講義資料No.14

事実及び理由
商法1・第 14 回・事前配付資料裁判例②
損害賠償請求控訴、附帯控訴事件
第1
申立て
東京高等裁判所平成16年(ネ)第347
1
1号、第4112号
(1)原判決中、控訴人の敗訴部分を取り
平成16年12月22日第11民事部判決
消す。
控訴の趣旨
(2)被控訴人の請求を棄却する。
判
(3)訴訟費用は、第1、2審とも被控訴
決
人の負担とする。
控訴人(附帯被控訴人)(被告)
2
株式会
附帯控訴の趣旨
(1)原判決を次のとおり変更する。
社十里木
代表者代表取締役
蕪木正夫
(2)控訴人は、被控訴人に対し、159
訴訟代理人弁護士
荒木俊馬
万円及びこれに対する平成15年4月20
同
加藤悟
日から支払済みまで年6パーセントの割合
同
藤本正保
による金員を支払え。
被控訴人(附帯控訴人)(原告)
(3)(予備的請求)
甲本太
控訴人は、被控訴人に対し、159万円
郎
訴訟代理人弁護士
及びこれに対する平成15年4月20日か
脇田眞憲
同
冨永敏文
ら支払済みまで年5パーセントの割合によ
同
吉田淳一
る金員を支払え。
同
古館清吾
(4)訴訟費用は、第1、2審とも控訴人
同
澁川滿
の負担とする。
同
菅原胞治
(5)仮執行宣言
同
横山慶一
第2
1
事案の概要
本件は、被控訴人が、平成15年4月
19日、控訴人経営に係るゴルフ場「十里
主
木カントリークラブ」(本件ゴルフ場)の
文
クラブハウスのロビーに設置された4桁の
1
暗証番号式ロッカー(以下、暗証番号の入
原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消
力装置と個々収納ボックス全体を「本件ロ
す。
2
被控訴人の請求をいずれも棄却する。
ッカー」という。)のうち、番号152の
3
本件附帯控訴を棄却する。
ボックス(本件ボックス)に、暗証番号と
4
訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人
して銀行のキャッシュカードの暗証番号と
同一の番号を登録し、現金及びキャッシュ
の負担とする。
カード等在中の財布等を入れておいたとこ
ろ、ゴルフのプレー中に本件ボックスから
1
現金3万円とキャッシュカードを窃取さ
(1)控訴人は、本店所在地において本件
れ、さらにキャッシュカードにより156
ゴルフ場を経営する会社である(争いがな
万円を引き出されたことについて(本件盗
い。)
難)、控訴人に対し、主位的に商事寄託契
。
約(商法593条)の債務不履行ないし場
(2)被控訴人は、平成15年4月19日、
屋の主人の責任(同法594条)による損
控訴人と本件ゴルフ場施設の利用契約を締
害賠償請求権に基づき、予備的に不法行為
結し、クラブハウスのロビーに設置された
による損害賠償請求権に基づき、現金3万
本件ロッカーを利用した(争いがない。)。
円とキャッシュカードにより引き出された
(3)被控訴人は、同日午前8時9分ころ、
156万円との合計159万円及びこれに
暗証番号式の本件ロッカーの本件ボックス
対する被害のあった日の翌日から支払済み
について、ロックを解除する4桁の暗証番
まで、主位的請求については商事法定利率
号として、被控訴人のみずほ銀行のキャッ
年6分、予備的請求については民法所定の
シュカードの暗証番号と同一の番号を登録
年5分の各割合による遅延損害金の支払を
し、本件ボックスに現金、みずほ銀行のキ
求めた事案である。
ャッシュカード等在中の財布及び時計を入
争点は、〔1〕商事寄託契約ないし場屋
れて扉を閉め、本件ボックスの番号が印字
の主人の責任の成否、〔2〕控訴人の本件
されたレシートを受け取った(甲1、2、
ロッカーについての盗難防止に関する過失
弁論の全趣旨)。
の有無、〔3〕控訴人の行為とキャッシュ
(4)その後、5名の犯行グループが、予
カードからの引出しによる損害との因果関
め本件ロッカーの番号入力装置の上部に仕
係の有無、〔4〕被控訴人がキャッシュカ
掛けておいた無線式の赤外線カメラによっ
ードの暗証番号と同一番号を本件ボックス
て録画した被控訴人の入力操作の映像か
の暗証番号として登録したことによる過失
