に関する実験的研究

山梨医大誌7(2),67∼78,1992
肝悪性腫瘍動注療法に用いるCisplatin−Lipiodol suspensionの
肝臓,腎臓への影響に関する実験的研究
日 原 敏 彦
由梨医科大学放射線医学教室
抄録:Cisplatln↓ipiodol suspension(CLS)の固有肝動脈内動注後の早期の影響をしらべる目的
で,四塩化炭素により作製した肝硬変ウサギおよび正常ウサギあわせて28羽に対してCLS(F6),
Cispla宅in(CDDP)単独(n瓢6), Lipiodol単独(爲篇6),生理食塩水(n篇8)をそれぞれ投与した。2
羽は組織学的対照として用いた。処置後のCDDPの体内動態を検討するため,血清中および切除
した肝臓と腎臓の白金濃度を測定した。肝臓および腎臓の組織学的変化とGOT, GPT, BUN,血
中クレアチニンの経時的変化を調べた。CLSを投与した肝硬変ウサギではGOT, GPTが高値(P<
0.01)を示した。CDDPを投与した正常ウサギではBUN,血中クレアチニンが高値(P〈0.Oi)を示
した。組織学的にはCLSを投与した肝硬変ウサギで肝細胞変性と炎症浸:潤が顕著であった。
CDDPを投与した正常ウサギの腎臓で近位尿細管の変性と壊死が顕著であった。白金濃度の値は
早期の肝臓と腎臓の障害の程度と関連性を示した。結論として,CLS動注後早期に肝硬変ウサギ
で肝障害が重度(腎障害は軽度)になる傾向にあった。CLSを肝硬変に伴う肝悪性腫瘍に用いる際
に注意が必要であることが示唆された。
キーワード シスプラチン・リピオドール懸濁液,動脈内投与,副作用,肝臓,腎臓
はじめに
となる。臨床においては肝悪性腫瘍に対する化
学塞栓療法時の肝障害の指標として,血清トラ
肝悪性腫瘍に対する動注療法の効果増強の手
ンスアミナーゼ(GOT, GPT)が用いられてお
段として抗癌剤をLipiodo1(LPD)と共に投与
り,ゼラチンスポンジ細片を用いた肝動脈塞栓
する方法が開発され,その際の薬剤として油性
抗癌剤SMANCS (Styrene Maleic Acid
術後早期に上昇(1−2日目)することが知られ
ている6>’7)。CLSを用いた場合にも同様の上
Neocarcinostain)1), Adriamysin (ADR)2>,
昇を認めると言われているが8),我々は臨床的
MitomycinC(MMC)3)などが用いられてきた。
経験から肝硬変症例の方が正常症例より血清ト
その後Cisplatin(cis−diamminedichloro−
ランスアミナ一雨が高値を示す傾向が認められ
platiHum, CDDP)を用いたCisplatin−Lipiodol
る症例を経験している。しかしこの差は実際に
Suspension(CLS)4>が開発され現在に至ってき
は腫瘍壊死によって流出する血清トランスアミ
ている。我々の施設でもCLSを用いて肝動脈
内注入療法を行っておりその膚用性を報告5)し
ナーゼが存在するため,肝実質の障害を反映し
ているか否か判定が困難である9)。またC:LS
ているが,その反面CLSによる副作用が問題
を構成しているCDDPは腎障害lo)の強い抗癌
刊09−38山梨県中巨摩郡玉穂町下河『東1110
受付:1992年2月18日
受理:1992年4月21日
剤であることが知られている。そこで我々は
CLS投与による肝臓および腎臓への早期の影
響をウサギを用いて検討した。
68
聞 原 敏 彦
ル先端の位置を確認後(図4)手動下に各薬剤を
対象および方法
2分かけてゆっくり注入した。CLS O.6m∠,
1.研究対象(表1)
CDDP溶液12 m∠, CDDP O.6m∠と,薬剤に
日本白色種ウサギ雄28羽(体重2,900∼3,000
対する対照としてそれぞれの薬剤の量に相当す
g,平均2,950g)を実験動物として用いた。14
る生理食塩水0.6mZ,12 m∠を固有肝動脈より
羽ずつをそれぞれ肝硬変群と正常群に分けた。
注入した。CLSはCDDP溶液を乾燥させ粉末
肝硬変群と正常群をさらにCLS群, CDDP溶
液群,LPD群および生理食塩水群(0.6m412
化した後,LPDと懸濁した。 CLSの製造法の
詳細に関してはすでに報告した5)。CDDP溶液
mZ)および,組織学的対照として生理食塩水を
12m∠, CLS O.6 m∠にはCDDP 6 mgを含;有
入れないもの(一)に分けた。
する。
2.肝硬変作製
四塩化炭素(和光純薬)を等量のオリーブ油
(吉田製薬)に溶かした混合液1.5m〃kgを週2
