甲1号証 - mi

甲1号証
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甲4号証
平成 26 年 10 月 7 日
福岡高等裁判所長官 安井久治
殿
氏名
住所
電話
Fax
岩崎 信
宮崎県延岡市北川町長井 4940
050-5891-5084
0985-68-3032
特別送達費用の濫費について
国民本位、当事者本意の事務取扱方法に改善されるべく、下級裁判所事務処理規則 21 条の
規定により、意見を提出します。
平成 26 年 9 月 30 日、福岡高等裁判所宮崎支部から 4 通の特別送達が同じ宛先に配送され
ました。1 通の封筒には 1082 円の切手が貼られています。4 通で 4328 円です。
4 通のうち、2 通は同一の書記官名によるものです。
事件ごとに別々の封筒で特別送達しなければならない、という規則はありませんでした。別々の
封筒で特別送達しなければならない特別な理由がありましたらお知らせください。同一人物に届
けるという目的が達せられればよいはずです。
4 通の小封筒をまとめて一つの大封筒に入れて送れば、1082~1140 円です。
差額の 3180 円が浪費されています。
一般人が容易に察することのできる安価な送達方法を取らなかったことは、信義則違反であり、
公序良俗違反であり、加害行為となります。
民法 1 条、民訴法 2 条違反です。
憲法 29 条 1 項の規定に反して、不当に当事者の財産権が侵されています。
裁判費用の高額化により、国民の裁判を求める権理が抑圧されています。
合理的な最小限の費用による裁判手続きが妨げられることは、最小費用裁判手続選択義務違
反であり、憲法 32 条、市民的政治的権理国際規約 14 条違反です。
国民本位、当事者本意の事務取扱方法への改善を求めます。
9 月 3 日にも 3 通の特別送達が同時に届いています。
下級裁判所事務処理規則 第 21 条 高等裁判所長官、地方裁判所長及び家庭裁判所長は、所属の裁
判所の監督に服する裁判所職員に対し、事務の取扱及び行状について注意を与えることができる。
関連事件番号:
平成 26 年(ラク)第 34 号
平成 26 年(ラク)第 35 号
平成 26 年(行セ)第 5 号
平成 26 年(行ハ)第 2 号
書記官
書記官
書記官
書記官
長島宏哉
長島宏哉
新原康伸
勝田裕子
通知書
通知書
通知書
決定書 追徴納付書まで送付しています。
以上
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.
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う事実も改めて確認しておいてよかろう。
甲11号証
制度の意義は、人間性について配慮しなければならない訴訟で発揮される
ことが強調されている(例、刑事事件、原発など大規模訴訟、兵役拒否訴訟)。
専門的名誉職裁判官制度(特に、労働・社会・商事・職業裁判権)の高い評
価も同様に注目に値する o
制度の効用は、その時々の民度に左右される。社会の現状に応じた程度の
第 7章行政事件からみた親切な
機能しか期待できない。それにもかかわらず、名誉職裁判官制度は、職業裁
訴訟
判官の側の対応姿勢に大きく依存していることが示された。その姿勢も改善
の途にあるようにみえる。 6
0年代後半の状況と異なり、最大の裁判官・検察
官組織であるドイツ裁判官連盟が最近の機関誌で名誉職裁判官制度の意義を
評価し、その機能を向上させようとする記事を載せ 117)、裁判官集団の中で 3
割の支持率をもっ裁判官組合が名誉職裁判官の参加の強化を政策目標として
7
1頁)ことが 1つの手がかりである。
いる(本書1
名誉職裁判官の機能は時代と社会状況と事件の種類により同一ではない。
本書のここまでの記述の限りでいえば、現時点のわが国においてはまことに
プリミティヴなレベルで司法への市民参加が必要とされるようである。不信
に起因する「監視・統制」の段階であるというと言い過ぎであろうか。
1
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310
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1 本章の課題と方法
(l)日本の行政訴訟の現状
この章では、序章で提起した本稿の直接の動機に立ち帰って、日本の行政
訴訟のあり方を探る素材として、西ドイツの裁判実務をみよう。「関かれた J
裁判所と「行動する」裁判官を論じたあと残されていた「親切な」裁判所の
紹介でもある。日本における西ドイツ行政訴訟のイメージは、教科書風にい
えば、「大陸行政法jに属し、官僚出身の裁判官からなる内務省系統の行政裁
判所が、行政監督的発想にたって裁判を行い、それ故に義務づけ訴訟や執行
停止・仮処分も容易に認められるというものではなかろうか。確かに、訴訟
法上の諸制度には第二次大戦前から引き継がれたものが多い。しかし古き皮
袋に新しき酒がもられていることも少なくない。筆者の印象によれば、日本
の行政訴訟が「訴訟Jであれば同国の行政系訴訟(行政・財政・社会の各訴
訟と労働訴訟のうちの公務員関係訴訟)は訴訟ではなく、西ドイツの実務が
「訴訟Jであれば日本のそれは訴訟とは言えないほどに異なったものである。
ところで、わが国の現在の判例理論が認める原告適格や仮の救済の範囲は
)
部分的に戦前より狭いことが指摘されている I。
戦後の行政訴訟統計を{グラフ]で見ると次のような興味深い事実が現れ
る。第 lは、戦前の行政裁判との比較である。人口が現在の 4分の lから 3
分の l程度であった明治時代と今日とを訴訟の絶対数で比較することは必ず
しも適切ではなし」そこで戦前の行政裁判所の新受件数と戦後の地方裁判所
闘鶏(裁判官と傍聴者は、武器の対等を前提にして行わ
れる闘争を見るだけである。消極的裁判官を皮肉る)
行政訴訟新受件数を人口 1
0
0万人当りで比較すると、戦後は戦前の 2倍程度に
<Heinisch.」J
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すぎないのであり、しかも最近に至って減少傾向にある。戦前の行政裁判所
は自ら「行政処分は実に多種多様なので、出訴を許されているのは僅かにそ
の一小部分に過ぎないのであります J
と述べていたが2)'出訴事項の制限、東
京への人口集中の度合、交通事情などを考慮すると当時においては現在の数
倍どころか 1
0倍以上の行政訴訟が提起されていたと考えてよかろう。第 2に
、
戦後における人権相談件数や行政相談件数との比較である。これらの相談は
1
) 参照、南博方『司法と行政j公法研究4
6
号 (
1
9
8
4
) 9頁以下、安念潤司「取消訴訟における原告適絡の
情造( 2)J 国家学会雑誌9
8巻 5
.
6
号 (
1
9
8
5
)6
9頁以下、遠藤博也『行政法スケッチ J (
1
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)3
1
2頁
。
2)行政裁判所『行政放判所五十年史 J (
1
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0頁
。
行政事件からみた親切な訴船
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出所:日本の人口は、総務庁統計局監修 f
人口統計総覧J(
1
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5)、各年 f
国勢調査報告j
、1
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8
年人口につい
ては総務庁統計局 f
平成元年 2
月人口推計月報jに お 。
q沼⑬戦前の統計に関しては、行政裁判所『行政裁判所五十年史J(
1
9
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1
)末尾統計、戦後の新受件叡
9
4
7
∼5
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年分は、法曹時報 3
巷!日号叩3
頁
、 1
0
5
頁
。
や本案処理の態僚については以下の資料による。 1
1
9
5
1年分統計は憲高裁事務総局統計課より直後入手。 1
9
5
2
年以降分については、司法統計年報
袋詰~l~t!~~~~~;年分までは最高蹴加も本書綬了時点までに発見できなかった。 1952
1
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6
8
∼6
9
年の執行停止に関しては愚高裁事務総局 f
昭
和4
3・4
4
年度行政訴訟年鑑j
、1
9
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0
∼7
2
年については法曹時報2
6
巻3
号 (
1
9
7
4
、
) 7
3∼ 8
8
年については
∼6
7
年については司法統計年報各年版による。
6
巻以降の各巻(掲般号はまちまち)による。
法曹時報2
⑤総務庁行政監察局調べ(直銭入手)。
@法務省人権媛纏局調べ(直銭入手)。
(
図 3) 日本の行政訴訟の変遷
一貫して増加しているが、行政訴訟事件に関しては 6
0年代の増加傾向が6
0年
3
0
代末より減少の方向に転換している。
次に、認容率の問題である。戦前の一部認、容を含む原告勝訴率は 23%であ
2
0
9
5
2年から 6
1年の 1
0年間の判決総数に
つた九これに対して、戦後は、伊jえば 1
1
0
おける認、容率は 31.4%であつたのに対して、 1
9
7
5年より低下傾向に入り、 1
9
7
9
年カ亙ら 8
8年の 1
0年問のそれは一部認容を含めても 1
0
.
もそれは地裁 1審での勝訴率であつて、原告勝訴事案で国が控訴する場合の
(
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)(
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)
逆転率は 1
9
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2年から 1
9
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6年の 5年間にあっては、 80.8%にも及ぶことへおよ
3
)和田英夫「行政裁判(法体制確立期) J鱒飼信成(他)編『誘座日本近代発達史 3J(
1
9
5
8
)1
3
4頁、宮崎
ぴ上告審での原告勝訴はきわめて稀であることを考慮すると、原告勝訴事件
)J社会科学研究2
3
巻5
・
6
号 (
1
9
7
:)別頁参照。
良夫「行政国家における営業の自由( 2
4)最高裁判所事務総局『司法統計年報』の統計項目は数度の変遣をとげている。一貫した数値を るため
に、判決で終了した毒事件を対席・欠席を問わず認容(一部認容を含む)、棄却、却下に分け、民訴法2
0
2条の
却下と「その他Jを「却下Jに含めて計算した。「その他j として分類された判決は、厳密寸こは却下には入ら
は最終的には戦前の数分の l以下であろうと推測される。事件数は、特異な
m
年を例外とすると、 7
0年頃から減少し始めているのに対して、認容率は 7
5年
頃から低下し始める。これはおそらく裁判官人事政策との関係で理解される
ないが、事件数がきわめてわずかであるため、大勢にはまったく影瞥はない。
5
)法務省(民事・ 2
公務・人権)統計年報を基礎とする大阪弁護士会作成資料 (
1
9
8
8
)1
2
頁による。 1
9
8
7
年
の既済事件統計によれば、国が鐙訴した行政・税務事件において国は 1
0
0
%(5件)逆転勝訴し、被控訴人と
しては 1
3
7
件中 1
3
5
件( 9
8・5%)勝訴している(『第 1
0
1法務省(民家・訟務・人権)統計年報 I (昭和6
2
年
)J
ことであろう。また、認容率の低下は理論的には却下率の上昇を意味するも
0年頃から却下率が上昇し、認容率と入れ替わっている。第 4
のではない。 7
1
2
7頁)。
行政事件からみた親切な訴訟
314 第 7章
21/125
315
司司司『
に、仮の救済である執行停止の認容数は、現行法が施行された途端、そのあ
一
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雪
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づけ訴訟J
などを含めてこれらのテーマに関する判例理論は、「裁判官の独立J
0年代後半には改善が見られ
まりに厳格な執行停止要件のために激減した。 6
が現実にも保障されているならば、人間的な心をもった健全な裁判官によっ
9
7
0年頃までと比べて
たが、近時著しく停止数は減っている。いずれにせよ 1
てさほどの困難なしに創造され展開されうるものと考えている。決して精徽
全くの様変わりがみられるのである。なお、日本の訴訟統計は管理的観点が
な学説があって初めて新しい判例理論が生まれるものではない。裁判官のお
強く出ており、国民の「仮の権利保護Jの側面に対する関心は、意識的なも
かれた環境と彼らの意識こそが判例法の展開にとって決定的な意味をもつで
のかどうか定かではないが、低いように思われる J
あろう。本章での記述にあたって留意されたのは、以下の諸点である口
*西ドイツの行政系訴訟の統計では、仮の権利保護は大きなスペースをとって
第 1は、訴訟手続法の存在理由についての考え方である D 訴訟手続規定は
扱われている。わが国では、理由は明らかではないが、この点に対する配慮は著
9
6
9年1
2月以降に刊行された 1
9
6
8年版の最高裁事務総局『司法
しく劣っている。 1
それ自体として一定のイデオロギー性をもつが、その運用も独自のイデオロ
統計年報j以降の各年の年報においては行政事件訴訟の執行停止の統計と各裁判
ギー性をもつ D 本稿では論証を避けるが、日本の現役裁判官の行政訴訟手続
所ごとの認容・棄却・却下の統計は掲載されていない。現在では同曹の雑件統計
法に関する論調が6
0年代末以降大きく変わってきた。これと比較して、西ド
欄に執行停止申立件数が記載されているにとどまる。統計項目選択基準を定める
イツの裁判官は訴訟手続法の意義をどう理解しているのか、あるいは彼らの
思想の分析も重要であろう。
理解がどのように変遷してきたのかは興味深い関心事でありうる。第 2に
0
0倍以上の
さて、同一人口あたりでは、西ドイツでは日本の行政事件数の 7
本草で紹介する西ドイツの判決・決定がとりわけ 6
0年代末から好ましい意味
行政系訴訟が提起されている。この数字の違いは「訴訟好き」な国民性では
で変わってきたことに留意してそれらの時期に注目したい。もっとも、本章
十分な説明ができず、訴訟そのものが本質的に違うことを意味しよう。本書
で扱う種々の論点のすべてが、「内からの司法改革Jの一環として登場した
ではそのことを体系的かつ歴史的に展開する余裕はない。そこで本章におい
もしくは改善されたと言うものではない。親切な訴訟を担保する制度や理論
ては、学説や法理論の比較以前に知られてよい西ドイツの「訴訟Jのイメー
には第二次世界大戦以前からの伝統的なものや、戦後改革の中で早い時期ー
ジ、進行過程ならびに雰閤気、および裁判官の訴訟手続観をとりあげるにと
もたらされたものもあろう。ただそれらの一つ一つについて十分に検証する
どめたい。この章でも、学術論文に求められる作法から逸脱をすることとな
時間はなかった c 第 3は、各行政領域にふさわしい訴訟手続を創造する必要
るが、インタヴュ一等で得られた情報を中心としてスケッチが描かれるにす
がある、という観点である。この点で西ドイツの行政系 3訴訟法、さらには
ぎない。以下、次節以降において「親切な J訴訟を、とりわけ西ドイツ基本
公務員の相当大きな部分をしめる非官吏のための労働訴訟の存在はヒントを
法のもとで保障された救済の「実効性の保障Jと救済手続における「法的聴
与える可能性をもつ o 第 4に、行政訴訟に関する論文やテキスト類において
聞の保障」という観点 6lから説明するが、その前に次項で本章における留意事
通常言及されることの少ない手続規定や手続原則の意義や役割、その運用の
項を記し、第 3項では西ドイツの裁判所の実務の 1つの極致を示す若干の事
現状にも注目しよう。この点では特に口頭弁論実務の諸原則がいかなるもの
例を紹介しておきたい九
か 切 る 必 要 が あ る 。 第 5に、日本の現行行訴法が西ドイツの行政裁判所法
を参考として作られたとか、あるいはそれに近い表現がされることが多いが、
(2)裁判官の裁判観
それは果して実証を経た言辞であるかどうかを吟味する必要がある。ただし、
0年代・ 8
0年代の行政訴訟法の議論は、「処分性j と「訴えの利益J
日本の 7
この最後の点に本稿では立ち入る余裕はない九
に集中した。筆者はそれ自体の重要性を事も否定するものではないが、「義務
7)本章のテーマ全体に関わる拙稿として、木佐「わが国の民事・行政訴E
公を考えるー西ドイツの制度・
実務と比較して J自由と正義4
0巻 8号 0
989) 1
0頁以下を参照。
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8)筆者による日本の行訴法制定関係者とのインタヴユーの結論と、西ドイツ法の調査結果を先取りして言
えば、日本法は行政裁判所法の迎用の精神を学ばなかった ζ とはもとより そもそも行訴法制定時にすら西
ドイツ現行行政裁判所法とは全く異質なものとして出発したと断定せざるら得ないようである。
316 第 7章
行政事件からみた親切な訴訟
22/125
317
司
守
[
8
2
] ミュンヘン行政裁判所長官(現連邦行政裁
②西ドイツの行政系訴訟における仮の救済の統計についてはすでに言及し
判所裁判官) Weh「|(同長官室)。
6頁)、日本の最近 5年間( 1
9
8
4
8
8)の年平均5
.
8件の執行停止数
たが(本書4
と控え目に算出した西ドイツの 3万数千件( 1
9
8
4年)とを、 2倍の人口差を
考慮、して実質的に比較すると、西ドイツでは l万倍以上の仮の救済が認めら
れていることになる。しかもこの統計にはいまだ社会裁判権や財政裁判権の
統計は含まれていない。実務をみると、行政不服審査の申立時に、または出
訴後にあっても裁判所による決定の形をとらずに大量の仮の権利保護が行わ
れている。このような実例を 2つだけあげておこう。
(3)西ドイツの行政訴訟の象徴的な事例
(a)西ドイツの行政裁判所法では審査請求または出訴に伴い行政処分が原
日独両国の行政訴訟は何から何まで異なっていると言えるほど大きな違い
則として執行停止されることは日本でも周知のことである。その例外は財政
がある。 2つの象徴的な例をあげておこう。
裁判所法の規定である。同法によると租税関係処分には執行不停止原則がと
l
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rは次
第 1は、訴訟の経過そのものである。裁判官を兼職する教授 K
られ、行政庁および裁判所による裁量的執行停止制度が採用されているが、
のように言う。「行政庁が建築確認の拒否をした。自分はこの拒否決定を争い
日本の執行停止要件を満たすような事案では停止をすべきもの( S
o
l
l規定)
たいと裁判所に手紙( B
r
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f)を書く。裁判官は、あなたの意志はこうですね、
とされている。すなわち、処分の適法’性に重大な疑いがあるとき、または執
と尋ねて義務づけ訴訟であることを確認し、調書に記入する。今日では訴状
行が被処分者に対し優越する公益がないにもかかわわらず不当な厳しさをも
はきわめて簡単に書かれている J
。
6
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IFGO)には、執行が停止される。処分の適法性に重大
たらすとき( §
西ドイツでは分厚い訴訟書式集が売られている。ある書式集”では、行政争
訟に関しては、不服審査、取消訴訟などのほか仮の権利保護や第三者効のあ
な疑いがなく、被処分者に不当な影響がない場合にも、執行停止は可能であ
る川。
3書式、財政争訟については 3
0書式、社会訴訟に
る行政行為の争訟書式まで4
ハンプルク市(州)(人口 1
6
0万人強)を例にとって実務をみると 8
7年現在
5
書式があげられている。これほど定型化されたものがあっても、
ついては 2
0
0
0件弱が執行停止され、その総額は 5億5
8
0
0万マルク(約4
5
0億円)
で 1万3
市民の書く訴状は自由な形式のものでよいのである。
7年分についてみると全税収の 2.93%が執行停止されている。執行
であり、 8
第 2は、仮の権利保護である。
停止申立事件として裁判所に来るのは、行政庁が当然に停止しなかった複雑
ミュンへン行政裁判所長官(現連邦行政裁判所判事) Wehrl [写真8
1]は
な事件のみである o,.適法性に関する「重大な疑い Jという要件は容易に充足
言う。手紙・葉書もしくは口頭で「仮の権利保護をお願いします。私の意図
される。行政庁と裁判所の実務においては、「通常は、納税義務者が自分の法
通りに決定して下さい J
。これで申立としては十分である。通常は執行停止が
解釈を支える財政裁判所の判例または重要と考えられる学説を指摘すれば行
認められる。しかし官庁が即時執行をお願いするといい、これが認められる
政に執行停止を求めるに十分であり、非常に多くのケースでは行政庁により
こともある。このケースは行政裁判所法8
0条の執行停止事件ということにな
停止される」[Grotheer]。そして裁判所で仮の救済が申し立てられる場合で
る。他方、「冬ですが靴もマントも買えません。雪が降っています。どうにか
も、裁判官が申立書をみて、明らかに執行停止要件に該当するものは、電話
して下さい」。これに対して決定が下されれば1
2
3条の仮命令の事案だったの
をかけて停止させるのであり、訴訟になるような事件ではほとんど全ての手
である[ Wehrl]。国民による仮の権利保護の申立ては、 8
0条と 1
2
3条のいずれ
続が停止されている[ Grotheer]とのことである。
①
の申立てとしても解釈される。このことについては後に触れよう。
1
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) Tipke/Kruse, A
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318 第 7章
行政事件からみた親切な訴訟
23/125
319
『
*各数字は G
r
o
t
h
e
e
rの調査による。別途入手した連邦統計 Illなどを総合考慮す
続段階まで退去処分を見合わせるように要求する。難民事件専門部に所属す
ると、この執行停止総額は訴訟確定までの総計であり、ノ f一セントで示した方は
るある裁判官の見解によれば、少なくとも 1つの裁判決定を受ける機会を持
8
7年税収総額に対する 8
7年分の停止額の比率と推測される。 Ham市(州)の財政
訴訟は年間2
0
0
0
件程度である。 8
7年には 1
6
2
件の仮の権利保護の申立があり、 1
9
件
(
約 12%)が決定により全部認容または一部認容されている。しかし G
r
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e
rに
つ前に(例えば、航空機に乗せられるような)回復不能の既成事実をつくら
ないとの原則が尊重されることはきわめて重要である[上級行政裁判所判事
Jannasch
。
]
よると 26%
程度は申立後に行政庁が停止処分や認容処分をとるなどして、申立人
このように「実効的な j権利保護のために、統計に現れない無数の仮の救
済が認められている。
に有利に処理されている( §
1
3
8FGOを参照)。これらも裁判所による統計に現れ
ない事実上の仮の権利保護事件ないし実質的勝訴事件である。
(b)筆者が滞在した 1
9
8
5年から 8
7年にかけて、西ドイツには毎月 1万人程
(
4)文献
度
、 1年に約 1
0万人の難民が押し寄せていた山。地方自治に関する当時の最大
日本の実情と比較する観点、から、本章でもどのような肩書をもっ人物のコ
]
印
。
の問題は、市町村に対する難民の宿泊所の割当であった[ Kuhn,Koch
ノf
メントや解説であるかに留意したい。このような関心から、この章に限り主
以上の難民認定申請事件が行政庁に係属しており、このうち毎年 10%から 1
6
要な文献についてコメントをしておきたい。
ーデン=ヴュルテンベルク州(人口 9
3
0万人)では、 8
8年 5月現在で 2万 6
0
0
0
%程度が難民として認定されている ω。こうした状況を踏まえつつ難民の国
行政裁判権でもっともよく利用されるコンメンタールは多年の行政裁判官
外強制退去処分に関して電話で行われる仮の権利保護措置をとりあげる。西
経験をもっ大学教授 Koppのもので、ついで R
edeker/vonO
e
r
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z
e
nのそれで
ドイツの外国人法上の処分は一般に不服申立前置主義の適用があるが、難民
yermann/Frδhlerの第 9版 (
1
9
8
8
、
)R
edeker/vonO
e
r
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z
e
nの
ある。最近、 E
認定手続だけは数年前に不服申立手続が廃止された。(い)この退去処分およ
第 9版( 1
9
8
8)が出たが、 Koppも第 8版 (
1
9
8
9)を出したので、利用度に大
び(ろ)外国人の滞在許可拒否処分に関しては、行政裁判所と外国人局との
きな変化は生じないであろう。 R
edekerは行政法を専門とする高名な弁護士
問で電話を利用して執行停止措置がとられる問。具体的には次のように進行
であり(本書 1
9
6頁
、 2
2
1頁参照)、 vonO
e
r
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e
nは連邦内務省高官である o 元バ
1
0A
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z)、即時
する。(い)にあっては、外国人局が退去を命じ( §
r
o
h
l
e
rのコ
イエルン州上級行政裁判所長官 Eyermannとリンツ大学教授 F
執行を命ずる( §
8
0I
INr.4VwGO)。(ろ)にあっては、外国人局が滞在許可
i
n
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t
e
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i
a
l
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a
t(課長クラスに
ンメンタールは、バイエルン州経済・交通省の M
の付与を拒否した場合、これを受けて行われる不服申立も出訴も法律上停止
相当)である Kormannにより事実上引き継がれた。内容から判断すると
効をもたない。これら(い)および(ろ)の場合に、外国人は本来はただち
Eyermann/Frδhlerのものは 3冊の中では最も「役所寄り」とし〉った感じが
する。
に出国しなければならない。しかし他方で、裁判上の権利保護を得る機会が
なければならず、この種の事件に関しては、 1
9
7
3年の連邦憲、法裁判所の判決
Tip
l
ζ
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K
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eは、財政裁判権でもっとも利用されているものである。
I
Meyer-Ladewigのコンメンタールは、社会裁判所法に関するものとして
官庁は既成事実をつくつてはならなし ~o こうした背景から、即時に(場合に
ulff
e
n
,Krasney]が、連邦司法省高官であり、
は最高のものである[vonW
よつては、仮の)決定をするかわりに、裁判所は電話で行政庁に、一定の手
統一行政訴訟法案作成の責任者( 8
7
年春まで。その後昇進)であったという
意味においても、彼の著書に見られる人権感覚は注目に値する。
1
1
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1
5)行政裁判所の仮の権利保護事件の決定のうち、約 10%が電話での緊急伝達を要している。一二れは法律上
o
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b
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(Bay
正式に認められた送途方法ではないが、実務の必要から行われている。 ζ れに伴う法律問題を、 K
州政府官吏) ,
NVwZ1
9
8
3S.
8
5
f
.が扱かっている。 ζ れらの事件の大部分は合識を経て決定がされるが、緊
ヂ性をもつため手脅さの決定書が少なくない。筆者は、仮の権利保護事件ではないが、深夜 O時を過ぎてから
?
さ
川
午
前 3時までにある行為をなすべく命ずるアンスノマッハ行政裁判所の手書きの決定書(VwGAns・
おバn5S87.
附
4b
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s0
0
0
5
7
.O
帆
O
印刷を得た。二のケ一対昨即時ごろ…エルン上
政事免判所の抗告審決定があった。
札 BVerfG v.18.7.1973,E 35’382
JW 肌
.
2
2
7外 国 人 は 判 決 確 定 ま で 滞 在 で き る 。 BVwG
.
2
7.
1
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1
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, DVBl.1988,S
.
2
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.
320 第 7章
行政事件からみた親切な訴訟
24/125
321
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である[ Dreher]。同法は制定後3
5年たつが、制定当初の基本理
念の明確さの故に、今日に至るまで訴訟手続の根幹にかかわる大きな改正は
行われていない。
*Krasneyは、次のように述べる。たいていの人は弁論も証人の指名もできず、
特に戦争犠牲者や移住者は証拠資料を失ったりしている。自己の費用で証人を呼
ぶこともできない。もしこうした費用を自ら払わなければならないとしたら、誰
一人として私どものところ(社会裁判所のこと)にやって来ない。当時追求され
たことはこの実情を踏まえた手続法の制定であった、と。連邦社会裁判所は連邦
労働裁判所とともに 54年に業務を開始している。
他の 2つの行政系訴訟法、すなわち行政裁判所法と財政裁判所法は、先の
2法律に続くものとして、 5
4年と 5
5年に議会に上程され、それぞれ6
0年と 6
5
年に制定された m。連邦行政裁判所や連邦財政裁判所でも形式主義はなく、親
切ではあるが、連邦社会裁判所ほどではない[D
reher]。事実、 6
0年制定の行
政裁判所法の定める手続は、当時の所管省が内務省であったこととも関係す
るかもしれないが、社会裁判所法ほど脱形式主義的ではない。ただ、社会裁
2
「人間の尊厳」と訴訟手続法
判所法が明文では採用していない、例えば仮命令制度を設けるという時代の
進展に伴った改善が加えられている o 財政裁判所法は、相当程度行政裁判所
法をモデルとしている。
(l)行政系訴訟手続法の変遷と改善
(イ)社会裁判所法の先行
西ドイツには行政系訴訟法が 3つある。まず、連邦統一的には、社会裁判
(ロ)行政領域と訴訟手続法
所法が 1
9
5
3年に、当時同じく労働省の管轄下にあった労働裁判所法とともに
e
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B
行政系 3訴訟法の統一化を目的とする行政訴訟法( V
制定された。労働裁判所法は民事訴訟法の槻肱である o 社会裁判所法と労
2年と 8
5年に連邦議会に上程されたへしかし、当初の見通し
ordnung)案は 8
働裁判所法は膨大な条文数をもっ民事訴訟法の形式主義から大きく離れよっ、
8年には、草案の作成に携わ
とは異なり、成立は困難な状況に立ち到った。 8
とするものであった。社会裁判所法の規定には戦前から引き継がれたものが
った Krasneyが、近いうちには成立しないだろう、と言い、また財政裁判所
相当程度あるが、同時に、戦後の社会的困窮の中で、資力に乏しく法に無知
長官 VoBは、すでに成立のチャンスは過ぎたという評価をしていた。各州政
な人々、とりわけ引き揚げ者、戦争犠牲者、寡婦および難民の社会保障受給
府および各政党・議員の立場が種々に入り乱れている川まか、社会裁判権と財
権を手続的にも確保するため、裁判手数料の無償化や手続の非形式化が進め
政裁判権の裁判官の猛烈な反対があったのである 2ヘその議論の詳細な紹介
られた o 「社会裁判所法の基本的思想は、貧しい人々を助けること、しかも迅
は避け、ここでは、 3つの訴訟法が相当程度、行政領域に特有の手続実務を
速に、ということである J[連邦社会裁判所副長官 K
rasney] [写真B
3
l
o・同法
展開してきた結果、統一法を制定しても、各裁判権の特殊性に由来する特則
を適用する連邦社会裁判所の判決は「反形式主義的で、市民に親切で(b
l
i
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g
e
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-
を残さざるを得ず、他方で、特則が多ければ統一法としてのメリットが失わ
アろ D
RiZ1
9
5
6
,
S
.
1
3
1および
1
7)社会裁判所法の制定前後に一般行政権の訴訟手続との関係が論じられている。 uRi
1
9)この点については、多数の裁判官のほか、連邦司法省の但当者 C
l
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n
gから説明を受けた。
2
0)社会裁判権での反対論の詳細については、社会裁判所長官 H
e
r
o
l
dから、財政裁判備のそれについては、
連邦財政裁判所長官 K
l
e
i
nから資料の提供を受けた。
そ ζ 凶周され:い!~~: ~~:o たり本書第 6 蹴肌酬のほか、乙部哲郎附イツ附訴訟法1
:~!~:':読みJ 神白院法学即号 (1983)
1頁以下
行政事件からみた親切な訴訟
322 第 7章
25/125
323
れる、という事情があって、新法成立が難渋するに及んだことを述べておく
であり、この結果、敗訴したら訴訟費用を払いたがらないという問題がある
[
S
c
h
u
t
z
。
]
にとどめよう。 89年には、統一化の試みは完全に死んだ[ドイツ財政裁判官
ohannesmann]とか、残念だが立法化はされないことになった[司
連盟議長 J
(ロ)口頭での出訴
l
a
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i
n
g]という事態になった。
法省担当者 C
訴状を書かず、に口頭で出訴することができる( §
8
1 IVwGO,§
6
4FGO,§
9
0
(2)訴訟の提起は簡単である
SGG)。さらに裁判所の申立室で司法補助官に訴状を作成してもらえるがこ
(イ)ラフな訴状
6
頁)。一般に裁判官が口頭弁論中に記録を
れについてはすでに触れた(本書6
行政系訴訟での訴状のいい加減さについては、序章でも紹介した。日本の
とればそれでも訴訟の提起としては十分である 2ヘ口頭による出訴は行政裁
ように出訴の際に訴状に印紙を添付する必要はない。本裁判所窓口で事実上
判権でも l審では良く機能しているが、 2審ではほとんど機能していない[マ
受理される必要もないので、手紙や葉書として送付する、あるいは裁判所の
ンハイム上級行政裁判所長官 Endemann]。社会裁判権では訴訟を最高裁に
支配領域内に到達すればよいので例えば文書受付のポストに直接投げ込めば
口頭で上告できる( §
3
9I
I
,9
0SGG
。
)
よい 2∼社会裁判権ではより柔軟で、国内の他の一切の官庁・自治体、立法機
9
1 ISGG)加。これら
関、保険主体、ドイツ領事館などに提出されてよい( §
(ハ)電報・ファックス・テレックス・電話による出訴
の官庁等は遅滞なく権限を有する裁判所に送付しなければならない( §
9
1I
I
)。
電報による出訴も原告または代理人の名で終わっておれば許される m。テ
社会行政では不服審査請求についても同様である o 全ての裁判権で、訴状の
レックスあるいはファックスによることも許される加。特に電報による出訴
]。訴状(的なもの)
色・形は問われない。広告紙の裏を使ってもよい[ Konrad
zajka]。もっとも行
は珍しくなく、自宅から電話で電報を申し込んでよい[C
と書いてあれば
は、被告がほぼ特定されており、「私はこの処分を争いたい J
]
。
政事件総数からすれば、非常に稀である[Wehr!
十分である却。
電話による出訴は従来からの通説によれば許されないが、これを認める少
原告名の表示は訴状に最低必要な要件と解されているが、連邦行政裁判所
数説と判例があるヘ最近のある下級審判決によると、基本法の定める権利保
は、弁護士により代理された事件の訴状でこれを欠いても許される場合があ
護制度の下では予想される不利益を回避するためにやむを得ない場合には、
例えば電話での申立が認められる加。
る、と判示している 24。
)
*遅くとも戦後においては訴訟手数料の支払いは行政訴訟の提起の要件ではな
かった。いくつかの州法は裁判所が定めた期間内に訴訟費用の納入がない場合に
(ニ)訴状の署名
は訴えの取り下げとみなす旨の規定をおいていたが、これは訴訟係属の要件では
元来、署名は法的安定性のために必要である。電報やファックスでは確か
なかった加。前納主義を定めた行政裁判所法 1
8
9条 2項は 7
5年に廃止されている。
に署名がないけれども、他人の名前で訴訟を起こすものはいないし、口頭弁
現在は裁判所費用法が適用され、行政事件の訴訟費用は各審級の訴訟終了後、裁
論になれば本人がくるから、その際に確かめられる。他人による出訴を阻止
判所から郵便で請求書が送付されたのち初めて納付される。財政裁判所でも同様
2
8)ファックスにつき、 BSG v
.
2
5
.
6
.
1
9
6
3
,
E1
9
,
1
9
1
.その{也判例について、 Kopp.S
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.上級行政裁判所判事 C
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aは、テレックスによる出訴は一度しか経験してい
1
4.
5
.
1
9
8
5
,
ないと述べた。訴訟上の盤要な行為がテレックスで期限間際に行われでも有効である( BVerfGv.
NJW1
9
8
6
,
S
.
2
4
4)。権利行使期間来日の 1
8
時2
7分に発信され、翌日早朝に裁判所の受付印が押されたテレフ
ァックスによる申立につき、連邦憲法裁判所は期間の遵守を認めた。 BVerfG v
.14.5.1985,NJW 1
9
8
6
S
.
2
4
4
.最近の興味深い裁判例から、 LAG Hamm v
.
1
6
.
6
.
1
9
8
8
, NJW 1
9
8
8
,
S
.
3
2
8
6
; BGH v
.
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NJW1
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5
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.
2
9)学説・判例の状況について、 v
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;Redeker/vonO
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.
3
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) VerwGWiesbadenv.5.5.1987,NJW1
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.
2
3)教科書ではやや厳しく書いであるぬ合もある。 Z
2
4
) BVerwGv
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.
5
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;Meyer-Ladewig,S.386.
2
7
) VGHK
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lv.
6
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.
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,NJW1
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7
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.但し、 v
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,
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8
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6
.電報による出訴にあっては早い
時期から署名はいらなかった。 BSGv
.
1
3
.
1
0
.
1
9
5
5
,
E1
,
2
4
3
.
