ビジネススクー ル大学院商学研究科ビジネス専攻の山田英夫教授から「ビジネスモデルのイノ ベーション ~異業種からの移植」と題して、多くのビジネスモデルの事例に ついて講演聴講するとともに、新たなビジネスモデルの可能性について討議を 行った。 一方、訪問・ヒアリングによる調査活動として、グローバル市場で高シェア の事業領域に特化し高収益を挙げているコマツ、デバイス分野で高い国際競争 力を有している村田製作所を取り上げ、それぞれの技術開発部門を訪問し、グ ローバル競争環境下の中で利益を創出する仕組みやビジネスモデル、技術開発 戦略・研究開発マネジメント、知的財産マネジメントのあり方についてヒアリ ング調査を実施した。また、ビジネス・イノベーションを生み出すための独自 の活動を実施しているという観点から、大阪ガスを訪問し、行動観察研究所及 びオープン・イノベーション室の活動についてヒアリング調査を実施した。 - 2 - 1.2 調査活動の概要 今年度は、グローバルな市場変化とモノづくりの環境変化のなか、研究開発 投資が事業利益の創出に寄与していないのではないかという危機感から、グロ ーバルな競争下で利益創出のための仕組み、技術・知財戦略などに焦点を当て、 この分野について広範な調査研究を遂行されている研究者による講演調査を行 うとともに、グローバルな社会環境の変化に対応して利益創出のための先進的 な活動を実施している企業・団体の訪問調査を実施した。本節では、それらの 概要を紹介する。 1.2.1 講演活動による調査 (1) 「 “ モ ノ づ く り ” が 通 用 し な い グ ロ ー バ ル 市 場 の 登 場 - 仕 組 み づ く り と 知 財戦略への転換に向けて-」 <東京大学知的資産経営研究プロジェクト客員研究員 小川紘一氏> 日 本 企 業 が 置 か れ た 21 世 紀 の 経 営 環 境 : リ チ ウ ム イ オ ン 電 池 、 太 陽 電 池 セル等の 7 割が日本の特許だが、事業面では負けている。デジタル化、 モジュール化が進み、技術蓄積の少ない途上国企業でも部品を調達して 組み合わせれば製品ができるようになったことにより、モノづくりや特 許に優位だったはずの日本企業が、大量普及のステージで市場撤退に追 い 込 ま れ る 。 「 最 先 端 の 技 術 を 持 つ 」、 「 重 要 特 許 を 保 有 す る 」、 「 国 際標準作りの主導権を握る」ということだけだは世界で勝てない時代に なってきた。 グローバル産業構造の転換と欧米企業の変貌:欧米の強い企業は、ビジ ネスモデルと知財マネジメントを巧みにコントロールし、勝ちパターン 作りに成功している。標準技術を使ってコストが下がり大量普及が起こ るオープン領域と、特許や秘密を使って徹底的に囲い込むクローズ領域 を明確に区別し、双方を主導的に決定し、優位性を導き出すことが重要 となっている。 インテルの例では、自社製品はクローズ領域に位置取りし、それをデフ ァクト標準としてリファレンスデザインとともに組立メーカに供給する ことによって大量普及させオープン市場を独占支配している。 米アップルは、特許は非常に少ないにもかかわらず、営業利益率は非常 に高い。誰もが製造可能なハードウェア側を、誰にも見えない上位レイ ヤー側のソフトやビジネスモデルで巧妙に守っている。ブラックボック スである組み込みソフトウェアこそが米アップル競争力の源泉であり、 安価に量産したハードウェアで大きな利益を得ている。このほか、独自 のデザイン、商標権、意匠権、著作権でビジネス全体を守っている。 アジア諸国の産業政策転換:韓国サムスンの戦略は、標準部品等を世界 で安く調達し、組み合わせ、圧倒的に安いコストで量産し、徹底してボ リュームゾーンに持ち込むことである。研究開発投資を抑え、クロスラ - 3 - イセンスによる利用料削減を実現している。エレクトロニクス産業では、 韓国、台湾、中国の躍進が目覚ましいが、日本は、強みを維持しようと、 研究開発費を投入すればするほど利益が上がらない構造的な悪循環に陥 っている。 モノづくりから仕掛けつくりへ:エレクトロニクス産業から始まった産 業構造の変化は、日本が圧倒的に強いといわれる、機能部品、機能材料、 建設機械、産業機械、医療機器、光学デバイス分野にも今後影響が及ぶ と考えられる。これに対応するためには、自社の仕掛けづくりを構築す る必要があり、戦略を立案・実行する人材の育成や、研究開発段階から の仕掛けづくりの立案が必要である。 ( 2 )「オープン知財戦略からデザイン・ブランド戦略まで: 知財戦略の最先端」 <東京大学 先端科学技術研究センター 教授 渡部俊也氏> スマートフォン知財訴訟:アップルとサムスンは、現在、多くの国で知 財係争をしている。スマートフォン関連の特許の流動性が高まっており、 かつてない高額で取引されている。特許取引支援システムは、この 1 ~ 2 年で、中国、韓国、米国など世界的に猛烈な勢いで検討・開設されて おり、韓国、フランス、台湾では政府主導でポートフォリオを組む動き もある。 デザイン主導のイノベーション:イノベーションのトリガーとなってい るものには、アップルのリモコンのようにデザインが主導しているもの が相当数ある。この他、ダイソンの羽のない扇風機、三菱電機の蒸気レ ス炊飯器、ユニチャームの超立体マスクなどが例として挙げられる。 “デザインとは、技術力が、性能や人間的要素、外見、コストパフォー マンスといった顧客ニーズに焦点を当てるプロセス”であり、顧客に大 きな価値を与える要素となっている。 知財制度とデザインの関係:アップルは、知財戦略と経営戦略を連携さ せ、戦略的なデザインパテントの取得を進めている。これに対し、日本 企業は意匠権が効果を疑問視する傾向から、日本の意匠権の出願数は、 最 近 10 年 間 は 単 調 減 少 し て い る 。 中 国 で は 逆 に デ ザ イ ン は 訴 え ら れ な け れば良いという感覚であるが、当局は完全コピーには厳しい面もある。 新興国では、意匠権や商標は見た目にわかりやすいことから侵害排除の 即効性があり、非常に重要な知財ツールである。欧州では、デザインを 商標で保護する動きもある。 デザインの知財マネジメントについては、各種の法律にまたがった複雑 な課題であるが、特許ほどには国際的に調和が進められてはいない。デ ザインを知財でどう保護していくかは新しい課題である。各社知財部門 に蓄積されたデータを分析すればマネジメントのネタは豊富にある。 - 4 - ビジネスモデルと知財戦略:知財戦略としてはオープンとプロプライエ タリの両方の領域での戦略が重要である。オープンな領域を市場に広げ るとプロプライエタリな領域も広がり収益が向上する。オープンな知財 だけではイノベーションが起きても、必ずしも収益化できるとは限らな い。収益を得るには自社のプロプライエタリな知財を組み合わせ、オー プンとクローズを戦略的に使い分けるビジネスモデルを考えることが重 要である。日本企業では戦略的なマネジメントが不足しているのではな いかという危惧がある。 ( 3 )「特許から考える勝つための研究開発 -技術のコモディティ化を見極める」 <内田・鮫島法律事務所 弁理士・弁護士 鮫島正洋氏> 知財活動と企業の競争力指標の関連性: ・知財立国=創造、保護、活用のサイクルを回すことで企業の競争力が 高まる、という考え方。 ・ 「 創 造 ( 研 究 開 発 活 動 )」 を 行 っ て い る 企 業 は 利 益 が 高 い ・「保護」特許保有の中小企業→営業利益率が高い ・「活用」知財活用(技術移転等)により業績がよくなる 知財戦略を支える三つのセオリ -特許戦略によって利益が上がる: 【セオリ①:必須特許ポートフォリオ理論】 必須特許なくしてはマーケット参入の可能性はないが、特許を取得する と独占できるのは製薬業界のみであり、競合同士が必須特許を持つ場合 は品質、価格で競争になる。必須特許がないと特許訴訟のリスクを負う。 マーケットの変化に応じ、必須特許を常にリフレッシュする必要がある。 【セオリ②:知財経営理論】 必須特許をとるにはマーケティングと技術開発のリンクが必要である。 知 財 部 と 研 究 開 発 、 事 業 部 が 協 力 し て 、 特 許 DB と マ ー ケ テ ィ ン グ 情 報 を 融合させることにより開発テーマを決めていく時代に入りつつある。 【セオリ③:知財経営定着理論】 知財活動は法務、実務、戦略の正しい知識を持って、経営上の課題解決 に向けて行われる必要がある。 知財戦略セオリの適用限界 -技術のコモディティ化: 特許で自社製品を保護するという戦略には限界が生まれてきている。 「技術のコモディティ化」とは、満了特許技術のみによって製造できる 製品スペックが市場の要求を満たす状況で、特許による参入障壁が崩れ、 低コスト化の競争に陥らざるを得ない状況である。現代自動車は日本企 業 が 韓 国 で 出 願 し て い な い 7,000 件 強 の 技 術 を 利 用 し て 車 を 作 っ て い る 、 必須特許が取れない分野では特許を取ることはむしろ問題である。 技術のコモディティ化市場における製品開発のビジネスモデルとしては、 3 つのタイプがある。 - 5 - ・ A タイプ:価格を維持し機能(価格以外の付加価値)アップを図る。 いいものを作れば売れるという考え方。 ・ B タイプ:機能はそのまま、価格競争。 ・ C タイプ:新たなプラットフォーム、市場を創造する=ガラケーから スマートフォンへ 日本企業は B タイプより A タイプが得意。知財戦略に注力すべきである。 自社で A タイプで展開したければ中小・ベンチャーと手を組むのも一策 である。 ( 4 )「ビジネスモデルのイノベーション~異業種からの移植」 <早稲田大学ビジネススクール大学院商学研究科ビジネス専攻 教授 山田英夫氏> 成熟業界にこそビジネスモデルのイノベーションが必要である。 ビジネスモデルとは?:ビジネスモデルの定義には、大別すると「顧客 と の 接 点 の 重 視 」、 「 利 益 を 生 み 出 す 仕 組 み を 重 視 」 が あ る 。 こ こ で は 、 「 ビ ジ ネ ス モ デ ル = 儲 け る 仕 組 み ( a framework for making money )」 と 定 義する。また、ビジネスモデルの構築の方法としては、以下の 3 つが挙 げられる。 ① ゼロから構築(アップル、グーグルなど) ② 同業のベンチマーク ③ 異業種のビジネスモデルの移植 異業種にあるヒントを活用する(成熟産業で儲ける仕組み): 他業種をヒントにしてビジネスモデルのイノベーションを実現した事例 紹介 ・スター・マイカ(不動産業):オーナーチェンジで利ざやを稼ぐ(賃 貸収入+販売)モデル ・ コ マ ツ ( KOMTRAX ) : 建 設 機 械 に GPS を 搭 載 し た シ ス テ ム を ベ ー ス と し たさまざまなサービス提供 ・楽天バスサービス(ネット販売):楽天の高速ツアーバスサービス ・日本ゴア(素材メーカ):ゴアテックス ・ブリヂストン(タイヤメーカ):リトレッド(再生タイヤ事業) ビジネスモデルを見る視点:移植可能なビジネスモデルを探す視点 ① 顧客の再定義―誰が顧客か? 青梅慶友病院:高齢者の家族を顧客として再定義し、ブランド確立 ベネッセ:優秀な教師人脈をベースに通信教育事業を成功 エルメッドエーザイ:高齢者を対象にした飲みやすい薬 ガ リ バ ー : 中 古 販 売 業 者 ( 同 業 者 )、 ト ラ ン ス フ ァ ー カ ー : レ ン タ ル 業者の車回収 ② 顧客価値の再定義―顧客が本当にほしいものは何か? - 6 - ヒルティ:工具のリース事業により利益率を向上させた。この他、必 要なサービス提供に限定した、スーパーホテル:チェックアウトなし、 ス タ ー バ ッ ク ス : 禁 煙 、 サ ウ ス ウ エ ス ト 航 空 : 機 内 サ ー ビ ス 削 減 、 QB ハウス:洗髪、髭剃りなし、セブン銀行:法人融資なし、等の事例紹 介 ③ 顧客の経済性―ライフサイクルで顧客に価値を提供 地 下 鉄 構 内 の 蛍 光 灯 : 一 斉 に 切 れ る 信 用 性 ( 東 芝 、 NEC )、 取 り 替 え るまでのコストが重要。 ④ バリューチェーンのバンドリング / アンバンドリング 電通(バンドリング):広告枠の販売→バリューチェーン(媒体との 契 約 ― 広 告 制 作 - 広 告 出 稿 - 効 果 測 定 )。 セ ブ ン 銀 行 ( ア ン バ ン ド リ ン グ ) : 他 行 か ら の ATM 手 数 料 収 入 に 特 化 。 こ の ほ か 、 IMS 、 エ イ ジ ス、ベタープレイスの事例紹介 ⑤ 定番の収益モデル 定 番 の 収 益 モ デ ル と し て 、 a. 裁 定 取 引 、 b. ポ ー ト フ ォ リ オ 、 c. レ ベ ニ ュ ー ・ マ ネ ジ メ ン ト 、 d. ジ レ ッ ト モ デ ル が あ る 。 ビジネスモデルの課題:異業種をヒントにビジネスモデル移植の課題。 売上の一時的減少、従来型のビジネス(常識)への固執から抜けられな いケース、ビジネスモデルは似ていてもスピードに欠ける、最適化され た企業内組織の壁、新しい尺度は評価されにくいなどの多くの壁が存在 する。 1.2.2 企業調査 グローバル競争下における利益創出のためのビジネスモデルとそれに関連す る技術開発戦略・研究開発マネジメントについて先進的な取組みを実施してい る国内の企業・団体の事例を訪問調査した。 ( 1 )コマツ『コマツのダントツ商品戦略・研究開発』 執行役員 研究本部長 江嶋聞夫氏 コマツは売上の約 9 割が建設・鉱山機械,車両他であり、地域別売上高比率 は、伝統市場(日米欧)が約 4 割、戦略市場(新興国)が約 6 割であり、地域 別売上構成は、世界中の各地域でほぼ均等に分散している。製品は選択と集中 を行い、建設・鉱山機械ではシェア 1 位、 2 位の製品の売上高比率が約 9 割を 占める。また、エンジンや油圧機器等の基幹部品の開発・生産は日本に集約し、 競争力強化を図っている。コマツのダントツ商品の代表 3 事例として、ハイブ リ ッ ド 油 圧 シ ョ ベ ル 、 KOMTRAX(Komatsu Machine Tracking System) 、 AHS(Autonomous Haulage System : 無 人 ダ ン プ ト ラ ッ ク 運 行 シ ス テ ム ) を 紹 介 。 研究開発は、商品(ハード)のダントツ化を基軸に、製品単体でのビジネス から、「ダントツサービス」→「ダントツソリューション」へ移行する事を志 向 し て い る 。 特 に パ ワ ー エ レ ク ト ロ ニ ク ス 関 連 機 器 や ICT 関 連 機 器 ・ 技 術 な ど - 7 - のキーコンポーネントは自社開発を志向しており、先端技術分野においては、 M&A 、 技 術 提 携 も 視 野 に 入 れ て い る 。 ま た 、 産 学 連 携 も 重 要 視 し て お り 、 組 織 的な連携を進めている。進捗は定期的な会議体を通じ議論され、実用化された 案件に対しては、「産学連携表彰」で活性化を図っている。人材育成・技術教 育に関する全社教育体系としては、関係会社、協力企業を含めて将来のビジネ スリーダ候補者(選抜制)の長期研修制度がある。 現 在 ダ ン ト ツ 商 品 と し て 認 知 さ れ て い る 「 KOMTRAX 」、 「 AHS 」、 「 ハ イ ブ リ ッ ド 油 圧 シ ョ ベ ル 」 も 商 品 化 ま で 10 ~ 20 年 か か っ て お り 、 商 品 化 へ の 道 の り は 厳しいものがあった。商品化に至るためには、「発案者の執念」と「トップの 理 解 ( 目 利 き )」 の 両 方 が 非 常 に 重 要 と な る 。 明 確 な 目 的 軸 の 下 、 時 間 制 約 、 予 算 制 約 を 与 え 、 box に 追 い 込 む こ と で 、 Innovation は 興 る と 考 え ら れ る 。 顧 客 か ら の 信 頼 度 を 高 め る た め の 「 ブ ラ ン ド マ ネ ジ メ ン ト 活 動 」 を 2007 年 よ り 世 界 18 カ 国 、 約 90 社 の お 客 様 を 対 象 に 取 り 組 ん で い る 。 「 リ オ テ ィ ン ト の 鉱 山 遠隔管理」や「無人ダンプトラック運行システム」のように、「顧客視点」で お客様の理想や使命をともに実現することが重要である。 ( 2 )村田製作所 電子デバイス分野でグローバルに高いシェアを誇る村田製作所の強さの源泉 を探るべく、研究開発マネジメントに関する訪問調査を実施した。 村田製作所は京都大学との産学連携でチタン酸バリウムを素材とするコンデ ンサの開発に成功した所から始まっている。その後、材料に着目し、材料から 製品までの一貫生産を前提に研究開発を積み重ね、材料・加工技術・設計・生 産技術の融合により、新しい商品の開発を進めてきている。この一貫生産体制 は、開発と製造の直結が図られ、技術のブラックボックス化、他社からマネさ れにくい製品開発の原点となっている。製造装置の内製化も実施しており、一 部 の 海 外 生 産 は あ る も の の 国 内 生 産 は 80 % を 超 え て い る 。 研 究 開 発 面 で も 、 事 業 戦 略 の 同 様 の 考 え 方 に 基 づ い て 、 (a) 材 料 技 術 、 (b) プ ロ セ ス 技 術 、 (c) 設 計 技 術 、 (d) 生 産 技 術 、 及 び そ れ ら を 繋 ぐ 分 析 評 価 に 分 か れ て い る 。 こ の う ち 、 特 に 、 (a) 材 料 、 (b) プ ロ セ ス の 開 発 成 果 を ブ ラ ッ ク ボックス化し、製造装置の形に落とし込むことで、他社との差別化を進めてい る。 新興国との競争の中でコスト競争に陥らないためには強みである高性能製品 をユーザの要求通り出し続けることが最も重要な戦略と考えており、指標であ る新製品売上高比率を落とさないことが重要なテーマとなっている。研究開発 費は売上高比 7 %を維持している。 村 田 製 作 所 で は 、 研 究 開 発 管 理 の 3 本 柱 を 、 ① 戦 略 的 プ ロ セ ス 管 理 ( SMPD )、 ② テ ク ノ ロ ジ ー ロ ー ド マ ッ プ ( TRM )、 ③ 戦 略 的 技 術 プ ロ グ ラ ム ( STEP ) と し ている。①では、チェックゲート(判断会議、設計審査)で進捗を管理する。 ②では、ロードマップとして長期の研究開発構想を策定し、中期方針、各テー マとのリンクを図っている。③は社内の異なる領域の交流を目的し、シーズと - 8 - ニーズのマッチングや技術情報の共有を行っている。また、次世代の研究開発 テーマのアイデアを生み出すために、社内横断的に次世代テーマを考える 「 MIRAI 」、 テ ー マ 公 募 制 度 「 未 来 の 扉 」、 社 内 公 募 に よ る 世 代 別 の チ ー ム の 「 世 代 別 新 商 品 企 画 」 な ど の 活 動 を 実 施 し て い る 。 業 務 の 10 % 程 度 を テ ー マ 創 出 活 動 に 充 て て い る 。 そ の ほ か に も 社 長 へ 直 接 提 言 す る 「 TSUNEO ポ ス ト 」 な ど 、 さまざまな提案制度がある。こうした活動から、「透明圧電フィルムを使った セ ン サ デ バ イ ス 」 ( CEATEC JAPAN 2011 に 出 展 ) な ど の 新 技 術 が 創 出 さ れ て い る 。 また、研究開発は日本国内に集中させており、最先端技術は国内限定とするこ とにより、ブラックボックス化を図っている。ただし、汎用技術であれば海外 にも移管するという考え方である。一方、村田製作所では知財戦略は特許だけ で行うものではなく、特許出願により公開したくない技術は、社内ノウハウ登 録制度の運用を通じて秘匿管理対象とし、特許出願の対象とはしていない。セ ラミックコンデンサ分野の競争力の源泉が製造方法にある割合が高い傾向にあ ることが影響しているようである。 ( 3 )大阪ガス 研究開発の企業収益への貢献が叫ばれる中、消費者の求める製品を素早く開 発する手法が注目されている。大阪ガスで実施している消費者の行動観察に基 づく製品開発とオープン・イノベーションによる開発の効率化について訪問調 査を行った。 【行動観察研究所】 企業にとってユーザのニーズに即したサービスを提供することが課題である。 大阪ガスでは、ユーザの行動の観察結果を科学的に分析し、付加価値の向上や 生産性の効率化につなげる活動を実施している。ユーザが無意識に表す行動に は言葉には現れない潜在意識の深層部が表れており、行動観察により潜在的な ニーズやノウハウに関する情報を得られるところにメリットがある。このよう な 試 み は 、 IBM 、 イ ン テ ル 、 マ イ ク ロ ソ フ ト な ど の 海 外 の 有 名 企 業 が ビ ジ ネ ス のイノベーションにつながる知見が得られる手法として、エスノグラフィの専 門家を雇用し、産業への応用を検討し始めた点でも注目され始めている。米国 企業が注目しているのはユーザの気づいていない新たなニーズを掘り起こす可 能性があると捉えている点にある。 大阪ガス行動観察研究所では、これまでにさまざまなサービスの現場の分析、 解決案の提案を行っている。紹介された事例は、トップセールスマンの行動分 析、工事現場の生産性向上など多岐多様にわたっている。行動観察のポイント は観察結果を学術的な知見を駆使して分析し、解決策を見出すことにある。現 在では行動観察によるコンサルテーションを一定規模で外販できるまでに成長 させている。 【オープン・イノベーション活動】 大阪ガスでは、技術開発のスピードアップ、製品の品質向上・コストダウン を目指して、自社で保有するコア技術と外部技術を融合させ、付加価値を増大 させるオープン・イノベーションを積極的に推進している。 - 9 - 大 阪 ガ ス で は 本 社 技 術 開 発 本 部 に オ ー プ ン ・ イ ノ ベ ー シ ョ ン 室 ( OP 室 ) を CTO の 直 下 に 設 置 す る こ と で 外 部 技 術 活 用 の 姿 勢 を 示 し 、 OP 室 が 事 業 部 や 関 係 会社を含めたグループ全体の技術探索ニーズを取りまとめ、外部技術活用のし や す い 環 境 を 作 り 出 し て い る 。 そ し て 、 外 部 技 術 探 索 の 課 題 に 対 し て 、 OP 室 は ①プレ調査(国内技術は特許、海外技術は調査会社)の実施を行い、②調査方 針を決定する。そののちプレ調査の結果で得た情報をもとに社外技術に対する ニーズをアライアンス先の大学や公的研究機関、大手企業などに問い合わせる とともに、東京・大阪などで行う技術マッチング会で紹介し技術探索を行って いる。 OP 室 が 外 部 に 対 し て 一 元 的 な 窓 口 と し て 責 任 を 持 つ こ と に よ り 、 社 内 技 術 者 の意識改革や理解が進み、なくてはならない技術シーズを外部で探索する依頼 も 多 く な っ て き て い る 。 2011 年 度 の 実 績 は 、 OP 室 が 収 集 し た 外 部 技 術 情 報 が 789 件 、 依 頼 元 組 織 に 紹 介 し た 技 術 が 228 件 、 技 術 の 活 用 を 検 討 し て い る も の が 54 件 、 商 品 化 に 繋 が っ た も の が 18 件 で あ る 。 大阪ガスのビジネスの特徴として地域独占のガス販売で収益を得るいわゆる レーザーブレード型ビジネスである点が挙げられる。このようなビジネスモデ ルの場合、競合他社との技術競合が少なく、オープン・イノベーションに取り 組みやすいという背景があると考えられる。