スコットランドには昔から優れた詩人や小説 - Performing Arts Network

2006.7.18
自らを「劇作家の劇場」と呼び、劇作家への新作戯曲委嘱、戯曲ワークショ
プ、文芸部による投稿戯曲の発掘、リーディングなどを実施。新作戯曲の国
キャサリン・メンデルソン
(Katherine Mendelsohn)
トラヴァース・シアター文芸部マネージャー
際的発信拠点のひとつ、トラヴァース・シアターの取り組みを同劇場文芸部
マネージャーのキャサリン・メンデルソン氏に聞いた。
(インタビュアー:谷岡健彦、構成:中山弘美)
■
トラヴァース・シアター
Traverse Theatre Cambridge Street,
Edinburgh EH1 2ED
──スコットランド演劇について簡単に教えていただけますか?
Lothian Scotland
スコットランドには昔から優れた詩人や小説家、哲学者などあらゆる分野に有名な
http://www.traverse.co.uk/
作家たちがいましたが、彼らが文学言語ではなく、生活言語で市井の声を劇作にの
せて演劇として成立させ始めたのが1960年代になってからです。この時期、労働者
階級の家庭生活を辛辣に描いた『キャシー・カム・ホーム』(*1)のようなテレビ
ドラマシリーズが英国内で人気を集め、それがひとつの転機となって作家が脚本や
戯曲へと広く活動をシフトしていきました。ロンドンやアイルランドと比べてス
コットランド演劇は後発ではありますが、文学的教養が高いので劇作家のレベルは
非常に高いですし、俳優や演出家にも才能のある人たちが大勢揃っています。
こうしたスコットランド演劇の発展を支えてきた要素としては、トラヴァース・シ
アター(1963年設立)のような新しい演劇の創造を目指す劇場の存在ももちろんあ
エディンバラ・フェスティバルで活躍して
りますが、もうひとつ、ハイランド地方や島嶼部などへの巡回公演を主な活動とし
いたJim Haynesら若手アーティスト・学生
ているインディペンデント・カンパニーの存在があります。「英国の人口の7%が
らにより1963年に創立される。当時はトラ
84%の富を所有する」というところから名付けられた政治色の強い小劇場7:84シア
ヴァース・シアター・クラブと呼ばれ、エ
ディンバラ市内のローンマーケット
ター・カンパニー(71年設立 *2)や、グリッド・アイアン・シアター・カンパニー
Lawnmarketというかつての売春宿街に建物
(95年設立 *3)などが現在まで活動している代表的なカンパニーです。
があった。Haynesは当時Paperback
スコットランド演劇界の最近の話題が、2006年にスタートしたばかりのスコットラ
Bookshopという劇団を率いており、この名
前からも彼の新作戯曲や文学作品の上演に
ンド国立劇場(National Theatre of Scotland/NTS *4)です。NTSは上演施設を持
対する熱意がうかがえる。
たず、国内外のアーティスト、カンパニー、劇場などあらゆる集団と共同製作しな
がらプロダクションをつくるクリエイティブな組織です。例えば、2006年4月に
69年には、グラスマーケットGrassmarket
の倉庫群を改修して拠点を移し、その後、
は、NTSとGITCの共同製作による「ローム」がエディンバラ国際空港で上演されま
Saltire CourtというCambridge Street沿いの
した。こうした共同製作を理念とするNTSの設立や、スコットランド政府が芸術支
現在の場所に移転。1992年にエディンバラ
援を積極的に行うことにより、スコットランド演劇はさらに活発になっていくと思
市により、216∼350席のホールと100席の
スタジオ、カフェなどを備えた新しい劇場
が建設され、The Traverse Theatre Ltdが運
います。NTSが今後のスコットランド演劇の芸術ヴィジョンとエネルギーを一手に
引き受けていると言っても過言ではありません。
営する英国初のスタジオシアターとして再
始動。
──現在のスコットランド演劇界におけるトラヴァース・シアターの位置づけを教
創立以来、一貫して新作戯曲の創作・上演
えてください。
を芸術的方針として掲げ、スコットランド
トラヴァース・シアターのアイデンティティは、劇作家との作業にあります。
はじめ国内外の劇作家に対し新作を委嘱し
て執筆活動を支援してきた。その新作上演
数の総計は600本を越え、60年代のスタン
80年代に入ってからは特に、イギリス人劇作家の発掘、育成に焦点を当ててきまし
た。90年代からはさらに、国内だけでなく海外の劇作家も含めて、新しい世代のス
1
コットランド人劇作家の育成と支援を明確な目標として掲げています。名実ともに
確立された劇作家に新作を委嘱するのと同時に、新たな才能を見いだしたいと思っ
ています。私たちはトラヴァースのことを「劇作家の劇場」と呼んでいますが、私
たちがすべきことは、劇作家のヴィジョンがどこにあるかを知ることです。そして
演出家たちがすべきことは、溢れ出てくる彼らの言葉のすべてを観客に伝えるため
レイ・イヴリング(『The Balachites』)、
に懸命に作品に取り組むことなのです。
イエイン・クリックトン、70年代のジョ
ン・バーン(『The Slab Boys Trilogy』)、
80年代のリズ・ロケッドLiz Lochhead
(『Perfect Days』)、90年代のデイ
──具体的には劇作家育成のためのどのような事業を行っているのですか?
