現代の経済問題III 第9講: 交渉ゲーム 2

現代の経済問題 III
第 9 講: 交渉ゲーム 2
三浦慎太郎
2013 年 7 月 15 日
神奈川大学
1
概要
⃝ 交渉ゲームの理論: 公理的アプローチ.
1. 公理論的交渉問題.
➢ 実現可能集合と交渉決裂点.
2. ナッシュ交渉解.
➢ 交渉解が満たすべき望ましい性質:
➜ 個人合理性・パレート効率性・対称性・効用のアフィン
変換からの独立性・無関係な結果からの独立性.
➢ ナッシュ交渉解とカライ=スモロディンスキ解.
➢ ナッシュ・プログラム.
2
1. 公理論的交渉問題
3
公理論的交渉問題
⃝ 前回のあらすじ.
➢ 交互提案ゲームとして交渉を展開形ゲームとして表現.
➜ 具体的に交渉プロセスを細かく指定.
➜ メリット:
➜ デメリット:
➱ 交渉ラウンドの長さ,提案者の決まり方, etc.
⃝ 今日のお話.
➢ 交渉問題を更に
して
を探る.
➜ 交渉が妥結するなら,結果は望ましい性質を満たすべき.
➜ 満たすべき性質を
として提示.
➜ 公理を満たす解の性質を演繹的に導出.
➱
.
4
⃝ 交渉問題の定式化: プレイヤー 1 と 2 による交渉問題.
➢ 記号の準備.
❒
: 交渉から得られるプレイヤー i の vNM 効用値.
❒
:
.
➱ 実現可能な効用ベクトル (u1, u2) の集合.
❒
: プレイヤー i の
.
➱ 交渉が決裂した場合にプレイヤー i が得る vNM 効用値.
➱ いわゆる
.
❒
: 交渉決裂点ベクトル.
仮定 1 実現可能集合 U と交渉決裂点 d は以下の性質を満たす:
1. U は
(技術的な仮定);
2.
(不一致点の効用値は実現可能);
3. ∃u ∈ U s.t.
(交渉の余地がある).
5
u2
0
u1
⃝ 交渉問題の定式化 (続き).
➢ 例. U ≡ {(u1, u2) ∈ R2
+|u1 + u2 ≤ 10}. d = (0, 0).
➜ 実現可能集合は上図の斜線部.
6
u2
10
0
10
u1
⃝ 交渉問題の定式化 (続き).
➢ 例. U ≡ {(u1, u2) ∈ R2
+|u1 + u2 ≤ 10}. d = (0, 0).
➜ 交渉決裂点ベクトルは実現可能集合に含まれる.
7
u2
10
0
10
u1
⃝ 交渉問題の定式化 (続き).
➢ 例. U ≡ {(u1, u2) ∈ R2
+|u1 + u2 ≤ 10}. d = (0, 0).
➜ 仮定 1-2: 上図のような状況を排除している.
8
u2
10
0
10
u1
⃝ 交渉問題の定式化 (続き).
➢ 例. U ≡ {(u1, u2) ∈ R2
+|u1 + u2 ≤ 10}. d = (0, 0).
➜ 仮定 1-3: 交渉によってお互いが得をする余地 (u) がある.
9
公理論的交渉問題
⃝ 交渉問題の定式化 (続き).
➢
:
.
➜ 実現可能集合と交渉決裂点ベクトルのペアで定義.
➜ 交渉問題の集合を B で表す.
➢
;
.
➜ 交渉問題の帰結.各交渉問題に導く帰結を対応させる関数.
➜
.
➢ ポイント:
1.
➜ 関数 f (·) を用いることで交渉プロセスの詳細は捨象.
2.
➜ 関数 f (·) の満たすべき性質とは?
10
公理論的交渉問題
⃝ 天才ナッシュのもう一つの貢献.
➢ 交渉の分析は Edgeworth (1881) 以来の難問であった.
➢ Nash (1950) で交渉問題を定式化.
➢ 70 年代・80 年代にかけて多くの研究が行われた.
➢ 映画『ビューティフル・マインド』でもそのシーンが出てくる!
