1939ポーランド侵攻 ②ドイツ軍人の名前と顔と場所

1939ポーランド侵攻
陸軍総司令官→ヴァルター・フォン・ブラウヒッチュ上級大将
陸軍参謀総長→フランツ・ハルダー砲兵大将
北方軍集団→フェドーア・フォン・ボック上級大将
参謀長→ハンス・フォン・ザルムート中将
第3軍→ゲオルク・フォン・キュヒラー砲兵大将
第1軍団→ヴァルター・ピッツェル中将
ケンプフ装甲師団、第11歩兵師団、第61歩兵師団
第21軍団→ニコラウス・フォン・ファルケンホルスト中将
第21歩兵師団、第228歩兵師団
ヴォドリク軍団→アルベルト・ヴォドリク中将
第1歩兵師団、第12歩兵師団
ブラント軍団→フリッツ・ブラント中将
レッツェン要塞歩兵旅団、ゴルダップ要塞歩兵旅団
直轄・予備
第217歩兵師団、第1騎兵旅団、エーベルバッハ警察旅団
第4軍→ギュンター・フォン・クルーゲ砲兵大将
第2軍団→エーリヒ・シュトラウプ歩兵大将
第3歩兵師団、第32歩兵師団
第3軍団→クルト・ハーゼ砲兵大将
第50歩兵師団、ネッツェ要塞歩兵旅団
第19軍団→ハインツ・グデーリアン装甲大将
第3装甲師団,第2自動車化歩兵師団,第20自動車化歩兵師団
第1国境軍団→レオンハルト・フォン・カウピッシュ航空兵大将
第207歩兵師団
直轄・予備
第23歩兵師団、第218歩兵師団
軍集団予備
第10装甲師団,第73歩兵師団,第206歩兵師団,第208歩兵師団
エルヴィン・ロンメル大佐→ヴィーナー・ノイシュタット士官学校校長兼、総統護衛部隊の責任者
ヨーゼフ(ゼップ)・ディートリヒSS大将→南方軍集団、第8軍、第13軍団、LAH連隊長
ヴァルター・モーデル少将→南方軍集団、第10軍、第4軍団参謀長
②ドイツ軍人の名前と顔と場所
①を参照
南方軍集団→ゲルト・フォン・ルントシュテット上級大将
参謀長→エーリヒ・フォン・マンシュタイン中将
第8軍→ヨハネス・ブラスコヴィッツ歩兵大将
第10軍団→ヴィルヘルム・フォン・ウレクス砲兵大将
第24歩兵師団、第30歩兵師団
第13軍団→フライヘア・フォン・ヴァイクス騎兵大将
第10歩兵師団、第17歩兵師団
第10軍→ヴァルター・フォン・ライヒェナウ砲兵大将
第4軍団→フィクトル・フォン・シュヴェドラー歩兵大将
第4歩兵師団、第46歩兵師団
第11軍団→エミル・レープ砲兵大将
第18歩兵師団、第19歩兵師団
第14軍団→グスタフ・フォン・ヴィータースハイム歩兵大将
第13自動車化歩兵師団、第29自動車化歩兵師団
第15軍団→ヘルマン・ホート歩兵大将
第2軽師団
第16軍団→エーリヒ・ヘープナー騎兵大将
第1装甲師団,第4装甲師団,第14歩兵師団,第31歩兵師団
直轄・予備
第1軽師団、第3軽師団
第14軍→ヴィルヘルム・リスト上級大将
第8軍団→エルンスト・ブッシュ歩兵大将
第5装甲師団、第8歩兵師団、第28歩兵師団
第17軍団→ヴェルナー・キーニッツ歩兵大将
第7歩兵師団、第44歩兵師団、第45歩兵師団
第18軍団→オイゲン・バイアー歩兵大将
第1山岳師団、第2山岳師団
第22軍団→エヴァルト・フォン・クライスト騎兵大将
第2装甲師団、第4軽師団、第3山岳師団
軍集団予備
第27歩兵師団、第62歩兵師団、第68歩兵師団
第213歩兵師団、第221歩兵師団、第239歩兵師団
北方軍
ドイツ軍の方針
秘匿名「白の場合」
北部と南部の2個軍集団による、包囲殲滅戦。
北と南から、ポーランド軍が態勢を整える前に、ヴィスワ川の西岸
で迅速に包囲し、退路を断つ。
北方軍集団
第3軍→ワルシャワ周辺への北からの侵攻、ヴィスワ川東岸の掃討
第4軍→ポーランド回廊の奪還、ポモージェ軍の包囲殲滅
南方軍集団
第10軍→ワルシャワ周辺への南西からの前進、後方遮断
第8軍→第10軍の左翼援護、ポズナニ軍の包囲
第14軍→交通の要所クラクフ攻略、サン川東岸への早期進出。
部隊表や人の名前を参照:ポーランド電撃戦、学研M文庫、山崎雅弘
第1軍団
第21軍団
見つけられず
ヴォドリク軍団
ブラント軍団
見つけられず
参謀長
見つけられず
第4軍
第2軍団
第3軍団
第19軍団
①を参照
第1国境軍団
第16軍団
※これらの他、第2・第12・第13の3個国境軍団がポズナニ突出部に展開
南方軍
計画作業班 班長 ゲルト・フォン・ルントシュテット上級大将
のメンバー
エーリヒ・フォン・マンシュタイン中将
中心 グンター・ブルーメンリット大佐
ラインハルト・ゲーレン少佐
第3軍
見つけられず
①を参照
①を参照
陸軍総司令官
陸軍参謀総長
第8軍
第10軍団
第13軍団
見つけられず
参謀長
第10軍
第4軍団
第11軍団
第14軍団
第15軍団
見つけられず
第14軍
第8軍団
第17軍団
第18軍団
第22軍団