私たちは年間を通して劇作家を育成するためのさまざまな活動をしています。例え
ヴィッド・グレイグ(『Outlying
ば、トラヴァースでは年に6∼8本の新作を劇作家に委嘱していますが、こうした劇
Island』)、デイヴィッド・ハロワー
作家に対しては、第1稿が上がった後に作品を練り上げるためのワークショップと
(『Knives in Hens』)ら、国際的に評価の
高い劇作家を輩出してきた。彼らの作品は
して、演出家が主役級の俳優と台本を読み込み、リーディングして聞かせます。自
世界中で上演され、英国のみならず海外へ
作を声で聞くのはとても大切なことで、作品の長さやテンポ、どこが効果的でどこ
のツアー公演も行われている。
が効果的ではないかについて、文字とは全く違った感覚がわかります。また彼ら
2000年には、スコットランド・アーツカウ
は、その作品を担当する演出家や文芸マネージャーとマンツーマンで劇作のワーク
ンシル(SAC)により、新作戯曲を創作
ショップを行います。構成や細部について議論が行われ、その作品が最良のものに
し、新人作家発掘のための拠点劇場として
なるよう、プロが叱咤激励します。
認められるなど、現在では「Scotland's New
ちなみに、新作を委嘱する場合は、上演の予定については全く触れません。好きな
Writing Theatre(スコットランド新作戯曲
劇場)」と称されている。また、2004/
だけ時間をかけて書いてもらいます。でもこれは、たくさんの委嘱作品の制作が並
2005シーズンには日本をはじめ、中国、フ
行して進んでいて、いつでも上演を考え得る作品がたくさんあるということでもあ
ランス、ポルトガルなどとの国際プロジェ
ります。最初は短編戯曲を依頼して、それが長編へのステップとなる場合もありま
クトを実施するなど、海外戯曲の紹介にも
力を入れている。現在の芸術監督は演出家
のフィリップ・ハワード。委嘱した新作
すが、すぐに長編を委嘱される幸運な劇作家もいます。つまり、いつも個々の劇作
家に合わせた方法を選ぶことが大切で、システムもルールもありません。
は、トラヴァース・シアターがプロデュー
スするTraverse Theatre Company の公演と
して上演し、国内外のさまざまな劇場やカ
──一般の劇作家を対象にした事業はありますか?
