鉄道電力供給システムからの超電導技術への期待

第 4 回超電導応用研究会シンポジウム予稿
鉄道電力供給システムからの超電導技術への期待
林屋 均
佐藤 孝一
鈴木 高志
飯野 友記
森田 祐一
(東日本旅客鉄道株式会社)
1. はじめに
独立行政法人科学技術振興機構(JST)の下で行わ
れている戦略的イノベーション創出推進プログラム
(S-イノベ)の一つとして、研究開発テーマ「超伝導
システムによる先進エネルギー・エレクトロニクス産
業の創出」が平成 21 年度(2009 年度)から概ね 10 年
の計画で進められている。同研究開発テーマは、5 つ
の課題から構成されており、その中の一つが、鉄道総
合技術研究所等が中心となり進められている「次世代
鉄道システムを創る超伝導技術イノベーション」であ
る。筆者らが所属する東日本旅客鉄道株式会社(JR 東
日本)も、西日本旅客鉄道株式会社(JR 西日本)や東
京地下鉄株式会社(東京メトロ)などとともに、同課
題を推進するために鉄道総合技術研究所を継続的に支
援してきた。
今回、超電導応用研究会にて第4回シンポジウム「超
高効率に走行する電気鉄道は、環境に優しい乗り物と
して注目されている。この間、直流1.5kVへの昇圧、交
流電化、直流モータからインバータ制御の交流モータ
へ、さらには回生車両の実用化、そして最近ではその
回生電力をより有効に利用するためのリチウムイオン
電池などの電力貯蔵技術の導入など、鉄道電気技術も
少しずつ革新を続けてきた。次は何か。車両の運行と
電力供給を協調することでより高効率な運転を目指す
スマートグリッド技術(1)、長く続いた接触集電方式を
抜本的に変革する非接触供給技術、そして本シンポジ
ウムで取り扱う超電導技術などが、新たな変革をもた
らす将来技術として期待されるところである。本シン
ポジウムが、そうした超電導技術の研究開発に携わる
諸兄の一助となれば幸いである。
2. 鉄道電力供給システムの概要
電導技術の高効率鉄道システムへの適用可能性」を行
日本の電気鉄道の電圧レベルは、主に都市部(関東
うに際し、事業者の立場から超電導技術への期待をま
甲信越から東海・近畿・中国地方)に用いられている
とめてほしいとの依頼を受けた。超電導技術がいつご
直流 1.5kV、地方在来線に用いられている交流 20kV、
ろ鉄道分野で実用化されるかと問われれば、個人的に
そして新幹線の交流 25kV に分類できる。図 1 にその
は「まだ10年はかかるだろう」と答える。期待は高い
分布を示す。
が課題も多い。本稿では、現状の鉄道電力供給システ
ムの問題点を幾つか挙げる。超電導技術実用化に向け
ての課題を解決する上では、その課題解決を行うため
にどれくらいのコストをかけて構わないか、というこ
High Speed Railway
A.C. 25kV
Conventional Railway
D.C. 1.5kV
とが重要である。したがって、現状技術の問題点を認
A.C. 20kV
Aomori
識することが、超電導技術開発のターゲットを見定め
Akita
るのに役立つのではないか、と思ってのことである。
Niigata
折しも、2011年はカマリン・オンネスが超電導を発
見して100年の記念の年であったことはよく知られて
いる。その間、数多くの技術者・研究者の貢献により、
Morioka
Nagano
Hiroshima
Sendai
Fukushima
Kyoto
Hakata
Nagasaki
超電導技術は着実に進歩してきたことであろう。鉄道
はと言えば、その前年の2010年に、日本初の「電車」
Sapporo
Hakodate
Osaka
Nagoya
Tokyo
Kumamoto
が上野の第3回内国勧業博覧会で藤岡市助博士らによ
り披露されてから120周年を迎えた。以降、鉄道電化は
国策として推進され、架線から電力を供給することで
Kagoshima
図 1 日本の電気鉄道(JR 各社)の電圧階級
本稿ではこれらのうち、特に低電圧であるために必
向に電流が振れているのは、その回線に在線している
然的に大電流の電力供給システムとなる直流 1.5kV の
列車からの回生電力が変電所まで戻ってきている状況
き電システム(鉄道への電力供給システムを「き電シ
であり、直流母線を介して他の回線の列車に供給され
ステム」と呼ぶ)を取り上げ、その特徴・課題をまと