11
2. ナッシュ交渉解
12
⃝ 公理論的アプローチ.
➢ 議論の出発点として仮定する性質を
と呼称する.
➜ “交渉解は∼という性質を満たす.”
➜ 公理を一旦受け入れたならば,その是非は問わない.
➢ 交渉解として満たすべき
を公理として定める.
➜ 複数の公理を望ましい性質として課す.
➜ 複数の公理を満たす関数 f (·) はどのような形状になるか?
⃝ ナッシュの公理: 交渉解 f (·) が満たすべき性質.
1. 個人合理性.
2. パレート効率性.
3. 対称性.
4. 正アフィン変換からの独立性.
5. 無関係な結果からの独立性.
13
ナッシュ交渉解
⃝ ナッシュの公理 (続き).
公理 1
.
任意の交渉問題 (U, d) ∈ B に対して,
が任意の
プレイヤー i について成立する.
➢ もし交渉が妥結したならば,
でなければならない.
➢ 交渉決裂点以下ならば,そもそも交渉に妥結しない.
➜ 交渉が決裂した方が得だから.
14
u2
10
0
10
u1
⃝ ナッシュの公理 (続き).
➢ f (U, d) は上図の斜線部に含まれていなければならない.
15
ナッシュ交渉解
⃝ ナッシュの公理 (続き).
公理 2
.
任意の交渉問題 (U, d) ∈ B について,以下の性質を満たす実
現可能な効用ベクトル u′ ≡ (u′1, u′2) ∈ U は存在しない:
1.
;
2.
➢ もし交渉が妥結したならば,帰結は
ばならない.
.
でなけれ
➢ u′ が存在することは,交渉結果に無駄があるということ.
➜ 無駄があれば更に交渉を続け,無くすようにするだろう.
16
u2
U
10
d
0
10
u1
⃝ ナッシュの公理 (続き).
➢ f (U, d) は上図の斜辺に含まれていなければならない.
➢ 斜辺を
と呼称する.
17
⃝ ナッシュの公理 (続き).
公理 3
.
もし交渉問題 (U, d) が
ならば,
.
➢ 次の性質 (i), (ii) を満たす交渉問題は対称であると呼称:
(i)
;
➜ プレイヤーの交渉決裂点が一致してる.
(ii)
.
➜ 実現可能集合が u2 = u1 の直線に関して線対称.
➢ もしプレイヤーが完全に対称的ならば,妥結した結果も対称
的であるべき.
➜
18
u2
10
0
10
u1
⃝ ナッシュの公理 (続き).
➢ この交渉問題は対称的.
➢ 公理 2,3 より交渉解は u2 = u1 と u2 = −u1 + 10 の交点.
19
u2
u2 = u1
d=0
u1
⃝ ナッシュの公理 (続き).
➢ 公理 3 は対称的な交渉問題以外には適用しない!
➢ 上図は実現可能集合が非対称.
20
u2
u2 = u1
10
d
0
10
u1
⃝ ナッシュの公理 (続き).
➢ 公理 3 は対称的な交渉問題以外には適用しない!
➢ 上図は交渉決裂点が非対称.
21
ナッシュ交渉解
⃝ ナッシュの公理 (続き).
公理 4
.
u′i =
交渉問題 (U ′, d′) が交渉問題 (U, d) の
αui + βi, αi > 0 ならば,
.
➢ 交渉問題 (U ′, d′) が交渉問題 (U, d) の効用の正アフィン変換:
.
ただし αi > 0 (“正”アフィン変換だから).
➢
➜ 期待効用理論との整合性を保つため.
22
u2
u2
10
5
d
0
=0
U
0
10
u1
d=0
U
u1
10
⃝ ナッシュの公理 (続き).
′ = (0, 0).
➢ U ′ ≡ {(u1, u2) ∈ R2
|u
+
2u
≤
10},
d
2
+ 1
➢ 交渉問題 (U ′d′) は交渉問題 (U, d) の効用の正アフィン変換:
➜
, d′ = d.
➜ α1 = 1, β1 = 0, α2 = 1/2, β2 = 0.