ンパニーとコラボレーションをしながら活
一般の劇作家については、国内外からの投稿を受け付けています。投稿作品は専門
発なツアー活動を行っている。
委員がすべて目を通し、私にも報告が上がってきます。投稿者には感想を送り返し
作家育成の教育機関としての役割も果た
ています。投稿者には初めて戯曲を書いた人もいれば、プロもいます。スコットラ
し、学生がプロの劇場スタッフと協働して
ンド在住の劇作家への返信を優先していますが、彼らにとって私たちは批評をして
舞台上演する「Class Act」や、プロの劇作
くれる数少ない存在のひとつなので、詳しくコメントするようにしています。
家の指導のもと3年以上にわたって戯曲創作
を学ぶ「Young Writers' Group」などの事業
を通して青少年の劇作を奨励している。
英国外の劇作家が投稿してくる目的は、主に自作がトラヴァース・シアターで上演
されるかどうかを知りたいということなので、こういった劇作家には細かい感想は
返しません。投稿作品が上演されることは極めて稀ですが、おもしろい劇作家を発
*5 文芸部
芸術監督が率いる芸術部門の重要な部署と
見する重要な機会になっていると思います。ちなみに私がトラヴァース・シアター
して位置づけられ、文芸マネージャー、文
で仕事をしてきた中で、投稿作品がそのまま舞台化されたのはたった1本だけでし
芸育成マネージャー、文芸アシスタントの3
た。でもそれが実は、後に大ヒット作品の1つになったのですが。
人で構成。アソシエイト演出家と2人のプロ
例外的なケースですが、才能があると感じた場合、文芸部員が直接劇作家に会って
デューサーとともに活動し、トラヴァー
ス・シアター・カンパニーとして上演する
話をすることもあります。こうした話し合いは、劇作家がこの作品で何を伝えたい
新作の委嘱の他、劇作家に関わるさまざま
のかや、彼らの劇作のプロセスを知るために重要であるだけでなく、私たちが手伝
な仕事を行う。
えることは何かを知るためにとても役に立ちます。
また、毎年夏のシーズンは有名な演劇祭で
また、シーズン毎に2つか3つの一般向け戯曲ワークショップをプログラムしていま
あるエディンバラ・フェスティバルの主要
す。これらは10人から15人の少人数で行われ、劇作へのアプローチとプロセスにつ
会場の一つとなっている。
いて語ることのできるプロの劇作家が指導します。特別な技術や経験のある人向け
今シーズンのプログラムは下記のサイトに
のワークショップも企画しています。その場合は、ジニー・ハリス、デイヴィッ
ある。
ド・グレイグ、ダグラス・マックスウェル、ロナ・マンローといった劇作家が指導
http://www.traverse.co.uk/
に当たっています。
2
これ以外では、15歳から25歳までの劇作家の卵たちが3年以上にわたって劇作を学
ぶ「ヤング・ライターズ・グループ」でも、トラヴァース・シアターと縁のあるプ
ロの劇作家たちが、2週間に1度指導にあたっています。彼らは1週間に1度、夜に集
まり、メンター役の年長のライターの下で技術を磨いています。1年目は短編やい
くつかのシーンを書きながら、台詞、登場人物、構成、ストーリー、舞台演出など
トラヴァース・シアター2004年度事業概要
収入総額:1,322,642ポンド(カフェ売上
劇作のすべての要素について学びます。2年目には長編作品に取り組み、劇作家か
ら個別に指導を受けます。
げ含まず)
支出総額:1,317,486ポンド
──アウトリーチのプログラムはありますか?
年間ステージ数:534
学校や大学で、新作の公演を題材にしたワークショップを教育プログラムとして実
[自主制作公演:80 / 旅公演:43 / 提携公
施していますし、次回公演について教師たちと語り合うフォーラムを行っていま
演:395(劇団数66) / その他 16]
エデュケーション・プログラム:37
す。また、年に1度開催する「クラス・アクト」という学校での戯曲ワークショッ
育成プログラム:10
プもあります。これは、プロの劇作家が14歳から17歳までの学生たちと数カ月にわ
エキシビション:11
たって学校で劇作のワークショップを行い、学生たちに短編を書かせるというもの
です。これらの短編をもとにトラヴァース・シアターの演出家が俳優と作品を練り
上げて公演を行い、戯曲集として出版もします。
エディンバラやスコットランド各地のコミュニティ・センターでは、「コミュニ
ティ劇作プロジェクト」を実施しています。これらの成人向けのワークショップは
広く一般に開放されており、参加者はプロに手助けしてもらいながら初めて戯曲を
書きます。また、年に一度、スコットランド南部のボーダーズから北部のハイラン
ドまで巡回公演しますが、そのツアーに付随して戯曲ワークショップを頻繁に開催
しています。このワークショップで地方在住の劇作家たちと作業し、そこから新し
い才能とコンタクトを取るようになることもあります。
3
*1
「キャシー・カム・ホーム」
1966年12月にBBC1の「水曜ドラマシリーズ」で放映された。(脚本:ジェレミー・サンドフォー
ド、演出:ケン・ローチ、製作:トミー・ガーネット)夫と子どもがいる若い主婦キャシー。ある出
来事で夫が職を失い、家族は貧困へと墜ちて行く。子どもたちがソーシャル・サービスに保護される
までのさまざまな困難と貧しいその日暮らしのホームレスな生活を描いたドキュメンタリー・ドラマ
のヒット作。
*2
7:84シアター・カンパニー
世界が混沌とした社会状況の中にあった1971年、当時リヴァプール・エブリマン・シアターと強い
提携関係にあった劇作家ジョン・マッグラスが、社会を変えるためには新しい演劇の形が必要と考
