リベラル派と移民問題 カリフォルニア住民提案 187 への公共利益団体の対応を題材に 法学部 4 年 江口 友之 第1章 はじめに この報告は、移民問題に対するリベラルの考え方を知ることを目的とする。 少し古い話題になるが、1990 年代半ば以降、カリフォルニア州は、移民に関する 3 つの住民提案、すなわち、1994 年の住 民提案 187 号(不法移民への公共サービス提供の停止)、1996 年の 209 号(州政府が行う積極的優遇措置の廃止)、1997 年の 227 号(2 言語教育の廃止)を、住民投票でそれぞれ 59%、54%、61%の賛成をもって可決した。1 ここで初めに、アメリカへ入国する移民の現況について少し述べたい。国土安全保障省移民局の統計によれば、アメリカ は毎年 50-100 万人の合法移民(永住資格を付与された外国人)を受け入れており、それぞれメキシコ(約 2 割)とカリフォル ニア(約 3 割)が最大の移民送り出し、受け入れ地になっている。2 合法移民に加え、アメリカには多数の不法移民が存在する。「不法移民(外国人)illegal aliens, illegals」とは、法定の書類 に裏付けられた在留資格を持たない者、すなわち①正規の手続きを踏まずに入国する者と②在留期間経過後もなお滞在し ている者をいう。なお、「不法移民」という言葉には、差別的、排斥的な響きがあり、この用語を好まない人々は「正規の書類 を持たない移民 undocumented immigrants」と呼ぶようだ3。この報告は、差別的な立場をとるのではないが、便宜上、よく用い られる不法移民という言葉を使いたい。 不法移民の規模はその性格上明らかでないが、移民帰化局(現:移民局)の推計によれば、2000 年時点で不法移民は 700 万人で、年 20-50 万人のペースで増えており、ここでも、メキシコ(6-7 割)からカリフォルニア(3-4 割)へという流れがある。 4 メキシコから陸路入国する不法移民の多くは、国境近くに大都市を抱えるカリフォルニア州に流れ込むのである。 いかに移民の国とはいえ、年間約 100(合法)+30(不法)万人の割合で増加するこの移民にどのように手を打つかという 課題は、国民全体にとって避けては通れないものになりつつある。5この移民問題に対するリベラル派の態度を知るのがこの 報告の目的である。そのために、リベラル派、中道左派の市民の意見を代表すると考えられるリベラル系公共利益団体が、 移民の先進地カリフォルニアにおいて、どのような移民政策を支持しているのかを調べることにする。 カリフォルニアは最も多くの合法、不法移民を抱える州である。さらに、移民規制の法的権限を有するのは連邦政府だが、 実際に彼らを住民として受容するための施策は州政府が中心となって行う。6それゆえカリフォルニア州では既に移民問題が 重要な争点になっており、冒頭に挙げた 3 つの住民提案もその表われだといえる。この報告は、中でも大きな反響を呼んだ 提案 187 号を取り上げ、リベラル系公共利益団体がこれにどのように対応したのか調べることにしたい。 提案 187 号については、アメリカでは様々な分析がなされている。医療、福祉関連の論文とともに政治学に関連する論文 も多く、このテーマに関係するものとしては、有権者の投票行動に関する論文がいくつかあるが、この報告のように団体に注 目して調査したものはないようだ。 第2章 本論 1 2 カリフォルニア大学ヘイスティングズ法科大学のデータベースによる。(http://holmes.uchastings.edu/cgi-bin/starfinder/0?path=calprop.txt &id=webber&pass=webber&OK=OK) 以下の合法移民に関する統計は、U.S. Department of Homeland Security, 2002 Yearbook of Immigration Statistics, (http://uscis.go v/graphics/shared/aboutus/statistics/ybpage.htm) (October 2003)による。 い よ た に 3 4 5 6 古矢旬『アメリカニズム』(東京大学出版会、2002)、110-113、149 頁;伊豫谷 登士翁『グローバリゼーションと移民』(有信堂高文社、 2001)、151-152 頁。 U.S. Immigration and Naturalization Service, “Estimates of the Unauthorized Immigrant Population Residing in the United States,” (http://uscis.gov/graphics/shared/aboutus/statistics/Ill_Report_1211.pdf) (January 2003). 梅田久枝「1996 年移民管理・責任法」ジュリスト 1102 号(1996)108 頁。 古矢・前掲(注 3)、91-92 頁。 