社内テーマを整理できるマネジメ ント能力と外部技術の探索スキームの 2 つが立ち上がったことによってオープ ン・イノベーションが進展していると考えられる。 - 10 - 1.3 今年度の活動成果のまとめ 本年度は「グローバル競争下における利益創出のための技術開発戦略と研究 開発マネジメントのあり方」の視点から、特にグローバルな事業展開の中で利 益創出を図る有効なビジネスモデルや知財戦略について講演調査を、また同様 な領域で独自のビジネスモデルに基づいて利益を創出している企業を中心に、 研究開発マネジメントの観点から訪問調査を行った。今年度の調査から得られ たキーポイントを下記にまとめる。 ( 1 )「利益創出を図るビジネスモデルや仕組み構築の必要性」 モノづくりの技術開発だけでは企業の利益創出に繋がらなくなってきており、 販売方法やサービス提供の仕組みなどのビジネスモデル全体を考えることが必 要な時代となっている。技術開発し知財を獲得しても、既存技術の組み合わせ やライセンス料を払っても大量生産による低コスト化が実現できる競合品に対 抗できなければ、コスト競争に陥るだけで利益創出には繋がらない。米アップ ルは、誰もが製造可能なハードウェア側を、誰にも見えない上位レイヤー側の ソフトやビジネスモデルで巧妙に守ることにより、安価に量産したハードウェ アで大きな利益を得ている。顧客はアップルが提供するハードウェアではなく、 デザインやサービスに魅力を感じて購入するのであり、利益創出のためには、 組み込みソフトを介したサービス提供の仕組みの構築が最も重要なキーポイン トとなっている。 ( 2 )「クローズ・オープンによる事業・技術戦略」 クローズ・オープンの技術戦略の考え方自体はもともと特許による技術管理 で行われてきたものである。特許出願によって自社技術を守り、ライセンス譲 渡で他社からも利益を得、クロスライセンスで事業自由度を増すという考えで ある。事業戦略や技術戦略面では、標準技術を使ってコストが下がり大量普及 が起こるオープン領域と、特許や秘密を使って徹底的に囲い込むクローズ領域 を明確に区別し、双方を主導的に決定し、優位性を導き出すことが重要となっ ている。インテルの例では自社製品はクローズ領域に位置取りし、自社製品を デファクト標準としてリファレンスデザインとともに組立メーカに供給するこ とによってバリューチェーンの下流のオープン領域で他社に大量普及させる。 素材、部品企業は組立メーカの下請け的な位置づけが多いなかで自社製品が標 準品となるような仕掛けができれば自社製品はクローズ領域に置いたままオー プン市場を制覇することも可能である。最近中国の自動車生産においてドイツ ボッシュ社が部品供給によって急成長している。従来擦り合わせ型とされてい た自動車生産は中国においてはもはやモジュラー製品化が進んでおり、これま で組立メーカの下請け的な役割を果たしてきた部品メーカが製造を支配する局 面が生まれるのではないか。クローズ・オープン戦略をより優位に進めるには、 単に技術や知財マネジメントばかりでなく、デザインや意匠権、著作権なども 含めた総合的な対応が有効である。日本企業はデザインに関する知財意識は総 - 11 - じて高くなく、経営戦略とデザインに関する知財とを結びつける発想が少ない ようである。 ( 3 )「ビジネスモデル創出のための研究開発マネジメント」 研究開発から製造、販売に至るバリューチェーン、あるいは、マーケティン グ、製品企画の中のどこで誰がビジネスモデルを考え、構築するのかという点 も大きな課題である。米国のシリコンバレーではベンチャーやベンチャーキャ ピタルが新しいビジネスモデルの考案、構築に大きな役割を果たしているが、 日本では同様な環境はない。我が国の大企業の中には、ビジネス構築に必要な 人材や情報が蓄積されているが、ビジネスモデル創出のための人材の発掘、育 成、組織の構築などについては未だ整備されていないように思われる。産業構 造が大きく変化した現在では、研究開発マネジメントにおいても、いままでの 技 術 経 営 ( MOT ) だ け で は 不 十 分 で 、 新 た な 仕 掛 け づ く り を 生 み 出 す マ ネ ジ メ ントを編み出していく必要がある。さまざまなビジネスの視点(デザイン・ブ ランド戦略、異業種のビジネスモデルの取り込みなど)を研究開発のマネジメ ントに刷り込んでいくことが今後ますます重要である。 ( 4 )「高収益を生む顧客ニーズへの対応」 高収益を生みだすためには過当な低価格競争に陥らないような仕組みも重要 である。そのためには顧客が求めるものが何であるかを的確に捉え、自社しか 提供できないサービスを構築することが必須になる。コマツは日本のものづく り企業の中で、部品販売を通じて非常に高い利益率を確保している。顧客利益 を最大化するダントツサービス、ダントツソリューションの提供を目標に製品 単体の販売ばかりでなく、製品のライフサイクルを通したサービスの提供によ り、高いシェアと高収益を実現している。一方で、パワーエレクトロニクス関 連 機 器 や ICT 関 連 機 器 ・ 技 術 な ど の キ ー コ ン ポ ー ネ ン ト は 自 社 開 発 、 内 作 化 を 進めブラックボックス化を進め、他社との差別化を図っている。また、村田製 作 所 は 電 子 部 品 を BtoB で 販 売 す る 企 業 と し て ユ ー ザ か ら の と め ど の な い 高 い ニ ーズに対応しているが、材料からこだわった一貫生産と、材料・プロセス・設 計・生産技術の垂直統合によって、開発・製品化・販売を直結し、高いグロー バルシェアを誇っている。この垂直統合型の開発・生産方式は技術のブラック ボックス化にも繋がっており、ユーザニーズに対するクイックなレスポンスを 可能とし高いシェアが生み出されている。 一 方 、 BtoC の 顧 客 ニ ー ズ の 発 掘 に は 大 阪 ガ ス が 実 施 し て い る 消 費 者 の 行 動 観 察に基づく製品開発が参考になる。行動観察は海外企業からエスノグラフィの 視点から産業応用が注目されている分野である。行動観察手法によってユーザ が無意識に表す行動から潜在意識の深層部を分析することにより、潜在的なニ ーズやノウハウに関する情報が得られ、新たなサービスや価値の提供に繋がる ことが窺われた。また、大阪ガスはガス販売を地域独占で行うというビジネス モデルを活かして、機器の開発には外部技術を積極的に活用するオープン・イ - 12 - ノベーションを、二つの壁(社内技術のマネジメント能力の不足、外部技術の 探索機能の不足)を克服して進めている。 本年度の調査結果から、利益創出に繋がる研究開発を遂行するためには、従 来のモノづくりのための研究開発マネジメントばかりではなく、利益創出を図 る仕組みやビジネスモデルの構築が重要であることが再認識された。企業の中 では、どこの部署でどのような人材がビジネスモデルを考え、構築するのかと いう点が大きな課題であるが、研究開発のマネジメントの面でもさまざまなビ ジネスの視点(デザイン・ブランド戦略、異業種のビジネスモデルの取り込み など)を考慮した取組みが今後ますます重要になってくると考えられる。また、 技術開発においても事業展開を睨み、オープンにするところ、クローズにして ブラックボックス化するところを切り分け、研究開発投資の効率化やマネジメ ントの最適化を図る必要がある。企業内でのビジネスモデル創出のための先進 的な取組みや、新たなビジネスモデルに関しては次年度以降も継続して調査し ていく必要があると考えられる。 - 13 - 第2章 講演聴講による調査 2.1 “モノづくり”が通用しないグローバル市場の登場 -仕組みづくりと知財戦略への転換に向けて- 東京大学知的資産経営研究プロジェクト 客員研究員 小川紘一氏 2.2 オープン知財戦略からデザイン・ブランド戦略まで: 知財戦略の最先端 東京大学 先端科学技術研究センター 教授 渡部俊也氏 2.3 特許から考える勝つための研究開発 -技術のコモディティ化を見極める 内田・鮫島法律事務所 弁理士・弁護士 鮫島正洋氏 2.4 ビジネスモデルのイノベーション ~異業種からの移植 早稲田大学ビジネススクール (大学院商学研究科ビジネス専攻) 教授 山田英夫氏 第 2 章 2.1 講演聴講による調査 “モノづくり”が通用しないグローバル市場の登場 -仕組みづくりと知財戦略への転換に向けて- 2.1 .1 講演の概要 ( 1) 実 施 日 時 2012 年 7 月 5 日 ( 木 ) 午 前 10 時 よ り 正 午 ( 2) 講 師 東京大学大学院経済研究科 モノづくり経営研究センター 小川紘一氏 ( 3) 講 演 題 名 : “モノづくり”が通用しないグローバル市場の登場 -仕組みづくりと知財戦略への転換に向けて- 2.1 .2 講演内容 ( 1) 日 本 企 業 が 置 か れ た 21 世 紀 の 経 営 環 境 これまでの常識が通用しない市場が急拡大している「 。 最 先 端 の 技 術 を 持 つ 」、 「 重 要 特 許 を 保 有 す る 」、「 国 際 標 準 作 り の 主 導 権 を 握 る 」 と い う こ と で 優 っ て いても世界で勝てなくなっている。 リチウムイオン電池、太陽電池セル等の 7 割が日本の特許だが、事業で負け ている。モノづくりや特許に優ったはずの日本企業が、大量普及のステージに なると市場撤退に追い込まれているのだ。 これはデジタル化によってもたらされた。デジタル化とは、単なる技術のこ とにとどまらない。製品設計の中においてデジタル化技術が介在することで、 暗黙知が形式知の組み合わせ(モジュール)になり、技術蓄積の少ない途上国 企 業 で も 部 品 を 調 達 し て 組 み 合 わ せ れ ば 製 品 が で き る よ う に な っ た 。こ こ か ら 、 自前主義・垂直統合の崩れ、アジア諸国の企業の躍進が始まり、日本の競争優 位が奪われていった。 国際標準化も単に規格を作ることではない。欧米企業は、国際標準化を政策 ツールや経営ツールに据え、自社優位のビジネスモデルを事前に設計し、低コ ストのモノづくりは途上国に任せることで、付加価値の高いものを作る方向に 転換させた。 この間、日本はどうしてきたのか。日本の研究開発投資は、第一次科学基本 政 策 の 施 行 ( 1996 年 ) か ら 現 在 ま で 60 兆 円 、 民 間 投 資 ま で 含 め る と 200 兆 円 が 使 わ れ て い る 。 そ の う ち の 85% が 製 造 業 で あ っ た が 、 GDP は マ イ ナ ス 成 長 、 製造業の雇用も大幅に減少した。研究者人口割合での特許の登録数は高いが、 競争力にはつながっていない。 すなわち、技術だけ、知財だけ、モノづくりだけではどうにもならない産業 構造がグローバル市場に出現しており、日本のモノづくり産業、特にエレクト ロ ニ ク ス 産 業 は 対 応 が 遅 れ た た め 苦 境 に 立 た さ れ て い る 。こ の 変 化 は 、1 9 9 0 年 - 15 - 代後半から顕著になった世界的な規模の構造変換によるものである。社会経済 思 想 と し て の「 ビ ジ ネ ス ・ エ コ シ ス テ ム 」、す な わ ち 、国 際 分 業 の 中 で 自 社 も 他 社も、あるいは、先進国も途上国もともに付加価値を増やすモデルが登場し、 産業構造、競争ルールが変わったのである。 モノづくりから付加価値が消え、仕組みづくりに付加価値が集中する時代が きている。モノづくりの現場力に、知財マネジメント、勝ちパターンをどう加 味して構想できるのかが重要となっている。 ( 2) グ ロ ー バ ル 産 業 構 造 の 転 換 と 欧 米 企 業 の 変 貌 欧 米 の 強 い 企 業 は 、「 ビ ジ ネ ス ・ エ コ シ ス テ ム 」 型 の 産 業 構 造 の 転 換 に 対 し 、 これまでの常識から離れ、ビジネスモデルと知財マネジメントによって、勝ち パターンを作り成功している。勝者と敗者を決めるポイントは二つある。 一つ目には、標準技術を使ってコストを下げるオープン(普及)領域と、特 許や秘密を使って徹底的に囲い込むクローズ(差別化)領域を明確に区別し、 事 前 に 設 計 し て い る 。そ れ に よ り 、産 業 構 造 、競 争 ル ー ル を 主 導 的 に 決 定 し て 、 優位に立っている。 二つ目には、国際標準化の中で、自社(自国)優位の知財マネジメントを実 施している。具体的には、国際標準に自社技術を刷り込んで大量普及させ、非 互換のテクノロジーを排除する。また、自由に使わせるオープン領域にも必ず 権利を持った知財を刷り込ませ、技術の進化を独占してオープン市場を支配す る 。 更 に 、 Dead Copy だ け し か 認 め な い ラ イ セ ン ス 契 約 と し 、 改 版 を 認 め ず 、 クロスライセンスは絶対に避ける。 具体的に、米アップルの事例をみよう。特許は非常に少ないが営業利益率は 高く、モノづくりではなく、価格を維持する仕組みづくりで成功している。売 上 の 大 半 は ハ ー ド ウ ェ ア 製 品 で 、誰 も が 作 れ る よ う に 見 え る ハ ー ド ウ ェ ア 側 を 、 誰 に も 見 え な い 上 位 レ イ ヤ ー 側 の 仕 掛 け( i P o d や i T u n e の 例 で は 、I D 番 号 × 暗 号 の ス ク ラ ン ブ ル で iTune か ら ダ ウ ン ロ ー ド す る 目 に 見 え な い レ イ ヤ ー で の 仕 掛け)で巧妙に守っている。また、費用が物量に比例するハードウェア領域は 外部に開示して、安い部品を市場から調達して新興国で開発しており、自前開 発は、量産時コストがゼロの組み込みソフトウェアに集中している。組み込み ソフトウェアこそが米アップルのブラックボックスであり、開示せず競争力の 源泉となっている。 更に、独自のデザインや使い勝手の部分は商標権や意匠権、著作権で固めて ライセンスせず、模倣されれば訴訟で争う。クロスライセンスは排除し、他社 の技術参入は徹底して防ぐ。その結果、米アップルが、端末を売った付加価値 の 40~ 50% を と り 、 組 み 立 て 会 社 は 1.5% し か 得 ら れ て い な い 。 モ ノ づ く り か ら付加価値が消え、仕掛けづくりに付加価値が集中するビジネスモデルを構築 している。 ( 3) ア ジ ア 諸 国 の 産 業 政 策 転 換 - 16 - 技術やモノづくりで優っていた日本企業は、なぜアジア諸国の強い企業に負 けたのだろうか。 韓国サムスンの戦略は、エレクトロニクス産業に普及した標準技術の部品や ソフトを世界で安く調達し、組み合わせ、圧倒的に安いコストで製造する。そ のためには、最先端の設備を導入して量産し、徹底してボリュームゾーンに持 ち込む。最初に研究開発投資をすることは行わず、また特許数で劣っていても 構わない。なぜならば、クロスライセンスに持ち込めば利用料は最大でも製品 出 荷 額 の 5% 以 下 程 度 で あ り 、 オ ペ レ ー シ ョ ン コ ス ト 削 減 や 国 の 制 度 設 計 コ ス ト(為替、減価償却費、法人税)削減で十分にカバーできるからだ。 エレクトロニクス産業では、世界がエコシステム型へ転換して技術を調達し や す く な っ た た め 、韓 国 は 1 9 9 0 年 代 後 半 か ら 躍 進 し た 。台 湾 、中 国 も 同 様 で あ る。一方日本は、強みを維持しようと、研究開発費を投入すればするほど利益 が上がらない構造的な悪循環に陥っている。 ( 4) モ ノ づ く り か ら 仕 掛 け つ く り へ エレクトロニクス産業から始まった産業構造の変化は、今後遠からず、他の 領 域 に も 広 が る で あ ろ う 。技 術 が 伝 播 し 難 く 、日 本 が 圧 倒 的 に 強 い と い わ れ る 、 機能部品、機能材料、建設機械、産業機械、医療機器、光学デバイス分野にも 変化は及ぶ。どのような準備をするべきなのか。 まずは、自社の仕掛けづくりを構築しなければならない。それには、一人の 天才が戦略を練るのではなく、巧みな戦略を立案・実行する多くの「軍師」を 育てなければならない。また、そうした仕掛けづくりは、研究開発の段階から 考えるべきである。更に、アジアの成長とともに、日本起点ではなく、アジア 起点のモノづくりの仕組みを構築しなければならない。日本型からグローバル 型モノづくりへの再編成が必要である。 2.1 .3 まとめ 以上の講演内容から、日本企業の競争力を強化するためには、技術シーズ中 心ではなく、事業シナリオ全体を構想することが重要であること、そうした仕 掛け・シナリオづくりは、研究開発、製品企画の段階から考えなければならな いことが改めて確認できた。 扱われた事例は家電業界が直面する新興国との戦いにおいても新興国の低価 格製品に対抗して更に低コスト化を図るといった同じ土俵で戦うのではなく、 新興国企業が使わざるを得ないデファクトとなる製品をバリューチェーンの上 流で供給するといった戦術が有効であることを示している。海外のボリューム ゾ ー ン 市 場 を 狙 う 際 に も い え る こ と で あ る 。こ の 場 合 デ フ ァ ク ト 化 の 仕 掛 け( リ ファレンスデザインの公開など)とともに、ここでいうクローズ・オープンの 標準化戦略を考えることがなにより大事である。最近中国の自動車生産におい てドイツボッシュ社が部品供給によって急成長している。従来擦り合わせ型と されていた自動車生産は中国においてはもはやモジュラー製品化が進んでおり、 - 17 - これまで組立メーカの下請け的な役割を果たしてきた部品メーカが製造を支配 する局面が生まれるのではないか。ボッシュ社はその部品供給で中国の自動車 生産を制することもあると思われる。 クローズ・オープンの技術戦略の考え方自体はもともと特許による技術管理 で行われてきたものである。特許出願によって自社技術を守り、ライセンス譲 渡で他社からも利益を得る。かつて特許にはクロスライセンスによる事業自由 度を増すことが目的の一つであるとする考えがあり、そのために研究開発は重 要な役割を果たしていた。実際それによって事業拡大に成功しその上多額の特 許 収 入 を 得 る と い う 成 功 事 例 も あ っ た 1 。し か し な が ら 本 講 演 で 指 摘 さ れ て い る 通りクロスライセンスに持ち込んでも得られる利益は大きいとはいえず、相手 企業にとってはライセンスフィーを払っても十分にカバーできるものであり必 ずしも得策とはいえなくなった。現在では特許による情報公開の弊害が指摘さ れており、クロスライセンスによる権利確保以上に特許を儲ける仕掛けづくり に使うことが求められている。 また今回聴講した技術に係る知財戦略だけでなく、販売方法やサービス提供 の 仕 組 み な ど の ビ ジ ネ ス モ デ ル 全 体 を 考 え る こ と も 必 要 な 時 代 と な っ て い る 2。 この際の論点の一つは研究開発から製造、販売に至るバリューチェーン、ある いは、マーケティング、製品企画の中のどこで誰がビジネスモデルを作るのか という点である。事業の内容に依存するところ大ではあるが人材によるところ が大きいことはもちろんである。戦略立案人材をどこに配置するのか、あるい はどう育てるかなどの課題がある。 米国のシリコンバレー企業における新たな事業戦略やモデルづくりが注目さ れている。シリコンバレーではベンチャー企業とともにそれを育てるベンチャ ーキャピタルの存在が大きな役割を果たしている。そこでは大企業と異なるビ ジネスモデルづくりが大きな比重を占めている。ベンチャーとベンチャーキャ ピタリストが必死になってビジネスを考えている。多くのベンチャーキャピタ リ ス ト は 皆 、じ つ に 勤 勉 で 、ベ ン チ ャ ー 投 資 を 担 う 人 た ち が「 金 ! 」「金 ! 」と 言 っ て い な い こ と も 特 筆 に 値 す る 。「 V C は 金 融 取 引 を す る 会 社 で は な い 。 ビ ジ ネ ス を 創 る 仕 事 を し て い る の だ 」 と い う 発 言 を す る VC は 少 な く な い 3。 これに対して大企業では半ば固定化されたコア技術と既存のパイプラインを 前提として売上とマーケットシェアによって縛られている状況も少なくない。 しかしながら、大企業にはビジネスに必要なマーケットや顧客、価格などにつ いて数多くの情報と知見が蓄積されている。と同時に多くの人材を抱えている ことも事実である。スタートアップベンチャーにおけるベンチャーキャピタリ ストのような、ビジネスを新規に興すことに専念する人材(本講演で軍師と表 1 丸 島 儀 一 、 キ ヤ ノ ン 特 許 部 隊 、 光 文 社 (2002/02). 山 田 英 夫 、 な ぜ あ の 会 社 は 儲 か る の か ? -ビ ジ ネ ス モ デ ル 編 、 日 本 経 済 新 聞 出 版 社 ( 2 0 1 2 ). 3 ウダヤン・グプタ、アメリカを創ったベンチャーキャピタリスト―夢を支えた 3 5 人 の 軌 跡 , 翔 泳 社 ( 2 0 0 2 / 0 2 ). 2 - 18 - 現されている人材にも通ずる)の発掘、育成もポイントの一つである。 産業構造が大きく変化した現在では、研究開発マネジメントにおいても、い ま ま で の 技 術 経 営( M O T )だ け で は 不 十 分 で 、新 た な 仕 掛 け づ く り を 生 み 出 す マ ネジメントを編み出していかなくては勝ち残れないであろう。今回の講演を含 め 、今 年 度 調 査 し て い る さ ま ざ ま な ビ ジ ネ ス の 視 点( デ ザ イ ン・ブ ラ ン ド 戦 略 、 ビジネスモデルなど)からの取組みを研究開発の場面にも刷り込んでいくこと が今後ますます重要と思われる。 - 19 - 2.2 オープン知財戦略からデザイン・ブランド戦略まで:知財戦略の 最先端 2.2 .1 講演の概要 ( 1) 実 施 日 時 2012 年 9 月 11 日 (火 )午 後 3 時 よ り 午 後 5 時 ( 2) 講 師 東京大学 先端科学技術研究センター 教授 渡部俊也氏 ( 3) 講 演 タ イ ト ル オープン知財戦略からデザイン・ブランド戦略まで:知財戦略の最先端 2.2 .2 講演内容 ( 1) ス マ ー ト フ ォ ン 知 財 訴 訟 アップルとサムスンは、多くの国で知財係争をしており、米国ではサムスン に 対 し 約 830 億 円 と い う 多 額 の 賠 償 額 を 支 払 う 命 令 が 下 さ れ た 。 そ の 詳 細 な 分 析はこれからだが、米国での裁判では証拠開示手続きが陪審員に与えた影響が 大きい。当事者が裁判所に証拠開示請求を行っており、サムスンの社内メール 「アップルと同じデザインを作ろう」が見つかっているようである。アップル はサムスン社製の部品を買い控え、サムスンは訴訟で時間稼ぎをしつつ設計変 更を行っている状況である。現在、スマートフォン関連の特許の流動性が高ま っ て お り 、 か つ て な い 高 額 で 取 引 さ れ て お り 、 優 良 特 許 は 1 件 5,000 万 円 以 上 の価格がついている。 特 許 取 引 支 援 シ ス テ ム は 、こ の 1 ~ 2 年 で 、中 国 、韓 国 、米 国 な ど 世 界 的 に 猛 烈な勢いで検討・開設され、特許取引が拡大している。そこで、特許戦略を民 間だけに任せるのではなく、政府主導でポートフォリオを組む動きが活発とな っている。 韓 国 で は 政 府 主 導 で サ ム ス ン と L G が 出 資 し 、中 小 企 業 向 け の 知 財 フ ァ ン ド を 設立している。