え、ブルジョア階級に支配された劇場からの離脱を決心してイングランドで設立した劇団。同年のエ
ディンバラ・フェスティバルで「Trees In The Wind」という作品を発表。この作品が大ヒットし、2
年に及ぶツアーも観客に熱狂的に受け入れられたことで、マッグラスは歴史、文化、さらには政治的
な伝統が息づくスコットランドで劇団を設立することを決意、73年にスコットランドの7:84が設立
された。拠点はグラスゴー。
7:84というカンパニー名は66年にエコノミスト紙に発表された「英国の人口の7%が84%の富を保
有している」という統計結果からきている。社会政治的なプロセスへの演劇の介入の可能性を探るこ
と、誰にでも親しめる上演言語を作り出すこと、観客と俳優との垣根をなくすこと、劇場ではない空
間で上演すること、演劇に触れる機会のない人々のところで上演をすることなどを劇団のポリシーと
して掲げてきた。
スコティッシュ・アーツ・カウンシルやグラスゴー市などから助成金を受けているが、06年3月1日
にアーツ・カウンシルが助成金を全額カットする決定を下したことに対して、現在,政府への嘆願署
名キャンペーンを展開している。芸術監督は2003年から務めるロレンゾ・メール。
*3
グリッド・アイアン・シアター・カンパニー
1995年にエディンバラを拠点に結成。同年トラヴァース・シアターで第1回公演「Clearance」を上
演するやいなや、質の高い作品作りが高い評判を呼ぶ。以後、一般的ではない特定の場所で上演する
作品を含め、立て続けにヒットを放っている。
97年の初のフル・スケールの作品『The Bloody Chamber』は、エディンバラのロイヤル・マイルの
下の地下納体堂で上演、99年の『Monumental』はグラスゴー・シチズンス・シアターのホワイエや
裏道、駐車場などを使ってのプロムナード・パフォーマンスとして上演された。2003年にエディン
バラ・フェスティバル・フリンジで上演された『Those Eyes, That Mouth』はチケットは完売し、演
劇賞を総なめした。
ここ数年はロンドン、ニューヨーク、アイルランド、ヨルダン、レバノンなどでも上演し、高い評価
を得ている。プロデューサーはジュディス・ドハーティ、演出家はベン・ハリスン。
*4
スコットランド国立劇場 National Theatre of Scotland(NTS)
2006年設立のスコットランド初の国立劇場。上演施設を持たないため、施設開発や維持に資金を投
入することのない代わりに、クリエイティブ・ワークに専心し、自主制作や劇団、アーティストとの
コラボレーションで作品を作り上げ、ツアーを主体に活動する。スコットランド内をくまなく、劇場
に限らず学校やコミュニティなど場所を選ばずに、あらゆる世代を対象にしたさまざまなタイプのパ
フォーマンスを届けることを大きく掲げている。主要な劇場との提携や共同制作もあり、ライシア
ム・シアター(エディンバラ)やグラスゴー・シチズンス・シアター、トロン・シアター(グラス
ゴー)などでの上演なども予定されている。さらに海外のカンパニーとのコラボレーションや海外ツ
アーも視野に入れている。
また、学校や地域でのパフォーマンスを通した表現教育や、パフォーマンスへのアクセスを容易にす
るための活動もさまざまな集団との恊働で臨んでいる。さらには劇作家、デザイナー、演出家などの
アーティストとの作業を通して、スコットランドの才能をプールしていくことや、トレーニングを終
えたばかりの若い俳優や制作者を独自に教育することなどを目標としている。
スコットランド政府からスコティッシュ・アーツ・カウンシルを通して2003−04年に100万ポンド
/2億2,000万円、2004−06年(3月まで)に 750万ポンド/16億5,000万円 の予算が投入された。
芸術監督ヴィッキー・フェザーストーン、本拠地グラスゴー。
4
──トラヴァース・シアターは文芸部(*5)を持つスコットランドで唯一の劇場だ
と聞きましたが。
はい、文芸部を持つ劇場はいまだトラヴァース・シアターだけですが、2001年に
Playwrights' Studio, Scotland( *6)というすばらしい組織が設立されました。そこ
では私たちと同様、自主的に送られてくる戯曲を読み、新作戯曲を発掘する作業が
*6
Playwrights' Studio Scotland
始められています。Playwrights' Studio, Scotlandは劇団でもなければ、公演制作も
スコットランドの劇作の発展のために政府
しませんが、劇作家に対して戯曲についての感想や意見を返し、助言をします。さ
主導で設立された団体。劇作家トム・マッ
らに、このような劇作家たちと仕事をしたいと思っているけれど、文芸部を持つほ
グラスとトラヴァース・シアターが長年に
わたって働きかけ、スコティッシュ・アー
どの財源がないという多くの劇場のために、その役割を代行しています。
ツ・カウンシルの支援を受けて設立に至っ
Playwrights' Studio, Scotlandは、今年からリーディング公演を始めました。NTSで
た。スコットランド在住の劇作家、および
も劇作家との仕事を積極的に行ってはいますが、投稿戯曲は受け付けていません
英国内在住(場合によっては海外在住)の
スコットランド人劇作家を対象に、新作戯
曲の開発や演劇公演の質を高めることなど
し、評価の定まった劇作家に新作を委嘱するなど、もっと高いレベルの劇作家と仕
事をする傾向にあります。
を目標に活動している。
毎年メンターとして選ばれた経験豊かな複
数の劇作家が、経験の浅い劇作家の技術を
──トラヴァース・シアターとPlaywrights' Studio, Scotlandは連携していますか?
