南琉球宮古語池間方言におけるアクセント型の中和と合流 - So-net

「日本語レキシコンの音韻特性」第 3 回研究発表会
平成 24 年 11 月 23 日
九州大学箱崎キャンパス
「南琉球宮古語池間方言におけるアクセント型の中和と合流」
五十嵐陽介 1、田窪行則 2、ペラール・トマ 3
1
広島大学、2 京都大学、3CRLAO, EHESS, CNRS, INALCO
1
[email protected]
1. はじめに
南琉球宮古語池間方言(以下、
「池間方言」)の名詞アクセント体系は、共時的にはア
クセント型の中和に特徴づけられ、通時的にはアクセント型の合流に特徴づけられる。
本発表の目的は、
1)
2)
3)
4)
アクセント型の中和が生じる環境は極めて広範であること
アクセント型の中和には階層的な韻律構造、特にフット構造が関わっていること
アクセント型の合流は進行中であり、未だ完了していないこと
合流せずに保守的なアクセント型を保持している語彙には、その意味領域に偏り
が観察されること
を示すことにある。
琉球諸語は日本語との系統関係が証明されている唯一の言語群であり(服部 1979)
、
相互理解可能性を欠いた 5 つの下位言語から構成される。すなわち、奄美語、沖縄語(以
上、北琉球グループ)および宮古語、八重山語、与那国語(以上、南琉球グループ)で
ある(Pellard 2009, 2011; Shimoji 2010)。本論が分析対象とする池間方言は、南琉球グル
ープに属する宮古語の方言のひとつである。この方言は、沖縄県宮古島市の 3 地域、す
なわち池間島、およびその分村である伊良部島佐良浜集落と宮古島西原集落で話されて
おり、流暢な母語話者の数は約 2000 人と推定される(Hayashi 2010)。本論の報告はす
べて西原集落の話者から得られたデータに基づいている。
以降、第 2 節ではアクセント型の中和について論じ、第 3 節ではアクセント型の合流
について論じる。第 4 節では議論を要約し結論を述べる。
1
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2. アクセント型の中和
2.1 概説
池間方言の名詞アクセント体系は、3 種類のアクセント型が区別されるいわゆる三型
アクセント体系である(五十嵐他 2012)
。本発表では、3 種類のアクセント型をそれぞ
れ A 型、B 型、C 型と呼ぶが、この名称は 3.2 に論じる系列別語彙との対応を念頭に置
いて決定している。
池間方言のアクセント体系は、共時的に見ると、アクセント型の中和に特徴づけられ
る。3 種類の型の区別が実現される環境は極めて限定されている(五十嵐他 2012)
。五
十嵐他(2012)では 2 モーラ名詞と 3 モーラ名詞におけるアクセント型の中和を論じた
が、本研究では 4 モーラ名詞を含めた議論を行う。池間方言には 1 モーラの語彙語は存
在しないので1、分析対象は 2 モーラ名詞、3 モーラ名詞、4 モーラ名詞となる。
以後、アクセント型の中和の生じる環境を記述しながら、中和には発話の階層的韻律
構造、特にフット構造が関わっていることを示す。
以後、アクセント型の中和を型の名前の間に中黒(・)を付与することで表し、区別
の保持を型の名称の間にスラッシュ(/)を付与することによって表す。例えば「A 型・
B 型/C 型」は A 型と B 型が中和しているが、それらの型と C 型との区別は保持され
ていることを表す。ある方言におけるアクセント型の中和の様相(中和するか否か、す
るとしたらどの型とどの型が中和するか)を、以降「中和パタン」と呼ぶこととする。
アクセント型の(表層の)実現形は、H と L を用いて概略的に表記するが、ここで H
は高いモーラを、L は低いモーラを表す。アクセント型の実現形がどのような規則によ
って与えられるかは重要な課題であるが、本研究では扱わない。
2.2 発話の音韻論的な長さと中和パタン
アクセント型の中和が生じる環境は極めて広範である。本節ではまず、アクセント型
の中和には発話の音韻論的な長さが関わっていることを示す。(1)は名詞を単独で発話
した際の実現形である2。
(1) 単独発話の中和パタンとアクセント型の実現形
a. 2 モーラ名詞
A 型・B 型/C 型
A 型:butu 「夫」
HL
B 型:mayu 「猫」
HL
C 型:nabi 「鍋」
LH
b. 3 モーラ名詞
A 型・B 型/C 型
A 型:agai 「東」
LHL
B 型:munui 「言葉」
LHL
C 型:umui 「思い」
LHH
c. 4 モーラ
A 型/B 型・C 型
A 型:makugan 「ヤシガニ」
LHHL
B 型:mazmun 「化け物」
C 型:sadian 「魚とり網」
2
LHLL
LHLL
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2 モーラ名詞(1a)と 3 モーラ名詞(1b)のふるまいが類似しており、そのふるまいは 4 モー
ラ名詞(1c)とは区別されることがわかる。具体的には、2 モーラ名詞(1a)と 3 モーラ名詞
(1b)では A 型と B 型が中和するのに対して、4 モーラ名詞(1c)では B 型と C 型が中和す
る。このことは池間方言のアクセント型の中和に発話の音韻論的な長さが関わっている
ということを示唆する。モーラ数の違いに従って中和パタンが異なる事実は、池間方言
では 2 モーラと 3 モーラが同じ長さとなるが、4 モーラはそれらとは異なる長さとなる
と考えると説明できる。
(2)は名詞に 1 モーラ助詞-nu「が/の」
(主格/属格)が後続し発話が終わる環境にお
3
ける実現形である 。
(2) 名詞+1 モーラ助詞-nu+発話末における中和パタンとアクセント型の実現形
a. 2 モーラ名詞
A 型·B 型/C 型
A 型:butu-nu 「夫の」
LHL
B 型:mayu-nu 「猫の」
LHL
C 型:nabi-nu 「鍋の」
LHH
b. 3 モーラ名詞
A 型·B 型·C 型(~A 型/B 型·C 型)
A 型:agai-nu「東の」
LHLL(~LHHL)
B 型:munui-nu 「言葉の」
LHLL
C 型:umui-nu 「思いの」
LHLL
c. 4 モーラ名詞
A 型/B 型·C 型
A 型:makugan-nu 「ヤシガニの」
LHHLL
B 型:mazmun-nu 「化け物の」
C 型:sadian-nu 「魚とり網の」
LHLLL
LHLLL
2 モーラ語では A 型と B 型が中和する。3 モーラ語ではすべての型が中和するのが普通
である。ただし(2b)の括弧内に示したように、A 型が B 型・C 型とは異なる実現形を持
つことも稀にある。
(この事実は五十嵐他(2012)には報告されていない。
)その場合は
B 型と C 型のみが中和する。4 モーラ語では B 型と C 型が中和する。
もし(2b)の A 型の実現形のうち括弧内のもの(LHHL)が基本的な形であるとみなす
ことができるのならば4、(2b)と(2c)が中和パタンについて類似のふるまいをし、それら
