初等教育の普遍化戦略に関する事例研究 ―― ベトナムの

初等教育の普遍化戦略に関する事例研究
―― ベトナムの事例 ――
(課題番号:14310134)
平成 14~17 年度科学研究費補助金
基盤研究(B)(1)
研究成果報告書
平成 18(2006)年3月
研究代表者
潮木守一
桜美林大学大学院国際学研究科教授
本研究の概要
本研究報告書は、平成14年度から17年度にかけて実施した科学研究費補助金によ
る「初等教育の普遍化戦略に関する事例研究」
(基盤研究 B(1)
課題番号14310
134))の結果をまとめたものである。
本研究が対象とした事例とは、ベトナムの初等教育の普遍化政策である。この研究を
通じて、以下のような課題を達成しようとした。
(1) ベトナム初等教育の現状を把握し、それが当面している課題を明らかにするこ
と。ベトナム初等教育が当面する課題とは、まずは初等教育の量的普及をいか
にして向上させるかという課題である。すでに達成されている95%の就学率
を、2010年度までに99%にまで向上させるという国家目標を、いかにし
て達成するかが課題となる。つまり最後に残された5%に、いかにして初等教
育を普及させるかという課題である。こうした課題にベトナム政府、ベトナム
社会がいかなる戦略をもって立ち向かおうとしているのか、その現状を理解し
ようと努めた。
(2) ベトナム初等教育は、量的な普及だけでなく、同時に質的向上という課題にも
当面している。それは具体的にいうならば、現行の二部授業を中心とする半日
制の授業形態を、いかにして全日制に切り替えて、国際標準なみの初等教育を
実現するかという課題である。この全日制授業への切り替えなしには、カリキ
ュラムの充実も、各教科内容の充実も、また児童中心型教育の導入も、ほとん
ど不可能である。
(3) しかしながら、これらの目標の達成は必ずしも容易でない。その理由は、ほと
んどが財政上の制約があるからである。現時点で中央政府が負担できるのは、
教員給与のみで、残りの校舎建築費、補修修繕費などは、すべて地元負担とな
っている。全日制の導入には、教室の増設が必要であるが、そのための資金は
中央政府にはない。そこで現在、ベトナムでは「教育の社会化」政策がとられ、
個人であれ、団体であれ、それぞれがそれぞれできる形で、初等教育分野に資
金・労力を拠出しようという運動が展開されている。
(4) そこで、我々はつとめて「教育の社会化」の運動を下から支えている諸団体、
個人にインタビューを試み、ベトナム初等教育を成り立たせている基盤を理解
しようとした。それは、同時にベトナム社会の仕組みを理解する上で、きわめ
て有益であった。我々は数回にわたり現地調査を行ったが、それはこれらの団
体・個人とのインタビューに当てた。もちろん、ベトナムは南北に細長い国土
を有し、また西部には交通不便な山岳地帯を抱えている。我々の現地調査は地
域的にはごく限られたものにならざるを得なかった。しかしながら、こうした
限られた情報はやがては次の現地調査を行う人々には、有効な参考情報となる
ことであろう。
ii
(5) また我々は本研究の一貫として、63省の省教育局を対象とする郵送法による
アンケート調査を実施した。アンケート調査実施に先立って、郵送法という手
法がどの程度有効なのか、我々にはまったくといってよいほど、判断材料がな
かった。結果的には60%の回収率を得ることができたが、これも今後の研究
の判断材料となることであろう。
(6) このアンケート調査では、小学校での全日制教育への移行がどの程度実現され
ているかに焦点を当てた。現在のベトナム政府の基本方針は「できるところか
ら、できる形で全日制教育を導入してゆく」という柔軟な戦略である。とうぜ
んのことながら、省により、郡により、コミューン、小学校によって導入の形
態、程度には差が出てくる。しかしながら、その実態を組織的に把握する仕組
みは、まだじゅうぶんにはできていない。そこで本調査では、たとえ種々の限
界はあるものの、その実態を把握することに努めた。
(7) また我々は本研究を通じて、持続的な共同研究体制の構築の可能性を探ろうと
した。ベトナム国内には、残念ながらまだ持続的な研究を行う体制が整ってい
ない。結局のところ、本研究のカウンターパーには、ベトナム政府の教育訓練
省がなってくれた。本研究はもっぱらベトナム教育訓練省の全面的な協力のも
とに進められた。ベトナムを対象に研究を行うには、政府機関の了承のもとに
行うことが不可欠で、その点、教育訓練省がカウンターパートとなってくれた
ことは、我々にとって大きな支えとなった。
(8) 同時に4年間にわたる研究を通じて、次世代のベトナム研究者の育成を目指し
た。目下のところ、日本にはベトナム専門の研究者はそれほど多くはない。と
くに教育開発分野の研究者は限られている。次世代の研究者にとっては、なに
よりもベトナムそのものを、自分の目で見、耳できき、肌で感じてもらうこと
が欠かせない。またこのような国を対象として研究を進めるには、どのような
手続きが必要か、何が欠かせないか、これらは具体的な経験を通じてでなけれ
ば、伝えられない。
以下の各章には、こうして得られた知見に基づいた報告がなされている。ただ、本研
究の基本的な仮説を説明するならば、次のようになる。世界人権宣言、
「万人のための教
育」宣言など、世界の主流は、無償制の基礎教育を目指している。それを基準とすると、
ベトナムの現状はその目標からは、かなり隔たっている。しかし、我々はさまざまな小
学校を訪問しているうちに、父母・住民が身銭を切って作り上げた小学校に、全額公費
負担の場合とは違った「心意気」のようなものを感じた。国際支援活動のなかでは、し
ばしば Ownership の必要性が論じられるが、身銭を切った小学校を支えている人達と
の会話になかで感じたのは、その Ownership であった。
たしかに、現金収入の限られた人々にとって、身銭を切って小学校を支えることは、
容易なことではない。我々の眼に入らないところでは、私費負担の重さを嘆く声がある
のであろう。しかしながら、自ら資金と労力を提供した小学校に、村人の誇りと自負を
感じるケースが少なくなかった。
iii
もともと初等教育は多くの場合、明治期日本のように地域負担から始まった。やがて
国力の向上、行政機構の整備とともに、私費負担は減少し、公費負担が増加した。しか
し、それとともに人々の教育に関する関心は微妙に変化し、小学校は「俺達の学校」か
ら「国の学校」へと変質した。つまり「自分達の学校」意識が希薄になった。
我々がこの調査を進めている期間、日本では義務教育費国庫負担法をめぐる論議が沸
騰した。日本中どこへいっても一定水準の以上の義務教育が保証されていることは、他
国から高く評価されてきた。しかし、ベトナムの各地で触れた Ownership
は、我々に
別な角度からの示唆を与えてくれた。
もちろん、初等教育の経費負担をいかなる行政単位に求めるべきかは、多角的な検討
が必要である。ここに報告するベトナムの事例が、少しでも議論を深める上で、参考に
なればと念じている。
最後になったが、本報告書に使ったベトナムの分県地図は、フリーソフトであるMA
NDARA無料版をもとに、成城大学メディアネットワークセンターの芳川典子さんに
作成してもらった。ここで感謝の意を表明しておきたい。
平成 18 年 3 月
研究代表者
潮木守一
桜美林大学大学院国際学研究科教授
iv
研究組織
研究代表者:
潮木守一(桜美林大学大学院国際学研究科教授)
研究分担者:
金子元久(東京大学大学総合研究センター教授)
研究分担者:
大塚
豊(広島大学大学院教育学研究科教授)
研究分担者:
浜野
隆(お茶の水女子大学文教育学部助教授)
研究分担者:
野田真里(中部大学国際関係学部助教授)
研究分担者:
中井俊樹(名古屋大学高等教育研究センター助教授)
研究協力者:
石崎光男(JICA 大阪国際センター)
交付決定額(配分額)
(金額単位:円)
直接経費
間接経費
合計
平成 14 年度
3,900,000
0
3,900,000
平成 15 年度
3,900,000
0
3,900,000
平成 16 年度
3,900,000
0
3,900,000
平成 17 年度
2,400,000
0
2,400,000
14,100,000
0
14,100,000
研究発表
(1)学術雑誌等
浜野隆「初等教育普遍化に向けての政策課題と国際教育協力
-ベトナムの事例-」
『国際教育協力論集』第 7 巻第 2 号、39-54 頁、2004 年。
浜野隆「初等教育」『国際教育開発論』(黒田一雄・横関祐見子編)、有斐閣、2005 年
潮木守一「ベトナム初等教育の現状と課題」アジア経済研究所『初等教育の普遍化-
実現のメカニズムと政策課題』73-90 頁、2005 年。
金子元久「初等教育普遍化のポリティカル・エコノミー」アジア経済研究所『初等教
育の普遍化-実現のメカニズムと政策課題』39-72 頁、2005 年
浜野隆「ベトナムにおける初等教育の財政構造」
『初等教育の普遍化-実現のメカニズ
ムと政策課題』(アジア経済研究所)、92-120 頁、2005 年。
野田真里「ベトナムの初等教育普及における地域社会の役割」アジア経済研究所『初
等教育の普遍化-実現のメカニズムと政策課題』121-130 頁、2005 年。
浜野隆「世界銀行の教育政策」日本教育政策学会『日本教育政策学会年報』第 12 号、
83-92 頁、2005 年
v
(2)口頭発表
米村明夫、浜野隆「『教育をすべての者に(EFA)』運動と教育開発の現実」(日本比
較教育学会第 38 回大会、九州大学、2002 年6月)
潮木守一、金子元久、浜野隆、大塚豊、野田真里、中井俊樹、村田敏雄「ユニバーサ
ル化直前の初等教育が直面する諸問題―ベトナムをケースとして」(日本教育社会
学会第 55 回大会、明治学院大学、2003 年 9 月)
潮木守一、金子元久、浜野隆、野田真里、中井俊樹「ユニバーサル化直前の初等教育
が直面する諸問題―ベトナムをケースとして(2)」(日本教育社会学会第 56 回大
会、東北大学、2004 年 9 月)
潮木守一、野田真里「ベトナムにおける初等教育普遍化の現状と課題」国際開発学会
第 15 回大会、法政大学、2004 年 11 月
潮木守一、金子元久、浜野隆、野田真里、中井俊樹「ユニバーサル化直前の初等教育
が直面する諸問題―ベトナムをケースとして(3)」(日本教育社会学会第 57 回大
会、放送大学、2005 年 9 月)
潮木守一、野田真里、中井俊樹「ベトナム各省における初等教育の現状と『教育の社
会化』政策の実態-メーリングサーベイの分析を中心に」国際開発学会第 16 回大
会、神戸大学、2005 年 11 月
浜野隆「評価結果の総合分析-初中等教育/理数科分野について」
(日本評価学会第 6
回大会、広島大学、2005 年 12 月)
vi
目
次
本研究の概要
潮木守一(桜美林大学)
第1章
ベトナム初等教育の現状と課題
潮木守一(桜美林大学)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
第2章
ベトナム初等教育政策の動向
浜野
第3章
ベトナム初等教育におけるカリキュラム改革と教師教育の課題
浜野
第4章
隆(お茶の水女子大学)・・・・・・・・・・・・・・・・・37
隆(お茶の水女子大学)・・・・・・・・・・・・・・・・・51
ベトナムの初等教育の費用負担構造:中央-地方関係を中心に
浜野
隆(お茶の水女子大学)・・・・・・・・・・・・・・・・・64
第5章 ベトナム初等教育における地域間格差
中井俊樹(名古屋大学)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 93
第6章
ベトナム初等教育の普遍化と差異化
大塚
第7章
豊(広島大学)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・107
ベトナムにおける「教育の社会化」政策と地域社会の活動
-分権化と社会全体の参加による「万人のための教育」(EFA)
野田真里(中部大学)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・122
第8章
ベトナムでの識字教育
-ベトナム「寺子屋教育=CLC」ワークショップ参加に関する報告
石崎光男(JICA 大阪国際センター)・・・・・・・・・・・・・ 140
終章
普遍化戦略のついての提言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・149
付表
アンケート調査集計表
中井俊樹(名古屋大学)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・153
参考資料
アンケート調査質問紙・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・186
vii
第1章
ベトナム初等教育の現状と課題
潮木守一(桜美林大学)
1.国家戦略のなかでの初等教育
(1)はじめに
ベトナム政府は2000年、「国家戦略2010」を発表した。この計画には経済計
画、社会計画をはじめ教育分野での10ヵ年計画も含まれている。この計画によると、
2000年現在就学率95%の初等教育を、2010年までに99%にまで引き上げる
という目標が設定されている。(JICA 2003)
すでに知られているように、初等教育を残された最後の5%に普及させることは、そ
れ以前の段階には見られない、質的に異なった多くの困難をともなう。今回のこのベト
ナムの初等教育計画は、典型的な「残された最後の5%問題」である(金子
2003)。
この小論ではベトナム初等教育の現状と、それが当面する諸課題を説明することとする。
まず今回の「教育戦略計画」が設定する目標値を、あげておくならば、初等教育段階
の就学率はすでに述べたように、95%から99%への引き上げ、中学校段階の目標値
は現状74%を90%へ引き上げ、高校段階の就学率は現在38%であるものを50%
に引き上げるというものである。また高等教育段階の目標は、現在人口1万人当たり1
17名の在籍者を2010年には200名まで引きあげるというものである。ちなみに
ベトナムの学校制度は、小学校5年間、中学校4年間、高等学校3年間であり、12年
間の普通教育を経て高等教育へ進学することになる。
(2)2010年度までの国家計画の目標の概要
ここで目標年次2010年度までの10ヵ年計画の目標の概略を説明しておこう。ま
ず経済成長率ではあるが、2000年度は5.5%もしくは6%である水準を、201
0年度には 7 ないし8%に引き上げることが目標とされている。現実にはここ数年来、
表 1:
10ヵ年計画の目標値
2000年度
2010年度
5,160
9,089
5.5~6%
7~8%
366ドル
645ドル
総人口(百万人)
77.5
88.0
人口増加率(%)
1.53
1.20
農業人口(%)
61.3
50.0
工業人口(%)
16.7
24.0
サービス人口(%)
22.0
26.0
GDP(Bill。VND)
経済成長率
GDP
p.c.
1
7%前後の経済成長が達成されている。また国民一人当たり国内総生産でみるならば、
2000年度では366ドルであったものを、2010年度には645ドルまで引き上
げることが、目標値として設定されている。
産業別労働力構成をみると、2000年度現在、農業人口率は61%であり、農業の
比重は依然として高い。目下外資の導入を通じて工業セクターの拡大策が図られている
が、2000年度現在では工業人口比は17%に過ぎない。しかしながら今回の10ヵ
年計画では、工業人口比は24%まで増加、あわせてサービス産業人口比は2000年
度の22%から2010年度には26%まで引き上げられると見ている。
要するに、現時点では依然として農業社会であるが、今後10年間には第二次産業、
第三次産業ともに大幅な増加が見込まれている。少なくとも現在初等教育、中等教育を
受けている世代が、職業活動を開始する時点では、農業の継承よりも、工業、サービス
部門への参入が拡大するという見通しのなかで、教育計画が立てられている。それがカ
リキュラム改革、教育改革(児童生徒の自主性、創造性育成の強調)に反映されている。
また人口増加率は2000年度では1.53%であるが、それを2010年度までに
1.2%にまで低下すると見通している。事実、家族計画の浸透とともに、出生数は年々
減少傾向にあり、小学校児童数もすでに減少期に入った。そのため部分的にではあるが、
教員、教室などに余裕が生まれ、これが3部授業の解消につながった。またこれら余裕
のできた教員・教室を利用して、従来おこなわれてきた半日授業を全日制に切り替える
地域も現れており、政府もまたこうした状況を睨みながら、あえて全日制への全面移行
を政策目標とはせず、
「 できるところから全日制へ移行する」という政策を選択している。
(以下にあげる情報は特段の断りのない限り、JICAの「初等教育開発プロジェクト」
の一環として行われた2000年3月から2003年10月までの現地調査から得られ
た情報である。)
(3)10ヵ年教育戦略計画の内容
すでに述べたように、今回の教育10ヵ年計画では、小学校の就学率95%から99%
へ、中学校への就学率74%から90%へ、高等学校の就学率38%から50%への上
昇が、2010年度の目標値として設定されている。ちなみにこれらの教育普及の現状
が、周囲のアジア諸国と比較して、どのような位置にあるのかを見てみると、表2のよ
うになる。
表2では近隣アジア諸国の小学校段階の粗就学率を示しているが、いずれの国でもす
でにかなりの高水準に到達している。しかしベトナムは一頃まではアジア近隣諸国を越
えて、小学校の純就学率が際立って高かった。
このことは中学校の就学率に現れている。表3は同じく近隣アジア諸国の中学校の粗
就学率をみたものであるが、ベトナムは男子(70%)ではタイ(84%)、フィリピン
(74%)について三番目に粗就学率が高い。これに対して女子の粗就学率(64%)
はフィリピン(81%)、タイ(80%)、マレーシア(74%)、シンガポール(73%)
と比較して、それほど高い水準に達しているとはいえない。
2
表 2
:初等教育段階の粗就学率
1990
最近年度
小学校粗就学率
女子
男子
女子
男子
〔年度)
カンボディア
108
134
103
117
(2000)
インドネシア
114
117
109
111
(2000)
ラオス
92
118
104
121
(2000)
マレーシア
94
94
99
99
(2000)
ミャンマー
105
108
89
89
(2000)
フィリピン
109
113
113
113
(2000)
シンガポール
102
105
97
98
(1998)
タイ
105
100
93
97
(2000)
ベトナム
100
106
102
109
(2000)
(World Bank)
表 3:中等教育段階の粗就学率
1990
最近年度
中等教育粗就学率
女子
男子
女子
男子
〔年度)
カンボディア
19
15
13
24
(2000)
インドネシア
40
48
56
58
(2000)
ラオス
19
31
31
44
(2000)
マレーシア
58
55
74
67
(2000)
ミャンマー
23
23
38
40
(2000)
フィリピン
73
74
81
74
(2000)
シンガポール
66
70
73
75
(1996)
タイ
30
31
80
84
(2000)
ベトナム
31
33
64
70
(2000)
(World Bank)
また高等教育段階は目下整備中であり、とくに著しいのは、最近における私立大学の
族生である。アジア近隣諸国と比較すると、ベトナムの10%程度という粗就学率は、
それほど高くはない。現在の国家目標は2000年度の人口一万人当たり高等教育在籍
者を 2000 年度の117名を、2010年度には200名まで引き上げるというものであ
3
る。人口1万人当たり117名(2000年度現在)、200名(2010年度の目標値)
は、日本に当てはめると、1965年と1990年頃に相当する。ベトナムの高等教育
が目下、私立大学が急速な速度で拡大しており、その水準維持、質保証をいかに行うか
が議論の対象となっている。
大学進学者は国立大学、私立大学問わず、全国共通の試験(3教科選択)を受験しな
ければならず、この受験者数は150万人の多くに達している(日本の大学入試センタ
ー試験受験者は2005年度の場合、約57万人)。しかもすべての受験生は3教科受験
することになっており、その答案は論述式である。そのために採点に長時間を要し、ど
の程度客観性、公平性が保たれているか、疑問視されている。
(JBIC
2004なら
びに2004年3月に開催されたJBIC主催のワークショップから得られた情報)
表 4:高等教育段階の粗就学率
1990
高等教育粗就学率
最近年度
女子
男子
女子
男子 〔年度)
カンボディア
0
1
2
4
(2000)
インドネシア
6
13
13
16
(2000)
ラオス
1
2
2
4
(2000)
マレーシア
7
8
29
27
(2000)
ミャンマー
5
4
15
8
(2000)
フィリピン
33
24
33
30
(2000)
シンガポール
15
22
40
47
(1997)
タイ
19
17
32
39
(2000)
ベトナム
1
3
8
11
(2000)
(World Bank)
2.ベトナム初等教育の財政的基盤
(1)初等教育経費の負担主体
ベトナムでは初等教育の維持費のうち、教員給与は国庫負担であるが、それ以外の経
費は地元負担である。つまり、校舎の建築費、維持費、修繕費、その他の経常経費は地
元負担となっている。なかでも校舎の建築費、修繕費などが地元負担となっているため、
父母達はかなりの経費を初等教育のために負担している。
このような経費負担形態は、法律によって定められたものではなく、ベトナム社会伝
統のものとみられる。つまり小学校は村が作るもの、村が維持するもの、村のコミュニ
ティー・センターという住民感覚が元になっている。一時期、社会主義政権下で義務教
育費の全額国庫負担が目指された時期があった。ところがこの方式は長続きせず、19
4
80年代の末、地元負担に切り替えたとき、かなり不満が噴出した。中央政府に初等教
育費のすべてを支える資金が不足している以上、地元コミュニティーが資金を負担する
しかない状態が、今日まで続いている。
こうしたコミュニティー・レベルで地域の教育サービスを支え、補強する制度として
「Study Encouragement Association」が地域ごとに形成され、資金調達のみならず、
教育振興活動を展開している。その背後には教育、とくに初等教育を支えるのは地域社
会だという伝統的な心情があるためと見られる。ただ、こうした私費負担の性格つけに
ついては、学校の公的な性格との関係で、関係者による微妙な差が観察された。たとえ
ば、ある地域ではいずれ必要となる校舎の改築経費を、校長が父母から毎月いくらとい
った形で徴収し、管理していた。しかもこういう方式をかなりオープンに我々に語って
くれた。しかし、別の村にゆくと、
「学校は公的施設であり、それが父母から何らかの金
銭を徴収することは禁じられている」といった回答が、校長からなされることがあった。
こうした公的機関が行う個人負担の徴収は、学校に限らず、病院などの機関でも、長
年にわたってインフォーマルに行われてきたという。しかしそこには、これら公的機関
が規定外の個人負担を徴収できるのかという面倒な問題があり、何らかの形で透明度を
高める必要があった。そこで2002年、政府は「Revenue Raising Unit」を設定し、
学校、病院等の公的機関が必要に応じて、その利用者から経費の一部を徴収できること
を、公式に認めた。これは新たな方式の導入というよりも、すでに長年にわたって行わ
れてきた慣行を、追認したものと受け止められている。このようにして、当初は必ずし
も公認されてはいなかった初等教育に対する父母負担、地元負担は、公認され、正式な
活動として位置づけられることとなった。
(2)地元負担と地域格差
こうした方式がとられている結果、当然のことながら同じ小学校教育といっても、大
きな地域格差が生まれる。経済的に豊かな地域では父母、地元民達は資金を出し合って
立派な校舎を作ることができるが、経済的貧困地域では粗末な校舎しか作ることができ
ない。また教員給与は原則的に全額国庫から配分されることになっているが、その時々
の財政事情によって、必要なだけの給与費が配分されないことが起こる。その結果、必
要なだけの数の教員が確保できず、やむなく地元負担に依存することになる。つまり地
元から徴収した資金で教員を雇用することが行われている。そのような地域ではそれだ
け地元負担が高まる。
(3)ベトナムの公財政システム
初等教育の維持にかなりの父母負担・地元負担がかかるのは、現時点ではじゅうぶん
な国家収入が見込まれないためである。つまり教育サービスを全額国庫から支出するだ
けの国家収入がまだない。またベトナムの地方行政単位は、日本の地方自治体とは異な
って、独自の財源を持っていない。すべての種類の国家収入は、いったん中央政府のも
とに集められ、そのあと一定の基準に従って省などの地方行政体に配分される(その詳
5
細は第 4 章浜野論文参照のこと)。現在の政府の目標は、国家財政の20%を教育部門
に割くというものであるが、この同じ教育部門の内部で、さらに初等・中等・高等教育
への配分が行われる。しかし初等教育部門への配分は、現状では初等教育費のうち、教
員給与をカバーする程度でしかない。
その意味で国家収入がどれほど確保できるかによって、教育のみならずすべての公的
サービスの規模・質が左右されることになる。そこで近年における国家財政の現状を見
てみることとする。
図 1:(ベトナムの GDP の推移)
Billion Dong
600,000
536,098
481,295
500,000
441,646
399,942
361,017
400,000
313,623
272,036
300,000
228,892
200,000
100,000
119
15,420
599 2,870
178,534
140,258
110,532
76,707
28,09341,955
0
1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002
ベトナムの GDP は現在、年率7%強の高率で伸びてきている。それとともに国家収
入も増加傾向にあり、それぞれの公共活動への資金投入もまた増加している。なかでも
教育部門は優先順位が高く、前にも述べたように、現行国家計画の下では政府収入の2
0%にまで高めることが目標とされている。表でも示すように、2003年度までは教
育訓練費の国家予算総額に占める比率は15%前後で、目標値である20%にはまだ開
きがある。ちなみに教育訓練費の対 GDP 比は、4%前後である。
(4)国家収入の源泉
問題はこの国家収入の源泉であるが、ベトナムの国家収入は「国営企業からの収入」
「対外貿易からの収入」
「「非国営企業からの収入」
「合弁企業からの収入」などに大別さ
れている。これらのうち、もっとも額が多いのは「国営企業からの収入」である。これ
が国家収入の約50%に達している。つまり依然として国営企業への依存度が高い。二
番目の多いのは対外貿易で全体の22%を占めている。この2項目と比較すると、
「非国
営企業」からの国家収入は、まだそれほどの額に達していない(全体の11%)。
6
表 5:教育訓練に対する公財政支出
Expenditure (Billion VND)
1998
1999
2000
2001
2002
2003
Prel.
GDP *
361.0
399.9
444.1
484.6
539.1
611.1
GDP 増加率 (%)
5.8
4.8
6.8
6.8
7.0
7.3
国家予算総額 *
80.0
99.3
109.0
129.8
147.0
167.7
教育訓練予算 *
11.0
14.0
16.4
19.7
22.9
27.2
13.7
14.1
15.0
15.2
15.6
16.2
教育訓練費の GDP に占める割合 (%)
3.0
3.5
3.7
4.0
4.3
4.4
教育訓練のための経常経費の年間増
加率 (%)
7.0
6.1
23.9
21.7
22.5
24.1
国家予算に占める教育訓練のための
資本的支出の割合(%)
20.4
26.2
12.5
12.4
13.9
13.8
国家予算に占める教育訓練費の割合
(%)
Note: * Current prices
現在ベトナム政府は「非国営企業」
「合弁企業」の拡大に期待をかけ、不足している国
内資本を補うために、外国資本の誘致策を展開している。非国営企業、合弁企業ともそ
の数は急速に伸びてきてはいるが、国家収入の拡大に目立った貢献をする規模には達し
ていない。とくに2000、2001年度と国営企業からの収入が急増しているのに対
して、非国営企業、合弁企業からの国家収入はそれほど伸びていない。これは非国営企
業、合弁企業に対しては、現在のところ税制優遇措置がとられており、その結果、これ
らの企業活動の上昇ほどには、国家収入増が起きていないためだとされている。
図 2:ベトナムの国家収入
国家歳入(財源別。単位=ビリオン・ドン)
60,000
50,000
Ⅰ.国営企業
II. 非国営企業
III. 対外貿易
IV.合弁企業
V. その他
VI. 海外援助
40,000
30,000
20,000
10,000
0
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001
7
ここで国家収入の50%を支えている国営企業について説明しておくならば、これら
国営企業は旧社会主義時代から引き継がれてきているもので、その民営化をめぐっては
さまざまな議論がある。また国営企業からの収益を「上納金」ととらえる捕らえ方もあ
るが、市場経済のもとでも法人税が存在するので、これら国営企業からの収益の性格付
けは微妙である。これら国営企業は全労働力の10%を占めており、ベトナム経済にお
いてはまだかなりの役割を果たしている。
ちなみにベトナムの雇用主体をカテゴリー別に分類すると、1.国家セクター、2.
集団所有セクター、3.私有セクター、4.個人セクター、5.外国資本、6.混合体
の6種類に分類される。2001年現在、ベトナム労働力全体の69%が民間部門(私
有セクター、個人セクターを合わせたもの)に雇用されており、16%が集団所有セク
ターに、10%が国家セクターに、雇用されている。外国資本の雇用は、それほど拡大
しておらず、全体の1%以下でしかない。
現在のベトナムは、社会主義体制をとる北ベトナムによる南ベトナムの吸収によって
成立した。統一以前から南は北に対して、より商業経済が浸透し、個人所有が普及して
いた。この痕跡は現在なお見ることができる。
図 3:雇用主体別労働力構成
0%
10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%
国全体
紅河デルタ
東北部
西北部
北中部沿岸部
南中部沿岸部
中央山岳部
東南部
メコンデルタ部
国家
集団所有
私有
個人所有
外国企業
混合
上図に示したように、北部、中部ベトナムでは「集団所有」の雇用の割合が高く、南
部では「私的所有企業」や「個人企業」の占める割合が高い。また外国企業による雇用
は、東南部(ホーチーミン市を含む)において高い。
外国資本、合弁企業の進出は、1996年をピークとして、それ以降は停滞気味であ
る。この雇用吸収力は、まだ目立ったほどの規模とはなっていない。
8
80.00
4.00
70.00
3.50
60.00
3.00
50.00
2.50
40.00
2.00
30.00
1.50
20.00
1.00
10.00
0.50
0.00
0.00
95
96
97
98
99
2000
2001
Investment from state sector
Investment from non-state sector
Labors in state sector
Labors in other economic sector
図 4:政府部門、非政府部門からの投資額と労働力
9,000
8,497.3
Investment amount (M USD)
8,000
7,000
6,524.2
6,000
4,737.3
5,000
3,721.4
4,000
3,000
2,471.9
2,013.1
1,926.1
2,000
1,000
3,657.6
2,615.4
1,566.8
1,146.7
512.3
147.3 363.6
0
1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001
Year
図 5:直接外国投資
3.初等教育の現状
(1)ベトナム初等教育の特徴
すでに述べたように、ベトナムの95%という就学率は、近隣アジア諸国と比較して
も高いが、その理由は、以下のようなものと見られる。
①かつて多くの社会主義社会で広く行われたように「識字キャンペーン」、「学校へ子
供を通わせよう」という大衆動員が行われ、その影響が現在の就学率の高さの基盤
となっていること。
②それぞれの地域社会では、さまざまな大衆組織が活動を展開しており、その一環と
して、学校に通っていない子供を見かけると、子供当人に学校に通うよう説得し、
その親には子供を学校に通わせるよう、説得をする。とくにこの役割は、「女性同
盟」「青年同盟」などが大きな役割を果たしているものとされている。
③かつては儒教文化圏に属し、第一次世界大戦直前まで科挙が行われ、「文」や「学」
に対する関心が一般的に高いこと。
9
④その伝統の上に、社会主義政権成立後は、知識、知恵を重視する「ホーチーミン思
想」が加わり、その思想が国民に大きな影響力を発揮していること
⑤小学校の授業時間は、多くの場合、午前中もしくは午後4時間と短く、就学が容易
であることなどである。
(2)初等教育に関する国家基準
初等教育に関しては、以下のような国家基準が定められている。この基準に定められ
た目標を達成することが、小学校の責任とされている。
小学校に関する5つの基準
校長は中等教育もしくはそれ以上の教員
養成を受け、5年以上の教職経験を有して
1.1
校長と副校
長
いること
副校長は、校長の職務を補助するにじゅう
ぶんな専門的な技能、知識と道徳上の資格
を有していること
学校内の党分会
1.2
組織と委員
会
ホチーミン共産党青年同盟
学校教育組合
教育委員会
年間学校計画と特定期間についての計画
を持っていること
1.組織と経営
1.3
学校経営の
実績と効果
学校経営に必要な通信手段をもち、コンピ
ュータを使用できること
小学校規則にしたがって、教員、職員、行
政職員を管理していること
小学校に関する党の決定を遵守している
こと
地方機構が下す行政上の運営を遵守して
1.4
地方機構の
下す指示の遵守
いること
学校の具体的な運営について、地方機構と
協議すること
教育部のガイドラインを遵守し、小学校教
育の実情を地方機構の教育部に報告する
こと
2.教員構成の整
2.1
備
資格
量と専門的な
1学級1.15名の教員を確保すること
全側面的な教育を効果的、効率的に実行す
10
ること
少なくとも100%の教員が既定の基準
を満たし、少なくとも30%の教員がより
上位の基準を充たしていること。芸能・体
育の教員がいること
郡レベルでみて、少なくとも25%の教員
2.2
専門性と技
能の程度
が、必要な基準を充たしていること
学校レベルで少なくとも50%の教員が
必要な基準を充たしていること
基準以下の教員がいないこと
規則にしたがって特別活動が組織されて
2.3
特別活動の
編成
いること
特別活動についての年間予定が組まれ、他
校への訪問、経験の交流計画が組まれてい
ること
50%以上の教員が、2005年までによ
り上位の基準を充たす計画が作られてい
2.4
訓練計画
ること
継続的な訓練計画を実行していること
各教員が教授技術を向上させるための計
画を持っていること
児童一人当たり10平米(農村・山間部)、
3.施設の状況
3.1
校地・運動
場
6平米(都市部)の校地を保有しているこ
と
運動場、体育施設を保有していること
1学校当たり学級数が30を越えないこ
と、1学級当たり児童数が35名を越えな
いこと
基準を充たすだけの教室を持っているこ
3.2
教室、その
他の部屋、図書室
と
図書室には書棚、児童用の読書室、教員用
読書室が備わっていること
その他の教室:安全室、事務室、校長室、
教員室、用具室、学校ピオニール室、美術
室、保健室
3.3
衛生状態
学校の環境が静かで、空気が清潔で、子供
達が通いやすいこと
11
学校が壁、フェンスで囲まれていること
衛生状態が良好であること
地域住民と協力して、適宜、教育集会が組
織できるようになっていること
4.1
教育委員会、 地域教育委員会で教育計画の編成に、学校
両親委員会
がもっとも積極的に提案すること
両親委員会と学校は児童の教育面で効果
的に共同すること
小学校教育の目標、内容、指導方法、児童
の成績等について、地域住民の理解を深め
4.教育計画の社
4.2
会化の実行
間の健全な関係を作
家族・学校
り出す活動
るための説明会を組織すること
児童の教育環境の整備向上について、両親
達と協力し合うこと
道徳、生活習慣、法律、文化、芸術、スポ
ーツを向上・促進するための具体的な計画
を作成すること
4.3
学校の施設
を向上させるための
家族・地域社会の貢
献
さまざまな組織から、労働力・資金面での
協力をえること。施設・設備の充実、教材
の充実、優れた教師・児童の表彰、貧困児
童支援などに向けて個人・組織を動員する
こと
5.諸活動と教育
規定のカリキュラム、規則に従った教育活
効果
動を実行すること
少なくとも20%の児童に全日制の教育
5.1
教育活動の
実施
を与えること
教科外の時間での教育活動を組織する
優れた児童を対象とするより進んだコー
スの提供、学習の遅れている児童のための
特別のコースを設定する
児童の自主性、勤勉、自信、創造性を育成
5.2
教授方法と
する教授方法を開発するためのガイダン
児童の成績評価の工
スステップを持っていること
夫
教育省の定めに従って適切な方法で、児童
の成績を評価すること
5.3
正規の年限
定められた年齢期間内に小学校教育を受
内での小学校教育の
けことによって、小学校教育普遍化につい
普遍化を目指すこと
ての国の基準を充たすこと
12
定められた年齢に学校に通うよう、児童に
勧めること。繰り返し率を低下させ、就学
率を維持・向上させるよう、恵まれない環
境にある児童に対する措置を講じること
98%以上の進級率、卒業率を実現するこ
と
5.4
教育の質と
効率
少なくとも25%以上の児童が、最優秀な
成績をおさめること、少なくとも40%以
上の時代が優れた成績を収めること
最低90%以上の訓練効率を確保するこ
と
4.初等教育の直面する諸課題
(1) 短い授業時間
先にも述べたように、ベトナムの小学校の授業時間の一般的な姿は、午前4時間(具
体的には7:30から11:30)、午後4時間(13:30から17:50)のいずれ
かである。つまり、一つの教室が一日2回使う方式がとられている。場合によっては3
部授業が行われていた地域もあったが、2004年度現在ではほとんど消滅した。
授業時間についても、2002年度からの新カリキュラム導入以前は、それぞれの地
域の実情に応じて、5 年間で165週、120週、100週の 3 種類のカリキュラムが
用意されていたが、そのなかでも主流は、5年間165週、年間33週、年間授業日数
165日であった。
表6は1999年度時点で、週165時間の授業を実施している小学校の割合を地区
別にみたものであるが、これからも明らかなように、97%の小学校が授業時間165
時間体制を組んでいた。
この年間授業日数165日では、年間総授業時間は660時間程度にしかならない。
これは国際標準である約1,000時間と比較して、3分の2程度にあたる。この半日
通学制度は、児童労働への依存度の高い農業社会では、それなりの意味をもっていた。
また公的資源の乏しい段階では、一つの施設を午前午後の2回にわたって利用すること
は、資源の有効活用という観点からも、それなりの意味をもっていた。しかしながら、
ベトナムはいつまでも農業社会ではなく、工業社会への移行の道をたどっている。ここ
に初等教育の質的向上、内容充実のためには、まずもって 2 部授業を解消し、全日制へ
の移行を達成しなければならないという課題がある。
13
表 6:週165時間の授業を実施している小学校の割合(1999年)
全国
96.7%
紅河地域
99.2%
北東地域
93.3%
北西地域
89.6%
北部中央地域
95.9%
中央沿岸地域
97.6%
中央山岳地域
98.0%
南東地域
97.5%
メコンデルタ地域
98.7%
なぜ多くの学校が二部授業にしなければならのか、その理由は単純明快で、2倍の教
室を作る財政的余裕がないからである。初等教育の財政的な基盤については、別の論文
で詳しく述べているが(浜野
2004)、その概略を述べるならば、教員給与は国庫か
ら支出されるが、校舎建築経費は国、あるいは省の予算ではなく、各コミューンが負担
することとなっている。したがって経済力のあるコミューンは、立派な校舎を建て、全
日制導入が必要と判断すれば、教室の増築を行うことができる。しかし資金力のない地
域では、粗末な校舎で我慢することになる。また教員給与も国家予算の状況によっては、
完全に支給されるとは限らず、必要なだけ配分されるとは限らない。そのような場合に
は、父母負担による臨時教員を1日単位で雇用することになる。このように、校舎・教
室の建築費・増築費・維持費・管理費をはじめ、臨時教員のための給与まで、父母負担・
地域負担はかなりの額に達する。その額がどれほどになるかは、正式のデータはとられ
ていない。
このコミューン間の格差はきわめて明瞭で、校舎の仕様、広さなどにはっきり分かる。
立派な校舎になると、コンクリート作りで、特別教室まで持っているが、貧しい地域の
学校へゆくと、藁葺き屋根、木の柱、土壁の仕切りといった校舎が立っている。このよ
うな校舎の耐用年数は 5 年程度ということで、補修が必要となると、村人の手で補修が
行われる。また木造校舎は、しばしばシロアリなどに侵され、それだけ耐用年数が短く
なる。
こうした教室不足を原因とする2部授業は、授業時間全体を制約し、現状のままでは
1時間の授業時間延長は困難である。つまり、教育内容の充実、水準向上が、同じ教室
を1日に 2 回使わなければならないという物理的制約のために阻まれている。
そのため、2000年度当初は、文部省関係者の話からは、全日制への移行がかなり
高い優先度を持っているような印象を受けたが、その後、国の方針は「導入可能な地域
14
から移行する」という消極的なものへと変化した。また2000年度当時、省レベルで
の話では「全日制への移行に要する教室数の増加、教員数の増加、経費の増加について、
推計はできているが、予算的裏づけは不確定」といった話が多かった。
図 6:山間部の藁葺き屋根の校舎
図 8
図 7:机椅子は整備されていない
:新築まもない校舎
(2)全日制への移行に伴う諸課題
全日制への移行には、教室不足の問題だけでなく、次のような問題が関係している。
15
まず現行の半日制のもとでは、教員は午前か午後のどちらかの授業を担当する。つまり
半日は授業がないことになる。実態レベルはともかくとして公式には、この半日は「次
の日の授業の準備」として性格づけられている。つまりこれも公務の一部であり、その
前提で国から給与は支給されている。したがって、半日制から全日制に切り替わっても、
授業時間延長からくる国からの追加給与の支払いは期待できない。
それでは授業時間の延長に対する教員のインセンティブはいかにして確保できるのか。
国からの「超過勤務手当て」が期待できない以上、両親、地域社会が特別の謝礼を払っ
て、教員に授業時間の延長・追加を頼まなければならない。つまり、全日制への移行は、
住民・両親には新たな追加支出をともなうことになる。当然のことながら、地域による
格差が生じる。早々と教室の増築を行って、全日制に切り替えた地域、依然として教室
不足から半日制を続ける地域。この地域格差は限られた観察経験からも明白である。
またこれを教員側からみれば、半日が「次の日の授業の準備」というのは、あくまで
も建前の話で、実際は何らかのセカンド・ジョブをしているとされている。その教員か
らすれば、授業延長から生じる追加給与が、セカンド・ジョブからの収入よりも多けれ
ば授業時間延長に対するインセンティブが生まれるが、そうでなければ、授業時間延長
は達成されない。国が全国一律に全日制への移行を政策目標として提示できない背景に
は、教室不足ばかりでなく、こうした追加給与の問題が関係しているものと思われる。
ちなみに、国家公務員の給与水準は高くなく、なかでも教員給与は月額30ドル程度
だとされている。一家を支える普通の生活には、100ドルかかるといわれているので、
これだけでは生計の維持が困難である。アセアン諸国の場合、教員の平均給与は一人当
たり国内総生産額と比較して2.4倍であるが、ベトナムの場合は1.17にしかなら
ない。
5.全日制教育導入の現状
(1)全日制教育導入の具体的な形態
現時点での国の政策は、
「導入できるところから全日制に移行する」というものである
が、導入したところでは、さまざまな形の全日制が導入されている。たとえば、同じ小
学校でも低学年から全日制に切り替えたところでは、上級学年は依然として半日制をと
っていたり、ある学年で試行的に一週間のうち、特定曜日だけ全日制を導入したり、年
間すべての期間ではなく、ある特定時期だけ全日制に移行したところなど、その形態は
さまざまである。
そこで本研究では2005年夏、各省の教育局対象に、全日制導入の実態について郵
送法によるアンケート調査を実施した。その結果を説明するならば、以下の通りとなる。
( 2 ) ベトナム初等教育での全日制への移行過程
すでに述べたように、ベトナムの初等教育が抱える課題のなかで、もっとも大きな課
題は、全日制への切り替えという課題である。政府は現在、
「 できる学校からできる形で」、
全日制に移行するという、きわめて弾力的な方針を採用している。当然のことながら、
16
地域によって導入の形態も異なり、普及の程度も異なっている。そこで今回は、本調査
研究では教育訓練省と共同研究を企画し、全日制導入の実態について郵送法によるアン
ケート調査を実施した。つまり、教育訓練省より各省の教育局にアンケート用紙を配布
し、それにその省での全日制への移行の現状について解答してもらうこととした。配布
した省は63省であるが、そのうち38省より有効回答を得る事ができた。回収率は6
0%である。そこで、以下のではそのアンケート調査の結果を報告することとする。
図 9:フエ省の教育・訓練局
(3)全日制教育を導入している学校の割合
全日制への切り替えについて、本研究会はこれまで実施してきたインタビュー調査か
ら、さまざまな形態があることを、事前に情報を得ていた。つまり、ある学校では低学
年から実施したり、ある学校では高学年から導入したり、またある学校では月に数週間
だけ全日制を実施したり、その導入の形態が多様であるとの情報を得ていた。
そこで調査方法として、
(1)学年、学級、導入の形態を問わず、何らかの形で全日制
教育を実施している学校の数を調べる「学校レベル」での導入率、
(2)何らかの形で全
日制教育を実施している「学年レベル」での導入率、
(3)何%の児童が全日制教育を受
けているか、児童レベルでの導入率、という3つの次元で調査することとした。
まず第一に「ともかく何らかの形で全日制を導入している学校数」について、各省の
教育部が把握している数をもとに、その普及率を計算すると、表7のようになる。
17
表 7:全日制導入率―学年・形態を問わず(高いほうから低いほうに並べてある))
全日制導入
省名
省名
全日制導入
率(%)
率(%)
6.Ha Nam
ハーナム
100.0
51.Dong Thap
8.Thai Binh
タイビン
100.0
60.Bac Lieu
12.Lao Cai
ラオカイ
100.0
23.Lai Chau
ライチャウ
26.6
20.Bac Giang
バックザン
100.0
10.Ha Giang
ハーザン
24.5
52.An Giang
アンザン
98.3
39.Kon Tum
コントゥム
23.8
1.Ha Noi
ハノイ市
94.5
47.Dong Nai
ドンナイ
16.7
17.Thai
ターイグエ
Nguyen
ン
91.1
38.Gia Lai
ザーライ
16.2
74.4
3.Ha Tay
ハータイ
15.6
24.Son La
ソンラー
13.4
48.Binh
ビントゥア
Thuan
ン
19.Vinh Phuc
ヴィンフッ
ク
ドンタップ
バックリエ
ウ
31.0
26.7
36.Phu Yen
フーイェン
64.3
33.Quang Nam
クァンナム
63.4
57.Can Tho
カントー
60.6
13.Bac Kan
バックカン
10.7
50.Long An
ロンアン
60.5
32.Da Nang
ダナン市
10.2
26.Thanh Hoa
タインホア
49.0
11.Cao Bang
カオバン
8.3
45.Tay Ninh
タイニン
47.8
16.Yen Bai
イェンバイ
5.9
クァンビン
44.4
43.Ninh
ニントゥア
Thuan
ン
40.Dak Lak
ダクラク
43.0
4.Hai Duong
ハイズン
3.9
49.B.Ria-V.
バーリア・ヴ
Tau
ンタウ
39.7
25.Hoa Binh
ホアビン
2.8
36.0
61.Ca Mau
カーマウ
2.7
29.Quang
Binh
46.Binh
Duong
ビンズン
12.6
5.8
このように、何らかの形で全日制を導入している学校の占める比率がもっとも高いの
は、ハーナム、タイビン、ラオカイ、バクザンの4省で、ここでもともに100%の小
学校が何らかの形で、全日制を導入している。それとは反対に、全日制導入率が10%
未満の省も6省見られる。つまり現状では全日制導入にはかなり大きな地域差がみられ
る。
18
表 8;全日制教育を実施している学校の割合
80%以上の学校が全日制教育を実施している省
7省
5 0 % 以 上 8 0 % 未 満 の 学 校 が 全 日 制 教 育 を 実 施 し て いる
5省
省
2 0 % 以 上 5 0 % 未 満 の 学 校 が 全 日 制 教 育 を 実 施 し て いる
11省
省
全日制教育を実施している学校が20%未満の省
13省
合計
36省
80%以上の学校が全日制を導入している省は7省,50%から80%未満の省が5
省,20%から50%未満の省が11省,20%未満の省が13省である(表8参照)。
また、この導入率を基準として、ベトナム地図を色分けしてみると、図4のようにな
る。この図からみると、比較的導入率の高い地域が二つ見られ、一つはハノイ周辺の地
域であり、もう一つはホーチーミン周辺の地域である。
図 10:全日制教育を実施している学校の割合
19
この地図から明らかなように、全日制の導入度が高いのは、ハノイ周辺、ダナン周辺、
ホーチーミン周辺の3地域である。つまり都市周辺から導入が進んでいることがわかる。
(4)小学校1年生での全日制教育の導入状況
以上は「何らかの形で全日制を導入している学校の割合」であるが、それでは学年ご
とに見た場合、どの学年の何パーセントほどの児童が全日制教育を受けているのであろ
うか。まず小学校1年生の場合を見ると、表9のように、80%以上の児童が全日制教
育を受けている省は6省,50%以上80%未満の場合が2省,20%以上50%未満
が12省,20%未満が13省となっている。
表 9:小学校1年生のうち、何パーセントが全日制教育を受けているのか
(高い順に並べてある)
全日制
省名
省名
全日制
導入率
導入率
(%)
(%)
4.Hai Duong
ハイズン
100.0
25.Hoa Binh
ホアビン
23.8
52.An Giang
アンザン
99.0
6.Ha Nam
ハーナム
22.1
1.Ha Noi
ハノイ市
95.4
27.Nghe An
ゲアン
20.8
32.Da Nang
ダナン市
87.2
39.Kon Tum
コントゥム
18.4
20.Bac Giang
バックザン
85.0
56.Kien Giang
キエンザン
15.7
8.Thai Binh
タイビン
82.8
11.Cao Bang
カオバン
10.3
29.Quang Binh
クァンビン
73.6
40.Dak Lak
ダクラク
10.2
33.Quang Nam
クァンナム
56.2
51.Dong Thap
ドンタップ
9.6
19.Vinh Phuc
ヴィンフッ
46.1
10.Ha Giang
ハーザン
9.5
ク
3.Ha Tay
ハータイ
45.6
47.Dong Nai
ドンナイ
9.4
36.Phu Yen
フーイェン
43.3
48.Binh Thuan
ビントゥア
9.2
ン
57.Can Tho
カントー
42.1
50.Long An
ロンアン
7.7
26.Thanh Hoa
タインホア
40.6
43.Ninh Thuan
ニントゥア
3.6
ン
49.B.Ria-V.