ら、上記の本件ボックスの番号と暗証番号
相殺の当否である。
を判読して本件ボックスを開扉し、中の財
原審は、商事寄託契約の成立と控訴人の
布と時計を取り出し、財布から現金3万円
善管義務違反を認めた上で、キャッシュカ
とキャッシュカード等を抜き出して財布は
ードによる引出金156万円の損害につき
本件ボックスに戻した上、同日午前9時4
被控訴人に4割の過失相殺を認め、その6
0分ころ、沼津信用金庫御殿場支店におい
割の93万6000円に現金3万円を加算
て、上記のキャッシュカードと暗証番号に
した96万6000円及びこれに対する被
よりみずほ銀行の被控訴人の預金口座から
害のあった日の翌日から支払済みまで商事
156万円を引き出し、もって現金3万円、
法定利率年6分の割合による遅延損害金の
時計及び156万円を窃取したが、同年1
支払を求める限度で請求を認容し、その余
2月、犯人らの一部が逮捕され、犯行の態
の請求を棄却したところ、控訴人が控訴し、
様が明らかになるとともに、時計は被害品
被控訴人が附帯控訴した。
として被控訴人に還付された(甲3、7の
2
1・2、8、9、11、弁論の全趣旨)。
争いのない事実等
2
3
イ
争点
控訴人は、犯行グループが本件ロッカ
(1)商事寄託契約(商法593条)の成
ーに暗証番号の盗撮用ビデオカメラを設置
否
し、本件ボックスから現金等を窃取したこ
(被控訴人の主張)
とに気付かなかったのであるから、商事寄
ア
被控訴人が、控訴人が設置した本件ロ
託契約に基づく善管注意義務に違反したも
ッカーに財布等を入れたことにより、被控
のである。控訴人は、不審者の入場をチェ
訴人は控訴人に対してこれを預け、控訴人
ックしていたと主張するが、不審者は、そ
はこれを受領したものであり、被控訴人と
れと見抜かれないように振る舞っているの
控訴人との間において、財布等の保管を目
であるから、不審者の入場をチェックして
的とする商事寄託契約(商法593条)が
いただけでは義務を尽くしたことにはなら
成立した。本件ロッカーは、貴重品ロッカ
ない。本件ロッカー付近には防犯カメラも
ーと表示され、男子ロッカー室内のロッカ
設置されていなかった。
ーとは異なり、貴重品に関しては責任を負
(控訴人の主張)
わない旨の表示はなかった。
ア
銀行が貸金庫を利用させる法律関係
と、控訴人が本件ロッカーを使用させる法
最高裁判所平成11年11月29日第二
律関係とは、同一には論じ得ない。
小法廷判決・民集53巻8号1926頁は、
銀行は貸金庫の内容物について利用者と共
銀行における貸金庫業務は、銀行法10
同して民法上の占有を有すると判示してい
条2項10号(有価証券、貴金属その他の
る。貸金庫も本件ロッカーも、その設置者
物品の保護預り)に規定する業務の一環と
が本来の業務に付随し、利用者の「貴重品」
して有償で行われ、貸金庫の使用開始に先
の安全な保管方法として、業務上、顧客の
だって利用者及び銀行間で書面による契約
利用に供しているものである。いずれも設
締結がされ、貸金庫自体は銀行内に貸金庫
置者が占有、管理する施設内に設置されて
室という独立した空間に設けられ、しかも、
いるものであり、暗証番号の失念等の非常
貸金庫室への立入りには書類への署名捺印
時には設置者が開扉できる構造となってい
等厳格な手続が要求されており、また、銀
る。したがって、設置者が施設の安全保持
行の貸金庫を開扉するには、利用者が保管
を通じて内容物の安全確保を図るのは当然
するマスターキーと銀行が保管するキーの
である。
2つを併用しなければならない。これに対
仮に、本件ゴルフ場において貴重品をフ
し、本件ロッカーは、その設置管理は控訴
ロントで預ける態勢が確立していたとして
人の業務そのものではなく、利用は無償で
も、貴重品をフロントで預かることは年に
あり、使用開始に先立ち書面による契約締
数件程度しかなかったのであるから、一般
結がされることはない上、どのボックスを
の利用客には本件ロッカーこそが貴重品類
使用するかは利用者の選定に任されてい
の唯一の保管場所と認識されていたという
る。また、本件ロッカーは、独立空間では
ことができるから、商事寄託契約の成立の
なく誰でも立入りが可能なロビー内に設置
