ドバイへの許し - ガレネット株式会社 Garenet

networker さん
ネットワークエンジニアを生きる
「ドバイへの許し」
とある年の冬、あるインフラ技術者が異国へ旅立った。
ドバイと呼ばれる呪われた悲劇の町である。
後に IT 業界では、ドバイの悲劇と呼ばれ語り継がれる。
目的は、当然観光だということにしておく。
ドバイ一の観光名所で知られるシスコシステムズに行くことである。
ついでにそこで実施されるラボ試験も受けてこようと思う。
だが、ドバイへ行ったという人の話はほとんど聞かない。
また、ドバイで実施されているラボ試験は、R&S と Security であり、
現在は新宿で受験可能であるため行く人もまずいないと思われる。
ちなみにこのときは、日本で CCIE Security を受けることはできなかった。
前置きはこのくらいにして
とにかく冬のある日、男は旅立った。
ドバイという国をご存知だろうか。
基本情報はこちらだ。
http://www.dxb123.com/info/overview01.html
ホテルで勉強しなくてはならないので電気の変換プラグは必須である。
ドバイへのフライトだが、私の場合は以下のフライトだった。
関空での乗り換えである。
旅 程
行き
行き
帰り
帰り
JL1319
普通席
出発 2040
羽田(東京国際空港)
到着 2200
関西国際空港
座席番号
16A
JL5099
出発 2315
関西国際空港
到着 0605+1(翌日)
ドバイ空港
JL5090
出発 0250
ドバイ空港
到着 1640
関西国際空港
JL1316
普通席
出発 1830
関西国際空港
到着 1940
羽田(東京国際空港)
座席番号
3A
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仕事があるので、試験終了と共に空港へ行き、
その夜のフライトで日本に帰るスケジュールとした。
機内も入れて 4 泊のスケジュールだった。
羽田に着くと、関空行きの便は満席だった。
関空へついて乗り継ぎそのままドバイへ
空港に到着
両替をしてホテルに向かった。
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ここでトラブル発生。バスを利用してホテルの近くのバス停で降りてと
考えていたが、ホテルから相当距離のあるバス停で降りてしまい
結局 1 時間 30 分ぐらい歩く羽目になった。
地図片手に歩いているのだが、基本的に車での移動が前提となる
街なので距離感が不明。
またバスでの移動も慣れてないと非常に難しい。
タクシーかレンタカーという感じの街である。
宿泊したホテルだが、安ホテルは得体が知れないので
安全性を考えるとそこそこのホテルになる。
ある程度有名で割安なホテルは満室で取れなかった。
よって 5 つ星のホテルに泊まることになる。
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その中でなるべく安いホテルにしたところ結果
Dusit Dubai
に宿泊することになった。
いままで宿泊したホテルの中でもトップクラスで良いホテルだった。
機内 2 泊なので、ホテルには 2 泊泊まった。
結局、食事以外はどこも出かけないで勉強することになった。
ホテル内だが、インターネットは無線 LAN が使用できた。
ロビーの無線 LAN は無償で使うことができた。
VPN も利用可能だった。
部屋の中のインターネット接続は、有償で高額だったので
CCO へのアクセスとメールチェックのために、
ロビーに行き、保存し終わったら部屋にもどるというようなことをした。
お金の節約である。
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以下が部屋の風景である。
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さて、そろそろ飯の話をしなくてはならない。
かつて、この男は死ドニーでえらい目にあっている。
よって異国での食事には相当な警戒心を持っているのだった。
ホテルは目の前が大きな道路である。2 車線が 2 重になっているような
大きな道路で渡れない。
他の国ならば、地下トンネルみたいなものを掘って
渡れるような気がするが、この国はほとんど歩行者のことを考えてない。
基本的に車社会である。
ずいぶんと歩いた後、車のロータリーみたいなのがあるのでそこを
渡って向こう側に行く。
基本的に歩行者用ではない。
街の風景である。
さて、飯である。
一発目、目にとまったのはこいつだ。
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過去の経験から言ってこういう店には入ってはならない。
鉄則である。腐れ日本食が出てくるに違いない。
よって却下した。
二発目がこれである。
過去の経験から言ってこういう店には入ってはならない。
鉄則である。腐れ日本食が出てくるに違いない。
よって却下した。
しばらく歩いて、ここは手堅いだろうというアメリカンレストランで
サーモンを食べた。
結論を言おう。当たりである。
初戦、幸先の良い勝利だった。
普通に美味しかった。
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その後、ホテルに戻って勉強をするのだった。
カリスマ兵頭さんから伝授された書籍と
恒例の合格祈願の富士山である。
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ちょうど、この国を訪れた時はクリスマスシーズンだった。
当然お国柄、雪など降るわけもない。
どう考えても、宗教的にもサンタが来るようには思えない。
しかしながら、このようなものが。
まあ、余談である。
さて、そろそろ夕飯の話をしなくてはならない。
観光に来たのだから、飯ぐらいちゃんと食わないと。
2 戦目である。
1 戦目で手堅く勝利できたので、
ここはいっちょ冒険してみようということになった。
勝手に自分で決めた。
サウジアラビア料理である。
まず、一品目
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豆のスープである。当たりである。
美味しかった。
二品目
サラダというか、生野菜だ。塩かけて食べる。
