エコツーリズムの潮流

エコツーリズムの潮流
今年は国連の「エコツーリズム年」である。
自然にやさしい旅行
これに関連する行事が世界各地で多く行われ
ており、最大のイベントは5月、カナダのケ
エコツアーとエコツーリズムは同義語とし
ベック市で開催された「エコツーリズム・サ
て何気なく使われていることが少なくない。
ミット」であった。これには世界各国から関
しかし、エコツアーというのは具体的な旅行
係者千数百人が集まり、日本からは日本エコ
のかたちであり、エコツーリズムはそこから
ツーリズム協会(JES)の愛知和男会長以
抽象化された、観光のあり方全般に及ぼされ
下、国土・環境・農林・外務・総務各省の課
るべき、新しい考え方・活動・運動である、
長クラスなどを含め、約20名が出席した。
と一応区別されている。
今年度アジア太平洋地域だけを見ても、4
JESではエコツアーを「自然や文化にや
月のフィジー、7月の北海道、8月ニュージ
さしい旅行」とひとくちに表現している。学
ーランド、10月マレーシア、11月末の沖縄な
説的には色々な言い回しがあるのだが、わか
ど、エコツーリズムをテーマとした国際会
り易く言えばそんなところだ。訪問する地域
議・シンポジウムなどが目白押しに並んでい
の自然や文化に負荷をかけないで、より深く
る。
理解し楽しみ、経済的な面でも地元に貢献で
新聞や雑誌などによるエコツーリズム関連
きるような旅行の形である。
の記事は数多く、テレビにも同様の特集番組
エコツアーということばが欧米で語られは
を見るようになってきた。
じめたのはおよそ20年位前からである。端的
ブラジルのリオデジャネイロで環境サミッ
な例はアフリカにおけるサファリツアーであ
トが開かれて10周年の今年、エコツーリズム
ろう。なるべくアフリカの自然をそのままに
は日本においてもようやくひとつの流れとし
保ちつつ、現地の人達の生活にも役立つよう
て認識されつつあるかのようだ。と同時に、
な、観光地としてのすばらしさを後の世まで
エコツアーやエコツーリズムが言葉だけで一
も残せる(持続的な)旅行のあり方の模索。
人歩きをしているかの如く見えることも少な
エコロジーとツアーの組み合せである。(こ
くない。
れには、植民地として収奪したアフリカなど
ここではそうしたエコツーリズムの潮流に
後進地域へ観光旅行をする欧米人の、そこは
ついて、なるべくかみくだいた形で概要をま
かとない贖罪意識も含まれていると指摘する
とめてみたい。
人がいる。)
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JESが使っているエコツーリズムの一口
案内は「地域の自然や文化への理解を深め、
そのよりよい保全とゆとりある活動により、
みずみずしい観光と産業を持続的に発展させ
る運動」となっている。
観光文明学を提唱する国立民族学博物館の
石森秀三さんは、最近の『科学』7月号(岩
波書店)「エコツーリズムの展望」のなかで、
次のように書いている。
「1960年代以降における世界的規模でのマ
スツーリズムの隆盛に伴って、観光は各種の
自然に対する感謝の気持ち
負のインパクトを生みだした。大量の団体観
したがってエコツアーの有り様は、①少人
光客が特定の観光名所などに集中することに
数で行く②歩いたりカヌーを使用し、なるべ
よる、自然環境の破壊、文化遺産の劣化、伝
く車は使わない③地域の自然や文化に詳しい
統文化の誤用や悪用、地域社会における階層
解説者(インタープリーター)が同行する④
分化、犯罪や売春の増加などである。
」
ゆとりあるスケジュール⑤なるべく地元への
これに対し、「『持続可能な観光』の具体的
経済的な還元を考慮する(宿・食事・おみや
なあり方として、エコツーリズムが世界的に
げ・その他)⑥ゴミやタバコの吸い殻などは
注目されるようになり、各地でエコツーリズ
すべて持ち帰る、等々が具体的な側面となろ
ム開発が注目されるようになった。」
キーワードは今までに何回か出てきている
う。
「持続的な」である。
わかりやすい例としては少人数で行われる
ハイキング、巨木を見に行くようなツアーを
つまり、地球上にかつて無限と思われた自
思い浮かべればよい。しっかりした自然案内
然・観光資源は、今や急速に消えつつある森
人の説明によって、自然に対する理解と感動
