ダウンロード - JSCF NPO法人 日本せきずい基金

特定非営利活動法人
日本せきずい基金
創立10周年 記念事業
報告書
第1部 国際シンポジウム
中枢神経系の再生医学-5W1H
第2部
せきずい基金
1999
この10年
2009
特定非営利活動法人
日本せきずい基金
独立行政法人福祉医療機構「長寿・子育て・障害者基金」助成事業
特定非営利活動法人 日本せきずい基金――創立
周年記念事業報告書
10
2009年
月
12
特定非営利活動法人
日本せきずい基金
創立10周年記念事業
報告書
独立行政法人福祉医療機構「長寿・子育て・障害者基金」助成事業
日本せきずい基金
創立10周年事業報告書
【目次】
第1部
Walk Again 2009 国際シンポジウム
「中枢神経系の再生医学―-5W1H」
開会挨拶…………………………………………………………………………
6
講演1.山中 伸弥(京都大学教授)
「iPS細胞の可能性と課題」 ……………………………………
9
講演2.ハンス・キーステッド(カリフォルニア大学准教授)
「幹細胞移植による脊髄損傷治療」…………………………… 17
講演3.アリソン・エバート(ウィスコンシン大学助手)
「SMA(脊髄性筋萎縮症)患者のiPS細胞作製」 ……………
25
講演4.糸山 泰人(東北大学教授)
「ALS患者さんに私たちが出来ること」………………………… 33
講演5.岡野 栄之(慶応大学教授)
「脊髄損傷の再生医療―国際的現状と展望」………………
41
パネルディスカッション
司会 長谷川 聖治(読売新聞科学部次長)……………………… 51
第2部
講演会資料
iPS細胞研究ロードマップ…………………………………………
60
ジェロン社の臨床試験計画の概要………………………………
62
会場アンケートから ………………………………………………………
65
日本せきずい基金 この10年 ………………………………………… 67
1999―2009
添付CD「せきずい基金データ集」について……………………………………… 72
3
第1部
Walk Again 2009
国際シンポジウム
中枢神経系の再生医学――5W1H
2009年 9月19日(土)
秋葉原コンベンションホール
■国際シンポジウム「中枢神経系の再生医学」
く近々アメリカの食品医薬品局から正式に認可が下りて近
く開始されるのではないか、ということでした。そのへんにつ
いてはキーステッド先生から詳しい話があると思います。
【開会挨拶】
大濱
眞
〔日本せきずい基金理事長〕
今日は山中伸弥先生には特にiPS細胞研究が、現実にど
こまで私たちの手元に近づいてきているのかを中心に、お
話ただきたいと思います。今日来場された多くの皆さんも
直接お聞きすることを楽しみにしていることと思います。
同時に、東北大学の糸山先生にご講演していただきます
が、慶應義塾大学と共同でHGFという肝細胞増殖因子によ
る前臨床研究を進めておられるからです。今日はALSの患
者・家族の方々も来場されております。東北大ではALS、慶
應義塾大学では脊髄損傷に対してHGFによる臨床試験を
めざしています。すでにかなり臨床試験に近いところまでき
ているということで、そのお話を糸山先生にはお願いしてお
ります。
ウィスコンシン大学のアリソン・エバート先生はiPS細胞か
らSMA、脊髄性筋萎縮症の細胞を誘導しました。それが今
後の神経難病治療にどう貢献できるかを、お話いただける
と思います。
また岡野先生には毎年のように私たちのシンポジウムで
研究状況をご講演いただいております。今日は脊髄再生
に関するこれまでの岡野研の成果と世界的な臨床試験の
状況についてご講演いただきます。
皆さんこんにちは。(拍手) ご遠方からもたくさんの方に来
ていただいたようで、本当にありがとうございます。今日は
私どもせきずい基金の創立10周年ということをうたっており
ますが、これはNPOになって10周年という意味合いでして、
実質的な活動は15年近く続けてきました。しかしこの10年
の中でいろいろありまして、再生医療の実現が、本当に「も
しかしたら来年ぐらい、再来年ぐらい」 ――というような思い
を何回も繰り返してまいりました。
今日の国際シンポジウムでは、いつごろ・実際に・どのよう
な方法で現実的に私たちの手元に再生医療が来るのかに
ついても触れていただきたいと思います。
ヒトへの治験がいつごろ始まって、私たちのところにその
治療がいつごろ届くのか――今日の演者の先生方には現
実的にはここらへんまでですということを述べていただきた
いと思います。といいうことで、シンポジウムのタイトルに
「5W1H」 とあえて付けさせていただきました。
世界初のES由来細胞による臨床試験を計画している米
国のバイオ企業ジェロン社の話ですが、つい最近この臨床
試験の開始が延びるかもしれないという話が入っていま
す。これは本日の講師であるハンス・キーステッド先生が共
同研究者ですので、開会前に事情をお伺いしました。恐ら
今日のシンポジウムは長時間にわたりますので、体調等
悪い方がありましたら申し出ていただければ対応できます
ので、皆さん最後までしっかりご静聴のほどお願いしたいと
思います。(拍手)
【協賛】 独立行政法人福祉医療機構
(「長寿・子育て・障害者基金」助成事業)
【来賓】 …………………………………… 《順不同》
・戸山 芳昭 (慶應大学整形外科教授)
・柴崎 啓一 (前国立病院機構村山医療センター院長)
【後援】 …………………………………… 《順不同》
・中村 雅也 (慶應大学整形外科常勤講師)
日本難病・疾病団体協議会
SMA(脊髄性筋萎縮症)家族の会
全国頚髄損傷者連絡会
全国多発性硬化症友の会
全国脊髄損傷者連合会
難病のこども支援全国ネットワーク
日本ALS協会
日本IDDMネットワーク
日本筋ジストロフィー協会
日本網膜色素変性症協会
日本リウマチ友の会
・石井 勝彦 (文部科学省ライフサイエンス課長)
・高木美智代 (衆議院議員・公明党)
・古川 俊治 (参議院議員・自民党、弁護士、慶應大学
法科大学院教授、同医学部外科教授)
・服部ゆくお (東京都議会議員・自民党)
・山加 朱美 (東京都議会議員・自民党:代理)
・野上じゅん子 (東京都議会議員・公明党)
・安達 喜一 (クリングルファーマ㈱副社長)
・奥澤
徹 (ファイザー㈱コミュニティ・リレーション部長)
文部科学省
厚生労働省
東京都
科学技術振興機構
日本再生医療学会
日本脊髄障害医学会
・杉田 純一 (日本損害保険協会・業務企画部
自動車・海上グループリーダー)
・井上 龍夫 (日本IDDMネットワーク理事長)
・田中 良三 (赤十字語学奉仕団委員長)
・渡辺理恵子 (赤十字語学奉仕団翻訳チームリーダー)
6
■国際シンポジウム「中枢神経系の再生医学」
【来賓挨拶】 ……………………………………《要旨》
戸山
芳昭
古川
〔慶應義塾大学整形外科教授〕
まず初めに日本せきずい基金には、すばらしい企画をし
ていただきまして本当にありがとうございます。感謝申し上
げます。それから10周年ということで、これまでいろいろなご
苦労があったことと思います。その中で、国内外から脊損
医療に関する資料を集めてニュースレターで配布し、国へ
も掛け合い、また医療、患者さんの間に入っていろいろな
ご尽力をしていただいたということに敬意を表したいと思い
ます。
実は私は整形外科医でありまして、専門が脊椎脊髄外科
医です。いまわが国では5000人以上の方々が毎年、たとえ
ば高所からの転落や交通事故、場合によってはスポーツに
よって背骨に大きな傷害が加わって、脊椎損傷ということに
本当に瞬時にしてなります。
非常に辛いです。私は外科医ですのでそのような方々が
救急で運ばれた場合には、手術でずれた骨は伸ばすこと
はできます。また骨がばらばらになって神経に食い込み、
麻痺をつくっているということを取り除くことはできます。しか
しいつも思うことは、その中の脊髄はいまだ治すことができ
ておりません。非常に無念です。
そういう思いがずっとありました。そして今日ご講演をいた
だきますが、岡野教授とともに何とか再生をということで整
形外科教室でも研究をしてまいりました。それが少しずつ
光として見え、また現実のものになってきているのではない
かと思います。私も非常に楽しみにしておりますが、ぜひ皆
様方も再生研究が 「いまここまで来ている」 というものを聞
いていただき、楽しみにしていただければと思います。
医 療 側 を 代 表 し て と い う こ と に な り ま す と、こ の“Walk
Again”――これを限りなく目指して努力していきたいと思い
ます。これでご挨拶とさせていただきます。
高木
美智代
俊治
〔参議院議員、慶應義塾大学教授〕
ご紹介いただきました参議院議員の古川俊治でございま
す。慶應義塾大学の外科医でして、戸山教授そして今日
ご講演される岡野教授の後輩にあたります。私は参議院で
この新しい治療方法の推進というものに、いままで邁進して
まいりました。いま政治はさまざまな動向で混迷をしており
ますが、どうしてもこの日本の再生医療の研究だけは前に
進めなければいけない。そのためのしっかりとした予算立て
をし、そして規制を緩和していく――このことは超党派でぜ
ひ当たっていきたいと思います。
そのためにも今日ご臨席賜っている山中教授をはじめと
しまして、皆さまには国会のほうに詰めて熱意を語っていた
だいております。そして大きな後押しが患者さま、皆さまの
厚意でございます。ぜひこの“Walk Again”の皆さまの熱
意、ご努力をこれからもどうかお願い致します。またわれわ
れもしっかりとこれを支えていきたいと思っております。今後
ともお互いに頑張ってまいりましょう。
服部
ゆくお 〔東京都議会議員〕
皆様こんにちは。都議会自民党政調会長の服部ゆくおで
ございます。日ごろから本当に熱心に活動を続けておられ
ます、大濱理事長をはじめ関係者の皆様のご努力に心か
ら敬意を表します。
私ども都議会自民党は国の障害者自立支援法が、障害
のある方の生活実態に即した制度になるように抜本的な見
直し等、いままで国に働きかけをしてまいりました。
とりわけ障害者自立支援法のホームヘルプサービスのう
ち重度訪問介護について、報酬単価が低いといったことか
ら、利用者から「支給決定を受けたがサービスが利用でき
ない」という声が寄せられてきました。そういった事態に対
する皆さまの強い要望を受けて、今年度、「重度訪問介護
事業者基盤整備事業」を創設し、重度障害者の受け入れ
態勢を強化するための経費、これを補助するなどの必要な
施策を推進させていただきました。
東京がこれからまた平成25年度は東京国体、全国障害
者スポーツ大会の開催に向けて、いま着々と準備も進めて
まいりますが、この大会を成功させて障害者に対する理解
や社会参加が一層促進されるものと考えております。
どうぞこれからも、今日のこのシンポジウムを通して希望
の持てる有意義な会になりますよう、皆様方のご健勝を心
からお祈りいたしまして、私からのメッセージといたします。
〔衆議院議員〕
ただいまご紹介をいただきました公明党の障害者福祉委
員会委員長を務めております高木美智代でございます。
今回の総選挙では皆様に大変お世話になりました。再生
医療を推進する議員の会では中山太郎会長、そして冨岡
事務局長、残念ながら今回落選というかたちになりました。
しかしこの世界に誇る日本の再生医療研究、何としても確
立をしなければならないと思っております。
私どもしっかりとさらに結束をさせていただきながら、これ
からまた山中先生等のお話を受け止めさせていただき、国
としてできる支援を全力で働かせていただく決意でござい
ます。
また併せまして現在脊損の皆様の、訪問介護、訪問リハ
ビリ、そしてまた移動支援等々、皆様の生活支援を車の両
輪としてこれからも取り組ませていただくことをお誓い申し
上げ、簡単ではございますが本日のご挨拶に代えさせてい
ただきます。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。あり
がとうございました。
7
■国際シンポジウム「中枢神経系の再生医学」
【祝電】 ………………………………《順不同、要旨》
● 衛藤 晟一
● 川端 達夫 (衆議院議員/文部科学大臣)
「日ごろよりご活躍されています皆様に敬意を表しま
す。皆様の活動が実を結び、再生医療研究の成果が
より良い社会を生み出す日が、一日も早く訪れること
を祈念致します。・・・」
(参議院議員)
「・・・近年の再生医療の進展は目覚しいものがあり世
界的に注目されているところです。わが国の医療研究
者の皆様が最先端を走っており、国としても微力なが
ら研究開発費等を増額して一日も早い実用化を大い
に期待しています。しかしながらアメリカに比べると研
究開発に関わる環境が、まだまだ遅れており国政に
携わる者のひとりとして第一線で頑張っている皆様が
少しでも働きやすい環境整備をするために一生懸命
頑張る決意でございますので宜しくお願い申し上げま
す。・・・」
● 井形 高明 (元国際脊髄障害医学会会長
元日本脊髄障害医学会理事長)
「貴会におかれましては、 この10年間究極のテーマ
である脊髄再生に尽力を尽くされ、その実現が視界
に入った今、 創立10周年をお迎えされたことを、 心
からお祝い申し上げます。
この10周年を祝されての国際シンポジウムがご企画
され、これを契機として、再生医療の一日も早い実現
に向け、全世界の関係者が認識をあらたにされ、ご尽
力されるものと信じてやみません。」
● 石井 みどり
(参議院議員)
「・・・交通事故やスポーツ事故等、誰もが脊髄損傷の
可能性があると言っても言い過ぎではないこの現代
で、胸を張って社会参加できることが今、求められて
います。
脊髄損傷治癒の展望を切り開き、医療からケアまで
の社会的・総合的システムの確立を目指す皆様の活
動に心から敬意を表しております。・・・」
● 岩崎 博充 (ファイザー㈱代表取締役社長)
「・・・長年にわたり活動に携わってこられた皆様のご
尽力に敬意を表しますとともに、貴団体の今後益々の
ご発展と、皆様のご健勝を心より祈念いたします。」
● 三宅 茂樹 (東京都議会議員)
● 森
英介
(衆議院議員)
「・・・国際シンポジウムのご開催をお祝い申し上げま
す。健やかな未来へ向け益々のご発展をお祈り致し
ます。」
「・・・シンポジウムのご盛会を祝し、貴会のますますの
ご発展とご健勝をお祈りいたします。」
● 田村 憲久
● 高島 なおき (前東京都議会議員)
(衆議院議員)
「・・・安心して暮らせる社会をつくるために皆様方と共
によりよい障害者施策に取り組んで参る所存でござい
ます。・・・」
「大濱理事長をはじめ、会員の皆様方の今日までの
ご尽力に敬意を表します。貴会の益々のご隆盛、会
員の皆様方のご健勝を心からご祈念申し上げます。」
8
1
講演
■ iPS細胞の可能性と課題
山中 伸弥
京都大学物質-細胞統合システム拠点
iPS 細胞研究センター長
同・再生医科学研究所再生誘導研究分野教授
山中 皆様こんにちは。京都大学の山中です。よろしくお
一つ目は、ES細胞から神経や筋肉など体に存在している
願いします。本日はiPS細胞の可能性と課題、現状について
すべての細胞をつくり出すことができる「分化多能性」と呼
簡単にご説明したいと思います。
ばれる性質があるからです。もう一つの性質は未分化のま
までほぼ無限に増やすことができます。この二つの特性、ヒト
ES細胞研究から
のES細胞を大量に増やしたあとで、神経や筋肉を大量につ
もともと私はES細胞(胚性幹細胞)の研究を10年以上行っ
くり出すことができるということから、万能細胞と呼ばれること
ています。ES細胞はご存じのように受精卵、その胚というも
があるわけです。
のから科学者がつくり出した幹細胞であります。ネズミで
この性質を利用して、ES細胞からさまざまな人間の細胞を
1981年、人間では1998年にできました。ES細胞は、時に「万
大量に準備し、その細胞を多くの疾患や外傷、パーキンソン
能細胞」と呼ばれますが、なぜかといいますと二つの大きな
病、脊髄損傷を含む多くの患者さんの治療に使えるのでは
特性があるからです。
ないか。元気な細胞を移植することによって、機能回復を図
れるのではないかということが、人間のES細胞ができた1998
年以降大きく期待されています。
そして今年は、FDA 〔米国食品医薬品局〕 で初めてのヒトES
細胞に由来するオリゴデンドロサイト前駆細胞を使った、脊
髄損傷の患者さんに対する米国ジェロン社の臨床試験が
認可されました〔p.60参照〕。現在一時的にストップしておりま
すが、すぐ再開されるのではないかと期待しています。この
点につきましてはキーステッド先生から詳細なお話があると
思います。私たちもこの結果を非常に注目しております。
ES細胞の可能性は非常に高いわけですが、問題点、課題
も多いです。一つは患者さんご本人の細胞ではありません
図1-1
9
ので、移植をしたあとの拒絶反応がどうしても起こってしまい
告したのと同じ日にウィスコンシン大学のジェームズ・トムソ
ます。それからもう一つは、たとえ治療のためとはいえヒト胚、
ン先生たちも成功を報告されました。さらにその直後にハー
ヒトの受精卵を利用していいのかという倫理的な反対意見
バード大学やカリフォルニア大学など世界中の多くの大学
も多いのも事実です。
が次々と論文を発表しています。現在では世界中で本当に
多くの研究機関が、人間やネズミのES細胞に加えて、iPS細
ちょうど私が10年前、1999年12月に奈良先端科学技術大
胞を使った研究をどんどん進めているところであります。
学院大学で自分の研究室を初めて持つことができました。
そのときに研究室のテーマとして、そのES細胞のいいところ
私たちは今、京都大学附属病院や北野病院などの病院と
を利用して何とか課題を克服できないか、ということを考え
協力して、さまざまな患者さんからiPS細胞をつくっていま
て研究を開始しました。
す。患者さんに対して行う処置は皮膚生検です。トレパンと
具体的には受精卵、胚からではなく患者さんご自身の皮
いう器具を使って数ミリの皮膚片を、太ももや上腕部から採
膚細胞等の体の細胞から初期化、時計の針を逆戻しにす
取します。この数ミリの皮膚片を2~3週間培養すると、皮膚
るような現象によって、ES細胞と同じような万能細胞をつく
細胞、正式には「線維芽細胞」と呼ばれる細胞がバーッとは
れないか、ということを目標に研究を開始しました。これに
い出してきて、10㎝のシャーレ(培養皿)がいっぱいになりま
よってES細胞の問題点であります拒絶反応やヒト胚の利用
す。
といった課題を克服できるのではないか、と考えました。
ただこういう皮膚細胞というのは何回か分裂すると細胞分
裂しなくなり、やがては死んでしまいます。しかし、ここに先ほ
iPS細胞の樹立
どの四つの遺伝子、もしくは、今もっと数が減っていて、三つ
1999年12月に私が初めて研究室を持ったのは奈良先端
とか二つの遺伝子を導入すると、1ヶ月ぐらいたつと全く違う
科学技術大学院大学です。ここは学部のない大学院大学
形のiPS細胞が出てきます。
です。私の研究室の最初の学生として3人が10年前に入っ
てきてくれまして、彼ら彼女らの頑張りで、その後の研究を着
実に進めることができました。
図1-2
そして2006年でありますが、3人の学生の1人である高橋
和利君――いま高橋先生になっていますが――彼が中心
となって頑張ってくれました。
まずネズミの皮膚の細胞に四つの遺伝子をレトロウイル
スに導入することによって、ES細胞とそっくりな細胞ができ
る、ということを報告することができました。この細胞のことを
「人工多能性幹細胞 (induced pluripotent stem cells)」、「iPS
これは(図1-2)、一つの細胞ではなく500個ぐらいの固まり
細胞」と名づけました。
です。ES細胞もiPS細胞も非常に能力はすごいのですが、大
きさは細胞の中でも一番小さいほうで、一つひとつではなか
これは、ネズミでの成功でして、やはり目標はヒトを治すこと
なか見えません。このような固まりになって初めて見える。
にあります。私も昔は整形外科医であったことが少しだけあ
りますので、何とかヒトでも同じことをしたいと思いました。ES
iPS細胞になると能力はES細胞と同じで、ほぼ無限に増や
細胞の場合は、ネズミの成功からヒトの成功に17年かかった
すことができます。増やしたあとで色々な方法で刺激を加え
わけです。それでは、ヒトのiPS細胞もかなり難しいかと思った
ると、神経や心臓などさまざまな細胞をつくることができます。
のですが、幸い人間のES細胞の研究成果から、かなり色々
例えば心臓の細胞をつくり、シャーレの中でドックドックと
なことがわかっておりましたので、17年かかることはなく、実
拍動する心臓の細胞を、もともと皮膚だった細胞からつくり
際には1年ちょっとで人間での成功を報告しました。
出すことができるのがiPS細胞の技術であります。
大人の皮膚の細胞に、ネズミで見つけたのとまったく同じ
この技術を用いて、日本人だけではなくさまざまな人種、
四つの遺伝子を導入することによってiPS細胞ができるとい
幅広い年齢層の方からiPS細胞を樹立しています。6歳の女
う結果を、2007年に報告しました。ネズミから人間に行くの
の子から81歳の女性まで、それほど変わらない効率でiPS細
が、思ったより簡単であったということです。
胞をつくり出すことができます。
しかし、簡単だったのは私たちだけではなく、私たちが報
10
講演1.iPS細胞の可能性と課題 〔山中〕
時間がかかりますので、脊髄損傷の場合には、間に合わな
iPS細胞技術で目指していること
いということになります。
何のためにさまざまな病気の患者さんからiPS細胞をつ
そこで、私たちは患者さんからつくるiPS細胞に加えまし
くっているのかですが、iPS細胞にしますと大量に増やすこ
て、iPS細胞バンクというものが必要になると考えています。
とができます。そこから増やしたあとで神経細胞や心臓の細
京都大学では私たちのiPS細胞研究センターを中心にし
胞、肝臓や膵臓の細胞を大量につくり出すことができます。
て、「再生医療用iPS細胞バンク」をつくろうということを提案
こういった細胞は、この患者さんとまったく同じ遺伝子情報、
しております。
つまり病気の方と同じ細胞の設計図を持った細胞を大量
につくり出すことができる。それがiPS細胞の技術です。
例えば、今までは心臓病の方の心臓の細胞を、その方が
生きておられる間に大量に準備するということはできません
でした。ですが、この技術ですと患者さんからは皮膚細胞を
少しだけいただくと、iPS細胞として大量に増やして、心臓で
あっても神経であってもつくり出せるということから、さまざま
な使い方が考えられます。
ES細胞のところでご紹介しました、そういった細胞を患者
さんに戻して再生医療、細胞移植治療を行うということもも
図1-3
ちろん期待されます。
実際、多くのグループがすでにiPS細胞を使った治療効
どういうことかと言いますと、患者さんご本人からではなく
果を発表しています。マウスについては、貧血やパーキンソ
ボランティアのドナーの方から皮膚細胞等をいただいてiPS
ン病についての治療効果がすでに論文になっていますし、
細胞をつくる。iPS細胞技術というのはまだ誕生して2、3年
人間のiPS細胞を使っても特殊な貧血に対する動物モデル
の非常に若い技術でして、作製方法もどんどん改良が進ん
を使った治療効果が報告されています。わが国においても
でいます。ですからこの1、2年の間に最適の作製方法を決
慶應義塾大学の岡野栄之先生、中村雅也先生を中心に、
定していきたい。また皮膚細胞からつくるのがいいのか、い
脊髄損傷の動物モデルに対する治療効果が確認されて
までは血液細胞や髪の毛の細胞、胃の細胞、肝臓の細胞
おります。
などさまざまな細胞からiPS細胞ができるということがわかっ
iPS細胞をES細胞の代わりに再生医療に用いると、患者さ
ていますので、それについても決定していきたい。
んご自身からiPS細胞ができるので、ヒト胚を使うという倫理
先日、岡野先生との共同研究で報告しましたが、どの細胞
的な問題や移植後の拒絶反応を回避できます。
からつくるかによって、できたiPS細胞の安全性がかなり変
わってくることが、ネズミを使った実験でわかってきました。
iPS細胞バンクの提案
人間でも皮膚細胞なのか血液の細胞なのか、一体どの細
しかしiPS細胞をつくるには、1、2ヶ月以上の時間がかかり
胞からつくったら一番安全かということもこの1、2年で決め
ます。また、実験用のiPS細胞をつくるにも、培養にすごくお
る必要がありますし、どの方法でつくったら一番安全かも決
金がかかります。それをさらに患者さんに移植するような高
める必要があります。また、できたiPS細胞の品質を、特に安
品質のiPS細胞をつくろうとすると莫大なお金がかかります。
全性を徹底的に管理する。どうやって安全性を確認するか
ですから患者さん一人一人からiPS細胞をつくることは実用
というような研究がまだまだ必要ですが、そういったことをこ
的には費用、時間の面でかなり問題が多い技術になりま
の1年、2年という間で終わらせたいと考えています。
す。
脊髄損傷の患者さんにこの幹細胞、細胞移植療法を行う
こういったバンクで有名なのは、輸血のときに使う血液バ
場合は、患者さんがケガをされてから1、2週間の亜急性期
ンクです。血液バンクの場合は血液型のA型・B型・O型・AB
に移植すると効果が認められますが、それ以降になると効
型の4種類、それとRh+、Rh-くらいの種類をそろえたらほぼ
果が認められないと考えられています。しかし、このiPS細胞
大丈夫なわけですが、細胞移植の場合は血液型よりもっと
をつくるのは何ヶ月という時間、iPS細胞をつくってさらに移
複雑なHLA型 〔白血球の型〕 というものをそろえる必要があ
植をする神経系の細胞をつくるのにはさらに何ヶ月という
ります。これは数万種類以上ありますので、それではそれら
11
をすべてそろえる必要があるのか、ということになります。数
万種類をそろえることは非常に難しいです。
しかし幸い、特殊なHLAの「ホモ型」、今日詳細な説明は
省きますが、特殊なタイプのHLAの方がおられます。そう
いったユニークなHLAのホモの方を50名見つけてくると、日
本人の場合は90%はこの50名に由来するバンクでカバー
できる、拒絶反応を非常に低く抑えることができる。理論的
にはそう考えられていますので、私たちはHLAホモである
50名の方を見つけ出して、そこからiPS細胞をつくる。そして
最適の方法、技術で徹底的な品質管理を行うということで、
図1-4 運動ニューロン病
5年以内にはこういったiPS細胞バンクを完成させたい。
は死滅してしまい、その結果としてその神経の行き先である
その細胞を使って岡野先生とか、iPS細胞から目的の細胞
筋肉がやせ細っていき、麻痺してしまいます。
をつくってそれを実際に病気や外傷の方に移植するといっ
た研究を行っている方と連携して、バトンタッチしたいという
運動ニューロン病にはさまざまな種類がありますが、代表
ふうに考えています。5年経ったら再生医療はできる、という
例としては、脊髄性筋萎縮症(SMA)と、筋萎縮性側索硬化
わけではなくて、再生医療に使えるiPS細胞を5年以内に完
症(ALS)があります。
成させたい、というのが私たちのいまの目標です。
SMAのほうは遺伝子異常がはっきりしています。SMNと呼
ばれる遺伝子異常で起こりまして、お父さん、お母さんから
先日、国の補正予算で、基金という日本の研究者30名に
両方ともこの異常な遺伝子を引き継ぎますと、患者さんはほ
これまでにない大型の研究予算〔最先端研究開発支援プログ
ぼ必ず発症します。小さい赤ちゃんのときから発症すること
ラム〕で研究を進めるというものがありますが、それに採択さ
が多いというのがSMA、脊髄性筋萎縮症です。
れており、この研究をぜひ進めたいと考えています。
再生医療は私たちも非常に大きな期待を持っています
一方、ALSは大部分が原因不明です。遺伝性がないもの
が、時間がまだ掛かります。
がほとんどで、大人になってから発症するのが多いというの
繰り返しになりますが、5年でまずiPS細胞を再生医療に
がALSです。この二つでだいぶ異なっております。
使える段階にまで持っていきたい。そこからさらにiPS細胞
ALSはアメリカでは「ルー・ゲーリック病」として広く知られ
から目的の細胞をつくって移植するという次の段階があり
ています。ルー・ゲーリックは70年くらい前のアメリカの大打
ますので、まだ時間はどうしてもかかってしまいます。1日も
者でした。1936年、1937年に打率3割5分以上を打ったので
早くということで一生懸命研究していますが、安全性の問題
すが、翌年1938年にプレーに精彩を欠くようになりました。ス
がありますのでなかなか早まったことができないというのも
ランプかと思われていたのが、スランプではなく筋萎縮症で
現実であります。
あるということがわかり、1939年に引退を余儀なくされ、その
2年後に37歳で亡くなりました。このことからルー・ゲーリック
研究用、薬剤開発のためのiPS細胞技術
病として一般の多くの方がその病気のことを知っています。
しかしiPS細胞技術のより近い使い方としていま期待され
先ほども言いましたが、ALSでは90%以上は家族歴がな
ているのは、研究用、または薬の開発のために用いる、体外
く、数%はSOD遺伝子〔p.35参照〕の異常がある家族性のも
で用いるという使い方です。こういった細胞を使って病気の
のもありますが、大部分は原因が不明です。ルー・ゲーリック
モデルをつくる、そして治療薬を開発するということを期待
が70年前に病気になってから治療法の大きな進歩はこれ
しています。
までのところありません。このあとお話があると思いますが、
その一つの例として「運動ニューロン病」を挙げます。運動
最近新しい治療法が出てきています。最近まではなかなか
ニューロン病は運動ニューロン、つまり運動神経の異常に
劇的な治療法の進歩がなかったということです。それは、病
よって骨格筋の筋力が低下してしまうという病気です。正常
