肝保護作用と肝障害

Hepatotoxicity and Protective Effects of Anesthetics
麻酔薬の光と影
肝保護作用と肝障害
Hepatotoxicity and Protective Effects
of Anesthetics
東邦大学医療センター大森病院麻酔科
准教授
小竹 良文
Yoshifumi Kotake
ハロタンおよびそれ以前に用いられていた吸入麻酔薬は直接あるいは免疫学的機序によって肝
細胞を障害する可能性があり,使用されなくなった.現在使用されているイソフルラン,セボフ
ルラン,プロポフォールについては肝細胞に対する障害性はわずかであり,肝血流に及ぼす影響,
肝硬変患者における影響の点でも大きな差はなく,いずれも安全に使用できる.ただし,大動脈
遮断,人工心肺,肝門部血行遮断などによって生じる肝虚血に対して,セボフルランが他の麻酔
はじめに
麻酔薬と肝臓の関連を論じるに当たっては,歴史的な
視点から考えると興味深い(図 1 )1).すなわち,過去に
用いられていた麻酔薬に関しては,副作用としての肝障
害が臨床的に重要であった.一方,現在用いられている
麻酔薬では,副作用としての肝障害の臨床的な意義はわ
ずかであり,むしろ虚血に対する保護作用が注目されて
※
吸入麻酔薬の使用頻度(累積)
薬と比較して強い保護作用を有することを示唆する報告がみられる.
いる.これらの点から,本稿では最初に麻酔薬による肝
障害作用を取り上げ,引き続いて肝保護作用を論じるこ
ととしたい.
図1
20
15
10
5
クロロホルム
0
1840
(セボフルラン)
デスフルラン
イソフルラン
エンフルラン
メトキシフルラン
ハロタン
Ethyl vinyl ether
Fluroxene
Propyl methyl ether
Isopropenyl vinyl ether
Trichloroethylene
Cyclopropane
Divinyl ether
Ethylene
Ethyl chloride
エーテル
N2O
1880
1920
1960
米国における使用開始年度
2000
吸入麻酔薬の変遷(文献 1より引用・改変)
注)文献 1の出典が作成された時点では米国においてセボ
フルランは未発売であった.
※出典に単位の記載なし.
Anesthesia 21 Century Vol.11 No.3-35 2009 (2179) 27
ハロタン投与後の肝機能障害には 2 つのパターンがあ
麻酔薬による直接的な肝障害
るとされている.1 つはハロタン投与後20%程度の症例
でみられる軽度の早期肝機能障害であり,もう 1 つは稀
ハロタン開発以前に用いられていた麻酔薬の問題点と
であるが,時に致命的な遅発性肝細胞壊死である.前者
して引火性と肝障害が挙げられており,ハロタンの使用
の特徴は肝逸脱酵素の軽度上昇を特徴とする一過性の肝
開始とともに用いられなくなった.肝障害についてはク
機能障害であり,病理学的には肝小葉の局所的壊死がみ
ロロホルムが有名である.クロロホルムの肝障害に関して
られる.経過は良好でほとんどの症例が自然治癒する.
は,クロロホルムが肝細胞で代謝される際にラジカルを
原因は不明であり,ハロタンの反復投与を必要としない
生じ,用量依存性に肝細胞を障害したと考えられている.
点が後述する劇症型のハロタン肝炎と異なる.
後者に関してはこれまで数百症例の報告があり,発生
頻度は10,000件に 1 件程度と推定されている.ハロタン
免疫学的機序を介する肝障害
肝炎発症の危険因子としては短期間内の繰り返し曝露,
遺伝的素因,性差(女性に多い),年齢(中年成人に多
1. ハロタン肝炎
い),肥満患者などが挙げられている.肝逸脱酵素,ア
ハロタンの特徴は引火性がなく,これ以前の麻酔薬と
ルカリホスファターゼ,ビリルビンの著しい上昇および
比較して化学的に安定であることであり,広く使用され
広範な肝細胞壊死を生じ,死亡率が50%程度と報告され
るようになったとされている.しかし,ハロタンが肝臓
ている.ハロタン肝炎に関しては病態が検討され,自己
に及ぼす作用としてはハロタン肝炎の発生および肝血流
免疫性の肝障害であることが明らかにされている.ハロ
への悪影響の 2 点が重要であった.