1 第1節 住民提案 187―その概要 受け入れ移民の出身国について、1924 年移民法の「ネイティヴィスム(移民排斥主義)」や「エスノセントリズム(自民族中 心主義)」を克服したと評価される 1965 年移民法だが、他方で 1959 年のキューバ革命を含めた国際情勢の影響や実際の国 境管理の難しさを考慮に入れずに移民の量的制限を決定した点で、「『偉大な社会』計画のもたらした数多くの法律のうちで も、おそらく最も思慮に欠けたもの」との評価を受けているという。7この法はメキシコを含む西半球からの移民に初めて受け入 れ制限を設けたが、実効的な取り締まりは難しく、国内ではこれら「不法」移民を批判する世論が形成されるようになった。政 府もこれに対してカーター政権以来本格的な取り組みを始め、その最初の成果として 1986 年、議会は不法移民取り締まりの ための「移民改革規制法」を成立させた。8しかし、この法律も不法移民の増加を抑えられず、それどころか 80 年代後半以降 不法移民数は増加しているとも推定されていた。9 そのような環境にあって、さらにカリフォルニア州の移民受け入れ数は抜きん出ていた。また経済後退に伴って連邦財政、 州財政が悪化し、増税と公共サービスのカットもあって、不法移民を問題視する意見が州内に高まった。10(専門家からは不 法移民が州民に専ら負担をかけているとする議論には批判が強い。11)そこで 1994 年、この不景気と財政悪化という逆風の 中、一時は対立候補、ブラウン・州財務長官(民主党)に 20%もの大差でリードされるという状況下で再選を目指すウィルスン 知事(共和党)と州共和党の支持のもと、「Save Our State」(プリンス委員長)という団体が中心となって規定の署名(直近知事 選投票総数の 5%分にあたる人数の署名)が集められ、「不法移民、公的サービス受給不適格性、確認と報告に関する住民 提案法律」と題された住民提案 187 号が州民投票にかけられることになった。12彼らはその提案理由で、不法移民が納税者 に年間 50 億ドルを超える負担をかけていると述べ、不法移民の財政悪化に対する責任を強調した。 この提案は、州司法長官による内容説明によれば、以下の通りである。13 ① 不法移民が福祉、医療、教育サービスを受けることを禁ずる。(不法移民とは、(1)合衆国市民、(2)永住権を持つ外 国人、(3)一時滞在許可を受けた外国人、のいずれにも該当しない者を指す。提案法律 5-7 節。)(5-8 節) ② 州並びに地方自治体の機関に対し、不法移民であると疑われる者を発見した場合に州司法長官と連邦移民帰化 局へ報告する義務を課す。(4-8 節) ③ 市民権、定住外国人証明書類の偽造等を重犯罪とする。(2、3 節) また、同様に州財務省と州議会の予算委員会による推計によれば、提案が財政に与える影響は以下の通りであった。 ① 公的サービスのカットは州政府と地方政府に年間約 2 億ドルの経費節減をもたらす。 ② 不法移民の取り締まりに年間数千万ドルが必要。 ③ 連邦の補助金給付基準に違反することにより数十億ドルの歳入減に至るおそれがある。 S. O. S.側(「Save Our State」の略称)は移民への世論の反感を味方につけて当初は圧倒的な勢いを見せた。1994 年 6 月 には反対派に 37%、9 月中旬に 33%、10 月上旬にも 26%の差をつけてリードしていた。14 これに対して反対派も、サービス支給者である教員や医療関係者が中心となって、テレビ CM やデモ行進を中心に大々 的な運動を行った。15彼らは不法移民問題の重大性を認めながらも、財政への影響の③にあげた補助金剥奪のおそれを特 に問題視する戦略をとり、「187 に反対する納税者連合―事態はもっとひどくなる!」なる団体を設立して、提案の実施により 7 古矢・前掲(注 3)、110 頁。 金栄淇「アメリカ合衆国における移民政策及び法制」社会文化科学研究 4 号 231-160 頁(2000)、239-243 頁。 9 古矢・前掲(注 3)、123-124 頁;ハイアム、ジョン(斎藤眞ほか 訳)『自由の女神のもとへ』(平凡社、1994) (Higham, John, Send Those to Me, Revised Edition (Johns Hopkins University Press, 1984))、94 頁。 10 青柳幸一「『不法滞在外国人排斥法』の合憲性」横浜国際経済法学 4 巻 2 号(1996)、1 頁;“Poll Shows Support for California Immigration Proposal,” The New York Times, October 16, 1994, p. 24. 11 宮川成雄「移民法に表現された『移民社会』アメリカ」総合文化研究所紀要 18 巻(2001)、48 頁;青柳・前掲(注 10)、17-18 頁。 