気の原因や薬を開発するよい病態モデルがなかったという
な人間の運動神経は正常であり、その神経に支配されてい
のが、大きな原因の一つではないかと考えています。
る筋肉も正常なわけです。ところが、この運動ニューロン病
SMAとALSはだいぶ様子の違う運動ニューロン病でありま
にかかると、いろいろな原因で運動ニューロンが変性もしく
12
講演1.iPS細胞の可能性と課題 〔山中〕
すが、両方とも有効な治療法がない、両方とも、やはりよい病
疾患発生の要因
態モデルがないというのが問題点であると思います。
SMA
しかしこのiPS細胞技術ができたことによって、いま世界中
ALS
の多くの研究者がSMAやALSの患者さんの皮膚細胞から、
iPS細胞をつくり、そのiPS細胞を大量に増やしたあとで運動
遺伝子
異常
ニューロンを分化させる、つくり出すことにすでに成功して
います。こういった患者さんは運動ニューロンは変性、死滅
環境
してしまいますが皮膚細胞は正常です。
加齢
作り出したこの運動ニューロンはSMA、ALSの患者さんと
同じ遺伝子を持っているわけです。SMAは遺伝子の異常が
はっきりしていますし、ALSのほとんどのケースでもいまのと
図1-6
ころ見つかっていませんが、やはり何らかの遺伝子の異常
なぜかと言いますと、どうやって病気になるかということで
があるのではないかということも考えられています。それをそ
すが、病気には三つの大きな要因がありまして、一つは遺
のまま引き継いだ運動ニューロンを、研究者や薬の開発を
伝子の異常、あとの二つは環境と加齢であります。この環境
する人が大量に手にすることがようやく可能になりました。
と加齢はときには遺伝子異常を伴うこともありますが、多くの
研究はまだ始まったばかりですが、今後、こういった細胞
場合は遺伝子異常ではなく 「エピジェネティック異常」 と言
を使って病気の原因の解明や、より効果的な薬剤の探索が
われています。つまり、遺伝子の配列は変わらないが、その
急速に進んでいくのではないかと期待しています。
修飾状態が変わる。配列、設計図そのものは変わっていな
いという変化が、この環境や加齢では中心になっていると
病気の3つの要因
考えられています。
京都大学の私たちのiPS細胞研究センターでも、神経内
この三つの要因の大きさが病気によって異なります。SMA
科医でもある井上治久准教授に来ていただき、このALSの
のような遺伝性の疾患の場合は、この遺伝子異常が圧倒的
研究を積極的に進めているところです。
に大きな要因を示しておりますが、一方ALSのような場合は
すでにSMA、ALSともに、昨年アメリカのグループが、患者
遺伝子異常の要因は比較的少なく、環境や加齢に伴うエ
さんからiPS細胞をつくって運動ニューロンをつくったという
ピジェネティックな変化のほうが強いと考えられています。
ことを論文にしています。このSMAのウィスコンシン大学の
患者さんからiPS細胞をつくって、そこから病気になる部分
グループのお話がこのあとエバート先生からあります。SMA
の細胞をつくりますと、図(1-5)のピンクの部分、遺伝子異
のほうは患者さんから運動ニューロンをつくると、その運動
常は患者さんの情報がそのままiPS細胞を経て伝わるわけ
ニューロンはすでに異常であることが報告されています。
ですが、このエピジェネティックのほうは伝わらない。いった
一方、ALSのほうは運動ニューロンをつくったという報告は
ん消えてしまうと考えられますので、図(1-6)の左側のタイ
ありますが、異常かどうかという報告はありません。最初は
プの病気の場合はiPS細胞を使って病態を再現しやすい
ALSの患者さんからiPS細胞を経て運動ニューロンをつくっ
が、右側の場合はどうやってこの環境や加齢の影響を体
ても、それは恐らく正常ではないかと予想されます。
外、培養のシャーレの中で再現するかという大きな課題が
残されています。しかしそれも多くの研究者の努力により克
疾患発生の要因
服されるのではないかと期待しております。
毒性や副作用の評価に
もう一つ、より近いiPS細胞の技術の使い方が毒性や副作
遺伝子異常
用の評価です。いろいろな薬の副作用に「心毒性」がありま
す。これは心臓に対する毒性で、抗生剤や痛み止めなど、ど
環境
エピジェネティック
異常
んなありふれた薬であってもこの心臓に対する影響を常に
心配しなければなりません。
加齢
その中で有名なものは「QT延長症候群」です。名前は少
し難しいのですが、これは心電図を撮ったらわかる変化で
す。心電図の波にP~Tまで名前がついておりまして、このQ
図1-5
13
QT延長症候群
しかしiPS細胞の技術を使えば、この患者さんの皮膚を少
しだけいただき、その皮膚細胞からiPS細胞をつくり、大量に
ECG
iPS細胞を増やしたあとで拍動する心臓の細胞をシャーレ
の中でつくり出すことができます。
シャーレの中でこの心電図のようなものを記録することが
できます。そしてそのシャーレの中の細胞に薬の候補を投
心電図QT間隔が延長
与する。相手は細胞ですので、どんなに高い濃度を投与し
ても大丈夫です。この方法で、今までできなかったようなより
薬剤で誘発される
起こしやすい体質の人がいる
高い精度、高い確率でQT延長症候群のような心毒性を予
想できるのではないかと考えています。
図1-7
これは本当に実用化の一歩手前でありまして、日本でも
~Tの間隔が正常より長くなってしまう、QT間隔が延長する
iPS細胞由来の心筋細胞を販売開始した会社もあります。
ということで、その名のとおりQT延長症候群と呼ばれます。
現在のところは正常な方のiPS細胞ですが、非常に近い将
これが一番多い心毒性の一つであり、さまざまな薬剤でこ
来は、こういった心臓疾患の患者さん由来のiPS細胞から心
れが誘発されます。
筋細胞をつくり毒性検査等に広く使われるようになるので
また、人によってはこういうことに感受性の高い人、起こし
はないかと期待を持っております。
やすい体質の方がいます。やはり遺伝子異常がはっきりし
以上、iPS細胞の使い方、再生医療への使い方、そして病
ていて心臓で大切な、心臓の電気信号を調節するような遺
態モデルをつくって薬を開発するという使い方、さらには毒
伝子に異常があっていろいろな薬に対してQT延長症候群
性・副作用の評価に使うという使い方をご説明しました。iPS
を起こしやすいという体質の方もいますし、遺伝子異常はま
細胞の可能性は非常に高いのですが、同時にまだまだど
だわかっていませんが、いろいろな薬で起こしやすいという
の使い方でも課題もたくさんあります。
方もいます。
このQT延長症候群が怖いのは、この心電図で少しぐらい
iPS細胞の実用化への課題
QT波が伸びるぐらいだったらまだいいのですが、高頻度に
再生医療については、これは何といっても安全性の問題
違うタイプの不整脈に変化してしまいます。これは「致死性
が非常に大きなハードルとして存在しています。iPS細胞は、
不整脈」です。こういうことが起こってしまうと患者さんは意
細胞の初期化、つまり完全に分化していた細胞に四つの
識を失って、治療をされないと亡くなってしまうという不整脈
因子を導入することによって無理やり時計の針を巻き戻す
がいろいろな薬で起こりうるわけです。
ような方法で作製されました。
細胞にかなりストレスをかけることになるので、細胞が反乱
製薬会社が何百億円というお金をかけて新しい抗生物
を起こすのではないか、ということをすごく心配しておりま
質をつくって市場に出し、多くの人が服用しだした途端にこ
す。細胞にとっての反乱というのはやはり腫瘍、がんになる
ういうことが起こってしまったらどうでしょうか。患者さんが亡
ということです。患者さんに移植したあとでがんになったり腫
くなってしまうということは患者さんにとっても大変ですし、
瘍になったりしたら大変ですから、そういうことが起こらない
製薬会社にとっても大変なことでして、何とか事前にこういう
ということを十分に調べる必要があります。これはES細胞に
ことを予見したい、こういうことが起こるかどうかを調べる必
ない問題でので、その克服にはまだハードルがかなり高い
要があります。
というのが現状であります。
現在、これまで一番精度の高い調べ方は、過去にそういう
ことを起こしたことがある感受性の高い患者さん、体質の方
また、これ以外にES細胞と共通の課題もあります。ES細胞
にお願いして、その方の心電図をモニターしながら新しい
やiPS細胞そのものを移植することはありません。必ず神経
薬の候補を実際に患者さんに投与するということが考えら
や筋肉など、目的の細胞に分化させてから移植するわけで
れます。 これはしかし大変危険な治験でして、死に至る不
すが、どうやって確実に分化させるかという研究がまだ完成
整脈が起こってしまうかもしれませんから、常に横に救命措
していません。
置の準備をしながら行う必要があるということで、倫理的に
そうやってつくった細胞をどのように患者さんに移植する
もなかなか行えないというのが現状であります。
のか、それもまだまだ完成していません。心臓の細胞を心臓
14
講演1.iPS細胞の可能性と課題 〔山中〕
に注射のようにピュッピュッと打つのがいいのか、それともそ
(1-8)の右側の使い方ですが、薬の開発、毒性の検査に
ういった細胞でシート状のものをつくって貼り付けるのがい
使うという使い方がメインになると思います。この分野では
いのか。そういったところもまだまだ研究が必要です。
iPierian、Cellular Dynamics International、Fate Therapeutics
それからES細胞、iPS細胞共通の課題として、分化させた
といった三つの会社が有名ですが、すでに商用化、実用化
あとに未分化細胞が少しでも残っていると、その細胞が移
を目指した会社、ビジネスも進んでいるところです。
植したあとでどんどん増えていって「奇形腫」と言われる特
先日アメリカのサンフランシスコを歩いておりましたら、普
殊な腫瘍をつくってしまうということが知られています。です
通の車なのですがナンバープレートが 「IPSCELL」 という車
からこういった共通の課題、そしてiPS細胞に特有の課題を
をみつけました。このように、とりつかれたように研究をしてい
克服する必要が、これからの研究の大きな課題です。
る人もアメリカで見つけました。
京都大学での知的財産管理への取り組み
アメリカでどんどんiPS細胞技術のビジネス化が進んでお
りますが、この技術が始まったのは京都大学でありますの
で、京都大学としても対応を取りました(図1-9)。
ライセンス等の問題もいろいろありまして、対応をしっかり
しないとだめですが、幸いこちらの右側の3社の協力、資金
提供を得まして「iPSホールディングス」という一般社団法人
をつくりました。社員は京大が出す、お金は会社が出すとい
う社団法人でありますが、この法人の下に「iPSアカデミア
ジャパン」という知的財産管理会社をつくりました。この会社
図1-8
が先ほどのような国内外の企業とのライセンスを進めてい
ます。iPS細胞技術を早く実用化をするためにはライセンス
図(1-8)の右側の使い方は再生医療により近いと期待し
をきちんとする必要があるので、行っているところであります。
ていますが、その場合も同じように、いかに目的の細胞に分
化させるかという課題があります。心臓の細胞や神経の細
胞は比較的研究が進んでおりますが、肝臓の細胞や膵臓
の細胞をつくり出すのは、ES細胞からであってもiPS細胞か
らであってもまだ難しいというのが現状でして、さらなる基礎
研究が必要です。
それからALSのところで簡単にご説明しましたが、いかに
iPS細胞を使って患者さんの病態、症状を再現するかという
ことも大きな課題です。
こういった課題を今世界中の研究者が競いながら、また
協力しながら解決しているのが現状です。
図1-9
世界規模で進む研究とビジネス化
このように、課題も可能性もともに非常に多い技術であり
私たちは今、iPS細胞研究センターに属しておりますが、こ
まして、昨年末、「Science」という私たちの分野ではもっとも
れは京都大学に、もともと世界トップレベル国際研究拠点
影響力のある雑誌の一つが、2008年のもっとも画期的な研
〔物質‐細胞統合システム拠点〕 というものが2年前にできまし
究、ということでiPS細胞技術を選出しています。世界中でこ
て、詳細は時間の関係で省きますが、ヒトES細胞研究の日
のiPS細胞等の幹細胞研究が進んでおりまして、アジア・ア
本の権威である中辻憲夫先生が拠点長であります。この中
メリカ・ヨーロッパ・オーストラリア・インドなど、どんどん広がり
の幹細胞研究部門が1つの柱となっていました。
この部分をヒトのiPS細胞の樹立の報告を受けまして、半
つつあります。
こういったiPS細胞技術の実用化を目指した企業もアメリ
独立させてできたのがiPS細胞研究センター「CiRA」〔サイラ〕
カを中心にどんどんできています。先ほどご説明しました図
です。去年の1月にできましたから、まだ1年半しかたってい
15
ません。
京都大学iPS細胞研究センター (CiRA)
文部科学省のご支援で、新しい研究棟も来年2月の完成
予定で、急ピッチに建築を進めております。ここで再生医療
と、病態モデルをつくって創薬をするという、その二つの研
究を柱にいま多くの若い研究者を中心に集まっていただ
いているというのが現状です。
おわりに
以上をまとめますと、iPS細胞は能力的にはES細胞に匹敵
する万能細胞でして、ヒト胚の利用や拒絶反応を回避でき
H22年2月 竣工予定
ます。また、わが国発の技術ですが、同時に安全面での課
題がまだまだ多いという技術です。
41
図1-10
再生医療に使うには安全面の課題を克服しなければなり
ませんし、知的財産を今後もしっかり確保していく。国際間
いる研究でありますし、また国内外の多くの研究者との共同
の競争も非常に激しくなっておりますので、しっかり日本で
研究が行われています。特に慶應義塾大学の岡野先生、
も研究を行って知財を確保していく。しかし競争だけではだ
それから同大学整形外科の中村雅也先生とは、この2年ぐ
めでして、国際的な協力も行って1日でも早くiPS細胞技術
らいかなり密な共同研究をしておりまして、今後もそういっ
の実用化を目指したい、というのが現状です。
た協力をどんどん進めて1日も早く実用化を目指したいと
思います。
お話の最後に、一人ひとりの名前を言う時間はないので
以上です。どうもご清聴ありがとうございました。(拍手)
すが、研究室の多くの若い研究者の努力によって行われて
山中 伸弥〔やまなか
しんや〕
□
1987年 神戸大学医学部卒業
1993年 大阪市立大学大学院医学研究科
修了
1993年 米国グラッドストーン研究所
ポストドクトラルフェロー
1995年 同、リサーチインベスティゲーター
1996年 大阪市立大学医学部助手
1999年 奈良先端科学技術大学院大学
遺伝子教育研究センター助教授
2003年 同、教授
2004年 京都大学再生医科学研究所教授
2008年 京都大学物質‐細胞統合システム
拠点 iPS細胞研究センター
センター長
□
第3回(平成18年度)日本学術振興会賞
2007年度 朝日賞
Robert Koch Prize 2008
平成20年度 科学技術分野の文部科学
大臣表彰 科学技術特別賞
第61回中日文化賞(平成20年)
Shaw Prize in Life Science 2008
平成20年秋の紫綬褒章
2009 Albert Lasker Basic Medical Research
Award
2009 Canadian Gairdner International
Award
16
2
講演
■ 幹細胞移植による脊髄損傷治療
ハンス S.キーステッド
カリフォルニア大学アーバイン校准教授
同 リ ー ブ・ア ー バ イ ン 研 究
スー&ビル・グロス幹細胞研究センター共同代表
セ
ン
タ
ー
司会 続きまして、カリフォルニア大学アーバイン校のハン
ここに脊髄損傷の受傷時期別の治療法開発を挙げてい
ス・キーステッド准教授に、「幹細胞移植による脊髄損傷治
ます〔表2-1〕。 まず受傷して、そのあと急性期が続き、その
療」についてご報告いただきます。キーステッド先生は2年
間に炎症性反応として免疫応答が起こります。その結果とし
前の“Walk Again 2007”でもご講演をいただきました。先週、
て問題も起こりますが、このような現象があるがために治療
ジェロン社の臨床試験計画が延期になったという報道があ
の可能性も出てきます。受傷後数時間、数日の間に炎症が
りましたが、ES細胞由来の神経前駆細胞による脊髄損傷の
起こり、それに対しての治療はまず免疫応答に対しての治
臨床試験を中心にお話しいただきます。キーステッド先生、
療です。これも受傷後 12 時間という急性期に行わなければ
どうぞよろしくお願いいたします。
なりません。
第Ⅲ相試験の開始
キーステッド ありがとうございます。この場でお話しする
ことができて本当に光栄です。さて今回は、幹細胞を使った
今日はこのお話はしませんが、ブリストル・マイヤーズ・スク
脊髄損傷の治療法についてお話ししたいと思います。幹細
イブ社 〔BMS:米国の多国籍製薬企業〕 によって 2009 年、実際
胞、そして iPS 細胞の草分けである岡野先生、山中先生と同
に急性期の治療の第Ⅲ相試験 〔市販前の最後の試験〕 が行
じステージでお話しすることができて光栄に思いま
す。
皆様もご承知のとおり、現在は「ハッピータイム」と
言っていい、皆様もご承知の通り、過去数年の努力
が実った年だと思います。それを考えると今後も脊
髄損傷の分野で研究を続け、慢性期における治療
に向けて研究を進めたいという意欲があふれてきま
す。
表2-1 脊髄損傷・脊髄疾患への治療法開発 (H. キーステッド)
急性期
(数時間~数日)
亜急性期
(数日~数週)
↑
抗体治療
フェーズⅢ
2009年開始
ブリストル・
マイヤーズ社
↑
幹細胞-OPC*治療
フェーズⅠ
2009年開始
ジェロン社
慢性期
(数週~数十年)
↑
幹細胞-MNP**治療
前臨床試験
カリフォルニア・ステムセル社
①SMAタイプ1の乳児
②ALSターミナル ③慢性脊損
*OPC;オリゴデンドロサイト前駆細胞 **MNP:運動ニューロン前駆細胞
17
われることになりました。数百例を組み込んだ第Ⅲ相試験
いた受精卵を使っています。体外受精で使わない受精卵
を行いますが、これによって受傷後数時間の間の炎症反応
をもらって数日間培養すると桑実胚〔ソウジツハイ〕になり、そこ
を抑えることを狙っています。この抗体治療を行うのが、多
から胚盤胞〔ハイバンホウ〕になります。
国籍企業であるブリストル・マイヤーズ・スクイブ社です。脊
胚盤胞の中に細胞があって、この内部細胞塊を ES 細胞と
髄損傷のための薬剤も開発されましたが、そのための前臨
して使うことができます。ヒトの疾患を治療する可能性のある
床、動物実験はわれわれが行いました。これは今後、リウマ
細胞と言えますが、皆さんの体のすべての細胞はここから
チ(RA)や変形性関節症(OA)の治療が行われると考えてい
つくられるからです。ただ、どのようにして一つの細胞タイプ
ます。そしてこの第Ⅲ相試験が終わると、これによる脊損急
からほかの種類の細胞をつくり出すか、たとえば脊髄損傷
性期の患者さんの治療が可能になります。
の患者さんが必要な細胞、ALS の患者さんが必要な細胞
にどのように分化させるかが問題です。
私がお話しするのはこの次の段階の期間、すなわち ES 細
胞由来のオリゴデンドロサイト前駆細胞を使った治療です。
オリゴデンドロサイトによる有髄化
急性というよりも亜急性――受傷から数日、あるいは数週間
われわれのラボでは ES 細胞の中から高純度のそれぞれ
後の時期の治療で、それより前でもあとでもいけません。特
の細胞に分化する前駆細胞をつくることができますが、これ
定の期間に集中した治療ということで、受傷後数週間の期
によって受傷患者さんの治療の可能性があります。そのうち
間の治療を目指します。この研究プログラムについて簡単
の一つがオリゴデンドロサイト*の前駆細胞ですが、脊髄損
に紹介します。
傷で損失されるこれらの前駆細胞をつくっています。ほか
2009 年1月に FDA〔米国食品医薬品局〕が臨床試験を承認
にもありますが、そのうちの一つをお話しします。ES 細胞は
し、現在、開始が遅れていますが試験が行われないわけで
何にでもなれますが、何にでもなるのではなくて一つの種
はなく、まもなく開始されると思います。
類の分化した細胞になれるように、それも高純度でヒトに使
今日の報告の後半で特にお話ししたいのは、過去数年
えるようにすることが、ES 細胞の大きな課題です。
間、われわれが研究してきた慢性期の脊髄損傷の状況で
* グリア細胞(=神経膠細胞)の一種で、脳や脊髄などの中枢
す。これは動物を使った運動ニューロンの実験で、この移植
神経系の組織。神経線維の周囲を取り巻いて絶縁する「さ
によって改善を目指します。
や」 をつくる細胞。
私のチームがジェロンとやっている研究をここで紹介しま
これは3種類のヒトの集団*に使えるように考えています。
す。このビデオのラットは脊髄損傷しており、下肢は運動機
* SMA タイプ1の乳児、終末期のALS患者、慢性脊損患者。
能がありません。しっぽが低くなっていて、体幹を支持でき
ES 細胞
ない状態で、この状態が CI 〔脳梗塞〕モデルと呼ばれてい
スライドで示しているのはヒトの卵子で、ブルーの小さな矢
ます。
印が精子です。精子が卵子の中に入っていきます。実際に
すべての脳・脊髄損傷ではこの部分〔神経軸索〕が欠損し
卵管の中で撮ったすばらしい写真だと思います。この状況
てしまい、組織が生存しません。たとえば脳の細胞から脊髄
から進んでいって ES 細胞ができるわけです。
を考えてみると、連結している部分はインシュレーター〔絶縁
もちろん、われわれのラボでこういうことをやっているので
体〕 というか鞘 (ショウ:さや) がついている、髄鞘化しています。
はありません。われわれは不妊治療のクリニックからいただ
髄鞘化しているところが脱髄すると、ここで信号の伝導がな
くなってしまいます。そこでこの部分に ES 細胞を置いてオリ
ゴデンドロサイトによって再髄鞘化できるようにすると、この
ミエリン/髄鞘
オリゴデンドロサイト
軸
索
参考図版 オリゴデンドロサイト
http://www.brain.riken.go.jp/より
参考図版 ES細胞による再生医療
18
講演2.幹細胞移植による脊髄損傷治療〔キーステッド〕
きることになりましたが、それまでに長い時間がかかってい
ます。多くの実験を行い、失敗もしてきました。そのような習
熟曲線を経て実際に FDA に申請を出せるようになり、ES 細
胞ベースの試験が今回承認されたわけです。
ここからいろいろと学ぶところがありました。FDA が承認し
たプログラムはいま中断していますが、その理由は非常に
小さな汚染物質がバッチの中に、オリゴデンドロサイトの ES
参考図版 オリゴデンドロサイトの模式図
2本の軸索に巻きついている(ジェロン社のHPより)
細胞に見つかったからです。この汚染物質は有害ではなく
多くのバッチの中でほんの少量見つかったものですが、こ
動物の機能が回復します。しっぽも上がり、体幹を支持でき
れが見つかったことで一時中断しました。ジェロンが見つけ
る下肢になるという機能回復が見られます。
て、最近のバッチにはこういった不純物がなく有害物質で
はないこと、将来このようなバッチが生じないことを確認した
ヒト ES 由来前駆細胞による脊髄損傷の臨床試験
ので、FDA も書類をレビューして再開が可能になります。
われわれは、この技術を世界最大の ES 研究のバイオベ
ンチャー企業であるジェロン社にライセンスしました。そのた
頸髄損傷の臨床試験を目指して
めに必要な柱となる研究をわれわれが行っていますが、こ
今回の臨床試験では胸部の脊髄損傷しか承認されてい
れがわれわれが行った研究です〔表2-2〕。
なくてがっかりしましたが、われわれのグループは頸部の脊
髄損傷についても研究を続けています。その結果を簡単に
表2-2 ジェロン社の臨床開発の支柱
ご紹介します。われわれが作製した細胞は、先ほどと同じよ
うに高純度のオリゴデンドロサイトです。これらを頸部の脊
・
細胞の作製
・
前臨床試験の効果
・
前臨床試験の安全性
・
臨床計画のシノプシス〔臨床試験計画書〕
髄の部位に導入して、オリゴデンドロサイトの機能を調べて
います。移植細胞は生存していますし、いくつかの機能試
験を行った結果、モデル動物は機能的に胸髄と同じように
頸髄でも回復を示しています。
まず最初にヒトに使えるような細胞を作製し、それらの細
今回、頸髄では、特に組織の維持が非常によかったという
胞が前臨床的に動物モデルで有効性があることを証明し、
ことです。オリゴデンドロサイトの一つの例ですが、通常は移
同時に安全性を証明します。そうなるといろいろな医師がそ
植したあとでもかなりの組織が失われています。そこが失わ
れぞれの臨床試験を組めるようになり、関心領域の患者を
れないことが、移植したときのメリットです。
組み込んだ臨床試験を行います。
例えば中枢神経系の軸索の数を調べると、移植動物のほ
もちろん、それについてはリスクもあると思います。免疫抑
うが多くなっています。オリゴデンドロサイトの量はもっと沢
制のリスクを考える、術後のケアを考える、リハビリを考える、
山あるべきですが、実際にシュワン細胞*の有髄化が行わ
施設を選定するといった数年の努力が必要です。
れてこのようになっています。全量としては多くないがシュワ
その結果、臨床計画のシノプシスを出すところまでやりま
ン細胞としては少なくなっています。組織自体が実際に失
した。ジェロンとともにやった結果として ES 細胞の試験がで
われていないので、修復も少ないことを示しているのです。
灰白質
切断された
軸索
グリア瘢痕
無傷の
髄鞘形成
ずいしょう
じくさく
髄鞘 〔ミ エ リ
軸索
こうりん
ランビエ絞輪
中枢
軸索
白質
2次損損傷による
空洞
参考図版
脱髄した軸索
中枢
軸索
オリゴデンドロサイト
脊髄損傷の病理 (ジェロン社のHPより、一部改変)
19
* 末梢神経系の細胞の1つで、神経線維を包みこんでいる
。
脊髄では灰白質 * の量が維持されていて、特に運動
ニューロンの区画の部分で組織が維持されていることがわ
かります。したがって、このような環境がオリゴデンドロサイト
にとって必要であることがわかります。組織が維持されれば
髄鞘化も早く起こることを支持しています。
* (カイハクシツ):中枢神経系の神経組織組のうち、神経細胞
の細胞体が存在しているH型の部位。白質は神経細胞体
参考図版
がなく、神経線維ばかりの部位。
ニューロン
多くの細胞はニューロンと同じ構造を持っていて、ニュー
最近の研究で現在出版しようとしているところですが、脊
ロンのマーカーで染色するとアストロサイト*ではなくニュー
髄損傷の状況を調べてみました。受傷直後には多くの炎症
ロンのみが見られます。ズームアウトするとおわかりのよう
反応が起こり、アポトーシス(細胞のプログラムされた死)が起
に、ニューロンの前駆細胞の集団の純度は非常に高く、赤
こった結果、分泌量も少なくなります。これを移植後と比べ
いものがコンタミナント〔不純物〕であるアストロサイトです。こ
てみると効果は明らかで、実際の損傷部位に移植してみる
れは 1 個しかなく、98%以上の純度でニューロンが分化で
とアポトーシスが少なくなることがわかります。また、抗炎症
きたことを示しています。
因子も大きくなっており、ニューロンもよく生存しています。
病態生理が変わったことを示しています。すなわち細胞が
* オリゴデンドロサイトと同じく、中枢神経系に特異的なグリア
細胞。軸索ではなく神経細胞の細胞体及び樹状突起の周
囲に存在。
いかに反応するか、たとえばより速くミエリンをつくることを
さらにこれを分化させて、ハンチントン病の線条体細胞とか、
移植を行った脊髄では、移植によって実際に脊髄損傷の
ドーパミン細胞とかいろいろな細胞に分化できます。われわ
示しています。
このデータを見て勇気づけられました。これを FDA に示す
れはこれから運動ニューロン前駆細胞を作製しました。いろ
ことによって、胸髄損傷だけではなく頸髄損傷患者も今後
いろなマーカーで発現を見てみると非常に高純度の運動
の臨床試験に組み込めるようになればと思います。
ニューロンができていることがわかりました。
運動ニューロンのマーカーで染色してみると発現がわか
高純度の運動ニューロン前駆細胞の作製
ります。遺伝子発現がこのように高くなって、だんだん成熟し
最近の治療研究としてわれわれのチームが開発したもの
ていくとこれがダウンレギュレーション〔発現低下〕されます。
に、運動ニューロンの前駆細胞があります。脊髄損傷後は
そして細胞が実際に活動をやめていくという周期が、そのま
運動ニューロンが失われ、それを置き換えてやることによっ
ま通常の経路として認められました。
最近、成熟細胞もできました。このように成熟のマーカー
て治療が行われることが示唆されるので、ご紹介したいと思
であるコリンアセチルトランスフェラーゼ〔ChAT〕を使うと、こ
います。
脊髄損傷になると運動ニューロンが失われ、逆に運動
のような染色によって成熟したニューロンができます。SMI *、
ニューロンが維持されれば機能回復も早いということです。
グルタメート〔L グルタミン酸〕の培地でもそれぞれ確認できま
われわれのグループが最初に運動ニューロンを作製した
す。細胞構造を見ても成熟していることがわかりますし、
ニューロンが明らかに示されています。
のではありません。これまでは運動ニューロンの純度は低
* 成熟運動ニューロンのために確立されたマーカーの1つ。
かったのですが、われわれは新しい方法を開発して高純
これらのマーカーをご存じでない方もいらっしゃると思い
度、98%以上の純度を持つ運動ニューロンの細胞培養方
ますが、専門家でなくても大丈夫だと思います。専門家でな
法を開発しました。
細胞を培養し、単一細胞、これは接続していないもので、
くても、このスライドを見るだけで両方が非常に類似してい
