2012 年度 上智大学経済学部経営学科 網倉ゼミナール 卒業論文

2012 年度 上智大学経済学部経営学科
網倉ゼミナール
卒業論文
ブンデスリーガのスタジアムはなぜ盛り上がるのか?
A0942532
提出年月日
1
大矢 賀一
2013 年 1 月 15 日(火)
<はじめに>
2011 年、2012 年とドイツでプレーする日本人サッカー選手が急増している。2010 年の南アフ
リカワールドカップでの日本代表の好成績や、香川真司選手をはじめとした海外選手の活躍が主
な要因である。それにより、テレビやインターネットのスポーツニュースなどで、ドイツ・ブン
デスリーガの試合風景を目にする機会も増えた。私がテレビでブンデスリーガのスタジアムを見
たときに感じたのが、サポーターの熱狂的な応援、そしてそのサポーターの人数の多さである。
巨大なスタジアムがサポーターで隙間なく埋まる光景は壮観であった。その後、ブンデスリーガ
が全てのサッカーリーグの中で一番多くの観客を集めるリーグであることや、サッカーが盛んな
他のヨーロッパのサッカーリーグであってもスタジアムが隙間なく埋まることは滅多にないこ
とであることを知り、どうして「ブンデスリーガがここまで観客数を増やすことができたのだろ
うか。
」という疑問を抱くようになった。この疑問が、私がこのテーマを選んだきっかけである。
本論文の目的は、ブンデスリーガのスタジアム観客数が伸び続けている原因を解明することで
ある。また、イングランドやイタリアなどの他の欧州サッカーリーグや、日本の J リーグと比較
して、なぜ他のリーグがブンデスリーガのように観客数を伸ばし続けることできないのかという
点も明らかにしていきたい。
2
目次
はじめに
P2
1章 ブンデスリーガについて
P4
<1-1>ブンデスリーガとは
<1-2>観客動員数の推移
2章 人々がスタジアムに足を運ぶようになる要因について
P6
<2-1>3つの要因
<2-2>要因①:土台が整っている
<2-3>要因②: 人々が積極的にスタジアムに足を運ばせるための動機づけの発生
<2-4>要因③: 人々がスタジアムに足を運ぶのを阻害する要因を取り除いている
3章 仮説
P8
4章 検証
P10
5章 結論
P18
6章 おわりに
P19
3
1章 ブンデスリーガについて
<1-1>
ブンデスリーガとは
ブンデスリーガとはドイツのプロサッカーリーグである。観客動員数を年々増やし続けており、
2012 年、最も観客数が多いサッカーリーグとなっている。UEFA(欧州プロサッカー連盟)が 2012
年に発表したリーグランキングでは、第3位とレベルの高いリーグであり、世界各国から有力な
選手が集まる。その一方で、クラブの健全経営を目指すドイツサッカー連盟はイングランドやス
ペインのクラブチームのように多額の借金を負うことを認めておらず、その結果、他国リーグの
チームに高額な移籍金や年俸の選手を獲得されてしまうケースや、ブンデスリーガで活躍した選
手を引き抜かれてしまうケースも少なくない。ブンデスリーガのチームの選手報酬が平均して総
支出の約 4 割であるのに対し、イングランド、スペインどちらのリーグのチームの選手報酬も平
均して総支出の 6 割を超えるというところに、ブンデスリーガの堅実な経営が表れている。
<1-2>
観客動員数の推移
ブンデスリーガは年々観客動員数を増やし続けている。下のグラフはブンデスリーガ(全 18
チーム)1 試合当たりの観客動員数の全チーム平均の推移を示したものである。
ブンデスリーガの観客数
50000
45000
40000
35000
30000
25000
20000
15000
10000
5000
0
1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011
(weltfussball.de http://www.weltfussball.de/zuschauer/bundesliga-2011-2012/1/ を元に作成)
4
1990 年あたりまでは 1 試合あたり 20000 人前後で推移しているが、1990 年以降観客動員数は
右肩上がりである。1990 年に約 21700 人であった観客数は、2011 年には約 45116 人にまで増え
ている。わずか 20 年余りでブンデスリーガの観客動員数は 2 倍以上に増えたのである。
下のグラフはブンデスリーガと他の欧州サッカーリーグ(イングランド、スペイン、イタリア)、
参考として日本のJリーグの1試合あたりの平均観客動員数を比較したものである。
(出典:左『スポーツビジネス最強の教科書』、右『サッカービジネスの基礎知識―「J リーグ」の経営戦略とマネジメント』)
ブンデスリーガは全18チーム、その他の3つのリーグは全20チームであるのでこの数字を
単純に比較することはできないが、ブンデスリーガが他の欧州リーグと比べても好調であること