高め、作品を仕上げていく「Mentoring」、
スコティッシュ・アーツ・カウンシル(SAC)がPlaywrights' Studio, Scotlandを
初歩段階にある劇作家を対象に、スタジオ
設立するための調査を行った際に、その責任者が作業の拠点をおいたのがトラ
のアソシエイト劇作家が数カ月に渡って劇
作法から指導していく「Evolve」、新たな
ヴァース・シアターで、当時の文芸アシスタントがサポートしました。私たちはス
才能の発掘のために設立された国主催の戯
コットランドで唯一の文芸部を持つ劇場ですし、劇作家との仕事に経験も知識もあ
曲賞「Ignite」、一般から戯曲を受け付けて
り、また劇作家の大規模なデータベースを保有していたので、トラヴァース・シア
演劇のプロフェッショナルが読み、感想や
意見を返すとともに提携している有名劇団
ターの貢献は大きかったと思います。実際、Playwrights' Studio, Scotlandの最初の
や劇場にその戯曲を紹介する仲介作業
アイディアのいくつかは、当時文芸ディレクターだったジョン・ティファニーから
「Fuse」など、さまざまな事業を展開して
出たものです。
いる。2005年のエディンバラ・フェスティ
バルでは、BBCスコットランド・ラジオド
最終的に、Playwrights' Studio, Scotlandは、SACの助成を受けてスコットランド
ラマと4劇団との共同で、ドラマ・リーディ
のすべての劇作家や劇場、劇団を支援する完全に独立した組織として設立されまし
ング・シリーズ「Plays Aloud」を開催し
た。ですから、現在は、プロジェクト毎に必要に応じて連携しています。例えば、
た。
最近では、スコットランドを代表する劇作家トム・マッグラスの生誕60年を祝う催
拠点はグラスゴー。クリエイティヴ・ディ
レクターはジュリー・エレン。
しを共催しましたし、翻訳を対象にした奨学基金の設立のためのSACに対するロ
www.playwrightsstudio.co.uk
ビー活動にも共同で取り組んでいます。また、トラヴァース・シアターの劇作家養
成にかかわるイベントはすべて、Playwrights' Studio, Scotlandが毎月発信するイン
ターネット・ニュースで劇作家たちに告知されています。
──文芸マネージャーという肩書きは私たちにとっては聞き慣れないものですが、
どういう役割を果たすのですか。
文芸マネージャーは、演出家が劇場のヴィジョンに沿った作品を見つける手助けを
します。例えば古典を上演している劇場ならば、しばらく上演されていない面白い
芝居を見つけてくるとか、自分がシーズンのラインナップに入れたいと思う芝居の
ために何かするというようなことです。トラヴァース・シアターのような新作上演
の劇場での文芸マネージャーの役割は、新しい劇作家を見つけたり、ベテランの劇
作家に新作を委嘱したりすることですね。
文芸マネージャーという仕事は、若い頃に始める仕事ではなく、さまざまな経歴を
経て就くものだと思います。今では大学にドラマトゥルグになるためのコースがあ
りますが、文芸マネージャーとは少し違うと思います。私はこの種の教育は受けた
ことがありませんが(現在では関連コースを教えていますが)、英文学を専攻して
おり、それが文章の分析能力を高めたり、書かれたものの善し悪しを見極めたりす
るのにとても役に立っています。文芸マネージャーになるために専攻したわけでは
5
ありませんが──。
──トラヴァースではリーディング事業を積極的に企画しています。これはどのよ
うなものなのでしょう。
リーディングというのは舞台装置や衣裳のない公演のようなものです。俳優たちと
演出家が芝居に取り組み、稽古をしますが、稽古は非常に短い時間しかやりませ
ん。俳優は台本を手に持って演じるので、必要ならば台本を見ることもできます。
驚くべきことに、すばらしい俳優を起用した時など、台本があっても気を散らされ
ることはなく、本公演と遜色のない仕上がりになることがあります。観客からも、
芝居や演技についてより純粋な体験をしたという反応がよく返ってきます。
