農事組合法人の持続的発展を目的とした暗黙知の可視化

農事組合法人の持続的発展を目的とした暗黙知の可視化
鳴海 奨(新潟大農),長谷川英夫(新潟大自然科学系)
1. はじめに
日本の農業就業人口は年々減少しており,農業従事者の高齢化も顕在化している。また,農事組合法人の多く
は創業者世代の引退時期に直面しており,いわゆる 2007 年問題と同様に篤農家技術の次世代への技能伝承が課
題となっている。本研究は,篤農家の持つ暗黙知を可視化することによって,当該法人が技術・技能を効率的に
継承し,収量・品質を損なうことなく持続的発展を果たすことを目的としている。
2. 調査対象法人及び分析方法
調査対象法人は,新潟県中越地方の川通北地区に所在する農事組合法人尾崎泉地区生産組合である。当該法人
は 2007 年度に基盤整備を行ったことにより,全国的にも高い集積率を有することに加え,ライスセンターを所
有している。
このことから水稲収量に関して正確なデータを入手しやすいため,
当該法人を研究対象法人とした。
使用データは,当該法人を所管する刈谷田川土地改良区の農地情報と当該法人の 2007 年度から 2011 年度の水稲
収量データである。
前者は電子地図を作成する際に,
後者は作成した電子地図に関連付ける情報として使用した。
使用ソフトは ArcGIS10.0(ESRI 社製)である。
刈谷田川土地改良区の農地情報及び ArcGIS10.0 を使用して,当該法人の電子地図を作製した。農地情報を
Google や Bing が提供する空中写真と照合し,ArcGIS によってポリゴンを作成し,そのポリゴンに地番及び地積
を入力した。この処理により水稲収量データを地番に関連付けることが可能となる。さらに,水稲収量データに
含まれる各年度の精玄米量,当該農地の生産者名,栽培水稲の品種名を表示した。
図 1 調査対象法人
図 2 電子地図による水稲収量の可視化
3. 電子地図の作成と関連情報の入力
電子地図上に水稲収量及び生産者名を表示することによって,年度ごとの水稲収量の推移及び生産者名が農地
毎に確認することを可能とした。これにより,農地間あるいは生産者間の水稲収穫量の差異を組合員が視覚的に
理解することが可能となる。さらに,機械移植と機械収穫以外の中間管理を再委託された組合員は,自らの施肥
量・施肥方法や水管理などの収量への影響を定量的に評価することが容易となる。
また,当該法人は 2007 年度に基盤整備によって農地の集積率を向上させたが,これにより若手生産者から農
地の所在確認が困難であるとの声が寄せられていた。そのため,電子地図上に生産者名を表示することにより,
組合員の農地の判別を容易にするよう配慮した。
4. 考察
電子地図上に年度毎の水稲収量データを関連付けることによって,
各農地の水稲収量の推移,
水稲栽培品種名,
生産者名を視覚的に把握することを可能とした。しかし,電子地図は刈谷田川土地改良区から入手した農地情報
に基づいており,現在の地形と必ずしも一致しているものではなく,また地番や地積なども異なる農地が存在す
る。したがって,電子地図を最新版に更新する必要があるとともに,農事組合法人との連携を密にすることによ
って,次世代に引き継ぐべき暗黙知を決定し,その情報を表示する必要があると考えられた。
また,農事組合法人が持続的に発展するためには,技術・技能に係る暗黙知の継承のみならず,農業に関する
基礎知識の習得も必要となる可能性がある。当該法人組合長への聞き取り調査から,法人に所属する農家のうち
水稲栽培の作業手順を正確に理解している人は全体の 2,3 割程度との回答を得た。このことから,篤農家の技
術・技能を有する世代が引退した場合,
著しい収穫量の減少や品質の低下を招く可能性が指摘できた。
そのため,
暗黙知のみならず農業に関する基本的な作業技術を若手生産者に効率的に継承できるかを検討する必要がある。
5. 今後の課題
今後の課題として,まず暗黙知の可視化方法の簡素化が挙げられる。現在の可視化方法は市販表計算ソフトを
用いて作成された水稲収量データを ArcGIS で表示する手法である。この方法では,水稲収量データを地番に関
連付けて電子地図上に表示するため,
水稲収量データを市販表計算ソフトで作成する手間が必要となる。
さらに,
この方法はその農地の状態を視覚的に理解することが可
能となる半面,文字情報を扱うことが難しく,農業に関
する基本的な作業技術の習得を目的とする場合には不向
きである。
また,導入費用及び技術習得という点からの課題も挙
げられる。現在の可視化方法は ArcGIS の使用を前提とし
ているため,高額なソフトウェアを購入し,ソフトウェ
ア本体の使用方法の習得する必要がある。
そして,その年の水稲収量データの関連付けに加え,
基盤整備などにより農地の形状や地番に変更がある場合,
農地情報の再設定を行わなければならない。これらの理由
図 3 電子地図による栽培水稲の品種名の可視化
により,可視化方法の機能及び運用に留意しつつ,篤農家
の暗黙知や農業に関する基礎知識を習得することが可能な可視化方法の在り方を検討する。