バーリア・ヴン
37.3
24.Son La
ソンラー
3.0
Tau
タウ
45.Tay Ninh
タイニン
35.2
61.Ca Mau
カーマウ
2.1
46.Binh Duong
ビンズン
28.1
60.Bac Lieu
バックリエ
1.8
ウ
16.Yen Bai
イェンバイ
24.5
20
図 11:小学校1年生のうち、何パーセントが全日制教育を受けているのか
(5)小学校5年生での全日制教育導入状況
次に小学校5年生の場合を見てみよう。小学校5年生での普及率は、表 10 が示すよう
に、1年生と比較して高くない。
表 10:小学校5年生の何%が全日制教育を受けているか(%)
(高い順に並べてある)
全日制
省名
省名
全日制
導入率
導入率
(%)
(%)
1.Ha Noi
ハノイ市
87.9
39.Kon Tum
コントゥム
8.4
8.Thai Binh
タイビン
56.3
40.Dak Lak
ダクラク
7.9
32.Da Nang
ダナン市
53.2
16.Yen Bai
イェンバイ
7.4
29.Quang Binh
クァンビン
47.3
4.Hai Duong
ハイズン
7.0
3.Ha Tay
ハータイ
24.4
25.Hoa Binh
ホアビン
7.0
21
19.Vinh Phuc
ヴィンフック
23.3
36.Phu Yen
フーイェン
6.5
57.Can Tho
カントー
23.0
60.Bac Lieu
バックリエウ
6.1
51.Dong Thap
ドンタップ
20.8
52.An Giang
アンザン
5.9
49.B.Ria-V. Tau
バーリア・ヴン
20.4
48.Binh Thuan
ビントゥアン
4.8
タウ
20.Bac Giang
バックザン
20.0
50.Long An
ロンアン
4.5
33.Quang Nam
クァンナム
17.1
11.Cao Bang
カオバン
2.8
6.Ha Nam
ハーナム
14.8
56.Kien Giang
キエンザン
2.3
45.Tay Ninh
タイニン
14.2
24.Son La
ソンラー
1.6
46.Binh Duong
ビンズン
13.7
26.Thanh Hoa
タインホア
1.4
27.Nghe An
ゲアン
11.3
43.Ninh Thuan
ニントゥアン
1.0
10.Ha Giang
ハーザン
9.6
61.Ca Mau
カーマウ
0.3
47.Dong Nai
ドンナイ
8.9
図 12:小学校5年生の何%が全日制教育を受けているか(%)
小学校5年生の80%以上が全日制教育を受けている省は、ハノイ1省だけである。
残りのうち、2省では50%以上80%未満の児童しか全日制教育を受けておらず、ま
22
た7省が20%以上50%未満の児童しか全日制教育を受けておらず、24省が20%
未満の児童しか全日制教育を受けていない。このように、学年別にみると、全日制教育
が導入されているのは、高学年よりも低学年である。
表 11:全日制教育を受けている児童の割合別にみた省の数
1 年生
5年生
80%以上
7省
1省
50%以上80%未満
2省
2省
20%以上50%未満
9省
7省
20%未満
14省
24省
合計
32省
34省
ただドンタップ省の場合をみると、この省での全日制教育の導入の割合は、全学年平
均して20%以下でかなり低いが、ここでは2年生以上ではいずれも20%を越えてい
るが、1年生に限っては10%程度でしかない。制度として1年生という低学年には全
日制教育を導入していないためか、事実問題として、低学年には普及していないためか
は不明である。
図 13:ドンタップ省での学年別全日制教育の普及率
ドンタップ省の学年別全日制教育の普及率
て 全 25
い日
20
る制
児 教 15
童 育 10
のを
割受 5
合け 0
g1
g2
g3
学年
これと対照的なのはハイドン省(Hai
g4
g5
Dong)の場合で、ここでは4年生、5年生では
全日制教育を受けている児童が10%以下しかいない。これに対して、1年生、2年生、
3年生ではほぼ100%近くの児童が、全日制教育を受けている(図 14 参照)。
23
図 14:ハイドン省での学年別全日制教育普及率
ハイドン省(Hai Duong)での学年別全日制教育を受けてい
る児童の割合
け 全 120
て 日 100
い 制 80
割
る 教 60
合
児 育 40
童 を 20
の受 0
Grade 1
Grade 2
Grade 3
学年
Grade 4
Grade 5
以上の2省と比較して、ハノイ省ではかなり以前から全日制教育が導入されており、
どの学年をとってみても、90%近くの児童が全日制教育の対象となっている。
図 15:ハノイ省での学年別全日制教育普及率
ハノイ省(Ha Noi)での学年別全日制教育を受けている児童
の割合
け 全 100
て 日 80
い制
60
割
る教
合
児 育 40
童 を 20
の受 0
Grade 1
Grade 2
Grade 3
学年
Grade 4
Grade 5
(6)全日制導入の背景要因
このように全日制の導入の程度は、省によってかなりの差が見られる。こうした差を
説明するのはいかなる要因であろうか。まず各省の経済水準が関係しているものと推定
される。そこで各省の一人当たり GDP(ppp-$US)との関連を調べてみた。図16が両者
の相関関係をみたものである。ただ一点断っておくならば、Bara-Vung Tau 省は石油産
出地であることから、一人当たり GDP が14,470ドル(PPP)と抜きん出て高い。そ
こでこの省は除外してある。この図が示しているように、一人当たり GDP と全日制導入
の程度とは相関係数が0.5程度、決定係数は0.27であり、それほど説明力は高く
ない。Hanoi、DaNang, Thai Bing, Quang Binh などの省は、その経済水準から予想され
るよりも、はるかに高い導入率を示している。その反面、Dong Nai
24
や
Binh Duong の
ように、その経済水準から予想されるよりも、全日制導入率がかなり低い省も見られる。
つまり省の経済水準はかならずしも全日制導入率を説明していない。
図 16:一人当たり GDP と全日制導入率との相関
Correlation between Full Day Schooling Implementation Ratio
and GDP.p.c(only Provinces under US-$15,000)
y = 0.0057x - 4.2028
R2 = 0.2698
100
Ha Noi
90
Full day implementation
(grade 5 pupils)
80
70
60
Thai Binh
Da Nang
Quang
50
40
30
20
Binh Duong
Dong
10
0
0
2000
4000
6000
8000
GDP.p.c(ppp-US-$)
10000
12000
それでは、農村人口比との相関はどの程度であるのだろうか。農村人口比はハノイと
ダナンで例外的に低いので、ここでは除いてある。農村人口比の決定係数は0.06と
まったく相関が見られない。農村人口が多い少ないは、全日制導入の程度とまったく関
係がない。もっとも、各省ごとに農村人口比をとると、ほとんどの省が65%から95%
の間に入り、それほど分散があるわけではない(ハノイ、ダナンを除外)。
図 17:農村人口比と全日制導入率との相関
Full Day Schooling and Rural Population
Full Day Schooling at Grade 5 Pupils
100
y = 45.13e-2.0487x
R2 = 0.0617
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
0.60
0.65
0.70
0.75
0.80
0.85
% of Rural Population
25
0.90
0.95
1.00
次に、教育の関するさまざまな指標を見てみると、小学校の租就学率、純就学率とも、
ほとんど省間で格差が見られず、説明変数として採用するには適切ではない。中途退学
率、繰り返し率などの指標も、それほど大きな省間格差は見られない。教育指標のなか
で、省間の格差がもっとも大きいのは、小学校の修了率である。この修了率はもっとも
高い省では90%以上であるが、その反面25%程度にしか達しない省も見られる。そ
こで、この指標がその地域の教育熱、教育へのコミットメントを示す指標ととらえ、そ
れと全日制導入率との相関を調べてみた。その結果が図18である。
決定係数は0.2程度で、この変数もそれほどの説明力を持っているわけではない。
いうまでもなく、修了率の上限は100%(グラフでは1.0と表示)であるので、本
来ならばロジスティック曲線への回帰式を求めるべきであろうが、散布図を一見すれば、
この二つの変数間に相関がないことは明らかであるので、その作業は省いてある。
図 18:小学校の修了率と全日制導入率との相関
Primary School Completion Ratio and Full Day Schooling Implimentation
Full Day Schooling Implimentation
60
50
y = 1.6817e2.3024x
R2 = 0.1995
40
30
20
10
0
0.00
0.20
0.40
0.60
0.80
Comletion Ratio of Primary School
1.00
1.20
このほかにいくつか変数を選んで相関係数を求めたが、いずれも高い相関係数を示す
変数を発見することは出来なかった。それではいったい何が全日制への移行を決めてい
るのか。
この問題に対する回答は、こうなる。まずここでの分析は省を単位とした分析である
が、同じ省でも内部にさまざまな背景を抱えた地域を抱えている。とくにこれまで述べ
てきたように、全日制への移行を規定しているのは、各コミューンの経済力であり、そ
の地域の政治的な意思、教育への関心度である。経済力を持ったコミューン、教育熱の
高いコミューンでは、全日制への移行が進められるが、そうでないコミューンでは進ま
ない。つまり省を単位とする分析は限界があり、さらに細かなコミューン単位に下がっ
26
た相関分析が必要である。将来はこうしたより下のレベルでの分析が必要であることを
物語っている。
(7)全日制教育導入の困難要因
本調査では、
「全日制教育導入にとって、もっとも困難な要因はなにか」という点につ
いて、各省の担当者の意見を求めた。
用意した選択肢は、(1)教室を増築するための資金が足りない、(2)教員に支払う
超過勤務手当てのための資金が足りない、(3)教員の超過勤務をする意欲が高くない、
(4)今まで以上に長い時間、学習することへの子供達の動機づけが不足している、
(5)
子供達を終日学校で学習させることへの両親の理解が得られない、
(6)全日制教育達成
に必要な資金について、両親の理解が得られない、の 6 つである。これらの各項目に、
もっとも当てはまる項目に順位をつけてもらう方式を用いた。
その結果、第一位として選ばれる頻度がもっとも多かったのが、(1)「教室を増築す
るための資金が足りない」で、有効回答数36省のうち、30省までがこの項目を選ん
だ。これに次いで第二位として選ばれる頻度が多かったのが、(2)「教員に支払う超過
勤務手当てのための資金が足りない」で、有効回答数36のうち26省がこの項目を第
二位として選んだ。次いで、第三位として選ばれる頻度が高かったのが、(6)「全日制
教育達成に必要な資金について、両親の理解が得られない」で、36省中21省がこの
項目を第三位として選んだ。
表 12:「全日制教育導入にとって、もっとも困難な要因はなにか」
(1)教室を増築するための資金が足りない、
第 一 位
第 二 位
第 三 位
に 選 ん
に 選 ん
に 選 ん
だ 省 の
だ 省 の
だ 省 の
数
数
数
30省
3省
2省
5省
25省
6省
(3)教員の超過勤務をする意欲が高くない
0省
1省
3省
(4)今まで以上に長い時間、学習することへの子供
0省
0省
0省
0省
0省
1省
1省
7省
21省
(2)教員に支払う超過勤務手当てのための資金が足
りない、
達の動機づけが不足している、
(5)子供達を終日学校で学習させることへの両親の
理解が得られない、
(6)全日制教育達成に必要な資金について、両親の
理解が得られない
要するに、
「教室の増築費」と「教員の超過手当て」と、これら経費の負担者である「両
27
親からの財政的な支援がえにくい」が、全日制教育達成上のもっとも大きな困難点とな
っている。
(8)全日制教育導入には、どの程度の優先順位がつけられているのか
全日制導入がどの程度の優先順位を占めているのかを確認するために、
「 この省にとっ
て、初等教育充実の上で、もっとも大きな鍵となるのは、次のうちのどれか」という質
問を行った。選択肢として用意したのは、(1)全日制教育の導入、(2)教員養成の充
実、(3)臨時教室の解消、(4)社会化の推進、(5)校舎建築の改善、(6)芸術教科
教員の養成、の6つである。この質問に対する回答は、以下の通りである。
表 13:「この省にとって、初等教育充実の上で、もっとも大きな鍵となるのは、次のう
ちのどれか」
第一位に選んだ
第二位に選んだ
第三位に選ん
省の数
省の数
だ省の数
(1)全日制教育の導入
11
6
7
(2)教員養成の充実
3
10
5
(3)臨時教室の解消
12
9
5
(4)社会化の推進
1
4
8
(5)校舎建築の改善
8
11
10
(6)芸術教科教員の養成
1
1
6
この結果が示すように、6項目中、もっとも多くの省が第一位にあげた項目は、
「(3)
臨時教室の解消」であり、「(1)全日制教育の導入」を第一位にあげた省12省を、わ
ずかに上回っている。また「(5)校舎建築の改善」を第一位に挙げた省は8省に達して、
どこの省にとっても、校舎の確保・修復が大きな課題となっていることを示している。
つまり、全日制への切り替えが優先度の高い事項であるとしても、多くの省にとっては
それ以前に校舎・教室の確保のほうが、優先度の高い課題として意識されていることに
なる。
(9)初等教育普及率99%達成のための目標グループ
ベトナムの小学校への純就学率は、2000年現在95%とされている。この就学率
を2010年までに99%にまで引き上げることが、現在の国家目標とされている。小
学校教育普及率99%を達成する上で、どのようなグループが目標グループとされてい
るのか、という質問に対して、
(1)障害児、
(2)僻地居住の児童、
(3)貧困家庭の児
童、
(4)少数民族の児童、の4つに対して順位をつけるよう依頼した。その結果は、表
14のようになる。
28
表 14:初等教育普及率99%を達成する上で、どのようなグループが目標グループと
されているのか
第一位
第二位
(1)障害児
第三位
5
6
6
(2)僻地居住児
14
11
8
(3)貧困家庭児
7
9
9
(4)少数民族児
10
8
11
もっとも多くの省によって第一位にあげられたのが、「(2)僻地に居住する児童」へ
の普及である。つまりかなり多くの省は僻地を抱え、そこの児童への普及が、初等教育
普及率99%達成にとっては、最大の目標とされている。次に多いのは、「(4)少数民
族の児童への普及」が、99%就学率達成にとっての最重要目標とされている。住民中、
少数民族の占める比率は、省によってかなりの相違が見られる。この少数民族を対象と
する初等教育については、後で改めて触れる。
(10)全日制教育実施上の困難点
全日制への移行で最大の問題となったのは、子供達の昼食をどうするかという点であ
る。当然のことながら、給食施設などはない。ほとんどのケースは、いったん自宅に食
事のためにもどるというものである。昼食の後、もう一度児童が学校に戻ってくるのか、
予定通りの授業が可能かという質問に対する回答は、大部分が戻ってくるというものが
多かった。
また全日制を導入された地域で、教員を対象にインタビューを行い、授業時間が今ま
で以上に延長され、支払われるようになった追加給与で満足しているのかという質問を
行った。この質問に対しては、ほとんどの教員が満足していると答えていた。もっとも
我々のインタビューに応じる教員は全員、全日制授業を担当している教員のみで、授業
時間延長に応じなかった教員は、インタビュー場面には登場してこない。
6.言語政策と初等教育での言語教育
ベトナムは多民族国家であり、多言語国家である。その国内で話される言語は多様で
ある。正規の学校教育が始まる以前の児童は、もっぱら家庭、それを取り巻く地域社会
で話される言語を学習している。これらの児童は小学校に入学すると、まったく別の言
語であるベトナム語(キン語)を習得しなければならない。ここに「国民教育」と「民
族教育」との対立がしばしば発生する。
「近代国家」は国家としての統一性を形成・維持・発展させるため、さらには統一さ
れた「国民文化」形成を目的として、一つの言語を「国語」として指定し、国会、裁判
29
所、官庁など、公的機関での使用を義務付けるとともに、その言語を学校教育での「教
育言語」として指定するのが一般的である。しかしながら、多くの少数民族を抱えた近
代国家は、これら少数民族の言語をどう扱うかという課題に当面する。
ベトナムの場合、51の少数民族が存在し、彼等に対する初等教育を何語で実施する
かが課題となる。アジア地域でも、アフリカ地域でも、世界全体として、この少数民族
に対する言語教育の仕方(とくに初等教育段階での)は、さまざまなタイプがあるが、
ベトナムでは少数民族の児童であっても、すでに小学校1年生の時から、すべての教育
活動をベトナム語(キン語)で実施するというのが、国家基準である。
ベトナムの民族構成は、以下の通りである。
キン族
5610万人(87%)
タイー族
115万人(
2%)
ターイ族
99万人(
2%)
ホア族
96万人(
1%)
クメール族
87万人(
1%)
ムオン族
87万人(
1%)
ヌン族
その他
70万人(
277万人(
1%)
4%)
このように人口の圧倒的な部分(約9割)は、キン族(ベトナム人種)であり、それ
以外の少数民族は、その一つ一つの規模がそれほど大きくない。いずれも100万人以
下と、小規模である。
また彼等少数民族の居住地は、北東地域か中部山岳地域である。各省ごとの非キン族
人口比を地図で示すと、図14のようになる。
表 15:キン族以外の人口比率
省名
1.Ha Noi
2.Hai Phong
省名
ハノイ市
Non-Kinh
Non-Kinh
Population
Population
(%) 1999
省名
0.6% 32.Da Nang
ハノフォン
市
3.Ha Tay
ハータイ
4.Hai Duong
ハイズン
0.1%
1.2%
0.3%
30
33.Quang Nam
34.Quang Ngai
35.Binh Dinh
省名
ダナン市
(%) 1999
0.6%
クァンナ
ム
6.8%
クァンガ
イ
11.6%
ビンディ
ン
2.0%
5.Hung Yen
フンイェン
6.Ha Nam
ハーナム
7.Nam Dinh
ナムディン
8.Thai Binh
タイビン
9.Ninh Binh
ニンビン
10.Ha Giang
ハーザン
11.Cao Bang
カオバン
12.Lao Cai
ラオカイ
13.Bac Kan
バックカン
14.Lang Son
ランソン
15.Tuyen Quang
16.Yen Bai
17.Thai Nguyen
0.1%
0.1%
36.Phu Yen
37.Khanh Hoa
0.0% 38.Gia Lai
0.1%
39.Kon Tum
2.1% 40.Dak Lak
87.9%
41.TP H-C-Minh
95.3% 42.Lam Dong
66.9%
86.7%
43.Ninh Thuan
44.Binh Phuoc
83.5% 45.Tay Ninh
トゥエンク
46.Binh Duong
アン
51.8%
イェンバイ
50.4% 47.Dong Nai
ターイグエ
ン
24.8%
48.Binh Thuan
フーイェ
ン
5.1%
カインホ
ア
ザーライ
4.6%
43.6%
コントゥ
ム
53.6%
ダクラク
29.8%
ホーチミ
ン市
ラムドン
9.1%
22.9%
ニントゥ
アン
22.0%
ビンフッ
ク
タイニン
ビンズン
ドンナイ
19.3%
1.7%
2.9%
8.6%
ビントゥ
アン
6.9%
バーリ
18.Phu Tho
フート
49.B.Ria-V. Tau
14.6%
19.Vinh Phuc
ヴィンフッ
ク
20.Bac Giang
バックザン
21.Bac Ninh
バックニン
22.Quang Ninh
クァンニン
23.Lai Chau
ライチャウ
24.Son La
ソンラー
25.Hoa Binh
ホアビン
3.4%
11.9%
ウ
50.Long An
51.Dong Thap
0.1% 52.An Giang
11.1%
83.1%
82.6%
72.3%
31
ア・ヴンタ
53.Tien Giang
54.Vinh Long
55.Ben Tre
56.Kien Giang
ロンアン
3.0%
0.3%
ドンタッ
プ
0.2%
アンザン
5.1%
ティエン
ザン
0.4%
ヴィンロ
ン
2.7%
ベンチェ
ー
0.4%
キエンザ
ン
14.4%
26.Thanh Hoa
タインホア
27.Nghe An
ゲアン
28.Ha Tinh
ハーティン
29.Quang Binh
クァンビン
30.Quang Tri
クァンチ
31.Thua Thien Hue
16.4% 57.Can Tho
13.3%
0.1%
1.9%
59.Soc Trang
60.Bac Lieu
9.1% 61.Ca Mau
トアンティ
エン・フエ
58.Tra Vinh
3.7%
図 19:キン族以外の比率
32
カントー
3.3%
チャーヴ
ィン
31.2%
ソクチャ
ン
34.7%
バックリ
エウ
カーマウ
11.0%
2.8%
これらの少数民族は家庭、地域社会ではベトナム語とは異なった言語を使っている。彼
らの児童は小学校入学とともに、家庭・地域社会で話されている言語とは異なった言語
で教育を受けることになる。ちなみにこれら山岳地帯に住む少数民族にはテレビは普及
しておらず、ベトナム語との日常的な接触は、乏しいとされている。
こうしたベトナム語で行われる小学校教育に、うまく適応できるように、各地では就
学前の児童を対象とするベトナム語教育が行われている。しかし、この就学前ベトナム
語教育の普及率は50パーセント足らずであり、どの程度まで有効であるかは情報が欠
けている。この就学前教育は義務教育ではなく、対象児童全員に出席が義務付けられて
いるわけではない。我々の観察する限りでは、就学前教育が実際に行われている場所は、
小学校の教室(空き時間)で、教える教員は正規の教員ではなく、高校を卒業したばか
りの女性であることが多かった。
図 20:就学前学級の様子
表 16:就学前教育段階の粗就学率
1990
修学前教育粗就学率
最近年度
女子
男子
女子
男子 (年度)
6
5
7
6
(2000)
...
...
19
18
(2000)
ラオス
7
6
8
7
(2000)
マレーシア
35
35
53
51
(1999)
ミャンマー
...
...
2
2
(2000)
フィリピン
...
...
32
30
(1998)
シンガポール
…
…
…
…
タイ
50
49
82
84
(2000)
ベトナム
...
...
41
45
(2000)
カンボジア
インドネシア
この就学前教育に対する国の態度は、学校の空き教室を利用することには、黙認の態
33
度で臨む、教員の給与は地元住民の支払うもので、国として助成したり、補助する対象
とはしていない、というものである。
表16は、アジア諸国の就学前教育への就学率をしめしたものであるが、ベトナムは
タイ(女子82%、男子84%)、マレーシア(女子53%、男子51%)に次いで、3
位の高さを示している(女子41%、男子45%)。
また小学校教員を対象としたインタビューでは、少数民族の子供も入学した時からベ
トナム語を理解できようになっており、とくに支障はないという反応が多かった。教員
の説明によると、多くの場合、両親が教えているか、あるいは就学前教育で習っている
表1 キン族の比率(1999年)と留年率(2000年)との関係
10%
9%
y = -0.0522x + 0.0707
2
R = 0.4161
8%
7%
留年率
6%
5%
4%
3%
2%
1%
0%
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
キン族の比率
図 21:キン族比と留年率の相関
からだという。ただし、これらの話は、クラスのなかで少数民族の児童が数名混ざって
いるような、キン族と少数民族との混合地帯での話しで、これが山岳地帯のように、人
口の圧倒的な部分が、少数民族で占められている地域では、どの程度ベトナム語による
初等教育が成り立っているのかは、情報が欠けている。
表17は地域別の民族構成と小学校での中退率を見たものであるが、キン族以外の構
成比が高いのは、東北部、中部山岳地方であり、その地域での中退率も高くなる傾向が
見られる。また図16は、省ごとに少数民族の人口比と小学校での中退率との相関をみ
たもので、決定係数は0.42と、それほど高いとはいえないが、少数民族比率が高い
省では、小学校の中退率が高まる傾向にある。
統計的な分析の詳細は、別の章に譲るが、少数民族の構成比の高い省ほど、小学校の
中退率・留年率が高くなる傾向が見られる。
34
表 17:小学校段階の中退率の地域差
地域
キン族以外の
小学校全体での中退
児童の比率
率
13.8%
7.5%
紅河地域
0.5
1.3
北東地域
33.9
6.8
北西地域
9.2
14.9
10.6
3.5
中部沿岸地域
5.4
5.3
中部山岳地域
36.6
13.2
南東地域
9.7
7.3
メコンデルタ地域
7.7
13.8
全国
北中部地域
7.まとめ
ベトナムの初等教育にとっての課題は、
(1)残された5%に対して、いかにして初等
教育を普及させるか、
(2)国際標準と比較して、短い授業時間を延長して、いかにして
全日制へ移行させるか、(3)僻地での教員の定着率をいかにして、高めるか、(4)中
途退学率の高い地域での中途退学をいかにして防ぐか、(5)かなりの経費負担が地域、
両親にかかっているが、そのいかにしてその軽減を図るか、などである。
残された5%の背景はさまざまであり、そのなかには貧困層の子供、障害児、僻地児
童、少数民族の児童などさまざまあり、同じ貧困層といっても、農村部の貧困層、都市
部の貧困層とでは、状況が異なっており、それぞれ異なった対応が求められる。また中
途退学率の引き下げもまた、同様に地域ごとの特性によって、その背景は異なっており、
個別の対応が必要とみられる。これらの問題解決は基本的には、各地域での教育計画立
案形成能力の問題であり、それは教育行政機構の能力形成の問題といえよう。
また全日制への移行は、基本的には資源調達力の問題であり、現在、
「社会化」政策の
もとに、中央政府の資金力不足を、さまざまな地域団体、企業などから資金動員によっ
て補う政策が展開されている。この「社会化政策」、地域諸団体の動員、草の根の活動に
関しては、第7章で触れるとおりである。
(参考文献)
浜野
隆「初等教育普遍化に向けての政策課題と国際教育協力」広島大学教育開発国際
協力研究センター
「国際教育協力論集」第7巻
第2号、39-53頁
(2004
年)
金子元久「初等教育の発展課題―日本の経験と発展途上国への視点」。米村明夫編著「世
35
界の教育開発」明石書店(2003年)所収
Japan International Cooperation Agency: Primary Education Development Plan (2003)
Japan Bank for International Cooperation: Education Sector Study of Vietnam(2004)
World Bank: EdStat (http://www1.worldbank.org/education/edstats/)
Pham Minh Hac : Education for All in Vietnam (1990-2000) (2000)
36
第2章
ベトナムの初等教育政策の動向
浜野
隆(お茶の水女子大学)
はじめに
本章は、ベトナムにおける初等教育政策の動向を整理することを目的とする。一般に、
初等教育の普及過程には、
「制度創設→拡大→普遍化」といった段階があるが、多くの途
上国が「普遍化」段階で足踏みをしている。ここで言う「普遍化」とは、2000 年にダカ
ールで開催された「世界教育フォーラム」で目標に掲げられた「無償で」
「質の高い」初
等教育の普遍化のことであり、それは、すべての子どもが無償で質の高い初等教育を受
け、初等教育の修了まで至るということを意味する。
よく言われるように、初等教育の普遍化過程においては、
「最後の 5~10%」を上昇さ
せることが最も困難である。また、普遍化段階においては、就学の普遍化と並んで、卒
業の普遍化、教育の質的向上、義務教育年限の延長も重要な課題となる。本稿では、ま
さにこの「普遍化」段階にある国として、ベトナムの事例を取り上げ、現状および政策
課題について検討する。ベトナムは、初等教育の純就学率でみると、既に 90%以上を達
成しており(教育訓練省の発表では 95%を超えている)、普遍化に向けての最終段階に
ある。この段階に達した国の初等教育は、どのような課題を抱え、それにどのように取
り組んでいるのであろうか。本稿ではベトナムを事例に、政策的な課題を見ていきたい。
まず第 1 節では、ベトナムにおける初等教育の就学状況とその特徴について概観する。
そして第 2 節と第 3 節では、ベトナムにおける現在の初等教育政策をレビューする。近
年、多くの途上国においては、貧困削減戦略(PRSP)の策定が義務付けられており、
初等教育も貧困削減の文脈に位置づけられることが多くなっている。ベトナムにおいて
は、ベトナム政府が作成した「国家開発計画」と、国際社会との協力により作成された
「貧困削減戦略」、
「EFA 行動計画」等、初等教育をめぐって様々な開発計画が乱立して
いる。第 2 節ではまず、それらの位置づけ、内容について整理しておきたい。そして第
3 節では、ベトナムがユネスコとの協力により作成した「EFA 行動計画」の中から初等
教育に関する部分を抜粋して整理する。そして第 4 節では、近年進められている「教育
の社会化」政策について、第 5 節では、ベトナム政府が初等教育の質的改善のために定
めた国家基準についてみていきたい。最後に、第 6 節では就学前教育報告書等教育と関
連が深い就学前教育政策についてもみておくことにす。
なお、ベトナムの教育制度は、5-4-3 制であり、初等教育は 5 年間である。なお、学
暦は 9 月 5 日始まりで、5 月 30 日に終業、6 月~8 月は夏休みとなっている。
1.ベトナムにおける初等教育の就学状況
ベトナムは、他の途上国に比べ初等教育の就学率は高い。純就学率でみても、2000
年現在で約 95%を達成している。表1は、1990 年以降のベトナムにおける初等教育就
学率の推移を示したものであるが、これをみると、純就学率は、ジョムティエン以降の
37
1990 年代に大きく上昇していることがわかる。
上記のように、ベトナムでは初等教育の就学率は高いが、以下に述べるようないくつ
か注意すべき問題も存在する。
第一に、就学率に関しては、別の統計も存在するということである。現在前提とされ
ている「純就学率 95%」は、あくまでも教育訓練省(MOET)のデータであるが、別の
資料によれば、これよりも就学率は低いとする統計もある。例えば、世界銀行が実施し
ている生活水準調査(VLSS)でみると、純就学率は、86.7%(1993 年)、91.4%(1998
年)となっており、教育訓練省のデータよりも5~6ポイント程度低くなっている。ど
ちらが実態をより正確に反映しているかはわからないが、
ベトナムの政策文書はすべ
て教育訓練省のデータを前提に作成されていること、世銀データはサンプル調査に基づ
くものであること、などから、本稿では就学率に関しては教育訓練省のデータを前提と
したい。
表1
ベトナムにおける初等教育就学率の推移
1990-91
1994-95
1997-98
1998-99
粗就学率(MOET)
101.6
109.3
111.6
108.2
純就学率(MOET)
86.0
91.3
96.7
94.8
86.7*
91.4
純就学率(世銀)
(出所)National Committee for EFA Assessment (1999), Vietnam Development
Report 2004, より作成
(注)* 1993 年のデータ
第二に、ベトナムでは、初等教育の就学率は高いが、修了率は必ずしも高くはないと
いう点である。EFA2000 年評価報告書によると、5 年生(初等教育最終学年)までの残
存率は 77.8%(1997-98 年)となっており、就学率(純就学率で 95%)が高い割には、
残存率が低いことがわかる。修了率(completion rate)は、2000 年現在 69.5%と推計
されており、約 3 割の子どもが卒業にまで至っていないことがわかる。
また、修了率に関しては、地域間格差が大きいことも指摘しておかねばならない。就
学率に関しても地域間格差は見られないわけではないが、国全体で 95%を達成している
こともあり、それほど格差が大きいわけではない。しかしながら、修了率に関しては、
非常に地域間格差が大きい。例えば、ハノイやハーナム省バグザン省などでは、90%を
超える修了率を達成しているが、省によっては 20%台の省もみられる。
第三に、多くの学校では二部制または三部制で授業が行われているということである。
現在、三部制の学校は非常に少なくなったと報告されているが、ほとんどの学校はまだ
二部制で授業を行っている。二部制で授業を行う場合、午前のクラスがおおよそ 7 時か
ら 11 時、午後のクラスが 1 時半から 5 時半までとなっている。二部制は、多くの子ど
もたちを学校に受け入れるという点では効率的なやり方であるが、児童が受ける総授業
時数は全日制に比べ少なくなるということに注意しなければならない。ベトナムでは、
年間総授業日数 165 日、年間総授業時間数は 660 時間と報告されており、国際標準(年
38
間総授業日数 180 日以上、年間総授業時間数 1015 時間)よりもかなり少ないというこ
とがわかる。他のアジア諸国と比べてみても、初等教育における全体の授業時数はかな
り少ないということがわかる(表2)。現在、ベトナムでは、順次二部制から全日制への
切り替えが始まっており、ある計画によれば、2010 年までに全日制導入率を 70%にま
で高めるとされている。全日制の現在の導入状況については本報告書の潮木論文、中井
論文に詳しいが、かなり大きな地域格差が存在することが明らかになっている。
表2
初等教育授業時数の比較
ベトナム
タイ
スリランカ
1 日の授業時間数
4
6
6
年間授業(週)
33
40
40
初等教育年限
5
6
5
年間授業時数
660
1200
1200
3300
7200
6000
初等教育全体授業時数
(出所)Poverty Task Force(2002)より作成
第四に、ベトナムの初等教育に特徴的なこととして「分校」の存在をあげておきたい。
僻地への教育の普及はどこの国でも困難な課題であるが、ベトナムの場合は、既存の小
学校に分校を併設するという形で教育を拡大させていった。一つの学校に5~10 校の分
校が併設されていることも稀ではない。ただ、分校においては、本校と同じような施設・
設備があるわけではなく、教育資源は限られる。時には、分校にはすべての学年が揃っ
ておらず、例えば「1 年から 3 年まで」あるいは「1 年生と 2 年生のみ」の教育しか行
われていないという分校もある。表1が示すように、1990 年代のベトナムは急速な量的
拡大を果たしたが、分校による学校経営が教育拡大に大きく貢献しているものと思われ
る。そして、この分校は、教育資源の面で本校よりも不利な立場にあるということに注
意しておかねばならない。
2.ベトナムにおける初等教育政策
次に、現在のベトナムにおける初等教育政策を概観してみよう。周知の通り、1990
年のジョムティエン会議以来、初等教育の普遍化は国際的にもきわめて重要な課題とし
て位置づけられてきている。2000 年ダカール会議、国連ミレニアム開発計画(MDGs)
においても、初等教育の完全普及は最も重要な課題のひとつとして掲げられている。
ベトナム国内の教育政策も、このような国際社会の動向と無関係ではない。2000 年以
降、ダカール会議を受け、初等教育に関しては以下のような政策文書が発表されている。
(1)「教育開発戦略計画(2001-2010 年)」
39
「教育開 発戦略計画 (2001-2010 年 )」(“Education Development Strategic Plan
2000-2010”、以下、
「EDSP2010」と略)は、ベトナムにおける 21 世紀初頭の教育開発・
教育改革における重要事項、政策方針を示した文書であり、2001 年 12 月に承認されて
いる。これは特に初等教育に限ったものではないが、2010 年までのベトナムにおける基
本的な教育開発方針を示したものであり、政策の中心に位置する。
初等教育に関しては、2000 年現在 95%とされている純就学率を 2005 年までに 97%
に、2010 年までに 99%にすることが目標として明記されている。また、前期中等教育に
ついては、2000 年現在 74%の純就学率を 2005 年には 80%に、2010 年には 90%にする
ことが目標とされている。その他の教育段階も含め、EDSP2010 に示された目標値をま
とめると、表3のようになる。
表3
教育開発戦略計画(2001-2010 年)に示された数値目標
2000 年現在
2005 年までに
2010 年までに
就学前教育(3 歳未満)純就学率
12%
15%
18%
就学前教育(3~5 歳)純就学率
50%
58%
67%
就学前教育(5 歳)純就学率
81%
85%
95%
初等教育純就学率
95%
97%
99%
前期中等教育純就学率
74%
80%
90%
後期中等教育純就学率
38%
45%
50%
118 人
-
200 人
高等教育(人口 1 万人当たり学生数)
(出所)Socialist Republic of Vietnam (2001)より作成
ここで注目されることは、初等教育に関しては、EDSP2010 では就学率の目標設定の
みで、修了率に関しては、具体的な数値目標は設定していないということである。
EDSP2010 では、問題点(weakness)として、初等教育の修了率が 70%程度と低いこと
をあげてはいる(13 頁)が、将来に向けての目標設定はされていない。むろん、前期中
等教育の就学率の目標設定をしたことにより間接的に初等教育修了率についてある程度
の目標設定をしたとの見方もできるが、EDSP2010 においては、直接的には修了率につ
いて言及はされていない。これは、ダカール行動枠組みが初等教育について、「無償で、
良質の初等教育を”修了”する」ことを目標として明記したことからすれば、教育政策の
基本方針である EDSP2010 に修了に関する目標設定がないのは、不自然という印象を受
ける。
さて、EDSP2010 においては、上記のような目標を達成するために何をすべきか(解
決策)について、次の 7 つの重点項目を明記している:(i)教育の目的・内容・カリキ
ュラムの改善、
(ii)教員の質の向上・教授方法の改革、
(iii)教育運営・管理の改善、
(iv)
教育システムの改善及び学校間ネットワークの向上・開発、(v)教育財政の強化と教育
施設の改善、(vi)教育への社会参加の促進、(vii)
40
国際協力の強化。
(2)「包括的貧困削減・成長戦略(CPRGS)」
「 包 括 的 貧 困 削 減 ・ 成 長 戦 略 」(“ Comprehensive Poverty Reduction and Growth
Strategy”、以下「CPRGS」と略)”は、ベトナムにおける貧困削減戦略(PRSP)として
2002 年に策定されたものである。CPRGS は教育分野だけでなく、経済開発や保健医療な
ど、貧困削減に関係する様々な分野が含まれている。Growth という言葉がタイトルに含
まれていることからもわかるように、ベトナムの CPRGS は、単なる貧困対策プログラム
ではなく、
「成長を通じた貧困削減」を重視している。そのため、産業部門への投資やイン
フラ整備などが強調されており、教育の扱いはそれほど大きくはない。
一般的に PRSP は、
「補完型 (PRSP as a supplementary document)」と「優先型 (PRSP
as a primary document)」に大別できるが、ベトナムの場合は、明らかに前者の「補完型」
である。ベトナムの国家開発計画は「10 カ年戦略」と「5 ヵ年計画」が基本文書であり、
他の文書よりも上位に位置づけられる。よって、PRSP(CPRGS)はあくまでも補完的な
文書であり、国家開発への貢献は限定的である。教育分野においても前出の 10 ヵ年戦略
(EDSP2010)が最上位に位置する文書であることは間違いない。CPRGS における教育
に 関 す る 記 述 も EDSP2010 に 対 し て 補 完 的 な も の と し て 位 置 づ け る べ き で あ ろ う 。
CPRGS においては初等教育について次のように目標設定がされている:①初等教育純就
学率は 2005 年までに 97%に、2010 年までに 99%にする、②2010 年までに初等教育の質
を改善し、全日制授業を受ける児童を増加させる、③初等教育と中等教育で 2005 年まで
にジェンダー格差の解消する、④初等教育と中等教育で 2010 年までに民族間格差を解消
する、⑤初等教育の修了率を 2010 年までに 85-90%にする。
このうち、①と②は EDSP2010 にも同様の記述があるが、③④においてジェンダー格
差解消と民族間格差解消の時期を具体的に設定していること、また、⑤において修了率
の目標設定をしていることが CPRGS の特徴である。
(3)初等教育政策の特徴
EDSP2010、CPRGS で掲げられた目標は、「アクセス」および「公平性」に関する指
標が多い。就学率(アクセス)や民族間格差、ジェンダー格差(公平性)に着目した目
標設定が主となっており、教育の質に関してはあまり具体的な目標は見られない。全日
制の移行に関する記述はあるが、どれくらい達成するのが目標かは明記されていない。
教育の質に関しては、
「質を改善する」といった程度の記述はあるが、少なくとも教師教
育や学業達成に関して数値目標はほとんど示されてはいない。どちらかといえば、教育
の質というよりはアクセスや公平性にウエイトがあるように見える。
41
(4)目標の達成状況
最 後 に 、 現 在 の 達 成 状 況 を 見 て お こ う 。 PRSP プ ロ グ レ ス ・ レ ポ ー ト に よ れ ば 、
2002/2003 年現在で初等教育純就学率は 96.8%に達している。このデータによれば、
2005 年の目標であった 97%という水準はほぼ達成しているといえよう。一方、世銀の
生活水準調査(2002)によれば、純就学率は 90.1%と推 計されており、1998 年の水準
(91.4%、表 1 参照)よりもむしろ低下しているというデータもある。また、同調査(2002
年)によれば、少数民族の純就学率は 80.0%であり、民族間格差は依然として大きいと
報告されている(World Bank 2004)。
3.「Education for All 行動計画」(2003-2015)
前節では、ベトナムにおける初等教育の政策文書として EDSP2010、CPRGS をとりあ
げたが、それらはいずれも 2010 年をターゲットにしており、国際社会が目標とするとこ
ろの 2015 年ではない。それに対し、2003 年に公表された「Education for All 行動計画」
(“National Education for All (EFA) Action Plan 2003-2015”、以下「EFA 行動計画」)
は、2015 年を目標年次として、それまでに達成すべき目標と、目標達成のための行動計
画を示している。ベトナムは、世銀ファースト・トラック・イニシャティブ(FTI)対象
国であるが、「EFA 行動計画」は、FTI を受けるために必要な行動計画として策定された
ものでもある。
「EFA 行動計画」は、4つの「ターゲットグループ」(Early Childhood Education、
Primary Education 、 Lower Secondary Education, Non-Formal Education [Adult
Literacy])を設定しており、初等教育はその中の1つである。「EFA 行動計画」は、ベト
ナムにおける EFA の基本的なビジョンは、
「 教育は社会開発および迅速かつ持続可能な経
済成長の基礎である。教育において抜本的で全体的な変化をもたらす必要がある」とし、
戦略的目標として以下の 5 項目をあげている:①量から質への移行、②初等教育・前期
中等教育の普遍化の達成、③生涯学習機会の提供、④教育にコミュニティからの十分な
参加を動員する、⑤効果的な行政とより有効な資源活用を確保する
初等教育に関しては、「アクセス」「質と適切性」「マネジメント」の3領域について、
目標と行動計画を示している(表 4~6)。ここで示されている個々の「行動計画」につ
いては、それぞれの項目についてさらに詳細なプログラム・コンポネントが示されている
表4
EFA 行動計画に示された初等教育の「アクセス」面での目標・行動計画
目標
2015 年までのターゲット
行動計画
1. す べ て の 子 ど も
(1) 少数民族や必要な地域に、2005 年
[1]すべての学齢児童に就学可能
が良質な初等教育
までに、少なくとも年間 250 校、2010
な学校施設を提供する
にアクセスできる
年までに年間 100 校を建設する。
[2]すべての児童が全日制の初等
2. す べ て の 子 ど も
(2) 留年率(1 年生から 5 年生)は 2010
教育を 5 年間修了することので
が 5 年間の初等教育
年までに 2.5%、2015 年までに 1.0%に
きるプログラムを実施する
42
を修了する
表5
減少させる。ドロップアウト率(1 年生
[3] 不 利 な 状 況 に お か れ て い た
から 4 年生)は、2010 年までに 2.0%、
り、学校教育から除外されてき
2015 年までに 1.0%に減少させる。
た子どもに初等教育を提供する
(3) 2010 年には、前年のドロップアウ
特別なプログラムを実施する
ト児童の 70%が学校に戻り、2015 年に
[4]学校へ行かなかった若年層に
は 95%が学校に戻るようにする。
対する初等教育の提供
EFA 行動計画に示された初等教育の「質と適切性」に関する目標・行動計画
目標
2015 年までのターゲット
行動計画
質の高い教育
(1) 2003 年から教員すべてが 30 日の現職研修を受講し、
[1] 新 カ リ キ ュ ラ ム 改
と良好な学業
2010 年までに国家基準に達する。
革の実施(2002-2007)
成績
(2) 毎年、各学年・特別科目の教員用ガイドを全教員に配
[2] 小 学 校 教 員 の 能 力
布。(3) 小学校教員が大学院教育、科学・IT 研修を受ける
向上と研修
機会を提供する。
[3] 児 童 の 学 表 成 績 評
(4) 社会経済状況や給与政策に沿った教員給与・待遇。
価
(5) カリキュラム、教授法、教材の継続的更新とアセスメ
[4] 学 習 環 境 と 学 業 達
ントシステムの構築。
成度の質的改善
(6) 2005 年には不利な地域、さらに 2015 年には全国で全
[5] 初 等 教 育 カ リ キ ュ
ての児童が無料で教材を受け取る。
ラムの継続的改善
(7) 2015 年には学校予算を 1 児童あたり US15$、1 校あ
(2008-2015)
たり US400$に増加させる。
(8) 洪水地域を優先として、2010 年までに、すべての暫定
教室を固定構造に建て替える。
(9) 2015 年には、全日制をすべての学校で達成する。
(10) 年間授業時数を、2015 年には国際レベルまで引き上
げる(小学校の場合、1 年で 900 時間)。
表6
EFA 行動計画に示された初等教育の「マネジメント」面での目標・行動計画
目標
2015 年までのターゲット
行動計画
1. す べ て の 行 政 レ ベ
(1) 2010 年までに EMIS 、 GIS 、分
[1] 国家レベルの政策策定と実行
ルにおける能力強化
権化された行政が有効に機能する
[2] 省、郡、学校レベルでの計画・運営能
2. 基 礎 教 育 開 発 及 び
こと
力向上、[3] 資源の有効活用と負担可能な
改革
(2) 全 国 で 良 質 な 私 立 学 校 が 運 営
コストシェアリングに向けてのメカニズ
されること
ム・能力の向上
[4] すべての行政レベルにおける、情報に
基礎を置いた決定メカニズムと能力向上
43
これを見ると、2015 年までのターゲットとして示された 15 項目のうち 10 項目が初
等教育の「質と適切性」に関するものであることがわかる。先に示した 5 つの「戦略的
目標」においても、その第一に「量から質への移行」が掲げられている。このことから見
ても、「EFA 行動計画」においては、2003 年から 2015 年までのベトナム初等教育の最
重点課題を「質的な改善」と見ていることがわかる。
ベトナムのように初等教育就学率が 95%に達した国では、
“Last 5 percent” の量的拡
大と共に、すでに就学している 95%超の児童に対する教育の質的向上が課題となる。特
に、就学率が 97~99%に達している省では、主要な課題は量的な拡大よりも質的な改善
のほうに移りつつある。
「教育の質」といった場合、重要なことは、その具体的な内容で
ある。ベトナムの場合は、一言で言えば、
「新カリキュラムの導入とそれに応じた教師教
育、二部制解消を中心とした教育条件整備」が中心になっている。
4.「教育の社会化」政策
(1)「教育の社会化」とは何か
現在、ベトナムにおいては「教育の社会化(Socialization)」がすすめられている。こ
れは、社会全体で教育を支えるという意味で、財源を中央政府以外の様々なアクターに
負担させることも含んでいる。教育の社会化は 1998 年教育法にも明記されている。
ベトナム教育法の第 11 条には「教育活動の社会化」として「あらゆる組織、家庭、
公民は、教育活動に配慮し、学習を重んじる風潮と健全な教育環境を作り、教育目標を
達成するために学校と連携する責任を有する。国は教育事業の発展に重要な役割を果た
し、学校の形態と教育の方式を多様化させ、公民の動員・組織化、および個人が教育活
動の発展に参加することを奨励する」としている。
「教育の社会化」は、必ずしも保護者のみの自己負担を拡大していくという制度では
ないという見方もある。ベトナム各地には地域社会から教育資金を集めるために「学習
奨励会(Study Encouragement Association)」とよばれる住民組織が設置されていて、
そこに地元住民、保護者ばかりでなく、地元企業等からも教育資金が集められる仕組み
となっている。すなわち、保護者以外にも幅広く財源を求めようという試みであり、単
なる「自己負担化」とは一線を画すとされている。学校奨励会は集めた資金をもとに村
や郡、省の各レベルにおいて様々な教育振興活動(就学奨励、教育施設整備、地域教育
センター設立などの支援)を行っている。
「教育の社会化」の奏功には、こういった住民
組織の活動が重要な役割を果たすものと思われる。
(2)「教育の社会化」の 3 形態
教育の社会化の具体的な形態としては、①教育財源の多様化、②学校設置形態の多様
化、③大衆組織・住民組織・企業等の非政府アクターによる教育活動奨励事業、などが
あげられる。
①教育財源の多様化
教育財源の多様化とは、政府以外の組織、個人による教育費負担を意味する。具体的
44
には、保護者や地域社会、企業による教育費負担、国際援助機関などによる教育援助な
どがそれにあたる。保護者の側から見れば「教育の社会化」により負担が重くなる傾向
にある。保護者は、学校建設積立金のみならず、保護者会費なども負担せねばならない。
②学校設置形態の多様化
ベトナムには、
「公立(public)」
「半公立(semi-public)」
「民立(people-founded)」
「私
立(private)」の 4 つの学校設置形態が存在する。
「半公立」とは、学校の校舎や設備は
政府(state)によってまかなわれ、その他の費用は住民組織や企業等によってまかなわ
れる学校運営形態であり、
「民立」は、住民のグループが組織・機関からの支援を受けて
設立されるものである。半公立と民立が私立と公立の中間形態であるが、半公立のほう
がより公立に近く、民立は私立に近い設置形態である。また、
「私立」は団体等または単
独の個人によって設立される学校を指す。現在、ベトナム政府は、これらの「非公立
(non-public)」学校の設置を奨励し、その数も増加しつつある。
表7
ベトナムにおける学校設置形態
個人
政府(中央・地方) 企業・団体・組織
複数
公立(public)
○
半公立(semi-public)
○
単独
○
民立(people-founded)