4.検討項目と検討方法
表1に示す実験群のうち組織学的基準を得る
回12週にわたってウサギ背部に皮下注射するこ
群から実験開始時より心臓穿針法を用いて採血
とにより組織学的には乙型の肝硬変を作製し
を行ない,3日後に屠殺した。
ため屠殺した生理食塩水(一)(表1イ)以外の各
1)血清中白金濃度
た。
3.各種薬剤の投与法
CDDPの化学式は[Pt(NH3)2C12]であり,白
Sodium pentobarbital(25 mg/kg)をウサギ
耳介静脈に注射して全身麻酔を行なった。右大
金(Pt)濃度の測定はCDDP濃度を直接反映し
ている5),すなわち白金濃度はCDDPの生体
腿動脈にカテラン針(22ゲージ)を穿刺し,ガイ
内動態を示している。そこで血清中,組織内白
ドワイヤーを固有肝動脈まで進め,3Fポリエ
チレンカテーテル(Cook社)を挿入した。透視
金濃度と肝臓および腎臓の障害との関係を評価
下に60%Urogra丘n O.2m♂を注入し,カテーテ
CLS群, CDDP溶液群のウサギより投与後5
表!.実験群
分,15分,30分,1時間,12時間,24時問に採
血した血液を遠心分離して血清白金濃度を原子
吸光光度法11)により測定し,得られた白金濃
肝硬変群
a. Cisplatin−Lipiodol suspen−
(0.6mZ) 3刃身
sion(CLS)群
することを目的として白金濃度を測定した。
度は片対数グラフに標示した。なお測定には日
立偏光ゼーマン原子吸光光度計Z−8000を用い
b.Cisplatin(CI)DP)群
(12mZ) 3身身
。。Lipiodol(LPD)群
(O.6m∠) 3羽
d.生理食塩水群
e.生理食塩水群
f.生理食塩水
(0.6m♂) 2刀刃
(12m♂) 2羽
(一) 1羽
た。
2)組織内白金濃度
CLS群, CDDP溶液群のウサギを3日後に
屠殺し肝組織と腎組織の1部を切離し,測定試
料を調整するため0.3∼1gの切片とした。そ
正常群
の後,キレート抽出法12)にて処理し,組織内
a.Cisplatln−L圭plodol suspen−
(0。6m♂) 3羽
sion(CLS)群
白金濃度を原子吸光光度法により測定した。
(12m♂)
3羽
3)血清トランスアミナーゼ(GOT, GPT)の
。.Lipiodol(LPD)群
(0.6m♂)
3羽
測定
d,生理食塩水群
e.生理食塩水群
f.生理食塩水
(0.6m♂)
2羽
各群のウサギより投与前,投与後12時間,24
(12m♂)
2羽
(一)
1羽
b.Clspla宅in(CDDP)群
合
計
28羽
時間,48時間,72時間に採血した血液を遠心分
離し,各々の血清を比色計を用いて測定した。
4)血中尿素窒素(BUN)と血中クレアチニン
69
肝悪性腫瘍動注療法に用いるClsplati捻一Lipiodol騒spensionの肝臓腎臓への影響
の測定
肝硬変躰存
より測定した。
3)∼4)で得たデータのうち各時点での各々
の薬剤のデータと同量の生理食塩水投与より得
られたデータとを比較した。統計学的解析には
Student’s診舵s宅を用い有意水準の5%,!%以
下の2段階で表示した。
︵唇\むの識︶八一媚趙恐鍵頓
Indophenol法,クレアチニンはFolin−Wu法に
3
④CLS
国CDDP溶液
2 1
3)と同様iの血清を用いて,BUNはUrease
正常
OCLS
農CI)DP溶液
mean士S8M
5)組織学的分析
実験群(表1)のウサギを屠殺後,開腹して採
取した肝組織と腎組織を10%ホルマリン溶液で
固定し,パラフィン包埋後,薄切切片にhema−
5min l5min 30min lhr 12hr
toxylin−eosin(HE)染色を行い,組織学的検討
24hr
図1.血清中白金濃度の推移
を行なった。
組織学的障害程度は光学顕微鏡下の各組織像
表2.3日後の組織内白金濃度(μg/g)
内での障害性所見の出現頻度を比較し,4段階
(一 なし,+ 軽度,++ 中等度,+++
肝硬変群 正常群
重度)に分類して判定した。障害性所見として
は,肝臓では肝細胞好酸性変性,肝細胞膨化,
CLS群
!.62±0.8 !.52±0.1
肝臓
CDDP溶液群 !.45±0.2 !。35±0.1
炎症性細胞浸潤(小葉内,間質),腎臓では近位
尿細管上皮の変性・壊死,糸球体のLPDによ
CLS群
5.21±0.7 5.1 ±0.3
腎臓
る空胞を用いた。
CDDP溶液群 6.30±0.5 6.74±0.6
結 果
Mean±SEM.