1、4、8、16 と分裂した結果として、多くの細胞のクローンがで
ることがわかると思います。たとえば一つの細胞だけがほか
きあがります。これらを接着培地に乗せることによって細胞
と違うコンタミネント、つまり不純な細胞がありますが、そのほ
が移動します。ここには組織はありません。完全に臨床的に
かは全部同じです。
使える状態の細胞ができあがります。ヒトにも使えます。はっ
きりと規定された培地中で培養していて、1 週間で数十億の
継代培養*が課題
細胞をつくることができます。
また、クランプ〔電流固定〕試験も行って運動ニューロンの
20
講演2.幹細胞移植による脊髄損傷治療〔キーステッド〕
が少なくなり、逆に不純物としてのアストロサイトが増えてき
ミエリンで覆われた軸索
ます。
通常、運動ニューロンのプールはこんな状態になります。
このように運動ニューロンの細胞は少なく、むしろアストロサ
シュワン細胞の核
イトのほうが多くなってきます。継代をどのようにして正しく
シュワン細胞突起
プロセスするかが課題になると思います。
スクリーニングの自動化
次は、マーカーで運動ニューロンへの分化の発現を調べ
ています。時間がかかりましたが、これらのマーカーの発現
を見て確認しています。最近の技術進歩としては、「カリフォ
ルニア・ステムセル」という企業がスクリーニング・プレートに
して売り出すことができるようになっています。世界で最初
筋細胞
の高純度のスクリーニング自動化ツールを、ヒト集団に使え
軸索末端
ることになりました。96 穴、384 穴、あるいはそれ以上の大き
参考図版 軸索の末端 (佐藤真彦「脳・神経と行動」より)
さのウェル〔皿〕の上に高純度のヒトの運動ニューロン前駆
機能を調べています。電気生理的な実験でニューロンの機
細胞、あるいは心筋細胞でも幹細胞の前駆細胞でもいい
能を調べているのです。それとともに、化学的な刺激である
ですが、載せることができます。
グルタメートで誘発した電流も調べています。濃度を上げる
それぞれのウェルに同じ量の細胞が入っているので、36
とグルタメートは筋肉運動ニューロンに対して毒性を持つ
時間、あるいは 5 日間くらいの培養で、自動的にこのツール
ようになるので、その状況も調べています。
でスクリーニングすることができます。つまり、それぞれの運
* ケイダイ。細胞培養で、その1部を新しい培地に植え継ぐ事を
「継代する」 と言い、植え継ぎから次の植え継ぎまでを1つの代
とする。
動ニューロンをつくる必要はなく、もともとあるものを使えば
問題は、実際に運動ニューロンを持っている筋肉が収縮
があると考えています。
スクリーニングできるので、創薬開発に非常に大きなメリット
できるかどうかです。そうでなければ使っても仕方がありま
こちらはオランダの会社のバイオフォーカス社のツール
せん。すべての括約筋、心筋でも、筋肉は必ず収縮しないと
ですが、別の薬剤を使っています。ハイスループット・スク
使えないわけです。そこで高純度の筋肉細胞を調べまし
リーニング*にはほかの薬剤を添加しています。ここでの組
た。シリンジ〔注射器の円筒〕で筋肉の前駆体を取り、融合を
み合わせは、特にファクターとして成熟した運動ニューロン
使って増殖させ、ヒトの筋肉を使い、ストレスをかけてマイク
のマーカーが増やす BDNF 〔脳由来神経栄養因子〕 を入れて
ロチューブの状態にします。このうちの一つに運動ニューロ
います。このような培地状況になると、培養が非常に効率化
ンを入れると、この中で血液脳関門*と同じような機能で結
されます。
* 膨大な種類の化合物から構成される化合物ライブラリーの
果がわかります。
中から、自動化されたロボットなどを用いて、創薬ターゲットに
*
血液脳関門(blood-brain barrier, BBB)。血液と脳・脊髄
の組織液との間の物質交換を制限する機構。
そうすると、マーカーがアップレギュレーション〔発現上昇〕
対して活性を持つ化合物を選別する技術。
していることがわかりました。神経と筋肉の接続部分の機能
動物モデルにおける運動ニューロンの発現
があることがわかったのです。その中で、実際にヒトの筋の
in vivo 〔インビボ。生体内〕 の話に移りたいと思います。動物
シートがヒトの筋肉と同じように収縮している状態を運動
の体内での実験です。細胞をとてもクリーンなかたちで動
ニューロンを添加することで確認しています。
物に導入し、幹細胞での汚染がないようにしました。
問題は、このような運動ニューロンの前駆細胞は継代しま
まず、脊髄損傷の治療に用いましたが、これは移植数ヶ
せん。ジェロンのステップで今後、さらに技術を開発します。
月後です。ヒトの細胞はマーカーを発現しています。これは
オリゴデンドロサイトを増殖させますが、これらの前駆細胞
運動ニューロンの前駆細胞で、このように発現しています。
のバッチは継代しません。
もう少し時間がたつと、成熟した運動ニューロンがあることが
1 回、継代させるとニューロンの数が少なくなり、不純細胞
マーカーの発現でわかります。
が多くなります。2回目の継代になるとさらに運動ニューロン
これは抗ヒトマーカーでチャット〔ChAT:酵素のコリンアセチ
21
表2-3 ALSモデル動物への運動ニューロン前駆細胞
細胞移植の結果(ALSTDI)
マーカー
HB 9
選択された細胞種
%
運動ニューロン前駆細胞
Tuj1
ニューロン
GFAP
アストロサイト
Oct 4
未分化細胞
98%
>99%
>1%
0%
ルトランスフェラーゼ〕の発現を見ています。このように成熟し
参考図版 筋肉の作られ方
「筋芽細胞」が増殖をストップした後、お互いに融合して多核の
「筋管細胞」となる。筋管細胞はさらに細胞融合を繰り返して大きく
なるとともに、細胞内では筋収縮に必要な収縮タンパク質が繊維
を形成する。このようにしてできた細胞が「筋繊維細胞」である。細
胞内のタンパク質繊維は「筋原繊維」と呼ばれる。
www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2007/070416/より
た運動ニューロンがあり、もともとあったものと移植されたも
のが映っています。
ALSのモデルは、「ALSセラピューティックデベロップメン
ト」(ALSTDI) という会社のものを使いました。脊髄の中で細
胞が分化して生存していることが分かります。
SMN
*
のモデルも使いましたが、この SMA(脊髄性筋萎縮
症) も運動ニューロン病です。Islet-1〔転写因子〕 の染色によ
くなっただけなのですが、それでもマウスの機能回復が見ら
ると、より成熟していることがマーカーでわかります。これは
れます。運動ニューロンの周辺がよくなるだけではなく、実際
移植から数ヶ月後、移植された細胞が成熟している、つまり
に軸索が延びて筋肉まで到達することを望みます。
*
移植したあと細胞が生存して分化しています。
* SMA(脊髄性筋萎縮症)の原因遺伝子である生存運動ニュ
ーロン(SMN)遺伝子。p.27参照。
生物の外見に現れた形態的・生理的性質。
神経成長因子を筋肉内で発現させる
胎内では、胎児の中に GDNF という成長因子があります。
またオリゴデンドロサイトは環境を整える力もあるとお話し
運動ニューロンはこれによって筋肉へと引きつけられてい
しましたが、それについても調べました。運動ニューロン前
きますが、産後は、私たちの体の中にはもう GDNF という成
駆細胞は、前駆細胞として分泌するべきさまざまなものを分
長因子はありません。そこで、GDNF という成長因子を患者
泌しています。実際に分泌しているのかを調べるために、前
さんの筋肉の中で発現させようとしました。
駆細胞が入っていた培養液の上澄みである培養上清 (ジョ
患者さんの組織をほんの少し取って増殖させました。第 3
ウセイ) を取ってほかの運動ニューロンにかけてみたところ、
世代のレンチウィルス*を使って GDNF を筋肉の中に導入
運動ニューロンからの軸索の分岐が見られました。つまり、
し、筋管(myotube)**を誘発し、それを筋肉としたのです。こ
成長が促されたのです。
の場合はラットですが、そうすると筋肉の中で GDNF という
こちらをグラフで示しています。機能的に抗体を使って成
成長因子が分泌します。これは筋肉細胞でもシュワン細胞
長因子を阻害するわけですが、培養上清を細胞の上にか
でもできますが、これで軸索を引きつけることができます。
ける前に抗体を使ってブロックすると軸索の分岐が阻害さ
* 遺伝子導入効率が良く、安全なウイルスのベクター(運び
屋)となる。
** 筋肉は筋芽細胞が細胞融合を起こして多核細胞の筋
管となり、筋管がさらに成熟して収縮能を持つ筋繊維
を形成する段階を経て作られる。
れます。つまり、軸先の分岐を促す成長因子が阻害されて
いることになり、ニューロンの生存を阻害することにもなって
います。
運動ニューロンの前駆細胞の上清では通常、この成長は
GDNF をヒトで応用するのはまだまだ先のことになりそうで
阻害されないけれども、それを阻害するような抗体を入れる
す。これは移植 6 週後ですが、GDNF の分泌が非常に増え
と成長が阻害されています。これは生体内でも生体外でも
ていることが PCR 曲線*でわかります。動物では、ヒトのもの
確認されました。
を使って有効的にできています。
* ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction)はDNA
染色して分岐している様子を見たものですが、移植した場
を増幅する手法であり、そのデータによる増幅曲線。
合、分岐はより増えています。これは移植したものですが、も
ともとあったニューロンが移植した周辺で生存が伸びている
それから、運動ニューロンと GDNF で誘発した筋芽細胞を
ことがわかります。この結果、機能の回復につながります。
使って、軸索が神経のほうへ延びていることがわかります。
表現型*では特定のメリットはありませんでした。筋肉が成
動物ではめざましい効果が出ています。ビデオ画像です
長するという表現型のメリットは見られず、単に養う環境がよ
22
講演2.幹細胞移植による脊髄損傷治療〔キーステッド〕
に説明を行い、臨床試験のための計画を立てています。
が、1 年半前に脊髄損傷を受けたマウスですが、前の脚だ
* CMCはChemistry Manufacturing Controlsの略。医薬品の
承認申請における品質・製造管理のこと。
けが損傷の影響を受けるかたちの損傷にしました。つまり、
前の 2 本の脚は麻痺しています。
ジェロンの技術のほうがもう少し進んでいて FDA の承認
脊髄の前根の神経に損傷を加えたものです。皆様のほう
が出ていますが、つい先週の金曜日、この細胞集団を使う
がよくご存じだと思いますが、そうなると手が動かなくなって
ために、臨床試験、つまりヒトでの使用のための 1 万 4000
しまいます。そのうち GDNF を前脚の上の部分に入れるとそ
ページにわたる申請を FDA に行ったばかりです。
の部分だけが回復して歩けるようになりますが、前脚の下の
部分はまだ麻痺した状態が続いています。脊髄損傷の状
乳児 SMA での臨床試験から
態から、このように回復しています。
最後のスライドは、運動ニューロン前駆細胞による治療で
これを臨床段階に拡大していきたいと考えています。
何ができるかです〔表2-1参照〕。
慢性期の脊髄損傷でもいずれは使いたいと思いますが、
臨床グレードの移植細胞の作製
最初はタイプ 1 の乳児 SMA、脊髄性筋萎縮症での臨床試
我々は 1 週間で通常の培養器で 10 億から 100 億個の細
験を考えています。運動ニューロンが特に脊髄で失われ、
胞を生成することができます。GMP〔適正製造基準〕に準拠し
脚、消化器官が動かなくなっていずれはお乳を吸えないた
た製造装置があり、細胞を増殖させ、分化させ、パッケージ
めに亡くなってしまいます。
して出荷します。そのためそれぞれの段階でクオリフィケー
症状が進行すると、先進国では人工呼吸のための挿管を
ション〔適格性評価〕を取っていますが、運動ニューロン前駆
しますが、やがて心肺機能も失われて亡くなってしまいま
細胞の最終的な臨床グレードのプロダクトは FDA が審査を
す。運動ニューロンがかなり速いペースで死亡してしまうた
行ったものです。
めです。
製品にヒトの ES 細胞は残存していません。五つのバッチ
こういったコーホート、つまり患者集団は 1 歳になる前に亡
のどれもステイニング(染色)によっても確認されていますし、
くなってしまうので、臨床試験の期間は短くなります。逆に言
PCR 法によっても未分化細胞が残っていないことが確認さ
えば 1 年以内に終わるので、それほどお金をかけずに臨床
れています。また、免疫原性 〔抗原性。抗体を誘導する〕 も大
試験ができることにもなります。臨床試験における患者の経
変低く、ないと言っていいほどです。MHC クラスⅠ*はほと
過期間を見るのは 1 年間です。
んど発現していませんし、クラスⅡもほとんどありません。
ジェロンの場合は、細胞移植した脊髄損傷者の経過観察
* 主要組織適合遺伝子複合体の略で、人では白血球の型
であるHLAをさす。クラスI は細胞内の内因性抗原を結合
し、MHCクラス II 分子は外来性抗原を結合して提示する。
期間は 15 年間という長い時間がかかる臨床試験になって
います。乳児 SMA を最初の臨床試験の対象とすることは、
もちろんコンパッショネイト〔深い同情〕な理由もありますが、
混合T細胞 〔混合培養されたT細胞〕 でも免疫原性は見ら
臨床試験が短時間で終わるためにこの患者集団を選んで
れません。赤い線*、モーターグラフト**、移植したもので
います。いずれは対象を ALS にも広げていきたいと考えて
すが、このように完全にカバーしています。CD8、CD4***、
おり、最終的には慢性脊髄損傷へと広げていきたいと考え
つまりこの細胞は免疫原性がないのです。移植して数週間
ています。
は免疫原性がないのです。そのあと必ずないというわけで
最後にこれらの研究に協力してくれた人々の名前を挙げ
はありませんが、移植した当初数週間は少なくとも免疫原
ています。ご清聴ありがとうございました。
性がありません。
* responders alone:単独の効果群を示すグラフ。
** 幹細胞由来運動ニューロン代替産物
*** CDは白血球分類用表面抗原。CD4 はMHCクラス
Ⅱを認識、CD8a はMHCクラスⅠを認識。
CM C*という遵守のための手続きを終えております。そし
て 100 万ドルほどかけて安全性調査を行いました。これは
世界で 2 番目です。ジェロンとのものが第 1、運動ニューロン
についてカリフォルニア・ステムセル社と行ったこれが 2 番
目で、発がん性、痛み、毒性がないことが第三者の GLP〔優
良試験所規範〕検査機関で確認されました。何百名の医師
23
ハンス・キーステッド (Hans S. Kerstead)
□
1990年 ブリティッシュコロンビア大学卒業
(Canada)
1994年 同大学Ph.D取得(神経生物学)
1995年 ケンブリッジ大学(UK)ポスドク研
究者(獣医学部及び脳再生センター)
~99年 ダウニングカレッジ(UK)
リサーチフェロー
1999年 ブリティッシュコロンビア大学
ポスドク研究者(再生医学)
2000年 カリフォルニア大学アーバイン校
リーブ・アーバイン研究センター講師
2005年 同、終身准教授
□
Distinguished Assistant Professor
of UCI Award
UCI Academic Senate's highest honor
UCI Innovation Award(2005)
カリフォルニア州政府幹細胞政策
アドバイザー
カリフォルニア幹細胞イニシアティブ
科学アドバイス委員会メンバー
24
3
講演
■ SMA患者のiPS細胞作製
(脊髄性筋萎縮症)
アリソン・エバート
ウィスコンシン大学マディソン校研究助手
ワイズマンセンター・幹細胞及び再生医学センター
司会 今日はウィスコンシン大学マディソン校助手のアリソ
クリーニングを行っています。細胞の生存につながる医薬
ン・エバート先生に来ていただきました。マディソン校はヒト
品がないかを見るスクリーニングと、最終的には細胞移植を
ES細胞を樹立したことで知られるトムソン教授がいらっしゃ
目指して治療の研究を行っています。さまざまなタイプの幹
るキャンパスです。
細胞があり、それらを用いることができますが、神経難病で
この研究グループが、今年の1月の「ネイチャー」誌にiPS
治療として使う可能性があります。
細胞からSMAという神経難病の病態を持つ疾患特異型細
胞の作製に成功したことを発表し、大きな反響を呼びまし
ES細胞とiPS細胞
た。この論文の筆頭著者であるエバート先生から、その経緯
今日は胚性幹細胞〔ES細胞〕の話もありましたが、胎児の
についてご報告いただきます。エバート先生、よろしくお願
大脳皮質の細胞、あるいは胎児の網膜などからも、幹細胞
いします。
を採ることができます。臍帯血や羊水、成人の脳細胞、成人
の皮膚細胞、骨髄、脂肪の中にも幹細胞はあります。
エバート 日本せきずい基金の方々に、このようにご招待
くださったことに御礼申し上げます。山中先生、キーステッド
山中先生が発表なさいましたが、すばらしいことに成人の
先生のお話にありましたように、iPS細胞のSMAにおける病
皮膚細胞や成人の細胞を使って、それをまるでES細胞のよ
態モデルと治療研究についてお話しさせていただきます。
うな細胞にすることができる、iPS細胞をつくることができま
す。
私たちの研究室では、幹細胞、特にiPS細胞を使って主に
人工多能性幹細胞、iPS細胞ができるという確信が得られ
二つの研究を行っています。神経変性疾患のモデリングが
る前には、神経難病にはES細胞を使ってモデリングを行お
一つの研究の柱で、この中でさまざまな病気を研究してい
うとしていました。そのために、特定の変異遺伝子を過剰発
ますが、今日はSMA、脊髄性筋萎縮症についてお話ししま
現させて細胞の特性を変えますが、その一つの方法として
す。
ウィルスを使って変異遺伝子を過剰発現させ、あるいは正
常遺伝子をノックダウンした幹細胞を使って、疾患モデリン
もう一つの研究の柱は治療法の確立で、薬物候補薬のス
25
幹細胞遺伝子
の強制発現
特定の変異遺伝子を過剰発現
または正常遺伝子をノックアウト
したES細胞
外胚葉
脳・脊髄
中胚葉
筋肉・骨
遺伝子発現の効果…
・・・ニューロスフェア増大
ヒト皮膚細胞
・・・分化
時間
ストレス
iPS細胞
内胚葉
肝臓・膵臓
図3-2 iPS細胞
・・・ニューロン
ます。私の本日のプレゼンテーションの内容であるSMA患
・・・移植細胞
者のiPS細胞の論文もありますし、パーキンソン病患者由来
生体内
のiPS細胞もあります。
パーキンソン病は散発的な発症、つまり孤発性の疾患で、
図3-1 ES細胞による疾患モデリング
遺伝的な背景がない疾患です。興味深いことにパーキンソ
グをしようとしていました。
ン病の場合はいろいろな細胞毒性のモデルがあって、遺伝
遺伝子の発現、遺伝子の変化が神経細胞にどういった作
子のリンクがはっきりとしていません。毒性のモデルを使っ
用があるかを見ます。幹細胞がどのように増殖し、分化して
ていますが、それでは十分にヒトの病態をモデリングできて
いるのか。変異遺伝子があるために、ニューロン、つまり特殊
いませんでした。ところがiPS細胞を使うと、より現実に近いヒ
な細胞、ドーパミンニューロンや運動ニューロンに分化でき
トの病態モデルをつくることができると考えられ、それによっ
るのかを見ます。
てより適切な治療に開発につながると希望しています。
あるいは、ある特定の細胞集団、細胞タイプに分化したあ
と、それが正常な状態と比べてどのように変わっているのか
SMAとは、どういった病気なのか
を調べることができます。また、変異しているものを元に戻し
山中先生もキーステッド先生もSMAについて触れられま
て正常にし、疾病動物モデルに移植できると考えています。
したが、どういった病気なのかもう少し詳しくお話ししたいと
iPS細胞は、ヒトの皮膚細胞から強制的に幹細胞遺伝子を
思います。常染色体劣性遺伝病で、特に「SMN1遺伝子」 と
発現させることで得られます。先ほどお話があったとおりで、
呼ばれる遺伝子が欠損します。この遺伝子がなくなると
万能細胞になります。この万能細胞は、さまざまな細胞に分
「SMN1蛋白質」 が生成されなくなります。SMN1蛋白質は体
化する分化能があります。
中のすべての細胞で見られなくなりますが、脊髄の運動
ニューロンが特にこの影響を受けて、筋萎縮、麻痺、さらには
iPS細胞はES細胞と同じような特性を持っていますが、胚
死につながります。
細胞を使わなくてもいいのです。例えば、脳や脊髄神経に
キーステッド先生がおっしゃったように、タイプ1の最も重
なるような分化能を持った細胞、その系統の細胞を取り上げ
症なSMAの乳幼児は産後6ヶ月くらいで発症し、1歳か2歳、
てみると、ここ1年、2年の間にかなり多くの論文が発表され
3歳で亡くなってしまう大変重症な乳幼児の病気です。
ています。さまざまな患者由来のiPS細胞を使った研究が行
SMAに絡む遺伝ですが、ヒトはほかの動物と違ってSMNの
われています。
遺伝子が二つあります。「SMN1」 と「SMN2」 の遺伝子です。
これは数ヶ月前の状況で、こちらに挙がっているよりさらに
SMN1の遺伝子は完全長のSMN蛋白質をつくり、SMN2は
3本、4本、患者由来のiPS細胞を使った研究について新た
塩基対が一つ変異しています。単一点の変異があります。
に論文が発表されています。ここで言いたいのは、患者由
そのために、可変スプライシング*によって遺伝子の働きが
来、特にALS患者由来のiPS細胞についてです。この研究に
変わり、SMN2は短くなった機能しないSMN蛋白質を生成し
は2人の姉妹のALS患者がいて、2人とも80代の方でした。
ます。つまり、SMN2の遺伝子から生成されるうちの約15%し
かきちんと機能していません。しかし、SMN1があれば問題な
ここでiPS細胞の技術のすばらしさが示されているのです
いのです〔図3-3〕。
が、80歳の患者さんから取った皮膚の細胞を初期化すると、
まるで胚から取ったような細胞が得られます。そのあとに発
* 遺伝子の可変スプライシングはエクソンの選択によって、正
表された論文には、患者由来のたとえばハンチントン病、糖
常かつ多様なmRNA種を生合成できる。これにより一つの対
立遺伝子からさまざまな蛋白産物を作り出すことができる。
尿病といったいくつかの疾患のサブタイプのiPS細胞があり
しかし、SMN1がノックアウトされて存在しないと完全長の
26
講演3 SMA患者のiPS細胞作製(エバート)
進行しても皮膚細胞ではSMAという病気はほとんど現れま
せん。病態モデルとして皮膚細胞そのものは役に立たない
SMN2
です。
SMN1
また、皮膚細胞はSMAで影響を受ける運動ニューロンを
つくるわけではありません。マウスモデルは大変役に立つ
モデルで、SMAの研究で使われている何通りものマウスモ
完全長の機能的SMN蛋白質
デルがあります。こちらでお示ししているのはマウスの脊髄
の断面図で、濃い紫色が運動ニューロンです〔図3-4右〕。
エクソン7欠失(△7)
SMAのマウスモデルですが、右側がSMAのマウス、左は
85%は断ち切られた
機能しないSMN蛋白質
15%は完全長の機能的
SMN蛋白質
正常マウスです。運動ニューロンが脊髄の中で非常に少な
くなっていることがわかります。マウスモデルは役に立ちま
SMN2のコピー数は疾患
の重症度を決定する
(タイプⅠ・Ⅱ・Ⅲ)
すが、人間には二とおりのSMN遺伝子がありますが、マウス
はSMN遺伝子が一つしかありません。SMN1遺伝子をノック
アウトしてしまうと、マウスは生まれる前に死んでしまいます。
ですから、かなり複雑な遺伝的操作をしてヒトのSMN2遺伝
図3-3 SMAの遺伝的背景
子をマウスに入れ、SMAを持って生まれてくるように遺伝子
SMN1の蛋白質がつくられないことになり、それがSMAの患
改変をしなければなりません。
者ということになります。SMAの患者はSMN蛋白質という重
要な蛋白質をつくるのにSMN2の遺伝子しかないことになり
線維芽細胞の培養
ますが、SMN2の遺伝子が生成するのは通常レベルのわず
ヒト遺伝子を入れたマウスのモデルを使っていますが、マ
か15%の蛋白質なのです。
ウスはヒトではないので、モデルとして役には立つけれども
SMNの蛋白質はSMN2遺伝子からは少ししかつくられず、
正確なモデルではありません。そこで、ウィスコンシン大学の
その量によって重症度が決定されます。最も重症な患者、
James Thomson教授と協力して、線維芽細胞を取り出しまし
タイプⅠの場合はSMN2遺伝子がわずか1コピーしかない
た。
ので、SMN蛋白質も5~15%しかつくられません。タイプⅡ、
まず母親から正常な細胞を取り、タイプ1-SMAの患者の3
タイプⅢのそれほど重症ではない患者の場合には、より多
歳の息子からも細胞を取りました。山中先生とは少し違う方
くのSMN蛋白質がつくられます。SMN2の遺伝子からつくら
法で多能性を誘導して、同じ結果に至っています。
れるSMN蛋白質がもう少し多いために、それほど重症では
線維芽細胞を培養することができて、iPS細胞コロニーを
なくなります。
このように培養できました。培養した細胞は正常なキャリア
タイプでした。細胞タイプとしてもヒトの体の中にあるような、
現在のSMNのモデルです〔図3-4〕。現在、主に使われて
たとえば神経細胞、消化管、軟骨、あるいは骨に分化しまし
いるのは線維芽細胞で、患者から皮膚細胞を採ります。問
た。多能性のあるiPS細胞ができたわけです。
題は、皮膚細胞自体を培養するのは簡単ですが、病気が
ここで重要なことは、特にこの部分をご覧いただきたいと
計則:SMNジャーム/蛋白質
運動ニューロン数
多能性に関与する遺伝子
Oct4, Sox2, Nanog, Lin28
マウスモデル:マウスはSMN2遺伝子を持たない
SMN1をノックアウト、SMN2を過剰発現
正常
SMA
・線維芽細胞はSMAで比較
的影響を受けない。
・線維芽細胞は運動ニューロ
ンを作らない。
母親
図3-4 現在のSMNモデル
SMA1の
3歳の息子
図3-5 iPS-SMAの作製
27
多能性遺伝子
の強制発現
EGF:上皮増殖因子
FGF:線維芽細胞増殖因子
神経前駆細胞
SMA患者と非患者の
親の線維芽細胞
iPSコロニー
iPSスフェア
神経系の分化
アストロサイト
ニューロン
運動ニューロンパターニング
RA:レニン-アンジオテンシン
SHH:ソニックヘッジホッグ
成熟
運動ニューロン
図3-6 iPS細胞から神経細胞への分化
思います。iPS細胞をつくった時に心配していたのは、病気
ストロサイトなどに分化していきます。染色している緑のもの
の遺伝子の部分まで変わってしまうのではないか、というこ
がニューロン、赤がアストロサイトです。前駆細胞のスフェア
とでした。SMN1の遺伝子が欠損した状態が保たれなけれ
を特定のパターンにして、運動神経になるようにします。運
ば、病気モデルとはなりません。
動神経特有の神経栄養因子、成長因子を用いてパターニ
母親は健常者で、母親の細胞、母親から得られたiPS細
ングすると、未成熟の運動ニューロンが得られます。
胞、どちらも完全長のSMN1の遺伝子があります。しかし、
SMAの患者の3歳の息子さんの皮膚細胞から得られた線
運動ニューロンのしくみの解明
維芽細胞とそこからつくったiPS細胞は、SMN1の遺伝子が
運動ニューロンのマーカーがあります。特にHB9は核の中
欠損しています。そこでiPS細胞を生成してもSMN1遺伝子
にある転写因子です。時間が経過すると運動ニューロンが
が戻ってきてしまうことはなく、SMN1遺伝子が欠損している
成熟し、運動ニューロンの成熟したマーカーがより多く発現
という異常な状態が保たれていることがわかります。
して突起、延長した部分も増えていきます。このようにして運
動ニューロンができました。これをどう使って病態のプロセス
iPS細胞のコロニーをさらに培養して、スフェア〔sphere:塊〕
解明に用いていくかですが、さまざまな質問の解明に使うこ
状態にしました。ニューロスフェア〔neurosphere:細胞塊〕 と呼
とができます。
ばれていますが、これは浮遊状態で培養されています。固
例えば、どうやってこういった運動ニューロンがシナプスを
まりになっていて、十分な数の細胞を培養して実験を行うた
形成するのか、筋肉細胞と相互作用して筋肉を収縮させる
めに、チョッピングメソッド〔切り分け法〕 と呼ばれる方法を使
のかを調べることもできます。私たちが特に関心を持ってい
いました。レーザーブレードでスフェアを小さな固まりに切り
るのは、運動ニューロン自体の健康状態、生存するかどう
分けました。
か、細胞死のメカニズムです。SMAに細胞死のメカニズムが
小さく切り分けられた固まりのそれぞれが、またスフェアへ
かかわっているのであれば、どういうメカニズムなのか。
と培養されていきます。このようなかたちで、速いペースで細
それからミトコンドリアの輸送、エネルギー源の輸送につ
胞を増やし、実験に使う細胞の数を増やすことができます。
いて何かうまく機能できていないのではないか。そのために
これらは神経前駆細胞で、刺激を与えるとニューロン、ア
エネルギーが得られずに細胞が死滅しているのか、といっ
28
講演3 SMA患者のiPS細胞作製(エバート)
たことを調べようとしました。
ニューロンをつくる段階で、これは分化の早い段階です。
早い段階では、ニューロンが生成される数はSMAのiPS細
胞、病気のない母親からのiPS細胞でもつくられる量に違い
運動ニューロンのパターン化
と展開
はありません。まったく別の疾患のないiPS細胞、H9というES
細胞の系統と比べても、ニューロンの生産量には変わりが
ありません。7週間たっても、運動ニューロンの数としてSMA
のiPS細胞と、そうではないiPS細胞との間で違いがありませ
ん。
酸素ラジカル
ミトコンドリア機能不全?
