ジョンソン・エンド・ジョンソン(配転無効)事件

第76回 ジョンソン・エンド・ジョンソン
(退職勧奨後の配転)事件
ジョンソン・エンド・ジョンソン(配転無効)事件(東京地裁 平27.2.24判決)
従業員が、違法な退職勧奨を受け、かつその後に行われた配転は無効であるとして、
就労義務不存在確認および慰謝料を請求した事案で、退職勧奨は違法ではなく、配転
は有効であるとして、原告の請求が認められなかった事例
掲載誌:労経速2246号12ページ
※裁判例および掲載誌に関する略称については、こちらをご覧ください
1 事案の概要
原告(以下「X」)は、被告であるY株式会社(以下「Y社」)の従業員である。Xは、
平成13年2月にY社に入社後、マーケティング関連業務に従事していたが、平成23年12月
15日以降、6回にわたって退職勧奨を受けた(以下「本件退職勧奨」)。その後、平成
25年6月1日に外勤職に配転され(以下「本件配転」)、現在もその職務に従事してい
る。
本件は、Xが、本件配転が無効であると主張して、現在の職務での就労義務がないこと
の確認とともに、違法な配転や退職勧奨によって精神的苦痛を被ったとして、慰謝料の支
払いを求めた事案である。
[1]本判決および原審で認定された事実
概要は以下のとおり。
年月日
事 実
H13.2
X、Y社に期間の定めなく採用される。
H13.2~
X、Y社のコンシューマーカンパニー部門のマーケティング本部(商品開発・消費
者向け広告のプロモーション部門)のプロダクトマネージャーとして勤務。
H17.4~
X、Y社営業統括本部(後に営業本部に名称変更)営業戦略部トレードマーケティ
ンググループ(消費者の買物行動の探求・販売戦略を立案する部門)カテゴリー
戦略プランニングチームのアシスタントマネージャーに異動。
H23.9.27
Y社におけるXの人事考課(9段階評価)では、パフォーマンスが4.1、リーダーシ
ップが3.7、総合評価が4とされた(以下「本件評価」)。
H23.11
Y社の親会社である米国法人がY社を含む全世界のコンシューマーグループ会社の
人員削減方針を打ち出す。
H23.12.15
Y社営業本部営業戦略部ディレクターAおよび同グループマネージャーBが、Xに対
して退職勧奨をする(第1回面談)。
H23.12.22
AおよびBが再度面談(第2回面談)。
H24.1.24
Y社人事総務部長CとBがXに対して退職勧奨を行う(第3回面談)。
H24.1.26
Y社人事担当者が、Xに対し、追加の退職金を支給し、再就職斡旋サービスの費用
をY社が無期限で負担する等の特別な条件を示した。
H24.2.7、
CとBがXに対して退職勧奨を行う(第4~6回面談)。
2.27、3.12
CはXに対し、第5回面談時に、トレードマーケティング部ではXの配置先がなく、
営業に配置されることを説明。
H24.3.19~
H25.5.1~
5.10
X、介護休業を申請し、同年5月1日から翌年4月末日まで介護休業をする。
X、有給休暇を取得。
H25.5.11
Y社、Xに自宅待機を命じる。
H25.5.30
Y社、Xに同年6月1日付で営業本部営業部所属のセールススペシャリスト(外勤業
務)への異動を命じた(本件配転)。
[2]主な争点
本件の争点は、①本件退職勧奨の違法性および②本件配転の有効性である。
2 判断
[1]争点①:本件退職勧奨の違法性について
Xは、本件退職勧奨に関して四つの違法事由を主張したが、裁判所は、下記(1)~
(4)のとおり、Xの主張を排斥した。
(1)Xは第1回面談において退職の意思がないことを明確にしていたのに、Cらが執拗
に退職勧奨を迫ったと主張した。
これに対し、本判決は、Xが第2回面談自体を拒否する態度を示した形跡がないこと
等から、Xが退職勧奨に応じない意思を明確にしていたとは認められないとした。
(2)Xは、Bが虚偽の説明で退職を迫ったと主張した。
これに対し、本判決は、Bは「Y社としてはXさんに与える業務、仕事がなくなりま
す」等と述べたが、本発言は、X・Y社双方に積極的意義があるとY社として判断できる
Xの配置先がないという趣旨と解することができるため、虚偽の説明とまではいえない
とした。
(3)Xは、Cが、Xに対し、Xが解雇されることになると脅したと主張した。