リーディングをする理由には現実的な側面もあって、本公演よりもずっと低予算で
できるということがあります。併せて、観客が芝居に触れる機会をもっと多く提供
しようという積極的な理由もあります。例えばオーストラリアから本公演を招聘し
ようとすると、多額の費用が必要ですが、劇作家を招聘して、地元のカンパニーが
リーディングをすれば、観客は同じ費用でもっと多くの面白い芝居にアクセスでき
るようになるわけです。
それと、リーディングを行うもうひとつの重要な理由が劇作家の劇作の助けをする
ためです。リーディングは劇作家が観客とともに初めて自分の作品を見るすばらし
い機会になります。プロダクションの制作途中でリーディングを行うこともありま
すが、これは劇作家にとって草稿段階で戯曲を聞くことができる、またとないチャ
ンスとなります。
──スコットランドで海外の戯曲を上演するのは難しいことだと思われますか?
トラヴァース・シアターは、観客も芸術監督も海外の作品にとても寛容なので、海
外戯曲の上演にとって大変相応しい場所になっています。私としても海外の演劇の
紹介はとてもやりたいことのひとつで、英訳を必要とする新作戯曲もたびたび手が
けています。私の専門の大部分は、劇作家とともに彼らの戯曲の翻訳作業をし、そ
れらが原作と同程度のクオリティがあるかどうか、つまり翻訳が単に言語の翻訳と
いうのではなく、芝居のエネルギーやスピリット、繊細さが翻訳されているかどう
かを確認することです。こうした海外戯曲をリーディングするだけでなく、本公演
にまでもっていくために劇作家とともに翻訳作業を進めるPlaywrights in
Partnershipというプログラムもあります。
──それはどのようなプログラムですか?
Playwrights in Partnershipでは、本当に手がけたいと思う海外の戯曲を、その作品
にもっとも相応しいスコットランド人(もしくは英国人)劇作家とともに翻訳し、
上演します。もしその戯曲が書かれているオリジナル言語をスコットランド人劇作
家が話せない場合は、できるだけよい結果を得るために原作者である海外の劇作家
をプロジェクトにしっかり巻き込むようにしています。
その一つの方法として行っているのが、私たちがホスト役を務めて双方の劇作家が
一定期間同じところに滞在する「レジデンシー」です。これは極めて重要な作業
で、「翻訳ドラマトゥルグ」としての役割を担う私と、オリジナル戯曲の劇作家、
英国内で上演するために英語で翻訳をするスコットランド人劇作家がともに仕事を
します。
私たちは戯曲の逐語的な翻訳の最初の段階、まさに言語的な翻訳の段階から双方の
劇作家とともに作業を進めます。この段階ではまだまだ粗訳で、戯曲の本体と同じ
6
ぐらいのメモ書き(脚注)でいっぱいになることもよくあります。この脚注がとて
も重要なもので、それを参考にしてスコットランド人劇作家がその翻訳に創造的な
解釈を見つけ出し、上演台本として決定稿を作り上げていきます。これはあくまで
オリジナル戯曲に忠実なものであって、スコットランド人劇作家が異なる方向に進
み、別の作品を作るということではありません。オリジナル戯曲のエッセンスを掴
み、単なる言語の意味においてのものではないそのエッセンス、つまり戯曲のスタ
イル、エネルギー、リズムを理解するということなのです。
例えば、現代戯曲では、スラングや罵り言葉といった口語的表現を登場人物が多用
しますが、これは極めて翻訳することの難しい表現です。私たちはオリジナル戯曲
の劇作家たちに、その言葉が芝居の中でどういう瞬間にどのような意図をもって発
せられ、どれほどのインパクトを与えているのかを尋ねます。彼らは、「その母親
はいつでも悪口雑言なのか」「彼女はどのぐらい強く罵り言葉を使ったか(軽いの
か、かなりショッキングなのか)」「それは彼女のキャラクターから外れた普通で
はない行動で、その場面での緊迫した何かの刺激を受けた結果なのか」といったこ
とを答えてくれます。それによって翻訳する劇作家は英語台本にどの言葉を使うか
選ぶことができますし、それがオリジナル戯曲の雰囲気に近づく選択になるので
す。
7
──どうやって海外の戯曲にぴったりの劇作家を見つけるのですか?