タンはそれ以前の吸入麻酔薬と比較して化学的に安定で
ハロタン
F H
F
C
C
F
Cl
エンフルラン
F
F H
Br
H
C
O
F
C
イソフルラン
F
H F
C
F
Cl
H
F
C
O
F
C
C
Cl
F
O
F
C
C
Cl
F
デスフルラン
F
H F
F
H
C
O
C
C
F
F
F
F
O
F
C
C
F
F
F
チトクローム P450 2E 1 による酸化
H
F
中
間
代
謝
物
F
O
C
C
F
Cl
F
O
C
C
H
F
Br
H
F
O
C
C
F
F
F
F
F
O
C
C
C
O
HBr
F
F
Cl
H
F
Cl
C
O
F
塩化
トリフルオロ
アセチル
C
O
F
HCl
H
H
CF 2 HOH
F
H
C
F
F
H
O
O
F
C
C
または
Cl
F
C
C
O
CF 2 HOH
F
H
C
F
F
F
HF
F
F
O
C
F
HCl
F
F
H
O
O
F
C
C
または
F
F
O
F
C
C
F
F
F
F
タンパク分子との反応
ハ
プ
テ
ン F
部
分
F
O
C
C
F
F
N
タンパク
H
F
H C O C
F
F
O
C N タンパク
H
タンパク
N
H
O
F
C
C
F
タンパク
F
TFA -タンパク質
図2
28
ハロタン,エンフルラン,イソフルラン,デスフルランの代謝(文献 2より引用・改変)
(2180) Feature Articles
N
H
O
F
C
C
F
F
Hepatotoxicity and Protective Effects of Anesthetics
はあるが,投与されたハロタンの約20%は代謝される.
肝細胞のチトクロームP2E1の作用によって塩化トリフ
肝血流の調節機構
ルオロアセチルおよびトリフルオロ酢酸(Trifluoroacetic
Acid:TFA)が産生される(図 2 )2).TFA自体には免
肝血流は心拍出量の15〜20%に相当し,酸素消費量と
疫原性はないが,トリフルオロ酢酸がハプテンとして作
しても全身の酸素消費量の約15〜20%に相当すると考え
用し,本来免疫原性のない肝細胞表面のタンパク質が抗
られている.
原性を有するようになる.このTFA-タンパク質に対す
肝臓への血液は肝動脈と門脈の両方によって供給され
るアレルギ反応として劇症型のハロタン肝炎が生じると
ている.血流量としては肝動脈由来の血流が総肝血流の
考えられている.これらの研究の結果, ハロタン麻酔
25〜30%,門脈由来の血流が70〜75%とされている.酸
に伴って原因不明の発熱および黄疸が出現した場合,そ
素供給量としては酸素飽和度の高い肝動脈血流の寄与が
の患者に対するハロタンの再使用を控えるべきである
大きく,45〜50%が肝動脈血流由来と考えられている.
との警告がなされている.
門脈血流,すなわち消化管血流は心拍出量の減少に
よって有意に減少する.また,消化管の血管の神経支配
2. その他の吸入麻酔薬による肝障害
図 2 に示したようにエンフルラン,イソフルラン,デ
は交感神経α受容体が優位であり,交感神経系の活性化
によって血管収縮が生じ,血流が低下しやすい.
スフルランの代謝過程でもTFA およびその類似物質が
したがって,門脈血流は手術侵襲による交感神経系活
生成される.ただし,エンフルラン,イソフルランの代
性化,循環血液量不足,低心拍出量などによって容易に
謝率がそれぞれ,約2.5%,約0.2%とハロタンより低く,
減少すると考えられる.門脈血流が減少した際に肝動脈
デスフルランの代謝はイソフルランよりさらに少ない.
血流が増加し,総肝血流を維持する機構が存在し,肝動
したがって,TFAの産生量も有意に低い.これらの麻
脈緩衝反応(hepatic arterial buffer response:HABR)
酔薬による肝障害の報告例はエンフルランで約 50 症例
と呼ばれている5).
だが,イソフルラン,デスフルランではごく少数である.
一方,図 3 3)に示したセボフルランの代謝過程ではヘキ
サフルオロイソプロパノールが生成されるが,TFA は
CF3
生成されないためハロタン類似の肝炎は発生しないと
H
C
H
O
C
F セボフルラン
考えられている.ヘキサフルオロイソプロパノールおよ
H
CF3
びセボフルランとソーダライムが反応して生成される
compound Aのいずれも肝障害を引き起こす可能性は少
チトクローム P450
ないとされている.