は(2a)とは区別されると言うことができる。具体的には、(2b)と(2c)では B 型と C 型が
中和するが、(2a)では A 型と B 型が中和する。発話全体の長さに関して、(2b)と(2c)は
それぞれ 4 モーラと 5 モーラであるのに対し、(2a)では 3 モーラであるという違いを指
摘できる。この事実は、この方言では 4 モーラと 5 モーラが音韻論的に同じ長さとなる
(そして 3 モーラ以下はそれより短い)と考えると説明できる。
一方、発話全体の長さが 3 モーラである(2a)におけるアクセント型の中和パタンは、2
モーラ名詞単独発話である(1a)、
および 3 モーラ名詞単独発話である(1b)と同一である。
同様に、発話全体の長さが 4 モーラである(2b)におけるアクセント型の中和パタン(A
型が LHHL の場合)は、4 モーラ名詞単独発話である(1c)と同一である。この事実によ
って、この方言では 2 モーラと 3 モーラが音韻論的に同じ長さとなり、それは 4 モーラ
3
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の長さとは区別されるという見解が強く支持される。
2.3 2 モーラフット
以上の証拠から、池間方言のアクセント体系においては、2 モーラと 3 モーラは同一
の音韻論的なふるまいを見せるが、
そのふるまいは 4 モーラと 5 モーラとは異なること、
そして 4 モーラと 5 モーラは同一の音韻論的ふるまいを見せることがわかる。したがっ
て、この方言のアクセント体系を記述するためには、2 モーラと 3 モーラとを統一的に
扱うとともに 4 モーラと 5 モーラとを統一的に扱う必要がある。
池間方言と系統的に近い関係にある宮古語伊良部長浜方言の韻律構造は、下地理則に
よると、階層的にモーラの直上に位置するフットという単位を有するという(Shimoji
2009)。伊良部長浜方言のフット構造は、2 モーラを基本するが、特別な条件下で 3 モ
ーラを許す。池間方言のアクセント体系を記述する目的のためにも、同様の 2 モーラフ
ット(binary foot)を導入するのが有益である。まず、池間方言のフットは(3)のフット
形成規則を適用することによって形成されると想定する。
(3) フット形成規則
a. 左から右へ 2 モーラを 1 フットにまとめよ。
b. 1 モーラ余る場合はそのモーラを先行するフットに含めよ。
(3)を適用することにより、2~4 モーラ名詞単独、およびそれらに助詞-nu が付いた発話
のフット構造は(4-6)のとおりとなる。
(4) a. (nabi)
「鍋」
(5) a. (munui)
b. (nabinu)
「鍋の」
b. (munu)(inu)
「言葉」
「言葉の」
(6) a. (maz)(munu)
「化け物」
b. (maz)(mununu)
「化け物の」
(4-6)のようなフット構造を想定することによって、(1-2)の発話に観察される中和パタン
の違い(A 型・B 型/C 型対 A 型/B 型・C 型)を正しくとらえることができる。(1-2)
のフット構造と中和パタンを(7)に示す(μ はモーラを、丸括弧はフット境界を表す)
。
(7) (1-2)のフット構造と中和パタン
a. (μμ)
A 型・B 型/C 型…(1a)
b. (μμμ)
A 型・B 型/C 型…(1b, 2a)
c. (μμ)(μμ)
A 型/B 型・C 型…(1c, 2b) (ただし 2b は A 型·B 型·C 型も)
d. (μμ)(μμμ)
A 型/B 型・C 型…(2c)
(7)における中和パタンの差異は、1 フット構造を有する場合(1a, 1b, 2a)は A 型と B 型
4
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が中和するが、2 フット構造を有する場合(1c, 2b, 2c)は B 型と C 型が中和すると一般
化できる。
2.4 音韻語
しかしながら、より多くの発話における中和パタンを正しく記述するためには、フッ
ト構造のみに立脚するだけでは不十分である。(8)は名詞に 2 モーラ助詞-mai「も」(並
列)が後続し発話が終わる環境における実現形と中和パタンである5。
(8) 名詞+2 モーラ助詞-mai+発話末における中和パタンとアクセント型の実現形
a. 2 モーラ名詞
A 型・B 型/C 型
A 型:butu-mai 「夫も」
LHLL
B 型:mayu-mai 「猫も」
LHLL
C 型:nabi-mai 「鍋も」
LHHL
b. 3 モーラ名詞
A 型・B 型/C 型
A 型:agai-mai 「東も」
LHHLL
B 型:munui-mai 「言葉も」
LHHLL
C 型:umui-mai 「思いも」
LHHHL
c. 4 モーラ名詞
A 型/B 型/C 型
A 型:makugan-mai 「ヤシガニ」
LHHHLL
B 型:mazmun-mai 「化け物」
C 型:sadian-mai 「魚とり網」
LHLLLL
LHLLHL
2 モーラ名詞・3 モーラ名詞では A 型と B 型が中和する。一方 4 モーラ名詞では中和
は生じず、3 種類の型の区別が実現される。この環境において中和が生じない事実は、
五十嵐他(2012)では報告されていない。
(8)における中和パタンの差異は、(1-2)の場合と同様に、発話全体のフット数に基づ
いてとらえることはできない。(8a)と(8b)の発話全体のモーラ数はそれぞれ 4 と 5 であ
るので、フット数は 2 となる。(7)に示した通り、発話が 2 フット構造を有する場合、B
型と C 型が中和するパタンを示すはずであるが、(8a)と(8b)は A 型と B 型が中和するパ
タンを示している。この問題はどのようにして解決されるのであろうか。
2 フット構造を有する(1c), (2b), (2c)と、(8a), (8b)を比較してみると、形態素境界の有
無と位置が異なっていることがわかる。(1c)は単一の名詞であり形態素境界が存在せず、
(2b), (2c)は名詞に 1 モーラ助詞が付与されており形態素境界が名詞と 1 モーラ助詞の間
に存在する。一方(8a), (8b)は名詞に 2 モーラ助詞が付与されており形態素境界が名詞と
2 モーラ助詞の間に存在する。このことは、池間方言のフット形成には、形態素境界と
形態素のモーラ数が関与することを示唆する。
下地理則は宮古語伊良部方言において形態素境界がフット形成に関わっていること
を指摘している(Shimoji 2010)。具体的には、2 モーラ以上の語(正確には接辞、接語、
語根)の左端がフットの左端に一致することを指摘している。本研究もこれに倣い、フ
ット形成規則を(9)のように改定する。
5
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(9) フット形成規則(改定)
a. フットの左端を 2 モーラ以上の語の左端と一致させよ。
b. 左から右へ 2 モーラを 1 フットとせよ。
c. 1 モーラ余る場合はそのモーラを先行するフットに含めよ。
(1-2)および(5)のフット構造とその中和パタンは(10)のようになる。
(10)
a.