運動ニューロンの減少
しかし、培養時間が長くなると、SMAの培養での運動ニ
運動ニューロンの成熟
疾患特異的作用の同定
ューロンの数が大きく減ります。ワイルドタイプ〔WT:標準型〕、
つまりSMAがないiPS細胞と比べると、運動ニューロンが大
図3-7 iPS-SMA運動ニューロンに見られる疾患特異的作用
きく減っています。
細胞が縮小したりDNAが断片化することによって、細胞が
また、同じくらい時間が経過すると、SMAのiPS細胞の運動
死滅する外因性の経路があります。
ニューロンはワイルドタイプ、つまりSMAがないものに比べ
てサイズも小さい、ということです。細胞の数、運動ニューロ
内因性の経路はミトコンドリアに対して何らかの刺激が与
ンの数も少なくなりサイズも小さくなっていて、SMAの細胞
えられることにより膜の電位が変わり、結果としてサイトクロ
の中に何か選択的に運動ニューロンが脆弱になってしまう
ムc * という分子が分泌されて別のカスパーゼに結合しま
原因があるに違いないと考えましたが、それが何かはまだ
す。その結果、顆粒であるカスパーゼ 3の活性化につなが
わかりません。そこで、SMAのiPS細胞を使って解明しようと
りますが、これは外因性の経路と同じです。その結果、細胞
しています。
縮小やDNAの断片化によってアポトーシスが起こります。
* シトクロム。酸化還元機能を持つヘム鉄を含有するヘム
蛋白質の一種。
関わっているメカニズムの候補として一つ考えられるの
は、細胞アポトーシス、細胞死です。文献によると、アポトー
シスが運動ニューロンの死滅に関わっているかもしれませ
細胞死の経路
ん。これはSMAのマウスモデルを使った研究の論文です。
この中で特にわれわれが研究しているのが、外因性の経
単純化すると、アポトーシスの経路には二つあって、それ
路です。それに使われる運動ニューロンの培養の蛋白質と
に着目しています。細胞外のアポトーシス経路は、細胞の
して、この運動ニューロンのマーカーを使い、そのマーカー
表面にある受容体介在性のもので、細胞内のアポトーシス
でSMAとワイルドタイプを比べています。例えば、コリンアセ
経路は細胞内のエネルギー源となっている、ミトコンドリア
チルトランスフェラーゼ、Islet1、SMNのマーカーも使ってい
経路のアポトーシス経路です。
ますし、アポトーシスのマーカーも使っています。
ワイルドタイプと比べると、ご覧のように活性化のないカス
これは、非常に複雑なスライドですが、まず外因性の経路
パーゼの発現があります。しかし、特にSMAで発現している
をご説明します。外因系には色々な種類の細胞表面にある
のは、実際にカスパーゼ 2の開裂したもの、すなわち外因
レセプターが介在しており、そのうち特にそのレセプターに
性経路にかかわっている酵素です。また、カスパーゼ 8にも
結合する、たとえばFas リガンド*はFas レセプターに結合し
活性があることがわかります。これも内因性経路に関与して
ます。
います。
* 主に活性化T細胞に発現し、細胞表面受容体 Fas を介し細
胞にアポトーシスを引き起こすサイトカイン。
次に調べたのは、外因性経路で何が分泌されるかです。
いろいろな酵素がそこから活性化され、そのうちのカス
SMAの培地内で見ると、まずFasリガンドが増加していること
パーゼ(caspase)8* やカスパーゼ2 といった酵素が活性
がわかります。Fas リガンドはFas レセプターに結合すること
化され、その結果、下流のターゲットも活性化して結果とし
によって細胞死を起こしますが、こういう疑問を細胞死につ
て細胞死が起こります。
いて解明しようとしており、そのためにiPS細胞を使っていま
* 細胞にアポトーシスを起こすシグナル伝達経路を構成す
る蛋白質分解酵素。-2 と-8 はアポトーシスを誘導する。
す。
29
図3-8 マイクロデバイスによるiPS運動ニューロンの分化
矢印部分(左上)に細胞を入れる
iPS細胞塊を使って、ワイルドタイプとSMA両方の運動
ニューロンをつくります。ワイルドタイプもSMAも正常に見え
ますが、実際にはそうではありません。その原因は活性酸素
かもしれず、培地、分泌されている因子の影響かもしれませ
ん。ミトコンドリアが機能不全となり、このような不全の運動
ニューロンがつくられることがわかりました。
図3-9 iPS由来SMA細胞において
既知の薬剤化合物はSMN2ジェムを増加する
WT:ワイルドタイプ、Fib:フィブロブラスト
次の実験では、ミトコンドリアの機能を調べています。先ほ
どのキーステッド先生のデバイスと同じようなマイクロデバイ
スを使っていますが、このデバイスに細胞を添加します〔図
示すかどうかを実証しています。
3-8〕。左上のポートに添加した細胞がチャネルを通って右
申し上げたとおり、SMA患者ではSMN1が欠損しています
のほうへ出ていきます。
が、SMN1は存在はしています。局在化した蛋白が核内にあ
ここに示している左が細胞体で、iPS細胞を示しています。
り、それをジェムと呼んでいます。矢印は、蛋白の凝集体で
これらのiPS細胞はチャネル内で分化し、軸索をこのように
あるジェムを示しています〔図3-9〕。SMAでは、ジェムが少
して右側に伸展させます。すなわちこのデバイスを使うこと
ないことがわかります。
によって、こちらにもう一つの細胞、たとえば筋細胞を添加
例えばフイブロブラスト〔線維芽細胞〕でもそうですし、われ
することができます。それによってワイルドタイプのiPS細胞
われが作製したiPS細胞でも少なくなっていることがわかり
と筋細胞との相互作用、伸展した軸索との相互作用をSMA
ます。これにいろいろな薬剤を添加してみます。例えばバル
の細胞由来のものと比べることができます。
プロ酸、トブラマイシンで処理することによって、SMAの細胞
でもこのようにジェムが、SMNの生きた蛋白が増えることが
また、これらのミトコンドリアに標識をかけることができます。
これを行うためにミトコンドリアのトラッカー〔追跡目標〕を使う
わかります。
と、実際に軸索が機能しているかどうかがわかります。たとえ
どれくらいの蛋白量か、の定量化もしています。薬剤を添
ばミトコンドリアが標識されているので、ここでは緑で示され
加しないと蛋白質量はほとんどありませんが、薬剤を添加
ています。
することにより、これらの蛋白が増加します。それを定量化し
たのがこの図です〔図3-10〕。
iPS細胞を使った治療法の開発
ここで研究テーマの二つ目、iPS細胞を使って治療法の開
図3-10
発を行いたいというテーマに話を変えたいと思います。
①
②
③
④
今までのところの研究では、既知の薬剤を使いました。す
なわち、SMAの動物モデル、臨床試験で使われた既知の薬
剤を使うことによってわれわれが作製したiPS細胞が同じ反
応を示すかどうか、文献で発表されているものと同じ効果を
①
30
②
③
④
ワイルドタイプ未処理
SMA未処理
SMAバルプロ酸
SMAトブラマイシン
Actin:アクチン/蛋白質
講演3 SMA患者のiPS細胞作製(エバート)
図3-11 新規薬剤“007”は
iPS由来SMA細胞のジェムを増加させる
最近は新規薬剤もテストしていますが、これは“007”と呼ん
でいます。007という新規薬剤を添加したところ、このジェムが
そこで最近はiPS細胞の移植も行っていて、正常なラットの
増えていることがわかりました。添加後、定量化してわかると
脊髄に移植しています。ここで大きな細胞の塊が見えます
おり、SMAのiPS細胞で数時間のうちにこのように劇的に増
が、これはラットの脊髄内の状態です。拡大するとダウンレ
加しています。この増加は、未処理のものと比べて劇的な増
ギュレーション〔発現低下〕が若干見られますが、すべてでは
加です〔図3-11〕。
ありません。この段階では、まだまだ増殖が続いています。
007のおもしろいところは、添加することによってSMAのマ
それに加えて、この細胞塊の中の分化はそれほどありませ
ウスモデルで運動ニューロンの数と寿命が延びたことです。
ん。つまり、この段階では、まだまだ実際にiPS細胞の移植ま
これについてこれから発表するところですが、iPS細胞を薬
でにはいきません。この状態の発生をまず予防しなければ
剤のスクリーニング用に使うことによって、臨床的な意義を
いけないし、これも起こらないようにしなければなりません。そ
調べられると考えています(Mattis et al., in press)。
れによって、脊髄へ移植した神経が本当に生存することを
確認しなければいけないと思います。まだまだ先は長いで
iPS細胞の効果
す。
また、iPS細胞を使うことによってもう一つできることがありま
す。いろいろな遺伝子を細胞内に安定的に導入できるとい
結 論
うメリットです。たとえばここでは、SMN1をウィルスを使って置
幹細胞はヒトのさまざまな遺伝性、あるいは後発性疾患を
換しています。ここに示しているのがウィルスで置換した
評価するユニークなツールとなりえます。特にiPS細胞を患
SMN1で、SMN1が増えていることがわかります。特にウィルス
者検体から作製できるということ、そして、われわれの実験に
で置換した場合に増えます。
加えて、これらのiPS細胞は遺伝的な異常を保持しているの
もう一つは神経成長因子GDNFを増加させる効果で、これ
で、疾病モデルとして適切と思われます。
が増えると運動ニューロンの生存の助けになります。GDNF
また、これらのiPS細胞は、選択的な脆弱性を示すと思われ
蛋白が細胞内で生成されていることがわかります。
ます。もちろんすべての患者のサンプルが同じ脆弱性を示
すことはないかもしれませんが、可能性はあります。
また、これらの細胞を移植した場合、直接脊髄に移植した
重要なことは、iPS細胞を用いて疾病機序の解明を期すこ
結果をここに示します。ALSのラットモデルに注入しました。
とができますし、新薬の開発、新たな治療の研究に利する可
これはiPS細胞ではありません。ここで移植したのはヒトの脳
能性があることです。
由来のES細胞ですが、コンセプトは同じです。細胞はラット
の脊髄で生存しています。先ほど申し上げたとおり、その結
最後に、私のメンター〔指導者〕、Clive N.Svendsen教授に謝
果、成長因子が分泌され、GDNFの蛋白が脊髄に広く分布
辞を述べ、同僚の皆様に感謝の意を表します。この研究に
していることが認められました。特に移植していない動物に
大きく寄与してくれました。ウィスコンシン大学のJunying Yu、
比べて、移植動物は運動ニューロンの数、生存ニューロンの
James Thomson、ミズリー大学のLorsonにも謝辞を述べてこ
数が増加していることがわかりました。
の発表を終わります。ありがとうございました。
31
アリソン・エバート (Allison D.Ebert)
□
1999年 インディアナ大学卒業
学位:化学、心理学
1999-2005年 ノースウェスタン大学
神経 科学研究所・神経科学博士
課程(神経科学分野、Ph.D)
2005-2007年 ウィスコンシン大学マディ
ソン校 幹細胞研究プログラム・博
士研究員
2007年 ウィスコンシン大学助手
□
NIHポスドク幹細胞研究訓練プログラム
NIHプレドク “General Motor Control
Mechanisms and Disease”
訓練プログラム
ノースウェスタン大学プレドクトラル
特別研究員
32
4
講演
■ ALS患者さんに私たちが出来ること
糸山 泰人
東北大学大学院医学研究科
神経・感覚器病態学講座神経内科学分野教授
司会 次に、東北大学神経内科教授の糸山泰人先生に
させていただきます。そして、今われわれはそれに対して
ご登壇いただきます。今日は多くのALS患者や家族の皆様
ネットワークをつくって、みんなで支えよう、ということをやっ
が参加し、再生研究の進歩がどのようにALSの治療の進歩
ていますので、これをお話しします。
をもたらすかをじかに確かめたいとの思いで参加なさって
ネットワークなどは、今具体的にできていることですが、最
いると思います。糸山先生には、宮城県で築き上げた神経
も患者さんたちが望んでいるのは、今までの方々が講演な
難病の在宅支援システムと、肝細胞増殖因子・HGFを用い
さった治療薬、治療法の開発ですので、私どもがやっている
たALSの治療法の開発を中心にご報告いただきます。演題
点をご紹介できればと思っております。
は「ALS患者さんに私たちが出来ること」です。では糸山先
ALSの特徴―運動ニューロン疾患
生、よろしくお願いいたします。
山中先生から紹介があったように、筋萎縮性側索硬化症
糸山 東北大学の糸山です。(拍手) 今日は、日本せきず
(ALS)はアメリカではルー・ゲーリック病と呼ばれています。私
い基金創立10周年の、非常に魅力ある講演会を企画され
は漫画で描きましたが、この病気の特徴はこういうふうにま
まして、非常に敬意を表するとともに、おめでとうございます。
とめられます〔図4-1〕。
すなわち、われわれは日常生活でいろいろな運動をして
私の今日のタイトルは少し学問的ではない印象を与える
と思いますが、「筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者さんに私
たちが出来ること」 というものです。主に神経内科、医学に
筋萎縮性側索硬化症(ALS)
―最も苛酷な神経難病―
運動野
かかわる臨床家が、病人の方にどのようなことができるか、と
1.選択的運動ニューロン死
2.進行性の全身の筋萎縮
3.絶望的な治療状況
いう意味で、神経内科の分野で一番過酷な病気と言われ
ている筋萎縮性側索硬化症(ALS)について、われわれは
脊髄
何が出来るかということをお話ししたいと思います。
↓
病因に基づく治療の必要
今日は患者さんもおられますが、多くの方はALSという病
気を知らないかもしれないので、まずはその病気の紹介を
図4-1
33
いますが、体の運動は、脳の中である運動のパターンが考
ん感じる。しかしながら運動だけができず、人間が何かをし
えられて、上位運動ニューロン〔脳から脊髄への神経〕、下位
ようというアウトプットだけが完全にやられてしまう。この歌
運動ニューロン〔脊髄から末梢への神経〕を経由して筋肉に
は、そういう苦しさを歌っています。もう一つ大事なことは、こ
伝えて最終的に運動ができます。この重要な神経細胞が
ういう知能というか精神的な感性が非常にしっかりしておら
運動ニューロンですが、ほかの神経細胞は大丈夫なのに、
れるということを、この歌は物語っています。
それだけが選択的にやられてしまう。その病気がどんどん
これがルー・ゲーリック病、運動ニューロン病、特にALSと
進行して、全身に脱力が進行してしまう。そして現在のとこ
いう病気の選択的運動ニューロン死という状態です。
ろ、その進行を止める手立てとか治療法がないのがこの病
気です。
地域ネットワークの形成
患者さんはこの写真のように非常にやせ細っています。
この病気に我々は何ができるか、ということが今日の私の
筋肉はこういうふうにやせ細りますが、知能や精神とか感覚
タイトルです。しっかりした薬がありません。したがって我々
とか自律神経的な機能はまったく異常がありません。
ができるのは身体的ケアとか精神的ケア、社会的ケアです
これは回診のときに患者さんから渡された紙切れで、「呼
が、特にいま私どもができることは医療的なケアで、医療
吸が苦しい。声が出ない」 と書かれていました。症状がどん
ネットワークをどうつくるか、ということも出来ます。まず、出来
どん進行すると、呼吸筋がやられてくる、飲み込みが出来な
ていることから少しお話ししたいと思います。
くなる、というように全身的な症状の広がりを示していきま
東北大学のある宮城県を例にして、医療ネットワークのつ
す。人工呼吸器をつけると生存できますが、それで解決で
くり方をお示ししたいと思います。宮城県では東北大学を
はありません。まだ筋萎縮はどんどん進行していって、体中
中心に、関連病院の先生方は、神経難病の患者さんには
の筋肉が動かなくなるという、大変困った病気です。
大変な思い入れがあります。ALSの患者さんはその最たる
ものですが、94年ぐらいから「こういう難病の患者さんたちを
ALS患者の生活
花見に連れていくとか、いろいろなことは出来るけれども、よ
この方は、どこも動かすことができません。脳波でイエス、
り医療システムとして患者さんに何か出来ないか」ということ
ノーという判定ができて、コミュニケーションが可能な状態で
で神経内科が立ち上がって、ネットワークをつくりました。宮
す。いつも思いますが、このように深刻な病気に関しては、わ
城県がそれに対して賛同してくれて、患者さんの団体も賛
れわれはまず病因を明らかにして、そこから有効な薬剤を
同して、99年に「宮城県神経難病医療連絡協議会」を正式
見つけない限り、この病気に打ち勝つ薬はできないだろう、
に発足することができました。
と考えています。
宮城県における7医療圏で協力を申し込んでくれた病院
先ほど「ALSは運動ニューロンだけがやられる、選択的な
は数多くなります。多くの病院に難病ネットワークに参加し
運動ニューロン死である」という特徴を言いましたが、それ
ていただいて、医師のみならず看護師、そして難病専門員
を理解していただくために、私はいつもこの患者さんの、一
2人に加わってもらって、保健婦も加わって、宮城県の神経
つの歌を出させていただいています。これが患者さんの状
難病に関して、在宅医療の充実と医療提供をしようというこ
態を、一番よく表現しているのではないかと思います(ALS
とで、具体的には99年から活動しています。
患者の歌集から―東大名誉教授豊倉康夫・編)。
現在宮城県では、ALS患者さんが143人おられます。そ
まつわりて
の中で人工呼吸器をつけた方が53人もいますが、注目して
うるさき蝿の
去りしあと
しばし心は
いただきたいのは、在宅で人工呼吸器をつけている方が36
ゆえなく寂し
名だということです。すなわち3分の2は在宅で、人工呼吸
器で過ごしておられます。そういう意味では、恵まれた状態
です。おそらくこの数が、われわれとして神経難病医療ネッ
おそらく、多くの方は想像できると思いますが、患者さんは
トワークをつくった、またはそういうチームワークで支えられ
やっと手指を動かして、パソコンで字や歌が書けるような状
ている成果を示しているのではないかと思います。
態で、蝿がまつわってきたのを手で追うこともできない。わず
その後、宮城県のモデルを中心にして、全国でもそういう
らわしいと思っているが蝿が去っていってしまうと、残された
ことをやれ、ということで、我々は厚生労働省から研究費を
自分一人がベッドの上にいる。呼吸器の音だけが聞こえる。
出してもらい、現在35班員の皆さんに参加していただいて、
患者さんはこういうことを歌ったのではないか、と思います。
全国で、神経に限らず難病患者さんに対するネットワーク
蝿の羽の音も聞こえ風圧も感じる。蠅が触ったのも、もちろ
の充実を進めています。
34
講演4.ALS患者さんに私たちが出来ること 〔糸山〕
特に患者さんに対しては、災害時にどうするか、どういう相
談マニュアルをつくるか、自動痰吸引器の開発はどうしたら
出来るか、ということも全国レベルでやっています。十分で
はありませんが、これがいま具体的にできているところです。
しかし患者さん方が最も望んでいるのは、本当のところは
治療法です。原因を見つけて治療してほしい。今、我々はネッ
トワークなどができていますが、患者さんの本音はそこです。
ALSの病因論―SOD1
何度も言いますが、患者さんたちが望んでいるのは治療
図4-2
薬です。そこで今日は、患者さんが望んでおられる病因研
SOD1の機能と細胞障害に関わる変異
もう一つ、私どもがSOD1に注目した一番大きな理由は、ヒ
究、治療薬開発への挑戦で、臨床の私どもの科が取り組ん
トのSOD1遺伝子変異をマウスの受精卵に導入するとALS
でいる点を少しご紹介したいと思います。
と非常によく似たモデルがつくられるということです。
まずALSの病因は何かということです。ALSという病気が
見つかって150年という年代を経ているので、無数の病気
こういう根拠の下で、SOD1がALSの病因であり、かつ、み
の原因論(病因論)が出ています。表4-1に1~7番まで代
ごとな動物のモデルができているということで、われわれは
表的なものを示しましたが、それぞれ根拠があります。
SOD1のモデルを使った病因研究、治療研究を進めてきて
います。
表4-1 ALSの病因と病態
SOD1とは何かといいますと、これは酸素を利用している
1.銅・亜鉛スーパーオキサイドジスムターゼ
(Cu/Zn SOD, SOD1)
動物は、活性化酸素という、細胞にとっては非常に良くない
ものが常に発生しています。これをすぐに無毒化する、最終
2.酸化的ストレス
3.グルタミン酸毒性、AMPA受容体RNA編集異常
4.TDP-43
5.軸索輸送異常
6.Neuro-inflammation 〔神経の炎症〕
7.環境因子(重金属など)
8.その他
的には水と酸素にする最初の酵素が、SOD1という酵素で
す。そこに遺伝子異常があると、当然この状態が乱れてだ
めになり細胞が死んでしまうことが想像されましたが、現在
は別な、いろいろな研究が進んでいます。
病気の原因は、SOD1の変異を起こした異常な蛋白が運
しかしながら、我々が最も注目して力を入れているのは1
動ニューロンの中でたまって、多くの重要な細胞機能を障
番目の「銅・亜鉛スーパーオキサイドジスムターゼ」、つまり
害して、最終的には主にアポトーシス〔細胞死〕で死んでし
Cu/Zn SODで、「SOD1」 と略す酵素です。この異常によって
まうこと、もしくは、周辺のいろいろなグリア細胞から出される
病気が起こっているのではないか、という立場で研究をしてい
因子で運動ニューロンが障害されるのだろうということが、
ます。なぜSOD1にこだわるかというと、いくつかの理由があ
今考えられています。それらに対するいろいろな薬剤を発
ります。一つは今日ここにもいますが、うちの青木正志講師
見することが治療につながりますが、私どもがさらに進めた
が日本での家族性のALSの患者さんから見つけた原因遺
点は、モデルの開発です。
伝子がSOD1だからです。
これは1993年の論文ですが、赤が家族性に発症している
先ほど言ったようにマウスでALSモデルが出来ていました
ALSの患者さんです。それを遺伝子解析すると、SOD1の
が、非常に小さなマウスでは実験の制限があります。そこ
gene(遺伝子)に変異のある人のみ発症して、変異がないと
で、永井真貴子さんという大学院生が、20倍も大きな動物
発症しない。すなわちSOD1の遺伝子がその病気を規定し
であるラットにヒトのSOD1の異常を入れて、ALSのラットモ
ている――これが一つの理由です。
デルを世界に先がけてつくりました。このラットでは、脊髄の
もう一つは、SOD1のミューテーション〔突然変異〕はいろい
前角細胞の運動ニューロンが障害されています。もちろん
ろな種類がありますが、種類ごとに病気の経過が違います。
入れた遺伝子によっても違いますが、ALSラットは90日ぐら
非常に長い経過、いい経過をたどるものもあれば、半年で
いからだんだん食欲と体重が減って140~170日で死んで
亡くなるタイプもあって、それがSOD1のミューテーションの
しまい、病理的に運動ニューロンがなくなっているという、ヒ
変異の種類で臨床経過が異なります。
トの病気に近いモデルが作られました。
35
図4-4 肝細胞増殖因子(HGF)の生物学的作用
図4-3 ALSラットモデルを生かした治療法開発
しようとして開発した薬なので、こういう名前がついています
治療薬・HGFの開発
が、その機能を確かめるうちに、運動ニューロンにも保護効
我々は病因研究もやっていますが、このモデルをつくっ
果を持っていることがわかりました。
て、今は主に治療薬の研究に力を注いでいるところです。そ
HGFは、例えば肝臓細胞、運動ニューロンに発現している
の一端を少しご紹介したいと思います。
c-METというレセプターを通じて栄養効果を発揮すること
ALSの治療薬開発に関しては100年以上の歴史があっ
が明らかにされていますし、その作用は肝細胞再生のみなら
て、無数の治療法、治療薬が試みられています。現在リル
ず、内皮細胞増殖などほかの作用もありますが、特に注目し
ゾールがALSの薬として処方されますが、患者さんたちは決
たいのは抗アポトーシス作用です。先ほど言ったように、ALS
して満足しておりません。新たな薬が必要です。
モデルの細胞、運動ニューロン死はアポトーシスですが、そ
現在、世界で行われているALSの新薬の開発は、既存の
れに対して、抗アポトーシス作用を持ち、かつ栄養因子も持
別の病気に効く薬の中から、ひょっとしてALSに効くかもし
ち、その栄養因子は、特に運動ニューロンにも非常に効果
れないという薬を選び出そうという方法もありますが、我々と
があるということが、基礎実験で明らかにされてきました。
しては、病因に基づく治療薬の開発をしなければならないと
最終的にHGFを、ALSの薬に持っていこうと我々に決断さ
考えていまして、新たな神経栄養因子に注目して、薬の可
せた重要な実験は、これも阪大の船越洋先生、中村先生た
能性があるかどうかを研究しています。
ちがやった「遺伝子工学的に脳の中にHGFをたくさんつく
その一つが肝細胞増殖因子(HGF)です。これは「肝」で
るような遺伝子を、ALSマウスに入れ込んだら延命効果が
「幹」と間違えたんだろうと思われる方が多いかもしれませ
あった」というもので、遺伝子実験でHGFがALSに効果があ
んが、肝細胞増殖因子(HGF)です。すでにほかの種類の神
ることがわかったからです。
経栄養因子は、クリニカルトライアル(臨床治験)において、か
なり確かめられましたが、残念ながら今まで有効なものはな
今すぐ遺伝子治療が出来るわけではないので、我々は
く、失敗に終わっています。
HGFという蛋白を、いかにして患者さんに投与するかという
ことで治療薬を開発しようと考えました。
新たな神経栄養因子としてHGFを選んだもう一つの理由
もちろんHGFは、我々やラットの脳にもともと存在している
は、これは日本で発見されて、日本で使用特許を持ってい
ものですが、その内因性HGFを、さらに遺伝子工学的に投
る、大阪大学の中村敏一先生が見つけた神経栄養因子だ
与したら治療効果があったというのが船越先生たちのデー
からです。
タです。
これをまずお話しして、我々は今どういうところまで来てい
先ほど言ったように、私どもがつくりだした大型のALSラット
るか、そしてもう一つ、再生導入に関して微々たるものでは
は、マウスの20倍ぐらいの大きさを持っています。大型といっ
ありますが、私どもが研究を進めている点も、少しご紹介でき
てもイヌやブタほどではありませんが、この20倍の差は大変
ればと思っております。
大きな違いです。このラットを用いて、我々はHGFの治療薬
の開発を試みようとしています。
肝細胞増殖因子(HGF)は今日、大濱理事長からもご紹介
特に今日は二つの点で治療のお話をしたいと思います。
していただいて、大変皆さんが期待されている、可能性のあ
一つはHGFの投与でどうなるのか。もう一つは今日山中先
る薬だと思いますので、少し詳しくご説明します。肝細胞増
生からお話があり、また岡野先生からもあると思いますが、神
殖因子(HGF)は、大阪大学の中村先生が肝臓細胞を保護
経細胞の神経再生、移植の話で、移植された病変部位の脊
36
講演4.ALS患者さんに私たちが出来ること 〔糸山〕
髄において、そういう細胞を受け入れる要素が備わっている
を与えた群、一つはHGFを髄腔内に髄注で与えた群を比
かどうかです。これも重要な観点なので、それをやっている
較すると、発症日は同じですが、HGF投与群の場合は死亡
知見もご紹介できればと思っています。
の経過が17日延びています。延び率は63%です。
私がこの結果を青木君たちから聞いて、「たった63%か」と、
HGF投与でALSラットに延命効果
ちょっとがっかりした言い方をしたら、彼ら曰く、発症してから
まずALSラットに対してHGFを投与して、日本で発見され
薬剤を投入して、これだけの臨床効果を出したのは、他の研
た新たな神経栄養因子、HGFは効果があるかどうか、という
究に例はないということです。もう一つは、ラットの17日という
ことで治療実験系をつくりました。
のは、単純に機械的に人間で換算すると2年間の延命効果
ラットだから出来るのですが、その脊髄にチューブを入れ
を与える可能性がありうる。このように有意な差を出したとい
て、1ヶ月間持続的にHGFを投入できるラットの治療モデル
うことで、これは薬剤として開発の可能性があると、我々は研
をつくりました。髄腔内に持続投与するわけです。なぜ髄腔
究を前へ進めることにしました。
内かと言えば、一つは運動ニューロンに近いからです。薬は
なかなか脳血液関門を越えにくいので、髄液に入れたほう
我々はいくつかの点で気になりました(図4-2)。すなわち、
が、今障害されつつある運動ニューロンに、効率的に近づき
これを本当に薬としていいかという、もう少し理論的基盤を
ます。もう一つはこの新しい薬、神経栄養因子は副作用とし
つくらないといけません。その基盤の一つは、どうして効くか
てひょっとして腫瘍を引き起こす可能性があるかもしれない
という機序がどこまでわかっているのか、ということです。これ
ので、全身に投与するよりも脊髄だけに投与したほうがいい
は大阪大学の中村先生、船越先生たちが、運動ニューロン
だろうという考え方で、こういう治療モデルをつくりました。
に対しては抗アポトーシス効果をHGFが引き起こすとという
ALSラットの経過を示してみると、生まれてから123日で症
ことを、培養レベルで証明しています。
状が発症して、約1ヶ月で亡くなります。その間我々が調べ
たところ、1ヶ月前から、症状は出ませんが運動ニューロンが
もう一つ、多くの人から言われる疑問として、「SOD1をモデ
死につつあることを確かめています。最初はHGFを投与す
ルしてつくった君たちのモデルは、家族性、遺伝性のALSの
るタイミングを欲張って、完璧に治そうというので、この段階
モデルだから、それにしか効かないんじゃないか。多くの患
から1ヶ月間髄腔内に投与しました。その結果は発症を遅ら
者さんは孤発性のALSだから、それには効かないのではな
す効果はありましたが、最終的な死亡日を延長する効果は
いか」という批判があります。これに対しては鳥取大学の加
認められませんでした。
藤信介先生が、孤発性ALSでお亡くなりになった40例の患
しかし、この段階でALSラットの脊髄の運動ニューロンの数
者さんの脊髄を調べると、HGF/c-Metシステムが残った運
を調べると、病気のALSラットの運動ニューロンに比べて
動ニューロンで作用しているという、間接的な証拠を示して
HGFを投与したものは、投与量が多ければ多いほど運動
います。孤発性のALSにおいても、その病気の引き金は違う
ニューロンがたくさん残っていることがわかり、HGFの治療
かもしれませんが、病態のプロセスにおいてはHGFが有効
の可能性があるということが分かりました。
ではないか、と我々は考えています。
3番目に疑問に戻りますが、もう一つは、先ほど言ったよう
次に我々は発症してからHGFを持続投入しました。単純
に内因性の、もともと我々が持っているHGFは、ALSの病態
に言えばこれが一番効果を示しました。一つは生理食塩水
においてはどうなっているのか、ということです。
表4-2 HGFをALSの治療薬としてヒトに応用していく疑問点
表4-3 HGFの髄腔内投与はALSの重要な治療戦略
2.内因性HGFは運動ニューロンの重要な保護因子
1.内因性HGF:
ALSラットの脊髄では発症前から増加
内因性HGFも神経保護効果
3.孤発性ALSにおいてもHGF/c-Met機構が重要
4.GMP基準を満たしたヒトHGF製剤の生産
2. HGFの有効性機序:
HGF/c-Metシステムの作用
運動ニューロンへ抗アポトーシス効果
グリア細胞にも有効性
(大阪大学との共同研究)
5.霊長類へのHGF髄腔内持続投与で
安全性試験
3. 孤発性ALSへの応用:
孤発性ALSにてもALSラット同様HGF/c-Met
システムが作動
(慶應大学との共同研究)
マーモセットにおける
有効性、安全性の確認
37
すでに証明済み
1.HGF供給は運動ニューロンを保護
《HGFをALSの治療薬としてヒトに応用していく疑問点》
ALSラットの臨床経過ですが、ALSラットの脳の内因性の
見てみると、阻害因子が脊髄に出ています。それはコンドロ
HGFを調べると、HGFは普通のラットに比べて、すでに病気
イチン硫酸で、これがあると、せっかく良い神経細胞を入れ
の始まるころから、脳内で自然に増えてきていることが明ら
ても治りません。ですから、これを溶かす酵素を髄腔内に入
かになりました。そこで我々はこういう実験をしました。
れるとコンドロイチン硫酸が溶けて、環境的に非常に良くな
髄腔内からHGFに対する抗体、HGFを中和させる、HGF
るということも今確かめています。
の効果を落とすような抗体を逆に与えてみると、ALSのラット
は自分からつくっているHGFの作用を抑制された状態に
安全性試験に
おくことによって、発症が早くなって、非常に経過が急にな
今、以上述べたこともやっていますが、一番大事なのは
り、亡くなります。すなわち、このHGFの増加は意味のある増
HGFをALSの治療に用いることです。現在大阪大学では、
加だということが、この実験結果からわかりました。とりもなお
GMP基準を満たした、すなわち、ヒトに使っていいHGFが完
さず外からHGFを加えるということは、内因性のものを更に
成しています。使用されるのを待っています。今やらないと
増強して、運動ニューロンを残してやろうという作用を持つ
いけないのは、ヒトに応用するために安全試験をクリアする
ものと、我々は希望的に考えています。
ことです。GLP基準という安全基準をクリアする安全試験に
は、大変多くのお金がかかります。もちろん億のお金です。
再生誘導研究
こういう理論でHGFをヒトに、患者さんに、投与しようと研究
を進めています。少し話題はそれますが、我々のやっている
もう一つの研究をご紹介したいと思います。
すなわち、ラットを用いた再生誘導です。山中先生がお話
しになったように、外から細胞移植をするということではなく
て、病気のラットの脊髄に、自ら神経細胞が分化して出てく
ることが最近わかってきたので、そういうものがひょっとして
神経細胞に分化しないのか、させる方法はないか、という内
在性の細胞の活性化の実験と、もう一つは、もし外から神経
図4-5 HGF組換え遺伝子 GLP/GMP製造開始
細胞を移植したとしても、植えられた脊髄に、それを阻害す
るものばかりあっては困るので、それをなくすことは出来な
完全なGLP基準の副作用試験は高価で出来ないので、
いかという、この2点についてのラットを用いた実験を行いま
我々は慶應大学の岡野先生、中村雅也先生、戸山芳昭先
した。
生のグループと、もう少し安価にできる安全試験をマーモ
一つは内在性の神経前駆細胞のことですが、正常なラッ
セットでやっています。それでもマーモセットの実験に、1匹
トは、脊髄の中心管の中では、ほとんどの細胞が分化しませ
400万円かかると聞いているので、これを10匹やるだけでも
ん。すなわち新しい細胞を生みません。しかし、ALSのモデ
大変な問題ですが、とにかくやっています。
ルラットにおいては、細胞分化を起こす細胞の一群が出て
中村先生がつくられた、マーモセットの脊髄損傷モデル
います。それが、神経の前駆細胞のマーカーを持っていま
があります。これに対してHGFを投与して安全性を検討しま
す。これを一生懸命後押しして、数を増やして、運動ニュー
したが、安全性を見る前に、脊髄損傷に対してHGFを投与
ロンに持っていければ一番理想的です。
すると損傷に極めて有効である、ということが明らかになりま
現在のところ、神経前駆細胞と考えられる細胞の数を増
した。
やすことは出来る可能性があります。しかし、それを運動
表4-4 HGFを用いたALS治療法の開発
ニューロンに出来るかというと、これはまだうまくいっていま
せんし、我々が興味を持っているHGFがこれらの細胞の増
GMP基準を満たしたHGF製剤の生産
(クリングルファーマ社)
殖をサポートする、というデータは現在のところ、まだありま
霊長類(マーモセット)に対する髄腔内持続投与の
せん。しかし、一つの可能性はあるということは、我々は頭に
安全性確認および用量設定 (慶應大学との共同研究)
置いておかなければならないと思います。
GLP基準を満たしたカニクイザルでの安全性試験
もう一つは、新たに例えばiPSの運動ニューロンを移植す
医薬品基盤機構:医薬品・医療機器実用化研究支援事業
る場合、病気の脊髄のところで、それを邪魔するものがあっ
(研究委託事業)
ては困るということに関した研究です。実際にALSのラットを
→ALS患者に対する企業治験へ
38
講演4.ALS患者さんに私たちが出来ること 〔糸山〕
また私どもの目的である安全性も、3ヶ月の経過観察で
図4-6 『命の番人』
(His Brother’s Keeper) 早川書房刊
は、マーモセットでは問題ないということがわかりました。
現在はマーモセットまで来ていますが、患者さんに治験と
ALSの弟を救うために職をなげうち、
ALS治療開発財団、遺伝子治療と
幹細胞移植のプロジェクトを立ち上げる。
してHGFを用いるためには、大変なお金は要りますが、やは
りGLP基準をクリアしないといけません。この点で、今医薬品
基盤機構からお金もいただいて、進めているところです。こ
新規医療の実践の問題と生命倫理が
直面する難題に立ち向かう。
Jonathan Weiner
れをクリアすれば、患者さんへの応用試験がスタート出来る
わけです。
今、いろいろなプロセスを話しましたが、もし興味がありま
したら、ALS治療の治験の現状について『命の番人』という
本が出ていますのでご覧下さい。
一般に研究結果を治療薬に育てるのに、現在の状況は
「死の谷」という表現が使われるほど、一番苦しい時です。研
究業績も、お金も底をつくという時です。現在我々は、厚労
省のお金をいただきながら、それと闘っております。
図4-7 研究開発における「死の谷」
以上、我々がやってきているプロセスをまとめます(図48)。93年にALSのSOD1遺伝子を発見しました。新しいモデ
生きがい、生き方
ルをラットでつくりました。そして、GMP基準のHGFを作製し
最後にもう一つ、大事なことを言わせていただきたいと思
ています。2007年にはラットで有効性を確認しています。そ
います。ALSに関しては研究、治療薬開発、そしていろいろ
して今、霊長類で完璧なGLP基準に合う安全性試験をやっ
な医療のネットワークに努力してきました。しかし私は、この
ています。2010年、2011年には、患者さんにHGFを投与する
研究を通じて、この難病の患者さんにいろいろなことを教え
治験を出来れば、と思っています。
られました。それぞれの方が、生きがいを持って生きておら
れます。
図4-8 私ども研究グループのALS治療開発研究の歩み
39
ある医師のALSの患者さんが、なかでも人工呼吸器の下
図4-9 ALSと共に生きる
ですが恵まれた環境で治療を受けていますが、安楽死法
1.「悪妻とのたたかい
――神経難病ALSと共に」
松本 茂 (静山社)
2.前宮城県ALS協会支部長
アイガモ農業 鎌田竹司
3.脳波コミュニケーションの俳句
「声届け」(宝文堂) 和川次男
4.ALS患者となった眼科医の手記
「蹄跡」 (西田書店) 渡辺春樹
を求めたいと考えておられます。それに対して、元ALS協会
の会長さんであった松本さんという人工呼吸の患者さん
は、
「さんせいですけど、いまはわたしは、たのしくてしにたくない」
という答え方をしておられます。
我々ですら生きがい、生き方というのは非常に悩ましいも
のがありますが、このような困難を背負いながら「たのしい」と
〈渡辺さんと松本さんのメール〉
渡辺:
「我が国にも安楽死法が制定さ
れるようにと願うが・・・・」
松本:
「あんらくし. さんせいです. いまは.たのしくて. しにたくないが.
しぬときは.あんらくしをしたい. くるしむのはいやです.