CF3
3. 麻酔薬による肝障害に関するコンセンサス
H
これらの点を踏まえて,現時点でのコンセンサスとし
C
O
H
+
フッ化物
イオン
CF3
ヘキサフルオロ
イソプロパノール
ては以下のようにまとめられている4).①特に有用性が
証明されている適応がある場合以外はハロタンを成人に
使用するべきではない.②フッ化吸入麻酔薬で術後肝毒
グルクロン酸抱合酵素
性が生じた場合は,将来の再投与を避けるべきである.
CF3
③小児でもハロタン肝炎の報告はあるが,ハロタンは小
H
児麻酔では選択肢の1つである.④エンフルラン,イソ
C
O
グロクロニド
CF3
フルラン,デスフルランはハロタンよりも安全である.
⑤麻酔薬誘発性肝炎は除外診断でしか診断できない.
図3
セボフルランの代謝(文献 3より引用・改変)
Anesthesia 21 Century Vol.11 No.3-35 2009 (2181) 29
図 4 にラットにおけるHABRを示した 6).段階的に門
の拡張が生じ,肝動脈血流が増加すると考えられている.
脈血流( )を減少させると肝動脈血流( )が増加し,
肝酸素供給量が維持されることが示されている.
HABRの機序としては以下のように考えられている.
麻酔薬による肝血流への影響
すなわち,肝小葉へ肝動脈と門脈の分枝が流入する部分
では両者が接近して存在する.この部位では肝細胞から
ハロタンは現在使用されている吸入麻酔薬と比較して
細胞間隙へアデノシンが持続的に放出されており,門脈
循環系への抑制作用が強い.実際に血流計を肝動脈,門
あるいは肝動脈の血流によって除去されている.門脈血
脈に埋め込んだイヌを用いて吸入麻酔薬の肝血流への影
流が低下し,門脈血流によるアデノシンのクリアランスが
響を検討した報告では,ハロタンは用量依存性に肝動脈
低下すると,この部位のアデノシン濃度が上昇し,肝動脈
血流を減少させる作用が強い 7)
(図 5 ).ハロタンによる
枝に存在するアデノシン受容体を刺激するため,肝動脈
肝動脈血流の減少は心拍出量減少およびHABRの抑制に
よると考えられている.これらの点からイソフルラン,
(A)
正
セボフルランが臨床使用される以前は,肝機能障害患者
常
にはNeurolept anesthesia(NLA)が推奨されていた.
18
一方,イソフルラン,セボフルランでは投与濃度を増
16
加させても肝動脈血流が維持されることが示されてい
14
る.いずれもハロタンと比較して心拍出量減少作用およ
12
びHABR抑制作用が軽度なためと考えられている.また
10
§
8
#
素需給バランスに及ぼす悪影響は少ないと考えられてい
*
6
プロポフォールについてもハロタンと比較して肝臓の酸
る.したがって,肝機能正常の患者においてはセボフル
4
ラン,イソフルラン,プロポフォールのいずれの麻酔薬
2
を用いても肝細胞に対する障害性という点では大差ない
0
Ⅰ
Ⅱ
(B)
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
ものと考えて差し支えないであろう.
肝硬変あり
20
肝動脈血流量(mL/min/100g)
血流量(mL /min)
20
血流量(mL /min)
18
16
14
12
10
8
*
6
#
#
4
2
0
Ⅰ
Ⅱ
門脈血流
図4
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
*:Ⅰ,Ⅱに対してP<0.05,♯:Ⅰ,Ⅱ,
Ⅲに対してP<0.05,
§:Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳに対してP<0.05.
30
(2182) Feature Articles
20
*
10
*
0
0.0
1.0
1.5
2.0
相対的麻酔薬濃度(MAC)
セボフルラン
イソフルラン
肝動脈血流
ラットにおける肝動脈緩衝反応
(文献 6より引用・改変)
30
図5
エンフルラン
ハロタン
吸入麻酔薬による肝動脈血流への影響
(文献 7より引用・改変)
*:イソフルラン,セボフルランに対してP<0.05.
Hepatotoxicity and Protective Effects of Anesthetics
よる炎症反応,が重要であると考えられている.
障害肝に対する麻酔薬の作用
1. 肝虚血に対する虚血プレコンディショニング
肝細胞障害の典型的な病態としては肝硬変が挙げられ
虚血- 再灌流障害を予防する手段として虚血プレコン
る.肝硬変の病態としては,①血管拡張および動静脈
ディショニングが注目されている.これは短時間の虚血
シャントの増加による末梢血管抵抗の減少,②心拍出量
および再灌流のサイクルによってその後の虚血に対する
の増加,③代償期では動脈圧,前負荷,心拍数には著変
臓器の耐性が向上する現象をさしている.