b.
c.
d.
e.
f.
g.
(1-2)および(5)のフット構造と中和のパタン
(μμ)
A 型・B 型/C 型…(1a)
(μμμ)
A 型・B 型/C 型…(1b, 2a)
(μμ)(μμ)
A 型・B 型/C 型…(5a)
(μμμ)(μμ)
A 型・B 型/C 型…(5b)
(μμ)(μμ)
A 型/B 型・C 型…(1c, 2b) (2b は A 型·B 型·C 型も)
(μμ)(μμμ)
A 型/B 型・C 型…(2c)
(μμ)(μμ)(μμ)
A 型/B 型/C 型…(5c)
(10)を検討すると、フット構造から中和パタンを一義的に予測することができないこと
が分かる。(10c-f)はすべて 2 フット構造を有するが、その中和パタンは A 型・B 型/C
型と A 型/B 型・C 型のいずれかとなっており、一対多の対応が見られる。したがって、
池間方言のアクセント体系は、宮古語伊良部方言の体系に想定されるようなフット構造
に基づいて記述することができない。
「A 型・B 型/C 型」パタンを示す(10cd)と、
「A 型/B 型・C 型」パタンを示す(10ef)
の間に差異はないだろうか。(10)をより詳細に検討すると、(10cd)では最初の 2 フット
に 2 モーラ以上の語の左境界がないが、(10ef)ではそれがあることがわかる。この事実
を説明するために、本研究では池間方言に、韻律階層においてフットの直上に位置する
韻律単位を導入する。これを音韻語(phonological word)と名付ける。音韻語は(11)の
音韻後形成規則を適用することで形成される。
(11)
音韻語形成規則
音韻語の左端を 2 モーラ以上の語の左端と一致させよ。
(11)を適用すると、2~4 モーラ名詞単独、それらに助詞-nu が付いた発話、助詞-mai
が付いた発話の韻律構造は(12-14)のとおりとなる(音韻語の境界を角括弧で表す)
。-nu
は、2 モーラ未満の語なので、その始端に韻律語境界は挿入されず、結果として先行す
る韻律語に融合する6。
6
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(12)
(13)
(14)
a. [(nabi)]
「鍋」
a. [(munui)]
b. [(nabinu)]
「鍋の」
b. [(munu)(inu)]
c. [(nabi)][(mai)]
「鍋も」
c. [(munui)][(mai)]
「言葉」
「言葉の」
「言葉も」
a. [(maz)(munu)]
「化け物」
b. [(maz)(mununu)]
「化け物の」
c. [(maz)(munu)][(mai)]
「化け物も」
(1-2)および(8)の韻律構造と、そこに生じうる中和のパタンは(15)のように表すことがで
きる。
(15)
a.
b.
c.
d.
e.
f.
g.
(1-2)および(5)のフット構造・音韻語構造と中和のパタン
[(μμ)]
A 型・B 型/C 型…(1a)
[(μμμ)]
A 型・B 型/C 型…(1b, 2a)
[(μμ)][(μμ)]
A 型・B 型/C 型…(5a)
[(μμμ)][(μμ)]
A 型・B 型/C 型…(5b)
[(μμ)(μμ)]
A 型/B 型・C 型…(1c, 2b) (2b は A 型·B 型·C 型も)
[(μμ)(μμμ)]
A 型/B 型・C 型…(2c)
[(μμ)(μμ)][ (μμ)] A 型/B 型/C 型…(5c)
発話の韻律階層を構成する単位として、フットに加えて音韻語を導入することによっ
て、中立パタンにおける相違点を正しくとらえることができる。1 フットの音韻語ひと
つから構成される(15ab)は A 型・B 型/C 型パタン、1 フットの音韻語ふたつから構成
される(15cd)も A 型・B 型/C 型パタンとなる。2 フットの音韻語ひとつから構成され
る(15ef)は A 型/B 型・C 型パタン、2 フットの音韻語ひとつに 1 フットの音韻語ひと
つが後続する(15g)は A 型/B 型/C 型パタンとなる。次節では、同一の中立パタンを
示す発話の構造上の類似点をより一般的な形で表現できるように、とり多くのデータを
検討する。
2.5 中和の生じない環境の韻律構造
これまで検討してきた例の中で、中和の生じない環境は(8c)のみであった。中和の生
じない環境はほかにはないのであろうか。(16)は 2 モーラ助詞-kara「から」(奪格)に
もうひとつの 2 モーラ助詞-mai が後続し、発話が終わる環境での実現形である。4 モー
ラ名詞については未調査である。
7
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(16)
2 モーラ助詞-kara+2 モーラ助詞-mai+発話末における中和パタンと実現形
a. 2 モーラ名詞
A 型/B 型・C 型(~A 型/B 型/C 型)
A 型:butu-kara-mai 「夫からも」
LHLLHL(~LHLLLL)
B 型:mayu-kara-mai 「猫からも」
LHLLHL
C 型:nabi-kara-mai 「鍋からも」
LHHHLL
b. 3 モーラ名詞
A 型/B 型・C 型(~A 型/B 型/C 型)
A 型:agai-kara-mai「東からも」
LHHLLHL(~LHHLLLL)
B 型:munui-kara-mai 「言葉からも」
LHHLLHL
C 型:umui-kara-mai 「思いからも」
LHHHHLL
この環境では A 型と B 型が中和するのが普通である。しかし括弧内に示した通り、A
型はこの環境で B 型とも C 型とも異なる実現形を持つことがある。つまり A 型はふた
つの実現形の間で揺れており、一方の実現形が現れた場合は中和が生じる。しかしなが
ら、五十嵐他(2012)で示した通り、(16)の発話にさらに述語が後続する環境では揺れは
生じず、3 種類の型のすべてが実現される。(16)で揺れが生じる事実は、発話が助詞で
終わるという比較的典型的でない環境に付随する何らかの要因(おそらく特定のイント