海外の劇作家に最も合うスコットランド人または英国人劇作家を決めることは、翻
訳作業の全プロセスの中でも最もエキサイティングな部分です。その海外戯曲をユ
ニークなものにしている雰囲気とエッセンスを、我々がいかに理解するかによって
選ぶ劇作家が変わってくるからです。
ですから、まず、翻訳したいと思う戯曲について、そのオリジナル言語の雰囲気と
特徴について熟考します。それから、戯曲の内容というよりも、その言葉の使い方
に最も相応しい劇作家を見つけます。もちろん、それはスコットランド人の劇作家
について熟知していなければできません。最新の例では、今年のエディンバラ・
フェスティバルで上演される『Strawberries in January』は、ケベック在住の劇作
家イヴリン・ドゥ・ラ・シュヌリエールの戯曲をスコットランド人の劇作家ロナ・
マンローが翻訳しました。粗訳を読んで作品を気に入ったロナは、モントリオール
に10日間滞在して、私とイヴリンとカナダ人のドラマトゥルグと一緒に注釈付きの
言語的翻訳作業を行いました。昨年、トラヴァースで翻訳草稿をともにしたリー
ディングを行い、台本を練り上げました。
2006年6月にトラヴァース・シアターで行
われたドラマ・リーディング「Japan in
Scotland Readings」の模様
──日本との交流にも積極的ですね。
私と日本とのつながりは2001年に始まりました。日本から入ってくる現代演劇にと
ても興味がありましたが、英国ではあまり取り上げられていないと感じていまし
た。日本劇作家協会で英語に翻訳されて出版された戯曲がいくつかあって、それが
日本の現代戯曲を知ることができる唯一のものでした。英国にやって来る歌舞伎な
どは見ていましたが、現代戯曲の劇作家とは接点がありませんでした。日本の現代
小説家や映画製作者との交流はあったので、優れた現代戯曲も日本にあるはずだと
思っていましたが、まったく交流がもてなくて少しがっかりしていました。
それで最初は本当に小さなことから始めました。2001年に鈴江俊郎さんの『髪をか
きあげる』をリーディングしたのです。私が演出しました。この時はすでに翻訳さ
れていた台本を使いましたが、すばらしい作品でした。ここでようやく日本の現代
演劇と、鈴江俊郎という劇作家と繋がることができ、これがプロジェクトの第一歩
になりました。ただ、十分な資金を準備できなかったので劇作家本人をトラヴァー
ス・シアターに呼ぶことはできませんでした。
その後、ロンドンのブッシュ・シアターが日本の現代戯曲のリーディング・シリー
*7
日本の現代戯曲のリーディング・シ
リーズ
2001年、英国における大型日本文化紹介行
ズ(*7)をやった時に、「髪をかきあげる」のリーディングをもう一度ブッシュ・
シアターで演出してもらえないかと依頼されました。そこで幸運にも鈴江さんに会
事「Japan2001」の公認行事として、ロン
うことができました。彼の作品との繋がりを強く感じましたし、彼がずば抜けた才
ドンのブッシュ・シアターで日本の現代戯
能を持つ劇作家であることもわかりました。それで私たちはPlaywrights in
曲4作品のリーディングを7月と12月の2回
にわたって実施。7月には、すでに翻訳され
Partnershipで鈴江さんの作品(『うれしい朝を木の下で』 A Happy Morning Under
ていた永井愛『時の物置』、鈴江俊郎「髪
a Tree)を本公演での上演を目標として翻訳することに決めたのです。アジアの言
をかきあげる」、12月には新たに翻訳され
語の翻訳はヨーロッパ言語よりはるかに難しいので、残念ながら何年もかかってい
た土田英生『その鉄塔に男たちはいるとい
う』、長谷川孝治『あの川に遠い窓』が
ます。
リーディングされた。
──それは文化の違いがあるからですか?