などと同様、きわめて有限なものとなりつつ
を深めることができるし、自然に対する感謝
あり、今までのような大量消費型観光をその
の気持ちをたかめる結果につながる。
まま続けていては、早晩観光そのものが成り
立たなくなってしまう、という危機認識が先
こうしたエコツアーの特徴は、従来からの
ずある。
マスツーリズムとことごとく対立するあり方
そして現在私たちが持つ「観光資源」を、
と考えられるかもしれない。これについては
どうしたらよりよい形で次の世代に引き継ぐ
後ほど詳しくふれたい。
ことができるか、に対する解決策としてエコ
ツーリズムが想定されているのである。
観光資源についての危機意識
ではエコツーリズムについて。
観光と環境
上記のようなエコツアーから発生し、抽象
化され、一般化されつつあるのが「エコツー
このようにエコツーリズムには、観光=ツ
リズム」と呼ばれる観光についての考え方で
ーリズムのあらゆる場面における環境問題意
あり、観光のシステムであり、あるいは活動、
識の高まりが反映されている。
運動である。
一般消費者個人の観光に対する考え方や行
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動、ホテルや旅館の経営のあり方、バス・鉄
観光産業全般にとって、地球の自然環境や
道など色々な交通機関、観光諸施設。もっと
文化はすべからく劣化させてはならない、自
広義にとらえるなら道路・港湾・河川治水な
らの大切な立脚基盤である。
どの公共事業、風景や町並みなどに対する考
富士山は、日本が世界に誇る美しい山であ
え方にも、エコツーリズムの考え方は影響が
りながら、世界遺産への登録にはほど遠いと
及んでゆく。もちろん消費者と観光地をつな
されている。原因は年間30万人の登頂者が残
ぐ、あるいは観光をさまざまな形で演出する
す排泄物、80万人の入山者が残すゴミによる
旅行業者が、本気でエコツーリズムに取り組
ところが大きい。
これに類する問題は日本中至る所にある。
まねばならない課題は多くある。
旅行業者にとってのエコツーリズムという
べつに世界遺産をいわなくても、ツーリズム
と、「あれは儲からない」という反応が先ず
の立脚基盤を再生させるための方法論や具体
ある。次には、規制・制約・面倒・煩わしさ
的な活動をさぐるのも、エコツーリズムの大
に対する拒否反応に近いものであろうか。
切な分野なのである。
しかしマスツーリズムを担ってきた日本の
旅行業こそ、今や省エネルギーや省資源を含
「土建屋国家」からの脱却
めたエコツーリズムに直面せざるを得ないと
日本の自然や文化に惚れ込んで日本に30年
ころに立たされている。
来住んできたアメリカ人のアレックス・カー
は、最近『犬と鬼』という奇妙なタイトルの
「プリウス」に見る例
本を講談社から出版した。
この中で彼は、「土建屋国家」になり下が
車の産業におけるトヨタの「プリウス」を
って美しい自然や文化を急激に失いつつある
見てみよう。
「プリウス」のコンセプトが発表された時、
日本の現状を嘆いている。
日本の使う年間コンクリートの量は、日本
世評はかんばしいものではなかった。エコの
時流にのるもの、コストがかかり儲からない、
の20何倍も広大なアメリカより多く、かつて
消費者に負担がかかる、うんぬん。
誇った白砂青松の浜や入江の60%近くまでが
しかし今や「プリウス」はトヨタのみなら
コンクリート漬けにされ、すばらしい景観の
ず世界の車がめざし、乗り越えねばならない
至る所が高速道路でズタズタにされてい
「環境対応型」のモデルとなった。「プリウス」
る−。公共事業依存体質になりきってし
によりトヨタは車メーカーとしての姿勢が社
まった地方自治体、市町村のすさまじいほど
会から大きく評価され、その価値を高め、さ
の荒廃ぶりは枚挙のいとまもないと。
らに圧倒的なシェアの確保にもつながってい
どなたにも読んでいただきたい本だが、彼
る。トヨタ全車生産高に占めるプリウス型の
はツーリズムによる回生をあきらめてはいな
比率はまだたった2%、であるにもかかわら
い。各地が、その持てる自然や文化を生かし、
ずである。
観光資源を開発してゆくことで自信と誇りを
つまりトヨタは、環境に対する世間の意識
とり戻せるのではないか。経済的に他者に依
