亜鉛欠乏によって生じる開口部・四肢末端の皮膚炎

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山梨医科学誌 30(1),15 ∼ 19,2015
総 説
亜鉛欠乏によって生じる開口部・四肢末端の皮膚炎
─その驚くべき発症メカニズム─
川 村 龍 吉
山梨大学医学部皮膚科学講座
要 旨:亜鉛は細胞の増殖および発生・分化に必須な微量元素で,300 種類を超える酵素の構造維
持や機能に関与するとともに,2,000 以上の転写調節因子の発現や機能にも関与する。Prasad 博士
らにより亜鉛欠乏症症例が初めて示唆されてから半世紀以上が経つが,なぜ亜鉛が欠乏すると境界
明瞭な紅斑が開口部や四肢末端に限局して繰り返し出現するのかという“謎”については,古くよ
り精力的な研究がなされてきたにもかかわらず長らく不明であった。最近我々は,この皮膚炎の本
態が実は一次刺激性接触皮膚炎(かぶれ)であり,その皮膚炎発症には表皮内ランゲルハンス細胞(樹
1)
状細胞の一亜群)の減少・消失が深く関与していることを明らかにした 。本稿では,亜鉛欠乏に
伴う皮膚炎の発症メカニズムについて概説する。
キーワード 亜鉛欠乏症,腸性肢端皮膚炎,一次刺激性接触皮膚炎,ランゲルハンス細胞,アデノ
シン三リン酸
頻度が約 50 万人にひとりであるのに対し,後
I.はじめに
者は発展途上国を中心に世界で約 20 億人存在
亜鉛は細胞の増殖および発生・分化に必須
するといわれる
6–10)
。必須微量元素である銅,
な微量元素で,300 種類を超える酵素の構造維
鉄,セレニウムなどの金属欠乏症(Wilson 病,
持や機能に関与するとともに,2,000 以上の転
Plummer-Vinson 症候群,克山病)では皮膚症
2–4)
。ま
状はほとんど認められないが,先天的および後
た近年,樹状細胞や肥満細胞において,亜鉛
天的亜鉛欠乏症(血清亜鉛濃度< 65 µ g/dℓ)で
は細胞外刺激を細胞内に伝達する細胞内セカ
は様々な程度で眼,口,鼻孔,耳孔,肛門など
ンドメッセンジャーとしても機能することが
の開口部周囲および四肢末端に皮膚炎がみら
写調節因子の発現や機能にも関与する
5)
明らかとなってきている 。亜鉛欠乏は先天的
れ,この特異な皮膚炎は腸性肢端皮膚炎と呼ば
なもの(腸管における亜鉛の細胞内への取り
れる(図 1)。
込みに重要な特異的輸送蛋白 ZIP4 をコードす
亜鉛が欠乏すると皮膚炎のほかに,感染症,
る SLC39 A4 における遺伝子変異)と後天的な
持続性の下痢,羞明,味覚障害,嗅覚異常,慢
もの(吸収不良症候群,経中心静脈栄養,慢性
性疼痛,舌痛症,夜盲症(暗順応障害),創傷
肝腎疾患,悪性腫瘍,過度のアルコール摂取,
治癒の遅延,発育遅延などの全身症状もみら,
AIDS などによる)とに分かれ,前者の発生
さらに T 細胞や B 細胞,NK 細胞などの細胞
〒 409-3898 山梨県中央市下河東 1110 番地
受付:2014 年 11 月 4 日
受理:2014 年 11 月 7 日
数が減少し,加えて T 細胞,B 細胞,NK 細胞,
好中球,単球,マクロファージの免疫学的機能
も低下するため,結果として細胞性免疫ならび
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川 村 龍 吉
図 1.先天的亜鉛欠乏症患者における開口部周囲および四肢末端の皮膚炎
に液性免疫が低下することも明らかになってい
る
11,12)
。
性接触皮膚炎を惹起したところ,予想通り,免
疫不全状態にある亜鉛欠乏マウスにおいて皮膚
炎反応は有意に減弱していた。しかし,耳介皮
II.亜鉛欠乏による皮膚炎の本態が実は
膚に刺激物質であるクロトンオイルを外用して
一次刺激性接触皮膚炎(かぶれ)
惹起される一次刺激性接触皮膚炎は亜鉛欠乏マ
ウスで逆に炎症反応の著明な増強と遷延化が認
1)
さて,いわば“免疫不全状態”にある亜鉛欠
められた 。さらに興味深いことに,亜鉛欠乏
乏症患者の皮膚になぜ免疫反応が亢進した激し
マウスのクロトンオイル外用病変部を病理組織
い炎症・皮膚炎が起きるのであろうか?
学的に検討したところ,ヒトの腸性肢端皮膚炎
筆者らは,亜鉛欠乏に伴う皮膚炎は何らかの
に特徴的な組織像,すなわち表皮細胞の変性像
外界物質との接触が頻繁におきる部位に認めら
(空胞化や裂隙形成)および異常角化(アポトー
れることから,これらの皮疹が一種の“接触皮
シス)細胞,染色性の低下(pale staining)が
1)
1)
膚炎(かぶれ)
”であるという仮説を立てた 。
観察され ,亜鉛欠乏による皮膚炎の本態が一
一般に接触皮膚炎は,感作が必要なT細胞性免
次刺激性接触皮膚炎であることが強く示唆さ
疫反応であるアレルギー性接触皮膚炎と感作が
れた。
不必要な主に好中球等による一次刺激性接触皮
13)
膚炎に大別される(図 2) 。まず,低亜鉛食
III.亜鉛欠乏による皮膚炎発症メカニズム
あるいは通常食にて 5 週間飼育した亜鉛欠乏マ
∼その 1 ∼
ウスおよび亜鉛正常マウスのそれぞれの耳介皮
膚にハプテン:DNFB を外用してアレルギー
一次刺激性接触皮膚炎では,刺激物質が表皮
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亜鉛欠乏によって生じる開口部・四肢末端の皮膚炎
図 2. アレルギー性接触皮膚炎と一次刺激性接触皮膚炎の違いと原因物質
アレルギー性接触皮膚炎は感作が必要なT細胞性獲得免疫反応であるのに対し,一次刺激性接
触皮膚炎は感作が不必要な自然免疫反応である.