これに対し、本判決は、Cが「セールスのパフォーマンスが上がらなければ、うちの
会社は(中略)辞めて頂くって形になる」等と述べ、解雇という言葉を出したことは穏
当ではないとしながらも、退職勧奨の説得の一環であり、解雇か退職かを二者択一で迫
るものではなく、社会的相当性を逸脱した退職勧奨とはいえないとした。
(4)Xは、CがXの介護休暇の取得を思いとどまらせ退職させようとしたと主張した。
これに対し、本判決は、CがXの介護休業取得を妨げようとしたとは認められないと
した。
[2]争点②:本件配転の有効性について
Xは、本件配転に関して四つの違法事由を主張したが、裁判所は、下記(1)~(4)の
とおり、Xの主張を排斥した。なお、Y社は、本件配転の理由として、Xのトレードマーケ
ティング部における評価が低かったことを挙げている。
(1)Xは、Xに対する本件評価が不当であったこと、またXの勤務していたトレードマ
ーケティング部にはXの勤務できるポジションがあったことから、本件配転には業務上
の必要性がないと主張した。
これに対し、本判決は、Xが、本件評価の70%を占める項目等の評価が誤っているこ
とを具体的に主張立証しないことや、Xがトレードマーケティング部の変更された業務
に対応できていなかったことがうかがわれること等から、本件評価はY社の人事権の裁
量の範囲内で行われているとした。そして、Xの評価が振るわなかったことを挙げて、
トレードマーケティング部にXを配置しなかったY社の判断はY社の裁量の範囲内である
とした。
(2)Xは、本件配転の目的は退職勧奨により退職せず、介護休業を取得したXを近い将
来解雇や退職に追い込むことであり、本件配転には不当な動機・目的があると主張し
た。
これに対し、本判決は、Xが営業に配置されることは、Xの退職勧奨や介護休業取得
前に決定されていたため、本件配転が退職勧奨に応じなかったことや介護休業取得への
意趣返しで行われたとは認められないとした。
(3)Xは、本件配転に伴い外勤の営業業務には肉体的にも精神的にも大きな負担があ
り、営業業務を経験したことのないXにとっては、著しい不利益があると主張した。
これに対し、本判決は、本件配転に伴う賃金の減額や通勤上の著しい不便等の具体的
な不利益がXに生じていないことから、著しい不利益は認められないとした。
(4)Xは、本件配転はXが介護休業を取得したことを理由として不利益な処遇をしたこ
とが育児・介護休業法等に違反すると主張した。
これに対し、本判決は、本件配転はXの介護休業取得前に決定されており、Xの介護
休業を理由としてされていないことから、主張の前提を欠くとした。また、介護休業後
に原職に復帰させることは法的義務ではないとして、育児・介護休業法に違反しないと
した。
3 実務上のポイント
[1]退職勧奨の適法性について
本判決は、退職勧奨の適法性についての一般的枠組みは示していないが、考慮している
要素は従前の裁判例の傾向に沿うものではある。
もっとも、本判決は、退職勧奨の1回当たりの時間や、第2回目以降、Xが退職に応じな
い意思を明確に示したか否か等の、詳細な経緯を認定していない。本件退職勧奨の回数
は、合計6回であるが、これは他事例と比較しても少ないとはいえず、詳細な経緯によっ
ては、違法と判断されることも十分あり得る事案である。
本判決が主に判断したのは、本件退職勧奨が、退職勧奨者の言動を根拠に違法となるか
という点であるが、同様の事例としては、
①根拠のない横領問題を指摘して行った退職勧奨を違法とした事例(日出町職員事件 大分地裁 昭60.10.28判決 労判487号90ページ)
②上司らが約4カ月間にわたり、時には約8時間もの長時間の面談を行い、その席上、
「寄生虫」「別の道があるだろう」等と述べ、大声を出したり机をたたいたりして行った
退職勧奨を違法とした事例(全日本空輸〔退職強要〕事件 大阪高裁 平13.3.14判決 労判809号61ページ)
等がある。本判決は、退職勧奨者による「辞めて頂くって形になる」という発言につい
て、退職勧奨の説得の一環であり、社会的相当性を逸脱しないと判断した。
もっとも、本発言は、Xが退職しなければ、営業に配転され、そこでセールスのパフォ
ーマンスが上がらない場合には解雇もあるという内容であり、「退職勧奨に応じなければ
