映画「桐島、部活やめるってよ」

月刊ビデオα 2012 年 5 月号より抜粋
映画「桐島、部活やめるってよ」
日本初の試みとなる ARRIRAW 収録
Multicamlaboratory
渡邊 聡
映画「桐島、部活やめるってよ」は、ALEXA Plus
は残ったとは思うが、カメラマンとしての立場からの
とアストロデザイン製レコーダー HR-7502-A を使用
課題は、当たり前のことではあるが、自分のイメージ
し、ARRIRAW によって撮影された。ARRIRAW によ
を明確に保ち続けることである。
る本編収録は、日本初の試みである。
今回は恵まれた環境であったが、現状の撮影の準
カメラマンの近藤 龍人 氏は、当初 ARRIRAW 対応
備・仕上げ体制を考えると ARRIRAW のような自由度
のレコーダーが海外メーカーにしかなかったため、技
の高い素材は、そのデータの大きさゆえに、本データ
術サポート面の不安から映画制作での利用を躊躇して
と向き合える場所も時間も限られてくる。特に長期間
いた。しかし、昨年 10 月に開催された釜山国際映画
の撮影・長尺の作品であればなおのこと、短時間で狙
祭でアストロデザインの HR-7502-A が対応してること
ったルックを見つけなければならない。他にも課題は
を知り、翌月から始まる同映画の撮影で ARRIRAW の
あるが、自由を楽しむのも自由に翻弄されるのも、自
使用を決断したという。重い ARRIRAW データの処理
分次第であると感じた。
については、今後の課題として残るものの、すでに東
京現像所での試写も無事に終了している。
本稿では、その試写後に行われたミーティングで、
ARRIRAW データを扱う担当者の方々から非常に興味
深い話を聞くことができたのでレポートしたい。
「DM としての役割と展望」
オムニバス・ジャパン撮影センター
データマネージャー/テクニカルコーディネート 時任 賢三
映画「桐島、部活やめるってよ」は、撮影に ARRI
の ALEXA Plus を使用し、本編収録を ARRIRAW で行
「自分のイメージを明確に保ち続ける」
う国内初の作品となった。スタッフ全員が ARRIRAW
カメラマン 近藤 龍人
を作品で扱うことは初めてであり、進行や作業フロー
現場でのスピードアップや効率化は可能であった
での困難を予想しつつも、今後の撮影収録手法を確立
が、データの管理・保管・運用に関しては、より人と
するという点が、制作サイド&撮影部では強く意識さ
時間をようする結果となった。各パートで今後に課題
れていた。
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ビデオα 2012 年 5 月号
高知
輸送
一時保存用
HDD 2 T バイト
ALEXA Plus
HB-7503
<Trancefer>
HR-7502-A
<Recoder>
ARRIRAW
DPX
ProRes 4444/
ProRes 422HQ
SSD
removable
SxS PRO
メモリーカード
32G バイト
RED ONE MX
R3D
AJ-HPM110
<現場確認用>
AVC Intra50
CF カード
16G バイト
P2
メモリーカード
32G バイト
スタッフ
removable
日活編集部
東京
HB-7503
<Trancefer>
現地蓄積用
HDD 8 T バイト
SSD
MacBook Pro
高知
東京現像所
SSD
SSD
輸送用
HDD
1T バイト
作業用
HDD
Avid
現地蓄積用
HDD 8 T バイト
LUT 適用
+
MXF 変換
LUT 適用
+
MPEG4
汎用 HDD
1T バイト
DM 作業領域
バックアップ
終了後
SSD+HDD は
高知へ再輸送
輸送用
HDD
1T バイト
インポート
終了後
HDD は
東京現像所へ
再輸送
図1 映画「桐島、部活やめるってよ」フローチャート
また、ARRIRAW を初めとする大容量の撮影データ
材協力で参画し、ARRIRAW をデータ収録する SSD レ
管理者、いわゆるデータマネージャー(以下、DM)の
コーダー HR-7502-A と、記録用の SSD メディア 1.5T
