私のようなアナログ世代にはフィルムの感触が柔らかくて暖かくて好きだ。むかし映画 館で映画を見ていると、一条の光がスクリーンめがけて伸びているその光源の映写室の 窓から、カラカラというフィルムの回る音が漏れてきて、何ともいえない風情があった。 ところが、今やフィルムは過去の遺物になりつつある。映画館ではデジタル化が進んでい て、われわれがフィルムだと思って見ている映画の大半はデジタル画像になっているの だ。 ところで、この6月に俳優のキアヌ・リーヴスが製作した「サイド・バイ・サイド」(写 真上)というドキュメンタリ映画を見た。デジタル化が進む映画の将来についてハリウッ ドの著名な映画監督、撮影監督、編集者や技術スタッフを相手にキアヌがインタビューを 試みた力作である。いろいろな意見が出されるが、デジタル派の人びとのみならず、フィ ルムに拘りを持つ映画人もデジタル化の波には抗しきれないと見ており、自分もいずれは デジタルで撮ることになるだろうと予想している。「スター・ウォーズ」製作時にいち早くソニー製のデジタル・カメラを 使ったジョージ・ルーカス監督は当時を振り返って業界を破滅させる悪魔のように非難されたと述懐する。理論家のマーチン・ スコセッシ監督はデジタルの導入で映画表現の可能性が拡がったと前向きだ。3D映画「アバター」をヒットさせたジェーム ス・キャメロン監督はこの映画の実写シーンは三分の一に過ぎず、残りの三分の二はコンピュータで作った映像だという。デジ タルにはもはや不可能の文字がない。しかし、いっぽうでフィルムのもつ陰影などデジタルでは表現できない微妙な色合いが 映画の生命だとする人たちもいてデジタルには懐疑的だ。これもやがてテクノロジーが解決するだろう。 映画を作る側からすると、フィルムカメラは重たくて持ち運びが大変であり、撮影したフィルムを一晩かけて現像して次の 日にようやく監督以下スタッフや俳優がスタジオの試写室で出来具合を確認する。デジタルカメラは軽量なうえに撮影した直 後に映像が確認できるという利点がある。経済的にもフィルム代は高くつく。デジタルなら容易に撮り直しができるところを フィルムだとコストを考えて「もういいか」となってしまう。しかも、10分以上の長回し(撮影)が不可能だったフィルムカ メラと違って、デジタルカメラは1時間でも連続撮影ができるという画期的な違いがある。カメラに装填できるフィルム1巻の 長さが約10分という制約があるのだ。 したがって、フィルムの場合は1台の映写機に装填できるのは1巻分のフィルムに限られていた。「一巻の終わり」という のはここから来ている。時間にして10分前後のフィルムひと巻きがフィルム缶に入っている。もともとこの1巻が映画カメラ に装填できるフィルムの最大限なのだ。ということは、上映には2台の映写機(写真下)が必要になる。2時間の映画だと10巻 以上のフィルムを交互に入れ替えて1台ずつ映写するのである。映写技師はこの作業が必要なため、ずっと映写機のそばにつ いていなければならなかった。映画を見ているとスクリーンの右上に時々○印が現れて消えることがある。あのマークが映写 機切り替えの合図である。もっとも最近の映写機は2時間分のフィルムをひと巻きにして1台で映写できる仕様になってい る。デジタル方式の場合は、もはや映写機にフィルムを装填する必要もなく、配給会社から送られてきたカセットをダウン ロードして自動映写すれば足りるから映写技師も要らない。これなら、フィルムが途中で切れたり、傷がついて雨降り状態に なったり、そういう映写トラブルも無くなる。 「サイド・バイ・サイド」の上映が終わったあと、この映画を配給しているアップリンクの浅井隆社長が会場に来られてい て話をされた。1本のマスターフィルムを通常500本程度焼き増しして全国の映画館に配給するそうだ。焼き増すのに1本20万 円ほどかかるという。ところが、デジタルのカセットだとその何十分の一ほどでできるらしい。しかも、デジタルはコピーで はなく同質のものができるので「クローン」という表現が合うようだ。 これほどコストが違うと製作配給サイドは当然デジタ ル志向にならざるを得ない。現に最近はデジタルしか配給しないという映画が多くなっているらしい。浅井氏によれば、「デ ジタルは画質がいまいちだからフィルムがいい」という観客の声をよく聞くが、それは誤解だという。なぜなら、迂闊にも知 らなかったのだが、全国の映画館の9割はデジタル上映と称しているものの、画質のうえで本来の規格に合った方法での上映を 行っていないというのである。DCPシステムという規格に合ったサーバー を通して上映した場合、フィルムとは比べものにならないほど画質が鮮やかだ と言い切る。のみならず、フィルムは映写機その他の物理的環境に左右される ので映画館によって上映された映像が暗かったり、明るすぎたりする。デジタ ルは規格に合った方法で上映すればどこでも同じに映る。 こうなると、ますま すフィルムは分が悪い。 ところが、デジタルにも実は弱点がある。これも意外に思ったのだが、フィ ルムとデジタルではフィルムのほうが長持ちするらしい。デジタル化の波につ いて行けずにデジタルを開発した張本人のイーストマン・コダック社が倒産し た話題はご存知だろう。反対にデジタル化をうまく乗りきった富士フイルムは 映画フィルムの生産から撤退すると発表した。しかし、アーカイブ用すなわち 保存用の映画フィルムの生産は存続させるというので、何のことかぴんと来な かった。デジタルで撮影しデジタルで上映している映画を保存するために、わ ざわざフィルムに変換していると知って納得した。 映画の中で現代の名カメラマンのひとりミヒャエル・バウハウスが「真剣に一所懸命取り組めば必ずいいものができる。手段 (フィルムかデジタルか)など関係ない」と答えた。けだし名言である。 (2013年8月1日)
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