ネーションパタン)の隠蔽効果によって説明できる可能性がある。もし A 型の実現形
のうち括弧内のもの(LHLLL)が基本的な形であるとみなすことができるのならば7、
(16)は中和の生じない環境のひとつということができる。
(17)は、名詞に 2 モーラ助詞-mai が後続し、さらに述語 nyaan「ない」8が後続し発話
が終わる環境における実現形である。
(17)
名詞+2 モーラ助詞-mai+述語 nyaan+発話末における中和パタンと実現形
a. 2 モーラ名詞
A 型/B 型/C 型
A 型:butu-mai nyaan. 「夫もない。
」
LHLLLLL
B 型:mayu-mai nyaan. 「猫もない。」
LHLLHHH
C 型:nabi-mai nyaan. 「鍋もない。
」
LHHHLLL
b. 3 モーラ名詞
A 型/B 型/C 型
A 型:agai-mai nyaan. 「東もない。
」
LHHLLLLL
B 型:munui-mai nyaan. 「言葉もない。」 LHHLLHHH
C 型:umui-mai nyaan. 「思いもない。」 LHHHHLLL
c. 4 モーラ名詞
A 型/B 型/C 型
A 型:makugan-mai nyaan. 「ヤシガニ」 LHHHLLLLL
B 型:mazmun-mai nyaan.「化け物」
C 型:sadian-mai nyaan. 「魚とり網」
LHLLLLHHH
LHLLHHLLL
この環境下では、名詞のモーラ数に関わらず、すべての型の区別が実現される。(17)は
中和の生じない環境のひとつであると言える。
(1-2), (5), (16-17)の韻律構造と中和パタンは(18)のように要約できる。
8
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(18)
a.
b.
c.
d.
e.
f.
g.
h.
i.
j.
k.
l.
(1-2), (5), (16-17)の韻律構造と中和パタン
[(μμ)]
A 型・B 型/C 型…(1a)
[(μμμ)]
A 型・B 型/C 型…(1b, 2a)
[(μμ)][(μμ)]
A 型・B 型/C 型…(5a)
[(μμμ)][(μμ)]
A 型・B 型/C 型…(5b)
[(μμ)(μμ)]
A 型/B 型・C 型…(1c, 2b)(2b は A 型·B 型·C 型も)
[(μμ)(μμμ)]
A 型/B 型・C 型…(2c)
[(μμ)(μμμ)][(μμ)]
A 型/B 型/C 型…(5c)
[(μμ)][(μμ)][(μμ)]
A 型/B 型/C 型…(16a)(ただし A 型·B 型/C 型も)
[(μμμ)][(μμ)][(μμ)]
A 型/B 型/C 型…(16b)(ただし A 型·B 型/C 型も)
[(μμ)][(μμ)][(μμμ)]
A 型/B 型/C 型…(17a)
[(μμμ)][(μμ)] [(μμμ)]
A 型/B 型/C 型…(17b)
[(μμ)(μμ)][(μμ)] [(μμμ)]
A 型/B 型/C 型…(17c)
中和の生じない環境に共通の構造的特徴はなんであろうか。音韻語の境界の位置や数、
韻律が含むフット数は様々であり共通点がない。共通点は発話全体のフット数にある。
中和が生じない発話はすべて 3 フット以上から構成される(18g-k)。一方、フット数が 3
未満である発話では中和が生じるが(18a-f)、中和パタンには A 型と B 型が中和するも
のと(18a-d)、B 型と C 型が中和するものがある(18e-f)。この差異をもたらす構造的特徴
は、名詞を含む音韻語のフット数に見つけることができる。すなわち名詞を含む音韻語
のフット数が 1 である場合 A 型と B 型が中和するが(18a-d)、2 の場合 B 型と C 型が中
和する(18e-f)。
以上、これまで検討してきたすべての環境における中和パタンは、モーラ、フット、
音韻語からなる階層的な韻律構造を想定することによって、正しく記述できることが示
された。
2.6 要約
池間方言のアクセント型の中和を検討した結果、中和が起こる環境は極めて広範であ
ること、中和の起こる環境と中和のパタン(どの型とどの型が中和するか)を正しく予
測するためには、階層的な韻律構造を仮定する必要があることが明らかになった。その
韻律構造とは、モーラの直上に 2 モーラを基本とするフットを持ち、フットの直上に音
韻語を持つ階層構造である。中和パタンに関わる構造的特徴は(19)のように要約できる。
(19)
アクセント型の中和に関わる構造的特徴
a. 発話全体のフット数が 3 未満で、かつ名詞を含む音韻語のフット数が 1 である
と A 型と B 型が中和する。
b. 発話全体のフット数が 3 未満で、かつ名詞を含む音韻語のフット数が 2 である
と B 型と C 型が中和する。
c. 発話全体のフット数が 3 以上であるとアクセント型は中和しない。
9
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3. アクセント型の合流
3.1 目的
本節の目的は、
池間方言において、A 系列と B 系列が合流する過程にあることを示し、
この合流には語の意味領域が関わっていることを示すことにある。
3.2 系列別語彙
琉球語諸方言のアクセント体系の歴史的変化を検討するためには、松森晶子の提唱す
る「系列別語彙」を利用するのが有益である。
松森晶子は、現代の琉球語諸方言の比較に基づいて、琉球祖語のアクセント型によっ
て区別される語類を暫定的に再建し、これを「系列」と名付けている(e.g. 松森 2000)
。
松森晶子は、琉球祖語には 1 モーラ語に少なくとも 2 種類、2 モーラ以上の語には少な
くとも 3 種類のアクセント型による区別があると仮定し、それぞれのアクセント型で区
別される語類を A 系列、B 系列、C 系列と呼ぶ。系列別語彙とは、これら 3 系列にそ
れぞれ属する語から構成される、琉球語諸方言のアクセント調査用の語彙リストのこと
である。
それぞれの系列にどのような語彙が所属するのかに関しては不明なところが多いが、