役割を長期作品で担うことは、オムニバス・ジャパン
バイト× 6、さらにバックアップシステムとしてデー
として初である。DM としての長期作品での関わり方
タトランスファポート HB-7503 が現場に投入された。
(活動領域の確立)や、今後のフロー構築のノウハウ
そのほかの ALEXA Plus を含む撮影機材は、オムニバ
拡大に向けた意識を大きくもっての参加となった。
撮影期間は、2011 年 11 月 24 日〜 12 月 27 日。全編
高知県内ロケへの帯同で、撮影準備期間 11 月上旬よ
ス・ジャパンからの手配となっている(表 1)
。
■ DM としての役割
DM として活動した今回の作業役割は、下記 1 〜 6
り参加し、DI 作業が行われた 2012 年 2 月末まで、随
の内容となる。
所で関わる結果となった。ワークフローについては、
1 :撮影データのバックアップと素材のチェック
図 1 を参照していただきたい。
撮影機材に関しては、今回、アストロデザインが機
写真 1 ALEXA Plus とアストロデザイン HR-7502-A を組み合わ
せて使用し、ARRIRAW によって撮影された
Video Alpha May. 2012
撮影部が HR-7502-A での OK テイクを確認した後、
ARRIRAW の全テイクをバックアップ。そのままのデ
写真 2 吉田 大八 監督(右)と近藤 龍人 カメラマン(左)
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表 1 主要機材
・ ARRI ALEXA Plus Sup4.0
・ RED ONE MX(主に 2 倍以上のハイスピードシーンおよび B カ
メ対応)
・ ARRI-Ⅲ 16mm(特殊シーンのみ使用)
・アストロデザイン HR-7502-A(SSD レコーダー)
・ HR-7502-A 用記録メディア SSD × 6
・アストロデザイン HB-7503(データトランファーポート)
・ DM 用 MacBook Pro × 2 機
・データ保存用ストレージ 8T バイト× 4(RAID5 運用):現地保存
用マスター ・データ保存用ストレージ 2T バイト× 2 :現地一時保存用
・データ保存用ストレージ 1T バイト× 3 :東京現像所への運搬用
・データ保存用ストレージ 1T バイト× 1 :現地汎用
写真 3 監督用のモニターには P2 メモリーカードポータブルレ
コーダー AJ-HPM110 を使用
ータ形式でのコピーとベリファイ対応の 2 回を実施し
また Avid での編集用に変換した総容量は、ALEXA
た。ARRIRAW の画を確認する際は、ArriRaw Convertor
Plus の SxS メモリーカードからが 340G バイト(16:
と DaVinci Resolve Lite を、レスポンスなどを考慮しな
47:15:12)、RED ONE の CF カードからは 117G バイ
がら併用している。
ARRIRAW を含めた撮影データは以下の 4 種類とな
っている。
ト(03:58:00:22)となっている。
2 :素材表の作成
SSD と SxS メモリーカードの収録内容が同期してい
・ ARRIRAW(HR-7502-A の SSD メディア記録)
るかの確認と、収録素材の管理がポスト作業でも容易
・ ProRes 4444/422HQ(ALEXA Plus の SxS メモリー
になるような素材表を作成。
カード記録)
・ R3D(RED ONE MX の CF カード記録)
・ AVC-Intra50(AJ-HPM110 の P2 メモリーカード記録)
ちなみに、ARRIRAW 収録 SSD をバックアップした
3 :オフライン用ファイルの作成
今回の編集は Avid を使用することから、RAW ファ
イルに LUT 適用後の MXF ファイルを作成。
4 :現地確認用 QuickTime 素材の作成と配布
際の全容量は 16.1T バイト(16:43:46:04)。ALEXA
チェック用として P2 メモリーカードの素材(AVC-