12 “Gov. Wilson’s Comeback Ends in Re-election Victory,” The New York Times, November 9, 1994, B4; Tony Miller, Acting C alifornia Secretary of State, California Ballot Pamphlet: General Election November 8, 1994, (http://holmes.uchastings.edu/ballot _pdf/1994g.pdf), p. 54. 13 青柳・前掲(注 10)、6-7 頁;Miller, supra n. 12, p. 50. 14 Martin, Philip, “Proposition 187 in California,” Mexico-United States Binational Migration Study, Migration Between Mexico and United States, vol. 3 (Mexico City / Washington: Mexican Ministry of Foreign Affairs / U.S. Commission on Immigration Reform) (www.utexas.edu/lbj/uscir/binpapers/v3a-4martin.pdf) (1998); supra, n. 10., The New York Times, October 16, 1994. 15 “Minorities Join California Fight,” The New York Times, November 1, 1994, A1; “Ballot Measure Protested,” The New York Times, October 17, 1994, B8. 8 2 納税者は 100 億ドルもの負担を強いられる、として提案法律の欠陥を批判した。クリントン大統領も、「連邦が対処すべき問題 である」として、提案への反対を表明した。(但し、この時期の大統領支持率は 40%台に低迷していた。16)さらに、共和党内 でも、ケンプ・元住宅都市開発長官ら経済保守系の有力指導者が反対を表明し、提案の勢いは失速に向かい、直前の世論 調査では賛否の差がかなり縮まったことが明らかになっていた。17 しかし、この提案は、第 104 議会を生んだ 1994 年 11 月 8 日の中間選挙に際して、連邦議員選挙や知事選、それに州レ ベルで他に 6 つの住民投票などと併せて行われた投票において、賛成 506 万票(58.8 %)、反対 353 万票(41.2 %)で可決さ れ、正式に州法となった。18また、知事選でも、景気回復効果に加え、提案 187 を選挙運動の目玉として優勢を築いたウィル スン知事(得票率 55%)が、提案 187 に反対したブラウン財務長官(同 40%)を破って再選された。19(上院選では、不法移民 がらみの「スキャンダル」をめぐる激しい中傷合戦の末に民主党のファインシュタイン候補が僅差で再選に成功した。20)これ に伴いウィルスン知事は翌日、同提案の実施を定める行政命令に署名したが、ヒスパニック系移民団体や人権擁護団体な どが直ちに、8 つもの執行差止請求訴訟を提起した。21州裁判所と連邦地裁は、差止命令を発した上で、同提案が連邦の移 民規制権限を侵すものであるなどとして 1998 年までに提案の大部分(提案内容の③(身分証明偽造罪)を除いた部分。)を 最終的に違憲と判断し、1998 年に選出されたデーヴィス知事(民主党)の上訴断念(1999 年 8 月)によりこれが確定した。22 他方、この提案 187 に代表される移民への警戒論は、第 104 連邦議会における共和党保守派中心の移民制限論を後押 しし、1996 年、移民の福祉受給権を制限する「個人責任及び労働機会調整法」と不法移民取り締まりのための「不法移民改 革及び移民責任法」の相次ぐ成立に至った。23 第2節 リベラル系団体の対応 第1項 調査対象 では、リベラル系の公共利益団体はこの提案にどのように対応したのか。この報告の本題である。 まず、調査対象は、便宜上、民主党全国委員会のウェブサイトのリンクページhttp://www.democrats.org/linksにサイトへの リンクがある団体で、Foundation for Public Affairs, Public Interest Profiles, 2001-2002 (Washington D.C.: CQ Press, 2001)に 記載のある団体(但し、シンクタンクは除く。)に限った。Public Interest Profiles に記載された団体のうちには、様々な定義に よれば公共利益団体といえないようなものも含んでいるが、ここではそのまま利用する。24 ここで、民主党と結びつきのある団体がすべてリベラルなわけではない、という批判はありうるが、1960 年代後半以降政党 のイデオロギー対立が鮮明化し、それにつれて利益団体もイデオロギー的な政党選好を示しているという指摘を踏まえれ ば、少なくとも民主党と結びつきを持つこれらの団体をリベラル派と見ても、それほど不当ではないと思う。