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福岡女子大学・文部科学省現代 GP 報告書
平成19年度選定
(実践的総合キャリア教育の推進)
男女共同参画社会をめざす
キャリア教育
学生のキャリア意識と人間力を高める21世紀高度教養教育への地方公立女子大学の挑戦
福岡女子大学
Fukuoka Women’s University
−−
Fukuoka Women’s University
福岡女子大学の概要
本学は、女子の高等教育を使命とした全国初の公立女子
専門学校である福岡県立女子専門学校として大正12年
(1923年)
に開校され、昭和25年(1950年)
に福岡女子
大学になりました。
開校以来、有為の女性を社会の各方面に送り出し、地元
福岡県のみならず、西日本地域にわたって社会に貢献して
きました。
平成18年度(2006年度)
から、公立大学法人福岡女子
大学となり、教育・研究・社会貢献のさらなる充実のために
全学を挙げて取り組んでいます。
学 部
文 学 部
人間環境学部
1 学年
定員
収容
定員
国文学科
45人
180人
英文学科
45人
180人
環境理学科
30人
120人
栄養健康科学科
30人
120人
30人
120人
180人
720人
学 科
生活環境学科
まえがき
福岡女子大学 学長 高 木 誠
本学は大正12年(1923年)に我が国で最初の公立女子専門学校として、福岡県に
よって設置された。その後、昭和25年に4年制の公立女子大学として新たに発足
し、平成18年には地方独立行政法人法に基づき、公立大学法人に組織替えして今日
に至っている。
平成18年4月の法人化にあたっては、第一次中期計画に「その期間中に抜本的な
大学改革を行うべきこと」を明記した。というのも、「現代社会の要請に合わせ大
学を改革すべきこと」については、法人化の論議と並行する形で、学内及び関連方
面において長年にわたり論議が行われていたからである。
大学の教育改革に関し、学内でのひとつの基本的な考え方は、「いわゆる専門教
育も含めて、大学の学士課程の4年間全体を高度教養教育と位置づける」ことで
あった。この考えにより、教育改革に関する本学の新しい取組を、平成19年度の文
部科学省「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」(通称「現代GP」)に申請し、
その理念と取組内容が評価されて選定され、支援を得ることができた。
我々の取組は、現代GPの中では「キャリア教育」の部門に属している。取組の名
称は、「男女共同参画社会をめざすキャリア教育」(副題:学生のキャリア意識と
人間力を高める21世紀高度教養教育への地方公立女子大学の挑戦)である。ここで
キャリアとは、単に職業のことではなく、広く「人の生き方、一生の行路・経歴」
であると我々は捉えている。教養教育についても、敢えて「21世紀高度教養」と
述べたのは、教養とは単に一般的・常識的な知識を身につけることではなく、「文
系・理系にわたる基本的な知識に基づいて、自立して考え・交信できる人間力」と
して教養を捉えたからである。これらの取組内容については、以下、本報告書で詳
細に述べる。
最後に、本学が中期計画で掲げた抜本的な大学改革については、時期的な進捗の
点で現代GPの取組を後追いする形で計画作りが進んだ。平成23年度には、現在の2
学部を統合して1学部の新学部とし、全学として教養教育を重視した教育カリキュ
ラムにする構想が進んでいる。平成19年度から21年度にわたる現代GPの経験が、結
果として新学部の教育カリキュラムの基底に散りばめられることになる。我々は文
科省の支援に心から感謝している。また、実施にあたり支援を賜った学外の各界・
各層の皆様に厚くお礼を申し上げる。現代GPの成果は、単に本報告書に尽くされる
ものではなく、1年後の新学部の発足とそこから生まれる教育成果によって真に測
られることになる。
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福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書
平成19年度選定
(実践的総合キャリア教育の推進)
男女共同参画社会をめざすキャリア教育
学生のキャリア意識と人間力を高める