がこのグラフから伺える。特筆すべきことは、他のリーグの観客動員数がこの10年間でほぼ横
ばい、または減少しているのに対して、ブンデスリーガだけが着実に伸ばし続けていることであ
ろう。
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2章 人々がスタジアムに足を運ぶようになる要因について
<2-1>3つの要因
この章では、人々がスタジアムに足を運ぶに至るまでの要因を述べたいと思う。私は、人々が
スタジアムに足を運ぶようになるのには大きく分けて3つの要因があり、それらの要因を満たす
国のリーグが観客動員数を伸ばし続けているのではないかと考えた。3つの要因は以下のとおり
である。
①
土台が整っている(サッカー文化やスポーツ文化が根付いている)
②
人々が積極的にスタジアムに足を運ばせるための動機づけの発生
③
人々がスタジアムに足を運ぶのを阻害する要因を取り除いている
上の図は先ほど述べた3つの要因を図に表わしたものである。<2-2>以降において、この
3つの要因について詳しい説明をしていきたいと思う。
<2-2>
要因①:土台が整っている
ここでいう土台とは、人々がスタジアムに足を運ぶための土台という意味である。この要因の
ポイントは、その国の人々がスタジアムに足を運ぶ以前に、サッカーやスポーツ観戦に対して関
心が向いているのかということである。Everett M. Rogers は『イノベーションの普及』で、
「個々
人は、その人の関心事、ニーズ、そしてそれまでの態度に合致するアイデアに触れたがる傾向が
ある。個々人は、自らの性向と相容れないメッセージを意識的ないし無意識に回避する」と述べ
6
ている。この傾向は選択的エクスポージャーと呼ばれている。これを今回のテーマに置き換える
と、
「サッカーに興味がある人でなければ、スタジアムに行って応援するイノベーションに対す
るニーズを感じることができず、スタジアムに行って応援するイノベーションに対するニーズを
感じなければ、イノベーションに関わるメッセージに自ら触れることはない、触れてもその効果
はわずかなものになる」ということになる。つまり、クラブやリーグ本体が観客動員を増やすた
めの施策をどんなに行ったとしても、サッカーに興味を持つ人が少なければ効果は薄いものにな
ってしまう。人々がスタジアムに足を運ぶための土台が整っているかどうかは、観客動員数の増
加において重要な点になり得るといえるだろう。
土台が整っているかどうかを判断する上で、サッカーに興味を持っている人が多いのか、サッ
カーを日常的にする習慣がある人が多いのかといった点が重要である。例えばサッカーの歴史が
長く、サッカー人口も多いようなドイツを含めたヨーロッパの国々は、プロサッカーリーグがで
きてからの歴史が短く、野球など他のスポーツの人気がいまだ根強い日本と比べて、土台が整っ
ているといえるだろう。また、男女問わず幅広い年代の人々がスポーツをする習慣がある国や、
政府がスポーツに対して力を入れている国は人々がスタジアムに足を運ぶ土台が整っていると
いえるだろう。
<2-3>
要因②: 人々が積極的にスタジアムに足を運ばせるための動機づけの発生
この要因では、人々がスタジアムに足を運ぼうと決心する動機付けがどれだけ多く発生してい
るのかという点がポイントである。クラブやリーグ本体が人々に対して、イベントやファンサー
ビスなどといったスタジアムに行きたいと思わせるような動機づけをおこなっているにしろ、動
機づけが人々の間で自発的に起こっているにしろ、動機づけが多く起こっている環境の方がスタ
ジアムに足を運ぶ人が増えるといえる。この要因において仮説を検証するには、サッカーに対し
て興味がある人がどういう時に、どういうシチュエーションでスタジアムに足を運ぶことを決心
するのかについて理解する必要がある。
<2-4>
要因③: 人々がスタジアムに足を運ぶのを阻害する要因を取り除いている
スタジアムに行ってサッカーを観戦しようと思っている人を思いとどまらせる要因は少なく
ない。「スタジアムまでの移動時間がかかる」、
「入場料が高い」といったものは代表的な阻害要
因である。また、
「野球観戦」などといいった他の娯楽の存在も阻害要因になりうる。そういっ
た阻害要因をいかに減らすことができるかがこの要因のポイントとなる。観客動員数を増やして
いるリーグのクラブやリーグ本体は阻害要因を多く減らす努力をし、減らすことに成功している
のではないだろうか。要因②と同様に、スタジアムに足を運びたいと思っている人がどういう時
に、どういうシチュエーションで行くことをやめようと思うのかについて理解する必要がある。
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3章 仮説
