情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report 健康指向歩行ナビゲーションのための スマートフォンによる身体的負担度の推定 隅田 麻由1 今津 眞也1 水本 旭洋1 安本 慶一1 概要: 効果的かつ継続性の高いウォーキングのためには,個人の身体能力に応じた歩行ルートの選択が必須であ る.歩行中の身体的負担度は心拍数から推定可能であるが,心拍計などの特殊デバイスの装着は手間がか かる.本研究では,消費カロリーや歩行時間の制約を満たし,かつ,ユーザにとって負担度が最小となる 歩行ルートを推薦するナビゲーションシステムの実現を目指し,スマートフォンで利用可能な機能のみを 用いた身体的負担度の推定法を提案する.提案手法では,個々人の負担度および負担度の変化を推定する ために,機械学習を基に,加速度や歩行速度などの歩行データから心拍数を予測する負担度モデルを作 成する.実際のウォーキングで計測したデータに本手法を適用した結果,提案手法により平均絶対誤差 9.55bpm で心拍数の推定ができた. Estimation of Perceived Exertion using Smartphone for Health-Conscious Walking Navigation Mayu Sumida1 Shinya Imazu1 Teruhiro Mizumoto1 Keiichi Yasumoto1 Abstract: For effective and continuous walking, it is necessary to select a walking route suitable for individual physical ability. Though perceived exertion during walking can be estimated by heart rate, it is costly for a user to equip with a special device such as a heart rate monitor. In this paper, aiming to realize a health-conscious walking navigation system that recommends a walking route with minimal perceived exertion satisfying constraints of calorie consumption and walking hours, we propose a method to estimate perceived exertion during walking with only available functions of a smartphone. For this purpose, we build a perceived exertion model which predicts the heart rate from walking data including acceleration and walking speed based on machine learning. We applied the proposed method to actual walking data and confirmed that the method estimates the heart rate within 9.55bpm. 1. はじめに 近年,運動不足に起因する生活習慣病の対策として,誰 担が高い状態が続くことが危険な場合もある. 関連研究として,心拍計および加速度センサによる運動 強度推定 [1][2] や心拍数予測 [3] を行う手法は存在するが, でも気軽に行うことができるウォーキングが注目されてい 負担度の推定を目的としたものは存在しない.また既存ナ る.しかし,自分の体力にあったルートを選択しなければ, ビゲーションシステムでは,個人の身体能力を考慮した 心臓や関節に負担がかかり,ウォーキングの意欲の低下に ルートを検索することはできない. つながる.特に高齢者や特定の持病保持者については,負 本研究では,消費カロリーや歩行時間の制約を満たし, かつ,ユーザにとって負担度が最小となる歩行ルートを推 1 奈良先端科学技術大学院大学 Nara Institute Science and Technology c 2012 Information Processing Society of Japan 薦するナビゲーションシステムの実現を目指し,様々な歩 1 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report 行ルートに対する負担度推定手法を提案する.負担度の推 併用し, 「ウォーキング」や「ジョギング」などといった活 定には,次に示す 3 つの課題が挙げられる.