言っておられます。私が出会った多くの患者さんがそれに
似た生きがいを持っています。私は患者さんが生きがいを
見つけ、それを支持する、分かち合うということも、非常に重
要な点だと考えております。
今日は「ALS患者さんに私たちが出来ること」 ということで、
多方面についてお話ししました。一番期待されているHGF
が、いま国やいろいろな資金の協力を得て、最終段階に来
共同研究者の紹介は省略させていただきます。ご清聴あ
ているということをお伝えできればと思います。
りがとうございました。(拍手)
糸山 泰人〔いとやま
やすと〕
□
1972年 九州大学医学部卒業
1972年 同大学医学部脳研神経内科入局
1977~1980年 米国National Institute of
Health (NIH) (神経病理・神経解剖
科学部門)留学
1980年 九州大学医学部付属病院
神経内科助手
1983年 同大学講師
1987年 同大学脳神経病研究施設
内科部門助教授
1993年 東北大学医学部脳神経神経内科
教授
□
2007年 保健文化賞(宮城県神経難病
医療連絡協議会の活動へ)
現在、
宮城県神経難病医療連絡協議会会長
および全国難病センター研究会副会長
40
5
講演
■ 脊髄損傷の再生医療
国際的現状と展望
岡野 栄之
慶應義塾大学医学部生理学教室教授
司会
最後になりましたが、慶應義塾大学生理学教室教
受傷後の経時的変化
授の岡野栄之先生にご報告いただきます。岡野先生には、
まず急性期ですが、最初に交通事故など、いろいろなこと
2002年に私たちが開催した「第1回脊髄再生促進市民セミ
によって一次的な機械的損傷が起きます(図5-1)。この時を
ナー」以来、毎年のようにご講演をお願いしてきました。本日
タイムゼロとすると、秒単位で出血が起きます。そして虚血、
は「脊髄損傷の再生医療」と題して、これまでに世界各地で
低酸素状態になります。分単位で起きることは、いわゆる炎
行われてきた、また現在実施中の臨床試験についてご紹介
症です。そのためにIL-6〔IL=インターロイキン〕、TNF-αなど
いただくとともに、岡野研究室で現在取り組んでおられる脊
炎症性のサイトカイン*という分子群が出てきて、これによっ
髄再生研究の状況についてもご報告いただけるものと思い
て炎症が起きてきます。
* 細胞から分泌される蛋白質。特定の細胞に情報伝達をする
ものをいう。免疫、炎症に関係したものが多い。また細胞の増
殖、分化、細胞死、創傷治癒などに関係するものがある。
ます。それでは岡野先生、よろしくお願いいたします。
岡野 ご紹介ありがとうございました。岡野でございます。
そして、アミノ酸の中でも神経細胞に対して興奮を起こす
今日は、私どもが取り組んでいる脊髄再生の治療法と国際
グルタミン酸が放出され、これに反応して、興奮性細胞毒性
的現状、そして展望についてお話しさせていただきたいと
によって、やがて神経細胞などが死んでいくということの引
思います。いつも最初に紹介していますのではカハール
き金となるイベントが起きています。
(R.Cajal)*という方は「いったん損傷した中枢神経系は、二
そして時間単位では、いわゆるフリーラジカル*というもの、
度と再生しない」 と明言しましたが、この問題に何とかチャレ
一酸化窒素、蛋白質を壊すプロテアーゼ**、そしてこれらの
ンジしたいと考えて研究を行ってきました。
作用によって、細胞外に水がたまる浮腫が起きます。 さらに
* スペインの神経解剖学者。1906年にノーベル医学生理
学受賞。今日の神経科学の基礎を築き上げた巨人。
白血球の中でも、好中球が損傷した脊髄の中に浸潤してき
ます。
脊髄再生を考える上で脊髄損傷は、受傷を経てからの時
* 活性酸素など他の分子から電子を奪い取る力が高まってい
る原子や分子。
** 蛋白質やプチド結合を加水分解する酵素の総称。
間ごとに、かなり違った病像を示してきますので、どれぐらい
時間が経った時にどんな病像を示すかを的確に理解する
ことが、新しい治療法の開発の第一歩です。
41
急性期
亜急性期 ~ 慢性期
表5-1 中枢神経系の損傷後の機能回復を目指した治療標的
治療標的と目標
一次性機械的損傷
秒単位: 出血, 虚血, 低酸素
神経細胞死
分単位: 炎症性サイトカインの誘導,
アストログリオーシス
グルタミン酸(興奮性細胞毒性) 脱髄
時間単位: フリーラジカル,
NO(一酸化窒素),
プロテアーゼ,
浮腫, 好中球の浸潤
著しい軸索変性
空洞形成
恒久的な脊髄の
機能低下
損傷後の
時間経過
現象の根拠となる
生物学的機序
神経保護
最初の2-3週
浮腫、二次的細胞死
炎症、免疫応答反応
神経修復
数週~数ヶ月
血管新生、髄鞘形成
アストロサイトの反応
神経再生*
数週~数年間
細胞移植、軸索再生
生体親和性材料
機能回復
数週~数年間
軸索の発芽
シナプス可塑性
* 神経修復にまとめられて分類されることもあり
〔一部改変〕 (J. Steeves)
図5-1 脊髄損傷の時期特異的な病態 〔一部改変〕
一度回復させることです。ジェロン社のES細胞由来のオリゴ
こういった1次損傷によって起きてくることは、どれも細胞
デンドロサイト前駆細胞による治療はミエリン形成を狙って
にとっては非常にダメージを与えたり、良くないことです。
います。そして、アストロサイトの反応ですが、これは私たち
亜急性期から慢性期にかけては、それに応答して神経細
の研究によると、いいことも悪いこともしていますが、治療の
胞が死んだり、グリア細胞が増えていきます。そしてグリア細
ためには、アストロサイトのやっているいいことを助けて、悪
胞の中でも、神経軸索を絶縁している、ミエリン〔髄鞘〕 という
いことが起きないようにすることが大事です。
物質をつくるオリゴデンドロサイトが脱落することによって脱
髄反応が起きます。これにより神経軸索を通った電気活動
そして、数週間から数年のタームで起きている病態に対
の電導速度が非常に遅くなる、ということが起きてきます。
しては、いわゆる神経再生が大事です。このためには細胞
これがだいたい亜急性期で起きることで、これが数週間、
移植、それから生体親和性材料、いわゆる組織工学です。
そして数ヶ月単位で起きることです。
神経幹細胞と一緒に、コラーゲンのような細胞外基質〔細胞
慢性期においては、数ヶ月からそれ以上の時間経過の下
周囲の骨格構造〕 とか、いろいろな生体親和材料を移植す
で、特に脱髄反応に伴って、今度は神経細胞をつくってい
ると、単に細胞だけを移植するより、もっといろいろな効果
る長い突起がだんだんと変性し、脊髄の中に大きな空洞が
があります。
できます。そして、やがて脊髄の機能が非常に低下していく
それから脊髄損傷によって途中で切れてしまった神経
軸索を、もう一度伸ばすことです。
また、神経細胞があって、長い軸索を延ばしているのが
ことが、時間経過と同時に進行していきます。
ニューロンで、それが途中で切れるのが脊髄損傷ですが、
経時的変化と治療法の選択
そこからもう一度芽を伸ばして再生させて、出来たシナプス
このような時間経過と同時に、いろいろ病態が変化してい
がさらに機能的に働くということを行っていくのが、脊髄損
きますが、これらを標的として、どのような治療が考えられる
傷の「機能回復」を目指した治療法です。これらを踏まえて、
かということを表5-1に示します。最初の2~3週間に関し
私たちはいろいろなことを考えてきました。
ては、とにかく死んでいく細胞を死なないようにする。これを
「神経保護」と呼んでいます。そのためには浮腫や細胞死
今非常に一般的に行われている治療法に関しては、先ほ
が起きないようにする。 さらに炎症、いろいろなかたちで起
ど戸山教授からご紹介がありましたように〔p.7参照〕、牽引、
きてくる免疫応答が起きないようにすることが大事です。
外科的除圧、そして器具を用いた脊柱固定術です。24時間
数週間から数ヶ月の間に起きることについては、「神経修
以内にこのような介入を行うと、その後の予後に対して非常
復」です。神経組織を修復させるということですが、これは神
に効いているということが、統計的に報告されています。
経再生とほぼ連続的に起こさないといけないので、二つを
このような治療法が比較的一般的に行われていますが、
一緒に考える考え方もあります。
それだけではなくて神経再生など、さらに新規的な治療法
ただ、神経修復と書いたところで我々が考えているのは、
が、脊髄の本格的な再生のために必要になる、と考えます。
神経組織を栄養にしている血管を新生させること、そして、
そのために新しい画期的な治療法をどう開発していくかと
神経軸索を絶縁しているミエリンがなくなるので、これをもう
いうことですが、やはり、基礎研究から積み上げていくことが
42
講演5.脊髄損傷の再生医療 〔岡野〕
大事です。ただ、基礎研究はいろいろな可能性を持ってい
共同研究で行っています。現在は産学協同体制で、我々の
ますが、本当にそれが臨床に行くかどうかというところが、い
基礎研究を何とか臨床に持っていきたいと考えて、このよう
わゆる基礎研究から臨床研究へのトランスレーション〔橋渡
なチームで共同研究を行っています。今申しましたように、
し〕です。
HGFに関しては2年後ぐらいの治験開始を目指して、現在、
一見良さそうな治療法にもいろいろなリスクがありますし、
医薬品機構などと相談をしているところです。
さらにそれによって得られるメリットがあります。リスクとメリット
を天秤にかけて、メリットがリスクを上回るかどうか。さらに、開
過去の治験の問題点
発している研究者だけではなくて、第三者が判断して、独立
その前に、過去の治験のいろいろな問題点があります。実
した客観的評価によってメリットが上回る場合、だんだんと
は現在、多くの施設で使われているメチルプレドニゾロンの
臨床開発が進んでいくものと考えています。
大量投与という方法があります。これは何を目指しているか
というと、抗炎症性のコルチコステロイドで、神経保護効果を
画期的な治療法開発へ
期待しています。1980年代に行われた大規模な治験では、
急性期
わずかなメリットを示していましたが、実はFDAによる承認は
これらを踏まえて、私たちが現在取り組んでい
る再生医療に関しては、急性期は非常に炎症が強いので、
得られていません。
その時に炎症を抑える薬として、すでに去年、中外製薬から
脊髄損傷の8時間以内には、適応外使用として投与され
の申請が承認された、抗IL-6受容体抗体 「アクテムラ」 と言
ることがありますが、高用量のメチルプレドニゾロンは敗血
われるリウマチの薬があります。マウスの抗IL-6受容体抗体
症や肺炎を起こすことがあるので、有害事象がメリットを上
をマウスの脊髄損傷の急性期に与えると、著しく予後が良く
回るかもしれないなど、現在、いろいろな問題点が言われて
なるということを、我々はすでに報告しています。
います。ですからメチルプレドニゾロン一辺倒の治療ではな
そしてもう一つ、急性期に与えたらいいと思う物質は、先ほ
くて、明らかに新しい治療法を開発していくことが必要であ
どの糸山先生のお話にあった肝細胞増殖因子(ヘパトサイト
ると考えられています。
グロースファクター)、HGFです。慶應大学ではHGFを用いた
脊髄損傷の治療法の開発、そして東北大学ではALSで、共
これまで行われた第Ⅱ相試験
通のシステムを使った安全性試験などを目指しています。
脊髄損傷に関して、過去に行われた他の第Ⅱ相試験まで
我々もALSと同調して、できれば2年以内に、何とかこれを用
行われたものに関してICORDのJohn Steeves* 氏がまとめ
いた臨床治験を始めたいと考えているところです。
たのが表5-2です。
亜急性期~慢性期
* カナダのブリティッシュコロンビア大学・International
Collaboration On Repair Discoveriesディレクター。
亜急性期から慢性期にかけての
時期に、神経幹細胞を移植するのが、非常にいいタイミング
表5-2 脊髄損傷:過去に行われた他の第II相治験 (Phase II)
であると考えています。さらに、亜急性期から慢性期にかけ
(神経保護/修復/ 再生)
て、先ほど言ったようにグリア瘢痕ができますが、これを酵素
《世界的に見ても現時点まで、承認に至ったものはない》
学的に壊すのが、「コンドロイチナーゼABC」 という酵素で
す。これは昔、名古屋大学のグループが開発して、今は生化
○ Sygen (GM-1 ガングリオシド) :統計学的有意差なし
学工業という会社が、これを使った薬の開発を目指していま
(一次結果の閾値設定が高すぎた?)
す。
○ GK-11 (NMDA 阻害薬) :急性期脊髄損傷に対する神経保
護効果を狙った (一次結果の閾値設定が高すぎた)
セマフォリン3A阻害剤は、軸索再生を誘導する薬です。こ
○ 4-アミノピリジン (Fampridine, K+ チャネルブロッカー): 慢性
れは大日本住友製薬が物質として開発して、私たちがこれ
期の損傷脊髄における残存した神経軸索を通った興奮伝
を使って、完全に切断したラットの軸索がまた伸びて、足が
導の改善を狙った;統計学的有意差なし
か な り 動 く よ う に な る こ と を 示 し て、3 年 ほ ど 前 に Nature
○ Procord (自己活性化マクロファージの移植):急性期脊髄損
Medicine誌に報告しました。これに関しても、何とか臨床に
傷に対する神経保護効果または 再生効果を狙った
持っていきたいと考えています。
(対照と比較してメリットなし)
そして、慢性期に至るまで、このような、受傷後のいろいろ
Sygen(GM-1ガングリオシド)は、残念ながら統計学的な有
なステージにおいて、脊髄の状態がどのようになっているか
意差はありませんでした。NMDA阻害剤であるGK-11は、急
を客観的に評価するイメージング技術を、島津製作所との
性期の脊髄損傷に対する神経保護効果を狙ったものです
43
が、1次結果の閾値*設定が非常に高すぎて、残念ながら、
フォローアップと評価で、治験実施後12ヶ月ぐらいまでフォ
これも有意差が出ていません。
ローアップする必要があります。さらに治験参加者から、治
* イキチ/シキイチ:その値を境に意味や動作が変わる値。
療費の支払いを受けないことが大前提となっています。
それから、非常に多く、昔から実験的に使われている4-ア
いくつかの国々においては、営利目的のクリニックにおい
ミノピリジンというカリウムチャンネル、カリウムイオンを通す
て細胞治療が行われています。こういった医療行為は決し
チャンネルのブロッカーです。これは、慢性期の脊髄損傷に
て臨床研究と言うべきものではない、とSteeves氏は明言し
おける、残存した神経軸索を通った興奮性の改善を狙った
ています。
ものですが、残念ながら統計的な有意差がありませんでした。
これまでの我々の治療研究
もう一つは、自己活性化マクロファージです。これはイスラ
エルのグループが行った治験で、急性期の脊髄損傷に対
これらの教訓を踏まえて、我々は基礎からどのようにして
する神経保護効果、あるいは再生効果を狙ったものです
臨床に積み上げていくかという考え方、私たちの研究につ
が、対照と比較してメリットがなかった。現在、残念ながらこれ
いて、少しお話ししたいと思います。私は以前、大阪大学に
らは、フェーズⅡトライアルで頓挫しています。
おりまして、大阪大学にいる時から脊髄損傷の研究を始め
しかしながら、こういった薬剤が本当に効かないというわけ
ました。1998年から、戸山教授から慶應大学整形外科の非
ではありません。 これまでの反省として、非常に多くの異な
常に若い、バリバリの方を送っていただいて研究を始めて、
る状態の患者さんを対象としてやっていて、それを無理やり
最初は2002年にラットの胎児由来の神経幹細胞、ラットの
統計的処理したので、本当に1対1で対応出来ない場合が
脊髄損傷モデルに移植して、その有効性を示す論文を、
ある。だから、統計学的には有意差がなくなってきたかもし
2002年に発表しました。
れない。ですから、こういった薬剤は、今後もっと患者さんを
この論文でのポイントは、胎児由来の神経幹細胞移植は
スペシフィックに、この状態の患者さんというように、単に症
非常に安全で有効であるということと、移植をするにはベス
状ではなくてMRIのイメージングなどを組み合わせて詳細
トのタイミングがあって、炎症が終わって、さらに瘢痕が起き
にやれば、復活できる可能性もあります。
ていない損傷後9日目に移植すると、非常によく効くことを
示しました。これは非常によく引用された論文です。
さらにその後、我々人間とげっ歯類は脊髄の構造と機能
有効な治験であるためには
表5-3は治験を有効にするための規制上の必須事項で
が非常に違うことを踏まえて、実験動物中央研究所とも共
す。 これは、国際的なスタンダードになっているので、今後
同して、霊長類であるマーモセットの脊髄損傷モデルを開
の治験を考える上で、よく考えなければいけないことです。
発しました。ここにヒトの胎児由来の神経幹細胞移植を行っ
当然のことですが、実験群と対照群へと、ランダム化した適
て、安全性と有効性を示すことが出来たので、この勢いを借
切な人数の参加者が割り当てられることが必要です。当然
りて臨床研究に進みたいと考えていました。しかし残念なが
フェーズⅡ、フェーズⅢトライアルにおいて必須のことです。
らヒト幹細胞を用いた臨床研究指針において、胎児由来の
幹細胞は対象外となったので、なかなか進めることが出来
それから、もちろんブラインド〔二重盲検法〕でやるということ
ませんでした。
です。実験群と対照群のどちらに割り当てられているかが
わからないようにして、独立して評価することが大事ですし、
ES細胞に関しては、先ほどハンス・キーステッド先生から
さらに治験参加者、すなわち、患者さんの長期間にわたる
お話があったように、ジェロン社で臨床試験が始まろうとし
表5-3
有効な治験とするための規制上の必須事項
ているところです。現在日本ではかなりポジティブに議論が
・ 実験群と対照群へと、ランダム化した適切な人数の参加者が
割り当てられる事
進んでいますが、ES由来細胞に関してはいま臨床研究指
・ 実験群と対照群のどちらが割り当てられているかどうか
治験者(医師)に判らないようにして独立に評価する事
なければいけないところです。
・ 治験参加者の長期間に渡る評価を行う事
(治験実施後12ヶ月迄)
から神経系の細胞にすることができます。一つは山中先生
針の俎上に乗っているというわけではなくて、これから乗せ
一方、患者さん自身の生体の組織から採ってくる体細胞
が開発されたiPS細胞から誘導した神経幹細胞、そして当
・ 治験参加者から治療費の支払いを受けない事
研究室の整形外科から来た名越慈人君たちがやっている
◎ 従って、いくつかの国々で行われている営利目的の
クリニックにおける細胞移植は、臨床試験ではない。
のは「神経堤細胞」です。実は、胚発生期の神経堤というとこ
ろから皮膚などへ神経の前駆細胞がやってきますが、これ
(J. Steeves)
44
講演5.脊髄損傷の再生医療 〔岡野〕
を増やして使った脊髄損傷治療も可能かもしれません。
非常にうまく示しているので使わせていただきます。胸髄損
あるいは骨髄などに存在する 「間葉系幹細胞」を分離す
傷した動物で、前足は動きますが、後ろ足は麻痺をしていま
る方法を、当研究室の独立准教授の松崎有未らが開発し
す。こういった動物の損傷部位に神経幹細胞を移植して、ど
ています。これらに由来した神経系の細胞などを使って脊
れだけ後ろ足の機能が戻るかを検討します。
髄損傷治療をやろうということです。
当研究室に来ている整形外科の大学院の辻収彦君が
今日は山中先生もいらっしゃいますので、次にiPS細胞を
やった脊髄損傷マウスへのiPS細胞由来の神経前駆細胞
使った治療法の開発について、少しお話しいたします。
の移植実験を紹介します。まず細胞を移植していない群の
損傷後49日目では、かなり後ろ足を引きずっています。次
脊損マウスへのヒトiPS細胞移植
に、iPS細胞からつくった神経幹細胞を移植すると、後ろ足
先ほどのお話にありましたように、iPS細胞は皮膚など患者
に体重をかけて走り回っています。このように、非常に元気
さん自身の体性細胞からES細胞特異的な転写因子を導
になります。運動機能をプロットしてみても、移植していない
入することによって得られた、多能性の幹細胞です。
群に比べて、移植した群は有意差を持って回復することが
患者さん自身の体細胞を使ってiPS細胞を誘導して、神経
わかりました。
系の細胞を誘導して、ご本人に戻す。そうすると免疫学的拒
このことから、iPS細胞由来の神経前駆細胞は、適切なiPS
絶反応がない、非常に理想的な治療がで出来ますが、これ
細胞クローンを選択することによって安全性を担保でき、ES
を実現するには、多くのことを克服する必要があります。
細胞由来の神経前駆細胞と同等の治療効果を示すことが
わかりました。
まず、非常にロングレンジの時間がかかるので、患者さん
「移植細胞の安全性を担保する」 ことについては、1時
からつくっていたのでは、損傷後数週間以内といったゴー
間ぐらいかかる話なので、今日はスキップいたしますが、先
ルデンタイムウインドウ〔移植至適期〕に間に合わないかもし
ほどの山中先生のお話にあったように、やはりiPS細胞を
れない、という問題があります。これに関して現在山中先生
使った治療の最大の敵は、腫瘍を形成してしまうことです。
らは、ご本人ではありませんが、HLAのバリアンシーを持っ
たバンクをつくることで、免疫学的拒絶反応の少ないiPS細
腫瘍形成の回避
胞バンクをつくることを試みられています。これはら国家プ
しかしながら腫瘍形成に関しては、「iPS細胞をつくる由来
ロジェクトとして、今後進んでいくものと理解しています。
の細胞をうまく選ぶ」こと。「iPS細胞から誘導してきた神経前
駆細胞の中に未分化の細胞が入っていないことを確かめ
ES-/iPS-由来神経幹・前駆細胞の脊髄損傷モデルへの移植
ES-/
iPS-由来神経幹・前駆細胞の脊髄損傷モデルへの移植
PBS (control)
形成しない」といったことを示すことで、これが安全なiPS細
〔生理食塩水〕
胞から採ってきた神経前駆細胞だと、我々は前もって用意
ES‐/iPS‐由来
神経前駆細胞
9 days
脊髄損傷モデル
(胸髄損傷モデル)
る」こと。あるいは、「前もってマウスの脳に移植して、腫瘍を
することは出来ます。そのようなiPS細胞由来の神経前駆細
胞を選ぶことによって、腫瘍を形成せずに、機能回復するこ
とがわかりました。
細胞移植
一方、やはり腫瘍を形成してしまうかもしれない、ということ
で、強引にやると移植後3週間ぐらいまではいいものの、そ
の後はまた悪くなります。やはり、腫瘍ができてしまうと機能
後肢運動機能の検討
回復は得られない、ということです。
図5-2
運動機能回復に成功
一方、iPS細胞から神経系の細胞への誘導ですが、我々
機能回復のメカニズムに関しては、iPS細胞に由来した神
はマウスを使ってES細胞から神経系の幹細胞を誘導する
経前駆細胞が損傷脊髄の中にあって、神経細胞、アストロ
研究を長年やっていたので、まったく同じ方法でiPS細胞
サイト、オリゴデンドロサイトといった細胞に分化します。オリ
から神経系の前駆細胞をつくることができました。これを
ゴデンドロサイトは再髄鞘化をして機能回復に結びつくと
使ってマウスの脊髄損傷モデルに、先ほどの小川 祐人 君
思います。アストロサイトは非常に幼若な細胞で、いろいろ
の論文に基づいて、損傷後9日目に移植しました。
な栄養因子を持っています。先ほど、ハンス・キーステッド先
生の講演の中で、英語で“nursing effect”〔養育効果〕と言っ
図の右下は、紀元前3000年のアートですが、脊髄損傷を
45
ていたのが、これです。
れる結果となりました(図5-3)。
いろいろな細胞に対して細胞死を抑制したり、血管新生
を誘導したり、あるいは軸索の再生を誘導して、細胞自身が
この次は何かということですが、ヒトの神経幹細胞を使って
分化して、それが髄鞘をつくるのみならず、いろいろな細胞
数年前に私たちの研究室の岩波明生君が行ったように、
がちゃんと生存するような栄養効果を示す。こういった、
我々と同じ霊長類であるマーモセットの脊髄損傷モデルを
ニューロンとグリアの相互作用を誘導することによって、運
使って、ここに移植して、安全性と有効性を示すということだ
動機能が回復したことがわかってきました。
と思います。最初は非常に遠い道かと思いましたが、このよ
一方、早くも2年経ちますが、2007年11月に山中先生のグ
うにして、だんだんと形が見えてきたところです。
ループが、ヒトiPS細胞を樹立しました。これは非常にセン
セーショナルな研究で、ここから先は、我が国としてもiPS細
5年のロードマップ
胞研究に非常に力を入れるという状況になりました。
iPS細胞研究に関して今後の課題は、いかに多くの、万人
私たちはさっそく山中先生のグループからiPS細胞をいた
に対して使えるiPS細胞のプールをつくるかということです。
だいて、胚葉体をつくって、iPS細胞から神経幹細胞をシ
これは、先ほど言ったように、HLAがほぼマッチしたiPS細胞
ャーレの中で誘導することに成功しました。
のライブラリーをつくることが大事で、iPS細胞由来の腫瘍化
私たちはこれを使って、マウスの脊髄損傷モデルにヒトの
していない神経前駆細胞を用意すると、これがだんだんと
iPS細胞由来の神経前駆細胞を移植して、運動機能の回復
可能になってくると考えます。私としてはロードマップ的に
に成功しました。これは、ヒトiPS細胞由来の細胞を使った治
は、iPS細胞を使った治療に関しては、だいたい5年と考え
療効果としては初めてではないかと考えています。
て研究を進めていきたいと思っています。
国内のみならず、スペイン、メキシコなど世界中に報道さ
iPS細胞による疾患メカニズムの研究
脊損から少しだけ話がずれますが、iPS細胞研究のもう一
つの特徴としては、患者さんから採ってきたiPS細胞を使っ
た、いろいろな疾患のメカニズムの研究があります(図1-8
参照)。今日も脊髄性筋萎縮症(SMA)に関する発表がありま
したが、我々の研究室においては約30の疾患について、慶
應義塾大学の倫理委員会の承認を得て、研究を行ってい
ます。
ジョンズ・ホプキンス大学の澤 明教授は、統合失調症の
非常に高名な研究者です。統合失調症において、実際に
どういうことが異常になっているかという、いわゆるバイオ
マーカーははっきりしませんでした。そこで彼の研究室では
統合失調症の患者さんからリンパ球、嗅球の細胞を採って、
どういうバイオマーカーの異常があるか、明らかにしようとい
うことで研究を行っています。
私たちは、何らかのバイオマーカーと思われるものの違い
がある患者さんからのiPS細胞の樹立に成功して、現在解
析を進めています。我々は神経変性疾患のみならず、精神
疾患に関しても、その発症の謎、あるいは治療法の開発に
関して、今後取り組んでいきたいと考えているところです。
臨床試験の進み方
iPS細胞技術は非常に先端的な技術ですが、今後どう
やってこういう先端的な技術を実際の臨床に持っていくか
ということで、臨床研究の進め方に関して、先ほどからいろ
いろな言葉が出ています。ここで改めて少し説明させてい
図5-3 2009年2月4日付 読売新聞
46
講演5.脊髄損傷の再生医療 〔岡野〕
とで、販売が可能となります。
時間がかかる何重もの試験
Yes
No
iPS細胞、あるいはHGFは、我々は本当にいいアイデアだ
No
と思っています。こういったグッドアイデアが出た場合、動物
Yes
Phase 1 ‘安全性’ 試験
モデルで機能回復を検討します。これがだめな場合は、ま
当該疾患に対して
安全か?
た振り出しに戻ります。 これが効くと、動物における安全性
Yes
No
Phase 2 ‘探索性’ 試験
を見ます。動物で腫瘍を形成しない、いろいろな副作用が
予備的ながらも、機能
的活性を示すか?
ないということを見て、これがだめなら、また振り戻しです。
Yes
No
Phase 3 ‘主’ 試験
これで行けると、次はヒトを使った安全性試験ということで、
臨床的に意義のある
メリットを提供するか?
第Ⅰ相試験になります。当該試験に対して安全かどうかと
いうことですが、もし安全性がだめだった場合は、また最初
Yes
No
の振り出しに戻ります。
規制としての承認
これが行けると、探索性試験である第Ⅱ相試験で、予備的
ながらも機能的な活性を示すかどうかが検討されます。これ
客観的な検証された証拠に基づく臨床の実践
図5-4
臨床試験
がだめな場合はまた元に戻りますが、もしうまく行くと、先ほ
ど言った中核試験(バイポータルテスト)で、臨床的に意義
第Ⅰ相から第Ⅲ相へ
のあるメリットを提供するかどうかを、数百人から数千人の症
ただきたいと思います。
第Ⅰ相試験
例を使って検討します。これがだめな場合、また振り出しに
フェーズⅠトライアルと言っていますが、こ
戻ります。
れは安全性を重んじるテストで、ヒトの被験者への最初の治
これが行けると、規制としては承認されますが、その後
療的介入です。人類に対する初めての投与なので、安全性
フェーズⅣトライアル〔市販後臨床試験〕とも言う、客観的に検
をチェックするのが一番重要なことです。N〔被験者〕の数は
証された証拠に基づいて、臨床を実践していくことになりま
若干国によって異なります。
す。フェーズⅢトライアルに行っても、その後、多くの方の副
図はICORDのJohn Steeves氏の冊子から拝借していま
作用のために、また、発売停止になったものもありますので、
す。疾患や国によって若干考え方が違いますが、基本的に
何重にも安全性と有効性を確かめながら、このような治療
は少数の被験者を用いて安全性、すなわち安全な投与量
法開発をやっていきます。
の範囲、どれだけ投与しても大丈夫か、副作用が出るか出
よく、「何年後に治療法ができるんですか?」 と聞かれま
ないか、治療法が被験者へ及ぼす影響を検討します。
す。我々研究者は、フェーズⅠ、Ⅱトライアルはいつか、とい
普通、飲む薬だと健康な方を使って行うことがありますが、
うつもりでお話ししていますが、このようなステップをやって
脊髄損傷の場合の細胞治療などは、健康な方に対して行う
いくと、それぞれ最低2年はかかるのではないかと、いうこと
ことが考えづらいので、患者さんを対象にフェーズⅠ、Ⅱaト
で、万人に使われるようになるには、非常に時間がかかるこ
ライアル というかたちでやることもあります。
とをご理解いただきたいと思います。
*
* 第Ⅱ相臨床試験は少数例で効果を見るⅡa試験(前期)
と、適切な用法・用量の決定とその有効性を見るⅡb
試験に分けることもある。
第Ⅱ相試験
脊髄損傷に有効な既存薬の発見
iPS細胞とかHGFとか、非常に先端の基礎研究から来たも
これは、治療的探索です。治療法が有効
のがありますが、一方、すでに他の疾患に対して使われて
か、及び安全性に関して、数百名を対象にして検討します。
いる薬が、実は別の疾患に対しても使えるかも知れない、と
第Ⅱ相における主な目的は、非治療群、またはプラセボ
いうことがあります。すでに他の疾患について認められてい
対照群と比較した、期待される治療効果の探索です。
第Ⅲ相試験
る薬が、実は、脊髄損傷に対しても使えるかもしれない。これ
これが一番重要で、主検査と言われてい
で我々が考えたものとして、先ほど言ったリウマチに対する
ますが、副作用を監視すると共に、他の標準的、あるいは実
薬のアクテムラとか、いくつかの薬があります。
験的治療法と確認しながら、この治療の有効性を、数百から
例としては、メチルプレドニゾロン、リチウム、リルゾール、エ
数千の、多数の被験者に対して検討するものです。統計学
リスロポエチン、ミノサイクリンといった、他の疾患に対して認
的に有意な臨床上の有益性により、第Ⅱ相の試験で得ら
められた薬を脊髄損傷に使っていく。もちろん、これは
れた予備的検証を確認する。ここをパスすると承認、というこ
47
フェーズⅠトライアルから始めていきますが、これに関して
•
世界的にどのような状態になっているかということについて、
• Phase IIb – C3 Rho 阻害薬 (Cethrin)
神経保護効果・軸索の発芽 を狙った再生療法.
少し紹介させていただきます。
リチウム
ワイス・ヤング先生〔米国ラトガーズ大学教授〕が
中心になってやっているリチウムという薬です。本当に安い
薬なので、彼は非常に多くの症例数を稼げると言っていま
す。これはナトリウムチャンネル阻害剤で、うつ病に対してし
37 例のPhase I/IIa 安全性試験
において若干の機能改善
(AIS grade)を認める (但し、
対照群なし).
