前回のカリビアン料理の会からしばらくたった時、所用で再び

前回のカリビアン料理の会からしばらくたった時、所用で再びレストラン「クレオール」を訪れました。その時、オー
ナーでシェフのフランソワ青年が「旅の会」では語りきれなかった故郷マルテイニーク島にまつわる話をして下さいました。
とても興味深いものだったのでかいつまんでお伝えします。
この島にを最初に着いたフランス軍は原住民の頑強な抵抗にあい、上陸を断念しています。何回目かに島民全てを虐殺し
上陸しました。無人になった島にアフリカからの黒人を住まわせたので、現在の住民はほとんどアフリカーナの人たちで
す。そしてこの島を最初に世界に紹介したのはかの小泉八雲ことラフカデイオ・ハーンです。1887年ニューヨークを発
った彼は奴隷制が廃止されて間もないこの島に降り立ち、現地語の「マデイニーナ(花の島)」が示す熱帯の自然や混血社
会の複雑な人間模様を「仏領西インドの二年間」という本に著したのです。余談ですが彼は1875年に当時は違法だっ
た黒人女性と結婚(後に離婚)したため、勤めていた会社を退社しています。次に三銃士で有名な「ダルタニアン物語」や
岩窟王の「モンテクリスト伯」の著書アレクサンドル・デユマ
はこの島出身であること、フランソワさんの言葉を借りる
と「彼は黒人の父と白人の母のハーフであるからデユマの風貌にはアフリカ系の遺伝が強くでていたにもかかわらず、フラ
ンスで紹介される肖像画は限りなく白人に近く描かれている。」そうです。P.C.で検索して多数見せてくださいました
が、なるほど、多くが白人の様に描かれています。
(もっとも、最近のウイキペデイアはかなり真実の姿を伝えるようになっ
たとか、、、)そしてフランスの偉人達が埋葬されているパンテオンについて、ここにデユマが改めて埋葬されたのは200
2年。 このパンテオンに文学関係では
ゾラ⑤アンドレ・マルロー
①ヴオルテール②ジャン・ジャック・ルソー③ヴィクトル・ユゴー④エミール・
がすでに埋葬されており、デユマは6番目ということになります。フランソワさん曰く「デユ
マはヴィクトル・ユゴーと同時代の人であり、彼と交流があったにもかかわらず黒人というだけでユゴーに遅れること1
00年以上です!!」肖像画についてはナポレオンの妻
ジョセフィーヌについても同様のことが言えるらしい。彼女は
この島出身であるから多分アフリカ系の遺伝を持っていたと思われますが、どの肖像画もすっかり白人として描かれてい
るという事です.。またこの島を紹介する時つい「フランス領マルテイニーク島」といいがちですが、それは誤りでフラン
スの一つの県です。丁度、日本における沖縄県と同じです。」とのこと。もし、私達が「日本領オキナワ島」と言ったらど
うでしょうか?蛇足になりますが彼に「フランス語を教える気はありますか?」と尋ねると「ありません!クレオール語
なら喜んで教えます!!」とのこと。カリブの島々にはアフリカ系の母語とかっての宗主国の言葉がミックスして島ごと
に異なるクレオール語があり、人々はその言葉を日常語として使っているそうです。フランソワ青年とお話しているとカ
リブの人々は「クレオール」としての誇りをたかく持ちながら、自分達の新しい世界を作ってゆくんだというエネルギー
に満ち溢れているように思えました
Photo Essay
⑧
白い大文字
山際和代
東日本大震災から1年目の3月11日、近くの第三錦林小学校に通う小学生約350
人が、五山送り火の大文字で知られる京都市左京区の如意ケ嶽で、白い紙や布を持っての
「大」を人文字で描きました。追悼と復興への祈りをこめ、発生時刻の午後2時46分に
黙とうをささげました。
今も更地の広がる被災地、山と積まれた瓦礫、復興のめども立たない放射能汚染。それに
しても頼りにならない政府の対応。そんなことを考えながら娘の部屋のベランダから撮っ
た1枚です。
フィンランドと日本の違い、いろいろ
日本とフィンランドの違いが多くあって迷っているが、共通点のようなもの
もあるので面白い。London から Helsinki までは3時間、それに付け足
して時計が2時間早まっていたので5時間の飛行。日本との時差7時間。
曇っているのかと思っていたら、ずうっと薄暗くて家に着く4時ごろに
は夜の状態。とりあえずは校長夫妻―Vesa と Eila 宅に Stay。平均的な家らしいが、広い。もちろんサウ
ナがあり楽しんでいる。
到着した翌日の日曜日、朝から町の探検。10時半に出発。もちろん薄暗い。広い道、建物の間隔がと
にかく広い。昨日の土曜日と同じくほとんど人が歩いていない。店も開いていない。商店や施設の前に
看板がないので何なのかがわからない。海を見に行った。ボスニア湾の北端の港町 Kemi。暗くて、波がな
い静かな海。冬になって凍ると歩いて1km先の島まで歩けるそうだ。大変なところに来てしまったと
思ってしまう。その晩、気候の変化に体が驚いたのか熱が出たが、翌朝には回復。金曜日には初めての