21世紀高度教養教育への地方公立女子大学の挑戦
目 次
1
福岡女子大学の取組
5
1−1
取組の概要
1−2
取組における学生教育の目標と養成する人材像
1−3
設定する学生教育の目標と養成する人材像のニーズ
1−4
取組が求める成果、効果等
1−5
取組の趣旨を踏まえた目的を達成するための教育課程、教育方法等
1−6
取組の実現に向けた実施体制
1−7
取組における大学としての独創性と新規性
1−8
評価体制等
1−9
取組における教育課程、教育方法等の創意工夫
1 −10
取組における実施体制等の創意工夫
1 −11 取組により期待できる成果等の教育改革への有効性
1 −12 取組に関連する今日までの教育実績
1 −13 実施体制等の今日までの経緯
1 −14 取組の全体スケジュール及び各年次の実施計画
1 −15 教職員と学生との関係を含めた実施体制等の具体的な展開
1 −16 取組期間終了後の大学における取組の展開の予定
2
3
4
5
選定理由
15
キャリア教育とジェンダー視点を専門教育に導入する試み
16
福岡女子大学キャリア教育用語集
18
学問キャリア導入教育特別講演会
21
5−1
平成19年度学問キャリア導入教育特別講演会
5−2
平成20年度学問キャリア導入教育特別講演会
5−3
平成21年度学問キャリア導入教育特別講演会
−−
6
7
8
9
10
職業キャリア導入教育特別講演会
6−1
平成19年度職業キャリア導入教育特別講演会
6−2
平成20年度職業キャリア導入教育特別講演会
6−3
平成21年度職業キャリア導入教育特別講演会
福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
7−1
平成19年度福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
7−2
平成20年度福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
7−3
平成21年度福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
作文コンテスト
8−1
平成19年度作文コンテスト
8−2
平成20年度作文コンテスト
8−3
平成21年度作文コンテスト
平成19年度後期「人生・職業・社会Ⅰ」
9−2
平成20年度前期「人生・職業・社会Ⅰ」
9−3
平成21年度前期「人生・職業・社会Ⅰ」
70
145
人生・職業・社会Ⅰ
9−1
46
150
人生・職業・社会Ⅱ
170
10 − 1 平成20年度後期「人生・職業・社会Ⅱ」
10 − 2 平成21年度後期「人生・職業・社会Ⅱ」
11
キャリア・デザインⅠ
178
11− 1 平成20年度前期「キャリア・デザインⅠ」
11− 2 平成21年度前期「キャリア・デザインⅠ」
12
キャリア・デザインⅡ
191
12− 1 平成20年度後期「キャリア・デザインⅡ」
12− 2 平成21年度後期「キャリア・デザインⅡ」
註
13
199
現代GPと大学改革
206
付録 関連資料
207
−−
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
近年、日本の大学では、いわゆる「キャリア教育」への関心が高まってきている (1)。この
「キャリア教育」(Career Education)という言葉はもともと、「1970年にアメリカで始まり、
1980年代半ばまで続いた教育運動で、職業教育を一つの主要な柱としてアメリカの教育全体を
改革する運動」(2)を指す言葉である。
当時のアメリカでは、産業や社会の構造が変化したため、高校を卒業しても就職に役立つ職
業能力を身に付けていなかったり、進路を選べなかったりする若者が増加し、職業教育への批
判が高まった。こうした状況で、1970年の秋に、内政担当補佐官のJ. アーリクマンが、「国家
予算を増額せずして連邦政府が職業教育にもっと関与する道はないものか」と呼びかけた。こ
れに応じたのが、当時の教育長官S. P. マーランドJr. だった。そして、連邦教育局(現在の教
育省)の成人・職業技術教育局で、苦肉の策として一つの言葉が練り出された。それが「キャ
リア教育」という言葉だった。
そのときには、「キャリア教育」とは、「初等、中等、高等、成人教育の各段階で、それぞ
