『絶望の国の幸福な若者たち』

●小論文ブックポート
講談社刊 本体1800円(税別)
〈連載〉小論文ブックポート
●古市憲寿・著
たちとのんびりと自分の生活を楽
しむ生き方」であり、すでに 年
代 か ら 指 摘 さ れ て い た。「 年 代
以降に『中流の夢』が壊れ、『企業』
の正式メンバーにならない若者が
増える中で、いつまでもコンサマ
トリーでいられる若者が増えて
行った」と著者は見る。
若者の「幸せ」の理由には「仲
間」がある。2010年の内閣府
「 国 民 生 活 選 好 度 調 査 」 の「 幸 福
度 を 判 断 す る 際、 重 視 し た 事 項 」
を見ると、 ~ 歳の若者の ・
4%が「友人関係」と答えており、
他世代に比べて突出して高かった。
元早大野球部主将・斎藤佑樹投
手が語った「何か持っていると言
わ れ 続 け て き ま し た。 今 日 何 を
持っているのか確信しました……
それは仲間です」との決めゼリフ
や、 爆 発 的 に ヒ ッ ト し つ づ け る、
『 O N E P I E C E 』 の 基 本 思
想、「 仲 間 の た め に 」 な ど は、 そ
うした若者たちの象徴でもある。
かつての団塊の世代やバブル期
の若者とは異なり、今の若者の趣
向は多種多様で、もはや「若者文
化」と呼ばれるものはない。その
よ う な 時 代 に「『 一 人 じ ゃ な い こ
と』を確認するためには、物理的
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る」のである。
著者はこうした日本の若者の姿
を、苛酷な労働環境と低賃金でも
満足して暮らす、現代中国の「農
民工」に重ね合わせる。それは新
たな「階級社会」が日本にも現わ
れたことを意味する。こうした日
本 の 若 者 の 姿 は、「 ど ん な 場 所 に
生まれても、どんな家に生まれて
も『ナンバーワン』を目指すこと
が で き る『 近 代 』 と い う 時 代 が、
いよいよ臨界点に達したことの象
徴」だと、著者は見るのである。
戦後の豊かさを築いた世代には
本書は「シニカルな一冊」だ。あ
る大学人は「こうした若者の意識
が強まると、戦後に築いてきたも
のが総崩れするのではないか」と
の危機感を募らせていた。が、本
書に現われているのは、従来のよ
うに「経済成長」が叶わなくなっ
た社会で個人は何を足場に生きて
いけばいいのか、本質的な問いを
前に若者自身が漂う様子である。
親世代のリタイアによる「本格
的な貧困」を前に社会がすべきこ
と は 何 か、 若 者 自 身 が ど う 向 き
合っていったらよいのか。高校生
も自らに関わるテーマとして、読
んでほしい。 (評=福永文子)
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『絶望の国の幸福な若者たち』
治参加、海外旅行や留学生数と地
いた。今は幸せだが、将来に対し
%近い失業率や不安定な非正
規雇用など、現代を生きる若者の
元志向、消費動向などを多角的に
ては不安を持つ姿が浮かび上がっ
窮状を訴える声は多い。海外では
見 な が ら、「 世 の 中 が 騒 い で い る
てくる。
こうした若者の大規模なデモなど
ほど『内向き』とまでは言えない
著者はここで大澤真幸の言を用
が聞かれるが、日本の若者は総じ
が、『 外 向 き 』 と 言 い 切 れ る わ け
いて若者の意識を読み解く。高度
ておとなしい。また海外への留学
でもない」「微妙な感じ」と言う。 経 済 成 長 期 や バ ブ ル 期 の 若 者 は、
者の減少などから若者の「内向き
著者が注目するのが、自らの現 「 今 日 よ り も 明 日 が よ く な る 」 と
論」もよく聞かれる。
状を「幸せ」だと感じる若者の意
信じることができたからこそ、「今
は不幸」だけど、いつか幸せにな
こうした若者の姿を考えるべく、 識である。例えば内閣府の「国民
古市憲寿著『絶望の国の幸福な若
生 活 に 関 す る 世 論 調 査 」 で は、 る「希望」を持てた。しかし、今
者たち』
( 講 談 社 刊 ) を 読 む。 本
2010年時点で 代男子の ・
の若者の前にあるのは「終りなき
書は日本の「いい学校、いい会社、 9%、 代女子の ・2%が現在
日常」だけだ。「人は将来に『希望』
いい人生」モデル(日本型メリト
の幸せに「満足している」と答え
を な く し た 時、『 幸 せ 』 に な る こ
クラシー)と「総中流」の崩壊を
ている。若者の満足度は過去最高
とができる」と著者は結論づける。