先ほど述べた3つの要因を踏まえて、ブンデスリーガが観客動員数を増やし続けている原因
について以下のような仮説を立てた。
1)ドイツには人々がスタジアムに足を運ぶための土台が整っている。
近年、ブンデスリーガは観客動員数を増やし続けている。2章で述べた<要因①:土台が整っ
ている>をもとに、「ドイツには人々がスタジアムに足を運ぶための土台が整っている」という
仮説を立てた。ドイツのサッカーは歴史が長く、長年高い人気を保ち続けてきた。人々がスタジ
アムに足を運ぶための土台が整っているのではないだろうか。
2)人々がスタジアムに足を運びたくなるような施策を講じていることにより、動機づけを発生
させている。
<要因②: 人々が積極的にスタジアムに足を運ばせるための動機づけの発生>をもとにこの
仮説を立てた。観客動員数を増やすためには、人々にスタジアムに行きたいと思わせることが必
要である。ブンデスリーガのクラブやリーグ本体が、ファンサービスやイベント、他にも人々に
スタジアムに行きたいと思わせるような何らかの仕掛けを用意することによって、多くの動機づ
けを発生させているのではないだろうか。
3)衛星放送の開始により、ドイツの人々の間でスタジアムに足を運ぶというイノベーションが
普及した。
<要因②: 人々が積極的にスタジアムに足を運ばせるための動機づけの発生>をもとにこの
仮説を立てた。ブンデスリーガの観客動員数は 1990 年前後を境に伸び続けている。その時期は
ドイツで衛星放送のサッカー中継が始まった時期と重なっている。衛星放送による多チャンネル
化によって、人々が地元クラブのサッカーの試合を目にする機会が増え、そしてスタジアムに足
を運んで応援する魅力が広く認知され、地域の人々の中で「スタジアムにサッカーの試合を見に
行く」習慣が普及したのではないだろうか。つまり、クラブの施策などによって動機づけが発生
したのではなく、人々の間で自然に動機づけが発生したのではないだろうかという仮説である。
イノベーションの理論については次の章で説明する。
4)ブンデスリーガはサポーターの経済的な負担を減らしたことや、スタジアムの環境を改善し
たことにより、人々がスタジアムに足を運ぶ阻害要因を取り除いた。
<要因③: 人々がスタジアムに足を運ぶのを阻害する要因を取り除いている>をもとにこの
仮説を立てた。人々がスタジアムに足を運ぶことを阻害する要因を取り除くことは、人々がスタ
ジアムに足を運ぶ機会を増やすことになり、動員数の増加につながる。サッカーを観に行くにあ
たってかかる費用や、スタジアムの治安などは、人によって大きな阻害要因となりえる。ブンデ
スリーガは他の国のリーグと比べて、それらの阻害要因を取り除くため、努力しているのではな
8
いだろうか。
以上に挙げた4つの仮説を4章で検証していこうと思う。
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4章 検証
1)ドイツには人々がスタジアムに足を運ぶための土台が整っている。
ここでは、ドイツには人々がスタジアムに足を運ぶための土台が整っているのかということに
ついて検証していきたい。下の表はドイツと、イタリア、イングランド、スペイン、フランスと
いったサッカーが人気である国、それに日本を加えた6カ国の、サッカー人口、連盟に登録され
ている選手数、登録されてない選手数、サッカークラブ数を示した表である。
All Players
Registered
Unregistered
players
Players
Clubs
16,308,946
6,308,946
10,000,000
26,837
イタリア
4,980,296
1,513,596
3,466,700
16,697
イングランド
4,164,110
1,485,910
2,678,200
42,490
スペイン
2,834,190
653,190
2,181,000
18,190
フランス
4,190,040
1,794,940
2,395,100
20,062
日本
4,805,150
1,045,150
3,760,000
2,000
ドイツ
(出典: FIFA http://www.fifa.com/index.html)
表を見ると、ドイツのサッカー人口が約 1630 万人と他の国と比べて群を抜いていることが分か
る。世界的に見てもドイツのサッカー人口を上回っている国は、中国、インド、米国の 3 か国と
いずれも人口が極めて多い国に限られる。また受け皿となるサッカークラブの数も約 27000 と、
イングランドに及ばないながらもかなり多いものとなっている。サッカー人口の多さは、サッカ
ービジネスにおける潜在的な需要に直結し、受け皿となるサッカークラブが多いことはそれだけ
サッカーの練習や試合ができる場所や環境が整っていると捉えることができる。それらを踏まえ