れの発達に応じてキャリアを選択し、その後の生活の中で進歩するように準備する組織的・総
合教育」(3)であると定義された。
日本では、平成11年(1999年)12月の中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接
続の改善について」で、「キャリア教育」という言葉が文部科学行政関連の審議会報告等で初
めて用いられた。ここでは、次のような提言がなされた。「学校と社会及び学校間の円滑な接
続を図るためのキャリア教育(望ましい職業観・勤労観及び職業に関する知識や技能を身に付
けさせるとともに、自己の個性を理解し、主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育)
を小学校段階から発達段階に応じて実施する必要がある。」(4)
この「接続答申」以降、文部科学省、厚生労働省、さらに経済産業省などがこぞってキャリ
ア教育・キャリア形成支援の取組をそれぞれに精力的に開始した。大学も従来の就職対策・就
職斡旋の支援にとどまらず、「就職部」や「就職課」を「キャリア支援センター」などの名称
に類した組織に改組して、学生の主体的なキャリア形成を支援する学生指導を模索し始めてい
る(5)。
もちろん、日本の大学で「キャリア教育」が流行せざるをえなくなった直接の要因としては、
平成3年(1991年)のバブル経済の崩壊とその後に生じた「就職氷河期」と形容された学生の
就職難が挙げられる。さらに、「採用に値する大卒者が少なくなってきた」と評される学生の
変容、急速に進行する少子化に対応するための大学の営業政策などの要因も挙げられる(6)。
文部科学省が大学におけるキャリア教育に本腰を入れ始めたことは、平成18年度(2006年
度)の「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」(現代GP) (7)から「キャリア教育」(実
践的総合キャリア教育の推進)のテーマを設定したことからも読み取られる(8)。このときは、
全部で176件の申請がなされ、33件の取組が選定された。翌年度、平成19年度(2007年度)の
現代GP(実践的総合キャリア教育の推進)には、福岡女子大学も、本学が今まさに取り組んで
いる「大学の抜本的改革」との関連で申請を行った。このときは、全部で153件の申請がなさ
れ、30件の取組が選定された。本学の取組も選定された。
本学の取組名称は、「男女共同参画社会をめざすキャリア教育―学生のキャリア意識と人
間力を高める21世紀高度教養教育への地方公立女子大学の挑戦」である。取組学部等は、「全
学」である。キーワードは、「女子高度教養教育」「ジェンダー・センシティブ」「職業キャ
リア導入教育」「学問キャリア導入教育」「読み書き討論能力」である。
取組期間は、平成19年度(2007年度)から平成21年度(2009年度)までの3年間である。と
はいえ、この現代GPの取組は、選定結果の通知時期等の関係上、平成19年度後期からの開始と
なったので、実質的な取組期間は2年半である。この報告書では、本学の申請の主な内容とこ
の間の主な取組についてのまとめを試みる。
−−
1 福岡女子大学の取組
1 福岡女子大学の取組
1-1 取組の概要
申請書に記載された「取組の概要」(400字以内)は、次のとおりである。なお、キー
ワードには、下線が付されている。
本学では、いま全学を挙げ学部学科の再編を行う抜本的な改革の実行中です。改革の柱
は、いわゆる専門教育も含めて、大学の4年間全体を女子高度教養教育として構築するこ
とにあります。この改革と連動して、本取組(福女CEプログラム)では女子学生の「キャ
リア(人生)形成」と「男女共同参画社会の実現」を全学体制でめざします。
① 学生教育全体をジェンダー・センシティブなキャリア教育と捉え、男女共同参画の
意識を高めます。
② 新設のキャリア支援センターで、職業キャリア導入教育の体制を整えます。
③ 教務部会を中心に、学生を学問に目覚めさせ、学問をとおして人間力を育てる学問
キャリア導入教育の体制を整えます。
④ ゼミをはじめ、各種の学生教育に作文と論評の方法を積極的に取り入れ、読み書き
討論能力を着実に身に付けさせます。
⑤ 福女CEプログラムの実施をとおして、女子学生のための高度教養教育に取り組む