324
第
7章
行政事件からみた親切な訴訟
26/125
325
することよりも電報による出訴も認めて権利保護を保障することの方が重要
イツの対応する統計上の数字を紹介した(本書5
0頁以下)。西ドイツでは低所得
者のための配慮が格段に丁重に行われている。
である[ Czajka]。社会裁判権ではかねてから特に柔軟であり、署名も訓示規
9
2)にすぎず効力要件ではない 3
九最近では、連邦財政裁判所却も連邦行
定
(§
(ト)教示制度と出訴期間
政裁判所却もラフな処理をしている。
5
5
教示義務は行政不服審査と行政訴訟に共通に規定され( §58VwGO, §
(ホ)訴状の副本
8
1I
I
,8
6I
IVwGO,§
9
3 ISGG,
訴状には副本が、添付されるべきである( §
FGO,§
6
6SGG)、日本の規定・実務却とは大いに異なった手だてが用意されて
いる o その基礎にある理念は「何人も権利救済手続の不知により救済の機会
§
6
4I
I,7
7I
IFGO,§
2
5
3V,1
3
1ZPO)。社会裁判所法と民訴法は義務規定、他
淵こと、あるいは短い出訴期間はそれを知らされた場合
を失うべきではない J
は訓示規定となっている。社会裁判所法は、必要な写しが添付されていない
にのみ強制できる州ということにある。教示は文書に限り、不服申立期間また
場合には裁判所が追完を要求するか自ら作成するとし、作成費用は原告から
は出訴期間、申立書または訴状が提出されるべき官庁または裁判所名、その
所在地が掲記されていなければならない。
徴収できるとしている( §
9
3I
I
,I
I
ISGG)。行政裁判所法と財政裁判所法には同
趣旨の規定がない。社会裁判所法の副本の添付義務は実務では訓示規定と解
出訴期間は、特則なき限り、 1か月であるが( §
7
4 I VwGO,§
4
7FGO,§
8
7
されている 3ヘ弁護士により代理されず本人が手紙や葉書で出訴する場合に
8
7
SGG)、社会裁判権では外国からの出訴については 3か月である( §
副本が添えられていることはほとんどない。裁判所は副本作成費用を徴収し
SGG)。日本の行訴法と比較して確かに出訴期間は短い。しかし注意すべきは
なくてもよく、実際には徴収されていないようである泊。日本では最高裁が指
第 1に、出訴期間は文書による教示があった場合にのみ進行を始め、教示が
定した報告事件にあっては訴状として正本・副本のほか法的根拠のないまま、
なかった場合や、あっても誤っていた場合には 1年間の出訴期間となる。第
合議部裁判官用 2通と最高裁事務総局用 1通の計 5通を提出することが例と
2に、出訴期間の道守ができなかった場合の正当理由の判断にもきわめて柔
なっている。副本ひとつとっても両国の実務の差異は大きい。
軟なものがある。訴訟法は「原状回復( W
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s
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g
)Jと題して規定を
おいている( §
6
0VwGO, §
5
6FGO, §
6
7SGG)41>。休暇に伴う旅行仰、 6週間
(へ)訴訟手数料と訴訟救助・法律扶助
までの暫定的不在は自己の責に帰すべき遅滞事由ではなし~ 4
3
) ドイツ語能力
0
、
)
社会裁判権の全訴訟は、社会裁判所法制定当初から無料であり( §183SGG
の欠如、原告本人の重病なども延長事由たりうる州。申立は障害事由がなくな
行政裁判権でも生活保護事件などは制定当初から無料であった 3ヘ現在では、
ったのち社会裁判権では 1か月以内、行政裁判権と財政裁判権で、は 2週間以
青少年扶助・重度障害者援護のほか、 75年改正で明文化された育英奨学金の
内にすればよい。障害事由の存在したことは疎明で足りる。この申立期間内
事件も無料である( §188VwG0)3九
に現実に申立が行われれば、正式に期間の延長を求める必要はない。わが国
訴訟救助・法律扶助については、わが国の事情に触れながら、すでに西ド
では法的安定性なる議論がすぐ出されるが、柔軟な出訴期間の取り扱いから
3
1
) Meyer-Ladcwig,S.385;BSGv.13.10.1955,E1
,
2
4
3(電報についてい BSGv
.
2
5
.
6
.
1
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3
,E1
9
,
1
9
1(
フ
ァクッスについて).
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) BFHv
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) BVerwGv
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1
9
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, NJW1
9
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,
S
.
1
1
7
5
.同裁判所の8
4年判決の紹介を含めて、訴状に白容を要求す
ることは連邦憲法裁判所が述べる原則に反するとの解釈を主張するものとして、 B.Willms(大学助手), D
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3
4)通説。 Vgl.,Mc
》
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.3
9
4
.
3
5)裁判所費用法によれば、本来 1ページあたり 1マルクが徴収される。
3
6
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.,BGBI. I1
9
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0
,
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4
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.,BGBI. I1
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5
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S
.
2
1
8
9
.筆者は ζ の規定を鑑要なものと考えるが、商問方編『注釈行政事件訴訟法j
(
1
9
7
2)、同編『条解行政事件訴訟法J(
1
9
8
7)におりる西ドイツ行政裁判所法全釈では省略されて b必。
3
8)日本の行訴法では、出訴期間についての教示の規定は意識的に排除された。行政不服審査法の教示畿務
も馴示規定であり、不服申立W
J
問は教示の有無にかかわらず進行する。審査請求前阻主義が適用される場合
にもその旨の教示はない。
3
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) Meyer-Ladewig,S
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3
3条は行政系訴訟法なみの期間延長の要件となった。 V
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,
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1
)1
9
7
6年のいわゆる簡紫化法により民訴法2
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)Jある場合の判断においても「休暇j
4
2)同僚に、名管職裁判官が出席を要しない「差し支え( Vc
は正当事由となる( M
eyer-Ladewig,S
.
1
4
。
)
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) Meyer-L
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.
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,
S
.
3
3
2
f
.にあげられた多数の判例を参照。
326 第 7章
行政事件からみた親切な訴訟
27/125
327
一
ー
『哩司「
叫 ん ー し −
-ー一一一一←ト,ー司且,~--
生ずる問題点は何か、との筆者の質問に対して「期間を延長して誰が困ると
り、その場合には州の官庁を招く。「我々(裁判官)は、このような扱いを重
C
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j
k
a]と言われた ω。
いうのか。役人が困ることはないではないか。 J[
要だと考えており、おうように(g
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g)処理している J[
K
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。
]
(リ)訴訟対象の特定
(チ)被告の特定
行政裁判所法は、固またはその他の法人、すなわち行政主体が被告である
2条と財政裁判所法6
5条が原告・被告および訴訟物(S
t
r
e
i
t
行政裁判所法8
としつつ、被告の表示には行政庁を示せば足りるとする( §
7
8VwGO)刷。し
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3
)Jとし、申立( A
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)
g
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g
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d)の訴状における特定を「義務( m
かし財政裁判所法では被告は「行政庁j である( §
6
3FGO)。社会裁判所では
の特定を訓示(s
o
i
l
)規定としている m のに対して、社会裁判所法ではこれら
被告が明確には定められていない(v
g
l
.
,§
6
9SGG)。被告を訴状で特定するこ
はすべて訓示規定である。訴訟類型(K
l
a
g
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a
r
t)の特定は「申立Jのレベル
8
2VwGO,§
6
5FGO
、
)
とは行政裁判所法と財政裁判所法では義務であるが( §
の問題である印。社会裁判所法の提案理由書54)~ま、社会裁判権では法的知識を
社会裁判所法では訓示規定にすぎない( §
9
2SGG)。このように規定はまちま
もたない人々も権利保護を求めるのであるから、訴状に特定内容を予め記す
ちであるが、訴状の段階では被告をあげるには行政庁名で十分であり州、これ
ことは強制できないという。しかしこの事情はすべての訴訟手続法にも同様
が実務である。訴状において被告が誤って特定されていても真意が認識でき
に妥当する問。そこで訴状では特定の申立が正しく表現されている必要はな
るならば、しかるべく解釈されるべきものとされる制。社会裁判権にいたって
い。まして、既判力を生ずる範囲というような意味での法律学的技術的概念
は、被告の表示はいつでも訂正できる制。こうしてわが国では訴訟の変更とし
が想定されているのではない。法に練達していない原告は「訴えにより望む
て問題となるか、却下判決となる事例でも、西ドイツでは、行政側の事情を
こと( K
l
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g
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b
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g
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)Jをあげるだけでよい。原告の目的は口頭弁論の終結
市民の不利益に強制できないという理由で、申立の解釈の問題として処理さ
時点、までに明らかになればよく、その目的はしばしば訴え提起の事実からす
れることがあり、紛争の実質的解決が促進される則。*
でに明らかとなり、訴えの内容の解釈にあたっては弁論の全趣旨に加え、行
*道路行政に関するある連邦行政裁判所の判決は、属する行政主体が異なる警
政過程も参考とされる問。記すべきことは廃止・変更してほしい行政行為、裁
察から市に被告を変更することを控訴審においても可能であるとした。ここでは
判所が行うべき確認等々であり、確認訴訟であっても原告の求める法関係を
職権主義の審理原則も根拠とされているが、 f
きわめてわかりにくい官庁の権限配
手短かに記載すれば十分である。争われるものが行政行為または裁決の場合、
分が稀ではないから関係市民にとって被告を正しく選択することはしばしば困難
これを発した行政庁、日付、文書番号によって特定しておけば後の審理が容
であること、および被告を正しく定めるように努めることは行政裁判所の任務に
易になり、訴訟物が明確になる。例えば租税事件の場合、通常は行政行為を
あげることで十分である 57)
属することが考慮されなければならない Jと述べられている Sil
0
インタヴューによると、訴状では連邦官庁が相手方とされているが、裁判
行政系の裁判所は、当事者が相当かつ適切な( a
ngemessenu
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d
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-
所は準備手続の際などに、州、|の官庁が被告であるべきことに気づくことがあ
l
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c
h)申立をするように援助することを義務づけられている( §
8
6I
I
IVwGO
4
5)いうまでもなく、第三者効を有する行政処分などでは別の配慮が必要であるし、一般の民事訴訟では私
? ? ? ? 行 政 的 問8
2条は異なった規定の仕方をしている。なお、 So時定は原告や控訴人に過大な負担
乞かげない趨百によるものであるから、 8
1条 2項、 1
2
4条 3項カにまた観点 l
ま異なるが8
0条 4項の S
o
l
lも訳し
直されてよかろう
人が相手方であるから異なった議論となろう。ここでは、通常の行政処分が念頭におかれている。
4
6)ただし本条は訴訟要件とは無関係であるという解釈( Kopp,S.
1
0
5
,7
5
8)がある。
5
3
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.なお、同州の行政検事は現在は ζ の人ひとりである
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) BT-Drucks.4
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5
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2
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.
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) Meyer-Ladcwig,S.391.
4
7
) Kopp,S.871.ただし、 v
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2
1
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.
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) Kopp,S.7
5
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.行政庁と行政主体を混同して、表示が訂正される場合には、訴の変更ではない( Eyermann/
F
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r,
S.
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4
2
。
)
4
9
) Meyer-LadewigS
.
3
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2
.
5
0)訴去においては.自治体ではなく、州(国)が被告とされていたケースで、ある判決( BayVGH
v.
1
6
.
4
.
1
9
8
4
,BayVBl.1984,
S
.
4
0
7)は、出訴期間経過後でも訂正できるとしヴ。
5
1
) BVwGv
.
2
6
.
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1
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1
.
1
9頁、同編『条解行政事件訴訟法11
0
1
3
頁は誤訳。西ドイツ民訴法2
5
3
5
2)市博方編『注釈行政事件訴訟法J4
328
第
56~ 千よ lこ?きこ vgl ・, BVer叫 v.14.4.1961.E 1
2
,
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;BVerwGv
.
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) BFHv.
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,E 1
2
22
.
行政事件からみた親切な訴訟
7章
28/125
329
よぴ既判力の理論は、ここ 2
0年ほどの問、不思議なほどおろそかにされてき
た。実務にとってはみたところ重要な意義がなく、これに関連する判例も注
ヘ
目に値するほどわずかである j
5
(ロ)訴訟手続法の存在意義
「手続法は実体法(権利)の僕( D
i
e
n
e
r)に過ぎない。」[連邦社会裁判所
副長官 Krasney]。手続法は人間の尊厳を侵すことのないように運用される。
連邦の各最高裁も 7
0年代に入って相次いで以下のような基本的理念を述べ
た。「手続規定は自己目的ではない。それは究極のところ訴訟当事者の実体権
の維持に奉仕する。従って疑わしい場合には一一何とか是認できるものであ
るならば一ーその規定が実体権についての決定を可能とし、これを妨げるこ
とのないように解釈される必要がある J(連邦財政裁判所大法廷7
3年決定)問。
生活保護申請事件につき、当事者の訴訟上の行為の解釈にあたっても表面的
することにしたい。
文言に拘泥せず、権利保護の喪失に至らぬよう可能な限り当事者の追求する
(ヌ)管純
社会裁判権では原告はその住所地の裁判所に、住所を欠く場合には滞在地
目的が考慮されなければならず、「手続法が与える種々の可能性を利用しつく
して正しい訴訟上の措置をとることは、裁判所の責務である」(連邦行政裁判所
5
7 ISGG
。
)
の裁判所に出訴できる( §
7
6
年決定)(写真8
4
] [写真8
5
]
6
0>。裁判官が釈明を求めたが、なお正しい申立が
行われていない限りで、場合によっては善解され( umdeuten)なければなら
(3)「手続法は実体法の僕(しもべ)である j
ない。例えば、不服申立の形をとっていても、指示を受けない何らかの宮署
(イ)抗告訴訟本質論?
本章で扱うテーマの幾分かは、日本では抗告訴訟の本質論や訴訟物論とか
による行政決定の変更を求める意志がそれから認められれば、訴訟の提起と
して善解されうる。裁判所の「このような措置は、手続法上の判断を誤って
かわって論じられるロわが国では訴訟手続の種々の場面において訴訟提起時
も可能な限り権利保護の喪失に至るべきではない、というすべての訴訟法に
に特定された訴訟物が顔をのぞかせる。これに対して現在り西ドイツでは行
承認された原則に添うものである J(連邦社会裁判所7
4年判決)υ
6
政訴訟の原告適格や処分性との関係で取消訴訟ないし抗告訴訟の本質論が展
7
9年にはドイツ裁判官大会の席上で、連邦憲法裁判所長官ベンダ( Benda)
開されることはほとんどないようである。おおよそ 1
5
年来絶えてしまった
が、法律上の裁判官による裁判を受ける権利(基本法 1
0
1条)や法的聴聞の保障
[
P
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s
c
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a
s
(
8
7
年発言)]。なぜなら、基本法の下ではおよそすべての権利紛争
(基本法 1
0
3
条)が、フェアーな手続により裁判を受ける権利という司法基本権
は裁判上争うことができ、仮に抗告訴訟で争えなくても何らかの訴訟形式で
(
Ju
s
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g
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r
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c
h
t
e)として重要であり、連邦憲法裁判所の判決により認め
行政裁判所ないし通常裁判所等において争う可能性が残っているため、この
)
られてきたことを説いている 62。
本質論が大きな意義をもっていないからである o 学説レベルでは、今日でも
西ドイツで最も保守的であるとされる裁判所はバイエルン州上級行政裁判
訴訟物をめぐって活発な議論がある。しかし、「実務では行政訴訟の訴訟物お
6
1
) BSGv.31.1.1974,MDR1
9
7
4
,
S
.
6
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,
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3
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.、このような観点から次の文献も参照。 P
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6
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r im I~echtsstaat,DRiZ 1
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r (大学教侵入 F
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) Redekcr/vonO
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) BFHv
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.
9・1
1・1976,00V1
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4
6
5・
行政事件からみた親切な訴訟
330 第 7章
29/125
331
に刊行された Vollkommerの訴訟手続の厳格主義・様式主義を批判する業績
2
2頁参照)を引用している。彼の業績は、多方面に影響を与え、法改正
(本書2
にまで至ったものもあるようである。訴訟における形式重視の姿勢の改善は
7
0年代から 8
0年代を通じて若い世代の裁判官によって進められた。「何らかの
文書が裁判所に届けば、それを善意に解釈し、法律的に誤った表現であって
も何を求めようとしているか正しく解釈することが義務づけられている J
[Mauer,Helbig]という意識が現役裁判官を強く支配している。一例をあげ
れば、社会裁判所では訴状が行政庁を経由して提起されることが多いから、
[
8
6
] バイエルン州ミュンヘン上級行政裁判所。(左)
1
日
7
]
右
)
柔らかい雰囲気の中で弁論老待つ人々(ミュンヘン行政裁判所) o {
「訴え」と「審査請求」の区分は非常に困難であるし刷、一般に、市民には、
」
)
「訴え( Klage)」「訴願・異議・抗告( Beschwerde)J「審査請求( Widersprch
所{写真8
6]であろうか。同州内務省で長年官吏を勤め連邦行政裁判所判事を
)」の違いなどわからない。そこで市民が訴状(的なもの)
「控訴( Berufung
経て向上級行政裁判所副長官、ついで、長官となった Lo
叫、「弁論や裁判決
に書いている真意を定めることは裁判所にとっての解釈問題となる。本質的
定を、誰にでもわかるようなものにし、びっくりした感じを持つことがない
なことは原告が裁判所による審査 c
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)をしてもらいたいという意
:う民し、全てにおいて人間の尊厳が保たれるように、形式自体のみならず、
図が読み取れるかどうかにあるとされている刷。
人間的な雰囲気を作り出すこと Jが裁判官の使命に属する、と述べている{写
真8
7
]63)。
人間的な訴訟運営の具体的あり方について職業裁判官が熱心に模索して
7
以上によって、「我々の訴訟法においてはいかにわずかしか形式的要件が規
律されていないかわかるでしょう J[Wehr!
]
。
たのに対して、研究専業者がこれにあまり目を向けなかったことはすでに触
(ハ)権限ある裁判所への移送
れた。審理手続の諸原則を現代的に理解し、その重要性を強調した行政訴訟
日本の大阪国際空港公害事件叩を念頭において、いくつかの質問をし、回
法テキストは、筆者があたった限りでは、おそらく 1つしかない。その著者
答をえた。
Tschiraは、「過剰な形式主義( Formenstrenge)は訴訟法においては適切で
はない。多数の訴訟手続の形式規定も自由な解釈に親しむ」という附 o’
まず、この事件のような空港の使用差止訴訟はすでに立法的に処理されて
伝
*このテキストの審理手続の重要性を説いた部分は、筆者が参照しえた第 2
おり、管轄問題は生じない。仮に管轄権の誤りが発見されれば移送手続がと
(
7
5
年)、第 4版(8
0年)、第 7版( 8
5年)および第 9版( 8
8年)ともほとんど変
られ、却下で終わるということはない[ Konrad]。日本でも却下判決ののちに
わっていない。 7
9年に没した T
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i
r
aは、バイエルンの地方自治関係の実務家で
別の裁判所に訴える可能性がないわけではないが、出訴期間や訴訟費用の点
あった。 T
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c
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aの審理諸原則重視の姿勢を Koppや P
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sは高く評価してい
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nO
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r
るn なお、本章で主として利用している Kopp, R
で移送の手続にはなおメリットがある。西ドイツでは確定した移送の決定は
他の裁判所を拘束し、さらに移送することは許されない( §
5
2
,
9
8 SGG,§
8
3
m~nn/Frohler の行政裁判所法コンメンタール計 3 冊のうち、もっとも手続原則
VwGO,§
7
0FGO,§
2
8
1ZPO)刷。これらの規定は、原告が管轄権に疑念がある
を重視した解説をしているのは、 Koppのそれである。
ことの犠牲者になるべきではないとの趣旨による制。移送制度については、こ
3年決定と連邦社会裁判所7
4年判決は、 7
3年
上記の連邦財政裁判所大法廷7
の移送が控訴審により初めて宣言される場合に特に訴訟の遅延をもたらすこ
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, DRiZ
6
3)全く同勉旨の ζ とを Wasse
1
9
6
8
, S.294が述べていた(本•201頁参照)。
6
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;Meyer-Ladewig,S
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.
6
7)最大判昭5
6年1
2月1
6日民集3
5巻 1
0号 1
3
6
9頁
。
6
8)この点につき、阿部泰隣『行政救済の実効性J(
1
9
8
5
)2
1頁以下参照。
6
9
) Meyer-Ladewig,S
.4
3
0
;Kopp,S
.8
7
6
.
行政事件からみた親切な訴訟
332 第 7章
30/125
333
とが指摘され、統一裁判所の創設や、担当裁判権の問題をいわば同一裁判部
では常に原処分を争う( §
7
9VwGO,§
4
4FGO,§
9
5SGG)
川。
門の権限問題に解消すべしとの提案がある問。
(ロ)主な特色
(4)行政不服審査制度の意義と役割
西ドイツの不服審査法制の第 1の特色は、不服審査規定自体が柔軟で法に
(イ)不服審査制度
無知な市民への配慮をしていることである。不服申立期間は 1か月である(§
行政不服審査制度に関して、わが国では全58条もの行政不服審査法が存在
:~
する。 1
9
6
2年の同法制定の際に訴願前置主義が廃止されたにもかかわらず、
なる。特に社会裁判権では国民に有利な特則が多し) 0 審査請求書は園内のど
重要な行政領域においては前置主義原則が存在するともいえる状況にあり、
の官署、保険主体もしくはドイツ領事館などに提出されてもよく、そこへの
この前置主義と、(全てというわけではないが)形式主義的教条主義的な不服
到達日をもって期間の遵守が判断される( §
8
4I
ISGG)0 訴状を行政機関に提
審査実務がしばしば権利救済を阻止するものとなっている 71)。行政庁の教示
出してもよいところから、不服申立か出訴か判別しがたい場合も少なくない
が、柔軟な対応が予定されている( §
7
8SGG
。
)
は日本では口頭でもよいが、西ドイツでは書面でなければならない。審査請
求書は日本では原則として書面で行い副書を添えなければならないが、西ド
第 2は、不服審査制度および前置主義がもっ機能についてである。不服審
イツでは口頭や電報でもよく問、副書はいらない。国民と行政の関係が全く逆
査は行政に自己統制の機会を与える手段として不可欠のものと考えられてい
転している。ここでは特に、取消訴訟と義務づけ訴訟でのみ予定された「前
s
>は大きく、その有効性は実証ずみであると
るo 現実にも「フィルター効果 y
置主義」( §
6
2VwGO)の存在から日本人が推定しがちな内容と、西ドイツで
いうのが一般的見解である加。もとより改善の必要はある 77ー
)
の実務とのギャップを中心に基本的な事項に限って素描してみよう。その前
第 3は、裁判官の運用姿勢ないし裁判例の傾向である o 一 手 続 の 経 由 は
に、まず、制度の概略を示しておく。
訴訟提起のための要件ではなく 78)、本案判決をするための訴訟要件であると
o
r
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a
h
r
e
n)に関する統
西ドイツでは、わが国と異なり不服審査手続( V
するのが通説である 7ヘ訴訟拘中に裁決が下されれば、取庇は治癒される。
一法はなく、各行政系訴訟法に数か条ずつの規定があるにすぎずm、行政裁判
置主義が存在することから国民に生ず、る救済の機会の喪失を避けるために
(
v
g
l
.
,§
7
9VwVfG.同趣旨の規定として、 §
6
2SGBX,§
3
4
7
f
f
. FGO)。行政裁判
不服申立に対する決定・裁決を経ずに訴訟が提起された場合に、訴え自体に
所法では、異議申立と審査請求は一本化され、処分に対する不服は処分庁に
不服申立が同時に含まれていると見て、行政庁の応訴を決定ないし裁決とし
対して行う。処分庁が原処分を維持する場合には自動的に直近行政庁に一件
て擬制するという考え方を確立させている 81)0 行政裁判所裁判長 B
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書類が送付され、裁決( W
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i
d)は直近行政庁が行う。訴訟
~~t~~;~::示==~:::;~=~::· :·~~z~:: ~て与??の真実の争点、iご即した本来判決がなさ
7
0)学説・提案などにつき、 Meyer-L
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g
,S
.9
7
.
7
1
) もとより、現行法が解釈次第で権利保護のための柔軟なシステムとして運用される可能性は少なからず
7
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,
S
.
1
1
3
;Meyer-Ladewig,S
.
3
3
3
ある。しかし、わが国の、書面原則主義、副本の提出義務、審査請求・記載事項の多さ、押印義務などが「簡
易迅速な手続J(行服 1条)の観点から問題となるし、教示義務の訓示性なども問われるであろう。さしあた
8巻 2号 (
1
9
8
6
)8
5頁以
り最近の文献から、宮崎良夫「行政不服審五制度の運用と問題点 J 社会科学研究J3
下を参照。
7
2)申立期間末日の午後 4時3
0分に電報で行われた不服申立が、電報局との協定があったために当日に外人
向に配達されなかった事件で、双判所は信義誠実の原則から申立期間を遵守したものと判断した( VGHK
a
s
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e
lv.6.4.1987,NJW1
9
8
7
,
S
.
2
7
6
5
。
)
7
3)社会裁判所法では 7
7条以下 6か条の規定、行政裁判所法では 6
8
∼7
3条、財政裁判所法には 4
4条のほか訴
訟の規定と君事然一体となった規定が若干ある。
7
4)二一こでは詳論しないが、日本のように処分と裁決のいずれを争うべきかという問題(最判昭6
2年 4月2
1
日民集 4
1巻 3号 3
0
9
i
"
{
参照)はなし泊。西ドイツでも原告がl
式決を争う ζ とも理回の上ではありうるが、裁決書
』 つ 。
7
6
) Koppによれば、 8
0年代に入ってから Bay州ではある行政分野で審査請求前置主義を廃止したところ訴
訟が急激に滑えたため再度これが探用された。また不服審査で個々の官吏が処分の違法を見逃す誤った裁決
r
第
J
事実審の最終口頭弁論までに千了われればよい(通説)刷。連邦行政裁判所は守
所法適用事件については、特則なき限り行政手続法の規定が適用される
334
VwGO §
3
5
5AO §
8
4 I SGG)が、教示がない場合には申立期間は 1年と
~~::::~~:;rui~;こ芯とお~~ごうは明言。ただし、行政裁判権については前置主義にご疑
7
7
) Krasney
はれぱ、社会毅判権での合議制審査委員会での救済率は低~ >。その他改普問題につさ、
~r~~::~~ミ;幻鷲2詑拡::!~~~;: ~~rr~~
~~~6:f~e叫 v.27.2. 附 E 15.30山
6
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)述邦行政裁判所の多数の判例は、 K
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.
5
2
5にある。
7章
行政事件からみた親切な訴訟
31/125
335
が、西ドイツではこれが標準的である。
こなっているが、それによって本案判断が行
は、実務は多くの点でゆるやか』
われることになるので個人的には正しいと思っている、と言う o このような
なお、ノルトライン=ヴェストファーレン州の財政事件に関する不服審査
実務の実現けあわっては、「訴訟経済州拠とされることがある。前置主義
の実情について、ある「批判的J
財政裁判官は、税務署単位で違いはあるが、
が裁判所の三担問に奉仕すること、あるいは理論的考察の結果として、建
t
5
t
z
e
l]という。
概して大変良く機能している[ S
邦行政裁判所の考え方に反対する下級審判決や学説聞もあるが、この説にあ
ーても、訴訟を中断し行政庁に見直しの機会を与えればよいという考え
3 納得のいく実効的な権利保護の機会の保障
ふが有力である o さらに前置主義は、行政庁自身での見直しを自己目的とす
るものではなく実質的な決定に至るための援助にすぎない附から、そもそも
不服審査手続の履行は訴訟要件ではないという有力な説副もある o 社会裁判
この節においては、わが国と比較したとき西ドイツの行政系訴訟を象徴し
権ではこの柔軟な姿勢がいっそう顕著であり、通説・判例は訴訟の中には同
ていると思われる〈迅速性・実効性〉を通じて〈人間の尊厳〉を確保する努
時に審査請求の申立が存すると解するへ裁判中で審査請求の手続をとらせ
力について、 (1)紛争実体・紛争内容を納得のいく形で解決しようとする姿
ずに審査請求を経ないことを理由として却下すると裁判手続は蝦庇を帯び
勢、( 2)救済に要する時間の観点、から仮の救済の問題、( 3)権力分立の観
点、から義務づけ訴訟をとりあげて紹介することとしよう。
る8り
(ハ)不服審査の実務
最後に、ミュンヘン市を例にとって、不服審査請求の実?を見ておこっ
(l)納得のいく解決
。
(イ)可能な限り本案判決
岡市でも不服審査関係の統一的な統計はない。例外的に統計がとられている
日本の行政訴訟では却下判決が多く、却下と棄却の違いに非常に大きな価
建築行政を扱う計画局( P
l
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u
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f
e
r
a
t)の第 2課での処理を見ると、申立
値が与えられている。西ドイツでも当然に訴訟要件の具備は本案判決の前提
として、とりわけ既判力の範囲を定めるものとして理論的には重要な意味を
件数は 8
5年 1
7
9
5
件
、 8
6年 1
8
1
1件であるが、取り下げられた事件を除き異議に
もっている制。しかし次のような事情でこの区分はあまり厳格には考えられ
対する決定の段階での認容率は、それぞれ28.7%、22.9%である。
ていなし」第 1に、明らかに本案につき理由がないときには訴訟要件の具備
大量の事務を処理している社会局では、全申立のうち 7∼ 8%が市段階の
を問うことなく「明らかに理由がない Jとして退けられ、これは本来の却下
異議決定により是正され、審査請求裁決の段階でさらに 2∼ 3%が救済され
r
b
e
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h
e
i
d)と称される( §
8
4VwGO,§
1
0
5SGG,
の一部と併せて予備決定( Vo
ている。計画局の事件では文書による不服申立が多いが、社会局関係では口
§
9
0I
I
IFGO)則。この結果、厳密に却下判決と本案判決の区別ができないこと
頭の申立も少なくない 0 ・しかし全事件数からすると、きわめて小さな数であ
となる。統計上も却下判決の比率は出しょうがない。しかも、この予備決定
る
。
*筆者は社会扶助(生活保護)に関するタイプ打ちの不服申立書を入手した。
で決着をみる事件の比率もきわめて低く、処理数全体にしめる比率は 1
9
8
3年
これも役所をののしって批判する誤字の多い「手紙」である。日本の申立書に求
9
7
8年以来施行されている「行政裁判権と財政
に行政裁判所で1.2%であり、 1
められる様式からすれば、相当多くの「補正」(行服2
1条)を迫られるものである
裁判権の裁判所負担軽減法」による裁判決定をあわせても 6.8%である。財政
S
Z
)
8
8)岡市法務部職員グラーザー[G
l
a
s
e
r]からの回答および統計資料のよる
8
9)ただし異論がある。さしあたり、 Meyer-Ladewig,S
.
9
8にあげられた文献を参照。
9
0)西ドイツの用語として、「退ける( a
b
w
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n
)j という形懸の裁判には、「許されない( u
n
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:
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)Jも
n
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)Jものとがある。つまり、一単語として「却下Jと「棄却j を表す訴は右:
のと「理由のない( u
bweisungb
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.A
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n
u
n
gが
、
ぃ。行政裁判所法適用事件の連邦統計局統計では、敗訴を表す曾業として、 A
z
.B.,Kopp,S.660;Eyermann/Frohler,S.525;Ule,S.115.
8
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5
,
6
6
.
財政事~.'j!IJ所法のそれでは、 Abweisung のみが用いられている。
行政事件からみた親切な訴訟
336 第 7章
32/125
337
点について、西ドイツでは、不作為の違法確認訴訟 (
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)§
(
~)p::τ:jリ:::~~:,:~;=~~:う~~;以ユ;ニ:;
裁判所での予備決定比率は 5附 あ る 9
1
) 日本における最近 5年間( 198
0
7
5VwG0,§46FG0,§88 ISGG)97>の審理中に申請却下処分や却下裁決が行わ
れると、現在の実務では、訴訟の「変更J的な手続がとられるケースもない
;::::::;寸::~~~~:~:~~~ ~ ;~~;:~~~~:よ
=
わけではないが、原告は取消訴訟または義務づけ訴訟として「維持し継続す
ることができる j
則。正式な「変更」といっても弁論の際に調書に記載するだ
けである。仮に「訴えの変更jが必要であると解する説にあっても、裁判所
な 問 題 で あ … ミ 案 一 簡 単 に 解 決 が 得 られ、訴訟当事者も実質的解決
にはその旨を指示する義務があるので則、原告が変更手続に関して危険を負
I
決が行われる[ミュンヘン行政裁判
を望んでいる場合 γは可官じな限り本案半J
1)
0 ;うし;対応は、紛争の実質的解決と訴訟経済に奉仕する
担することはない。
:~::~::[;i:scna
f t
②
内容を認める処分を行うと原告は訴の利益を失い「敗訴Jする。訴訟費用負
権がからむ事 牛
て
’ ま訴訟要件のレべルで処理しようとする対応もないわけで
担の上でも裁判所はほとんど原告への配慮をしない則。西ドイツでは、この
l
』
わが国で、不作為の違法確認訴訟の係属中に行政庁が事実上原告の申請
種の訴訟提起後に請求内容を認める行政行為がなされた場合、本案は「処理
された(e
r
l
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d
i
g
t
)Jとして宣言されなければならない( §75VwGO,§46FGO,
§
8
8 ISGG)。これは訴訟却下による敗訴ではない。原告が訴訟提起前に被告
行政側の同内容の決定を期待できた場合には常に被告が訴訟費用を負担する
部分は訴訟法を支配する基本理念や訴訟法を運用する裁判官の姿勢に求める
:百~~ぉ1;出
(
§
1
6
1I
I
IVwGO, §
1
9
3SGG)IOI)。
③
提出しなければならない( §
9
6SGG)。法文の上では新行政行為の写しを誰が
裁判所に提出すべきかがはっきりしない。しかし、連邦社会裁判所副長官
Krasneyによれば、「当然に行政庁である」。この提出により裁判所が新行政
<;~:::::::!~:~:1:~'訴訟がどのように処理さ山を 3
行為の不知を回避できる l問。訴えの変更も再度の審査前置も要しない l附。こ
z:在日告苦私立:~~~::~2:国
の扱いは、係争法律関係全体を迅速かつ余すところなく審査することで、「健
全な訴訟経済Jに奉仕する l川。財政裁判権では新しい行政行為が原告の申立
6
8FGO)。行政裁判所法にはこれに対応する規
に基づき手続の対象となる( §
への訴えの変更が認められるが、「訴えの変更jという要式行為が件つ。」の
9
7)脅うまでもないが、生活保護請求事件・試験関係・ (
I
i
iし物などは、 i
l
'
i接に行政裁判所法 1
2
3
条の仮命令が
される( F
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)
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) Kopp,S.7
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1
.同旨、 Redeker
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;Meyer-Ladewig,S
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3
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.
1
0
0)山村包年・阿部泰隆編『判例コンメンタール行政事件訴訟法J(
1
9
8
4
)3
6
1頁(細川俊彦執筆)参照。日
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適
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川、ロ中 n
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1
~t~~'.ご;??:?:詰詰3苦;;:~l.(vl~ Lユ~;I::芯nt>d~~
~;や欣決·, いと~::う;
<
;
:
. Q8 なお
9
4)同旨、 Meyer-L
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w
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g
.;
:
,
・
:10・d
出訴ののち行政行為が変更または代替されると社会裁判権では新しい行
政行為も訴訟手続の対象となり、行政庁が新たな行政行為の写しを裁判所に
本の多くのコンメンタールはこのような論点に言及していな~。
>
ζζ では立ち入らないが「訴訟経済j と~ >う周語の使われる局函
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) Meyer-Ladewig.S
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) Meyer-Ladewig,S
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) BSGv
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,
1
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6
;vgl..BSGv
.
2
8
.
5
.
1
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E5
,
1
5
8
.