23
u2
u2
10
5
0
f (U ; d
2 :5
U
d
0
=0
f (U; d)
5
5
0
)
0
10
u1
U
d
=0
5
10
u1
⃝ ナッシュの公理 (続き).
➢ 公理 4 より,
.
➜ 公理 2, 3 より,f (U, d) = (5, 5).
➜ f1(U ′, d′) = α1f1(U, d) + β1 = f1(U, d) = 5.
➜ f2(U ′, d′) = α2f2(U, d) + β2 = f2(U, d)/2 = 2.5.
24
ナッシュ交渉解
⃝ ナッシュの公理 (続き).
公理 5
.
2 つの交渉問題 (U, d) と (T, d) において U ⊂ T とする.
.
➢
➜ 交渉問題 (U, d) の実現可能集合を拡張する: U ➪ T .
➜ 仮に拡張後の交渉問題の解が元々の実現可能集合に含まれ
るとする: f (T, d) ∈ U .
➱ 要は追加した “オプション”は
.
➜ 元々の交渉問題でも f (T, d) が交渉解となるべき.
➱ f (U, d) = f (T, d) ∈ U .
25
u2
u2
u2 = u 1
10
10
5
d=0
5
U
10
u1
d=0
T
10
u1
⃝ ナッシュの公理 (続き).
➢ 実現可能集合 U は T から左半分 (斜線部) を除去した形状.
➜ 明らかに U ⊂ T .
26
u2
u2
u2
u2
10
5
10
u1
u1
10
f (T ; d)
5
U
=0
u1
f (U; d)
5
d
=
=
T
d
=0
5
10
u1
⃝ ナッシュの公理 (続き).
➢ 公理 5 より,
.
➜ 公理 2, 3 より,f (T, d) = (5, 5).明らかに f (T, d) ∈ U .
➜ 左上の “オプション”は実現可能でもそもそも使われない.
➜ 最初から実現不可能でも交渉解には影響を与えないだろう!
27
ナッシュ交渉解
⃝
.
定理 1 (Nash, 1950)
仮定 1 を満たす交渉問題 (U, d) の集合を B とする.公理 1∼5
を満たす交渉解 f : B → R2 が
し,以下のように
特徴づけられる:
.
➢ 効用差の積,(u1 − d1)(u2 − d),を
(1)
と呼称.
が公理
➢
1∼5 をすべて満たす交渉解である.
➜ (??) で与えられる交渉解を
と呼称.
28
ナッシュ交渉解
⃝ ナッシュ交渉解 (続き).
➢ (例) U = {(u1, u2) ∈ R2
+|u1 + u2 ≤ 10}, d = (0, 0).
➜ 公理 2 より,f (U, d) はパレート・フロンティア上の点.
➱ パレート・フロンティア:
.
➜ ナッシュ積は以下のようになる:
(u1 − 0)(u2 − 0) = u1(10 − u1) =
.
➜ 一階条件よりナッシュ交渉解 (u∗1, 10−u∗1) は以下を満たす:
.
➜ したがってナッシュ交渉解は,
.
29
ナッシュ交渉解
⃝ ナッシュ交渉解の評価.
➢ 長所:
➜ 細かい交渉プロセスに依存しない交渉結果!
➜ 交渉解はただ一つ.複数均衡のような問題への心配なし!
➱ 幅広く応用されている: (例) ホールドアップ問題.
➢ 短所:
1.
.
➜ 問題のある公理を別の公理に置き換え,交渉解を修正.
2.
➜ ナッシュ交渉解がゲームのナッシュ均衡となるようなゲー
ムを探そう!
➜
.
30
u2
u2
u2
u2
10
5
10
u1
u1
10
f (T ; d)
5
U
=0
u1
f (U; d)
5
d
=
=
T
d
=0
5
10
u1
⃝ ナッシュの公理への批判.
➢ 公理 5: 無関係な結果からの独立性.
➜ 交渉解たり得ない結果は交渉解に影響を与えない.
➜ f (U, d) = f (T, d) = (5, 5).
➜ 一見するともっともらしく見えるが….
31
u2
u2
u2 = u 1
10
u2 = u 1
10
8
4
2
d=0
4
2
6
U
10
u1
d=0
T
2
6
10
u1
⃝ ナッシュの公理への批判 (続き).