背景に、現代の若者の社会意識を
レベルなのである。
こうした若者の意識は「コンサ
明らかにしたものだ。
マトリー」という概念で説明でき
ただし、同じ調査で「日ごろの
生活の中で、悩みや不安を感じて
る。 コ ン サ マ ト リ ー と は、「 今、
若者のコン サ マ ト リ ー 化
いる」 代の割合は1990年代
ここ」の身近な幸せを大事にする
以 降、 上 昇 し 続 け て お り、
感
性
の
こ
と
。
何
ら
か
の
目
的
に向け
2010年では ・1%に上って
て ま い 進 す る の で は な く、
「仲間
日常』と日常をつなぐ経路が確保
さ れ た の な ら ば、『 内 向 き 』 の は
ずの若者たちも動きだす」のだ。
こうした「非日常」の場として、
著者はサッカーのワールドカップ
での応援や、社会運動、ボランティ
アをする若者にスポットを当てる。
彼 ら か ら 見 え て く る の は、「 閉 塞
感 を 紛 ら わ す 表 現 活 動 」 と 共 に、
自分自身を承認してもらう「居場
所探し」の意識である。
興 味 深 い の は、 若 者 が「 公 共 」
や「社会」「政治」に向かうのは、「自
分たちの身近な世界が変わってし
まうかもしれない」との危機感を
持った時、との著者の指摘だ。こ
こに若者の身近な生活圏(親密圏)
と「社会」という大きな世界(公
共圏)をつなぐ鍵がある。
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貧困は未来の問題
こうした絶望的な状況の中でも、
当 の 若 者 た ち は「 幸 せ で い ら れ
る 」。 著 者 は こ の「 幸 福 感 」 の 中
身を「経済的な問題」と「承認の
問題」に分けて考察する。経済面
では、若者にとって自らの貧困は
「未来の問題」であり、リアリティ
が な い。 そ れ を 支 え て い る の は、
「ある程度裕福な両親と同居して
い れ ば 何 の 問 題 も な い 」 と い う、
「 家 族 福 祉 」 の 現 状 で あ る。 若 者
の貧困が本当に顕在化してくるの
は、今から ~ 年後、親世代の
介護が必要になってからになる。
一方「承認の問題」は貧困より
も若者にとって切実な問題である。
先 述 し た 若 者 が 重 視 す る「 仲 間 」
は、「承認」に深く関わっている。
また今は承認欲求を満たしてくれ
るものは「無数」ある。例えばソー
シャルメディア。これらは小さな
「みんな」をたくさん生み出し、「誰
でもマスメディア感覚」を味わう
ツールとなっている。「フォロワー
に賞賛され、たくさんの人にリツ
イートされることだけで、多くの
人はただ満足してしまう」
。こう
した「お手軽な承認社会」で、「若
者たちは社会の様々な問題を解決
せずとも生きていけるようにな
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主要国でも最悪の財政赤字、少
子高齢化による社会保障費の増大、
雇 用 問 題 ……。 こ れ ら を 見 る と、
日本の「絶望の国ぶり」は明らか
だ。さらに今後は「正社員」や「専
業主婦」など、既存の社会システ
ムの「大人」になれない人が増え
る。その意味で日本は「一億総若
者化」時代に入ると著者は言う。
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例えば「若者の内向き論」はど
うか。著者は様々な社会意識や政
に『仲間』と一緒にいるのが一番
手っ取り早い」のである。つまり、
現代に生きる若者の幸せの本質は、
「 ま る で ム ラ に 住 む 人 の よ う に、
『 仲 間 』 が い る『 小 さ な 世 界 』 で
日常を送ること」なのだ。
若者には年収数十億のセレブも
いれば、コンビニで時給900円
のバイトをする人もいる。
だが
「自
分たちの幸せを測る物差しにする
の が、 自 分 と 同 じ『 小 さ な 世 界 』
に属する『仲間』だとすれば、『仲
間』以外の世界がどんな状況に
なっていようと関係がない」
。
ただし、仲間と過ごす日常も長
続 き す る と「 閉 塞 感 」 を 起 こ す。
著者は 歳前後の若者から「何か
をしたい」
「このままじゃいけな
い」というセリフをよく聞く。彼
らは「わかりやすい『出口』があ
れば、
喜んでその扉を開ける」
。「自
分のつまらない日常を変えてくれ
るくらいの
『非日常』
が到来し、『非
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