○
私立(private)
○
○
○
(出所)国際協力銀行(2002)より作成
表8は、就学者数に占める非公立学校就学者数の割合を示したものである。これをみ
ると、幼稚園、高校では比較的非公立学校の就学者の占める割合が大きいものの、小学
校、中学校ではほとんどが公立で、非公立の割合は少ないことが分かる。ベトナム政府
は非公立学校の拡大を奨励しているが、小中学校については今のところ公立以外の設置
形態は極めて少ない。
表8
就学者数に占める非公立学校の就学者数の割合(2000 年)
就学者数
非公立学校の就
非公立の占める割合
学者数
(%)
幼稚園
2,136,389
1,067,319
50.0
小学校
9,751,431
27,490
0.3
中学校
5,918,153
186,336
3.1
高校
2,199,814
755,438
34.3
(出所) Vietnam Education Statistics in Brief 2000-2001, 2002 より作成
45
③大衆組織・住民組織・企業等による教育奨励
「教育の社会化」は、必ずしも保護者のみの自己負担を拡大していくという制度では
ないという見方もある。ベトナム各地には地域社会から教育資金を集めるために「学習
奨励会(Study Encouragement Association)」とよばれる住民組織が設置されていて、
そこに地元住民、保護者ばかりでなく、地元企業等からも教育資金が集められる仕組み
となっている。すなわち、保護者以外にも幅広く財源を求めようという試みであり、単
なる「自己負担化」とは一線を画すと説明されている。学校奨励会は集めた資金をもと
に村や郡、省の各レベルにおいて様々な教育振興活動(就学奨励、教育施設整備、地域
教育センター設立などの支援)を行っている。
「教育の社会化」の奏功には、こういった
住民組織の活動が重要な役割を果たすものと思われる。
(3)「教育の社会化」の指標
ベトナム政府は、初等教育の国家基準を作成し、その基準達成を地方の教育訓練局に
対して強く求めている。その基準の中には「教育の社会化」という項目もあり、初等教
育においてはどのような指標でもって社会化の進行を評価するかが示されている。それ
は、次のような内容である。
①地域社会との連携:
「地域社会がコミュニティと適宜教育に関する集会を持っている
かどうか」「保護者会と学校が協力して、教育活動をしているか」。
②良好な教育環境をつくるための活動:
「小学校教育のめざすところ(教育内容、方法、
児童のランキング、初等教育の計画等)について、地域社会の理解を高める広報活動を
組織的にすすめているか」
「保護者と協力して、子どもの教育や学習環境の整備をしてい
るか」
「道徳の向上、生活向上、法律、文化・芸術・スポーツなどの具体的な教育活動を
組織化しているか」。
③学校施設整備のための家庭や地域社会からの貢献:
「学校建設、教材購入、教師や児
童の表彰、貧困家庭の子どもの支援などのために、組織、個人、保護者等から、労働力
または金銭による貢献を得ているか」。
5.初等教育国家基準と「公認」制度
ベトナム政府は一方では格差拡大につながるような政策(社会化)をとりながら、他
方では、教育の質等について画一的な国家基準を一律に当てはめようとしている。例え
ば、新カリキュラムの全国一律導入や初等教育国家基準(表9)による「公認」制度な
どがそれにあたる。
「公認」制度とは、初等教育国家基準に照らして、基準を満たした学
校を「国家基準校」として公に認めるというもので、省、郡単位で、国家基準校の割合
を高めることを目標にさせ、達成目標などにより地方の管理を徹底することを狙いとす
るものである。
旧カリキュラムでは、地域の実情にあわせ 3 種類のカリキュラムが用意されていたが、
新カリキュラムは全国一律の実施を求めており、地域特性への配慮に乏しい。社会化の
進行と一律的な教育行政により学校現場では様々な問題が生じている。例えば、現在、
46
全日制への移行は低学年から進められているが、地域によっては超勤手当をもらってい
ないという教員も多く、教員給与にも影響が出る結果となっている。
初等教育国家基準は、表 14 のような内容であるが、
「1 クラスあたり 1.15 人の教員を
確保」や「1教室あたりの人数は 35 人まで」
「校庭は児童一人当たり 10 ㎡以上」など、
形式的な内容も多くみられる。省教育訓練局での聞き取り調査によると、施設設備に関
する目標の達成が一番困難であるというつまり、必要な教室や校庭面積を確保したり、
壁やフェンスを張ったりという「資本支出」にかかわる部分の達成に困難を感じている。
国家基準の中には一方で「社会化」の達成を、そしてもう一方では非常に画一的な基準
の達成が求められている。
表9
ベトナム初等教育国家基準(National Standard)2001-2005(概要)
1.組織と運営
(1)校長と教頭の資格:「校長は、中等教員養成校(またはそれ以上)を卒業し、少なくとも 5
年の教職経験があること。国家の定める知識・モラルの資格を持つこと」
「校長を補佐するだけの
適切な職能、知識、モラルを持つこと」
(2)組織と委員会:ホーチミン青年同盟や学校評議会などの組織を持つこと。
(3)決められた運営の実行:
「学校の年間計画を作成すること。年間計画を実行するだけの方策
を持つこと」「学校運営にコンピュータを利用すること」「教員、学校事務等のスタッフを定めに
より適切に管理すること」
(4)当局の決定・指導の遵守:「党の決定や地方支部の指導・行政に忠実であること」「具体的
な計画と手続きに関して、地方当局とよく相談すること」
「当局ガイドラインに対して忠実で、現
場の実態を報告すること」
2.教師
(1)教員数と教員免許:
「 1 クラス当たり 1.15 人以上の教師を確保」
「 100% の教員が最低限の資
格を有し、 30 %以上の教員が上級資格を有すること」「美術教師、体育教師を有すること」
(2)学歴:「ディストリクト・省レベルでは 25 %の教員が適切な学歴をもつこと」「学校レベル
では 50 %の教師が適切な学歴をもつこと」「下級資格教員はなくすこと」
(3)活動:「決められた行事・活動の実施(例、他校への訪問など)」
(4)研修計画「 2005 年までに 50 %以上の教師が上級資格を持つよう研修計画があること」「継
続的な研修プログラムの実行」「個々の教員が指導力向上のための研修計画を持つこと」
3.施設設備
(1)校庭の面積、運動場など:校庭は児童一人当たり 10 ㎡以上(農村部、山岳部)、 6 ㎡(都
市部)以上あること。運動場、花壇をもつこと。
(2)教室:「1校に 30 教室以上にはならないように」「 1 教室あたりの児童数は 35 人までとす
ること」「決められた十分な教室数を確保すること」「図書室(書庫、子どもと教師のための閲覧
スペースをもつ)があること」「その他の目的教室(事務室、校長室、職員室、教材保管室、生徒
47
会室、美術室、保健室)をもつこと」
(3)安全・衛生環境:「生徒にとって快適な環境」
「学校周囲に壁またはフェンス」
「衛生のため
の施設整備」
4.社会化
(1)教育会議、委員会、保護者会:「コミュニティと適宜教育に関する集会を持つこと」「学校
が地方教育委員会( local education committee )において最も活発な役割を果たし、地方教育委
員会が提案したプログラム・計画に対し助言すること」
「保護者会と学校が協力して、教育活動を
すること」
(2)より良い教育環境をつくるための活動:「小学校教育のめざすところ(教育内容、方法、児
童のランキング、初等教育の計画等)について地域社会の理解を高めるプロパガンダ活動をオー
ガナイズすること」「保護者と協力して、子どもの教育や学習環境の整備をすること」「道徳の向
上、生活スタイル向上、法律、文化・芸術・スポーツなどの具体的な教育活動を組織化すること」
(3)学校施設整備のための家庭や地域社会からの貢献:「学校建設、教材購入、教師や児童の表
彰、貧困家庭の子どもを支援するために、組織、個人、保護者等から、労働力または金銭による
貢献を得ること」
5.活動と教育効果
(1)教育プログラムの実施:
「決められたカリキュラムと計画を実行すること」
「少なくとも 20 %
の子どもが全日制の教育を受けること」「子どもの学習時間を追加する教育活動の組織化」「成績
のいい子どもにはさらに高度な指導を、成績の良くない子どもには補修的な指導を行うこと」
(2)教授法の改革と生徒のランクづけ:
「子どもの自身を高め、自立性を高めるための教授法改
革の指導」「 MOET の定めによる生徒の評価とランキング」
(3)学齢期の子どもの初等教育普遍化達成:
「学齢期の子どもが学校へ来るように動因。就学者
を増やし、留年を減らすために恵まれない子どもたちを支援する方策を持つこと」
(4)教育の質と有効性:
「進級率を 98 %以上にすること」
「少なくとも 25 %の子どもが優秀な成
「指
績( excellent grade )を取り、少なくとも 40 %の子どもが良い成績 (good grade) をとること」
導効果が少なくとも 90 %になること」。
6.就学前教育政策
広義の初等教育には就学前教育も含むとされる。また、近年、国際社会においては、
ECD(Early Childhood Development)が、小学校教育の質の向上、女子教育の拡充に
おいて有効であるとする議論が多くみられる。そこで最後に、ベトナムにおける就学前
教育政策について簡単に触れておきたい。
現在のベトナムの幼児教育政策は、2002 年 11 月の Decision No.161/2002/QD-TTg に
よって示されている。この決定(Decision No.161)では、まず、第 1 条(2010 年まで
の就学前教育の課題)において「政府は就学前教育への投資を増やし続けると同時に、
就学前教育の社会化を進め、すべての地域において保育園と幼稚園のシステムを拡大す
48
る。社会経済的に困難を抱えた地域や山岳地域、離島などに高い優先順位をおく。」とし
ている。ここで注目すべきことは、現在のベトナムの幼児教育政策は、社会経済的に困
難を抱えた地域や山岳地域、離島などへの幼児教育の普及に高い優先順位がおかれてい
るということである。なお、ここでいう「社会経済的に困難を抱えた地域」とは、現在
ベトナムで実施されている貧困対策プログラム(プログラム 135)とよばれている)の
対象地域となった 2380 のコミューンのことであり、政府はこれらの地域に集中的に財
政配分を行うとしている。
そして、第 2 条(設置形態に関する 2010 年までの目標)では、前述の公立、半公立、
民立、私立の説明をしたうえで、公立の就学前教育は主に経済・社会的困難を抱えた地
域(首相によってリストアップされたところ)に限定し、半公立はそれらの地域を除い
た農村部および都市部の低所得地域、などに設置される、としている。都市部や経済的
に発展した地域においては、民立や私立の設置を奨励し、都市部や経済的に発展した地
域の公立保育園や幼稚園は、非公立型に転換していく、と明言している。
Decision161 において注目される項目のひとつは、第 4 条(教員について)である。
ここでは、政府が支払う教員給与は主に経済的困難を抱えたコミューンに配分される(何
パーセントの教員が政府によって給与支払いされるかは、その地域の性格によって異な
る)としている。そして、経済的に発展した地域では、教員は、
(政府給与ではなく)幼
稚園との契約に基づいて採用され、働くとされている(ここでは、そのような教員を「契
約教員」、政府によって給与が支払われる教員を「政府雇用教員」と呼ぶことにする)。
契約教員の給与は政府から来るわけではないので、主に親からの授業料や寄付金によっ
て集められた資金によってまかなわれることにある。ただ、契約教員も政府雇用教員も、
身分の安定や研修の機会、一定の社会保障は得られるようにすべきとしている。もしも
半公立施設で、もしも上記のような寄付金などの収入が足らないときは、最低限の水準
まで到達するよう、政府に補助を求めることができるとしている。
このように、現在のベトナムの幼児教育政策は、少なくとも文言上は貧困地域に対し
ては公立中心で、教員も政府雇用とし、経済的に恵まれた地域に対しては非公立中心で、
教員も契約教員とするという、貧困地域優遇策を採っている。初等教育についても、貧
困地域、プログラム 135 対象地域を優遇する政策は見られるものの、幼児教育のほうが
より明確かつ具体的に優遇政策を打ち出している点は注目に値する。
(参考文献)
国際協力銀行(2002)『教育セクターの現状と課題:東南アジア 4 カ国の自立的発展に
向けて(JBICI Research Paper No.17)』国際協力銀行開発金融研究所
MOET [Ministry of Education and Training](2001) Primary curriculum , Hanoi
MOET [Ministry of Education and Training] (2002) National Primary Development
Program, Hanoi
MOET and JICA (2002) Vietnam Support Program for Primary Education
Development PhaseⅠFinal Report Main Text
49
MOET [Ministry of Education and Training] (2002) Vietnam Education Statistics in
Brief 2000-2001 , Hanoi
National Committee for EFA Assessment (1999), The Assessment of Education for
All: Vietnam 1990-2000, Hanoi.
Nguyen, Nga Nguyet (2002) Trends in the Education Sector from 1993-1998, World
Bank.
Poverty Task Force(2002) Providing Quality Basic Education for All
Socialist Republic of Vietnam (2001), Education Development Strategic Plan
2000-2010 , Education Publishing House
Socialist Republic of Vietnam (2002), The Comprehensive Poverty Reduction and
Growth Strategy (CPRGS), Hanoi
Socialist Republic of Vietnam (2003), National Education for All (EFA) Action Plan
2003-2015 , Hanoi.
World Bank (2004) Vietnam: Poverty Reduction Strategy Paper (PRSP) Annual
Progress Report, Washington D.C.
50
第3章
ベトナム初等教育におけるカリキュラム改革と教師教育の課題
浜野
隆(お茶の水女子大学)
1.ベトナムにおける教育改革と教師
現在、ベトナムでは、教育改革の一環として年間 35 週、初等教育 5 年間で 175 週を
必須とする新カリキュラム(MOET 2001)が導入されつつある。新カリキュラムは 2002
年 9 月から導入されており、2002 年度には 1 年生で、2003 年度では 2 年生で実施とい
うように、順次学年を上げていき、2006 年度には全学年での導入が完了する予定となっ
ている。新カリキュラム導入以前は、各地域における事情を考慮して、3 種類のカリキ
ュラム(5 年間で 165 週、120 週、100 週)が用意されていた。しかし、今回の新カリ
キュラムは全国一律 175 週であり、これまで 120 週、100 週で授業をしてきた学校も
175 週カリキュラムへの対応を迫られることになっている。
新カリキュラムでは、小学校1~3 年生では 6 教科を、4・5 年生では 9 教科を必修と
し、国語、算数、理科だけでなく、これまではあまり実施されてこなかった保健体育や
美術(図工)なども必修科目となっている。また、高学年では、これらの必修科目に加
え、外国語、情報、クラブ活動などの選択科目を組み込むことができるようになってい
る。
また、新カリキュラムは「児童中心の教授法」が推進されていることも大きな特徴で
ある。これは、これまでベトナムの小学校で行われてきたような教師から児童への一方
的な知識伝達型の教授法ではなく、学習者である児童を学習プロセスの中心に位置づけ
るものである。子どもに考えさせたり、授業に参加させたり、問題解決学習をさせたり
という指導法が新カリキュラムでは志向されている。そして、教科書もこのような観点
から、かなり改訂されている。例えば、イラストや写真が多く採用されており、視覚に
訴えるものが多く取り入れられている。また、今まで、複数の教科で重複して取り扱わ
れていいた内容が整理され、伝達すべき知識はかなり絞られている。その一方で、知識
を実社会や生活の場でいかに応用できるか、考えさせるための時間が従来よりも大幅に
増加している。
この新カリキュラムの導入が、ベトナムにおける教育の質的改善の中心的課題である
ことはベトナムにおける各種政策文書から明らかである。そして、この課題を達成する
ためには教師・教師教育が鍵となる。すなわち、新カリキュラムを効果的に導入にする
には、第一に、教師が従来型の授業ではなく新しい指導内容・指導方法を習得すること
が重要であり、そのような指導法を習得するための「教師教育」の充実が図られなけれ
ばならない。また、新カリキュラムを実施するための教育条件整備、具体的には「二部
制の解消」を実現するためには、これまで半日勤務が通常であった教員の勤務体系を変
更するか、あるいは教員の増員が必要となる。いずれにせよ、現在進行中の教育政策の
成否は教師によるところが大きいと考えられる。そこで、本章においては、ベトナムに
おける教師を取り巻く状況及び教師教育の課題について検討したい。
51
2.ベトナムにおける教員をめぐる現状
教師教育を検討する前に、まずベトナムにおける教師の現状について触れておきたい。
2000 年現在、小学校の児童数 9,751,014 人に対し、教員数は 347,322 人、教師一人
当たりの児童数はおよそ 28 程度となっている。表1は、就学児童数、教員数、教師一
人当たりの児童数を地域別に見たものである。これを見ると、教師一人当たりの児童数
にそれほど大きな地域間格差は見られないが、北東地域(North East)、北西地域(North
West)など、山岳地帯や僻地を多く抱える地域においては教師一人当たりの児童数が少
なくなっていることが分かる。
表1
地域別に見た就学児童数、教員数、教師一人当たりの児童数
児童数
教員数
教師一人当たり
児童数
Whole Country
9,751,431
347,833
28.0
Red River Delta
1,790,735
63,926
28.0
North East
1,224,560
52,272
23.4
North West
342,342
16,049
21.3
North Central Coast
1,455,050
50,370
28.9
South Central Coast
878,484
28,677
30.6
Central Highlands
690,174
22,514
30.7
North East South
1,339,325
43,655
30.7
Mekong River Delta
2,030,761
70,370
28.9
(出所) Vietnam Education Statistics in Brief 2000-2001 , 2002 より作成
上の表で見たように、教師一人当たりの児童数は現在は 28 前後の水準になっている
が、時系列で見てみると、ここ 20 年くらいの間に減少してきたことがわかる。
表2
就学児童数、教員数、教師一人当たりの児童数の推移(1981-1999)
1981-82
1985-86
1990-91
1994-95
1998-99
児童数
8,092,071
8,253,266
8,862,292
10,431,337
10,247,576
教員数
204,104
223,718
252,413
288,173
336,294
39.6
36.9
35.1
36.2
30.5
Pupil/T
eacher
(出所)Report by the Government of S.R. Vietnam to the “Sectoral Aid Coordination
Meeting on Education”, 1995、および National Committee for EFA Assessment , The
Assessment of Education for All: Vietnam 1990-2000 , Hanoi, 1999.より作成
52
表2は、1981 年から 1999 年までの就学児童数、教員数、教師一人当たりの児童数の推
移を示したものであるが、1981-82 年には 39.6 であったのが徐々に減少し、特に 1990
年代の後半に大きく減少したことが見て取れる。これは、少なくとも過去 20 年くらい
の間に、教員数は大幅に増加したのに対し、児童数のほうは、特に 1990 年代の後半に
は減少をはじめているためであり、教師一人当たりの児童数で見る限り、教育環境は改
善されてきたといえる。
次に、教員の内部構成に着目してみよう。表3は、教員船体に占める女性教員、少数
民族、政府負担教員(政府によって給与が支払われている教員)の割合を示したもので
ある。
まず、女性教員比率であるが、国全体としては女性教員比率は 78.3%で、およそ 8 割
が女性教員である。本科研においては、4 年間に数多くの小学校を訪問したが、ほとん
どの小学校は女性教員が大半を占めており、中には校長以外はすべて女性教員といった
学校もあった。よって、全体で見て 8 割近くが女性教員であるという統計は、現地調査
における実感にも合致する。女性教員が多い理由としては、初等教育の教員は給与が低
いので男性にとってはあまり魅力的な職業ではなく、男性は他の仕事につくということ、
また、転勤がほとんどないので女性にとっては地元で続けられる仕事であること、など
が理由であるという。しかし、地域別に見ると、女性教員比率は紅河デルタ(Red River
Delta)など比較的都市部で経済水準の高い地域において高く、北西地域やメコン河地
域など、生活条件が厳しい地域では低いことが分かる。メコン河地域においては、女性
教員比率は 57.4%であり、国全体の数字に比べかなり低い。
次に、少数民族教員の比率であるが、これは国全体で見れば 10%程度であるが、地域
によるばらつきが大きい。最も少数民族教員比率が高い北西部では、43.5%であるのに
対し、最も低い紅河デルタ地域では 0.2%である。これはむろん、その地域の民族構成
を反映したものであるが、先の表1と重ね合わせてみると、少数民族教員比率が高い地
域は、教師一人当たりの児童数も少なくなっている。これは、少数民族が住んでいる地
域は山岳地域が多く、また、僻地が多いなど地理的な要因によるものであると考えられ
る。
表3の一番右の列は政府負担教員比率を示したものである。ベトナムの初等教育にお
いては多くの教員は政府によって給与が支払われているが、政府の財源が乏しく、十分
な数の教員を雇えない場合、一部の教員は地元負担で雇われている。政府負担教員比率
は全体で 94.1%であり、ほとんどの教員は政府の負担であることが分かるが、中部高地
(Central Highlands)など、政府負担教員比率が 9 割に満たない地域も存在する。な
ぜ地域によって政府負担教員の割合にばらつきが出るのかについては、様々な要因が関
係している。まず、当該地域が教員を雇用できるだけの地元負担が可能かどうかが重要
である、すなわち、地域の経済水準が低かったり、地域住民が教員給与負担することに
積極的でない場合は、地元負担で教員は雇えない。よって、経済水準の高い地域では地
元負担教員が多くなると考えられる。しかしながら、経済水準と地元負担教員の割合の
間にはそれほど高い相関があるわけではない。それは、経済水準の高い地域はもともと
53
財政的にも恵まれているので、あえて地元負担しなくても教員を確保できるためである。
また、一方、政府の施策により、貧困対策地域にはより多くの政府補助金が配分され、
その補助金で教員を雇うことになるから、貧困地域や少数民族比率が高い地域も比較的
政府負担教員が多い。よって、経済水準が高い地域も貧困地域も同じように政府負担教
員の比率は高くなるため、経済水準と政府負担教員の比率の間にはほとんど相関を見出
すことはできない。しかし、経済水準が低い地域であるにもかかわらず何らかの理由で
十分な補助金が得られなかったり、補助金の規模自体が十分でない場合は、政府負担教
員の比率は低くなる。
表3
教員全体に占める女性・少数民族・政府負担教員の比率
教員数
女性教員比率
少数民族教
政府負担教員
員比率
比率
Whole Country
347,833
78.3
10.3
94.1
Red River Delta
63,926
89.7
0.2
94.1
North East
52,272
84.8
30.1
92.5
North West
16,049
73.9
43.5
96.2
North Central Coast
50,370
84.9
9.5
97.8
South Central Coast
28,677
76.2
2.5
95.6
Central Highlands
22,514
81.2
16.9
88.1
North East South
43,655
81.5
1.8
95.1
Mekong River Delta
70,370
57.4
4.1
92.6
(出所) Vietnam Education Statistics in Brief 2000-2001 , 2002 より作成
教員全体に占める女性・少数民族・政府負担教員の比率をさらに省別に見たのが、表
4である。女性教員比率・少数民族教員比率・政府負担教員比率が省によって大きくば
らついていることが見て取れよう。
ちなみに、小学校教員は教員養成カレッジ、大学の双方で養成されているが、大学卒
とカレッジ卒で給与面での差はほとんどない。ただし、大卒のほうが教員への採用には
有利である。教員給与は学歴ではなく、職位によって差がつけられている。昇格するに
は、研修を受けることなど一定の条件が必要であるが、あまり厳格には適用されておら
ず、むしろ同僚による評価や共同体の中での評判などが重要な要因のようである。教員
給与は基本的には中央政府が負担しているが、その給与水準は決して十分なものとはい
えない。1998 年教育法は「教師の給与体系は、国家公務員の給与体系の中で最も高い水
準とする」(71 条)としているが、小学校教員の給与は低く、それだけで生活していく
ことは難しいといわれている。教員は副業(塾、個別教師、運転手など)をすることに
より、収入を増やしているのが一般的である。
54
表4
省別に見た教員数・女性教員比率・少数民族教員比率・政府負担教員比率
省
教員数
女性教員比率
少数民族教員比
政府負担教員
(%)
率(%)
比率(%)
Ha Noi
8,229
92.7
0.0
95.5
Hai Phong
6,112
94.3
0.0
94.6
Vinh Phuc
4,594
84.2
0.1
96.1
10,816
90.8
0.7
85.0
Bac Ninh
3,863
87.3
0.0
99.7
Hai Duong
6,370
92.1
0.1
96.4
Hung Yen
4,207
86.3
0.0
92.9
Ha Nam
2,949
90.8
0.0
95.3
Nam Dinh
6,420
89.7
0.0
98.4
Thai Binh
6,507
82.6
0.0
92.6
Ninh Binh
3,859
93.3
1.3
100.0
Ha Giang
5,486
74.1
50.5
99.7
Cao Bang
3,663
83.3
26.2
91.7
Lao Cai
4,287
76.2
17.9
67.7
Bac Kan
1,835
85.9
87.8
94.9
Lang Son
4,947
86.3
82.1
99.6
Tuyen Quang
4,432
86.6
38.3
75.2
Yen Bai
4,420
81.9
26.9
92.4
Thai Nguyen
5,234
92.9
21.9
96.1
Phu Tho
6,144
87.7
10.6
95.0
Bac Giang
7,269
84.6
3.7
98.2
Quang Ninh
4,555
92.6
13.0
100.0
Lai Chau
4,043
76.4
41.4
87.7
Son La
6,577
63.1
45.2
98.3
Hoa Binh
5,429
85.1
43.2
100.0
Thanh Hoa
16,522
83.9
16.2
100.0
Nghe An
16,352
88.7
12.0
93.3
Ha Tinh
6,167
90.6
0.0
100.0
Quang Binh
3,928
78.2
0.0
99.9
Quang Tri
2,883
80.9
1.9
100.0
Thua
4,518
75.4
1.6
100.0
Ha Tay
Thien
Hue
Da Nang
2,558
92.2
0.0
94.1
Quang Nam
6,521
77.1
2.5
97.1
55
Quang Ngai
5,358
75.9
4.9
92.0
Binh Dinh
5,885
68.7
1.8
97.0
Phu Yen
4,131
67.7
2.6
95.4
Khanh Hoa
4,224
84.4
2.0
96.7
Kon Tum
2,590
75.3
21.2
98.9
Gia Lai
5,441
73.2
30.8
82.2
Dak Lak
9,598
84.3
12.8
91.6
Lam Dong
4,885
87.1
7.3
82.1
13,349
81.4
0.4
92.8
Ninh Thuan
2,736
80.2
17.0
87.9
Binh Phuoc
3,500
83.4
2.6
99.1
Tay Ninh
4,800
71.0
0.0
93.8
Binh Duong
2,961
81.1
0.1
99.4
Dong Nai
7,871
86.1
0.2
98.4
Binh Thuan
4,857
82.5
3.3
93.0
B. Ria-V.Tau
3,581
84.0
0.0
98.9
Long An
5,781
73.2
0.0
99.2
Dong Thap
7,105
53.9
0.0
93.4
An Giang
7,183
56.6
2.2
96.9
Tien Giang
5,809
73.7
0.0
99.5
Vinh Long
4,155
57.7
1.1
97.3
Ben Tre
5,214
66.8
0.0
100.0
Kien Giang
7,157
55.2
5.4
78.5
Can Tho
7,047
60.3
0.7
98.1
Tra Vinh
4,401
44.3
25.1
81.4
Soc Trang
6,111
39.8
18.2
80.6
Bac Lieu
3,904
53.5
0.0
98.0
Ca Mau
6,503
52.6
0.3
91.8
78.3
10.3
94.1
TP H-C-Minh
Whole
Country
347,833
(出所) Vietnam Education Statistics in Brief 2000-2001 , 2002 より作成
さて、ここまで見てきた教師一人当たり児童数(PT 比)、女性教員比率、少数民族教
員比率、などのデータをさらに細かく、郡別に見たのが表5である。バグザン省 DOET
において入手した資料によるものであるが、ベトナムにおいて郡別データは入手が困難
であるため、これは貴重なデータであると思われる(なお、学校別のデータも入手した
が、ここでは割愛する)。表から分かるように、バグザン省は 10 の郡からなるが、省内
56
においても少数民族教員の比率にかなりのばらつきがあることが分かる。また、同じ省
内でも、教師一人当たり児童数(PT 比)や女性教員比率にばらつきがあることが分か
る。例えば、Son Dong 郡は少数民族教員比率が高く(27.7%)、女性教員比率が低い
(78.3%)。こういった地域においては、学校規模が小さくなり分校も多くなるので、教
師一人当たり児童数は少なくなる(15.5)。それに対し、省内の都市部である Bac Giang
Town においては、少数民族は非常に少なく(0.4%)、女性教員比率が極めて高い(98.1%)。
これは、女性教員が比較的生活条件のいい都市部での勤務を志向していることを示して
いるが、都市部においては学校規模も大きくなるので、教師一人当たり児童数は多くな
り、国が決めた基準値に近い値となる。
表5
バグザン省における PT 比、女性教員比率、少数民族教員比率(郡別データ)
a.児童数
b.教員数
c. 女 性
d. 少 数
PT 比
女性教
少 数 民
教員数
民族教
(a/b)
員比率
族 教 員
員数
比率
1. Son Dong
9773
632
495
175
15.5
78.3%
27.7%
2. Luc Ngan
26356
1100
889
146
24.0
80.8%
13.3%
3. Luc Nam
22085
1209
911
49
18.3
75.4%
4.1%
9556
518
454
62
18.4
87.6%
12.0%
18675
988
898
14
18.9
90.9%
1.4%
6. Yen Dung
16232
837
645
2
19.4
77.1%
0.2%
7. Viet Yen
14926
725
638
3
20.6
88.0%
0.4%
8. Hiep Hoa
20711
980
829
2
21.1
84.6%
0.2%
9. Tan Yen
15325
850
732
12
18.0
86.1%
1.4%
8220
269
264
1
30.6
98.1%
0.4%
161859
8108
6755
466
20.0
83.3%
5.7%
4. Yen The
5.
Lang
Giang
10.
Bac
Giang Town
Total
(出所)バグザン省 DOET データより作成
ベトナムにおいては、教員が地方へ赴任したがらないのが大きな問題である。山岳地
帯や僻地の教員不足を解消するため、現地の人材を教員として採用するという試みもさ
れてはいるが、僻地においては優秀な教員を確保することが困難となっている。教員は、
僻地へ赴任すれば僻地手当(30%から 50%とされている)により給与は増えるが、それ
でもなかなか僻地へは行きたがらない。生活必需品購入のための交通費など、僻地にお
いては生活費がかさむうえ、地方には副業の機会が少なく、結果的に生活が苦しくなる
という現状がある。教員人事は非常に硬直的であり、ほとんど教員の転勤移動はない。
教員の方からは、家族あるいはその他の事情で勤務先の移動希望を提出することはでき
57
るが、実際、転勤あるいは移動は非常に稀である。このことが、地方における教員の量
的・質的問題にも結びついている。
ベトナム教育法には「国は、経済・社会的に特別に困難な状況にある地域に、教師を
転任させる政策をとる。すなわち、恵まれた地域の教師が、経済・社会的に特別に困難
な状況にある地域の学校に転任することを奨励し、そのための優遇措置を講ずる。国は、
このような地域において教師が安心して勤務できるような条件整備を行う。」
(第 71 条)
とされているが、現実にはこの条文でいう「優遇措置」も僻地にまで教員をいきわたら
せるまでの効果はあげていないのが現状である。
3.ベトナムにおける教員養成
教員養成については、教員養成カレッジ(TTC:Teacher Training College)が幼稚
園、小中学校レベルの教員を養成。一方、教員養成大学は小学校から高校までの教員を
養成する。教員養成カレッジは各省に置かれている。教員養成カレッジの学生定員は、
省レベルで決定され、教育訓練省(MOET)の承認を受ける。
ベトナムの教員資格制度は、中等教育修了後、教員養成カレッジにおいて 2 年コース
(12+2)、3 年コース(12+3)、4 年コース(12+4)のいずれかを受けて教員資格を得る。
これに加え、大学学士レベルの教員資格もある。現在のベトナムにおいては、初等教育
教員については 12+2 が国家基準とされている。しかし、12+2 教員はいちおう国家基準
を満たしてはいるものの、現在の教育改革が進んだときには資質能力の点で不十分とい
われており、MOET は現在 12+3/4 または大学学士レベルへの引き上げを図っていると
ころである。教員養成カレッジの順次、大学レベルに移行しつつある。
例えばバグザン省の場合、2001/2002 年のデータで、「5+3」は 0 人、「9+3」104 人、
「12+2」は 6,311 人、
「12+3/4」1,205 人、
「その他」70 人となっている。すなわち、こ
の時点では全体の 8 割以上が 12+2 ということであるが、2003 年の現地調査においては、
教員養成カレッジ(TTC)において 12+3 への資格向上の現職研修が実施されていた。
省によっては、9+3、5+3 といった教員もおり、そういった教員を多く抱えた地域で
は教育の質が大きな問題となっている。MOET としては 9+3 教員、5+3 教員は 2005 年
にはなくしたい意向であり、省によっては退職勧告を行うところも出てきている。
近年、ベトナムでは、多くの省で学齢人口の減少が見込まれる中、教員の供給過剰が
指摘されており、教員の新規採用は抑制されている。例えばバクザン省の場合、1996-97
年には 220 人採用であったものが、1997-98 年~1998-99 年は 100 人。1999-2000 年に
は一旦 150 人採用まで増加したが、それ以降、採用人数は年を経るごとに減少しており、
2001-2002 年からは 60 人採用との計画になっている。教員の年齢層は、最も多いのが
50 代で、学歴・資格の低い教員が多いことが問題となっており、学校によっては、自宅
待機や早期退職制度の採用を行っている省もある。また、省によっては、教員養成カレ
ッジの小学校教員養成課程の学生募集を一時停止しているところもある。
なお、EFA2000 年評価報告書によれば、最低限の基準(EFA2000 年評価報告書では
9+3 以上とされている)を満たした教員は全体の 92.8%(1999 年)、国家基準(12+2
58
以上)を満たした教員は 73.3%(1999 年)となっている(表6)。
表6
基準を満たした教員の割合(1990-1999)
1990-1991
教員数
最低限の基準を満たした
教員
国家基準を満たした教員
1994-95
1997-98
1998-99
252,413
288,173
324,431
336,294
242,964
268,279
303,498
311,986
146,915
194,978
244,767
259,897
96.3
93.1
93.5
92.8
58.2
67.7
75.4
73.3
最低限の基準を満たした
教員の割合(%)
国家基準を満たした教員
の割合(%)
(出所)National Committee for EFA Assessment , The Assessment of Education for All:
Vietnam 1990-2000 , Hanoi, 1999. より作成
最低限の基準を満たした教員の割合は 1990-91 年から 1998-99 年にかけて低下してい
るが、その理由としては、この時期に初等教育が急速に拡大し、普遍化段階に向かう過
程で教員不足に直面したこと、特に分校においてミニマム・スタンダードすら満たさな
い非常勤教員が大量に雇われたことなどがあげられる。表7は、地域別に 1990 年代の
変化を見たものであるが、北部よりも中部、メコンデルタ地域において低下が著しかっ
たことが見て取れる。
表7
基準を満たした教員の割合(地域別、1990 年代)
最低限の基準を満たした教員
国家基準を満たした教員の割
の割合(%)
合(%)
1990-91
1998-99
1990-91
1998-99
Red River Delta
97.8
94.2
70.5
85.6
North East
97.7
93.2
52.2
74.6
North West
98.7
99.4
50.3
68.1
North Central Coast
96.9
98.9
64.4
79.8
South Central Coast
94.1
89.5
60.1
77.9
Tay
94.7
83.2
50.1
70.8
South East
93.4
91.6
55.2
78.7
Mekong River Delta
95.9
90.9
51.4
73.8
Nguyen
Highlands
(出所)National Committee for EFA Assessment , The Assessment of Education for All:
Vietnam 1990-2000 , Hanoi, 1999. より作成
59
教員の学歴構成をより詳細に把握するため、省に対してアンケート調査(郵送調査)
を実施した。必ずしもすべての省から回答が得られたわけではないが、大まかな傾向を
つかむことはできる。有効な回答が得られた35省について結果を示したのが表8であ
る(9+3以下の割合の小さい順に並べ替えてある)。まず、9+3以下に注目してみる
と、Da Nang や Hai Duong のように、まったく9+3がいない省から、Ca Mau のよ
うに 86.2%もの教員が9+3以下である省まで、きわめて地域間格差が大きいことであ
る。また、12+3 以上に注目すると、最も高いのが Ha Noi で 77.2%、最も低いのが Ca Mau
で 5.1%と、こちらについてもかなり地域間格差が大きいことがわかる。このような大
きな地域間格差は、省の社会的経済的背景、省の教育政策とその末端までの徹底の度合
い、中央(MOET)からの指導の強弱、などによるものと考えられるが、いかなる要因
が強く影響しているのかについての分析は今後の課題としたい。
表8
12+4
省別に見た教員の学歴構成
12+3
12+2
9+3
以上
9+3
9+3
12+3
未満
以下
以上
Da Nang
17.3
32.8
49.9
0.0
0.0
0.0
50.1
Hai Duong
11.0
32.4
56.6
0.0
0.0
0.0
43.4
Nghe An
13.5
19.1
67.2
0.2
0.0
0.2
32.6
9.6
45.7
43.8
0.9
0.0
0.9
55.3
15.2
14.8
68.7
1.2
0.0
1.2
30.0
18.2
59.0
21.5
1.2
0.0
1.3
77.2
Ha Nam
3.3
49.4
45.1
2.2
0.0
2.2
52.7
Ha Tay
18.7
52.3
26.7
2.3
0.0
2.3
71.0
4.0
43.9
49.1
1.8
1.1
2.9
47.9
6.8
19.5
70.5
3.2
0.0
3.2
26.3
Vinh Phuc
16.5
13.1
65.4
4.2
0.9
5.0
29.6
Thanh Hoa
10.4
13.1
70.0
6.5
0.0
6.5
23.5
Hoa Binh
5.6
13.5
73.4
7.1
0.4
7.5
19.1
Bac Kan
4.0
11.2
77.3
6.6
1.0
7.5
15.2
Yen Bai
2.9
31.3
51.6
0.0
14.1
14.1
34.3
Phu Yen
6.7
23.3
55.1
13.7
1.2
14.9
30.0
20.8
19.6
42.8
16.8
0.0
16.8
40.5
Bac Giang
2.4
15.2
64.7
2.6
15.2
17.7
17.6
B.Ria-V.
2.6
5.3
71.8
20.3
0.0
20.3
7.9
Thai Binh
Thai
Nguyen
Ha Noi
Quang Nam
Quang
Binh
Binh Duong
60
Tau
Dak Lak
8.0
4.0
66.7
7.6
13.6
21.3
12.1
Dong Thap
2.3
31.9
44.2
18.6
3.0
21.6
34.2
Dong Nai
3.0
3.6
66.9
25.3
1.1
26.5
6.6
Cao Bang
3.2
4.1
63.1
22.4
7.2
29.6
7.3
Long An
7.5
18.9
42.9
25.1
5.7
30.8
26.4
An Giang
5.3
22.7
33.6
36.7
1.8
38.4
27.9
Bac Lieu
11.3
11.6
37.4
39.3
0.4
39.7
22.9
2.0
20.5
36.1
36.8
4.5
41.4
22.5
Binh Thuan
1.9
5.0
51.1
35.2
6.6
41.9
7.0
Lai Chau
2.3
10.6
38.7
44.3
4.1
48.4
12.9
Gia Lai
7.5
10.8
33.2
42.9
5.6
48.5
18.3
Lao Cai
0.8
5.5
42.3
47.1
4.3
51.4
6.3
Kon Tum
18.4
2.3
20.3
47.5
11.5
59.0
20.7
Tay Ninh
2.4
17.0
20.5
60.1
0.1
60.2
19.3
12.0
0.0
20.3
59.3
8.4
67.7
12.0
4.5
0.7
8.7
84.9
1.2
86.2
5.1
Ninh
Thuan
Kien Giang
Ca Mau
4.ベトナムの現職教員研修の現状と課題
(1)現職教員研修の現状
前節でも指摘したように、ベトナムにおいては現在、新規の教員養成・採用は抑制の
方向にあるので、政策の力点はむしろ現職研修による教員の資質能力強化にある。ベト
ナムにおける現職研修は、夏期研修、資格向上研修、模擬授業研修、校内研修、学校管
理職研修などがある。
①夏期研修:夏期休暇を利用して行われる研修で、新カリキュラム導入に合わせて実
施されている。2002 年には 1 年生担当の教員を、2003 年には 2 年生担当の教員が対象
となっており、毎年学年が上がっていく予定である。7 月から 8 月にかけて約 20 日間で
新カリキュラム全教科を実施している。夏期研修には 2 種類ある。1つは、中央レベル
で実施されるもので、これには省の代表と BOET の代表が参加する。もうひとつは郡レ
ベルのもので、郡内の(当該学年の)教員全員が参加するものである。
②資格向上研修:教員養成カレッジ(TTC)で行われる集中研修。初等教育の場合は、
12+2 から 12+3 への資格向上が目的。研修費用は自己負担。TTC の収入源ともなって
いる。研修は週末を利用して行われている。期間は 1 年間から 2 年間で、バグザン省の
場合は 18 ヶ月とのことである。
③指導主事による模擬授業研修:各郡の指導主事が小学校を訪問し、模擬授業をして
61
見せるというものである。模擬授業の後には授業に関する意見交換会が行われる。バグ
ザン省を例に取ると、55 人(バグザン省には 10 郡あり、各郡から 5 人ずつ〔50 人〕と
DOET [省教育訓練局] から 5 人)の指導主事がおり、それぞれ自分の担当の郡において、
模擬授業を実施している。模擬授業には近隣の学校から何名かの教員が出席し、授業を
見学、討論に参加している。
④校内研修:学校において、教師が自発的に模擬授業を行い、授業に関する意見交換
等が行われている。定期的に実施されている学校もあるし、不定期に実施している学校
も あ る 。 教 材 の コ ピ ー や そ の 他 校 内 研 修 に か か る 費 用 は 、 Study Encouragement
Association という地域住民による教育支援組織の資金が使われることもある。
(2)現職教員研修の課題
上述のように、ベトナムにおいては、現職研修制度はある程度は確立されている。し
かし、新カリキュラムにおける新しい教授法の習得、あるいはそれにとどまらず全般的
な指導力の向上といった観点から見ると、次のような課題を指摘することができる。
①定期的に実施される研修システムの構築
教師の指導力を向上させるには、たまの「イベント」として研修に参加するだけでな
く、教師が定期的・継続的に研修に参加できるような仕組みが必要である。現在、ベト
ナムにおいては指導主事による模擬授業研修が週末等を利用して行われているが、すべ
ての教師がこの模擬授業に参加できるわけではない。また、校内研修の実施状況も学校
によりまちまちである。熱心に校内研修を行っている学校もあれば、まったく校内研修
をやっていない学校も存在する。すなわち、現在のところ、「定期的に」「すべての教師
が参加できる」研修システムはまだベトナムにおいては確立されておらず、今後はその
確立を検討することが必要であろう。
②実践的研修
現在、ベトナムで実施されている教員研修は、講義形式のものが中心である。これは、
現職研修だけでなく、教員養成においても同様であり、ベトナムにおける教師教育のひ
とつの課題である。既に述べたように、指導主事が模擬授業をやってみせるなど、非講
義形式の研修もなされてはいるが、夏期研修や資格向上研修は、講義による理論的なも
のが多い。これは、教員養成カレッジや教員養成大学の教員は理論志向が強く、研修の
内容も理論中心になりがちであるためである。しかしながら、現在ベトナムの教員に必
要とされているのは「児童中心主義の教授法とは何か」といった理論ではなく、
「実際に
どのように教室でそれを実践するか」である。よって、今後は海外からの技術協力など
も受け入れつつ、実践的な教師教育を増やしていくことが課題である。
③学校管理職研修の実施
校長や教頭といった学校管理職に対する研修は、前述の「EFA 行動計画」においても、
教育の質的向上のためのプログラム・コンポネントとしてあげられている。学校の管理
運営を良くすることが教育効果を高めることは効果的学校 (effective school) の研究等
でよく指摘されることである。学校の年間計画の作成、教員の勤務管理、学校における
62
教育の質の管理も含め、教員研修、全日制移行等の計画、教育環境整備などにおいて、
学校管理職の役割は大きい。また、保護者・地域住民とのコミュニケーション(保護者
会の開催や学校新聞の発行等)も学校管理職の重要な任務である。さらに、特に農村部
においては多くの学校が分校を持っているため、分校の運営、教員の配置など学校管理
職の役割は大きい。現在、ベトナムではこういったことに関する学校管理職に対する研
修は現状ではほとんど行われていないので、今後は検討されるべき課題であると思われ
る。
(参考文献)
MOET [Ministry of Education and Training](2001) Primary curriculum , Hanoi
MOET [Ministry of Education and Training] (2002) National Primary Development
Program, Hanoi
MOET [Ministry of Education and Training] (2002) Vietnam Education Statistics in
Brief 2000-2001 , Hanoi
National Committee for EFA Assessment (1999), The Assessment of Education for
All: Vietnam 1990-2000, Hanoi.
Nguyen, Nga Nguyet (2002), Trends in the Education Sector from 1993-1998, World
Bank.
Pham Minh Hac (1998) Vietnam’s education: The current position and future
prospects, The Gioi Publishers
Poverty Task Force(2002) Providing Quality Basic Education for All
Socialist Republic of Vietnam (2001), Education Development Strategic Plan
2000-2010 , Education Publishing House
Socialist Republic of Vietnam (1995) Report by the Government of S.R. Vietnam to
the “Sectoral Aid Coordination Meeting on Education”, Hanoi
Socialist Republic of Vietnam (2002), The Comprehensive Poverty Reduction and
Growth Strategy (CPRGS), Hanoi
Socialist Republic of Vietnam (2003), National Education for All (EFA) Action Plan
2003-2015 , Hanoi.