25また逆に、リベラ ル派の団体がすべて民主党とつながりをもつわけではなく、民主党系の団体しか見ないことはリベラル系団体の一部しか見 ないことになるのではないかという批判もあるだろう。そもそもアメリカ政治において「公共利益団体」とはリベラル系の団体を 指す言葉だそうで、Public Interest Profiles に記載された団体の多くもリベラル系団体であると考えられる。26それに対し、調 査の対象はほんの一部の団体にすぎない。この点については、批判は尤もであって、この報告は、あくまでリベラル系団体 の一部分について調査したに過ぎないといわなければならない。 以上のような前置きをした上で、先に述べたような選別に従って、具体的には、Children's Defense Fund、全米黒人地位向 上協会、American Arab Anti-Discrimination Committee、Center for Responsive Politics、コモン=コーズ、パブリック=シティズ ン、National Partnership for Women & Families(当時:Women’s Legal Defense Fund)、全米市民的自由連盟 ACLU、 Interfaith Alliance、全米女性機構 NOW、アメリカ的様式を守る会、National Organization on Disability、Citizens for Tax 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 阿部斉ほか『北アメリカ』(自由国民社、1999)、368 頁。 “Democratic Candidate for Governor Halts TV Ads,” The New York Times, November 6, 1994, p. 29; “2 in G.O.P. Attack Alien Plan,” The New York Times, October 20, 1994, A25. Hastings Law College, supra n. 1. Martin, supra n. 15; “The 1994 Elections: State by State,” The New York Times, November 10, 1994, B11. “Senate Candidates Trade Bitter Exchanges over Immigration,” The New York Times, November 8, 1994, A21; “Campaign Refrain: ‘My Opponent’s a Hypocrite,’” The New York Times, November 6, 1994, p. 27. 青柳・前掲(注 10)、18 頁;“California Immigration Measure Faces Rocky Legal Path,” The New York Times, November 11, 1994, B20. Martin, supra n. 14; “Court Blocks New Rule on Immigration,” The New York Times, November 17, 1994, A16; 古矢・前掲(注 3)、 157-158 頁。 古矢・前掲(注 3)、143 頁;梅田久枝「加州の不法移民福祉カット命令」ジュリスト 1098 号(1996)108 頁;梅田・前掲(注 5);宮川・前掲 (注 11)、44-45 頁。 例えば、阿部斉、久保文明『国際社会研究 I』(放送大学教育振興会、2002)、142 頁。 阿部、久保・前掲(注 24)、134、156-157 頁。 久保文明『現代アメリカ政治と公共利益』(東京大学出版会、1997)、4 頁。 3 Justice、Environmental Defense Fund、Environmental Working Group、資源保全有権者連盟、National Parks Conservation Association、自然資源防衛評議会、シエラ=クラブ、Gay and Lesbian Alliance Against Defamation、Human Rights Campaign、National Gay and Lesbian Task Force、Families USA、メキシコ系アメリカ人法的保護・教育財団 MALDEF、National Council of La Raza、アメリカ労働総同盟産業別会議 AFL-CIO、National Congress of American Indians、Planned Parenthood Federation、エミリーズ=リスト、Feminist Majority、全米女性有権者連盟、National Coalition Against Domestic Violence、 National Women's Political Caucus、Women's Campaign Fund の 35 団体を調査の対象にしたい。 