(直ちに)解雇になる」という発言をしてもなお、社会的相当性を逸脱しないと認定した
わけではない。
退職勧奨は、実務上問題になることも多く、退職勧奨時の退職勧奨者の言動によって
も、社会的相当性を逸脱すると認定され得ることに留意し、慎重に行うことを心掛ける必
要があろう。
[2]配転の有効性について
本件のように、地域や職種の限定がなく採用された正社員の配転は、①業務上の必要性
が存しない場合、②業務上の必要性が存する場合であっても、他の不当な動機・目的をも
ってなされたものであるとき、もしくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える
不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、権利の濫用
にならないとされ、使用者の裁量は広いとされる(東亜ペイント事件 最高裁二小 昭
61.7.14判決 労判477号6ページ)。
このうち、不当な動機・目的には、経営方針に批判的な従業員を本社から排除する目的
(マリンクロットメディカル事件 東京地裁 平7.3.31決定 労判680号75ページ)
や、退職に追い込む意図等が該当するとされる(精電舍電子工業事件 東京地裁 平
18.7.14判決 労判922号34ページ)。
本判決では、本件配転が退職勧奨や介護休業の取得前から決定されていたことを理由
に、不当な動機・目的は認められないと判断した。
もっとも、裁判例には、会社が従業員に対し出向の可能性を示して退職勧奨をした後
に、これに応じなかった者に出向を命じた事例で、出向の人選基準が抽象的だったこと
や、従業員のキャリア等に配慮しなかったこと等から、従業員が自主退職に踏み切ること
を期待して行われた出向命令であるとして、無効としたものもある(リコー事件 東京地
裁 平25.11.12判決 労判1085号19ページ)。
したがって、会社が配転や出向を退職勧奨より前に決定していれば、直ちに不当な動
機・目的が認められないと判断されるとは考えるべきではない。
本判決は、詳細な経緯を認定していないが、XのY社における評価が低かったことや、
配転先の業務が単純作業等ではないことをも背景にして出された判決と思われ、結論は妥
当である。
【著者紹介】
岡野貴明 おかの たかあき 森・濱田松本法律事務所 弁護士
2013年慶応義塾大学法学部卒業、2014年弁護士登録。
◆森・濱田松本法律事務所 http://www.mhmjapan.com/
■裁判例と掲載誌
①本文中で引用した裁判例の表記方法は、次のとおり
事件名(1)係属裁判所(2)法廷もしくは支部名(3)判決・決定言渡日(4)判決・決定の別
(5)掲載誌名および通巻番号(6)
(例)小倉電話局事件(1)最高裁(2)三小(3)昭43.3.12(4)判決(5)民集22巻3号(6)
②裁判所名は、次のとおり略称した
最高裁 → 最高裁判所(後ろに続く「一小」「二小」「三小」および「大」とは、
それぞれ第一・第二・第三の各小法廷、および大法廷における言い渡しであること
を示す)
高裁 → 高等裁判所
地裁 → 地方裁判所(支部については、「○○地裁△△支部」のように続けて記
載)
③掲載誌の略称は次のとおり(五十音順)
刑集:『最高裁判所刑事判例集』(最高裁判所)
判時:『判例時報』(判例時報社)
判タ:『判例タイムズ』(判例タイムズ社)
民集:『最高裁判所民事判例集』(最高裁判所)
労経速:『労働経済判例速報』(経団連)
労旬:『労働法律旬報』(労働旬報社)
労判:『労働判例』(産労総合研究所)
労民集:『労働関係民事裁判例集』(最高裁判所)
★実務家向けの年間判例集として最適です! 平成27年版 年間労働判例命令要旨集
労務行政研究所 編
B5判・408頁・5,760円
●賃金・退職金、雇止め、解雇、就業規則の不利益変更、使用者
の損害賠償責任等、平成26年に出された223件の労働事件を
項目ごとに整理し、要旨を紹介
●「重要事件の解説」については、実務上課題となるポイントを
わかりやすく解説 ●審級別・日付順の検索便覧付
●判例関連用語集付
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