負担度は心拍 動種別の推定 [1][2] およびその運動強度の推定 [2] を行って 数より測定可能であるが,心拍計の装着に手間がかかり いる.心拍数を特徴量とすることで推定精度が向上してい (課題 1) ,個人差がある(課題 2) .また,様々な歩行ルー ることから,運動強度の推定には心拍数の利用が有用であ トに対する負担度の推定には大量のデータが必要であり, ると考えられる. 収集が困難である(課題 3).そこで,課題 1 および課題 最近では SUUNTO 社の t6d[6] や POLAR 社の RS100[7] 2 の解決のため,年齢や性別などの属性により作成したカ のような腕時計型のワイヤレス心拍計を用いることで,手 テゴリごとに,負担度モデルを作成する.負担度モデルと 軽に運動中の心拍数を測定できる.しかしこのような心拍 しては,スマートフォンから取得する加速度の振幅や周波 計は,トランスミッターと呼ばれる装置を胸部に直接装着 数,歩行速度や道の勾配などのデータと,心拍計により計 する必要があるため,装着に手間がかかり,煩わしい.加 測した実際の心拍数データに機械学習を適用することで, えて,デバイスコストが高いという問題もある.上記で挙 心拍数予測モデルを構築する.加えて,課題 3 の解決のた げた既存研究は,複数の特殊デバイスの装着が必要である め,ユーザ参加型センシングによりデータを収集および共 ことから,手間やコストの問題が発生すると考えられる. 有し,歩行ルート検索時に負担度を推定できるようにする. 提案手法の評価では,負担度モデルに与える入力項目の 2.3 心拍数予測に関する研究 検討および推定精度の評価を行う.ここでは,トレッドミ Feng ら [3] は,ニューラルネットワークを用いた心拍数 ルを用いて測定したデータにより,加速度の振幅や周波数 予測モデルを提案している.ここでは,3 軸加速度センサ など,11 種類の特徴量から推定精度に影響を与える入力項 における各軸の加速度および 1 ステップ前の心拍数予測値 目について検討する.そして推定精度の評価として,一般 を入力として与えており,推定平均誤差 5bpm で予測可能 道で測定したデータから作成した負担度モデルを用意し, という結果が報告されている.これよりニューラルネット 実測値とモデルより得られた予測値を比較することで,予 ワークは運動強度と心拍数の関連付けの手段として利用で 測誤差および負担度の推定精度を算出する.評価実験の結 きると考えられるが,Feng らは心拍数変動が少ない日常生 果,トレッドミルによる実験では,入力として歩行速度お 活を対象としているため,ここで考案されているモデルは, よび勾配から算出した酸素摂取増減値が有用であることが 本研究に必要な運動中の心拍数予測には使用できない. 分かり,平均絶対誤差 6.05bpm で心拍数を推定できた.ま た一般道における実験では,入力として加速度の振幅が有 用であることが分かり,平均絶対誤差 9.55bpm で心拍数を 推定できた. 2. 関連研究 2.4 既存のナビゲーションシステム 既存のナビゲーションシステムとして,ソニーの徒歩 ナビゲーション NAV-U[8] や,NAVITIME 社の自転車用 ルート検索サービス [9] が挙げられる.これらのシステム では,比較的負担の少ないルートを検索できるが,道の勾 2.1 節で述べるように,負担度は心拍数と強い関連性が 配を基準としており,個人の身体能力を考慮したルートを あり,また心拍数は運動強度によって変動することが分 検索することはできない.そのため,坂道が少ないルート かっている.したがって本研究では,歩行中の運動強度と を選択した場合でも,人によっては負担を感じることが考 心拍数を関連付けることで,歩行中に感じる負担度を推定 えられ,身体に無理な負担がかかる可能性がある. する.そのためには,歩行ルートに対する個々人の運動強 度の推定および運動強度の変化の推定が必要である. 2.5 本研究の位置付け 2.1 身体的負担度に関する知見 ているが,運動中の負担度推定を目的とした研究は存在し 既存研究では,運動強度の推定や心拍数の予測が行われ 個人の身体的負担度の測定には,Borg が定義した RPE ない.更に 2.2 節で示した Tapia ら [2] の研究では,数分 (主観的運動強度)[4] がよく用いられ,これは 6 から 20 間の運動を対象とした運動強度推定を行っているため,運 までの 15 段階からなるボルグ・スケールとして知られて 動強度の変化は考慮されておらず,歩行ルートと運動強度 いる.RPE と心拍数との間には直線的な相関関係があり, の関連付けも行われていない.また,既存のナビゲーショ スケールの数字は心拍数の 1/10 に対応している [5].よっ ンシステムにおいても,個人の身体能力を考慮したルート て,これは主観的な運動強度を数値化する際に有効であり, を検索できるシステムは存在しない. 