ばしば用いられている薬です。現在では、神経保護効果や
急性期の脊髄損傷の機能的修復を促進することが示唆さ
れていて、現在、中国で非常に多くの症例でフェーズⅠ、Ⅱ
リルゾール
実施場所: カナダ、米国
Phase IIbに向け資金調達中
aトライアルが進んでいます。
先ほど、糸山先生のお話に出てきたように、
Drug # 5
図5-5
リルゾールという薬があります。これは、ナトリウムチャンネル
ブロッカーであると同時に、グルタミン酸受容体のNMDA受
NOGO
もう一つ、軸索の伸長を阻害しているNOGOとい
容体阻害剤です。抗アポトーシス〔細胞死抑制〕作用で、ALS
う物質があります。これに対する抗体で、神経保護効果、軸
に対してすでに承認されている唯一の薬ですが、これが急
索の発芽効果、あるいは急性期脊髄損傷の治療法として、
性期の脊髄損傷に対して、神経保護効果を示すかもしれな
フェーズⅠで安全性を確認して、現在フェーズⅡトライアル
いということで、現在、リルゾールを使った治験が、カナダ及
がヨーロッパで進行しているという状況です。
び米国で進行しています。
ミノサイクリン
OEG移植
自己嗅粘膜由来のグリア細胞(OEG)は一時
ニキビにミノサイクリンという薬が治療で
期非常に有名になりましたが、中国のトライアルは営利企業
使われます。抗炎症薬で、ミトコンドリアの細胞死にかかわる
なので、ICORDでは治験と呼びません。「中国で行われた医
遺伝子産物に働きかけて、炎症や細胞死を抑える抗生物
療行為は治験と呼ばないので、まったく客観的な評価はで
質です。ミノサイクリンの急性期の脊髄損傷に対する抗アポ
きない」――これがICORDの考え方です。
トーシス療法を狙った臨床試験がカナダで行われていま
一方、ポルトガル及びオーストラリアにおいてフェーズⅡト
す。フェーズⅠ、Ⅱaトライアルでは、損傷後12時間以内だと、
ライアル、あるいはフェーズⅠ、Ⅱaトライアルを行いました。
少数〔50例〕ながらも期待できる効果を示すことが報告され
特にレポートがはっきりしているのはオーストラリアのブリス
ています。
ベンでアラン・マッカイシンが行った研究です。慢性期の脊
髄損傷6例に対して実施し、3例については安全性を確認
軸索再生の誘導
するも、残念ながら効果はあまりなかったということで、治療
以降二つは、軸索再生を誘導する薬です。我々の損傷し
介入がもっと早期に対して行われたら、有効な結果が得ら
た中枢神経系の中には、軸索が再生しないように邪魔をす
れたかもしれない、と言われています。
る物質があります。ミエリン由来の軸索再生阻害因子や、グ
ヒトES由来細胞
リア瘢痕中のコンドロイチン・サルフェート・プロテオグリカン
これはいまハンス先生とジェロン社が
やっているヒトのES細胞のものです。
(コンドロイチン硫酸プロテオグリコン〔コンドロイチナーゼ
ABC〕)ですが、いずれも、ある物質を介して作用します。
セスリン
リハビリテーションと組み合わせる
これは、低分子量GプロテインのRhoというもの
最後にリハビリテーションに関してお話して、終わりたいと
ですが、Rhoを阻害する物質でCethrinという薬があります。
思います。
これは、軸索の発芽を狙った再生療法で、現在37例の安全
運動機能の回復にはこのような先端的な治療を行うだけ
性試験において、若干の機能改善を認めています。残念な
でなく、リハビリテーションをきっちりやることが大事です。リ
がら非投与群はありませんが、現在フェーズⅡbに向けて資
ハビリテーションに関しては、現在損傷後1ヶ月から開始し
金調達をしています。しばしば社長が来日して、我々も何度
て、6ヶ月まで維持する積極的な身体・作業療法を行ってい
か会ったことがありますが、理論的には効いてもおかしくな
ます。トレッドミル・トレーニング、あるいは麻痺していない側
い薬ではないかと思っています。実施場所としてはカナダ、
をガッチリ固めて、麻痺している側を積極的に使わせる「非
米国で、現在治験が行われています。
麻痺側上肢抑制療法」という方法があります。これは比較的
有望視されている治療法です。
48
講演5.脊髄損傷の再生医療 〔岡野〕
局所介在ニューロン(例・脊髄固有ニューロン)との間の発芽
損傷した神経軸索の再生
・脊髄損傷1ヶ月以内から開始し、6ヶ月間維持する積
極的な身体・作業療法:
・体重を支えるトレッドミル・トレーニングによる歩行
訓練
・非麻痺側上肢抑制療法:麻痺側の上肢の強制使用
非損傷ニューロンからの発芽
図5-7 リハビリテーション療法と神経再生の接点
脊髄損傷後の回復の基盤となる軸索伸張(発芽・再生)
(J. Steeves)
図5-6 亜急性および慢性期を対象とした
リハビリテーション療法の登場
組み合わせることによって、かなりいい治療法になるのでは
表5-4 脊髄損傷後における活動依存性
リハビリテーション療法のゴール
改善されるべき点:
減るべき点:
1. 四肢機能――
a) 可動範囲
b) 歩幅
c) 握力と手の動きの巧緻性
2. バランスと姿勢変換
3. 筋力と体力(スタミナ)
4. 骨密度
5. 心血管系および呼吸機能
6. 免疫反応
7. 肉体的・精神的な健康状態
8. 毎日の生活に於ける活動度
9. 社会やコミュニティーへの参加
10. クオリティー・オブ・ライフ
1.痙性
2.痛み
3.感染
4.褥瘡
5.反復性の合併症
6.不安
7.抑鬱
ないかと期待しています。
軸索そのものは損傷しますが、リハビリのトレーニングをす
ることによって、損傷していない軸索から発芽が起きて、損
傷部位のより上位のところから周りのニューロンに対してま
た発芽して、ここは途絶えても、図(5-7)のようにいろいろな
迂回した経路によって、下流の細胞がまた興奮するよう誘
導できればいいわけです。
実は、ある学会で「細胞移植をした時も同じことが起きるの
ではないか?」と質問されましたが、まさにそういったことを、
実際にリハビリをすることによって、誘導出来るのではない
かと考えています。
(J. Steeves)
終わりに
また非常にソフィスティケートされた自動歩行訓練用ロ
最後になりますが、いろいろな方法を科学的に解明し、そ
ボット、さらに最近ではBMI〔ブレーン・マシン・インターフェース〕
の安全性と有効性を確認することによって、新しい治療法
の発達によって、リハビリとリハビリ補助器具を使った研究が
が確立できるのではないかと思います。
進んでいます。
私たちはニューロンネットワークレベルで、どこにどう効い
『ほんとうにすごい! iPS細胞』
ているかを明らかにしようと思って、いくつかの動物実験を
行っています。改善されるべき点としては、四肢の機能とか
岡野 栄之 著
講談社新書
2009年 4月刊
本体800円
バランス、姿勢、そして減るべき点としては痙性、痛み、感染、
褥瘡、不安、憂鬱、反復性の合併症で、これらを減らすことが
期待されています。
我々は動物実験を使ってリハビリの効果を徹底的に見よ
うということで、ラットの脊髄損傷モデルを使って、ロボット
アームを使った歩行訓練によってリハビリを行っています。
これはiPS細胞という名前がついていますが、実は、神経再
そして、リハビリ早期スタート群と後から始めた群を比較し
生についてもかなり書かせていただいた本です。最近、こう
て、運動機能を確認しました。これは、リハビリ科の里宇明元
いった本も書いています。今重版準備中という噂で、書店に
教授たちとの共同研究ですが、後からスタートした群は、対
ないかもしれませんが、ご興味のある方はamazon.comとか、
照群と比較してあまり効果はなく、早くスタートすると、かなり
お求めになれない場合は私に直接Eメールをいただけれ
の治療効果があることがわかりました。今後、細胞治療などと
ば、要らないかもしれませんが署名をしてお送りさせていた
49
だきたいと思います。
こういった治療法を開発して、いつかこういった方々を歩け
るようにしてあげたいと思って日夜研究をしています。
今日の話の資料提供に関しては、ICORDのJohn Steeves氏
にかなりいただきましたので感謝したいと思います。
そして、我々の研究チームです。ご清聴どうもありがとうござ
いました。(拍手)
岡野 栄之〔おかの
□
1983年
1983年
1985年
1989年
ひでゆき〕
慶應義塾大学医学部卒業
慶應義塾大学医学部生助手
大阪大学蛋白質研究所助手
米国ジョンス・ホプキンス大学
医学部生物化学教室研究員
1992年 東京大学医科学研究所助手
1994年 筑波大学基礎医学系教授
1997年 大阪大学医学部教授
2001年 慶應義塾大学医学部教授
2003年~ 21世紀型COEプログラム
「幹細胞医学と免疫学の基礎
-臨床一体型拠点」拠点リーダー
2008年 グローバルCOEプログラム「幹細胞
医学のための教育研究拠点(医学系
慶應義塾大学)拠点リーダー
□
1998年 北里賞
2001年 塚原仲晃賞
2004年 ゴールドメダル賞
2004年 日本医師会医学賞
2004年 Distinguished Scientists
Award(伊Catania大学)
2006年 文部科学大臣表彰
2007年 STEM CELLS
Lead Reviewer Award
50
国際シンポジウム「中枢神経系の再生医学」
■ パネルディスカッション
司会 長谷川 聖治
読売新聞東京本社科学部次長
長谷川 講演の先生方、大変 お疲れ様でした。さっそくパ
山中 具体的な時期につきましては、先ほどの岡野先生
ネルディスカッションを始めたいと思います。私は司会を仰
のお話にもありましたように、予測は軽々しく言える問題で
せつかりました、読売新聞の長谷川と申します。 よろしくお
はありませんので私からは明言は避けたいんですが、ハン
願いいたします。パネルディスカッションの進め方ですが、
ス先生、岡野先生から何かあるかもしれません。
すでに皆様からいただいた質問などを基に先生に随時
振って、お答えいただくというかたちで進めたいと思います。
長谷川 時期が不明という理由は何でしょうか。
時間がありませんので、さっそく会場から寄せられた質問
から行きたいと思います。
山中 いろいろな要因があります。まず、研究が進まないと
だめです。しかし、それと同時に規制で、先ほどの第Ⅰ相、第
臨床応用の見通し
Ⅱ相、第Ⅲ相という規制をパスしないとだめです。ですから、
長谷川 本日のシンポジウムは「中枢神経系の再生医学」
早い段階から研究者と規制当局、国側がよく連携して、研究
の後に「5W1H」というサブタイトルがついています。これは
者のほうも正しい実験を行う、早く認可を得られることを目標
「いつ、どこで、誰が」という、皆さんの関心のあるテーマだと
にした実験を、当初から念頭に置いて研究を進めるという努
いうことで、このような題にしたと聞いております。質問もそれ
力が必要です。また規制当局も研究者に、早くそういう指針
に関連するものが多くあります。会場からの質問です。
を与えるというか、両方の連携がないとすごく無駄に時間が
「私は交通事故で脊髄のC5の損傷で、現在リハビリを
過ぎてしまう、ということがあります。
しています。週に1日2時間やっていますが、こういった
そういうことは、いま日本の中でも 「先端医療開発特区
再生医療の人間への応用は具体的にいつから始まる
(スーパー特区)」 という制度で再生医療等を推進しようという
のか。あるいはその費用。もし時期が不明な場合、その理
動きがありますが、その特区の中で私たちは当初から規制
由は医学的なものか、法律的、あるいは政治的な問題な
当局とよく連携しながら研究を進めることを目指して、少しで
のか?」
も早く進めようと考えています。
という質問です。山中先生からお答えいただけますか。人間
への応用の具体的な時期は、見通しでも結構です。
長谷川 ありがとうございます。その点についてキーステッ
51
ド先生、人間への応用の具体的な時期について、何か意見
われているので、ES細胞を使った研究がある程度先行して
があればお願いします。
いけば、これは出来るのではないか、と思っています。
どの頂上をもって10合目と言うのかわかりませんが、
キーステッド やはり、各治療
フェーズⅠトライアルについては、そういったかたちで、少な
法で予定も違うと思います。例え
くとも半分は超えているのではないかと私は思っています。
ば脊髄損傷は、それぞれに病態
ただ、それは、最初の1例目をやるという段階に関してそう
が違います。したがって時期がい
いった状況であって、本当に多くの人に、だれに対しても使
つかといっても、例えば動物には
える一般的な治療になるには、まだまだ時間がかかる可能
治療が効いたけれども、まだまだ
性があると思っています。
ヒトには使えないということで、そ
こまで行くには時間がかかります。それぞれのアプローチ
エバート 細胞移植については岡野先生がおっしゃっ
が、それぞれ困難を持っています。いかにして製造プロセス
たように、山を登っていくまで、もう少し時間がかかると思い
がヒトに適用できるようになるのかも、安全性の問題、安全性
ます。そしてどこに頂上があるのかも、はっきりとはわからな
試験も病態によって違います。
い状態です。
また、実際にヒトに応用するにあたっては、血液、脳脊髄液
iPS細胞の治療への応用ですが、病態モデルで使うことに
〔CSF〕、あるいは直接注入など、いろいろなやり方があると
ついては、かなり進んできました。ですから、細胞移植よりも
思います。したがって、個々の治療法によって臨床応用の
治療薬の開発のほうが早く進むのではないか、と考えてい
時期が異なると思いますが、実際にヒトに使えるように臨床
ます。例えば先ほどプレゼンテーションの中の心毒性など
試験が進んだら、その後は予測がより簡単になってくると思
については、より良いモデル、そしてより完全なモデルが出
います。
来れば、それが副作用が少ない新薬の開発に繋がってい
しかし、まだほとんどの治療法は前臨床の段階なので、こ
くと思いますし、そうすれば、臨床開発もより早く進むように
ういう段階にある治療法が実際にヒトに応用できるかどうか
なる、と期待しています。
を言うのは難しいことです。したがって、山中先生もおっ
ただ、はっきりと「どのぐらいの時間が」というタイムラインを
しゃったことに私も同意します。基礎研究者が規制当局、ま
示すのは難しいし、どのぐらい山を登ったのかを具体的に
た医薬の研究者と話し合いを行うことによって、トランスレー
示すのも難しいと思います。私たちの研究対象の病気が、
ショナルリサーチ*を促進していくことが重要だと考えてい
臨床的にどのように発症するかについて分かっている部分
ます。
は氷山の一角に過ぎないかもしれません。病気全体の中の
* 基礎研究から臨床研究への橋渡し研究。
一部しか分かっていないかもしれないので、病気の進行が
より分かるにつれて、理解が深まるにつれて、より良く、より効
長谷川 そういう意味で、再生医療の患者への応用を山
果的な治療法をつくることができると思いますが、時間はか
の頂きとすると、その頂きを目指す研究、現在の再生医療、
かると思います。
たとえばESやiPSの実用化はどのくらいまで達しているか、
ということについて岡野先生、エバート先生にお話を伺いた
長谷川 現在が氷山の一角であって、山が見えてくると、
いと思います。現在、研究のレベルはどれぐらいまで行って
また山がどんどん高くなってくるのが現状ということでしょう
いると言えますか。
か。山中先生、その点で何か一言ありますか。
岡野 私のプレゼンテーションでも出しましたが、治療法
山中 ES細胞とiPS細胞に限って発言すると、ジェロン社
の開発に関しては、実際に患者さんに応用する場合は
の努力によってES細胞はかなり先行しています。ES細胞を
フェーズⅠ、フェーズⅡ、フェーズⅢとステップを踏んでいく
使った臨床研究は、本当に第一歩を踏み出し始めますか
必要があります。フェーズⅠに関しては、動物実験レベルで
ら、頂上をしっかり見据えてされていると思います。再生医
の安全性と有効性、さらにいろいろなメカニズムの解明が必
療に関しては、iPS細胞研究はその背中を見ながら進んで
須になると思います。
いる、というのが現状だと思います。
iPS細胞に関しては、我々は、有効性はある程度のところ
は言えたと思うので、あとは腫瘍ができないという安全性の
長谷川 その点でキーステッド先生は何かありますか。
面を確認することが必要だと思います。その意味において
キーステッド いつ頂上が見えるかを言うのは、なかな
は、ハンス・キーステッド先生のところでES細胞の研究が行
52
パネルディスカッション
か難しいんですが、有効な治療法を見つけるまで、とにかく
も、例えば移植などが起こりますが、可塑性が失われたとし
登り続けなければなりません。基礎研究者として私の役割
てもそれがまた再生してくることはあり得ると思います。すな
は、ある治療のポテンシャルを同定することです。私は臨床
わち、「中枢神経系の可塑性」という要素を使うことによっ
家ではないので、それが見つかったら臨床家に渡してベス
て、その能力を回復することは出来ると思います。
トを期するということです。そのためには治療法をどんどん
中枢神経系自身の特徴を使うことによって、間違った接
進めていって、成功まで頑張るということに尽きます。
続も正しく動くようにすることが可能ではないかと思います。
神経の再接続の可能性
広範な神経マヒ症状に対して
長谷川 話を変えたいと思います。これも会場からの質問
長谷川 次の質問に移りたいと思います。
です。C5の、頚髄の5番目の損傷の方ですが、
「39年間、スモンつまり「亜急性脊髄視神経症」で障害が
「iPSとか細胞を注入した場合に脊髄が再生して、その
残っている。自立歩行はできるが、排尿障害や多汗症な
上下で、たとえば右足の小指を動かす神経だとしたら、
どの症状がある。このような神経麻痺に対する再生医療
損傷した部分にiPSを投入することで、うまく前後でつな
の可能性はいかがか」
がるのでしょうか?」
ということです。この点を、岡野先生いかがでしょうか。
という質問が来ています。その点、山中先生、あるいは糸山
先生あたりでどうでしょうか。
岡野 この病気は、キノホルムという薬剤を投与したことに
よる、比較的広範な神経系の神経障害です。脊髄損傷の
山中 より正確な答えは後ほどあると思いますが、岡野先
場合、ある1ヶ所が損傷するということで、若干違うところで
生が言われたように、回復をもたらすためにも、細胞移植を
す。症状を読ませていただくと、自立歩行は出来るけれども
した後のリハビリがすごく大事ではないか、という印象を
排尿障害などの症状が出るということで、おそらく自律神経
持っています。ただ、科学的に根拠があるかどうかはわから
系の症状が中心になると思います。
ないんですが。
このような、ある特定の悩まれている症状に関して、例え
ばiPS細胞やES細胞から自律神経系の細胞をつくることも、
長谷川 糸山先生、いかがでしょうか。
最近は出来るようになりつつあるので、道が開けていく可能
性はあるのではないかと思っています。
糸山 私は臨床家で、基礎研究を
非常に広範な神経系が障害される病気に関して、今後、
やっていないので、あまり責任のあ
どのように再生医療が立ち向かうかということに関しては、
ることは言えないと思います。しかし
単に細胞を移植するだけではなくて、神経を治す薬の開発
やはり神経細胞の移植において
も大事ではないかと思っており、そういった研究も今後考え
は、神経細胞が軸索を伸ばして機
ていきたいと思っています。
能できるところに到達する、また総合
的に機能を果たすようにガイド〔誘
長谷川 わかりました。もう一つ、同じような質問です。
導〕するものが非常に重要なので、そこをいかにコントロー
「出生時に神経芽腫になって、両下肢の機能障害があっ
ルするかが一番重要ではないか、と思います。この方法で
た。こういう病気について再生医療の可能性は?」
直接それがうまく行くかどうか、ということには答えることは
ということですが、やはり岡野先生いかがでしょうか。
できません。
岡野
長谷川 キーステッド先生、過去の実験などで、そのへん
どこの部位にでき実際にどのような神経症状が出
ているか、をまず詳細に診断することが大事だと思います。
のところはどうでしょうか。
治療の目的は、一つはクオリティ・オブ・ライフ〔QOL:生活
の質〕の向上が大事ですので、一番気になる症状に照準を
キーステッド おそらく中枢神経系には非常に大きな
合わせた治療法の開発が大事だと思います。
傾向性があって、「リワイヤリング」〔再配線〕ができる傾向を
非常に限局したところに病巣がある場合と、比較的広
持っていると思います。ですから特定の軸索を、もともとの
がった場合において、かなりストラテジー〔戦略〕が変わって
ターゲットにガイドしていくことはできると思います。すなわ
くるのではないかと思います。これは臨床の教授の糸山先
ち、再生環境にはいろいろなノイズがあり、皮質、脳などに
生のほうが、ご意見があるのではないかと思います。
53
糸山 私は、神経の損傷は分け方によっては二つあると
思いますし、そうすれば特定の疾病に伴う、たとえばALSの
思います。1つは非常に限局した病変での損傷が起こる場
運動ニューロンと同じ効果を持たせることが可能だと思い
合です。もう1つは、神経系のあるシステムが損傷されるとい
ます。
う考え方です。小脳システムとか、筋肉のシステムとか、運動
ニューロンのシステムとか、こういうシステムがやられた場合
山中 講演でも少し触れたよう
は再生医療もやや難しいというか、細胞移植の治療も段階
に、病気の原因として遺伝子に関
を踏んで進めていく必要があるのではないか、と思っています。
わる部分と、環境や加齢に関わる
実際に研究はやっていないんですが、細胞移植の場合
部分がありますが、遺伝子的な背
は、より限局性の病変のほうが可能性が広がるのではない
景がない病気は本当に少ないと
かと私自身は考えます。
思います。程度に差はあれ、いわ
ゆる体質とか、病気になりにくい・な
病態モデルの作成
りやすいと言われている中には、やはり遺伝子的な何らか
長谷川 今日の講演では、再生医療の臨床への応用は、
の特性があって、それが決まっていると思います。
細胞移植よりはまず薬物治療の方が先んじるのではない
例えば変形性の関節症で、年を取ると膝の軟骨が減って
か、という意見が多かったと思います。そのためには、山中
水がたまったり曲がったりするのは、年を取ったから仕方が
先生が言われましたが、例えば病気を発症する病態モデ
ないと思われるかもしれません。私はずっと昔、整形外科医
ルをつくることが大事だと思います。今日は、エバート先生
でしたが、やはりなりやすい人もいるし、ならない人はいつま
が脊髄性筋萎縮症の病態モデルについてお話しされまし
で経ってもならなかったですね。それも研究が進んできて、
たが、これ以外に、たとえば発症が遅いALSとか、パーキンソ
やはり遺伝子的なある配列を持っているとなりやすいとか、
ン病という病気の細胞を、iPS細胞やES細胞で作製する可
なりにくいということがわかってきています。
能性はいかがでしょうか。その時にどういう工夫が必要だと
iPS細胞の技術は、少なくともその部分は引き継いで持っ
思われるかということについて、エバート先生と山中先生に
ている軟骨細胞をつくり出すことができるので、あとは環境
お聞きしたいと思います。
と加齢をどう再現するかです。今お話がありましたように、40
~50年実験するわけにはいかないので、それをいかに縮め
エバート まず、iPS細胞を使っ
るか、という工夫はものすごく大切で、大変ですがやってで
て、発症の遅い疾病のモデルをつ
きないことはないと思います。
く れ る と 思 い ま す。「iPS 細 胞 か ら
一番大切なのは、私たち幹細胞研究者が出来ることはiPS
パーキンソン病の病態をつくった」
細胞をつくるところまでなので、その後の部分はいろいろな
「ALSの病態モデルをつくった」 と
病気を研究されている、今まで幹細胞と関係なかった病気
いう発表論文がありますが、ここで
の研究者の方が、iPS細胞をツールとすることです。道具とし
はできた細胞には疾病による違い
て、多くの人が気軽にと言ったら変ですが、方法としては非
はありませんでした。例えば、運動ニューロンとかドーパミン
常に簡単なので、多くの病気の研究者にこの技術をどんど
ニューロンもできていました。
ん使っていただきたい。そうすれば、どうやって環境を再現
ただ、実際にこれらの疾病の表現系の違いがあったとして
するか、どうやって年齢を再現するかという、技術的なことも
も、それが評価の邪魔になるかどうかはわかりません。また、
どんどん早く進むのではないか、と期待しています。
遅発性に発症する疾病の場合は、細胞培養の実験でだい
たい8~10週かかると考えています。それが40年ぐらいに対
長谷川 先ほどのエバート先生のお話では、発症までの
応すると思います。
40年かかるものが、病態モデルでは8~10週の細胞培養に
細胞を40年も培養することが出来れば実際の本当の病
よって再現出来るということです。その研究をするには、多く
態が分かると思いますが、現実的に考えてみると、ある特定
の分野の臨床家の集学的な知恵が必要だという山中先生
の環境、ストレッサー〔ストレス因子〕、毒素を使うことによって、
のお話ですが、多くの分野の研究者が集結してやっていっ
細胞に対して同じ効果を持たせられます。例えば、ドーパミ
てほしいと思います。
ンニューロンや運動ニューロンに対して、同じような毒素を
次に、大濱理事長から質問があるということですが。
与えることによって、自然経過と同じような効果を持たせて、
同じような疾病に対する脆弱性を持たせることが出来ると
54
パネルディスカッション
例えば私が脊髄損傷の治療法を開発しようとしたら、実際
安全な細胞ソースの作製
には、変形性関節症(OA)とかリウマチ(RA)の適応症に
大濱 先ほどの「いま何合目にあ
なってしまったということです。戦略的に、このような臨床試
るのか」という話と関連してくると思
験のほうが安いし、早くできるので、脊髄損傷にはならない、
います。まずフェーズⅠが何合目
脊髄損傷の治療にはならないということもあり得ます。
か、というのは難しいんでしょうが、2
したがって、例えば胸部の脊髄損傷についても臓器がう
合目なのか、3合目なのかはともかく
まく働いたり、働かなかったりするということで、実際にアウト
として、安全面で未分化の細胞が
カムの測定が難しくなります。段階的に進んでいくので治療
残っているとか、がん化の可能性が非常にあるとか、その辺
が難しいわけです。
がパーフェクトに近いぐらいに排除できるには、要するに
ところがリウマチや変形性関節症の場合には、まず患者
フェーズⅠに入れるには、あとどれぐらい見ていればいい
集団が多く、治療の指標も明確に分かっていて、何回もい
のか。かなり進んでいるのか。それとも未分化の細胞をきれ
ろいろな試験が行われてきたという経験があります。ですか
いに取り除くとか、がん化に関してもきれいに取り除くことに
ら、どちらかというとそういうところを通じて開発された薬剤を
ついては、まだ時間がかかるのか。山中先生と、ESのほうで
ボーナスとして脊髄損傷に使うほうが、より早い道かもしれ
キーステッド先生にお伺いできればと思います。
ません。
ここで重要になってくるのは、80~100名の患者を臨床試
山中 iPS細胞は、その点ではES細胞より現時点ではさら
験に組み込めるかどうかという問題ではなく、その後の段階
に壁が高いというか、問題点が多いんですが、ほとんどの部
です。すなわち、すべての人にその治療法を提供しなけれ
分は技術的な問題です。私たちはその部分の問題は数
ばいけないというのが目標なので、そのためには戦略とし
年、2~3年という期間で解決してしまいたいと。それで、よう
て、もともと脊髄損傷の治療だとしても、スピードを考えて、ほ
やくES細胞と同レベルの安全性になると思います。ES細胞
かの適応症から先に取っていくということも一つの方法で
とiPS細胞の共通の問題点は、いかに未分化細胞を残さな
す。
いか、いかに完全に分化させるかということです。
ただ、それもES細胞はいろいろな規制で研究者人口が比
大濱 先ほど山中先生から、ES細胞研究の背中を見なが
較的少なかったんですが、iPS細胞は研究者が一気に増え
らiPS細胞が進んでいるというお話があったと思います。いま
ています。分化誘導、未分化細胞の除去という研究も、これ
の日本の現状を見ていると、ES細胞研究は資金的にもかな
まで以上に、すごく速く進むと思いますから、その辺の問題
り苦しいとお聞きしています。私たちとしてはES細胞もきち
は、数年という単位でやらないとだめだと思って、私たちは
んと研究していただきたいという思いが強いんですが、資金
やっています。
的なものも含めて、今後戦略的に山中先生が考えているこ
とがあれば、教えていただきたいと思います。
キーステッド これらは前臨床の問題を指摘されたと思い
ます。まず、腫瘍形成をなくしてからヒトの試験に行かなけれ
山中 私たち自身はヒトES細胞の研究を開始しています。
ばいけない。そうでなければヒトに対する試験はできませ
やはり両方を同じ人間が同じ方法で培養して、きちんと評
ん。ですから、このプロセスは率直に言って単純です。
価することがすごく大切です。今は日本全体というより私た
それから、製造プロセスも重要です。すなわち、ヒトの細胞
ちの研究で、先ほどご紹介したように「最先端研究開発支
に不純物が入らないようにすること、またそのためには、例
援プログラム」などの研究予算でiPS細胞の再生医療を一
えばライフサイエンスの分野で非常に単純なヒトのES細胞
気に加速しようともがいているところです。私たち自身の研
の採り方で、その中に免疫応答系の細胞がないようにする
究の中でも、ES細胞はきわめて大事な位置を占めていま
ことも重要です。
す。ES細胞がないとiPS細胞の研究は一切進まないと言っ
腫瘍形成の問題は、かなり短い間に解決できると思いま
ても過言ではないと思います。
す。第Ⅰ相に行くかというのは、通常は2年ぐらいかかるの
が普通ですが、それぐらいでできると思います。
幹細胞ツーリズムについて
ただ、ここで重要なこととして、しばしば脊髄損傷の場合に
大濱 もう1点、これは私たちが患者団体として結構心配
は、例えば研究者を見てみると、治療法を進めていった結
していることですが、iPS細胞は非常につくりやすくて、割と
果として脊髄損傷以外の適応症を目指す場合があります。
簡単に実験室などでどこでもつくれます。先ほど岡野先生
55
からインドでの事例に触れたように、アジアを中心にかなり
そうしようと思っています。
のところで、お金を取って、中国などでiPS細胞をヒトに入れ
つまり、自問すべきは、このようなことです。なぜこういうこと
ているという情報のネット上に飛び交っています。
が世界の先進国で行われていないのか。例えばアメリカで
患者団体として、その辺に対する危険性を結構認識して
行われていないのか。なぜアメリカ人、あるいは日本の患者
いますが、どうやってその辺を啓発していけばいいかという
さんが中国や南アフリカに行かなければいけないのか。そ
問題があります。アメリカではこれに対してどういう対応をし
して4万ドルを払って治療してもらわなければいけないの
ているのか。特にALSの患者さんではもう時間がないという
か。
ことで、かなり高額なお金を払って中国に行っておられると
例えば、世界最大の経済を持っている国が、この治療法
も聞いています。 海外での状況、日本での考え方を含め
を提供していないのはなぜか。例えば有償でやっていると
て、先生方にお話を聞きたいと思っています。
ころで会社をつくって経済を活性化させられるのではない
かと考えますが、それをしていないのは理由があります。や
岡野 この問題は、先週カナダの
はり資格がないからです。
ICORDのJohn Steeves氏と私でか
したがって、皆さんが素人だとしても、どこでそのような治
なり話しました。
療法が提供されているのか、ということで決めるべきです。
ES細胞、あるいはiPS細胞は非常
つまり、先進国で提供していないとすれば、その理由がある
に可能性のある細胞ですが、これ
はずです。先進国の規制の標準は非常に高く、医薬品の
が本当に安全か、本当に有効な細
メーカーとしてもそこで失敗してしまえば、規制条件を満た
胞かというのは、まさにこういった治