妨げになるものではない。
されており、通常本件ロッカーの開扉には
3
ド、クレジットカード等、ゴルフ場に来集
控訴人は一切関知しない。
控訴人は、被控訴人に対し、本件ロッカ
する多数の一般の利用客が通常所持する貴
ーの使用を指示したことはなく、勧めてい
重品類を特に保管するための専用設備とし
たにすぎない。本件ロッカーを無償で使用
て控訴人が自ら提供したものであるから、
させただけであり、物品についての商事寄
控訴人は、本件ロッカーにそのような高価
託契約は成立していない。
品が保管されることを当然知っていたもの
イ
控訴人は、本件ゴルフ場について、ク
であり、したがって、保管物について種類
ラブハウス入り口において人相、風体、挙
及び価額につき個々の明告をしなくとも、
動等から不審者のチェックをし、また、本
控訴人は責任を免れない。
件ロッカーが正常に機能するかどうか安全
(控訴人の主張)
性の点検も行い、暗証番号の盗用に注意す
ア
るよう警告するシールも貼っていた。さら
被控訴人から財布等につき商事寄託を受け
に、ロビーの奥の男子ロッカールームには
たものであるとしても、本件は、犯行グル
防犯カメラを設置するなどして、盗難事故
ープにより盗撮用ビデオカメラを利用して
の防止に努めていた。したがって、控訴人
行われた盗難事件であって、控訴人の事業
としては、通常要求される程度の注意義務
の外部から発生した出来事であり、本件ゴ
は尽くしていた。
ルフ場の近隣の約22のゴルフ場の支配人
(2)場屋の主人の責任(商法594条1
会議においても、かかる態様の盗難事故の
項)の成否
報告はされていなかった。しかも、控訴人
(被控訴人の主張)
においては、通常の盗難防止のための注意
ア
義務は尽くしていたことは上述したとおり
本件ゴルフ場は、他のゴルフ場と同様、
仮に、控訴人が場屋の主人に該当し、
遠距離からの利用客も多数来集し、クラブ
であるから、本件盗難は、不可抗力による
ハウスでは飲食物や入浴サービスも提供し
ものである。
ていたのであるから、「客ノ来集ヲ目的ト
イ
スル場屋」に該当するところ、被控訴人と
クスの内容物につきその種類及び価額の明
控訴人との間には、上記のとおり商事寄託
告をしなかったから、控訴人は、商法59
契約が成立していたから、控訴人は、不可
5条により責任を負わない。
抗力を主張、立証しない限り、責任を免れ
(3)場屋の主人の責任(商法594条2
ない。
項)ないし不法行為責任の成否
イ
(被控訴人の主張)
控訴人は、不可抗力を主張するが、本
被控訴人は、控訴人に対し、本件ボッ
件のような盗難事件が平成14年春ころか
本件盗難は、控訴人において、暗証番号
ら頻発していたことは、ゴルフ業界内では
式ロッカーを設置していながら、その防犯
一般的に知られていたことであるから、不
態勢に不備があったために発生したもので
可抗力であったとはいえない。
あり、控訴人ないしその従業員の不注意に
ウ
よって生じたものである。
高価品の明告については、本件ロッカ
(控訴人の主張)
ーは、現金や運転免許証、キャッシュカー
4
控訴人は、上述したとおり、本件ロッカ
たがって、被控訴人が、本件ロッカーの暗
ーの管理について、通常要求される程度の
証番号として、キャッシュカードと同一の
注意義務を尽くしていた。
暗証番号を用いたことは、重大な過失とい
(4)預金の引出しとの因果関係
える。
ゴルフ場は、文字どおりゴルフをする場
(被控訴人の主張)
キャッシュカードは、それ自体は価値の
所であり、プレーフィー、食事代及び交通
ない物であるが、暗証番号が見破られれば
費等を合計しても1回のプレーにつき5万
預金者が重大な損失を被ることは予見可能
円程度を持参すれば十分である。被控訴人
である上、暗証番号の入力が必要となる場
は、それにもかかわらず、キャッシュカー
合には、一時的な記憶のしやすさからキャ
ドを財布に入れて本件ゴルフ場に持参した
ッシュカードの暗証番号等日常よく使用す
結果、本件盗難に遭ったのであり、この点
る番号を使用しがちであることは、一般人
にも被控訴人に過失がある。
の心理として当然のことである。したがっ
(被控訴人の主張)
暗証番号式ロッカーの暗証番号を、キャ