フランス、台湾でも同様のファンドが設立されており、中国で も政府系の知財ファンドの構想がある。日本では、産業活力再生特別措置法に 基 づ き 2 0 0 9 年 7 月 に 設 置 さ れ た 株 式 会 社 産 業 革 新 機 構 が 、先 端 技 術 や 特 許 を 基 盤とした事業化を支援するための投資を行っているが、バイオ系を除いて知財 ファンドは実施していない。 ( 2) デ ザ イ ン 主 導 の イ ノ ベ ー シ ョ ン ジ ェ イ ム ズ ・ M・ ア ッ タ ー バ ッ ク 著 『 デ ザ イ ン ・ イ ン ス パ イ ア ー ド ・ イ ノ ベ ー ション』によると、イノベーションのトリガーとなっているものにはデザイン が主導しているものが相当数ある。デザインにより製品を経験させ、製品の良 さを理解してもらう戦略である。 例えば、アップルのリモコンは他社と明らかに異なるデザインで、製造コス トはかかるがそれを利用することで虜となるファンを増やしている。ダイソン - 20 - はデザイナーが興したベンチャー企業であるが、羽のない扇風機のアイデアに 関係した特許は日本企業の未請求取り下げ特許である。三菱電機の蒸気レス炊 飯器は、広告宣伝を行っていないが売れている。ユニチャームの超立体マスク は 、病 院 用 マ ス ク で あ っ た が デ ザ イ ン が 一 般 顧 客 に 受 け 入 れ ら れ 定 着 し た 。人 々 の記憶に完全に定着したデザインをデザインクラシックといい、例えばコカコ ーラのボトルがあげられ、商品寿命が延びることが知られている。 デ ザ イ ン と 技 術 の 関 係 で は 、“ デ ザ イ ン と は 、 技 術 力 が 、 性 能 や 人 間 的 要 素 、 外見、コストパフォーマンスといった顧客ニーズに焦点を当てるプロセス”と 定義でき、デザインは最も顧客に近い価値といえる。製品価値は顧客経験によ り決まるが、顧客経験にはデザインが大きな要素となる。 ( 3) 知 財 制 度 と デ ザ イ ン の 関 係 アップルは、知財戦略と経営戦略を連携させ、戦略的なデザインパテントの 取 得 を 進 め て い る 。ス テ ィ ー ブ・ジ ョ ブ ズ 氏 自 身 も 創 作 者 と し て 登 録 し て い る 。 日 本 の 意 匠 権 の 出 願 数 は 、最 近 1 0 年 間 は 単 調 減 少 し て い る 。原 因 は よ く わ か らないが、一つには部分意匠制度の影響が考えられるともいわれるが、むしろ 日本企業は意匠権が本当に効果があるのか疑問視しているためという捉え方も ある。 中国では、デザインは事前に調査することはあまりせず、訴えられなければ 問題ないという感覚である。しかし、当局は完全コピーには厳しく、中国企業 によるネオプラン製バスの意匠権侵害に対して賠償命令を下した例などがある。 新興国では、意匠権や商標は見た目にわかりやすいことから侵害排除の即効 性があり、非常に重要な知財ツールである。中国で意匠出願を行っている日本 の自動車会社も多い。ただ意匠権や著作権は、国によって制度が異なるので注 意が必要である。 日 本 で は 、 著 作 権 は 従 来 表 現 形 式 の み に 適 用 さ れ て き た が 、 株 式 会 社 DeNA とグリー株式会社の魚釣りゲームに関する著作権裁判などでは、拡大解釈され ている。 欧州では、デザインを商標で保護する動きがある。ただし、意匠権と異なり 新規性は評価されない。 デザインの知財マネジメントについては、概ね独占を意図したものが多い。 デザインは、特許法、実用新案法、著作権法、意匠法、商標法及び不正競争防 止法などの法域にまたがった複雑な課題である。また、特許ほどには国際的に 調和が進められてはいない。産学連携で、デザイン学校の学生のデザインが殆 ど企業側の所有になってしまう現状もあり、デザインを知財でどう保護してい くかは新しい課題である。 携帯電話のデザインでは、革新的デザインとデザイン力ランキングは相関が 強いという分析がある。フリーランスデザイナーの活用は革新的デザインにつ ながるが、会社の方針を理解させるためのコミュニケーションが重要である。 改良デザインにもフリーランスデザイナーは有効に働く。 - 21 - 各社知財部門にはこれまでの出願、収益などデータが蓄積されているはずで あり、それを分析すればマネジメントのネタは豊富にあるといえる。 ( 4) ビ ジ ネ ス モ デ ル と 知 財 戦 略 リーマンショック以降日本企業の研究開発投資が落ち込んでいるが、企業の 研究開発投資は経常利益率に対してネガティブな相関があるという分析がある。 株 価 と 特 許 は 、以 前 は 相 関 が あ り 先 行 指 標 と な っ て い た が 、2 0 0 8 年 以 降 相 関 が乏しくなってきている。技術や特許が収益に結びつかない原因としては、国 際標準などオープンな知財マネジメントに吸収され有益な武器になっていない ことが考えられる。 標準化に参加した企業群で収益につながる企業とつながらない企業がある。 自社に都合のいいところが標準化できれば収益を得られるし、非標準化領域で プロプライエタリなものを持っていれば、そこで収益を上げることができる。 知財の使い方にはオープンとプロプライエタリがある。グーグルは知財をオ ープンに使っているので訴訟に直接巻き込まれない。サムスンは米国に推定 100 人 の 弁 護 士 を 擁 す る 本 部 を 置 き 、 絶 対 に 勝 つ 領 域 を 定 め て い る 。 日 本 企 業 はこれまでは訴えられなければいいという考えで、自社から訴訟を仕掛けるこ とは少なく、その意味ではフルオープンだったともいえる。 知財戦略としてはオープンとプロプライエタリの両方の領域での戦略が重要 である。オープンな領域を市場に広げるとプロプライエタリな領域も広がり、 収益が向上する。領域により知財戦略は全く異なる。 オ ー プ ン の 事 例 と し て は 、 リ チ ャ ー ド ・ ス ト ー ル マ ン 氏 ( 元 MIT プ ロ グ ラ マ ー ) が 始 め た O S S( オ ー プ ン ・ ソ ー ス ・ ソ フ ト ウ ェ ア ) が あ げ ら れ る 。 G P L ラ イ センスで著作権を保持したうえで、それを活用するユーザにもソースコードの 公開を義務付け、オープンにしないと訴えられる仕組みである。 OSS の 仕 組 み を 参 考 に 作 ら れ た 取 組 み と し て 、 環 境 保 護 に 寄 与 す る 特 許 を 特 許権は保持したまま公開するエコパテントコモンズがある。特許の開放を権利 不 行 使 宣 言 で 行 い 、権 利 不 行 使 宣 言 を や め る 条 件 は 相 手 が 訴 え た 場 合 の み と し 、 個々に権利行使させない仕組みである。この場合、このような仕組みの外で如 何にプロプライエタリで戦うかが重要とある。 オープンな知財だけではイノベーションが起きても、必ずしも収益化できる とは限らない。収益を得るには自社のプロプライエタリな知財を組み合わせる 必要がある。オープンとクローズの戦略的な使い分けが重要である。また、知 財に詳しい人がビジネスモデルを考える必要があるが、それは知財部門とは限 らない。 日本企業の知財マネジメントは、過去の成功体験(例えばゼロックスが独占 していたコピー機市場にキヤノンが対抗特許で参入を果たした例など)のため にかえって戦略的なマネジメントが不足しているのではないかという問題意識 がある。 - 22 - 2.2 .3 質疑応答 Q1: 革 新 的 、 改 良 型 の 判 断 基 準 は 何 か ? フ ォ ロ ア ー の 数 に よ っ て 革 新 的 と み な すのか? A1: 意 匠 権 に つ い て は 突 然 出 て く る パ タ ー ン が あ り 、 そ れ に 続 い て 類 似 な も の が提案されることがある。それを革新的と定義している。こうして測った 結果がデザインラインキングと相関が高いため意味があるとみなしている。 Q2: 特 許 の 重 要 度 の 指 標 は ど う 作 る の か ? 他 社 か ら 見 た 重 要 度 は ど う 評 価 す る か? A2: 特 許 へ の 無 効 請 求 の 有 無 な ど さ ま ざ ま な パ ラ メ ー タ ー で パ テ ン ト の ク オ リ ティのインデックスを作っている。意匠についてはそのような研究はまだ 行っていない。 Q3: 最 近 日 本 企 業 が 事 業 の 一 部 を 海 外 に 切 り 売 り し て い る が 知 財 の 扱 い は ? A3: お そ ら く 知 財 も 同 時 に 売 却 し て い る 。 ク ァ ル コ ム は 大 学 発 ベ ン チ ャ ー の 会 社 で 基 地 局 整 備 の ビ ジ ネ ス を し て い た が 、 設 備 は 売 却 し 特 許 を 残 し IP プ ロ バイダになった。それでも今では全世界で 1 万人を超える規模の会社であ る。 Q4: 実 力 の あ る 会 社 が 破 綻 す る と 重 要 な 知 財 が 流 出 し て し ま う 。 A4: シ ャ ー プ が ホ ン ハ イ と 提 携 す る こ と に よ っ て ホ ン ハ イ も ス マ ホ で サ ム ス ン と対抗できる可能性がある。それ以外のところでホンハイの狙いはわから ない。日本企業の知財には戦略が不可欠である。現場近くで技術を理解し ている人たちが会社トップに提案していかなければならない。クァルコム は技術者が知財を生む会社である。経営層も皆失敗しているから技術者も 臆することなく提案する。知財のマネジメントも組み込まれやすい風土で ある。戦後クォリティ・コントロールの技術が米国から持ち込まれ、日本 人はこれを定着させた。同様に知財も欧米からビジネスモデルを学んで会 社に定着させることが必要である。 Q5: 技 術 が な か な か 収 益 に 結 び つ か な い 。 建 設 会 社 も 同 様 で あ る 。 利 益 に 結 び つ く 付 加 価 値 を 創 出 で き な い 。組 織 と し て も 社 内 体 制 が 十 分 と は い え な い 。 A5: ク ボ タ は 中 国 で は 田 植 え 機 は 農 家 に 売 ら ず 、 田 植 え 機 を 売 る 会 社 を 育 て 、 サービスで収益を上げるビジネスを展開している。所有する技術の外側で 知財を利用しながら収益を上げるスタイルが新興国では重要である。 Q6: 知 財 は 買 っ て く る 時 代 と な っ て き た 状 況 で 、 社 内 の 研 究 開 発 部 門 は 何 を す るべきか。 A6: 技 術 を 枯 ら さ な い の が 研 究 開 発 の 存 在 意 義 で あ る 。 知 財 の 流 通 で 得 ら れ る のは主にオープンなものである。何をプロプライエタリにして競争力の源 - 23 - 泉とするかを決めることが重要であり、事業領域で役に立つものに集中的 に取り組むよう発想を転換しなければならない。日本の産学連携の共同研 究は実用化されない特許が増えていく構造で金額も小さい。イノベーショ ンシステムとして効率の悪い状態が多数起きている。事業化を行うために 特許を活用するかが重要である。米国企業はベンチャーも多く方針の転換 が早く、日本企業は遅い。 2.2 .4 まとめと所感 日 本 企 業 は 、ア ッ プ ル 製 品 の 重 要 な 部 品 を 多 く 提 供 し て い る に も か か わ ら ず 、 なぜアップルのような革新的な製品を生み出せないのか。その結果、日本の大 手電機メーカが軒並み収益が悪化している一方で、アップルの収益は拡大して いる。 アップルは製造業の企業であるが、自社工場を持っていない。圧倒的な販売 力を背景に供給メーカに競争させ、最適なサプライチェーンを構築し、製品を 完 成 さ せ て い る 。ま た 、ア ッ プ ル は 、そ の 企 業 規 模 に 比 し て 特 許 件 数 は 少 な い 。 しかし、ハードウェア及びソフトウェアの外部インターフェイスのデザインを 特許にすることで、アップル製品の部品製作を請け負う会社が他社にその部品 を売れない仕組みを構築し、競争力を確保している。 少ない特許で市場を攻略する仕組みはこのあたりにあろう。デザインには徹 底的にこだわり、顧客の経験を通じて製品価値を向上させる典型的な手法とい える。そのため、守るべきもの(アップルの場合はデザイン)と他社に依存す るもの(アップルの場合は製造)を見極め、それを経営として徹底する。日本 企業はデザインに関する知財意識は総じて高くなく、経営戦略とデザインに関 する知財とを結びつける発想が少ないように思われる。 世界的な経済の複雑化に伴って特許売買の拡大や特許取引の煩雑化が進展し、 特許を他社とのネットワーク構築に活用するパテントプールや、特許権を所有 し た ま ま オ ー プ ン に し て 市 場 を 生 成 す る GPL に 代 表 さ れ る 取 組 み も 拡 大 し て い る。ただし、オープンにするだけでは収益につながらない。オープンにするこ とで市場の拡大を図りつつ、その市場で競争力を持つ自社固有の技術がなけれ ばならない。 オープンにすることで市場を生成する知財と、その市場で事業競争力を確保 するクローズドな知財とを明確に分け、戦略的な事業展開を進めることが求め られる。これは、守るものと他社に依存するものを戦略的に切り分け、それを 徹底するアップルの戦略と重なる。 自社の知財を分析することで、その強みを活かした事業戦略を策定し徹底し て進めることは極めて重要であり、日本企業にはまだまだ取り組むべきことが あろう。しかし、アップルのような革新的な製品を生み出すためには、自社の 知財や事業を分析する延長線上では難しいのではないかということも改めて感 じた。 - 24 - 2.3 特許から考える勝つための研究開発 -技術のコモディティ化を見極める 2.3 .1 講演の概要 ( 1) 実 施 日 時 2012 年 12 月 25 日 ( 火 ) 午 後 1 時 30 分 よ り 午 後 3 時 30 分 ( 2) 講 師 内田・鮫島法律事務所 弁護士 鮫島正洋氏 ( 3) 講 演 題 名 特許から考える勝つための研究開発-技術のコモディティ化を見極める 2.3 .2 講演内容 今 回 の 講 演 は 、国 内 企 業( 特 に B t o C を 中 心 と し た 製 造 業 )の 直 面 し て い る 状 況をもとに考察した、知財、特に特許に関する戦略についてセオリと考えられ る事項、及び、その限界に関する内容であった。 要点として挙げられている点は以下のとおりである。 ①知財(特許)を重視するというマネジメントは定着した、②しかし特許の マネジメントと競争力との連関のメカニズムは十分理解されていない、③メカ ニズムを「知財戦略セオリ」の形で整理し、④エレクトロ二クス業界の状況を 技術のコモディティ化(満了特許技術のみを用いて製造できる製品スペック= 市場の要求スペック)で説明、⑤そこでは特許のマネジメントだけでは競争力 付与には限界がある。 ( 1) 知 財 活 動 と 企 業 の 競 争 力 指 標 の 関 連 性 ・知財立国=創造、保護、活用のサイクルを回すことで企業の競争力が高ま る、という考え方。 ・「 創 造 ( 研 究 開 発 活 動 )」 を 行 っ て い る 企 業 は 利 益 が 高 い ・「 保 護 」 特 許 保 有 の 中 小 企 業 → 営 業 利 益 率 が 高 い ・「 活 用 」 知 財 活 用 ( 技 術 移 転 等 ) に よ り 業 績 が よ く な る ( 2) 知 財 戦 略 を 支 え る 三 つ の セ オ リ - 特 許 戦 略 に よ っ て 利 益 が 上 が る 【セオリ①:必須特許ポートフォリオ理論】 ・「 必 須 特 許 な く し て は マ ー ケ ッ ト 参 入 な し 」 ・ た だ し 、「 特 許 を 取 得 す る と 独 占 で き る 」 の は 製 薬 業 界 の み ( 物 質 特 許 ) ・「 必 須 特 許 」= 製 品 生 産 時 に 使 用 せ ざ る を 得 な い 特 許 。競 合 同 士 が 持 ち つ 持 たれつの場合は品質、価格で競争になる。 ・高い技術力を持っていても必須特許を持っていなければ特許訴訟のリスク を負う。 ・最近の製品には必須特許はいくつも必要。アップル対サムスンの関係:出 願している特許を見るとアップル=インターフェース系、サムスン=メモリ - 25 - など技術で必ずしも直接対決しているわけではない。 ・マ ー ケ ッ ト は 日 々 シ フ ト し て い る 。切 り 開 い た 市 場 で あ れ 2 0 年 前 の ス ペ ッ クは通用しない、必須特許は常にリフレッシュする必要がある。スペックの 高度化・環境の変化に対応してきた企業が市場に居続けられる。 【セオリ②:知財経営理論】 ・必須特許を取るにはマーケティングと技術開発のリンクが必要。 ・市場の大きさの軸に、既存特許があるかないかの軸を追加(後追い開発で は必須特許が取れない、特許数が少なくてもそもそもマーケットがない可能 性も)して必須特許を特定して取る。 ・ 特 許 DB と マ ー ケ テ ィ ン グ 情 報 を ど う 融 合 さ せ る か も 課 題 。 ・特許分析手法の開発→知財部と研究開発、事業部が協力して開発テーマを 決めていく時代に入りつつある。 【セオリ③:知財経営定着理論】 ・知財活動は法務、実務、戦略の正しい知識を持って、経営上の課題解決に 向けて行われるべき。 ・経営戦略上の目的(5 年後の年商を 4 倍にしたい)に対して知財を活かす 仕組みの例 →既存技術の他分野展開 ・参入可能な分野の特定 ・ 特 許 売 買 絡 み の M&A (米国で事例多、グーグルは必須特許は多数保持していないはず) ・小さなコスト、短時間(2 週間程度)で調査することが可能 →海外展開 ・模倣品対策、契約交渉 ※必須特許の見極め方※ 特許庁の審査過程における被引用回数が多く、出願年次の古いもの=基本 特許性が高い ( 3) 知 財 戦 略 セ オ リ の 適 用 限 界 - 技 術 の コ モ デ ィ テ ィ 化 特許を出してその権利で自社製品を保護するという戦略には限界が生まれて きた。 ・過去日本企業が作ってきた市場のあらゆる製品で日本企業のシェアが急速 に 減 少 ( カ ー ナ ビ 、 リ チ ウ ム イ オ ン 電 池 、 DVD プ レ ー ヤ ー 、 太 陽 光 パ ネ ル 等 ) ・シャープの太陽光パネルの例、 ・特 許 5 , 0 0 0 件 以 上 保 有 す る も シ ェ ア は 2 0 1 0 年 で 4 % 、シ ェ ア 1 位( 8 % ) の 中 国 の 会 社 は 特 許 10 件 → 特 許 件 数 と シ ェ ア は 全 く 相 関 が な い ・ 1964 年 に 上 市 、 上 市 以 前 の 基 本 特 許 が 1980 年 に は 期 限 切 れ & 上 市 以 - 26 - 降 の 改 良 特 許 が 1990 年 に は 期 限 切 れ → 満 了 特 許 技 術 の み で 製 造 で き る製品のスペックが徐々に上昇し、市場の要求するスペックと合致し た途端、製品が技術とともに急速に普及⇒「技術がコモディティ化し た」 ・ 「 技 術 の コ モ デ ィ テ ィ 化 」と は 満 了 特 許 技 術 の み に よ っ て 製 造 で き る 製 品 ス ペックが市場の要求スペックを満たす状況→特許の制御が効かない市場、特 許による参入障壁が崩れる、誰にでもできる、低コスト化の競争。 ・ 2020 年 ご ろ に は 基 本 特 許 が 満 了 す る 見 込 み の 製 品 と し て 、DRAM、液 晶 デ ィ ス プ レ イ 、 ネ オ ジ ム ・ 鉄 ・ ボ ロ ン 系 磁 石 ( E V モ ー タ ー に 必 須 の 磁 石 )、 デ ジ タ ル カ メ ラ 、 青 色 LED な ど が あ る 。 ・ 技 術 の コ モ デ ィ テ ィ 化 が 起 き に く い 製 品 ( BtoB、 デ ジ タ ル カ メ ラ 、 市 場 の 要求スペックが常に上昇している、新しいスペックが追加される、必須特許 が 次 々 に 取 れ れ ば 勝 て る 領 域 )、起 き や す い 製 品( B t o C 、D R A M 、ス ペ ッ ク が 多 岐に渡っていない)がある。 ・中国、韓国、台湾は知財ブーム、日本は下火(対象とする市場で技術のコ モディティ化が生じており、特許を出してもそれだけでは意味がないことに 日本企業が気づき始めている?) 【技術のコモディティ化市場におけるビジネスモデルの考え方】 製品開発の 3 つのタイプがある。 ・A タイプ:価格を維持し機能(価格以外の付加価値)アップを図る。い い も の を 作 れ ば 売 れ る と い う 考 え 。 1970 年 代 1980 年 年 代 の 日 本 企 業 、 自 動 車 業 界 の ハ イ ブ リ ッ ド ・ EV( ト ヨ タ 、 ホ ン ダ ) が そ の 例 。 新 た な 技 術を特許化し技術を守る。技術のコモディティ化が進むと厳しい戦いに なる。 ・B タイプ:機能はそのまま、価格競争。 サムスン、日本企業の自動車業界・ガラス業界(基本特許が既に満了 している) ・C タイプ:新たなプラットフォーム、市場を創造する=ガラケーからス マートフォンへ ・ 現 代 自 動 車 は 日 本 企 業 が 韓 国 で 出 願 し て い な い 7,000 件 強 の 日 本 の 技 術 を 利用して車を作っている、特許は本当に出す意味があるのか?むしろノウハ ウで勝負していくべき?→必須特許が取れる分野であれば必須特許でシェア を取っていく、必須特許が取れない分野では特許を取ることは悪? ・日本企業は B タイプより A タイプが得意。知財戦略に注力すべき。 ・中小・ベンチャーは野心的革新的技術が多い。自社で A タイプで展開した ければ中小・ベンチャーと手を組むのも一策。 - 27 - 2.3 .3 質疑応答 Q1: デ ジ カ メ 、 コ ピ ー 機 は 特 許 の か た ま り で 簡 単 に 真 似 さ れ な い と 思 っ て い たが簡単に海外企業に売る話が出てきている。状況が変わってきてい る? A 1: 1 0 年 ほ ど 前 、M E T I が 技 術 流 出 に 過 敏 に な っ て い た が 、事 業 戦 略 上 不 可 避 的 に 起 こ る 技 術 流 出 が 合 弁 事 業 。3 年 ほ ど で 合 弁 事 業 が 上 手 く い か な く な っても結局技術は流れてしまう。ヘッドハンティングによるものも合法 で防ぎようがない。ただ意識するとしないとでは結果が違ってくるだろ う。特に合弁は注意が必要である。 Q2: 大 企 業 は 基 本 的 に は A タ イ プ を 目 指 さ な い と い け な い が 、 な し え な い か ら結果的に B タイプにならざるをえないのでは? A 2:1 9 8 0 年 代 ま で は A タ イ プ で よ か っ た が そ う で な い 市 場 が 多 く な っ て き た 。 新興国は技術がコモディティ化するのを待って B タイプで仕掛けてきて いる。日本企業はずっと A タイプで来ていて急に B タイプへの変換を迫 られ困っている状況。 一見 B タイプになったと思われる市場でもスポット的に A タイプが出現 す る 場 合 も あ る 。 ネ オ ジ ム ・ 鉄 ・ ボ ロ ン は 1995 年 に 基 本 特 許 が 満 了 し た が 、 2000 年 に な っ て こ の 磁 石 に 微 量 の デ ィ ス プ ロ シ ウ ム を 添 加 す る と 性 能が上がることが発見された。