学部教育課程を実現させます。(397字)
1-2 取組における学生教育の目標と養成する人材像
女子専門の高等教育機関としての本学の学生教育の目標は、現代社会で活躍する女性
に求められる総合的な基礎力を養成することにある。本取組である「福女CE(Career
Education)プログラム」では、男女共同参画社会の形成という現代社会の喫緊の課題に、
女子大学の使命として大学を挙げて取り組む。現状では、女性の人生キャリアには多くの困
難がある。そのため、その諸課題に学生を向き合わせ、学生の意識と能力の向上を図る必要
がある。内閣府「人間力戦略研究会報告書」の言う「人間力」(9)を鍛えて、高度の教養を
備えた21世紀型女性市民の育成をめざす。それが本取組で養成する人材像である。
福女CEプログラムでは、次の₃つの柱を設定している。
① キャリア意識の向上……課題に鋭敏に気づき進んで担う女性の育成
② 知的実践能力の向上……問題を正しく認識して解決に取り組む女性の育成
③ 実践的コミュニケーション能力の向上……適切な表現力で共同作業をリードする女
性の育成
高度の教養、すなわち高いキャリア意識、知的実践能力、実践的コミュニケーション能
力の3つをバランスよく備えた21世紀型女性市民の育成が、福女CEプログラムの目的であ
る。そのような女性市民を本学が今後ともますます多く社会に送り出すことができれば、男
女共同参画社会の実現可能性も確実に高まる(10)。それが本取組のねらいである。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
1-3 設定する学生教育の目標と養成する人材像のニーズ
本学学生の大半は、本県(福岡県)の出身である(11)。しかし、この地域の家庭や職場で
は、女性の社会進出は全国平均を下回る傾向にあり、女性のキャリア選択の幅も狭い感があ
る(12)。とはいえ、あるいは、だからこそ、この地域には古くから女性解放運動の伝統があ
る。大正12年(1923年)に本学の前身校が全国で初めての県立女子専門学校として創立され
たのも、女性の地位向上を求める人々の熱意に支えられたからだった。
創立以来、本学は女子高等教育に邁進してきた。平成18年度(2006年度)からの本学の法
人化に際しても、本学は女子大学として生き残る道を選択した。多くの女子大学が共学化の
道を選択した結果、公立の女子大学は、全国で3校、九州中国地方では本学だけになった。
しかし、この地域での男女共同参画社会の実現に向けて、本学が果たすべき役割はまだ大き
いと本学では考えている。
男女共同参画社会、男女平等は、世界と日本の共通目標である。平成18年(2006年)3月
に策定された「第2次福岡県男女共同参画計画」は、結婚・出産後の女性が働きにくい実情
にあることなどを踏まえて、「男女共同参画社会実現に向けての人づくりと女性が活躍する
社会づくり」を大目標に掲げている。
そこで、本学では新たに「ジェンダー・センシティブなキャリア教育」の体系を構築し、
高い意識と能力を備えた21世紀型女性市民を育成することとした。「ジェンダー・センシ
ティブなキャリア教育」とは、男女の社会的文化的な区分法の良い面と問題点に鋭敏に対処
する生き方教育のことである。本学が現代GPで行うこの取組は、本学に課せられた公的な
責務であり、少子高齢化と格差拡大の問題を抱えた日本社会では、特に大きな現代的ニーズ
がある。
1-4 取組が求める成果、効果等
一般に、女子学生は与えられた課題に真面目に取り組む傾向にある。しかし、ときに深刻
な悩みを抱え、心身の不調や不本意入学で休退学する場合も少なくない。本学の場合も、決
して例外ではない。本学は今、女子高等教育の現代的な課題を見据えて、学部の抜本的改革
を遂行中である。現代GPの取組を通して、女子学生のための高度教養教育(21世紀型リベ
ラル・アーツ)をめざした学部教育課程が実現するならば、これが最大の成果となる。ま
た、学内外でも数々の効果が期待できる。わけても、次の3つの効果を重視している。
効果1……学生の意識と能力の向上(勉学意欲の高まり、就職率の向上、良質な就職先の
開拓、有為な女性の輩出、大学の魅力の増大、優秀な入学志願者の増加)
効果2……FD(Faculty Development)・SD(Staff Development)により、大学の教職