て、キャッシュカードが盗取されたことと、
被控訴人の預金口座から156万円が引き
ッシュカードの暗証番号と同一番号にしな
出されたこととの間には、相当因果関係が
いようにという広報活動が一般に行われて
ある。
いた事実はない。
被控訴人は、本件ゴルフ場を本件盗難の
(控訴人の主張)
キャッシュカードを窃取されても、通常
2年前に1度利用したことがあるだけのビ
は暗証番号が分からないため、預金が引き
ジターである。これに対し、控訴人は、本
出されることはない。被控訴人は、本件ロ
件ゴルフ場の営業者であり、本件のような
ッカーを使用する際の暗証番号を、一時的
盗難事故を予測し、適切な対策を講じるこ
な記憶のしやすさという安易な理由からあ
とは、被控訴人に比べてはるかに容易であ
えてキャッシュカードの暗証番号と同じ番
り、そのような予測や対策が期待される立
号を使用したものであり、そのことが15
場にあったというべきである。控訴人が、
6万円が引き出されることにつながったの
本件ロッカーの暗証番号の盗撮対策を講じ
であって、キャッシュカードの盗難との相
ていれば、被控訴人が暗証番号として何番
当因果関係はない。
を選択しても被害は生じなかった。
したがって、被控訴人の過失割合を4割
(5)過失相殺
とするのは過大であり、控訴人の過失割合
(控訴人の主張)
は6割にとどまるものではない。
暗証番号を使用する際、キャッシュカー
ドの暗証番号と同一番号を用いることは、
第3
無権限者による預金の引出しにつながりや
1
争点に対する判断
商事寄託契約の成否について
すいことは常識である。本件が、暗証番号
被控訴人は、控訴人が設置した本件ロッ
の盗撮ではなく、肩越しに盗み見られた場
カーに財布等を入れたことにより、被控訴
合であっても、同様の被害は生じ得る。し
人は控訴人に対してこれを預け、控訴人は
5
これを受領したものであり、被控訴人と控
主張する。しかしながら、本件ロッカーが
訴人との間において、財布等の保管を目的
「貴重品ロッカー」と表示されていたこと
とする商事寄託契約(商法593条)が成
については、被控訴人はそのように述べて
立したと主張する。
いるが(甲8)、客観的にそのような表示
しかしながら、寄託とは、受寄者が寄託
がされていたことについてはこれを認める
者のために物の保管をなすことを約し、そ
に足りる証拠はない。また、本件ロッカー
の物を受け取ることによって成立する契約
について、貴重品に関しては責任を負わな
であり、物の保管という役務の提供と、保
い旨が明示されていなかったことをもっ
管の事務処理という委任の性質を帯びた契
て、責任を負う旨を表示したものと認める
約であるところ、本件では、控訴人と本件
こともできない。この点は、本件ロッカー
ゴルフ場について利用契約を締結した被控
がフロントから見える位置に設置されてい
訴人が、本件ゴルフ場のクラブハウスのロ
ることを考慮しても同様である。
ビーに設置された本件ロッカーを使用した
被控訴人は、寄託契約の成立の根拠とし
という事実があるだけである。本件ロッカ
て、上記の銀行の貸金庫に関する判例を挙
ーの設備は、本件ゴルフ場の利用契約の一
げるが、この判例は、貸金庫の内容物につ
部として、商人である控訴人から提供され
いての強制執行の可否と方法との関係で、
ているものとはいえるが、これを使用する
銀行に貸金庫の内容物全体につき1個の包
かどうかは本件ゴルフ場の利用客の判断に
括的な占有の成立を認めたものであり、貸
任されており、使用する場合の操作は利用
金庫の内容物について個別的な占有の成立
客がこれを行い、使用した場合にも別料金
を認めたものではなく、もとより一般的に
が徴収されるわけではなく、控訴人も、個々
貸金庫契約を寄託契約であるとしたものと
の本件ゴルフ場の利用客の本件ロッカーの
は解されないから、被控訴人の主張の根拠
使用の有無や、使用された場合の各ボック
となるものではない。本件ロッカーが、本
スの内容物は把握していないことが認めら
件ゴルフ場の施設内に設置されており、暗
れる(乙3、弁論の全趣旨)。したがって、
証番号の失念等の非常時には控訴人が開扉
本件ボックスの内容物であった財布等につ