1.血清中白金濃度(図1)
示した(P<0.O!)。他の変化はほぼGOTと同
肝硬変群では初期値は低く,CLS群,
様であった。正常群のCLS群でもGOTにお
CDDP溶液群ともにゆるやかな低下を示した。
いて24時間後に有意な上昇がみられた(P<
正常群のCDDP溶液群では2相性の濃度変化
0.05)。
を示し,1回目は急激な低下を示した。
2.肝臓および腎臓の組織中白金濃度(表2)
4.腎機能検査(BUN,クレアチニン),(図3
−a,b, c, d)
CLS群はCDDP溶液群よりも肝臓での濃度が
高く,CDDP溶液群はCLS群より腎臓での濃
肝硬変群のCLS群とCDDP溶液群は48時間
度が高い傾向を示した。また統計学的に有意で
CDDP溶液群は72時問まで直線的に上昇を示
まで上昇し,その後低下を示した。正常群での
はないが肝硬変群は正常群より肝臓への集積濃
した(P<0.01)。クレアチニンにおいてもほぼ
度が高い傾向を示した。
同様の変化が認められた。
3.肝機能検査(GOT, GPT),(図2−a, b, c, d)
5.組織学的分析(表3−a,b)
肝硬変群においてCLS群のGOTでは24時
1)肝硬変群(図5−a,b, c, d, e, f)
間をピークとする上昇がみられた(P<0.0!)。
四塩化炭素を12週皮下注射することによりお
GPTでは肝硬変のCLS群は48時間にピークを
おむね肝臓は隔壁性線維増殖による偽小葉を形
日 原 敏 彦
70
⑳ CLS O,6mi
2000
圏 CDDP・溶詔夜 }2R、1
▲ Σ4PD G.6m[
◎ CLS O.6m[
× 生理食塩水12mi
十 生理食塩水0βml
**pく0,01
* Pく0,05
翻 CDI)P}容1皮 …2Σ1擁
▲ し正)1つ 0,6韮憤}
× 二三理三二二ま蕪オくi2…罰ミ
十 回田耳翼食重盆フkO.61nl
mean土SEM
** 」Pく0,01
* /)く0.05
1500
({
1000
oo
10
**
**
**
*
OO
*
500
mean:とSEじ)1
1500
_P鼠︶↑餌O
_P冨︶
(囲
**
500
『,・!・捧鱒・一・…一……..栄.甲___,_..
ρ.,・…x・・… ……・一… …・・英・・…..馬雪噛魑
『.…・……’卿 ¥暫讐…一一一・…….一ト____ 『噛
補盲 12hr 24hr
72hr
48hr
鳶有 12hr 24hr
48hr
72hr
図2℃.GPTの推移(肝硬変群)
図2−a.GOTの推移(肝硬変群)
O CLS O.6搬i
1500
B CDDP・溶液 12n11
OB△×
1500
CLS O.6鞘i
△ Li)D α6n擁
CDDP溶液重2踏i
× 生理食塩水財mi
十 生理食塩水0.6ml
mean土S王3M
1000
OO
500
_P出︶↑氏○
_P属︶
* p〈0,05
(一
({
LPD O,6mi
生理食:塩水12m1
生理食塩水0.6mi
mean血SEM
1000
5◎0
*
F:==:::葦:::::::::::::::::・__..,.