員に「ジェンダー・センシティブなキャリア教育」の視点を徹底させるための
意識改革と能力向上
効果3……男女共同参画社会の実現に向けた社会の構造改革
−−
1 福岡女子大学の取組
1-5 取組の趣旨を踏まえた目的を達成するための教育課程、教育方法等
本学の現代GPの取組は、本学の中期計画における教養教育関連事項を、上述の教育目的の
もとに統合して実施する。また、正課と課外の教育活動を有機的に配置することにも、十分
な配慮を行う。福女CEプログラムには、学生教職員の全員が連携協力して取り組む。このよ
うな教育実践は、小規模の女子大学だから実現可能な教育実践であると本学では考える。
男女共同参画社会をめざすキャリア教育である「福女CEプログラム」の全体イメージ
を、申請書に次のように図示した。
学部教育課程には、「専門教育」「コミュニケーション教育」「キャリア・ジェンダー教
育」の3つの柱を立てる。しかし、この3つの柱は、孤立した個々ばらばらの柱ではない。
3つの柱は、それぞれに融合して、いわば「三位一体」になっている。この三位一体は、
「キャリア・ジェンダーの視点」によってもたらされる。つまり、「専門教育」にも、「コ
ミュニケーション教育」にも、「キャリア・ジェンダー教育」にも、キャリア・ジェンダー
の視点を導入して授業を成立させれば、本学のすべての授業のどの局面を切り取っても、
「ジェンダー・センシティブなキャリア教育」が実施されていることになる。
「専門教育」「コミュニケーション教育」「キャリア・ジェンダー教育」のどの授業であ
れ、教える側は教える側からのキャリア・ジェンダー視点で授業を構成し、学ぶ側は学ぶ側
からのキャリア・ジェンダー視点で授業内容を受け取る。そのようにすれば、学生はどの授
業に対しても、自分なりの「学ぶ意義」を明確にして、高い意識と能力を身に付けていくと
期待される。その結果、そもそもの目的である「女子高度教養教育」が達成されると期待さ
れる。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
「福女CEプログラム」で特に重視する項目として、次のA~Fの6項目を申請書に記載し
ている。なお、次表は全体をまとめたものである。
A 学部4年間を通した総合的な職業キャリア導入教育
正課の職業キャリア導入教育科目(全学1・2年、自由選択)4つを新設しました。多数
の講師がリレー方式で運営し、講義形式と演習形式を交錯させた授業形態をとります。教員
や卒業生等の先達との対話を通して各自の人生の課題と向き合い、自己の適性と進路を見定
めます。
本学では教育実習や栄養実習のほか、一部インターンシップの単位認定をしています。今
後、地域の企業や団体(男女共同参画センター、福岡県・福岡市、NPO等)と共同で独自
のインターンシップを開発し、単位化します。活動に関する作文論評実践により事前教育と
事後教育を有機的に組み合わせ、実習体験報告会を定期的に開催して下級生にも聴講させま
す。
−−
1 福岡女子大学の取組
課外のキャリア・カウンセリングでも事前の作文提出を求めて学生の問題意識を促すな
ど、独自の実践的な方法を開発します。学生各自のキャリア・デザインを支援する講演会を
多数企画し、各界で活躍する人を特別講師に招きます。学生の就職希望進路別に公務員養成
講座、教員試験対策講座と一般企業向けの教養試験対策講座等を提供します。
B 男女共同参画関連科目
社会における女性の現状と改善策を洞察するための科目(全学共通、自由選択)をさらに
拡充し、一部を必修化します。
C 学問キャリア導入教育科目の新設
大学で学業に励む4年間は、各自の人生キャリアの重要なひとこまであり、職業キャリア
の実現に向けて、学問で人間力を高める過程です。その基礎力養成のため、高校から大学へ
の「転換教育」と専門コース(卒業研究を含む専門教育)への「導入教育」との機能を持つ
新たな科目群を設けます。
学問基礎論は、複数教員によるリレー方式の科目です。人間・歴史・言語・文化・社会・
生活・技術・自然等を学問的に見るとはいかなることかを学生に問いかけ、知的な理解力・
思考力・洞察力の鍛錬に向けて動機づけます。学問基礎ゼミでは、少人数クラスの作文論評
活動により、人生にも学問にも必須の読み書き討論能力を徹底的に鍛えます。本学専任教員
全員が担当する各ゼミのテキスト選定のために、大学で100冊程度のグレートブックス(人