➢ (T, d) の方がプレイヤー 2 の潜在的効用値が増加している.
➜ 適当な u1 の下でプレイヤー 2 の効用値の上限を計算.
❒ u1 = 6 ➪ (U, d): 4, (T, d): 4.
❒ u1 = 2 ➪ (U, d): 2, (T, d): 8.
➜ プレイヤー 2 の効用値の上限は (T, d) の方が大きい.
➜ f2(T, d) の方が f2(U, d) よりも大きいべきでは?
32
⃝
.
公理 6
2 つの交渉問題 (U, d) と (T, d) において,b1(U ) = b1(T ),
かつプレイヤー 1 の任意の実現可能な効用値 u1 について
.
gU (u1) ≤ gT (u1) であるならば,
➢ b1(U ) ≡
.
➜ 実現可能集合 U におけるプレイヤー 1 の最大効用値.
➢ gU (u1) ≡
➜ u1 を 1 に保証した場合の 2 の最大効用値.
.
➢ プレイヤー 1 の各効用値を保証する場合に,プレイヤー 2 が
得ることのできる効用値の上限が増加するならば,交渉解にお
ける 2 の効用値も増加するべき.
33
ナッシュ交渉解
⃝ カライ=スモロディンスキ解 (続き).
定理 2
(Kalai and Smorodinsky, 1975)
仮定 1 を満たす交渉問題 (U, d) の集合を B とする.公理 1∼
4, 6 を満たす交渉解 f : B → R2 が
し,f (U, d)
は
となる.
➢ 公理 5 を公理 6 と入れ替える.
➢
➜ 無関係な結果も交渉解に影響を与えている.
➢ このような交渉解を
と呼称.
34
u2
u2
u2
10
=
u1
U
=0
5
u1
5
10=3
d
=
b(U )
N (U; d)
f
5
u2
10
10
u1
f
KS (U; d)
U
d
=0
20=3
10
u1
⃝ カライ=スモロディンスキ解 (続き).
➢ カライ=スモロディンスキ解 f KS (U, d) は右図のようになる.
➜ パレート・フロンティア: u2 = −u1 + 10.
➜ d と b(U ) を結ぶ線分: u2 = u1/2.
➜ したがって f KS (U, d) =
.
➜ ナッシュ交渉解 f N (U, d) とは異なる結果.
35
⃝
.
➢ 公理論的分析: 交渉が妥結した場合の結果について解明.
➜ ただし抽象的分析の結果,不明な点も….
➱
➱
➜ 交渉問題に限らず,
全般の長所と短所.
を用いて上記の問題を解決しよう.
➢
➜
➜
➢ 協力ゲームの解を非協力ゲームのナッシュ均衡で理解しよう!
➜ Nash (1953) の論文に端を発する研究プログラム.
➜
と呼称.
36
⃝ ナッシュ・プログラム (続き).
➢ 以下のような交渉問題 (U, d) を考える:
➜ U ≡ {(u1, u2) ∈ R2
+|u1 + u2 ≤ 1}, d = (0, 0).
➢ ナッシュ交渉解は (u∗1, u∗2) =
.
➢ 無限ラウンド交渉ゲームを具体的な交渉プロセスとする.
➜ 部分ゲーム完全均衡での帰結:
➱
.
∗∗ = 1/(1 + δ).
➱ 各プレイヤーの均衡効用: u∗∗
=
u
1
2
➜ プレイヤーが十分に我慢強いとする, i.e., δ → 1.
➱
.
➢
37
まとめ
⃝
:
➢ 交渉問題を抽象化:
➢ 交渉解の満たすべき性質を
➢ 交渉解 f (·) を特徴づける.
➜
⃝ 代表的な交渉解として
➢ ナッシュの公理:
と
として課す.
.
する.
がある.
・
・
➢ 上記公理を満たす解は
➢ 無関係な結果からの独立性を
➱
.
・
・
.
を最大化する効用ベクトル.
に置き換える.
⃝ 交渉解に至る交渉プロセスを非協力ゲーム理論で分析.
➜
と呼称.
38