さなければ死刑宣告と同じことになってしまいます。ですか
験を介して証明していかなければいけません。科学的に証
ら、やはり先進国での治療基準を考えるべきだと思います。
明しなければ、とても全人類に対して使っていいものではな
いというのは間違いないわけです。治験のプロセスを踏まな
山中 幹細胞の学会というか、研究者の集まりで、おそらく
い医療行為で、しかも非常に高額の診療報酬を取ることは、
一番力のある大きなものとして、ISSCR (国際幹細胞学会) が
基本的には認めることは出来ないだろうというのが、少なくと
あります。ほとんどの研究者は入っていると思いますが、
も私とJohn Steeves氏の間で得られたことです。
ISSCRの理事会の中でも、いわゆるステムセルツーリズムで
そういう高額の報酬を取っているところは、補償の問題が
幹細胞の治療を求めていろいろな国に行って、高額な治
どうなっているのか。ちゃんとしたインフォームドコンセントが
療費を払って、不確かな治療を受ける患者さんが非常に多
あるのか。それから多くの治験で求められている基準がどう
いということがとても問題になっています。
今はネット上のホームページが情報源になっていることが
も満たされていないというのが、今私が思っているところです。
ですから、そういった高額のクリニックにかかるのではなく
多いので、ISSCRでもホームページをチェックして、そういう
て、時間はかかってしまいますが、こういった治験を通して
ところに質問状を送る等の対策を真剣に考えています。質
サイエンティフィックに安全性と有効性が証明出来た治療
問に答えてくれないところもあるだろうし、答えるところもある
を受け入れていただくのが、遠回りのように見えながらも正
かもしれませんが、その結果をきちんと公開するという対策
攻法ではないか、と私は思っています。
をISSCRでは考えています。
キーステッド 私もまったく同意します。やはり、この分野で
長谷川 この件は研究者が最先端の研究をやるときに、
の問題は、情報が不足していることです。我々科学者にも、
倫理的な問題も同時に考えながら研究を進めることの大切
何が資格があるものか、ないものかを素人の方々に知らせ
さを意味していると思いますが、先生方の強いお言葉がか
る責任があると思いますが、やはり患者さんがその違いを見
なり励みになると思います。
つけるのは難しいと思います。この問題は、我々もよく認識
しています。したがって、我々もアウトリーチ〔啓発〕プログラ
臨床試験はいつ、どのように
ムを組むことによって、科学者が患者さんとよく話し合いが
長谷川 では糸山先生、今日はHGF投与によるALSの治
療について講演されましたが、この臨床試験はいつごろ開
できるようにしています。
始されるのか、これからの段取りとか目標のようなものをお
我々はどちらかというと、研究者として研究室に閉じこもる
聞かせ願えればと思います。
ということをしますが、それではいけないと思います。サイエ
ンティストも広く人々と話し合うべきだと思いますし、我々も
56
パネルディスカッション
糸山 講演の中でも言いましたように、現在はラットの脊
髄に入れて有効性を確認しています。そこからヒトに応用す
岡野 キーステッド先生は本当に成功例だと思いますが、
るフェーズⅠに行くまでには、髄腔内に新しい神経栄養因
キーステッド先生の基礎研究とジェロン社がタイアップした
子を入れるということで、霊長類での安全性が一番求めら
ということが、非常に大事なことだと思っています。
れます。多くの方は大丈夫だろうと思うんですが、この点だ
日本はもちろん海外でも、数百人に投与する非常にク
リーンなGMPレベル〔適正製造基準〕の細胞を大学で培養し
けはしっかり確かめてヒトに応用していく必要があります。
ですから、GLP基準 〔非臨床試験の実施基準〕 という定めら
ろと言っても、なかなか難しいです。設備的にもそうですし、
れた安全性の基準をクリアしないと次に行けませんが、今
誰がやるか、ということもあります。公的資金をいただいても
回の安全検査の場合はアカゲザルの髄液に入れるという
3年ぐらいやってやっと準備が出来るぐらいで、その後どう
特殊な方法ですので、慶應大学の中村雅也先生の力を借
するか、ということがあるので、やはり企業と組まない限り、
りて、いま安全性をチェックしております。順調に行って
フェーズⅠ、Ⅱ、Ⅲをクリアしていくのはなかなか難しいと思
2010~11年に終わるのではないかと思います。
います。
いわゆる生物製剤――抗体やサイトカイン、グルースファ
長谷川 ありがとうございました。この件に関して中村先
クター〔成長因子〕に関しては、それを扱っている製薬企業や
生、ご発言はありますか。急に振って申し訳ありません。
バイオベンチャーが日本は比較的充実してきていますが、
細胞を使って、それを実際に薬にする企業がちゃんと育っ
中村雅也 今糸山先生におっしゃっていただいたように、
てくれないと、これはきわめて難しいところです。
一番大事なのは髄腔内投与の安全性の確立です。我々が
ないならどうするかということになると、海外のグループと
実際に実験で使っているのは、コモンマーモセットという小
共同研究をしてでも、我々の方法を何とか治療法の俎上に
型ザルですが、それだと薬剤は投与出来ても、髄液採取を
乗せたいと思っていますので、その辺が成長してくれるとい
経時的に行って薬理動態を見るのは大変なので、もう少し
うことが、我々としてもどうしても欲しいところです。今厚労省
大きな動物でやらなければいけないということで、カニクイ
でつくっている指針は大学での臨床研究の指針で、多分た
ザルを使ってやっています。
かだか5例とか10例がマキシマムではないかと思います。た
それを業者に委託すると、大きいとはいっても人間に比べ
だ、それだと治験におけるフェーズⅠトライアルでさえクリア
れば小さいので、脊髄を損傷しないようにクモ膜下にしっか
できないレベルなので、やはり、そこは大学と違う仕組みで
りとカテーテルを入れて、経時的にしっかり採るというテク
やらないとどうしようもないと思っています。
ニックの確立に時間を要して手こずっていました。ようやく
実際に患者さんに投与するところにおいて、大学病院で
何とか見通しがついたので、1年、2年弱でそれがクリアでき
は研究出来るかもしれませんが、製剤を用意するところは
るのではないかと思っています。
大学が全部やるのは無理です。ですからそこは、ちゃんと再
生医療を育てる企業そのものが育つ、何らかの仕組みが欲
長谷川 より慎重に、安全性を確かめているので時間が
しいところです。
かかるということですが、ES、iPSの分野でも臨床研究が待た
れるところだと思います。これに関係して、日本でES細胞や
長谷川 我々メディアとしても、その辺の問題点を記事に
iPS細胞を使った臨床研究が遅れる理由についてはいろい
して、国を挙げてのサポートが必要だということを再三書い
ろ言われていますが、山中先生あるいは岡野先生から、そ
ています。今日のような、患者さんの団体と再生医療のトッ
れをクリアするにはどうしたらいいか、ということがあれば、こ
プの研究者が対面する場は、研究がさらに進み、発展する
こでお話しいただければと思います。
ために、同じ目的を確認する意味でも、非常に大事な機会
だと思います。会場から質問があるようですので、どうぞ。
山中 今、厚労省でも 幹細胞臨床研究指針の見直しが
急ピッチで進んでいて、その中にES細胞、iPS細胞も含まれ
治療を待つ患者のモチベーションを保つには
ると思います。繰り返しになりますが、私たち研究者として
佐々木 東京の府中市に住んでいるALSを発症し15年
は、指針をよく見据えて、今後実際の臨床研究に持っていく
目の患者の妻です。今日のシンポジウムに参加させていた
ためにどういうことを関係省庁から要求されるかをよく考え
だいて、本当に2年、5年、もう少しと、この病気も必ずや治る
た上で研究を進めていくことが、非常に大切ではないかと
可能性があるということを生きる力にしていきたいと思って
考えています。
おります。いま佐々木が、文字盤で先生方に一言質問した
57
いと言っているのは「患者本人の意思や意欲と病気の進行
てが重要です。それによって資金も提供され、それらを通じ
の関係は、先生方はどんなふうにお考えでしょうか」というこ
て患者さんや家族の生活を、全体的に改善していくべきだ
とです。
と思っています。
完治していくことを切に望みながらも日々の闘病にとっ
て、また当事者にとっては気になっているところです。
1~2年で安全なiPS細胞を目標に
長谷川 本日、皆さまにお配りし
岡野 糸山先生のご意見もあると思いますが、私は患者さ
たパンフレットに「iPS細胞研究ロー
んのモチベーションは、非常に大事だと思っています。我々
ドマップ」が紹介されています〔p.60
の体が持っている免疫力とか抵抗力も、脳から来る神経の
参照〕。これは文部科学省が何年ま
制御を受けていることが分かってきています。さらに体を動
でにどういうことを目標に、実現す
かすいろいろな線維は、例え脊髄に障害があるように見え
るのか、というターゲットを記載した
ても、脳からの神経線維が来ています。やはり脳における可
ものです。特にこういう最先端分野
塑性とか脳の活動が非常に重要で、脳内の可塑性を利用
について、国が目標設定をして、ロードマップを示すことは
して、脊髄などの症状が比較的軽くなることも知られている
画期的なことだと思います。
これに関連して総合科学技術会議の「最先端研究開発
ので、患者さん自身にモチベーションを持ち続けていただ
支援プログラム」で、今日ご登壇いただいている山中先生
くのは非常に大事なことだと思っています。
と岡野先生ら30人の代表的な研究者に、集中的に研究費
糸山 いま岡野先生がおっしゃったことは本当にそのと
を出して研究の実現を図ろうということになっています。2
おりで、体の健康そのものですが、私は患者さんがそういう
人が選ばれたことは、iPSや再生医療の分野にかなり力が
意思を持つということは、患者さんのみならず家族、またこう
入れられているという国の意思がここにも表れています。こ
いう組織、すべての面においてポジティブに働くと思いま
れに関連して、現在の進捗状況は順調であるか、あるいは
す。ですから大変重要なことだと思います。患者さん本人の
加速するのかについて、岡野先生、山中先生、あるいは糸
みならず、今日のこの会も、そういう方々の意志や意欲が基
山先生にお話を伺えればと思います。
盤があって、こんなふうに順調に、活発にできていると思い
岡野 このロードマップでは中枢神経系は7年より先と書
ます。ぜひ、これは大事にしてほしいと思います。
きましたが、私は比較的慎重派で、5年かけて安全性を見
て、2年で有効性を見て入ろうと思っています。臨床の外科
長谷川 この件に関してエバート先生かキーステッド先生
系の先生が担当されたところはもう少し早めに書かれてい
から何かありますか。
ますが、それぞれの臓器の専門家の方が書いていて、多少
前後があるので、この領域だけが遅れているということでは
キーステッド たくさん例があると思います。例えば免疫系
もその一つですが、確固たる科学的な証拠(エビデンス)が
ありません。
文献でも示されて、脳は体に影響を与えるし、体も脳に影響
しかしながら共通に言えることは、文部科学省のライフサ
を与えるということが示されています。
イエンス課も非常に重要視していますが、先ほど山中先生
これについては答え始めるときりがないほど長くなります
が言ったように、ここ1~2年でとにかく、安全なiPS細胞をつ
が、単純に言えばイエスという答えになります。さまざまな理
くっていくことが大事です。本当にそれが1~2年の間に行
由があって、心の持ち方が体にも影響がある、そしてポジ
くなら、私は7年を5年ぐらいにしてもいいと思っています。そ
ティブな気持ちでいれば、症状の進行が遅らせられるという
こをクリアできれば、今までの我々の研究から言って、もし安
エビデンスがあります。
全であれば効くだろう、という感触があります。
ですから、この1~2年かけて安全性をじっくり詰めるとい
エバート 私は、いつも驚いています。患者さんも家族も非
うのが、あらゆる臓器の再生医療において大事なところでは
常に前向きであるということに、驚異の念を禁じ得ません。そ
ないかと思っています。
れがあるからこそ、我々も研究が続けられるし、皆さんの
QOLを改善させる努力を惜しまない気持ちになれます。患
山中 いまご紹介があった国の基金で私たちがやろうとし
者さんも家族の皆さまも、我々を支援してくださっています。
ていることは、まさに安全なiPS細胞をつくること、その後で
また科学者、医学者の態度、患者の会、法体制、それらすべ
HLAホモのiPS細胞バンクをつくることです。いま私の研究
58
パネルディスカッション
室では40人がずっと研究していますが、その大半が安全な
iPSをつくることに集中しています。いま岡野先生からもお話
長谷川 ありがとうございました。時間の関係で、これでパ
がありましたが、これは何としてでも5年という期間の前半で
ネルディスカッションを終わらせていただきます。先ほど皆
終わらせたい、終わらせなければだめだと思っています。
様からいただいた質問の中に「患者の私に出来ることがあ
それは私たちの決意ですし、そういう細胞を受けて、今回
れば何でも協力します」 という言葉が寄せられています。そ
のロードマップで、いろいろな先生が 「この病気が何年」 と
ういう声が今日ご登壇いただいた日米の最先端を走る研究
書いているのは各先生の決意です。やはり研究というのは
者に、こういうかたちで耳に届く。
なかなか大変で、2年でやるといっても本当に2年でできる
先ほど山中先生が言われましたが、臨床の役に立ってこ
かどうかわからなくて、大変なストレスの下で日々努力して
そ初めて研究である、ということが常々言われていると思い
います。こういう会で、こういう技術を待っておられる患者さん
ます。そういう意味で、患者さんと最先端の研究者がこうやっ
及び家族の方がおられるということを改めて感じるのは、私
て顔を合わせて議論するということは、非常に素晴らしい国
たち自身にとっても大変なモチベーションになります。それ
際シンポジウムだと思います。ぜひ研究者の皆さまは患者
は、本当に大切なことです。
の顔を見ながら、また思い出しながら研究を続けてほしいと
先ほどのご質問にも関連しますが、逆に患者さんの皆さま
思いますし、患者の皆さんは、研究者に意見や励ましを含
はぜひ、今は治らない病気も、真剣に治そうと思って日々必
めて言えるようなかたちが、これを機に続けられたらいいと
死になって研究している研究者が本当にいるんだ、というこ
思います。
とを理解していただきたいと思います。病気と闘うのはご本
今日はつたない司会でしたが、これでパネルディスカッ
人も家族の方も本当に大変ですが、ここに並んでいる全員
ションを終わらせていただきます。先生方、ありがとうござい
もそうですし、そういう研究者がそれ以外にもたくさんいるこ
ました。(拍手)
とをぜひご理解いただければと思っております。(拍手)
司会
長谷川 聖治〔はせがわ せいじ〕
□
群馬県生まれ
前橋高校、
東北大学理学部数学科卒業
同年、読売新聞社入社
新潟支局、直江津通信部、上越支局、
地方部、科学部、甲府支局、国際部、
バンコク支局(特派員)を経て、
現在、科学部デスク
シンポジウムを終えて 〔2009年9月19日〕
東大「医療政策人材養成講座」1期生
聖マリアンナ医科大非常勤講師
NPO「からだとこころの発見塾」理事
著書:「科学捜査」(ナツメ社)
共著:「からだといのちに出会うブック
ガイド」(読書工房)
「医療費と保険が一番わかる」
(技術評論社)
59
〔講演会資料〕
iPS細胞研究
ロードマップ
2009年6月 文部科学省
• 高品質でリスクの少ないiPS細胞を国内外に安価かつ
同条件で配布
2009年6月24日、文部科学省はiPS細胞の実用化に向け
て今後10年で達成すべき研究目標を定めたロードマップ
(工程表)を公表した。その概要を紹介する。
◆目標3.疾患研究・創薬のための患者由来のiPS細
胞の作製・評価、バンクの構築
◆研究予算
平成20年度本予算;約 30億円 (前年比約10倍)
同補正予算;約 15億円
平成21年度本予算:約 45億円
同補正予算:約100億円
ある疾患をもつ患者の細胞から疾患の特徴を有するiPS
細胞(「疾患特異的iPS細胞」)を作製し、その細胞を目的
の細胞・組織に分化誘導させることによって、その疾患の
発症や治療方法の研究、創薬開発に資することが期待さ
れている。
また、健常者や患者の細胞から作製したiPS細胞を目的
の細胞・組織に分化誘導させ、これらを創薬における毒性
評価や有効性評価に使用することも可能である。
こうした研究開発は、ヒトの体内に細胞等を移植すること
がないため、目標4で示す再生医療よりも早期に実現する
可能性が高く、再生医療に用いる場合とは異なる観点で、
iPS細胞の作製に当たっての最適な方法や評価方法を確
立することが必要である。
【進捗中】
• iPS細胞を作製すべき疾患の整理と作製
• 各疾患の研究者へのiPS細胞に関する技術講習
• 創薬に利用できる毒性評価系の産業応用
【2年以内】
• 疾患研究用iPS細胞の作製方法の確立とその最適化
• 疾患研究用iPS細胞の評価方法の確立
• 疾患特異的iPS細胞バンクを整備(理研BRC)
【2年後以降】
• 疾患特異的iPS細胞の国内外研究者への配布
(理研BRC)
【5~10年】
• 先天性疾患(遺伝病等)の患者の細胞から作製された
iPS細胞を用いた病態の再現と解明
• 後天性疾患(加齢や環境要因等)の患者の細胞から
作製されたiPS細胞を用いた病態の再現と解明
◆目標1.初期化メカニズムの解明(基礎・基盤的研究)
【5年以内】
• iPS細胞の初期化の分子メカニズムの解明
• iPS細胞とは異なる新たな多能性幹細胞の樹立
◆目標2.標準iPS細胞の作製と供給(標準化)
現在、世界各国の研究者によって様々な方法(ウイルス・
タンパク質・化合物等)を用いてiPS細胞が作製されている
が、基本的概念である明確なiPS細胞の定義、ES細胞・体
性幹細胞等の先行技術との正確な比較研究、作製された
iPS細胞及びそれらから分化誘導された細胞の有する性
質の客観的な評価方法等は未だ明らかになっていない。
これらは、臨床応用や産業利用を見据え、喫緊に対応す
べき重要な課題である。そのため、高品質でリスクの少ない
iPS細胞の確実な作製方法や、その評価方法の確立に向
けた研究開発は、iPS細胞ネットワークを通じて複数の研
究機関において連携協力して進める。
同時に、iPS細胞の体系的な評価結果に関する情報の
蓄積・解析は、京都大学・iPS細胞研究センター(「CiR
A」)において集約的かつ公正に行う。
【1年以内】
• iPS細胞の性質を明らかにするための評価項目の策定
• 様々な作製方法によるiPS細胞の特性比較
【2年以内】
• 高品質でリスクの少ないiPS細胞の作製方法の確立と
その最適化
• 高品質でリスクの少ないiPS細胞の評価方法の確立
•iPS細胞の体系的な評価結果に関する情報を蓄積・解
析する体制の構築(CiRA)
【3年以内】
• 高品質でリスクの少ないiPS細胞を国内外に安価かつ
同条件で配布する体制の構築(理化学研究所筑波
研究所バイオリソースセンター(「理研BRC」)
【3年後以降】
◆目標4. 再生医療
(iPS細胞から分化誘導された細胞・組織を
用いた細胞・組織移植等の治療技術の前臨
床研究と臨床研究)
iPS細胞は、体のあらゆる細胞に分化する能力(多分化
能)を有することから、目的の細胞・組織に分化誘導させ、
移植するという再生医療の実現により、難病や生活習慣病
等の根本治療につながることが期待されている。
60
iPS細胞研究ロードマップ
【4~5年以内】
• モデル動物への前臨床研究 【2~3年後以降】
• ヒトへの臨床研究 【7年後以降】
そのためには、目的の細胞・組織のみに分化誘導させるこ
と、腫瘍化しないなどの安全性が確保されていること、さら
には疾患及び組織・臓器の特性を考慮した効果的な移植
方法等の技術が確立されていることなどが必要である。
これらの技術の確立に向けて、細胞・組織移植等の安全
性・有効性を確認し、治療技術開発をより一層加速すべ
く、中型以上の動物やサル等の霊長類動物を用いた前臨
床研究を速やかに実施するとともに、再生医療への応用を
考慮したiPS細胞バンクの整備等を行うため、以下の達成
目標を設定する。
8. 心筋
• iPS細胞から心筋への分化誘導技術の確立 【3年】
• モデル動物への前臨床研究 【3~5年】
• ヒトへの臨床研究 【5~7年程度】
9. 骨・軟骨
• iPS細胞から骨・軟骨への分化誘導技術の確立
【3~5年】
• モデル動物への前臨床研究 【5~10年】
• ヒトへの臨床研究 【10年後以降】
① 再生医療用iPS細胞バンク
【5年以内】
• 再生医療への応用を考慮したiPS細胞バンクの構築
【4年後以降】
• 前臨床研究用として再生医療用iPS細胞の分配
10. 骨格筋
• iPS細胞から骨格筋への分化誘導技術の確立
【3~5年】
• モデル動物への前臨床研究 【4~10年】
• ヒトへの臨床研究 【10年後以降】
② 再生医療研究
1. 中枢神経系
• iPS細胞から神経細胞への分化誘導技術の確立
【2~4年】
• 霊長類への前臨床研究 【3~5年】
• ヒトへの臨床研究 【7年後以降】
11. 内胚葉系細胞 (肝臓細胞、膵ベータ細胞等)、
腎臓細胞
• iPS細胞から内胚葉系細胞への分化誘導技術の確立
【5~10年】
• モデル動物への前臨床研究 【5~10年後以降】
• ヒトへの臨床研究 【10年後以降】
2. 角膜
• iPS細胞から角膜細胞への分化誘導技術の確立
【2~4年以内】
• モデル動物への前臨床研究 【5年以内】
• ヒトへの臨床研究 【7年以内】
* なお、ここで示した「ヒトへの臨床研究」の開始は、ヒト
において、安全性を確認するための実験を初めて開始で
きる段階を想定している。
3. 網膜色素上皮細胞
• iPS細胞から網膜色素上皮細胞への分化誘導技術の
確立 【2年以内】
• モデル動物への前臨床研究 【2年以内】
• ヒトへの臨床研究 【5年以内】
4. 視細胞
• iPS細胞から視細胞への分化誘導技術の確立
【4年以内】
• モデル動物への前臨床研究 【3~4年】
• ヒトへの臨床研究 【7年以内】
5. 血小板
• iPS細胞から血小板への分化誘導技術の確立
【3~5年以内】
• モデル動物への前臨床研究 【3~5年】
• ヒトへの臨床研究【5~8年】
6. 赤血球
• iPS細胞から赤血球への分化誘導技術の確立
【3~5年以内】
• モデル動物への前臨床研究 【5年後以降】
• ヒトへの臨床研究 【10年後以降】
7. 造血幹細胞
• iPS細胞から造血幹細胞への分化誘導技術の確立
(2009年6月25日、読売新聞)
61
これらの治療用幹細胞は、ヒトES細胞を融解させ未分
化状態まで数値的に拡張され、特殊な生物学的製剤と成
長因子を供給される行程を経て、上記の異なる機能回復
細胞へと分化され治療に応用される。それぞれの細胞へと
分化するには、それぞれの行程を経なければならない。全
ての機能回復細胞は、正常、健康な細胞であり、元々体内
にある自然の細胞と似ていて同等の性質を持っている 。
〔講演会資料〕
ジェロン社はFDAから
世界初のヒトES細胞由来の臨床試験の
承認を得た
2.オリゴデンドロサイト前駆細胞(GRNOPC1)
2009年1月のジェロン社のHPより
(翻訳:村上 智章)
Geronが最初に治験を開始するヒトES細胞から製造され
た商品がGRNOPC1である。これは、オリゴデンドロサイトの
前身である生きた細胞の集合体であり、別名オリゴデンドロ
サイト前駆細胞(OPC)として知られている。
オリゴデンドロサイトは、通常体内でも神経系内に生成さ
れる細胞で、幾つかの機能を持つ。オリゴデンドロサイトは、ミ
エリン(細胞膜の絶縁層。髄鞘)を生成し、ニューロンの軸索
を覆い効果的な電気的インパルスの誘導を可能とする。ミ
エリンは、絶縁体が電線のショートを防ぐように、神経インパ
ルスの効果的な誘導を助ける。ミエリンのない状態では、脳
と脊髄の神経は正常に機能することができない。
さらにオリゴデンドロサイトは、神経栄養因子(神経の生存
と機能を促進する生物学的製剤)を生成し、神経細胞のメンテ
ナンスを援助する。脊髄損傷では、オリゴデンドロサイトが
欠落する。その結果、ミエリンとニューロンの減少による麻
痺が多くの患者の生活を困難なものするのである。
前臨床研究では、GRNOPC1が脊髄損傷を負った動物
の損傷部位に注入されると損傷部位全体に広がり、機能的
なオリゴデンドロサイトへと成長し、軸索のミエリンを再生す
ると共に神経栄養因子を生産する(Stem Cells and Development, Vol.15, 2006)。その結果、動物の運動機能は回復する。
GRNOPC1の人間への臨床応用の最も重要な目的は、
脊髄損傷の部位に直接注入することで脊髄の復元を可
能にすることである。
▼ 医療の世界は新たな章に突入した ―― そこでは錠
剤ではない、もう一つ上のレベルでの治療が可能となる :
ヒトES細胞から作られた健康で機能的な代替細胞の注入
による組織機能の回復を達成した。
1. ヒトES細胞
ヒトES細胞 (ヒト胚性幹細胞/hESCs) は、自然界の万能
幹細胞である――この細胞は自己複製が可能であり、身
体の全ての組織と臓器の再生を可能とする、機能回復細
胞を作製する拡張性のある源となる。
Geron 〔ジェロン社〕 が今回の治験で使用するヒトES細
胞 は、体外受精の過程で生じた余剰胚である。これらの余
剰胚は、研究に使われることがなければ破壊されるもので
あり、インフォームドコンセントのもと、胚の親から研究のた
めに提供されたものである。GRNOPC1を作成するために
使用されているヒトES細胞 は、H1ラインのものであり2001
年8月9日以前*に生成されたものである。このライン〔株〕を
使用した研究は連邦政府による援助金を受けることができ
るが、製品の製造にも、治験の援助にも該当することはな
かった。
*:ブッシュ前大統領の禁止令の前に作成された21株。
ヒトES細胞には、他の幹細胞と異なる性質が2つ存在す
る。1つは、これらは不死身であると言うこと――細胞が途
切れることなく、組織培養において分裂を起こし続けること
を可能とする酵素テロメラーゼ *の存在を示している。これ
により、万能細胞バンクから生成された機能回復細胞の拡
張性のある作成が可能となります。
2つ目には、ヒトES細胞の、身体を形成する組織や臓器
のうち、200以上の機能と独自性を持つ細胞へと分化する
能力が挙げられる。Geronの科学者らは、未分化のヒトES
細胞を生成する方法を発見し、数的に拡張性を持つ巨大
な細胞バンクを製造することに成功している(何百ものバイア
ル瓶/気密容器に冷凍未分化ヒトES細胞 が入れられている)。
これにより、膨大な数の機能回復細胞を未分化細胞から
分化させる製造過程の安定化を可能としている。Geronの
科学者は、7種類の機能回復細胞をヒトES細胞から分化さ
せる方法を知るに至った。
・神経系細胞:神経系の慢性変性疾患の治療
・心筋細胞:うっ血性心不全と心筋梗塞の治療
・膵島:糖尿病の治療
・樹状細胞:癌免疫療法
・骨芽細胞:骨粗鬆症と骨折
・軟骨細胞:関節炎の治療
・肝細胞:創薬研究と肝疾患治療
急性脊髄損傷の病理学 多くの脊髄損傷の原因は外傷
であり、脊髄自体への直接的な分断ではない。自動車、ス
ポーツ、労災事故による頸部や胸部の椎骨部の圧迫損傷
が起こり、脊髄を傷つけ、デリケートな神経組織を破砕して
しまう。脊髄損傷では損傷部位内で炎症を起こすことが、
特に脊髄内のオリゴデンドロサイトにとって有害なのである。
GRNOPC1が齧歯類モデルの運動機能を回復 Geron
の科学者とカルフォルニア大学のハンス・キーステッド准教
授の研究所による共同研究により、オリゴデンドロサイト前
駆細胞をヒトES細胞から生成させる方法を開発した。これ
らの細胞は、有効な齧歯類モデルに対し試された。麻酔を
してこれら動物は脊髄へ打撲損傷を与えられ、人間が脊髄
損傷を負った状態と同様の状態にされた。この損傷により、
動物は体幹の筋肉機能、膀胱機能、後肢機能が失われ
た。これら損傷を負わされた動物は、全く治療をされないグ
ループ、コントロールされた細胞や媒体を与えられたグ
ループ、損傷7日以内にGRNOPC1を一度注入された、の
いずれかのグループに分けられた。その後、動物は注意深
く観察され、運動機能の回復が観測された。
62
ジェロン社の臨床試験計画の概要
的・微視的病理学検査が、GRNOPC1の接種を脊髄に受け
たラットに対し行われた。
目立った神経系への毒性は見られなかった。脊髄に接種
を受けた動物の中枢神経外ではGRNOPC1は一切確認さ
れなかった。損傷箇所においてヒト非神経系分化細胞が観
察されたが、これによる悪影響が確認されることはなかった。
GRNOPC1による治療を受けた脊髄損傷モデルでは、そ
の他2つのコントロール群と比べ、飛躍的な回復を様々な
機能回復数値で示した。GRNOPC1による治療を受けた動
物群は後肢運動の機能と制御が向上している。後肢の接
地、歩幅、後肢の回転の全てが飛躍的な回復をコントロー
ル群に比べ示している。
GRNOPC1による治療を受けた脊髄損傷モデルを組織学
的に調べると、損傷部位での軸索の再ミエリン化がコントロ
ール群と比べ多く確認されている。軸索の生存率と発達も
損傷部位内と近辺で確認されている。
こ れ の 動 物 実 験 は、Journal of Neuroscience、Vol.25,
2005:3に掲載されている。追加研究において、動物の損
傷部位に損傷後9ヶ月後にさらにGRNOPC1の注入を行っ
たら、損傷部位はGRNOPC1で満たされており、軸索の再ミ
エリン化が部位全体に及んだ。これら動物に対し行われた
実験は、GRNOPC1による治療を人に対し行うための論理
的根拠となる。
異痛症の不在 GRNOPC1を接種したラットには、異痛
症(アロデニア:通常有害ではない刺激による痛みを起こす症状)
検査が行われた。コントロール群とGRNOPC1の接種を受
けた動物群に、低温刺激及び人工的刺激を損傷部位の上
下に与えたが、異痛症の症状は一切現れなかった。
GRNOPC1に対する直接的な同種免疫反応の不在
GRNOPC1は、脊髄の損傷サイトへの注入を対象として
おり、人に対しては同種移植となる。同種移植の拒絶反応
の可能性のため、GRNOPC1が体液性/細胞媒介性免疫
反応に対し、刺激もしくは標的となるか調査が行われた。
生体内研究では、ヒト同種異系免疫体、T細胞とNK細胞
のGRNOPC1に対する反応を調査した。
これらの研究において、GRNOPC1は、健全なボランティ
アから採取された血清と細胞サンプルと共に培養され、
GRNOPC1溶解もしくはT細胞拡散の調査対象とされた
(Journal of Neuroimmunology, Vol. 192, 2007)。
生体内での免疫学的データの集合を見ると、GRNOPC1
は、体液性もしくは細胞媒介の同種免疫による攻撃による
重大な影響を受け易いということがない。これらの結果は、
短期間内における少量の免疫抑制を実施するに当たり、
臨床試験計画に対する論理的根拠に該当する。
3.前臨床安全試験
GRNOPC1の動物に対する毒性試験 Geronは、人への
臨床応用を目的とした治験の実現のために、GRNOPC1の
安定した生産システムを構築している。このシステムにより
生産されたGRNOPC1は、IND(新薬研究)要項を満たすた
め、また、人への臨床応用治験のため、広範囲に及ぶ毒
性試験を受けている。
IND要項では、24種の異なる研究を動物モデルに行うこ
とを必須とされ、それには50億個のGRNOPC1細胞が使用
された。IND要項には21,000頁に及ぶ動物試験・試験管
内での細胞試験データが添付され、人への治験の実施の
前に可能な限り厳しい安全基準を通過する必要がある。
4.臨床試験計画
FDAに認可された治験は、複数機関で行われるフェーズ
1のものであり、ASIA-Aレベルの胸部脊髄損傷者に対し、
GRNOPC1の安全性と耐容性を評価するためにデザインさ
れている。脊髄損傷の重症度はASIAを基準とし、AISA-A