,一一一・
菖む 12hr 24難r
48hr
図2−b.GOTの推移(正常群)
72hま・
國前 12hr 24hr
48hr
図2−d.GPTの推移(正常群)
72hr
肝悪1生腫瘍動注療法に用いるCispla宅ln−Liplodol s“spensio簸の肝臓,腎臓への影響
7/
▲CLS O.6rn1
◎CDI)P溶液12m更
團LPD O.6ml
×生理食塩水12m互
十生理食塩水0.6m1
150
*P〈0.05
3
●CLS α6mI
mean土S£M
100
︵宕\bの銭︶八q志トムへ
mean±S逸M
*
︵む\bの鎗︶乞PqQ
X生理食塩水12狙1
十生理食塩水α6ml
*P〈0.05
*
翻CDDP溶液12m1
▲LPD O.6ml
2
印.印り.._…・。…X…・…・………・・×
x魑 奄堰F:..1罪二ll二1冷...____+.._.___+
1
50
一.’二・二=二=羊:::::::::::::二:準二:二二::二二こ二:二二二二洋
72hr
前 12hr 24hr 48hr
前12hr 24hr 48hr 72hr
図3−a.BUNの推移(肝硬変群)
図3−c.クレアチニンの推移(肝硬変群)
OCLS α6m1
にlCDi)P』溶才夜i2n君
△L王)D O.6ml
× 互三夏廻食塩フ}(12inl
十生理食塩水0.6m}
**P<0.0正
OCLS O.6rn五
3
△LP【) α6瓢l
氏_bの讐︶驚P的
鵬
mean土SEM
︵筍\bの鶏︶八二志トムへ
**∫)<α01
**
2
X生理食塩水12m1
十生理食塩水O.6ml
({
n}eanよS壬£M
目CDDP溶液12m!
150
!
50
痢・之一繰二ごi.婆1≡ヨヨ1ヨ’……………
.,.炉..・・P・
w曽…………’…繁・…・・……_X
こ←…・・十・…… …・…………・・・・…..、..一.魑
前12hr 24hr
48hr
図3−b、BUNの推移(正常群)
72hr
前12hr 24hr
48hr
72hr
図3−d.クレアチニンの推移(正常群)
72
日 原 敏 彦
著しい変化を認めなかった(図5−d)。以上の
表3−a.肝臓の組織像
肝硬変群正常群
十十
肝細胞好酸性変性
問質
は認められなかった。しかし,CLS群,
CDDP溶液群では近位尿細管上皮の変性・壊
一∼
肝細胞好酸性変性
CLS群肝細胞の膨化
¥
十十十 十
十十 一∼十
十 十∼十十
∴
間質
肝細胞好酸性変性
CDDP 巨細胞の膨化
聞質
¥
一∼
¥
一∼
炎症性細胞浸潤
小葉(偽小葉)内
間質
は正常の肝小葉構i造を示した(図5−g)。
CLS群においては,グリソン鞘内と類洞に
LPDによる空洞がみられ,また間質性炎症反
肝細胞の出現が認められた。聞質にもLPDに
よる空洞が観察された(図5−h)。CDDP溶液
群では肝細胞細胞質膨化(淡明化)が肝臓の一部
十十
LPD群肝細胞の膨化
生理食塩水(一)および生理食塩水を入れた群
十十
肝細胞好酸性変性
2)正常群(図5−g,h, i,」, k,1)
応も顕著に見られた。その周囲には好酸性変性
十十
溶液群 炎症性細胞浸潤
小葉(偽小葉)内
死を認め(図5℃),CLS群とLPD群では糸球
体に空胞を認めた(図5−f)(表3−b)。
十∼十十 一∼十
炎症性細胞浸潤
小葉(偽小葉)内
腎臓においては,生理食塩水群では近位およ
び遠位尿細管,集合管,糸球体に明らかな異常
十十
生理食 肝細胞の膨化
塩水群 炎症性細胞浸潤
小葉(偽小葉)内
結果をまとめたのが表3−aである。
に認められた(図5ヨ)。LPD群にもcLs群と
同様の変化が認められたが,その範囲はCLS
一∼
¥
一なし,+軽度,++中等度,+++重度
群より狭い範囲であった(図5−」)。以上の結果