現在までの研究の蓄積によると、各系列は例えば(20)のような語彙から構成される。語
例は奄美語沖永良部方言(松森 2000)から取った。
(20)
系列別語彙の一例(松森 2000)
a. A:agai「東」
、hiru「大蒜」
、i「西」
、tuzji「妻」
、hadi「風」
b. B:adu「かかと」
、ji「夕食」、muni「言葉」、sjeku「大工」、jama「山」
c. C:gamaku「腰周り」
、gusjani「杖」、umaga「孫」
、warabi「子供」、hama「浜」
本論では、ある方言において A 系列の語彙の大部分が所属するアクセント型をその
方言の A 型と呼ぶ。同じく B 系列の語彙の大部分が所属するアクセント型は B 型、C
系列の語彙の大部分が所属するアクセント型は C 型と呼んでいる。
3.3 話者
話者は(21)に示す池間方言(西原変種)の母語話者 5 名(男性 3 名、女性 2 名)で
あった。
(21)
MT
MK
MH
FH
FA
1943 年生まれ 男性
1935 年生まれ 男性
1947 年生まれ 男性
1948 年生まれ 女性
1948 年生まれ 女性
10
「日本語レキシコンの音韻特性」第 3 回研究発表会
平成 24 年 11 月 23 日
九州大学箱崎キャンパス
3.4 系列別語彙の確立
前述のように、系列別語彙のリストは現在作成段階にあり、それぞれの系列にどのよ
うな語彙が所属するのかに関しては不明なところが多い。本研究では 2 種類のリストを
用いた。ひとつは松森晶子の最新の論文で提案されたリスト(松森 2012)である。こ
れを「リスト M」と名付ける。リスト M は北琉球グループに属する奄美語および沖縄
語の諸方言の比較に基づいて提案されたものであり、南琉球グループの諸方言は全く考
慮されていない。
もうひとつは、リスト M の質量両面における不足を補うため筆者が提案するリスト
である。これを「リスト I」と名付ける。このリストは、松森晶子による北琉球グルー
プのデータ(奄美語沖永良部方言(松森 2000)、沖縄語金武方言(松森 2008)、系列別
語彙リスト M(松森 2012))だけでなく、南琉球グループのデータにも基づいて作成さ
れている。南琉球グループのデータは、筆者が手にする宮古語池間方言と八重山語黒島
方言に加えて、宮古語多良間方言(松森 2010)
、宮古語与那覇方言(五十嵐 2012)と与
那国語(上野 2009)を含む。リスト I の作成の際に用いた基準は付録 1 を参照。
3.5 池間方言のアクセント型の判断
アクセント型は、一部は音響分析の結果に基づき(五十嵐他 2012)、一部は聴覚印象
に基づいて決定した。著しい話者間変異が見られた語や、少数の話者の発話データしか
ない語など、アクセント型の認定を阻害する要因を持つ語は除外した。
3.6 結果
まずリスト M に基づいて、
系列別語彙と池間方言のアクセント型の対応を検討する。
語数を表 3 に示す。
表3
池間
系列別語彙(リスト M)と池間方言のアクセント型の対応
系列
A 系列
B 系列
C 系列
計
A型
14
1
0
15
B型
34
44
6
84
C型
5
16
47
68
計
53
61
53
167
表 3 から、B 系列の大部分(約 72%)が B 型で実現され、C 系列の大部分(約 89%)
が C 型で実現していることがわかる。一方、A 系列の大半(約 64%)は B 型で実現さ
れ、残りの少数(約 26%)が A 型で実現されている。A 系列が A 型と B 型に、B 系列
が B 型に、C 系列が C 型で実現されるパタンは全体の約 83%を占める。残りの約 17%
は「例外」となるが、「例外」の約 47%は池間方言に加えて少なくともひとつの方言に
ついて対応が不規則である。したがって「例外」となる語の約半数は、系列別語彙から
除外されるべきものである可能性がある。詳細は付録 2 を参照。
A 系列が A 型と B 型のいずれかで実現される事実を、音韻論的に条件づけられた分
裂と合流によって説明することは可能であろうか。すなわち、A 系列の語彙に音韻論的
11
「日本語レキシコンの音韻特性」第 3 回研究発表会
平成 24 年 11 月 23 日
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に条件づけられた分裂が生じ、分裂の結果生じた新たなカテゴリーのうちひとつのアク
セント型が、B 系列のアクセント型に合流した結果、A 系列が A 型と B 型のいずれか
で実現されたと説明することは可能であろうか。後に明らかになるように、この仮説は
支持されない。仮説上の分裂を生じさせる音韻論的条件が見つけられないからである。
一方、A 系列が A 型と B 型のいずれかで実現される事実に基づいて、琉球祖語には、
実は 4 種類のアクセント型の区別(α 系列、β 系列、γ 系列、δ 系列)が存在したとする
仮説を提案することも可能である。この仮説では、他のすべての琉球語諸方言では α 系
列と β 系列を合流させてしまっているが、池間方言ではこの合流が起こらず、代わりに
β 系列と γ 系列との合流が生じたことになる。しかしながらこの仮説には致命的な問題
点がある。もし Pellard (2009; 2011)の提案する琉球諸語の系統関係が正しいのであれば、
この仮説上の α 系列と β 系列の合流は、少なくとも 4 回、独立して生じたことになって
しまう。4 種類の型の区別があったとする仮説を支持する証拠は、池間方言の他に見つ
からない。
それでは池間方言における A 系列の語彙の特異な振る舞いはどのように説明される
のであろうか。問題の事実は、語彙拡散(lexical diffusion)仮説(Wang 1977)に基づく
ことによって説明することができる。語彙拡散仮説とは、言語変化はすべての語に同時
に生じるのではなく、語ごとに適用範囲を広めていくとする仮説である。この仮説に従
えば、A 系列と B 系列が合流する過程にあり、A 系列の一部の語彙はすでに B 系列に