が、ディスプロシウムは中国に偏在して おり、ゆえに、なるべくディスプロシウムを使わずに性能を上げる市場 が突如出現した。スポット的に A タイプが出現。どのようにマーケット をウォッチングして研究開発をしていくかが重要。スポットを見つけら れればそこから日本企業は早く技術を確立できるが、見つけるのが下手。 韓国企業等のほうが見つけるのが上手い。 Q 3:M E M S や エ ネ ル ギ ー ハ ー ベ ス ト の よ う に 特 許 の 有 効 期 限 が 来 て も 市 場 が 広 がらない場合、グーグルのように特許を取らずにオープンにした方が市 場が広くなるのでは? A3: コ モ デ ィ テ ィ 化 し て い な い 市 場 で は セ オ リ 的 に は オ ー プ ン に す る か ク ロ ーズにするかによらず、特許はある程度は取得したほうがよい。プラッ トフォームで開放している場合でも細かいルールを敷いている。グーグ ル は 特 許 の 取 り 方 が 弱 か っ た か ら M & A で 買 っ て い る の で は な い か 。I B M も エコパテントシステム(環境系の特許)を一定のルールのもと実施して いる。 Q4: コ モ デ ィ テ ィ 化 す る 領 域 が 広 く な る と 、 産 業 施 策 も 抜 本 的 に 見 直 さ ざ る を得ないが転換されていないのでは。 A4: 一 つ に は コ モ デ ィ テ ィ 化 し て い な い 市 場 を 探 す と い う 産 業 施 策 が あ り う る。産業革新機構が発足したのはそういう主旨だったろうが上手く機能 - 28 - していない。中小・ベンチャー企業は A タイプ市場でないと存在価値が な い 、 大 企 業 と の Win-Win の 提 携 に つ い て 税 法 上 の 優 遇 措 置 な ど あ り う るのではないか。 コモディティ化を前提に真っ向から勝負する施策はない。ボリュームゾ ーンは海外にある。日本企業は価格に加えて歩留りで勝負できるのでは ないか。例えば中国で現地生産の工場を作り、全て現地の材料・設備を 使う。ボリュームゾーンにはあえて品質を落として対応。ただ日本政府 は施策としては行っていない。そもそも大企業向けの施策がない。 Q5: ア ッ プ ル は イ ン タ ー フ ェ ー ス や コ ネ ク タ の デ ザ イ ン で 他 所 と 差 別 化 す る 経営戦略を行っている。ゼネコンはどちらかというと B タイプの特殊な 事例。技術と何を組み合わせるのか? A 5:シ ェ ア を 取 る た め に は 何 ら か の 付 加 価 値 が 必 要 。A タ イ プ は 技 術・機 能 、 B タイプは技術以外の価格やデザイン、使いやすさ、アフターサービス、 保守・メンテナンス。事業戦略として何を付加価値としていくのか決め ることが重要。 Q6: IBM は ハ ー ド か ら ソ リ ュ ー シ ョ ン に 変 わ っ た 。 我 々 コ マ ツ も よ い 商 品 に サービス+ソリューションを付加するビジネスモデル。サービスやソリ ューションに対する全世界的な特許の動向について。 A6: 直 感 的 で は 、 サ ー ビ ス ・ ソ リ ュ ー シ ョ ン の 分 野 で は 特 許 は モ ノ の 特 許 ほ ど 通 用 し な い 、枠 は 小 さ い 印 象 。特 許 を 取 り な が ら プ ラ ッ ト フ ォ ー ム 化 、 標準化の併用になるか。 Q7: 特 許 を 出 願 す る こ と の 功 罪 に つ い て 。 A7: 自 動 車 は コ モ デ ィ テ ィ 化 し き っ て い る 業 界 の た め 、 日 本 企 業 が 韓 国 で 出 願 し た 350 件 も そ れ ほ ど 広 く な い 範 囲 。 広 い も の が 取 れ な い 業 界 。 Q8: C タ イ プ の 知 財 戦 略 に つ い て 。 A8: こ の 部 分 が イ ノ ベ ー シ ョ ン と い わ れ て い る 分 野 。 A タ イ プ の 最 た る も の で自分で市場を作っていく。ソニーのウォークマンなど。日本ではこの 数年間起きていない。日本の大企業は慎重な判断をするので C タイプは 出にくい印象。中小・ベンチャーは自力がなく、環境も悪いので C タイ プ創出は難しい。 Q9: タ ッ チ セ ン サ ー や タ ッ チ パ ネ ル な ど の 新 し い 技 術 を 使 っ た 製 品 が 多 く 出 ているが、製品自体が日本初ではないことが問題。生み出せる中小・ベ ンチャーを育てたいが、なかなか投資してくれるところがない。また、 中小・ベンチャーであれ特許は保持しておかねばならない。米国はベン チャーも知財マネジメントをしっかりやっている。日本の場合は? - 29 - A9: 日 本 の 場 合 、 特 に 技 術 ベ ン チ ャ ー の 環 境 が 非 常 に 悪 い 。 ベ ン チ ャ ー キ ャ ピタルが技術ベンチャーに投資したがらない。技術が分からない、時間 がかかる。 よ う や く こ の 1、 2 年 で 日 本 初 の 技 術 ベ ン チ ャ ー を 育 て た い と い う 流 れ は で き て き た が 、 ま だ 米 国 の よ う に は な っ て い な い 。 30 年 近 く 遅 れ て い る 印象。 日 本 の 上 場 件 数 は 極 め て 非 活 発 ( 年 間 50 件 ) で 日 本 の ベ ン チ ャ ー キ ャ ピ タルが投資しないため、シンガポールなどの海外で上場する企業が増え ている。これも合法的な技術流出の一つでおかしな構造になりつつある。 Q10: 大 企 業 も 共 同 研 究 開 発 は OK だ が 、 ベ ン チ ャ ー 企 業 へ の 投 資 と な る と 社 内の壁が高い。 A 1 0:製 薬 業 界 の 新 物 質 探 索 は ベ ン チ ャ ー に 任 せ る 風 土 が 昔 か ら あ る が 、他 の 業界では難しい。大企業のベンチャー投資部が少しずつ増えてきた。 2.3 .4 まとめ 特許の知財マネジメントについて講演を聴講した。 鮫島氏は、東工大で金属材料を学んだ後、民間企業(フジクラ)勤務経験も あ り 、 弁 理 士 ( 出 願 権 利 化 す る 立 場 )、 弁 護 士 ( 権 利 行 使 す る 立 場 ) の 資 格 を 取 得 し 、「 特 許 と 事 業 競 争 力 の 関 係 」 に つ い て 最 大 の 問 題 意 識 を 持 っ て お ら れ た 。 政府委員等も経験してこられた。 その具体的な論点は ・「 必 須 特 許 な く し て マ ー ケ ッ ト 参 入 な し 」 特許は数より質が重要。事業に欠くことのできない必須特許を取ることが 重要。 ・「 二 軸 マ ー ケ テ ィ ン グ ( 市 場 + 特 許 )・ 技 術 開 発 ・ 知 財 取 得 を リ ン ク せ よ 」 知 財 部 と 研 究 開 発 、事 業 部 が 協 力 し て 、 「 既 存 特 許 の 穴( か つ 市 場 の あ る と こ ろ )」 で の 特 許 取 得 を 目 指 す こ と が 重 要 。 ・「 知 財 活 動 は 、 法 ・ 実 務 ・ 戦 略 に 関 す る 正 し い 諸 知 識 に 基 づ い て 、 経 営 上 の 課題を解決するために行われるべきである」 た だ し 、B t o C で 市 場 の 要 求 ス ペ ッ ク を 満 た す 製 品 が 切 れ た 特 許 で も 製 品 化 ができる市場(エレクトロニクス産業がその例)では技術のコモディティ 化によって、特許が事業の優位性に結びつかなくなることもある。 ・必 須 特 許 が 取 得 で き な い 場 合 は 、 ( ノ ウ ハ ウ と し て 秘 匿 す る た め に )出 願 し ないという選択肢もありうる、であった。 従来、我が国においては、特許による知財マネジメントが技術系企業の競争 力 の 源 泉 で あ る と い う 素 朴 な 原 則 論 が 信 じ ら れ て い た 。実 際 は 、B t o C 製 品 で み られるように、開発している技術がいつのまにか市場の要求するスペックを超 えていた時には過去の満了特許技術で自由に製品ができる状況が生まれ、それ - 30 - 以降の技術開発とその特許には「競争力」につながらない状況が、いわば合法 的に生まれることになる。これまで指摘されている、持続的イノベーションの 成果はある段階で顧客のニーズを超えてしまい、顧客はそれ以降においてそう し た 成 果 以 外 の 側 面 に 目 を 向 け 始 め る 、と い う イ ノ ベ ー シ ョ ン の ジ レ ン マ 1 に 通 じるロジックである。このような状況下で特許による知財マネジメントを有効 に働かせることは極めて困難である。 特許の有効期間が切れたことによってその技術が時間とともに合法的に拡散 することは事実である。しかし、モノづくりにおいては特許だけで製品が成り 立っているわけではなく、ハードウェア、ソフトウェア、製造装置などが一体 となって初めて製品が出来上がる。実際に新興国企業が低価格製品を大量普及 できた背景には有効期限が切れた特許による技術の流通というより、製品のキ ーコンポーネントであるファームウェア、制御用マイコンや設計情報(リファ レンスデザイン)が市場に供給されたことによることを見逃してはならない。 携帯電話などの例でみられるように新興国からの製品製造は特許の有効期限内 のしかも早い段階で数多く行われていることがこのことを示している。 このような状況の中でも特許、ノウハウ、ソフトウェア、キーコンポーネン トなどの全ての知財をマネジメントする視点に立てば、新興国が大量に製品を 普及させる時代には自社製品を「クローズ・オープンの標準化」によって新興 国企業がこぞって使うデファクトのキーコンポーネントとする戦略が有効であ る こ と が 示 さ れ て い る 2 。エ レ ク ト ロ ニ ク ス 産 業 の 家 電 分 野 に お け る 低 価 格 競 争 において勝ち抜くヒントである。その一方で、強いといわれている部品・材料 企 業 に お け る 競 争 力 維 持 の メ カ ニ ズ ム(「 市 場( ユ ー ザ )の 要 求 ス ペ ッ ク が 高 く なり続ける限り、それに対応して技術力を高められる企業が勝ち残る」という 仮説)や古くから行われてきた計画的陳腐化戦略の中においても、ノウハウ管 理や自社技術を業界の標準化するといった広義の知財マネジメント戦略の新た な視点はないか検討が必要と思われる。 このところアップル社の事例が語られることが多いが、その戦略の基本は他 の 追 随 を 許 さ な い 新 た な 驚 き を 生 む 製 品 を 出 し 続 け る こ と に あ る 。B t o C で あ る が ゆ え に イ ン テ ル の よ う な ク ロ ー ズ・オ ー プ ン の ビ ジ ネ ス 戦 略 の 展 開 は 難 し く 、 類似製品が出始めるにしたがって同じ市場にいる限りアップルとて競合他社か ら侵害される課題は避けられない。例えばスマートフォンにおいては高機能化 で価格を維持する戦略を続けてきたが、次期には低コスト機の投入もあるとい われており、この先、コスト競争に加わるようになればますます普通の会社化 すると思われる。他社の手がけていない新しい領域を開拓し続けることによっ て生き残るという戦略はモノづくり企業の基本を突き詰めているともいえるが 全ての企業がそのモデルを貫けるとは言い難い。 1 クレイトン・クリステンセン、玉田俊平太監修、伊豆原弓訳「イノベーションの ジ レ ン マ ― 技 術 革 新 が 巨 大 企 業 を 滅 ぼ す と き 」 翔 泳 社 、( 増 補 改 訂 版 2 0 0 1 年 ) 2 研究産業・産業技術振興協会、研究開発マネジメント専門委員会本年度調査報告 書 - 31 - 知財マネジメントにおける特許の重要性は論を待たない。しかしながら、こ れ ま で 多 く の 場 合 に 行 わ れ て き た「 特 許 を く ま な く 出 願 す る 」と い う 考 え か ら 、 事業収益をどのようにあげるか(ビジネスモデル)と関連させて、どのような 領 域 に ど の よ う な 特 許 を い つ 出 す か な ど の 視 点 が 欠 か せ な く な っ て い る 。更 に 、 ノウハウの秘匿、技術の流出阻止と相まって、如何に自社製品をバリューチェ ーンの上流でデファクト化するかという問題を含めて、知財全体をどのように マ ネ ジ メ ン ト す る か は 今 後 ま す ま す 大 き な 課 題 と な る 。B t o B な ど の 優 れ た 事 例 や知見の調査を継続したい。 - 32 - 2.4 ビジネスモデルのイノベーション ~異業種からの移植 2.4 .1 講演の概要 ( 1) 実 施 日 時 2013 年 2 月 18 日 ( 月 ) 午 後 3 時 よ り 午 後 5 時 30 分 ( 2) 講 師 早稲田大学 ビジネススクール(大学院商学研究科)教授 山田英夫氏 ( 3) 講 演 タ イ ト ル ビジネスモデルのイノベーション ~異業種からの移植 2.4 .2 講演内容 「 製 品 で 差 別 化 し て も 、す ぐ 他 社 に 追 随 さ れ 、最 後 は コ ス ト で 負 け て し ま う 。 何 と か な ら な い か ? 」、「 ア ッ プ ル や グ ー グ ル の よ う な 新 し い ビ ジ ネ ス モ デ ル で 稼 ぐ 方 法 を 考 え ろ 」。こ れ ら が 、日 本 企 業 に 共 通 し て 求 め ら れ る 課 題 と な っ て い る 。ビ ジ ネ ス モ デ ル の イ ノ ベ ー シ ョ ン を 進 め る に あ た り 、 「異業種にヒントを求 める」ことが解決の一つの鍵となる。今回、事例紹介を基に、①異業種にある ヒント、②ビジネスモデルを見る視点、更に③ビジネスモデルの課題について ご講演頂いた(参考文献:山田英夫『なぜ、あの会社は儲かるのか?ビジネス モ デ ル 編 』 日 本 経 済 新 聞 出 版 社 ( 2 0 1 2 ))。 ( 1) 成 熟 業 界 に こ そ ビ ジ ネ ス モ デ ル の イ ノ ベ ー シ ョ ン が 必 要 超 成 熟 産 業 と い わ れ る 文 具 業 界 で も 、1 5 年 間 に 新 し い ビ ジ ネ ス モ デ ル が 3 回 登 場 し て い る 。 第 1 は 、 1 9 9 3 年 に 登 場 し た カ タ ロ グ 通 販 の 「 ア ス ク ル 」( プ ラ ス )、 第 2 は 1 9 9 9 年 、 カ タ ロ グ と 営 業 マ ン に よ る 中 堅 企 業 向 け 集 中 購 買 シ ス テ ム の 「 た の め ー る 」( 大 塚 商 会 )、 最 新 の ビ ジ ネ ス モ デ ル と し て 、 リ バ ー ス ・ オ ークション(ネット上にオーダーを出し、入札させて最安値で調達)が始まっ ている。このように「市場が成熟しているため、ビジネスモデルの革新に縁が ない」とはいえなくなってきている。利益率を低下させる最大のライバルは、 賢い顧客である。顧客の技術・情報レベルが上がることで、企業の利益率が低 下する傾向がある。 ( 2) ビ ジ ネ ス モ デ ル と は ? ビ ジ ネ ス モ デ ル は 、多 く の 研 究 者 に よ っ て 定 義 さ れ て い る 。大 別 す る と 、「 顧 客 と の 接 点 を 重 視 す る も の 」、 「 利 益 を 生 み 出 す 仕 組 み を 重 視 す る も の 」が あ り 、 これらがビジネスモデルのエッセンスである。 こ こ で は 、 Afuah に よ る 定 義 1、 1 Afuah, A., Business Models, A Strategic Management Approach, McGraw-Hill Irwin(2003). - 33 - 「 ビ ジ ネ ス モ デ ル = 儲 け る 仕 組 み ( a f r a m e w o r k f o r m a k i n g m o n e y )」 を用いる。 ビジネスモデルの構築の方法としては、以下の 3 つが挙げられる。 ① ゼロから構築(アップル、グーグルなど) 日本の大企業では、前例がないものは経営者判断の難しいことから、なか なかゴーサインが出ない。このタイプは、卓越した天才を擁するベンチャー 企業経営者によって興されてきた。 ② 同業のベンチマーク 日 本 企 業 が 得 意 と す る が 、製 品 競 争 と 同 様 に い ず れ 価 格 競 争 と な り 、企 業 ・ 業界の疲弊をもたらす。 ③ 異業種のビジネスモデルの移植(本日のテーマ) 異 業 種 に は 、自 分 の 業 界 で 凝 り 固 ま っ た メ ガ ネ で は 見 え な い“ 原 石 ”が 多 数 転 が っ て い る 。た だ 無 限 の 可 能 性 が あ る も の の 、有 効 な 発 見 手 法 を 持 た な いままでは、期待感だけで終わってしまう。 ( 3) 異 業 種 に あ る ヒ ン ト を 活 用 す る ( 成 熟 産 業 で 儲 け る 仕 組 み ) 他業種の企業をヒントにしてビジネスモデルのイノベーションを実現した事 例をいくつか紹介していく。 ① スター・マイカ(不動産業) オーナーチェンジのマンションで利鞘を稼ぐ(賃貸収入+売却収入)モデ ルである。これには、金融界では常識である裁定取引(市場の価格差で利益 を上げる取引)の考え方が入っており、賃貸中の中古マンションが、空室の 中 古 よ り 2 5 % 安 く 購 入 で き る こ と を 利 用 し た も の で あ る 。購 入 し た マ ン シ ョ ンの賃貸中は家賃収入を得、賃借人の退居後にリフォームし、空室で売却す る。仕掛けとして、同じ棟から 1 戸しか買わないポートフォリオ(リスク分 散 )、 賃 借 人 の 退 居 年 を 多 数 保 有 で 確 率 的 に 予 測 ( 大 数 の 法 則 )、 賃 貸 中 は 家 賃収入、退居後は転売益と、どっちに転んでも損をしない、などが講じてあ り、負けないビジネスモデルとなっている。また中古マンションの転売は、 購 入 元 の 不 動 産 に 手 数 料 を 払 っ て 売 却 し て も ら い 、 業 界 他 社 と の Win-Win 関 係を維持している。ただし本ビジネスモデルの運営には、低金利での資金調 達力が鍵となる。 ② コマツ(建設機械) コ マ ツ の KOMTRAX は 建 設 機 械 に GPS と セ ン サ を 搭 載 し 、 そ れ を ベ ー ス に し たシステムである。当初は盗難防止が目的であったが、中国では代金回収に 威力を発揮。全ての稼働・保守状況を本社で把握することにより、稼働状況 を見て需要予測、生産計画につなげ、各種センサにより“壊れる前日”に修 理できることにより、予防保全で純正部品が売れ、利益率向上につながって いる。また故障個所のデータにより製品改良の把握、稼働状況データにより 省燃費運転の提案など顧客満足につなげている(稼働状況のレポートを付け - 34 - る こ と に よ り 、 中 古 価 格 が 高 く 設 定 さ れ 、 売 却 時 の 顧 客 利 益 も 向 上 す る )。 本モデルは、ゼロックスのサービス(電話回線による複合機の状態把握、 保守時期の事前把握、顧客企業のトータル費用削減など)と類似するもので ある。 ③ 楽天バスサービス(高速バスのネット販売) 楽 天 バ ス サ ー ビ ス は 、高 速 バ ス の 切 符 販 売 の ポ ー タ ル サ イ ト で あ る 。「 バ ス は 動 く ホ テ ル の 部 屋 で あ る 」と の 考 え か ら 、同 ビ ジ ネ ス は 始 ま っ た 。 「稼働し ていないバス≒ホテルの空き室」の観点から、空室を如何に販売するかのノ ウハウをネット販売のポータルに活かし、バスの需要と供給をマッチングし 稼働率を上げている。仕掛けとして、零細バス会社を需要に合わせて動員、 需要予測とバス動員の業界全体のレベニュー・マネジメント(需要予測によ り販売量と販売単価の積を極大化すること。ホテルの需要に応じた価格を変 動など)が挙げられる。楽天の精緻なデータ分析により効率的なバス手配が 可能となり、供給側のバス会社も眠っているバス資産を有効に活用できるよ う に な っ た 。 こ の よ う に 従 来 、 個 別 に 供 給 さ れ て い た 貸 切 バ ス を 、 web に よ り束ねることで、大きな規模の市場に転換させた。 ④ 日本ゴア(素材メーカ) 従 来 、生 産 財 企 業 は 、最 終 消 費 者 に は ブ ラ ン ド 訴 求 を し な か っ た 。当 社 は 、 「透湿性」と「防水性」の相反する性能を持つポリマー素材を提供。特に、 高級な衣料品のみにゴアテックスを使用し表示することにより、ゴアテック スの高級ブランドを確立してきた。顧客は「ゴアなら高級品」と感じるとと も に 、 衣 料 品 メ ー カ と も Win-Win の 関 係 を 確 立 し て い る 。 こ れ は 、 イ ン テ ル 社 の 「 Intel Inside」 の 戦 略 に 通 じ る も の で あ る 。 イ ン テ ル は 消 費 者 に 認 知 さ れ る こ と で 、 ラ イ バ ル の AMD と 差 別 化 を 図 っ て き た ( パ ソ コ ン に 社 名 シ ー ルを貼ることで消費者の認知度を上げ、新卒を採ることが当初の目的であっ た )。 ⑤ ブリヂストン(タイヤメーカ) リトレッド(再生タイヤ事業)として、タイヤを売り切らないビジネスを 推進。タイヤ貸しからメンテナンス、交換時期の管理などトータルでの顧客 の 経 済 性 を 訴 求 し て い る( 顧 客 が タ イ ヤ の 心 配 を し な く て よ い )。こ れ は 、G E 社 の 航 空 機 エ ン ジ ン の リ ー ス と 類 似 性 を 認 め る こ と が で き る 。G E は エ ン ジ ン を売り切らずリースし、エンジンの稼働時間のみの課金、メンテ契約、空中 で異常の検出(着陸後すぐ修理し、定時運行に貢献)など、顧客がエンジン に つ い て 考 え な く て 良 い 仕 組 み を 作 り 出 し て い る 。同 様 に G E ヘ ル ス ケ ア 社 で は 、 MRI、 CT な ど の 高 価 な 医 療 機 器 に 関 し 、 自 社 の メ ン テ 契 約 か ら 周 辺 サ ー ビスをバンドル、競合(東芝、シーメンスなど)のハードのメンテ契約、そ して自社生産ではないハードのサポート・サービスへと事業を進展させてい - 35 - る。また、メンテ契約によるデータの蓄積(どこが壊れ易いなど)は、次期 製品の開発に反映されている。 ( 4) ビ ジ ネ ス モ デ ル を 見 る 視 点 異業種に新しいビジネスモデルのヒントが隠れている可能性を示したが、そ れをどのような視点で着目すれば、移植可能なビジネスモデルを探し出せるか が重要である。以下に、そのビジネスモデルを見る視点を示す。 ① 顧 客 の 再 定 義 - 誰 が 顧 客 か ?( カ ス タ マ ー ズ ・ カ ス タ マ ー 、仕 入 れ 側 も 顧 客) 青 梅 慶 友 病 院 は 、老 人 介 護 専 門 病 院 と し て 高 い C S で 有 名 で あ る 。認 知 症 患 者の場合、その介護者の負担が多いことに着目し、家族のケアも行う医療な ど、患者の家族をも顧客と定義し、サービスを提供している。