をまとめたのが表3唱である。
腎臓においてはCDDP溶液群で近位尿細管
成し,中心静脈は消退し,胆管壁の肥厚がみら
上皮領域に変性・壊死が認められた(図5−k)。
れ,乙型肝硬変の像を呈した(図5−a)。生理食
同様の変化がCLS群にも認められたが,
塩水を入れた群(表レd,e)でも同様の所見を
CDDP溶液群ほど著しくはなかった。 CLS群,
得た。CLS群では好酸性変性を示す肝細胞の
LPD群のいずれにおいても糸球体内にLPDに
増加と偽小葉内炎症細胞の増加が肝全体で観察
よる空洞を認めた(写真2−D(表3−b)。
された(図5−b)。CDDP溶液群では肝細胞細
胞質の膨化(淡明化)が肝臓の一部にみられた
(図5℃)。LPD群では生理食塩水と比較して
表3−b.腎臓の組織像
肝硬変群 正常群
近位尿細管上皮の変性・壊死
CLS群
近位尿細管上皮の変性・壊死
糸球体のLPDによる空胞
CDDP溶液群…
近位尿細管上皮の変性・壊死
LPf)群
近位尿細管上皮の変性・壊死
糸球体のLPDによる空胞
十十十
生理食塩水群
十
十
十∼十十十
十十
十∼十十
一なし,+軽度,++中等度,+++重度
肝悪性腫瘍動注療法に用いるCisplatin−Lipiodol suspensionの肝臓,腎臓への影響
73
図4.ウサギ固有肝動脈造影(右側面像)
各種薬剤をこの動脈内にカテーテル先端(矢印)をおいて注入した.
考 案
副作用として腎障害10)が最も注意すべき障害
として指摘されている。本剤が肝細胞癌の治療
CDDPは,1965年にRosenbergらユ3)により
にCLSとして使用された報告は1986年の佐々
発見された錯塩で,最初はE.Coliに対する分
木ら4)の報告が最初でそれ以前の点滴静注法19)
裂阻害作用が研究され,動物腫瘍でその効果が
証明された。1971年にHillら14)により臨床に
や肝動注法20)では十分な効果が得られていな
導入されて現在に至っている。作用機序の詳細
(主に肝細胞癌)に用いその有効性を報告5)して
い。我’々の施設でも1986年よりCLSを肝腫瘍
は不明であるがDNA合成を阻害するとされて
きているが,CLSの肝臓への障害を調べるた
いる。臨床効果の有効性の高いものとして睾丸
め固有肝動脈から動注した症例において,術後
腫瘍!5),卵巣腫瘍16),膀胱腫瘍17),子宮頚癌18)
2日目の血清トランスアミナーゼが正常肝に比
など注目すべき成績をあげている。また本剤の
べて肝硬変で高い傾向が認められた。しかしな
74
日 原 敏 回
図5a
魏魏議譲辮糠難麟、轟鎖羅魏魏響.
羅姦蕪謬、、、・、藻琴二難懇懇蓼
織索嚢欝懇鍵、.蠣褻難灘
麟雛燭
噂、
肝硬変群の生理食塩水(一)例
b
中心静脈の消退,隔壁状の線維性増生,胆管壁の肥厚がみられる.(HE染色,×200)
肝硬変群のCLS注入群 ’
好酸性変性を示す肝細胞が著しく増加している.さらに偽小葉内に炎症性細胞の浸潤がみられる(矢印).
C
肝硬変群のCDDP溶液注入群
d
肝硬変群のLPD注入群
e
肝硬変群のCDDP溶液注入群の腎臓組織
f
肝硬変群のLPD注入群の腎組織
(HE染色,×200)
肝細胞細胞質の膨化(淡明化)がみられる.(HE染色,×200)
生理食塩水(一)例との間に差を認めない.(HE染色,×200)
近位尿細管上皮の変性・壊死が部分的に認められる(矢印).(HE染色,×200)
糸球体内にLPDによる空胞がみられる.(HE染色,×200)
1鰭蟹灘鍵墾糠馨一纒撰舞雛、 鐵綴
灘翼難醜
75
ユ雛灘讃鎌欝 難灘鞍懸難鰹、翻、馨 羅轍
−,
.卍麟纒論叢
..纏縫懸雛
磁霧・議螢
﹁
.
. サゴ の
⋮ 雌.
’ ・ 灘鼎
3
噂
獅
玉
型−
黛..・融離箪
難 透ひ螺綴﹂
. 都 舞墜
.糧
癬.