はその中でも最も重度であり、運動機能と感覚機能の損傷
サイト以下での完全な損失を示す。このような重度の患者
は、外科治療でこれら機能の回復を見せたことはほとんど
ない。
臨床試験計画のもとGRNOPC1を最初に処方される被験
者は、胸髄損傷を負っていてT3~T10のASIA-A患者を対
象としている。
臨床試験計画の実施は、亜急性期の患者に限られ、損
傷後7日~14日までの患者を対象としている。動物モデル
に対して行われた研究から、損傷後3ヶ月が経過すると、
脊髄損傷による炎症反応が瘢痕化を起こし、GRNOPC1投
与を行っても効果がないことを示している。
GRNOPC1の投与は、認定された訓練を受けた外科医
が損傷後7日~14日に、インフォームドコンセントを得て、
研究所による診断とレントゲンによる損傷箇所と損傷度の
特定が行われた後に実施される。
GRNOPC1の投与は正確に制御されなければならないの
で、GERONは手術室の手術台に固定されることで、担当
医が損傷部位に対し、的確な注入位置と注入深度で制御
できる特殊な注射器を開発するに至った。治験で投与を行
奇形腫形成の不在 ヒトES細胞を基盤とする治療法の
最も重大な不安要素は、奇形腫の形成の可能性(恣意的で
はない発生による、望まれない細胞)が回復治療細胞の注入
により引き起こされる可能性である。奇形腫は、生きた未分
化ヒトES細胞に汚染された、回復治療細胞の集合体の中
から生まれてしまうのだと考えられている。
12ヶ月に渡る奇形腫調査が生存中に行われ、臨床応用
レベルのGRNOPC1が生体内で奇形腫を形成するかが、
調べられた。脊髄損傷動物群と非脊髄損傷動物群が、一
度の臨床レベルGRNOPC1の接種後、12ヶ月間観察され
た。動物の犠牲的死後、厳密な管理のもと神経病理学の
専門家により、脊髄内の奇形腫出現が慎重に観察された。
臨床レベルGRNOPC1が脊髄に接種された全ての動物が
観察されたが、奇形腫は一切形成されていなかった。
積極的にコントロールされていた動物群の内、奇形腫が
発現していたグループには、純正の未分化ヒトES細胞、も
しくは、恣意的に5%の生きた未分化ヒトES細胞に汚染さ
れたGRNOPC1の接種を受けていた動物が含まれている。
これらのデータは、臨床レベルのGRNOPC1を接種後1年
の期間内は、奇形腫の発現がないことを示している。
急性及び慢性の標準毒性検査がGRNOPC1を接種した
ラットとマウスに対し行われた。この調査は、GRNOPC1とそ
れの脊髄損傷に対する効果の双方に着目し行われてい
る。複数の血液学的検査、臨床化学検査、尿検査、巨視
63
この製造過程は、未分化ヒトES細胞をGRNOPC1医薬品
へと生成するための増殖と積極的分化を促進する、生物学
的製剤と成長因子の逐次付加を特定している。
GRNOPC1の製造ラインのうちの多くは、同一性、無菌性、生
存可能性、細胞構成を各製造ラインが保証するための広
範囲に及ぶ品質管理により保持・監視されてから、臨床応
用のために出荷される。
上記の全ての仕様を満たし出荷されるGRNOPC1医薬品
は、今回認可された治験に対する準備が整っている。現在
の製造規模は治験の全ての行程のために必要な量的な基
準を満たしている。現在の基準を満たしている未分化ヒトE
S細胞のH1マスターセルバンクは、アメリカ全土の脊髄損
傷市場を全て20年間にわたり賄えるだけのGRNOPC1医
薬品を供給することができる量に達している。
う全ての担当医は、治験開始計画の一環として、この特殊
な注射器の使用訓練を受けることなる。
この治験の第一の目的は安全性の検証である。安全性
のデータを収集するために、標準化された健康診断と神経
系診断が、GRNOPC1の投与前と投与後の1年間、定期的
に行われる。
第二の目的である効果に対しても同様、感覚機能の回
復、足の運動機能の回復を投与後1年間にわたり観察する。
被験者は、投与後46日間、免疫抑制を目的とする少量
のタクロリムス*が投与され、その後徐々に投与量が減らさ
れ60日で投与量ゼロにする。被験者はGRNOPC1投与後
15年間に渡り観察される。
* 免疫抑制剤の一種で、臓器移植・骨髄移植を行った患者
の拒絶反応を抑制するため世界中で使用されている。
GENRONは7つの米国医療機関を臨床試験計画の治験
実施機関として選定している。これらの機関は神経外科の
権威であり、経験豊かで認定を受けている脊髄専門医によ
るGRNOPC1投与を可能としている。治験に参加する全て
の機関には、認定を受けている長期間型のリハビリ施設が
併設されており、ここで長期に渡る安全性と効果の調査が
リハビリ専門家により観察される。
各々の機関で治験を開始するには、幾つかの補足的要
素が必要となる。IRB (施設内審査機関)による、各機関に
おける治験評価と認可がその1つである。全ての機関の放
射線科医と神経外科医は、均一的な放射線解釈、GRNOPC1の投与、安全性と効果のフォローアップ調査が行うこ
とが出来なければならない。
脊髄外科医は特殊な固定注射針の訓練を受けなければ
ならない。全ての機関は、GRNOPC1の凍結保存気密容器
による受け取り、保存、準備に対する訓練を受け、認可を
得なければならない。
安全性がこの治験に参加された被験者の観察から確認
された後、GERONはGRNOPC1の投与量を増量させ、完
全頸髄損傷者やASIA-BやCの患者など、臨床的に許され
うる範囲内の全ての患者に対し安全性と効果を調査するた
め、FDAからの認可を目指している。
6.知的財産
GRNOPC1の製造と販売における権利は、3つの特許に
より守られており、それらはGeronによって保持されている
か、Geronに独占的権利を与えている。Geronはウィスコン
シン大学マディソン校でのヒトES細胞の誘導を成功させた
研究に対し出資を行っていた。
これに応じて、Geronは神経細胞、心筋細胞、膵島細胞
の臨床応用に必要な基礎的WARF特許〔ウィスコンシン大学
卒業生研究財団の特許〕の独占権を保持している。WARF特
許の正当性は、最近米国特許・商標局の再審査手続きを
経て認可されるに至った。
さらに、GRNOPC1医薬品は、ヒトES細胞からのオリゴデ
ンドロサイト前駆細胞生成に至ったGeronとカルフォルニア
大学の科学者らが行った共同研究を元に、カルフォルニア
州よりGeronへの独占的権利を授与している。
最後に、この医薬品で使用されるhESC分化のための新
技術、増殖性細胞製造技術、治療回復細胞の製造法など
は、Geronが所有する出願中及び認可済み特許権の拡張
性特許財産権により守られている。
◇ ジェロン社について
Geronは、癌治療、と脊髄損傷、心臓疾患、糖尿病を含
む変性疾患治療を目的とした生物学的製薬の分野におい
て今なお成長を続けるリーディングカンパニーである。弊社
は、抗がん剤の開発、テロメラーゼ酵素を標的とした癌ワク
チンを複数の治験の中で臨床応用させようとしている。
Geronはさらに、ヒトES細胞を基盤とした臨床治療の分野
でも世界的に先陣を切っている企業である。Geronは世界
で初めて、ヒトを対象としたヒトES細胞治療の治験をFDAよ
り認可された:急性脊髄損傷のためのGRNOPC1。
さらなる情報を得たい方は、www.geron.comまで。
5.製造
GRNOPC1の製造と条件 GRNOPC1は、臨床用の条
件をクリアしているH1ライン未分化ヒトES細胞のマスター
セルバンクから特別な行程を経て生成された、オリゴデンド
ロサイト前駆細胞などの分化細胞が混合され、凍結保存さ
れた細胞集合体である。 GRNOPC1は、医薬品適正製造
基準(cGMP)のもとで、GERONの認可済み施設で製造され
ている。GERONのクリーンルーム・スーツを使用した製造
過程は、カルフォルニア州により検査され認定を受けてい
る。
製造過程は3段階に分けられている。
1) 臨床用の条件をクリアしているH1未分化ヒトES細胞
のマスターセルバンクから取得された未分化ヒトES細胞を
数的に増殖、
2)増殖されたhESCsをGRNOPC1へと分化、
3)GRNOPC1医薬品の培養、製剤、充てん、凍結保存。
64
可能な未来が見えるところまできていることがわかり、うれし
く思いました。研究者の方々の想いもシンポジウムやディス
カッションの中から伝わってきて、涙がでました。参加してよ
かったです。ありがとうございました。
〔講演会資料〕
会場アンケートから
② 去年のシンポジウムの時は、一般席の後ろにあった
車椅子用の席が、今回はステージの真ん中に広々と設け
られていて、とても良かった。スクリーンも大きくとても見や
すかった。超多忙の山中伸弥先生のご出席に感激した。
シンポジウムへのご意見・ご感想
③ 専門的でしたが、先生方のお話が分かり易くて良かっ
たです。
1.【当事者から】
① 再生医学の現状を知ることが出来、勉強になった。脊
髄損傷者にとっては一日も早い実用化が望まれるが、解決
しなければならない問題が多いことに驚く。
③ 去年より今年は少し進歩し、明るい兆しを感じて、お
話を伺いまして大変有意義であり、希望が持ち続けられる
ような気がしましたが、一日も早く治療を受けられる様な話
が聞きたいです。
② 考えられなかった治療に喜んでいます。でも怖い気も
します。企業がHelpしていますが、悪用しないことを願いま
す。
④ 脊髄損傷の母親と初めて参加しましたが、日頃のニ
ュースなどで見聞きする情報が分かり易く説明されてよく分
かりました。
③ 現在の進歩状況がよくわかって良かった。2年前の講
演時に比べて、かなり内容が具体的になったと思った。各
先生の日々の努力は素晴らしいと思った。でも自分のよう
に慢性期患者にとっては、治療はまだまだ先だな、と途方
に暮れる想いもした。でも、自分も頑張ろうと思った。
⑤ 岡野先生の話は患者にとって、現状がよくわかって
良かった。
⑥ 中枢神経の再生が近い将来必ず出来ると確信しまし
た。日本で研究する人達に、国からもっと支援してもらい、
一日も早く再生できるようにして欲しい。
④ 去年も参加しましたが、今回は国際シンポジウムとして、
さらにすばらしいシンポジウムでした。ジェロン社の臨床試
験の結果に期待したいと思います。脊損慢性期にも何らか
の研究進展があればよいのですが、難しそうですね。
⑦ 現職当時は、仕事を通じてこの種の研究会に多数参
加していましたが、今回は妻の脊髄損傷介護の立場で改
めて有益でした。
⑤ 希望がもてる、素晴らしいお話を聞かせていただき、
ありがとうございました。
⑧ 最新の情報を聞かせて頂き、ありがとうございました。
⑨ 漠然としていたiPS細胞やES細胞のことが少しわかり
ました。息子が頸椎損傷です。受傷して3年、再生医学を
切に願っております。パネルディスカッションはとても良かっ
た。
⑥ 初めて参加しました。大変興味深く拝聴しました。話
は早くて、用語も分からないことも多かったのですが、スクリ
ーンで図解されていたので、少し理解することができたと思
います。
3.【研究者から】
① 良かった。
⑦ ALSの患者です。最先端の話を聞いて、近い将来、
治療や薬が出来る希望が持てました。
② 勉強になりました。
⑧ 去年10月5日以来、山中先生を待っておりましたので
嬉しかったです。また、内容が多岐にわたって大変有意義
でした。大勢の厳しい症状の皆様に逢い、頑張らねばと思
いました。
③ 最先端の研究のはなしがきけて勉強になりました。
④ 研究者の立場からは、大変興味深く聞くことが出来
た。但し、当事者や一般の方々には、理解しづらい内容で
す。誰に向って、なにを一番伝えたかったのですか? 当
事者や家族に対して、わかりやすい内容にして欲しかっ
た。学会ではなく、公開シンポジウムなのですから。
⑨ とても有意義でした。
⑩ キーステッド氏、エバート氏の話しは十分追えなかった。
英語を和訳したパワーポイントがあると良かった。
⑤ 脊髄の病気の説明が欲しい。
2.【家族から】
① 脊髄損傷が治る可能性があるという状態から、実現
65
⑥ 高名な先生方を集められて、聞きごたえのあるシン
ポジウムであった。
④ 最新のお話がきけてよかったと思います。医療ととも
に、患者さんの支援の取り組みについてご紹介いただい
た糸山先生のお話も、大変興味深かった。
⑦ 非常に有益でした。かなり具体的で、しかも学問的な
内容が分かり易く講演されたと思います。
⑤ むずかしい内容の面もありましたが、第一線で活躍さ
れている先生の話を直接きかせて頂き、とても感謝してい
ます。研究の大変さが少しわかった気がします。
つづけて頂けますよう、応援させて頂きたいと思います。
⑧ 有用な情報が得られました。
⑨ 毎回、再生医療の最近の話題をアップデートできる
場として、又、臨床患者側の視点からのお話を聞けるの
で、とても参考になります。
⑥ トピックスや最新の研究内容の発表があり、大変良
かった。要旨集は概要で良いのですが、さしつかえなけれ
ば講演のpdfファイルを基金のHPへ載せて貰えるとあり難
いし、またパネルディスカッションも掲載して貰えると、振り
返ることができます。
⑩ 山中先生の講演を聞けて良かったです。世界にお
ける脊髄損傷の臨床試験の進み方を知りたい。
4.【医療・福祉関係者から】
① 難しい用語が多かったが、とても勉強になりました。
先生方の研究に取り組む熱意などが伝わって来ました。
⑦ 非常に専門的内容で難しかったが、医学の進歩を
期待したいと思った。
⑧ 乏しい知識でもわかりやすく、iPS細胞応用の見通し
を示して頂けました。今の自分に理解できる自信はありま
せんが、どの分野が特にHot Topicsなのか強調して頂け
ると嬉しかったです(個人的興味です)。
② トップの先生達のわかりやすいお話をきいて、こんな
に進んでいるんだと驚きと、早く人にでき、多くの方が助か
ることをお祈りしています。
③ 素人の私にも大変勉強になりました。またこのような
シンポジウムがあれば参加したいと思います。
6.【学生から】
① 国内外の最先端に関わる研究者の話が聞けて、とて
も有意義でした。医師となった時は、この分野に関わり、力
になりたいと改めて思った。ただ、アナウンスをもっとしっか
りしていたらよかったと思った。
④ 脊髄損傷患者さんとの出逢いや、SMAで亡くなって
いった赤ちゃんとママとの関わりがいつも頭から離れませ
ん。山中先生の発見のニュースから将来への希望が見え
たことから、新聞記事をいつも気にしていて、今回のシン
ポジウムに参加し、より期待が高まりました。
⑤ たいへん勉強になりました。ありがとうございました。
② ほとんど大人の方ばかりだったので、全然わからな
い話をされるのかと思っていましたが、そうではなくて良か
ったです。
⑥ 再生医療に対する患者さんの期待が大き過ぎて、そ
の限界を知る研究者とのGapを感じました。最後の患者さ
んからの質問とその答えが一番印象に残りました。
③ とても興味深い講演で良かったと思います。特にDr.
ハンス/アリソンのお話は、cell levelで研究している来場
者には、大変分かりやすかったです。
⑦ 非常に興味深かった。時間はかかると思いますが、
障害を持つ人々のためにぜひ、再生医療を確立して欲し
いと思う。
7.【その他】
① (翻訳者) 今回も非常に内容の濃いシンポジウムに
参加させて頂きまして、ありがとうございました。職業柄、同
時通訳が入ってらして、とても参考になりました。また研究
者の先生方の連携も拝見でき、嬉しく思いました。
5.【一般参加者から】
① 非常に良かった
② 山中先生の説明は平易で分かりやすかった。他のも
のは専門的過ぎる部分もあったが、トピックのバランスも良
かったのではないか。
② まずまずの運営ですね。いろいろご苦労様ですが、
やはり時間を守って頂きたい。
③ 最先端の話を聞くことができ、大変有意義でした。慢
性期の再生の可能性はどの程度でしょうか? いつごろ可
能になるのでしょうか?
66
第2部
日本せきずい基金 この10年
1999
2009
〔前史〕
1996年 H8 ―――――――――――――――――――
7月1日 脊髄再生研究の促進と脊髄損傷者の生活
の質の向上を考える会の発足
10月19日 日本せきずい基金設立準備会第1回会合
1997年 H9 ―――――――――――――――――――
―
運営役員会5回・街頭募金11回、実施
1998年 H10 ――――――――――――――――――
9月
日本せきずい基金ニュース第1号発行
―
運営役員会9回・街頭募金10回、実施
・
・
1999年 H11 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2月19日 マイケル・ウインター講演会開催(米国連邦
公共交通局市民権室長)(都障害者会館)
6月6日
日本せきずい基金設立総会(大宮ソニック
シティー・ホール) NPO法人化を決定
第1回医学講演会 「脊髄損傷者の性」を同
時開催。 講師:牛山武久 ・小谷俊一 (日本
財団・ファイザー製薬・太陽生命ひまわり厚
生財団助成)
6月19日~20日 デンマークでの「国際パラプレジア学
会」参加
6月28日~7月4日 クリストファー・リーブ麻痺財団、米
国退役軍人まひ協会(PVA)と提携のため役
員2名を米国に派遣
10月2日
「Stand Up 21」開催。第2回医学講演会、
川口三郎京大教授「脊髄損傷の神経修復」
の講演等(江戸川区総合区民ホール)
10月25日 東京都よりNPO法人の認証を得る
1999年6月、米国のクリストファー・リーブ財団を訪問。
“Stand Up 21”に
ビデオメッセージを寄せ
たクリストファー・リーブ氏
基金発会記念イベント
“Stand Up 21”
シンポジウム「車椅子
からの解放を求め
て」を開催
2000年 H12―――――――――――――――――――
3月
『米国における脊髄損傷研究・資料集』
(翻訳)、『車椅子からの解放』、『脊髄損傷
者の性」』 各1万部を無償頒布
8月
高位在宅頚椎損傷者の介護実態調査開始
社会福祉・医療事業団助成事業
9月17~11月19日の日曜日 「せきずい110番」実施
相談件数:95件 日本財団助成事業
11月
『人工呼吸器使用者のサヴァイヴァル・メー
ル』刊行(丸紅基金)、1万部無償配布
2000年9月~ 電話相談「せきそん110番」開催
67
2001年 H13―――――――――――――――――――
3月
『高位在宅頚髄損傷者の介護実態調査報
告書』(福祉医療事業団)、『脊髄損傷患者
の受け入れに関する全国主要病院調査報
告書』(たばこ産業弘済会)刊行、1万部
6月2日
講演会「人工呼吸器使用者の自立に向けて」
7月
開催(弘済会館)
ボストン大学S.デュシャーム博士の講演会
「脊髄損傷者のセクシュアリティ」を東京・福
岡で開催(ファイザーヘルスリサーチ振興財団)
2001年6月、講演会「人工呼吸器使
用者の自立」で報告するカナダ人当
事者W. ローレンス氏
2002年 H14―――――――――――――――――――
5月27日
第1回脊髄再生促進市民セミナー開催(こど
もの城) 講師:岡野慶大教授・S.イエスナー
5月
PVAの自己管理マニュアル『Yes, You Can!』
を5000部刊行、翻訳:赤十字語学奉仕団
ほか(森村豊明会助成)
5月3-6日 バンクーバーでの国際脊髄障害医学会参
加
11月10日 第2回脊髄再生促進市民セミナー
講師:本望 修・W.ヤング(後楽園会館)
<連合・愛のカンパ助成事業>
2003年 H15―――――――――――――――――――
3月
『在宅高位脊髄損傷者の介護システムに関する
調査報告書』刊(社会福祉医療事業団助成)
3月12日 第2回日本再生医療学会において「再生医療
の社会的意義」と題して報告 (神戸)
6月4日 松沢成文神奈川県知事に面会。救急外傷セ
ンター整備等モデル事業を提言
6月9日 第3回脊髄再生促進市民セミナー
講師:岡野栄之(神奈川県民ホール)
7月22日 坂口厚生労働大臣に再生医療の促進を要望
10月3日 再生医療推進センター第2回講演会 「頸髄
・脊髄損傷と再生医療」で講演(京都)
10月4日
神戸製鋼ラグビー部より71万円の募金贈呈
11月16日 講演会「QOLを高める呼吸療法」 J.バック
教授(オリンピック記念青少年センター)
12月12日 厚生科学審議会科学技術部会のヒアリング
で意見陳述:幹細胞研究指針に関して。
2001年6月7日の朝日新聞社説。
呼吸器講演会を紹介し、「日本では二重の不幸」 と題して
重度の脊髄損傷医療の問題点を指摘。
2001年7月、講演会「障害
者のセクシュアリティ」の講
師S.デュ シ ャ ーム博士(ボ
ストン大学)
2002年5月、カナダ・
バンクーバー市で開
催された国際脊髄損
傷医学会の交流会
2004年 H16―――――――――――――――――――
1月18日 関西医大での骨髄間質細胞移植に関する研
究者との懇談会を開催(目黒区身障センター)
2月8日 総合科学技術会議のヒトES細胞指針に関す
る意見陳述(虎ノ門パストラル)
2月
講演会報告書『QOLを高める呼吸療法』刊行
3000部無償頒布 <みずほ福祉財団助成>
3月23日 日本再生医療学会の市民講座にコメンテーター
として参加(幕張メッセ)
5月13日 厚労省で脊髄障害医学会とともに、イラン地
震救援記者会見
7月26日 厚生労働記者クラブで中国での嗅粘膜移植
に関して記者会見
9月5日 読売医療フォーラム「脊髄損傷について」
講師:柴崎啓一・中村雅也 (府中市にて)
2002年5月、第1回脊髄再生セ
ミナーを開催。英国の国際脊髄
基金の創設者S.イエスナー氏
2003年11月、講演会「QOLを高める呼吸療法」
講師J.バック教授(ニュージャージー医科歯科大学)
68
日本せきずい基金 この10年
9月
『脊髄損傷に伴う異常疼痛に関する実態調
査報告書』刊 3000部無償頒布 森村豊明会
10月6日
第4回脊髄再生市民セミナー 「関西医大での
骨髄間質細胞移植について」(こどもの城)
報告者:京大―鈴木義久、井出千束、福島
雅典、関西医大―中谷壽男
10月23日
米国San DiegoでのICCP Meetingに参加
脊髄再生の国際当事者組織のICCPに加盟
12月5~8日 第4回アジア太平洋神経再生シンポジウム
に参加(千里ライフサイエンスセンター )
2004年9月
『脊髄損傷に伴う
異常疼痛に関する
実態調査報告書』
2005年 H17 ―――――――――――――――――――
2月
『脊損ヘルスケア・基礎編』 13000部無償配布
編集委員:柴崎啓一・岩坪瑛二・芝啓一郎・玉
垣努・富田昌男、福祉医療機構助成事業
7月8日
「脊髄再生の臨床試験計画に関する懇談会」
関西医大の臨床試験計画の3度目の懇談会
8月25~26日 「第3回幹細胞研究に関するソウル・シ
ンポジウムに参加(延世大学)
10月9日
第1回脊髄損傷者支援イベントWalk Again開
催 講師:岡野慶大教授・位田隆一京大教授
司会・高橋真理子・朝日新聞科学部次長
ライブ:RAG FAIR (目黒パーシモンホール)
2004年10月、米国サンディエゴ
市で開催されたICCPミーティング
に初めて参加。
Neuroscience2004と同時開催。
Walk Again 2005に出演したRAG FAIRの皆さん
<日本損害保険協会・自賠責運用益助成事業>
11月5日
「日本整形外科看護研究会」参加 広島大
11月13-16日 ICCP年次総会参加 (ワシントンDC)
12月17-20日 第1回脊髄損傷治療と治験の国際会議
脊髄損傷者の自己管理マニュアル
『脊損ヘルスケア』 「基礎編」
(表紙は2009年12月、第3刷)
参加(香港大学)
2006年 H18―――――――――――――――――――
2月
『脊損ヘルスケア・Q&A編』 13000部無償配布
編集委員:柴崎啓一・岩坪瑛二・石田喗・生方
克之・玉垣努・富田昌男 福祉医療機構助成
3月
ICCP脊髄損傷の臨床試験ガイドライン策定
基金から1万2000ドル(約140万円)拠出
3月7日
第5回日本再生医療学会・市民公開講座
で報告(岡山市)
5月20日 フォーラム「ES細研究の現在」 講師:中辻
憲夫京大教授・松原洋子立命館大教授
司会:町亜聖・日本テレビキャスター
(恵比寿・日仏会館ホール)
7月29日 ヒトES細胞に関する文科省公聴会で意見陳述
(西日本会場・大阪科学技術センター)
9月2日
第8回日本褥瘡学会ワークショップ参加
10月9日 Walk Again 2006 「脳科学から運動機能再建
へ」 講師;川人光男・伊佐正・宮井一郎・横
井浩史 司会;東嶋和子 ライブ:川嶋あい
損保協会助成(横浜ランドマークホール)
10月12日
アトランタので開催のICCP総会に参加
11月
「再生医療」Vol5 No.4「市民の声」欄に
「脊髄再生研究への期待と課題」を寄稿
12月8~10日 上海で開催された第5回アジア太平洋
神経再生シンポジウムに参加 (同済大学)
2006年5月
フォーラム「ES細胞研究の現在」
Walk Again 2006
川嶋あいさんのステージ
DVD 『ステップ by ステップ
脊損在宅リハガイド』
2007年 H19 ―――――――――――――――――――
2月
DVD『ステップbyステップ;脊損在宅リハガイド』
69
5月13日
10月8日
10月
11月
11月2日
12月
2007年5月、第5回セミナー
「骨髄間葉系細胞を用いた
神経・筋変性疾患への再生
医療への展望」
作成・6000枚無償頒布 編集協力;里宇明
元慶大教授ほか 福祉医療機構助成
第5回神経再生研究促進市民セミナー
「骨髄間葉系細胞を用いた神経・筋変性疾
患への再生医療への展望」 講師:出澤真理
京大准教授、国府田正雄・東金病院整形
外科部長(ヴィラフォンテーヌ汐留)
Walk Again 2007 「神経再生研究に関する国
際シンポジウム」 講師:岡野栄之・H.キース
テッド、内田伸子・中村雅也・国府田正雄・
森啓太(東京国際交流館) 損保協会助成
事業
ICCP編『脊髄損傷の実験的治療』、1000部
刊 赤十字語学奉仕団訳
「nature」誌11月1日号の「社会貢献活動―
施しのない国」の記事で基金の活動を紹介
San Diegoで開催のICCP総会、
及びNeuroscience2007に参加
「脊椎脊髄ジャーナル」12月号の座談会「脊
髄再生研究・臨床応用へのロードマップ」に
参加
ICCP編、2007年10月刊
『脊髄損傷の実験的治療』
2007年10月 Walk Again 2007
「神経再生研究に関する国際シン
ポジウム」
2007年11月 「nature」誌
「社会貢献活動―施しのない国」
2008年 H20 ―――――――――――――――――――
2月
『脊髄損傷者の社会参加マニュアル』 18000
部刊・無償配布 編集委員:住田幹男・徳弘
昭博・真柄彰・古澤一成 福祉医療機構助成
2月2日
シンポ「患者の手で再生医療の促進を」
講師:R. Goldstein・米国若年性糖尿病財
団科学部長、井上達夫・日本IDDMネットワーク
理事長、岡野慶大教授 司会:東嶋和子(サ
イエンス・ジャーナリスト)
3月7日
毎日新聞・論点「iPS細胞研究支援をどうする」
に、「難病治療への道開け」として寄稿
7月
『私もママになる!』 6000部刊・無償配布
編集委員:牛山武久・古谷健一・道木恭子・
吉永真理 森村豊明会助成
10月5日
Walk Again 2008 シンポ「患者に語る:iPS細
胞」 講師:高橋和利・中内啓光・高橋政
代・澤芳樹・岡野栄之 司会・高橋真理子
(東京国際交流館) 協賛:科学技術振興
機構
11月4日 札幌での脊髄損傷医学会のシンポジスト
「脊損の尿路管理における医療連携 」
2008年2月 『脊髄損傷
者の社会参加マニュアル』
2008年7月
『私もママになる!』
2009年 H21 ―――――――――――――――――――
1月
「リハニュース」〔リハ医への期待 第2回〕に
寄稿:「脊髄損傷者のリハビリテーション」
1月24日 房総脊椎脊髄手術手技研究会(亀田メディ
カルセンターにて)にて報告 「脊髄損傷医
療に期待する―患者の視点から」
2月3日
神戸商工会議所にて開催された「幹細胞
研究と社会の協調について理解を進めるア
ジアネットワーク」で「幹細胞ツーリズム」に
関して報告
2月4日
慶応義塾先端技術シンポジウムにて「患者
の望むiPS細胞」を報告(慶應三田キャンパス)
2008年3月7日毎日新聞 ・論点
「iPS細胞研究支援をどうする」
2008年10月 Walk Again 2008
「患者に語る: i PS 細胞」
70
日本せきずい基金 この10年
2月8日
2月17日
3月
6月
8月
9月19日
10月25日
12月
2009年2月17日の毎日新聞
2月4日に開催された慶應大学
先端技術シンポジウム報告記事
「障害と教育」シンポジウム(国立障害者リハ
ビリテーションセンター)で報告:「脊髄損傷
学生の就学復学から就職へ」
2月4日に開催された慶応大学先端技術シン
ポジウムの報告記事を毎日新聞が掲載
社会人ラグビー「トップリーグ・オールスター」
チャリティ・マッチから募金123万円贈呈
「BIO INDUSTRY」7月号に「脊髄損傷者
から見た再生医療実用化への要望」を発表
「作業療法ジャーナル」2009年9月号に寄稿:
「在宅生活における当事者のニーズ――
中高年受傷者アンケートから――」
基金創立10周年記念・国際シンポジウム
「中枢神経系の再生医学」 講師:山中伸弥、
H.キーステッド、A.エバート、糸山泰人、岡野
栄之 司会:長谷川聖治・読売新聞科学部次長
テレビ朝日・医学特番「人体再生~iPS
細胞 山中博士の挑戦」にて、10周年記
念シンポジウムを紹介。
せきずい基金ホームページをリニュアル
2009年10月 Walk Again 2009
「神経再生研究に関する国際シン
ポジウム」
・
・
・
2009年3月 社会人ラグビー「トップリーグ・オールスター」
チャリティ・マッチ
71
「せきずい基金データ集」 について
添付CDは、これまでに日本せきずい基金が作製した
資料・冊子などの情報をまとめたものです。
〔収載資料〕
1.せきずい基金について
基金の概要/定款
4.ICCP資料
ICCPとは/臨床研究ガイドライン/「脊髄損傷治
療法確立へ向けての国際キャンペーン」
2.刊行物
*印は2009年12月現在、印刷物の在庫が
あるもの(送料も含め無償頒布)
5.セミナー資料
脊髄再生研究促進市民セミナー
(第1回~第4回)
・ 『脊損ヘルスケア』
「基礎編」*「Q&A編」*
・ 『脊髄損傷者の社会参加マニュアル』 *
・ 『私もママになる
―脊髄損傷女性の出産と育児』 *
・ ICCP『脊髄損傷の実験的治療』*
・ 『脊髄損傷に伴う異常疼痛に関する
実態調査報告書』 *
・ 『QOLを高める呼吸療法』 *
・ 『在宅高位脊髄損傷者の介護システム
に関する調査報告書』 *
・ 「患者に語る:iPS細胞」シンポジウム報告書」*
・ 『YES, YOU CAN!
―脊髄損傷者の自己管理ガイド』
・ 「障害者のセクシュアリティ―脊損事例を中心に」
6.脊髄損傷関係資料
・ 脊髄疾患関連用語集
・ 脊髄損傷の評価尺度
・ 医療機関(データはホームページアップ時のもので
あり、個別医療機関への照会が必要)
① 労災病院・大学病院
② 脊髄損傷関係の病院
③ リハビリテーション病院・相談関連機関
④ 回復期リハビリテーション病院
・ 統計
日本における脊損発生の疫学調査
・ 日本脊髄障害医学会誌・目次(第1巻~第22巻)
(第1巻~15巻は「日本パラプレジア医学会誌」)
《本誌のコピーサービスは無償》
3.会報
「日本せきずい基金ニュース」
総目次/No.1~42
7.障害者制度集
(データは2002年6月時点のもの)
会報別冊
1.『車イスからの解放をめざして
:Stand up 21報告集』
2.『米国における脊髄損傷研究・資料集』
3.第1回医学講演会報告書:
「EDの治療」/「脊髄損傷者の性機能」
4.『人工呼吸器使用者のサヴァイヴァル・メール』
■日本せきずい基金創立10周年記念事業報告書
発 行:2009年12月20日 第1版第1刷
発行者:NPO法人 日本せきずい基金
〒183-0034 東京都府中市住吉町4-17-16
電話 042-366-5153 FAX 042-314-2753
E-mail [email protected] URL http://www/jscf.org/jscf/
C Japan Spinal Cord Foundation, 2009 非売品
○
72