心拍数と負担度の関連付けが可能となる. これより本研究では,スマートフォン搭載センサのみを 用いた負担度推定手法を提案し,個々人の運動強度の推定 2.2 運動強度推定に関する研究 Oscar ら [1],Tapia ら [2] は,加速度センサと心拍計を c 2012 Information Processing Society of Japan および運動強度の変化の推定を行う.そしてこの手法に基 づき,ユーザにとって負担が最小となる歩行ルートを推薦 2 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report 図 1 システムの概要 するナビゲーションシステムを提案する. 3. 負担度を考慮したナビゲーションシステム 3.1 目的 着目し,搭載されたセンサのみを用いた負担度推定を行う ことで,特殊デバイスの装着に伴う手間やコストなどの負 担を軽減する.要件(2)については,歩行データ(加速度, 歩行速度,勾配,位置などの時系列データ,詳細は後述)か 本研究で提案する負担度を考慮したナビゲーションシス ら負担度と関連性の強い心拍数を予測する負担度モデルを テムは,無理なウォーキングによる継続性の低下,もしく 作成する.これは後述するように,ニューラルネットワー は,怪我などの危険性を回避することを目的とする.その クなどの機械学習を使用し,歩行速度,勾配などのデータ ため提案システムでは,歩行ルート検索時に,負担の少な を入力とするモデルを作成する.更に,歩行速度や勾配の い推薦歩行ルートとそのルートに対する負担度を提示す 情報を基に算出する酸素摂取量の増減値を入力に加え,運 る.またウォーキング中には,システムによって負担が高 動強度の変化と運動の継続時間を考慮する.要件(3)につ いと判断された場合にのみ警告を表示し,ユーザに歩行速 いては,ユーザ参加型センシング(Participatory Sensing) 度の調整を行ってもらう.これにより,ユーザが推薦歩行 [10] によるデータ収集を行う.ここでは,スマートフォン ルート以外のルートを歩行する際にも,提案システムを利 用のデータ収集アプリをユーザに配布し,広範囲における 用することができる. 歩行データを効率良く収集する.収集データをサーバ上の データベースで共有することで,ユーザが初めて歩行する 3.2 要件と基本方針 このシステムには,ユーザに提示する負担度の信頼性が ルートに対しても負担度の推定が可能となる.またデータ が増えるにつれ,システムが提示する負担度の信頼性が向 必要となる.信頼性を向上させるためには,様々な歩行 上すると考えられる.要件(4)については,「20 代男性, ルートに対する負担度や歩行データなどの大量なデータが 運動習慣有り」 , 「30 代女性,運動習慣無し」というように, 必要であり,特殊デバイスを使用しない低コストかつ手軽 年齢や性別などの属性によりカテゴリを作成する.同一カ なデータ収集法が求められる.更に,勾配のみを考慮した テゴリに属するユーザは同程度の負担を感じるという前提 負担度ではなく,年齢や性別,運動習慣など個人の身体条件 の下,カテゴリ毎に歩行データの収集や負担度モデルの作 に適した負担度を提示することが望ましい.また,ウォー 成を行うことで,負担度に関する個人差を考慮する. キング中に警告を表示するためには,負担度の変化を推定 する必要がある.歩行中の負担度は,歩行速度や勾配,運 動強度とその継続時間によって変化すると考えられ,例え ば,負担度が高くなるような急な上り坂を歩いたとしても, 3.3 提案システムの設計 以上の節で述べた目的および要件をふまえ,提案システ ムの概要について述べる.提案システムは,ウォーキング その後に平坦な道をしばらく歩けば,負担度は徐々に低く を通して運動を行いたいユーザを対象とし,3 軸加速度セ なっていく.このような連続的な負担度の変化まで推定す ンサおよび GPS センサを搭載したスマートフォン用アプ るためには,瞬間的な歩行速度や勾配の変化に加えて,運 リケーションとしての利用を想定する. 動の継続時間も考慮した負担度の推定を行う必要がある. 以上のことから,提案システムを実現するには,下記の 要件を満たす必要がある. 図 1 に提案システムの概要図を示す.本システムは,ク ラウド上に置かれている共有データベースおよびサーバ, そしてユーザが装着するスマートフォンから構成される. ( 1 ) 普及デバイスによる負担度の測定 共有データベースには,加速度センサおよび GPS セン ( 2 ) ウォーキング中の負担度変化の推定 サにより測定するユーザの歩行データが蓄積される.ここ ( 3 ) 様々なルートにおける歩行データの効率良い収集 での歩行データとは,加速度の振幅および周波数,歩行速 ( 4 ) 年齢,性別,身体能力などの個人差の考慮 度,勾配,位置情報を指す.