文、社会、自然、科学技術、国際問題、環境、宗教など)と、多数の視聴覚教材等を用意し
ます(13)。ゼミ対抗の作文コンテストも、学生主体の運営体制で実施します。
D 実践的コミュニケーション能力の養成
本取組では上述のように、正課・課外の教育場面で学生の読み書き討論能力を徹底訓練し
ます。職業と学問の実践基盤は読み書き討論能力にあり、これに習熟した者は理解力・思
考力・洞察力にも優れます。日本語の高い実力に加え、21世紀型市民に必須のコミュニケー
ション能力を養成します。国際社会での高いキャリア実現のために、英語総合能力(読解・
表現・聴解)を養成するTOEIC対策科目を強化します。高度情報社会での高いキャリア実
現のために、コンピュータによる情報処理能力(データ管理・文書編集・通信等)を養成す
る科目を拡充します。
E 全授業科目への「ジェンダー・センシティブなキャリア教育」の視点の導入
ジェンダー・センシティブなキャリア教育の視点から毎回の授業の目的を明らかにし、シ
ラバスにも科目の目的を明示します。教員が暗黙の前提としてきた教育目的をその都度学生
に示すことで、学部教育全体がジェンダー・センシティブなキャリア教育としての意味を獲
得し、人生の諸課題と学問との関連が明確になります。
F オンデマンド学習システム
職業キャリア導入教育及び学問キャリア導入教育の効果を高めるため、プログラムの実施
内容を学生がいつでも好みに応じて繰り返し学べるように、情報ネットワークを利用したオ
ンデマンド学習システムを構築します。
−−
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
1-6 取組の実現に向けた実施体制
現代GPへの申請に先立って、この「福女CEプログラム」を推進するために、理事長兼学
長を本部長とする「福女CE推進本部」を設けた。上述した「福女CEプログラム」の内容
は、当時の大学改革委員会、教授会等の議を経て立案された。このプログラムは、たとえば
福岡県男女共同参画センターなどをはじめとする地域団体の支援協力を仰ぎながら、本学全
部局の有機的な連携のもとで、全教職員の一致団結によって実施される仕組になっている。
同時に、様々な教育機関と交流して情報を収集し、教育プログラム内容の改善と発展に努
める必要もある。申請書作成当時の情勢では、平成21年度(2009年度)からの学部学科再編
が見込まれていたので、これに合わせて「職業キャリア導入教育と男女共同参画教育の専任
教員を1名ずつ増強」すると申請書に記載した。
1-7 取組における大学としての独創性と新規性
本学では、正課と課外にまたがる総合的なキャリア教育を始動させるに当たって、「キャ
リア」という問題を、広く「人間の生き方」の問題だと捉えた。女性として厳しいキャリア
選択を強いられている学生・卒業生の現状と向き合うことから、こうした「新たなキャリア
教育観」が浮かび上がってきた。
学生の人生キャリア全体のなかでは、職業選択を支援するキャリア教育は、「職業キャリ
ア」への導入教育と位置づけられる。学部学科で学問に打ち込む4年間は、「学問キャリ
ア」と位置づけられる。このことを踏まえて、「学問キャリア導入教育科目」を新規に設置
すれば、学生各自の人生・職業・社会の課題意識を有機的に統合し、学部教育全体を広義の
キャリア教育と称することができるようになる。本学のキャリア教育の特色は、「職業キャ
リア導入教育」と「学問キャリア導入教育」を「車の両輪」とするところにある。
当然のことながら、ここでは専門教育も学生の幅広く深い教養を高度化するために機能す
る。男女共同参画社会の推進をめざす本学は、学問で学生の人間力を高めることによって、
学生の職業キャリアの実現を支援し、学生の一生涯のキャリア形成の土台づくりの支援を行
うことが重要だと考える。もとより、大学は単に専門知識を教え込む場ではなく、学生が自
ら学問して何かを学び取り、人間的に成長していく場である。
本取組「福女CEプログラム」は、個別の専門体系を自明の前提としてきた従来型の学部
教育観を180度転回し、学生のキャリア実現への学問的支援という高次の教養理念を正面に
掲げ、入学時から卒業時までの一貫した総合的なキャリア教育の体系を構築する独創的な試
みである。
1-8 評価体制等
本取組は、本学の中期計画と連動している。したがって、中期計画の評価体制、方法、指