それにより家 族の口コミが広がり、家族代々がリピーターとなっている。 富 士 通 4 5 歳 部 長 研 修 の 場 合 、顧 客 は 部 長 よ り も 現 場 の 次 長( 研 修 不 在 の 部 長の代役で成長)とも定義できる。 顧客の再定義として、顧客を B から C へ転換したケースとして、ベネッセ は 、 当 初 の 生 徒 手 帳 の 販 売 ( BtoB) で 得 ら れ た 先 生 の 人 脈 を 生 か し 、 優 秀 な 先 生 を 囲 い 込 み 、 優 良 な 教 材 作 り で 通 信 教 育 事 業 ( BtoC) を 成 功 さ せ た ( 通 信教育では、如何に質の良い問題を継続的に作れるかが鍵であり、それを優 秀 な 先 生 が 担 っ て い る )。ま た エ ル メ ッ ド エ ー ザ イ で は 、大 き な 錠 剤 な ど が 飲 み辛い高齢者の現状を見て、薬を飲む患者を顧客と定義、飲みやすい薬を専 門に作る会社として設立された(これまで医薬品の差別化は「効能・効果」 で あ っ た が 、「 飲 み や す さ 」 が 新 た な 差 別 化 の 軸 に な っ た )。 一方、C から B へ転換したケースとして、ガリバーは、消費者から買った 車 を 中 古 販 売 業 者( 同 業 者 )に オ ー ク シ ョ ン で 売 る モ デ ル( C t o B t o B )を 展 開 している。在庫回転が速いので高値で買い取れ、同業者にとっては良い車の 仕入れ先となっている。またトランスファーカー社では、無料のレンタカー を提供している。実際はレンタカー各社の乗り捨て車両の回送業務をユーザ ーに代行してもらうものであるが、ユーザーは無料でレンタルでき、依頼し たレンタル業者は手数料を払っても回収業務の効率化が可能となるビジネス モデルである。 ② 顧客価値の再定義―顧客が本当にほしいものは何か? 「 サ ー ビ ス ・ ド ミ ナ ン ト ・ ロ ジ ッ ク 」は 、 「すべての企業はサービスを提供 している、物の受け渡しが介在するのが製造業」という考え方である。 リヒテンシュタインの電動工具メーカであるヒルティ社は、工具のコモデ ティ化により価格競争となる中、モノを売らず必要な工具一式を貸し出す事 業 に 転 換 し た 。当 初 は 売 上 が 減 少( ハ ー ド の 売 上 が な く な る )、営 業 先 が 変 わ り( 現 場 か ら 、ト ッ プ 層 へ )、資 産 を 持 つ こ と で バ ラ ン ス シ ー ト が 悪 化 し た が 、 実際は利益率は向上した。これは、クラウド化によって、ハード販売がサー - 36 - ビス提供に代わる流れを示唆するものである。 サービス業における「マイナスの差別化」とは、顧客へのサービスを減ら すことで、他社の追随を許さない戦略である。事例として、スーパーホテル (チェックアウトなし、ルームキーは暗証番号、電話・冷蔵庫なし)や、ス タ ー バ ッ ク ス( 禁 煙 )、サ ウ ス ウ エ ス ト 航 空( 座 席 指 定・機 内 サ ー ビ ス な し )、 Q B ハ ウ ス ( 洗 髪 ・ 髭 剃 り な し )、 セ ブ ン 銀 行 ( 法 人 融 資 な し ) な ど が 挙 げ ら れる。 ③ 顧 客 の 経 済 性( 製 品 の ラ イ フ サ イ ク ル 全 体 で 顧 客 が 払 う コ ス ト )= 日 本 の 企業が勝てる可能性 地 下 鉄 構 内 の 蛍 光 灯 で は 、 東 芝 、 NEC の シ ェ ア が 高 い 。 こ れ は 、 一 斉 に 切 れる信用性によるものである(一本ずつバラバラ切れると、取り替えコスト の 方 が 大 き く 、 取 り 替 え る ま で の コ ス ト 全 体 が 重 要 )。 ④ バ リ ュ ー チ ェ ー ン の バ ン ド リ ン グ /ア ン バ ン ド リ ン グ 電 通( バ ン ド リ ン グ )は 、当 初 の 広 告 枠 の 販 売 か ら 、バ リ ュ ー チ ェ ー ン( 媒 体との契約―広告制作-効果測定)をバンドリングした事業形態に変わって きた。顧客は、社内にコピーライターやデザイナーを抱えるなどの非効率さ がなくなるとともに、一貫したコンセプトで広告を打てるといったメリット もある。 セ ブ ン 銀 行 ( ア ン バ ン ド リ ン グ ) は ATM に 特 化 し た 銀 行 で あ る 。 他 行 の カ ードで引き出すと手数料収入が得られるモデルで、他行客が最上客となって い る 。 ATM 店 舗 維 持 コ ス ト の カ ッ ト の た め ATM か ら 撤 退 し た い 金 融 機 関 と Win-Win の 関 係 に な っ て い る 。 IMS は 、 医 薬 品 の 販 売 デ ー タ を 扱 う 専 門 調 査 会 社 で あ る 。 売 上 デ ー タ 、 営 業マンの訪問データ、処方データなどは、医薬品メーカにおける事業戦略上 必須のデータとなっている。バリューチェーンの一部に特化し、寡占をつく ることで、高収益となっている。 エイジスは、棚卸しの代行業者である。コンビニの発展とともに躍進して き た ( 2 4 時 間 営 業 店 や 多 品 種 少 量 の 本 屋 向 け な ど )。 特 化 す る の は 付 加 価 値 の高い業務に限定する必要はない例であり、顧客の非日常を日常的に行うビ ジネス(経営コンサル、冠婚葬祭業、遺言・相続ビジネス、…)は儲かる事 業である。 ベタープレイスでは、電気自動車のバッテリーだけをシェアする事業を展 開。これにより、自動車本体は安くなる(安価な夜間電力を使った充電済み バ ッ テ リ ー と 交 換 )。新 し い 技 術 で 一 番 コ ス ト の か か る 部 分 を シ ェ ア し て 安 く す る 発 想 で あ る ( 政 府 、 自 治 体 の 協 力 で 実 証 実 験 中 )。 ⑤ 定番の収益モデル 定番の収益モデルとして、以下の手法が挙げられる。 - 37 - a.裁 定 取 引 ( 同 じ 商 品 が 異 な る 価 格 で 取 引 さ れ て い る 時 に 高 い 市 場 で 売 り 、 安い市場で買うことで利鞘を得る取引) 事例として、G ポイント(マイレージやポイントなど、各社のポイント を汎用ポイントに変換し、また各社のポイントに交換できる仕組み)があ る。企業にとってマイルは負債であり、G ポイントに変えることで負債額 が減り、消費者は失効間近のポイントや端数ポイントを他社のポイントに 変 え る こ と が で き る 利 点 が あ る ( ポ イ ン ト 価 値 の 延 命 と 復 元 )。 b.ポ ー ト フ ォ リ オ ( 製 品 の 組 み 合 わ せ で 相 互 に 補 完 す る ) c.レ ベ ニ ュ ー ・ マ ネ ジ メ ン ト ( 顧 客 の 料 金 支 払 い 意 欲 に 応 じ て 商 品 ・ サ ー ビ スの価格と割当量を変えることで、収益を最大化する手法) 固定費比率の高い業種(航空機、ホテル、レンタカーなど)で有効。事 例 と し て 、F C 東 京 が 対 戦 相 手 に よ り チ ケ ッ ト 料 金 を 変 え る 、宝 島 の 月 刊 誌 が内容により毎号値段を変える、などがある。 d.ジ レ ッ ト モ デ ル ( 替 刃 で 稼 ぐ 。 後 か ら 利 益 が 上 が る も の ) メンテナンス、替部品、顧客リストを握れるかが鍵となる。純正品を使 わなければならない仕組みをいかに持てるかが鍵である(オープンとクロ ー ズ )。意 外 な ジ レ ッ ト モ デ ル と し て 、全 国 百 貨 店 共 通 商 品 券 が あ る( 昔 は デ パ ー ト 毎 に 発 券 し て い た が 、 JTB が デ パ ー ト 共 通 券 を 発 行 、 ギ フ ト 需 要 が取られたため、百貨店が防衛的に作った。全国百貨店共通商品券のクリ ア リ ン グ 業 務 は 、 券 を 印 刷 し て い る 大 日 本 印 刷 が 行 っ て い る )。 ( 5) ビ ジ ネ ス モ デ ル の 課 題 異業種をヒントにビジネスモデルを移植していく場合(特に、大企業にとっ て)にはいくつかの課題がある。 ① 売上の一時的減少 サービス課金型にすると、初年度は減収となってしまう。その影響を軽減 す る 工 夫 も 必 要 で あ る 。例 え ば パ ー ク 2 4 で は 、昔 は 駐 車 料 金 を オ ー ナ ー と 折 半していたが、オーナーへの支払定額制に変更(オーナーの分配作業立ち会 い な ど が な く な り 双 方 で 効 率 化 )、 そ れ に よ り 見 か け 上 、 売 上 が 倍 に な っ た 。 ② 旧モデルへの固執 従来型のビジネス(常識)から抜けられないケースがある。 ヒルティでは、ビジネスモデルの変更時に、営業部門(営業先が現場から 経 営 層 へ )、 財 務 部 門 ( バ ラ ン ス シ ー ト が 重 く な る こ と に 反 対 ) な ど が 反 発 。 ま た ス ル ガ 銀 行 で は 、「 銀 行 の 華 は 法 人 営 業 」と の 意 識 か ら 社 内 で 反 対 意 見 も あったが、トップダウンで個人客に特化した(法人は都銀静岡支店、地銀静 岡 銀 行 な ど 競 合 が 多 い )。そ し て 、他 行 が 貸 し た く な い 人 に も 貸 し 出 す 、他 行 に な い 基 準 で の 商 品 開 発 を 打 ち 出 し 、ユ ニ ー ク な ロ ー ン を 開 発( 外 国 人 専 用 、 ス ポ ー ツ マ ン 専 用 、S E・ プ ロ グ ラ マ ー 専 用 、他 行 員 専 用 な ど )、ま た 全 日 空 と 提携した口座(マイルもつく)も顧客増に寄与した。 - 38 - スター・マイカ、ガリバーの事例においては、個人への売却の方が利益が 大 き い に も 関 わ ら ず 、新 し い ビ ジ ネ ス モ デ ル の 維 持 に こ だ わ り 、競 合 企 業( 不 動 産 業 者 、中 古 車 業 者 )と W i n - W i n の 関 係 を 築 い た 。 「 戦 略 に お い て は 、何 を や ろ う と い う 選 択 と 同 じ く ら い 、何 を し な い か と い う 選 択 が 重 要 」( M . ポ ー タ ー)の言葉もあるが、旧来モデルに流されない痩せ我慢も重要である。 ③ 静止画は似ていても 電力会社がかつて通信事業をしたが、ほとんど撤退した。技術進化のスピ ードが全く違うからであった。図式化すれば、両者は同じような事業の絵が 描けるが、動的な要件(時間要素)を加味すると、ビジネスモデルの移植は 簡単とはいえない。 ④ 組織の壁 大企業の場合、企業内の各組織で部分最適化が図られる傾向がある。その た め 、全 社 最 適 で な い こ と が 生 じ る 。ソ ニ ー の F e l i C a は 、シ ス テ ム 売 り ビ ジ ネスができず、結局素材売りになってしまったケースである。 ⑤ 評価の壁 会社によって評価のものさしが決まっている、新しい尺度は入りにくい状 況がある。社内尺度がトンである新日鉄では、グラムの半導体をいくら売っ ても社内ではなかなか評価されなかった。またパルコは坪効率(坪当たり売 上 ) が 尺 度 と な っ て お り 、 坪 効 率 の 低 い TSUTAYA は 入 れ な い 状 況 で あ る 。 ( 6) お わ り に 以上、最後にまとめとして、 ・異業種からのビジネスモデルの移植は、さまざまな業種で可能なはずであ る。 ・日本の製造業はサービスをテコに、純正品で利益率向上を狙う戦略が良い の で は な い か 。 IBM は ハ ー ド ウ ェ ア 事 業 を 売 却 し サ ー ビ ス 業 の 比 率 を 高 め たが、その過程では多数の事業売買をしており、日本企業には簡単には真 似できない。 ・ サ プ ラ イ チ ェ ー ン 、 競 合 と の Win-Win が 考 え る ヒ ン ト に な る 。 ・顧客価値と顧客の経済性の両立も考えるポイントである。 2.4 .3 質疑応答 主な質疑応答について記す。 Q1:エ イ ジ ス の 例 、 POS で 在 庫 管 理 で き な い の か ? A 1 : 会 計 規 則 上 、実 地 棚 卸 し が 義 務 づ け ら れ て い る 。P O S と 実 地 デ ー タ は 合 致 し ないのが普通である。 - 39 - Q2:GE の 航 空 機 エ ン ジ ン は 100% リ ー ス な の か ? A2:100% と は 聞 い て い な い が 、 有 力 な 航 空 機 会 社 に は リ ー ス で や っ て い る 。 Q3:ブ リ ヂ ス ト ン の リ ト レ ッ ド は 運 送 業 者 向 け な の か ? 個 人 向 け な の か ? A3:個 人 向 け も や っ て い る が 、 経 済 性 向 上 の 目 的 か ら い え ば 、 ヘ ビ ー ユ ー ザ で ある業者向けであろう。タイヤの所有権がブリヂストンにあり、摩耗度な どを客先に出向きチェックし、レポート作成している。センサをつける 所まではしていないが、将来的には考えているようである。 Q4:セ ブ ン 銀 行 の 例 、 手 数 料 の 何 割 か は 元 の 銀 行 に 落 ち る の で は ? A 4 : 法 定 ル ー ル で は な く 交 渉 で 決 ま る 。消 費 者 が 払 う 手 数 料 に 加 え 、カ ー ド の 銀 行も手数料を払う。 Q 5 : 意 外 な ジ レ ッ ト モ デ ル 、共 通 商 品 券 の 例 に つ い て 。ビ ジ ネ ス モ デ ル を 考 え た ところから大日本印刷がビジネス受託した形である。社内では、ものづく りの延長線上のビジネスしか出てこないのが実情。電子書籍にしても、今 までの事業構造を変えないようにやろうとしている。 A 5 : 大 日 本 印 刷 は 事 業 領 域 が 広 い が 、電 子 書 籍 含 め 雑 誌 系 の 部 分 は 業 界 慣 習( 出 版、卸、販売)でがんじがらめになっており、徐々にしか変えることはで きないかもしれない。 Q6:GE モ デ ル は 、 売 っ て い る も の 自 体 の シ ェ ア が 高 く 囲 い 込 み が で き る 領 域 、 参入者が多い領域では、サービスだけではやりきれないのではないか?条 件設定が効くところと効かないところがあるのではないか? A6:GE は エ ン ジ ン を 握 っ て い る か ら こ そ 成 功 で き た し 、 GE ヘ ル ス ケ ア も 中 核 に 近い医療機器であるからこそ成功した。昔、換気扇で高いシェアを持つ会 社がキッチン全体を売ろうとしたが、台所で顧客が重視するのはシンクで あり、換気扇はおまけ。大きなところを押さえている会社が、台所を制覇 できた。 Q 7 : ヒ ル テ ィ の 事 例 、一 時 的 に 売 上 が 下 が る の で は 新 し い ビ ジ ネ ス に 取 り 組 む と きになかなかトップに理解してもらえない。新しい価値を経営者に理解し てもらわないといけない。他業種から持ってくるにしても、向いている領 域があるのでは。 A 7 : 打 ち 破 ろ う と し て い る の が 東 京 海 上 。有 人 チ ャ ネ ル で は 高 い シ ェ ア だ が 、ソ ニー損保など安いところが出てきた。別会社でイーデザイン損保というネ ット専門子会社を作った。同じ会社で全く異なる事業を行うのは難しいの だろう。事例紹介した無料レンタカーのトランスファーカーは、既存のレ ンタカー会社が始めたのではなく、数社を括れる企業が始めた。東京海上 もイーデザインを作ったが、トータルに保険をコンサルするような会社を - 40 - 作れば、新しいステージでビジネスできるだろう。今は過渡期だろう。 Q8:考 え て か ら ビ ジ ネ ス モ デ ル を 作 っ た 事 例 、 走 り な が ら 考 え た 事 例 が あ っ た 。 走 り な が ら は じ め て 失 敗 す る 例 も あ る と 思 う が 、成 功 、失 敗 ど ち ら が 多 い ? A 8 : 失 敗 の 方 が 多 い の で は 。成 功 例 は 、珍 し い か ら 記 事 に な る の で あ り 、現 実 に は失敗例の方が多いのではないか。 Q9:Facebook は 会 員 が 激 増 し た が 、 こ れ か ら ど の よ う な ビ ジ ネ ス に な る ? A9:グ ー グ ル も 、 規 模 が 大 き く な る 過 程 で モ デ ル を 変 え た 。 Facebook も 将 来 ビ ジネスモデルを変える可能性はあるだろう。成功したモデルが成功し続け るとはいえない。例えば、もし高金利時代になれば、セブン銀行はきつく な る 。A T M 内 に 眠 ら せ て い る カ ネ が 運 用 で き な い 。環 境 要 因 と の 整 合 性 の 上 で、ビジネスモデルは成り立つ。また、より大きくなろうとする際にも問 題 を 抱 え て い る 。L C C の 代 表 企 業 サ ウ ス ウ エ ス ト 航 空 は 、大 手 が 飛 ば さ な い 路線が残っている間は拡大できるが、路線がなくなるとエアドゥの二の舞 になるだろう。あるステージまで行くと、ビジネスモデルを変えなければ ならない。単一モデルだけでずっと儲かることはない。 Q10:研 究 開 発 が 事 業 に 効 率 的 に 結 び つ け ば よ い と 考 え て い る 。 研 究 開 発 の モ デ ルがあるか? A10:メ ー カ に お い て 、 研 究 、 開 発 、 生 産 、 販 売 の ど の 時 点 で ビ ジ ネ ス モ デ ル を 考 え る の か ? R&D、 マ ー ケ テ ィ ン グ な ど 、 意 見 が 分 か れ て い る 。 ビ ジ ネ ス モデルを考えられる人はいるのか?どのステージで絡めばいいのか?川上 に 入 れ ば 入 る ほ ど 良 い よ う に 見 え る が 、先 の 見 通 し が 難 し い 。川 下 で は t o o late に な っ て し ま う 。 Q 1 1 : 研 究 現 場 に は 、ビ ジ ネ ス モ デ ル を 考 え ら れ る ス キ ル は 少 な い よ う に 見 え る 。 スキルをどのように上げるか。何をやれば、そのような考え方が身につく のか。 A11:早 道 は な い だ ろ う 。 他 社 の 事 例 か ら 似 て い る と こ ろ を 探 す な ど の 、 ア ナ ロ ジーは役に立つ。今日のような話を、研究員間で交わされることは良いか もしれない。また、具体→抽象化→具体化の思考プロセスは、研究員は得 意 な 領 域 の は ず 。 例 え ば 、 青 山 フ ラ ワ ー マ ー ケ ッ ト は BtoB と BtoC の 兼 業 だ っ た 花 屋 を BtoC に 特 化 し た 。 普 通 の 花 屋 は 、 市 場 で つ ぼ み の 段 階 の 花 を 買うが、青山は開いた花も買う場合がある。これは抽象化していえば、旬 を過ぎたものを低コストで仕入れて売り切るビジネスモデル。引き出しが たくさんあると、アイデアにつながるのではないか。ただ、研究員全員が ゼロからビジネスモデルを描くのは、会社の生産性としては良くないかも 知れないが・・。 C)グ ル ー プ ワ ー ク で 考 え る こ と は 研 究 所 で も 行 わ れ る が 、 実 際 に 事 業 を ま わ し - 41 - ていないからなかなかリアリティがない。 C)自 社 の 事 業 の 強 み 弱 み を 理 解 し て い な い 。 C)モ デ ル は 考 え つ く が 実 際 に や る た め 何 が ハ ー ド ル と な る の か 、 ど う 超 え る の か、具体化のステップ作りが難しい。 C)研 究 者 が 営 業 と 客 先 を 回 れ ば い い と い う 意 見 も あ る が 、 現 実 は 、 営 業 が 研 究 者の客先対応を嫌う面もある。客にいわれると「できます」と返事をしてし まって後で営業が困る。 A11:良 き 質 問 を す る 人 ( ビ ジ ネ ス モ デ ル ・ モ デ レ ー タ ー ) が い れ ば 、 研 究 者 の アイデアがリアリティ(=収益の上がるビジネスイメージ)に結びつけら れ る の で は 。 実 体 験 を 持 っ た 人 が ど れ だ け why を ぶ つ け ら れ る か が 鍵 。 た だ、嫌がられる役回りであるが。 Q12:事 業 展 開 す る に は コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 能 力 、 人 を 巻 き 込 む 力 な ど の 能 力 が ないとなかなかうまくいかない。 A12:市 場 寄 り の 権 限 を あ る 程 度 持 っ た 人 で な い と 難 し い 。 例 え ば 、 iPad に 搭 載 さ れ た ジ ャ イ ロ セ ン サ は 、 揺 れ を 感 知 す る 。 大 前 研 一 氏 が 遠 隔 教 育 の BBT 大 学 を 文 科 省 に 申 請 し た 時 に 、 出 席 の 確 認 手 段 を 要 求 さ れ た 。 そ こ で 大 前 氏 は 放 送 番 組 の 途 中 で 信 号 を 流 し 、 そ の 時 に iPad を 振 ることで出席をとることを考えた。 『 ジ ャ イ ロ セ ン サ 技 術 』と『 学 生 の 出 欠 』 の間には大きな距離がある。ビジネス側の人がいないと、このような出欠 の発想は出てこない。アドバイスをするのは、研究所内ではない人なのか もしれない? 別 の 問 題 と し て 、 大 企 業 は 潰 す 確 率 の 方 が 高 い 。「 こ れ は 使 え な い 」 と い っ てダメを出す方が楽である。 Q13:研 究 開 発 段 階 か ら 儲 け る 仕 掛 け 、 知 財 マ ネ ジ メ ン ト を し っ か り 考 え ら れ る 人材、軍師、が必要だと東大小川先生がおっしゃっていたが、山田先生の おっしゃるスペシャリストとは? A13:軍 師 は 組 織 の 重 み を 感 じ る 。 考 え る こ と が で き 、 組 織 を 動 か す リ ー ダ シ ッ プがあり、また実際に動ける人だろう。日本企業は動かす力を持っている 人は結構いるが、アップルやグーグルのように考え抜いて考え抜ける人は 少ない。スター・マイカの社長は、失敗しただけあって、二度と失敗しな いという思いがあり、相当考え抜いてきた。成功する仕組みと失敗しない 仕組みは違う、という信念を持っている。失敗しない仕組みをまず作って おかないと、成功する仕組みはできない。失敗しない仕組みは、ロジック である程度までできる。成功するには、フォローの風が吹くなど運の部分 もある。日本では全体的に、考える部分が少し足りないように感じる。 Q 1 4 : ド イ ツ B A S F 社 の 中 央 研 究 所 は 、世 界 中 か ら ト ッ プ ク ラ ス の 研 究 者 1 0 0 人 を 採用するが、入社後 5 年で 8 割は研究所を離れ、本社企画部門や事業部門 - 42 - などに出ている。研究のプロがビジネスを考える。日本企業でそのように やっているところはないと思う。 A14:強 い て 近 い の は 花 王 。 研 究 者 と い う 言 葉 は な く 、 事 業 屋 に な れ る 人 が 偉 い という風土。