肝悪性腫瘍動注療法に用いるClsplatln−Llplodol suspenslonの肝臓,腎臓への影響
資 擁ご疫
猶鰭ぞ
〆・ ・
」 f
㌧ヤー一 ∵吃・ “
なド ロ ゐゆ ヘ ノ けゆえの
騨
響,・瀟躍 。 1
一鑛.蟹灘 講 凝翌
灘護鑛譲灘葦、
馨鍵雛
・詩風、蝿 り ㌶
へ れ ロ ノダ ま
叢灘叢繋
護、,.4’・ 諺 糠説
,..漏 躍る 櫻繋薫 ・.
綴.・ 写 聯㍉
ひ へ
輪 ・隔”㌧ x ヘノ
∫“モ・ ’.’ 謹・ 警憲
りき ぺ藤“ 一州 ・ . 閲覧
強盗・’刷・7徽海」・’ P
コ ガ りの ぬ グ ら む
豊強。纈 b贈 。
?、綾
嫡羅
鍵
図59
h
正常群の生理食塩水(一)例.(HE染色,×200)
正常群のCLS注入群
類洞にLPDによる空胞がみられる(矢印).間質性の炎症反応があり,その部分にもLPDによる空胞がみ
られる(矢頭).問質性炎症反応周囲の肝細胞に好酸「生変性がみられる.(HE染色,×200)
1
正常群のCDDP溶液注入群.(HE染色,×200)
肝細胞細胞質の軽度の膨化(淡明化)がみられる.(HE染色,×200)
J
正常群のLPD注入群
CLS群と同様の変化がみられるが,その範囲はCLS群と比べると狭い.(HE染色,×200)
k
正常群のCDDP溶液注入群の腎臓組織
1
正常群のCLS注入群の腎臓組織
近位尿細管上皮に変性,壊死がみられ,上皮細胞の核の消失が認められる(矢印).(HE染色,×200)
糸球体内にLPDによる空胞がみられる(矢印).(HE染色,×200)
76
B 原 敏 彦
がら,肝細胞癌自体壊死に至ると血清トランス
膨化(淡明化)が肝臓の一部に認められたが,
アミナー一景を放出するため肝硬変部の障害が著
で作成した肝硬変ウサギと正常ウサギで評価し
CDDPの影響による肝細胞変性の一所見と考
えられる。すなわちCDDP溶液群では高濃度
のCDDPが,肝臓を短時間に通過する状態で
あり,CLS群ではLPDから徐々に長時間流出
てみた。
する状態で,この違いが肝細胞の変性の違いと
血清中の白金濃度に関しては肝硬変群の
CLS群, CDDP溶液群は初期値も低くゆるや
かな血清中濃度の低下を示した。これはCLS
からのCDDPの遊離が徐放性であることと肝
して認められたと考えられる。以上述べてきた
結果より肝硬変ではCLSによって障害が顕著
に現われる傾向にありCDDPの肝内停滞時間
硬変による肝血流の低下が関与している可能性
腎障害は肝硬変群では肝臓からのCDDPの
があると考えられる。正常群のCDDP溶液群
流出の遅れを反映しているためか腎障害がある
は最も早く濃度が低下した。
程度軽減されているようである。臨床において,
3日後の組織内白金濃度を測定した結果で肝
硬変群と正常群の間に統計的:有意差は認めな
我々の施設で肝硬変を伴う肝細胞癌5例に
しいかどうか判定するのは難しい9>。そこで
我々はCLSによる肝障害の程度を四塩化炭素
かった。CLS群で肝組織内濃度が高い傾向が
みられた。またCDDP溶液群では腎組織内濃
度が高い傾向がみられた。この所見は血清中の
が長いことがそれを助長しているようである。
CLSを選択的に肝動注した際に,その前後で
腎機能を評価したが異常は認められなかっ
た2i)。このことは腫瘍外の肝実質に流出した
量に関連性があると考えられる。3日後にウサ
白金濃度の推移と比較して矛盾しないと思われ
ギを屠殺して調べたこれらの組織学的所見は,
る。
薬剤注入後血液の生化学的変化が24時間,48時
血清トランスアミナーゼの変化は肝硬変群で
聞をピークとしておこったことから考えて,薬
24時間に有意な上昇を示した。肝硬変群では
剤の作用効果をよく反映しているものと考える
CDDPの停滞が長いため肝障害が顕著に出現
することが推察される。血中のBUN,クレア
チンに関しては肝硬変群のCLS群, CDDP溶
ことができる。
本研究によると,実験的肝硬変における
CLSによる肝障害は顕著に現われており臨床
液群では一過性に障害を示したが回復する傾向