標に応じて本取組は評価される。取組の期間中も終了後も、福岡県が設置している外部評価
委員会により、本取組は毎年度の厳格な客観評価の対象となる。取組事項の一つひとつに関
− 10 −
1 福岡女子大学の取組
する学内評価は、「福女CE推進本部」が取りまとめ、関係部署に改善を促し、外部評価委
員会に報告することになる。
具体的には、教務部会とFD部会が統括して全科目で実施している「授業アンケート」
(毎学期、学期の最初の頃と最後の頃の2回、記名・記述方式で実施している授業アンケー
ト)なども通して、学生一人ひとりの声を各担当教員がよく受け止め、その都度の自己評価
に基づいて、「ジェンダー・センシティブなキャリア教育」の視点から授業改善を行うこと
にしている。
特に「職業キャリア導入教育科目」と「男女共同参画関連科目」については、当初の2年
間の試行段階において、自由選択で履修する学生の動向を見極めて、本学の抜本的改革によ
る改組後に必修化する必要があるか、ないかなどについて、教務部会が検討することにして
いる。
TOEICテストについては、英文学科の学生の80%が650点以上、それ以外の学生の80%が
500点以上の得点に達することを目標にしている。コンピュータ情報処理能力関連の資格試験
については、1年生で50%以上の受験、60%以上の合格率などを目標にしている。こうした
取組項目の評価指針については、教務部会がこれを設定してチェックすることにしている。
1-9 取組における教育課程、教育方法等の創意工夫
正課の「学問基礎ゼミ」「人生・職業・社会Ⅰ、Ⅱ」「キャリア・デザインⅠ、Ⅱ」など
や、課外の「インターンシップ」「キャリア・カウンセリング」などで、学生による作文論
評活動の積極的な導入を図る。職場でも学問でも、読み書き討論能力は不可欠である。この
能力を鍛えた学生は、インターンシップや就職活動などでエントリーシートを作成する際に
も、適切な自己表現を行うことができるようになると期待される。
授業では、たとえば作文論評活動などのような学生の主体的・積極的な「活動」を重視す
る。活動重視の実践的な授業方法には、大講義室で学生に受身の学習を強いてきた大学教育
の弊害を取り除き、学生一人ひとりの学ぶ意欲を高める可能性が秘められている。それゆえ
に、本学でも組織的・計画的なFD活動を展開し、一部教員の先進的な試みに改良を重ね、
独創的な教育方法を共同開発していく必要がある。
また、学生がプログラム内容を自主的にいつでもどこでも繰り返し学習できるようにする
ために、オンデマンド学習システムをWeb上に整備する。このシステムにも教育効果を高
める可能性があると期待される。
1-10 取組における実施体制等の創意工夫
本取組を立案した大学改革委員会を母体として「福女CE推進本部」が設置され、全学的
な実施体制が整えられた。今後は、取組関係部署間の情報連絡網を強化して、学生教育体制
を恒常的に点検・改善していくことにしている。全教職員がFD・SD(14)に取り組みながら
教育改革を推進することによって、本取組が本学の抜本的改革の円滑な進行に寄与し、来る
− 11 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
べき学部改組との整合性が保たれるように配慮している。
1-11 取組により期待できる成果等の教育改革への有効性
本取組では、「職業キャリア導入教育」に「学問キャリア導入教育」を重ね合わせ、専門
教育を含む学部教育の全体を「高度教養教育課程」として有機的に編成し直すことをめざし
ている。この考え方は、近年の専門職大学院などの開設の動きにも連動している。その意味
で本取組は、時代の要請にふさわしい新たな学部教育のイメージを提供する有効な教育改革
のモデルになる。さらに、ジェンダー視点をキャリア教育へ導入したことは、男女共同参画
社会の実現を課題とする現代日本において、女子大学のみならず共学大学でも配慮されるべ
き教育改革の論点を提示している。
総じて、今日の日本の学生の学力低下問題の根本原因は、知識の機械的な詰め込み型の受
験勉強に疲弊した学生の学習意欲の喪失にある。作文論評活動など、学生自身が十分に活動
する機会を縦横に展開する本取組は、学生各自を人生・職業・社会の課題に向き合わせ、学
習意欲を向上させて人間力の陶冶につなげることによって、日本の学力低下傾向を反転させ