Tran Kieu(2002) Education in Vietnam: current state and issues , The Gioi
Publishers
63
第4章
ベトナムの初等教育の費用負担構造:中央-地方関係を中心に
浜野
隆(お茶の水女子大学)
1. はじめに
1.1. EFA と財政
国連のミレニアム開発目標(MDGs)にも見られるように、初等教育の普遍化は国際
社会にとってきわめて緊急かつ重要な課題となっている。一般に、初等教育の普及は、
制度創設、量的拡大、そして普遍化といった段階があるが、現在、多くの途上国が「普
遍化」段階で足踏みをしている。初等教育の普及過程においては、
「最後の 5~10%」を
上昇させることが最も困難である。それは、「最後の5~10%」の中には、貧困層、僻
地住民、山岳地帯居住者、少数民族、身障者などが含まれており、これらの層に初等教
育を普及させるには特別な配慮を要するためである。また、普遍化段階においては、就
学の普遍化と並んで、卒業の普遍化、教育の質的向上、義務教育年限の延長も重要な課
題となる。本研究は、まさにこの「普遍化」段階にあるベトナムをとりあげ、その初等
教育の財政構造を明らかにすることを目的とする。
周知のように、初等教育の完全普及は国際社会にとってきわめて重要な課題となって
いる。遡れば、1950~60 年代のカラチ・プラン(Karachi Plan)を初めとする初等教育普
遍化(UPE)運動、1990 年の「万人のための教育世界会議(WCEFA)」以降の「万人の
ための教育(EFA: Education for All)」運動など、これまで、初等教育の完全普及に向
けた運動は数多くなされてきた。現在は、初等教育の普遍化は、2000 年ダカール会議を
受けて、国連のミレニアム開発目標(MDGs)として位置づけられている。2015 年までに
「無償」で質の高い初等教育をすべての子どもが修了できるよう、国際援助機関、NGO、
各国政府が様々な取り組みを行っている。
このような EFA 運動の中で、現在注目を集めているのが、EFA 達成のための「財政
支援(Budget Support)」である。教育の量的拡大にしろ、質的改善にしろ、財政的な裏
づけがなければ達成は困難である。1990 年代の EFA 運動が限定的な成果しか残せなか
ったのも、その達成のための議論は多くされながらも肝心の財政的なコミットメントを
欠いたことに由来する。また、途上国側の行政能力向上重視の潮流とも相俟って、近年
は世界銀行や英国などが中心となり、財政を直接支援するというアプローチが注目を集
めるようになってきている。たとえば、近年、世界銀行は「ファースト・トラック・イ
ニシャティブ(FTI: Fast Truck Initiative)」というアプローチによって、アフリカを
中心として貧困削減戦略書(PRSP: Poverty Reduction Strategy Paper)策定が進んで
いる国の初等教育を優先的に発展させようとしている。その中で注目されるのは、リカ
レントコストへの援助を含む、財政支援の方針を明確に打ち出していることである。今
後は、PRSP の有効性も含め、FTI の分析も進んでいくものと思われが、ベトナムは、
このファースト・トラック・イニシャティブ(FTI)対象国となっており、その教育財政
構造や予算実施過程の透明性はドナーからの関心も高い。これまでにベトナムの教育財
政に関していくつかの調査報告がなされてきている(World Bank 1997, IIEP 2001,
64
Brooks et al. 1999 など)のも、そのような理由からであると思われる。
1.2. 教育の地域間格差と財政の役割
ベトナムは 64 の省(province)からなる南北に伸びた国である。地理的特徴も多様
であり、地域間の差も大きい。なお、ベトナムの地方行政単位は、次のようになってい
る。各省は平均しておよそ 10 の郡(district)から構成される。現在、ベトナムには 600
を越える郡(district)があり、さらに郡の下には 1 万を超える社(commune)がある。
一般に、途上国の教育においては、男女間格差、地域間格差、民族間格差、階層間格
差などが問題としてあげられることが多いが、ベトナムでは、就学の男女間格差はさほ
ど見られず、特に深刻な問題としては地域間格差があげられる。現在、ベトナムにおい
ては初等教育の就学率(enrolment ratio)は純就学率(net enrolment ratio)で 95%を超え
ており、教育訓練省のデータによると、97%にも達している。これは、経済水準が同じ
他の途上国や、アジアの近隣諸国に比べ非常に高い数値である。少なくとも就学という
現象のみに着目すればベトナムはすでに普遍化に近い段階にいたっているといえよう。
しかしながら、初等教育の修了率(completion rate)は必ずしも高くはない。EFA2000
年評価報告書(EFA Assessment Report 2000)によると、5 年生(初等教育最終学年)ま
での残存率(survival rate to grade 5)は 77.8%(1997-98 年)となっており、就学率
(enrolment ratio)(純就学率[net enrolment ratio]で 95%)が高い割には、残存率が低
いことがわかる。修了率(completion rate)は、2000 年現在 69.5%と推計されており、
約 3 割の子どもが卒業にまで至っていないことがわかる。
表1
初等教育修了
省の数
初等教育修了率の地域格差
%
該当する省
率
30%未満
2
3.3
Can Tho, Ha Giang
30%~40%
5
8.2
Cao Bang, Kon Tum, Soc Trang, Son La 等
40%~50%
4
6.6
Lai Chau, Bac Lieu, Ca Mau, Gia Lai
50%~60%
6
9.8
Tra Vinh, An Giang, Lang Son, Ninh Thuan
等
60%~70%
10
16.4
Lao Cai, Lam Dong, Bac Kan 等
70%~80%
11
18.0
Yen Bai, Tuyen Quang, 等
80%~90%
8
13.1
H-C-Minh, Quang Ninh, Thai Nguyen, 等
90%以上
15
24.6
Ha Noi, Ha Nam, Phu Tho, Bac Giang, 等
合計
61
100.0
(出所)MOET and JICA(2002)より作成
このように、修了率が国全体として低い数字となってしまうのは、地域間格差が大き
65
いためである。就学率に関しても地域間格差は見られないわけではないが、国全体で
97%を達成していることもあり、それほど格差が大きいわけではない。しかしながら、
修了率に関しては、非常に地域間格差が大きい。例えば、ハノイやハーナム(Ha Nam)、
バグザン(Bac Giang)などでは、90%を超える修了率を達成しているが、省によっては
20%台の省もみられる(表1)。
初等教育において修了率が低い、すなわち、中途退学者が多いことのひとつの原因は
貧困である。表2は、階層別、男女別、地域別に学年達成率を見たものである。これを
みると、男女での差はほとんど見られないのに対し、都市農村格差、階層間格差が、特
に高学年になると大きくなることが見て取れる。特に最貧層のみについて見ると、4 年
生、5 年生への進級率が大きく落ちこむことがわかる。
表2
教育達成度(15-19 歳人口に占める当該学年修了者の割合、2002 年)
階層
学
年
最貧
Q2
Q3
性別
全体
Q4
最富
地域差
男
女
都市
農村
裕
1
90.1
98.0
99.3
98.9
99.4
97.2
97.4
97.0
98.2
97.0
2
88.8
97.0
99.0
98.8
99.4
96.6
96.8
96.4
98.2
96.3
3
84.1
95.8
98.8
98.7
99.2
95.4
95.4
95.4
97.8
94.9
4
77.0
93.3
98.1
97.7
99.0
93.1
92.7
93.5
97.0
92.3
5
65.9
88.1
95.2
95.5
97.6
88.5
88.1
89.0
93.8
87.5
(出所)DHS 調査
小学校中途退学の原因は、貧困調査(PPA:Participatory Poverty Assessment) など
でのインタビュー調査においても部分的にうかがい知ることができる。以下、2 つの事
例を示しておく。
「ロアンは、タイ族の貧困家庭に生まれた。彼女は学校が終わった後は家族の手伝いをしなければ
ならなかったが、大変よく勉強した。昨年、旱魃のため米とコーヒーは不作で、彼女の家族は学校建
設積立金やその他の寄付金が払えなくなった。彼女はそれにより学校へいけなくなり、残念な思いを
した。最終的には、彼女は 5 年生の途中で退学した。一つには、学校にお金を払えなくなったという
理 由 で 、 そ れ か ら も う 一 つ は 、 家 族 が 彼 女 の 労 働 を 終 日 必 要 と す る よ う に な っ た と い う 理 由 で 。」
(Action Aid & ADB 2003) [Dak Lak 省 (central highland) での聞き取り調査、なお、同省の初等教育
修了率は 58.5 % ]
「ニンチュアン省 (southeast, 初等教育修了率は 56.8 % ) では、牧畜業が発展した結果、牛の世話を
する若者の労働力需要が高まっている。チュオは、 6 人兄弟の 3 番目( 6 人のうち 4 人は学齢児童)
の子だが、村のお金持ちの牧場経営者のところで 25 頭の牛を育てるため、小学校 1 年生が終わると
学校へ行かなくなった。 1 年後、その牧場経営者は、 80 万ドンをチュオの両親に支払った。チュオの
両親はそのお金でチュオに服や食べ物を与えた。
『我が家は、4 人の子どもを学校へ行かすような経済
的余裕はありません』と父親は胸の内を語った。
『チュオは、家計を支えるために学校をやめなければ
66
ならなかったのです』。」( CRP&World Bank 2003 )
「サイとパオは、ラオカイ省(北部山岳 , 初等教育修了率 60.7% )に住んでいます。サイは、 11 歳
の女の子でちょうど 4 年生を終えたところ。パオは 9 歳の男の子で、ちょうど 3 年生を終えたところ
です。家族には、2 人の下にもまだ 4 人の子どもがいますが、2001 年にお父さんが亡くなってしまい
ました。サイとパオはお母さんの家事を良く手伝いました。サイは、弟や妹の世話を一生懸命しまし
た。水くみ、食事の準備、豚の飼育などもよくやりました。彼女は 6 歳のときからずっと弟や妹の世
話をしているのです。パオは、 6 歳のときから水牛の飼育をしています。お母さんは、子どもたちを
小学校卒業まで行かせ、できれば中学校まで行かせたいのですが、家族には自分以外に大人が誰もい
ません。なので、サイとパオに色々と家事を手伝ってもらわねばならず、サイとパオはなかなか毎日
学校へはいけません。特に、お母さんが朝早く畑に行かねばならないときは、サイが小さい子どもた
ちの世話をせねばならないのです。」( DFID 2003 )
中途退学の原因として、上記のような貧困以外に指摘されているのは、
「学校までの距
離が遠い」
「学校までの交通が不便」
「少数民族の地域では言語や文化の問題」
「女子の早
婚」「学校のカリキュラムの不適切さ」「住民登録による差別(ホーチミンなどで問題。
移住者が住民登録において差別される)」「就学の直接費用(公式、非公式)の高さ」な
どである(VDR 2004)。
このように、ベトナムの初等教育は、表面的にはほとんどすべての子どもが就学はし
ているが、上級学年への進級や卒業に関してみると、地域間格差や階層間格差の問題が
厳然と存在することがわかる。そこで、このような格差を是正していくために重要にな
るのが、政府による資源の「再配分」(redistribution) である。本稿の基本的な問題意
識は、ベトナムにおいては、上述のような格差を是正するための再配分政策はあるのか、
あるとしたらそれはどのようなものか、省内の再配分の仕組みはあるのか、といった点
である。本稿がベトナムにおける教育財政の仕組み、特に初等教育の費用負担構造はど
うなっているのかに注目するのは、それらを理解するうえで不可欠だからである。
2. ベトナムにおける財政
2.1. 財政の中央地方関係
ベトナムにおける国家予算法(State Budget Law)は、1996 年に国会で採択され、その
後、1998 年に一部修正された。そして、2002 年にはさらに修正された国家予算法が採
択され、それは 2004 年度から施行されることになっている。本稿執筆時においては 2004
年度から施行された新法の具体的な展開に関しては資料が得られていないので、主とし
て 1996 年予算法(1996 Budget Law)および 1998 年予算法(1998 Budget Law)にもとづ
いて見ていくことにする。
ベトナムにおいては、国家予算は中央予算と地方予算からなるが、ベトナムでは地方
財政の独立性という概念はなく、あくまで国家予算の一部であるとみなされている(中
67
臣 2000)。表3が示すように、完全に地方に割り当てられる歳入も存在する。しかし、
実態としてみた場合、完全に地方予算となる項目の合計額は、国家予算収入の 7.1%にす
ぎない。一方、地方の歳出はというと国家予算総支出の 41.4%を占めている(本多 2004、
306 頁)。すなわち、地方の独自財源はきわめて限定的(国家予算のわずか7%)である
のに対し、地方の支出額は国家予算全体の 4 割以上にも上っているということである。
これは、地方にとっては、中央からの補助は不可欠であり、その配分をいかに得るかが
重要課題であるということを意味する。
表3
中央と省の歳入の割り当て
中 央 に 100 %
輸出・輸入税、特別消費税、全国単位の国営企業の利潤税(電気、政
割り当てられ
府商業銀行、ベトナム航空、郵便、ベトナム保健会社、鉄道)、石油
る歳入
収入、国家投資による利益および同投資資金の回収額、政府借入
中央と省との
売上高税、上記国営企業以外の国営企業の利潤税、高額所得者からの
共有税
個人所得税、海外送金税、天然資源税、資本利用税
省 に 100 % 割
地代(土地利用税)、土地のリース・販売による収入、登録税、国営
り当てられる
宝くじからの収入、海外から省への返済義務を伴わない援助、通行税
歳入
など各種の利用税(fees)、その他、住民の自発的な寄付
ベトナムの財政はきわめて中央集権的であるといわれている。教育や保健医療などに
ついては、職員数、人口等によって基準(norm)が決められており、それから経常支出の
総額が決定される。また、資本支出については、中央と省との交渉で決まる部分が大き
く、省の財務担当者はそのために何度も中央に足を運ぶ必要がある。また、資本支出に
は、その規模が大きい場合は中央政府の直轄で行われる。このように、経常支出、資本
支出とも、地方の予算は中央に握られているというのが実態である。
2.2. 行政機構の役割分担
中央の予算過程においては国会が最高決定機関と位置づけられている。国会は歳入と
歳出を検討し、各省への配分額を決めると同時に、国会は予算の監督と調査の権限も持
っている。それに対し、政府は予算の執行機関と位置づけられている。政府は、予算案
の準備と国会への提出を行ったり、予算承認後は地方に政策を説明する役割を担う。財
務省は、税金の徴収、監査を担当しており、予算過程においては主として経常支出を配
分する権限を持っている。計画投資省(MPI: Ministry of Planning and Investment)
は、社会経済開発のマクロバランスに責任があり、他省庁に対して助言を行う。予算課
程においては、資本支出を配分する権限を持っている。教育予算に関していえば、教育
訓練省(MOET)は、財務省(MOF: Ministry of Finance)や計画投資省と交渉し、教育
予算の確保につとめている。
地 方 の 予 算 過 程 に お い て は 、 人 民 評 議 会 (People’s Council)と 人 民 委 員 会 (People’s
Committee) が重要な役割を果たす。人民評議会は地方の予算案決定、会計報告の承認
68
に責任を持っている。また、人民委員会は、予算の執行機関であり、地方における予算
配分の運営と統制を行っている。
3.教育予算の配分
では次に、教育予算の地方への配分過程を見ていくことにする。教育予算は、大きく
は経常支出(recurrent expenditure)(給与や諸手当、奨学金、学校の運営費や維持費な
ど)と資本支出(capital expenditure)(学校建設費、補修費、施設設備費など)に分け
られる。本節(3.1)では経常支出について、そして次節(3.2)では資本支出について
見ていきたい。
3.1. 教育予算の地方への配分(経常支出)
3.1.1. 国から省への配分
1991 年以前は、中央から省への教育予算の配分は、就学者数に基づいて行われていた。
しかし、1992 年からは、省の総人口が基準とされるようになった。就学者数ではなく省
の総人口を基準とするのは、就学率が低い省への配慮である。すなわち、このように就
学率の低い省を優遇することによって格差の是正を図り、結果的に公平性を高めようと
いうねらいがある(IIEP 2002)。しかしながら、省の総人口に基づく配分方式には、次
のような様々な問題がある。
①人口データが不正確である
センサスは 10 年に一度しか調査が行われず、毎年の移動人口が正確に把握されてい
ない。地方での人口移動はかなりの数に上るにもかかわらず、その把握が非常に困難で
あるため、省の総人口データの信頼性が低い。よって、省の総人口に基づく予算配分が、
公平性という目標を達成できない可能性も出てくる。
②教育財政の一貫性を欠く
中央は、省の人口をもとに配分を行うにもかかわらず、省が郡に分配する際には、多
くの場合、児童数(及びそれをもとに計算された教員数)に基づいて配分することにな
っている。すなわち、中央から省への配分基準と省から郡への配分基準が大きく異なる
ことになる。その結果、教育財政の一貫性を欠くことになり、安定した配分が確保でき
ないことにつながる。
③地方に就学者を増やすインセンティブが生まれない
人口に基づく予算配分の最大の問題点は、この配分方式では、省に就学者を増大させ
るインセンティブが生じないということである。人口に基づく配分方式のもとでは、就
学者を増加させても、配分額の増加に結びつかない。むしろ、就学者を増加させること
が児童一人当たり支出を低下させてしまい、結果的に地元の教育の質を低下させてしま
う危険性がある。逆に言えば、人口に基づく配分であれば、就学者が増えないほうが児
童一人当たり支出を高め、教育の質を向上させることにもつながる。
このように、省の総人口を基準にするのは問題が多く、2004 年からは 1-18 歳人口を
基準にするように制度が改正された。そして、補正的な基準として経常支出に占める給
69
与費の割合が 85%を超えないよう、給与など以外の支出を最低でも 15%確保できるよ
うに中央が予算を補充することになっている。また、省内にプログラム 135 (Program
135)という貧困対策プログラムの対象となっているコミューン(その対象は全国で約
1800 コミューン存在する)がある場合、それらのコミューンにおける 1-18 歳人口に 1
人あたり 4 万 9400 ドン(VND)を追加的に配分することが定められた。
このように、ベトナムにおける教育予算の地方への配分は、1991 年までは就学者基準、
1992 年から 2003 年までは省の総人口基準、2004 年以降は省の 1-18 歳人口基準と配分
基準が変化してきている。しかし、実際の配分はこういった基準のみに基づいて機械的
に行われているわけではない。実際の配分額は、基準以外の様々な要因によって決まっ
てくる。各省の固有の事情や社会経済的背景などに基づき、地方と中央の間で交渉が行
われる。また、その過程において、教育訓練省と財務省との間でも交渉が行われる。ま
た、歳入が多く得られ、中央から財政移転を受ける必要のない省は、そうでない省に比
べて、高等教育などの予算配分が優遇される傾向がある。これは、地方に対して歳入を
増やすインセンティブを与えるためである。最終的な省への予算配分は、初等教育、中
等教育といった区分はなく、教育予算として一括で交付される(Brooke et al. 1999)。
一般的に言って、省からの教育予算の要求額が中央から満額交付されることは稀であ
り、不足分は省で補う必要がある。豊かな省は、天然資源税や土地利用税などをとるこ
とができるので、不足を補うことができるが、貧しい省はそれが難しいというのが現状
である。
3.1.2. 省内での配分
次に、省内での予算配分過程を見てみよう。省内でのサブセクターごとの予算配分の
やり方は省によって異なるが、まず、学級規模や教師生徒比率をもとにそれぞれのサブ
セクターで必要な教員数を決めることは共通している。教員給与の水準は中央の基準で
決まっているので、教員給与費は自動的に決まってくる。教員給与費は経常支出の 8~9
割を占めている。中央政府のガイドラインでは経常支出に占める教員給与費の割合は 7
割としてきたが、これを満たすことのできる省はほとんどない。どの省でも、経常支出
の中でまず教員給与費を確保しようとするが、その割合は 8 割から 9 割に達するからで
ある。先にも述べたように 2004 年以降は、経常支出に占める給与費の割合が 85%を超
えないよう、給与など以外の支出を最低でも 15%確保できるように中央が補助金を拠出
することになっている。
中央政府は省に対して様々な基準を課すが、その基準はしばしば相克してきた。ある
基準を満たそうとすると他の基準を満たせなくなることがある。1990 年代初頭には、給
与費の比率は 6 割までという基準があった。その一方で、1 クラス当たり 1.15 人の教員
を確保すべきという基準が存在し、これを満たそうとすれば、経常支出はすべて教員給
与費にあてなければならない省もあったという(World Bank 1996)。後述するように、
ベトナムの初等教育においては、非給与費(教科書代や学校建設補修費など)は、地域
住民の負担となっているところが多い。その背景には、中央政府が地方に対し十分な予
70
算配分を行わないにもかかわらず、一方では様々な基準達成を要求してきたことがある。
給与費以外の予算をどのように郡・サブセクターに分配するかは省によって異なる。
省で児童一人当たりの金額の基準をもっている場合もあるし、1学級当たりの基準で分
配する場合もある。学校や郡からの申請に基づく場合もあるし、過去の支出をベースに
する場合もある。アドホックになされる場合もある。ある省では、初等教育における親
の自己負担を廃止するために初等教育に重点的な配分を行っている。また、非給与費の
使い方について郡にどの程度の権限を与えているかも、省によって異なる。
省は、中央が決めた児童一人当たりの基準額(表4)を意識して配分を行う傾向にあ
る。これは山岳地域など就学の困難な地域を優遇する内容になっている。基準額は中央
で決められているが、多くの場合、省で再設定される。豊かな省は中央政府の基準より
も高く、そうでない省は低く設定される。いずれにしても、省内では、中央が決めた基
準額はあくまでガイドラインに過ぎないと認識されている。実際の生徒一人当たり支出
額は、学級規模、教員給与と諸手当の水準、非給与費の使い方によって変わってくる。
表4
初等教育の児童一人当たり支出額の基準 (単位:VND)
初等教育の基準額(全国的な平均)
290,000
Urban
220,000
Flat country
242,000
Middle-land and coastal areas
286,000
Low mountain and remote
330,000
High mountain
440,000
(出所)IIEP(2001)より作成
3.1.3. 日本の経験
ここで、ベトナムとの比較のため日本が地域間格差を縮小させてきた歴史についても
触れておきたい。日本では、学制以来、初等教育については基本的に地方(市町村)の
負担でまかなわれてきた。中央政府は若干の補助金を負担した時期はあったものの、基
本的には地方(市町村)の財政でまかなわれてきた。その財政構造が大きく変容するの
が、1918 年以降である。大正 7 年(1918)から昭和 15 年(1940)にかけて義務教育
を国庫で賄う、国庫負担の枠組が作られていった。
市町村義務教育費国庫負担法(1918 年)が成立すると、国庫負担金の配分基準をどう
するかが大きな問題となった。同法第三条は、負担金の 9 割はその半額を正・準教員数
に、他の半額を就学児童数に比例して交付することとしている。これは、正教員数だけ
に比例させると貧弱町村が不利になるので、準教員も加えられたといわれている(ただ
し、代用教員は除外されている)。教員数だけを基準にすると、大規模校の多い市町村は
不利なので、教員基準と就学児童数基準を半額ずつとしている。ただ、これは就学児童
数の少ない貧弱町村には不利である。そのため、当時は日本でも戸数割、すなわち、現
71
在のベトナムでいう人口基準に近いものを配分基準とすべきという意見もあった。しか
し、日本においては戸数割は採用されなかった。日本が学齢人口ではなく就学児童数を
基準としたのは、国庫負担の対象というのは、潜在的な教育需要ではなく、現実に必要
な経費だという理由に基づいていた。しかし、就学児童数を基準とするのが貧弱町村に
不利なのはいうまでもない。そこで、市町村義務教育費国庫負担法第四条は、負担金の
1 割以内の金額を「資力薄弱なる町村」に特別交付するとしている。しかし、1918 年以
降 10 年がたった 1928 年になっても、4 倍近い都道府県間格差が存在した。日本が都道
府県間の格差縮小に向かうのは、教員給与の負担を市町村ではなく都道府県に、そして、
その半額を国が負担するという現行の国庫負担制度の原型がつくられた 1940 年以降の
ことである。既に述べたように、2004 年以降のベトナムは学齢人口(1-18 歳)を基準
としているが、これは、教員数と就学児童数を基準に配分を行った日本とは対照的であ
るといえよう。
3.2. 教育予算の配分(資本支出)
3.2.1. 教育への資本支出の規模
次に、資本支出について見ていきたい。すでに述べたように、資本支出は、校舎の建
設や補修、教育施設設備に使われるものであるので、年度によってその規模にばらつき
がある。ある年に大規模な建設事業があればその年の資本支出は膨らむし、建設事業の
数も規模も大きくない年は、資本支出は小さくなる。1991 年以降の資本支出全体に占め
る教育訓練部門の割合を見ると、1990 年代の初めには2~3%台だったのが、1990 年
代半ばには 6%近くに達し、1990 年代の終わりにまた少し減少するものの、1998 年以
降はまた伸びてきており、2003 年には 7.1%となっている(表5)。
表5
政府の資本支出全体に占める教育訓練部門の割合(%)
年次
教育訓練部門/資本支出全体
1991 年
3.5
1992 年
2.7
1995 年
4.5
1996 年
5.8
1997 年
5.9
1998 年
3.0
1999 年
4.0
2000 年
5.1
2001 年
4.7
2003 年
7.1
(出所)MOF
72
3.2.2. 国から省への配分
資本支出の配分に関しては、国家レベルでの公共投資計画と強く結びついており、教
育訓練省は、財務省、計画投資省と交渉を行って、教育訓練部門への配分を得ることに
なっている。
ベトナムでは、公共事業は規模により次の 3 つのカテゴリーに分けられている:①カ
テゴリーA(75b ドン以上)、②カテゴリーB(7 b~75b ドン)、③カテゴリーC(7b ド
ンまで)。 カテゴリーA は大規模公共事業であるため、計画投資省による認可が必要だ
が、カテゴリーB,カテゴリーC は、省レベルで認可してもよいことになっている。小学
校建設は、そのほとんどが小規模建設プロジェクト(カテゴリーC)に該当する。
カテゴリーB とカテゴリーC については、省への予算配分は人口規模に基づくが、5
つの地理的区分(表4参照)によって異なるウエイトづけがなされている。しかし、最
終的な決定は、人口基準のみによるのではなく、経常支出と同様に省の社会経済状況や
少数民族の割合など、様々な要因を考慮して交渉により最終決定される。資本支出は経
常支出ほど明確な配分基準はなく、交渉によって決まる部分が大きいといわれている
(World Bank 1996)。
交付されるときはセクター別に分かれてはおらず、資本支出として省に一括交付され
る。ただし、カテゴリーB,C の省予算については、その 15%を教育に向けるという基準
がある。じかし、それも絶対的なものではなく、実際の決定は省に任されるという。
教育セクターに配分された予算については、省内でさらに優先順位を決めていく。例
えば、三部制(three-shifts schooling)の解消のための校舎建設や臨時教室の建て替え、
小中学校の校舎分離など、一口に建設事業といっても、様々な目的がある。このうちど
れが優先されるかは省によって異なっている。省から下への配分については明確な基準
はなく、優先順位に基づいて建設事業に投資されていく。ただ、ブルックスらの研究に
よれば、コミュニティがどれだけ負担できるかが、省内の予算配分に大きな影響を与え
る。すなわち、省が建設事業を全額負担するのではなく、負担するのは一部で、残りの
分を地域社会が賄えるという場合にのみ予算が付けられるというケースもある。ベトナ
ムにおいては、校舎建設をはじめとする資本支出は、その大半が地域住民の負担となっ
ている。それは、政府の初等教育への資本支出額が極めて小さく、現実のニーズを満た
せていないためである。このような予算不足のため、省内での配分においては、地域社
会からの資金を前提に建設事業が進められるというケースが生じてくるものと思われる。
なお、1996 年予算法によれば、歳入目標(5 年間固定されている)を達成した省は、
その余剰部分を手元に確保しすることができる。それは社会部門の建設予算に回さねば
ならないとされているので、学校建設等に活用することができる。豊かな省ではこの制
度を活用している。
4. 親・地域社会からの寄付金
4.1. 教育における受益者負担
経常支出にせよ資本支出にせよ、中央からの資金だけでは現実の必要額を十分に満た
73
すことはできない。そのため、地方・コミュニティは、自己負担を余儀なくされている。
ベ ト ナ ム に お け る 教 育 支 出 は 、 大 き く 「 国 家 (the state)に よ る 支 出 」 と 「 非 国 家 (the
non-state)支 出 」 に 分 け ら れ る 。 国 家 支 出 に は 、 こ れ ま で 述 べ て き た よ う な 政 府 支 出
(public expenditure of government)に加え、海外からの ODA などが含まれる。一方、
非国家支出には、授業料、親や地域社会からの寄付金、民間資金などが含まれる。すで
に述べたように、教育への国家支出(その多くは政府支出)が十分でない状況において
は、非国家支出である親や地域社会からの寄付金等の役割が大きくなる。
ベトナムにおいて学校教育に受益者負担制度が導入されたのは 1989 年 9 月のことで
ある。1989 年の導入時には、学費や教科書代なども受益者負担とされた(World Bank
1995)。その後、1991 年に「初等教育の普遍化に関する法律」が制定され、初等教育に
ついては学費は原則無料となった。しかしながら、学期末や、教師の日(teacher’s day)、
旧正月(Vietnamese new year: Tet)などに教師に贈り物をすることなどが慣習として
はあり、事実上、親の負担は存在していた。1990 年代後半以降は、ベトナムにおいては、
「教育の社会化(education socialization)」の動きが活発になってきている。教育の社会
化とは、政府のみならず、親や地域社会、民間企業など社会全体で教育を支えようとい
う考えかた及びその活動のことであり、具体的には家庭や地域、企業にも教育費の負担
を求めるという動きとなって現れている。
表6は、総教育支出を公的支出と親からの直接支出に分けて示したものである。これ
は世界銀行の家計調査に基づいて計算されたものであるが、1998 年の調査では、初等教
育の総教育費のうち公費で賄われたのは 6 割程度であり、残りの約 4 割は家計による負
担で賄われている。2002 年には家計による負担は 27%となり、家計負担は減少の傾向
にあるが、他のアジア諸国に比べ依然高い数字である。例えば、フィリピンでは家計負
担は 20%、インドネシアでは 5%程度と推計されている。むろん、国によって何を家計
の教育負担の項目に含めるかは異なる。例えば、学校までの交通費を計算に入れている
国もあるし、入れていない国もある。よって、国際的な比較には慎重でなければならな
いが、ベトナムやカンボジアは相対的に家計によって賄われる割合が高いとされている
(Bray 2002)。親による負担の割合が高いにもかかわらず、就学率が非常に高い水準を
達成しているのがベトナムの特徴であるといえよう。
表6
Funding Sources of Education Expenditures(%)
1993
Primary
1998
2002
Public subsidy
45
55
73
Contributions and direct expenditures by
55
45
27
parents
Lower
Public subsidy
34
62
59
secondary
Contributions and direct expenditures by
66
38
41
parents
(出所)World Bank (2005)より作成
74
親から集める寄付金は、学校建設や補修などの経費として徴収されることが多い。し
かし、より豊かな地域では、学校や保護者会(Parents’ Association)がさらに寄付金を集
めたり、「学校行事費 (special event fund)」といった名目で親による自発的な寄付金
(contribution)が追加される。これにより、豊かな地域では教材や教具などの経常的な性
格を持つものも購入が可能となっている。また、後述するように、ベトナムでは現在、
新 カ リ キ ュ ラ ム の 導 入 に 伴 い 、 二 部 制 (two-shift schooling) か ら 全 日 制 (full-day
schooling)への移行が急務となっているが、これまでにも、豊かな地域では二部制が解
消されていた。それは、豊かな地域では午後の授業に対し親が追加授業料を払っていた
ためである。すなわち、豊かな地域においては、親が経常支出をも負担してきたのであ
る。
ベトナムにおける初等教育費の負担構造を、入手可能な資料や聞き取り調査等からま
とめると、表7のようになる。このうち最も親にとって義務性が強く、また、負担額も
大きいのは、学校建設・補修にかかる費用である。学校建設・補修に親が年間いくらく
らい学校に支払っているかを 1998 年の VLSS の学校調査に基づき集計した結果、表8
のようになった。これを見ると、1998 年の時点では 1 万ドンから 3 万ドンまでの学校
が多く、全体の半数以上を占めている(なお、2002 年に筆者が実施した聞き取り調査で
は、30000~40000 ドンという回答が多かった。後述の表 11 では、寄付金が総額で 56000
ドンとなっている)。まったく徴収しないという学校も、少数ではあるが見られた。最も
多 く 徴 収 し て い る 学 校 は 、 10 万 ド ン を 徴 収 し て い る 。 表 9 は 、 保 護 者 会 ( Parents
Association)への寄付金の額の分布を見たものであるである。これによると、保護者会
への寄付金に関しては、36%の学校が「徴収しない」としており、また、徴収するとい
う学校も、その金額も学校建設寄付金よりは低い。
表7
ベトナムにおける初等教育費の負担構造
項目
負担の構造
教員給与
中央政府が負担するが、追加的給与は地方政府・親・
地域社会の負担
学校建設・補修
基本的には親・地域社会の負担、中央政府や地方政府
が補助金を出す場合もある
教科書・教材・文房具
親の負担
制服・交通費
親の負担
保 護 者 会 費
(Parents 親の負担であるが、必ずしも義務ではない
Association)
学 習 奨 励 会 ( Study 親の負担であるが、必ずしも義務ではない
Encouragement
Association)費
75
表8
学校建設のための寄付金
金額(単位:VND)
学校数
%
0(徴収せず)
10
6.9
1~10000
16
11.1
10001~20000
52
36.1
20001~30000
28
19.4
30001~40000
20
13.9
40001~50000
8
5.6
50001 ドン以上
10
6.9
144
100.0
合計
表9
Parents Association への寄付金
金額(単位:VND)
学校数
%
0(徴収せず)
52
36.1
1~5000
37
25.7
5001~10000
30
20.8
10001~15000
10
6.9
15001~20000
9
6.3
20001~25000
2
1.4
25001 ドン以上
4
2.8
144
100.0
合計
郡以下の行政レベルでは、財源の多角化努力をしており、様々なソースから資本支出
のための資金を集めている。郡は、10 億ドン以下の建設事業費調達については上からの
許可なく実行できるので、企業や大衆団体からの寄付によって学校建設を推進している。
Brooke et al. (1999) の調査によれば、ある郡では、1998 年の新規建設 84 教室のうち
省予算によるものは 14 教室にすぎず、残りは NGO や他の省からの寄贈、個人や、省内
外の機関(agency)からの寄付によるものであったという。
しかしながら、ほとんどの郡では、親からの寄付金に依存しているのが現状である。
それは、学校建設積立金という形での徴収や、労務提供という形での支援になる。学校
建設寄付金は地域によって金額は異なるが、貧困層も一定額は負担している。表 10 は
世界銀行が実施した家計調査(2002 年)の結果であるが、これによると、1 世帯あたり
平均で年間約 27 万ドン(家計に占める比率は 2%程度)を初等教育に支出している。表
10 は、階層別の負担額も示しているが、ここで注目すべきことは、寄付(学校建設や保
護者会などに対する寄付)は、貧困層・最貧層においても中位層や富裕層とほぼ同額の
負担をしていることである。家計に占める初等教育への支出割合も、最貧層から富裕層
76
までほとんど差はない。一方、最富裕層では授業料や寄付金、追加授業への支出が多く
なっている。これは、最富裕層が多く通う学校においては、全日制への移行が既に進ん
でおり、さらに塾などに通わせていることを示唆している。
表 10
授業料
初等教育への家計支出(単位、1000 ドン/年)
寄付
制服
教科書
文房具
追 加 授
その他
計
業
家計に占
める割合
最貧層
4.7
41.9
17.0
27.6
26.5
7.4
4.8
130.7
1.9%
貧困層
7.5
47.2
24.9
36.4
34.6
14.1
8.8
174.3
1.9%
中位
11.5
50.3
33.0
41.3
38.6
22.6
15.4
215.0
1.8%
富裕層
26.4
59.8
44.9
44.9
43.8
44.7
22.0
290.8
1.8%
131.1
102.5
73.9
58.8
62.6
218.2
89.3
756.7
2.4%
27.8
56.0
34.4
39.5
38.6
47.2
22.3
270.3
1.9%
最富裕層
全国
出所:World Bank(2004)より作成
4.2. 減免(exemption)制度
ベトナムにおいては、社会的に不利な立場の人々や貧困層に対して、学校への支払い
を減免する制度がある。表 11 は、6 歳から 14 歳までの子どものうち、減免を受けてい
る割合を示したものである。6 歳から 14 歳を対象としているので、必ずしも初等教育に
限定された数字ではないが、おおよその傾向をつかむことはできる。まず、全国的に見
ると、何らかの減免を受けている子どもは、1998 年には 16.2%、2002 年には 16.7%と
あまり変化はない。しかし、一部免除か全額免除かという点に注目してみると、全額免
除が 1998 年で 5.8%だったのに対し、2002 年には 15.2%と大きく増加している。次に、
所得階層別に見てみると、所得5分位のⅢ、Ⅳ、Ⅴといった比較的豊かな層の減免率は
1998 年から 2002 年にかけて低下しているのに対し、Ⅰ、Ⅱといった貧困層においては
減免率が上昇している。2002 年の時点では、最貧層の全額免除率は 24.2%であり、お
よそ 4 人に1人は全額免除を受けているということになる。このように、大まかな傾向
としては減免のターゲットが貧困層に向いてはいるものの、ここで注目しておかねばな
らないことは、最貧層とはいえ大半の子どもは減免を受けていないということ、また、
最富裕層も8%程度は減免の対象になっているということである。これは、減免の条件
が必ずしも所得によるのではなく、様々な条件によって減免が決まるということを意味
している。
表 11
Ⅰ(最貧)
(%)
1998
Income
group
階層別に見た減免状況
2002
Partial
Full
Total
exemption
exemption
8.9
11.6
20.5
77
Partial
Full
Total
exemption
exemption
2.2
24.2
26.4
Ⅱ
10.7
6.5
17.2
1.8
18.2
20.0
Ⅲ
13.4
3.6
17.0
1.4
15.0
16.4
Ⅳ
9.9
3.6
13.6
1.3
11.8
13.1
Ⅴ(最富裕)
8.6
0.9
9.5
0.9
7.4
8.3
Nationwide
10.4
5.8
16.2
1.5
15.2
16.7
表 12 は、減免を実施している学校に減免条件をたずねた調査結果である。一部免除
と全額免除のそれぞれについて、減免条件として第一に重要なもの、2 番目に重要なも
の、3 番目に重要なもの、の順に示している。これを見ると、一部免除の条件として最
も多くあげられた回答は、child of disabled soldier であり、次いで、low income、child
of war martyr の順になっている。全額免除の条件として最も多くあげられた回答は、
child of war martyr であり、次いで、low income、child of disabled soldier の順にな
っている。
表 12
減免の条件
(%)
Partial exemption
Full exemption
First
Second
Third
First
Second
Third
(N=70)
(N=56)
(N=35)
(N=120)
(N=80)
(N=65)
2.9
1.8
5.7
0.8
1.3
6.2
0
12.5
25.7
6.7
5.0
21.5
5.7
3.6
8.6
6.7
3.8
0
18.6
41.6
25.7
20.0
18.8
23.1
war
8.4
3.6
2.9
23.3
10.0
21.5
6. Child of disabled
41.4
25.0
20.0
10.0
55.0
15.4
1.4
7.1
5.7
2.5
5.0
4.6
1.4
3.6
5.7
0
0
1.5
20.0
1.8
0
30.0
1.3
6.2
1. Disabled
2. Orphan
3. Ethnic minority
4. Low income
5.
Child
of
martyr
soldier
7.
Living
mountains,
in
remote
areas
8. Mother or father is
disabled cadre
9. Other
(出所)VLSS(1998)より作成
ここからわかることは、low income を最も重視して減免を実施している学校はそれほ
ど多くはなく、全体の 2 割程度であるということである。一部免除、全額免除とも、家
庭の所得水準以外の条件で減免を決定する学校が多い。一部免除に関しては、disabled
78
soldier の子どもであるかどうか、全額免除に関しては、war martyr の子どもであるか
どうかを減免の条件とする学校が最も多いことがわかる。これは、貧困家庭だからとい
って必ずしも減免を受けられるわけではないし、逆に、富裕層でも条件を満たせば減免
を受けられるということを意味する。最富裕層でも 8%程度が減免を受けている(表 11)
のは、そのためである。
4.3. 最終支出における地域間格差
親の負担は特に資本支出において重要であり、学校建設・修繕費はかなりの部分が親
の負担となっている。言うまでもなく、親や地域住民の負担能力には地域差が大きく、
最終支出には大きな差が出ている。最終的な児童一人当たり支出には様々な要因が影響
しているが、地域の豊かさが一つの大きな要素であることは間違いない。税収に関して
いえば、歳入が多く、ゆとりのある省は、余剰分を基準よりも手元に残しておくよう交
渉ができ、それにより経常支出を増やすこともできる。豊かな省は、省の税収が多く、
これを教育支出にあてることもできる。
それに加え、親の貢献も経済水準による地域差が非常に大きい。省によっては親の貢
献が生徒一人当たり支出の 50%にものぼる。貧しい地域では、親の貢献はわずかである
が、豊かな地域では親が多くの貢献をできる。豊かな省は、もともと児童一人当たり支
出の基準額は低く設定されているが、親からの貢献が大きいのでのため結果的に児童一
人当たり支出は高くなる。
表 13
実際の(最終的な)児童一人当たり支出額
国の
基準額
省
合計
給与
(単位:千ドン)
寄付
郡
非給与
合計
給与
非給与
児童一人当たり支出
総額
非給与
Yen Bai
286
330
440
334
299
35
311
280
31
28
339
59
Ha Noi
220
294
220
73
358
232
126
161
519
287
Soc
242
330
229
206
23
222
194
28
4
226
32
440
280
244
36
283
257
26
75
358
101
Trang
Lam
Dong
(出所)Brooke et al.(1999)
表 13 は、イエンバイ(Yen Bai)、ハノイ(Hanoi)、ソクチャン(Soc Trang)、ラム
ドン(Lam Dong)の4省において、最終支出で見て児童一人当たりの支出がいくらく
らいになっているかを見たものである。これによると、児童一人当たりの基準額が最も
低いハノイだが、地域の収入と追加資源のため結果的には最も高くなっていることがわ
かる。ソクチャンとラムドンは国の基準よりも実際の支出が下回っている。これは、ソ
クチャンの場合、学齢人口増加が省の総人口の増加率を上回っているためで、ラムドン
79
の場合は、移住者が多かったため、過去のセンサスから推計された人口と実際の人口が
合っていないためであるという。
最終的には、ハノイはソクチャンの 2.30 倍にも達する。非給与支出に関しては、ハノ
イはソクチャンの 8.97 倍になっている。これは、表から明らかなように、寄付金の差で
ある。ソクチャンでは、就学率を上げるために親から寄付を集めることを禁止したため、
寄付金はほとんどない。しかし、これによりさらに児童一人当たりの支出は低下してし
まっている。それは教育の質的な保証が十分にはされていないことを意味する。
4.4. 国際比較
ベトナムにおける教育の地域間格差と費用負担構造を、国際的な文脈に位置づけて検
討してみよう。ここでは、在学児童一人当たり支出が最高の県(省・州)が最低の県(省・
州)に何倍になっているかを見る。表 14 は、日本、米国、ベトナムについてみたもの
である。ベトナムの場合、最高の省と最低の省で 2.5 倍の格差が存在する。日本は、戦
前からアメリカよりも地域間格差は小さかったが、戦後になってさらに格差を縮小させ、
戦後は概ね 2 倍を下回っている。ベトナムの 2.5 倍という数値は、戦後日本に比べれば
格差は大きいと見ることもできる。ただし、表 14 は私的支出を含んでいないが、すで
に見てきたように、ベトナムの場合は私的支出による地域間格差の拡大幅が大きいこと
には注意しておくべきであろう。
表 14
初等教育における在学児童一人当たり支出の国際比較
最低の州(県) 最高の州(県) 最 高 / 最
C.V.
低
ベトナム(2000)
日本(1928)
303,635
759,576
2.5
22.8%
17.2
65.8
3.8
30.2%
1.6
11.4%
日本(1980)
アメリカ(1930)
32
138
4.3
-
アメリカ(1968)
432
1,140
2.6
-
(注)アメリカの場合は公立初等中等教育支出。単位は各国の通貨単位。
(出所)日本、アメリカについては、市川・林(1972)より作成。
表 15 は、ユニセフのデータに基づく、ブルキナファソ、ブータン、ミャンマー、ウ
ガンダ、ベトナムの 5 カ国の比較分析である。これを見ると、ブータンを除いた 4 カ国
はいずれも私的負担が 4 割を超えており、最も高いウガンダでは 8 割にも達することが
わかる。ベトナムとミャンマーはいずれも私的負担が高いにもかかわらず高い就学率を
達成しているが、これら 2 カ国はいずれも在学者一人当たりの支出が低くなっているこ
とがわかる。
80
表 15
初等教育における費用負担構造の国際比較
BurkinaFaso
Public
Salaries
Textbooks
Stationary
Teaching supplies
Infrastructure/maintenance
Others
Administration
Subtotal
Private
Fee/contribution
Books/textbooks
School materials
Uniforms
School welfare fund
School maintenance fund
Contribution :WFP feeding
Other
Subtotal
Bhutan
36.7
Myanmar
65.5
2.6
1.0
Uganda
34.6
14.4
1.9
2.4
Vietnam
49.3
4.7
2.7
0.8
21.2
3.7
4.4
2.5
58.7
72.6
41.5
18.8
2.2
0.3
6.2
5.1
7.0
39.0
8.2
12.1
7.8
24.4
32.0
7.1
Total
11.7
2.1
8.1
5.0
3.3
60.0
12.7
18.7
10.8
41.3
27.2
1.2
58.5
17.9
81.2
8.6
40.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
31
50
96
62
93
28.6
54.2
6.1
3.2
7.4
20.1
20.3
8.7
15.4
7.9
Primary net enrollment ratio
Per pupil recurrent cost (% of
per capita income): Public
Private
(出所)Mehrotra & Delamonica(1998)
4.5.
コミューン・レベルでの調査
コミューン・レベルまで下りていくと、様々な実態があることがわかる。ブルックス
らの調査をもとに下記に 3 つの事例(Brooke et al. 1999)を示すが、親や地域社会の初
等教育への費用・労務負担は地域によってその実態に大きな差があることが分かる。
(事例1)ソクチャン省タントリ郡のコミューン
基礎データ
・1900 世帯(うち 40%は電気あり)
・1924 人の 6-14 歳の子が学校に行っている
教育データ
・すべての子どもが小学校 1 年生には入学。うち 80%が卒業。
・小学校卒業者のうち 90%が中学校へ行く。
・教師生徒比は 30 から 40 程度.