て、ドイツには人々がスタジアムに足を運ぶための土台が整っているといえるだろう。ちなみに
日本のクラブ数が、サッカー人口の割に少ないのは、中学校や高校での部活動が盛んであるのに
対して、地域のスポーツクラブでスポーツをする文化が根付いていないことが要因のひとつであ
る。反対にドイツをはじめとしたヨーロッパの国では、日本でいうところの中学校や高校での部
活動は原則なく、地域のスポーツクラブでスポーツをする習慣がある。ただ、それを考慮しても
日本のサッカークラブの数は少なく、ドイツをはじめとしたヨーロッパの国と比べ、サッカーを
行う場所や環境が整っていないといえるだろう。
また、ドイツには性別問わず幅広い年代において日常的にスポーツクラブでスポーツを行って
いる人が多い。下の表はドイツ(2003 年)と日本(2006 年)のスポーツクラブに所属している
国民の割合を示したものである。日本では 20 代以上のどの世代においても、スポーツクラブに
加入している人の割合が 20%を下回っているのに対して、ドイツでは 60 歳以上の女性を除き、
20%を上回っている。したがって、ドイツでは日本と比べて幅広い年代の人々が日常的にスポー
ツをする習慣があるといえる。また、クラブに属さず個人個人でランニングやウォーキングなど
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の運動をする人と比べ、クラブに属して複数の人と一緒に運動する人の割合が日本よりドイツの
方が多いといえるだろう。
以上のことから、ドイツではサッカー人口の多さに恵まれ、受け皿となるクラブの数も多く、
国民がサッカーを行う環境が整っており、なおかつ国民のスポーツに対する関心が高いことが分
かった。これらを踏まえると、
「ドイツには人々がスタジアムに足を運ぶための土台が整ってい
る」という仮説が正しいということができるのではないだろうか。
(出典: ドイツ国民のスポーツ参加動向(日本自由時間研究所 佐藤)http://www.jif-sport.jp/sport%20in%20de.pdf )
(出典: 内閣府大臣官房政府広報室 http://www8.cao.go.jp/survey/h21/h21-tairyoku/images/z16.gif )
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2) 人々がスタジアムに足を運びたくなるような施策を講じていることにより、動機づけを発
生させている。
ここからの仮説では、スタジアムに足を運ぶ人の心理を理解するために、私が行ったアンケー
トの結果も踏まえながら検証していきたいと思う。
私はここ一年間でJリーグのスタジアムに足を運んだことがある人を対象にアンケートを行
った。アンケートを行った人数は 8 人であり、いずれも大学生である。アンケートは直接本人と
の話し合い、または電話を使った対話形式で行った。アンケートの内容は以下のものである。
<アンケート質問リスト>
Q1)あなたはここ 1 年間で何度スタジアムに行きましたか?
Q2)スタジアムに行くようになったきっかけを教えてください。(いくつでも)
Q3)スタジアムには一人で行くことと、他の人と一緒に行くこと、どちらの方が多いですか?
Q4)<Q3で他の人と一緒に行くと答えた場合>どういうつながりの人と一緒に行きますか?
例)高校のサッカー部の友達、フットサルクラブの友達、学科の友達
Q5)あなたがスタジアムに足を運ぶ理由を教えてください。
(いくつでも)例)生で選手を見
ることができる
Q6)スタジアム観戦がテレビ観戦より、優れていると思う点を教えてください。
(いくつでも)
Q7)クラブが集客のために行っていること(イベントやファンサービス、チケットの割引等)
がきっかけで、スタジアムに足を運ぼうと思ったこと、もしくはまた行こうと思ったことがあり
ますか?ある場合はその内容も教えてください。
Q8)スタジアムに足を運ぶことをやめようと思わせる要因があれば教えて下さい。(いくつで
も)例)アクセスに時間がかかる、天候が悪い
まず第一に、クラブやリーグ本体が行う施策が、人々のスタジアムに足を運ぶ心理に影響を与
えているのであろうか。ここでの仮説の検証においてポイントなる質問は、<Q2)スタジア
ムに行くようになったきっかけを教えてください。>、<Q5)あなたがスタジアムに足を運
ぶ理由を教えてください。>、<Q7)クラブが集客のために行っていることがきっかけで、
スタジアムに足を運ぼうと思ったこと、もしくはまた行こうと思ったことがありますか?>の
3つになる。Q2、Q5で、クラブやリーグが集客のために行っている施策の内容を答えた人や、
Q7でスタジアムに足を運ぼうと思ったこと、また行こうと思ったことがあると答えた人が多け
れば、クラブやリーグ本体が行う施策が、人々のスタジアムに足を運ぶ心理に影響を与えている