なし,④循環血液量は不変あるいは増加し,内臓領域の
肝臓においても虚血プレコンディショニングの有用性が
血液量が増加,中心部血液量は減少,⑤心筋症の可能性
示されている11〜13).いずれも肝切除の際の部分的血行遮
あり,⑥混合静脈血酸素飽和度の上昇,⑦カテコラミン
断による30分間あるいはそれ以上の全肝虚血が対象であ
に対する反応性の低下,⑧肝臓以外の内臓,肺,筋肉,
り,10分間の虚血および 10分間の再灌流による虚血プレ
皮膚への血流増加,⑨門脈血流減少,肝動脈血流は維持
コンディショニングを負荷した報告が多い.認められる肝
され,総肝血流量が減少,⑩腎血流は不変あるいは減少,
保護作用としては肝逸脱酵素の上昇抑制,肝細胞内ATP
8)
などの所見が挙げられている .これらの所見のうち門
濃度減少の抑制,炎症性サイトカインの上昇抑制,肝細
脈血流の低下,肝動脈血流の維持という所見は図 4 B 6)
胞および肝類洞上皮細胞のアポトーシス抑制などである.
のパネルにも示されている.肝血流の維持に関しては高
心拍出量,血管拡張およびHABRの関与が大きく,心拍
2. 肝虚血に対する麻酔プレコンディショニング
出量,HABRに対する悪影響の少ない麻酔薬の方が有利
心臓や中枢神経系においては麻酔薬,特に吸入麻酔薬
8)
であると推察される .
が虚血プレコンディショニング類似の保護作用を示す
肝硬変患者における麻酔薬の比較に関しては,Child A
ことが報告されており,麻酔プレコンディショニング
に分類される肝硬変患者に対してセボフルランとイソフ
(anesthetic preconditioning)と呼ばれている.肝臓に
9)
ルランを比較した報告がある .この報告ではイソフル
おいても麻酔プレコンディショニングに相当する保護効
ラン麻酔群で有意に術後肝逸脱酵素が高値を示している
果を示した報告がなされており,以下に紹介する.
が,その差は大きくなく,臨床的な意義は少ないと考え
られている.また肝硬変患者におけるプロポフォールと
3. 大動脈遮断による肝虚血-再灌流と麻酔薬
その他の麻酔薬との比較は見あたらないが,おそらく肝
○ハロタン vs. NLA14)
細胞に及ぼす作用に関してセボフルラン,イソフルラン
と大きな差異はないものと考えられる.
ウサギを用いて下行大動脈を40分間遮断し,肝臓を含
む腹部内臓全域の虚血を負荷した実験において,ハロタ
ン投与群では NLA 群と比較して有意に肝逸脱酵素が高
値をとった.この点からもハロタンは肝保護的に作用し
肝虚血の病態生理 10)
ないと考えられる.
肝臓の血流が低下し,虚血性肝障害が生じる状況とし
○イソフルラン vs.セボフルラン15)
ては,大動脈手術における大動脈遮断,肝切除術中の肝
この研究ではラットを対象として 45 分間の肝部分虚
血行遮断および体外循環中の低灌流が挙げられる.肝臓
血による肝障害および肝細胞エネルギ代謝,炎症反応
が心臓,中枢神経系と異なる点は肝細胞に再生能がある
と麻酔薬の関係を検討している.検討対象はケタミン
点と組織マクロファージであるKupffer 細胞の関与が大
50mg/kg筋注のみ(対照群),ケタミン筋注+セボフルラ
きいことが挙げられる.
ン 2 %あるいはケタミン筋注+イソフルラン1.5%の 3 群
虚血による肝障害の発生機序として,①再灌流後の肝
であり,再灌流後の肝組織血流,肝逸脱酵素,炎症性サ
細胞のアポトーシス,②肝類洞上皮細胞からの一酸化窒
イトカイン,肝細胞エネルギチャージを比較している.
素産生低下による肝血流低下,③Kupffer 細胞活性化に
再灌流後の肝組織血流,アスパラギン酸アミノ基転移
Anesthesia 21 Century Vol.11 No.3-35 2009 (2183) 31
酵素(aspartate aminotransferase:AST),アラニンア
セボフルランがイソフルラン,ケタミンと比較して強い
ミノ基転移酵素(alanine aminotransferase:ALT)の
保護作用を有することが示されている.