事務屋/技術屋という言葉が使われている会社は要注意。昔 ある会社では、白衣を着ている人が一番偉く、白衣を脱いで青い作業服を 着る時が最もショックな日という社風があった。そこで新入社員を一旦全 員中央研究所所属にし、研究所を出るのが普通という流れを作った。ただ し新入社員教育を全て研究所でみなければならなくなるなど苦労もあった そうだ。研究者の有期採用の例としては、三菱化学生命科学研究所は任期 10 年 の 有 期 雇 用 を や っ て い た 。 優 秀 な 研 究 者 は 任 期 後 に 研 究 者 と し て ス カ ウ ト や 、 学 界 に 入 る な ど 道 が あ っ た 。 BASF 社 の 例 は 、 材 料 メ ー カ な の で 研 究成果を持って事業部門に移りやすいという事情もあるかと思う。 2.4 .4 まとめ 研究開発によって新規事業を考えろという要求がますます強まっている。ビ ジネスを研究開発の段階から考えることは、とりもなおさず技術と経営を一致 させる技術マネジメントの最も重要なテーマである。しかしながら技術者、特 に研究者には、ビジネス志向を持っている人が多いとは言い難い。あるいはア イデアはあっても具体化の立案ができない、アイデア倒れなどもある。そんな 中、今回の講演は研究開発に携わる者がビジネスモデルの全体を眺め、欠けが ちなセンスを身に付ける契機となる良い機会となった。講演から得られたポイ ントを列挙する。 ・異業種からのヒントは、ビジネスモデルのイノベーションに有益 異業種のビジネスモデルを参考に移植することが、日本企業にできるビジ ネスモデルのイノベーションとなりうる。本講演では、異業種のビジネスモ デルを参考にして成功した事例を基に、その着目すべき視点を学んだ。 ・ビジネスモデルの変革の推進は、組織体制の見直しが重要 ビジネスモデルを変革する課題として、特に一時的な売上の減少などへの 抵抗は大きいと考えられる。クラウド事業によるハード売りへの打撃や、カ ニバリゼーションの問題など。別組織化(子会社化など)など柔軟な体制が 鍵となると思われる。 ・ビジネスモデル成功の裏には、データベース、データ分析の重要性が挙げら れる。 異業種からの移植を考える場合、その業界でのノウハウの理解などの垣根 も発生する。それを打破するのが、独自のデータベースであり、またその分 析力である。スター・マイカでは、経験が必要な不動産の目利きを、豊富な データベースと統計学に置き換えた。また楽天トラベルでは、需給予測が鍵 と な っ て い る 。 異 な る 領 域 に 独 自 の デ ー タ 処 理 、 言 う な れ ば ICT と 融 合 し 、 活 用 す る こ と に よ り 、移 植 す る ビ ジ ネ ス モ デ ル の 独 自 性 が 高 め る と 思 わ れ る 。 ・研究員においてもビジネスモデルを意識した活動は重要。ポイントは研究ス - 43 - ピードとのリンク。 ビジネスモデルは、研究、開発、販売など、事業のどのフェーズで構築す る の が 有 効 で あ る か 、と い う 命 題 が あ る も の の 、一 概 に 答 え は 難 し い 。た だ 、 各フェーズにおいて、立案すべき重要な戦略には違いない。研究フェーズに おいては、研究成果到達時期を見据えたビジネスモデルの検討が最も重要と 思 わ れ る 。こ れ ま で の 事 例 か ら わ か る と お り 、事 業 成 功 は 社 会 環 境 の 変 化( 経 済性、地域、個人の生活スタイルなど)に大きく影響される。その変化を的 確に捉えることが重要である(遅いのはもちろんであるが、早すぎても受け 入 れ ら れ な い )。 ・ビジネスモデル構築における、特許戦略、標準化戦略の重要性 ビジネスモデルを構築し、継続的な成長を目指すには、周辺企業、特にサ プ ラ イ チ ェ ー ン の 企 業 群 と Win-Win の 関 係 を 構 築 す る こ と が 重 要 で あ る 。 そ のため、研究マネジメントの観点で特に考慮しなければならないのは、ビジ ネスモデルにおける特許及び標準化の位置づけである。利益確保のための特 許戦略はもちろんであるが、特に、業界全体の活性化や関連企業との良好な 関係構築には、標準化戦略の進め方が重要な鍵となる。そして、それを左右 し、いち早く決定づけられるのが、研究フェーズでの戦略である。また、最 近では研究領域でもオープンイノベーションが重視されてきており、多くの 企業が絡んだビジネスモデルを考慮する必要が出てきている。企業間を Win-Win に つ な ぐ 仕 組 み と し て の 規 定 ・ 仕 組 み が 求 め ら れ る 。 こ の よ う に 、 研究マネジメントにおいて、ビジネス視点を取り込んだ人材育成がますます 重要となってくると思われる。 これらのポイントを踏まえて次なる課題は、ビジネスモデルを作る仕組みを いかに作るかである。 ・ビジネスモデルは誰が作るか? 研究開発の段階から、製造、販売までのバリューチェーンの中で、製品企 画、マーケティングを含め、どこでどのようなビジネスモデルを立てるかは 重要な問題であるが、いずれの段階においても人材に大きく依存する問題で ある。ビジネスモデルは誰にでも考えられるものではなく、企業の戦略を理 解できる人材でなくてはならない。また、ビジネスアイデアを画餅に終わら せない、具体化まで設計できる能力も必要である。 ベンチャー企業が新しいビジネスモデルを生み、斬新な製品やサービスで 市場を開拓することが注目されている。ベンチャーにとってビジネスモデル は死活問題である。なぜならば既存の大企業に勝っていくには、新たな土俵 で 戦 う 以 外 な い か ら だ 2 。ベ ン チ ャ ー の 立 ち 上 げ に お い て は 、ベ ン チ ャ ー キ ャ ピタルが不可欠である。ベンチャーキャピタルは新たなビジネスを興すこと に強い使命感を持っており、ベンチャーキャピタリストはビジネスモデル創 2 ス テ ィ ー ブ ・ ブ ラ ン ク 、 ア ン ト レ プ レ ナ ー の 教 科 書 、 翔 泳 社 ( 2009) . - 44 - 造人材の典型例の一つといえる。 ベンチャーの状況は大企業とはかけ離れているが、大企業においてもビジ ネスモデルの変革と創造を進めた例はある。その一つが強いリーダシップを 持って企業の中で技術者にビジネスマインドを植え付け、新規ビジネスを 次 々 と 立 ち 上 げ た 大 阪 ガ ス の 事 例 で あ る 3 。営 業 の 最 前 線 に 配 置 転 換 さ れ た 技 術者がビジネスマインドを喚起され、このことが発端となって技術をビジネ スに結びつける活動を率先して実践した。技術者の発想を変える 6 つの法則 としてまとめられているエッセンスの中には「 、技術者は人に誇れる技術を持 て 」、「 技 術 の ロ マ ン に ビ ジ ネ ス の ロ マ ン を 重 ね 合 わ せ ろ 」、「 ド リ ー ム パ ワ リ ン グ を 発 揮 し ろ 」、「 技 術 者 は 奥 の 院 か ら 外 に 出 よ 」 な ど 参 考 に な る 部 分 も 多 い。 ・組織としての工夫はないか? ビ ジ ネ ス を 考 え ら れ る 人 材 を 育 て る 組 織 の 例 と し て B A S F 社 が あ る 。年 間 約 4 , 0 0 0 名 の 応 募 が あ り 、1 0 0 名 の 博 士 号 取 得 者 を 採 用 す る 。選 考 に あ た っ て は 成績だけでなく、ビジネスのセンス、チームワークができるかなどが要求さ れ る 。約 4 年 間 研 究 所 で 勤 務 し 、本 人 の 希 望 と 移 動 先 の ポ ジ シ ョ ン の 調 整 で 、 そ の 後 マ ー ケ テ ィ ン グ ( 営 業 を 含 む )、 製 造 、 技 術 サ ー ビ ス 、 企 画 、 特 許 等 の スタッフ、海外部門に移る。研究所に引き続き残る者は少ない。昇進するに は研究以外の経験が必要で、営業や製造から研究所に戻って先ずグループリ ー ダ に な る 。 更 に Senior Vice President に 昇 進 す る に は 、 再 度 他 部 門 で の 経験が必要である。こうしたやり方によって、技術と経営を近づける組織的 な マ ネ ジ メ ン ト 能 力 を 強 化 す る 4( 実 際 に は 研 究 所 に い る だ け で は 給 料 が 上 が ら な い と い う 逆 の イ ン セ ン テ ィ ブ の つ け 方 も 工 夫 さ れ て い る よ う だ 。)。 い わ ゆるジョブローテーションの考え方といえるが、研究開発型企業の経営力強 化に適用されている代表例といえる。 このような研究者個人のスキルアップの仕組みだけでなく、研究者の近く にビジネスをよく知るビジネスモデル・モデレータを設置する、あるいは、 ビ ジ ネ ス モ デ ル を 立 て る 人 と 、 そ れ に 対 し て why を 問 い か け る ビ ジ ネ ス を 知 る人を組み合わせるなどの組織上の工夫もありうるのではないか。 この他にもいくつもの論点があると思われるが、強いビジネスを生むため におおまかには、以下のような 2 点が考えられるのではないか。 ① 個人を育てる: z ビジネスに強い人材の戦略的な育成、技術者をビジネスの現場に回す z 強いリーダシップを持つビジネスリーダの養成:人材の選抜と育成 ② 組織を育てる: z 組織全体のレベルをあげる:技術者とビジネスメーカが協業する組織 3 4 永 田 秀 昭 、 技 術 者 発 想 を 捨 て ろ 、 ダ イ ヤ モ ン ド 社 ( 2004) . 研 究 産 業 協 会 、平 成 1 8 年 度 研 究 開 発 マ ネ ジ メ ン ト 委 員 会 ド イ ツ 海 外 調 査 報 告 書 . - 45 - 上の工夫。研究組織へのビジネスを知る人材の配置など。 製造業にとどまらずサービス業も入れたビジネスモデルを見ることは、まず ビジネスマインドを醸成させ、参考事例を学び、自社ビジネスへの応用へと通 ずるものである。一度の講演を聴いただけで即効的に自社ビジネスに展開でき るものではないが、今回の講演はその端緒となったものと思う。ビジネスモデ ルという理解しやすい考え方を通すことによって、研究開発と経営の結びつき をより強固にすることができるのではないか?また、今回はビジネスモデルそ のものを見たが、それを作り上げるのにどのような工夫が行われているのか、 儲ける仕組みを作る仕組みについてもぜひ議論したいところである。 - 46 - 第3章 訪問・ヒアリングによる調査 3.1 株式会社小松製作所 3.2 株式会社村田製作所 3.3 大阪ガス株式会社 第 3 章 3.1 訪問・ヒアリングによる調査 株式会社小松製作所 3.1 .1 調査の概要 ( 1) 実 施 日 時 2012 年 12 月 25 日 ( 火 ) 午 後 3 時 30 分 よ り 午 後 5 時 ( 2) 講 師 コマツ 研究本部長 執行役員 江嶋聞夫氏 ( 3) 講 演 タ イ ト ル コマツのダントツ商品戦略・研究開発 ( 4) 会 社 概 要 ( 2012 年 3 月 期 ) 社 名:コマツ(登記社名:株式会社小松製作所) 設 立 : 1921 年 5 月 13 日 ( 大 正 10 年 ) 資 本 金 : 679 億 70 百 万 円 売 上 高 : ( 2011 年 度 実 績 ) [単 独 ] 8,511 億 円 [連 結 ]1 兆 9,817 億 円 経 常 利 益 :( 2 0 1 1 年 度 実 績 ) 従業員数: [単 独 ] 881 億 円 [連 結 ] 2,496 億 円 [単 独 ] 9,541 名 [連 結 ]44,206 名 主 た る 事 業 : 建 設 ・ 鉱 山 機 械 、 ユ ー テ ィ リ テ ィ ( 小 型 機 械 )、 林 業 機 械 、 産業機械などの事業を展開 研究開発の特長:コマツでは、建設機械・車両、産業機械などの分野に お い て 、「 品 質 と 信 頼 性 」 の 追 求 を 基 本 と し て 、 新 技 術 と 新 商 品 の 研 究 開発を積極的に推進している。その研究開発体制は、研究本部と開発本 部を中心とした建設機械・車両関連の開発センタ、産機事業本部及び関 係 会 社 の 技 術 部 門 等 か ら 構 成 さ れ て い る 。 2011 年 度 の 研 究 開 発 費 は 、 549 億 円 。 3.1 .2 講演内容 ( 1) 会 社 紹 介 コマツの創業者“竹内明太郎”は、元内閣総理大臣の吉田茂の長兄であり、 日 産 自 動 車 の 前 身 の 快 進 社 の 設 立 、早 稲 田 大 学 理 工 学 部 の 創 設 に も 貢 献 「 。良品」 は 国 境 を 越 え る と い う 精 神 が 今 も“ コ マ ツ ウ ェ イ ”と し て 全 社 展 開 さ れ て い る 。 売上の約 9 割が建設・鉱山機械、車両他であり、地域別売上高比率は、伝統 市場(日米欧)が約 4 割、戦略市場(新興国)が約 6 割である。この比率は、 伝 統 市 場 が 約 8 割( 内 日 本 内 需 で 約 4 割 )だ っ た 1 9 8 0 年 代 か ら 劇 的 に 変 化 し て いる。ただし地域別売上構成は世界中の各地域でほぼ均等に分散しているため ある特定地域の需要変動や景気動向で、業績が大きく変動することはない。 - 47 - 製品は選択と集中を行い、機種数の絞り込みと商品系列の見直しを実施した 結果、建設・鉱山機械では、シェア 1 位、2 位の製品の売上高比率が約 9 割を 占める。 またエンジンや油圧機器等の基幹部品の開発・生産は日本に集約し、競争力 強化を図っている。 コ マ ツ の 環 境 活 動 と し て は 、全 社 電 力 削 減 活 動 を 行 っ て お り 、4 0 年 以 上 経 過 し た 建 屋 や 設 備 の 刷 新 を 進 め 、2 0 1 4 年 夏 ま で に 、国 内 工 場 の 使 用 電 力 量 を 2 0 1 0 年度比で半減させる予定である。 図 3.1-1 2011 年 度 の 業 績 出 典 : コ マ ツ 公 表 資 料 、「 コ マ ツ の 概 要 」 http://www.komatsu.co.jp/CompanyInfo/ir/individual/slide/profile_j.pdf ( 2) 事 業 分 野 の 特 徴 と 技 術 コマツは下記特徴を有した製品をダントツ商品と定義し開発を推進している。 ・他社が数年は追いつけない特徴を有すること。 ・ SVC で 10% 以 上 の 改 善 が 見 込 め る こ と 。 ま た ダ ン ト ツ 商 品 の キ ー ワ ー ド は 「 環 境 」、「 安 全 」、「 I C T 」 で あ る 。 ダントツ商品の代表 3 事例を紹介する。 ① ハイブリッド油圧ショベル ・ 2008 年 に 世 界 初 の 量 産 化 を 実 現 し 、 全 世 界 で 約 2,000 台 導 入 済 み 。 ・ 燃 費 低 減 効 果 は 、 標 準 機 に 対 し 平 均 △ 25% 。 ・乗用車と異なり、建設機械は短時間で急峻な負荷変動を伴うため、蓄電 器には、バッテリではなくキャパシタを採用。キャパシタ、モータ、 インバータ等のコンポーネントは全て自社製。 ② KOMTRAX(Komatsu Machine Tracking System) ・ 2001 年 よ り 、 坂 根 社 長 ( 当 時 ) の 経 営 判 断 で 標 準 装 備 化 ( KOMTRAX 装 着 費 用 は コ マ ツ 負 担 ) を 進 め 、 2012 年 9 月 時 点 で 、 KOMTRAX 端 末 搭 載 車 は 全 世 界 で 2 8 万 台 以 上 ( コ マ ツ 全 建 機 の 過 半 数 )。 - 48 - 当 初 は ATM( 現 金 自 動 預 け 払 い 機 ) の 破 壊 強 盗 防 止 等 の 盗 難 防 止 目 的 に 開発したが、運用するとさまざまなアイデアが生まれ、販売・サービス 分野をはじめ、省エネ支援レポートによる顧客満足度向上等、バリュー チェーン各場面での積極活用が図られている。 ・ 運 用 形 態 と し て は 、 KOMTRAX サ ー バ が 建 機 の 位 置 情 報 、 稼 動 情 報 を 一 元 管 理 し 、 現 地 法 人 、 代 理 店 、 顧 客 に web 配 信 す る ス タ イ ル 。 図 3.1-2 KOMTRAX の 進 化 と バ リ ュ ー チ ェ ー ン 出 典 : コ マ ツ 2011 年 度 ア ニ ュ ア ル レ ポ ー ト http://www.komatsu.co.jp/CompanyInfo/ir/annual/pdf/2012/ar12j_all.pdf ③ AHS(Autonomous Haulage System: 無 人 ダ ン プ ト ラ ッ ク 運 行 シ ス テ ム ) ・ AHS を 含 む マ イ ニ ン グ 事 業 は 、 ア フ タ ー セ ー ル ス と な る サ ー ビ ス 、 部 品 の売上比率が高く、かつ利益率が高い。 ・ AHS は 2008 年 か ら 世 界 で 初 め て 実 用 稼 動 を 開 始 し 、 現 在 、 チ リ 、 豪 州 で 計 3 0 台 稼 働 中 。2 0 1 5 年 ま で に 稼 働 台 数 が 1 5 0 台 以 上 に 拡 大 さ れ る 予 定 。 ・ AHS は 複 数 の 超 大 型 ダ ン プ ト ラ ッ ク を 完 全 無 人 で 自 律 走 行 さ せ る の で 、 究極の安全性を実現でき、また最適運転を実現できるので、燃料やタイ ヤコストの低減が可能。 ( 3) 研 究 開 発 の 考 え 方 コマツは商品(ハード)としてのダントツ化を基軸に、製品単体でのビジネ スから、 「 ダ ン ト ツ サ ー ビ ス 」→「 ダ ン ト ツ ソ リ ュ ー シ ョ ン 」へ 移 行 す る 事 を 志 向している。そのため研究開発部隊とビジネス部隊とが、強い連携を持って商 品開発を行っている。また基軸となるダントツ商品を支えるキーコンポーネン トに関しては、エンジン、油圧機器だけでなく、パワーエレクトロニクス関連 - 49 - 機 器 や ICT 関 連 機 器 ・ 技 術 に つ い て も 自 社 開 発 を 志 向 し て い る ( 先 端 技 術 に つ い て は 、 M & A 、 技 術 提 携 も 視 野 )。 建設機械の主力分野は、最先端技術に向かう国の研究費が付かない分野であ る た め 、コ マ ツ は 産 学 連 携 も 非 常 に 重 要 視 し て お り 、7 ~ 8 年 前 か ら 組 織 的 な 連 携を進めている。特に生産・研究開発の 3 拠点周辺の 4 大学(東大、阪大、横 国大、金大)とは、共同研究体制を整備し、企業ニーズと大学シーズとの緊密 な擦り合わせを実現している。進捗は定期的な会議体を通じ議論され、実用化 された案件に対しては、 「 産 学 連 携 表 彰 」で 活 性 化 を 図 っ て い る 。ま た 産 業 機 械 の分野においては、機械学会論文賞も受賞している。 ( 4) 人 材 育 成 ・ 技 術 教 育 ・全社教育体系 関係会社、協力企業を含めて将来のビジネスリーダ候補者(選抜制)の長 期研修制度がある。研修の最後には、与えられたテーマ別のプレゼンをチ ー ム 単 位 で 実 施 し 、社 長 以 下 経 営 陣 か ら 徹 底 的 に し ご か れ る 経 験 を さ せ る 。 ・ Innovative な 人 材 と 要 素 現 在 ダ ン ト ツ 商 品 と し て 認 知 さ れ て い る 「 K O M T R A X 」、「 A H S 」、「 ハ イ ブ リ ッ ド 油 圧 シ ョ ベ ル 」も ア イ デ ア 発 想 か ら 商 品 化 ま で 1 0 ~ 2 0 年 の 歳 月 が 流 れ て いる。当初は、その価値を社内では十分理解できないものもあり、研究開 発中止を余儀なくされ、商品化への道のりは相当厳しいものがあった。商 品 化 に 至 る た め に は 、「 発 案 者 の 執 念 」 と 「 ト ッ プ の 理 解 ( 目 利 き )」 の 両 方が非常に重要となる。この両方が揃って、ダントツ商品は世に送り出さ れ る 。 ま た “ Innovation in the box” で 表 現 さ れ る よ う に 、 明 確 な 目 的 軸 の 下 、時 間 制 約 、予 算 制 約 を 与 え box に 追 い 込 む こ と で 、Innovation は 興 ると考えられる。 ( 5) ブ ラ ン ド マ ネ ジ メ ン ト と 将 来 ビ ジ ョ ン 顧客からの信頼度を高めることを、顧客にとってコマツでなくてはならない 度 合 い を 高 め 、そ の 結 果 、パ ー ト ナ ー と し て 選 ば れ 続 け る 存 在 に な る と 定 義 し 、 「 ブ ラ ン ド マ ネ ジ メ ン ト 活 動 」 と し て 、 2007 年 よ り 取 組 み を 開 始 し た 。 他社との差別化や市場におけるポジショニングという企業視点ではなく、お 客様が何を目指しているのかという「顧客視点」でお客様の理想や使命をとも に 実 現 す る こ と が 重 要 。そ の 実 例 と し て は 、 「 リ オ テ ィ ン ト の 鉱 山 遠 隔 管 理 」や 「無人ダンプトラック運行システム」がある。 現 在 、 世 界 18 カ 国 、 約 90 社 の お 客 様 を 対 象 に 、 ブ ラ ン ド マ ネ ジ メ ン ト 活 動 を展開中で、定期開催される会議でのケーススタディを通じ、互いに事例を共 有し合い、学び合う場を設けている。 - 50 - 図 3.1-3 3.1 .3 顧客関係性 7 段階モデル 質疑応答 Q1:4 大 学 包 括 連 携 に つ い て 、 大 学 毎 の 技 術 の 分 担 は ? A 1 : 決 め ら れ た ル ー ル は な い が 、大 阪 大 学 で の 溶 接 技 術 等 、各 々 の 大 学 で 得 意 な 技術を担当して頂いている。内容は異なるが分野が重複しているのもある。 Q2:営 業 利 益 率 10% 強 で 、 日 本 の も の づ く り 企 業 と し て は 超 優 良 企 業 。 本 業 に 特化する事がその源泉か?研究開発というよりは、ビジネスプランをしっ かり練っているのか? A 2 : ト ッ プ の リ ー ダ シ ッ プ が 非 常 に 強 い 。以 前 か ら 鉱 山 機 械 は や っ て い た が 利 益 率は非常に低かった。利益率の高いダントツ商品に特化する戦略が重要で、 かつ顧客に認めてもらえるサービスを顧客と一緒に考え、商品の付加価値 を上げ、その価値を顧客に認めてもらう事が値上げにつながる。 顧 客 の 要 望 に 合 わ せ て 値 下 げ を 行 う の は NG。 特に鉱山機械では、部品・サービスの売上比率が約 3 割となり、この売上 は 新 車 需 要 に 関 係 な く 、機 械 が 稼 動 す れ ば 発 生 す る こ と と な る 。現 在 は 2 0 0 3 年 に 比 べ 、約 3 倍 と な る 概 略 1 2 , 0 0 0 ~ 1 3 , 0 0 0 台 の 鉱 山 機 械 が 稼 動 し て お り 、 部品・サービスの売上高向上に寄与している。新車販売より、ライフサイ クルメンテナンス費の方が圧倒的に利益を享受できる。 Q3: 要 素 技 術 の 開 発 と そ の 技 術 を 応 用 し た 商 品 の 実 用 化 に は 溝 が あ る と 考 え る が 、 KOMTRAX の よ う な ソ リ ュ ー シ ョ ン を 出 し 続 け る 秘 訣 は ? A 3 : ト ッ プ ダ ウ ン が 最 大 の 要 因 。