第2項 調査結果 これらリベラル系団体について提案への賛否を新聞記事や団体のホームページなどをもとに調査したところ、提案の投票 前に明確に賛否を明らかにしていたのは以下の 6 団体で、いずれも反対であった。27 団体 ACLU AFL-CIO 主な反対理由 人権、プライバシ ー権など 労働者の権利保護 全米女性有権者連 州に与える損失 MALDEF 移民の権利擁護 盟 シエラ=クラブ、カリフ ォルニア資源保全有権 者連盟 州民に与える損失 参照資料 “Lawyers Readying Strategy Against Proposition 187,” The Recorder, October 20, 1994. “Unions Do a U-Turn on Immigrant Worker Issue,” Los Angeles Times, Nove mber 3, 1994. Coffey, Helen C. and Marilee K. Scaff, “Flaws in Prop. 187,” Los Angeles Times, October 22, 1994, B7. “Coalition Prepares To Battle ‘Save Our State’ Proposition,” Los Angeles Times, August 3, 1994. シエラ=クラブ (www.sierraclub.org/planet/199411/pr-ca187.asp) アメリカにおける貧困問題を描いてジョンソン政権に大きな影響を与えた『もう一つのアメリカ』(1962 年)の著者ハリントンに よれば、移民に対するアメリカ人の態度は以下の 3 つの動機から構成されてきたという。28第 1 に労働力需要、第 2 に人種・ 民族的差別感情、第 3 に民主的理想主義。29過去の「新移民」制限と同様、メキシコ系移民の制限についても、移民に対す る警戒と理想主義との対立が存在する。30 提案 187 の賛否に関してもこの 3 つの観点から分析すると、これに対する反対理由は、大きく 3 つに整理することができる と考える。すなわち、人道的な理由(不法移民という弱者、マイノリティの権利保障を主張する典型的に「リベラル」な反対。主 に第 2 の観点からの反対。)、財政的な理由(実際的な理由。政策の効用に注目した「建設的な」反対。)、それに、経済的な 理由(移民の労働力としての重要性に注目した主に経済界からの反対。主に第 1 の観点からの反対。)である。31 このうち、財政的理由による反対は、提案に対して、より中立的な立場からこれに批判を加えるものであって、不法移民取 り締まりを喫緊の課題として捉える点では、提案賛成派と意見を同じくする。このような意見の表明として、例えば、投票用パ ンフレットに記載された提案反対派の意見は、その冒頭で、「不法に越境する移民の流れを食い止めるために何らかの方策 をとらなければならない。」と宣言している。32この点、残り 2 つの反対理由が徹底した現状維持論をとり、不法移民について も、(公言することは少ないが、)ある程度寛容な立場をとっているのとは対照的である。例えば、人道的な理由からの反対と して、ニュー=ヨーク=タイムズの社説は、「カリフォルニアで得られる仕事と賃金は、メキシコ人を惹きつけずにはおかないだ ろう」と述べて、不法移民の流入は構造的な問題であって移民自身にのみこのような責任を負わせるべきでないと批判して いるし、経済的な反対派であるケンプ・元住宅都市開発長官は、「移民が政治的、社会的なスケープゴートに祀り上げられて いる」と指摘していた。33 27 28 29 30 31 32 33 “Prop. 187; Is It ‘Save Our State’ or ‘Sink Our State’?” Los Angeles Times, October 30, 1994, W9; “Closing the Door on Illegal Immigrants,” The San Francisco Chronicle, October 23, 1994, p. 11; “Campaign Watch,” The San Francisco Chronicle, October 7, 1994, A12. 阿部ほか・前掲(注 16)、272-273 頁。 古矢・前掲(注 3)、95 頁。 村田勝幸「1986 年移民法審議過程における『非合法移民問題』の形成と展開」アメリカ研究 32 号(1998)、119-120 頁。 “Indecent Proposition in California,” The New York Times, October 25, 1994, A20. Miller, supra n. 12, p. 55; “Candidates Hedge Their Bets on an Immigration Issue,” The New York Times, October 25, 1994, B8. Supra n. 31, The New York Times, October 25, 1994; supra n. 17, The New York Times, October 20, 1994. 