加えて,共有データベースに これらの要件を満たすための基本方針について述べる. 要件(1)については,近年普及しているスマートフォンに c 2012 Information Processing Society of Japan は,推定した心拍数および負担度も蓄積する.年齢や性別 などの属性により分類されるカテゴリごとにデータを蓄積 3 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report トに対し,歩行速度の算出を行う.ここでは,各ルートの 距離をユーザの希望する運動時間で除算することで歩行速 度を求める.ただしユーザが一定速度で歩行するとは限ら ないため,ルートの勾配を考慮し,勾配に応じて時間を傾 斜配分する.勾配は与えられているものとする. 手順 4:消費カロリーの計算 手順 3 で計算した歩行速 度および勾配を基に,ACSM(American College of Sports Medicine)により定義された下記の算出式 [11] を用いて, 図 2 歩行ルート推薦画面の例 各ルートに対する消費カロリーを求める. C V O2 R H V することで,様々なユーザに対する歩行データを共有する. 本システムの歩行ナビゲーションは,スマートフォン内 のアプリケーションを介して行う.まずユーザは,希望す る運動時間および消費カロリー,プロフィールの入力,加 = = = = = V O2 ∗ 5.01 R+H +V 3.5 0.1 ∗ speed 1.8 ∗ speed ∗ grade えて,マップ上で出発地点および到着地点の選択を行う (図 1(1)).そして入力されたプロフィールからユーザが ここで,C[kcal] は消費カロリーを表し,これは酸素摂取量 属するカテゴリを決定し,共有データベースに蓄積されて V O2 [ml/Kg/min] から算出できる.V O2 は,安静時の酸 いる該当カテゴリのデータを基に,推薦歩行ルートの決定, 素摂取量 R, 歩行速度に基づく水平方向の酸素摂取量 H , 更に,図 2 に示すように,スマートフォンの画面にルート 勾配の増加に伴い必要となる垂直方向の酸素摂取量 V から と負担度の表示を行う(図 1(2)∼(5)).推薦歩行ルー 求められる.また,speed[m/min],grade[%] はそれぞれ, トの決定方法については,3.4 節で述べる. 手順 3 で求めた歩行速度,勾配を表す. ユーザのウォーキング開始後,スマートフォンにより取 手順 5:心拍数および負担度の推定 各ルートに対し,4 得された歩行データは,定期的にクラウド上にアップロー 章で述べる手法を使用して,歩行時の心拍数および負担度 ドされる(図 1(2) ) .サーバ上では,負担度モデルにこの を推定する.ここでは,共有データベース内の該当カテゴ データを与えることで心拍数および負担度の推定を行い, リにおいて,同一ルートの歩行データを基に心拍数の推定 ユーザに無理な負担がないかどうかを確認する(図 1(3) ) . を行い,負担度およびその時間変化について推定する. ユーザの歩行速度が適切でない場合には,「もう少しゆっ 手順 6:推薦歩行ルートの決定 候補ルート群に属する くり歩いてください」や「やや早めに歩いてください」な ルートの中から,下記条件を満たすものを推薦歩行ルート どの歩行速度に関するアドバイスを提示する(図 1(3)∼ とする. (5) ) .ウォーキング中または終了時に,ユーザの主観的な 負担度もしくは心拍数データ(心拍計を装着していた場合 ( 1 ) 手順 4 で求めた消費カロリーが,ユーザの希望する消 費カロリーを超える のみ)をアップロードしても良い.このデータは,ユーザ ( 2 ) 手順 5 で推定した負担度について,表 2 の 4(休憩し の歩行データと共に共有データベースに蓄積される.ユー たい程,負担が高い)および 5(負担が高く,継続が ザビリティを保つという観点から,主観的負担度の評価も 困難)の状態になる合計時間が最小である しくは心拍数データの提供は必須ではなく,各ユーザの意 志に委ねる. 4. スマートフォンによる身体的負担度の推定 提案手法では,スマートフォンから取得する歩行データ 3.4 推薦歩行ルートの決定方法 から心拍数を予測する負担度モデルを作成する.ここでは, 以下に示す推薦歩行ルート決定アルゴリズムを用いて, 2.1 節で述べたボルグ・スケールに着目し,心拍数から負 ユーザが希望する運動時間および消費カロリーを満たし, 担度を定量的に評価できるという仮定の下,歩行データを かつ,ユーザにとって負担が最小の歩行ルートを推薦する. 基に心拍数予測を行う.そして,表 1 に示す小野寺ら [12] 手順 1:カテゴリ決定 ユーザが入力したプロフィール が考案した日本語版ボルグ・スケールを基に,表 2 のよう 情報により,ユーザのカテゴリを決定する. 