経時的変化を図 6 に示した.いずれの評価項目において
もセボフルランにより虚血- 再灌流障害が軽減されたこ
○セボフルラン vs.プロポフォール 16)
とが示されている.また,肝細胞エネルギチャージおよ
この研究はブタを対象として90分間の胸部下行大動脈
び病理学的検討においてもセボフルラン群においてイソ
遮断による肝虚血と麻酔薬の関係を検討している.体重
フルラン群,対照群よりも虚血による変化が軽度であり,
AST
140
120
100
80
60
40
20
0
*
AST(U/ L)
肝組織血流(%)
6,000
4,000
-30 -15 0
5
*
0
ALT(U / L)
1,000
800
T4
T5
T9
ALT
遮断
*
*
50
ns
プロポフォールorセボフルラン ミダゾラム
T1
10,000
1,000
8,000
LDH(U/ L)
0
600
T3
遮断
遮断前 遮断解除時
対照群
イソフルラン群
2hr
ns
ns
遮断解除
*
ns
プロポフォールorセボフルラン ミダゾラム
T3
4hr
プロポフォール群
T4
時間
T5
T9
セボフルラン群
セボフルラン群
図7
6 ラットを用いた肝虚血に対するイソフルランと
セボフルランの比較(文献 15より引用・改変)
*:対照群,イソフルラン群に対してP<0.05.
(2184) Feature Articles
T9
ns
T1
0
T5
4,000
0
*
T4
血清LDH
6,000
2,000
400
ns
ns
*
800
遮断解除
100
400
ALT(μL)
T3
150
0
600
200
ns
セボフルラン群
1,200
32
ns
*
プロポフォールorセボフルラン ミダゾラム
T1
遮断解除後
1,400
図6
ns
200
対照群
イソフルラン群
200
遮断解除
2,000
15 45 5 15 30 60
遮断中
遮断
3,000
1,000
(min)
遮断前
AST(μL)
5,000
ブタにおける下行大動脈遮断による肝虚血と麻酔
薬(文献 16より引用・改変)
*:セボフルラン群に対してP<0.05.
T 1:遮断前,T3:遮断後75分,T4:遮断解除 5 分,
T5:同60分,T9:同300分.
Hepatotoxicity and Protective Effects of Anesthetics
29kgのブタをプロポフォール10mg/kg/hrとフェンタニ
4. 人工心肺による肝障害と麻酔薬
ル45μg/kg/hrによる全静脈麻酔とセボフルラン 2 %およ
○セボフルラン vs.プロポフォール17)
びフェンタニル45μg/kg/hrによるセボフルラン麻酔を
人工心肺を用いる心臓手術においては消化管領域への
実験開始から再灌流 2 時間後まで行い,その後両群とも
酸素供給が低下しやすく,肝機能に対する悪影響があり
ミダゾラム,フェンタニルによる麻酔に変更するという
うると考えられている18,
プロトコールを用いている.
術を受けた患者320症例を対象としてセボフルラン麻酔
19)
.人工心肺下冠動脈バイパス
本実験におけるAST,ALT,乳酸脱水素酵素(lactate
とプロポフォール麻酔による術後肝逸脱酵素を比較し
dehydrogenase:LDH)の経時的な変化を図 7 に示した.
た報告がある(図 8 ).図に示したようにAST,ALT,
セボフルラン群において再灌流後の肝逸脱酵素の上昇が
LDH いずれの濃度もセボフルラン群で有意に低値であ
抑制され,セボフルランが虚血- 再灌流障害に対して有
り,肝機能の点からはセボフルランが有利であることが
意な保護作用をもつことが示されている.
示唆された.
プロポフォール群
80
80
60
*†
*†
*†
*†
40
*†
75%
中央値
25%
LDH(U/L)
80
80
60
60
†
†
*†
20
†
75%
中央値
25%
1,200
*†
*†
600
*†
*†
75%
中央値
25%
400
*
75%
中央値
25%
*
*
1,000
*
*
800
*
75%
中央値
25%
600
400
200
200
PO
図8
*
20
1,200
*†
*
*
40
0
800
中央値
25%
*
0
1,000
75%
*
40
0
†
*
*
60
0
40
*
*
20
ALT(U/L)
ALT(U/L)
20
AST(U/L)
100
LDH(U/L)
AST(U/L)
セボフルラン群
100
T0
T6 T12 T24 T48
時間
PO
T0
T6 T12 T24 T48
時間
冠動脈バイパス術の麻酔薬と術後肝機能(文献 17より引用・改変)
PO:手術開始前,T0〜T24はそれぞれ ICU到着後の時間経過を示す.