:;~~~諸民~~~i~·~~~込書の主狼をすれば原告適絡が満たされる。
行政事件からみた親切な訴訟
338 第 7章
33/125
339
定がなく訴えの変更を要するが、例によって形ばかりの変更である(v
g
l
.,
§
7
9
S仙凶{ヲ真町前掲)】は、?の訴訟は誰でも憲法に接近できるために重要
VwG0)105>
。
であるといっ。ブラウンシユウアイク行政裁判所裁判長 B
Uschenは、①反復
のお
(ハ)事後違法確認訴訟
ω
あ偽②国家賠償の前提と
ω
場合、ふ誉回復が問題と
なる場合の 3つの?が主要であるが、①では実体的な損害の確定は容易で
わが国では出訴後2
2年もしてから「訴の利益Jなしとして却下された家永
:;;;二;:t’~=:'~:;①と③では特に人間性を確保す山
教科書裁判のように刷、時間の経過とともに訴えが却下されるケースがしば
しばある。西ドイツの行政裁判所法 1
1
3条 1項 4文は事後違法確認訴訟( F
o
r
t
-
このように事後違法確認訴訟は、訴訟要件を厳格に適用したときには却下
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u
n
g
s
k
l
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g
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)ionという訴訟類型をおいている。同文によると、
判決となるようなケースにおいて、名普段損の事実を残さないという目的で、
「行政行為が撤回またはその他の方法によりすでに解決されている場合にお
あるいは同種行平行為の反復を回避するという目的で、必ずしも立法者が当
いて、原告がその違法の確認につき正当な利益を有するときは、裁判所は、
ア山つ九機能をもつものと同や創造的明され川向
申立てにより、判決で、行政行為が違法であった旨を宣言する J
。この確認訴
訟は元来、国家賠償訴訟、結果除去請求訴訟および補償請求訴訟などにおけ
る本案判断の先決問題として行政行為の違法確認をするところにその主要な
(ニ)訴訟利息
機能をもっていた。ところが今日では、伝統的な見解によれば時間の経過な
日本の年金・保険などに関する取消訴訟では、事実上、給付を命ずる勝訴
どに伴い訴の利益が失われ、かつ国家賠償訴訟としての成立も困難なケース
判決においても主文で利息分の金員の支払いが命ぜられることはなく、行政
において、同種事件の反復を回避する目的でこの訴訟は多用されているので
実務においても支払われることはないようである。西ドイツの連邦行政裁判
ある o 現在、特に集会・デモ行進の事件と名誉回復に関する領域での適用が
所は早い時期からドイツ民法2
9
1条を類推適用して吋分的には義務づけ訴訟
などでも訴訟(遅延)利息(P
rozeB-bzw.Verzu~:·;
目だっている。
この訴訟が注目されるようになった事情やその背景となる思想を裁判官た
きた 108) 。 た だ し 判 決 確 定 を ま っ て 初 め て 債 権 が ん ? じ ど だ 出
ちに尋ねてみよう。ある 2分の l勤務(本書3
9
頁参照)の女性裁判官は、この
的であった 1へさ邦社会裁判所はかねて消極的判決を繰り返していたが II l
訴訟をそう簡単に基本権一般の保障と結びつけるわけにはいかないが、自由
最坦になって社 E 保険事件に関して、原告勝訴の場合に行政庁側の責任の会
権の保障のために存在し、今日においてはますます独自の機能をもつように
:~==~~;ょf資格者の申請俊 6 か月たつと金利の請求権が発生すると
なっている[ Schlingmann-W
e
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e
n
b
u
r
g]という。ある上級行政裁判所判事は
「確認の利益は、民事の領域や経済的利益のためにもあるのだから、直ちに基
本権とか人間の尊厳の理念と結びつけることはできない。また法治国家性か
(
2)仮の権利保護
らすぐに、というわけでもない。ただ、反復のおそれがある場合には許され、
わが国では審理期間が非常に長いにも関わらず仮の権利保護が機能してい
正当な利益があればよい J[
C
z
a
j
k
a]。リューネプルクーと級行政裁判所長官
1
2
)0 西ドイツの実務の象徴的な一面はすでに財政訴壬ハ.と外「人訴訟に即
ない 1
1
0
5
) Redeker/vonO
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7日判時 1
3
1
7号3
6
頁
。
1
0
6)東京高判平元年 6月2
1
0
7)遂行的確認訴訟や違法宜曾訴訟とし寸訳語がある。小山正普 f
“遂行的確認訴訟”について j山口経済
学雑誌3
7巻 5
.
6
号 (
1
9
8
8
)3
4
1頁以下および同頁注 l
)に掲げられた邦崎文献を参照。
1
0
8
) BVwGv.20.12.1960,NJW 1
9
6
0
,
S
.
7
4
7
.特に考え方を示すものとして、 BVwGv
.
1
8
.
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1
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~,::vl,,:c,:,::で山少し仮の権利保護の基本理zと全体像問てみ
川
v.~~~~ :~~: 19
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~sar~r:戸~¥~:=::~!、;~:~~=~;謀説;主主治三主将;·=~~
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1
2)本2
定判決までの J
V
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問が短』才れぱ仮の権利保護の架たすペ
:
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ー川尻述のように多くは国民に有利に執f
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:されている;いとされるが、日本の
340 第 7輩
行政事件からみた親切な訴鉛
34/125
341
(イ)執行停止と仮命令
行政訴訟での執行停止や仮命令の歴史に立ち入るいとまはない 12九戦後に
コ い の 仮 の 権 利 保 護 は こ の1
5年の間に「異例なほどの意義の増大J
I印
おいて仮命令は、 1949年の基本法が 1
9条 4項で実効的な権利保護を保障して
をみたロ最高裁判例はその総体として刊反の権利保護は立法者の贈物ではな
以来、ラインラント=プァルツ州の行政裁判所法( 5
0年)や連邦行政裁判所
いjことを示してきた 114)。基本法 1
9条 4項 1文は、「何人も、公権力によって
法(5
2年)で明文化され、 6
0年の行政裁判所法で全固化された。
jと規定している。
~;::~:ロぷ誌立;:::;~:~~i:~:午I];;::;
~~~~;士官庁辛口~~;:::~:~:二ぷヰ
~~ ~~:~::~;~~::::~,;~~~,:::~~~;::t
;:;~~
その権利を侵害されたときは、出訴の途があたえられる
西ドイツの現在の行政系訴訟は、既成事実の現状回復は著しく困難である
から違法な既成事実がつくられてはならない聞ということから出発する。連
邦行政裁判所も、執行停止は権利保護の重要な要素に属すと述べてきた則。
性を保障j し 市 民 は 「 事 実 上 有 効 な 裁 判 統 制 的 権 ? ; を も っ 11 )0 執行
それはとりわけナチス時代の歴史の反省に基づいている。仮命令については
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rGrund z
)である I )o 執
停止は公法上の訴訟の基本原則(f
が与えられるかプか J
I川である、と
後に触れるが、執行停止についてそれが行政作用であるかどうかを問う声は
見あたらない 124)0
周知の通り、行政裁判所法は 80条で執行停止を、 1
2
3条で積極的な仮命令を
これらの判例を促進する形で、あるいは
きた 11)0 最近相欠 3で、仮の権利保護に関する研究書が著されている
定め、万全の仮の救済制度をおいている。執行停止は原則として判決が確定
するまで続く則。両条は仮の救済手段として相互補完的なものとして予定さ
れているが( v
g
l
.
,§
1
2
3V VwGO)、それは単に名目的にのみ補完的なのでは
ない。本章第 5節でも触れるが、裁判所は「申立ての表現には拘束されない J
0
法関係が多極化:複雑化山る現代にあって、筆者械の?利雪?で
(
§
8
8VwGO)ため、両条のいず、れかに基づく仮の権利保護の申立は他の条文
T
しい調整困難な課題に直面していることを否定す 刊 で は な 。
を承知しつつも本書では仮の権利保護の法制と、」の問題に対する裁判官の
に基づくものとしても扱われる(判例・通説) 12ヘ仮の救済の申立は日本とは
異なり、明文規定により本案訴訟提起前でも許される( §
8
0V,1
2
3 IVwGO
。
)
基本姿勢を明らかにすることに重点をおきたい。新しい課題は応用問題とし
異議審査庁に対する執行停止の申立を経る必要もない m 。社会裁判所法の注
て処理されるべきであると考えるからである。
釈書では執行停止の申立は本案の提起を必要とするという解説削があるが、
1
2
1
)仮命令に関する規定は 1
9
0
0年前後からドイツのごく一部の地峡で見られるが、ほとんど実施に移された
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~~; ~i~~;;~b~~~J-~~~ぷぉ263 [2川
…
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とは Lhえないものであった。唯一オルデンプルクで仮処分制度が機能した。オルデンプルク上級行政裁判所
は独立の裁判官が勤務するただ lつの真の毅判所であったといわれる (H.R
ohmeyer,
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4)。この裁判所について、本
•288頁参照。
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4)注釈書類のほか、概説的な G
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.このため執行停止は審級単位で裁判所が認め
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るべきとし ヴ立法論がある。
n usw.
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342
第 7章
行政事件からみた親切な訴訟
35/125
343
こで、連邦司法省において 8
7年春まで統一行政訴訟法の担当者であった
そもそも社会裁判権では無形式が支配しており、この本案訴訟が口頭、ハガ
Meyer-Ladewigは、いっそうの改善を要する、と考えている国}。
キや手紙、電報、テレックスなど形式を問わずに認められること、既述のよ
五に不服審査請求と混同される程度のものでよいことに注意しておく必要が
(ロ)仮の救済の実務
よる。日本において素人が本案の訴状と執行停止を求める申立書を短期間に
①即時執行を必要とする公益性
準備することは容易ではないが、西ドイツにあっては普通の市民が普通の紙
本稿の文脈では執行停止の本質論はあま
り重要性をもたないので側、ここでは法規定と実務の柔軟さを紹介するにと
に「不満があるので争いたい。仮の権利保護をお願いする j と書けばそれで
どめたい。行政裁判所法に基づく自動的執行停止は、原則として訴訟要件具
十分である
3
川 0§
6
9FGO)ことは本章の始
財政裁判み法が執行不停止原則をとる( §
備とは無関係に、したがって当然に本案勝訴の可能性とも関係なく行われる
(通説)問。行政庁が自動的執行停止の適用事件であることを誤認して執行
めに述べた o 仮命令も可能である( §
1
1
4FGO
)ロ財政裁判権でも、最高裁判例
しようとする場合には、訴訟要件不備の可能性があっても、執行停止が命じ
によれば、執行停止の申立は、申立人の真意に沿うように、場合によっては
られる則。訴訟要件や本案勝訴の可能性は即時執行命令を発するにあたって
仮命令の申立と解釈されなければならない問。
社会裁判所法の仮の権利保護の構造は、制定時期からくる時代的制約によ
考慮されるが、行政実務は疑わしい場合には執行を停止する刷。
即時執行を必要とする公益がある場合にのみ、執行停止原則の例外が認め
り、行政裁判所法よりも劣っていると評価されている。立法形式上は、負担
られる。この公益は、当該関係法律の執行というすべての法律に内在する公
的行政行為については原則的には執行停止をとらず例外的に執行停止効が生
益では足りない酬。インタヴユーの際に、誰もが、即時執行を必要とする公
ずることとなっている( §
9
7ISGG)印}。仮命令についても同法は一般的な規
益のあるケースとして真っ先にあげたのは、崩壊しつつある家屋の取り壊し
定をおいてはいない山}。
ア弓した事情から従来の通説は社会裁判権では仮命令は許されていないと
命令である。人が死傷するかもしれないというような非常に具体的な場合に
公益性が認められる。注釈書で執行が停止されないものとされている例をあ
し
二
し
).
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ζ
げると、飲酒運転をして現場から逃走した試用警察官の免職処分、女子生徒
に連邦行政裁判所は、仮命令を定めていない訴訟法にあっても、「ご般的??
との性的関係を理由とする教師の配置転換、倫理違反の営業活動の禁止処分、
治国家原則の表現」として仮命令が発せられることを認めていた山、つい ι
無認可施設・工場の操業禁止処分などである川。処分が「明らかに適法Jの
7
7
年に連邦憲法裁判所は、基本法 1
9条 4項の権利保護の保障が要求する限り
場合には不停止に傾く
で、社会裁判権でも行政裁判所法 1
2
3条を準用して、仮命令は許されるとの判
)。即時執行をする場合には、緊急措置の場合を除い
1
4
2
て、通りいっぺんではない具体的理由が文書により示されねばならず( §
8
0I
I
I
決を下し印}、従来の論争に終止符がうたれた。判例による改善があったとは
VwGO)、理由が不備の場合、追完はできず、執行の取消しが命じられること
いえ、基本法 1
9条 4項の権利保護の要請からはなお不十分な状態にある。そ
2躍fl.4~話~~;iii市:Ei~~~~JjfE~;(i~~::~::
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) Kopp,S.7
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.理鈴上は訴訟要件を満たすものに限って
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.)が、訴訟要件の具備が明確でない場
停止効を認める ιとにならざるをえない( E
合の執行停止も問題なのである。
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) OVGMunsterv.22.11.1985,NVwZ1
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0)多数の判例を含めて、 v
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ζ の公益性の判断にあたっては法律の規定を手がかりにする
:含::~~:~~告;;~:'.;~~1記誌ト:~f忍:ムし
ふとはできないとされる。法律の規定は偶然に左右されているからである。
の利益j を考える際に参考となろう。
ζ うした考え方は、日本の「訴
1
4
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1
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) BVerfG1
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2.
[
心V 1982.S.450= NVwZ1982,S.241.
芯~]~:;~~~;:論 Ii少ない。さしあたり、 vgl. ,Mey山
行政事件からみた親切な訴訟
344
第 7章
36/125
345
になる 143。
)
所が許可の仮命令を発し、翌日、申立人に電話で伝えられた。だが講座設置
社会裁判所法は無効確認、訴訟の提起に自動的な執行停止を認める( §
9
7 I
者はなお許可をしなかったので、申立人は同日、強制金による履行の強制を
Nr.
3SGG)144>。行政裁判所法には明文はないが、無効確認訴訟は取消訴訟と
4日に行政裁判所は不履行の場合』こ 2
0
0
0マルク(約問円)の
申し立てた。 2
しても扱われる附ので執行停止が認められている。
強制金を課す旨の決定を行った l問。( b)特別の事情のあるケースではある
②行政行為の適法性についての「重大な疑い」
行政裁判権でも例外的に
が、仮命令によって医学部での修学許可を与えることがある刷 n
自動的執行停止を受けない領域がある( §
8
6I
IVwGO)。この場合でもごく普
{確かに、都市計画などでは執行停止が認められることは少ない。それは利
通に停止が認められる凶}。執行停止要件である行政行為の適法性についての
害関係者が多数存するために事前の行政過程で住民の参加がよく行われてい
「重大な疑い( e
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)」は、「少なくとも敗訴と同程度の勝訴の可
るからである[ E
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r]。西ドイツでは確定判決があるまで行政
能性( m
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)Jで足りる
側が既成事実を創出することは一般に困難である。それゆえ、わが国ではあ
(判例・通説)問。
③柔軟・迅速な対応
まり聞かないことであるが、西ドイツでは役人が訴訟遅延をなげくという構
図となる[C
l
a
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。
]
裁判所は執行済みの行政行為の執行の取消を命ずる
ことができる( §
8
0 V VwGO)148>。これは、実効的な権利保護の要請に基づ
く1刷。社会裁判所法には明文はないが同様に扱われる酬。執行停止命令にも
(ハ)仮命令の考え方
関わらず執行される場合には、裁判所は仮命令を発することができる則。
1
9
6
0年代には仮命令が基本法上の実効的権利保護の保障のために設けられ
既述のように原則執行停止が適用される事件でも例外的に、行政庁が文書
た制度であることを承認しつつも、仮命令が本質的に「執行行為Jであると
で理由を付して即時執行ができる。この即時執行に対して被処分者が執行停
する説が存在していた問。今日ではこのような見解は否定されたといってよ
止を申し立てるとき、行政庁による即時執行命令があってから被処分者の申
く、・本稿で利用している諸文献でも仮の権利保護をこのような観点から取
立を受けた裁判所の決定までに時間がかかるのが普通であるから、裁判所は
り上げて論じているものはみあたらない l刷
。 7
0年代後半の一連の上級行政裁
通常、裁判所の決定あるまで執行を見合わせるよう非公式に行政機関に強く
判所判決は、基本法の定める権利保護観から必要な場合には、行政庁に認め
勧める。それにも関わらず執行される危険があると、裁判所または単独で裁
られた裁量権や判断余地がゼ、ロに収縮しないときにも、仮命令を認めており
判長が権利保護の実効性を確保するために、正式の決定あるまでの期限っき
?れは通説である m 。仮命令は原則として最終的決定を先取りするものでは
の「仮の執行停止j を命ずることができる問。保全訴訟にさらに仮の保全手
ないが、本案判決を待つては権利保護の機会を失うことになる場合には、本
段があるのである。
案先取り決定が許される問。この種の行政領域はデモ・集会関係、社会保障、
迅速な仮命令の実例をあげておこう。( a)ある公的な技術入門講座受講の
学校・教育関係、官吏関係、外国人法関係、審査関係など広範囲に及んでい
許可を与えられなかった申立人が仮命令を求めた。 8
5年 5月2
2日に行政裁判
1
5
2
) Redeker/vonO
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zv.14.4.1987,NVwZ1
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.(Anm.10),
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u§
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.
1
4
8)即時執行命令の取消もありうる。 Rcdeker/vonO
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,
S
.
8
2
2.
.:の判決によると、仮命令を発するに際しては事情に
応じて刑罰を予告( S
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r
a
f
a
n
d
r
o
h
u
n
g)してよいとする。
8日であった。強制金を課す旨の決定は、
1
5
3)ただし、この事件では、最初の仮命令が文書でとどいたのは 2
.
1
6
.
7
.
8
5
, NVwZ1
9
8
6
,S
.
4
8
8
.
仮命令書の正式な送遼前であったから、無効とされた。 VGHMannheimv
強制金( §
1
7
2VwGO,§
1
5
4 FGO,§
2
0
1 SGG)を責任ある官吏に求償請求する可能性については、さしあた
g
l
..
R
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1
5
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) VGHK
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lv.12.9.1986,NVwZ1
9
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,
S
.
7
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4
.
1
5
5
) Rohmeyer,
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.
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.
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.(Anm.121).
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.
1
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・BerndBender,Diee
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eAnordnur
】
g
(
§
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2
3VwGO),
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~ ."~~i :~~::;:公llh
m日n
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,
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.(A
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『I
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.
1
1
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.
m ただし少数説がある。文献・判例は、 vgl ・ .Kop~·.s. i
ム
O
f
.
1
5
8)倒村栄治『行政訴訟に .
Bける仮の救済( 3)J法協9
3巻 1
1号 (
1
9
7
6
)1
4
0
9頁参照。
346 第 7章
行政事件からみた親切な訴飴
37/125
347
司
司
.
,
る問。明らかに訴訟要件や本案勝訴要件を満たさない場合には、仮命令の申
は別個に確かめられてよい。そこで彼らが憲法レベルと訴訟法レベルで仮の
権利保護をどう考えているかを探ってみよう。
立は却下されるべきであるが、執行停止と同様に本案勝訴の見通しカtはつき
りしないということはそれを発するうえでの障害とならない 160)
憲法規定と仮の権利保護との関係についての今日の標準的見解は、 8
7
年末
*「仮の権利保護が行政の問題であるという見解は、今ではなし E。法状況が明
以来上級行政裁判所判事をも務めるハイデルベルク大学教授 S
c
h
m
i
d
t
A.Bmannの次のような整理であろう。すなわち、「既成事実または回復不都な
Brohm
。
]
確であれぱ、それを基礎とした判決は行政権への侵犯とはならない J[
「いつから考え方が変わってきたかは資料を詳しく調べなければ言えないが、戦
4
後は少なくとも仮の権利保護は行政上の問題ではなく法の問題として考えられて
損害が生ずる危険は、基本法 1
9条 4項が対象とする分野では国が形成・
M
a
u
r
e
r
。
]
いる J[
手段をもっているが故に、他の裁判権領域以上に強いから、結果として仮の
西ドイツの全土で、多数の条件を付した仮命令決定がしばしば行われる(本
権利保護のための十分な諸形式が同項の特別のテーマとなる。もしも訴訟法
行
書1
4頁参照)。日本の常識はこれを行政権に対する越権行為と見るであろう。
に仮の権利保護手段が一切欠けておれば、基本法 1
9条 4項によって実定法上
このような決定はすべての行政領域においてではなく、デモ行進・集会とい
もっとも近い規定を類推適用して、法の欠敏が埋められる」(要旨)刷。この
った憲法上保障された重要な基本権の領域で例外的に認められる[連邦特許
ような考え方は法律実務家の共有財産となっている。バイエルン内務省職員
裁判所長官 P
a
k
u
s
c
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,L
a
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i
k]。すなわち一方で、この重要な権利と、他方
[
Honnacker]も、仮の権利保護が憲法上重要な規定であることを強調する a
一
でそれらの行為が号|き起こしうる騒動や混乱に対する配慮、が必要であり、初
大学教授 Knemeyerも、仮の権利保護はマグナ・カノレタであると称する o
めから禁止するのではなく、可能な限り権利行使を認める方向で決定がなさ
判官たちにとってはいわずもがなのことである[上級行政裁判所長官 E
n
-
れる結果、多くの条件を含むことになるという。ごく例外的に負担付の裁判
~ema叫自動的停止効は基本原別であって、これがないと判決が役にたた
a
z
i
k
。
]
決定が批判されることがあるが、通常は批判されていない[ L
ない( o
b
s
o
l
e
t)から、行政訴訟が全体としてもはや意味をもたなくなよ
[
L
a
z
i
k]。停止効は「人間の尊厳J(基本法 1条 1項)の表現である「W
i
t
t・
仮命令における積極的判断はすでに行政活動ではないか、という質問に対
man仏か?して仮の権利保護があるから西ドイツでは行政訴訟が多
[
Ja
n
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a
s
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h1問 。
E
i
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b
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i
l
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t
i
g
k
e
i
t)
と
しては次のような答えがあった。「事件が緊急性をもっ (
いう観点、のもとで、行政裁判権と行政の分離の例外として認められる。もし
i
なる
この緊急性の要件が欠け、本案訴訟であれば、多数の条件をつけない普通の
それでは、もし仮命令制度を定めた行政裁判所法1
2
3
条が削除されたらど今
[
P
a
k
u
s
c
h
e
r]。また緊急性がある場合に限られるの
義務づけ判決が行われる J
評価されるのであろうか o まず、削除の段階であれば、それはただちには主
で、多数の条件付の仮命令を拡大適用することはできない。この傾向は今後
憲とはならない、という見解がある o 民訴法を概括的に準用する行政裁判所
とも変わらないであろう[ P
akuscher
。
]
法の規定からして民訴法の定める仮処分の規定が準用されるからである
[
P
a
k
u
s
c
h
e
r
,G
r
o
t
h
e
e
r]。しかしすでに存在する仮処分が廃止されればそれ
は違憲となる[ L
a
z
i
k
,Wittmann]、法律で禁止されれば違憲の事態が生ずる
(ニ)もし仮命令の規定がなかったら
基本法は、行政事件での仮の権利保護を明文で規定しているわけではない。
[
P
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,K
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p
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e
r]、本案訴訟の結果をまっては遅すぎる一定種類の事
しかし、実定訴訟法や連邦憲法裁判所ならびに連邦行政裁判所などの実務が
]などの意見があった。以上の通り、イ
件では違憲となる[ Brohm,Maurer
仮の権利保護を重視していることは、すでに繰り返し述べた。もっとも最高
ンタヴューにおいて仮の権利保護を話題としたときには、すべての法律家が
裁判例の考え方が多数の現役裁判官たちの共通の意識になっているかどうか
その制度の現実における重要性と憲法上の不可欠性を力説している。
1
9
8
4
,
S
.
4
9
8
f
.を参照。
1
6
0
) Kopp,S
.
1
2
7
0
f
.
1
5
9) ιの問題一般については、特に、 F
i
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k
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l
n
b
u
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n
k
.S
.2
3
1任を、生活保護における満足的仮命令の許
容条件・範囲については、 H.R
o
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t
e
r(連邦行政裁判所判取) ,I
I
i
l
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b
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p (上級行政裁判所判寝入 NVwZ
1
0・
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9
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,
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.
1
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1
8
3
)
.
1
6
1
) Schrnidt-ABmann,a.a.O.(Anm.117),
S
.
1
4
9
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g
l BVerfGv l
9・
附 J
anna
叫 は 、 ζ の際フランスの行政裁判官の消極住を引合いに.出した。
348 第 7章
行政事件からみた親切な訴訟
38/125
349
務づけ訴訟で争うべきか一般給付訴訟で争うべきかはっきりしない場合もあ
(3)義務づけ訴訟の考え方
る。この場合には、後にも詳論するが、裁判官は「善解Jによって対応する。
仮命令の実務がすでに上述のように一般化しているから、義務づ勾訟の
そもそも義務づけ訴訟の背後には、抗告訴訟にのりがたい事件を始末するた
許容性をめぐる議論は、管見の限りでは、見いだすことができない刷。かえ
って
めに一般給付訴訟が、基本法 1
9条 4項による権利保障の「不可避的論理的帰
連邦憲法裁判所は給付訴訟や義務づけ訴訟ではなお抑制的である
u
f
f
a
n
g
k
l
a
g
e
)J168>として存在している。このことに見
結である受け皿訴訟( A
日 仙 叶 と い う 声 同 る o 裁判官たちにあってもこれがいつから認められて
られるように、義務づけ訴訟を突出した性格のものとする考え方はないので
きたかという問題意識はない。すでにプロイセン行政裁判所時代からあった
ある。
[
J
a
n
n
a
s
c
h]、わからない[Maurer]、その萌芽は第一次大戦前後にあったが
戦後のもの[ K
rasney]、戦後のこと[Endemann]、などさまざまの見解があ
った
4 審理手続原則も重要である
みづ、け訴訟は、実効的権利保護の必要性から、今日ではあまりに当り前
の訴訟形態となった。そこで例えば申請拒否処分は義務づ、け訴訟で争う三
(1)審理手続原則
が当然視され、逆にこれを取消訴訟で争えば却下となるかどうか、といっ嗣
端的に言って日本の戦後の、とりわけ最近の行政訴訟の実務は民事訴訟の
争まである o連邦行政裁判所の判例は、申請拒否処分を単独取消訴訟 (
i
s
o
l
i
e
r
-
t
eA伽 h叩
当事者主義や弁論主義に極限まで接近してきた。それが理論上必然的なもの
s
k
l
a
g
e
)で争うことを認めているが問、これに対して取消訴訟
であればそれはそれで仕方がないかもしれない。逆に西ドイツの民事訴訟は
と義務づけ訴訟は補充関係にないので、義務づけ訴訟のみで争うべきとの有
行政系訴訟の審理にきわめて近づき、裁判官の役割にも変化が見られる I刷
。
力な解釈がある 165)。いずれの説によるにせよ、裁判官の考?に従い出訴した
F.Baurによれば、訴訟の「社会的任務」が語られてきたこの数十年間の動向
ものとして善解されるので原告に危険の及ぶ議論ではない) 0 そもそも国民
は、なお細心の注意を払うべき課題が残っているとはいえ、紛れもなく好ま
は取消訴訟や義務づけ訴訟という難しい言葉を知ってい?わけではなく、今
日では、例えばある給付を得られるかどうか、ある集会かできるかどうかと
しいものであった 17ヘ職権主義や集中主義はかつて行政系訴訟の特色であっ
よ実体問題が争点である。取消訴訟として提起されている場合に裁判所は
たが、近年、全ての訴訟手続法に広がってきた川。逆に行政系訴訟では「職
義主づ、け判決ができるかという筆者の質問に対して、弁護士 ~ailer ~;i 、それ
権主義( A
m
t
s
b
e
t
r
i
e
b
,Amtsmaxime)Jにはさしたる注釈は加えられてはお
は当然のことであってたいていの場合「取消訴訟は義務づけ訴訟と結びつけ
L
られている。審理の結果、理由があれば判決主文でます元の行政行為を取
消して、ついで行政庁に義務づけるのが通常である j という 167)。さらに、議
1
6
3)ただし、本宣伝注 1
5
6)参照。
みるように種々の原則に分けて論じられている。
口頭弁論のあり方といえば、わが国ではシュトゥツトガルト・モデルがあ
ついて j法学研究(慶応大学) 5
9巻 1
2号 (
1
9
8
6
)3
1
3頁以下などを参照。関連する文献は裁判官の研修報告を
含めて多数あるが省略する。
1
7
0
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i
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t 1
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,
S
.
4
2
4仔.職権探知主義と民事訴訟の弁論主義の折衷化現象につき、 U
l
e
,
S
.
1
3
0
;
Schmidt-ABmann,a.a.O.(Anm.117) S
.
1
2
0
.職権主義と弁論主義の関係は 1
9
8
7年のドイツ裁判官大会で
のテーマでもあった。ごく最近の裁判官連盟機関誌での議論として、 v
g
l
.,
R
o
b
e
r
tHerr(州上級裁判所裁判
長
),
DRiZ 1
9
8
8
,
S
.
5
7
f
f
.
; Eike S
c
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t (放判官を兼職する大学教綬) ,DRiZ 1
9
8
8
,
S
.
5
9
f
f
.
; H.ー M.
Pawlowski (大学教綬) ,DRiZ1
9
8
8
,
S
.
3
3
4
f
.
1
7
1
) W.Bcrg{大学教綬) ,
G
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u
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d
s
1
H
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sv
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.
f
.
M
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r
(Anm.124).
S
.
5
3
8
.
1
7
2)例えば、 K
o
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p
,
S
.
8
8
3
;Redeker/vonO
e
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z
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,
S
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6
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c
,
S
.
1
3
2
.その他、 K
o
e
h
l
e
rおよび Schunck/
DeC
l
e
r
kなどのコンメンタールにあっても同僚である。
1
7
3)阿部泰降「西ドイツの行政裁判J公法研究3
8号 (
1
9
7
6
)1
6
2頁を参照。
ー
~:!~ !~;~ぷ~~~~:;主じるという説(H;.-;~~ L~;~in:;;;おi~~~i~;;~)A~f~~;~~~~!~~;;
F出 t
s
c
h
.
f
.
M
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r(Anm.124),
S
.
4
4
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.
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,
S
.
2
1
9
f
.
; y
e
1 m
らず問、日本において職権主義なる言葉でイメージされること 173)は、以下に
r e
r
,
そのことを明言す三 現実ドち連邦行政裁判所としては例外的にある
onO
e
r
t
z
e
n
,S
.
1
4
3)がある。
附 Redeker/vonO
e
r
t肌 S川 ま
当該ーでは…取消訴訟を許される
部は、義務づけ訴訟のみ認められるといいつつ
1
,E3
8
,
9
9 ~州)。
.
ではそのように表現されている(筆者も数件
川 事 実 、 何 ら か の 行 政 処 分 か 介 在 す る ぞ っ 史 認 民政処分の取消し自体は行政庁の任務とれ
の判決文を入手した)。 V
g
l
.,
K
o
p
p
,
S
.
1
1
4
1
. つ
f
る者(U
l
e
,
S
.
1
4
8)がある。
~:!~ ~言明~~~i~~l~~;i沼山3))、山本克己(第 4 蹴凶7))、栗田睦雄「附観点の開示1 に
行政事件カ、らみた親切な訴訟
350 第 7章
39/125
351
まりに有名である。その創案者 Bender自身、改善対象として考えたのは民事
ければならないことを意味し、これにより裁判所に直接的な「出し抜げ
訴訟だけであった。彼が努力をした当時に、広義の民事訴訟に含まれる労働
(
u
n
v
e
r
m
i
t
t
e
l
t
)J
の印象が与えられねばならない。この原則は、当事者の陳
訴訟や行政系訴訟に属す行政・財政・社会の各裁判権では迅速な訴訟が行わ
述を直接「聞いた」裁判官から判決を得るという「法的聴聞」の要請にも奉
れていた[ R.Bender
]のである o*
仕する。直接’性の要請は、裁判官が注意を怠ることなく審理をフォローする
*例えば社会裁判権での審理方式はほとんどこのモデルにあたるものであった
こと、特に「眠って j いなかったことを求める 176)。さらに、やむをえず裁判
からスタイル変更の必要はなかったし[v
onW
u
l
f
f
e
n
,K
r
a
s
n
e
y]、司法改革の荒
官の交代が行われるときには、新しい裁判官がすでに補充裁判官として全審
波にもまれることが少なかった[ K
r
a
s
n
e
y]。ある行政裁判所長官が、「シユトウツ
理に参加していたことが必要とされる lヘ確かに行政・財政訴訟では、民事
W
e
h
r
l]と述べたように、日本ほど知られ
トガルト・モデルって何でしたつけ J[
訴訟と同様に、明文の禁止規定はないので同一事件における裁判官の交代は
ていない一面がある。
理論的には可能である[K
i
s
s
e
l
,vonWul百en]が、裁判実務においては直接
行政系訴訟では、裁判官、ことに裁判長は口頭弁論の際に原告にその主張
主義の適用がなされ、長期に及ぶことが予想される場合には、最初から職業
を全うさせるように援助をしなければならず、さもないと手続は違法となる
裁判官と名誉職裁判官を問わず補充裁判官が陪席する[ L
o
t
z
, H.K
u
t
t
e
r1
.
.
[Kopp]。この意識は現役裁判官を強く支配しているが、その手続の諸原則を
*Czajkaは、ほとんど実例はないが裁判官が病気になったとき回復後再ひ・審
Tschira/SchmittG
l
a
e
s
e
rの整理に従って紹介しよう川。以下にあげる@ゆ
理に加われるという。刑事訴訟ではきわめて厳格な直接主義が定められている
7
人の裁判官が数分でも退廷し、あるいは眠ってしまえばそれだけで上告事由 t
および⑥の原則には簡単に言及し、詳しくは次節で扱う。
A
こ
①処分主義( V
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r
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l
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g
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g
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u
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,Dispositionsmaxime)がある。裁判官
なる( §
3
3
8 IS
t
r
a
f
P
G)。裁判官が病気・死亡等で以後出廷できなくなると文宰
は原告の主張に沿って柔軟な対応をするが、原告の意思を越えることがない
1
3頁参照)に紹ふ
通り最初から審理が繰り返されなければならない。本古冒頭 (
ようにこの原則が歯止めとなる( §
8
8VwGO,§
9
6FGO,§
1
2
3SGG
。
)
した R
.Schmidtが参与した事件でも当初 1名ずつ補充の職業裁判官と名誉職裁
判官が陪席し、結審が間近になったころにはずされた。
U
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)(
§
8
6 IVwGO, §
7
6 FGO, §
1
0
3
②職権探知主義 (
SGG)は、決定にとり重要な事実について裁判所が責任を持つというもの。
∼4
件しかなく、しか
財政裁判所では口頭弁論を 2回以上必要とするのは年に 3
も弁論は集中的に、例えば 1か月以内に行われるから、通常は補充裁判官を必要
?しない[ I
I
.
K
u
③第 3は当事者の釈明を求める裁判官の義務( A
u
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k
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u
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g
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t)である(§
8
6I
l
lVwGO,§
7
6FGO,§
1
0
3SGG)。配慮、原則( F
t
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c
h
t
) [Kopp]あ
訟でも、連邦労働裁判所でも補充裁判官が出廷する事件を一度も体験したことは
るいは指示義務とも表現される。ドイツ民訴法 1
3
9条 1項に該当する。
ない、と言う。阿部泰隆は、素人裁判官が職業裁判官の意見に同意しない時には
l
1
2VwG0,§103FG0,§129SGG
。
)
④さらに口頭主義と直接主義がある( §
期日を延期して次回に別の素人裁判官と合議する、と紹介している悶}。しかし、
まず、裁判の口頭主義については、確かに、これを基本法から導くことは
行政裁判所でも財政裁判所でも、仮に延期して新しい名背職裁判官が来れば 口
できない問。また、行政系訴訟では、裁判所によりすすめられる書面による
頭弁論はーからやり直されなければないが、この場合、原告・被告に言い訳ふで
準備が重要な役割を果たすので、刑事訴訟などと異なり当事者の口頭による
きない[ H.
K
u
t
t
e
r]。阿部の紹介する事’情は「1
5年前にはあったかと思う。裁判官
陳述こそが全てというわけではない。しかし、口頭弁論はきわめて重要であ
の退職などに伴う配置替えが稀にあるが、審理が継続中であれば、およそ『根本
るから項を改めて述べよう。
onGrunda
u
s
)j新しく行われるので、従来の訴訟記録に同意をして新し
から( v
く加わった裁判官の下で弁論が継続されるということは考えることができない J
つぎに、直接性の原則は、審理が判決をする裁判官の面前で直接に行わな
1
7
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.例えば、 U
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.においても一連の原則が級われているが、そ
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)K
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,
S
.
1
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3
.上級行政裁判所の 1時間半以内の口頭弁論の際に 人
数分ずつ目を閉じて弁論を院
l人の女性裁判官が数度にわたっ ι
1
いでし;なかったため、連邦行政裁判所は破棄判決をした( BVerwG
.