を先取りする、あるいは技術的に先行投資を
存することなく、自立した持続的な経済をめ
行うことにより、「負担」と思われたものを
ざせるのではないか、という可能性を示唆し
新たなビジネスチャンスに変えていったので
ている。
ここにもエコツーリズムの存在理由がある。
ある。
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そして、それらをもとに地域住民主体のエ
地域振興と来客観光
コツアー運営、観光業、旅行業者による流通、
行政による支援、研究者による観光資源管理
JESは、組織としての活動目的あるいは
のアドバイス、観光客による観光資源保全へ
使命を、次のような3点にまとめている。
の参加、を促してゆこうというものである。
1.エコツアーの普及促進
(石森)
2.地域振興をめざした来客観光の促進
3.観光による環境と文化への社会的貢献
これらのうち、カーの言うところに具体的
に対応するのは二つ目の地域振興にある。
かつて隆盛を誇った温泉地の熱海。今はあ
の海岸のすべてが幾重ものコンクリートとテ
トラポッドで固められ、海岸沿いの大きな旅
館は軒並み廃墟になっている。まさに観光の
何たるかを理解しない公共事業の無残さであ
り、マスツーリズムによる観光地としての劣
化の好例であろう。
このような例は日本中至る所にあり、その
エコツーリズムの広い概念
きざしはすでにハワイのワイキキやグアム島
などの、大衆的な海外観光地にも見られはじ
だから端的な言い方で例を挙げるとすれ
めている。
ば、熱海にとってのエコツーリズムは、全海
日本中の観光旅館のどこもが同じマグロの
岸のコンクリートをはがして元の自然な砂浜
刺身を出し、冷えたてんぷらを食べさせる画
を生き返らせようという、「環境再生型の公
一的なあり様を、文化人類学でエコツーリズ
共事業」を要請するかもしれない。1泊宴会
ムを論じる東大の山下晋司さんは「マグロ観
つきの団体旅行に依存しない、個人客中心の
光」と評している。
特徴ある小旅館群による町づくりを提案する
エコツーリズムは、地域振興という視点か
かもしれない。温泉は豊富に湧き、海の幸は
ら、こうした問題点の打開に、①地元住民②
多く、背後には緑の山と、さらに伊豆・箱根
研究者③行政④観光・旅行業者⑤観光客、と
が持つ観光要素との組み合わせも無限であ
いう5つの主体の参画を求めている。
る。しかも東京という大市場は常に目の前に
そして、これら5者による内発的な観光地
ある。
あるいは観光資源の開発を、先の石森さんは
JESが言うところの「地域振興をめざし
「自律的観光の創出」といい、国内における
た来客観光の促進」はこういったところであ
エコツーリズム提唱の第一人者である真板昭
る。全国の市町村におけるエコツーリズムへ
夫さん(京都嵯峨芸大教授)は、もっとくだ
の取り組み例については、ぜひJESの方へ
けて「地域のおたから捜し」と呼んでいる。
問い合わせていただきたい。
つまり、自然の宝、生活の宝、歴史と文化
自然素材をもとでにしたエコツーリズムの
の宝、産業の宝、名人の宝、などを集め、5
手法で、来客観光促進に成功している有名な
者で検証してみようというのだ。
例としては、西表島、沖縄・東村、屋久島、
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白神山地、北海道などがあるし、エコツーリ
に「環境分担金」などの考え方を旅行者用に
ズム都市宣言をしている松本市や、観光立県
反映させ、消費者に協力を要請する動きはす
宣言をした青森県、さらに奥大井南アルプス
でに始まっている。(JTBのサンアンドサ
を世界遺産にともくろむ静岡県の例もある。
ンなど)ツアーとしての宿の選択にも、同様
エコツーリズム先進国のニュージーランドへ
の経営姿勢を持つところと優先的契約がなさ
視察団を送る市町村が見られはじめている。
れるであろう。あるいは消費者がツアー選択
エコツーリズムを生態資源から語る京大東
の時点において、そうした経営姿勢を旅行
南アジア研究センターの山田勇さんは、次の
業・観光業者に求め始めるのも、そう遠い将
ように前記の『科学』に記している。
来のことではなさそうである。
「エコツーリズムは、本来、きわめて前衛
的かつパイオニア的行為である。生物多様性
新しいビジネスチャンス