ことにつながる。アンケートの回答の内訳は以下のとおりであった。
<Q2、Q5、Q7の回答の内訳>
Q2)スタジアムに行くようになったきっかけを教えてください。(複数回答あり)
元々サッカーが好きだった。(7人)友達に誘われた(2人)クラブに貢献したかった(1人)
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Q5)あなたがスタジアムに足を運ぶ理由を教えてください。
(複数回答あり)
スタジアムの熱狂が良い、ファンが多い時の雰囲気が楽しい(6人)臨場感がある(3人)生で
選手を見ることができる(2人)視野を広くしてみることができる(1人)
Q7)クラブが集客のために行っていることがきっかけで、スタジアムに足を運ぼうと思ったこ
と、もしくはまた行こうと思ったことがありますか?ある場合はその内容も教えてください。
ある(0人)ない(8人)
アンケートの結果から、スタジアムに行きたいと思わせるような動機づけは、
「元々サッカー
が好きだった」
、
「スタジアムの熱狂が良い」などといった、サッカーそのものに対する個人的な
興味や、
「友達に誘われた」ことから発生することが分かった。その一方で、クラブやリーグ本
体が行う施策と答えた人はいなくて、Q7で「ある」と答えた人は一人もいなかった。スタジア
ムに行きたいと思わせるような動機づけが、クラブやリーグ本体が行う施策といったものから発
生していないといえるだろう。以上を踏まえて、
「人々がスタジアムに足を運びたくなるような
施策を講じていることにより、動機づけを発生させている」という仮説は正しくないのではない
だろうか。
3)衛星放送の開始により、ドイツの人々の間でスタジアムに足を運ぶというイノベーションが
普及した。
イノベーションとは「個人あるいは他の採用単位によって新しいと知覚されたアイデア、習慣、
あるいは対象物である」
(出典:『イノベーションの普及』Everett M. Rogers)
。ここでは『イノ
ベーションの普及』に書かれた理論を用いて、衛星放送の開始により、ドイツの人々の間でスタ
ジアムに足を運ぶというイノベーション(習慣)が普及したのか検証していきたいと思う。
Ⅰ)採用者カテゴリー
採用者カテゴリーとは、社会システムの成員をイノベーションを採用する度合いが早い順
に5つに分類したものである。採用者カテゴリーごとに特徴がある。
1.イノベータ
一番最初に採用する人。いわゆる「マニア」に属する。冒険心あふれ、新しいものを進ん
で採用する。
2.初期採用者(アーリーアダプター)
イノベーターの次に採用する人。そのイノベーションが優れていると思うと、イノベータ
から積極的に情報を入手しようとする。他の消費者に与える影響力が強く、高いオピニオ
ン・リーダーシップを持っている
3.初期多数派(アーリーマジョリティ)
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慎重派。リスクに対して慎重であり、初期採用者の意見を聞いてからイノベーションを
採用する。
4.後期多数派(レイトマジョリティー)
懐疑派。社会システムの半数が採用した後に、イノベーションを採用する。
5.ラガード
最も保守的な人。採用者カテゴリーの一番最後に分類される。流行や世の中の流れに疎
い。
(出典: http://marketingis.jp/wiki/%E3%82%A4%E3%83%8E%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E7%90%86%E8%AB%96
)
Ⅱ)イノベーション決定過程
イノベーション決定過程とは、イノベーションに対する個人の意思決定の過程を示した
ものである。以下の5つの段階によって構成される。
1.知識:イノベーションの存在を知る、その機能を理解する。
2.説得:イノベーションに対して、好意的または非好意的な態度を形成する。
3.決定:イノベーションを採用するかどうかを決める。
4.導入:イノベーションを実行する。
5.確認:イノベーションがよかったかどうかを確認する。
Ⅲ)コミュニケーション・チャンネル
コミュニケーション・チャンネルとはメッセージの発信源から受け手に到達する道筋であ
る。コミュニケーション・チャンネルは以下の2つに分けることができる。
1.マスメディア・チャンネル
ラジオ、テレビ、新聞などによってメッセージを伝達するチャンネル。知識を生み出し、
情報を拡散させるので、イノベーション決定過程における知識段階で重要である。一方
で受け手の態度を変容させることはあまりない。
2.対人チャンネル:
対面的な情報交換。受け手の態度の変容において有効であり、イノベーション決定過程
における説得段階で重要である。一方で知識段階においては、マスメディア・チャンネ
ルと比べてさほど重要ではない。