4
1
3)。わか倒では裁判官の居眠りは珍しくない。
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.
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,
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.
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.
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, NJW削 , S
)Kopp.S
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i充裁判官について K
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l只 1
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1
1
1
1仔
、
の基調は、最近の現役行政裁判官の意織からややずれているように思われる。なお、本文に述べる諸原則、
例えば処分主義、当事者主義などの m
語法は必ずしも一致していな b Vg
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) Schmiclt-ABmann,a.a.O.(Anm.117),
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.ただし、 v
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,K
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,
S
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1
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0
3
.
口8)阿部泰隆「本音と建前J 法セミ 386号“ 987)一~;;頁。
352 第 7章
行政事件からみた親切な訴訟
40/125
353
」~山
〔
HK
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e
直接主義に関連する特色をあげよう o まず、原告本人か出廷することが非
骨に多く、しばしば本人が裁判官席に近いところに座ってよく話している。
被告側も、日本の訟務検事に相当する組織があるのは事実上バイエルン州の
みであり、同州でも州が被告の事件で訟務検事がすべてに出廷することはで
きないため、通常は被告庁の官吏が出廷している。紛争が当事者間の真の争
点に即して処理されやすいのである。
わが国では現場検証が減っていることが指摘されている。これに対して西
ドイツでは裁判官の間に、現物や現場を見なければわからない、という意識
がある o 例えばミュンヘン上級行政裁判所でも、集会許可事件などでは現ヲ
検 証 伽stermin)をしばしばやっている o 検証はごく普通にヤわれる。行
ある Jと述べた。日本で研修をした他の裁判官も同趣旨の発言をした。プレーメ
政事件の場合、職権探知主義であるから、裁判官の意志のみで行うことも可
ン上級裁判所でもほとんどすべて l回の弁論で終了する[ H.E
.B
o
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t
c
h
e
r]。行政
能である。とりわけ建築法上の事件では、裁判官が周辺の建築事情に通じて
]
。
裁判所でも 99%は l回で終了する[Wehr!
いるわずかの例を除いて、ほとんど全てのケースで検証が、しかも 2審でも
(
2)口頭弁論の重要性
行われる[ Honnacker]。これにより現場に即した解決が得られる。向上級行
法廷で実際に見た口頭弁論の活発さが本書の研究の 1つの出発点であった
政裁判所の建築事件関係の裁判長 Lazikは、担当する全事件の 20%、年間で
B
l
o筆者が傍聴した民事系・行政系の訴訟のうちで、市民たる原告被告
[写真B
1
5
0
件ないし 1
6
0
件の現場検証を行うという問。同じく耕地整理担当裁判長
本人が法廷に来ていなかったのはただ 1件、ある労働事件の和解における原
Hoechtによると、年に約7
0
件の検証がある。
8]。多くの場合、原告被告は代理人よりも裁判官に近
告 l人であった[写真8
⑤さらに公開原則がある。
0
3条とヨーロツパ人権規約 6
⑥つぎに法的聴聞の原則がある oこれは基本法 1
い席に座っている。原告本人が「傍聴席Jにいるというのは皆無であった。
すべての裁判官によって異口同音に弁論の重要性が述べられた。特に行政
条 1項によって保障されているほか、訴訟法に特に明文規定がおかれている
系裁判官は民事訴訟よりも行政訴訟のそれが重要であり、行政訴訟の方が民
ことがある( §
6
2SGG)o この原則を具体化した規定が民訴法 1
3
9条 3項その他
事訴訟よりおもしろい[上級行政裁判所判事 Konrad]という。若干の発言を
l
0
4VwGO,§
9
3FGO.§
1
1
2
,1
2
1SGG)。法的聴聞の原則は
の訴訟法にある( §
あげよう。民事事件とやや異なり、(相手方が国家権力であるから)行政事件
人間の尊厳の表現1削であるが、他の審理原則からも導かれる。
の口頭弁論は刑事事件の公判と同じく、市民に身近で人間的で分かりやすく
⑦最後に、集中原則( Konsentrationsgrundsatz)がある附。これは訴訟事件
するため非常に重要である[Czajka]。社会裁判権は他の裁判権より口頭弁論
を可能な限り 1回の口頭弁論で処理することを要請する原則であり矧?
の機能が大きい[vonWulff
en]。上級行政裁判所長官 Lotzは、口頭弁論には、
8
7VwG0,§79FG0.§106SGG).
.*基本法 1
4条 4項の迅速性の要請の一部をな
事案を明らかにして当事者と話し合うことと、敗訴する当事者にとっても法
す限りで憲法上の保護を受ける附。
V
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l
l
e
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d
e
rは、民事訴訟に関してであるが日本の口頭弁論の平均的回数を聞
いて、「絶対に想像できなし) 0 われわれのところでは例外的なケースでのみ 2回で
*
•nA・
I+
的討論をしたことで結果を受け入れ易くすることの 2つの目的があるとい
う。彼の経験では、民事では少し事情が違うが、行政事件では口頭弁論が非
倒幸 Ir~ 日間にまとめて相当数の現場を見るようにする[ Lazik, H
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5は、これを主要原則の 1つとしては級っていない。
1
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2)もっとも憲法上確たる保障内容を綴る ζ とはできない( S
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V)といわれる。
179 )地方において行う場口には、 ~J え怯 J 口 Ill 』
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出
行政事件からみた親切な訴訟
354
第 7章
41/125
355
(1)序
し30%(ミュンへン行政裁判所時代の経験につき) [Kopp
、
] 2審で約 10%、
1審ではもっと多い[上級行政裁判所判事・ドイツ行政裁判官連盟議長
国民の権利保護のために多様な訴訟類型が設けられ、訴訟法理論が精敏に
Hanisch
、
] 1審・ 2審とも 25%程度[リューネプルク上級行政裁判所判事
なると、国民は必然的に訴訟手続上不利になるものであろうか。原告本人ま
Czajka]、約20%[行政裁判所長官 Wehrl
、
] 10%程度(連邦行政裁判所での
たは代理人たる弁護士は手続法に関する判例と学説の錯綜状態を十分に知
経験について)[連邦特許裁判所長官 P
akuscher]、(連邦労働裁判所の現在の
り、時に 1
0
年あるいは 2
0年以上も後の最高裁の訴訟手続観を予測して、短い
実務につき) 5ないし 10% [長官 K
i
s
s
e
l]といった数字である。事実上単独
出訴期間のうちに万全の準備をしなければならないのであろうか。西ドイツ
で審理をする社会裁判権 1審でも弁論により見解が変わることは非常に多い
の法律家は日本では行政法が必修の司法試験科目の一部に含まれていないこ
[
vonW
u
l
f
f
e
n]。以上の全ての裁判官は、弁論前に知られていなかった事実が
とに大いに驚いたが、数少ない日本の職業法曹すらよく知らない行政(訴訟)
法廷での法的討議の中で初めて提出される可能性が高いことを指摘した。財
法の知識を、出訴の時点で、裁判官の目からみて完壁なものとして要求する
政裁判所長官 H.Kutterによると、「昔は予め判決の草稿まで用意して法廷に
ことは常識にかなったことであろうか l制。翻って、西ドイツでは裁判官たち
臨むことがあった。最近では訴えの申立事項、事実関係( T
atbestand u
.
はどのように「裁判過程Jを捉えているのであろうか。この節では、原告の
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l
t)および主任裁判官の事件報告用原稿のみを用意する o 結論につ
請求が準備手続と口頭弁論での討論を経て弁論の終結時点までに具体化され
ていくプロセスを紹介したい。
いては予め合議しないし、できない。口頭弁論で初めて得られる事実が多く、
準備書面の中から全てを読み取ることはできない。準備書面から得ていた印
象と全く異なった争点が存在することがしょっちゅう (immer)である。した
(2)訴訟物と善解・訴えの変更
がって口頭弁論は恐ろしく重要( u
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g
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u
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rw
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g)である。どのように立派
(イ)訴訟物論
に書かれた訴状・準備書面も口頭弁論にとってかえることはできない J
I制
。
すでに触れたように、西ドイツの行政訴訟の訴訟物論には解釈論的実益は
ミュンへン行政裁判所長官も、口頭弁論には部としての結果の見込みをもた
相当に少なく、取消訴訟に関して、しかも後の国家賠償訴訟との関係でのみ
ずにのぞむという[ Wehrl
。
] L
o
t
zによれば、連邦行政裁判所では、主任裁判
存在し削、訴えの併合や変更も訴訟物とはほとんど関わりがない附ょうであ
官が事件報告書とともに自己の見解も弁論前に述べるが、バイエルン上級行
?。しばしば引用される連邦行政裁判所の判例附もさして意味のある訴訟物
政裁判所では時間節約のため所見は述べない。主任以外の裁判官の意見に主
論を展開しているわけではなく、本稿で利用している注釈書類でもその重要
性をうかがえない刷。
任が同意することになるのは全く珍しくない[vonW
u
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n
。
] K
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lによる
と、民事の 1審では主任裁判官からいい所見が示されることは稀で、それ故
修習科目とされていないので、行政法を学ぶ機会は乏しし」
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に口頭弁論を伴う真の合議制が不可欠である。
弘~-VerwG
1
8
3)なお、ブラウンシュヴァイク上級裁判所の相当数の裁判官に、副長官室でのコーヒー・タイムの際に、
同様の質問をした。ほとんど予測が変わることはないと曾う人から、 25%以上は変わるという人までさまざ
t家庭事件を専門とするが、
まであった。前者は契約.が決めてとなる債権関係事件を主として扱い、後者' ;
正確なところはわからな L
1
8
4) ι
ι では日本の判例・学説の状況には立ち入る ζ とができない。先駆的業績として、阿部泰隆『行政救
済の実効性J(
1
9
8
5)を参照。司法試験出願者の行政法選択率は 1
9
8
5年度の 19.87%から 1
9
8
9年度の 16.88%に
毎年確実に低下している(法務省資料による)。司法試験合格者にあっても、司法研修所では憲法・行政法は
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よ;;;二;;五~rye~=::~~ご~on~::;~~1九·:~:~.~~:、
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.) 、 山 f
通説J は異なり、 B
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するもの( Kopp’
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1)カ益ある。西ドイツの「通説Jとして E
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.をあげる
::;~よ:~t~せ;?訟法J 糊(宮崎敗摘)を参問。 ζれ附して、わが困問、訴訟物論の「負
356 第 7章
行政事件からみた親切な訴訟
42/125
357
d﹃タ
ゆ−
5 行政訴訟における裁判官の役割
度変わるかを聞いた。 1審の行政事件について口頭弁論を経る事件の 2
0ない
‘
・
慰問であるが、口頭弁論によって、弁論前に持っていた結論予測はどの程
−
・
凶
常に重要である。
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まず、行政訴訟の特殊な性格から、訴訟提起の段階では訴訟物の特定は要
求されない刷。原告の申立ては口頭弁論の終了時までに調書に記載されて確
定する削}。これは、法的に練達していない原告のための配慮、である l刊。すなわ
ち 、 訴 状 の 必 要 的 記 載 事 項 と し て の 訴 訟 物 (S
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§
7
9,
8
2
VwGO)は、行政行為を掲記する 192)または事件( Sache)を特定問}することで
)」は、訴訟の目的
十分である。同様に、訴状に記すべき「申立( Antrag
(
Z
i
e
l
)が十分に認識できることで足りる川。連邦財政裁判所は 1979年に、口
頭弁論終結時までに特定の申立がなくても却下にはならず、訴えの目的が十
分明確であればよいとし、従前の争いに決着をつけた附。控訴にあっても控
訴状における申立内容の特定としては控訴の目的が認識できる程度のもので
十分である附。
(ロ)善解と訴えの変更
訴えの変更も柔軟である。注釈書類によると、訴えの変更は請求( K
l
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-
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b
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n)附または請求原因( Klagegrund)削}が変更される場合に行われ
る。請求原因の変更がなくとも原告が明確に特定した申立が新解釈のできな
い申立に変更される場合も訴えの変更にあたる則。だが、一般に申立の変更
は民事訴訟と異なり訴訟物の変更を意味せず、原告の請求内容の解釈問題と
される 200)うえに、仮に「訴えの変更」に相当するケースでも実務の扱いはほ
とんど無形式なのである。実務においては口頭弁論の際に原告の主張を確か
品,
め、訴状の表記と異なる訴訟類型が正しいものと判断すると、書記官(とい
−−4
っても筆者の見た限り例外なく若い女性)に命じて調書に記載させる。それ
で一件落着である。インタヴューによると昔はこうではなかったそうである。
−
ところで、このような実務は「訴えの変更Jなのか「善解Jなのか、それと
守
削
−
’
−−−
−
−
− −−
もそれ以前の問題であろうか。裁判官であれ研究者であれ答えに窮してしま
−−:
1眠除臥勘
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) Kopp,S.872
1
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4
) Koppにあっ;ては、 Antragは目的( Z
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l
)と言い換えられている o
f
t高判例も含めて、 v
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.,
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4)後に言及するような蹄昭如型の変更事案'
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6にもなく、熱した法律 !
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語ではないように思われる。
358 第 7輩
行政事件からみた親切な訴訟
43/125
359
な原告の目的にのみ拘束される。原告の意志が十分明確で、保護に値する第
ないのである制。
十社会裁判権でも原告は訴訟形式をおよそ特定する必要はなく、例えば「私
三者の利益が対立しない限り、裁判所は解釈を変えることができる制。
例えば公務員の配置転換( Umsetzung
)が行政行為かどうかは明確でない。
は、障害手当が欲しいj と書いてあれば十分で、被告が記されていなくても
配置転換された公務員がこれの取消訴訟を提起したものの裁判所の見解によ
構わない。「我々(裁判官)は、何が問題なのかを解釈しなければならない」。
れば処分性がないという場合、弁論全体から彼の目的を判断して、一般給付
そのようなケースが「全く通常のものである(g
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vonWul任e
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]
訴訟として審理される 210)0 その他の善解の事件を紹介しよう D 事後違法確認、
{写真9
0
]
‘
。
訴訟カ=ら一般給付訴訟への移行は訴えの変更ではなし ~211
*vonWulffenによると、社会裁判権では理論的には取消訴訟と義務づけ訴訟
給付訴訟は事情に
が結びついている場合が通常で、全事件の似をしめる。純粋な取消訴訟、確認
よつては不作為の違法確認訴訟に解釈さるべきである 212)。取消訴訟として提
訴訟、給付訴訟は総計20%程度である。取消訴訟と給付訴訟が結合した形のもの
起された訴訟を義務づけ訴訟に、あるいはその逆に解釈を換えることは、そ
もある。
仮に、訴えの変更となる場合でもそれが原告の裁判を受ける権利を保障す
れが認識可能な訴訟目的に対応しているならば原則として可能であり、かっ
要請されている川}。いいかえれば、取消訴訟と義務づけ訴訟のいずれで争っ
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h)と考
るにふさわしいと考えられると、「裁判所が変更を適切(s
てもいい場合がある川。また、条件などの付款に不満がある場合には訴訟類
えるとき」( §
9
1 I VwGO,§
9
9 I SGG)にあたるものとされる[多数の行政
型の特定が難しいが、原告の意志に即した解釈を裁判官がしなければならな
裁判官]加) 0 変更の手続は調書に簡単にメモが記載されて終りであり、「全
い出}。さらに、例えば一定金額の支払を求める一般給付訴訟を給付決定の義
[上級行政裁判所判事 Konrad]o被告行政庁の同意は不要であ
く簡単である J
務づけ訴訟またはそれに類似の訴訟として川}、建築許可に関する取消訴訟を
る2
0
η 訴えの変更一般は 2審でも可能であり、原告が 1審で勝訴してい?場
同時になお争いうる建築予備決定に対するものとしても扱うことができ、取
合にー裁判所は職権探知原則で対応をする o 控訴審での被告の変更も判例・
消訴訟を、給付訴訟、一般確認訴訟もしくは無効確認訴訟として、義務づけ
訴訟を確認訴訟として、行政行為のある部分に対する取消訴訟を新たな行政
。
通説は認めている 2削
行為を求める義務づけ訴訟として、義務づけ訴訟を結果除去請求を伴う取消
訴訟として解釈できる 217)0 したがって、学問的には、ある処分の争い方につ
(ハ)善解の事例
行政裁判所法8
8条によると、「裁判所は訴えによる請求を越えることは許さ
き取消訴訟か義務づけ訴訟かというような議論はある 218)が、原告にはいずれ
の訴訟を提起しようと却下の恐れはないと言える。
れない。但し、申立の文言に拘束されない」。これは処分主義の表現である。
善解の可能性があるにも関わらず善解をしない場合には指示義務違反とし
裁判所は、最終口頭弁論の時点で弁論の全趣旨に基づいて示される認識可能
2
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2
) BVerwGv.2.6.1965,DOV1
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6)補助金給付締求訴訟を、主務官庁に決定を義務づける袈務づけ訴訟に、あるいは補助金給付申請に対す
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d)を官庁に義務づける義務づけ訴訟に解釈を変えてよい( Kopp,S.214)。ただし、審査
る回答(V
請求前置主義が適用される義務づけ訴訟への Umdeutungは許されないとする判例がある。 BayVGH
v.
2
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8)難民認定拒否処分を争う場合についての、 B
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おお誌にお江口お;
Eyer町tam
お;s:!~''.Jよ;::~~告の同意仰に申立を解釈し直し(umdeutcn)、しか 1却下を山め、取り消
された事件がある( VGHM
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更とみなさない若干のケースを特に列挙している( §
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行政事件からみた親切な訴訟
360 第 7章
44/125
361
ゆえに弁論主義はとられてこなかった出}。職権探知主義には民事訴訟の弁論
て重要な手続の取杭となる[ Badura
]
川
。
善解の余地を狭く認める学説捌}もあるが、その際に障害とされる不服審査
主義が辿った「栄光と悲惨」は認められない加といわれる。しかしここでも
意義づけの変遷が見られる。
前田の要件が、既述のように、連邦行政裁判所の実務では被告の応訴をもっ
第二帝制以来の職権主義の理解は、理論史的に見て過渡的な学説 227)を経
ーたされるとされていることに注意してよい o また、仮に善解で処理しう
て、新しい職権探知主義の解釈にとって代わられる。かつては職権探知主義
る限度を越えると解される場合でも、訴えの変更が簡単であることはすでに
が適用される手続では法的聴聞は無関係であるとする見解があった制。しか
述べた則。
し連邦憲法裁判所は早い時期から職権調査の不十分さは原告の法的聴聞を受
ける権利を侵害するという判決を下してきた 229)。学説には、訴訟当事者が訴
(
3)職権探知主義と法的聴聞・配慮義務
訟の単なる客体にならないように、職権探知主義は社会的法治国家の現代訴
(
イ
) 3つの原則の相互関係
裁判所は権利保護が形式的なことで挫折しないように法律の範囲内におい
訟手続法の原則であり、その違反は裁判手続の破滅となる効果を伴うという
9条
見解もある 230)。しかしこれは少数説であって今日の多くの説明は基本法 1
て努めなければならない2へこの要請に奉仕するいくつ?の原則がある。こ
4項の権利保護原則と関連づけて論じている矧}。これらの論者の中には、「と
こではそのうち職権探知主義、配慮義務=指示義務ならひに法的聴聞の原則
りわけ官庁がその特別の専門的知識やその情報の蓄積を通じて市民に対して
をとりあげる。これらは相互に関わっており、配慮義務は法的聴聞原則=法
もつ優越的地位に照らして」「チャンスの平等としての訴訟手続上の“武器の
的討論義務(E
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)223>~具体化したものでもある制}が、職権探
対等”」の原則を強調する者がある加。
知主義や処分権主義とも関連している。
職権探知主義と弁論主義がこの数十年の聞に接近してきた捌という事情
があるために、職権探知主義を必ずしも基本権保護の憲法原則から説明しな
(ロ)職権探知主義
①歴史的変遷
わが国では、職権証拠調べおよび行政庁の訴訟参加は、事
い説2刊や、探知主義は歴史的な事情から出て来たもので、今日では行政紛争
が訴訟当事者の窓意に委ねられてはならないという意味でのみ理論上正当化
情判決や内閣総理大臣の異議制度とともに古き価値観の表現として消極視さ
できるという見方問}もないではない。しかし、これらは以下に紹介する現役
れることが多い。しかし筆者は職権証拠調べや行政庁の参加は新たな視角の
裁判官の意識とは少し異なっているようである。
下で構成し直されるべきであると考えている。西ドイツでは、職権探知主義
判例を見ると、連邦行政裁判所が、下級審で敗訴した原告に有利に、職権
は行政系訴訟を支配する重要な原則である。真実の発見にかかる公益あるが
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) Schmitt-ABmann,a.a.O.(Anm.117),
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.が鮮ししも。
行政事件からみた親切な訴訟
362 第 7章
45/125
363
−
ー
一
ー
ー
←
.
.
ーー『同圃
調査の不十分を理由として差戻しをした一連のケースがある別。
②裁判官などの見解
あ り ドonWu1仔e
n
.Wehrl]、本来客観的な手続を目標とするものであるが
a
z
i
少しはかり武器の平等の要素が考慮される[L
戦後ドイツの行政訴訟法において、この原則は武器
を持たない市民のために用いられてきた。この感覚は多くの法律家の共有す
同?よ!』こ当事者双方の対審構造をとる J[W
伽叫ためのものである。
るところである[ S
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.Badura〕。事実問題の調査を十分に
ンユレスワィヒ=ホルシユタイン州で保守政権時代に長らく政府代理人を
行わなかったことは上訴理由になるから、職権調査を非常によく行うが
i
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g
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i
nは、次のように述べる J戦後の職権探
してきた行政法専門弁護士 Z
[
L
a
z
i
k]、そのため訴訟が長期化する傾向がある[ Wittmann
。
]
知主義は戦前と意義づけが異なっており、戦後にあっては行政裁判の憲法的
「職権探知主義の中には法治主義と社会国家の 2つの要素を見る。民事で
保障が大きな意味をもっている o 例えば、原発訴訟では百告はほんのわずか
もやはり真実から出発しなければならない。そういう意味でそう強く憲法原
のことを主張すればよい。この種の事件では裁判所が事実を収集する範囲が
則に特徴づけられているわけではなく、全体としては法治国家の要請に基づ
大きくなる D 建築行政事件 C
Bausachen)は当事者間の紛争という面が強いの
くが、社会国家原則は背景において一定の役割を果たしている。封建的な官
で、当事者の主去する事実に限って決着をつける傾向がある。これに対して
憲国家との関係はまったくない」[教授 L
e
r
c
h
e
。
]
警察行政事件なとではより客観的に裁判所が違法性を発見することになる o
「職権探知主義は、市民の権利のためにあるのであって、公共の福祉のため
この職権探知主義は当事者間の武器の平等のため吋わめて重要である o も
っとも民訴の方もこの原則に近づいてきた J
o
に、法治国家と正義の国家の間にある原則である。職権探知主義や配慮義務
は、社会的事件の場合には、社会国家の一要素である」[裁判官歴のある教授
このように、職権調査原則を古い思想の名残りと考える人は皆無であった o
S
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。
]
インタワューの限りでは全法律家がこの原則を少なくとも法治国家の表現と
「裁判所は市民が行政庁に対して弱い地位にあることから出発するので、職
;f~ ~: ~=F~~:~:;;;;:;立??立;=~=:~=~
し、さらに現代憲法の諸原買リと結びつけている o わが国での標準的な理解と
権探知原則は法治国家と社会国家の 2つの原則の表現である。官庁は大きな
機構であり多くの可能性をもつが、財政裁判所では市民には代理人すらつか
ない。不平等な地位関係にある。私はこの原則を重要であると思う口これは
必要がありそうに思われる。
行政裁判権でも適用されるが、武器の平等のためである。私は、裁判官とし
③行政庁の文書提出義務
て、原告が述べたことを越えて行政手続が正しく実施されていたかどうかを
調査する可能性をもたなければならない、と考えている J[財政裁判官 G
r
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。
]
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(a)筆者は西ドイツでの取材中希望する資料
は存在する限りすべて入手できたし、場合によっては作成までしてもらった
(本書5
4頁参照) 0 確かにかの国でも個人情報の保護と公安情報開示の問題は論
じられている。しかし正式の情報公開制度がなく、これを求める国民の声が
「職権探知主義は、法治国家性に傾く原理であって、全能の国家に対して市
:;:;聞かれないこと同議であった。環境破壊が山ば環境法がい
民を保護する機能を持つ。歴史的事情はわからぬが、財政裁判権では市民に
うに、行政闘が提供されておれば行政情報公開制度は不要であろ
利益をもたらす白ただこの原則は大きな裁量を裁判官に与えるので、運用は
?。わが国では民事訴訟準拠により行政訴訟での文書提出の実務は悲惨な状
部ごとに異なる。民訴でも大きな変化があり、職権探知主義に近づいている
主己主;:~:~判官はどのような思想に基づ川か吋務
が、これは社会国家原理の産物( A
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u
B)ともいえよう。弱者にいささかの
ものを提供できるというその方向は正しいと思う J[財政裁判官 S
t
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l
。
]
当事者の文書閲覧権は法的聴聞を受ける権利を実現し、当事者公開の原則
職権探知主義は法的聴聞という特殊な背景を伴った法治国家原則の表現で
を表現する却)。行政裁判所法と財政裁判所法は厳格に行政庁の文書提出義務
部6
)証拠評価の先取りの禁止。 BVerwGv.30.9.1983,NJW1
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???、例外的に拒否ができるという構成をとっている §
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J Meyer-Ladewig,S.559.
364 第 7章
行政事件からみた親切な訴訟
46/125
365
圃圃
FGO)。社会裁判所法は行政庁の文書提出義務を明言せず、提出拒否事由のみ
書で癌の診断の載ったものなどは本人のために部分開示をすることがある」
[Krasney
。
]
を定める( §
1
1
9SGG)が、通説は他の 2法律と同様の解釈をする則。「連邦ま
たは州、|の福利( Wohl) に不利益をもたらす場合Jおよび「文書が法律に従い
西ドイツ司法になお批判的な裁判官の見解もあげておく o「現在の西ドイツ
もしくはその本質上秘密とされなければならない場合Jにのみ、権限ある最
の行政情報の公開度について、いい状態だと思う Ochf
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)0 弁護
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g)を拒むことができる( §
9
9IVwGO
。
)
高監督官庁はその提出・供与( E
士を通じて文書閲覧ができるし、裁判所において官庁は完全に文書を明らか
提出拒否事由は限定列挙である問}。部分的提出の可能性も検討されなければ
にしなければならない義務がある。おそらくそのことが情報公開法の制定を
ならない。連邦・州にとっての不利益は高度の蓋然性をもつものでなければ
緊急としない理由であろう。訴訟になる前にも、人はいつでも関連する書類
ならず、財政上の不利益や訴訟での敗訴の可能性では十分ではない。紙幅の
9
7
6年以来、(行政手続法によって一筆者注)特
を見るこ?を要求できる 0 1
都合上、 2つの点にのみ言及する 240)0 第 1に、提出が求められる文書は、内
に理由付記強制があることも関係している。裁判所では基本法上法的聴聞が
部討議に関する一切の資料、草案類、下書き、準備文書、鑑定書などであ
行われなければならない。当事者にとり裁判の上で重要なものはすべて提出
されなければならない J[
H.-E.Bδttcher
。
]
る川。裁判所は提出文書を正確に特定する必要はないし、実際にしばしばで
き
な
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, 0 包括的な文書提出命令で足り、行政庁は完全に提出しなければなら
上級行政判事を兼ねる教授 S
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gは、裁判官としての経験も含
ない。第 2の特徴は、州の最高官庁、すなわち原則として州の主務大臣が宣
めて、行政庁が結果として文書開示を拒否した経験はないという。「特に下級
言を行ってはじめて提出拒否ができることである。当事者は大臣の拒否宣言
庁が開示に難色を示すことはあるが、上級機関になるほど秘密はなくなり、特
を争うことができる制。
に内務省関係文書では省当局が秘密であると述べたケースは一つもない」。
(b)裁判官の生の声を聞こう。連邦社会裁判所副長官 Krasneyは次のよう
以上の回答から行政系裁判権一般の文書提出実務についての断定的な評価
に言う。「われわれ裁判所は統制することができなければならない。原告の文
を導くことにはなお慎重でなければならない o 今後さらに実態の把握が必要
書閲覧に関しては、われわれは憲法上の法的聴聞の原則から導く。もし文書
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)
である。西ドイツでも役人は文書のすべてを提出あるいは開示したがら I
4
提出命令の規定がなければ、職権探知主義の規定を利用する。この 2つを利
傾向にあり、それ故、ハンフツレクのように州によっては調査委員会を設
用して権力分立が及ぶ限りで職権的に審理できる。裁判官は自由でなければ
て開示問題が検討されたことがある[G
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e
r]と言われる。しかし、「市民
ならず、すべての書類・文書( Vorgange
)をもたねばならない。もし裁判官
6年の行政手続法により裁
は旧来は裁判所を通じて文書閲覧権をもったが、 7
がそれを持てば、これを原告に示し、法的聴聞の枠内で意見を述べる機会を
与えることを義務づけられている。以上については
し
判手続外でも行政情報に接近できるようになった J[
G
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e
r]。最終章でも
フェアー・プレーの原
触れるように西ドイツでは行政文書が公務員の強い自己責任の下で作成さ
則など別の理由づけをする人はいるかもしれないけれども、結論については
き、その後厳格に公文書として整理保管されている o この実態と上記の諸発
誰も一致する。西ドイツに情報公開法がないことについて言えば、すでに行
言から判断すれば、個人の権利義務に関係する情報はいずれにせよ最終的に
政情報は出すぎているので個人データ保護法が必要である。通常の訴訟事件
は裁判所に提出されざるをえないこともあって、市民の情報へのアクセスは
では個人の権利保護に関係のある資料は出される。これまで 1
7年間の社会裁
行政的レベルでも相当程度容易であるように見られる。日本であれば民訴法
判官経験のうちで、文書提出命令をして行政庁に拒絶されたことは一度もな
の文書提出命令規定を適用する結果、提出命令が発せられないような行政文
い。ただ、文書の全体を開示すると離婚問題に発展するようなケースや鑑定
書も西ドイツではほとんどすべて提出されているように思われる。言うまで
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;Meyer-Ladewig,S.557.
366 第 7章
行政事件からみた親切な訴訟
47/125
367
もなく、文書の所持者が行政主体か行政庁かというわが国で議論されるテー
法的聴聞という訳語よりも、直訳である「法的対話Jの方が、現在の語感に
マは、管見の限りでは見あたらない。
近いように思われる。 Wassermannは、これまでの連邦憲法裁判所の判
例制}の意義を、「裁判手続の官僚化傾向に有効に対処したこと、裁判手続を人
(ハ)法的聴聞と配慮義務
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)
①法的聴聞(「法的対話J
間化し社会的に造り直すという意味で権威的官僚主義的行為様式を相当に変
えることに貢献したこと Jにみている加}。連邦行政裁判所も法的聴聞の殿庇
繰り返し指摘してきたように、
基本法1
0
3条 1項の定める法的聴聞は法治国家原則と人間の尊厳を具体化し
を理由とする破棄判決を下してきた則。
9条 4項の定める権利保護の保障を完成させ
た規定である加}。これは基本法 1
今、ここでは法的聴聞の内容の子細を紹介することはできない。 1例をあ
るもので、人間を裁判手続の客体におとしめないことを目的とする制}。この
げてその広がりを示しておく。資力がないために弁護士をつけれない場合や
原則は、容易に理解されるように、公権力を相手方とし職権探知主義が適用
障害者であるため弁護士なしでは訴訟が維持できない場合に法律扶助が拒否
される権利保護訴訟手続においては特に意味をもっ。行政裁判所法は、 1
0
4条
されると、法的聴聞原則の違反になりうるとされる 25
で、「裁判長は係争事案を当事者と事実及び法について討論(e
r
δ
r
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r
n)しな
②配慮義務
ければならない」として具体化している。
る。法問題の討論なくして適切な申立は不可能だからである問。
∼
法的聴聞の原則はしかし、配慮原則とも密接に結びついてい
9
5
9年の A.Arndtの以
法的聴聞に関しては日本でもしばしば言及される 1
6
条 3項は、「裁判長は、関係人が、形式の不備を除去し、不
行政裁判所法8
下のような趣旨の 2つの論稿が非常に有名である。「法的聴聞は事実に関して
明確な申立を明確にし、適切な申立をし、事実の不十分な開示を補充し、か
のみならず法の側面についても及ばなければ法的聴聞そのものの拒否に至
っ事実関係の確定および判断のために重要なすべての陳述をするように努め
る。裁判所で法的聴聞を得る基本権は何らかの発言請求権ではない。聴聞の
なければならない J
とする却}。同項と 1
0
4条は、決して行政系訴訟に特有の規
概念には聞き入れてもらう期待権がある。裁判所の法的な考慮を決定前に聞
定ではない。次のような見解があった。「8
6
条 3項は弁論主義の表現であり、
き知り、これに影響を及ぼしうるようにさせることを裁判所に義務づけて初
1
0
4条も民事訴訟法1
3
9条と全く同一であって、職権探知原則と弁論主義が相
めて聴聞が『法的jになる J24九かかる理念の延長上で、連邦憲法裁判所は単
互に強く接近している」[教授 Maurer
]則。あるいは、「 8
6
条 1項の職権探知
なる公正な聴聞( f
a
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a
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i
n
g)ではなく、当事者が裁判手続の中で能動的に
主義と 3項の配慮、原則は論理的に関係があり、配慮原則は部分的に民訴法 1
3
9
影響をもちうるものでなければならないという考え方を展開してきた 246)。こ
条の一部であって、 1
0
4条は民訴の 1
3
9条に対応する J[
H
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h]。興味深いの
れは社会的法治国家の配慮義務の表現川とも言われる。この経緯を見ると、
は、バイエルン州上級行政裁判所裁判官たちが、少しだけ伝統的発想に近い
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.法的聴聞に関する早い時期の紹介論文として、紺
谷浩司「民事手続における審問請求織について( 1・2
)J政経輪銀 1
8巻 l
=2
号5
1頁以下、 3=4号 9
1頁以下( ~)
ずれも 1
9
6
8)がある。
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8)連邦憲法裁判所は法的聴聞を盤視する判決・決定を、民事訴訟の領続( z
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きた。 H.