る。多くの直流電気鉄道では、整流器としてシリコン
める。図 2 に直流き電システムの概要を示す。なお、
ダイオードによる不可逆な整流器を用いているため、
鉄道電力供給システムについての詳細は、文献(2)など
電力は交流側に戻されることはない。このため、回生
を参照されたい。
電力を消費する列車が近傍に存在しない場合には、そ
の電力を遠方に送るために回生車両のパンタグラフ電
AC22
ex. AC 22kV
Receiving
圧を上昇しなくてはならず、一定の電圧以上では車両
Traction substation
止する、いわゆる回生失効が生ずる。
AC1.2
AC6.6
AC 6.6kV
Distribution
DC 1.5kV
Traction
Distribution line
2000A/div
Catenaries system
図 2 直流き電システムの概要
11H: 0A
Current [A]
DC1.5
側で回生を絞り込み、最終的には回生電力の供給を停
12H: 0A
13H: 0A
14H: 0A
直流電鉄用変電所は、列車負荷の多い都市部では 3
∼5km 間隔程度、地方では 5∼10km 間隔程度に設備
されており、電力会社等から 22kV などで受電された
電力が整流器用変圧器により 1.2kV に降圧、シリコン
0
100
200
300
400
500
Time [s]
図 3 山手線日暮里変電所の負荷事例
整流器により整流され直流 1.5kV とされたのち、線路
沿線のき電回路に供給される。図 2 には、交流 6.6kV
図 3 に示すように、列車負荷は不規則に、しかし大
の配電回路も記してあるが、これは、線路沿線の信号
きく変動する。低電圧で大電力を供給する場合、この
設備や駅、踏切などに電力を供給するものである。
ような負荷変動が電圧変動として顕在化する。
図 4 は、
一般電力系統の電圧の許容範囲と比べたき電回路にお
3. 鉄道電力供給システムの特徴・課題
列車の負荷は、首都圏の長大編成では MW オーダと
なる。このような大電力を直流 1.5kV の低電圧で供給
するため、その負荷電流は 1kA 以上となる場合もあり、
多い場合は 1 編成で 3kA 程度となる。図 2 に示すよう
に、直流変電所は隣接する変電所同志で並列接続され、
その間の列車に電力を供給する。このため、在線本数
が多くなればその分変電所からの供給電流も多くなり、
一部の首都圏の変電所では、一回線あたりの最大電流
値を 12kA まで想定し、設備構成している。
図 3 は山手線の日暮里変電所における山手線の回線
の供給電流の推移である。11H から 14H と 4 つの回
線が示されているのは、複線である山手線の内回りと
外回りの、それぞれ日暮里変電所から南方(上野方面)
と北方(池袋方面)への電気回路を示している。この
ように、列車の発車・停止の繰り返しに伴って、2000A
クラスの電流が供給されていることが分かる。負の方
ける許容電圧の範囲の一例である。定格電圧に対して
許容される電圧範囲が、大きく許容されていることが
分かる。十分に大きく電圧範囲が許容されているよう
に思えるが、現実には重負荷線区では電圧の下限値を
遵守するために十分な注意が求められている。特に、
変電所トラブルなどによりある変電所が脱落したよう
な場合には、通常の 2 倍の範囲に隣接する変電所から
電力を供給するため、電圧下限値を守るために列車運
転本数の削減などが余儀なくされる場合もある。
図 5 は、同じく日暮里変電所の常磐線の回線で測定
した負荷実測事例である。同回線は、複数の列車の同
時力行による直流遮断器の過負荷遮断が頻発していた
回線で、12kA の負荷電流まで対応した設備構成とな
っている。図 5 は、2005 年 11 月に 10 日間ほど負荷
測定を行い、8kA 程度の負荷電流が計測された 4 つの
測定データのうちの一つである。このように、複数の
車両の同時力行により過渡的に大電流が発生するが、
その継続時間はわずかである。
4. 超電導技術への期待
130%
24kV
電圧変動の範囲
1800V
30kV
120%
前章でまとめたように、電圧が低いのに比して送電
110%
電力が大きい直流 1.5kV のき電システムには、大電流
6.9kV
6.6kV
100%
1500V
20kV
25kV
90%
22.5kV