合流してしまっているが、そのほかの語彙は合流せずに A 系列にとどまっているとい
うことになる。
以降、池間方言において進行中の言語変化の影響を受けずに A 型で実現される A 系
列の語を「保守的 A 系列語彙」と呼ぶこととする。それに対して進行中の変化の影響
を受けて B 型で実現される A 系列の語を「革新的 A 系列語彙」と呼ぶこととする。リ
スト M に基づくと双方の語彙は表 4 の通りになる。
表から明らかなように、A 系列の分裂を生じさせる音韻条件は同定することができな
い。したがって、A 系列の特異な振る舞いは、未だ完了していないアクセント型の合流
の反映であることが強く示唆される。
表 4 を検討すると、保守的 A 系列語彙には意味領域の偏りが観察されることがわか
る。このことは、当該の語彙拡散が無法則的に進行しているわけではないことを示して
いる。具体的には、保守的 A 系列語彙の圧倒的多数(14 語のうち 13 語)が、親族名称
(1-3)、数詞(4-8)
、方向を表す語(9-13)のいずれかとなっている。一方、革新的 A
系列語彙は、1 が親族名称であることを唯一の例外として、親族名称、数詞、方向を表
す語は全く見つけられない。
12
「日本語レキシコンの音韻特性」第 3 回研究発表会
平成 24 年 11 月 23 日
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表 4 リスト M に基づく保守的 A 系列語彙と革新的 A 系列語彙
保守的 A 系列語彙
革新的 A 系列語彙
1. butu 「夫」, 2. tuz 「妻」,
3. kugani 「子供」, 4. nncI 「六つ」,
5. yaac 「八つ」, 6. ttaac 「二つ」,
7. yuuc 「四つ」, 8. miic 「三つ」,
9. ns 「右/北」, 10. ii 「西」,
11. agai 「東」, 12. ui 「上」,
13. sta 「下」, 14. hitu 「人」
1. ffa 「子供」, 2. cgus/sgus 「膝」,
3. hana 「鼻」, 4. kus 「腰」,
5. fuc 「口」, 6. tatami 「畳」,
7. kamadu 「竈」, 8. azya 「ほくろ、痣」,
9. yudai 「涎(よだれ)
」, 10. haa 「葉」,
11. kadi 「風」, 12. fudi 「筆」,
13. hanaz 「鼻血」, 14. zyuu 「尻尾」,
15. huu 「帆」, 16. fuz 「釘」,
17. tui 「鳥」, 18. taki 「竹」,
19. hii 「にんにく」, 20. sudi 「袖」,
21. is 「石」, 22. hus 「星」,
23. miz 「水」, 24. hanmai 「食料」,
25. kazya 「匂い」, 26. saki 「酒」,
27. kabii 「紙」, 28. kauz 「カビ」,
29. c 「血」, 30. ffac 「鍬(くわ)」,
31. zzu 「魚」, 32. us 「牛」,
33. kyuus 「煙」, 34. ika 「烏賊(いか)
」
次にリスト I に基づいて、系列別語彙と池間方言のアクセント型の対応を検討する。
語数を表 5 に示す。リスト M と同様にリスト I でも、A 系列の大半(約 67%)は B 型
で実現され、残りの少数(約 33%)が A 型で実現されるというパタンが観察される。
(A 系列が A 型と B 型に、B 系列が B 型に、C 系列が C 型で実現されるというパタン
から外れるデータは、リスト I の定義上、皆無となる。)
表5
系列別語彙(リスト I)と池間方言のアクセント型の対応
系列
B 系列
A 系列
池間
A型
B型
C型
計
39
78
0
117
C 系列
0
66
0
66
計
0
0
93
93
39
144
93
276
表 6 はリスト I に基づいて分析された保守的 A 系列語彙と革新的 A 系列語彙である。
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表 6 リスト I に基づく保守的 A 系列語彙と革新的 A 系列語彙
保守的 A 系列語彙
革新的 A 系列語彙
1. syaaka 「明け方」, 2. fuyu 「冬」,
3. hiima 「昼」, 4. butu 「夫」,
5. tuz 「妻」, 6. yumi 「嫁」,
7. nnka 「六日」, 8. nnc 「六つ」,
9. yauka 「八日」, 10. yaac 「八つ」,
11. fucka 「二日」, 12. futaai 「二人」,
13. hacka 「二十日」,
14. ttaac 「二つ」, 15. yuuc 「四つ」,
16. miika 「三日」, 17. miic 「三つ」,
18. kai 「あれ」, 19. taru 「誰」,
20. kui 「これ」, 21. tunai 「隣」,
22. nuzn 「望み」, 23. kazai 「飾り」,
24. uwai 「終り」, 25. ckai 「使い」,
26. budui 「踊り」, 27. yui 「労働協力」,
28. ns 「右/北」, 29. ii 「西」,
30. tibi 「うしろ」, 31. agai 「東」,
32. ui 「上」, 33. sta 「下」,
34. myaaku 「宮古」, 35. tabi 「旅」,
36. ikai 「錨」, 37. tin 「空」,
38. fudami 「草鞋」, 39. hitu 「人」,
1. ffa 「子供」, 2. izyai 「漁り」,
3. c 「釣り」, 4. kii 「毛」,
5. higi 「髭・毛」, 6. hana 「鼻」,
7. cmi 「爪」, 8. ssa 「足」, 9. kus 「腰」,
10. fuc 「口」, 11. mmi 「胸」,
12. kamadu 「竈」, 13. kasa 「麻疹」,
14. yudai 「涎」, 15. tac 「干支の龍」,
16. haa 「葉」, 17. suu 「野菜」,