保全、生物の生存権、先住民の人権問題、地
球環境の保全などの諸問題を内包していると
たとえば目下のマスプロ型北海道旅行は、
同時に、健康問題、健全なレクリエーション
航空便、ホテル2泊、なにがしかの観光がつ
のあり方、そして子どもの教育など、既存の
いて39,800円だったりする。ごくありきたり
システム内では解決できなくなった問題を少
の内容で、旅行業各社は「価格のみ」が勝負
し場を変えて考え直そう、という試みである」
になってしまい、忙しい思いはしても苦労が
つまり、それほど裾野の広い概念を持つの
絶えない。
がエコツーリズムなのである。
しかしたとえば、札幌までの基本ツアーパ
ターンに、何十種類もの細かなエコツアーを
組み合わせてみるのはどうなのだろう。ハイ
マスツーリズムと社会貢献
キング、牧場滞在、乗馬、カヌー、森や花、
動物観察、夜空、鳥、アイヌ文化、湿原帯、
さて、先ほど少しふれたマスツーリズムと
エコツーリズムの関連について見直してみた
火山温泉。テーマは無数に挙げられるに違い
い。
ないが、こうした素材をエコツアーに仕立て
マスツーリズムによる弊害は色々指摘され
マスの部分に組み入れてゆけば、北海道旅行
るとおりであろう。しかしながら、マスツー
の楽しさ、感動はもっともっと深めて行けは
リズム抜きには北海道も沖縄も京都も、ある
しないか。旅行の評価は本来価格にあるので
いはハワイも、経済的に崩壊を余儀なくされ
はなく内容にあるとするなら、マスツーリズ
てしまう。
ムの延長線上にエコツアーを取り入れること
により、従来にない顧客の満足と利益の確保
JESでは、一番大切なことはマスツーリ
が可能になるのではないか。
ズムのあり方にエコツーリズムの考え方をし
っかり反映させてゆくこと。そしてマスとエ
受け地の北海道側に立ってみれば、このよ
コの組み合わせにより、新しいツーリズムの
うなエコツアーのマーケティングを考えるこ
ビジネスチャンスを提供してゆくことができ
とが、より多くの観光客に、より多く深く北
るとみている。
海道を体験する機会を提供することになり、
滞在日数を長く、そしてより多くお金をおと
マスでありながらも私達は、省エネルギー
や省資源の旅の形はいくらでも追求できる。
してもらうことにつながってゆく。
トイレやゴミの問題も、旅行者に積極的な呼
単純に例として語れば、こういうことであ
びかけを行うにはコストがかからない。さら
る。観光客は、市場として見て成熟するに従
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い、周遊型から滞在型へと変化する。エコツ
まだわかり難い部分があるかもしれない。た
アーは、こうした滞在型観光客の満足度を高
だはっきりしていることは、21世紀世界最大
める素材としても有効に機能する。
の産業になるとされる観光産業は、環境問題
かつて売り物になるとは誰もが考えなかっ
をけっして避けて通ることができない、とい
た流氷は、今や冬の北海道の人気エコツアー
うことである。すべての観光地、観光業、旅
アイテムになっている。カナダの極北地方に
行業はエコツーリズムの潮流に竿さすことが
何万人も出かける日本人オーロラ観察客は、
できない。
具体的なエコツーリズムに関する情報収集
現地人もびっくりのエコツアー客である。
従来のマスツーリズムにおける常識的な発
には、11月28日から沖縄で行われる国際エコ
想を超えたところに、エコツアーを利用でき
ツーリズム大会にぜひ出席をとおすすめす
る新しいビジネスチャンスが多く用意されて
る。エコツーリズムに関する手引書としては
いる。その確信と、継続的なマーケティング
JESが発行している『エコツーリズムの世
の努力が、マスを扱う旅行者にとっての挑戦
紀へ』を、ぜひ手にとっていただきたい。
であろうし、受け地側の期待もそこにある。
日本エコツーリズム協会
〒162-0801
むすびにかえて
以上述べてきたように、エコツアーもエコ
東京都新宿区山吹町366
TEL
03−3269−8861
FAX
03−3269−8862
E-mail [email protected]
ツーリズムも日本ではまだ新しい。何となく
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