教育への追加リソース
・1 つの学校に 11 の分校。
・非常に限られている。実際には学校建設はすべて郡に依存している
コミューンの予算からの支出
・コミューンの予算規模自体が小さい。1998 年には 252m ドンを農業税で得た
が、そのほとんどは人民委員会の人件費に。
・予算の約 3%が教育に使われた。学校の式典行事をカバーしただけ。
・人民委員会は家庭からの寄付徴収を奨励するが、生活水準が低く、労働力での提供となる。
親からの学校への寄付金:1998 年に廃止。
自発的寄付金:小学校では禁止。学校建設のために労働力の提供はある。
81
親の教育支出:教科書。30%の子どもは学校から借りることができる。
子どもが学校に来なくなる理由:機会費用が主な理由。貧困家庭では子どもの労働力が必要。教科書代等は重
要な要因ではない。
備考:校長やコミューンによれば、親からの寄付が禁止されたため、学校の教育条件が悪くなる一方とのこと。
(事例2)
ハノイ、タイホ郡のコミューン
教育データ
・学校には 837 人の児童。
・学級規模は 1 クラス 35 人で、24 クラス。
・12 クラスは二部制
教育への追加リソース
・学習奨励基金(Learning Encouragement Fund)が家庭や企業から集めら
①コミューンの予算からの支出
れる(自発的寄付)。女性同盟の代表が各家庭を一軒一軒回って集める。
・別のコミューンでは、1998 年に 20
mドンが集まったという(この金額に保護者会からのものは含んでいない)。
②親からの学校への義務的寄付金
・学校建設積立金は年 40000 ドン。・活動費は月 10000 ドン(年 90000)。
③自発的寄付金:・保護者会(PA)が学習奨励基金のために自発的寄付金を集める(DOET や上位の保護者会
からの奨励に基づいて)。平均的な寄付金の額は児童一人当たり年 1 万ドン。1998 年には 7m ドンが集まった。
成績優秀者の表彰や貧困家庭の児童のための教科書代・制服代補助、これらの子どもたちが払うべき学校建設積
立金の半額を補助した(61 人が貧困家庭の児童と認定されている)。
(・他のコミューンでは保護者会は 20m
ドンを小学校のために集め、テレビや天井のファンの購入にあてた。中学校のために集められた資金ではコンピ
ューターが換われたこともあるという。このコミューンでは、月に 16 万ドン(昼食代含む)を払えば全日制で学
ぶことができる。1 年生と 2 年生に 1 クラスずつ全日制のクラスがある。)
④親によるその他の教育支出:教科書。制服(夏のみ義務、冬は制服はない)。
(事例3)
Yen Bai 省、イエンビン郡のコミューン
基礎データ:・世帯数 884
教育データ
・800 児童生徒(うち 447 人が小学校児童。小中学校併設学校)
・就学率 99%。
・中退は大変少ない(1997-98 年には 447 人中 5 人のみ)
・93.6%は中学校に進学
教育への追加リソース
①コミューンの予算からの支出
②親からの学校への義務的寄付金
コミューンの予算からの支出はなし
・学校建設積立金は、1 年生は年 20000 ドン。学年が進むにつれて安くな
る。コミューンの人民委員会がこの額を決めるが、上限は 3 万ドン。
験料(5 年生の卒業試験)は廃止された。
・学校保護費:年間 3000 ドン。
・試
・もし親が払えないときは、減額や支払い引き伸ばしを申請するこ
とができる。支払いが遅れることはしばしばあるが、それにより退学を命じられることはない。
・上の機関か
らはまったく支援を受けずに学校を建設するので、学校建設積立金は学校にとって非常に重要。
③自発的寄付金:・保護者会(PA)が自発的寄付金を集める(これは「教師の日」などの行事に使われる)
・そういうときには教師への贈り物をする。
で既にかなりの負担になっているので)。
・建設等のための特別な寄付は集めない(建設に関しては積立金
・建設への労務提供
④親によるその他の教育支出:教科書。
82
5. 「教育の社会化」政策の重視
5.1. 教育の社会化
先に表 10 で貧困層・最貧層においても中位層や富裕層とほぼ同額の負担をしている
ことを指摘したが、これは、たとえ最貧層といえども、寄付金に関してはさほど減免
(exemption)は受けていないことを意味している。それは、表 12 からもわかるように、
減免の条件が必ずしも貧困のみにあるわけではないということに起因するが、それに加
え、現在、ベトナムにおいては、
「教育の社会化」が強い圧力で進められており、たとえ
貧困層といえども負担が強制されていることも大きな要因である。現在、教育の「社会
化」が進行する中で、更なる負担が親や地域社会にかかり、ひいてはそれが地域間格差
の拡大をもたらすのではないかということが懸念される。
ベトナム教育法の第 11 条には「教育活動の社会化」として「あらゆる組織、家庭、
公民は、教育活動に配慮し、学習を重んじる風潮と健全な教育環境を作り、教育目標を
達成するために学校と連携する責任を有する。国は教育事業の発展に重要な役割を果た
し、学校の形態と教育の方式を多様化させ、公民の動員・組織化、および個人が教育活
動の発展に参加することを奨励する」としている。保護者の側から見れば、こういった
「教育の社会化」により負担が重くなる傾向にある。保護者は学校建設積立金のみなら
ず、保護者会費、教科書、制服、文房具などを自己負担せねばならない。
「教育の社会化」は、必ずしも保護者のみの自己負担を拡大していくという制度では
ないという見方もある。ベトナム各地には地域社会から教育資金を集めるために「学習
奨励会(Study Encouragement Association)」とよばれる住民組織が設置されていて、
そこに地元住民、保護者ばかりでなく、地元企業等からも教育資金が集められる仕組み
となっている。すなわち、保護者以外にも幅広く財源を求めようという試みであり、単
なる「自己負担化」とは一線を画すと説明されている。学校奨励会は集めた資金をもと
に村や郡、省の各レベルにおいて様々な教育振興活動(就学奨励、教育施設整備、地域
教育センター設立などの支援)を行っている。
「教育の社会化」の奏功には、こういった
住民組織の活動が重要な役割を果たすものと思われる。
5.2. 地元負担率の地域差
表 16 は、いくつかの省について、省の経済水準(一人当たり GRP)と財政状況(歳
入から歳出をひいた値)、そして、施設設備にかかる支出のうち地元負担がどの程度の割
合を占めるかを示したものである。
これをみると、第 1 に、ハノイやホーチミン、Binh Duong といった、経済水準も高
く、財政的にも黒字を出している省は、地元負担率は 13~16%程度であり、それほど地
元負担率が高くないことがわかる。一方、経済水準が低く、財政的にも赤字の省(ここ
では、Soc Trang、Bac Lieu, Ha Tay, Quang Tri, Gia Lai, Quang Ngai)は、省による
って地元負担率が大きく異なることがわかる。
83
表 16.
省の経済水準・財政状況と施設設備費の地元負担率
GRP per
Provincial
施設設備費の地元負担率
capita
deficit
(1997-99 平均)
(Revenue-
Expenditure)
Hanoi
10,071
7,710
15.6
Hochiminh city
14,622
21,445
15.8
Binh Duong
7,268
350
13.4
Soc Trang
4,050
-215
28.9
Bac Lieu
3,719
-198
8.5
Ha Tay
2,825
-333
12.0
Quang Tri
2,638
-60
50.2
Gia Lai
2,575
-222
19.3
Quang Ngai
2,540
-355
45.1
(出所)Nguyen Cong Giap(2004), MOET and JICA(2002)より作成。
例えば、Quang Tri や Quang Ngai では、地元負担率が非常に高い(それぞれ 50.2%
と 45.1%)のに対し、Bac Lieu や Ha Tay では、ハノイやホーチミンよりも低い負担率
となっている。まず、ハノイやホーチミンといった大都市が比較的低い地元負担率なの
は、豊かな地域では、地元負担に依存しなくても施設設備費を調達できるためであると
思われる。それに対し、貧しい省では、地元負担に依存せざるをえないものの、省によ
って地元負担を多くしている省と地元負担をあまりしていない省があることがかわる。
このように、貧しい省の中でも地元負担率が多い省と地元負担率が少ない省が存在す
るのはなぜか。次の 2 つの要因が考えられる。
第 1 は、地元の「やる気」である。例えば、教育に関して言えば、貧しい省では学校
施設設備費は地元に依存せざるをえないが、教育熱心な省は、貧しいながらも積極的に
住民が負担しようとするのに対し、あまり教育熱心でない省は住民負担が少なくなると
いった解釈である。あるいは、教育を積極的に支援しようとする企業や住民組織が多く
存在する省では、地元負担率が高くなるのに対し、そのような企業や組織が活発でない
省では、地元負担率が低くなるといったことも考えられる。
第 2 は、省の減免政策である。既に述べたように、貧困や child of war martyr、child
of disabled soldier といった条件を満たせば、学校への fee の支払いは一部または全額
免除されるが、その方針は地域によって異なる。ベトナム教育法(1998 年)には、次の
ような規定がある。
「政府は、あらゆる形態の学校およびその他の教育機関における授業料の体系、その
徴収と活用の機構、社会福祉政策の対象者や貧困層に対する授業料の減免措置について、
一律主義によらない方法によって規定する。」(第 92 条の1)
84
「各レベルの人民評議会は、その地方における教育発展需要、経済状況、人民の教育
拠出能力に基づき、学校や学級を設立する際の拠出額について、人民の意見や人民委員
会の提案に従って規定する。」(第 92 条の2)
これらの規定からもわかるように、減免措置については、
「一律主義によらない」やり
方で規定し、具体的な拠出額については、各レベルの人民評議会が規定することになっ
ている。省は拠出額の限度額を設定し、郡がその限度額の範囲内で拠出額を設定すると
いう関係になっている。教育発展需要、経済状況、人民の教育拠出能力は地域によって
様々であるため、拠出額も減免の条件も地域によって異なるのである。減免が広く行わ
れている省では地元負担率が低くなるのに対し、減免をあまり行わない省では地元負担
率が高くなる。
6. 財政構造と教育改革-全日制への移行を事例として
6.1. 二部制から全日制への移行
現在進行している教育改革を、これまで説明してきたような初等教育の財政構造と現
在進行している「社会化」政策との関連で捉えてみよう。
ベトナムは初等教育就学率 95%を達成しながらも、多くの小学校は二部制で授業が行
われている(午前組、午後組、それぞれ4時間ずつ)。表 17 は、1998 年に実施された
調査であるが、全国的なサンプリング調査データを集計したものである。これを見ると、
およそ 9 割の小学校は二部制であり、若干ではあるが三部制の学校も存在していること
がわかる。
表 17
シフト制の実態(1998 年)
学校数
Full day schooling
Two shifts
%
29
9.0
288
89.7
4
1.2
321
100.0
Three shifts
(注)分校(satellite school)も1校とカウントしてある。
小中学校の併設校は含んでいない。
二部制の採用は、ベトナムにおける初等教育の普及に大きく貢献したが、今後のベト
ナムにおいて小学校で二部制を継続していくことは難しいと思われる。それは、第一に
は、2003 年から導入された新カリキュラムが事実上全日制を前提としているということ、
第二は、今後のベトナムの産業構造が農業中心から製造業やサービス業へと変化してい
くが、二部制のままでは必要な人材を教育システムが供給できないということである。
そこで現在、ベトナムにおいては、二部制から全日制への移行が急ピッチで進められて
いる。
しかしながら、全体の 9 割にものぼる二部制の小学校を全日制へ移行していくことは
85
容易ではない。全日制へ移行していくためには、二つの問題を解決しなければならない。
第一は教室の増設であり、第二は教員の超勤手当の確保である。しかし、これは双方と
も地域住民で負担しなければならない。住民が豊かで、教室増設費や教員の超勤手当て
の支払い能力がある地域では、すでに学校全体が全日制に移行している。しかし、そう
でない地域は、二部制のままか、あるいは、教員が超勤手当て無しで午前午後とも授業
を行っている。すなわち、ベトナムにおける費用負担構造では、新カリキュラムの導入
やそれに伴う全日制移行といった教育改革に対応できる地域とそうでない地域の格差を
生みやすい。全日制導入が可能かどうかは、その地域の経済力を強く反映するからであ
る。このようなシステムにおいては、結果的には、教育の質の地域間格差を拡大させて
しまうことになる。
教室増設のための費用、教員の超過勤務手当を合計するとかなりの負担になる。これ
が全日制への移行がスムーズに進まない大きな理由となっている。しかし、経済力があ
り、住民の要望の高い地域では全日制への移行がすでに進んでいる。一方、そうでない
地域では従来通り二部制が続いている。これが進んでいくと、全国的にも省間で格差が
拡大していくだけでなく、省内においても地域間格差が拡大していく。
6.2. 下級行政単位間の格差
地域間格差と一口に言っても、省間格差、郡間格差、コミューン間格差など、様々な
レベルがある。ベトナムの中央政府は、省間の格差を縮小させるため、様々な配慮を行
ってきた。1990 年代に実施されてきた「省の総人口に基づく予算配分」も、省間格差を
縮小させるための方策である。その結果、省間の格差についてはかなり改善されている
と見る向きもある(World Bank 1996)。しかし、むしろ大きな問題として残されている
のは、省よりも下級の行政単位、すなわち、郡やコミューン・レベルでの地域間格差で
ある。
表 18 は、2005 年 12 月の現地調査で訪れた省における全日制への移行状況を郡別に
見たものである。クワンニン省は 13 の郡からなるが、最も全日制への移行率が高い郡
では 74.0%もの児童が全日制に在学しているのに対し、最も少ない郡では、わずか 1.3%
である。郡間格差が極めて大きいことが見てとれよう。郡よりもさらに下がった社間格
差のデータはないが、社間の格差はさらに大きいものと推測される。
省間格差よりも郡間格差のほうが大きいことは、既に先行研究によっても確認されて
いる。先の表 13 を行政レベルという観点からみると、省レベルよりも郡レベルのほう
がばらつきが大きいことがわかる。省レベルでは、最高の省(Yen Bai)と最低の省(Soc
Trang)の差は 10 万 5000 ドンであるが、郡レベルになると、最高(Hanoi)と最低(Soc
Trang)の差は、13 万 6000 ドンとなる。省レベルでは、最低の省に対し最高の省が 1.46
倍なのに対し、郡レベルでは 1.61 倍と格差が大きいことがわかる。
86
表 18
郡
クワンニン省における全日制への移行状況
児童数
全日制在学児童数
全日制在学児童数の割合
1
15,126
11,200
74.0%
2
13,088
7,600
58.1%
3
7,856
3,714
47.3%
4
8,143
820
10.1%
5
12,514
4,115
32.9%
6
12,174
3,920
30.8%
7
4,169
410
9.8%
8
3,738
373
10.0%
9
4,890
214
4.4%
10
3,632
120
3.3%
11
2,603
35
1.3%
12
5,316
256
4.8%
13
3,290
115
3.5%
Total
97,079
32,892
33.9%
このように、行政レベルが下へ降りると格差が大きくなっていく。その要因は、非給
与支出と寄付金にある。給与支出の地域間格差よりも非給与支出の格差のほうが明らか
に大きい。それは郡レベルのほうが顕著である。
6.3. 省内の格差縮小手段
省間のみならず、省内の格差にどう対処するかが大きな課題となる。これについて省
教育訓練局(DOET)への聞き取り調査を行ったところ、
「省内においては、できるとこ
ろから全日制に移行していく」として、特に格差縮小のための方針は持たない省もある。
しかし、一方、いくつかの省では、省内の格差縮小として以下のような活動が実施され
ていることも明らかになった。
①貧困対策プログラム:貧困層には寄付金支払いを免除するなどの措置がとられてい
る。1998 年の家計調査によれば、約 10%の家庭が支払いに関しては一部免除を受け、
約 5%の家庭が全額免除を受けている。近年は、
「プログラム 135」とよばれる貧困対策
プログラムの一環として、学校への支払いの減免が制度化されている。すでに述べたよ
うに、プログラム 135 の対象コミューンには、そのコミューンの 1-18 歳人口数に応じ
た補助金が支払われている。
②寄付金のプール方式:建設積立金など学校で集めた寄付金の扱いは地域によって異
なる。建設費の扱いは、各学校が集めたものはその学校が使うというケースがほとんど
であが、プール方式をとっているところもある。これは、数年に一度の大規模補修に備
えるためにとられた制度であるが、省内の格差縮小を狙ったものである。
87
③格差是正を目的とした省からの補助金:全日制移行のための校舎建設については、
省によっては補助金を出しているところもある。例えば、あるでは、校舎増築に要する
費用の 10%を省が負担し、僻地や低所得地域の場合には、その比率が 40%になるよう、
省内の地域間格差を生まないような配慮がされている。
④教科書等無料配布:クワンニン省では、最も貧しい 39 のコミューンに対しては教
科書や教材を無料で配布したり、教員が追加手当を受けられるように配慮している。
⑤企業や大衆組織の活動:クワンニン省では、祖国戦線などの大衆組織が水上生活者
の子どもたちが学校へ行けるようにとボートの提供などを行ったり、貧困層の子どもに
対して奨学金を与えるなどの活動も実施している。また、民間企業が学校建設や奨学金
など、教育費を一部支援している事例も見られた。
これらの活動は、省によってその内容は異なる。現在は活動の実態も十分には把握さ
れていないし、情報の共有もされていないように思われる。今後は、貧困対策プログラ
ム等の効果分析を踏まえ、省内での格差解消にむけた施策が中央レベルでも、地方行政
レベルでも重要になってくるものと思われる。EFA 行動計画など各種政策文書において
も、この点については現状では具体策に乏しく、今後の重要な課題になってくるであろ
う。
6.4. 格差拡大の可能性と一律基準の教育行政
社会化の進行により、豊かな地域と貧しい地域の間の地域間格差(特に、郡間、コミ
ューン間格差)が拡大する可能性が高い。しかしながら、ベトナム政府は一方では格差
拡大につながるような政策(社会化)をとりながら、他方では、教育の質等について画
一的な国家基準を一律に当てはめようとしている。例えば、先に紹介したような新カリ
キュラムの全国一律導入や初等教育国家基準による「公認」制度などがそれにあたる。
旧カリキュラムでは、地域の実情にあわせ 3 種類のカリキュラムが用意されていたが、
新カリキュラムは全国一律の実施を求めており、地域特性への配慮に乏しい。社会化の
進行と一律的な教育行政により学校現場では様々な問題が生じている。例えば、現在、
全日制への移行は低学年から進められているが、地域によっては超勤手当をもらってい
ないという教員も多く、教員給与にも影響が出る結果となっている。
初等教育国家基準は、
「組織と運営」
「教師」
「施設・設備」
「社会化」
「教育活動と成果」
の 5 領域からなっているが、その内容は例えば「1 クラスあたり 1.15 人の教員を確保」
や「1教室あたりの人数は 35 人まで」「校庭は児童一人当たり 10 ㎡以上」など、形式
的な内容も多くみられる。省教育訓練局(DOET)での聞き取り調査によると、施設設
備に関する目標の達成が一番困難であるという。つまり、必要な教室や校庭面積を確保
したり、壁やフェンスを張ったりという「資本支出」にかかわる部分の達成に困難を感
じている。国家基準の中には一方で「社会化」の達成を、そしてもう一方では非常に画
一的な基準の達成が求められているのである。
88
7. おわりに-ベトナム初等教育行政の今後の課題
7.1. 格差解消に向けての課題
最後に、これまでに述べてきたことを、地域間格差・階層間格差を是正する財政政策
という観点からまとめておきたい。本研究から、ベトナムにおいては以下の 3 つの方策
が採られていることが明らかになった。以下、それぞれについて今後の課題を示してお
きたい。
(1)中央から地方への人口基準による教育予算配分
これについては、1990 年代には人口基準で配分し、現在は 1-18 歳の人口基準で配分
されている。1-18 歳人口を基準とするという方針は、総人口基準配分と就学者基準配分
の折衷であり、かなり就学者基準半分に近い金額が配分される。よって、総人口基準よ
りは教育財政の一貫性は確保されやすい。しかし、相変わらず就学者ではなく人口を基
準にしているため、地方にとって就学者を増やそうというインセンティブにはなりにく
いという問題点は残る。今後は、どのようにしたら、そのようなインセンティブを確保
できるかが課題となろう。
(2) 地域特性に配慮した単位費用基準の設定
表 4 に見られたように、地理的な特徴に応じて、単位費用の基準が決められている。
これは、就学が困難と思われる地理的特徴を持った地域を優遇するものであるが、表 13
にも見られたように、実際の最終支出は、中央の基準額からは大きくかけ離れる。その
最大の要因は地域の親の経済力であり、
「社会化」政策によって親の負担が奨励される政
策の下では、その格差はさらに拡大するものと思われる。
(3) 親の負担の減免
4.2.節でみたように、親の負担の減免は実施されており、近年は全額免除が増えるな
どの傾向はあるものの、最貧層でも 4 分の 3 は減免を受けていないのが現状である。ま
た、減免の負の影響を生じさせないような工夫も必要となる。負の影響としては例えば、
減免によって教育に必要な資金が集まらず教育の質が低下した学校、減免を多くしたこ
とによって減免対象とならなかった子供の負担額が増大した学校、といった事例が報告
されている。こういった負の影響を抑えつつ、適切な対象に減免を実施していくことが
今後の課題であろう。
7.2. EFA 達成に向けての財政課題
ベトナム政府は、今後、初等教育の費用負担構造をどのようにしていこうとしている
のであろうか。中央の負担を増大させていくという方向で、住民負担をなくしていこう
としているのだろうか。中央の教育財政の動向を見たのが表 19 である。これをみると、
教育訓練省(MOET)の統計と財務省(MOF)の統計では若干数字が異なるが、公表さ
れている数字を見る限り、1990 年代以降、政府の教育支出は増加傾向にある。少なくと
も 1990 年代は、政府の教育支出は一貫して増大しているとみてよい。また、対 GNP 比
でみても、公教育費の比率は増大しつつある。1991 年にはわずか 1.6%だったのに対し、
1997 年には 3.7%にまで上昇している。
89
表 19
公教育費の動向および目標値
1991
政府支出に占める教育支出 (%) [ 注 1]
1995
11.0
政府支出に占める教育支出 (%) [ 注2 ]
GNP に対する公教育費の比率 (%)
1.6
1997
2002
11.0
13.1
15.8
8.6
10.1
10.4
3.0
3.7
2010 年目標
20.0
4.0
〔注1〕教育訓練省(MOET)の資料による。〔注2〕財務省(MOF)の資料による
(出所)Rose(2002)より作成
ベ ト ナ ム に お け る 「 教 育 開 発 戦 略 計 画 ( Education Development Strategic Plan
2000-2010)」や「包括的貧困削減・成長戦略(Comprehensive Poverty Reduction and
Growth Strategy)」では、政府支出に占める教育支出の割合を 2005 年までに 18%に、
2010 年までに 20%にすることが目標とされている。1990 年代のように教育支出が増加
していく傾向が今後も続くのかどうかは注視していく必要があろう。
表 20
EFA 行動計画に示された財政計画
2003
EFA funding needs (注)
(単位:million US$)
2005
2010
2015
1,187
1,467
1976
2585
852
1,098
1,775
2,465
(2) Donors
80
150
120
40
(3) Community(primary schools)
30
24
11
0
(4) Community(lower secondary
58
61
61
70
1,020
1,333
1,967
2,575
10.4%
7.7%
4.1%
2.8%
167
135
9
10
Available funding
(1) Government budget
schools)
Total
Community as % of EFA funding
Funding Gap
(注)就学前教育、初等教育、前期中等教育、ノンフォーマルの合計値
(出所)EFA Action Plan 2003-2015, p74, Table6.4, Table6.5 より作成
なお、初等教育予算に関しては、”Education for All Action Plan (2003)” において、
今後、EFA の達成にあたっては、政府支出を増加させ、親や地域社会の負担を減少させ
ていくとしている(表 20)。これは一定の外部援助が得られること、今後も年率 7%を
越える経済成長が続くことを前提に試算されたものであるが、注目に値しよう。しかし
ながら、「EFA 行動計画」によれば、EFA プログラムに必要な額と調達可能な額(政府
支出、国際援助、親や地域社会の負担をすべて合計したもの)の間にはギャップがあり、
そのギャップをいかに埋めるかが課題であるとも指摘されている。これは一方で今後も
90
親や地域社会に対する期待が高まることを意味しているともとれる。
このように、ベトナムは、対外的には初等教育の住民負担をゼロにしていく方針を示
しているが、対内的には、
「社会化」政策の強調など、どちらかといえば住民負担を促す
という方策を採っている。しかしながら、言うまでもなく、両者は相容れない関係にあ
る。ベトナムの EFA の財政面での課題は、このような相克する方針をいかに関係者に
説明し、どのように財源を確保し、そして地域間格差を解消していくかにあるといえよ
う。
(参考文献)
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市川昭午・林健久( 1972 )『教育財政』東京大学出版会
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Final Report Main Text
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Socialist Republic of Vietnam (2002), The Comprehensive Poverty Reduction and Growth Strategy
(CPRGS) , Hanoi
91
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World Bank (1996) Vietnam: Education Financing , Washington D.C.
World Bank (2004) Vietnam: Poverty Reduction Strategy Paper (PRSP) Annual Progress Report ,
Washington D.C.
World Bank (2005) Vietnam: Managing Public Expenditure for Poverty Reduction and Growth
(Volume Ⅱ: Sectoral Issues) , Washington D.C.
92
第5章
ベトナム初等教育における地域間格差
中井
1
俊樹(名古屋大学)
はじめに
ベトナムの初等教育を普遍化させるためには、地域間の教育格差をいかにして解消す
るか、つまり教育の普及が遅れている地域の諸問題をいかにして克服するかが大きな課
題である。ベトナムは、地理的に歴史的に民族的に多様性をもった地域から構成される。
また、経済的にも、都市と農村の格差、7つの地域間の格差、平地民である多数民族で
あるキン族と山地民が多い少数民族との格差、同一地域内の階層間の格差の4つの形で
格差が存在すると指摘されている(古田 1996)。このような国内の多様性が、ベトナム
の初等教育の普及とどのように関わっているのであろうか。一般的に、教育の普及の遅
れている地域は経済的にも発展が遅れている場合が多いと言われるが、ベトナムにおい
てもあてはまるのであろうか。
近年、ベトナムは、
「教育の社会化」政策によって、初等教育普遍化を達成しようとし
ている。教育の社会化の概念は、1992 年社会主義共和国憲法 36 条および 1998 年教育
法 11 条に記されているが、簡単に表すと、国だけでなく社会全体で教育を支えるとい
う考え方である(近田 2006)。教育の社会化の形態として、中等および高等教育段階で
は民立学校の承認と発展なども見られるが、初等教育段階では親や住民が学校を支援す
る形態や、地元企業の協力を伴う民活型の形態などが見られる。しかし、どのような形
をとるにせよ、教育の社会化は地域の資源が動員されるため、地域の特性や潜在能力と
深く関わっていると言える。たとえば極度の貧困地域であったら、地元の組織や個人な
どが費用負担することは困難であるし、頼れるような地元企業自体も存在しないかもし
れない。この「教育の社会化」という教育政策が各地域において有効な方法なのかどう
かを検討するためにも、初等教育の地域格差を分析することは意味があると言える。
以上のような問題意識のもとで、本稿はベトナムの各地域のデータを用いて初等教育
普遍化に向けた課題を明らかにすることを目的とする。具体的には、ベトナム国内の各
地域の経済社会状況と初等教育の普及状況の間にどのような関係があるのかを分析し、
初等教育の普及の遅れている地域の経済社会的特徴を明らかにする。次に、初等教育の
普及の遅れている地域を特定し、それらの地域における教育の普遍化に向けた取り組み
の実態と抱えている課題を分析する。これらの結果をもとに、ベトナムの初等教育普遍
化に向けた課題を明らかにする。
本稿で使用するデータのソースは主に2つである。一つは、JICA(2002)に掲載されて
いる 61 省市のデータである。これは、ベトナムの教育訓練省、その他の政府機関、世
界銀行やUNDPなどの国際機関のデータを収集し、省市別にまとめられたものである。
もう一つは、本研究で 2005 年にベトナム教育訓練省と共同で実施した省市を対象とし
たアンケート調査の結果である。これは、ベトナム教育訓練省より各省市の教育局にア
ンケート用紙を配布し、それぞれの省市で回答したものを集約したものである。アンケ
ート調査は、36 省より有効回答を得ることができた。
93
2
初等教育普遍化と地域間格差
2.1
省市別の教育指標
まずは、ベトナムの各省市の初等教育が普遍化に向けてどのような現状にあるのかを
示す。ここでは、初等教育の普遍化のプロセスを 3 つの段階に分類する。第一に、子ど
もが小学校に就学するという段階である。この段階では、すべての子どもが収容できる
だけの教室を準備し、子どもを学校に通えるようにすることが求められる。第二に、子
どもが小学校での就学を継続するという段階である。いくつかの発展途上国では、中途
退学する子どもが多く、基礎的な能力を身につけないまま学校から送りだされているた
め、この段階ではいかにして就学を継続させるかが課題になる。第三に、子どもが修学
年限の間で小学校を卒業するという段階である。ベトナムの場合は 5 年間という修学年
限の中で途中に留年することなく卒業することが求められる。教育財源の限られた国に
おいて、就学期間の超過は財源を圧迫する要因になるため、修学年限で子どもを卒業さ
せることは経済的効率性という観点からも重要である。
本稿では、初等教育の普遍化の 3 つの段階を示す教育指標として、就学の状況を表す
純就学率、就学の継続を表すリテンション率、修学年限での卒業を表す5年間卒業率を
取りあげる。リテンション率は、進級率と留年率を合計したものを使用する。5年間卒
業率は、1 年次から 5 年次までの進級率を乗じたものを使用する。
表1は、各省市の純就学率、リテンション率、5年間卒業率を示した表である。純就
学 率 は 、 全 国 平 均 で 98.0% で あ る が 、 90% に 達 し て い な い 省 と し て 、 ラ イ チ ャ ウ 省
(83.5%)、アンザン省(87.3%)、ラオカイ省(87.5%)、チャーヴィン省(87.6%)、カ
ーマウ省(89.5%)がある。一方で、純就学率が 100%を超える省市も見られた。純就
学率は、就学該当年齢に就学する子どもが就学該当年齢人口に占める割合であるため、
100%を超えることは計算上ありえないのだが、ベトナムでは人の省市を越えた移動な
どで就学該当年齢人口が正確に把握できない場合があると指摘されている(JICA 2002)。
リテンション率は、全国平均で 95.7%である。これは 4.3%の子どもが学校を中途退
学することを示す。リテンション率の地域間のばらつきは純就学率のばらつきより大き
い。リテンション率が 90%に達していない地域としては、カントー省(78.6%)、コン
トゥム省(86.6%)、キエンザン省(87.1%)、ライチャウ省(87.5%)、ハーザン省(88.1%)、
ソクチャン省(88.2%)、カーマウ省(89.3%)、ソンラー省(89.3%)、アンザン省(89.8%)、
バックリエウ省(89.8%)の 10 省に達する。
5年間卒業率は、全国平均で 71.0%である。これは、7割の子どもしか修業年限で卒
業していないことを示している。5年間卒業率の地域間のばらつきは、純就学率やリテ
ンション率のばらつきよりはるかに大きい。5年間卒業率は、カントー省の 26.8%から
バックザン省の 97.4%と省市間のばらつきは大きい。5年間で卒業できる子どもが半分
に達しない地域は、カントー省(26.8%)、ハーザン省(28.8%)、コントゥム省(34.3%)、
カオバン省(35.0%)、キエンザン省(36.3%)、ソクチャン省(38.3%)、ソンラー省(39.1%)、
ライチャウ省(42.0%)、カーマウ省(44.3%)、バックリエウ省(45.1%)、ザーライ省
94
(49.7%)の 11 省に達する。
このように純就学率のみでなく、リテンション率や5年間卒業率を加えることによっ
て、初等教育の普及の地域間格差は明確にされる。仮に初等教育の普遍化の基準を、修
業年限内での卒業率が 90%以上に達することと定義するならば、全国で 15 省市しかそ
の基準に達しないことがわかる。
表1
省市別の純就学率、リテンション率、5年間卒業率
省市
ハノイ
ハノフォン
ハータイ
ハイズン
フンイェン
ハーナム
ナムディン
タイビン
ニンビン
ハーザン
カオバン
ラオカイ
バックカン
ランソン
トゥエンクアン
イェンバイ
ターイグエン
フート
ヴィンフック
バックザン
バックニン
クァンニン
ライチャウ
ソンラー
ホアビン
タインホア
ゲアン
ハーティン
クァンビン
クァンチ
トアンティエン・フ
エ
ダナン
クァンナム
クァンガイ
ビンディン
フーイェン
カインホア
ザーライ
コントゥム
ダクラク
ホーチミン
ラムドン
ニントゥアン
純就学率
100.2%
98.1%
97.9%
99.7%
99.0%
99.9%
100.6%
99.2%
100.5%
96.6%
102.0%
87.5%
93.9%
96.1%
100.4%
95.0%
98.0%
98.7%
101.8%
99.8%
99.5%
98.8%
83.5%
99.8%
103.2%
101.2%
103.4%
109.3%
103.4%
100.1%
リテンション率
98.7%
99.6%
99.1%
99.0%
99.1%
99.4%
99.0%
99.3%
99.4%
88.1%
91.1%
92.9%
97.6%
96.4%
97.8%
97.1%
98.4%
100.3%
98.7%
99.9%
99.8%
98.4%
87.5%
89.3%
97.1%
97.5%
98.3%
98.7%
98.4%
97.3%
5年間卒業率
91.6%
96.9%
92.2%
94.4%
93.7%
95.6%
94.3%
95.2%
95.5%
28.8%
35.0%
60.7%
64.5%
54.9%
77.0%
74.4%
85.4%
95.7%
90.6%
97.4%
96.9%
83.7%
42.0%
39.1%
76.5%
82.5%
85.3%
90.8%
87.5%
84.0%
96.8%
99.9%
100.8%
100.4%
101.0%
99.1%
96.1%
107.1%
102.3%
104.4%
96.9%
102.5%
91.1%
97.6%
99.7%
96.5%
96.9%
98.5%
98.6%
98.2%
92.0%
86.6%
95.7%
97.9%
96.0%
96.0%
78.7%
94.2%
68.6%
78.5%
77.9%
82.8%
75.5%
49.7%
34.3%
58.5%
82.8%
65.3%
56.8%
95
ビンフック
タイニン
ビンズン
ドンナイ
ビントゥアン
バーリア・ヴンタウ
ロンアン
ドンタップ
アンザン
ティエンザン
ヴィンロン
ベンチェー
キエンザン
カントー
チャーヴィン
ソクチャン
バックリエウ
カーマウ
平均
2.2
100.7%
96.3%
97.7%
97.3%
95.7%
107.9%
95.9%
90.2%
87.3%
96.9%
95.3%
93.8%
90.1%
94.4%
87.6%
94.7%
99.7%
89.5%
98.0%
95.0%
95.6%
97.3%
97.2%
97.1%
96.9%
96.4%
93.5%
89.8%
96.8%
96.4%
96.2%
87.1%
78.6%
92.3%
88.2%
89.8%
89.3%
95.7%
61.2%
66.4%
69.9%
73.4%
61.8%
69.3%
69.7%
59.8%
51.5%
73.7%
77.8%
70.6%
36.3%
26.8%
50.4%
38.3%
45.1%
44.3%
71.0%
教育指標と経済社会指標との相関関係
前節では初等教育の普及に関する地域間の格差が明らかにされたが、それぞれの地域
の教育指標は、地域の経済社会指標とどのような関係があるのだろうか。ここでは、教
育指標としては前節で取り上げた純就学率、リテンション率、5年間卒業率を、経済社
会指標としては、一人あたり地域内総生産、人口密度、貧困人口比率、農村人口比率、
少数民族比率、識字率を用いる。省市別のそれらのデータの相関関係を分析したものが
表2である。
表2
教育指標と経済社会指標との相関係数
純就学率
一人あたり地域内総生産
人口密度
貧困人口比率
農村人口比率
少数民族比率
識字率
0.20
0.03
-0.14
-0.05
-0.14
0.37
リテンション率
0.06
0.28
-0.39
-0.07
-0.39
0.62
5年間卒業
率
0.04
0.44
-0.55
-0.05
-0.55
0.67
相関分析の結果から次のことがわかる。第一に、省市の地域内総生産と教育指標の間
にはほとんど相関がないということである。一人あたり地域内総生産は、純就学率、リ
テンション率、5年間卒業率のどの指標とも強い相関関係は見られなかった。これは、
図1の一人あたり地域内総生産と5年間卒業率のグラフを見ても明らかである。つまり、
教育の普及の遅れている地域は、経済水準が低いという単純な図式はベトナムの省市レ
96
ベルでは成り立たないことが明らかにされた。ただ、省市内の格差を表す貧困人口比率
と教育指標の間には一定の相関が見られたため、経済指標が教育指標に影響を与えない
と短絡的に判断すべきものではない。むしろ、初等教育の普及に遅れている地域は経済
水準が一様ではないと解釈すべきであろう。
第二に、人口密度、貧困人口比率、少数民族比率、識字率の教育指標との相関は、純
就学率、リテンション率、5年間卒業率の順に大きくなっていることがわかる。つまり、
単なる就学よりも、就学の継続、修学年限での卒業と普遍化の段階が高くなるほど、経
済社会指標の影響が大きくなる傾向が明らかにされた。
図1
省市の一人あたり地域内総生産と5年間卒業率
100%
90%
80%
5
年 70%
間
卒
業 60%
率
50%
40%
30%
20%
1,000
10,000
100,000
一人あたり地域内総生産 (単位:千ドン)
2.3
教育の普及の遅れている地域の特徴
初等教育の普及に遅れている地域は経済水準が多様であることが明らかにされた。し
たがって、個々の教育の普及の遅れている地域を具体的に見ていく必要がある。ここで
は、純就学率、リテンション率、5年間卒業率においてそれぞれ下位 10 省を選び、結
果として 17 省の教育の普及の遅れている地域を特定した。それは、ハーザン省、カオ
バン省、ラオカイ省、バックカン省、ライチャウ省、ソンラー省、コントゥム省、ニン
トゥアン省、ドンタップ省、アンザン省、ベンチェー省、キエンザン省、カントー省、
チャーヴィン省、ソクチャン省、バックリエウ省、カーマウ省である。それらを地図上
に示したのが図2である。この地図から、教育の普及の遅れている地域は北部山岳地域
とメコンデルタ地域に集まっていることがわかる。北部山岳地域とメコンデルタ地域以
外は、コントゥム省とニントゥアン省のみである。
北部山岳地域の対象6省(ハーザン省、カオバン省、ラオカイ省、バックカン省、ラ
イチャウ省、ソンラー省)とメコンデルタ地域の対象9省(ドンタップ省、アンザン省、
97
ベンチェー省、キエンザン省、カントー省、チャーヴィン省、ソクチャン省、バックリ
エウ省、カーマウ省)は同じ教育の普及の遅れている地域であるが、経済・社会状況は
異なる。表3は、それぞれの経済社会指標を示したものである。北部山岳地域の対象省
は、全国平均と比較すると、一人あたり地域内総生産、人口密度、識字率は低く、貧困
人口比率、農村人口比率、少数民族比率は高い。一方、メコンデルタ地域の対象省は、
社会経済の各指標は全国平均と大きくは変わらない。このように、初等教育の普及に遅
れている地域は北部と南部に分かれており、その経済社会指標も南北の地域で大きく異
なる。地域の資源を動員できるかという観点では、メコンデルタ地域は経済水準も全国
平均レベルのため潜在力は大きいと言えるだろう。
図2
教育の普及の遅れている地域
98
表3
教育の普及の遅れている省の経済社会指標
メコンデルタ9
省
4,147
427.8
16.0
81.8
11.5
87.2
北部山岳6省
一人あたり地域内総生産(千ドン)
人口密度(人/平方メートル)
貧困人口比率(%)
農村人口比率(%)
少数民族比率(%)
識字率(%)
3
1,903
64.6
23.9
86.9
83.8
70.1
全国平均
4,173
458.9
14.8
78.9
20.3
88.2
教育の普及の遅れている地域の課題
3.1
初等教育普遍化に向けた課題
前節で初等教育の普及に遅れている地域は特定された。それらの地域には初等教育普
遍化に向けてどのような課題があるのであろうか。ここでは、2005 年に本研究で調査し
たアンケート結果の中で、特に初等教育の普及に遅れている地域のデータに絞って分析
する。具体的には、前節で特定された 17 省の内、アンケートの回収できた 14 省(ハー
ザン省、カオバン省、ラオカイ省、バックカン省、ライチャウ省、ソンラー省、コント
ゥム省、ニントゥアン省、ドンタップ省、アンザン省、キエンザン省、カントー省、バ
ックリエウ省、カーマウ省)のデータを用いる。
まず、それぞれの地域が初等教育の課題をどのように認識しているのだろうか。それ
を明らかにするために、アンケートでは「地域の初等教育充実の上で、優先順位の高い
課題は何か」という設問に対し、(1)全日制教育の導入、(2)教員養成の充実、(3)
臨時教室の解消、
(4)社会化の推進、
(5)校舎建築の改修、
(6)芸術教科教員の養成、
の6つを選択肢として用意し優先順位を記入できるようにした。この質問に対する回答
は、表4の通りである。最も多くの省が第一位に挙げた項目は、
「臨時教室の解消」であ
り、
「全日制教育の導入」、
「校舎建築の改修」と続いている。特に「校舎建築の改修」に
関しては、第三位まで含めると、14 省中 12 省から選ばれており、多くの省の初等教育
の充実化の課題とされている。
表4
全日制教育の導入
教員養成の充実
臨時教室の解消
社会化の推進
校舎建築の改修
芸術教科教員の養成
地域の初等教育充実の上で優先順位の高い課題
第一位に選んだ省
第二位に選んだ省
第三位に選んだ省
4
1
6
0
3
0
1
6
1
2
4
0
2
2
0
3
5
2
次に、初等教育の普遍化に向けて、どのような子どもが目標グループと認識されてい
99
るのであろうか。アンケートでは「初等教育の就学率を 99%まで上昇させるためには、
地域においてどのような子どもが目標グループとなりますか」という設問に対し、(1)
障害をもった子ども、
(2)僻地に居住する子ども、
(3)貧困家庭の子ども、
(4)少数
民族の子ども、の4つを選択肢として用意し優先順位を記入できるようにした。この質
問に対する回答は、表5の通りである。
障害をもった子ども、僻地に居住する子ども、貧困家庭の子ども、少数民族の子ども
のいずれもが目標グループになっていることがわかった。ただこの設問の選択肢は、現
実にはそれぞれ相互に排他的ではなく重複している可能性が高いため、解釈は慎重にす
べきであろう。また、表3で見たように、北部山岳の省では少数民族の比率が平均で
83.8%であり、少数民族の子どもという選択肢をどのような意味で捉えたのかについて
も解釈は慎重にすべきであろう。
表5
地域の初等教育普遍化に向けた目標グループ
障害をもった子ども
僻地に居住する子ども
貧困家庭の子ども
少数民族の子ども
3.2
第一位に選んだ
省
3
4
2
4
第二位に選んだ
省
1
6
5
2
第三位に選んだ
省
4
2
3
5
全日制導入の状況と課題
ベトナムの初等教育において、午前の部と午後の部に分けられた二部制から、全日制
への移行は大きな課題である。表4で見られたように、二部制から全日制への移行は初
等教育の普及の遅れた 14 省の中の7省によって優先順位の高い課題であると見なされ
ている。しかし、ベトナム政府は全日制への移行を支えるだけの資金が不足しているた
め、移行できる地域から移行させるという方針をとっている。ここでは、教育の普及の
遅れた地域がどのように全日制に移行しているのかをアンケートデータに基づき明らか
にする。全日制への移行を表す指標として、
(1)学年、学級、導入の形態を問わず、何
らかの形で全日制教育を実施している学校の比率を示す「学校レベルの全日制導入率」、
(2)どれだけの小学校1年生が全日制教育を受けているかを示す「小学校1年生の全
日制導入率」、(3)どれだけの小学校5年生が全日制教育を受けているかを示す「小学
校5年生の全日制導入率」を用いる。
表6は、各地域の「学校レベルの全日制導入率」、
「小学校1年生の全日制導入率」、
「小
学校5年生の全日制導入率」を表したものである。学校レベルの全日制導入率は、カー
マウ省の 2.7%からラオカイ省の 100.0%まで大きく省によって異なることがわかる。ま
た、小学校1年生の全日制導入率は、バックカン省の 0.0%からアンザン省の 99.0%ま
で大きなばらつきがある。小学校5年生の全日制導入率も、バックカン省の 0.0%から
100
カントー省の 23.0%までばらつきが見られる。
これらのデータから明らかにされることは、教育の普及の遅れた地域は、概ね全日制
の導入が遅れているという実態である。子どもの大部分は今なお、授業時間の短い2部
制の授業を受けている。また、全日制の導入に関しては、アンザン省やカントー省のよ
うに1年生から進められている地域もあれば、ドンタップ省やバックリエウ省のように
5年生の方が進んでいる地域もある。このように地域によって全日制導入の過程も多様
である。
101
表6
全日制の導入状況
学校レベルの導
入率
ハーザン
カオバン
ラオカイ
バックカン
ライチャウ
ソンラー
コントゥム
ニントゥアン
ドンタップ
アンザン
キエンザン
カントー
バックリエウ
カーマウ
小学校1年生の
導入率
24.5
8.3
100.0
10.7
26.6
13.4
23.8
5.8
31.0
98.3
60.6
26.7
2.7
小学校5年生の
導入率
9.5
10.3
0.0
3.0
18.4
3.6
9.6
99.0
15.7
42.1
1.8
2.1
9.6
2.8
0.0
1.6
8.4
1.0
20.8
5.9
2.3
23.0
6.1
0.3
これら 14 省は、どのような要因が全日制の導入を困難にさせるのであろうか。アン
ケートでは「全日制教育導入にとって、もっとも困難な要因は何か」という設問に対し、
(1)教室を増築するための資金不足、
(2)教員に支払う超過勤務手当てのための資金
不足、(3)教員の超過勤務をする意欲の欠如、(4)長時間学習することへの子どもの
動機不足、(5)子どもを終日学校で学習させることへの両親の理解不足、(6)全日制
教育達成に要する資金支援に関する両親の理解不足、の6つを選択肢として用意し優先
順位を記入できるようにした。この質問に対する回答は、表7の通りである。
対象 14 省の中で 12 省が、「教室を増築するための資金不足」を全日制導入に最も困
難にする要因であると考えている。
「教室を増築するための資金不足」に続く要因として
は、
「教員に支払う超過勤務手当てのための資金不足」、
「全日制教育達成に要する資金支
援に関する両親の理解不足」が挙げられた。この3つの要因に共通する点は、資金に関
する要因である。教員の意欲、子どもの動機、両親の理解のような要因に関してはそれ
ほど重要な要因であるとは見なされなかった。
表7
地域の全日制の導入の上を困難にする要因
教室を増築するための資金不足
教員に支払う超過勤務手当てのための資金不足
教員の超過勤務をする意欲の欠如
長時間学習することへの子どもの動機不足
子どもを終日学校で学習させることへの両親の理解不足
全日制教育達成に要する資金支援に関する両親の理解
不足
102
第一位に
選んだ省
12
1
0
0
0
1
第二位に
選んだ省
0
9
0
0
0
5
第三位に
選んだ省
1
4
1
0
1
7
3.3
教育の社会化への取組み状況と課題
ベトナムでは、
「教育の社会化」政策によって、初等教育普遍化を達成しようとしてい
る。教育の社会化は、地域の資源を導入することで教育の充実をはかる取組みである。
「教育発展戦略 2001-2010」というベトナム教育の具体的な計画においても、教育の
社会化は主要な政策として位置づけられている(近田 2006)。表4で見られたように、
教育の社会化への取り組みは、初等教育の普及の遅れた 14 省の中の 5 省によって優先
順位の高い課題であると見なされている。ここでは、初等教育の普及の遅れた地域で、
教育の社会化に向けてどのような取り組みがなされているのか、そしてどのような課題
があるのかを明らかにする。
教育の社会化の導入時期を表したものが表8である。ラオカイ省やソンラー省の 1991
年からキエンザン省の 1999 年までと、教育の社会化が開始されたのは 1990 年代である。
特に 1995 年から開始された省が多い。ベトナム全体で見ると、1990 年以前にも 11 省
が教育の社会化を導入しているので、初等教育の普及の遅れた地域においては教育の社
会化の実施はやや遅れて進められたことがわかる。
表8
各地域で教育の社会化が進められた時期
年
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
省
ラオカイ、ソンラー
ニントゥアン
カオバン、カーマウ
ハーザン、コントゥム、ドンタップ、カントー
アンザン
バックリエウ
キエンザン
注:バックカン省とライチャウ省は回答がなかった
次に、これらの地域で教育の社会化の実施状況はどうであろうか。アンケートでは、
「地域で教育の社会化政策はどのように実施されていますか」という設問に対して、
( 1)
順調に進められている、
(2)課題を抱えつつも実施している、
(3)計画中である、
(4)
計画をしていない、の選択肢を用意した。対象 14 省の中で 13 省から有効な回答を得た
が、そのすべての回答が、
「課題を抱えつつも実施している」であった。ベトナム全体で
も、
「順調に進められている」と回答した省は4省にすぎなかったが、初等教育の普及の
遅れた地域においては、教育の社会化は導入されているが、順調には導入されていない
ことが明らかにされた。
各地域で教育の社会化が課題を抱えつつも進められているが、具体的にどのような活
動がなされているのであろうか。アンケートでは、
「地域で教育の社会化としてどのよう
103
な活動が実施されましたか」という設問に対して、
(1)学校の建設・改修のための資金
調達、(2)学校の設備や教材のための資金調達、(3)教員の超過給与支給のための資
金調達、
(4)就学促進のキャンペーン、
(5)学習成果向上のキャンペーン、
(6)通学
困難な子どもに対する支援、
(7)両親や地域社会の学校経営への促進、の選択肢を用意
し、実施の程度が多い方から順位を記入させた。その結果が表9の通りである。最も多
い形態は、「就学促進のキャンペーン」であり、「学校の建設・改修のための資金調達」
が続いている。
表9
地域で実施されている教育の社会化の形態
第一位に
選んだ省
5
0
0
7
1
0
0
学校の建設・改修のための資金調達
学校の設備や教材のための資金調達
教員の超過給与支給のための資金調達
就学促進のキャンペーン
学習成果向上のキャンペーン
通学困難な子どもに対する支援
両親や地域社会の学校経営への促進
第二位に
選んだ省
3
1
0
3
1
3
1
第三位に
選んだ省
3
1
1
1
1
2
3
教育の社会化は地域の資源が動員されるが、具体的にどのような集団の資源が期待さ
れているのであろうか。アンケートでは、
「教育の社会化において重要なステイクホルダ
ーはどの集団なのか」という設問に対して、
(1)学習奨励会、
(2)両親、
(3)地域社
会、
(4)大衆組織、
(5)企業、
(6)NGO、の選択肢を用意し、実施の程度が多い方
から順位を記入させた。学習奨励会(Study Encouragement Association)とは、地域
社会から教育資金を集めるために設置された住民組織である(浜野 2004)。
アンケート結果は、表 10 の通りである。表を見てわかるように、両親、地域社会、
学習奨励会は重要なステイクホルダーと考えられている。一方、企業やNGOといった
集団については、重要なステイクホルダーと見なされていない。
表 10
教育の社会化において重要なステイクホルダー
第一位に選んだ省
学習奨励会
両親
地域社会
大衆組織
企業
NGO
3
6
5
0
0
0
104
第二位に選んだ
省
3
5
6
0
0
0
第三位に選んだ
省
1
2
3
7
1
0
4
得られた結果と示唆
以上のように、本稿ではベトナム各省市のデータに基づき初等教育普遍化に向けた課
題を明らかにすることを試みた。得られた結果と示唆は以下のようにまとめられる。
第一に、ベトナムの初等教育の普及は地域間で格差があるという現状が明らかにされ
た。就学率という指標では、一見すると初等教育の普遍化が進み、地域間格差はそれほ
ど大きくは見られないかもしれない。しかし、リテンション率や5年間卒業率という指
標では、地域間格差は明確に表れた。修学年限で9割以上の子どもが卒業できる地域は
15 省市のみであり、初等教育の普遍化に向けた課題は大きいことが確認された。
第二に、教育の普及の遅れている地域の経済社会状況は一様ではないことが明らかに
された。省市の地域内総生産と教育指標の間にはほとんど相関が見られなかった。つま
り、教育の普及の遅れている地域は、経済水準が低いという単純な図式はベトナムの省
市レベルでは成り立たないことが明らかにされた。ただ、教育の普及の遅れている地域
は、北部の国境に接する地域とメコンデルタ地域に集中していることは明らかにされた。
比較的経済水準が低く、人口密度、識字率は低く、貧困人口比率、農村人口比率、少数
民族比率は高い北部地域と、社会経済指標が全国平均とそれほど変わらないメコンデル
タ地域とは初等教育普遍化の方策を考える際には、異なるアプローチが必要であろう。
第三に、教育の普及の遅れている地域において、教育の普遍化に向けた優先順位の高
い課題として、臨時教室の解消、全日制教育の導入、校舎建築の改修が認識されている
ことが明らかになった。全日制教育の導入は、臨時教室の解消や校舎建設の改修とも関
わっているため、教育の普及の遅れている地域においては、依然として物理的な校舎や
教室の充実が優先課題であることがわかる。
第四に、教育の普及の遅れている地域の大部分の小学校は授業時間の短い2部制で授
業を行っていることが明らかにされた。省によって学年別の全日制教育の導入状況には
ばらつきは見られるが、特に高学年において全日制の導入は遅れている。そして、全日
制の導入を困難にしている要因は、教室の増築のための資金不足や教員に対する超過勤
務手当のための資金不足であった。このように教育の普及の遅れている地域は、全日制
をどのように導入するのかも課題になっている。
第五に、ベトナムでは教育の社会化政策が導入されているが、教育の普及の遅れてい
る地域において教育の社会化は課題を持ちつつも進められていることが明らかになった。
具体的な活動としては、就学促進のキャンペーンや学校の建設・改修のための資金調達
などが実施されている。ベトナムが進めている地域の資源を動員する教育の社会化政策
は、国が全面的に支援する初等教育の普遍化に対する代替モデルとして期待されている。
ベトナムの場合、教育の普及の遅れていても経済水準が高い地域も存在するため、地域
の資源を教育活動にどのように動員するのかが課題であろう。
最後に、本研究において残された課題をまとめておく。まずは、省市レベルの分析が
もつ限界に関する課題である。省市レベルでは、地域の経済状況と教育指標との間に相
関関係は見られなかったが、経済状況が就学に影響を与えないと断定するべきではない
105
だろう。そのためにも、省市内の郡やコミューンレベルの単位のデータを収集して分析
する必要があると考えられる。また、このようなデータに基づく分析においてはデータ
の信頼性を高める必要がある。ベトナムにおいて正確なデータを収集する仕組みがまだ
十分に整っているとは言えない。また、収集したそれぞれのデータがどの程度の誤差を
持っているのかについても調査する必要があるだろう。
【参考文献】
近田政博, 2006,「現代ベトナムの教育計画」山内乾史・杉本均編『現代アジアの教育計
画』(下巻)、学文社。
近田政博, 2005,『近代ベトナム高等教育の政策史』 多賀出版。
近田政博, 1998,「 ベトナム中等教育の動向と課題」新海英行・寺田盛紀・的場正美編『現
代の高校教育改革-日本と諸外国』大学教育出版、pp.204-228。
ベトナム社会主義共和国(近田政博訳), 2001,「ベトナム教育法」『名古屋高等教育研
究』第 1 号, pp.183-220。
浜野隆, 2004,「初等教育普遍化に向けての政策課題と国際教育協力-ベトナムの事例」
『国際教育協力論集』第 7 巻第 2 号, pp.39-53。
古田元夫, 1996,『ベトナムの現在』講談社。
JICA , 2002, Vietnam Support Program for Primary Education Development Phase I
Final Report, JICA .