手順 2:候補ルートの選択 ユーザがマップ上で選択し た出発地点および到着地点の情報を基に,一定距離(2m/ に負担度レベルを設定し,予測した心拍数から負担度を推 定する. 加速度と心拍数の間には,非線形的な関係が見られる [3]. 秒×運動時間など)以内の候補となる歩行ルートを全て見 したがって本研究では,入力である歩行データと心拍数の つけ出し,これらを候補ルート群とする. 非線形な対応関係を再現するニューラルネットワークを用 手順 3:歩行速度の算出 候補ルート群に属する各ルー c 2012 Information Processing Society of Japan い,心拍数の予測を行う.負担度モデルの作成には,(a) 4 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report 除去した各データを,ハーフ・オーバラップ方式で一定時 表 1 ボルグ・スケール RPE 主観的運動強度 RPE 20 19 11 楽である 10 かなりきつい 16 9 きつい 15 7 非常に楽である 6 歩行速度および勾配の算出 次に示す式により,歩行速 度および勾配を算出する. Speed = Dist/T ime/(1000 ∗ 3600) Degree = 100 ∗ AltDif f /Dist ややきつい 13 数(以下,周波数ピーク)を抽出する.ウィンドウサイズ は 1024 点(20.48 秒)とする. かなり楽である 8 14 間のウィンドウに区切り,ウィンドウごとに平均振幅およ びパワースペクトルにおいてエネルギーが最大となる周波 12 非常にきつい 18 17 主観的運動強度 ここで,Speed[km/h] は歩行速度,Degree[%] は勾配を表 表 2 心拍数と負担度評価の関係 す.また,Dist[m] および AltDif f [m] はそれぞれ,GPS レベル 主観的評価 心拍数 (bpm) 1 負担を感じない 60∼105 2 やや負担を感じる 106∼125 3 負担は感じるが,運動の継続は可能 126∼145 4 休憩したい程,負担が高い 146∼180 酸素摂取増減値の算出 酸素摂取量は心拍数と高い相関 5 負担が高く,継続が困難 181∼200 関係があり,これらは各運動強度に対応した値まで瞬間的 センサにより 3 秒おきに取得する 2 点間の移動距離および 標高差を表し,これらは Google Maps API version3 によ り取得する. に増大するのではなく,運動開始後 2∼3 分で定常値へと スマートフォンによる歩行データの取得,ニューラルネッ トワークに与える入力に関する処理を行うための(b)特 徴量の抽出,(c)学習データによるモデルの作成,という 3 つのフェーズに分けられる.以下の節で(a)∼(c)に ついて述べる. 4.1 (a)スマートフォンによる歩行データの収集 運動強度に関連のあるデータとして,加速度の振幅や周 波数,歩行速度,勾配などがある.トレッドミルを用いて 近づく.また歩行状態から安静状態になる場合も同様に, 瞬間的に変化するのではなく徐々に減少する [13]. 一定強度の運動を行ったとき,酸素摂取量の増加量 U [ml/kg/min] および減少量 D[ml/kg/min] は,増加時の 定常値 Ku [ml/kg/min],減少時の定常値 Kd [ml/kg/min], 定常値に至るまでの変化速度を表すパラメータ T ,時刻 t[s] を用いて次式のように表される [13]. U = Ku e− t T D = Kd (1 − e− t ) T (1) (2) 歩行中の加速度を測定する予備実験の結果,歩行速度に 本研究では,3.4 節の手順 4 で示した ACSM の消費カロ よって加速度の振幅に違いが見られた.また 3.4 節で示し リー算出式を用いて,一定時間 P [s] における平均歩行速度 たカロリー消費量の算出式より,運動強度の指標の 1 つで および平均勾配から酸素摂取量 Vnow [ml/kg/min] を算出す ある酸素摂取量が歩行速度および勾配から算出できること る.Vnow が P 秒前の値 Vpre [ml/kg/min] と比較して増加 が分かる.以上より本研究では,スマートフォンに搭載さ した場合には,Ku = Vnow として上記の式(1)を用いて れている加速度センサおよび GPS センサにより,加速度 増加量を計算する.逆に Vpre と比較して減少した場合に および位置情報を収集する.このような時系列のデータが は,Kd = Vnow として上記の式(2)を用いて減少量を計 あれば,加速度データから加速度の振幅および周波数を, 算する.Vnow = Vpre の場合には運動強度に変化がないも 位置情報より歩行速度および勾配を取得することができ, のと考え,P 秒前の状態が増加傾向であれば Ku = Vnow 更には,歩行速度および勾配から酸素摂取量が算出できる. として上記の式(1)を,減少傾向であれば Kd = Vnow と して上記の式(2)を用いて変化量を計算する.