できる構造となっていることも(弁論の全
いて、被控訴人が、控訴人に対し、保管を
趣旨)、各ボックスの内容物について控訴
申し込み、控訴人がこれを承諾して被控訴
人が個別的占有を有することの根拠とはな
人から受け取ったものと認めることはでき
らない。
したがって、商事寄託契約に基づく被控
ないから、これらについて寄託契約が成立
訴人の請求は理由がない。
したものとは認められない。
2
これに対し、被控訴人は、本件ロッカー
場屋の主人の責任(商法594条1項)
について
は、貴重品ロッカーと表示され、男子ロッ
カー室内のロッカーとは異なり、貴重品に
本件ゴルフ場は、利用者が特定の者に限
関しては責任を負わない旨の表示はなかっ
られているわけではなく、一般的に利用が
たとして、これらを寄託契約の根拠として
可能な施設であると認められるから(乙3、
6
弁論の全趣旨)、公衆の来集に適する人的・
ており、L字形のカウンターないしフロン
物的施設を設け、客にこれを利用させるも
トから見て約10メートルから15メート
のとして、客の来集を目的とする場屋に該
ル離れた右斜め奥の位置にあり、右側が一
当するものと認められる。
部柱の陰になるものの、一応カウンターな
いしフロントから見通せる位置にあった。
しかしながら、被控訴人の本件ロッカー
の使用が、本件ボックスの内容物について
イ
の控訴人との商事寄託契約とは認められな
ッカーに貴重品を入れても責任を負いませ
いことは、上述したとおりであるから、場
ん。」という趣旨の掲示があったが、本件
屋の主人が寄託を受けた物品に関する商法
ロッカーやロビーには特に貴重品の保管に
594条1項に基づく被控訴人の請求は、
関する掲示はなく、不正を監視するビデオ
その余の点について判断するまでもなく理
カメラの設置もなかった。しかし、本件ロ
由がない。
ッカーの各ボックスの大きさは、駅などに
3
設置されている一般的なコインロッカーに
場屋の主人の責任(商法594条2項)
男子ロッカー室には、「着替え室のロ
ないし不法行為責任について
比べると相当小さいものであり、現金の入
(1)本件ゴルフ場は、上述のとおり客の
った財布、時計などのいわゆる貴重品の収
来集を目的とする場屋に該当するところ、
納を意識した大きさであるといえる。本件
被控訴人は、本件ボックスに入れた財布等
ロッカーを利用するかどうかは利用客の自
が寄託物ではないとしても、本件盗難は、
由であり、利用しても特に対価は徴収され
控訴人の防犯態勢に不備があったために客
ず、操作も利用客が自身で行うものである。
の携行物について発生した損害であり、防
ウ
犯態勢の不備は控訴人ないしその従業員の
クラブハウスの入り口で、人相、風体、挙
不注意であるとして、控訴人は被控訴人の
動等から不審者のチェックをし、また、本
本件盗難による損害につき商法594条2
件ロッカーが正常に作動しているかどうか
項により損害賠償責任を負うと主張するも
毎日点検も行っており、本件ロッカーの番
のと解される。
号入力装置のカバー部分には、盗難防止の
控訴人は、日常的に、本件ゴルフ場の
ため暗証番号の盗用に注意するよう警告す
被控訴人は、予備的に不法行為による損
害賠償請求も主張するところ、その過失と
るシールを貼付していた。
して主張する内容も、以上と同旨と解され
エ
る。
フロントに貴重品預かりの申し出があった
(2)そこで、控訴人の本件ロッカーに関
ときは、用意してある貴重品袋を渡し、そ
する盗難防止措置の状況について検討する
の中に貴重品を入れて署名と封をしてもら
と、甲7の1・2、8ないし10、13、
い、控訴人の側で割印を押して半券を利用
乙2、3、4の1ないし9、5及び弁論の
者に交付し、フロントにおいて貴重品袋を
全趣旨によれば、次の事実が認められる。
預かるという態勢をとっており、本件ロッ
ア
本件ロッカーは、クラブハウスのロビ
カーの設置の前後でその態勢に変更はなか
ーの男子ロッカー室の手前付近に設置され
ったが、本件盗難があった当時、フロント
7
控訴人は、本件ゴルフ場の利用客から
で貴重品袋を預かるケースは年に数件程度
なってはおらず、その他のゴルフ場関係者
であった。
の集まりにおいても同様であり、ロッカー
オ