World Bank , 1997, Vietnam Education Financing, World Bank.
106
第6章
ベトナム初等教育の「普遍化」と「差異化」
―華人のための華語教育をめぐって―
大塚
豊(広島大学)
はじめに
2001・02 年度現在、ユネスコ統計によれば、ベトナムにおける初等教育の粗就学率
は 103%、純就学率は 94%である 1。2005 年 6 月に採択された「教育法」の第 11 条で
は、初等および前期中等教育の「普遍化」(universalization)が唱われ、「国家は全国
的な教育の普遍化を実現するための条件を確保する 2」と規定されている。また、現行憲
法である 1992 年改定の憲法には、その第 30 条に「国家および社会は、民族性、現代性、
文明価値をそなえたベトナム文化を保護し発展させ、ベトナムの各民族文化およびホー
チミンの思想・道徳・風格の価値を継承発展させ、人類文化の精華を吸収し、人民の創
造的才能を発展させる」(下線は引用者)と規定され、第 36 条には「国家は山岳地区、
少数民族地区および特別に困難な地区の教育事業の発展を保障し、優先政策を実行する
3 」と記されている。
確かに、残された数%の未就学者(その多くは山岳地区や僻地に住まう少数民族児童
である)の就学を実現することは容易なことではないとはいえ、数字の上から見れば、
初等教育に関する限り、完全普及ないし普遍化を達成しつつあると言える。では、仮に
純就学率が限りなく 100%に近づき、数字の上で初等教育の普遍化が実現したとして、
それは理想的な意味で普遍化と呼べるかどうかである。現象的にベトナムの学齢児童が
すべて就学の機会を得た後には、多民族国家という現実を踏まえて、そこで学ばれる教
育の中身の適切性(relevance)が問題にされる必要があるように筆者には思える。上記
の現行憲法の規定から見ても、それは考慮されて然るべき課題と言えよう。
ちなみに、建国後の数次の改定を経た憲法規定の中に、教育における民族特性を意識
した目標を探ってみると、その表現には時期により変化が見て取れる。建国直後の 46
年憲法では、第 15 条において「当該地の小学校で学習する少数民族児童は、同民族の
言語を使用して学習する権利を有する 4」と明記されていた。しかし、59 年改定の憲法
および 80 年改定の憲法には、こうした民族関連の教育規定が截然と記されることはな
くなり、92 年憲法の中で、上述したように復活したのである。
本稿では、ベトナムにおいて初等教育の量的な完全普及という課題が達成された後に
取り組まれるべき課題、すなわち、多民族国家において各構成民族の個性、文化特性に
【注】
1 http://www.uis.unesco.org/TEMPLATE/html/Exceltables/education/gerner_primary.
xls
2 Nha Xuat Ban Giao Duc (Educational Publishing House), The Education Law of
the Socialist Republic of Vietnam , 2005, pp.78-79.
3 河内世界出版社編刊『越南憲法彙編』
、1995 年、124 頁。
4 同上書、18 頁。
107
まで配慮し、民族的観点に立った木目細かい教育内容面での対応や教育実践が普遍的に
行われる可能性があるかどうかを探りたい。この観点から考えられる措置として代表的
なものは当該民族の言語や文化の尊重策である。こうした取り組みの一例として、ここ
では少数民族の一つである華人の教育問題に光を当て、華人に対する華語教育の理念や
実態に関して若干の分析を試みる。具体的には、彼らの民族言語や文化の学習が、どの
ように保障されているかの実態を、現地での関係者へのインタビュー調査の結果や収集
資料を分析することを通して、一律な「普遍化」ではなく「差異化」を含む、
「より高次
の普遍化」が実現する可能性の一端を検討したいのである。
ところで、同じく言語教育の一環として実施されるものであっても、いわゆる漢語教
育ないし中国語教育(以下、漢語教育の呼称で統一する)と呼ばれるものと華語教育と
は区別しなければならない。前者は英語、フランス語、ロシア語などと並び、外国語と
してベトナム人が学ぶものであり、後者はベトナムに住む華人子弟を対象とするもので
ある。本稿での主たる考察の対象は後者であるが、比較対照の必要から前者にも適宜触
れることになる。
1.
ベトナム華人とその社会・言語教育をめぐる状況
華人はベトナム国民を構成する 54 の民族の一つである。2005 年現在、ベトナムの総
人口約 8400 万人のうち、華人の人数は 121 万 2000 人(1.44%)であり 5、そのうちの
約半数はホーチミン市に居住しているといわれる。ベトナムに華人が定住するようにな
った歴史は千年以上も以前にさかのぼる。中国からの移民が大挙してベトナムに移り住
んだのは明が滅び、清朝が興った 17 世紀であり、明の遺臣の中には清朝政府による報
復や圧迫を恐れ、それからの逃れるためにベトナムへ移り住んだ者が少なくない。また、
フランス植民地下の 19 世紀末から 20 世紀初頭にかけて、サイゴン(現ホーチミン市)
は東南アジアにおける一大貿易拠点となり、多くの華人を引きつけた。民主共和国の建
国後、1950 年代前半に至り、抗仏独立戦争の終結に伴って、ベトナムの革命政府および
ベトナム共産党が華人に対して示した姿勢は、
「華人にベトナム公民と同じく、政治、経
済、文化、社会などの各面におけるいっさいの権利を享受することを認める」というも
のであった。
1954 年から 20 年間の南北分断状況の中で、南部では経済界を華人が支配する状況が
見られ、莫大な財力を誇った華人もいて、
「サイゴン・チョロン」地区のように自治組織
による行政運営が行われるチャイナタウンが存在するなど、華人は確乎たる地歩を占め
ていた。北部でも中国国境沿いのクワンニン(Quang Ninh)省モンカイ(Mong Cai)
という土地は住民の 70~80%が華人であり、彼らは陶器製造、服飾縫製業で栄え、ベト
ナム社会に根を下ろしていた。さらに、北ベトナムは社会主義国である中国との関係が
強かったが、中国政府は在越華人が中国国籍をもつことをベトナム政府に認めさせよう
としたり、中国語の教員を派遣し、教科書を提供するなど、影響力の拡大を図ってきた。
5
http://www.joshuaproject.net/countries.php?rog3=VM
108
こうした状況の下で、南北それぞれに華語教育および漢語教育が展開され、50 年代から
70 年代にわたって基礎教育の段階から高等教育まで大いに発展を遂げていた。
しかしながら、1975 年の南北統一後、共産主義下での圧迫を恐れた多くの、とくに富
裕な華人が国外へ去った。また、77 年の初め頃からベトナム政府は「辺境地区の整備」
を理由に中国系住民の追放に乗り出し、翌 78 年の 4 月から 5 月中旬までに 5 万とも 7
万とも言われる中国系住民がベトナムを追われたと、中国側が「非難声明 6」を出す事態
が起こった。さらに 1979 年の中越戦争の勃発前後から国外に流出する華人の数はいっ
そう増加した。こうした中越の不正常な関係の下で、ベトナム華人の勢力は極端に衰退
した。その中で、ベトナム共産党中央書記処は、
「華人がベトナム公民であり、ベトナム
公民としてのすべての権利と義務を享受する」ことを重ねて指示した(党中央書記処
1982 年 11 月 17 日号指示)にもかかわらず、華語教育ならびに漢語教育は 80 年代初頭
から 92 年頃まで 10 年余にわたって実質的に中断あるいは停滞した。
1983年になると、国内経済の悪化に鑑み、ベトナム政府は従来の計画経済を修正して
市場経済に転換せざるを得なくなり、1986年末にドイモイ政策を導入した。以来、積極
的に海外の技術と外資を導入するようになるとともに、やがて華人に対する様々な制限
をゆるめた。華人は各種の商工業の経営に従事しうるようになり、華人の人脈は外資と
技術の導入において大きな役割を果たした。台湾、香港、シンガポールなど華語地域の
投資家がベトナムへの外資導入の主力になった。台湾の商工業者の資金投入額は外資の
中で首位を占めた。こうした情況の下で、漢語ないし華語に対する需要が生じた。
2.ドイモイ政策以降の漢語教育
中越関係の修復ならびにドイモイ政策の導入に伴い、90 年前後から漢語教育が再開さ
れ、最初は高等教育機関で教えられるようになった。師範、外国貿易、外交などの分野
の大学の中文系で、中国語の通訳、外交幹部の養成を目的として再開されたものである。
例えば、ホーチミン市師範大学は 1989 年から正式に中国語学科を設けており、中等以
下の学校で外国語としての中国語を教える教員の養成を目的としている。第一期には 40
名の学生が入学したが、そのうちの 9 名が華人であった。その後もほぼ同数の学生を受
け入れている。同大の中国語学科では毎週 16~20 時限教えて、前期2年間で短大レベ
ルまで達し、後期3年で大学の学士課程レベルに達することを目指している。短大およ
び大学で中国語を教えているところとしては、ホーチミン市以外にハノイおよびフエが
ある。
1990 年にホーチミン市には華語研修センターが設置された。その目的は短大レベルの
華人の華語教員を養成し、南部各省で華人が多く居住している地方の初等・中等学校お
よびホーチミン市の華語・外語センターで教えるようにするものである。修業年限は2
年間であり、第一期には 111 人の男女の教員が養成された。このセンターで教えている
6
「我国国務院僑務弁公室発言人就越南駆赶華僑回国問題発表談話」『人民日報』1978
年 5 月 25 日(邦訳は西村俊一編『現代中国と華僑教育』多賀出版、1991 年、106~107
頁)。
109
5名の教員はすべて中国の各大学の卒業生であり、教えられている内容は中国文学史、
現代中国語、若干の古文であり、すべて中国語で講義されている。
1991・92 学年度にはホーチミン市総合大学に中国語文専科が開設された。2クラス
からなり、学生数は 120 人であり、そのうちキン族学生 67 人、華人学生 53 人であった。
1年間の予備クラスを含む第一段階では、中国語のできない学生に専ら中国語を教え、
その後の2年間の正規のクラスで、中国語を引き続き学ぶ他、ベトナム語を使って若干
の文化関連の科目を履修する。第二段階の学習は2年間であり、中国学を専門とするた
めの歴史、文化、文学、哲学、国土学(国情・地理・風土などに関する学問分野)など
をできるだけ中国語を使って教えるのである。ホーチミン市総合大学の中国語学科には
6人の中国学専攻のベトナム人教授、副教授の他に、若干名の中国の大学を卒業した講
師が配置されていたが、彼らは長年にわたって書物の上だけで中国学を学んだのであり、
実際に中国人と交流する機会はなかった 7。
ハノイでは、ハノイ国家大学(主として人文科学)、社会・人文科学大学(主として経
済、政治、文学、哲学)の他、外国語としての中国語学を教えるところとして外国語大
学やハノイ師範大学の外国語学科がある 8。
高等教育レベルに続いて、2000 年からは中学、高校段階での中国語教育のカリキュラ
ムの本格的編成と教材の編纂が行われるようになり、2005 年現在、中1(第6学年)か
ら高3(第 12 学年)までの各学年1冊からなる7冊の『漢語』教科書が発行されてい
る。2003 年から 2005 年にかけて刊行された同教科書は横 170 ㎜、縦 240 ㎜で、わが国
の B5 判書籍より一回り小さめであり、本文は白黒2色刷、1冊平均 157 頁である。こ
の教科書と同時に教師用の指導書も編纂された。ベトナムの学校制度は小学校5年、中
学4年、高校3年だが、英語、フランス語、ロシア語とならぶ外国語としての中国語が
教えられるのは中学からであり、各地域および学校はそれぞれの社会的ニーズや既存の
教育条件にあわせて、英仏露中の4カ国語の中から自由に1カ国語を選ぶのである。全
国的に見れば、英語を選択するところが最も多いが、中国語を選択するところも少しず
つ増えてきている。
こうしたベトナムの中等教育段階における漢語教育は、2つ部分に分かれる。第一に、
正式の外国語として通常の中学から高校まで学ばれ、カリキュラム・教科書が教育訓練
省によって決定されるものである。第二に、優れた才能を示した子どもを対象とする「英
才学校」(原語は truong chuyen であり、直訳すれば「特殊学校」であるが、漢語では
「育才学校」と表現される)で教えられるものである。担当の教員は師範大学卒業の中
国語専攻者である。英才教育を実施している学校は中学段階にはなく、高校だけである
が、基本的に各省に1校ずつ存在する。そのすべてにおいて中国語が外国語として学ば
れているわけではないが、ハノイの英才学校では英・仏・露・中に日本語を加えた5か
7
阮禄「胡志明市華人接受華文教育実況」朱浤源編『東南亜華人教育論文集』国立屏東
師範学院、1995 年、561~562 頁。
8 2005 年 9 月 21 日に、ハノイ社会・人文科学大学中国学研究所のグエン・ヴァン・ホ
ン(Nguyen Van Hong)教授に対して筆者が行ったインタビューによる。
110
国語が履修されている 9。全国的に見れば、漢語教育が行われているのは、ハノイ市、ホ
ーチミン市、ハイフォン市、クアンニン省、ホアビン省、カントー省、バクザン省の7
省・市である 10。
現在、中学から大学までで正規の外国語教育として中国語を学んでいる者は在籍者総
数の3%という統計数字を教育訓練省が発表している 11。
3.華人子弟に対する華語教育
以上述べてきた漢語教育、つまり主要民族であるキン族を中心とするベトナム人が外
国語として学ぶ漢語ではなく、華人が自らの民族言語として学ぶ華語の教育は、外国語
としての漢語教育よりも南北統一後の再開が早かった。ベトナム政府は建国以来の基本
的教育政策として、国語であるベトナム語を小学校から大学まですべての教育段階にお
ける教授用語としており、いかなる民族であってもベトナム語を学習することによって
進学の機会が得られるものとしてきた。だが、そうした基本政策の一方で、ベトナム政
府は華人の華語教育に対しては特別な扱いをしてきた。それは、第一に、華人は約 100
万人と数が多く、通常、特定の地域に集中して居住していること、第二に、華語は華人
の民族言語であるとともに、国際性を有する言語であることに鑑み、華人の悠久の民族
的伝統を擁護すると同時に国際貿易の上で有利な条件を確保するためであった 12。
しかしながら、上述したように、現実には 1975 年の南北統一後、華人の中からはベ
トナムを離れる者が多く出た。その中には従来華語教育に携わっていた者も含まれ、
1983・84 学年度にはホーチミン市の華語教員は 80 名しかいなかったという 13。1984・
85 学年度に華語教育不足を解消するため、ホーチミン市教育局は華語教育能力のある者
と契約を結び、華語小学校での授業を担当させた。他方、高校に進学を希望しているが、
年齢が超過している華人の中学生に関して、高校卒業後に小学校の華語教員となること
に同意すれば、高校受験を認めることにした。その結果、1984~85 年に 15 人の教員が
増え、85~86 年には 21 人増えた。教員が増えると同時に華語を学ぶ者も増加し、華人
が最も多い第5区(いわゆるチョロン地区)をとって見れば、7641 人の華人学生のうち、
3641 人が華語を学習し(42.4%)、第6区では 7882 人の華人学生のうち、1813 人(23%)
が華語を学習することになった。他の区でもほぼ同様の状況が見られた。1985・86 学
年度には全市でなお 100 名の華語教員が不足していた。中学にはまったく華語教員がい
なかった。同年には 244 人の中学生が華語を学んでいたが、これは小学校の教員が授業
を担当していたものであった 14。
9
2005 年 9 月 22 日に、国家教育戦略・カリキュラム開発研究所のブイ・ドック・ティ
ェップ(Bui Duc Thiep)研究員に対して筆者が行ったインタビューによる。
10 同上。
11 同上。
12 前掲、阮禄論文、554 頁。
13 同上、557 頁。
14 同上。
111
1986 年から 89 年までの学年度に、ホーチミン市教育局は華語教育改善のために相当
の努力を行ったが大した発展は見られなかった。1988/89 学年度には、華人が在籍者
全体の 20%を上回っていたことから、教育訓練省が華語を教えるように定めていた 61
校の学校のうち、32 校だけが華語を教えていた。華人の多いホーチミン市の3つの区に
つ い て 見 れ ば 、 第 5 区 で は 5589 人 の 華 人 子 弟 の う ち 2784 人 が 華 語 を 学 ん で お り
(49.8%)、第6区では 7736 人の華人子弟のうち 1983 人が華語を学んでおり(25.63%)、
第 11 区では1万 3074 人の華人子弟のうち 3987 人が華語を学んでいた(30.5%) 15。
この時期の華語教員の数はといえば、増えるどころか減少し、安定していなかった。
1988・89 学年度にはホーチミン市全体で 85 人の小学校教員と 4 人の中学教員がいた。
教員の中には華語を教えたがらない者がおり、もっと高収入の仕事に就くことを希望し
た。これらの教員の中には 1975 年以前の教科書を教材に華語を教えていた者も含まれ、
南北統一後の社会状況に合わなくなっていた。また、ある者は台湾、香港、中国の教科
書を修正して教えていたのである 16。
「1989 年は華人の華語教育活動の転換点であった 17」という。教育訓練省は 1988 年
12 月 26 日にベトナム社会主義共和国部長(閣僚)会議の「華人の普通教育活動に関す
る指示」を確実に実施するため、全国各地に対して「華人学生の華語教育活動を立派に
行わなければならない」と通達したのである。これを受けて、華人が最も集中して居住
しているホーチミン市では、1989 年に同市人民委員会が「華語教育輔助会」の創設を求
める「655/QH-UB 号決定」を発した。「華語教育輔助会」とは主として経済力と教育へ
の熱意をもった華人によって構成され、例えば、学校建物の改修、机や椅子、学習用品
の購入、貧しい家庭の子どもに奨学金を提供し、教員の動員などに関する協力や支援を
行う団体である。さらに同市の教育局は教育訓練省からの指示をさらに具体化して、以
下のように規定した。
(1)漢語は民族の言語であり、教育部は普通学校のカリキュラムに組み込むこと
を決めたのであり、すべての華人児童・生徒は華語をしっかりと学ばなければなら
ない。
第1学年から第9学年までの華語教育の配当時間は以下のとおりとする。
小学校では毎週5時限。
中学では毎週4時限。
これらの学習時間は合理的に配当し、児童・生徒がよく学べるようにしなければ
ならない。小テストや定期試験は他の科目と同じとする(小学校の成績表には毎月
華語を学ぶ児童のために、その成績を記入する欄を設けなければならない)。
(2)華語による中学・高校のクラスを開設する条件の整った学校は、小学校、中
学を卒業し、華語を学びたいと考える児童・生徒(他の地域からの転校生)を責任
15
16
17
同上。
同上、557~558 頁。
同上、558 頁。
112
もって受け入れる。
(3)華語教育の便宜を図るため、華語を学ぶ学生を同一のクラスに編成し、学校
は専門的な経験を有する(華語が分かればよりよい)教員を第1、第2学年の学年
主任に配置して、児童が迅速に適応し、一般の小学校の上級学年に進級できるよう
に援助しなければならない。
(4)華人学生の多い第1、5、6、8、10、11区、タンビン区(Tan Binh、
新平)、ゴーヴァップ区(Go Vap、旧邑)などの地区では、教育行政部門が幹部を
派遣して視察し、華人学生の教育活動を指導するとともに、華語の教授を担当する
機関を管理しなければならない。
(5)条件が備わっており、華人からの要求があれば、学校は教室を準備し、半日
は集中的に普通教育課程を教え、もう半日は華語普及センターの形式で華語を教え
ることができる。
(6)華語を学ぶ学生は他の普通学校の学生と同じく、すべての規則に従い、きま
りを守らなければならない。華語を学ぶ学生は毎年ホーチミン市教育局が実施する
華語優秀学生選抜試験を受けることができ、賞を受けた学生は他の科目の選抜試験
の学生と同じ待遇を受ける。
(7)華語を教える教員は教科担当の教員であり、ベトナム語を教える教員の待遇
を受ける。一人の教員が2つ以上のクラスの教育を兼任してはならない。
(8)華人学生が集中している学校では、学校委員会は華人であるか、あるいは華
人のことを本当に理解しているメンバー(華語を話すことができればよりよい)が
加わっていなければならない。
(9)3名以上の華語教員がいる学校は華語グループを置くことができる。(華語
教育の)専門グループの責任者はクラス担任と同等の待遇をうける。
(10)革命などに殉じた華人烈士の名前を校名に冠し、華語クラスを置いている
学校は、校名板に漢字表記の校名を書くことができる 18。
このように政府が華語教育の実施を認め、それを支援する姿勢が明確になってくると、
教育熱心な華人の中からはベトナム政府に対して南北統一後に接収され国有になってい
るもとの華人学校の施設を華人に返却して運営させるように申し入れる者が現れた。こ
れに対して、ベトナム政府は土地を貸し出し、華人が学校を建設することを許可しただ
けであった 19。とはいえ、全体として見れば、数年来ベトナム南部の華人は積極的に資
金を調達して学校を建設し、あるいは政府からもとの華人学校の施設を暫時借り受けて
開設・運営してきた。現在までチョロン地区の団結(Doan Ket)学校、志霊(Chi Linh)
学校、ホーチミン市の北に位置するチュードック(Thu Duc、漢字表記は守徳。以下、同
様)にある大成(Dai Thanh)学校、ドンナイ省トゥンギァ(Tung Nghia、従義)の中山
18
同上、554~556 頁。
高崇雲「東南亜各国華文教育問題的研究」夏誠華編『僑民教育研究論文集』玄奘大学
海外華人研究中心、2005 年、68 頁。
19
113
(Trung Son)学校などが創られ、同じくドンナイ省にはディンクァン(Dinh Quan、定
館)とケザオ(Ke Giao、継交)にも華人学校がある。これらでは華語による教育が実施
されている。
これ以外に、もとは華人学校であって現在はベトナム語による教育が行われている学
校に華人が「華語普及センター」を設立することが許可され、毎週5日間、毎日3時間
ずつ華語の授業を受けることができるようになった 20。学習者の年齢やレベルによって
ではなく、上記の華人学校以外の場所で華語教育が行われている教育施設の違いに着目
して分類すれば、ホーチミン市には以下の3種のタイプの華語教授の方式があることに
なる。
第一の種類は、公立のベトナム語による教育が行われている普通小学校のカリキュラ
ムの中で、毎週5時限の華語の授業を受けるものである。現在、キムドン(Kim Dong、
金童)、リタイトー(Ly Thai To、李太租)、フィンキエンホア(Huynh Kien Hua、黄
建華)、チャンクァンコー(Tran Quang Co、陳光基)、ラクロンクァン(Lac Long Qu
an、駱龍君)、グエンドクカン(Nguyen Duc Canh、阮徳景)、グエンヴィエトシュエン
(Nguyen Viet Xuan、阮曰春)、グエンチタイン(Nguyen Chi Thanh、阮志清)の8箇所
があり、在籍者数は926人である。
第二の種類は、ベトナム語で教育が行われる公立普通校の中の物理的条件の良い、設
備の比較的整った学校に置かれる半日制の華語普及センターで授業を受けるものであ
る。華語普及センターを付設している学校の多数は、午前中ベトナム語による授業を行
い、午後はベトナム語部が休みとなり、その空いた教室を華語普及センターが使って華
語を教えるのである。公立学校での華語教育だけでは満足できない華人子弟が補習のた
めに通うという場合もある。ここでは毎週15時限の華語の授業が行われる。ベトナム語
部と華語普及センターの在籍者はそれぞれ異なるとはいえ、午前中にベトナム語の課程
を学び、午後は華語普及センターで学ぶ者もなかにはいる。現在、カイトゥ(Khai Tu、
啓秀)あるいはファムヴァンハイ(Pham Van Hai、范文二)、マッキェムフン(Mach Kie
m Hung、麥剣雄)、レヴァン(Le Van、礼文)、ヴィンシュエン(Vinh Xuyen、穎川)、
華語教學培訓センター(Trung Tam GDTX Tieng Hua)、オウコー(Au Co、欧姫)、ホヴ
ァンクォン(Ho Van
Cuong、胡文強)、ゴーヴァップ(Go Vap、旧邑)、スンチン(S
ung Chinh、崇正)、ドォアンケット(Doan Ket、團結)、チュンドゥン(Trung Dung、
中庸)、チュンギャ(Trung
Nghia、中義)、ハンハイグェン(Han Hai Nguyen、韓海
源)、勞動子弟(Lao Dong Tre
Em)、新平郡青年センター(Trung Tam Thanh Thien
Nien)の15のセンターがあり、在籍者数は8713人である。こうした華語普及センターは
主としてホーチミン市にあるが、同市以外では、ドンナイ省(Dong Nai、同奈)、ラム
ドン省(Lam Dong、林同)その他にも存在している。
第三の施設は、華語・外国語センターで行われる授業である。これは第二の種類であ
20
同上。
114
る「華語普及センターの成功に刺激されて1992年以降に出現した新方式 21」である。こ
の機関の名称は「華語・外国語」となっているが、実質的には華語普及センターの一種
であるとされる。ただ、華語の授業時間数は毎週21時限と多く、華語自体の教育の他に
も華語を用いて説明される数学、音楽、絵画、体育などの科目や英語を教えるところも
ある。受講するのは主として成人であり、上記の2種類の機関では小学生や中学生が多
く学んでいるのとは異なっている。チャンボイコー(Tran Boi Co、陳珮姫)、グェンデ
ィエ(Nguyen
Dia、阮爹)、社會人文科學大學センター(Dai Hoc Khoa Hoc Xa Hoi Nh
an Van)、ヴァンラン(Van Lang、文郎)、チャンフーチャン(Tran Huu Trang、陳友
荘)、グェンタイサン(Nguyen Thai Son、阮泰山)の6つのセンターがあり、在籍者
数は6008人である 22。
以上3種類の施設のうち、華語普及センターでは、説明に標準中国語(北京語)を用
い、簡体字を教える(一部に繁体字を教えるところもある)が、センター所在地の言語
状況、すなわちホーチミン市在住の華人が属する5つの方言グループの言語である広東
語、福建語、潮州語、海南語、客家語のうちのいずれを使う学習者が多いかに鑑み、北
京語でなく当該言語で説明をするという場合もある 23 。また、華語普及センターでは、
普通の公立小中学校で使われている教材に加えて、例えば北京大学で編纂された『中級
漢語』など他の教材も追加して使われる。ちなみに、外国語としての能力の証明書とし
て国は中文証書A級、B級、C級という証書を設けており(英語、フランス語について
も同様)、このうちC級が最高レベルであり、通常の会話や手紙などの文書の作成には困
らない程度である 24 。華語普及センターの学費はこれらのランクに基づいて設定されて
おり、A 級(6か月)で 30 万ドン(1米ドル=約 1 万 5000 ドンで換算すると、約 20
ドル)、B 級(6か月)で 45 万ドン、C 級(6か月)で 60~70 万ドンである。C 級に
なると、通訳、外交などコース別に専門分化することになり、その内容により学費の額
が異なるのである。学費徴収の原則は、必要経費(教室の借用費、備品費など)に若干
の利益を加えた額ということである 25 。約3分の2の華語普及センターでは理事会が貧
困生徒のための奨学金を準備している。奨学金の種類は半年、1年などがあり、支給額
21
前掲、阮禄論文、560 頁。
各施設の数および在籍者の人数は、前掲、高崇雲論文、68 頁に拠った。ホーチミン
市華語成人教育中心のリュウ・タイン・グエン(Luu Thanh Nguyen、劉成源)主任に
対して、筆者が 2005 年 3 月 21 日に実施したインタビューによると、普通小学校および
漢語普及センターで学ぶ者を合わせると、ホーチミン市全体で約 7000 人が華語を学ん
でいることになる。これに約 1500 人の中学で華語を学ぶ者が加わるという。高崇雲論
文の数字は、聞き取り調査による学習者の数といくぶん差があるが、調査時期の違いか
と考えられる。
23 前掲、阮禄論文、559 頁。
24 ホーチミン市華語成人教育中心のリュウ・タイン・グエン(Luu Thanh Nguyen、劉
成源)主任に対して、筆者が 2005 年 9 月 19 日に実施したインタビューによる。
25 前掲、2005 年 9 月 22 日の Bui Duc Thiep 氏へのインタビューによる。
22
115
は生徒の家庭の経済状況によって決められている 26 。また、5年制の小学校卒業時に全
市を範囲とする統一試験が行われ、合格者には証書「小学華語水平合格証書」が授与さ
れるが、この試験の合格率は全体(普通学校と華語教育中心とをあわせて)88~93%で
あるという 27。
華語教員の数は小学校 280 人、中学 70 人の、合計 350 人である。教育訓練省の規定
では言語教育担当の教員は1週間に 20 時限の授業を担当することになっている。半日
制学校で週5時限教えている教員は3つのクラスで3×5=15 時限を最低でも教えて
いる。全日制学校では1人の教員が2つのクラスを担当している。
学校や教師の組織的活動の場は、現在のところホーチミン市の「華語教育クラブ」し
かない。このクラブはホーチミン市の教育庁傘下の大衆組織であり、その目的はすべて
の華語教員を団結させ、集めて、華語教育の仕事を維持し発展させることである。同ク
ラブには現職および退職後の華語教員 430 人前後が会員として所属している。クラブで
の活動としては、毎年 11 月 20 日の「教師節」(教師の日)および旧正月の春節の聯歓
会(親睦会)が主なものであり、日常的には将棋や卓球など、教員が余暇活動を楽しむ
場になっている。また教師の日の1~2週間前に作文や文芸などの優秀な者を選抜する
コンクールも開催されている。
4.『漢語』教科書と『華語』教科書の相違
ドイモイ政策下で漢語への関心が高まる中でそのための教育が再開されると、上述し
たように教材の編纂が進められた。漢語については7冊の中学、高校用の『漢語』教科
書が新たに編纂され、本格使用されるようになった。50 年代から 70 年代にかけて漢語
ないし中国語教育は盛んであり、教科書もそろっていたが、主として読み書きや文法の
指導に力点が置かれていたため、教材の文章が長く、高度であったと言われる。そこで、
再開後の漢語教育ではコミュニケーション能力ないし聴き話す能力をつけることに力点
が置かれるようになった。各課の文章は短く、ドリルも穴埋め問題などにより、実際に
使える語学力の習得が目指されたとされる 28。
一方、華人のための華語教育についても、南北統一後の再開に際して、新たな教科書
の編纂が行われた。
『華語』教科書の編纂の任務は、教育訓練省によって教育庁とホーチ
ミン市師範大学に委託され、市教育庁の専門家である陳標氏が編集責任者となって編纂
作業が始まった。1975 年の南北統一後に教育訓練省は華語教材の編纂に着手し、作成し
ていたが、内容的に不適切な箇所が多かったので、89 年に改訂を委託したものである。
97 年には小学校レベルの『華語』教科書 10 冊の編纂を終え、実際に使われている。こ
れらの教科書は横 142 ㎜、縦 204 ㎜で、わが国の A5判書籍よりもごくわずかに小さめ
であり、本文は白黒2色刷、1冊平均 84 頁である。その後、中学レベルの教科書の編
26
前掲、2005 年 3 月 21 日の Luu Thanh Nguyen 主任へのインタビューによる。
27
同上。
同上。
28
116
纂に移り、2005 年現在で中学2年次までの教科書が編纂済みであるという。小学校の『華
語』教科書の編纂に当たっては、中国、台湾、シンガポール、フィリピンで使用されて
いる漢語(華語)教科書が参考にされた。内容的には中国のものが最も参考になり、デ
ザイン・内容配列の方法などに関しては、シンガポールのものが最も参照されたという 29。
ここで、入手済みの漢語と華語の2種類の教科書の内容を比較検討してみよう。取り
上げる『華語』教科書は小学生を対象とし、
『漢語』教科書は中学・高校生を対象として、
両者は対象を異にしており、発達段階を考慮したものになっており、当然のことながら
内容の高度さにおいて比較にはならないであろう。しかし、漢語を含む外国語教育が始
まるのは中学からであり、小学校については『漢語』教科書が存在しないことに加えて、
とくに入門段階の教科書としては共通性もあり、比較してみる一定程度の意義もあるの
ではないかと思われた。また、分析に先立ち、華人を対象とする『華語』教科書のほう
が、華人ないし中国的文化や伝統に配慮した内容構成になっているのではないかとの仮
説あるいは予想を立てた。
まず、
『漢語』教科書の内容を見ると、外国語として初めて漢語を学ぶ第6学年(中学
1年次)用の教科書では、第6課になって初めて漢字が現れる。それ以前の第1課から
第5課には、挨拶の言葉や簡単な日常会話の例文が取り上げられているが、それらはす
べてローマ字化された併音(ピンイン)という字母によって表記されている。これに対
して『華語』教科書のほうは第1課から漢字表記である。編者による「序文」も『漢語』
教科書はベトナム語であるのに対して、
『華語』教科書は漢字である。華人子弟にとって
は、文字として学習するのは初めてであったとしても、日常的に接することの多い母語
(彼らは家庭では広東語や潮州語など地方方言を使い、必ずしも標準中国語の発音に慣
れているとは限らないが)であれば、たとえ小学校1年生であっても漢字はそれほど違
和感のあるものではないことの反映と考えることができよう。逆に、
『 華語』教科書では、
その第 5 冊以降、新出単語の説明には併音の他に、対応するベトナム語の単語が併記さ
れている。
ところで、華人の文化ないし伝統への配慮に関して立てた仮説あるいは予測は見事に
裏切られる。
『漢語』教科書には、中国に関する事実・情報がふんだんに盛り込まれてい
る。すなわち、学習の初年度に当たる第6学年用の第 28 課(以下、6-28 のように略記)
では「名所古跡」の表題で北京の天安門が取り上げられているのに始まり、以下のよう
なテーマが各課の内容として取り上げられている。北京への観光旅行(6-29)、旧正月
が中国にとって一大祭日であることを述べた「春節」
(7-4)、唐代の詩人・韓愈の逸話を
述べた「燭光」(7-19)、旧暦 8 月 15 日が中国人にとって特別な日であることを述べた
「中秋節」(9-2)、中国の自転車事情を述べた「自転車王国」(9-10)、「中国の太極拳」
(9-12)、
「北京は中華人民共和国の首都であり、中国の政治の中心である」と、中国の小
学校の国語教科書を彷彿とさせる「北京」(9-14)、中国料理の種類を論じた「中国料理
の系統」(10-18)、「万里の長城」(10-19)、北京の伝統的家屋「四合院」を論じた「近
29
同上。
117
所付き合い」
(11-3)、
「中国の春節習俗」
(10-7)、中国の代表的辞典について述べた「新
華字典」(12-6)、「中国の人口問題について」(12-11)。この他、各課の本文以外でも、
練習問題や朗読課題として取り上げられたものとして、唐山地震に関する「唐山の奇跡」
(12-15)、中国の大学生の就職問題を論じた「求職」(12-18)、中国人家庭の高級な耐
久消費財の変遷を述べた「中国人の三種の神器」(12-20)などを挙げることができる。
一方、
『華語』教科書は、ベトナム国旗の挿絵とともに「金星紅旗、高く上がれ。国旗
よ、国旗、私たちは国旗が好き、国旗に向かって敬礼」という文が書かれた第2年次教
科書の第4課(以下 2-4 のように略記)の「国旗」を初め、道徳教育・思想教育的色彩
の濃い内容が多く見られる。教室の掃除の大切さを述べた「私たちの教室」(3-3)、「誰
も遅刻しない」(3-4)、「努力して向上する」(3-12)「お母さんの炊事を手伝う」(4-4)、
ホーチミンが南方の民衆から贈られた果樹を自ら大切に育てて北方に根付かせたという
「ホー伯父さんの庭のミルクフルーツの木」
(5-8)、混雑したバスの中で進んで傷病兵に
席を譲った「赤いネッカチーフの少年」(6-5)、「お婆さんを助ける」(6-12)、教員であ
る父親の苦労を述べた「教師の功績」(7-3)、「できる事は自分でする」(7-7)、「水は貴
重だ」
(8-6)、レーニンが風雪をものともせず約束どおり森の学校の子ども達に会いに来
たという内容の「レーニンは来ると言ったら必ず来る」
(8-7)、民衆の列に並んで散髪の
順番を待った「理髪店のレーニン」
(9-3)、ホーチミンが一人の少女との約束を忘れずに
果たしたという内容の「一つの首飾りのエピソード」(9-18)、「人たる者は誠実でなく
てはならない」(10-15)など、道徳教科書を思わせる内容は枚挙に遑がない。
「鉄の斧」(第 8 冊 12 課)の挿絵
「文字のナゾナゾ」(第 7 冊 15 課)の挿
絵
その反面、華人としての文化や歴史や伝統に触れた内容はきわめて限られている。強
いて挙げるとすると、現在ではベトナム人全般に広く定着しているとはいえ、「お年玉」
118
の風習が唐の玄宗皇帝時代に始まったと言われることを考えれば、
「パパ、ママがお年玉
をくれる」と書かれた「新年が来た」(1-13)があり、古代中国の楚の国の慈悲深い宰
相となった人物の幼少時代の逸話を扱った「孫叔敖が蛇を埋める」(10-17)がある。こ
れ以外では、例として挙げたような古代中国風の装束をまとった人物の挿絵があること
から、中国文化との結びつきを連想しうる以下の各課がある。すなわち、束ねた箸は折
れにくいことから協力の重要性を諭した「箸を折る物語」(6-14)、客が大門に「活」の
字を書いた意味を察した主人の逸話を述べた「文字のナゾナゾ」(7-15)、「群盲、象を
なでる」(8-10)、一人の樵が河に落とした自らの斧の他に、正直さの褒美として河の神
に金の斧、銀の斧も与えられたという「鉄の斧」(8-12)、「蛇足」(9-7)、鳴る鐘を盗む
のに、耳を押さえれば大丈夫と考えた間抜けな盗賊の話を述べた「耳を押さえて鐘を盗
む」(10-10)、である。
民族の言語である華語を学ぶこと自体が、華人文化の継承・発展に他ならないことは
大前提であるとはいえ、華語教材の内容として取り上げられる事柄が民族の歴史・伝統・
文化をほとんど反映したものではない事実をどのように解釈すればよいのであろうか。
一方の漢語教材には隣国である中国の歴史・文化・現状に関する事柄がふんだんに盛り
込まれている状況と余りに対照的である。同じ言葉を教えるための教材でありながら、
両者はまったく別物なのである。これに対する解釈としては、一つには、
『漢語』教科書
編纂の過程で中国の漢語教材が参考にされ、そのまま引き写された点が多かったという
ことが考えられる。しかし、そうであれば、
『華語』教科書の編纂に当たっても条件は同
様であり、かつまた同じ社会体制である中国の教材がとくに参照されたことは編集に携
わった関係者の証言から明らかである。また、両教科書が主たる対象とする教育段階な
いし学習者の年齢に左右された結果という考えも浮かぶ。しかし、低学年であっても、
それに適した華人的ないし中国的事柄には事欠かないであろう。
一つの穿った見方をすれば、
『華語』教科書については、中国の現状についての情報は
言うに及ばず、華人的ないし中国的文化や伝統に関する情報・知識の伝達はできるだけ
少なくするように意図されているかに思える。つまり、言葉自体は教えるものの、伝え
るべき中身はあくまでベトナム国民として身につけるべき思想や文化なのであり、ベト
ナム国民としての華人を育てるのが第一義的ねらいであると見ることができる。華語教
育を施すことが華人のベトナムからの心理的離反や乖離につながるものであってはなら
ないのである。小学校では数学、理科、歴史など他の教科が華語を媒介に教えられると
いうことはなく、文字通りの華語教育に限られていることも、この考え方を裏打ちする
ものである。一方、外国語としての漢語を学ぶ目的は、主としてビジネスなどの実用に
資するためであり、それには中国の現状はもとより、歴史・文化に関する情報を合わせ
て学習することが有用であるのは言うまでもない。それが『漢語』教科書の中の大量の
中国関連情報として表れていると考えうるのである。
おわりに
以上、華人子弟のための華語教育を中心に、ベトナムでの漢語や華語の教育について
119
見てきた。ベトナムでの漢語や華語の人気は相対的に高まっている。先にも触れたよう
に、それが就職やビジネスチャンスにつながるからである。その場合、中国大陸や台湾
の企業は華語普及教育センターに人員募集を目的に連絡をとり、採用される者が少なく
ないという。これらの企業による評価は、華語普及教育センターで学んだ者は中国語の
レベルが高く、実践力として活用しうるというものである 30 。かくして華語や中国語人
気が高まる一方、10 年ほど前まで華人家庭の一部の親はベトナム語の学習を放棄して華
語のみを学ばせようとしたのに対して、現在は考え方が変わってきており、小学校で5
年間華語を学んだ後、成績が振るわなければ継続して学ばせることを止める親が増えて
いるとされる。華語よりもむしろベトナム語による他の教科の学習を重視するようにな
ってきているのである。
複数民族が共生する国土の中で、少数民族が他民族から隔絶した空間を形成し、ある
いは孤立的に存続する場合には、国語ないし多数派民族の言語を習得する必要性は低い。
もっぱら自民族の言語のみを学ぶ選択が行われるであろう。また、多数派民族の言語の
みが強制される場合には、民族的アイデンティティや自負心が損なわれることに対する
反発が起こりやすい。華人にとっての華語学習は、本稿で述べてきたように、ぎくしゃ
くした中越関係の中で長期にわたる中断ないし停滞を余儀なくされた後に再び鼓舞され、
そのための各種の条件整備が進められている段階にある。そうした教育活動は今のとこ
ろ完全にフリーハンドな状態で行われるのではなく、あくまで各種の制限の下でのこと
である。しかし、いかなる制限の下であれ、華人の親の中には華語に対する子どもの興
味・関心および成績に応じて、華語とベトナム語との間での履修選択を主体的に行う者
が出ているという点に注目したい。華語教育が禁止され、あるいは禁止されないまでも
公然と行うのが憚られるような雰囲気がある程度取り除かれたことで、そうした自由な
判断がかえって下しうるようになったとも言える。戒められるべきは、民族の言語が無
理矢理に奪われたり、その学習が実質的に禁じられたりする状態である。
ちなみに、本稿では華人を対象とする華語教育のみを取り上げたが、先に述べたとお
り、ベトナムには華語以外の少数民族言語の教育を必要とする民族が多数存在する。そ
うした少数民族言語の教育としては、現在のところ、モン(メオ)族、チャム族、ジャ
ーライ族、クメール族のための教育が実施されている。これらはすべて小学校レベルで
の民族言語教育であり、教科書も編纂済みであり、中学でも必要があれば実施されるが、
今のところ行われていないとされる 31 。国民を構成する多数の民族の言語、文化、伝統
などに対する開かれた教育政策が、国家としての統一性維持のための政策と矛盾なく並
存しえた時に、各民族の差異までを取り込んだ高次の普遍化が達成しうるのではあるま
いか。
【参考文献】
菊池一雄『ベトナムの少数民族』古今書院、昭和 63 年。
30
31
同上。
前掲、2005 年 9 月 22 日、Bui Duc Thiep 氏へのインタビューによる。
120
桜井由躬夫編『もっと知りたいベトナム(第2版)』弘文堂、平成 12 年。
坪井善明『ヴェトナム―「豊かさ」への夜明け』岩波新書 344、1998 年。
121
第7章
ベトナムにおける「教育の社会化」政策と地域社会の活動
-分権化と社会全体の参加による「万人のための教育」(EFA)
野田真里(中部大学) 32
1.はじめに
2001 年、ベトナム政府は「教育開発戦略 2010」を発表し、2001 年現在 95%の初等
教育就学率を、2010 年には 99%までに引き上げる戦略計画を発表した。ベトナムはい
ま初等教育の普遍化(universalization of primary education)の政策上、もっとも困
難とされている「最後の 5%問題」に直面している。残された最後の5%の未就学児童
がかかえる背景や原因は多様であり、それぞれに対応した適切な対策が必要である。ま
た、同時にベトナムは経済成長にともない工業化社会に対応できる質の高い人材を育成
する必要に迫られており、新カリキュラムの導入にともない二部制から全日制への移行
が進められている。
こうした質・量両方の教育課題に対し、ベトナムにおいては教育開発を国家だけが推
し進めるのではなく、社会全体の個人や組織即ち、住民組織、大衆組織、NGO や企業
等の参加によって推進しようという「教育の社会化」(Xa Hoi Hoa Giao Duc)政策がと
られてきている。これはいわば、分権化による社会全体の参加(Education by All: EBA)
による「万人のための教育」(Education for All:EFA)であり、社会主義体制下において
国家が主たる社会サービスの提供者であったベトナムにおけるユニークかつ画期的な政
策であるといえる。
本稿においては、ベトナムにおけるユニークな教育開発、初等教育の普遍化政策であ
る「教育の社会化」について、その概念や政策ついて検討するとともに、地域社会にお
ける活動実態と課題を検証しつつ、
「教育の社会化」政策を可能にしている社会的基盤に
ついても分析する。また、グローバルな教育開発目標である「万人のための教育」に対
し、ベトナムの「教育の社会化」がもつインプリケーションについて検討する。
2.初等教育の普遍化と「教育の社会化」政策の背景
まず、
「教育の社会化」政策の背景について、ベトナムにおける初等教育の普遍化との
関係で簡単にみておこう(ベトナムの教育の現状と課題や教育政策の変遷等の詳細につ
いては本報告書の関連章を参照されたい)。
第 1 に、1986 年のドイモイ(改革・開放)政策の開始以降、ベトナム経済は順調に
成長をつづけてきた。1994 年のベトナム共産党全国代表者会議では「工業化・近代化」
路線があらためて確認され、これにともない工業化社会に対応できる質の高い人材の育
成が急務となった。こうした背景から初等教育の普遍化のみならず、全日制の導入によ
32
長
中部大学国際関係学部助教授、本科研プロジェクト「ベトナム基礎教育研究会(JASTBEV)」事務局
[email protected]
122
る授業時間の確保といった、量的拡大と質的向上の両方が急務となってきている。即ち、
ベトナム経済社会全体の変化が「教育の社会化」政策をもたらした背景にあるといえる。
「教育の社会化とは単に政府財政の限界を一時的に解消するためのものではなく、わが
国が GNP の増加をともなう工業化を成し遂げる上において、教育開発のプロセス全体
を通じての長期的な戦略なのである」(Nghiem Dhin Vy 2004:p313)33。
第 2 に、ベトナムの財政システムとの関連についてみておこう。社会主義諸国の中央
計画経済システムに共通にみられるように、ベトナムにおいても財源は中央政府にある
が、地方行政機関(63 の省に区分されている)には独立した財源はない。地方行政機関
へは毎年、一定の基準に従って予算が中央政府から割り当てられてくる。しかし、地域
の初等教育に関するニーズを十分に満たす予算ではないため、地方行政は地域社会とと
もにその不足分を補う必要に迫られている。特に新カリキュラムによる全日制の導入に
ともない、とりわけ教室の増設費や教員の人件費が必要となってきているが、これに対
し中央省庁は十分に予算を確保できず、地方行政や地域社会の力でまかなわなければな
らないのが現状である。
まず、小学校校舎などの建築費、維持費については、中央政府で資本的支出として分
類された予算項目から支出されるが、この予算項目は、学校校舎以外に他の競争する支
出項目が多くあり、必要な小学校校舎建設・維持・修復を満たしていない。その結果、
地域社会レベルでみてみると、学校建設費の積み立て等地域住民の拠出する資金による
小学校校舎建築がかなりの程度行われている。新カリキュラム下では二部制から全日制
への移行にともない、教室の増設は不可欠である。
次に、教員についていえば、小学校教員の定員は、中央政府によって定められた国家
公務員定員の一部として教員給与分は国家予算から支出されている。ただし、その時々
の国家財政の状態によって国家公務員定員は左右されることがあるため、末端では必要
な教員定員が確保できず、地元住民の負担による臨時教員が採用されることがある。新
カリキュラム下では、教員が終日勤務することに対する超過給与や、これまで教えてこ
なかった体育・音楽・美術等の特別教科のための臨時教員の人件費が発生することにな
る 34。
以上みてきたように、財政面においてはベトナムにおいては国家の予算だけでは初等
教育の普遍化や全日制への移行のためのニーズを満たすことができず、地方行政ととも
に地域社会がこれを担っていく必要がある。だが、現在進められているベトナムの教育
改革は資金面の負担だけではない。次に詳しく見るように「教育の社会化」政策におい
ては、様々な形で地域社会の組織や個人がオーナーシップ(Ownership)をもって、自
ら主体として教育の普遍化を推進することが奨励されている。
開発への地域社会の参加はベトナムの「教育の社会化」にとどまらない、より普遍的
な課題である。世界銀行は貧困削減戦略(Poverty Reduction Strategy) において重要な
33
ギエン・ディン・ヴィは中央科学教育委員会委員長代行である。
教員給与につき、ベトナム政府は全日制の導入に際しても、これまでも既に終日勤務を前提に給与
を支払ってきているとしており、超過勤務の手当ては支払っていない。
34
123
役割を果たすものとして、コミュニティ主導の開発(Community Driven Development)
を提唱している。即ち、これまでともすればターゲットとしてしか捕らえられてこなか
った「貧しい人々を開発プロセスにおける資産・パートナーとして着目し、彼/女らのも
つ制度や資源を強化する」ものである(Dongier et al. 2003)。同様にベトナムにおいて
も 2002 年貧困削減戦略として「包括的貧困削減成長戦略」( Comprehensive Poverty
Reduction and Growth Strategy (CPRGS), )が提起され、ベトナムにおけるコミュニ
ティ主導の開発についても議論されてきた(World bank et al 2004).