18. kuru 「藁」, 19. naa 「名」,
20. kadi 「風」, 21. nunu 「布」,
22. fudi 「筆」, 23. hanaz 「鼻血」,
24. tubiuu 「トビウオ」, 25. huu 「帆」,
26. hii 「日」, 27. cc 「筒」,
28. kuusu 「唐辛子」, 29. inaka 「田舎」,
30. fuz 「釘」, 31. ckimunu 「漬物」,
32. tui 「鳥」, 33. mus 「虫」,
34. taki 「竹」, 35. bikidun 「男」,
36. taka 「鷹、差羽(さしば)」,
37. kuba 「クバ」, 38. sudi 「袖」,
39. muu 「藻」, 40. kaa 「井戸」,
41. akacI 「血」, 42. is 「石」,
43. ssu 「裾」, 44. mizgami 「水瓶」,
45. miz 「水」, 46. hanmai 「食料」,
47. mamami 「小豆」, 48. buu 「緒」,
49. kazya 「匂い」, 50. saki 「酒」,
51. z 「字」, 52. kabii 「紙」,
53. yuda 「枝」, 54. sansin 「三味線」,
55. saba 「鮫」, 56. nnagu 「砂」,
57. kauz 「カビ」, 58. nnatu 「浅瀬」,
59. sanin 「月桃」, 60. c 「血」,
61. katac 「形」, 62. ffac 「鍬」,
63. kani 「金物」, 64. sadi 「魚とり」,
65. zzu「魚」, 66. us「牛」, 67. akai 「蟻」,
68. hata 「機」, 69. hata 「旗」,
70. kama 「釜」, 71. kaccyu 「鰹」,
72. futai 「額」, 73. kan 「蟹」,
74. karahai 「灰」, 75. kacya 「蚊帳」,
76. cya 「艶」, 77. kyuus 「煙」,
78. ika 「烏賊」
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平成 24 年 11 月 23 日
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リスト M と同様に革新的 A 系列語彙が特定の意味領域、すなわち親族名称(4-6)
、
数詞(7-17)
、方向を表す語(28-33)へ偏る傾向が、リスト I にも観察される。さらに
リスト I には、それらに加えて別の意味領域、すなわち時を表す語(1-3)、代名詞(18-20)
、
動詞連用形を起源とする転成名詞(21-27, および 31)への偏りが認められる。保守的
A 系列語彙の大部分(39 語中 33 語)にこのような偏りが観察される。一方、革新的 A
系列語彙には、3 例(1 の親族名称、2-3 の転成名詞)を除けば、意味領域に偏りは観察
されない。
以上の結果を要約すると(22)のようになる。
(22)
池間方言の A 系列と B 系列の融合
a. 池間方言では、A 系列と B 系列が合流する過程にある。
b. この言語変化は無法則的に進行するのではなく、特定の意味領域を持つ語は変
化進行が遅く、それを持たない語は変化の進行が早い。
c. その意味領域とは、親族名称、数詞、方向を表す語、時を表す語、代名詞、動
詞連用形を起源とする転成名詞である。
池間方言のアクセント型の合流は、語彙拡散仮説に従うものである。一般的に語彙拡
散の進行順序には、語の長さや音韻論的環境、語の頻度などが関わっていることが知ら
れているが、本研究の結果は、これらの要因の他に意味領域があることを示唆している。
4. 結論
池間方言のアクセント体系を共時的観点、すなわちアクセント型の中和と、通時的観
点、すなわちアクセント型の合流から分析した。
アクセント型の中和は極めて広範な環境で観察される。中和するか否か、するとした
らどの型とどの型が中和するかを一義的に予測するためには、階層的な韻律構造を想定
する必要があることが示された。その構造とは、モーラ、フット、音韻語からなる階層
構造である。
アクセント型の合流に関しては、第 1 に合流が未だ完了していないことが示された。
第 2 に、この進行中の言語変化には意味領域が関わっていること(特定の意味領域を有
する語の進行が遅いこと)が示された。この結果は、語彙拡散の進行順序を決定する要
因のひとつに、語の意味領域があることを示唆している。
本研究では、3 種類のアクセント型がどのように実現されるかを明らかにすること、
すなわちアクセント型の実現規則を明らかにすることには取り組まなかった。本研究が
提案した階層的韻律構造が、アクセント型の実現規則を記述するために重要な役割を演
じる見通しをわれわれは持っている。このことを検討することは今後の重要な課題のひ
とつである。また、池間方言において、意味領域がアクセントの合流の進行を促進ある
いは抑制しているという見解の妥当性を確認するためには、より多くのデータを分析す
る必要がある。この目的のために、系列別語彙を拡充することも今後の課題のひとつと
なるだろう。
15
「日本語レキシコンの音韻特性」第 3 回研究発表会
平成 24 年 11 月 23 日
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付録 1 リスト I(系列別語彙)の作成
リスト I は 2 段階の手続きを踏んで作成した。最初の手続きでは、池間方言における
アクセント型のみに基づいて、各系列の候補を決定する。具体的には(23)の基準に基づ
いて候補を決定する。
(23)
手続き 1
a. 池間方言で A 型:A 系列の候補
b. 池間方言で B 型:A 系列、B 系列の候補
c. 池間方言で C 型:C 系列の候補
次の手続きでは、(23)で決定した系列の候補を、他方言のアクセント型との比較に基
づいて、絞り込む作業を行う。他方言のデータとして用いたのは、本文で述べたとおり
(24)である。
(24)
a.
b.
c.
d.
e.
f.
g.