パラメー 4.2 (b)特徴量の抽出 タ値は,経験的に,T = 53,P = 60 とする. 収集した加速度データおよび位置情報を基に,加速度の 振幅および周波数,歩行速度,勾配を算出する.更に,歩 4.3 (c)学習データによるモデルの作成 行速度および勾配から算出した酸素摂取増減値を入力とし 負 担 度 モ デ ル の 作 成 に は ,デ ー タ マ イ ン グ ツ ー ル て与え,運動強度とその継続時間を考慮した負担度の推定 WEKA3[14] を使用する.このツールでは,入力層,出 を行う. 力層,中間層を持つ階層型ニューラルネットワークが利用 加速度の振幅および周波数の抽出 ここでは,3 軸加速 できる.ここでの学習は教師あり学習と呼ばれ,学習に必 度センサにより得られた各軸のデータおよび 3 軸合成の 要な教師データ(以下,学習データ)により,予め,入出力 データを使用する.前処理として周波数 0Hz の直流成分を の関係を学習させることで負担度モデルを作成する.作成 c 2012 Information Processing Society of Japan 5 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report 表 3 学習データ したモデルに対し,ある時刻 t0 から現在時刻 tn における ステージ 加速度や歩行速度などの時系列データ(以下,テストデー タ)を与え,これより算出された時刻 t0 から時刻 tn まで の心拍数が出力値(予測値)となる.実際に使用したデー 1 2 3 4 時間(分) 3 3 3 3 歩行速度(m/h) 3.2 3.2 4.8 4.8 勾配(%) タについては,次章で述べる. METs 0 7 7 10 2.5 4.4 6.1 7.4 3 4 5. 負担度モデルによる推定精度の評価 表 4 テストデータ 1 5.1 目的と方法 ステージ 評価の目的は,4 章で述べた負担度モデルを用いて予測 した心拍数および負担度が,提案システムを利用する場合 1 2 時間(分) 3 3 3 3 歩行速度(m/h) 4.0 4.0 4.0 3.2 に十分正確であるか調査することである.本稿では評価実 勾配(%) 験として,トレッドミルを用いて測定したデータ,一般道 METs 0 5 10 0 2.9 4.6 6.3 2.5 3 4 で測定したデータから負担度モデルをそれぞれ作成し,推 定精度を評価をする.前者の実験では,ニューラルネット 表 5 テストデータ 2 ワークに与える有用な入力についての検討(評価 1)を行 ステージ い,後者の実験では,評価 1 の結果をふまえて,心拍数お よび負担度の推定精度の評価(評価 2)を行う. 1 2 時間(分) 3 3 3 3 歩行速度(m/h) 4.8 3.2 4.8 4.0 勾配(%) 評価 1 については,各軸の加速度データおよび 3 軸合成 METs の加速度データから抽出する振幅(AX,AY,AZ,A)お 0 0 10 0 3.2 2.5 7.4 2.9 よび周波数ピーク(FX,FY,FZ,F) ,歩行速度(S) ,勾 表 6 実験結果(トレッドミル) 配(G),酸素摂取増減値(VO)の計 11 個の特徴量から, 有用な入力の組合わせについて検討する.評価 2 について は,表 2 において心拍数が少なくとも 20bpm 増加すると 入力 相関係数 平均絶対誤差 (bpm) 平均二乗誤差 (bpm) case1 case2 case1 case2 case1 case2 FY, AX, S, VO 0.88 0.75 3.86 8.82 5.02 13.00 F, VO 0.93 0.93 6.05 5.63 7.11 7.07 えることを目標とする.また,提案システムの実用の観点 VO 0.96 0.95 7.24 4.96 7.93 6.16 から,負担度が低い場合に高いと判定される誤検出(false FX, FY, VO 0.92 0.94 7.48 6.18 8.39 7.86 負担度レベルが 1 レベル高くなることから,平均絶対誤 差 10bpm を目指し,負担度の誤検出を 1 レベル以下に抑 positive) よりも負担度が高い場合に低いと判定される誤 検出(false negative)を抑える必要があると考えられる. 心拍数を 2 秒,GPS による位置情報を 3 秒とし,被験者を これより本稿では,false positive の出現率(FP(%))お 1 人とした. よび false negative の出現率(FN(%))を算出する. 5.3 トレッドミルを用いた実験 5.2 実験環境 予備実験として,歩行速度および勾配を任意に設定可能 実験では,腕時計型のワイヤレス心拍計(SUUNTO,t6d) を腕に装着し,腰(正面,中央)にスマートフォン(Sony Ericsson,Xperia active)を装着した.