また、教育セクターにおいてもコミュニティの役割が注目されてきており、教育の分
権化における「コミュニティ・ファイナンシング」(Community financing や「教育へ
のコミュニティ参加」(Community participation in education)が重要となってきている
(Bray 1996 and 2003)。
3.「教育の社会化」の理論と政策
(1)1996 年第 8 回党大会と国家の諸活動(公共サービス)の社会化
1986 年のドイモイ(改革・開放)政策開始による経済成長にともなう人材ニーズの高
まりが「教育の社会化」の背景にあることは既にみた。だが、この改革・開放の動きは
経済成長のエンジンとなっただけでなく、社会主義体制下の公共サービスのあり方自体
を変化させる契機となったといえる。即ち、旧来型の社会主義システムにおいて国家が
独占的に提供してきた教育、医療といった公共サービスを、分権化を推し進め、社会全
体に開放し、社会全体の参加(あるいは動員)を促進するようになった。
その大きな転機となったのが、1996 年のベトナム共産党第 8 回大会である 35。同党大
会では「文化、通信、保健体育、医療、人口家族計画の各活動を社会化する方針で行う
ものとし、国民の物的、精神的生活の質を高めることを目指す」と決議 36された。即ち、
「社会化」は教育に限らず、国家の諸活動つまり公共サービスの様々な活動分野におい
て実施されることとなったのである。
では、そもそもベトナム語でいう「社会化」(Xa Hoi Hoa)とはどういう意味を持つ概
念であろうか。これは教育社会学でいういわゆる「社会化」 37 とは全く異なる概念であ
るので、注意が必要である。ベトナムでいう「社会化」とは、ある物事を社会全体の共
有の物事にすることをさす。例えば、
「生産財の社会化」といった場合、生産財を社会全
体の共有のものにすることをいう。したがって、国家の様々な活動分野における「社会
化」とは、全ての社会組織および個人がそれぞれの能力に応じて、国家の活動(公共サ
35
なお、後述のとおり 1992 年ベトナム憲法においても「教育の社会化」政策の萌芽がみられる
ベトナム共産党大会決議および 1996 年教育法(後述)の条文の翻訳にあたっては Le Anh Tuan 氏
(名古屋大学大学院国際開発研究科院生)の協力を得た。謝して記したい。
37 教育社会学において「社会化」とは一般に「生まれてから死ぬまでの過程で個々の個体に起こる発
達上の変化、言葉を覚え、知識や技能を修得し、行動の仕方や態度を身につけ、嗜好や美的感覚を培
い、価値や規範を内面化し、人生観や価値観を育むといった変化」 ( 天野、藤田、苅谷 1998:75) であ
るとされている。
36
124
ービス)に参加できるようにするものであるといえる 38。したがって、「教育の社会化」
とは、
「全ての社会組織および個人がそれぞれの能力に応じて、教育活動に参加する」と
定義することができる。いわば、
「万人のための教育」
(Education for All: EFA)のため
の地域社会の全体的な参加による取り組み(Education By All: EBA)が「教育の社会
化」であるといえよう。
また、第 9 回党大会においても「教育の社会化」政策を戦略的に取り組む方針が提示
された。即ち、
「政府は教育・訓練の社会化の進展を促進することを優先課題とする。教
育・訓練のために資源を効果的に動員・活用し、開発と訓練のために国際協力を得る」
と決議された。さらに「教育の社会化」は 21 世紀にむけての国家の教育開発における
三つの重要方策(「標準化、近代化、社会化」)の一つであり、これを通じて、教育の質
の改善、カリキュラム・教授法・学習法の改革、教育に関するトレーニングと行政のネ
ットワーク等を包括的に改善していくことが重要であるとしている。
(2)1998 年教育法にみる「教育の社会化」政策の方針
この第 8 回党大会における「国家の諸活動(公共サービス)の社会化」決議を受け
て、1998 年教育法では、「教育の社会化」政策の方針が明確に示されており、その内容
は次の 5 点にまとめることができる。即ち、①義務教育における国家の主導的役割、②
国民および家庭の役割、③教育への社会全体の参加、④に参加の環境整備としての学校・
教育形態の多様化そして⑤教育への投資である。
第 1 に、義務教育における国家の主導的役割については、同法第 10 条(義務教育)
では、
「1.国家は義務教育に関する計画、教育水準等全てを管理し、国全体にわたって義
務教育を展開するための全ての条件および環境を整備する」と定められ、義務教育の普
遍化は第一義的には国家の責務であることが明示されている。
第 2 に、義務教育における国民および家庭の役割については、同第 10 条に「2.全
ての国民は決められた年齢に義務教育を就学および修了させる義務がある」、
「3 .全ての
家庭は自分の家族の成員は義務教育を修了させるための条件を整える義務がある」と定
めている。
第 3 に、教育への社会全体の参加については、同第 11 条(教育の社会化に関する事
業)として、「教育の社会化」政策について次のように具体的に定めている。「全ての社
会組織、家族、国民は教育活動に参加する義務がある。また、教育環境を整備し学校と
協力して教育の目標を達成する責任がある」とし、国家だけでなく、社会全体が教育開
発に参加する義務を負うことを明示している。
第 4 に社会全体の参加の環境整備としての学校・教育形態の多様化については、同 11
条に、
「教育開発にあたって、国は指導的役割を担う。国は学校形態や教育形態の多様化
を促し、各組織、個人が教育事業に参加するための状況を整備しなければならない」と
定められ、社会の多様なアクター(組織、個人)が教育に参加できるように、国家がフ
38
中国においても「社会化」はほぼ同様の概念で用いられている。
125
ァシリテーターとなって、環境整備が重要であるとのべられている。さらに、
「学校形態
や教育形態の多様化」については学校同第 44 条に「国民教育システムにおける学校は
教育開発のために、国の計画・企画にもとづき設立され、公立、半公立、私立の形態で
組織されている。公立、半公立、私立各形態の学校は政府が指導する教育管理諸機関の
役割分担、レベル分けにしたがって活動するものとする」と定められている。
最後に、第 5 の教育への投資については、同第 12 条に「1.教育への投資は国家の
開発への投資である」と定め、ベトナムの開発において教育が主要な地位を占めること
を明示している。さらに、
「2.国は国外の組織、個人(海外定住ベトナム人等)および国
内の個人、組織が教育に投資することを奨励する。また国は教育への投資活動を優先す
る」、「3.教育への投資において国は主要な割合を占める」とあり、国家が主導しつつも
国内外の多様なアクターによる教育への投資を奨励している。
4.「教育の社会化」政策の実態-メーリングサーベイ調査より
では、現在ベトナムにおいて「教育の社会化」政策はどのように実施されているので
あろうか。また、どのような困難をともなうものであろうか。本研究プロジェクト「ベ
トナム基礎教育研究会(JASTBEV)」では、ベトナム教育訓練省(Ministry of Education
and Training: MOET)と共同研究 39を企画し、「教育の社会化」政策の実態について郵
送法による質問票調査(メーリングサーベイ)を実施した。教育訓練省より各省の教育
訓練局(Department of Education and Training: DOET)に質問票を配布し、それにそ
の省での全日制への移行の現状について解答してもらうこととした。配布した省は 63
省であるが、そのうち 38 省より有効回答を得る事ができた。回収率は 60%である(但し、
質問事項によって有効回答数は異なる)。
(1)「教育の社会化」の開始時期と地域社会からのイニシアティブ
まず、各省における「教育の社会化」の開始時期について、非常に興味深いデータが
得られた(有効回答数は 29 省)。
「国家の諸活動(公共サービス)の社会化」が公式に決議さ
れた 1996 年の第 8 回党大会以降に「教育の社会化」をスタートさせた省はごく少数で、
アンザン(An Giang)省(1996 年)、バックリエウ(Bac Lieu)省(1997年)、ハイズン
(Hai Duong)省(1998 年)、キエンザン(Kien Giang)省(1999 年) 、ビントゥアン(Binh
Thuan)省(2000 年)、ザーライ(Gia Lai)省 (2004 年)の 5 省、1998 年教育法以降と
なるとわずか 3 省である。他方、残りの 24 省のうち、23 省(全体の 80%)はドイモイ政
策以降~第 8 回党大会(1997 年~1995 年)の期間に「教育の社会化」をスタートさせ
ている。
39 本共同研究にあたっては、ベトナム教育訓練省副大臣 Dang Huynh Mai 氏の認可のもと、カウン
ターパートとして同初等教育局長の Trinh Quoc Thai Nguyen 博士および同初等教育専門官 Thi
Hong Hanh 氏の多大なるご協力を得た。謝して記したい。
126
図7.1 「教育の社会化」の実施状況
つまり、
「 教育
0%
0%
の社会化」政策
は共産党中央や
11%
政府のトップダ
成功裏に実施
ウンによってス
困難をともなって実施
タートしたので
計画中
はなく、ドイモ
イ政策がもたら
した経済社会の
計画なし
89%
変化に対し、地
域社会のイニシ
アティブによって自発的に始められた教育改革であり、これを後から党中央や政府が制
度化・法制化する形で国家政策にしたと見ることが出来る。実際、筆者らの省教育訓練
局に対する聞き取り調査においても、Quang Ninh クァンニン省等では、国家によって
「教育の社会化」政策が提示される以前から、自発的に社会全体による教育開発への取
り組みがなされていたことが確認されている。
(2)「教育の社会化」政策の実施状況と課題
では、「教育の社会化」政策はどのように実施されているのであろうか。有効回答数 35
省のうち、「成功裏に実施している」と回答したのは 4 省、「困難をともなって実施」と
回答したのは 89%にあたる 31 省であった(図 7.1)。なお、
「教育の社会化」の実施を「計
画中」または「計画なし」と答えた省は存在せず、全ての省が何らかの形で実際に「教
育の社会化」に取り組んでいることがわかる。
(3)「教育の社会化」における重要な活動
では次に、「教育の社会化」政策を地域レベルで実施するにあたり、主な活動の中で
どのような活動が重要視されているのであろうか。これを示したものが(図 7.2)であ
る。
まず、「教育の社会化」活動としていずれの省においても優先順位が高いのは、「学校
建設・修理」および「就学、中退防止キャンペーン」である。
「学校建設・修理」につい
ては、51.5%の省が、「就学、中退防止キャンペーン」については、42%の省が優先順
位第1位としており、これらの「教育の社会化」活動は全国的にみて重要度が高いとい
える。実際筆者らの省教育訓練局や現場の小学校での聞き取り調査においても、
「学校建
設・修理」のための積み立てはごく一般的に行われている。また、ベトナムにおいては
共産党の大衆組織(後述)の役割が大きく、新学期等では「就学キャンペーン」が大々的
に展開されている。
127
図7.2「教育の社会化」の活動と優先順位
(活動)
学校経営への保護者・コミュニティ参加
就学困難児童支援
1位
2位
3位
4位
5位
6位
7位
学習奨励キャンペーン
就学、中退防止キャンペーン
教員の追加給与
学校設備・教材
学校建設・修理
0%
10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%
(優先順位シェア)
次に、いずれの省においても優先順位が低かったのは「教員の追加給与」で、74%の
省において優先順位は最下位の 7 位となっている。その理由の一つにはベトナムにおけ
る新カリキュラムにおける全日制の導入がまだ十分に普及していないためであると解釈
できる 40。「教員の追加給与」が発生する理由は全日制の導入にともうものである。第 1
に、音楽、体育、美術等特別教科の教員の雇用や、第 2 に、以前は二部制で半日しか勤
務していなかった教員の終日勤務にさいし、政府は給与を提供しないため、地域社会が
この分の資金を自前で調達する必要がある。したがって、今後全日制が普及するにした
がって、この「教員の追加給与」のための「教育の社会化」活動はより重要度を増すと
考えられる。
また、
「学習奨励キャンペーン」および「就学困難児童支援」については優先順位第 1
位は少ないものの、中位(4 位)までにあげている省は「学習奨励キャンペーン」が 73%、
「就学困難児童支援」が 55%にのぼる。これは、筆者らの聞き取り調査によれば、教育
開発支援のためのボランタリーな組織である学習奨励会(後述)が地域社会において組織
され、成績優秀者への顕彰や貧困等による就学困難者への奨学金支給を行っている活動
が一般化していることを示すものである、と解釈できる。
(4)「教育の社会化」のステークホルダー
40 筆者らの調査によれば、80%以上の学校が全日制を導入している省は7省,50%~80%未満の省が
5省,20%~50%未満の省が 11 省、20%未満の省が 13 省である。詳細は本報告書第 2 章「現状と課
題」を参照。
128
次に、
「教育の社会化」政策の実施にあたってはどのようなステークホルダーが重要で
あると省教育訓練局は考えているであろうか。これを示したものが図 7.3 である。
まず際立っているのが「地域コミュニティ」と「保護者」の重要性である。
「地域コミュニティ」については 50%、
「保護者」については 42%の省が最も重要
(ステーク・
ホルダー)
図7.3「教育の社会化」のステークホルダー
NGO
企業
1位
2位
3位
4位
5位
6位
大衆組織
地域コミュニティ
保護者
学習奨励会
0%
20%
40%
60%
80%
100%
(優先順位シェア)
なステークホルダーと考えている。さらに、優先順位 1 位・2 位を合わせた場合は、前
者が 83%、後者が 72%の省が重要であると考えている。筆者らの聞き取り調査でも、
「教
育の社会化」の実施にあたっては、草の根レベルでの活動が重要であり、また、地域の
学校がコミュニティや保護者と密接に結びついて「教育の社会化」を推進していること
が明らかとなっている。
次に、ベトナムの「教育の社会化」においてユニークな存在である、
「学習奨励会」と
「大衆組織」についてみてみよう。両者ともに最優先としている省は少ないものの、中
位(3 位)以上の優先順位をつけている省は前者が 52%、後者が 53%と半分を超えている。
筆者らの聞き取り調査によれば、学習奨励会や大衆組織(祖国戦線、女性同盟、ホーチミ
ン青年同盟等)は「教育の社会化」活動に人々やコミュニティが参加する際のコーディネ
ーション組織(中間組織)としての役割を担っており、その意味で重要なステークホルダ
ーであると理解される。
最後に、
「企業」や「NGO」の優先順位は高いとはいえない。だが、後述のとおり、
クァンニン(Quang
Ninh)省のケースのように、企業が「教育の社会化」に極めて大
きい役割を果たしている場合もあり、地域によって格差があるものと理解できる。NGO
については、近隣のカンボジアやタイに比べたばあい、社会主義体制のベトナムにおい
ては NGO の活動は活発とは言えないが、この点につき今後の調査が必要である。
129
(5)「教育の社会化」にともなう困難
では最後に、
「教育の社会化」政策の実施にともなう困難について検討していきたい
(図 7.4)。まず、「教育の社会化」政策に対する「明確な思想、展望、意思」が欠如し
ている場合、その実施には大きな困難がともなうことがわかる。45%にあたる省がこれ
を優先順位第 1 位にあげている。既にみたように、「教育の社会化」政策は中央政府か
図7.4「教育の社会化」にともなう困難
(困難な点)
その他
1位
2位
3位
4位
5位
ステークホルダーの参加の欠如
ニーズの欠如
ノウハウ・運営の欠如
明確な思想、展望、意思の欠如
0%
20%
40%
60%
80%
100%
(優先順位のシェア)
らのトップダウンによって打ち出されたものではなく、むしろ地域レベルでの教育改革
の取り組みが事後的に中央政府によって制度化されたものである。したがって、各省や
地域社会にとっては自分たちなりの「教育の社会化」に対する思想、ビジョン、意思を
持つことが重要であり、これが困難につながっていると考えられる。同様のことは「ノ
ウハウ・運営の欠如」にもいえると思われる。
次に、「教育の社会化」が、社会全体の参加によるものである以上、「コミュニティ、
保護者等のステークホルダーの参加」がないと、困難をともなうことが改めて確認され
る。「ステークホルダーの参加の欠如」を困難の第 1 位にあげた省は 42%で、第 2 位と
あわせると 82%の省が重要視していることがわかる。
また、
「ニーズの欠如」はさほど重要ではなく、これは裏返していえば「教育の社会化」
に対するニーズが十分存在していることを示しているといえる。
最後に、
「その他の困難」として多くの省が高い優先順位をつけていたのが、経済上の
困難である。具体的には「住民の所得が低いため、寄付が望めない」、「地域に教育に寄
付をしてくれるような有力な企業がない」(タイビン Thai Binh 省)等が代表的意見で
あった。また、
「 山岳地帯等の地理的困難により就学が困難」
( ライチャウ Lai Chau 省)、
「子どもの就学に対する保護者の意識が低いこと」(ソンラーSon La 省)も「教育の社
会化」を実施するうえでの重要な困難であり、この点についてはさらに検討が必要と思
130
われる。
5.地域社会における住民参加と民活による教育の社会化
(1)「教育の社会化」の 2 類型:住民参加型と民活型
では、
「教育の社会化」政策は地域社会において具体的にはどのように行われているの
であろうか。筆者らの現地における聞き取り調査に基づき、分析していこう 41。
「教育の
社会化」には次の 2 つのタイプに大別されると考えられる。
第 1 に、住民参加による「教育の社会化」であり、保護者など住民自身あるいは住民
組織、大衆組織が学校建設等の教育コストを負担、教育活動に参加ものである。第 2 に、
民活による「教育の社会化」であり、これは地元の企業が省教育訓練局や学習奨励会、
労働組合等の大衆組織と協力して学校建設等を支援するタイプである。勿論、全ての社
会化がこれら 2 つに分類されるわけではなく、その複合型もある。
では次に、それぞれのタイプについて代表的ないくつかの省の事例をとりあげて検討
していこう。
(2)住民参加による「教育の社会化」のメカニズム:「複合的社会主義ソーシャルキャ
ピタル」
既にみたとおり、
「教育の社会化」はトップダウンによる上からの教育改革というより
も、地域社会のイニシアティブにより自発的分権的に推進されてきたものであり、それ
を中央政府が改めて公認したという色彩が強い。その典型例が学校建設費の積み立てで
ある。
「教育の社会化」の活動として、学校建設・修繕は大きな優先順位があり、主要な
ステークホルダーである保護者やコミュニティが担ってきた。これに対し、2003 年に政
府は「財源調達単位」(Revenue Raising Unit)を設定し、学校、病院などの公的な施
設に、料金、使用料などを徴収する権限を公認した。これは地域レベルで行われてきた
教育のコミュニティ・ファイナンシング等の地元負担を中央政府が後追いで公認したも
のである。つまりベトナムにおいては社会主義体制のもとで教育をはじめとする社会サ
ービスは全て行政が提供するというタテマエとは裏腹に、現実としては住民自身を含め
地域社会がこれを担うようになってきており、中央政府も公に認めるようになったこと
を示している。
地域社会における「教育の社会化」において、保護者やコミュニティとともに、学習
奨励会(School Encouragement Association)や大衆組織の役割も重要である。ベトナ
ム国教育訓練省(MOET)によれば、ハーナム(Ha Nam)省は「教育の社会化」が最
も成功している地域といわれているが、そのファシリテーターとなっているのが学習奨
励会である。
学習奨励会は地域の教育振興のコンソーシアムであり、省教育訓練局やその OB/OG と
41 本稿では 3(2) で述べた「教育の社会化」政策の 5 つの論点のうち、主に「教育への社会全体の参
加」について論じる。
131
いった行政関係者はもとより、地元の大衆組織、企業の代表が参加している。子どもの
就学促進、大衆宣伝、学校建設の支援、奨学金の支給等の活動を国、省、郡、コミュー
ン、学校の各レベルで行っている。組織としては行政からは独立しているため、自発的
組織(Voluntary Organisation)であるといえるが、省教育訓練局とは密接なパートナ
ーシップを組んで活動している。
また、ベトナムには多くの大衆組織が存在し、教育開発を支援している。ベトナム
社会における大衆組織の役割は非常に大きく、ベトナム国憲法 9 条は「ベトナム祖国戦
線、ベトナム労働組合連合、ベトナム農民組合、ホーチミン青年同盟、ベトナム女性同
盟他の会員団体(大衆組織)は国家の確固たる支柱である」と規定している。
こうした学習奨励会や大衆組織はベトナム社会の個人や組織をネットワーク す る
機能を果たすとともに、社会主義体制の下での発展を促進する価値規範を示している。
即ち、ベトナムにおけるソーシャルキャピタル 42 (social capital)の重要な担い手と考え
られる。ソーシャルキャピタルとは「人々の調和の取れた行動を促進するような、信頼、
規範、ネットワーク」と定義される(Putnam 1995)。即ち、ソーシャルキャピタルと
は社会経済発展をもたらす人々の行動を促進するような制度、関係、価値、態度であり、
それは社会にある諸々の制度の単なる集まりではなく、人々や諸制度を繋ぐ、社会にお
ける「糊(glue)」のようなものであるともいえる(World Bank 1998)。ソーシャルキャ
ピタルは他の資本とりわけ人的資本(human capital)の形成にも大きく影響を与え、また、
学校を取り巻くコミュニティのソーシャルキャピタルは学校教育の成果にも影響を与え
る(Coleman 2000)。
ベトナムの場合、学習奨励会や大衆組織によるネットワークは相互に重層的に関係し、
それが地域社会の結束やひいては教育を含めた社会開発の基盤となっている。学習奨励
会や大衆組織は様々な寄付、募金活動等をつうじて財政的に学校運営を支えるのみなら
ず、就学キャンペーンや保護者の啓発等の活動をつうじて、精神的、社会的に地域の結
束を強め、就学を促進している。
例えば、ターイグエン(Thai Nguyen)省のニャーチャン(Nha Trang)小学校の
場合、教員は校長のみ男性であるが、他の教員はすべて地域住民の女性で、全員大衆組
織である女性同盟に加盟している。この学校では、女性同盟は、就学困難家庭への奨学
金支給や、女性教員への給与補填の他、学校の運営に必要な様々な資金調達のための活
動をおこなっている。また、興味深いことに、教員は女性同盟だけでなく、前述のよう
な様々な大衆組織に参加しており、一人当たり平均 5-6 の大衆組織の活動にかかわって
いる。
つまり、ベトナムにおいては、社会主義体制における様々な大衆組織に重層的・複
合的な関わり、即ち、
「 複合的社会主義ソーシャルキャピタル」
( Complex Socialist Social
Capital) が形成されており、社会としての絆が強まり、これが地域社会において「教
育の社会化」を推進する地域社会の基盤となっていると考えられる。
42 直訳すると「社会資本」であるが、いわゆる社会インフラ (social infrastructure) と区別するため、
「社会関係資本」と訳されることもある。
132
(3)ハーナム(Ha Nam)省における女性同盟の住民参加型の事例
では、地域社会における大衆組織の教育における役割について、ハーナム省の女性同
盟のケースを見てみよう。女性同盟は教育開発のハードの支援と同時にソフトの支援に
おいて非常に重要な役割を果たしている。主な活動としては、1)女性(母親)に対する
子どもの就学の重要性に関する教育と、就学への働きかけ、2)女性に対する学校建設へ
の資金提供の呼びかけ、3)貧困層の就学支援のための資金集め等である。また、4)女
性を中心とした住民自身によるノンフォーマル教育(Non-Formal Education: NFE)の
試みとして、チャリティ学級も行っている。
このチャリティ学級は就学が困難な貧困層に対して教育の機会を与えるものであり、ノ
ンフォーマルではあるが、カリキュラムや試験は省の教育訓練局が定めたものに準じて
いる。
例えば、フーリ(Phu Ly)コミューンでは 3 年前よりチャリティ学級を実施し、貧困
層 36 名に初等教育ないし前期中等教育の教育機会を提供してきている。このチャリテ
ィ学級には子どものみならず、貧困や農作業等で就学の機会が得られなかった大人も来
ており、中には 4-50 代の人もいる。また、チャリティ学級は既に見たようにフォーマ
ル教育のカリキュラムを踏襲しているので、生活が困難な次期に一時的にチャリティ学
級に通い、その後、フォーマル教育に復学するものもいる。
チャリティ学級の運営方法については、コミューン型と、学校併設型がある。前者は
文字通りコミューンや女性同盟といった地域社会が主体となって運営するものであり、
資金は住民や同盟員からの寄付でまかなわれ、教室はコミューンセンター等が利用され
ている。後者は日本で言う「学童保育」施設のようなものであり、政府が資金を提供し
ている。教員はボランティアの定年教員中心だが、中には現職教員もいる。ハーナムの
女性同盟としては、こうしたチャリティ学級に熱心に取り組み、2003-4 年度には 30 ク
ラス、180 名の児童を受け入れるまでになった。
以上みてきたように、ベトナムにおいては、女性同盟等の大衆組織が保護者やコミュ
ニティの参加を促し、教育の社会化に重要な役割を果たしている。
(4)民活による「教育の社会化」のメカニズム
次に、地域社会における民活による「教育の社会化」についてみていこう。UNESCO
の世界遺産ハロン湾で有名な クァンニン 省は「教育の社会化」発祥の地といわれる。ド
イモイ以前の 1980 年代初頭より社会化に取り組み、その成功モデルが中央に認められ、
全国に波及した。ベトナム戦争後、国土が荒廃し、教育も衰退したさいに、地元の鉱業
企業がその復興のために教育支援や人材確保を始めたのがきっかけとされる。
クァンニン 省において社会化を先駆的に推進した初等教育局長 Le Dinh Hung 氏に
よれば、民活による「教育の社会化」には次の3要素があるという。即ち、①校舎等学
校施設の建設を支援し、②コミューンと企業の協力し、それを通じて、③企業(この地
域では鉱業)に役に立つ人材の育成と雇用の創出を行うというものである。
133
民活による「教育の社会化」のメカニズムは次の通りである。まず、省の教育訓練局
や郡の教育訓練委員会(Board of Education and Training: BOET)が教育計画を立案
する。この計画を実施する上で、学校、コミューン、企業の連携を省訓練局や群訓練委
員会が仲立ちとなって促進し、企業が学校に資金提供する、というものである。
(5)Ha Nam 省の BUT SON セメント会社の事例
では、民活による「教育の社会化」の事例として、Ha Nam 省の BUT SON セメント
工場の事例を見てみよう。
BUT SON 会社は省における最重要産業として行政と密接な関係を持っており、
「教育
の社会化」をはじめ省が進める諸施策に積極的に協力している。BUT SON 社は 1990
年より社会貢献活動を活発に行っており、2004 年の実績としてはハーナム省の山岳部を
中心に学校建設を行った。
BUT SON 社による教育の社会貢献は、会社の利益の一定額から「福祉基金」として
支出する場合と、労働組合が中心となって給与から支出する場合の 2 種類がある。支援
の内容は学校建設等のハードのみならず、ソフトの支援についても熱心で、優等生の表
彰、会社訪問の受け入れ、障害のある学生や貧困層に対する物的援助・資金援助等があ
る。学校学期のはじめの「教員の日」には、組合員が学校を訪問し教師と意見交換を行
い、学校側のニーズを把握するよう努めている。
ベトナムにおける重要な大衆組織である労働組合による活動も活発である。労働組合
員は 1 ヶ月の給料のうち 1 日分を社会貢献活動に捧げ、通学困難地域の児童のための交
通手段の支援、優等生の表彰、サマーキャンプ等をつうじて、学校を支援している。
以上みてきたように、ベトナムの「教育の社会化」活動においては企業も地域社会の
一員として行政や学校、労働組合等の大衆組織と協力して、教育開発に積極的に取り組
んでいる。
6.「教育の社会化」政策が直面する諸問題
以上みてきたように、ベトナムにおいては地域社会において社会全体の個人や組織が
教育開発に取り組む、「教育の社会化」政策が推進されている。だが、「教育の社会化」
は以下に述べるような様々な問題を抱えている。
(1) 教育を受ける権利との関係
先のダカールで開催された「世界教育フォーラム」は「無償で」
「質の高い」初等教育
の普遍化が目標とされた。ベトナム政府が現在取り組んでいる全日制への移行もダカー
ル宣言と同様に初等教育の質の向上をねらったものである。だが一方、「教育の社会化」
政策は、保護者や地域社会の教育コストの負担を求める実質的な一部有償化であり、ダ
カール宣言の「無償」の目標と照らした場合に疑問が残る。
とはいえ、ベトナムの現実の問題として「教育の社会化」なしに教育の普遍化や全日
制導入等教育の質の改善は困難であり、また、
「教育の社会化」は、住民や地域社会の参
134
加やオーナーシップを促進する側面もある。むしろダカール宣言でいわれた「初等教育
の無償化」それ自体を検討していく必要があると思われる。
(2)地元負担と地域間格差
「教育の社会化」の推進は、地域格差を広げる危険性を孕む。経済力があり、住民の
要望が強い地域ではよりいっそう「教育の社会化」が進み、全日制への移行等教育の質
の改善がもたらされる一方、そうでない地域は従来通りの二部制にとどまる。その結果、
省間、省内、地域内等の格差が広がる恐れがある。
また、
「教育の社会化」を担う保護者の意識や参加の温度差がある。一般に、経済的に
余裕のある都市部では、全日制を望む保護者が多いが、逆に経済的に厳しい山間部では、
必ずしも保護者は全日制を望んでいないケースもある。
こうした省内格差、地域間格差については省や郡レベルで調整しているところもある
が、ベトナム全体の教育の普及と質の向上の視点に立ったシステムについて検討する必
要があるといえる。
(3)減免措置と全日制
「教育の社会化」は直接的には住民(保護者)の学校に対する負担増を招く。学校は
学校建設積立金等様々な名目で保護者から資金を調達する。これらの支払いは義務であ
るが、これを放置すると社会階層間の格差を招くため、貧困層や社会的弱者(障害者、
孤児)などには減免の措置がある。だが、地域が貧しければ貧しいほど、減免措置をう
ける家庭が増え、そのことによって、学校の収入がへり、校舎の建設・修繕や全日制移
行のための追加教員給与の負担は困難になるというジレンマを抱えている。
(4)近代化と社会構造や意識の変化
既にみたように、大衆組織は住民やコミュニティの参加による「教育の社会化」にお
いて重要なネットワーク機能を果たしている。大衆組織は財政面だけでなく、意識面に
おいても人々の社会的結束を高め、
「教育の社会化」への参加を促進してきた。だが、皮
肉なことにドイモイ政策による市場経済化と経済成長のもう一つの側面として、社会主
義的イデオロギーの求心力の低下や、就労形態の変化により、住民の大衆組織への参加
が減少・衰退するおそれがある。
7.おわりに
以上、検討してきたとおり、ベトナムはいま初等教育の普遍化の最終段階にあり、も
っとも困難な「最後の 5%問題」に直面しているとともに、工業化社会に対応できる人
材を育成するため全日制への移行による教育の質の向上に迫られている。こうした課題
は、ベトナムにとどまらず、「万人のための教育」(EFA)を達成しようとする国際社会
の課題と共通している。
135
また、こうした質・量両方の教育課題に対し、ベトナムにおいて推進されている「教
育の社会化」は社会主義国におけるユニークな側面と、世界の教育・社会開発の潮流に即
した側面の両方を併せ持つものである。第 1 に、公共サービスの担い手の変化である。
従来、公共サービスは行政、特に社会主義国においては中央政府が担うものであった。
しかし、国際的な潮流は公共サービスの分権化と担い手の多様化である。ベトナムにお
いては「国家の諸活動の社会化」とくに、
「教育の社会化」というユニークな政策が提唱
され、社会全体のあらゆる個人や組織による教育開発がすすめられているが、これは、
まさに公共サービスの分権化や担い手の多様化の世界的潮流に合致するものである。
第 2 に、世界銀行が推進する貧困削減戦略においては、コミュニティ主導の開発、と
くに教育においては教育へのコミュニティ参加やコミュニティ・ファイナンシングが重
視されている。また、その社会的基盤として、社会における人々や組織を経済社会発展
のためにネットワーキングし結束させるソーシャルキャピタルが注目されている。ベト
ナムにおいては「教育の社会化」はトップダウンの政策ではなく、地域社会からスター
トしたものであり、その主たる担い手としては同様に住民やコミュニティが重要である。
また、
「教育の社会化」を可能とする社会的基盤としては、社会主義体制下の学習奨励会
や大衆組織のもつ住民やコミュニティの求心力であり、こうした組織が重層的に重なる
ことによってベトナム社会主義独特の強固なネットワークと結束即ち「重層的社会主義
ソーシャルキャピタル」が築かれている。
以上みてきたように、ベトナムの「教育の社会化」政策は、社会全体の参加(Education
by All: EBA)による「万人のための教育」(Education for All:EFA)の推進であり、社会
主義国やアジアの国々のみならず、初等教育の普遍化と質の向上にとりくむ途上国の教
育開発政策や、これを支援する国際機関・政府機関・NGO 等の国際協力政策にも大き
な示唆を与えるものである。
最後に、今後の研究課題について簡単に示しておきたい。第 1 に、「教育の社会化」
に関わる多様なステークホルダーの役割に関する研究である。本調査では省教育訓練局
や学習奨励会、大衆組織、学校に対しては質問票調査および多くのインタビュー調査を
行ったが、紙面の都合でその全てを必ずしも紹介できなかったので、機会をあらためて
検討したい。また、保護者やコミュニティに関してはその役割の重要性は十分認識した
ものの、詳細な調査が出来ていないので、世帯調査やコミュニティにおける参与観察等
の調査を行っていきたいと考えている。
第 2 に、初等教育における「教育の社会化」と中等教育あるいは労働市場との関係に
関する研究である。本研究の中心課題である初等教育の普遍化の問題は中等教育や労働
市場とリンクしており、この点も含めて検討する必要がある。と同時に、初等教育のみ
ならず、中等教育や高等教育においてどのように「教育の社会化」がすすめられている
のか、初等教育における「教育の社会化」との比較において研究することも重要である
と考える。
第 3 に、「教育の社会化」と、他の公共サービスの「社会化」との比較および貧困削
減等の上位政策との関連に関する研究である。本稿で検討したように、
「社会化」は教育
136
に限らず、国家の諸活動(公共サービス)全般において導入されているものである。他
セクターにおける「社会化」の実態や課題を「教育の社会化」との比較中で浮き彫りに
していくことは重要であると考える。また、こういった教育や他の公共サービスの社会
化が、上位政策である「万人のための教育行動計画」(EFA Action Plan)や「包括的貧困
削減戦略」(CPRGS)とどう関係し位置付けられるかについても検討していく必要があ
る。
第 4 に、ベトナム以外の国々における教育あるいは公共サービスの「社会化」、分権
化との比較研究である。既にみたように中国においてはベトナムと同様「社会化」が進
められている。また、公共サービスの分権化や社会の多様なステークホルダーの参加は
共通の課題であり、ベトナムを一つの定点観測地としつつ、他国との比較も行ってみた
い。
最後に、
「教育の社会化」あるいは「公共サービスの社会化」に対する、援助機関の役
割や政策に関する研究である。本調査では世界銀行や国際協力機構(JICA)へのインタ
ビューも行ったものの、補足的な調査にとどまった。また、NGO の調査はほとんど出
来ていない。今後は、国際機関・政府機関・NGO 等の援助機関がベトナムにおいてど
のように「教育の社会化」あるいは「公共サービスの社会化」を推進しているか、推進
していくべきか、また、ベトナムの「教育の社会化」あるいは「公共サービスの社会化」
を他国の教育・社会開発協力にどのように役立てて行くか等について研究を深めて行き
たいと考えている。
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138
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以上
139
第8章
ベトナム「寺子屋教育=CLC」ワークショップ参加に関する報告
石崎光夫(JICA 大阪国際センター)
現在、文字の読み書きのできない人が、世界全体では約8億人いるとされている。社
団法人日本ユネスコ協会連盟は、これまで一人でも非識字者を減らす目的で、世界各地
に地域学習センターを設置する「寺子屋運動」を展開してきた。この活動は世界各地に
またがっているが、そのなかにベトナム北部山岳地帯を対象にするものがある。ディエ
ンビエン省・ライチャウ省をはじめとして、北部8省に、寺子屋(Community Learning
Center)を建設する活動が続けられている。ベトナムでの識字教育の一端を理解するた
めに、本研究ではメンバーを派遣して、その活動を視察するとともに、ベトナムの社会・
教育に関する情報収集に努めた。本章はその時の視察報告である。視察期間は平成 15
年 11 月 25日から 11 月30日まで、うち前半3日間は討議および意見交換、後半3日
間はベトナム北部山岳地域(Lai Chau 省)における寺子屋教育プロジェクトを視察した。
1.