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.にあげられた判例群を参照。 E
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3
5には、連邦憲法裁判所判例集 1
0巻単位で裁判例に占める法的聴聞事件の滑加ぶりを示す統計がある。
なお、裁判手続以外の手続に法的聴聞の要摘が妥当するかどうかはなお議論されている。 V
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お、山本克己「民事訴訟におけるいわゆる“ R
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h”について( 4・
完
) J法学論理聖 1
2
0
巻 1号 (
1
9
8
6
)
4
0
頁
、 4
5
頁は、西ドイツの民事訴訟の法的討論に関する理論状況について、不毛の要素を相当に含む議論が
あり、 A
.Arndtの理念が短小化される過程を見るという。
2
5
0
) BVerwGv.25.3.1987,NVwZ1
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;v.8.5.1987,NVwZ1
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3)この義務は準備手続にも適用される( §
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9
2は、配慮義務は職継深知主義から出てくるものではないと断言する。
(弁護士・教綬), DieW
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f百ドイツの
九大法学5
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号(
1
9
8
8
)
憲伝レベルの議論に関して、笹田栄司「公正手続請求権についての憲法的考察(上・下) J
1頁以下、 5
8
号 (
1
9
8
9
)9
1頁以下参照。
368 第 7章
行政事件からみた親切な訴訟
48/125
369
と思われる説明をしたことである。「 8
6条 3項は同条 1項だけからではなく、
実現されないということを防ぐという目的を持つ則。裁判長は、当事者に
民訴 1
3
9条からも来ている o 1
0
4条 1項は広義での職権調査原則からくるが、
対して、彼らに帰属する法的可能性の枠内で希望する目的を最も適切に、か
定かではなく、民訴でも類似の運用があってそれは積極的に行われている。
っ最も合目的的に達成することのできる正しい道を、訴えの変更も含めて教
今日では職権主義と弁論主義の限界は明確には定められない 0
1
0
4条の規定
示し捌、必要と思慮、される場合には、例えばその申立内容の訴訟技術的表現
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やや弁論主義に近づいている j[
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g)にあたって援助すべきものである則。このことは手続法上
日では配慮義務は後見監督的原則ではなく、また民事訴訟と異なる原則とは
の点のみならず、当事者の事実に関する陳述についても妥当する。例えば当
ほとんど考えられていないのである 255)0
事者が裁判所からみて明らかに誤った事実については補わせなければならな
し ~261) 。
この配慮義務を通じて行われる法的対話は、 1審・ 2審の行政訴訟では弁
護士強制がないために、民事訴訟以上に重要である。この原則の独自の意義
次のような措置について、かつての行政裁判官連盟議長 Hoechtはこれを
は、とりわけ原告の実体法上の権利の実現を援助することにある捌 o 「行政事
義務であるとし、連邦行政裁判所長官 S
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rは、訴訟当事者が感謝すると
件では官庁が有利な地位と大きな専門的知識をもっていて対等性を欠くか
ともに訴訟が迅速になるとしている制。ただし、連邦行政裁判所は、それら
ら 配慮義務は大変重要である。とりわけ訴訟類型が多いし、複雑なので意
が法的に要請されるとまでは述べてはいない。これらの措置とは、裁判所が
味がある。裁判官は指示しなければならない。」[ Maurer]。連邦行政裁判所
口頭弁論の終了時に、従来述べられた事実が合議の際に裁判所によって法的
は
この原則を次のように敷術する。「不明確な申請であることが説明され、
にどう評価される見込みがあるか、どのように決定される見込みであるか刷、
くは訴状の中で表現された請求 (Begehren=希望)を手がかりにして適
ないしいかなる法的解釈を裁判所は決定の基礎とするであろうかを公表し
L
も
制、これにより当事者に場合によってはその主張を補う機会を再度与えると
切な申立がなされること、これを指示することは裁判長の義務である 0 ・
(原告により特定された)申立文言について疑念を示し、彼に別の文言の申
いうものである制。判例がこれらの対応を裁判所の義務であるとまではなお
立てをする機会を与えるだけでは十分ではない」。同項の義務は「申立を正し
言っていないとしても、高い地位にある裁判官が勧めていることから窺われ
二表現することの援助にとどまらず、場合によっては、弁護士によって伐
るように、法的対話はすでに相当程度実行されているのである。
なお、仮の救済のあることを知らない原告のために、緊急の場合には、裁
される必要のない原告と彼の希望に従つで不明確な点を明らかにする討論を
した後に、申立を表現するための援助をすることを内容とする j257)、と。
判所が8
6条 3項を類推適用して、仮の権利保護を拡張的に付与すべきである
ι
との有力な見解がある刷。
いま少し、裁判長の指示義務=配慮義務の内容を判例に即してみておこう。
2
は、手続の適切な実施を容易にするということのみならず、当事者
この義
③法的対話の努力
に帰属する手続上の権利や実体上の請求権が不慣れや法知識の欠如のために
あって 267)、ある意味では理論的な輪郭を見いだし難い。しかし、そうである
2
5
5)連邦憲法裁判所も、民訴法 1
3
9条の求釈明義務の行使が基本法の基本的諸価値に拘束されたものである
解明義務の違反が生ずることがある。この点を詳細に論じた破棄判決として、 BVerwGv
.
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と述べている。 BVerfGv
z:;;::ユ~~~~~;~~;お足·~2:~i.s.釧これは本総肌糊されている決定である。なお、わが
、
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確かに、法的聴聞・法的討論は何でも含み得るもので
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1は、口頭弁論の終了
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r,Beitr~ge zumn
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時に判決の見込みを一般的に述べ、当事者に最後の主張の機会を与えるべきとする。 V
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国でよく参照される U
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eの教科書は、これらの規定( §
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4 VwGO)に、 Koppや T
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=NVwZ1
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.
3
6・たしかに、当事者自身がなしえたであろ
う証人調べの申請を教示す’る必要はい, (BVerwGv
.
8
.
4
.
1
9
6
3,凶V1
9
6
3
,
S
.
8
8
6)ものの、裁判所の事案
行政事件からみた親切な訴飴
370 第 7章
49/125
3
7
1
ことはないのである。
からといって法的聴聞や法的討論を避けるべきであるということにはならな
いであろう。口頭弁論では裁判官が重要と考える法的争点、が示されるから、
(4)小括
両当事者にとっての「びっくり判決Jはほとんど考えられない刷。実務家は
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2
6
9>、あるいは「理
「疑わしきは法的聴聞 (
など親切な訴訟は基本的に法治国家原則と裁判
以上に見たように、「善解J
論的には難しかろうと、法的聴聞の努力が大切 J[Va
l
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e
r]という。さら
を受ける権利、副次的に社会国家原則から導かれている。「仮に職権探知原則
に「必ず法的聴聞を行う J[リューネプルク上級行政裁判所長官 D
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r
,
や配慮原則を定めた実定訴訟法の規定がなくても、これらは憲法規範から導
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l]とか、「われわれにあっては(西ドイツでは)、不意打ち判決=びっ
くことができる」[ P
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]と考えられている。訴訟の後始末も親切である白
Brohm vonWulffen, H
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]
2
1
0>という声を聞い
くり判決は全くない J[
社会裁判権では「出訴期間の徒過により裁判官の判断としては却下せざるを
た
。
えないときには、争訟手続の再開事由を説明し、判決書に記載する。本案に
④弁護士が代理をしている場合
弁護士が原告を代理しているとき、裁判
ついても具体的に何が欠けているかをわかりやすく示す j[
vonWulff
en]の
官の指示・配慮義務が縮減されるかどうかについては争いがある 271)。民事訴
だそうである。この節では、人間の尊厳を手続法に反映させる裁判官の努力
訟でも弁護士に代理されている場合にはその主張に一貫性がないことの指示
の見本を見たと整理することも許されるであろう。
義務はないという最高判例がでたが問、これに対しては消極的評価が多いよ
うである 273)0 連邦行政裁判所も弁護士の責任をやや厳しくみる判決を出して
6 裁判官の職歴は判例にどう影響するか
いる訓}。他方、弁護士により代理されている場合であっても同一の配慮が必
要であるとする判例もある問)。
(l)西ドイツの裁判官の職歴
筆者の面接の限りでは、現役裁判官は、「当事者がその代理人の未熟・無能
されてはならない」[ Pakuscher
]、という 2
加。長官たちは
力のために「処罰 J
筆者は裁判官の職歴のいかんが裁判に影響を与えるべきではないと考えて
次のように述べる。「社会裁判権で弁護士が原告を代理をしているときは、手
いる。しかし現実には影響がある。裁判官の職歴の問題は専門的な裁判部、
続上弁護士は原告本人訴訟の場合よりも厳しく対応される。しかし、弁護士
人事交流、裁判官の派遣研修など多くの制度のあり方と関わっており、本書
も社会法の領域では法的知識がないので、その点では法的対話も本人訴訟と
ではその詳細に立ち入る余裕はなし」しかし、問題の重要性に照らして、西
同じようにしなければならない J[
vonWulff
en]。「行政裁判権でも訴訟要件
ドイツの行政系訴訟で、の裁判官就任前の職歴が裁判過程にもっている意味に
上の問題はともかく法的に複雑な問題の時には弁護士により代理されている
ついてごく簡潔に触れておきたい。
かどうかは関係ない」[ Wehrl]。このような考え方により、弁護士により代理
9
5
0年代末まで行政裁判官は圧倒的に行政庁の
西ドイツ全体を見たとき、 1
されていたために、例えば訴訟類型の特定問題などで、不利な扱いを受ける
出身であり、十分な行政体験をもっていた m が、今日では大多数の行政裁判
2
6
8)この点につき、 v
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6
,
2
6
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.この判決によると、 1審で
も争点とならず原告も想定しなかった論点で、原告が欠席した控訴審の口頭弁論ののちに下された判決は「法
2
7
3
) Deubner (裁判官) ,NJW1
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n (上級裁判所裁判
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的聴聞Jの破戒となる。
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) Meyer-Ladewig,S
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年の簡素化法により民事訴訟法2
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8条 3項が法的討論を義務づけたとき、裁判官層が批判をしたこ
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7頁)。しかし、
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3Anm.629.栗田陸雄『『法的観点の開示Jについて」法学研究5
これを支持する裁判官集団も小さくなかった( R
.Benderのグループなどである。 Vg
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(Anm.265),
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4)弁緩士が代理して控訴した場合にまで控訴審が無効確認訴訟を取消訴訟に解釈し直す必要はない
(BVerwGv
.
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4)。弁護士によって代理されていない原告に対してのみ敗訴に
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.
9
0
4はこの解釈を狭すぎるという。前者についてはコメン卜されていな
自
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。
.
2
7
5)民訴法 1
3
9条に関するものであるが、 OLGS
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gv.20.1.1982,NJW1
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6)同旨、 P
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372 第 7章
行政事件からみた親切な訴訟
50/125
373
−ー・ 圃
4
る279。
)
官は官吏体験をもたない。バイエルン州、比部分的にパーデン=ヴュルテンベ
ルク州が例外といってよい。へッセン州のように、国家試験終了後直接行政
長すぎる行政経験は弊害と考えられている瑚)。行政官生活が長いと、 1人
裁判官になったグループ、通常裁判権・検察庁出身ク.ループ、および行政官
の人間のために 2
0
0万マルク(約 1億 6
0
0
0万円)もかかってしまう、などと考
経験者が約 3分の lずっという例もある。財政裁判官は逆に、その職が昇進
rasney,同旨 vonWul百e
n]。しかし逆に行
えてコスト計算をやってしまう[K
0
職であることから財政裁判官以外の職歴をもっている。現在では総数の約8
政経験が皆無であると、行政に対して非常に自己抑制的になってしまったり
%が財務関係官庁出身であるが[財政裁判官連盟議長 J
ohannesmann]、北
[
G
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r]、国家に忠誠的な(s
t
a
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s
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r
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u) 判 決 を 書 き が ち で あ っ た り
部・西部の州のように通常裁判権などから意識的に裁判官を採用し、混在を
[Mauer]、すべてを「机上の理屈から J結論づけることがある[ VoB
。
]
目指しているところもある。社会裁判権では、連邦平均的には約20%が行政
国家試験直後の法律家を行政系裁判官に採用する州では、 l年未満の研修
官経験をもち[社会裁判官連盟役員 K
t
i
n
s
t
l
e]、若い社会裁判官の 95%は国家
的出向が行われることがある。この場合にも、行政裁判官であれば地方自治
rasney]が、バイエルン州のように大多数が行
試験直後に採用されている[K
体で、社会裁判官であれば保険主体や行政機関で、労働裁判官であれば労働
政勤務経験者というケースもある o
組合と使用者団体の双方で研修を行う。いずれにせよ中央省庁のみという例
は聞かなかった。
(2)職歴の変更と職業経験の評価
行政経験が裁判内容に与えている影響について、一般的には本質的影響が
筆者の面接の限りにおいて、すべての法律家が裁判官には弁護士経験を中
a
i
l
e
r]と言われる。ただバイエルン州の行
あるようには見えない[ Kopp,S
心として他の職業経験があることが好ましい、と述べた。 1つの典型的意見
政判例は時に行政よりの感じのものがあるが、その反動でえらく行政に厳し
は、行政裁判権に即して言えば弁護士、行政官、通常裁判権など他の裁判権
いものもある[Kopp]。総括的に言えば市民に身近な行政活動の経験が肯定的
の裁判官経験者の 3種のバランスのとれた混合状態がよい[Kopp
]、というも
に捉えられていた。
のである。
職業経験と同様に、出向制度も裁判官の独立に影響をもちうる。もっとも
行政系裁判官にとって、行政体験は必ずしも必要ではない、という意見も
象徴的なケースのみを紹介しておこう。バイエルン司法省人事担当官
少なくなかったが、行政裁判官に行政経験が必要であるという声も非常に大
Meis
e
nb
e
r
gは、西ドイツの若手裁判官の研修的出向について、例えば労働裁
きい。バイエルン州の行政裁判官の多くは主として行政官経験が必要である
判官であれば企業と労働組合に半数ずつ行くのであって、それは当然ではな
ことを強調した側。この点で注意すべきは次の諸点である。第 lに、「行政経
reveも、労働裁判官の研修は他の
いかと言っていた。キールの労働裁判官 G
endI
e
rが言うように、主として国の委任事
験」とは、連邦行政裁判所長官 S
州に出かけて行われるが、労使双方とコンタクトをとるように研修プログラ
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s den
務も行われている地方行政での現場経験である。「省庁出身者( a
ムが組まれていると自己の経験を語ってくれた。このように出向経験を中立
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e)はいるが、しかし政治的要素
M
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n)にもいい人(e
化する努力が行われているのである。
の絡む抽象的な仕事ではなく、建築確認や計画策定のようないわば地方レベ
以上によって、西ドイツ裁判官の「行政経験Jの中身が、日本で推測され
S
e
n
d
l
e
r]。ミュンへンの「批判的J行政裁判官
ルの行政体験が重要である J[
るものと異なっていること、およびこの経験を必ずしも「悪Jのイメージで
Mauerは、行政経験は役所のトリックを見抜くカを養う研修期間であるとい
のみ捉えることはできないことが示されたであろう。また、少なくとも日本
う。第 2に、この研修的行政経験は 3年から 5年程度のものと考えられてい
より彩りのある裁判官構成であることも明らかになった。特に、この職業経
2
7
8)上級行政裁判所長官 L
o
t
zは、行政経験は市民の権利保護に奉仕すると Lh う
。 L
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9
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1
0
6
.
る。詳細は別稿に受ねる。
2
8
0
)K
rasneyは、広い副長官室でいきなり声をひそめて、連邦財政裁判所の判決は連邦憲法裁判所によりし
ばしば破棄された、と繰り返し曾った。連邦財政裁判所では長年財務官僚であった人物が裁判官となってい
たのである。
2
7
9) ζ の期間は、くこの点を話題にした3
0
人以上の裁判官との会話の際にもっとも多く述べむれた数字であ
374 第 7章
行政事件からみた親切な訴訟
51/125
375
ー
『
司
.
.
.
.
−
験および裁判権の分立と個々の裁判権の中での専門部制が仮の権利保護を含
の救済事件では本案訴訟はもはや行われないから、行政庁の側も 1日または
めて迅速で説得力のある裁判をもたらしているようにも窺える。こうして、
2日の時間で種々の情報手段を用いて抗告審までの手続に対応している 282。
)
行政側による弁護士依頼はどうして行われるか。連邦行政裁判所では代理
西ドイツの行政裁判官は、行政官としての職歴をもっ者が多いとはいえ、通
常裁判権の裁判官より一般に保守的であるとは言えなくなっている[V
a
l
l
e
n
-
人強制があるため( §
6
7IVwGO)、上告審では国(連邦・州)も弁護士(ま
d
e
r]のである加}。これに対して、わが国のいわゆる判検交流や出向研修は西
たは大学教授)の選任を迫られる。口頭弁論中心主義であるから、すぐれた
ドイツとは多分に異質の要素を含むものであって、全く別の観点、から批判的
弁護士を雇わざるをえない。そこで、通常行政側を敵に回して訴訟を行うこ
な検討が加えられなければならない。しかし、ここでは立ち入らないことに
との多い弁護士にも、訴訟代理の依頼がある。弁護士 S
a
i
l
e
rは、例えばミュ
ンへン市を被告としてよく争っているが、別件では岡市からしばしば依頼が
する。
あり、州自体からも少なからずある。弁護士や大学教授が行政側を代理した
りその逆となったりすることはきわめて普通のことである[ L
e
r
c
h
e
,Kopp
。
]
シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の行政法専門弁護士 Z
i
e
g
e
n
b
e
i
nは従来
7 まとめ
保守政権時代に州の代理をしていたが、政権交代後も従前と変わらず代理を
日本と西ドイツの行政訴訟に共通点はほとんどないこと、および訴訟手続
続けている。上級行政裁判所判事を兼職する教授 S
c
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i
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-J
o
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t
z
i
gは、シュ
に関する西ドイツの判例法が6
0年代末から 7
0年代にかけて飛躍的に発展した
レスヴィヒ=ホルシュタイン州の FD Pの司法政策担当責任者であり、もし
ことが明らかになったであろう。事情判決を「一般的な法の基本原則 j とす
同州で88年に保守・中道連立政権が誕生していたら司法大臣にならざるをえ
るわが国と、訴訟手続法の人間的な運用や仮処分を法治国家原則の表現とす
なかった、という。その彼は、新 SpD政権が採用した外国人に自治体選挙
る西ドイツとの基本理念の相違はあまりに大きい。筆者の見るところ、両国
権を付与する制度に対して提起された憲法訴訟において州、ほ代理して連邦憲
には行政訴訟や取消訴訟がある、という程度において共通性があるが、この
法裁判所で論障を張る。
程度なら先進国の問ですべて共通である。本稿は西ドイツの行政系訴訟の壊
法律論争が法律論によって処理される西ドイツの実務の一端をみた。西ド
の部分を紹介していないという批判があ石う。訴訟参加などの問題も扱わな
イツの国民の問では、自己の政治的イデオロギーを明らかにした裁判官が法
かった。これらの点はいずれ整理してみたいと考えている。本章の最後に、
的論理によって裁判をする連邦憲法裁判所に対する信頼が高いが(本書8
9
頁
、
西ドイツの行政訴訟を象徴する若干の事項をさらに指摘しておきたい。
2
3
1頁)、上述の実務はその理由を間接的に示しているように思われる。なお、
上に紹介したエピソードは、日本とは異なって、行政情報の公開度が高く行
政機密が少ないことをも間接的に物語っている。
(イ)行政側の姿勢
これまで主として裁判官の訴訟観や対応姿勢を扱ってきたが、役所ないし
(ロ)権利保護の行きすぎ?
行政官の姿勢も見逃すわけにはいかない。確かに判決が確定しないと行政活
動が開始できないという点で日本とは違った事情がある。しかし、例えば序
全裁判権に共通の現象ではあるが、訴訟の洪水現象が議論されている。バ
章で言及したコンサート事件のようなケースも含めて、役人が、裁判の迅速
イエルン州の行政裁判官も、行政裁判権での洪水の原因を訴えの許容性が広
化に「協力するのは当然であり、しなければならない。相手方にも憲法や法
く認められ権利保護に厚いことに見ている[ L
a
z
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,Wittmann,H
o
e
c
h
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]
律で認められた権利がある J[
H
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k
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l
i
c
h]、と言う。この種の仮
行政裁判官自らが、高い威信を得ているという意識をもち、裁判所はリベラ
J
ルな守りの場 (
H
o
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t)であって、すべてが審査されるから市民に強く受け入
2
8
1
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rは、連邦行政裁判所が原発の廃止を命じた愚近の判決( v
g
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..FAZv.
1
0
.
9
.
8
8)を含めた判例
2
8
2)わが国では迅速な訴訟がニュースになる。 8
8年 9月l
!
.
I日付朝日新聞参照。
動向を引合いに出した。
行政事件からみた親切な訴訟
376 第 7章
52/125
377
れられる[Wittmann
]という。行政裁判所は「戦前の監督庁ないし自己統制
ても裁判をしてもらえる状況を背景にして出てきたものであるから、そもそ
機関から権利保護機関に変わった」[Wittmann
。
]
も日本で飛びつくようなテーマではない。次のような意見が発言者の肩書か
それでは、裁判所による権利保護の行きすぎはないのであろうか。本稿は
らしても常識的な予測となるであろう。すなわち、「これまで行政裁判所は職
筆者自身の司法審査のあり方論を展開する場所ではないので、西ドイツの実
権調査原則や配慮原則の適用にあたって原告=市民のためにのみ援助をして
務法曹の受け取り方を紹介するにとどめたい。学界を中心に司法審査の行き
きたのではなく、両当事者のために努力してきた。従って、参加負担の強調
すぎを批判する声がある則。これに対する現役裁判官の声を聞こう。バイエ
がなされても今後何かが変わらなければならないというものではない J
[連邦
ルン州上級行政裁判所長官 L
o
t
zは、行政裁量は市民の権利保護のために厳
特許裁判所長官 P
a
k
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c
h
e
r
][同旨、教授 Badura]。従来から、裁判所はニュ
しく統制されるべきで、干渉の過剰として時に批判される現状も法が求める
ートラルに審理してきたのであり、裁判所の配慮義務は「われわれの裁判権
裁量統制の限度にとどまっており、法律上認められた行政の自由な余地を圧
の非常に重要な礎柱(g
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rG
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)である J[
P
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-
迫しているのではない、という[同旨、 H
ien]加}。ノルトライン=ヴェスト
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r]。「今後とも裁判所の職権主義は縮小解釈されてはならない。なぜなら
ファーレン州司法省の高官 R
i
c
h
t
e
rは、「現在行政が裁判所によって厳しく統
この裁判所の義務を通じて、裁判所は口頭弁論の中で自己の暫定的見解を両
制されているのは役人の方の能力が劣っているからで役人は勉強をするしか
当事者に知らせて(u
n
t
e
r
r
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e
n)、びっくり判決を避け、必要があればさら
ない」と言った。もっとも保守的な層に属する裁判官たちは次のように述べ
a
k
u
s
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h
e
r
。
]
に補足の主張を許すことができるのであるから」[P
た。「権力分立の観点からの批判があるのは事実である J[
L
a
z
i
k]。「行政によ
このように西ドイツ行政裁判の常態となっている「親切な」手続は、参加
る批判は目下そう強くない J[
Wittmann]。「行政裁判官たちは、判断余地が
負担の強調によっても、容易には揺るがないように思われる。
a
z
i
k]
。
「Whyl原発に関するフライブル
ないから行政決定を審査してきた」[ L
(ハ)日本の行政訴訟の行方
ク行政裁判所の判決は連邦行政裁判所により行きすぎとされ、ミュンへン空
港事件 l審でも審査が過ぎたとされた。今後については、審査の限度につい
歩き回って確かめた西ドイツの通説・判例は、筆者の行政訴訟の考え方に
oecht]、「自分た
て明確な線を見いだすべきではあるが、予測できないし」[ H
比較的近いものであった。行政訴訟法が(公法の一部として)司法試験の必
ちも分からない J[
L
a
z
i
k]。「今後は法律が明確な内容の規定をすることとと
修科目である国においてすらこの通りである。両国の行政訴訟の立法と実務
もに、自分たちが行政をするのではなく、法を語るのだということを意識し
における「人間像Jは比較しようもないほど異なったものであった。イギリ
a
z
i
k
]
o リューネプルク上級行政裁判所長官 D
o
r
f
ていなければならない」[ L
スを除くヨーロツパの主要国の行政訴訟事件数と比較しても、わが国の行政
f
te
rは、「行きすぎた判決もあったが、全体としての審査のあり方の傾向に変
訴訟にはどこか異質なものがあるように窺える J
*日本の地方裁判所 1審行政事件は1
0
年間 (
1
9
7
9
8
8)の年平均で7
7
4
件、上告
化が生ずるとは思えない」という。
事件は同一期間の年平均で2
0
1件である。人口5
5
3
9
万のフランスでは年平均 5万件
財政裁判権と社会裁判権では行政裁判所の判決に向けられているような批
の行政事件、人口7
5
6
万人のオーストリアでは 1審制であるが8
5年に3
9
7
8
件、人口
判は現在のところない[K
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,0百e
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,Krasney
。
]
約6
5
0
万人のスイスでは行政訴訟は州の事項であり、連邦裁判所に持ち込まれる国
なお最近、訴訟の洪水現象に照らして、原告市民の参加義務や参加負担を
法事件だけで8
4年に4
0
1
5
件である制。
強調する考え方がある。原告の協力を確保し、いわば不真面目な訴訟を減ら
日本の現行行政事件訴訟法の立案関係者によると、同法は「特例法下の農
そうとする。この議論は、西ドイツにおいて原告は極端に言えば何もしなく
地関係事件に関して出てきた判例の整理が中心であって、現代的な課題への
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8
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8年版による。イギリスについては、 TheModer叫 awR
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.に統計があるが、筆者にはこれを分析・評価する能力がな b'
o
•
•
378 第 7章
行政事件からみた親切な訴総
53/125
379
対応などは考えていなかった」[杉本良吉]。同法は「失敗だった」し、「問題
のあるものはすべて先送りされた」[中村治朗〕。そうであれば、「裁判所にと
って手続法は文字通り金科玉条」捌ということはできないのではないであろ
うか。行政訴訟法の創造的解釈の放棄と民訴準拠主義は、結果において国・
行政の優位を保障し、裁判官の親国家的イデオロギーを隠蔽する役割を果た
したように思われる。筆者は実効的な権利保護のためには、現行行訴法の根
終章人間の尊厳と司法権の役割
本的改正が必要であると思う。しかし、現行法が親切な訴訟のささやかな実
践を決定的に排斥するとは思われない。例えばスペインでは、 1
9
7
5年の民主
化開始以来、 1
9
5
6
年に制定された行政裁判所法が未改正であるにもかかわら
ず、行政裁判実務は大幅に改善され、法の上では認められていた裁判官の独
立が事実上も確保されてきた[ P
a
r
e
j
o]加}。当面、わが国でも憲法原理に立ち
帰って、現行法の許容限度まで裁判実務により解釈論的改善を行うことが急
務であろう。
286)闘部逸夫「現代行政と行政訴訟 j公法研究4
5
号 (
1
9
8
3
)1
4
7
頁
。
2
8
7)スペインでは大規倹事件も含めて執行停止原則が採用されている。基本的人権に関する行政訴訟は l年
半ないし 2年以内に 2審まで処理され、その他の事件も 3年半程度で 2審まで処理されるが、
公として問題とされている[ P
a
r
e
j
o
。
]
る訴E
ζ れが長すぎ
380
54/125
甲12号証
、
,
|護判町@
調
(決定)
重
居
ヨ
芝
事件の表示
平 成 2 6年 ( ク ) 第 1 2 0 9号
決
定
日
平成
裁
判
所
最高裁判所第
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
裁 判 官1
当
山
等
抗
者
泊
ロ
三
人
1 5 日
小法廷
龍
誠
築
木
浦
上
白
池
1 2 月
井
棲
金
裁判官
事
2 6 年
子
~、
益
Eヨ
勇
樹
政
幸
疋
U吉
'
"
崎
原 裁 判 の 表 示 | 福 岡 高 等 裁 判 所 宮 崎 支 部 平 成 26年(ラ)第 5 4号(平成
26年 7月 31日決定)
裁判官全員一致の意見で,次のとおり決定。
第 1 主文
1 本件抗告を却下する。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。
第 2 理由
記録によれば抗告人が原決定の正本の送達を受けた日は平成 26年 9月
11日であり,抗告人が特別抗告状を提出した日は同年 9月 17日であるか
ら,本件抗告は,民訴法 336条 2項所定の抗告期間経過後にされたことが
明らかである。
平成 26年 12月 15日
最高裁判所第一小法廷
裁判所書記官鈴村
稔⑪
とれば~本である
向日同庁
:窃~f号所容認官鈴村
55/125
「
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甲13号証
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㻝㻚 ཎỴᐃ䜢◚Რ䛧䚸᭦䛻┦ᙜ䛾⿢ุ䜢ồ䜑䜛䚹
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59/125
平成26年12月24日
平成26年(ク) 第1209号
原告 岩崎 信
最高裁判所
原告 岩崎 信
証拠説明書
甲
標目
領収証書(2件)
作成
原写
者
抗告人が9月15日祝日に延岡郵便で特別抗告状 日本
2014年9 に添付する印紙と切手を購入し、差し出した事実。 郵便
写
株式
月15日 11時8分に2円切手を買い足ししている事実。9月
会社
16日に裁判所に届くべき事実。
立証趣旨
作成日
延岡郵便局から宮崎市の裁判所には翌日届く規
則となっている事実。9月16日に裁判所に届くべき
お届け日数の検 2014年12
事実。抗告人の「責めに帰することができない事由
索結果(2枚)
月23日
により不変期間を遵守することができなかった場
合」に該当する事実。
60/125
日本
郵便
株式
会社
写
甲14号証
甲1号証
61/125
甲15号証
甲2号証
お届け日数の検索結果
差出元
あて先
882-8799
880-8543
延岡郵便局
宮崎中央郵便局
郵便物の種類
午前に差し出し
午後に差し出し
手紙・はがき
翌日
翌日
大型郵便物
翌日
翌日
手紙・はがき・
大型郵便物
速達
翌日午前
翌日午前
配達時間帯指定郵便
翌日午前
翌日午前
レターパックプラス
翌日午前
翌日午前
ゆうパック
翌日午前
翌日午前
チルドゆうパック
翌日午前
翌日午前
冷凍ゆうパック
翌日午前
翌日午前
ゴルフ・スキー
ゆうパック
翌日
翌日
特記事項
※ 結果が午後と表示される場合、ゆうパックについては、午後2時以降の配達希望時間帯の選択が可
能です。
※ 配達時間帯指定郵便の夜間の配達は、17時から21時の間となります。
上記お届け日数より遅れが生じている場合は、品名等から郵便物等の中身が航空搭載できないもので
あったため、配達が遅れている可能性があります。
ご利用上のご注意
検索結果は、上記の差出元【延岡郵便局】の窓口にそれぞれの郵便物等をお出しになった場合で
す。
ポスト投函やゆうパック取扱所での引き受けの場合は、検索結果よりも日数(時間)がかかる場合が
あります。
ゆうパック(チルド、冷凍およびゴルフ・スキーを含みます。)のお届け日数については、一部引き受
けする地域によって締切時刻が早くなる場合があります。
62/125
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63/125
‘uv
甲16号証
m山がけルあたらなか ったら、裁判員はすなおに企業の責任を認めるで
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円i 寸 じてそ のはか
’
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加害者︶ の利益に﹂ とい、っ、 実際は 刑事裁判
疑わしきは被告 人 ︵
l Jう川口保杭判刊のよ うに 、 ﹁
では忘れ去ら れ て いる原則を民事裁判で導入して、無理矢理加害企業を勝たせたりしないでしょう。
だから 絶対に民事事件に庶民の意志が入る陪審・参審制を導入しようとはしないのです。 それはお
上の困ることなのです。
第三に、クラスアクション ︵集団訴訟︶の制度も日本にはありません 。ある行為や事件から同じ
公務員の天下りが問題にされるのは、 新しい所属組織の 利益にしたがって元の所属官庁 に働きか
けを行うからですが、 現役で裁判官と行政庁の双方の役割をするのですから、 こんなことが許され
るのはおかしいので す。公務員の天下りが禁止されるべきであるなら、 当然に 判検交流も禁止され
るべきです。
、
はありません 。 このような裁判所と行政庁の癒着ないし一体化については、 さまざまな立場から批
ー1
2
6-
ような被害を受けた者が多数いるとき、一部の被害者が全体を 代表して訴訟を提起する ことを認め
る制度であるクラスアクションが日本ではなく、印紙代が高額になるので、集団での訴の提起が非
常に困難です。ちなみに訴訟提起の際に訴状に添付する印紙代は、アメリカでは一律 一0 0ドル︵ 一
万 二0 0 0円︶程度であるのに対し 、日本では訴額に応じて高騰し、 一O O万円の訴額で印紙代 一
万円、 一億円の訴額では 三二 万円もかかります ︵
︶
。
訴訟社会アメリカと日本企業﹄新評論、 二九頁
中山義議 ﹃
さらに裁判そのものの密室性の問題があります。本来国民の知る権利に属するはずの傍聴や
取材の権利がきわめて制約されているのです。映像等I Tの極度の利用制限です。筆記と聴覚だけ
に限定して 、ビデ オ撮りや録音を制約しています。このインタ ーネットの時代に 、広域に瞬時に報
川3れゐ 4とを鰍い、前近代的な・↑
刀法だけに固執しているのです。市民の目をおそれているのです。
判検交流の問題も忘れてはなりません 。判検交流とは、裁判所と法務省の間で行われる人事
、
、
−
,
,
−
交流です。 そして行政事件の国側担当者である ﹁訟務検事﹂は、判検交流で移籍した裁判官です。
つまり判検交流とは、裁判官が、 国賠訴訟や行政訴訟で被告となる行政側の代理人となるために行
政官庁に出向す ることです。
出向ですから 、再度裁判官として戻ってきて、 裁判官として行政事件を担当します。 なかには 、
、 再々度裁判官となる者もいます。
再度訟務検事に出向し
判検交流下の行政訴訟は、厳密に 言えば、裁判とはいえない裁判です。主権者はたまったもので
行政庁︶ の所属なのか 、わからない裁判官が裁判を
このように、裁判所の所属なのか 、法務省 ︵
判がされています ︵例えば 、﹁自壊する︿行政偏重﹀司法
llいまこそ、企業は ︿おさを撃て!﹂ ZAITEN二
するのでは 、行政庁に有利な裁判をすることは明らかです。
主権 実 現 方 法 としての 裁判
64/125
ー1
2
7-
五
第六章
00
七年六月号三 四頁以下︶O
そ れ ら の 結 果 、 訴 訟 の 門 前 払 い が 横 行 す る こ と に な り ま す。
昨日まで国側代理人を務めていた検事上がりの裁判官が国側の利益に従うのは見やすい道理で
す。 そうでない普通の裁判官も、報酬 ・任地の恐意的な運用によって政府や最高裁の意向を極度に
気にする体質に変質させられているので、国や行政機関に対する重要な裁判であればあるほど門前
払いの裁判をするよ う になっているのです。
諸外国においては、門前払いを主とする日本とは逆に、訴えの提起と同時に原処分関係一件書類
、裁判所の釈明義務を明定し ︵
を裁判所へ送付させ ︵
ドイツ財政裁判法七 一条二項︶
ドイツ行政裁判法八六条
、関係人の 主張及び証拠の申出に拘束されることなく職権による証拠調 べができるものとし ︵
同
三項︶
法同条 一項
︶ 、 あ る い は 、 文書 提 出 命 令 の 根 拠 を 定 め て ︵
同法九九条 一
項
︶ 、当事者間の不衡平の平準化
O
を図るとともに、形式的真実発見に 甘んずることなく、できるだけ実体的真実発見の理想に近接す
ることを目指しているのです ︵
頁
︶
南博方﹃紛争の行政解決手法﹂有斐閣、六三
どうせ勝てないのだからと 、裁判することをあきらめるべきなのでしょうか。これでは為政者の
思うつぼです。
しかし観点をかえて、裁判を主 権の実現の手段であるととらえるなら、敗訴とは、主権実現の方
るべきことになります。愛媛の例では、教育委員会の公開を要求して裁判を提起したところ、それ
65/125
このように、日本と諸外国とでは 、 門前払いと真実発見の究明、当事者間の不衡平の是認と不衡
干の .
中州市化という こ点において 雲泥の 差 があるのです。
以 上 の よ う に 日 本 では裁判をすることを 非常に困難にして、国民から裁判を遠ざけていま
。
す。 その結果、日本国民は主権の実現が非常に困難になっているのです そこで、国は豊かで世界
経済ランキングの上位にありながら、国民の大半は生活に苦しんでいるのです。
第三節 裁判に勝つということ
法としてあまり有効なことができなかったことをいい、判決で請求が退けられたこととは別に考え
日本の行政訴訟の原告側の勝訴率は異常に低いのは、政府や最高裁等 、 上の方ばかりを気に
まで非公開であった委員会が公開になりました 。 このように、裁判の結果だけでなく、裁判過程で
ヒラメ裁判官が担当し、行政機
する裁判官が判決を書くからです ︵二 O O四年 一O月 一九日朝日新聞
。
︶
関 の 手 持 証 拠 を 出 さ せ る 手 段 も な い の で す か ら 、 裁 判 で 勝 訴 す る こ と は 例 外 的 な こ と で す。
主権 実現方法としての裁判
ー1
28-
-1
29-
七
}
\
第六章
日本のキャリア シ ステムの非民主性
日本のキャリアシステムは、本当に問題が大きい。
一言でいえば、 非人間的なシステムである 。
その構成員には、本当の意味での基本的人権がない 。 集 会 結 社 の 自 由 や 表 現 の 自 由 は も
ちろん、学問の自由にも、思想、および良心の自由にも、大きな制約が伴う。日本国憲法第
一三条には、﹁すべて国民は 、個人として 尊重される﹂とあるが 、 裁 判官は、一握りのト
ップを除いては、個人としてほとんど全く尊重されていない。
虚心にその実態を見据えれば、人間というよりも、むしろ制度の奴隷、精神的収容所の
囚人K近く、抑圧も非常に大きい。
第3章でも述べたことであるが、その構成員が精神的奴隷に近い境遇にありながら、ど
うして、人々の権利や自由を守るととができようか?みずからの基本的人権をほとんど
剥奪されている者が、どうして、国民、市民の基本的人権を守るととができようか?