そういうことではありません。アジア言語を話す人が少ないからです。そのために
翻訳者の数も限られてきます。逐語翻訳のできる優秀な翻訳者をなんとか見つけて
劇作家と作業をしていったのですが、戯曲はとても曖昧だし、ある言葉を翻訳する
時には選択がつきものですから、優秀な翻訳者でさえ誤訳します。戯曲の翻訳で難
しいことのひとつは、わずかでも選択を誤ると間違った方向に行ってしまうという
8
ことです。ですから、オリジナル戯曲の劇作家がそこにいて「違う、違う、そうい
う意味ではありません」と言うことがとても重要なのです。
一行一行、一語一語の翻訳について議論を尽くすというのは、それは登場人物につ
いて掘り下げることであって、言葉をどう翻訳するかについてではないのです。そ
れはもう膨大な作業です。草稿を練り上げ、言葉の繊細さを正確に捉えるには長い
時間が必要になります。
鈴江さんとの良好で強い関係は、私たちと日本の劇場との交流に対する国際交流基
金のすばらしいサポートのおかげですが、これがきかっけとなり今では多くの日本
の劇作家との交流がはじまっています。2004年には、トラヴァース・シアターの芸
術監督であるフィリップ・ハワードと私、そしてスコットランド人劇作家のデイ
ヴィッド・ハロワーとニコラ・マッカートニーの4人で日本へ行き、世田谷パブ
リックシアターと伊丹のアイホールでリーディング上演を行い、さらに京都芸術セ
ンターでもトーク・セッションを行いました。3都市での仕事を通して、現代演劇
の数多くの若手の劇作家、経験豊かな劇作家たちに会うことができ、互いの仕事の
ことや、それぞれの国での仕事のシステム、芝居の稽古のこと、劇作家がおかれて
いる状況などについて多くのことを話しましたが、とても楽しい大きな経験となり
ました。互いの仕事について多くのことを詳細に学び、刺激し合う対話になったと
思います。
その後、日本から鈴江さんと松田正隆さんをトラヴァース・シアターに招き、彼ら
の英訳戯曲のリーディングをしました。それからは年に1度、アイホールでのス
*8
アイホールでのスコットランド戯曲の
リーディング
2004年からアイホールが連続して取り組ん
コットランド戯曲のリーディング(*8)に、その翻訳された戯曲の劇作家とともに
呼ばれるようになりました。戯曲はとても良く翻訳されていて、そのことがこの交
でいる、トラヴァース・シアターとの交流
流の成功の鍵になっていると思います。
事業「日英現代戯曲交流プロジェクト」。
今年は、さらに二人の劇作家、土田英生さんと岩崎正裕さんをスコットランドに招
毎年スコットランド戯曲を1作品選んで翻訳
し、関西の演出家と俳優とでリーディング
き、トラヴァース・シアターにレジデンシーとして滞在する形を試すことにしまし
公演を行っている。04年はデイヴィッド・
た。日本からプロデューサーも招き、トラヴァース・シアターのさまざまなセク
ハロワーの「雌鶏の中のナイフ」、05年は
ションのスタッフと会ってもらい、私たちの仕事について紹介するとともに、彼ら
グレゴリー・バークの「ガガーリン・ウェ
イ」、06年はロナ・マンローの「アイア
の仕事についても私たちに話してもらいました。私は、このプロデューサーのレジ
ン」がリーディングされた。劇作家本人を
デンシーというのはとても面白いものだと思っています。土田さんと岩崎さんには
アイホールに招き、ポストトークやシンポ
こちらの若手の劇作家たちにも会ってもらいました。彼らは日本の現代戯曲につい
ジウムも実施されている。次回は07年3月
てほとんど知識がなかったので、日本の演劇について聞くことができてとても楽し
を予定。
かったようです。リーディング公演と、日本の現代戯曲についてのパネル・ディス
カッションも行いました。こうしたレジデンシー型の取り組みはアーティスト同士
の双方向の対話もできて、最高の形の芸術交流だと思います。
もうひとつ言いたいのは、日本の劇作家との仕事をぜひとも続けていきたいという
ことです。その度ごとに大きなコストがかかるので、よく考えながらやらなければ
なりませんが、鈴江さんの作品は本公演として上演するところまで持っていきたい
と思っています。もっと多くの劇作家と仕事をするために、リーディングも続けて
いくつもりです。日本の劇作家たちの仕事は非常にクオリティの高いものです。私
たちの感覚にとても近かったり、時には全く違っていたりしていて、とても興味深
いものだと感じています。
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