主催者
z
National Federation of UNESCO Associations in Japan(NFUAJ),
z
Vietnam National Commission for UNESCO(NATCOM),
z
UNESCO Asia & the Pacific Regional Bureau for Education(UNESCO
Bangkok Office),
z
UNESCO Hanoi Office,
z
Ministry of Education and Training of Vietnam,
2.
z
参加者
世界寺子屋運動(World Terakoya Movement=WTM)参加国のCLCプロジェ
クト責任者(アフガニスタン、インド、ネパール、ベトナム、カンボディア)
z
UNESCO Bangkok 事務所との協力で実施中のCLCプロジェクト実施国のプ
ログラム.オフィサー(中国、インドネシア、パキスタン)
z
ベトナム北部山岳地域CLCプロジェクト関係者(ベトナム側および NFUAJ)
ならびに同国中央高原地域実CLCプロジェクト関係者(ベトナム側および
UNESCO)
140
3.ワークショップ開催の背景
z
日本の寺子屋教育の手法をモデルにCLC(Community Learning Centre)の
概念が生まれ、ノンフォーマル教育の有効な手段としてUNESCO傘下のも
と、アジア太平洋地域諸国でこの手法が試行的に導入されている。
z
世界寺子屋運動(WTM)のもと、CLC活動の普及に牽引車的な役割を果た
してきた日本 UNESCO 協会連盟(NFUAJ)は、1989 年以降開発途上国42
か国で400件のプロジェクトを支援してきた。この中で昨今脚光を浴びてい
るのが昨 2003 年 3 月終了したベトナム「北部山岳地域における成人識字振興」
プロジェクト(「ライチャウ省寺子屋」プロジェクト)である。
z
従来と異なり、NFUAJ がライチャウ省のプロジェクトサイトに事務所を開設。
ベトナム側カウンターパートとの緊密な連携体制を構築しつつ、フィールドに
軸足を置いた協力を展開した。この結果、NFUAJ は更に多くの知識と経験を
蓄積した。
z
今回のワークショップ開催は、
「ライチャウ省寺子屋」プロジェクトの終了を機
会に、これら蓄積された寺子屋教育の運営等に関するノウハウや経験および教
訓をを関係者間でシェア-したいという、NFUAJ および UNESCO 関係機関の
思いが込められていると思われる。
4. ワークショップ開催の主な狙いおよび目的
寺子屋活動に取り組んでいるベトナムはじめ近隣アジア諸国のプロジェクト担当者
(民間団体関係者等)を招き、開催地ベトナムで実施中のCLC活動をケーススタ
ディーとして取り上げつつ、各国がこれまで積み上げてきた多様な経験やノウハウ
を相互に分かち合うことにより、同事業の今後の改善および普及に役立てることを
主な狙いとしている。
このためワークショップは、以下の事項を主な目的として開催される;
z
寺子屋教育(以下「CLC」と呼ぶ)に従事している参加者の資質向上を図る。
z
CLC 運営、地域社会の参加、資源の動員、政府と NGO 間のコーディネーショ
ン等に関するフィールド活動の経験や教訓について相互に学びあう。
z
当該地域社会(コミュニティ)の人々の生活の質的向上を図る手段として、CLC
活動を通じたノンフォーマル教育の有効性を再確認する。同時にこのことを多
くのステークホールダーに訴える。
141
z
このため、ベトナムなど、CLC の全国普及に踏み切った国々の実情および政策
決定に至るプロセスをケーススタディーとして取り上げながら、CLC プログラ
ムを組織的.制度的側面から拡充する有効的な手法について模索する。
5. 主要課題に係わる討議概要
別添「ベトナム『寺子屋活動』ワークショップ➠主要課題に係わる討議概要」参照の
こと。
6. 所感
1)日本ユネスコ協会連盟(NFUAJ)が JICA との連携協力(JICA 開発パートナー事業の
第一号)のもと、平成12年 4 月より今年まで3年間にわたり、ベトナム北部山岳地
帯で成人識字振興プロジェクト(Project for Promotion of Adult Literacy in the
Northern Mountainous Region)を実施し,所期の目的をほぼ達成した。
その結果「寺子屋教育」はノンフォーマル教育の効果的な手法として評価され、教
育訓練省が 2015 年までにベトナム全国津々浦々の村々に寺子屋(Community Learning
Centre ) を 設 置 す る 旨 の 政 策 決 定 を 下 す に 至 っ た ( National Education for All
Programme/Action Plan)ことは高く評価されよう。
2)NFUAJ はこれまでもインド、ネパール、カンボジアなど東南アジア諸国で「寺子屋
教育」支援事業を展開して来たが、その協力手法は何れの場合も当該国の NGO によ
る識字教育など、インフォーマル教育活動に対する資金供与が主であった。一方、ベ
トナムに対する上記プロジェクトの場合は、NFUAJ が現地に事務所を構え、要員を送
り込んでプロジェクトの推進に当るなどの力の入れようであった。➠この経験から、
NFUAJ 自身としても従前の支援手法では得られなかった教々の教訓や経験およびノウ
ハウを蓄積したのではなかろうか。
3)今回視察した三つの寺子屋(CLC)は、Tam Duong,Binh Lu 両郡の中心部に位置し、
公教育の小学校や人民委員会の建物に隣接している比較的恵まれた環境にあったよう
に思う。➠
何れのセンターも専従の Facilitator や教員を抱えていないが、識字教
育については近隣の小学校の教員が兼務し、また、スキルトレーニング教科について
は、婦人同盟や農業同盟など同地域に存する大衆組織の関係者が指導にあたっていた。
➠今回視察したCLCは何れも同コミュニティの公的セクターや地元関係団体の力強
い支援を受けながら営まれており、何れの CLC もサスティナビリティーの点では現状
では全く問題ないとの印象を得た。
➠また、聴くところによれば、CLC の Facilitator は開設当初段階では小学校長がそ
142
の役を勤め、その後徐々に当該地域社会の人々に受け継がれて行くケースもあるとの
由であるが、問題は(ワークショップでも取り上げられたように)小学校長達の CLC
運営能力は極めて高いが、大半が Kinh 族出身者であると共に、遠方の他省出身者で
ある場合が多く、本来業務の小学校公務で多忙なため、CLC 業務に全力投球できない
弊害が生じ得ることである。
➠これに対し、地元から選ばれた CLC Organiser 達は、CLC 運営能力は前者に劣
るが、地元の文化、習慣や言葉に精通しており、地元 Resource Person との連絡
調整が旨くいく。CLC プロパーの専業 Organizer(当該コミュニティ在住の人)の
採用が期待される所以でもある。
ましてやベトナム政府が 2015 年までに CLC の全国的普及拡大を政策決定した
以上、Thai のように、CLC 専従の Organizer(プロフェッショナル)を置くべき
であり、ベトナム政府にとってこの問題は避けて通れない課題であると実感した。
4)百聞は一見に如かず。前半行われたハノイのワークショップで取り上げられた課題
のあるものについては、後半のフィールドトリップを通じてより鮮明な理解が得られ
た。しかい、欲を言えば、郡都を離れた、近くに人民委員会や小学校などのない、遠
隔地の瘴癘の地(村人が 3 トン以上の CLC 建築用の資材を背負って運んだ)で活動す
る CLC やその分校(Satellite Centre)の識字教育を初めとするノンフォーマル教育の
実情を見たかった。換言すれば、成功、失敗両方の事例が見たかった。その方が各国
参加者にとってもより参考になったのかも知れない。しかし、それは無理な注文かも
知れない。この日程では。
5)Binh Lu 郡における CLC 視察後、窓外に JICA の無償資金協力で建てられた小学校校
舎を垣間見たが、整備されたこの施設をノンフォーマル教育振興のために活用(⇨夜間
および夏季休暇期間を利用して、識字教育や教員養成研修を行うなど)すべきであろ
う。その結果、同じ日本の支援の下で展開された二つの事業の相乗効果を上げること
が期待できよう。
6)ワークショップを終えて印象に残ったのは、タイ国が新たに始めたノンフォーマル
教育制度である。タイ政府はCLCの教育活動をより効果的たらしめるため、教
育基本法(Fundamental Educational Law)を制定し、ノンフォーマル教育は公
教育と同等の扱いを受けることになった。
➠この結果、学齢期に公教育を受けることが出来なかった子女が、働きながらセンターに通
い、一定の成果を修めれば、公教育の上級の学年(最終的には大学課程まで)への進
級が可能になった。➥
また、公的教育機関からCLCの然るべき課程に編入可能で
143
ある。
✖
日本では中学、高校生の不登校問題が社会問題になっており、これら不登校を受け
入れるノンフォーマル教育施設があるが、公的教育機関との間で制度的な互換性や
連携関係はなく、従ってそこで修めた学業成果は公的には認知されない。➡この意
味で日本における不登校問題の解決にあたり、上記のタイの弾力性のある教育制度
は参考になるのではないか。
以上
別添
ベトナム「寺子屋活動」ワークショップ
―
主要課題に係わる討議概要―
1.CLCとは?
▼1994 年 8 月、NFUAJ は UNESCO PROAP と共催のもとタイ国で「Community
Learning Centre の運営に関するマニアル開発」に係わるワークショップを開催。同マ
ニアルは CLC について次のように定義している;
CLC とは、公教育制度の枠外にあって、村や都市に住む人々のための地域に根ざした
施設であり、地域開発や住民の生活向上のために様々な学習の機会を提供し、施設の設
立および運営は地域住民自身によって営まれる。
(CLC is local institutions outside the formal education system for villagers and
urban areas usually set up and managed by the local people to provide various
learning opportunities for community development and improvement of people’s
quality of life)
▼CLC は単なる識字クラスに非ず。性別、年令、社会的地位、学歴などによる特定グル
ープをターゲットにしたものでもない。当該コミュニティの多様なニーズに応えるべ
く、多機能を有し、以下の多様な活動を行っている;
1) 成人識字教育および継続教育、
2) 不登校の児童に対する補完教育、
3)
収入獲得のための職業技術訓練、
144
4)
生活向上プログラム(保健、道徳教育、法的学習)、
5) 地域図書館,
6) 文化/スポーツ活動,
▼CLCの名称および活動内容は、国によって異なる場合がある(同一国内でも当該コ
ミュニティのニーズにより異なることもあり得る)。
▼CLCと School との違い;
z
School での教育活動は local education office のガイダンスに基づき行われ、
CLCの場合は当該地域社会の責任において行われる。
z
School 運営の財源の大半は、政府予算で賄われるが、CLCの財源の一部につ
き政府補助を受ける場合もあるが、大半はコミュニティの拠出や奉仕によって
賄われる。
z
School 教科は国定カリキュラムによるが、CLCの場合は当該コミュニティ住
民の生活に係わる多様な活動を反映したものとなる。
2.CLC運営委員会(MC)の役割と構成
(CLC Management Committee の発足)
▼CLC は、CLC Management Committee によって企画運営され、政治代表および大衆組織、
教育セクター、村など当該地域社会の関係機関の代表で構成される。
⋜ベトナムの場合⋝
▼CLC Management Committee は「村」の人民委員会主席(村長)を座長に、10
—1 5 人 で 構 成 さ れ 、 各 メ ン バ ー は 小 学 校 、 青 年 同 盟 (Youth Union )、 婦 人 連 盟
(Women’s Association), 農 民 同 盟 (Farmer’s Association, 祖 国 戦 線 (Fatherland
Frontier),保健所、文化関係組織など、当該地域社会の様々な分野の代表者からなる。
3.CLCに求められる課題
1)
活動は当該 community のニーズを反映、
2)
企画運営に関する community の参加と主体性の確立➢創設当初段階からの参加、
(「ライチャオ省寺子屋プロジェクト」の教訓)
▼CLC 開設当初、ノンフォーマル教育や成人学習の趣旨を理解する人少なく、関係者
間で CLC の概念やプロジェクトの目的の共通認識形成に多くの時間を要した。
▼ワークショップを重ねたにもかかわらず、一部の村の CLC-MC 達は、CLC を外部から
のプレゼントとして受け止めていた。
145
▼地域社会の参加は3通りに分類される;
ア)地域社会の住民が、CLC活動に動員される場合、
➥活動が外部の人々、或いは地域社会のリーダー(村長など)によって始められ、
そこに住民が参加を奨励され、乃至は何某かの貢献が求められる場合がある。
➥特に新たな概念や活動が当該地域社会に導入されるとき。
イ)地域社会の住民が、自分の意志で参加する場合、
ウ)地域社会の住民が、CLC の将来活動について決定する場合、
➥この段階にさしかかったとき、CLC そのものと活動は住民達のもの(Ownership の完
成)になったと判断できる(この時点で住民意識が“I feel”から”We fell”に
変わる)➥。CLC マネージャーの役割は、従前の direct organizer の役割から
facilitator の役割にシフトする。
3)
ローカルリソースの動員(Resource mobilisation)
➥“ローカルリソース”は金銭的資源のみに非ず。当該コミュニティの多様なニーズに
応えるため、潜在的資源の開発は肝要。
ラオスの Nanokkhom 村の CLC 建設の場合;
▼貧農の村。金銭的には貧乏な村だが、住民達は夫々の資源を出し合って、CL C
建設に貢献。
▼CLC活動プログラムは、Youth Association, Women’s Union, Association of
Elders など地域社会の大衆組織の協力により作成。
▼また、CLC 建設中に個人や団体が労働力提供などの形で貢献。
▼地域社会はCLCのために古い米倉庫を寄付。
4)
郡教育局(District Education Office)および諸組織間との連携協力体制の構
築、
5)
CLCFacilitator の地元人材の登用、
➽CLC開設当初はローカル人材の速成が困難なため、他省の人材雇用も止むを
得ない選択肢だが、地元の文化、習慣や言葉に精通していないため、教育内容
および受講者との間で不具合が生じる。特に多数の少数民族が混在する地域で、
他所出身の Facilitator が活動する場合は“ドロップアウト者”が輩出するなど、
問題を生じ易い。
4.Capacity Building
1) CLC―MC メンバーの企画運営能力向上の訓練、
2) CLC教師に対する新教授法の訓練(トレーナー.トレーニング)、
146
➽すべての参加国にとりCLCは新しい概念。このため、CLC 活動の中核を担う教
師陣に対するトレーナー.トレーニングは不可欠。
➽また、識字教育および識字後教育の教師ポストに現職および学校教員OB/OG
が就いているケースが多い。問題は教授法が旧来のトップダウン型の指導法にあ
り、成人教育に係わる学習者中心の、参加型の教授法を取り入れたインサービス.
トレーニングを集中的に実施する必要がある。
5.Sustainability
原則的事項
➽ flexible, open, easy access, cost conscious, community-based(➦ central
mechanism of community),
政治的意思(political will)、
1) CLCの制度化(Institutionalisation),
≪ベトナムの場合≫
▼ 政府がCLC設置運営等に関する規程(regulation)を準備中であるなど、政
府がCLCの制度化に積極的な点が目立つ。➠規程草案の具体的な作業が「学
習振興会」
(現役の教育担当高官や退職した教員等がメンバー)という共産党傘
下のNGOが中心に進められたことも特徴的。
▼ The
National
Education
forAll/ActionPlan,Chapter2.3.4(Non-Formal
Education―Target Group4)の項目では,教育レベルの低い成人向けに literacy,
post-literacy, life skills & life long learning の機会を提供する旨規定しており、
かつ、CLC の拡張の必要性に言及している。
2) 政府の財政的支援、
政府から何某かの後押しがあるか否かにより、以下の 3 種のカテゴリーに類別さ
れる;
ア)
政府の強い政策の後押しと予算の支えがある場合、
イ)
政府の支援はあるが、予算的サポートがない場合,
ウ)政府の支援がなく、NGOの支援を受けて稼動している場合、
3) 政治的意思(political will)
147
(ベトナムの場合)
➥既述の通り、ベトナムはCLC設置運営規程(Regulation)の作成準備に加え、
2015 年までにCLCの全国普及の方針を決定するなど“political will”が明確に
示されていて頼もしい。
(タイの場合)
➥政府の強固な意思によって Non-Formal Education が同国の教育制度の枠組み
の中に位置付けられた結果、一般市民の政府に対する依存心が強まり、従前から
あった自ら学ぶ古き良き習慣(Self-learning habit)を見失ってしまった。
この結果、政府予算に占めるNon-Formal Education予算額の割合が年々高まり、政
府丸抱えでは対応困難となり、Non-Formal Educationの活動規模の縮小化を迫られ、
結局、地方自治体(Province)に行政移管せざるを得なかった。
今回のワークショップ参加国は、概ね次の 2 グループに分類される;
a)Top Down 型
CLC の普及活動が、政府の政治的意思(Political Will)によって行われ
ている場合➠
越南、タイが該当。
b)Bottom-Up 型
CLC の普及動活が、地域社会の草の根レベルで NGO 中心に行われている場
合➠
インド、パキスタンが該当
以上
148
終章
普遍化戦略についての提言
以上のような現状を踏まえて、初等教育普遍化のための戦略提言として、以下のよう
な提案が可能である。
分権化を推進し、地方の教育行政・計画立案能力を向上させることが必要である
初等教育就学率がすでに95%という高水準に達した国が、最後に残された5%の児
童に基礎教育を普及させるには、それまでの段階とは異なった手段が必要となる。
最後に残された5%の児童は、背景がそれぞれ異なっている。それは具体的にいえば、
僻地地域の児童、都市貧困家庭児童、障害者、少数民族児童など、さまざまである。そ
の層に基礎教育を普及させ、100%就学率を達成するには、それぞれの層の特性に応じた
対応が必要である。こうした各種多様な状況に対応するには、中央政府ができることは
限られている。省、あるいはより下位の行政体の実態把握能力を高め、教育計画立案能
力を高めることが必要である。
教員養成の水準を通じて、地方レベルでの人材育成が鍵である
現時点でのベトナムには、近代化に必要な知識・技術を持った人材が、決定的に欠け
ている。とくに都市部以外の地域では、この人材不足が目立っている。全国各地にくま
なく人材を配置するためには、小学校教員を戦略人材とみなす必要がある。小学校は全
国各地に配置されており、この網羅的な人材配置網をいかに有効に活用するかという視
点が重要である。こうした観点に立った時、小学校教員の質的向上は、単に小学校教育
の質的向上のみならず、全国各地への知的刺激の伝播、知的モデルの提示、地域の知的
の水準の向上などの点で効果的とみなされる。小学校教員を拠点として全国的な水準向
上を目指す方法が可能である。
中央政府には、教育情報収集能力の向上が求められる
我々の経験では、中央政府もしくは省政府がどの程度の正確さで基礎教育の実態を把
握しているのか、疑問なしとはいえない。これはひとえに教育経営情報システム
(Education Management Information System, EMIS と略称)の不備から生じている。
学校→コミューン→郡教育部→省教育部→教育省という系列のなかでみると、さし当た
ってまず整備が必要なのは、省教育部から教育省での情報の流れである。この間では電
子媒体による情報の交換が必要であるが、63のすべての省でそれが可能な状態にある
149
ようには思えない。
とくに省教育部では、コンピュータの組織的計画的な配置がなされているとは限らな
い。我々の経験では、何らかの国際機構のプロジェクトに参加した時にコンピュータが
配置されるが、そのプロジェクトが終了すると、あとの補充が行われず、古いコンピュ
ータが放置されたままの状態になる場合が多い。またコンピュータの操作可能な人材も
不足しており、国際プロジェクトが終了すると、人材の配置も途切れるものと推定され
る。
学校→コミューン→郡教育部→省教育部の間では、現状ではほとんどが紙ベースでの
情報交換に依存しており、この部分での電子化は、今後ともかなりの時間がかかるもの
と推定される。機材の配置、人員の配置以前に、修理補修などを受け持つ商業ベースで
のインフラが欠けており、その普及が課題と見られる。
地域レベルでのコミットメントを向上・維持する必要性がある
現時点でみるならば、基礎教育の普遍化とその質的向上の鍵を握るのは、コミューン・
レベルのコミットメントである。現在、地域住民、父母はかなりの経済負担を負いなが
ら、基礎教育を支えている。つまり校舎の建設、補修、増設などは、ほとんど地域住民
と父母の負担となっている。このほかに国家財政では給与を払えない部分の教員が、臨
時教員として雇用されている。その教員給与部分は地域住民・父母の負担となっている。
しかしこうした状況が近いうちに解消される見込みはかなり低い。そうである以上、こ
れまで維持されてきたコミューン・レベルでのコミットメントを維持し、さらに強化す
る必要がある。
こうしたコミューン・レベルでのコミットメントの程度によって、かなり大きな地域
格差が生じている。つまりあるコミューンでは、立派な校舎を建て、全日制教育が必要
とあれば、教室を増設し、全日制教育を導入している。しかしその反面、危険な校舎を
放置し、外部からの支援が来るのを待っているように見られるコミューンも見られる。
先に我々は省単位で経済水準、教育の普及程度などの諸指標と、全日制教育の導入の程
度との相関関係を見たが、ほとんど相関が発見できなかった。これは省といった単位で
はなく、コミューン・レベルでのコミットメントの程度が鍵であることを示唆している。
現行の「教育の社会化」運動をさらに促進する方策を講じる必要がある
コミューンでの基礎教育の普及と充実に決定的な役割を演じるのは、
(1)そのコミュ
ーンの経済力、
(2)そのコミューンの政治リーダー達(学校長を含む)の改善意欲、教
育熱、の二つである。村それ自身の経済力のにわかな改善は期待できないが、そこで大
150
きな役割を演じているのが、
「教育の社会化運動」である。これは民間レベルでの創意工
夫に基づいた活動で、各種各様な基礎教育を支援する活動が展開されている。中央政府
にじゅうぶんな資源がない間は、こうした民間レベルでの活動の支持を受ける必要があ
る。
基礎教育の普及のために、中央政府がとるべき手段として、障害者教育についてのガ
イドラインの作成とそれへの財政支援がある
現在ベトナムでは障害児を対象とする教育は、ほとんど措置がとられていない。障害
者の規模、対応可能性など、実情が知られていない。就学率99%を達成させるために
は、障害児をいかに初等教育に組み込むかが一つの鍵である。
障害児を対象とする初等教育を普及充実させるには、障害児の判定基準、障害児を対
象とする学校の設置基準、カリキュラムの設定など、多くの課題があるが、いずれも多
額の人員と時間を必要としている。また、一般的に障害児を対象とする教育は、通常よ
りもはるかにコストが高くなる。それは村、郡などの地域単位の負担能力を超えている。
何らかの形での中央政府のコミットが不可欠である。この障害者を対象とする基礎教育
機会をどれだけ提供できるかで、99%就学率という目標達成の成否がきまるとみるべ
きである。
少数民族地域での基礎教育の普及のためには、教員の定着率を高める方策が必要である
少数民族の居住する地域では、就学率が平均より低く、また中途退学率が高い。その
原因は、少数民族そのものが孤立した生活をしていること、小学校で行われるベトナム
語による教育に適応できないこと、教員が定着しないことなどにある。少数民族のなか
には山間部を移動しながら生活をしている部族もあり、一時期、政府は彼等の定着政策
を行ったこともあった。この定着政策はそれなりの効果を発揮したが、その後、もとも
とその土地に住んでいた部族との間で土地所有をめぐる紛争が生じているとされている。
この問題はデリケイトな内政上の問題で、海外機関には触れられたくないとの意見も聞
かれた。
またベトナム初等教育の一つの特徴は、少数民族を対象とする初等教育でも、第一学
年からベトナム語(キン語)を教授用語としている点である。また教員はベトナム語で
教育できる者であることが前提とされている。そのため、これまで少数民族居住地(同
時に僻地でもある)の教員をいかに確保するかが、大きな課題であった。僻地手当ては
本俸の75%とされているが、それでも教員が僻地に赴任しない理由は、75%の僻地
手当よりも、都市部で期待される副業からの報酬がよいこと、いったん僻地に就職する
151
と都市部に戻ってくることが、ほとんどできなくなること、都市部にある教員養成大学
で教育を受けた者には僻地での生活は、あまりにも落差がありすぎて、適応することが
困難である、などのためである。
少数民族地域(辺地)教員確保のための特別の奨学金制度を検討する必要性がある
少数民族地域の教員確保のために、少数民族のなかから教員養成大学進学者を選び、
卒業後一定期間、へき地で勤務することを義務つけて、奨学金を給付して養成するとい
う方式が、議論のテーマとなった。しかし、ベトナム側の反応は、
「その方法はすでに実
験済み。いったん都市部の教員養成大学での生活を経験すると、僻地にもどる気が無く
なる。なかには家族を呼び寄せ、都市部への定着を図るものも出てくる」というもので
あった。こうした議論のなかで感じた疑問は、僻地・都市部として語られるが、一省内
でそれほど大きな格差があるのか(ハノイ・ホーティーミンと北西部、中央山岳地帯と
では大きいのだろうが)、一省内部での勤務地ローテイションを組むことが、それほど困
難な理由は何か、奨学金授与の条件として、僻地での勤務を義務つけても、その契約が
遵守されない理由は何か(行政機関の権威、もしくは規定拘束力はそれほど弱いのか)、
などである。このようにいくつかの疑問を感じたが、現時点としては情報が不足してお
り、今後より詳細な情報収集が必要である。
152
153
Table 1
Current primary enrollment ratio (%)
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
98.6
95.8
100.0
98.0
99.8
94.5
118.0
108.0
78.7
99.0
99.1
99.8
86.0
80.0
98.5
96.0
92.0
95.2
100.0
98.0
99.5
98.0
97.4
91.0
96.1
111.5
83.0
96.8
107.0
96.5
98.5
98.3
90.2
107.3
93.0
105.9
103.5
154
Table 2
Target primary enrollment ratio by 2010 (%)
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
97.6
100.0
99.0
99.9
105.0
100.0
85.0
97.8
99.5
99.5
99.9
97.0
90.0
99.5
99.0
95.0
99.0
100.0
99.5
100.0
100.0
99.5
98.0
99.0
103.2
96.8
100.0
102.0
99.8
99.0
99.5
95.0
97.5
99.0
99.7
100.0
155
Table 3
Current lower secondary enrollment ratio (%)
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
99.1
94.3
99.9
98.3
97.2
67.6
121.0
57.4
74.9
95.0
97.0
80.5
26.0
50.0
95.2
85.0
96.0
90.6
101.1
90.5
79.4
88.3
90.1
95.5
88.5
81.4
73.6
87.5
83.3
93.6
79.1
87.6
66.1
72.6
67.5
95.6
156
Table 4
Target lower secondary enrollment ratio by 2010 (%)
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
95.8
100.0
99.0
98.0
105.0
80.0
98.0
99.0
99.5
85.0
70.0
97.5
98.0
98.0
98.5
100.0
98.5
84.4
97.0
98.0
98.0
95.0
88.5
81.6
98.0
93.9
97.5
90.0
90.0
90.0
87.8
98.6
100.0
157
Table 5
Current upper secondary enrollment ratio (%)
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
82.5
68.1
65.0
52.6
72.0
37.5
114.0
48.0
92.0
44.0
15.0
70.0
65.8
73.0
57.2
64.0
73.8
78.5
36.0
51.8
43.3
58.0
79.8
36.2
42.0
51.2
48.1
66.9
38.1
38.6
35.4
26.0
36.9
50.0
158
Table 6
Target upper secondary enrollment ratio by 2010 (%)
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
69.4
95.5
60.0
74.0
100.0
60.0
10.2
95.0
60.0
85.0
75.7
90.0
61.0
84.5
80.0
87.5
41.0
70.0
80.0
65.0
90.0
72.6
56.3
69.2
72.4
75.7
50.0
60.0
60.0
70.0
92.4
80.0
159
Table 7
Number of primary schools
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
275
360
279
139
293
155
252
232
131
238
225
195
256
79
268
215
730
29
252
934
287
154
185
126
372
138
299
125
300
269
141
256
306
400
254
170
150
261
160
Table 8
Number of total primary school classrooms
1. Ha Noi
5,824
3. Ha Tay
5,622
4. Hai Duong
4,343
6. Ha Nam
2,162
8. Thai Binh
3,940
10. Ha Giang
3,123
11. Cao Bang
3,476
12. Lao Cai
3,970
13. Bac Kan
1,662
16. Yen Bai
3,021
17. Thai Nguyen
3,148
19. Vinh Phuc
2,728
20. Bac Giang
4,166
23. Lai Chau
1,986
24. Son La
5,360
25. Hoa Binh
3,590
26. Thanh Hoa
9,987
10,077
27. Nghe An
29. Quang Binh
2,954
32. Da Nang
2,202
33. Quang Nam
4,484
36. Phu Yen
2,308
38. Gia Lai
3,969
39. Kon Tum
161
1,942
40. Dak Lak
5,522
43. Ninh Thuan
1,534
45. Tay Ninh
2,749
46. Binh Duong
1,823
47. Dong Nai
5,007
48. Binh Thuan
2,888
49. B.Ria-V. Tau
2,425
50. Long An
3,479
51. Dong Thap
4,335
52. An Giang
5,005
56. Kien Giang
4,917
57. Can Tho
2,500
60. Bac Lieu
2,460
61. Ca Mau
3,716
162
Table 9
Number of primary school classroom which are not satisfied governmental standard
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
943
1,572
1,879
481
747
394
1,729
804
2,757
670
743
6,686
219
510
314
398
335
506
364
430
168
332
163
Table 10
Number of total primary school pupils
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
209,876
128,541
65,773
131,556
91,479
59,183
71,600
30,156
76,340
88,306
98,289
139
41,413
94,143
71,085
325,501
313,393
92,581
67,615
148,593
85,619
155,397
58,332
230,026
68,258
94,985
217,385
139,799
91,690
122,756
153,368
199,850
176,977
89,725
83,662
12,965
164
Table 11
Number of total primary school teachers
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
8,591
11,221
5,568
2,788
7,282
6,940
3,974
4,553
2,101
3,389
4,940
4,464
7,797
2,680
7,677
5,181
17,523
13,417
3,845
2,839
6,513
4,556
6,024
2,832
10,171
2,755
4,854
3,396
9,132
5,553
3,551
5,356
6,496
7,915
8,137
4,266
3,863
6,922
165
Table 12
Number of primary school teachers who have following academic background
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
12+4
12+3
12+2
9+3
under9+3
1,564
2,094
614
91
702
160
129
34
84
109
795
738
218
63
213
291
1,804
1,810
263
490
263
306
454
520
817
55
115
708
274
108
91
401
152
418
978
47
438
310
5,061
5,869
1,802
1,378
3,328
1,848
2,996
3,152
1,257
3,186
105
262
4
162
223
235
1,160
777
583
1,370
283
1,303
697
2,288
2,566
748
932
2,859
1,062
649
66
410
566
823
667
332
279
189
1,011
2,070
1,793
2,506
1,718
1,624
1,911
3,599
2,918
5,839
1,037
640
3,805
12,204
9,011
2,712
1,417
3,201
2,510
2,000
575
6,779
994
993
1,452
6,108
2,840
2,549
2,297
2,872
2,661
1,648
1,986
1,445
603
964
447
45
166
62
66
50
892
1,915
138
64
187
231
1,189
646
368
1,127
30
122
285
173
20
521
38
1,370
109
240
20
119
623
2,586
1,345
778
1,015
2,919
569
2,314
1,957
722
1,343
1,206
2,901
4,825
71
55
335
326
1,387
125
4
1,518
5,878
15
86
104
369
304
196
142
686
Table 13
Annual budget for primary education in 2004 (VND)
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
50,000,000,000
20,000,000,000
100,000,000,000
109,000,000,000
88,880,000,000
13,000,000,000
50,000,000,000
135,560,486
375,548,000,000
308,000,000,000
101,280,000,000
62,682,000,000
95,653,000,000
135,000,000,000
505,000,000,000
116,572,000,000
61,193,000,000
144,501,052,000
113,994,000,000
8,348,000,000
135,735,000
146,995,000,000
185,000,000,000
155,935,000,000
68,342,000
108,000,000,000
167
Table 14
Promotion rate (%)
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
100.0
100.0
100.0
99.9
99.7
87.4
94.2
98.0
95.0
100.0
99.5
99.9
99.9
98.0
95.0
99.8
99.0
98.0
99.5
99.8
98.9
98.8
91.3
96.3
97.0
95.4
99.4
96.7
98.5
97.5
98.7
96.6
96.5
94.9
96.5
98.6
95.5
168
Table 15
Repeat rate (%)
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
0.1
0.0
0.1
0.1
0.3
3.5
5.9
2.0
0.5
0.0
0.3
0.1
0.0
2.0
3.5
0.3
1.0
0.5
0.2
0.9
0.8
3.1
2.7
0.3
3.4
0.6
1.6
1.5
1.3
1.3
0.8
1.6
0.3
1.2
0.6
1.4
1.8
169
Table 16
Dropout rate (%)
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
9.1
4.6
1.6
0.3
0.3
0.3
0.0
0.0
1.7
1.5
0.1
1.0
0.1
0.0
0.2
0.4
5.6
1.0
0.7
1.2
0.7
1.8
20.0
1.2
0.2
2.7
1.9
4.9
2.3
1.3
2.8
2.7
170
Table 17
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
% of classes giving full day schooling of the providences
Grade 1
Grade 2
Grade 3
Grade 4
Grade 5
95.9
45.0
99.9
21.7
82.7
6.8
5.2
93.8
46.2
97.2
22.0
80.6
8.5
4.1
94.3
33.4
96.3
19.9
79.2
6.9
3.5
86.1
29.4
4.1
13.9
52.7
6.5
2.4
88.5
27.2
6.2
14.8
55.7
8.4
2.1
41.2
85.0
32.0
80.0
31.1
75.0
24.2
25.0
25.7
20.0
2.0
18.9
30.9
19.4
73.6
86.7
53.1
43.2
1.5
13.3
29.7
16.9
73.6
85.3
35.9
21.8
2.0
11.1
19.7
15.8
73.7
80.4
32.1
17.3
1.5
0.8
0.7
10.9
48.2
56.9
7.7
5.7
1.5
0.9
1.3
10.8
47.9
55.2
17.2
6.5
18.4
19.0
3.7
30.2
23.9
8.2
8.6
34.7
6.1
93.0
98.9
10.5
34.4
1.0
1.6
18.8
18.8
3.0
20.9
18.5
6.2
7.3
34.2
6.2
16.4
3.6
6.8
28.4
1.2
1.0
11.8
17.5
1.6
19.4
15.9
6.0
5.4
27.7
6.1
17.3
2.5
3.5
23.7
1.2
0.9
7.6
7.0
1.6
11.6
8.5
4.8
4.7
16.9
4.2
21.1
4.5
1.7
13.9
3.0
0.2
8.1
6.9
0.9
12.1
12.5
7.2
4.5
18.9
4.9
23.2
5.1
2.1
23.8
4.5
0.2
171
Table 18
% of pupils having full day schooling of the province
Grade 1
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
Grade 2
Grade 3
Grade 4
Grade 5
95.4
45.6
100.0
22.1
82.8
9.5
10.3
94.6
42.2
97.9
22.3
80.5
10.1
7.8
94
30.6
97.1
20.3
78.8
8.7
5.9
85.8
30.5
4.2
13.9
52.4
8
4.4
87.9
24.4
7
14.8
56.3
9.6
2.8
24.5
18.3
15.7
7.8
7.4
46.1
85.0
34.1
80
33.2
75
23.8
25
23.3
20
3.0
23.8
40.6
20.8
73.6
87.2
56.2
43.3
2.1
21.4
38.3
18.7
73.7
85.8
34.1
21.9
2.5
14.9
23.9
17.4
73.9
80.2
33.1
17.3
2.7
6.6
0.8
11.7
48.4
56.5
7.7
5.6
1.6
7
1.4
11.3
47.3
53.2
17.1
6.5
18.4
10.2
3.6
35.2
28.1
9.4
9.2
37.3
7.7
9.6
99.0
15.7
42.1
1.8
2.1
14.8
22
2.7
25.2
22.2
6.9
7.8
33.9
8.0
21.1
4.0
9.3
30.2
2.3
1.2
11.9
19.4
1.7
23.9
19.5
6.8
5.7
31.4
7.8
20.4
2.8
4.0
25.3
2.0
1.3
7.7
8.1
1.4
14.4
9.9
5.3
4.5
17
5.3
21.4
5.2
1.9
14.6
4.5
0.3
8.4
7.9
1.0
14.2
13.7
8.9
4.8
20.4
4.5
20.8
5.9
2.3
23
6.1
0.3
172
Table 19
% of schools giving full day schooling
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
94.5
15.6
3.9
100.0
100.0
24.5
8.3
100.0
10.7
5.9
91.1
74.4
100.0
26.6
13.4
2.8
49.0
44.4
10.2
63.4
64.3
16.2
23.8
43.0
5.8
47.8
36.0
16.7
12.6
39.7
60.5
31.0
98.3
60.6
26.7
2.7
173
Table 20
How many more classrooms required for full day schooling
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
174
number
%
556
1,312
519
180
1,500
1,500
1,572
1,879
400
5,400
9.5
23.3
12.0
8.3
38.1
48.0
45.2
47.3
24.1
178.7
1,120
1,500
549
3,000
670
2,599
1,704
1,000
41.1
36.0
27.6
56.0
18.7
26.0
16.9
33.9
1,900
1,487
1,921
280
2,918
1,500
923
24,621
1,800
2,100
731
1,000
850
1,200
42.4
64.4
48.4
14.4
52.8
97.8
33.6
1,350.6
35.9
72.7
30.1
28.7
19.6
24.0
800
600
1,284
32.0
24.4
34.6
Table 21
How many more teachers required for full day schooling
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
175
number
%
278
2,428
947
480
2,000
3.2
21.6
17.0
17.2
27.5
6,000
2,000
200
3,435
1,300
1,464
153
536
2,230
0
1,533
4,255
1,200
151.0
43.9
9.5
101.4
26.3
32.8
2.0
20.0
29.0
0.0
8.7
31.7
31.2
1,200
18.4
450
309
1,200
654
2,400
6,500
15.9
3.0
43.6
13.5
70.7
71.2
1,700
1,000
1,172
2,115
47.9
18.7
18.0
26.7
1,500
900
600
35.2
23.3
8.7
Table22
How many schools provided full-day learning
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
176
number
%
260
56
11
139
293
38
21
232
14
14
205
145
256
21
36
6
358
629
112
95
182
99
30
30
160
8
143
45
50
34
56
155
95
393
94.5
15.6
3.9
100.0
100.0
24.5
8.3
100.0
10.7
5.9
91.1
74.4
100.0
26.6
13.4
2.8
49.0
2169.0
44.4
10.2
63.4
64.3
16.2
23.8
43.0
5.8
47.8
36.0
16.7
12.6
39.7
60.5
31.0
98.3
103
40
7
60.6
26.7
2.7
Table 23
According DOET’s estimation, how much more budget is required to implement
full-day schooling for all primary pupils (VND)
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
10,055,400,000
28,333,260,000
6,000,000,000
3,000,000,000
300,000,000,000
70,000,000,000
110,000,000,000
4,200,000,000
3,310,000,000
1,638,000,000
102,180,000,000
194,000,000,000
300,000,000,000
43,043,000,000
13,200,000,000
58,950,000,000
60,000,000
72,257,026,000
420,000,000
4,500,000,000
120,000,000,000
130,000,000,000
74,000,000,000
160,000,000,000
150,000,000,000
168,000,000,000
177
Table 24
What are difficulties to implement full-day schooling for all primary pupils in this
Province? Pick up items in order from the most difficult.
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
Lack of money to
construct
extra-classrooms
Lack of
money for
teachers’
extra-salary
Lack of
teacher’s
motivation
Lack of
pupils
willing
Lack of
parent’s
understanding
Lack of
parent’s
financial
support
1
1
1
1
2
2
2
2
3
4
4
5
4
6
5
6
5
5
6
3
6
3
3
4
1
1
1
4
3
2
3
2
2
1
5
6
3
2
6
6
4
3
5
5
1
2
7
6
1
3
5
1
1
2
1
1
2
1
1
1
1
3
1
1
1
1
1
1
3
2
1
2
2
1
2
2
2
2
1
3
3
2
2
2
2
2
1
1
1
1
1
1
1
Other
7
7
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai
Nguyen
19. Vinh Phuc
3
2
1
4
7
4
7
7
5
4
3
6
4
2
7
4
4
6
6
5
5
7
6
4
7
4
4
7
4
5
4
6
6
6
5
5
5
5
3
5
6
6
4
6
4
5
3
4
6
5
6
5
6
4
4
5
4
2
3
3
3
3
5
3
3
3
3
2
2
2
3
6
3
3
1
5
7
6
3
4
2
2
2
2
3
2
2
6
5
4
7
4
6
5
4
6
5
4
4
5
5
6
6
3
3
3
3
2
3
3
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V.
Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
178
7
7
4
7
7
4
7
7
Table 25
What issues are considered as priorities to develop/improve primary education in this
province? Pick up items in order priority.
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
introduction
of full-day
schooling
enhancing
teacher
training
eliminating
temporary
classrooms
promotion
of
socialization
improvement
of school
construction
training of
music and
art teachers
1
4
1
3
2
1
2
5
6
2
6
5
3
3
1
3
5
4
2
4
6
5
4
7
7
5
2
1
6
4
1
3
2
3
1
2
5
4
1
3
2
3
6
5
4
6
7
1
5
3
4
4
5
2
2
3
1
4
5
6
7
2
4
6
3
5
7
1
6
2
5
3
1
1
1
3
6
2
4
3
2
1
1
4
4
4
3
4
4
4
2
3
5
5
5
5
4
5
5
5
6
6
1
1
2
5
7
6
2
1
1
6
5
2
5
1
2
2
4
6
4
4
4
3
5
3
4
4
5
1
1
2
3
4
3
1
3
3
4
2
2
1
2
2
4
2
2
2
3
5
6
6
6
5
5
5
6
3
3
1
7
6
3
3
3
7
3
2
4
1
5
6
3
1
4
3
1
5
4
5
2
2
2
2
6
2
4
5
5
5
3
2
3
1
3
3
4
2
3
1
2
4
6
6
4
4
5
7
other
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai
Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V.
Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
1
1
6
1
6
6
1
1
1
6
179
7
7
7
7
7
6
7
7
7
7
7
Table 26
In this province, what is target group to achieve 99% of primary enrollment ratio?
Pick up in order.
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
disabled
children
children in
remote area
children of
poor
household
ethnic
minority
children
4
4
4
2
2
2
3
3
1
1
1
1
3
3
2
4
5
5
1
1
2
5
2
5
4
2
2
3
1
1
1
1
4
3
4
2
4
3
2
3
4
1
3
3
2
3
5
5
5
4
5
4
1
4
4
4
4
4
4
1
1
2
4
4
2
3
4
2
3
4
4
3
3
3
3
4
1
4
1
3
1
1
2
1
4
3
3
1
2
3
2
3
1
2
1
2
1
2
4
4
1
2
1
3
2
3
3
1
3
2
1
2
2
3
2
5
5
5
5
5
5
4
3
3
4
4
2
3
4
2
3
2
1
2
1
2
4
2
1
2
1
1
1
1
4
1
3
1
5
5
180
1
2
3
3
3
other
5
5
5
5
5
5
4
4
5
Table 27
How the education socialization policy was implemented in the province?
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
implemented
very
successfully
implemented
with difficulty
Under
planning
No idea and
plan about it
1
0
1
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
1
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0
1
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1
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1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
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1
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0
0
0
0
1
0
0
0
0
0
0
0
1
1
1
1
1
1
1
1
1
0
1
1
1
1
1
1
1
0
0
0
0
0
0
0
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0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
181
Table 28
When this province started the socialization?
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
1990
1986
1998
1990
1995
1993
1991
1995
1990
1992
1991
1988
1994
1990
1995
2004
1995
1992
1990
1990
1990
2000
1990
1980
1995
1996
1999
1995
1997
1993
182
Table 29
What are activities already done in socialization in your province? Pick up in order
from activity which well implemented.
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
fund raising
for school
construction
and/or
repair
fund raising
for school
facilities
5
1
1
1
6
6
2
4
fund raising
for extra
salary of
teachers
campaigns
for
promoting
enrollment
campaigns
for studying
well
support for
children
promotion of
parents/community
participation
7
7
1
2
3
2
2
3
4
5
3
5
6
3
4
4
5
6
2
4
4
3
5
3
4
6
5
8
other
8
8
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
5
1
2
3
7
1
2
1
2
3
6
1
4
5
7
8
1
4
7
2
3
5
6
8
4
2
7
1
3
5
6
7
4
7
7
1
2
1
2
1
3
3
4
3
2
6
5
5
6
5
3
4
6
6
5
4
8
8
2
3
4
5
4
6
3
6
7
4
5
3
1
1
3
5
2
5
2
4
2
4
6
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai
Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
2
1
2
1
3
2
5
3
4
4
1
8
7
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V.
Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
1
1
1
1
3
3
1
1
1
6
2
2
6
1
3
3
1
2
5
1
6
6
2
3
5
7
5
2
7
5
7
7
2
4
7
4
4
3
7
8
3
4
1
2
6
5
6
7
6
7
4
1
1
3
1
4
2
2
7
4
3
2
2
4
4
2
4
5
4
5
7
6
3
3
7
7
183
5
1
5
8
8
6
5
2
6
3
6
Table 30
Who are important stakeholders of socialization with DOET? Pick up in order from
the highest important stakeholder.
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
Study
Encouragement
Association
parents
local
communities
mass
organizations
4
2
4
2
3
3
3
1
1
1
1
4
1
2
4
3
7
2
3
2
2
2
2
companies
NGOs
other
2
4
2
3
5
5
6
6
7
7
6
5
7
3
1
1
1
1
4
4
3
4
3
5
6
5
6
6
5
6
5
4
1
3
4
6
5
7
2
6
1
5
4
3
7
2
5
5
4
2
3
3
1
1
2
4
2
4
4
3
3
3
3
4
3
4
2
4
6
6
5
5
5
5
4
6
5
7
7
6
6
6
6
7
7
5
6
7
7
7
3
7
6
5
1
4
3
2
1
1
2
1
4
3
5
6
6
5
7
3
5
2
1
1
2
2
1
1
1
2
1
1
1
2
2
3
2
1
1
2
4
4
5
6
6
3
3
1
2
4
5
7
6
2
1
2
5
6
4
4
1
4
1
1
2
1
1
3
2
3
2
1
2
2
4
3
4
3
3
5
5
5
4
4
3
4
6
6
6
6
5
7
7
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai
Nguyen
19. Vinh Phuc
6
7
7
5
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
4
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V.
Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
184
3
5
Table 31 What are serious difficulties that the policy of socialization of education is not taken in
your province? Pick up in order from the most serious.
1. Ha Noi
3. Ha Tay
4. Hai Duong
6. Ha Nam
8. Thai Binh
10. Ha Giang
11. Cao Bang
12. Lao Cai
13. Bac Kan
16. Yen Bai
17. Thai Nguyen
19. Vinh Phuc
20. Bac Giang
23. Lai Chau
24. Son La
25. Hoa Binh
26. Thanh Hoa
27. Nghe An
29. Quang Binh
32. Da Nang
33. Quang Nam
36. Phu Yen
38. Gia Lai
39. Kon Tum
40. Dak Lak
43. Ninh Thuan
45. Tay Ninh
46. Binh Duong
47. Dong Nai
48. Binh Thuan
49. B.Ria-V. Tau
50. Long An
51. Dong Thap
52. An Giang
56. Kien Giang
57. Can Tho
60. Bac Lieu
61. Ca Mau
Lack of clear idea,
vision and/or
interest of
socialization.
Lack of ‘know
how’ and
management skill
of socialization.
Lack of needs of
socialization.
Lack participation
of stakeholders.
other
1
2
4
3
5
2
1
1
1
2
2
3
5
4
3
1
4
5
2
3
4
1
5
1
3
1
2
2
4
1
3
1
1
4
5
1
3
3
2
5
4
2
1
4
5
3
4
5
2
1
4
3
5
1
2
1
3
1
4
4
3
3
5
4
2
2
2
3
1
4
2
3
2
1
5
1
1
3
4
2
185
1
5
1
4
資料
アンケート調査質問紙(英語版)
Questions
I .Current enrolment ratio and its target in the future
- Current Primary enrolment ratio (from 6-11 year old) (
(
)% ;
by 2010
)%
- Current Lower secondary enrolment ratio (from 12-15 year old)
by 2010 (
(
)%
- Current Upper secondary enrolment ratio (from 16-18 year old) (
2010
(
)% ;
)% ;
by
)%
- Number of primary schools ?
(
)
Number of total primary school classrooms ?
(
)
Number of primary school classroom which are not satisfied governmental
standard (
Number of total primary school pupils
) classrooms
(
Number of total primary school teachers
)
(
)
Number of primary school teachers who have following academic background,
12 + 4 (
),
9+3(
12 +3 (
),
),
under 9 + 3 (
(
)
)
Annual budget for primary education in 2004
Promote
12+2 (
(
) VND
)
Repeat rate (
)
Dropout rate (
)
II. Full day schooling of the province
Total
Giving full day
Partially giving full day
Giving
schooling
schooling (means giving
schooling
more
giving
than
sections/week)
Grade
No.
of
classes :..
1
No.
of
pupils :...
Grade
No.
of
186
5
a
haf/day
(means
only
sections/week
5
classes :...
2
No.
of
pupils:.....
Grade
No.
of
classes:....
3
No.
of
pupils:....
Grade
No.
of
classes:....
4
No.
of
pupils:....
Grade
No.
of
classes:....
5
No.
of
pupils:....
- How many schools provided full-day learning ? ............
-
According DOET’s estimation,
how many more classrooms are required to
implement full-day schooling for all primary pupils ?
-
According DOET’s estimation,
According DOET’s estimation,
)
how many more primary teachers are required to
implement full-day schooling for all primary pupils ?
-
(
(
)
how much more budget is required to implement
full-day schooling for all primary pupils ?
(
) VND
- What are difficulties to implement full-day schooling for all primary pupils in this
Province ? Pick up items in order from the most difficult
+ Lack of money to construct extra-classrooms
+ Lack of money for teachers’ extra-salary to teach more hours,
+ Lack of teacher’s motivation to teach more hours, not half, but full-day
+ Lack of pupils willing to stay longer at school and learn more
+ Lack of parent’s understanding to send children full-day
+ Lack of parent’s understanding to support financially to implement full-day
schooling.
187
+ Other[specify] (
)
- What issues are considered as priorities to develop/improve primary education in
this province? Pick up items in order priority
+
introduction of full-day schooling
+ enhancing teacher training
+ eliminating temporary classrooms
+ promotion of socialization
+ improvement of school construction
+ training of music teacher
+ training of art teacher
+ other [specify] (
)
- In this province, what is target group to achieve 99% of primary enrolment ratio?
Pick up in order
+ disabled children
+ children who live in remote area
+ children of poor household
+ ethnic minority children
+ other [specify] (
)
III. Socialization of education
1. How the education socialization policy was implemented in the province ?
a. implemented very successfully.
b. implemented with difficulty.
c. Under planning.
d. No idea and plan about it.
If answer (a, b), please go to question (2) (3)(4)
If answer (3,4), please go to question (5)
2. When did this province start the socialization?
Year(
)
Month(
)
3. What are activities already done in socialization in your province? Pick up in order
from activity which well implemented
a. fund raising for school construction and/or repair.
188
b. fund raising for school facilities and/or teaching materials.
c. fund raising for extra salary of teachers.
d. campaigns for promoting enrollment and/or preventing drop out.
e. campaigns for studying well.
g. support for children who has difficulty to go to school.
h. promotion of parents/community participation for school management
i. other [specify] (
)
4. Who are important stakeholders of socialization with DOET?
Pick up in order from the highest important stakeholder
a. Study Encouragement Association
*specify the active members(
)
b. parents
3c. local communities
d. mass organizations
*specify the active ones(
)
e. companies
g. NGOs
h. other [specify] (
)
5. What are serious difficulties that the policy of socialization of education is not
taken in your province? Pick up in order from the most serious
a. Lack of clear idea, vision and/or interest of socialization.
b. Lack of ‘know how’ and management skill of socialization.
c. Lack of needs of socialization.
d. Lack participation of other stakeholders such as parents, community and
companies.
e. other[specify](
)
Name of person who filled the questionaire : .........................
Department : ..........................................................................
Position : ..............................................................................
Telephone number : .............................................................
Email : .................................................................................
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