相撲の番付表にも似た微細な格付けのあるヒエラルキー的官僚システムは、戦前のよう
な半全体主義体制下の裁判所であればともかく、本来、民主制下の裁判所にふさわしいも
のでは全くない。
大学に移った最初の年、半年余りの問、私の悪夢の定番は、﹁やめたはずなのになぜか
まだ裁判官をやっている﹂というものだった。夢の中で、私は、あの見慣れた建物、清掃
が行き届いているのにいつもなぜか薄汚れて見え、採光がよいはずの場所でもなぜか薄暗
く感じられる建物の一つの中にいて、机の上には古い訴訟記録があって、私は、その場所
に縛り付けられたように動けないのである。
ある弁護士の後輩が、﹁でも、逆よりいいじゃないですか? ﹂ と言ったが、確かに、﹁夢
の中ではやめていたのに覚めたらまだやっている﹂というのだったら、生きる気力を失っ
ζの世界を一
言 で表現している。
たかもしれない。笑えない冗談である。
前記の収容所システムには、本当の意味での収容所長も存在しない。マルクシスト詩人
による次のような一節が、
﹁
街はおおよそ関われた提のはてにあり
首 長 も 敗 者 宿 泊 者 も そ う だ ﹂ ︵吉本隆明﹁反祈祷歌﹂︶
最高裁長官も、最高裁判事たち︵とりあえず、裁判官出身者以外は除外しておく︶も、ある意
味、シス テムの奴隷であって 、主人ではない。
おそらく、フランツ・カフカが短編﹃流刑地にて ﹄ で描いている処刑機械、その主人を
も処刑してしまう不条理な精密機械乙そが、乙のシステムの真の支配者なのだろう。最高
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0
4
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笥~ 6
l
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t 今 ζ そ司法を国民、市民のものに
2
0
5
甲17号証
書かれてよく何が書かれではならないかについては、前もって事細かな検討とチェックが
行われている。とれは、たとえば、旧ソ連における海外からの取材に対する対応によく似
ている。ソルジエニ l ツインが告発を行うまで、強制収容所の実態がどのようなものであ
るかについては、海外にはほとんど知られてい・なかった。海外のジャーナリストや文化人
が視察等で訪れるときだけは、囚人たちに十分な食事、衣服、休養が与えられ、視察者た
ちはそれを鵜呑みにして帰っていったのである。裁判所の取材に当たるジャーナリスト
も、自分が同じようなととをし、事務総局広報課の下請けに等しい報道をしていないかに
ついては、よくよく内省していただきたいものである。
﹁
櫨﹂の中の裁判官たちH精神的 ﹁
収容所群島﹂の囚人たち
こ乙で、最高裁判所事務総局の支配、統制の特色について論じておきたい。
それは、たとえていえば﹁自に見えない櫨﹂のようなものである。限られた範囲に安住
している限り、その櫨は見えないし、その鉄格子が気になることもない。しかし、いった
ん立ち上がり、みずからの信じるととろに従って裁判や研究を行おうとすれば、たちま
ち、見えなかった鉄格子にぶつかることになる。
近年、裁判官をやめる人が昔に比べて多くなっていると聞く。それも、比較的優秀な裁
判官がやめていく傾向が強いといわれる。統計があるわけではないから具体的な数を示す
ととができないのが残念だが、私も、確かにそういう傾向はあると思う。
少なくとも、﹁司法研修所時代の友人であった裁判官たちから、退官して弁護士になり
たいがどうだろうかとか、その場合適切な事務所を紹介してもらえないだろうかなどとい
った相談を受ける こと が、最近は多くなりましたね﹂という言葉を、私は、複数のヴェテ
ラン弁護士から聞いている。私自身も、大学人に転身してから後、﹁瀬木さん、よかった
ね。僕も、今だったらもう絶対に任官しないよ﹂という言葉を、複数の裁判官からもらっ
ている。最高裁判所調査官や事務総局課長経験者についてさえ近年は裁判所に見切りを付
けて退官する人が出るようになっているのも事実である。
なお、私自身は 、 前記のとおり、いつか研究者 K転身したいというのが既に一五年来の
希望であり計画であったが、それにしても、民事保全法から民事訴訟、民事訴訟法や 司法
制 度 論 K研究の主要な分野を移して以来の裁判官生活最後の一 0 年問、との見えない櫨の
存在をつくづく思い知らされ、その結果、研究、教育、執筆に専念したいという思いが急
速に募っていったととは確かである。
日本の社会には、それなり K成熟した基本的に民主 的な社会であるにもかかわらず、非
常に息苦しい側面、雰囲気がある。その理由の一つに、﹁法などの明確な規範によってし
1
1
0
67/125
第 3$ r u監J の中の'~!j(ij官たち
1
1
1
てはならないとと﹂の内側に、﹁しでもかまわないことにはなっているものの、本当はし
ないほうがよいこと﹂のみえないラインが引かれていることがあると恩われる。デモも、
市民運動も、国家や社会のあり方について考え、論じることも、第 一のラインには触れな
いが、第二のラインには微妙に触れている。反商、その結果、そのラインを超えるのは、
イデオロギーによ って導かれる集団、いわゆる左翼や左派 、あるいはイデオロギー的な色
彩の強い正義派だけというととになり、普通の国民、市民は、第二のラインを超えるとと
自 体 に 対 し て 、 ま た 、 そ の よ う な テ l マに興味をもち、考え、論じ、行動するとと自体に
対して、 一種のアレルギーを起乙すようになってしまう。不幸念事態である。
とれは、日本の論壇におおむね右翼に近い保守派と左派しかおらず、民主社会における
言論の自由を守る 中核たるべき自由主義者はもちろん、本当の意味での保守主義者すら少
ないということとも関係している。
そ し て 、 日 本 の 裁 判 所 は 、 先 の 第 ニ のラインによって固まれる領域がきわめて狭く限定
されている社会であり、また、第二のラインを超えた場合、あるいはそれに触れた場合の
排除、懲罰、報復がきわめて過酷な社会なのである。
ヴ
ソルジェニ l ツインの小説やドキュメント、ショスタヨ lヴィチの音楽や自伝︵ S ・
68/125
オルコフ編、水野忠夫訳﹃シヨスタコ lヴイチの謹言﹄中公文康︶は 、裁判官を務めながらそれ らに
接すると 、実 に 身 に つ ま さ れ る も の が あ る。日本の裁判所は、実は、﹃裁判所﹂などでは
なく 、精 神 的 被 拘 束 者、 制度の奴隷 ・囚人たちを収容する﹁日本列島に点々と散らばった
ソフトな収容所群島﹂ にす、ぎないのではないだろうか?
その構成員が精神的奴隷に近い境遇にありながら、どうして、人々の権利や自由を守る
ととができようか?みずからの基本的人権をほとんど剥奪されている者が、どうして、
国 民、市民の基本的人権を守ると とができようか?
とれは、笑えないパラドックスである。
そして、裁判所がそのような組織となっているために、第4章で論じるような何らかの
困難な法的、価値的問題を含む事件について、ことに行政や立法に対する司法のチェック
機能が関われるような事件について、裁判官がそれなりに自分の考え方によった、つま
思い切った﹂判断を行いうる場合は、以下のと
り、日本の裁判官の裁判としてはかなり ﹁
おり非常に限られたものになってくる。
第一は、頂点、つまり最高裁判事に昇り詰めた人々である 。 しかし、 ζ の人 たちの判断
が、よくても体裁を繕った限界の大きいものである場合が多いのは、第2章で述べたとお
りである。第二に、もう現在のポストから上には行かないが転勤もないと事実上決まった
高裁の裁判長である。東京高裁に意外 K果敢な判断が出ることが多いのはこれが大きな理
1
1
2
1
f
,
3
j
'
宮 「
燈』の中の裁判官たち
l
l
3
由である。第三に、何らかの理由によりやがて退官すると決意した裁判官の判断である。
もっとも、とれについては、そのような段階で裁判官が前記のような事件にめぐり合い、
また、果敢な判断を行うだけの気力が残っていた場合という乙とになる。そして、とれら
以外のケ l スはかなりまれであるといってよいだろう。
とうした事態は健康的なものではない。多くの場合、裁判官は ﹁
みずからの良心﹂に従
った裁判をしていないととになるし 、また、先K例を挙げたような限られた場合について
は、基本的には評価すべき判断が多いとしても、時として、パフォーマンス的な傾向を帯
びたり、個人的な考え方や価値観をそのままむき出しにして、極端に走ったり、バランス
の悪いものになったりする危険性もまたあるからだ。東京高裁の特定の部では、良くも悪
しくもどんな判決が出るか全く予測がつかず、常にひやひやものである、などといった感
想を弁護士から聞くととがあるが、こうした傾向の一つの現れである。
つまり、裁判を行う裁判官の精神が圧迫されていると、さまざまな意味で、本来あるべ
き適正、公正な判断の形がゆがめられるのである。
日本国憲法第七六条に輝かしい言葉で記されているとおり、本来、﹁すべて裁判官は、
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その良心に従い独立してその職権を行い、 ζ の憲法及び法律にのみ拘束される﹂ととが必
要である。しかし、日本の裁判官の実態は、﹁すべて成判 官 は、以尚此と恨防総同に従順
してその職権を行い、もつばら組織の提とガイドラ インによ って拘束さ札る﹄乙とになっ
ており、憲法の先の条文は、完全に愚弄され、踏みにじられている。
収容所群島﹂の囚人たち、という私の比喰の意味が、
﹁
櫨﹂の中の裁判宮たち H精神的 ﹁
おわかりいただけたであろうか?あなたが裁判所の門をくぐるとき、あなたを裁く裁判
官は、実は、そのような人々なのである。
裁判所の官僚化の歴史とその完成
ととで、日本の裁判所の官僚化の歴史K ついて、簡潔に触れておとう︵詳細が知りたい方
には、山本祐司﹃最高裁物語﹄︹講談社+ α文庫︺ をおすすめする︶。
日本の裁判所の組織は、とれまでに論じてきたとおり本来民主的なものとはいえない
が、戦後は、それなりに新しい方向が模索された時期もあり 、 一時は、リベラル派の裁判
官が最高裁の多数派を占めたとともあった。
ととろが、最高裁判決のリベラル化、ことに公務員の争議行為を刑罰から解放する方向
の判決が出たととに大きな危機意識を抱いた自民党は、右翼的な考え方の持主である石田
純ザ氏を最高裁長官に据えた。石田長官︵任期は一九六九年から 一九七三年まで︶は、自
民党の思惑どおり、当時の最高裁判所における多数派であったリベラル派を 一掃する人事
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監』の中の裁判官たち
第 3i
律
1
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5
機判所における人事の実情
との章では、まず、キャリアシステムにおける上層部人事の実情について分析しておき
たい 。
良識派は上にはいけないというのは官僚組織、あるいは組織一般の常かもしれない。し
かし、企業であれば、上層部があまりに腐敗すれば業績に響くから、 一定の自浄作用がは
たらく 。ととろが、官僚組織にはとの自浄作用が期待できず、劣化、腐敗はとどまるとと
ろを知らないというととになりやすい。だからとそ、裁判所のような、国民、市民の権利
に直接に関わる機関については、とうした組織の問題をよく監視しておかなければならな
いのである oまた 、だからとそ、裁判所の官僚組織からの脱却、人事の客観化と透明化、
そして法曹 一元制度への移行が必要なのである 。
私が若かったとろには、裁判官の間には、まだ、﹁生涯一裁判官﹂の気概があり、その
ような裁判官を尊敬する気風も、ある程度は存在したように思う 。
また、裁判官の中の最多の部分、中間層には、少・なくともていねいに、誠実に仕事をす
るという長所があったと思う。
さらに、裁判官の中には、確かに、品性のある、紳士の名に値するような人物もかなり
存在したと思う。
しかし、 ニ00
0年代以降の裁判所の流れは、そのような気概や気風をもほぼ一掃して
しま ったように感じ られる。
現在、マジョリティ l の裁判官が行っているのは、裁判というよりは、﹁事件﹂の ﹁
処
理﹂ である 。また、彼ら自身、裁判官 というよりは、むしろ、 ﹁
裁判を行 っている 官僚
、
役人﹂、﹁法服を着た役人﹂というほうがその本質にずっと近い。
、﹁
﹁
先月は和解で 一二 件も落とした ﹂
今 月 の 新 件 の 最 低 三割は和解で落とさないときつ
い﹂などとい った裁判官の日常的な言動に端的に現れているように、当事者の名前も顔も
個性も、その願いも思いも悲しみも、彼らの念頭にはない 。当事者の名前などは、はしが
きにも記したとおり、訴訟記録や手控えの片隅に記された 一つの﹁記号﹂ にす、
ぎず、問題
なのは、事件処理の数とスピードだけなのである 。
そのような裁判官の姿勢から、第4章 で詳しく論 じるととろの、困難な法律判断の回避
や和解の強要といった日本の民事裁判特有の問題、あるいは、令状、ととに勾留状の甘過
ぎる発布や検察官追随姿勢が生み出す菟罪等の日本の刑事裁判特有の問題が生じてくるの
は、あまりにも当然の結果である。
﹁
太平洋戦争 Kなだれ込んでい ったときの日本について、数年 のうちにリ ベラ ルな人々 が
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の
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i 最高裁判取の隠さ れた紫顔
河~
何となく姿を消していき、 全 体としてみるみるうちに腐っていったという話を聞きます。
国レヴェルでもそうなのですから、裁判所という組織が全体として腐っていくのは、より
ありうるととだろうと思います﹂
というある学者のコメントが、二000年代以降の裁判所の状況を的確に表現している
ように思われる。
現在の人事の状況についてある程度具体的に論じてみたい︿なお、裁判官のヒエラルキーの
詳細については、第3章の自国頭で論じているので、必要があれば参照していただきたい︶。
まず、多少なりとも個性的な裁判官、自分の考え方をもちそれを主張する裁判官、研究
を行っている裁判官は、高裁長官にはなれない︵高裁長官は全国に八名。最高裁判事に次ぐポス
トである︶。たとえ、上昇志向が強く、大筋では裁判所組織の要請に従い、むしろそれを主
導してきたような人物であってさえもである。具体的な人選をみていると、そのととが非
常によくわかる。
判決や論文等でそれなりの︵つまり、最高裁が暗黙の内に公認している方向とは異在っ
た︶意見を表明してきたような人物であると、それ以前に、たとえば所長になるのが同期
ζとになる 。
のほかの人間より何年も遅れ、一つの期について相当数存在する所長候補者の問で最後に
因される、あるいは所長候補者から外されるなどの形で不利益を被る
また、同等のレヴェルのポストにある人物に つ Wて露骨に建 を 付 け る と W 9有 過 調 に
はあまりみられなかった不自然な人事もある。私のよく知っているある期︵前記のとおり、
期﹂︶の東京地裁民事と刑事の所長代行に関する人事を例にして説明しよ
司法研修所修了の ﹃
う
。 一方 は 裁 判官 としての実績があり弁護士からもかなり評価されている人物、 一方は追
随姿勢で取り立てられた中身に乏しい人物であった。ととろが、最高裁判所事務総局に対
しても自分なりの意見を述べていた前者が遠方の所長に、後者が東京近辺の所長に、それ
ぞれ異動になったのである。との人事については、民事訴訟法学者の聞からさえ奇妙だと
いう声が聞かれた。とれは 一種の見せしめ人事なのであるが、﹁事務総局の方針に意見な
ど述べず黙って服従しないととうなるぞ﹂という脅しの効果は絶大である。なお、﹁事務
総局に逆らうと﹂といったレヴェルの問題ではないことに注意していただきたい白先の人
物も、ただ、﹁自分の意見を述べた﹂だけであり、ととさらに逆らってなどいない。
私は、第3章で論じるとおり、現在の裁判所は 一種の柔構造全体主義体制、日本列島K
収容所群島﹄は、旧ソ連の作家ソルジエニ 1ツイ
点々と散らばる﹁精神的な収容所群島﹂︵なお、 ﹃
ンによる、強制収容所に関するドキュメント、ノンフィクションのタイトル︶となっていると考える
が、その 一つの現れがこうした事態である。自由主義、個人主義、個人の意見、創造的な
研究、飾り物の域を超える教養、もっといえば、事務総局に対して単に意見を述べると
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穆 緑高裁判事の隠された紫顔
口
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と、﹁そうした事柄自体がけしからん。そういう奴らが憎い﹂というところまで落ちてし
まっているのである 。
それでは、裁判所における上層部人事のあり方全般はどうであったか?
私の知る限り、やはり、良識派は、ほとんどが地家裁所長、高裁裁判長止まりであり、
高裁長官になる人はごくわずか、絶対に事務総長にはならない︵最高裁判所事務総局のト
ップであるとのポストは、最高裁長官の言うととなら何でも聴く、その靴の裏でも紙める
といった骨の髄からの司法官僚、役人でなければ、到底務まらない︶し、 最高裁判事にな
る人は稀有、ということで間違いがないと思う。
そんなととはないだろうと思う方は、もしも弁護士や学者のように裁判官の知り合いが
いる人であれば 、自分の 一番信頼している裁判官や元裁判官を選んで、﹁本当のととろど
うなんですか?私を信頼して教えて下さいませんか?﹂と尋ねてみるといい。大筋同様
の答えが返ってくるのではないかと思う。
最高裁判事の性格類型別分析
それでは、キャリアシステムにおいて裁判官から最高裁判事になっている人々︵通常六
名、現在は学者を経た後記の女性判事がいるので七名であるが、とれは変則である︶は、どのような人
物なのだろうか?
このようなととは過去にあまり論じられたととがないと思うが、最高裁判事は、大臣同
様公人中の公人である以上、さまざまな意見苧評価を受けることは本来当然であり、むし
ろ民主制の下ではそれがあるべき姿であろう︵大臣などはきわめて厳しい分析や批評を受けるのが
普通である︶し、また 、 そのよう念ととを論じるために必要な知識、情報をもった学者は私
以外まずいないと思うので、あえて論じておきたい。
おおまかに四つの性格類型に分類できると思う。
かげ
A類 型 人間として の味 わい、ふくら みや贈りをも含 めたそ うし た個 性豊かな人 物 五 %
私が直接、間接に人柄を知っている三O人の中では 一人だけであり、本当は五%に満た
ないのだが、あまり細かくしても仕方がないので、とりあえず五%としておく。
ζ の方は、事務総局系の裁判官ではない。何事に対しても一定の見識と意見をもってい
たし、人間的在温かみもあった。﹁最高裁調査官に本来決裁制度など作るべきではない。
判事と調査官が二人でよく話し合ってベタ !な結論を探っていけばよいことだ﹂、﹁私は裁
判官出身の最高裁判事であり 、公人中 の公人なのだから、自分の意見は判決の中でだけ述
べたい。そこに残らず表したい﹂などが私の聴いた彼の言葉である。
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郷 2怒 最 高 裁判事の隠された策顔
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か たっ
事務 総 局中心体制| |上命下 服 、
上 意下達のヒエラルキー
日本の裁判所の最も目立った特徴とは何か?それは、明らかに、事務総局中心体制で
あり、それに基づく、上命下服、上意下達のピラミッド型ヒエラルキーである。
まず、とのピラミッド型ヒエラルキ ー の実態について簡単に解説しておとう。
ζの書物では、わかりやすさの観点から、その意味でも﹁最高裁
頂点には、最高裁長官と一四名の最高裁判事がいる︵なお、双方を合わせて呼ぶときには最高
裁判所裁判官というカテゴリーになるが、
判事﹂という言葉を用いている︶。次が高等裁判所長官。全国に八名おり、序列は、東京、大
阪、名古屋、広島、福岡、仙台、札幌、高松の順であると思われる。なお、東京、大阪の
高裁長官は、それ以外の高裁長官よりも最高裁入りするととが多い。次が東京、大阪等の
大都市の地家裁所長︵同じ場所の地裁は家裁より格が上。な お、裁判所法上は、最高裁判所以外の裁判
所の裁判官の種類は、高裁長官、判事、判事補、簡裁判事だけであ り、地家裁所長は、司法行政事務の総括
者 Kすぎない︶と東京高裁の裁判長、少し後れて大阪高裁の裁判長であろうか。とのあたり
から序列は著しく細かくなり、はっきりいって、人事にあまり興味のなかった私には詳細
はよくわからない。しかし、時 K応じある程度は揺れ動くにせよ原則としては定まった、
厳 然 た る 微 細 な 序 列 が あ る と と は 間 違 い が な い 。 いずれにせよ、次がそれ以外の地家裁所
長とそれ以外の高裁裁判長。そして高裁支部長と 地家裁大支部の支部長。次が 地 家 裁 裁 判
長と高裁の右陪席。その格付けには全国でかなり大きな差がある。次が高裁の左陪席と地
家裁の右陪席。最後が地家裁の左陪席となる。大支部以外の地家裁支部長は地家裁右陪席
クラスまで広がる。なお、新任判事補の任地は、かつてはおおむね成績を第一の基準とし
て東京から順に並べていたようであるが、近年は微妙になっており、 一一般にはいえない。
とれとは別に、最高裁判所事務総局には事務総長、局長、課長、局付がおり、最高裁判
所調査官としては首席、上席、 普通の調査官がおり、司法研修所には所長、上席、事務局
長、普通の教官がおり、裁判所職員総合研修所は司法研修所 K準じ、また、各高裁には事
務局長がいる。格付けとしては、事務総長、首席調査官、司法研修所長は高裁長官に準
じ、事務総局局長は所長に準じ、同課長、最高裁判所調査官、司法研修所教官の比較的上
のほうは東京地裁裁判長と同クラス、高裁事務局長はその所在地地裁裁判長と同クラス、
といったところであろうか 。 ま た 、 法 務 省 本 省 や 各 法 務 局 に 出 向 し て い る 裁 判 官 に も 、 と
れに準じた細かな序列がある。
思い出しながら書いていても胸が悪くなりそうな気がするのだが、とうした、相撲の番
付表 Kも似た裁判官の細かなヒエラルキーは、裁判所法をみても決してわからない。日本
の裁判所がおよそ平等を基本とする組織ではなくむしろその逆であるととは、よくよく頭
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燈」の中の裁判官たち
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料
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に入れておいていただきたい。
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さて、先のヒエラルキ ー のトップに位置する最高裁長官は、原則として、めったに開か
れない大法廷の裁判忙しか関与しないから、その主な仕事は、司法行政の統轄、より直裁
にいえば、司法行政を通じて裁判所の職員全体、とりわけ裁判官を支配、統制することで
ある。制度の建前上はともかく、実際上の最高裁長官の権力、権限は、ほかの最高裁判事
よりも格段に大きい。 一九八0年代以降に限ると、その全員が、事務総局系の裁判官出身
であり、また、九名中四名が事務総長経験者である。
一四名の最高裁判事のうち裁判官出身者︵前記のとおり通常六名﹀は、近年はほぼ全員が事
務総局系である。
事務総局のトップである事務総長は最高裁長官の直属、腹心の部下であり、そのポスト
は最高裁長官、最高裁判事への最も確実なステップである。ほとんどが最高裁判事になっ
ており、歴代裁判官出身最高裁長官の約半分をも占める 。前記のとお り、 ﹁最高裁長官の
言うととなら何でも聴く、その靴の裏でも紙める ﹂といった骨の髄からの司法官僚、役人
でなければ、絶対に務まらない。最高裁長官のいる席では﹁忠臣﹂として小さくかしとま
っているが、その権力は絶大であり、各局の局長たちに対して長官の命令を具体化して伝
えている。
行政官庁の局長には、かなりの程度の裁量権があるが、事務総局の局長には、そんなも
のはほとんどない。最高裁長官の意向に黙って従う﹁組織の大きな歯車﹂にすぎない。と
のととについては、私は、そのような内容の愚痴をある局長がとぼしていたのを実際に聞
いたととがあり、間違いはないはずだ。当然、局長の部下であるととろの、局付はもちろ
ん課長でさえ、本質的には、ただひたすら命令される﹁若造、小僧﹂にすぎないといって
よいだろう。
ととろが、事務総局の外、つまり現場の裁判官たちとの関係では、事務総局の権力と権
威は、そのトップについてはもちろん、総体としても決定的に強大である。
その結果、先にも記したとおり、倣慢な局長であれば地家裁所長、東京地裁所長代行ク
ラスの先輩裁判官たちにさえ命令P調で接するととがありうるし、課長たちの地家裁裁判
長たちに 対する関係について も、同様のととがいえる。
とれに応じて、所長たちの上向き、事務総局向きの姿勢もきわめて顕著であり、その結
果として、自分の裁判所の裁判長は鼻であしらうのに、事務総局の局付判事補に対しては
ζ の官僚組織に
ばかていねいな応対をするといった見苦しい倒錯が生じる。とれは、もちろん、局付個人
に対してではなく、その﹁ポスト﹂に対して敬意を表しているのである。
あっては、吹けば飛ぶような﹁個人﹂などどうでもよく、﹁ポスト、肩書﹂ とそがものを
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m3m 「軽
量』の中の毅判官たち
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いうからだ。
ととで、地家裁所長の地位について触れておくと、それは、非常に微妙なものであっ
て、実質的にも比較的大きな発言 権をもっ高裁長官とは全く異なるロ
確かに、地家裁所長の裁判官や職員に対する影響力は大きく、彼らに対する姿勢も権力
者的、権威的であることは、大学の学部長の比では、ない。そのような意味でいうなら、大
学の総長、学長と教授、准教授以上の大きな上下差の感覚が、地家裁所長と普通の判事、
判事補との聞にはあるといってよいだろう。
しかし、所長の権限は、実際には、裁判官や職員の評価に関する側面を除けば、ごく限
られたものである。最高裁判所事務総局やその下にある高裁事務局︵高裁事務局長は前記
か在め
のとおり地裁裁判長クラスの裁判官であり、事務総局の課長たちと並んで、司法行政の一
つの要である︶の意見、ととに前者 は絶対であり、第2章で 二人の東京地裁所長代行判事
の対照的友人事について記したとおり、現在では、所長や所長代行時代に事務総局に対し
て言 うべきだと思うととをきちんと 言 っていたら、まず、その人のその後の人事はよい 方
向へは向かわないといって間違いはないと思う。
まず上級庁 の 怠 見
上への追随、追従傾向が極端なある大地裁の所長の例を挙げておく 。
彼は、裁判官や職員の前で、﹁高裁の意見はちゃんと聴いたのか?
を聴きなさい﹂、﹁それは本当に事務総局の考え方と同じなのか?もしかし免ら遭うので
はないのか?﹂などといった言葉を毎日のように使用するので、職員たちから﹁忠犬ハチ
公みたい在人﹂とささやかれていた。もっとも、犬が亡き飼い主を慕うのは美徳だが、裁
判 官 た ち の 独 立 を 守 る 立 場 の 人 聞 が 、 い た ず ら に 事 務 総 局 や 高 裁 事 務 局 ︵事務総局の局長
も、高裁事務局長も、大地裁の所長からみればかなりの後輩である︶の意向を条件反射のように気に
するととは、決して美徳とはいえず、先の職員たちの 言 葉 は 、 ハ チ 公 の 名 誉 を い た く 傷 付
けるもののように恩われる 。
たとえば前記のような所長たちの裁判員制度絶賛の大合唱も、以上のような事態を踏ま
えて受け止めるべきもの、なのである。
こうした、支配と追随の 二面性の結果として、所長の﹁上にはきわめて弱く、下にはき
。
わ め て 強 い ﹂ と い う 問 題 の あ る 姿 勢 は ど ん ど ん ひ ど く 念 っ て い く ことに、所長時代に
成果﹂を挙げるととに腐心するような人物が所長になると、下の裁判官たちは大変苦労
﹁
するととになる。なお、判事補たちに対しては所長もおおむね愛想がいいが、若い人たち
に対して愛想がいいのは、どとの組織の長でも同じである。
私は、所長経験者や現に所長をしている裁判官から、﹁瀬木さん、所長って楽そうにみ
。 もちろ
えるけど、やってみるとイヤな仕事だよ ﹂ という話をされた経験が何回もある
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峰」の中の裁判官たち
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ん、所長が楽しくてたまら在いという人もいると思うが、現在の裁判所においてそのよう
に感じるのがどのような種類の人間であるかについては、読者の御想像にお任せしたい。
人事 による統制とラ ットレース
最高裁長官、事務総長、そして、その意を受けた最高裁判所事務総局人事局は、人事を
一手に握っているとと Kより、いくらでも裁判官の支配、統制を行うととが可能になって
いる。不本意な、そして、誰がみても﹁ああ、とれは﹂と思うような人事を二つ、 三 つと
重ねられてやめていった裁判官を、私は何人 もみている。
とれは若手裁判官 K限ったことではない 。 裁判長たちについても、前記のとおり、事務
総局が望ましいと考える方向と異なった判決や論文を書いた者など事務総局の気に入らな
い者については、所長に在る時期を何年も遅らせ、後輩の後に赴任させることによって屈
辱を噛み締めさせ、あるいは所長 Kすらしないといった形で、いたぶり、かっ、見せしめ
にするととが可能である 。さらに 、地家裁の所長たちについてさえ、当局の気に入らない
者については、 本来なら次には東京高裁の裁判長 Kなるのが当然である人を何年も地方の
高裁の裁判長にとどめおくといった形でやはりいたぶり人事ができる。とれは、本人にと
ってはかなりのダメ ージになる。プラ イドも傷付くし、 単身赴任も長くなるからである。
こうした人事について恐ろしいのは、前記のような報復や見せしめが、何を根拠として
行われるかも、いつ行われるかもわからないということである。たとえば、﹁違憲判 決を
書いた場合﹂などといった形でそれが明示されているのなら、それ以外は安心というとと
になるかもしれないが、﹃ともかく事務総局の気に入らない判決﹂というととなのだか
ら、裁判官たちは、常に 、ヒ ラメのようにそちらの方向ばかりをうかがいながら裁判をす
ることになる。当然のととながら、結論の適正さや当事者の権利などは二の次になる。
また、事務総局は 、 裁 判 官 が 犯 し た 、 事 務 総 局 か ら み て の ﹁ 間 違 い ﹂ で あ る よ う な 裁
判 、 研 究 、 公 私 に わ た る 行 動 に つ い て は 詳 細 に 記 録 し て い て 、 決 して忘れない。たとえ
ば 、 そ の ﹁ 間 違 い ﹂ か ら 長 い 時 間 が 経 っ た 後 に 、 地 方 の 所 長 Kな っ て い る 裁 判 官 K対し
て、﹁あなたはもう絶対に関東 Kは戻しま せん。定年まで地方を回っていなさい。でも、
公証人にならしてあげますよ﹂と引溝を渡すなどといった形で、いつか必ず報復する。こ
κ入らない者については、かなりヒエラルキーの階段を上って
のように、事務総局は 、気
からでも、簡単に切り捨てるととができる。なお、右の例は 、 単なるたとえではなく、実
害 申う そ
際にあった 一つの ケ l スである 。窮鼠が猫を噛ま念いように、後のポストがちゃんと用意
されているととろに注目していただきたい。実に用意周到、なのである。
さて、学者仲間やジャーナリストと話していると、﹁裁判官になった以上出世のととな
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ど気にせず、生涯一裁判官で転勤を繰り返していてもかまわないはずじゃないですか?
どうして皆そんなに出世にとだわるんですか?﹂といった言葉を聞く乙とが時々ある。
﹁ああ、外部の人には、そういう乙とがわからないんだ﹂と思い知らされるのが、こうし
た発言 で あ る 。 お そ ら く、 と う し た 発言 を す る 人 々 だ っ て 、 裁 判 官 に な れ ば 、 そ の 大 半
が、人事 K無関心ではいられなくなるととは、自にみえているからだ。
なぜだろうか?
それは、第 一花、裁判官の世界が閉ざされ、隔離された小世界、精神的な収容所だから
であり、第 二K、裁判官が、期を中心として切り分けられ、競争させられる集団、しかも
相撲の番付表にも似た細かなヒエラルキ ー によって分断される集団の一員だからで あり、
第三 K、全国にまたがる裁判官の転勤システムのためである。
裁判官を外の世界から隔離しておくととは、裁判所当局にとって非常に重要である。裁
判 所 以 外 K世 界 は 存 在 し な い よ う に し て お け ば 、 個 々 の 裁 判 官 は 孤 立 し た 根 無 し 草 だ か
ら、ほうっておいても人事や出世にばかりうつつを抜かすようになる。乙れは、当局にと
かいてい
ってきわめて都合のいい事態である。
次に、ヒエラルキーの階梯を細かく細かく切り分け、出発点は一応平等 Kし、根拠のよ
くわからない小さな差を付けて相互に競わせる。英語で いうととろのラットレース、際限
のないばかげた出世競争である。第三者から みればまさにいじ まし い﹁ネズ ミ の規定 、細
川
争 ﹂ なのだが、当事者は客観的に自分を見詰める眼を完全に失ってしまっているから、そ
のことには気が付かず、必死に入れ込む。さらに、ある段階で事務総局系︿局長、課長経
験 者 ︶ と そ れ 以 外 の 裁 判 官 と の 聞 に 歴 然 と し た 差 を 付 け る 。 そ れ も 、近年では、純然たる
エリート系ととも K、お追従で上に取り入ってきたイエスマンをも適宜取り立てるととに
よって、いよいよ微妙に裁判官たちを刺激するようになっている 。
ζのような傾向について、東大、京大等の名門 Kとらわれない公平恋人事だなどと思っ
たら大間違いである 。能力一本ならまだしも、情実まで交えるよう Kなってきたというだ
けの場合が多いからだ 。 その象徴的在例が 、第2章の後半で詳細に分析した大規模情実人
事なのである 。 な お 、 そ と で 関 連 し て 論 じ た 奇 妙 な 最 高 裁 判 事 人 事 に つ い て も 、 女 性 最 高
裁判事の積極的登用といったイメージで一石 二鳥の一般受けをもねらっているととに、よ
くよく注意していただきたい。オパマ大統領が就任後 K有権者たちを裏切っていよいよ大
企業と政治家の支配を強め、国民の自由制限を継続した例をみるべきなのである ︵堤来果
﹃
アメリカから ︿
自由﹀が消える﹄扶桑社新諮︶。黒人だから、女性だから、それだけで、民主的
戸、
λMA
,
なのだろうといった受け止め方は、決してしではならない 。﹁愚かな大衆を喜ばせるには
俗受け路線に限る ﹂という全 世界共通の国民、市民愚弄路線に乗せられてはいないかを、
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笹J の中の後判官たち
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じっくりと考えてみる必要がある。
なお、近年の情実人事的傾向は、若手にも及んでおり、その反面として、非常に能力の
高い人が必ずしも認められないという、以前には考えられなかった事態まで生じ始めてい
た。かつては、少なくとも若手については、おおむね能力主義の公平な人事が行われてお
り、それは、たとえば矢口体制の下でも特に変わりがなかったものなのだが。
基本的な上下が期によって決められる官僚組織においては、同期の中で自分よりも明ら
かに能カの低い者が自分よりも上 K行くとか、後輩に先を越されるなどといった事態は、
非常に屈辱的なものになる。また、裁判所当局は、このことを知り尽くしていて、そのよ
うな屈辱を感じさせるととをととさらに意図した人事を行うというととも、理解していた
だきたい。私は、正直にいえば、学者やジャーナリストのような知的な想像力に長けてい
るはずの 人々が、とうした 事柄について 十 分 に想像力を働かせるととができないのを、不
思議に思っている 。自分の身に起乙る事態として考えてみるならば、すぐに了解できると
とではないかと思うのであるが。
最後に、裁判官の転勤システムが全国にまたがっているととろがミソである 。 たとえば
LL
中 央 行 政官僚のようにずっと東京から動かないのであれば 一生課長でも好きなことができ
ればいいと割り切れるかもしれないが、生活の本拠地 ︵たとえば収点近辺、大阪近辺呼疋が、
れらに限らなとから遠いところを転々と飛ぽさ札ると、 よ ほ ど 精 神 力 の 強 加 人 守 魯 W閣0
ま い っ て し ま う 。 裁 判 官 は 、 近 年 は そ の 平 均 的 な 質 が 落 ち て き て い る と は い え 、少なくと
もその上層部についてはおおむね各大学の成績上位者で占められるような優等生集団だか
ら、こういう仕打ちをされるとまずはもちとたえられない。
、
以上の点について、法曹 一元制度のアメリカと比較してみよう。アメリカでは 多くの
裁判官は就任した裁判所を動かない 。 より上位とされるようなポストに移る例もないでは
悲いが、まれである 。 ま た 、 裁 判 官 の 独 立 は 徹 底 し て い て 、 た と え ば 地 裁 の 裁 判 官 が 上 級
審 の 裁 判 官 K頭を下げる機会などまずないし、裁判官の問の上下差の感覚もきわめて小さ
い。というより、裁判所組 織が全体としてピラミッド型ヒエラルキ ーであるなどとは、お
そらく、誰も思 って いないだろう 。 日本で類推するならば、むしろ、大学、学者の世界に
ア メリカの
近いといえる 。 実際、私は、留学していたワシントン州の最高裁判所を訪れ ︵
裁判所には、連邦と州の二つの系列がある︶、判事たちと面会したととがあるが、いずれ
も穏やかかっ学識豊かな紳士で、先にも述べたとおり、日本で類推するなら、むしろ、す
ぐれた学者の雰囲気に非常に近かった。第2章で分析した日本の最高裁判事の性格類型と
比較していただくと、大きな相違のあるととがおわかりになるのではないだろうか?さ
て、あなたは、 日本とアメリカを比較して、ど ちらのタ イプの人間のほ うがより最高裁判
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事にふさわしいとお考えになるだろうか?