*:手術開始前に対してP<0.05.†:プロポフォール群に対してP<0.01.
Anesthesia 21 Century Vol.11 No.3-35 2009 (2185) 33
5. 肝切除時の肝門部血行遮断と麻酔薬
まとめ
○セボフルラン vs.プロポフォール 20)
30分以上の肝血行遮断を行う症例を対象としてセボフ
ルランとプロポフォールを比較したランダム化比較試験
麻酔薬による肝障害性および肝保護作用について概説
の結果が最近報告されたので紹介する.プロポフォール
した.肝障害性は代謝産物によって直接的に肝細胞が障
群では手術中を通してプロポフォールとレミフェンタニ
害される場合と麻酔薬の代謝産物であるトリフルオロ酢
ルによる全静脈麻酔が用いられている.一方,セボフル
酸と肝細胞構成タンパク質の結合部に対する免疫惹起性
ランプレコンディショニング群では当初,対照群と同じ
の肝炎とがあり,前者の代表的な病態がクロロホルムに
完全静脈麻酔による麻酔管理を行い,血行遮断の30分前
よる肝障害であり,後者の代表的病態がハロタン肝炎で
から血行遮断開始までの間,1.5 MAC のセボフルラン麻
あった.一方,今日広く用いられているセボフルラン,
酔に変更し,血行遮断開始と同時に全静脈麻酔に戻すプ
イソフルラン,プロポフォールいずれも肝細胞障害性は
ロトコールが用いられている.
ないといって差し支えなく,肝血流に及ぼす影響も差異
主な結果を表 1 , 2 に示した.血行遮断開始前の 30 分
がない.したがって,現在では健常人,肝硬変患者を含
間のみセボフルラン吸入を行ったセボフルランプレコン
めて麻酔薬による肝機能への影響はほとんどないと考え
ディショニング群で,術後の肝逸脱酵素の最高値が低く,
られる.一方,肝虚血に対する虚血プレコンディショニ
NO産生の抑制が少なく,全ての合併症の頻度,および
ングおよび麻酔薬プレコンディショニングによる保護作
重篤な合併症の頻度のいずれもが有意に低下することが
用が検討されている.大動脈遮断,人工心肺,肝門部血
明らかとなった.また,サブグループ分析では,60歳以
行遮断などによって生じる肝虚血- 再灌流ではセボフル
上の患者,術前脂肪肝と診断された患者,術前化学療法
ランを用いることによって他の麻酔薬よりも肝障害の程
を施行した患者では,より肝逸脱酵素の上昇が抑制でき
度が軽減されることが示されており,セボフルランによ
ることが示されている.
る麻酔薬プレコンディショニング効果が期待できる.
表1
肝切除中の血行遮断に対するセボフルランプレコンディショニングによる肝機能への作用(文献 20より引用・改変)
セボフルランプレ
コンディショニング群
(n=30)
対照群(n=34)
補正後の数値差およびP値
ALT最高値(U/ L)
463.53 ± 287.95
717.71 ± 497.47
261.48(P=0.01)
AST最高値(U / L)
507.53 ± 291.76
733.35 ± 636.51
239.10(P=0.05)
33.67 ± 26.89
44.47 ± 63.93
12.91(P=0.39)
5.96 ± 7.12
1.3 ± 1.15
-4.4(P=0.001)
ビリルビン最高値(mmol / L)
iNOS mRNA発現(対 baseline 比)
結果は平均±標準偏差で表示.
年齢,baselineでのビリルビン値,脂肪肝の有無,術前化学療法の有無,血行遮断時間,baselineでのALT/AST 値で補正.
表2
肝切除中の血行遮断に対するセボフルランプレコンディショニングによる予後への影響(文献 20より引用・改変)
セボフルランプレ
コンディショニング群
(n=30)
34
対照群(n=34)
相対リスクおよびP値
全ての合併症件数(%)
9(30.0)
22(64.7)
0.46(P=0.006)
重篤な合併症件数(%)
2 (6.7)
9(26.5)
0.25(P=0.05)
ICU入室件数(%)
4(13.3)
9(26.5)
0.50(P=0.23)
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Hepatotoxicity and Protective Effects of Anesthetics
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