を製造・販売する会社からも情報を寄せら
暗証番号式ロッカーについては、暗証
番号を入力する際に隣から覗き見されて内
れたことはなかった。
容物を盗取される被害は以前からあった。
キ
本件盗難と同様にビデオカメラを使った手
布にはキャッシュカード1枚、クレジット
口による被害は、本件盗難の約1年前の平
カード2枚及び現金6万円余りを入れてい
成14年春ころから山梨県、千葉県、埼玉
たが、犯人は、カードと現金3万円だけを
県等で発生していたものであり、本件盗難
抜き取って財布は元のロッカーに戻してい
後の平成15年5月13日の読売新聞によ
た。クレジットカードのうち1枚は、キャ
り報道された(これ以前に同種被害につい
ッシュカードと暗証番号が同じであったた
て新聞報道があったことを認めるに足りる
め、120万円を不正に引き出されたが、
証拠はない。)。この読売新聞の記事以前
この被害については損害保険で補填された
のものとしては、同年2月11日のインタ
ため、本件では損害として主張されていな
ーネット上の週刊ゴルフダイジェストの記
い。もう1枚のクレジットカードは、個人
事として掲載されたことがあるが、その他
用ではなく暗証番号が違っていたため、被
の報道は、同年9月に犯人グループが逮捕
害には遭わなかった。
された際のものであり、被害額が多額にな
(3)以上の事実によれば、本件ロッカー
ったケースは、本件と同様に、ロッカーに
は、特に「貴重品ロッカー」とは表示され
キャッシュカードやクレジットカードを入
ていなかったものの、本件ゴルフ場の利用
れ、同一の暗証番号を使用したものであっ
客が貴重品を置いてプレーする際は、本件
た。盗撮用のカメラは、設置されても小さ
ロッカーを使用するのが一般的であったと
くて発見しにくく、カメラを使った盗難事
認められる。
被控訴人は、本件盗難に遭った際、財
件の存在を知り、これに注意していたゴル
本件ロッカーの利用の有無は、利用客の
フ場でも、混雑時に被害が発生したことが
判断に任されており、控訴人において逐一
あった。
これをチェックすることはなく、利用して
カ
本件盗難当時、控訴人も被控訴人も、
も特にこれについて対価は徴収されていな
上記のゴルフダイジェストの記事の存在は
い。しかし、保管が予定されているのは、
知らなかった。白川久善は、控訴人の代表
いわゆる貴重品であるから、控訴人は、本
取締役副社長で本件ゴルフ場の支配人であ
件ロッカーを設置し、管理する者として、
ったところ、約3か月に1回開かれる近隣
条理上、これを安全な状態に保つ義務を負
の約22のゴルフ場の支配人会議に出席
うというべきであり、これを怠った場合に
し、事故防止や安全対策等について情報交
は、控訴人ないし従業員の不注意として、
換を行っていたが、本件盗難前の同年1月
場屋の主人の責任(商法594条2項)と
22日に開催された支配人会議において
して、あるいは利用者に対する不法行為と
も、類似の手口による被害の発生は話題に
して、保管物について生じた損害を賠償す
8
況下において、特に注意すべき態様の犯罪
る責任があるというべきである。
もっとも、本件ロッカーの設置場所はゴ
行為が認識され、又は認識すべき状況にな
ルフ場であり、利用客としては多額の金品
い限り、安全保持のための注意義務は履行
を持参する必要はなく、貴重品を持参した
していたものというべきである。
ままプレーすることも可能である。また、
これに対し、被控訴人は、本件盗難と同
本件ロッカーは、一応カウンターないしフ
様の手口による被害は、平成14年春ころ
ロントから見通せる位置にはあったが、利
から頻発していたことは、ゴルフ業界内で
用客等の出入りがあり、常時従業員の厳し
は一般的に知られていたことであると主張
い監視下に置かれていたわけではなく、保
するが、これを認めるに足りる証拠はない。
管の安全性は専ら4桁の暗証番号に依存す
かえって、盗撮用ビデオカメラを利用した
る構造になっており、暗証番号が他人に悪
態様の盗難被害については、本件盗難の発
用されれば、盗難被害が発生する蓋然性が
生当時は未だ一般的には報道されておら
高いことは容易に認識し得るところであ
ず、地域のゴルフ場の支配人会議において