そして、日本型キャリアシステムは、キャリアシステム全体の中でみても、その階層
性 、 閉 鎖 性 、 中 央 集 権 性 に お い て 際 立 っ た も の で あ り 、 構 成 員 K舵 烈 な 出世 競争を行わ
せ、飴と鞭を使い分けてコン ト ロールするととによって、裁判官たちから 、
その独立性を
事実上ほぼ完全に近いといってもよいほどに奪い、制度 K屈従する精神的奴隷と化してい
るのである 。
たとえば 、 同じキャリアシステムでも、
現在のドイツの裁判官制度が、ナチス時代に対
する反省もあって徹底的に民主化され、弁護士の水準が低いととと相まって、裁判官がむ
しろ率先して正義の実現のための方向付けを行うような制度と・なっているのとは、全く異
なる。むしろ、日 本 の キ ャ リ ア シ ス テ ム は 、 支 配 す る 機 関 が 司 法 省 か ら 最 高 裁 長 官 、 最 高
裁判所事務総局に替わ っただけで、戦前のシステムと本質的には変化していないのではな
いかと感じられるのである 。
窓意 的な再任拒否、退官の 事実 上の強妻 、
人事解 価の二 重帳簿シ ステム
二000年代に行われた司法制度改革による裁判所制度の諸改革については、私も、前
記のとおり、一定程度期待していた部分がある のだが、 それ ら
、が実施占 れ Cしば らく bqb
と、期待 はことごとく裏切られ 、 改革に期待 し 砲 の ほ判 制絹 伽
むしろ、裁判所当 局は、それらの改革を無効化 す る のみ ならず、 逆 手に取り、感則 し州
O年ごとに行われる裁判官の再任の審査を行う
めた。 その 一つが、新任判事補の任用と 一
下級裁判所裁判官指名諮問委員会の制度である 。 その表向きの趣旨は、とれらの手続を透
明化し、国民の意思を反映させるととにあった 。
しかし、との委員会のメンバ ー には現職の高位裁判官や検察官が多数含まれており、ま
た、その情報収集方法は、裁判官の評価権者である地家裁所長や高裁長官の非公開報告書
︵﹁再任 ︹
判事任命︺希望者に関する報告書 なお、 ζれは、毎年定期的に作成され、裁判官の申出があれ
﹂︶が中心であって、みのすから調査を行う方法、手段
ば開示される後記の﹁評価書面﹂とは異な。
る
は限られていると思われる 。 ま た 、 再 任 不 適 格 と 判 断 さ れ た 裁 判 官 に 対 す る い わ ゆ る 告
知、聴聞の機会も、不服申立ての制度もなく、乙のとと Kは大きな疑問を感じる。さら
に、判断基準は非常に抽象的であり、審議の内容も公開されない。﹁指名の適否について
慎重な判断を要する者﹂すなわち重点審議者を委員会が選択するための主な情報は前記の
非公開報告書であるから、事務総局人事局は、評価権者に微妙なサインを送りさえすれば
︵電話 一本で簡単にできるととである︶、みホすから手を汚すととなく、特定の裁判官の再任
を事実上拒否するととが可能になるのである 。
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量」の中の裁判官たち
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現に、との制度の採用後、再任を拒否される裁判官の数が目立って増えている。それま
ではほとんどなかった再任不適格と判断される裁判官の数︵そのように判断されても再任
願いを撤回しないと再任拒否される︶が、年に五名前後という大きなものになっているの
である 。
もちろん、実際には、再任を拒否さ れる裁判官は能力不十 分 である場合が多いだろう 。
O
﹁拒否されても仕方がない例﹂の聞に混じるために、そうした事案の不当性
しかし、問題なのは 、先 の よ う・
な制度のあり方からすると、そうした裁判官のデータの聞
に 再 任 を 拒 否 し た い 裁 判 官 の デ ータをそっと滑 り 込 ま せ て お く と と が 十 分 に 可 能 に な る と
いうととだ
を、たとえ事実上であっても主張するととは、きわめて困難になる 。
実際、私は、超 一一流国立 大学に勤務していたある学界長老から次のような 言葉を聴いて
いる 。
﹁私のゼミで一番ょくできたある学生が、裁判官になって 二O年経ったところで退官した
川叩
ので尋ねてみたら、再任拒否されたというととでした 。大変驚きました。本人もわけがわ
からないというのです。確かに、比較的はっきりものをいう学生ではありましたが、しか
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し、それで拒否されるというのであれば 、信じられないととです﹂
ま た、 提 出 さ れ る デ ー タからして 内 任 が 危 ぶ主 れ る域 判 刊 にコい C川、山ド仙
川
き﹂が行われるのが通例である。これをやられると、慢とんどの積判官崎温‘綱渇しで付
期満了前に退官してしまう。任期満了退官であると、再任拒否にあったのではないかとい
うととで弁護士事務所への新たな就職などに差し支える可能性があるからだ。したがっ
て、﹁実質的な﹂ 再 任 拒 否 者 の 数 は 、 公 表 さ れ て い る 数 よ り も か な り 多 い と み な け れ ば な
らない 。
との点については、以前にはすべて肩叩きで不透明に処理されていたものがある程度表
ト 、溜箭将之訳 ﹃
ダニエル −H ・フッ
に出るようになっただけかもしれないとの推測もある ︵
名
il日本の裁判は変わるのか﹄︹ NTT出版︺二 二七頁︶が、おそらくそのような
もない顔もない司法
ととはなく、その書物にあるもう一つの推測、﹁委員会が設置されたととで、事務総局は
以前よりも自由に候補者の任官を拒絶できるようになったとさえいえる﹂ ︵二二六 頁︶のほ
うが正しいであろう ︵
前記の新藤宗幸﹃司法官僚﹄
一 五五頁も同様の推測を行っ ている 私はかつ
。
︶
ての実情についてもかなりよく知っているが、再任拒否は前記のとおりほとんどなく、肩
叩きもせいぜい 二、 三名ないしそれ以下であったと思う。
なお、フット教授︵東京大学︶による 日本の司法の分析については、全体としては評価す
べき部分があると思うが、前記の書物についてみると、日本の裁判所 ・裁判官制度の決定
的な特徴であるヒエラルキー的な上意下達の官僚組織という側面の問題点に関する十分な
98
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「
様」の中の裁判官たち
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認識が欠けているように思われる。前記の書物で 一番人を引き付けるのはそのタイトルな
のだが、それでは、なぜ、日本の司法が﹁名もない顔もない﹂のっペらぼうなものとなっ
ているのかについては、との書物は、必ずしも十分な説得力をもって論じえてはいない。
私には、それが、前記のよう念視点の欠落の結果であるように恩われる 。
以上に関連して、司法制度改革に伴う裁判官評価制度の透明化の 一環として設けられた
評価書面開示 、 不 服 申 立 て の 制 度 に つ い て は 、 処 遇 に 関 す る 不 満 を 感 じ て 開 示 の 申 出 を 行
ったある裁判官︵確かに、私の目からみても十分に評価されていないように思われた︶から聞いたと
ころでは、きわめて型通りの好評価だけが記載されていたという ︵前記﹃司法官僚﹄ 一四 一頁
以下にもとれとおおむね同趣旨の記述がある︶。とのととについては、実際の人事で 重視されてい
るのは、非公式の書面や口頭による情報、また、それらを総合して記載された個人別の人
事書面であろうといわれている。司法制度改革前のととであるが、私は、ある左派裁判 官
︵その中で友人でもあった数少ない人物︶から 、﹁﹃いやあ、あ んたの通知票はパツだらけのよう
だなあ。いっぽい 書き込まれているらしいぞ﹄と ︹
以前から面識のあった︺所長から言わ
れたよ﹂という話を聞いたととがある。右の所長の言葉は、前記の個人別人事書面の存在
をうかがわせる。つまり、裁判官評価に関する最も重要な書面は事務総局人事局に存在す
る絶対極秘の個人別人事書面なのであり、おそ らく 、 そのととは、現住むも何 ら笠わ 3 C
いない。したがって、裁判官の人事評価に関し ては、裂と誕の コ・暢縛システムが婦ら れ
ている可能性が高いとみてよいだろう。常識的に考えても、裁判所のような組織であえて
開示の申出を行うほどに不遇を感じている裁判官に関する﹁評価﹂が 、前記のような型通
りの好評価だけであるというのは、きわめて奇妙ではないだろうか?
司法研修所という名の人事 局の出先機関、職人的教育システムの崩繍
司法研修所は、司法試験K合格した司法修習生︵以下、単に﹁修習生﹂という︶の教育と裁
判官の 生涯教育を担当する機関であり、セクションもとのこつに大きく分かれている。
とう書くと、誰でも、法科大学院に類するような高等教育機関というイメージを抱くで
あろう。しかし、実際にはそうではない。
とれは、学者を含む法律家の閑にさえあまり知られていないととなのだが、司法研修所
は、事務総局人事 局と密接に結び付いて最高裁長官や人事局長 の 意向の下に新任判事補を
選別し、また、裁判官の﹁キャリアシステム教育﹂を行う、実質的な意味での﹁人事局の
出先機関﹂左のである。 人事 局と司法研修所教官、ととに 修 習生の 教育 選別を行う部門と
裁判官教育を行う部門との各上席教官︵後者の上席のほうが格は上︶、また司法研修所事務局
長︵以上、いずれも東京地裁裁判長クラスの裁判官︶とのパイプはきわめて緊密である。そして、
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法務省:法務省における検事の職務
甲19号証
|訟務部門の職務
訟務部門では,国を当事者とする民事訴訟及び行政訴訟などの訴訟事件
を追行しています。また,地方公共団体,独立行政法人その他政令で定める
公法人の民事訴訟及び行政訴訟のうち,国の利害に関係があると認められ
るものも,求めに応じてこれを追行しています。
先輩からのmessage ∼現場の検察官から∼
・ 三 村 仁 検事(東京法務局訟務部付)
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甲20号証
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トップページ 〉資格・援用惜鑑 〉検事を志す皆さんへ 〉 三 村 仁 被 事
部 付 平 成1
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年度佐官〉
主将仁検車
(東京法務局訟務
{東京港結局訟積幡付平感12
年度径官}
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原爆症訴訟,じん肺訴訟,水俣病訴訟,基地号、空港における騒音公害
鯨訟,情報公開訴訟,入国管理〈外国人の入国,在留等)関係訴訟,税
金関係訴訟など,国を当事者とするさまざま訴訟が新聞等で報道される
ごとがありますが,それらの僻訟事務を担当するのが,法務省弘明5
部門
及びその下部組織である各地方法務局訟務部です。私カ胃属する東京法
務局訟務部では,検察官,裁判官,弁膜土出身の部付検事が 23名お
り,それぞれが配点された事件を担当しています。
部付検事は,訴訟に関係する行政庁担当者から事件の事実関係等を確
認したよ,適用される法律の解釈適用を検討し,行政庁が行った処分や
個々の公務員の行為の適法性について主張を構成していきます。そし
て,主に準備書面を作成し,裁判所{ζ対し,園の主張をいかに説得的に
アピールできる力、を日々模索しています。なかには,事件を通じて初め
て触れる法律ち多く,その解釈,適用をめぐって,法律の制定経緯や目
的,趣旨から正しい条文解釈を験討することを要求される場面もあり,
そのような経験を通じて法律家としての幅を広げることカ?できるのでは
ないかと思っています。
他方,私{ま,検察官として,金国の検察官有志で組織される検察官ザ
ッカ一部の幹事を務めています。検察官チームは,東京高検管内の各組
検の事務官チーム対抗で開催され苓東京高検大会を中心に各種大会に撃参
加さぜて告らったり, 2年に 1回,日本と勝国で交互に行われる日鵜検
察庁親善大会の検察官チームに選手を派遣したりしています。平成 21
年 7月には鵠固で第 5回大会が開催され,事務官チームは勝刺し,検察
官チームは引き分けに終わりました。検察官チームとしては, 2年後の
日本での大会での勝利{こ向けて再び活動を続けています。これらの活動
を通じて,試合での勝別ちさることながち,先輩や後輩との粋を強め,
更には綿国の検察官との親交を深めることができ,人と人とのつながり
の大切さを実感するところです。
訟務検事,検察官ザツカ一部とちに,普段の検察実務だけでは得難い
経験を得ちれる場所だと思いますので,興味のある方は是非一緒に体験
していただきたいと思います.
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判検交流
出典:フリー百科事典『ワィキベディア(Wikipedia
)
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判検交流(はんけんこうりゅう)とは、日本の裁判所や検察庁において、一定期間、裁
判官が検察官になったり、検察官が裁判官になったりする人事交流制度のことで、あるo
|
目
次|
概要
この制度が始まった経緯は、第二次世界大戦終結問もない頃、法務省に民事の専門
家が不足していたことによる。しかし、この制度は具体的な法律に基づいて行われてい
るものではなく、当初の法務省の人員不足の問題が解消された後も現在に至るまで惰
性的に継続されているとされる。 2000年代からは、毎年40人前後の裁判官が法務省の
民事局や訴訟部門、検察庁などに出向している。逆に、検察官が裁判官になる場合も
ある[ l
]。もともと、日本国内の全ての裁判所と裁判官を支配・統制してしも最高裁判所
事務総局は、法務省と同じく戦前の司法省を母体として設立された司法行政機関であ
り、最高裁判所事務総局と法務省は設立当初から互いに親密な関係にあるため、この
判検交流の制度は最高裁判所事務総局と法務省を再び一体化させるための好都合
な政策として積極的に導入された一面もあると言える。
判検交流の効果として、検察官が裁判官になることによって検察官の仕事を客観的に
。
]
見ることができるなどと説明されている[1
問題点
法務省の訟務検事として国の代理人を務めた裁判官出身者が裁判所に戻って、国を
相手取った賠償請求訴訟を担当するのは裁判の公正を損なうと日本弁護士連合会な
どから指摘されている。また、検察官と裁判官が密接になることによって捜査’情報が漏
洩しやすくなることも指摘されている[2
]。そのため、日本弁護土連合会などから判検交
流の禁止を求める意見は強いが、現在の日本において判検交流は未だに完全な廃止
が実現されていない。
問題点を改善するために、法務省は検事を弁護士事務所に派遣したり、企業で研修さ
せたりする制度を開始し、弁護士や大学教授、臨床心理士を調査員などに登用するよ
。
]
うになったと説明している[3
規模の縮小
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上記のような批判に対し、「誤解を生むような制度は続けるべきではない」との判断か
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年度から廃止されたとされている[4
]
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ら、刑事裁判の部門における判検交流が2
かし、民事裁判の部門における判検交流については規模を縮小するものの引き続き存
]
続される方針であるという。[5
脚注
1
. "ab『ドキュメント検察官』 1
3
8頁
。
2
. "『ドキュメント検察官』 1
3
8
1
3
9頁
。
3
. 内『ドキュメント検察官』 1
4
0
頁
。
4
. "検事・判事の人事交流廃止刑事裁判の公正に配慮朝日新聞 2
0
1
2
年 4月2
6
日
5
. "裁判官と検察官の人事交流廃止、縮小の動き加速「なれ合い J
指摘に阻慮
0
1
2
年5
月4日
)
(産経新聞2
関連項目
・法務省
・最高裁判所事務総局
.司法省
参考文献
・読売新聞社会部『ドキュメント検察官…揺れ動く「正義」』中央公論新社〈中公
新書〉(原著2
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6
年 9月2
5日)、初版。 ISBN9
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この「判検交流」は、法分野に属する書きかけ項目です。この記事
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カテゴリ:日本の検察官 |日本の裁判官
・最終更新 2013年6月 1~ 日(日) 0
7
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9(日時は個人設定で未設定ならばUTC
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・テキストはクリエイティブ・コモンズ表示一継承ライセンスの下で利用可能です。追
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163-衆議院-法務委員会-5 号 平成 17 年 10 月 14 日
甲22号証
平成十七年十月十四日(金曜日)
午前十時二分開議
○枝野委員 もう一つ、司法関係の人事関連の話のところで、判検交流と一般に言われているも
のがございます。これは、ここ数年間の実態、そちらでの判断で結構ですが、裁判所から法務省
などに出向する裁判官、あるいは逆に、そういった出向を終えて裁判所に戻る裁判官、こういった
人たちがどれぐらいの量いるのか、御説明ください。
○三ッ林大臣政務官 お答えいたします。
裁判官から検察官に転官している者の人数は平成十六年度において四十九名で、検察官から
裁判官に転官した者は五十四名であります。
○枝野委員 多分、平均的なところを出してこられているんだろうと思いますが、毎年五十人前後、
裁判所から検察庁に行き、検事の身分を持って行政にいるわけですよね。そこにいた人たちは五
十人ぐらい裁判所に戻って、裁判官に戻るということになりますね。
さて、そういった人たちの中には多分、訟務検事と俗に言われている人がいると思います。どれ
ぐらい訟務検事の中に裁判官出身者の方がいらっしゃったりするのかということはわかりますか。
○三ッ林大臣政務官 お答えいたします。
平成十六年度におきまして、訟務検事として法務省に出向しました人数は十七名で、訟務検事
から裁判官に出向した人数は十六名です。
○枝野委員 訟務検事というのは、前にお座りの方は御存じだと思いますが、要するに、国が当
事者である裁判の代理人をするという役割ですよね。何で裁判官から訟務検事に人事異動させて
いるんですか。なぜ裁判官を訟務検事に使っているんですか。
○富田副大臣 裁判官から検察官に転官されて、その中に今政務官がおっしゃられた数字の訟
務検事として活動されている方がいらっしゃるわけですけれども、それはもう、人格、識見が豊かで、
その任にかなうから担当されているというふうに答えるしかないと思いますが。
○枝野委員 そうなんですよね。人格、識見にすぐれて能力があると思うから、そういう人を訟務検
事に使うんですよね。
国が当事者である訴訟、訟務検事が代理人的な仕事を務める訴訟、相手方がいるわけです。
相手方は弁護士を代理人にするわけですが、自分の費用で、どんな人がこういう事件に適切な弁
護士であって、どういう能力を持っていて、人格、識見がどうなのか、全部自分で調べて、自分で
選択し、その人が実は適切でなかった人だったりする場合のリスクも全部本人が持っているわけで
すよ。それに対して国の側は、自分たちの行政の側の検事さんだけじゃなくて、裁判所からまで優
秀な人間を引っ張ってきて自分たちの代理人にできるんです。アンフェアじゃないですか。
○富田副大臣 日本の国の弁護士、また検察官、裁判官、それぞれ同じ司法試験を受けて合格
されて、それぞれの分野に行かれているわけですから、能力的にはもう全く同じような能力を持っ
87/125
1/5
てそれぞれやられている。
委員は、全部自分の費用、責任で民間の方は弁護士を選任しなきゃならないじゃないかというこ
とを言われていると思うんですが、国の方も指定代理人制度で民間の弁護士さんを代理人として
指定することもございますので、そういった意味で、それをアンフェアと言われても、いかんとも答
えようがないというふうにしか答えられないんですが。
○枝野委員 本当に、みんな司法試験に受かっているんだからみんな優秀じゃないかとおっしゃ
るんだったら、やはり裁判所に本籍を持っている人を引っ張ってきて国の代理人なんかさせるの
はやめた方がいいんじゃないですか。
つまり、その人は裁判所に本籍があって、また戻るわけですよ。あるとき国の代理人をやってい
た人が、大きな意味では国の組織の一つである裁判官という立場で、今度は国が一方当事者で
ある裁判の裁判をするわけですよ。フェアに見えませんよね、国民から見れば。違いますか。
もし能力が、どこにいる人でもみんな一緒じゃないか、司法試験に受かっているんだからというの
だったら、わざわざそんな、裁判所に本籍がある人を国の代理人的な業務につかせるだなんとい
う、いろいろと誤解を招くようなことはやめた方がいいですね。違いますか。
○枝野委員 裁判官の方が、裁判所の中だけにいないでいろいろなことを経験した方がいい、こ
れは私も全く賛成です。むしろ、裁判所の中だけしか知らない裁判官というのは、逆に迷惑だと思
います。
しかし、例えば弁護士任官という制度が最近あります。弁護士から裁判官になるケースがありま
す。弁護士時代にたまたま何か事件でかかわったことがありますというのが一方当事者になってい
ますということぐらいまでだったらいいかもしれないけれども、例えば、今、弁護士には企業内弁護
士という仕組みがあります。大きな会社だと、弁護士の資格を持って、弁護士の登録をして、会社
の取締役、法務部長とか、その会社に五年、十年、長くその会社の法務関係の最高責任者なん
かを務める企業内弁護士がいます。そういう人が弁護士任官して、その会社が一方当事者である
訴訟をやったら、やはり反対側の当事者は怒るんじゃありませんか。怒りませんか。
例えば、Aという会社の法務部長を弁護士として十年務めてきました、そういう人が弁護士任官
で裁判官になりましたと。たまたま訴訟が起こったら、そのAという会社が被告なり原告なりですと
いう裁判をこの裁判官にされたら、やはり反対側当事者としては、それは立場が変わったんだから、
第一この事件そのものにはかかわっていないんだからいいじゃないですかと言われたって、それ
は違うんじゃないという話になりませんか。
○富田副大臣 具体的にどういう条件がそろうかわかりませんが、今、枝野先生御指摘のような案
件の場合には、具体的な事案によっては裁判官の忌避事由になるんじゃないか、そういう形で当
事者としては裁判を担当していただかないような制度が準備されておりますので、そういうふうにで
きるんじゃないかと思いますけれども。
○枝野委員 そうですよね。やはり忌避なんかの事由に該当させて、それは幾ら何でもというのが
普通の感覚ですよね。
しかし、訟務検事というのはまさに国の代理人をやっているわけですよ、専門的に。国の企業内
弁護士ですよ。しかも、国が一方当事者の事件というのは、民事事件の弁護を、あるときはA社の
代理人をやり、あるときはB社の代理人をやりという話と違うんですよ。なぜかというと、まさに行政
の観点とおっしゃいましたね、先ほど大臣。行政の観点というのは行政の外の観念と違うわけです
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2/5
よ。だから裁判官に行政をさせるわけでしょう。そういう話でしたよね、先ほどの大臣の話は。その
行政の論理に基づいて行政の代弁をするという業務を、しかも単発でなくて数年間にわたって、
それを専門で訟務検事としてやるわけですよ。先ほどの、特定の会社の法務部長とかを長年務め
たケースと似たようなケースじゃないですか。
○富田副大臣 具体的な事案に当てはめないと何とも答えられませんが、訟務検事というのは、
法務省の方に、裁判官から検察官に転官されて、その中で訟務を担当していただくわけですけれ
ども、その任を外れた場合に、また裁判所に戻った場合には裁判官として活動されるわけですか
ら、企業内弁護士をされた方が裁判官になる場合と全くパラレルには考えられないというふうに私
は思いますけれども。
○枝野委員 それは一緒じゃないですか。だって、企業内弁護士をやっていた人間だって法曹の
倫理に基づいて、企業内弁護士をやっているときはその会社のために全力を尽くすし、裁判官に
なったら中立公平にやるのは一緒ですよ。国の代理人をやっているときは国のために、つまり行政
のために最善を尽くすし、それが裁判官の立場になったら中立公平な立場で見る。それは、弁護
士から任官しようが、検事から裁判官になろうが、一緒じゃないですか。
問題は、僕は、実際に訟務検事を経験された裁判官がアンフェアにやっているかどうかなんとい
うことを言うつもりはありません。どう見えるのかという話なんです。主観的な問題じゃありません。国
民から、あるいは裁判の当事者から見たときに、あの裁判官はこの間まで国の、法務省の職員を
やっていたんですよという裁判官が真ん中に座っていて、国を相手に裁判をやったら、こんなもの
勝てないよねと普通の人なら思いますよ。それが、司法にとっても、法務省にとっても、この国全体
にとっても、本当にいいことだと思いますか。
○南野国務大臣 いいこと、悪いことということよりも、どの立場にあってもプロはプロです。例えば
裁判官であっても訴訟事務をやる人であっても、その同じプロの人が、自分がどのような仕事をす
るかということで、今までやっていたことをそのままの価値観で立つということよりも、その人の人間
性、基本的な司法官であるという人間性に立って事を運ぶのであって、それは私は合理性がある
というふうに思っております。
○枝野委員 もちろん、主観的にはそうする人がほとんどだろうし、まさにそういうことで実際に動
いていくんでしょうが、当事者あるいは国民からどう見えるのかということですよ。
例えば、私だって副大臣だって、あるいは先ほどの副長官だって、法曹資格がありますよね。選
挙に落ちたら、じゃ、裁判官で任官してくれますかね。僕は、それはやはりよくないと思いますよ。
それぞれみんな、政治家、国会議員になってやっている法曹資格者は、自分の政治的なスタンス
をわんわん主張して、それで多くの人たちに、この人はこういう政治的な立ち位置だということを少
なくとも宣伝し続けているわけです。私の信念はこうであるとやり続けているわけですよ。
そういう人間が、国会議員じゃなくなったからといって裁判所で真ん中に座っていましたというの
は、これは国民から見たら、例えば民主党の支持者から見れば、富田先生が真ん中に座っていた
ら、これはまずいよねと思うだろうし、自民党の支持者の人だったら、枝野が真ん中に座ったら、こ
れはひどいじゃないかという話になりますよね。国民からの見え方というのはそういうものじゃない
ですか。
国の代理人という、しかも単発で代理人をやったなら別ですよ。職として数年間にわたって国の
代理人、企業内弁護士的なことをやってきた人をわざわざ裁判所に戻さなきゃならない、あるいは
89/125
3/5
裁判所からわざわざそういう方を引っ張ってこなきゃならない。そこまでやらなきゃならない理由が
ありますか。裁判官はいろんな経験をした方がいいですよ。いろんな経験をするにしたって、国の
代理人業務はいいんじゃないですか、それ以外のことで。あるいは、どうしても裁判官出身の人が
欲しいといって引き抜くんだったら、片道切符で来させればいいんじゃないですか。
これが定常的なシステムとして行き来をしていると、どんどんどんどん、国の代理人として行政の
立場から法律を組み立てるという経験を数年間積んだ人間が裁判所のど真ん中に座る、こういうこ
とをシステム化して経常化していくということが、本当に司法の中立性を、国民から信頼を高める方
向に行くのかどうか、私は疑問です。
○富田副大臣 私や枝野先生が任官したら、裁判官として法廷にいると、我々はある意味で政党
人ですから一党一派に偏しているわけで、公務員は一党一派に偏さない、そういう形で活動され
ているわけで、裁判官は訟務検事から戻られたときにも一党一派に偏さず公平中立に活動される
わけですから、私たちが任官する場合とはやはり違うんじゃないかなというふうに思います。
○枝野委員 それは違います。裁判官にもし任官してもらえたら、裁判官になったら一党一派に
偏らない裁判をやりますよ、もちろん私だって。(富田副大臣「それはそうですよ」と呼ぶ)そうでしょ
う。
では、一方で、例えば裁判官であった人が訟務検事になったときは、一党一派ではないかもし
れないけれども、まさに国の代理人をやるわけでしょう。国の代理人をやるためには、まさに法曹
倫理として、国の主張を裁判所によって通すための最善を尽くすんですよ。それが代理人の仕事
じゃないですか。
そのときに、中立公平ですからこの裁判は国が負けても仕方がありませんねだなんという判断に
基づいて訟務検事をやられては困るじゃないですか。そうなんですか。訟務検事はどっちなんで
すか。一党一派に偏らず、中立公平な見地で、この事件は国が訴えられているけれども、負けだ
から仕方がありませんと負けちゃうのが訟務検事の職務なんですか。違いますでしょう。あくまでも
国、行政の立場に立って、自分たちの正当性を徹底的に主張するのが訟務検事の仕事じゃない
ですか。どっちですか。
○富田副大臣 今の点は枝野委員おっしゃるとおりで、ただ、私や枝野先生が仮に裁判官になっ
た場合に、もともと一党一派に偏して活動していたという、その段階では公平中立性で活動してい
たわけじゃありませんから、それに対して国民がどう思うかという点では、パラレルには考えられな
い。
○枝野委員 だから、訟務検事をやっているときの訟務検事も一緒じゃないですか。あくまでも国
の代理人という立場で、行政という見地からの主張を徹底してやるのが訟務検事の立場なんです
から。それは、いわゆる政治的な一党一派とは違いますけれども、つまり、国を相手に訴訟を起こ
そうだなんという立場からすれば、一方に偏っているわけですよ。その一方に偏っているという業
務を数年間にわたって専従でやってきた人たちが真ん中に座るというのは、やはり当事者から見
ればちょっとひどいんじゃないのという話になるのは、私は普通だと思います。
本当にその人が偏ったことをやっているだなんて言っているつもりじゃないんですよ。見えている
側からすればそう見えませんかということを言っているわけです。自分が国を相手に裁判をやって、
裁判長が訴訟指揮をしている。中立公平にやってくれているのかなと思っていたら、この人は五年
前は裁判所から法務省へ出向して、訟務検事で国の代理人で、同じ事件だったら忌避事由だけ
90/125
4/5
れども、同じような行政に関する事件で国の主張をがんがんやっていました。そんなことを知ったら、
勘弁してくれよ、日本の司法というのはそんなに信じられないものですか、そう思うのが僕は普通じ
ゃないかなというふうに思っておりまして、ここはしっかりと見直していく必要があるんじゃないかと
私は思います。
もしどうしてもというなら、片道切符ですよ。どうしても裁判官の中で訟務検事に引っ張りたい、そ
れは、大きな意味では国でしょうから、訟務検事に引っ張るときは片道切符で訟務検事にするとい
うことが全くあっちゃいけないと言うつもりはありません。しかし、システムとしてでき上がっているん
ですからね、この行き来は。
僕は、明らかに裁判の公正を、じわじわじわじわとこういうのは広がっていくんですから。一気に、
おかしいじゃないか、裁判所のやっていることはだったら、直すのは簡単ですよ。じわじわじわじわ
と、おかしいよね、こういうケースは、ああいうケースはと広がっていって、どんどんどんどん司法不
信が広がっていってからでは遅いんですよということを申し上げておきたい。
91/125
5/5
甲23号証
調
事件の表示
書
平成 2 6年(ク)第 2 8 8号
日一所
定一判
決一裁
平成
2 6 年
4 月
1 6 日
最高裁判所第二小法廷
当 事 者 等
抗 告 人
t吊目・
千 葉 勝 美
小 貫 芳 信
鬼
丸
か お る
山 本 庸 幸
呈
一
ロ
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
一
一裁判官|
岩 崎
原 裁 判 の 表 示 | 福 岡 高 等 裁 判 所 宮 崎 支 部 平 成 26年(ラ)第 7号(平成 2
6年 2月 3日決定)
裁判官全員一致の意見で,次のとおり決定。
第 1 主文
1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。
第 2 理由
本件抗告理由は,違憲をいうが,その実質は原決定の単なる法令違反を主
張するものであって 特別抗告の事由に該当しない。
平成 26年 4月 16日
最高裁判所第二小法廷
裁判所書記官
丸
山
英
吻
一一一一川一一一一ぺ
J
一1JJ
F仁
⋮
じ
英
。山
る
丸
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本庁市川
正問旅
れ同裁
k B判
92/125
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甲25号証
。。
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。。
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言
周
|
吋
@
書
事件の表示|平成 2 6年(ク)第 4 0 1号
定一判
決一裁
,
d
日|平成
2
6 年
6
6
月
日
所|最高裁判所第三小法廷
春子彦祥充
代
正喜剛道敏
橋部谷内崎
大岡大木山
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
裁判官
裁判官
岩宮河
知
者
表
代
人方事
告手
抗相同
等
者
事
出ゴ
崎 信
崎 県
野 俊 嗣
原 裁 判 の 表 示 | 福 岡 高 等 裁 判 所 宮 崎 支 部 平 成 26年(ラ)第 9号(平成 2
6年 2月 1 3日決定)
裁判官全員一致の意見で,次のとおり決定。
第 1 主文
1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。
第 2 理由
本件抗告理由は,違憲をいうが,その実質は原決定の単なる法令違反を主
張するものであって,特別抗告の事由に該当しない。
平成 26年 6月 6日
,
.
,
最高裁判所第三小法廷
﹄.
4
裁判所書記官
101/125
笠
原
慎
吾⑮
甲26号証
裁認判長印
調
d
丈h
!