K O M T R A X に 関 し て は 、当 時 の 社 長 が 標 準 装 備 を 指 示 し 、 装 着 費 用 も コ マ ツ 負 担 と 決 定 し た お か げ で 、 台 数 も 28 万 台 ま で 拡 大できた。用途も当初の盗難防止から、バリューチェーン全体での活用ま で広がってきている。 難しい技術や最先端の技術でなくとも、既存技術のインテグレーションで 「顧客価値創造」というイノベーションは創出可能。 - 51 - トップの目利きと、研究開発部隊とビジネス部隊との緊密な関係が重要。 Q4:AHS の 自 動 運 転 と は 自 律 走 行 の 事 か ? 非 常 に 難 し い の で は ? A4:AHS は 自 律 走 行 で あ り 、 セ ン サ を ハ リ ネ ズ ミ の よ う に 張 り 巡 ら し 、 300 ㌧ の 超 大 型 ダ ン プ ト ラ ッ ク が 自 分 で 走 路 を 判 断 し 、危 険 回 避 を 行 う 等 の 自 律 運 転 を 実 現 し て い る 。有 人 の 際 に は 転 落 、追 突 事 故 等 の 災 害 が あ っ た が 、AHS で は 事 故 は 起 き て い な い 。A H S は 基 本 的 に は 大 学 と の 共 同 研 究 で は な く 自 社 開 発 ( M&A 含 む ) で あ る が 、 走 路 パ タ ー ン 認 識 等 に 関 し て は 、 産 学 連 携 で 対 応 している技術もある。 Q5:他 社 と の 差 別 化 は ? A5:や る か や ら な い か 、 で き る か で き な い か と い う 事 。 我 々 が 極 端 に 高 い 技 術 力を保有している訳ではないと考える。 Q6:人 材 育 成 “ Innovation in the box” の 具 体 事 例 。 A 6 : 仕 事 を す る 上 で は 必 ず 制 約 が あ る 。そ う い う 追 い 込 ま れ た 状 況 で 仕 事 を さ せ るという考え方。研究本部で試行しているが、特別な仕組みがある訳では ない。 Q 7 : ダ ン ト ツ 商 品 が 数 値 目 標 で 定 義 さ れ て い る よ う に 、研 究 テ ー マ も 数 値 的 指 標 が要求されているのか? A7:時 代 に よ っ て 研 究 テ ー マ の 傾 向 は 変 化 す る 。 2~ 3 年 後 に 成 果 が 出 る も の ば か り を メ イ ン に し た 時 代 も あ っ た 。 た だ し 10 年 後 を 目 指 す も の は 、 半 年 間フィジビリティスタディを机上で徹底的に検討させ、ここで了承された 事案のみ次工程へ移行している。机上検討の際には、マーケティング部門 を 活 用 し た 市 場 予 測 を 行 う 等 、コ マ ツ の リ ソ ー ス 全 て を 活 用( 研 究 体 制 は 、 1 人 ~ 数 人 の チ ー ム )。 テ ー マ の 進 捗 は 、 毎 月 開 催 さ れ る R&D 検 討 会 で 審 議 さ れ る ( テ ー マ 毎 に は 3 カ 月 に 一 度 )。 こ こ ま で を 研 究 部 隊 で 責 任 を 持 っ て 推 進 し 、 そ の 後 は 開 発 フェーズに移行する。 Q 8 : キ ー コ ン ポ ー ネ ン ト に つ い て は 、自 社 開 発 、つ ま り 囲 い 込 ん だ 方 が か え っ て 高くつく技術もあるのでは? A 8 : 建 設 機 械 は 台 数 が 少 な い の で 、基 幹 技 術 の 全 て を 囲 い 込 む の が 良 い の か ? と い う 議 論 も あ る が 、長 い 目 で 見 れ ば 、技 術 の 確 保 、コ ス ト 低 減 等 の 面 で メ リ ットを享受できるというトップ方針の下、研究開発を行っている。技術の 囲 い 込 み に は M&A、 技 術 提 携 も 含 む 。 Q9:高 い 利 益 率 は 、 当 分 維 持 で き る か ? A9:鉱 山 機 械 分 野 は 競 合 他 社 も 限 定 さ れ て お り 、 生 産 技 術 の 面 で も 参 入 障 壁 が - 52 - 高い特殊な世界だが、建設機械分野ではコモディティ化が進むかもしれ ないという危機感がある。そのため、ダントツ商品→ダントツサービス→ ダントツソリューションという方向に進化し、顧客にとって必要不可欠な 商品・価値を提供し、その対価を受領するというビジネスモデルを回し、 高い利益率を維持したいと考える。 3.1 .4 まとめ コ マ ツ は 日 本 の も の づ く り 企 業 の 中 で 、非 常 に 高 い 利 益 率 を 確 保 し て い る が 、 世 界 最 大 の 建 機 市 場 だ っ た 中 国 需 要 が 2 0 1 1 年 春 か ら 急 減 。中 国 に 代 わ る 成 長 ド ライブだった鉱山機械も、シェールガス革命に伴う石炭価格の下落や、資源価 格 の 下 落 に 伴 い 、2 0 1 2 年 夏 か ら ブ レ ー キ が か か っ て き て い る 。こ の よ う に 激 変 す る 市 場 環 境 に 柔 軟 に 対 応 で き る よ う に 、 今 後 3 年 間 で 工 場 の 生 産 性 を 3~ 4 割高める生産改革や、建機の主要機種数の 2 割削減等を断行し、固定費の抑制 を厳格に進める方針を明確に表明している。 上記改革を進める一方、研究開発力の強化を進める方針を明言しており、今 後 3 年間で、開発人員や研究開発費が増強される見通しである。 これらの活動はコマツウェイを基礎としており、経営体制が刷新されても、 コマツの経営方針、戦略にぶれがないのは特筆に値する。 これからは新興国メーカの台頭も著しくなると考えられるが、コマツとして は、これまでの開発目標だったダントツ商品という製品単体での商売の殻を抜 け出し、ダントツサービス、ダントツソリューションという顧客の施工現場を 根本的に変えることを目標に掲げ、顧客にとって必要不可欠な存在となること で、顧客利益の最大化に貢献したいと考えている。その結果、激しい価格競争 に巻き込まれるのを防止でき、高利益率体質が維持可能となる構図である。 リーマンショックや東日本大震災、シェールガス革命や中国経済の急減速等 市場環境は予想外の急展開を見せるが、コマツはどのような事態に遭遇しても 柔軟に素早く対応できる組織、体制の体質強化を実践しており、また経営の原 資 と な る 新 製 品 開 発 の DNA も 伝 承 さ れ て い る 。 こ れ ら の 両 輪 の バ ラ ン ス と 強 力 なトップマネージメントによる推進力という 3 者の関係が、製造業として高い 収益を誇る企業の原動力となっている。 日本における高利益率ものづくり企業として、激変する市場環境、及び、新 興国メーカの台頭を受けながらどう成長していくのか、今後の動向に注目した い。 - 53 - 3.2 株式会社村田製作所 3.2 .1 調査の概要 ( 1) 実 施 日 時 2013 年 2 月 7 日 ( 木 ) 午 後 3 時 よ り 午 後 5 時 ( 2) 訪 問 先 株式会社村田製作所 本社 ( 3) 応 対 者 技術・事業開発本部 技術企画統括部長 技術企画統括部 マルホトラ・カルン氏 技術管理部長 川勝孝治氏 技術企画室 技術企画 2 課 課長 石田外志夫氏 技術企画室 技術企画 1 課 係長 金森竜二氏 経 理 -企 画 グ ル ー プ 企 画 部 企 画 1 課 課 長 丸山豪氏 経 理 -企 画 グ ル ー プ 企 画 部 企 画 1 課 係 長 山縣敬彦氏 経 理 -企 画 グ ル ー プ 企 画 部 企画 1 課 柏原龍祐氏 ( 4) 訪 問 者 <委員>大野委員長、住友委員、谷口委員、寺井委員、冨樫委員、 畠山委員、細川委員、高井委員、尾形氏(高田委員代理) <事務局>松井 ( 5) 会 社 概 要 ( 2012 年 3 月 末 現 在 ) 社 名:株式会社村田製作所 設 立 : 1950 年 12 月 ( 創 業 : 1944 年 10 月 ) 資 本 金 : 693 億 7 千 7 百 万 円 売 上 高 :( 2 0 1 1 年 度 実 績 ) [ 単 独 ] 4,957 億 4 千 4 百 万 円 [ 連 結 ] 5,846 億 6 千 2 百 万 円 経 常 利 益 :( 2 0 1 1 年 度 実 績 ) [単独] 179 億 2 千 1 百 万 円 税 引 前 利 益 :( 2 0 1 1 年 度 実 績 ) [連結] 509 億 3 千 1 百 万 円 従業員数: [ 単 独 ] 7,075 人 [ 連 結 ] 36,967 人 主たる製品: ( ) 内 は 2011 年 度 売 上 高 に 占 め る 割 合 コ ン デ ン サ : 積 層 セ ラ ミ ッ ク コ ン デ ン サ な ど ( 36% ) 圧 電 製 品 : 表 面 波 フ ィ ル タ 、セ ラ ミ ッ ク 発 振 子 、圧 電 セ ン サ な ど( 1 4 % ) そ の 他 コ ン ポ ー ネ ン ト:E M I 除 去 フ ィ ル タ 、コ イ ル 、コ ネ ク タ な ど( 1 9 % ) 通 信 モ ジ ュ ー ル : 近 距 離 無 線 通 信 モ ジ ュ ー ル 、多 層 デ バ イ ス な ど( 2 3 % ) 電 源 他 モ ジ ュ ー ル : 電 源 な ど ( 8% ) こ れ ら の 製 品 は ほ と ん ど が BtoB で 製 品 で あ る 。 携 帯 電 話 か ら ス マ ー トフォンというように製品に要求されるスペックがどんどん高くなる領 域である。低コスト化より製品性能の要求が高い領域といえる。その結 果 、 新 製 品 売 上 高 比 率 は 約 30% に 維 持 さ れ て い る 国 内 で の 生 産 が 80% を 占 め る 。 一 方 、 売 上 高 は 、 海 外 が 86% と 圧 倒 - 54 - 的に多い。更にその 8 割が中国を含むアジアである。携帯電話を中心と す る 通 信 産 業 市 場 へ の 売 上 が 4 5 % と 最 も 多 い 。近 年 は 、カ ー エ レ ク ト ロ ニ ク ス 市 場( 2 0 1 1 年 度 売 上 の 1 5 % )に 重 点 を 置 い て い る 。主 力 製 品 で あ る チ ッ プ 積 層 セ ラ ミ ッ ク コ ン デ ン サ の グ ロ ー バ ル シ ェ ア は 35% 。 韓 国 ・ 中 国 勢 が 競 争 相 手 で あ る 。 HDD 等 に 用 い ら れ る シ ョ ッ ク セ ン サ の シ ェ ア は 9 5 % を 誇 る 。単 機 能 の 電 子 部 品 か ら 、複 合 部 品 と し て の モ ジ ュ ー ル へ と製品の高機能化を進めているが、材料に徹底的にこだわり、独自のプ ロ セ ス で 、製 品 に 至 る ま で の 一 貫 生 産 を 行 っ て い る 。ま た 、従 来 の 通 信 、 AV 用 途 か ら 、 自 動 車 、 環 境 ・ エ ネ ル ギ ー 、 ヘ ル ス ケ ア 産 業 等 へ 、 市 場 の 拡大を目指している。 研 究 開 発 の 特 徴: 「 新 し い 電 子 機 器 は 新 し い 電 子 部 品 か ら 生 ま れ 、新 し い 電 子部品は新しい材料から生まれる」という基本理念のもとに、材料から 製品に至るまで一貫した生産を行っており、これを支えるために、材料 技術、プロセス技術、設計技術、生産技術を基盤としてこれらの技術の 垂直統合を重視した研究開発を進めている。研究開発費は売上高に対し て 7% 程 度 以 上 を 少 な く と も こ の 10 年 間 常 に 投 資 し て い る 。 3.2 .2 調査の詳細 電子デバイス分野でグローバルに高いシェアを誇る村田製作所の強さの源泉 を探るべく、研究開発マネジメントに関する訪問調査を実施した。 ( 1) 事 業 の 概 要 戦後、京都大学田中先生との出会いから、チタン酸バリウムを素材とするコ ンデンサの開発に成功した。チタン酸バリウムという新しい材料の発見が製品 への応用に結びつき、いわば産学連携の範ともいえる共同開発が会社の礎にな っている。 現在では社内の高い技術蓄積を活用し、一貫生産を維持し続けることで事業 の継続的な発展を行っている。この一貫生産が村田製作所を特徴づけるものと して、ホームページにおいても以下のとおり記されている。 「ムラタの発展の礎は、チタン酸バリウムというセラミック材料の発見にあ りました。それ以来一貫して、材料に着目し、材料から製品までの一貫生産 を前提に研究開発を積み重ねてきました。主材料、添加剤、混合溶剤、電極 のための金属材料などの開発、素材の加工およびそれら素材の粒径をコント ロールする粉体加工技術など、材料に関する独自のノウハウを蓄積していま す。また、材料・加工技術・設計・生産技術の融合により、新しい商品の開 発ができます。 新しい技術に取り組むとき、一貫生産は最も効率的な方策を立てることが でき、そこに蓄積されるノウハウがムラタの研究開発の財産となっていま す 。」( 出 典 : h t t p : / / w w w . m u r a t a . c o . j p / p r o d u c t s / c a p a c i t o r / s t r e n g t h / index.html) - 55 - 一貫生産体制は、開発と製造の直結が図られ、技術のブラックボックス化、 他社からマネされにくい製品開発の原点となっている。独自の製品を常に開発 し 、新 し い 分 野 を 拓 く と 同 時 に 、「 良 い 機 器 シ ス テ ム は 良 い 部 品 と 良 い 設 計 か ら 、 良 い 部 品 は 良 い 材 料 と 良 い 工 程 か ら 作 ら れ る 。」と い う 考 え 方 が 基 本 で あ り 、製 造装置についても内製化している。したがって、シンガポールなどに進出し海 外 生 産 を 行 っ て い る も の の 、 現 在 で も 国 内 生 産 は 80% を 超 え て い る 。 ( 2) 研 究 開 発 の 概 要 事 業 戦 略 の 考 え 方 と 同 様 、 研 究 開 発 体 制 の 基 本 は 図 3.2-1 に 示 す よ う に 、 4 つの要素技術の垂直統合にある。 (a)材 料 技 術 (b)プ ロ セ ス 技 術 (c)設 計 技 術 (d) 生 産 技 術 及 び そ れ ら を繋ぐ分析評価、ソフトウェア こ の う ち 、 特 に (a)材 料 、 (b)プ ロ セ ス 技 術 の 開 発 成 果 を ブ ラ ッ ク ボ ッ ク ス 化 し、他社との差別化を進め、優位性を維持、向上させている。 図 3.2-1 技術の垂直統合と水平展開 (出典:当日配布資料、以下すべて同様) 研究開発体制は本社開発と事業部開発の二つに大別される。本社開発では、 主に中長期的な視点から、新市場向けの新商品開発や、共通基盤・要素技術の 開発を手掛ける。一方、事業部開発では、短中期的な既存市場向けの商品開発 やコストダウン要求に対応する。ただ、本社開発でも一部は事業部の依頼によ る短期的な開発テーマを手掛けるなど、人的な交流やニーズ/シーズに関わる 情報交換は密に行われている。 - 56 - ○新製品開発へのこだわり 個々の技術はそのままではいずれ模倣される。新興国との競争の中でコスト 競争に陥らないためには強みである高性能製品をユーザの期待に応えて出し 続けることが最も重要な戦略と考えている。そのために目標としている指標が 新製品売上高比率である。売上高の大小とは必ずしもリンクしておらず、ほぼ 30% 程 度 を 維 持 し て お り 、 新 製 品 売 上 高 比 率 を 落 と さ な い こ と が 重 要 な テ ー マ と な っ て い る 。 今 後 は 40% を 狙 う と の こ と で あ る 。 なお、新製品として定義される期間は対象市場によって異なり、現市場もし くはその関連市場向け(汎用的なコンデンサ等)では発売開始から 3 年、新規 市場向け(ヘルスケア市場向け等)では発売開始から 5 年である。 図 3.2-2 売上に占める新製品割合の推移 上記の新製品売上高比率の維持、向上に向け、研究開発の貢献が大いに期待 さ れ て い る 。 研 究 開 発 費 は 売 上 高 比 率 7% を 維 持 し て い る 。 新 製 品 の 全 て が 研 究開発の成果と直接に結び付けられるわけではないので、新製品に対する研究 開発の貢献度については独自の評価を行っているとのことである。 ○マネジメントプログラム 村田製作所では、研究開発管理の 3 本柱を以下においている。 ① 戦 略 的 プ ロ セ ス 管 理 ( SMPD) - 57 - ② テ ク ノ ロ ジ ー ロ ー ド マ ッ プ ( TRM) ③ 戦 略 的 技 術 プ ロ グ ラ ム ( STEP) ①②は研究開発業務の管理、体系づけの方法である。①では、チェックゲー ト( 判 断 会 議 、設 計 審 査 )で 判 断 を 行 い な が ら 、フ ェ ー ズ を 上 げ て い く こ と で 、 研究開発テーマの進捗を管理する。②では、ロードマップとして長期の研究開 発構想を策定し、中期方針、各テーマとのリンクを図ることで、研究開発の方 向性をチェックしている。 一方、③は社内の異なる技術領域の交流を目的としたもので、シーズとニー ズのマッチングや技術情報の共有を狙いとしている。事業は異なるが、同じ分 野(例えば、焼結プロセス)に関わる技術者が集まる場を設け、業務課題の遂 行とは別に、オフラインの活動を行っている。 図 3.2-3 に 研 究 開 発 管 理 ( SMPD) の 模 式 図 を 示 す 。 ス テ ー ジ ゲ ー ト を 設 け 、 図の左から右に向かって、フェーズ管理によって、技術アイデアを量産、新商 品化に導く流れを示している。村田製作所では、図の左端、次世代の研究開発 テーマのアイデアを生み出すために、さまざまな活動を行っている。各分野の 専 門 家 が 集 ま っ て 社 内 横 断 的 に 次 世 代 の 研 究 テ ー マ を 考 え る「 M I R A I 」活 動 、テ ー マ 公 募 制 度「 未 来 の 扉 」、社 内 公 募 に よ っ て 選 ば れ た 従 業 員( 技 術 者 に 限 ら な い)が世代別のチームを作りアイデアを練り上げる「世代別新商品企画」など である。 図 3.2-3 研究開発管理と新テーマ創出スキーム ○先物開発の取組み ロードマップによる研究テーマの管理とは別に先物のテーマをボトムアップ で取り組むプログラムがある。上記に示した、未来テーマ創出の具体的な取組 - 58 - み 「 M I R A I 」 活 動 、「 未 来 の 扉 」 と 呼 ば れ る も の で あ る 。 業 務 の 1 0 % 程 度 を テ ー マ創出活動に充てる。研究者に自由な発想の時間を与えることで新しい事業の 種 が 生 ま れ る こ と を 期 待 し た も の で 、 3M の 15% ル ー ル 、 グ ー グ ル の 20% や 国 内 各 社 で 行 わ れ て い る 取 組 み 1,2と 同 様 と 考 え ら れ る 。 そ の ほ か に も 社 長 へ 直 接 提 言 す る「 TSUNEO ポ ス ト 」な ど 、さ ま ざ ま な 提 案 制 度 が あ る 3 。こ う し た 活 動 か ら は 、「 透 明 圧 電 フ ィ ル ム を 使 っ た セ ン サ デ バ イ ス 」 ( CEATEC JAPAN 2011 に 出 展 ) な ど の 新 技 術 が 創 出 さ れ て い る 。 ○産学連携 村田製作所の成長の起点はチタン酸バリウムという材料にある。京都大学と の密接な連携を進めることによって、チタン酸バリウムという材料の誘電特性 の発見とその応用が結び付けられ、セラミックコンデンサの開発、量産化に結 実 し た 。 し か し な が ら 、 現 在 は 、 国 内 大 学 の TLO の 対 応 や 、 成 果 に 対 す る コ ミ ットメントの不足に関して問題意識を抱いている。国内大学に比べて海外大学 は研究成果への意識が高いと感じている。基礎研究分野では、社内で進めるよ り大学等で研究したほうがよいものもあり、アウトプットを求め、成果と納期 を全社でレビューしながら連携を進めている。 ○知財マネジメント 一般に特許侵害の発見容易性の観点から特許は製品の構造特許が製法特許よ り望ましいといわれており、製造方法の特許出願は技術を公開するだけであっ て必ずしも得策ではないとの指摘がある。この点について村田製作所の特許出 願の特徴を検討するためセラミックコンデンサに関する特許出願状況について 検 索 し た( 特 許 電 子 図 書 館 、平 成 5 年 以 降 、「 セ ラ ミ ッ ク コ ン デ ン サ 」、「 セ ラ ミ ックコンデンサ 製 造 方 法 」、「 村 田 製 作 所 」 で 検 索 )。 村 田 製 作 所 か ら の 出 願 は セ ラ ミ ッ ク コ ン デ ン サ 特 許 676 件 中 、 製 造 方 法 を 含 む 特 許 279 件( 対 全 体 比 0.41)と な っ て い る 。他 社 を 含 め た 特 許 出 願 の 総 数 は 3,151 件 、 製 造 方 法 を 含 む 特 許 は 1,263 件 ( 対 全 体 比 0.40) で あ り 、 村 田 製 作 所の出願傾向と他社の出願傾向とに違いが表れているとは言い難い。 この点に対して村田製作所は、セラミックコンデンサ分野においては競争力 の源泉が製造方法にある割合が相対的に高い傾向があり、技術による優位性を 確保するために、同業他社も含めて製法特許の割合が多くなっているものと考 えている。権利活用のしやすさを考慮すれば、侵害発見容易性の高い構造特許 をできるだけ多く取得すべきという考えはもちろん考慮している。ただその割 合は事業分野によって異なり、セラミックコンデンサは製法特許の割合が比較 的高い。 1 研 究 産 業 協 会 、 平 成 20 年 度 、 研 究 開 発 マ ネ ジ メ ン ト 委 員 会 調 査 報 告 書 機 械 シ ス テ ム 振 興 協 会 、 研 究 産 業 協 会 、 平 成 20 年 度 、 機 械 工 業 に お け る 定 年 退 職研究開発者の活用に関する調査研究報告書 3 http://techon.nikkeibp.co.jp/NEAD/focus/campus/murata_01_2012.html 2 - 59 - また、知財戦略は特許だけで行うものではなく、特許出願により公開したく ない技術は、社内ノウハウ登録制度の運用を通じて秘匿管理対象とし、特許出 願の対象とはしていない。 技術漏洩対策の一つとしては、社内ノウハウ登録制度を運用し、ノウハウ技 術の具体的内容を会社の知的財産として明確化している。こうすることで、熟 練技術者の退社時の秘密保持契約等において対象のノウハウ技術を具体的に特 定でき、一定の抑制効果があると考えている。また、熟練技術者の処遇に関し ては、社内での業務マッチング制度の運用や技術指導者としての業務の担当な どが実施されている。 ○ グ ロ ー バ ル R&D 戦 略 研究開発は日本国内に集中しており、短期的に海外の研究機関等への研究者 の派遣は増やす予定だが、当面の間、日本を中心で行う方向で考えている。最 先端技術は国内限定であり、汎用技術であれば海外にも移管するという考え方 である。 海外への移管に際しては、ある程度の技術漏洩リスクは伴うが、移管技術に 含まれるノウハウを棚卸して保護が必要な技術を特許出願していくという対策 を 講 じ て い る 。