1980 年代後半にドイツでサッカーの衛星放送が始まるまでは、テレビで放映されるサッカー
14
の試合は主に代表の試合で、ローカルなサッカーチームの試合が放映されることはほとんどなか
った。人々は実際にスタジアムに行ってみなければ、地元のサッカーチームの試合を観て応援す
ることは基本的にできなかったのである。そのため、人々に入ってくる地元のサッカーチームの
情報量は、ラジオといった非常に限られたものになっていた。それが衛星放送による多チャンネ
ル化によって、人々が地元のサッカーの試合を目にする機会が大幅に増えることになった。ドイ
ツの人々は地元のサッカーの試合を家のテレビや、喫茶店やパブのテレビからでも観ることがで
きるようになったのである。特に喫茶店やパブは、衛星放送の月額の料金を払いたくない人や、
多人数で盛り上がりながらテレビ観戦したいと思っている人にとって、店のテレビを通じて試合
を見せてくれる役割をもった大きな存在となっている。このことから、サッカーの試合の衛星放
送がマスメディア・チャンネルとなり、多くの人の知識段階の脱却に大きく寄与したのではない
だろうか。
イノベーションの決定過程の次の段階にあたる説得段階においては、ドイツ国民のコミュニテ
ィが大きな役割を果たしている。説得段階からの脱却のためには対人ネットワークが重要となる。
なぜなら、イノベーションに対する好意的、もしくな非好意的な態度を形成するのに、マスメデ
ィアからの情報ではなく、近くにいる信頼できる親しい人からの情報を頼りにする傾向があるか
らである。前にも述べたが、ドイツではスポーツクラブに所属している国民の割合が多く、コミ
ュニティの中で他の人と一緒に運動をする人が多い。また、多くの人が喫茶店やパブの中で多人
数で贔屓のサッカーチームを応援している。つまり、ドイツの人々はサッカーやスポーツという
共通の興味をもつ人とのコミュニティに属している割合が多いのである。そういったコミュニテ
ィが、サッカーや他のスポーツに関する情報を対人ネットワークを通じて伝わりやすくし、人々
がスタジアムに足を運ぶイノベーションの説得段階において効果的に作用したのではないだろ
うか。
以上をまとめると次のとおりになる。ドイツ国内では元々人々がスタジアムに足を運ぶイノベ
ーションの説得段階を脱却しやすくする環境は整っていたが、人々に入ってくるサッカーの試合
に関する情報量が限られていたので、多くの人にとって知識段階を脱却するのが難しく、スタジ
アムに足を運ぶイノベーションがあまり普及しなかった。しかし、衛星放送が出現したことによ
って多くの人の知識段階を脱却させることとなり、スタジアムに足を運ぶイノベーションの普及
を加速化させたのである。これらのことから、「衛星放送の開始により、ドイツの人々の間でス
タジアムに足を運ぶというイノベーションが普及した」という仮説は正しいといえるのではない
だろうか。
4)ブンデスリーガはサポーターの経済的な負担を減らしたことや、スタジアムの環境を改善し
たことにより、人々がスタジアムに足を運ぶ阻害要因を取り除いた。
まずはじめに、アンケートの結果をもとにサポーターがスタジアムに足を運ぶのを阻害する要
因を明らかにしていきたいと思う。ここでポイントとなる質問は<Q8)スタジアムに足を運
ぶことをやめようと思わせる要因があれば教えて下さい>になる。
15
<Q8の回答の内訳>
Q8)スタジアムに足を運ぶことをやめようと思わせる要因があれば教えて下さい。(複数回答
あり)
天候が悪い(7人)チケットが高い(5人)交通費がかかる(3人)相手チームが熱狂的な応援
のチーム(危険が伴うため)
(2人)アクセスに時間がかかる(2人)友達と予定が合わない(1
人)体調の問題(1人)
「天候が悪い」という共通の阻害要因はあったが、それ以外はスタジアムに行きたくなくなる
要因は人それぞれであった。今回はその中でも、チケットが高い、交通費がかかる、アクセスに
時間がかかるといった経済的な要因、相手チームが熱狂的な応援のチーム(危険が伴うため)の
ようなスタジアムの安全面での要因を主なスタジアムに足を運ぶ阻害要因とし、ブンデスリーガ
のクラブや、リーグ本体が、それらの阻害要因を取り除いているのかを以下で検証する。
<経済的要因>
まず、ブンデスリーガのチケットの料金について検証する。以下のグラフはブンデスリーガと
他の欧州の主要なリーグの平均チケット価格を比較したものである。上の順からブンデスリーガ
(ドイツ)、リーグ1(フランス)、セリエA(イタリア)、リーガ・エスパニョーラ(スペイン)
、
プレミアリーグ(イングランド)のチケット価格となる。
(出典:http://ajickrblog.livedoor.biz/archives/1729138.html )
グラフを見ると、ブンデスリーガのチケットの価格が、他のリーグと比べてかなり安いことが