細 胞(keratinocyte; KC) に 細 胞 障 害 を 与 え,
IV.亜鉛欠乏による皮膚炎発症メカニズム
障害を受けた KC から放出されたアデノシン三
∼その 2 ∼
リ ン 酸(adenosine 5’triphosphate; ATP) が 炎
症起因物質として働くことが知られている
14)
。
前述の如く,細胞外に放出された ATP は,
そこで,亜鉛正常マウスと亜鉛欠乏マウス耳介
一次刺激性接触皮膚炎において炎症起因物質
皮膚に刺激物質であるクロトンオイルを外用し
(あるいは danger signal)として重要な役割を
た後にそれぞれの耳介皮膚を切除して培養液に
果たす。一方,表皮内に存在する樹状細胞の
浮かべ,培養皮膚組織から放出される ATP 量
一亜群であるランゲルハンス細胞(LC)は,
を比較したところ,亜鉛欠乏マウス由来皮膚か
ATP を不活化できる分子:CD39 を発現してお
らより多量の ATP が放出されることがわかっ
り,ATP による炎症に対して抑制的に働くこ
1)
た 。 ま た,in vitro の KC(Pam212) の 培 養
とでいわば“火消し役”的な役割を果たしてい
系においても,亜鉛キレート剤(TPEN)に
る
よって培養液中の亜鉛を極端に減少させると,
る LC 数を正常マウスと比較したところ,驚く
クロトンオイル添加によって誘導される KC か
べきことに,低亜鉛食にて飼育したマウス表皮
らの ATP 放出量がさらに多くなることも明ら
内の LC 数は週を追うごとに減少し,低亜鉛食
1)
14)
。そこで,亜鉛欠乏マウス表皮内におけ
かとなった 。以上の結果から,亜鉛欠乏症で
飼育 6 週目のマウス表皮では LC が完全に消失
は,外界の刺激物質の皮膚曝露によってより多
していることがわかった 。さらにヒトの腸性
くの ATP が KC から産生されるため一次刺激
肢端皮膚炎患者 5 例の病変部の LC 数について
性接触皮膚炎を発症しやすく,また同皮膚炎が
も免疫染色にて組織学的に検討したところ,全
増悪・遷延化しやすいと考えられた(図 3)。
例で表皮内 LC の消失が観察された 。これら
1)
1)
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川 村 龍 吉
図 3. 亜鉛欠乏による皮膚炎発症メカニズム∼その 1 ∼
正常皮膚では一次刺激物質は表皮細胞(KC)からアデノシン三リン酸(ATP)の放出を誘導し
て一次刺激性接触皮膚炎を惹起する.一方,亜鉛が欠乏すると一次刺激物質によって KC からよ
り多くの ATP が放出されるため,一次刺激性接触皮膚炎を発症しやすい.
図 4.亜鉛欠乏による皮膚炎発症メカニズム∼その 2 ∼
正常皮膚ではランゲルハンス細胞(LC)に発現される CD39 が一次刺激物質により KC から放
出された ATP による炎症を抑制している.一方,亜鉛が欠乏すると,一次刺激物質によって
KC からより多くの ATP が放出されること(図 3)に加えて,LC が減少・消失しているため
ATP による炎症を抑制できず,一次刺激性接触皮膚炎が増悪あるいは遷延化しやすい.
亜鉛欠乏によって生じる開口部・四肢末端の皮膚炎
の実験結果により,亜鉛欠乏による皮膚病変
部では,ATP による炎症に対して“火消し役”
として働く LC が減少・消失しているために刺
激物質による炎症を抑制できず,このため一次
刺激性接触皮膚炎が増悪あるいは遷延化しやす
1)
いことが示唆された(図 4) 。
V.おわりに
我々の研究結果は,亜鉛欠乏による皮膚炎の
本態が実は一次刺激性接触皮膚炎であり,刺激
物質が腸性肢端皮膚炎の「引き金」であること
を示唆している。すなわち,臨床的には眼囲や
口囲,外陰部,肛門周囲,四肢末端の皮膚炎は
それぞれ眼脂や食べ物,し尿,生活環境内にお
ける化学物質などが刺激物となって引き起こさ
れた一次刺激性接触皮膚炎と考えられる。また,
T 細胞が存在しない免疫不全(nude)マウス
において一次刺激性接触皮膚炎反応が正常に認
められるという研究結果
15)
から,
“免疫不全状
態”にある亜鉛欠乏症患者に激しい皮膚の炎症
が起きるというパラドキシカルな現象も我々の
仮説:「亜鉛欠乏による皮膚炎=一次刺激性接
触皮膚炎」によりうまく説明がつく。今後,よ
り詳細な皮膚炎発症メカニズムについてさらな
る研究が期待される。
文 献
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