手続き 2 で用いた他方言のデータ
松森(2012)の系列別語彙(リスト M)
北琉球グループ・奄美語沖永良部方言(松森 2000)
北琉球グループ・沖縄語金武方言(松森 2008)
南琉球グループ・宮古語多良間方言(松森 2010)
南琉球グループ・与那国語(上野 2009)
南琉球グループ・宮古語与那覇方言(五十嵐 2012)
南琉球グループ・八重山語黒島方言(第一筆者が手にするデータ)
このうち宮古語与那覇方言(24f)と八重山語黒島方言(24g)は、A 系列と B 系列を合流さ
せた二型アクセント体系である。これらの方言において A 系列と B 系列が所属するア
クセント型を AB 型と呼ぶことにする。
(24)のデータに基づいて、(25)に示す手続きを踏み、最終的にリスト I を決定する。
(25)
手続き 2
a. (16a)のうち、他方言のデータがあり、かつ二型方言で C 型でなく、かつ三型方
言で B 型でも C 型でもないもの:A 系列
b. (16b)のうち、他方言のデータがあり、かつ二型方言で C 型でなく、かつ三型方
言で B 型でも C 型でもないもの:A 系列
c. (16c)のうち、他方言のデータがあり、かつ二型方言で C 型でなく、かつ三型方
言で A 型でも C 型でもないもの:B 系列
d. (16d)のうち、他方言のデータがあり、かつ二型方言で AB 型でなく、かつ三型
方言 A 型でも B 型でもないもの→C 系列
e. (16b)のうち、他方言のデータがなく、かつ類別語彙で第 1 類あるいは第 2 類で
あるもの→A 系列
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「日本語レキシコンの音韻特性」第 3 回研究発表会
平成 24 年 11 月 23 日
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(25)の基準によって、池間方言のアクセント型と他方言のアクセント型が一致しない
データが除外される。他方言のアクセント型のデータが皆無の場合は、基本的にはその
データは除外されるが、この場合には唯一の例外がある。それは、類別語彙の(2 拍名
詞・3 拍名詞)1 類と 2 類に同源語が見つかる場合であり、この場合は他方言のアクセ
ント型が A 型である場合と同様の扱いを受ける。これは類別語彙の 1 類と 2 類は、A
系列と規則的に対応することがすでに分かっているからである(服部 1979, 松森 1998)
。
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「日本語レキシコンの音韻特性」第 3 回研究発表会
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付録 2 池間方言において系列別語彙との対応が不規則である語
A 系列だが C 型で実現される語
1 は池間方言だけでなく多良間方言(双方とも宮古語)でも C 型で実現されている。この語は系列別語彙
としてふさわしいものかどうか再検討する必要がある。
語形
1
2
3
4
5
saba
haku
has
nz
dus
意味
草履
箱
橋
棘
友
池間
多良間
C
C
C
C
C
C
A
黒島
与那国
A
A
A
A
A
沖永良
部
A
金武
A
A
A
A
A
B 系列だが A 型で実現される語
1 は池間で A 型だが与那国で C 型であり対応が非常に不規則である。この語は系列別語彙としてふさわし
いものかどうか再検討する必要がある。
語形
1 hidai
意味
左
池間
多良間
黒島
A
与那国
沖永良
部
C
金武
B
B 系列だが C 型で実現される語
1 と 2 はふたつ以上の南琉球方言で C 型である。3 と 4 は池間方言と多良間方言(双方とも宮古語)で C
型である。8 と 9 は池間方言だけでなく北琉球の沖永良部でも C 型である。以上の語は系列別語彙として
ふさわしいものかどうか再検討する必要がある。
1
2
5
6
7
3
4
8
9
10
11
12
13
14
15
16
語形
hasan
makai
nabyaara
auda
madu
zImami
accya
zyau
nisyai
nnuc
hai
sma
sru
icIcI
nukuz
buuz
意味
鋏
お椀
へちま
運搬用網籠
暇
南京豆
下駄
門
青年
命
畑
島
汁
五つ
鋸
砂糖黍
池間
C
C
C
C
C
C
C
C
C
C
C
C
C
C
C
C
多良間
C
C
C
C
C
C
C
黒島
C
与那国
C
C
沖永良部
B
B
B
B
B
B
B
B
C
C
金武
B
B
B
B
B
B
B/C
B
B
B
B
AB
18
B
B
B
B
B
B
B
B
B
B
B
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C 系列だが B 型で実現される語
1 は池間方言だけでなく与那国方言でも B 型であるが、多良間方言では A 型であり黒島方言では AB 型で
あり対応が非常に不規則である。2 は池間方言だけでなく北琉球の金武方言での B 型であるが、多良間方
言では C 型であり対応が不規則である。以上の語は系列別語彙としてふさわしいものかどうか再検討する
必要がある。
1
2
3
4
5
6
語形
fukuru
akiz
karaz
kangi
mussu
haicc
意味
袋
蜻蛉
髪
鬣
蓆
刺青
池間
B
B
B
B
B
B
多良間
A
C
C
C
C
C
黒島
AB
与那国
B
沖永良部
C
C
金武
C
B
C
C
C
C
参考文献
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Pellard, Thomas (2009) Ōgami — Éléments de description d’un parler du Sud des Ryūkyū. PhD
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Pellard, Thomas (2011) “The historical position of the Ryukyuan Languages”, ICHL20
Symposium Historical Linguistics in the Asia-Pacific Region and the Position of Japanese.
(pp. 55-64). Osaka: National Museum of Ethnology.
Shimoji, Michinori (2009) “Foot and rhythmic structure in Irabu Ryukyuan.” Journal of the
Linguistic Society of Japan, 85-122.
19
「日本語レキシコンの音韻特性」第 3 回研究発表会
平成 24 年 11 月 23 日
九州大学箱崎キャンパス
Shimoji, Michinori (2010) “Ryukyuan languages: An introduction.” In M. Shimoji and T.
Pellard (eds.) An Introduction to Ryukyuan Languages. (pp. 1-13). Tokyo: Research
Institute for Languages and Cultures of Asia and Africa.
Wang, William S.-Y. (ed.) (1977) The Lexicon in Phonological Change. The Hague: Mouton.
1
日本語の 1 モーラ語に同源語が見つかる池間方言の語彙語は、長母音を有する 2 モー
ラ語である(例えば、haa「葉」
、naa「名」、tii「手」
)。これらは本稿の分析対象となる。
2
池間方言の語は Hayashi (2011)における正書法にのっとって表記する(y [j], sy [], c [ts],
cy [t], hn [])
3
他の 1 モーラ助詞でも同様のパタンが観察されることを、少なくとも-ya「は」(主題
標識)、-u「を」
(対格)
、-n「に」
(与格)について確認している。
4
この仮定はこれ以降の議論にとって極めて重要であるが、それが正しいかどうかは今
後の調査結果を待たなければならない。
5
他の 2 モーラ助詞でも同様のパタンが観察されることを、少なくとも-kara「から」
(奪
格)と-nudu「が」
(主格+焦点標識)について確認している。
6
他の 1 モーラ助詞もまた先行する韻律語に融合される。1 モーラ助詞の融合は反復的
(iterative)に生じるため、1 モーラ語の連続(例えば nna「には」< n「に」
(与格)+ya
「は」(主題))は韻律語の境界を導入しない。ただし-nudu「が」は例外である。この
助詞は形態論的には-nu(主格)+-du(焦点標識)と分析できるが、韻律的には-kara「か
ら」
(奪格)と同様の 2 モーラ助詞としてふるまう。したがって-nudu の左端には韻律語
境界が導入される。
7
この仮定はこれ以降の議論にとって極めて重要であるが、それが正しいかどうかは今
後の調査結果を待たなければならない。
8
述語 nyaan「ない」は本来、有生の主語をとらない。主語が有生の場合は代わりに miin
「いない」が用いられる。したがって、butu-mai nyaan.「夫がない。」や mayu-mai nyaan.
「猫がない。
」が意味的に適格であると話者が判断するためには、特定の文脈(所有の
意味にとれるなど)が必要となる。なお nyaan の代わりに miin を用いても、アクセン
ト型の実現は変わらないことが確認されている。
20