スマートフォンは, であるトレッドミルを用いた実験を行った. 5.3.1 モデル作成に使用するデータ この実験では,表 3 に示すようなステージ 1 からステー 搭載されている加速度センサが図 3 に示す向きになるよう ジ 4 までの異なる歩行速度,勾配での歩行を 3 分間ずつ順 固定した.またサンプリング間隔は,加速度を 20 ミリ秒, 次行いながら,心拍数および加速度の測定を行う. 負担度モデルの作成では,学習データに表 3 に示す条件 下で測定したデータ,テストデータに表 4 および表 5 に 示す条件下で測定したデータを使用した. 5.3.2 実験結果および評価 表 6 に実験結果を示す.ここで,case1 は学習データと テストデータ 1 により得られた結果,case2 は学習データ とテストデータ 2 により得られた結果である.表 6 では case1 および case2 に関して,実測値と予測値の相関係数, 平均絶対誤差,平均二乗誤差をそれぞれ示す. 図 3 加速度センサの向き c 2012 Information Processing Society of Japan この結果より,相関係数が比較的高いことから,入力項 6 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report 目数は 4 以下程度で十分であると考えられる.また,酸素 る.この場合,相関係数は 0.31,平均絶対誤差 15.64bpm, 摂取増減値(以下,VO 値)を入力に加えることで平均絶 平均二乗誤差 17.81bpm という結果が得られた(結果 1). 対誤差 10bpm 以下の結果が得られている.これ以外にも, 前節で示した結果と比較すると,相関係数が低く,誤差も 入力には加速度の振幅や周波数が有用であると考えられ 大きい. る.また,入力の組合わせによってはテストデータにより 一方,図 5 に示すように,入力として 周波数ピーク(F, 誤差が大きく変化するものがあるが,特に,周波数(F)お FX)および振幅(A,AY)を与えた場合には,より少ない よび酸素摂取増減値(VO)を入力とするものが最も誤差 誤差で推定が可能となった.この場合は,相関係数は 0.47, の変化が少なく,安定していると言える. 平均絶対誤差 9.55bpm,平均二乗誤差 11.62bpm という結 果が得られた(結果 2). 5.4 一般道での実験 5.3.2 節で述べたように,トレッドミルによる実験では, ここで,上記の結果の推定正答率についての評価を行う ために,表 2 のように設定した負担度のランクを用いて, VO 値の有効性が示された.本節ではこの結果をふまえ, 負担度レベルを正しく推定した割合(NE),実際よりも負 一般道を歩行した場合のデータから負担度モデルを作成す 担度レベルを高く推定した割合(FP),低く推定した割合 る.そして,VO 値の有効性を検討するとともに,推定精 (FN)をそれぞれ計算した.結果 1 および結果 2 における 度について評価を行う. 分類結果を表 7 および表 8 に,推定正答率(NE,FP,FN) 5.4.1 モデル作成に使用するデータ を表 9 に示す.分類表は,行方向を実測値の負担度レベル, 一般道として, (A)∼(C)の 3 つの歩行ルートを歩い 列方向を予測値の負担度レベルとする.そして表の各欄の た.ルート(A)は高低差の少ない平坦道,ルート(B)お 値は,対応するレベル(実測レベル,予測レベル)に分類 よびルート(C)は平坦道,上り坂,下り坂を含む道であ された数の全体に対する割合を表わし,表の全ての欄の値 る.また歩行時間は,それぞれ,6 分,20 分,40 分であ を合計すると 100%となる.例えば表 7 においては,実際 る.この実験では,学習データとしてルート(A)および の負担度レベルが 1 のデータを負担度レベル 2 に誤って分 ルート(B)を歩いた場合のデータを,テストデータとし 類した割合は 74.89%であることが分かる.ただし,結果 1 てルート(C)を歩いた場合のデータを使用した. および結果 2 いずれの場合においても,テストデータのサ 5.4.2 実験結果および評価 ンプル数は 231 個(10.24 秒おきのサンプル)であり,負 5.3.2 節で比較的安定した結果が得られた,周波数(F) 担度レベルが 4 および 5 に該当するデータは存在しなかっ および酸素摂取増減値(VO)を入力とした場合の結果を 表 7 結果 1 における負担度レベル分類表 図 4 に示す.