80%
60%
置の適用である。図 7 に日本国内で鉄道電力供給シス
900V
特高
66kV
低圧
100V
低圧
200V
直流
交流
1500V
6.6kV
鉄道配電線路 在来線
電圧降下や回生失効がそれであるが、これらへの対策
として最近実用化が進められているのが、電力貯蔵装
16kV
首都圏
1100V
70%
テムに導入された電力貯蔵装置の実例のうち、現在使
交流
20kV
在来線
交流
25kV
新幹線
図 4 き電回路における電圧許容範囲の一例
8000
Current (14H) [A]
送電が故に特有な幾つかの課題が存在する。すなわち、
6.3kV
2005/11/21 Monday
用されているものを示す。20 年以上前に実用化された
京浜急行のフライホイール(4)を皮切りに、近年では JR
西日本がリチウムイオン電池(5)を他社に先駆けて実用
化し、最近ではニッケル水素電池や電気二重層キャパ
6000
シタも実用化されている。図 8 に示すように、これら
4000
の対策としては、贅沢に変電所増設することがもっと
2000
も確実な解決手段であったが、工期・コスト、立地面
などの優位性から、今後は電力貯蔵装置により対策と
0
することが可能性として考えられる。そしてさらに将
-2000
来的には、超電導ケーブルをき電線と並行に(もしく
は代替として)敷設することで、電圧降下の解消や回
-4000
7:40
7:41
7:42
7:43
7:44
7:45
7:46
Time [o'clock]
生電力の有効利用などが期待される。逆に言えば、こ
うした用途での超電導ケーブルの実用化を目指せば、
図 5 常磐線日暮里変電所の負荷事例
数億円のオーダで実現できる他の対策手段と伍するだ
図 6 は、このような稀頻度な大電流の発生を、
Gumbel 分布を仮定して推定した結果の一例である。
新宿変電所では、山手 12H および山手 14H 回線で
12kA、山手 11H 回線で 10kA、山手 13H 回線で 9kA
を想定して設備構成されている。図 6 に示すように、
いずれの回線についても年に一度の過負荷遮断も発生
しないよう、十分な容量をもって設備構成されている
ことが伺える。
けの価格や機能が要求されよう。
リチウムイオン電池を用いた電力貯蔵装置の価格低
下は近年目覚ましく、回生電力利用においても、場所
を適切に選定すれば、投資回収も夢ではないレベルま
で到達している。例えば弊社が本年 2 月から本格運用
を開始した拝島変電所のリチウムイオン電池を用いた
電力貯蔵装置では、年間 1000MWh 前後の節電効果を
期待している。もっとも、事前のき電シミュレーショ
ン結果だけを見ても、想定次第で年間の省エネ効果は
300MWh 程度から 1800MWh 程度までと、様々な推
10000
定が成り立ったため、年間を通じての慎重な評価・検
証が必要であるが、これら実用化されている電力貯蔵
1000
装置 の価格が、 超電導ケーブル や超電導電 力貯蔵
発生周期[日]
(SMES)
、超電導フライホイールを実用化する上での
100
一つの開発目標となるだろう。特に SMES については、
その応答性の良さが回生電力利用においてアドバンテ
10
1
0.1
4000
ージとなると考える見方もあるが、現状のリチウムイ
山手11H
山手12H
山手13H
山手14H
6000
8000
10000
新宿変電所 最大電流[A]
12000
図 6 稀頻度な負荷電流の発生頻度の推定
オン電池は十分な応答特性を備えている。問題は繰り
返し充放電による劣化ということになるが、こちらも
鉄道利用での先行事例では、目立った劣化は報告され
ておらず、リチウムイオン電池で困っていない、とい
うのが現状だろう。むしろ、もう一押しの低価格化を、
というのが最大のニーズである。そうすることで、導
入適地の候補がさらに増えるからである。
況に応じてある程度は変動する。このため、ピークカ
ットを目的として変電所ごとの平準化を目論む場合に
East Japan Railway Company
Since 2013 Li-ion
West Japan Railway Company
since 2006 Li-ion
Seibu Railway Co., Ltd.
EDLC since 2007
Seibu Railway Co., Ltd.