分かる。特にスペイン、イングランドとは 2 倍も価格が違うものとなっている。
また、ブンデスリーガのクラブは移動にかかるコスト削減や時間短縮にも力を入れている。
『ブ
ンデスリーガ事情通読本』
(鈴木 良平)、
『サッカー批評』によるとブンデスリーガのクラブは、
当日の試合のチケットがあれば近くの交通機関の料金が無料になるサービスや、電車の駅からス
16
タジアムまでのバスのピストン輸送サービスを行ってるという。ドイツ以外の欧州のサッカーリ
ーグ、特にスペインやイングランドにおいてチケット価格の高さがスタジアムに足を運ぶ阻害要
因になっているのに対して、ドイツでは経済的な阻害要因をうまく取り除いているといえるだろ
う。
<スタジアムの安全面での要因>
サッカーのスタジアムは時にとても危険な場所になりうる。ヨーロッパでは、スタジアムに訪
れるフーリガンと呼ばれる集団が、サッカーの試合会場内外で破壊活動や暴力、窃盗などといっ
た犯罪行為をしていくことがしばしばある。フーリガンの暴動が原因で、数十人の人の命が奪わ
れる事件も今までにあった。フーリガンや、フーリガンとまではいかなくともアルコールを多量
に飲む行為等により観戦態度が悪いサポーターの存在は、女性や子供のファンをはじめとした多
くの人々がスタジアムに足を運ぶのを阻害する要因となる。
『サッカー白書』によると、DFBは(ドイツサッカー連盟)1990 年代前半からスタジアム
の安全に力を注ぎ始め、
『スポーツと安全の全国構想』のもとファン対策を施したという。
『サッ
カー白書』には、フーリガン対策は当たり前のことで、安全管理をプロの警備会社に委託して強
化したり、ファンのアルコールを規制し、
「飲みすぎている」と判断されたファンの入場禁止措
置をとったりして、それらに従わないファンには全国のスタジアムの入場禁止という厳しい処置
を下していると書かれている。そのことから、ブンデスリーガはスタジアムの安全面の強化に力
を入れ、阻害要因を取り除いているといえるだろう。
一方でイタリアのセリエAではスタジアム内外での暴挙が横行し、それが黙認され、危険が一
向に排除できていない状態である。それにより死亡事故、傷害事件等が多発しているという。ま
た、マフィアが主導した八百長事件が多発するなど、モラルに欠けた事件も起きている。セリエ
Aはここ 10 年間で観客動員数を減らし続けており、スタジアムの安全面でのスタジアムに足を
運ぶ阻害要因を取り除くことができていないことが、主な原因であるといえるであろう。
以上を踏まえて、ブンデスリーガは経済的要因、スタジアムの安全面での要因、二つの点にお
いて、スタジアムに足を運ぶ上での阻害要因をうまく取り除いていることが分かった。したがっ
て、
「ブンデスリーガはサポーターの経済的な負担を減らしたことや、スタジアムの環境を改善
したことにより、人々がスタジアムに足を運ぶ阻害要因を取り除いた」という仮説は正しいとい
えるのではないだろうか。一方でイングランドやスペインでは経済的な面で、イタリアではスタ
ジアムの安全面において、阻害要因を取り除くことができていなく、そのことがブンデスリーガ
のように観客動員数を増やし続けることができていない原因の一つになっているといえるだろ
う。
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5章 結論
検証の結果、
1)ドイツには人々がスタジアムに足を運ぶための土台が整っている
3)衛星放送の開始により、ドイツの人々の間でスタジアムに足を運ぶというイノベーション
が普及した
4)ブンデスリーガはサポーターの経済的な負担を減らしたことや、スタジアムの環境を改善
したことにより、人々がスタジアムに足を運ぶ阻害要因を取り除いた、
以上の3つの仮説が正しいことが証明できたのではないかと思う。ブンデスリーガが観客動員
数を伸ばし続けているのは、2章で挙げた3つの要因要因(①:土台が整っている、②: 人々が
積極的にスタジアムに足を運ばせるための動機づけの発生、③: 人々がスタジアムに足を運ぶの
を阻害する要因を取り除いている)をすべて満たしているからであると結論付けようと思う。そ
の一方で、他の国のリーグがブンデスリーガのように観客動員数を伸ばし続けることができない
のは、人々がスタジアムに足を運ぶ土台そのものが整っていなかったり、いくつもある阻害要因
を取り除き切れていないことが大きな原因のひとつではないかと私は思う。
以下の図は、本論文で挙げたブンデスリーガが観客動員数を伸ばし続けている要因をまとめた
ものを図で表したものである。
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6章 おわりに
まずはじめに本論文の反省点を挙げたいと思う。一つ目はアンケートのサンプル数の少なさで
ある。スタジアムに足を運ぶ心理をより深く理解するため対話形式を選んだが、仮説の検証にあ