4 この類型に従って提案に対して賛否を表明した 6 団体の反対理由を分類すると、(3 つの反対理由は相互に排斥するもの ではなく、また、明確に分類できるものでもないが、)ACLU、AFL-CIO、MALDEF は人道的な見地からの反対、その他 3 団 体は財政的な見地からの反対とみることができる。 第3項 賛否を明らかにしなかった団体に関する検討 さらに、賛否を明らかにしなかった残りの大部分の団体について考えなくてはならない。資料が見つけられなかったため、 各団体の具体的事情はわからないが、その理由としては、①関心分野、専門分野でないため、②カリフォルニアに拠点がな いため、③リベラル系団体が前面に出ることで広い支持が得にくくなるため、④賛否自体に争いがあったため、意見表明を 控えたことが考えられる。 ①の可能性は、言い換えれば、同じリベラル系団体といっても、例えば NOW が環境問題について発言するのだろうか、と いう疑問である。一般には、例えば環境保護団体以外の公共利益団体は環境保護運動(ロビーイングなど)に参加しない。 34 これは個々の団体の存在意義、会員の関心といったことを考えてみれば当然だろう。 ただし、提案 187 の内容が多分野にまたがることは指摘しておきたい。先に述べたとおり、この提案は、「不法移民であると 疑われる者」(結局のところ、この判断は対象者の外見やその使用する言語に基づいて行われることになる。)に対してその 居住権の証明を求め、それが果たされない場合には、公共サービスの支給拒否と関係機関への通報を定めるという、少なか らぬ州民の生活全般に深刻な影響を与える内容であった。したがって、例えば児童権利擁護団体、人権擁護団体、ヒスパニ ック団体を筆頭とするマイノリティ団体、社会保障改革団体、労働組合などにとっては、関心分野に含まれる問題だったと考 える。 さらに、団体の利害関係分野にあたらなくても世論の関心の高い問題に関しては、公共利益団体は何らかの立場を表明 する可能性がある。提案 187 も 1994 年中間選挙で州内はおろか全米で論議を巻き起こしたことを考えれば、多くの州民がこ の問題に関心を持ったことは間違いなく、少なくとも州支部のレベルではもっと多くの団体が声明を発表しいてもおかしくな いだろう。例えば、2003 年 3 月のイラク攻撃も、今回調査の対象とした団体のほとんどにとって直接の関心分野でないにもか かわらず、約 3 分の 1 が全国団体のウェブページ上でこれに対して何らかの態度を表明していた。 ②に関しては、調査対象とした団体のうちにも、専らワシントンでのロビー活動、訴訟、調査研究を行う団体があるとはいえ よう。35しかし、それぞれの全国団体のウェブページで検索したところによると、ほとんどの団体が、カリフォルニアに州支部ま たは地域支部を持っている。 ③については、リベラル系公共利益団体の通常の行動様式を見ても、このような考慮が働くことは考えにくい。ただ例外と して、ヒスパニック団体はこのような考慮から賛否を表明しなかった可能性が高い。実際に、提案 187 に対する抗議運動の中 でメキシコ国旗が使われたことがあり、このことは有権者にマイナスの印象を与えた。36 また、調査の技術的な点として、インターネットに頼ったために、資料が充分に集められなかったことで 6 団体以外の立場 表明を見逃している可能性はある。ただ、当時の新聞を参照する限り、そのような可能性は低い。 以上のことから、賛否を表明しなかった団体の一部は利害無関係性から、また他の一部は賛否が対立したために意思表 明をしなかったと考える。 第3章 まとめ 第1項 提案 187 に対するリベラル系公共利益団体の立場 先に少し述べたように、人道的な反対は、リベラルの一貫した態度として納得できるものである。では、不法移民について より中立に近い立場をとる団体、すなわち財政的見地から反対を表明した団体と賛否を決定できなかったと思われる団体と 34 35 36 久保・前掲(注 26)。特に、118-130 頁と索引。 阿部、久保・前掲(注 24)、142 頁。 “Ballot Measure Protested,” The New York Times, October 17, 1994, B8. 5 をどのように理解すればよいのだろうか。これらの団体の中でも指導者層は比較的前者のリベラル的立場に近いとされる。37 そこで、問題なのは一般会員の提案への賛否であろう。 ある調査によると、そもそも、提案 187 の賛否において、リベラル、保守という有権者の性向は大きな意味を持たなかったと いう。38 ここでは、イデオロギーの違いが、州財政への危機感の有無やそれに対する不法移民の関与の大小に関する認識に比 べて相対的に小さな役割しか果たさなかったものと考えられる。その 1 つの表われが、反対派の大同団結組織の名称、「187 に反対する納税者連合」(例えば、「187 に反対する人権擁護連合」ではない。)