はっきり言って何これ?という感じだった。最悪。
三品目
メインである。焼いた魚がのっているピラフみたいな料理
今までの人生で一度も食べたことのない味だった。
しかしながら、当たりである。美味しかった。
どうにか夕食もお腹を壊さずにすんだのだった。
主よ感謝します。
アーメン。
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さてやれることはやった。
ホテルに引きこもり、
ひたすら復習をした。
あとは行くだけである。
ドバイの試験に関してだが、
開始が 7 時 30 分である。
えらい早い。
Dusit Dubai からタクシーで 30 分ぐらいだと
ホテルのフロントで聞いた。
ホテルも Sheikh Zayed Road 沿いにある。
しかし、こいつは大道路であり、
ものすごい長い。
よってけっこうな距離である。
事前にネットで印刷した地図と住所をもとに
ホテルで呼んでもらったタクシーの運転手に
この場所わかるか?と確認した。
わかるとあっさり答えたので、では出発しようとタクシーに乗った。
6 時ぐらいに出発したのだった。
結論を言おう。タクシーの運転手は嘘をついた。
こいつは全くわかってない。
Dubai Internet City
http://www.dubaiinternetcity.com/
というのはある種迷路のようである。
同じようなビルがいくつもあって番号が振られている。
ドバイのシスコは、10 番ビルだが
運転手はこのビルを見つけることができなくてグルグル回りだした。
ピンチである。かなりあせってきた。
以前紹介したが、私の特技は酔っ払った時とピンチの時に英語が
流暢に話せるようになることだ。それが今である。
ぶちきれた。なんて英語で言ったか思い出せないが
パンクロック級のクレームをあげた。
もしかしたら出だしはこうだったかもしれない。
What are you doing NOW ?????!!!!!
運転手はびびったらしく料金メータをとめて
申し訳なさそうに注意深く確認しながら運転しはじめた。
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結果 30 分でつく予定だったのに
ビルには、7時15分ぐらいについた。ギリギリである。
ともあれ、ここがドバイ一の観光名所
シスコである。
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タクシーのおかげでかなり精神的に動揺してしまった。
なんとかギリギリ試験会場に到着である。
ここからは、写真撮影の許可もないし
守秘義務にふれるとまずいので
詳しくは書けないが、なぜか試験会場に
卓球台があった。
いったい誰が卓球するんだろうか。
こんな試験会場は初めてだ。
プロクターだが、私が持参した書籍
CCIE Security Practice Lab の著者である
yusuf Bhaiji さんである。
とりあえず、
「ファンなんです。よろしくお願いします。」と挨拶する。
試験終了後だが握手してもらって
書籍にサインをしてもらった。
直筆サイン入りの書籍になった。
さて、観光に来たので飯の話をしよう。
飯は、隣のビルのカフェにプロクターに連れられて食べに行く。
カフェのメニューで好きなものをオーダーできる。
もちろん、支払いはシスコ社である。
私は試験のことが気にかかって仕方なく
何も考えず、サンドイッチをオーダーした。
今思い返せば注意深くメニューを見て一番高いものを
オーダすれば良かったのかもしれない。
姑息な考えだが、高い受験料を少しでも回収するのだ。
しかし、今さらそんなことを思ってみても
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後の祭りである。
ちなみに味は普通だった。
試験は、難しく苦戦した。
問題の意味が不明確なところを質問すると
本当にわかりやすい説明をしてくれた。
セキュリティに関しては、書籍の著者だけあって
すばらしいプロクターである。
全力で戦いかなり疲労した。
試験終了後、ビルの外にでるとけっこうタクシーがいる。
さすがにこの近辺移動の手段は車しかないからだろう。
タクシーでそのまま空港に向かった。
道は大渋滞で 1 時間以上かかって空港に着いた。
空港で食事をして日本へフライトである。
試験結果は説明するまでもなく
fail である。
試験終了時点で予感していたので納得はしたが
ものすごいエネルギーをかけてやっていたので
がっかりした。
この時、私は思った。
もうこれで海外受験は終わりにしようと。
もう年齢的にも限界である。腰痛肩こりの猛威が
私の肉体を蝕んでいる。
きっと、今後は TOMO さんが、RTP や Sao Paulo など
世界のラボ試験会場を制覇してくれることだろう。
これからは、技術だけでなくてプロジェクトマネージメント
などマネージメント系に進まなくてはならない。
昔のように、俺なら世界のどこだって行ける。
そこが、エルサレムだろうとも、アフガニスタンだろうとも
戦っていけるというような根拠のない思い込みももうない。
若気の至りである。
networker は海外受験に参戦したエンジニアの一人だった。
この物語はここまでである。
実は、だいぶ前にこの物語は一度完成したのだが、
リリース直前にすべて破棄してしまった。
なぜか?
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おそらく、大滝詠一が EACH TIME を作成していたときと
同様の感情だったのではないだろうか。
EACH TIME を知らない人はこちらを参照
http://ja.wikipedia.org/wiki/EACH_TIME
なぜ今になって突如公開したかについてだが、
端的に表現すると、次のようなフレーズになる。
「若すぎて何だか分からなかったことが
リアルに感じてしまうこの頃さ」が理由である。
最後、この物語の主題歌から引用して終わりたいと思う。
http://www.moto.co.jp/works/songs/Someday.html
Happiness & Rest
約束してくれた君
だからもう一度あきらめないで
CCIE に合格するその時まで
SOMEDAY
では、みなさん
またどこかで!
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