に用いるときにはこの実験結果をそのままあて
を示した。一∼方正常群ではCLS群, LPD群は
はめることはできないにしても注意が必要であ
変化が乏しかったがCDDP溶液群は72時間ま
で上昇を続けた。この上昇は急激にCDDPが
腎臓に排出され,高濃度のCDDPに腎臓が障
ろう。諸家の報告では,薬理学的に昇圧剤であ
害されたと考えられ組織学的所見と一致する。
たCDDPの中和剤であるSodium thiosulfate
3日後の組織学的検討において肝硬変群の
CLS群に好酸性変性をおこした肝細胞の増加
(STS)を上腸幅下動脈から動注して門脈経由で
肝実質内のCDDPを中和させるなどの方法4)
と偽小葉内炎症細胞の増加が認められたが,正
がとられている。我々は腫瘍の存在する区域な
常群で見られた間質性炎症反応は軽度であっ
た。この原因に関しては不明であったが,肝硬
いし亜区域までカテーテルを進め超選択的に動
注する方法を用いている22)。腫瘍血管がCLS
変群と正常群の循環動態の違;いが関与している
で飽和した時点で動注を中止するなどの工夫も
と考えられる。正常群ではLPD群で類洞内と
グリソン鞘内にLPDによると思われる空胞を
行っている。また,CDDP溶液を静注に用い
認め,CLS群では同様の所見がやや広範囲に
観察された。CDDP溶液群では肝細胞細胞質
CDDPの停滞を除去しているが23>CLSを用い
るAngiotensin IIを投与して正常血管を収縮
させ,相対的に腫瘍内血流を増大させる8),ま
る場合には同時に大量の補液を行って腎臓への
る場合でもその障害がないわけではなく同様の
肝悪性腫瘍動注療法に用いるCisplatln−Lipiodoi suspenslonの肝臓,腎臓への影響
77
2)佐々木洋,今岡真義,中森正二,ほか.動脈塞
栓を併用したリピオドール・アドリアマイシン
懸濁液動注による肝細胞癌の治療一門として組
織学的検討からみた有効性について一.日癌治.
処置が必要と思われる。
結 語
1985;20:1357−1365。
肝悪性腫瘍の動注療法に用いられるCLSの
肝臓および腎臓に対する注入後早期の影響を肝
硬変ウサギと正常ウサギを用いて検討した。
1.血清トランスアミナーゼは肝硬変群のCLS
3)加治屋芳樹,小林尚志,日高 仁,ほか.動注
用油性抗癌剤MMC−oil suspenslon(MOS)の試
作について.日医放会誌.1984;44:13玉3−
1321.
4)佐々木洋,今岡真義,岩永 剛,ほか.肝細胞
群で有意(P<0.01)な上昇を示した。このこと
癌に対する新しい動注化学塞栓療法一リピオ
ドール,シスプラチンサンドイッチ療法一刑癌
は肝硬変の肝臓からのCDDPの流出遅延が関
2台. 1986;21:647−654.
連していることが示唆された。
2.一方,肝硬変群のCLS群では腎臓の障害
が軽減する傾向が認められた。
3.組織学的所見では,肝硬変群のCLS群で
は好酸性変性を示す肝細胞の増加,偽小葉内炎
5) Araki T, Hihara T, Kachi K,6‘α乙Newly de−
veloped transarterlal chemoembolization
material: CI)DP−Lipiodol suspension. Gas−
trointest Radiol l 989;14:46−48.
6) Yamada R, Sato M, Kawabata M,麗α♂. Hepa−
tic artery embohzation in l20 patients with
unresectable hepaton}a。 Radiology I 983;148:
症細胞の増加(HE染色)が他の群より多く観察
397−401.
された。組織学的にもCLSの肝障害性が顕著
7)市田隆文,小島 隆,紺田健彦,ほか.肝細胞
癌に対するTranscatheter Arterial£mboHza−
tion療法の臨床病理学的検討一適応と限界に関
する研究一,肝臓1982;23:629−640.