V
書(決定)
事 件 の 表 示 平 成 2 6年 ( 行 ト ) 第 6 3号 第 6 4 号
決 定 日 平 成
裁
判
2
6 年
1
1 月
1
2
日
所 最 高 裁 判 所 第 一 小 法 廷
貫
葉
丸
本
裁判長裁判官
小
裁 判 官 千
裁判官
鬼
裁 判 官 山
当 事 者 等
芳
信
勝
美
か お る
庸
幸
抗 告 人 岩 崎
信
第 63号事件につき,福岡高等裁判所宮崎支部平成 26年
(行ス)第 1号(平成 26年 5月 8日決定)
原裁判の表示
第 64号事件につき,福岡高等裁判所宮崎支部平成 26年
(行ノ\)第 1号(平成 26年 6月 13日決定)
裁判官全員一致の意見で,次のとおり決定。
第 1 主文
1 本件各抗告を棄却する。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。
第 2 理由
本件各抗告理由は,違憲をいうが,その実質は原決定の単なる法令違反を
主張するものであって,特別抗告の事由に該当しない。
平 成 26年 11月 12日
最高裁判所第二小法廷
裁判所書記官
白
これは豆本である。
日日同庁
三ミ判所音記官白畠琢
102/125
畠
琢
ーミ;己~~~~~;~
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書記憶·i~
史
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甲27号証
|憲判司⑪
調
(決定)
三
Eヨ
重
事 件 の 表 示 | 平 成 2 6年 ( 行 ト ) 第 7 2号 , 第 7 3号
決
定
日|平成
2
裁
判
所
最
裁
両
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
裁判官
裁判官
棲
金
白
山
池
当
抗
事
者
等
6 年
判
所
日
廷
子
志
勇
樹
幸
釜
広司
政
~ヨ
5
法
龍
誠
人
1
第
井
築
木
浦
上
とロ
と
2 月
1
崎
第 72号事件につき,福岡高等裁判所宮崎支部平成 26年
(行ス)第 3号(平成 26年 7月 17日決定)
原裁判の表示
第 73号事件につき,福岡高等裁判所宮崎支部平成 26年
(行ハ)第 2号(平成 26年 9月 26日決定)一
裁判官全員→致の意見で,次のとおり決定。
第 1 主文
1 本件各抗告を棄却する。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。
第 2 理由
本件各抗告理由は,違憲をいうが,その実質は原決定の単なる法令違反を
主張するものであって,特別抗告の事由に該当しない。
平成 26年 12月 15日
良
。野
一い往
で宮
本庁閣
正悶郎
は日判
れ岡裁
103/125
佐
野
真
一f一一∼
裁判所書記官
Ft
最高裁判所第一小法廷
一@
甲28号証
裁判 長
認 Fロ
26年
の 表 示
決
定
日
平
成
27年
裁
判
所
最
高
裁
裁 判 長 裁
裁
裁
裁
当
事
者
判
判
判
判
官
官
官
官
等
原 裁 判 の 表 示
判
「
葉
貫
丸
本
月ヽ
鬼
山
抗
告
)
74号
(行 卜 )第
事 件
平 成
(決 定
書
調
人
1月
所
21日
二
第
小
法
廷
勝
当■
ヲ電
士L
ノフ
′
′
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か
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お
庸
岩
福 岡高等裁判所宮崎支部平成
26年 7月 15日 決定)
③
る
幸
崎
26年
信
(行 ス)第
2号
(平 成
裁判官全員一致 の意見で,次 の とお り決定。
第 1 主文
1 本件抗告を棄却す る。
2 抗告費用 は抗告人の負担 とす る。
第 2 理由
本件抗告 の理由は,違 憲をい うが,そ の実質は単なる法令違反 を主張す る
ものであって,特 別抗告 の事由に該 当 しない。
平成 27年 1月
21日
最高裁判所第 二小法廷
裁判所書記官
渡 久 山
こ れ は 正 本 で あ る。
同 日 同 庁
裁判所書記官 渡 久 山 文
104/125
文
③
裁判
認
(決 定
書
調
)
事 件 の 表 示
平成
決
定
日
平
26年 (ク )第 1186号
1月 21日
成 27年
裁
半」
所
最
高
裁
第
人
岩
小
法
廷
美 信 る幸
告
二
勝芳 か庸
原 裁 判 の 表 示
抗
所
葉 貫 丸 本
等
ロ
者
メ
事
官
官
官
官
ガ
当
判
判
判
判
ヽ 一
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1
裁 判 長 裁
裁
裁
裁
判
長印
甲29号証
ご
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崎
福岡高等裁判所宮崎支部平成 26年
26年 6月 30日 決定)
1面
(ラ
)第 41号
(平 成
裁判官全員一致 の意見で,次 の とお り決定。
第 1 主文
1 本件抗告を棄却す る。
2 抗告費用は抗告人の負担 とす る。
第 2 理由
本件抗告 の理由は,違 憲をい うが,そ の実質は単なる法令違反 を主張す る
もので あって,特 別抗告 の事由に該当 しない。
平成 27年 1月
21日
最高裁判所第 二小法廷
裁判所書記官
渡 久 山
こ れ は 正 本 で あ る。
同 日 同 庁
裁判所書記官 漉 久 山 文
105/125
文
一
甲30号証
26年
事 件
の 表 示
決
定
日
平
成
27年
裁
判
所
最
高
裁
裁 判 長 裁
裁
裁
裁
当
事
者
判
判
判
判
官
官
官
官
等
原 裁 判 の 表 示
判
T
月ヽ
鬼
告
人
)
)第 1302号
1月 21日
所
二
第
本
葉
貫
丸
山
抗
(ク
①
(決 定
書
調
平 成
裁判長
認 印
小
法
廷
庸
勝
幸
±
ノフ
喜│
′
1日
か
′ 岩
当争
フく
お
る
崎
福岡高等裁判所宮崎支部平成 26年
信
(ラ
)第 76号
(平 成
26年 10月 21日 決定
)
裁判官全員一 致 の意見で,次 の とお り決定。
第 1 主文
1 本件抗告を棄却す る。
2 抗告費用は抗告人 の負担 とす る。
第2
理由
本件抗告 の理由は,違 憲をい うが,そ の実質は単なる法令違反 を主張す る
ものであって,特 別抗告 の事由に該当 しない。
平成 27年 1月 21日
最高裁判所第 二小法廷
裁判所書記官
渡 久 山
こ れ は 正 本 で あ る。
同 日 同 庁
裁判所書記官 渡 久 山 文
106/125
文
③
甲31号証
裁判長
認 印
27年
事 件
の 表 示
決
定
日
平
成
裁
半」
所
最
高 裁
裁 判 長 裁
裁
裁
裁
裁
当
事
者
判
判
判
判
判
官
官
官
官
官
等
原 裁 判 の 表 示
平 成
(ク
27年
大
判 所
ノTヽ
橋
立R
口
谷
内
山
崎
岡
:●
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ノヽ
抗
(決 定
書
調
告
人
③
)
)第 150号
3月
6日
第 二 小 法 廷
正
」晨L
代
岡」
道
敏
岩
春
司
彦
祥
充
│=■
′
¶百
崎
福岡高等裁判所宮崎支部平成 26年
26年 12月 15日 決定)
(ラ
)第 94号
(平 成
裁判官全員一致 の意見で,次 の とお り決定。
第 1 主文
1
2
第2
本件抗告を棄却す る。
抗告費用は抗告人 の負担 とす る。
理由
本件抗告 の理由は,違 憲をい うが,そ の実質は単なる法令違反 を主張す る
ものであって,特 別抗告 の事由に該当 しない。
平成 27年 3月 6日
最高裁判所第二小法廷
裁判所書記官
白
107/125
井
千
浪③
甲32号証
裁判長
認 印
事 件 の 表 示
平 成
27年
定
日
平
成
裁
判
所
最
高 裁
官
官
官
官
当
等
事
者
原 裁 判 の 表 示
l
小
山
か
Tヽ
告
人
18日
二 小
第
丸
葉
貫
ノ
」こ
)
)第 177号
3月
判 所
鬼
抗
(ク
27年
決
裁 判 長 裁 判
裁・
判
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裁 判
(決 定
書
調
③
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法 廷
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勝
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′
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1日
庸
幸
岩
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′
1日
崎
福岡高等裁判所宮崎支部平成 26年
(ラ
)第 93号
(平 成
26年 12月 16日 決定
)
裁判官全員 一致 の意見 で,次 の とお り決定。
第 1 主文
1 本件抗告を棄却す る。
2 抗告費用 は抗告人 の負担 とす る。
第2
理由
本件抗告 の理由は,違 憲をい うが,そ の実質は単なる法令違反を主張す る
ものであって,特 別抗告 の事由に該 当 しない。
平成 27年 3月 18日
最高裁判所第 二小法廷
裁判所書記官
丸
山 英 之①
これ は 正 本 で あ る。
同 日同庁
裁判所書記官 丸 山 英
108/125
甲33号証
裁判長
認印
③
調 書 ( 決 定 )
事件の表
一
フ
]
く
第229号
平成27年(ク)
決 定 日
平 成 2 7 年 3 月 2 3 日
裁 判 所
最
高
裁判所第
樹子
善龍
浦井
山櫻
裁判長裁判官
小法廷
一
裁判官
−
−
−
−
‐一一一一裁二半I官一 - ‐ 金 一 − − 築 一 一 誠 一 一 志 一 一 一 一 一 一 一 一 一
裁判官
裁判官
当 事 者 等
原裁判の表
一
示
池 上 政 幸
大 谷 直 人
抗 告 人
岩 崎 信
福岡高等裁判所宮崎支部平成26年(ラ)第90号(平成
26年12月16日決定)
裁判官全員一致の意見で,次のとおり決定。
第1主文
1本件抗告を棄却する。
2抗告費用は抗告人の負担とする。
第2理由
本件抗告の理由は,違憲をいうが,その実質は単なる法令違反を主張する
ものであって,特別抗告の事由に該当しない。
平成27年3月23日
最高裁判所第一小法廷
■ 一
裁判所書記官
−
これは正本である。
同日同庁
裁判所書記官高田浩
109/125
局
田 浩 志
③
−
−
甲34号証
裁判長
認 印
27年
事 件
の 表 示
決
定
日
平
成
裁
判
所
最
高 裁
裁 判 長 裁
裁
裁
裁
当
事
者
判
判
判
判
平 成
官
官
官
官
櫻
金
等
申
対象事件 の表示
(決 定
童
調
判 所
2月
16日
第
小
井
築
浦
上
山
池
立
人
最高裁判所平成 26年
2月 15日 決定)
子
L
′
釜
樹
幸
L:ヽ
政
(ク
廷
法
龍
誠
岩
)
8号
(ヤ )第
27年
③
:=■
′
′
崎
l百
)第 1209号
(平 成 26年 1
裁判官全員一致 の意見 で,次 の とお り決定。
第 1 主文
1 本件 申立てを棄却す る。
2 申立費用 は申立人 の負担 とす る。
第2
理由
本件 申立ては,上 記対象事件 の決定 に所論 の民訴法 338条 1項 所定の再
審事 由がある もの とは認 め られ ない。
平成 27年 2月 16日
最高裁判所第 一 小法廷
裁判所書記官
れ は正 本 で あ る。
同 日同庁
裁判所書記官 佐 野 真
‐
ヽロ
110/125
佐
野
真
一③
諸外国における秘密保持手続の概要(アメリカ)
甲35号証
アメリカ
開
示
手
続
に
お
け
る
秘
密
保
護
ト
ラ
イ
ア
ル
に
お
け
る
秘
密
保
護
秘
匿
特
権
秘匿特権とは,明確なルールによって秘匿特権の範囲が定められたものであり,事案毎の利益衡量無しに,開示の対象から除外され,トライアルにおける証拠ともならな
い。事案毎の利益衡量に晒されるならば,コミュニケーション促進という秘匿特権の機能が減殺されてしまうからである。もっとも,そのため,秘匿特権は,憲法上認められた
自己負罪拒否の特権,及びコモンローにおいて認められた,弁護士と依頼者,医師と患者,聖職者と信者の間のコミュニケーションなど,極めて限定された場面でしか認めら
れない,ということにもなる。
営業秘密自体については,以上のような絶対的な秘匿特権の対象になるとは考えられていない 。もっとも,他の一般の情報のように,claimまたはdefenseとの関連性のみ
で直ちに,開示が認められるというわけでもなく,営業秘密であることが認定されれば ,開示を要求する側は,開示の必要性を示さなければならない,と解されている 。営業
秘密に関する開示の許否は,開示を認めた場合における開示する者にとっての不利益と,開示を認めなかった場合における開示を求める者の不利益との事案毎の比較衡
量によって決定されるのだが,この衡量過程は,開示者にとっての不利益を緩和するためにいかなる措置を採り得るかによって影響される 。この保護措置,すなわち保護命
令に関する定めを置くのが保護命令である。
保
護
命
令
営業秘密については,保護命令によって,公開による損害を最小限に食い止めることが認められている。保護命令の内容は事案に応じて柔軟に決定することができる。営
業秘密に関して要求される保護命令は,多くの場合,証言録取の場に居合わせることができる者を限定し,または,裁判所にファイルされる文書を全て閲覧禁止とするなど
して情報の開示を得る者の範囲を限定し,かつ,情報の開示を受けた者に守秘義務を課すというものである。
保護命令違反に対する制裁は,裁判所が裁量的に決定できる。第三者の違反に対しては,制裁金や拘禁しかないが,原被告の違反については,訴えの却下や,指示評
決,訴答の却下など様々なものが考えられる。
保護命令ないし保護命令申立却下決定に対する独立の上訴が認められるか否かは,事案毎に決するほか無い。
一
般
公
開
の
制
限
連邦民事訴訟規則は民事トライアルの原則的公開を要求しているが,これは例外を許さないものではない,と理解されている。但し,判例は,トライアルへの公衆のアクセ
スは,修正1条によって憲法的に保証されていると解している。この判例は刑事裁判に関するものではあるが,民事事件についても妥当すると解されており,非公開にできる
場合は限定的に解される傾向にある。
公開原則を破るための規準について,判例は,やむにやまれぬ政府の利益を守るために非公開が必要であることと,その利益保護のために必要な限度に非公開の範囲を
限定することが要求される,と述べている。但し,「政府の」という文言は,「当該利益を保護するのが政府の政策上望ましい」という程度の意味である。判決も,被害者の身
体的精神的苦痛の緩和という私人の利益に注目している。その意味で,アメリカの連邦裁判所においては,私人の営業秘密の保護の利益も,十分に公開原則を破る理由と
なり得る,と考えられている,と言うことができよう。
当
事
者
連邦証拠規則は,当事者はトライアルから排除されない,と規定するが,裁判例においては当事者の民事トライアル出席を制限することは不可能ではないと解されている。
公
しかし,それは裁判所の裁量で認められるものではなく,あくまで例外的な状況に限られる 。当事者に守秘義務を課すという手段も残されているためか,営業秘密が関わる
開
の というだけで当事者のトライアル出席を制限することを認めた裁判例は確認できなかった。
制
限
記
録
閲
覧
制
限
公衆は特に理由を述べることなく,訴訟記録の閲覧及びコピーを求めるコモンロー上の権利を有する。但し,この権利は絶対ではなく,裁判所は,私的な嫌がらせ,公の場
での中傷などの不適当な目的で行使されるのを阻止する権限を有するし,当事者の競争上の地位を守るために閲覧,コピーを制限することもできるというのが判例である。
トライアル記録については,トライアルの公開と同様,公開の強い推定が働くため,非公開を求める側が十分な理由を証明しなければならない,というのが裁判例の趨勢で
ある。それに対して,トライアルで用いられなかったプリトライアル記録については,公開の推定があるか否かについて争いがある。この争いは,具体的には,不開示の保護
命令をかけられた文書について第三者が保護命令の修正を求めた場合,修正を求める側と保護命令の維持を求める側のいずれが証明責任を負うかという形で現れるが,
修正を求める側にその理由を証明する負担を課すという裁判例と,保護命令の維持を求める側に理由を証明する負担を課す,という裁判例が存在する。
- 101 111/125
諸外国における秘密保持手続の概要(イングランド)
イングランド
情
報
更なる情報提供の要求及び情報提供命令に基づき,相手方から得た情報について,裁判所は,相手方が自発的に当該情報を提供したか否かに関わらず,当該訴訟でしか
の
開 使 用いないように指示を出すことができる。
示 用
手
秘匿特権を与えることは,秘密の対象となっている情報の訴訟における重要性との比較衡量無しで情報の不開示を認めるということを意味する。したがって,秘匿特権の対
続 秘
象となる情報は極めて限定されており,以下の4類型についてしか認められない。すなわち,①自己または配偶者を刑事訴追に晒す可能性のある情報に対する秘匿特権,②
に 匿
法的助言者と依頼者との間のコミュニケーションに対する秘匿特権,③トライアルで証拠にならないという宣言に基づく秘匿特権,④報道機関の取材源である。営業上の秘密
お 特
に該当するというだけでは秘匿特権を与えられないのはもちろん,プライヴァシーに関する情報であっても秘匿特権は与えられない。但し,②の原則は,現在,制定法によっ
け 権
て相当緩和されている。
る
秘制
密 限 営業秘密であるというだけで当然に不開示の権利を与えられる訳ではない。もっとも,裁判例においては,営業秘密も可能な限り保護しようという傾向が見られ,開示を受け
保 的 る人的範囲を制限し,開示を受けた者に,守秘義務を課すという方法は,しばしば用いられている。守秘義務は,当該訴訟終了後も,裁判所が設定した期間継続し,設けられ
護 開 た制限に違反した場合,裁判所侮辱の制裁が課される可能性がある。
示 開示をめぐる争いに関する審理は両当事者に通知した上で公開の審尋期日において行なうのが原則であるが,後述する本案審理と同様,非公開とすることもできるし,更
命 には審尋期日を開かないという選択も可能である。また,必要があれば,裁判所は,まず裁判所限りで問題の文書を閲覧するため,当該文書の提出を求めることができる。
令
ト
ラ
イ
ア
ル
に
お
け
る
秘
密
保
護
一
般
公
開
の
制
限
イングランドにおいて,トライアルを含む審尋期日は原則として公開審理に付される。公開を原則とする理由は,判例において,「裁判官は女王の名において,全共同体のた
めに裁判を行なっている。一般の構成員以上に,裁判が行なわれることを自ら見る権限を与えられている者はいない」と説明されている。そのため,例外も,狭く限定された範
囲でしか認められず,裁判所の裁量や当事者の合意によって非公開にできるものではない,というのが判例であり,新規則においても非公開が認められるのは以下の場合
に限定される。①公開によって審尋の対象が破壊される場合,②国家安全保障に関する事項が含まれている場合,③(個人の財務事項に関する情報を含む)秘密情報が含
まれており,公開が当該秘密を失わせる場合,④非公開審理が,子または親の利益を守るために必要である場合,⑤通知無しで為される申立に関する審尋であり,公開審
理を行なうことが,被申立人に対して不公正となる場合,⑥信託財産の管理または被相続人の財産管理に関する非争訟的事項が含まれている場合,または,⑦裁判所が司
法の利益の観点から,必要と考える場合,である。営業秘密が問題となる場合は,①のカテゴリーに含まれるというのが判例である。
当
事
者
公
開
の
制
限
営業秘密へのアクセスを拒否するため,一方当事者の審尋期日への出席を制限し,弁護士の出席のみを許可するというような例は確認できなかった。
ただ,営業秘密の保護に必要な限度で,当事者が手続過程で得た情報の第三者への公表を禁じる命令を出し,それに違反した場合,裁判所侮辱の制裁を課すということ
は認められている。
また,公衆へ非公開とすることは,当事者間における秘密保護においても,重要な意味を有する。開示された文書は当該訴訟においてしか利用できないというのがイングラ
ンドにおける原則であるが,当該文書が公開の審尋期日で裁判所によって,または,裁判所に対して読み上げられた場合には,秘密性が失われる結果,開示情報の利用制
限を解かれてしまうからである。審尋期日を非公開とすることは,当事者間における文書の利用制限を維持するために有効である。
記
録
閲
覧
制
限
当事者は,所定の費用を支払い,かつ,コピー請求書をファイルすることで,裁判所の記録にファイルされた文書の複写を得ることができる。
常に裁判所にファイルされるのは,訴状,請求明細,答弁書,中間的な争いに対して出される裁判所の命令,その申立書,判決,及び,命令ないし判決を出すため証拠とし
て用いた文書である。開示された文書のリストや開示当事者から得た文書のコピーは当然には裁判所にファイルされない。
訴外の第三者も,訴状,及び,公開法廷で出された判決については,所定の費用を払うことで閲覧及びコピーを請求できる。但し,その他の文書については当然に閲覧・コ
ピーの権限を持つわけではない。閲覧・コピーを行なうには,裁判所の許可が必要であり,許可を出すか否かは,第三者にとっての必要性と,秘密保護の必要性とを比較衡
量した上で裁判所が裁量によって判断する。
- 102 112/125
諸外国における秘密保持手続の概要(フランス)
フランス
裁
判
公
開
の
原
則
今日の第五共和制憲法においては,裁判の公開を定める規定は存在していない。しかしながら,コンセイユ・デタの判決によって,裁判の公開原則は,多くの憲法改正を経た結果,法の一般
原則となっているため,その制限はデクレではなく,ロワによって行われなければならないと示された。その結果,公開原則とその制限について定めた規定が付加され ,新民事訴訟法典の中に
も,いくつかの規定が置かれている。なお,民事訴訟法の法源として,一般には条約の適用に争いはあるものの,1950年の人権条約6-1条は,これを批准したフランスの裁判所には当然に適用
されると解されている。
一
般
公
開
の
制
限
弁論や証拠調べは原則として公開の手続で行われる。この原則は,全ての司法裁判所に適用される。これは,裁判の明晰さと適正さを保証するための原則であり,訴訟当事者の私益を越え
て,裁判を受けるすべての者の利益に関係する原則である。しかしながら,以下の場合においては,例外的に,非公開の評議部において審理をすることが認められる。
第一に,非訟事件は評議部で審理される。
第二に,争訟事件のうち,法律に定めがある場合には例外的に評議部で審理が行われる。具体的には,親子関係事件,離婚事件,親権に関する事件などである。また,新民事訴訟法典の中
でも,当事者の本人出頭の場合には評議部で尋問を行うことが認められている。
第三に,裁判官は,①私生活の秘密を害する場合,②両当事者が求めた場合,③裁判の平穏を乱す混乱が起こる場合には,決定によって評議部での審理を命ずることができる。①は,私生
活の保護を謳った民法9条の精神の現れである。①によって保護される対象については,裁判例は広く解する傾向があり,例えば,会社経営者の秘密,すなわち営業秘密なども保護の対象とな
ると解されている。②については,前述のように,裁判の公開原則は,訴訟当事者のみの利益に属する原則ではないため,当事者の合意のみで放棄することはできないという批判も少なくない。
しかしながら,両当事者の合意には裁判官に対する強制力はないため,あまり問題視しない論者もある。
判決は,争訟事件については公開で,非訟事件は非公開で言い渡される。争訟事件については,評議部で審理が行われた場合であっても,原則として判決は公開される。
以上の公開原則に違反してなされた判決は無効である。ただし,公開原則違反は職権では考慮されず,当事者は,特別な事情がない限り,弁論が終結するまでに主張しなければならずない。
実際には,435条の事項については,裁判長に大幅な権限が認められている以上,無効を認めることは困難である。もっとも,裁判長が弁論の途中で修正すれば瑕疵は治癒される。
当
事
者
公
開
の
制
限
フランスの民事訴訟においては、対審の原則(防御権の保護)が重視されている。そのため、評議部での審理においてもこの原則が適用され、当事者の立会いは排除されない。
対審の原則は、専門家による証拠調べの場面にも妥当するため、例えば鑑定手続においては、原則として、両当事者やその代理人を呼び出したり、鑑定意見の基礎資料等を両当事者に開示
したり、当事者に意見を述べる機会を与えたりすることが必要となる。しかも、この原則に違反した鑑定意見は無効となる。
しかしながら、鑑定手続においても、公認会計士が帳簿等を閲覧する場合など、当事者の顧客の秘密や企業秘密が関係する場合においては、例外的に当事者の立会いが否定される。裁判
例においても、鑑定作業への立会いを否定した上で、鑑定人が、事後的に当事者が議論できる程度に情報を開示することによって、対審の原則との調和が図られると示されている 。学説にお
いても、かかる場合には、当事者や代理人の立会いは不要であるが、対審の原則を保護するためにも、確認結果を当事者らに通知して、作業内容について議論する機会を与えなければならな
いとされる。また、当事者の防御権をより保護するためにも、各当事者が専門家を選任して手続に立ちあわせ、専門家には秘密を口外しない義務を負わせる方法も提唱されている 。
鑑定人は、情報保有者の尋問など、鑑定に必要な調査を行うことが可能である。この手続は裁判官の面前による証拠調べではないため、一般公開する必要はない。
訴
訟
公開された判決については,当事者はもちろん,第三者も謄写を求める権利を有する。記録の閲覧に関しては,非訟事件では,第三者が正当な利益を証明して裁判官の許可を得た場合に認
記
められている。これは,非訟事件に利害関係を有する第三者を保護するための制度であり,記録の一般公開を認めたものではない。したがって,それ以外の争訟事件では,原則として当事者と
録
その代理人に対してのみ,訴訟記録の閲覧,謄写が認められているようである。
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- 104 113/125
2015/4/2
Akteneinsicht und Urteilsabschriften | Amtsgericht Hannover
甲36号証
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Akteneinsicht und Urteilsabschriften
Akteneinsicht
Einsicht in die Akten eines Zivilprozesses können neben den Rechtsanwälten nur die Parteien nehmen. In
der Regel können die Akten auf der jeweiligen Geschäftsstelle eingesehen und nicht nach auswärts versandt
oder herausgegeben werden. Es besteht jedoch die Möglichkeit, sich Auszüge oder Abschriften von
Aktenbestandteilen erteilen lassen. Dritten, am Prozess nicht beteiligten Personen, kann der Präsident des
Amtsgerichts Akteneinsicht auf Antrag gewähren, sofern sie ein rechtliches Interesse glaubhaft machen. In
diesem Fall wenden Sie sich unter Angabe des Aktenzeichens sowie unter Angabe der Parteinamen
schriftlich oder per FAX an die Verwaltungsgeschäftsstelle des Amtsgerichts.
Im Strafprozess sind zur Akteneinsicht der Verteidiger sowie der Prozessbevollmächtigte des Privatklägers
und des Nebenklägers berechtigt. Der Angeklagte hat keinen Anspruch auf Akteneinsicht, es sei denn, er
kann sich ohne Aktenkenntnis nicht hinreichend verteidigen und die Voraussetzungen für die Beiordnung
eines Verteidigers liegen nicht vor. Ihm können jedoch Auskünfte oder Abschriften aus den Akten erteilt
werden. Verletzte und Privatpersonen können bei Vorliegen eines berechtigten Interesses ebenfalls
Auskünfte oder Abschriften aus den Akten erhalten, Akteneinsicht jedoch nur über einen Rechtsanwalt.
Urteilsabschriften
Sie können Fotokopien oder Abschriften von Urteilen oder anderen Entscheidungen in anonymisierter Form,
also ohne Parteibezeichnung, vom Amtsgericht schriftlich unter Angabe des Aktenzeichens anfordern, wenn
Sie ein rechtliches Interesse daran geltend machen. Ein rechtliches Interesse wird regelmäßig bejaht, wenn
die Entscheidung in den Medien bereits veröffentlicht oder behandelt worden ist.
http://www.amtsgericht-hannover.niedersachsen.de/portal/live.php?navigation_id=15636&article_id=63428&_psmand=74
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114/125
1/1
甲36号証
裁判長認愈
第
〆
ヘ
1 回口頭弁論調書
事件の表示
平 成 25年(ワ)第 13 7号
期
平 成 25年 12月 11日 午後 1時 30分
日
場所及び公開の有無
宮崎地方裁判所延岡支部法廷で公開
裁判長裁判官
太 田 敬 司
裁 判 官
百 瀬
裁 判 官
川 | 瀬 孝 史
裁判所書記官
中 武 与 志 郎
出頭した当事者等
原告岩崎
指 定 期 日
平 成 26年 2月 26日午後 1時 30分
梓
,
41
ロ
=
弁論の要領等
原告
,
,
ー
\
,
‘
1
求裁判状陳述
2
平 成 25年 11月 12日付け求裁判状訂正書陳述(ただし 1項を除く。)
裁判長
被告は,求裁判状及び同訂正書に対する詳細な認否,反論を記載した準備
書面を提出すること
裁判開官中
武
与志良@
上記次回期日の呼出は即日被告代理人に電話でした o 裁 判 所 説 明
115/125
裁判長認
第
_
_
,
,
.
,
.
2 回口頭弁論調書
事 件 の 表 示
平 成 25年 ( ワ ) 第 13 7号
期
平 成 26年 2月 26日 午後 1時 30分
日
場所及び公開の有無
宮崎地方裁判所延岡支部法廷で公開
裁判長裁判官
太 田 敬 司
裁 判 官
百 瀬
裁 判 官
J
, , 瀬 孝 史
裁判所書記官
中 武 与 志 郎
出頭した当事者等
原告
岩崎
被告代理人
山下秀樹
梓
信
被告指定代理人松田康寿
指 定 期 日
平 成 26年 5月 7 日午後 1時 30分
弁 論 の 要 領 等
”
’、
h
原告
本件請求は,国家賠償法 1条 1項 及 び 民 法 70 9条に基づく損害賠償請求
である。なお,求裁判状 23ペ ー ジ の 結 語 に 「 総 額 32 0万円 J とあるのを
「総額 3 3 0万円 J と訂正する。
被告
1
第 1項 及 び 第 4項を除き,答弁書陳述
2
平 成 26年 2月 19日付け第 1準備書面陳述
裁判長及び当事者双方
求 裁 判 状 16ページの「不法行為 15 (会議録不作成) J を「不法行為 1
1
116/125
5-1」と,
「不法行為 15 (議案書の不開示) J を「不法行為 15- 2J
として特定することに異議はない。
裁判長
被告は,本件の不開示決定通知書,一部不開示決定通知書,期間延長通知
1
書,原告の異議申立てに対する延岡市情報公開審査会の答申で未提出のもの
について,乙号証として提出すること
2
被告は,原告提出の平成 26年 2月 25日付け求裁判状訂正書による訴え
の追加的変更について,次回期日までに意見を検討すること。その上で,同
』/『、
訴えの追加的変更の可否について検討する。
原告
求裁判状記載の不法行為 18について,原告が提出した「別紙 2 意見公
募手続条例案説明書」がどのように綴じられ,保管されているかを明らかに
するため,被告から,議会運営委員会議事録や総務財政委員会の記録を提出
してもらいたい。
被告
上記の「別紙 2 意見公募手続条例案説明書 J の取扱い,保管方法を裏付
ける証拠の提出を検討し,提出できる証拠がある場合は次回期日までに提出
F’~
する。
原告
上記求裁判状訂正書については,本日の時点で陳述できる状態であるから
本日陳述することを求める。
裁判長
上記求裁判状訂正書は訴えの変更にあたるものであるから,正式な送達手
続を行っていない現段階での陳述は認めないものとする。
裁判所書記官中
2
117/125
武
-
与志良陸℃/
裁判長認印窃
3 回口頭弁論調書
第
事 件 の 表 示
平成 25年(ワ)第 13 7号
期
日
平成 26年 5月 7日午後 1時 30分
場所及び公開の有無
宮崎地方裁判所延岡支部法廷で公開
裁判長裁判官
塚 原
聡
裁 判 官
百 瀬
梓
/~
官
判
裁
長 峰 志 織
裁判所書記官
庚 中
出頭した当事者等
原告
岩崎信
被告代理人
山下秀樹
久
被告指定代理人松田康寿
同
指 定 期 日
伊藤祐一郎
平成 26年 6月 11日午後 1時 30分
/へ
弁 論 の 要 領 等
当事者双方
従前の口頭弁論の結果陳述
原告
平成 26年 2月 25日付け求裁判状訂正書陳述
被告
平成 26年 4月 11日付け訴えの変更不許の決定を求める申立書陳述
原告
1
平成 26年 4月 22日付け迅速適正手続申立書陳述
1
118/125
2
訴えの変更についての意見は従前書面で提出しているとおりであり,請求の
基礎に同一性はある。
3
平成 26年 5月 1日付け弁論書陳述
裁判長
平成 26年 2月 2 5 日付け求裁判状訂正書に基づく訴えの変更はこれを許さ
ない。
理由,請求の基礎に同一性がない。
原告
〆『\
1
甲第 58号証ないし同第 71号証については,訴えの変更に関する立証のた
めだけのものではなく,全体として被告の悪質性を示すものである。
2
乙第 16号証につき別紙が添付されていないのはなぜか。
被告
乙第 16号証に別紙は存在しない。
原告
「第二回口頭弁論調書異議 J と題する書面陳述
裁判長
/ヘ
当事者双方は,それぞれ次の各書面を提出すること。
(
1
) 被告につき,平成 2 6年 6月 4 日までに,
原告の平成 26年 5月 1日付け弁論書中訴えの変更に係る部分について
ア
の意見(① 6頁下から 6行自ないし 7頁上から 7行目部分,② 20頁以下
の不法行為 17についての枝番の追加及び③ 21頁の不法行為 18につい
ての枝番の追加)
イ
不法行為 8についての一部不開示決定通知書
ウ
第 13号ないし第 16号についての陳情
エ
次の書面については提出を検討されたい。
ケ
) 不法行為 3について,
「区長」及び「区長連絡協議会理事会」等の根
2
119/125
拠規程等の文書
(
イ
)
不法行為 9について,第三者に意見聴取したことの証拠
(
功 不法行為 9' 11について,期間延長後の対応についての証拠
(
2
)
ア
原告につき,
平成 26年 6月 4 日までに,甲第 58号証ないし同第 71号証について
立証趣旨を追加した証拠説明書
イ
次回期日までに間に合えば,平成 26年 5月 1日付け弁論書記載の訴え
の変更に係る被告の意見に対する意見(意見があれば)
~
(
3
) 当事者双方につき,平成 2 6年 6月 4 日までに,国賠法上の違法性判断に
ついての追加の主張立証(追加するものがあれば)
証拠関係別紙のとおり
裁判所書記官庚
/ヘ
3
120/125
中
⑬
裁判開
第
4 回口頭弁論調書
事 件 の 表 示
日
期
〆
ー
\
平成 25年 ( ワ ) 第 137号
平成 26年 6月 11日午後 1時 30分
場所及び公開の有無
宮崎地方裁判所延岡支部法廷で公開
裁判長裁判官
塚
原
聡
r』『砂
田
百
瀬
梓
r
国
』,
長
峰
裁判所書記官
庚
中
出頭した当事者等
原告
岩崎
被告代理人
山下秀樹
裁
判
裁
判
e
、
ゴ
J
C
,
コ
i
織
久
被告指定代理人松田康寿
同
指
r
疋
ム唱
期
日
伊東祐一郎
平成 26年 7月 9日午後 1時 30分
p『 \
弁論
の
要 領 等
被告
1
平成 26年 6月 4 日付け訴えの変更不許の決定を求める申立書陳述
2
平成 26年 6月 4日付け第 2準 備 書 面 陳 述
原告
1
2
平成 26年 6月 10 日付け弁論書陳述
「第三回口頭弁論調書異議 J と題する書面陳述
裁判長
平成 26年 5月 1日付け弁論書に基づく訴えの変更のうち次のものについ
1
121/125
てはこれを許さない。
(
1
) 6頁の不法行為 3-2,同 3-3及び同 3-4に係るもの
(
2
) 2 1頁の不法行為 18-2に係るもの
原告
1
次の部分を除き,平成 26年 6月 3日付け弁論書陳述
(
1
) 1頁の 4項ないし 6項
(
2
) 3頁の 2 7項
(
3
) 3頁の 3 1項 及 び 32項
〆
ー
\
2
甲第 58号証ないし同第 71号証については,本件訴えの全部分に関する
証拠である。
裁判長
1
被告は,次の事項について検討の上,必要であれば書面を提出すること。
(
1
) 訴えの変更を許さなかった部分を除く,平成 2 6年 5月 1日付け弁
論書に基づく訴え変更部分についての具体的認否及び反論
(
2
) 不法行為 9について,期間延長後に一部開示した旨の主張及び立証
(
3
) 不法行為 1 3について,原告からの審査請求後に開示した処分決定
通知書
~.
(
4
) 福島事務局の陳述書
2
原告は,被告提出書面に対して反論等があれば提出すること。
原告
第 3回口頭弁論期日で提出された被告の書証すべてについて,確認時聞が
不足していたため,再度原本確認をしたい。
同
・
裁判長
原告は,上記原本確認の理由及び必要性について書面を提出すること。
証拠関係別紙のとおり
裁判所書記官
2
122/125
庚
中
⑬
裁判長認印。
第
5 回口頭弁論調書
事 件 の 表 示
日
平 成 26年 7月 9日午後 1時 30分
場所及び公開の有無
宮崎地方裁判所延岡支部法廷で公開
裁判長裁判官
塚
原
百
瀬
届
.
,
~
長
峰
裁判所書記官
庚
中
出頭した当事者等
被告指定代理人松田康寿
期
〆
ー
、
、
平 成 25年 ( ワ ) 第 137号
裁
半j
l
裁
判
r
局
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梓
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久
伊東祐一郎
同
指
足
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期
日
織
平 成 26年 10月 1日午後 1時 30分
弁 論 の 要 領 等
(
延期
裁判所書記官庚
中
処
ト
上 記 期 日 の 呼 出 は , 平 成 26年 7月 10 日,原告に対し,ファクシミリでした。
裁判所書記舎
1
123/125
裁判長認印(∼
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ト
第
、
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6 回口頭弁論調書
事 件 の 表 示
平成 25年(ワ)第 13 7号−
期
平 成 27年 2月 25日午後 1時 30分
日
J
場所及び公開の有無
宮崎地方裁判所延岡支部法廷で公開
裁判長裁判官
塚 原
聡
裁 判 官
百 瀬
梓
裁 判 官
長 峰 志 織
裁判所書記官
庚 中
出頭した当事者等
原告
岩崎信
被告代理人
山下秀樹
久
被告指定代理人松田康寿
同
指 定 期 日
・
"
'
伊東祐一郎
平 成 27年 5月 20 日午後 1時 10分(判決言渡し)
弁 論 の 要 領 等
被告
1
平成 26年 7月 2 日付け訴えの変更不許の決定を求める申立書陳述
2
平成 26年 7月 2 日付け第 3準備書面陳述
原告
平成 27年 2月 24日付け弁論書陳述
裁判長
平成 26年 6月 3日付け弁論書に基づく訴えの変更のうち 1頁の不法行為
1-2に係るものついてはこれを許さない。
1
124/125
J
,〆
証拠関係別紙のとおり
裁判長
、
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.
,
弁論終結
裁判所書記官庚
中
⑮
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同
.
2
125/125
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