Plus の SxS メモリーカードおよび RED ONE の CF カ
Intra50)も存在していたが、テスト回しも含まれるこ
ードで収録した全容量は、SxS メモリーカードが 2.1T
とと画質的側面から、OK テイクのみを演出の吉田氏、
バイト(16:47:15:12)、CF カードは 316G バイト
撮影の近藤氏にチェック用として MPEG4 圧縮し、
(03:58:00:22)である。
1280 × 720 の QuickTime を作成。OK テイクの確認用
写真 4 ARRIRAW のような自由度の
高い素材は、そのデータの大きさゆ
えに、本データと向き合える場所も
時間も限られてくる。特に長期間の
撮影・長尺の作品であればなおのこ
と、短時間で狙ったルックを見つけ
なければならない
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ビデオα 2012 年 5 月号
資料として、記録部とも連携を取った。
5 :収録機材のトラブル対応
クランクイン後、アストロデザイン HB-7503 に、
HDD 容量検知機能の過敏反応と、日付を跨ぐファイ
ルの指定選択作業での不具合が発生。しかし、現地よ
り東京のメーカー担当者と連携を取り、更新用ソフト
ウェアを送ってもらい対応した。クランクイン時点で
HB-7503 は、GUI も含めて未完成の機体であったので、
不測の事態はある程度想定しており、実際にトラブル
が起きてもアストロデザインの対応は迅速であり、影
響は最小限で済んだ。
6 : HDD 確保についての提案
クランクイン前は、撮影素材が膨大な容量になるこ
とが想定され、見込みが立てられない状況であったの
で、現地蓄積保存用の HDD を相当量確保する想定で
いたが、撮影クランクインの時期にタイで洪水被害が
「桐島、部活やめるってよ」 2012 年 8 月 11 日 全国公開
ストーリー(あらすじ):
早稲田大学在学中に小説家デビューし、第 22 回小説すばる
新人賞を受賞した朝井リョウの同名小説を、「腑抜けども、
悲しみの愛を見せろ」の吉田 大八 監督が映画化した青春群
像劇。田舎町の県立高校で映画部に所属する前田 涼也は、ク
ラスの中では静かで目立たない、最下層に位置する存在。監
督作品がコンクールで表彰されても、クラスメイトには相手
にしてもらえなかった。そんなある日、バレー部のキャプテ
ンを務める桐島が突然部活を辞めたことをきっかけに、各部
やクラスの人間関係に徐々に歪みが広がりはじめ、それまで
存在していた校内のヒエラルキーが崩壊していく。主人公・
前田役に神木隆之介が扮するほか、前田が憧れるバトミント
ン部のカスミを「告白」の橋本 愛、前田同様に目立たない存
在の吹奏楽部員・亜矢を大後 寿々花が演じる。
出演:神木 隆之介、橋本 愛、大後 寿々花 ほか
監督:吉田 大八
原作:朝井リョウ
脚本:喜安 浩平、吉田 大八
企画製作:日本テレビ放送網
配給:ショウゲート
オフィシャルサイト: http://kirishima-movie.com/index.html
c 朝井リョウ/集英社
c 2012「桐島」映画部 ○
○
発生。大手メーカーの HDD は、軒並み品不足と高騰
し続ける時期に重なってしまった。
結果として制作部が入手容易な市販の製品の候補を
■ DM としての現状と展望
撮影側とその後のポストプロ側では、素材をそのま
アテンド。その後も HDD の取り扱い店舗を捜索して
まではやり取りできないような状況が生じつつあり、
HDD の確保を手配した。容量的に不足が生じた場合
その間を取り持つ役割が必要になっている。撮影で扱
に改めて調達するという条件でスタートした。
われるファイルの把握、その後の工程で使用される機
写真 5 膨大な撮影データを現地で蓄積保存するための HDD
写真 6 東京と高知を行き来したデータストレージ
写真 7 HR-7502-A の記録用 SSD カートリッジ
を専用 PC にマウントしてデータコピー
Video Alpha May. 2012
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ク後に発送されている。