特 許 出 願 公 開 を 通 じ て 技 術 を 公 開 す る デ メ リ ッ ト を 覚 悟 し て も 、 模倣に対抗する手段としては知的財産権が有効であると考えているからである。 ただし、中長期的には、各地域のニーズに合わせた開発から設計までを海外 で行い、製品は日本で生産することもあり得るとのことである。 今 の と こ ろ 、国 内 の R & D 関 連 部 門 に 在 籍 す る 外 国 人 研 究 者 は 数 名 程 度 で あ る 。 今後は増やす予定である。 3.2 .3 まとめ 村 田 製 作 所 は 電 子 部 品 を BtoB で 販 売 す る 企 業 と し て ユ ー ザ か ら の と め ど の ない要求を満たすため、材料からこだわった一貫生産と、材料・プロセス・設 計・生産技術の垂直統合によって、開発・製品化・販売を直結し、高いグロー バルシェアを誇る製品群を生み出している。 社 員 が 唱 和 す る 社 是 に は 、「 技 術 を 練 磨 し 」、「 科 学 的 管 理 」に よ っ て「 独 自 の 製品」を供給するとある。科学技術を結集した研究開発の力で、他社がやらな いオリジナルの製品を作ろうとする意欲がうかがえた。組織の枠を超えて技術 開 発 を 進 め る た め の S T E P や 新 テ ー マ 創 出 の た め の M I R A I 活 動 な ど 、社 内 か ら オ リジナルのアイデアを出す仕組み、工夫が随所に見られた。 強みとして挙げられる点として、終始一貫して、材料からデバイスまでの一 貫生産、垂直統合型、が強調されていた。その根幹には対象とする製品群が携 帯 電 話 な ど に 用 い ら れ る BtoB 製 品 で あ り 頻 繁 に 行 わ れ る モ デ ル チ ェ ン ジ の た び に ス ペ ッ ク を 上 げ る こ と が 第 一 に 要 求 さ れ る 分 野 4で あ る こ と が 挙 げ ら れ る 。 4 関東経済産業局、平成 12 年度「製品の電子化と産業集積地の産業構造変化に係る実態調査報告書」 - 60 - また、対象とする製品はセラミックスの焼結体という不純物の管理などを含め た、材料の特性に敏感で技術的な蓄積を要する製品である。このような製品に 対して、垂直統合型の生産方式がよくマッチしており、結果的に技術のブラッ クボックス化と競合への差別化が行えているのではないかと思われる。一貫生 産は開発と製品化のスムースな結合を生み出しており、ユーザニーズに対する クイックなレスポンスを可能とし、高いシェアが生まれている。 しかしながら中韓の新興企業の追い上げは低コスト品から着実に進んでおり、 今後も技術資産の確保が生命線でありつづけることは間違いない。周知のとお り、組立型の電子機器産業では製品に対する市場の要求スペックが新興国の技 術レベルで満たされるようになると、その製品においては新興国企業に対抗す ることは難しくなっている。その背景には新興国の技術力向上以外にいろいろ なルートからの技術流出が指摘されている。常に技術革新の求められている部 品産業においても同様のことが起きる可能性はある。今後は技術革新を更に推 し進めることはもとより、知財の管理、習熟技術者の確保などの対策の重要性 は増すものと思われる。 日本を支える部品産業の代表として、今後、研究開発のグローバル展開の進 め方などについても注目していきたい。 - 61 - 3.3 大阪ガス株式会社 3.3 .1 調査の概要 ( 1) 実 施 日 時 2013 年 2 月 8 日 ( 金 ) 午 前 9 時 よ り 正 午 ( 2) 訪 問 先 大 阪 ガ ス 株 式 会 社 本 社 2F 行 動 観 察 研 究 所 ワ ー ク シ ョ ッ プ ル ー ム ( 3) 応 対 者 行動観察研究所 松波所長、大西主任研究員 技術開発本部オープン・イノベーション室 松本室長 ( 4) 訪 問 者 <委員>大野委員長、細川委員、富樫委員、畠山委員、寺井委員、 谷口委員、高井委員、住友委員、尾形氏(高田委員代理) <事務局>松井 ( 5) 会 社 概 要 ( 2012 年 3 月 末 現 在 ) 社 名:大阪ガス株式会社 設 立 : 1897 年 4 月 10 日 資 本 金 : 1,321 億 6,666 万 円 売 上 高 :( 2 0 1 1 年 度 実 績 ) [単独]1 兆 327 億 円 [ 連 結 ] 1 兆 2,948 億 円 経 常 利 益 :( 2 0 1 1 年 度 実 績 ) [単 独 ] 412 億 円 [ 連 結 ] 757 億 円 従業員数: [単 独 ] 5,841 人 [連 結 ]19,818 人 主 た る 製 品 : ガ ス の 製 造 ・ 供 給 及 び 販 売 、 LPG の 供 給 及 び 販 売 、 電 力 の 発 電・供給及び販売、ガス機器の販売、ガス工事の受注 研究開発の特徴:低炭素社会の実現に向けて、天然ガスの高度利用、再生 可能エネルギーの活用といった観点から、スマートエネルギーネットワ ークや家庭用燃料電池の開発に積極的に取り組んでいる。また、技術開 発 の ス ピ ー ド ・ 質 、コ ス ト 競 争 力 の 向 上 を 目 指 し て 、 「 オ ー プ ン・イ ノ ベ ーション」を活用した外部技術の収集・活用を積極的に行っている。 3.3 .2 調査の詳細 研究開発の企業収益への貢献が叫ばれる中、消費者の求める製品を素早く開 発する手法が注目されている。大阪ガスで実施している消費者の行動観察に基 づく製品開発とオープン・イノベーションによる開発の効率化ついて訪問調査 を行った。 ( 1) 行 動 観 察 企業にとってユーザのニーズに即したサービスを提供することが大きな使命 - 62 - であり、如何にニーズを吸い上げるかは永遠の課題といえる。大阪ガスでは、 サービスの現場で実際に行われているユーザの行動に着目し、それを観察する ことによって、従来、個人の経験とカンに頼っていたノウハウを科学的に分析 し 、付 加 価 値 の 向 上 や 生 産 性 の 効 率 化 に つ な げ る 活 動 を 実 施 し て い る 。2 0 0 1 年 からこの一連の活動を「行動観察」として括って社内外にさまざまなサービス を提供してきた。ユーザが無意識に表す行動にはアンケートやインタビューで は引き出せない、言葉には現れない潜在意識の深層部が表れている、という考 えに基づいている。 図 3.3-1 行動観察が狙っている領域 ( 出 典 : http://www.kansatsu.jp/observation/index.html) ○行動観察の手法 行動観察の手法は、以下のとおりである。 ①まず対象者の行動を人間工学などの視点で観察し、事実データを収集す る。 ② 次 に 、収 集 さ れ た デ ー タ を 心 理 学 な ど の 科 学 的 視 点 で 分 析 し 、解 釈 す る 。 ③そして分析結果を基に改善案を導き出し、実践、検証を行う。 徹底した観察による客観的・科学的な分析により、アンケートやインタビュ ーによる調査では分からない、当事者自身も気づいていないようなノウハウを 見出すことができ、属人的なノウハウを会社やグループで共有化することがで きる。アンケート、インタビューでは既に顕在化しているニーズやリスクを捉 えることができるが、行動観察は潜在的なニーズやノウハウに関する情報を得 ら れ る と こ ろ に 特 徴 が あ る ( 代 表 的 な 事 例 に 「 IDEO」 社 の 開 発 し た 小 児 用 の 歯 - 63 - ブ ラ シ が あ る 1 。小 児 の 手 は 小 さ い が そ の 割 に 握 力 が 強 い の で 持 ち 手 の 大 き い 歯 ブ ラ シ の 方 が か え っ て 使 い や す い と 感 ず る 。)。 ○海外企業の動向-エスノグラフィの取組み ユーザの行動から潜在的なニーズや不満を得ようとする試みは、特に心理学 や、文化人類学の専門家の間で取組みが始まっていたが、近年、エスノグラフ ィ( E t h n o g r a p h y: 民 族 誌 、フ ィ ー ル ド ワ ー ク に 基 づ い て 人 間 社 会 の 現 象 の 質 的 説 明 を 表 現 す る 記 述 の 一 種( w i k i p e d i a よ り ))の ビ ジ ネ ス へ の 応 用 は イ ノ ベ ー ションにつながる知見が得られる手法として、世界的に関心が高まっている。 IBM、 イ ン テ ル 、 マ イ ク ロ ソ フ ト な ど の 企 業 が 専 門 家 を 雇 用 、 XEROX PARC は 企 業の開発支援サービスにエスノグラフィ手法を提供するなど、産業への応用が 進 展 し 始 め て い る 2。 ま た 、 学 会 ( EPIC: Ethnographic Praxis in Industry Conference) が 2005 年 よ り 毎 年 開 催 さ れ 、会 議 で は ア ッ プ ル 社 元 デ ザ イ ナ ー の 講 演 な ど も あ り 3 、注 目され始めている。 ○大阪ガスの活動内容 エスノグラフィという半ば学術的な研究領域になるとなかなか理解が難しい。 大阪ガスのアプローチは「行動観察」という具体的手法によって消費者の顕在 化していないニーズを抽出し、ビジネスアイデア創出のスキームを実践してい る点にある。 大 阪 ガ ス 行 動 観 察 研 究 所 で は 、こ れ ま で に さ ま ざ ま な サ ー ビ ス の 現 場 の 分 析 、 解決案の提案を行っている。事例は、トップセールスマンの行動分析、工事現 場の生産性向上など多岐多様にわたっている(事例の一部は h t t p : / / w w w . k a n s a t s u . j p / c a s e / i n d e x . h t m l に 紹 介 さ れ て い る )。 行動観察のポイントは、観察結果を学術的な知見を駆使して分析し、その結 果から解決策を見出すことにある。注意深く観察して個々の行動を整理したの ち、これまでの心理学や人間工学などの数々の知見を重ね合わせることによっ て根拠のある解決策を提案する。 所 長 の 松 波 氏 は 、1 9 9 9 年 ~ 2 0 0 1 年 の 米 国 留 学 時 に 行 動 観 察 の 手 法 を 学 び 、帰 国後、社内で研究所を立ち上げた。当初は必ずしも行動観察の手法がすぐに理 解された訳ではなかったが、事例・成果の積み重ねにより理解者が増え、現在 では行動観察によるコンサルテーションを一定規模で外販できるまでに成長さ せている。 1 http://www.ideo.com/work/gripper/ 2 http://epiconference.com/2012/sites/epiconference.com.2012/files/attachm ents/article/add/EPIC2012-Proceedings.pdf 3 http://epiconference.com/2011/program/keynotes/opening - 64 - ○今後の展開 今後は、行動観察の結果とビッグデータの解析を組み合わせて新たな付加価 値を創ることや、サービススタンダードなどに基づく人材育成、イノベーショ ンを興す組織のありかたの検討などの実現を目指している。エスノグラフィが 米国企業で注目されているのはユーザの気づいていない新たなニーズを掘り起 こす手法の一つと捉えられる点にある。目指す方向はビッグデータの解析と一 致しており、この流れは海外でも加速するものと思われる。 行動観察は個別の事例を細大漏らさず観察することに特徴があり、一方ビッ グデータは個別の対象を相手にしたものではなく、データの解釈や解析手法が 緒に就いたところである。相互の連携といっても言うは易しで新たな工夫が必 要と思われる。現在実施されている行動観察で行われている、観察して得た情 報を従来からある心理学などの知見と重ね合わせて解析する、というスキーム の中で、まずは従来からの知見に加えてビッグデータで得られた情報を活用す るという方向で進むのではないか。今後の進展を期待したい。 ( 2) オ ー プ ン ・ イ ノ ベ ー シ ョ ン の 取 組 み ○オープン・イノベーションの実情 研究開発の効率化は、限られた予算の中で如何に多くのシーズをスピードを 上げて実施できるかにある。その手法の一つであるオープン・イノベーション の取組みは国内企業においても徐々にではあるが進展している。しかしその取 組 み 内 容 は 企 業 間 で 違 い が あ る 。 当 協 会 が 実 施 し た こ れ ま で の 調 査 4,5に よ れ ば 、 オープン・イノベーションを進めるうえでは社内と社外の二つの壁がある。社 内の壁は社内技術のマネジメント能力の不足であり、社外の壁は外部技術調達 の困難さである。 1.社 内 技 術 の マ ネ ジ メ ン ト 能 力 の 不 足 社 内 で は 当 然 の こ と な が ら 社 内 技 術 を 優 先 す る( N I H 症 候 群 )。社 内 の 担 当技術者に聞けば自分たちで十分であると答え、外部に切り出すべき技 術の査定が十分に行えない。 2.外 部 技 術 探 索 の 困 難 さ 外部技術を活用する環境が一般的でなく、外部技術のありかが不明、外 部技術を調達する場が少ない、など探索に手間がかかる。 この二つの課題に対して各社対応が異なりその結果、オープン・イノベーシ ョンの取組みに違いが表れる。 4 日 本 機 械 工 業 連 合 会 、研 究 産 業 協 会 : 平 成 2 1 年 度 機 械 工 業 に お け る 研 究 開 発 ア ウ トソーシング支援のための基盤構築報告書 http://www.jria.or.jp/HP/H21_houkokusyo/jmf_21-outsourcing.pdf 5 日 本 機 械 工 業 連 合 会 、研 究 産 業 協 会 : 平 成 2 2 年 度 機 械 工 業 に お け る 研 究 開 発 ア ウ トソーシング支援のための基盤構築報告書 http://www.jria.or.jp/HP/H22_houkokusyo/jmf_22summary-outsourcing.pdf - 65 - ○大阪ガスの取組み 大阪ガスでは、技術開発のスピードアップ、製品の品質向上・コストダウン を目指して、自社で保有するコア技術と外部技術を融合させ、付加価値を増大 させるオープン・イノベーションを積極的に推進している。 上記の課題に対して、大阪ガスでは本社技術開発本部にオープン・イノベー シ ョ ン 室( O P 室 )を C T O の 直 下 に 設 置 す る こ と で 外 部 技 術 活 用 の 姿 勢 を 示 し 活 動 す る 。事 業 部 や 関 係 会 社 を 含 め た グ ル ー プ 全 体 の 技 術 探 索 ニ ー ズ を O P 室 が 取 りまとめ内部エージェントの役割を務める。このことによって社内の姿勢を外 部 技 術 活 用 の し や す い 環 境 に す る 。 そ し て 、 外 部 技 術 探 索 の 課 題 に 対 し て 、 OP 室は①プレ調査(国内技術は特許、海外技術は調査会社)の実施を行い、②調 査方針を決定する。そののちプレ調査の結果で得た情報をもとに社外技術に対 するニーズをアライアンス先の大学や公的研究機関、大手企業などに問い合わ せるとともに、東京・大阪などで行う技術マッチング会で紹介し技術探索を行 う。その際に外部機関のエージェント役を把握できてきたことが進展の大きな きっかけとなっている。 実 施 に あ た っ て は 2008 年 以 来 、 時 間 と 手 間 を か け 進 め て き た 。 2008 年 に オ ープン・イノベーションの活動を始めた頃は、まだ自社の技術ニーズを外部に 開示することに対するアレルギーが強く、あったらいいな的な技術シーズの探 索 依 頼 が 多 か っ た 。こ れ は 他 社 と 同 様 な N I H で あ る 。2 0 1 1 年 前 後 か ら 技 術 テ ー マの領域を特定することによってその中で無くてはならない技術シーズを外部 で 探 索 す る 依 頼 も 多 く な っ て き て い る 。こ れ は 、O P 室 が 外 部 に 対 し て 一 元 的 な 窓口として責任を持つことにより個々の技術者の技術公開に対する負担を軽減 し た こ と と 同 時 に 、 CTO を は じ め と し た 技 術 管 理 部 門 の 下 、 社 内 技 術 者 の 意 識 改革の結果ではないかと推察される。見える成果がその過程で出ており、それ が 継 続 的 な 活 動 に つ な が っ て い る 。2 0 1 1 年 度 の 実 績 は 、O P 室 が 収 集 し た 外 部 技 術 情 報 が 789 件 、 依 頼 元 組 織 に 紹 介 し た 技 術 が 228 件 、 技 術 の 活 用 を 検 討 し て い る も の が 54 件 、 商 品 化 に 繋 が っ た も の が 18 件 で あ る 。 更に今後は海外の技術探索を進め、海外とのオープン・イノベーションを進 めようとしている。 ○技術マネジメントの更なる進展 オープン・イノベーション活動の副次的な効果は、技術シーズを社外にも求 めることになり、社内技術の棚卸、社内テーマの再定義が進み、社内の研究所 に緊張感が生まれたことである。今後は国内のみならず海外も視野に入れたグ ローバル・オープン・イノベーションに注力したいと考えている。 ○外部との接続の問題 当協会が実施した研究開発の外部技術調達(アウトソーシング)に関する調 査によれば、技術調達の中身について異分野既存技術などの外部技術活用型 ( E x p l o i t 型 )、 研 究 開 発 に よ る 革 新 的 技 術 ( E x p l o r e 型 ) に よ っ て も そ の 状 況 - 66 - は 異 な る 。 Exploit 型 に は 特 に 受 け 皿 と な る 企 業 ( 研 究 受 託 会 社 、 先 端 的 中 小 企 業 、 R & D ベ ン チ ャ ー な ど )、 及 び 、 そ れ ら 企 業 と 発 注 企 業 を 結 ぶ ア ウ ト ソ ー シ ン グ 支 援 の 場 の 必 要 性 が 高 い こ と が 指 摘 さ れ て い る 4。 オープン・イノベーションを進めるにあたって一つのポイントは社外技術の 探索におけるプレ調査(どこに技術がありそうかを探す)である。ナインシグ マなどのあらかじめ登録してある技術プールに課題を投げ回答を集めるプル型 検索以外にも、特許検索による技術探索が一般的であるが、技術シーズの探索 においては論文検索による探索、最近では意味解析や詳細な著者間のつながり 検索も注目される。技術シーズは特定の大学や研究機関の研究者に偏ることも 多くあり、人的なネットワークの抽出も重要なテーマである。 ○成功の鍵―つなぎ役 オープン・イノベーションの成功のカギは、半ばトップダウンの社内技術の 棚卸につながる技術マネジメントの実施と外部技術探索のエージェント機能の 存在である。エージェントの役割は技術マッチングに際して大きな割合を占め る 。 近 年 web の 利 用 が 一 般 的 に な り 、 技 術 探 索 に お い て も web 上 に 必 要 技 術 を 公開して広く公募する手法がある。しかしこの手法は手間がかからない反面、 成 功 率 は 低 い と の こ と で 、 GE、 PG や RR な ど で も 社 内 に 特 定 の エ ー ジ ェ ン ト を 置 い て オ ー プ ン ・ イ ノ ベ ー シ ョ ン 担 当 と し て 活 動 を 行 っ て い る 6。 ○大阪ガスの事業の特徴 このように大阪ガスではオープン・イノベーションが進展しており、国内の オ ー プ ン・イ ノ ベ ー シ ョ ン の 成 功 事 例 と し て 広 く そ の 取 組 み が 認 知 さ れ て い る 。 他の国内企業に比べその違いは大きいように感じられる。その違いが生まれる 原因の一つに大阪ガスの事業の特徴があると思われる。機器の販売ではなく地 域独占のガス販売で収益を得るいわゆるレーザーブレード型ビジネスである点 である。このようなビジネスモデルの場合、研究開発戦略が比較的整理しやす く、その結果、技術マネジメント、オープン・イノベーションに取り組みやす いという背景があると思われる。 3.3 .3 まとめ 研究開発を効率的に進めるためにターゲットの明確化、スピードアップの要 請から、消費者の求める製品を素早く開発する手法が注目されている。大阪ガ スで実施している消費者の行動観察に基づく製品開発とオープン・イノベーシ ョンによる開発の効率化について訪問調査を行った。 行動観察は海外企業からはエスノグラフィの視点から産業応用が注目されて いる分野であること、実施にあたってのスキルや解析の中身、ビッグデータな 6 研 究 産 業 協 会 : 平 成 20 年 度 産 学 連 携 検 討 委 員 会 報 告 書 http://www.jria.or.jp/HP/H20_houkokusho/JKA08_summary_Industry-Academia_ Collaboration.pdf - 67 - どとの結合により更なる新たな製品開発への期待が大きいことなどについて情 報を得た。モノづくり技術から少し離れて新規事業のアイデア創出しようとい う声が高まる中、今後更に注目度が増す分野である。行動観察は個別情報をで きるだけ細かく集めようとする手法であるため情報入手に手間がかかる。この 課題を何らかの方法で克服できれば更に広く活用されると思われる。今後の進 展を期待したい。 オープン・イノベーションという考え方は結果だけを見れば外部資源の活用 で効率化が進むことは事実かもしれないが、それを実のある形で実行すること は社内の仕掛け、仕組み、社外とのパイプ作りなど労力のかかる作業である。 その意味で手間いらずのオープン・イノベーションはあり得ない。このことを 認識してはじめて成果を形にすることができると思われる。オープン・イノベ ーションを進めるうえで二つの壁(技術マネジメント能力の不足と社外技術探 索の困難さ)を克服するためにどうすべきかについて大阪ガスの具体的な事例 は重要な示唆を与えるものである。近年、いくつかの企業で大学へテーマを特 定 し 共 同 研 究 案 を 公 募 す る な ど の 取 組 み が 国 内 で 開 始 さ れ て い る 7,8。 そ の 制 度 設計に大阪ガスの事例などが参考にされているようだ。技術マネジメント能力 の強化が進めば進むほど外部技術活用の動きは加速すると思われる。 これらの取組みのいずれも商品開発や事業拡大に新しい手法をもたらす可能 性がある分野である。研究開発のビジネス貢献が叫ばれる中、今後とも継続的 に進展を見守るとともに異なるアプローチなどの調査検討を行っていきたい。 7 8 https://www.agc.com/collaboration/index.html http://www.nikkan.co.jp/news/nkx1520120412aaax.html - 68 - 平成 24 年度 研究開発マネジメント専門委員会 調査研究報告書 発行 平成 25 年 3 月 発行者 社団法人 研究産業・産業技術振興協会 〒113-0033 東京都文京区本郷3丁目23番1号 クロセビア本郷2F 電話:03-3868-0826 ホームページ http://www.jria.or.jp/ 禁無断転載、非売品 Copyright 2013 JRIA 文中、講演資料等の著作権は、発表者各位に帰属します
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