Ohsaka City
since 2010 Ni-MH
EDLC since 2007
Kobe City
since 2007 Li-ion
は、直流電圧値の制御などを同時に行う必要があるか
もしれない。
20,000
平均
Tobu Railway
Li-ion since 2012
Ni-MH
Kagoshima City
since 2007
Kagoshima City
Li-ion since 2007
Li-ion
Tokyo Monorail Co., Ltd.
To be installed in 2012FY
Tokyo Monorail Co., Ltd.
Ni-MH To be installed in 2013FY
Tokyu Corporation
since 2010 Ni-MH
FW
Keikyu Corporation
since 1988
図 7 電力貯蔵装置の適用事例
1
変電所
変電所新設
変電所
15,000
電
流 10,000
[A]
5,000
0
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 0
時刻
図 9 山手線の変電所負荷
2
変電所
変電所
電力貯蔵ポスト建設
5. おわりに
筆者は修士・博士研究で常電導磁気浮上を行ってい
たため、超電導磁気浮上の研究をする仲間も身近にい
3
変電所
変電所
超電導ケーブル導入
た。その後、プラズマ磁気閉じ込めの研究をしたが、
この分野では磁場生成のための超電導コイルが身近で
あった。そして現在、鉄道電力技術に携わっている。
図 8 電圧降下/回生失効対策としての超電導ケーブル
き電線と並行して、もしくは代替として超電導ケー
ブルを敷設するもう一つのメリットは、変電所のピー
クカットである(6)。例えば山手線一周に超電導き電線
を敷設すれば、現在山手線を取り巻いている 12 か所
の変電所から、並列して列車に電力を供給することが
可能となる。図 9 に、山手線のすべての変電所の山手
回線の負荷電流合計値の日変化を示す。変電所により
負荷の分担に偏りがあると同時に、過渡的なピークが
短時間発生している様子が確認できる。一方、図中黒
線で記したグラフは、12 変電所の平均値を示している。
仮に超電導ケーブルにより 12 変電所を並列化するこ
とができれば、各変電所の出力はこの値となり、ピー
クも分担されることになるため、負荷分担の平滑化が
実現され、設備の利用率が向上することが期待できる。
単純にピーク値だけで比べると、12 変電所平均とする
ことで、最大のピーク値は半分程度まで抑制されるこ
とになる。
詳細は文献(6)に報告したが、変電所間を超電導ケー
ブルで接続すると、機器ごとのインピーダンスの違い
や、上位系統からの受電電圧のアンバランスが、変電
所ごとの負荷分担に影響を与えることが心配される。
前者については、設計段階である程度解消することが
できそうであるが、受電電圧については周辺の負荷状
鉄道分野では、なんといっても JR 東海の超電導リニ
アが超電導応用の主役であるが、その他関連技術も身
近になりつつある。思い起こすと、いつも「ちょっと
先の技術」として筆者の身近に存在していた超電導応
用である。超電導研究が俄かに活気づいた高温酸化物
超電導体の発見から四半世紀、携帯電話や薄型テレビ
など「未来」の技術が「身近」な技術になった。一般
の人々に、とはまだ言いにくいが、少なくとも鉄道電
力技術者にとって超電導応用が「身近」になる日が、
一日も早く訪れることを期待したい。
参考文献
(1) 林屋均:
「鉄道とスマートグリッド」.鉄道と電気技術(日
本鉄道電気技術協会誌).Vol.24, No.1, pp.15-19 (2013)
(2) 持永芳文:「電気鉄道技術入門」.オーム社 (2008)
(3) 鈴木高志・石井喬文・吉住浩史・林屋均:「電鉄用変電
所き電電流の分析によるピーク電流発生頻度の推定」.
平成 24 年電気学会全国大会.Vol.5, No.069 (2012)
(4) 中山伸:「第二世代フライホイール式電車線電力蓄勢装
置について」.鉄道と電気.Vol.43, No.10, pp.22-26
(1989)
(5) 相原徹:「リチウムイオン電池を用いた電力補完装置の
導入」.鉄道と電気技術(日本鉄道電気技術協会誌).
Vol.18, No.4, pp.9-12 (2007)
(6) 鈴木高志・佐藤孝一・飯野友記・森田祐一・植松正次・
林屋 均:
「超電導き電ケーブル導入に際しての課題に対
する基礎検討」.平成 25 年電気学会全国大会.Vol.5,
No.105 (2013)