であって、ここから、賛成、反対派の主な争 点が、不法移民や新移民に対する配慮の必要性の有無というイデオロギー的争いではなく、不法移民をいかに実効的かつ 効率的に減らすことができるか、という提案の技術的内容であったことがうかがわれる。また、不法移民の影響を強く受ける州 南部の賛成率が北部に比べて著しく高かったことも、これを裏付ける。 また、この提案に関しては、その実際の影響はともかく、ウィルスン知事再選のための起爆剤として考案されたこともあっ て、提案者が「不法」移民取り締まり、という比較的賛成しやすい形で論点を提示したことも影響したのではないか。もし移民 制限派の主張どおり合法移民にまで対象を広げていたならば、イデオロギーを越えた支持の広がりを得るのは難しかっただ ろう。 第2項 リベラルの移民政策観 提案 187 は、メキシコ系を中心とする多数の合法、不法移民を抱えるカリフォルニア州が、増税、公共サービスカットに苦し む中で成立した。その特殊状況を十分考慮に入れなければならないとしても、提案者も憲法判例違反を認める不法移民取 り締まり立法が 60%の支持を受けて成立したという事実は重大である。 これに対して、リベラル系公共利益団体のうち、これまで見てきたように、一部がマイノリティの権利を重視する伝統的リベ ラルの価値観から反対を行ったが、他の少なからぬ一部は州財政悪化や不法移民問題の深刻さを重視しつつ、政策が過 大な費用(ここに 1 つの考慮要素として、人権侵害も含まれることになるだろう。)をかけることなく実効性をあげるかという実際 的な観点から、政策の支持・不支持を決定したとみることができる。 このようなリベラル系公共利益団体の立場は、リベラルな市民のそれを反映しているだろう。特にカリフォルニアのように移 民問題が表面化した地域では、その一部はリベラル的な反対を行うが、それ以外に多様な立場があり、その大部分は移民 規制について、ある程度中立であると同時に、社会や経済の諸状況や、政治のアジェンダ設定に影響されやすい性格を持 っているといえるのではないか。 さらにいえば、リベラルの中には、このようなニュートラルな立場どころか、不法、合法移民の制限を声高に唱えるグループ も一部存在する。たとえば、黒人や 2 世以降のヒスパニックなど、リベラルと考えられることの多い集団の一部は、安価な労働 力である不法移民が経済的な脅威になっているとして、提案賛成に回った。 39ロサンジェルス=タイムズの出口調査によれ ば、人種(とヒスパニック)別の賛成は非ヒスパニック白人が 63%、ヒスパニック 37%、黒人 47%、アジア系 47%であり、非ヒスパ ニック白人で賛成が大きく上回ったのはもちろん、ヒスパニック以外のマイノリティでも、賛否は拮抗していたのである。40 とはいえ、先にも述べたように、このような態度は社会経済的状況に大きく影響されている面があろう。提案 187 の可決から しばらくは、連邦全体でも移民制限の必要性が一層叫ばれるようになり、前述のように 1996 年に移民法などが改正された が、経済の好転もあって、ここ数年は移民への反感が薄れつつあるようだ。41依然多くの不法移民を抱えるカリフォルニアで も、2003 年の州知事リコール選において、現職、新顔有力 2 候補者がともに、提案 187 を否定した。ヒスパニック票の増加と いう他の理由を措いても、州内が 1994 年のような状況にないことは推測できる。 参照資料 注にあげたもの。特に、古矢旬『アメリカニズム』(東京大学出版会、2002)第 3 章。 37 38 39 40 41 “Unions Do a U-Turn on Immigrant Worker Issue,” Los Angeles Times, November 3, 1994. Alvarez, R. Michael and Tara L. Butterfield, “The Resurgence of Nativism in California?” (www.hss.caltech.edu/SSPapers/wp1020.pdf) (1998). 古矢・前掲(注 4)、144 頁;Pantoja, Adrian D. and Gary M. Segura, “Fear and Loathing in California,” (www.uiowa.edu/~c030319 /pdfs/fearca2.pdf); “Minorities Join California Fight,” The New York Times, November 1, 1994, A1. 出口調査のデータは、Morris, Irwin L., “African American Voting on Proposition 187,” Political Research Quarterly, vol. 53, no. 1 (March 2000), p. 86 から引用した。 阿部、久保・前掲(注 24)、199 頁。 6
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