8)柴田淳治,木村俊一,近沢秀人,ほか.リピオ
ドール中シスプラチン懸濁液(LPS)による肝細
胞癌の動注化学療法そのH一臨床的検討一.田
であることが示唆された。
4.本研究の結果を臨床にあてはめるとすれば,
肝悪性腫瘍にCLSを用いる場合,特に肝硬変
を合併している症例においては著しい肝障害が
おこることが考えられ,腫瘍外肝実質への取り
癌?台. 1988;23:2750−2759.
込みを軽減する工夫が必要であろう。
9)竜崇正,山本 宏,平沢博之,ほか.肝動脈壁
栓術,リピオドール動注後の肝機能の変化に関
する検討一動脈血申ケトン体比を中心に一.肝
謝 辞
三蔵、 1987;「71:745−753。
10)Von Hoff I)D, Schilsky R, Reichert CM,瀦α乙
稿を終わるに当たり,助言をいただいた内山
暁教授,荒木力助教授,第一病理の須田耕一助
教授に深謝を表すると共に,医局員の皆々様の
御協力に深く感謝致します。また薬剤作成に御
協力いただいた薬剤部刃先生方に深く感謝致し
ます。
Toxic ef琵cts of cls−dichlorodiammine−
platinum (H)宝n man・Cancer Treat Rep
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11)Leroy AF, Wehling ML, Stonseller I護L,8‘α乙
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12) Sekiya S, Iwasawa H, Takamizawa H. Com−
par量son of the iatraperitonea1 εuld in−
本実験は山梨医科大学動物実験指針に沿って行
なわれた。
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K量d熟eys
Toshihiko Hihara
Dψα吻∼θ吻μ海9『η・癬翫4酌9)・,γ㈱ω∼α彌A4勲6α1 Co〃響
The early i1}Huellce of lntraarter童al admillistrati()n of clsPlat壼r}一lil)iodol s繍spcnsiol‘}(CLS>ln譲8 rabbi.ts with
no…『mal and CC14.4nduce(圭clrr董}otic liver was eva董ua{ed.1.臓tl、.ese rabbits, CLS(n瓢6), cisplatin(CDD:P)(n篇6),
1孟piodol(鶏==6), and contro茎salh}e (n.=8)wcre h噂ectcd iR.宅。 the proper l.〕e…)atic artery,71「wo rabb呈ts we装℃ex−
a1擁lnCd aS a hiStdO9呈C COnもrOl. Pla1擁、Um COn(二entratiO駐S in SC1㌦tlI汎, a!Xh.}}hePadC a難d renal SpeCime轟S、、・ere de−
term量ned to evalし峯ate CDDP I)1}armacokinetics. His室lologic changes in hePatlc∼五n.〔h℃…、al spcci罷丁達ens, a1〕d GOT,
GPT, BUN, an(i cre凝inllle serum levels were evaluated, C.LS 1)roduce(l hlgh se1・um levels of GO「.r a峯}dGPT
(P<0,0正>h1亡he clrrl・}.otic rabbits. CI)DP p三℃cluced hlg}ユscrtlm.1evels ofBU翼a職d crcamll陰.e(P<0.01)ln the no蓋『ma.l
rabbits・Admlnls毛ration of CI一S rcs蘇lted in隻narked hcl)atocellt峯la…’dege書ユera芝.ion a…Kl in縦ammatory inHlt1’我te ln毛he
重i.vers ofthe ci茎「rhot量(:rabb量ミs, wh.i董e a(:hninis毛ration ofCI)DP resultcd i籍箋narkcd pl.・()x圭n肇al tubulε竃r degener綾tloll a1〕d
貸ecrosis ln the kidney ofthe norn1εミl ra垂)b圭ts・Early hepa縫。εuxh℃Ral damεミge was related紋)P茎a〔inu.m conce罰tra経o11・
ARer l飢raarterial admlnis{radon()f CLS, the茎℃was marked hepa宅ic reactloll and mild rellah℃act{on i11癒e
Cirrh・t1C ilVCr」tiS SU99eS毛ed that宅hiS prel)ara.宅1・n Sl}・Uld be USed Wlth Caしlti・n in Cirl辱h・毛IC I)a毛leB.tS・Vi毛h n陰ai.lgl}ant
hc1)a毛量。 neoplasms.
Key words; CisPlatin−Li})圭。(iol suspe韮簾sio…1(CLS),1凱raar芝erialεミdn、h}istra毛io箋、, Slde−reaction., Liver, Kcdncys