ここでは青線が心拍計により測定した心拍数 の実測値,赤線が負担度モデルにより得られた予測値であ 予 測 レ ベ ル 1 2 3 4 5 実 1 0.00 74.89 0.87 0.00 0.00 測 2 0.00 19.91 4.33 0.00 0.00 レ 3 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 ベ 4 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 ル 5 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 表 8 結果 2 における負担度レベル分類表 予 測 レ ベ ル 1 2 3 4 5 1 44.59 30.30 0.87 0.00 0.00 図 4 入力に周波数(F) ,酸素摂取増減値(VO)を与えた場合の結果 実 測 2 8.23 12.99 3.03 0.00 0.00 レ 3 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 ベ 4 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 ル 5 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 表 9 結果 1 および結果 2 における推定正答率 図 5 入力に周波数(F,FX) ,振幅(A,AY)を与えた場合の結果 c 2012 Information Processing Society of Japan 結果 NE(%) 結果 1 19.91 FP(%) FN(%) 80.09 0 結果 2 57.58 34.20 8.22 7 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report た.また推定正答率については,これらの分類表を基に, 参考文献 NE は対角成分の和,FP は上三角成分の和,FN は下三角 [1] 成分の和として計算する. 表 7 および表 8 より,今回行った一般道での実験では, 負担度レベルの誤推定を 1 レベル以内に抑えることができ [2] たことが分かる.しかし,トレッドミルによる実験で有効 性が見られた VO 値の入力は一般道の場合は有効であると は言えず,表 9 の結果 1 では FN が 0%であったにも関わ らず,FP(80.09%)が NE(19.91%)をはるかに上回る結 [3] 果となった.また表 7 に示すように,負担度レベル 1 に関 する分類結果は 0%と誤差が大きいことが分かる.それに 対して結果 2 では,加速度の振幅が推定に効果的に働き, 平均絶対誤差は 10bpm 以下となり,NE も 60%近い結果 [4] を得ることができた.しかし,FN の発生が見られ,FP お よび FN の合計が 42.42%であることから,提案モデルの 推定精度をより向上させる必要があると考えられる. [5] 5.5 考察 [6] 5.3.2 節および 5.4.2 節で示した結果より,入力としては, トレッドミルによる実験では VO 値が有用であったのに対 し,一般道での実験では加速度の振幅が有用であった.こ [7] れは,トレッドミルの場合は歩行速度および勾配が一定で あったために VO 値の算出が比較的容易であったのに対 [8] し,一般道の場合は,歩行速度および勾配を GPS による 位置情報から算出するため誤差が多く,VO 値にも影響し [9] ていると考えられる. 今後は,加速度データを基に歩行速度を算出し,再度, VO 値の入力の有効性を検討する必要がある.また,今回 [10] の実験では,負担度レベルが 2 以下となる負担の少ない データを使用したが,更に心拍数が増加するような負担度 の高い一般道を選択した上で,FP および FN の出現率に ついて実験する必要がある. 6. まとめ [11] [12] 本稿では,スマートフォン搭載センサのみを用いた負担 度推定手法と,その手法に基づいた,個人の身体能力に応 [13] じた歩行ルートを推薦する提案システムについて述べた. 負担度モデルの評価実験では,トレッドミルを用いた場合 に VO 値の入力の有効性が示されたが,一般道で収集した 場合は更なる改良が必要であることが分かった.また一般 道での実験では,10bpm 以下の平均絶対誤差で推定が可能 [14] Lara, Ö. D., Përez, A. J., Labrador, M. A. and Posada, J. D.: Centinela: A human activity recognition system based on acceleration and vital sign data, Journal on Pervasive and Mobile Computing (2011). Tapia, E. M., Intille, S. S., Haskell, H. 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