り、特に利用の登録も対価の徴収もないも
も話題になったことはなく、ロッカーの製
のであるから、利用する側としては、その
造・販売会社からも情報を寄せられたこと
ような構造と設置の状況を前提として利用
はなかったため、控訴人としてはこれを認
すべきものといえる。
識していなかったことは上記認定のとおり
したがって、控訴人としては、日常的に
であり、これらの事実によれば、認識すべ
本件ロッカーが正常に機能することを確認
き状況にあったともいうことはできない。
し、本件ロッカーの周辺で不審な行動をす
したがって、控訴人が、特にこのような態
る者がいないかどうかに注意する義務があ
様の犯罪の発生を予測し、これに対応する
り、さらに、具体的に予想される態様の犯
防止措置を採っていなかったことが、控訴
罪行為がある状況下においては、これに対
人の本件ロッカーの安全を保持するための
応する適切な防止措置を採る義務があると
注意義務に違反するものであるということ
いうべきである。
はできない。
これを本件についてみると、控訴人は、
本件ロッカーの設置場所に不正を監視す
本件ロッカーを一応カウンターないしフロ
るビデオカメラを設置することも、本件盗
ントから見通せる位置に設置し、本件ゴル
難の際の犯行グループの風体、挙動等具体
フ場のクラブハウスの入り口で、入場者の
的犯行状況を的確に認定し得る証拠はない
人相、風体、挙動等から不審者の出入りを
こと、本件ロッカーの暗証番号の入力装置
チェックし、また、本件ロッカーの扉や施
は奥まっていてカバーがあり(乙4の5)、
錠等に異常がなく正常に機能しているかど
本来的に周囲から見えにくい構造であるこ
うか毎日点検し、本件ロッカーの番号入力
と、本件犯行が無線式の小型赤外線カメラ
装置のカバー部分には、盗難防止のため暗
を利用した複数人による犯行という巧妙な
証番号の盗用に注意するよう警告するシー
手口であること、防犯用ビデオカメラは今
ルを貼付していたのであるから、当時の状
日ではそれほど珍しい設備ではないことか
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らすれば、本件ロッカー付近に監視カメラ
訴は理由がないから棄却することとして、
を設置することが、本件犯行の犯行グルー
主文のとおり判決する。
プに対して犯行を抑止する効果があったか
裁判長裁判官
どうかは疑問であり、監視カメラの設置が
裁判官高野芳久は、転補につき署名押印す
なかったことをもって、直ちに控訴人が本
ることができない。
件ロッカーの安全を保持する義務に違反し
裁判長裁判官
たものであるとはいえない。
被控訴人は、控訴人は本件ゴルフ場の営
業者であり、本件のような盗難事故を予測
し、適切な対策を講じることは被控訴人に
比べてはるかに容易であり、そのような予
測や対策が期待される立場にあると主張
し、また、不審者は、それと見抜かれない
ように振る舞っているのであるから、不審
者の入場をチェックしていただけでは注意
義務を尽くしたとはいえないとも主張す
る。しかしながら、これは、控訴人が、本
件ロッカーの安全保持について、貸金庫を
設置する銀行と同様の義務を負うとするに
等しいものである。犯罪者は、常に新たな
態様の犯行の機会をうかがっているもので
あり、被控訴人の主張は、本件ロッカーの
構造及び設置の状況に照らして、控訴人に
過大な義務を負わせるものといわざるを得
ない。
したがって、控訴人ないしその従業員に
ついて、本件盗難の発生に関し、本件ロッ
カーの安全の保持について注意義務違反を
認めることはできないから、場屋の主人の
責任(商法594条2項)ないし不法行為
に基づく被控訴人の請求も理由がない。
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以上のとおり、被控訴人の請求は、い
ずれも理由がないから棄却すべきであると
ころ、これを一部認容した原判決は不当で
あるから、本件控訴に基づきこれを取り消
して被控訴人の請求を棄却し、本件附帯控
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大藤敏
大藤敏
裁判官
佐藤道明