氷で、朝マイナス3度。今年は遅いそうだ。初めての学校に向かう。登校する子どもたちを見かけるが、暗
くてよく見えない。こちらの人たちは黒っぽい服が好きなので、車からよく見えない。昨日も Vesa がクリ
スマスツリーの飾りみたいな光る星をくれたが、外出の時の安全のため、体の横にぶら下げるそうだ。教員室
に入って驚いた。円卓の周りでコーヒーを飲む女性たち。個人の机がないようだ。自分の机を城にしている
日本の職員室と大違い。挨拶をしようと構えていたが調子はずれ。とにかく、フィンランド語であいさつ。8
時頃からだんだん教師たちが減っていって、誰もいなくなった。学校中がシーンとしている。教室をまわっ
たが、全体におとなしく反応があまりない。中学生の教室では「まんが」に反応する生徒がいた。私は
日本から来ました。オーレン ヤポネライネン。日本人が
ヤポネライネン。Vesa が何度も「異国からよく来たな。アドベ
ンチャーだ。
」と言っていたことをあらためて実感。
教師は静かに話す。子どもたちはだまって自分の課題に取り組み、終わったら見せに行っていた。1
クラス10数人から20数人。3,4年の体育、広い体育館を仕切って、二人の専科教師が課題を用意して
いた。サーキットトレーニング形式の基本の運動。子どもたちはもくもくと取り組む。基本的な指導がないのか。
前転がへた。後転になると見てられないと日本の教師としては思ってしまう。日本では一つ一つの動き
をきちんと指導していたので・・・。
昼はランチルームでセルフサービス。量はとたずねると、好きなだけとの答え。先
生たちは、自分の授業がないと帰るようで、2時半には教員室には誰
もいない。3時半ごろに校長の Vesa と出る。放課後にサッカーをしている
子どもと遊んでいるとめずらしそうに先生が見ていく。基本的な考え
方が違うようだ。課題を持つ子や軽度発達障害を持つ子もいる。取り
出しての算数学習があったり、授業によっては3人の教師がいる時も
ある。手厚いシステムであるがなかなか難しいのは日本と同じ。初日に、
スェーデンまでの出張に連れて行ってもらった。車で1時間。4日間で3か国に行ったことになる。
EUでは、教育交流をしていてドイツの教師がスェーデンとフィンランドの学校を見に来ていた。交流会の後、日本
人を含めて5人でサウナに入った後水風呂へ。寒い河原の露天風呂で4か国会議。英語が共通語である。ド
イツなまりの英語はわかりにくい。フィンランド英語がわかりよい。図書館はとてもおおきく充実している。宇
治市の10分の1の人口だが何倍もの規模。子どもコーナーがとても広い、この国の力点がよくわかる。来
週から本を借れるそうなので辞典を見つけておいた。もちろん何冊でも必要に応じて。
スーパーでもレストランでも音楽は、日本人の年寄り好みで、カーペンターズ、ロシア民謡、古いシャンソン、日本の歌謡曲、
クロードチアリのギターみたい曲も多い。家具や調度品も日本人好みのものが多く落ち着く。
アジア人は珍しいようで、どこでもちらちらと見られることが多いが、エンタクシー!(Ex cuse me)
と話しかけるようにしている。前もって質問することを決めている。みんな親切に教えてくれる。
北部(ラップランド)の中心地ロバニエミまで連れて行ってもらった。
Kemi から150km。Museum に行ってみた。被爆後の広島と同じ
ような町の写真。ロシアの革命でそれまでのロシア支配から離れてフィンランドは
独立。11月が独立記念日。ところが第二次大戦のはじめ、ソ連が攻め
入ってきて同盟、次にはドイツ軍が来ていっしょにロシアへ攻め入り、最後
にはドイツと戦う。ところがドイツ軍は引き上げる時にロバミエニなどの町を
破壊しつくしたそうだ。かれの祖父は、ロシアへ攻め入った時に戦死。
厳しい徴兵制で拒否できなかったのは日本と同じ。Vesa と話していると、London の時と同じくヒットラーが
出てくる。こんどはスターリンも出てきた。大陸のはざまで複雑な歴史を持っているようで、これからの話を
楽しみにしている。子どもはどこも同じで、少しシャイだが慣れたら「アキ!」と寄ってくる。アキは有名な
映画監督の名前。(もちろん男)彼らともっと話したいからフィンランド語を必死で勉強中。言葉が違うけれ
ど発音などが何となく日本語に似ていて違和感がない。Vesa がほめてくれる。英語よりものになるかも
しれない・・。
「日本の学校では9時10時まで仕事をしている。
」と言うと Vesa は「おい、おい、おい」。アイスホッケーを
見に行った時に、選手が失敗したらみんな「おい、おい、おい」あれ、いっしょや。驚いた時などに使
うのでほぼ同じ。今日は「シカ」の肉の料理と言うのでいよいよトナカイかと思ったら「豚」の肉のことで大
笑い。夏になると蚊取り線香みたいなものを燃やすというし、先祖はかなり近いのかもしれない、と楽
しんでいる。