当社では、その送られてきた SSD と
HDD を当社所有のストレージにコピー
した。SSD のデータ形式は、今回使用
した HR-7502-A 専用であるため、アス
トロデザインから、データ読み取り用
のパソコンを借用することになった。
また、バックアップ用の SxS メモリ
ーカードデータと現場で SxS メモリー
カードデータからリニアにカラコレさ
れたデータも同時に送られてきたので、
リニアに変換されたデータは編集部用
に使用。オフラインを担当する日活編
写真 8 六川 圭一 氏が Pablo によるグレーディングを行った
集部には、時任さんが MXF ファイルに
材、ソフトウェアの情報を把握して整理する技術的な
役割は、今後ますます必要と思われる。
また撮影機材が PC 化し、多種多様で更新が早くな
っているが、ポストプロ側の編集、カラーグレーディ
ング機器は、安定度優先で更新が追いつかないという
現状に直面している。
今回の撮影に参加してテスト撮影・テストピース作
変換して送ってくれたので大変助かった。
今回は、1 つの作品データから、
1 : SSD のオリジナル撮影データ→当社ストレージに
コピー
2 : SxS メモリーカードデータからの HDD にコピー
されたデータ(もしものときのバックアップ用)→
当社ストレージにコピー
成などの準備期間から、撮影部、機材メーカー、DI
3 : SxS メモリーカードデータからリニア変換された
チームとのコミュニケーションを密に図ることで撮影
データ。オフライン編集用(撮影現場で MXF に変換
から仕上げまでの工程への素材管理と、そのワークフ
されたデータ)→当社ストレージ及び日活編集部用
ロー構築に貢献できたのは大きな収穫と感じている。
にコピー
長尺の ARRIRAW 素材を扱う部分では手探りの部分
の 3 種類のデータをコピーした。そのほか、一部には
も多く、データの保全という点で必要以上な安全策と
RED ONE で 2 カメ撮影や HS 撮影があり、これもコ
時間を取った。また一貫した色の管理方法の確立も急
ピーしている。
務であることも強く感じた。
本編作業は、Quantel Pablo でコンフォームおよび
オムニバス・ジャパンが考える今後の DM の役割
グレーディングを作業。全編非圧縮の ARRIRAW での
は、
ファイルベースへと撮影収録方法の移行が進む中、
作業工程は初めてであり、ALEXA Plus の ARRIRAW
その各種多様なコーデックの取捨選択、撮影とその後
は 3K データのため、Pablo での作業を 2K データで行
の工程を円滑に進行させるワークフロー構築まで作品
うリサイズ作業のレンダーに、どのくらいの時間がか
全体の中核となる「パイプライン」としてポジション
かるか不明であった。
を確立することであると感じた。
カメラテストの段階から、Pablo で現像およびリサ
イズ作業を同時に行うことにより、画質的に良い結果
「Pablo によるコンフォームとグレーディング」
が得られていたので、Pablo を選択したのだが、実際
東京現像所 映像本部映像部 井出 義雄
に作業を行って見ると、現像時間が実時間の約 12 倍
撮影されたデータは、DM の時任 氏によって 2 〜3
日おきに、オリジナル SSD メディアの ARRIRAW デー
の時間を要し、カラコレの作業時間も 1 日約 10 時間
平均で 6 日間行うこととなった。
タと、バックアップおよびオフライン用に使用するた
本原稿の執筆時点では、DCP データのみでの初号
めの SxS メモリーカードデータも同時に HDD にコピ
試写を行っていないが、現在の劇場試写は全館が
ーされ、宅配便で送られてきた。もちろん、
DLP 上映ではないため、4 月以降にフィルム上映用に
ARRIRAW データと SxS メモリーカードデータは、撮
ARRI レーザーでのフィルムレコーディング作業での
影現場に用意した HDD にコピーされ、データチェッ
初号試写を予定している。
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ビデオα 2012 年 5 月号