たってデータとして使用するには不十分であったと痛感している。二つ目は他の国のリーグのデ
ータが集まらなかったことである。その結果、どうして「ブンデスリーガ
だけ
がここまで観
客動員数を増やしているのか」という疑問の解決に完全には至らなかったと感じている。三つ目
は論点を絞りきることができなかったことである。結局ブンデスリーガが観客動員数を増やして
きた上で、何の要因が一番重要であったのか、ということを言い切ることができなかったことは
反省点である。長々とここまで反省について述べてきたが、ブンデスリーガが観客動員数を伸ば
し続けてきた要因の解明に若干なりとも寄与できたと感じている。しかし、これらがブンデスリ
ーガの観客動員数が好調な原因のすべてなのではなく、あくまでも一部であると私は考えている。
今後もこのテーマに興味を持ち続け、更なる真相の追及に励んでいきたい。
最後になりましたが、この論文を執筆するにあたり、網倉久永先生、清宮浩一様には大変お世話
になりました。この場をもって、お礼申し上げたいと思います。
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<参考文献、参考URL>
Everett M. Rogers『イノベーションの普及』第5版
翔泳社
平田 竹男『スポーツビジネス最強の教科書』東洋経済新報社
2007/10/17
2012/09
P43
広瀬 一郎『サッカービジネスの基礎知識―「J リーグ」の経営戦略とマネジメント』東邦出版
2012/2/21
P210
鈴木 良平『ブンデスリーガ事情通読本』東邦出版
『サッカー批評』2008 年 issue40
weltfussball.de
FIFA
2011/2/26
双葉社 2008/9
http://www.weltfussball.de/zuschauer/bundesliga-2011-2012/1/
http://www.fifa.com/index.html
ドイツ国民のスポーツ参加動向(日本自由時間研究所
佐藤)
http://www.jif-sport.jp/sport%20in%20de.pdf
内閣府大臣官房政府広報室 http://www8.cao.go.jp/survey/h21/h21-tairyoku/images/z16.gif
MarketingPedia
http://marketingis.jp/wiki/%E3%82%A4%E3%83%8E%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E7%
90%86%E8%AB%96
欧州 4 大リーグとクラブの観客動員数推移とかチケット平均価格
http://ajickrblog.livedoor.biz/archives/1729138.html
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<アンケート質問リストと回答の内訳>
Q1)あなたはここ 1 年間で何度スタジアムに行きましたか?
9回(1人)5回(2人)3回(2人)2回(1人)1回(3人)
Q2)スタジアムに行くようになったきっかけを教えてください。(いくつでも)
元々サッカーが好きだった。(7人)友達に誘われた(2人)クラブに貢献したかった(1人)
Q3)スタジアムには一人で行くことと、他の人と一緒に行くこと、どちらの方が多いですか?
一緒に行く(3人)半々(4人)一人で行く(1人)
Q4)<Q3で他の人と一緒に行くと答えた場合>どういうつながりの人と一緒に行きますか?
サッカー好きの友達、家族、フットサルクラブのチームメイト、中高のサッカー部の部員
Q5)あなたがスタジアムに足を運ぶ理由を教えてください。
(いくつでも)
スタジアムの熱狂が良い、ファンが多い時の雰囲気が楽しい(6人)臨場感がある(3人)生で
選手を見ることができる(2人)視野を広くしてみることができる(1人)
Q6)スタジアム観戦がテレビ観戦より、優れていると思う点を教えてください。
(いくつでも)
臨場感、お金を払うことによってクラブに貢献できる
Q7)クラブが集客のために行っていることがきっかけで、スタジアムに足を運ぼうと思ったこ
と、もしくはまた行こうと思ったことがありますか?ある場合はその内容も教えてください。
ある(0人)ない(8人)
Q8)スタジアムに足を運ぶことをやめようと思わせる要因があれば教えて下さい。
(いくつで
も)
天候が悪い(7人)チケットが高い(5人)交通費がかかる(3人)相手チームが熱狂的な応援
のチーム(危険が伴うため)
(2人)アクセスに時間がかかる(2人)友達と予定が合わない(1
人)体調の問題(1人)
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