る極めて有効な教育改革機能を備えている。
1-12 取組に関連する今日までの教育実績
本学でも従来から課外で、就職ガイダンス、キャリア・カウンセリング、各種の就職対策
講座などを実施してきた。しかし、学生のキャリア意識を高めるための学内の取組体制が十
分でなかったため、期待されたほどには効果がもたらされなかった。
講義で「女性学」(4単位)を開講したのは、昭和57年(1982年)だった。平成7年度
(1995年度)からは、「女性学」を講義2単位と少人数ゼミ2単位に分割した。「女性学」
の受講生は、地域の男女共同参画センターなどにも出向いて学習している。
平成18年度(2006年度)には、「女性学・ジェンダー論」を担当する専任教員を採用し
た。平成19年度(2007年度)からは、ジェンダー関連の科目を3科目新設した。これらの科
目を多数の学生が履修している。
学問キャリア導入教育で今後新設する予定の「学問基礎論」にほぼ対応する科目として、
現在では「人間を学問する」「科学と生活・社会」「人間の知の探求」などの科目を開講し
ている。また、少人数での発表・討論の機会を確保するために、「個別ゼミ」(2単位、2
年次学生必修)という授業科目を毎年12~16科目開講してきた。
英語教育では、平成7年度(1995年度)から、1年次学生に対して、「読み書き聴き話
す」基礎能力を養成するための科目を4単位分配分している。平成18年度(2006年度)から
は、1年次学生に対して、TOEIC受験対策科目を配分して、全学的に受験を奨励し、目標
成績の達成に努めている。
また、平成7年度(1995年度)から、「情報科学の基礎と演習」(2単位)を開講し、情
報処理演習室の機能も拡充してきた。
− 12 −
1 福岡女子大学の取組
1-13 実施体制等の今日までの経緯
県立大学時代は、学生の就職支援については、学生課と学生部委員会が業務を行ってき
た。平成18年度(2006年度)の本学の法人化を機に、これを廃止し、キャリア教育の体制強
化をめざしてキャリア支援センター準備部会を設けた。1年間の準備期間を経て、平成19年
(2007年)4月1日に、キャリア支援センターが本学に設置された。
昭和60年(1985年)、「国際婦人の10年」の最終年に、女性生涯教育資料室が設けられ
た。そこでは、女性の社会的な地位向上のために、文献収集や公開講座などの活動を行って
きた。この資料室は、平成9年(1997年)に生涯学習研究センターと一旦改称したが、本学
の法人化の際にセンターの性格をより鮮明にするために、女性生涯学習研究センターと再度
改称して現在に至っている。
公立大学法人に移行した平成18年度(2006年度)には、FD部会が教務部会から独立し、
FD部会の機能が強化された。
1-14 取組の全体スケジュール及び各年次の実施計画
申請書に記載した「取組期間中の各年次の実施計画」は、次表のとおりである。
男女共同参画
関連教育
− 13 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
1-15 教職員と学生との関係を含めた実施体制等の具体的な展開
理事長兼学長を本部長とする「福女CE推進本部」では、キャリア支援センター、女性生
涯学習研究センター、教務部会、FD部会、情報センターをはじめ、本学の全部局を有機的
に組織して、「福女CEプログラム」の実施を推進する体制を確立した(15)。
こうした実施体制のもとで、現代GPのホームページ作成、パンフレット発行などを行う
ことによって情報を発信するとともに、シンポジウムなどを企画して他機関との情報交換を
進め、「福女CEプログラム」の改善・発展に努める。また、福岡県男女共同参画センター
などの地域団体との一層の協力連携を図る。
「福女CEプログラム」の実施体制のうち、主な部局の主な担当事項をまとめたものが、
次表である。
福女 CE 推進本部
全プログラムの統括・調整・推進・評価
キャリア支援センター
職業キャリア導入教育、インターンシップ、カウンセリング等の実施
女性生涯学習研究センター
ジェンダー研究、シンポジウム、特別講演会等の企画実施
教務部会
学問キャリア導入教育、男女共同参画関連教育等の開発実施
FD 部会
キャリア教育研修、ジェンダー教育研修等の企画実施
この実施体制の特徴は、「職業キャリア導入教育」と「学問キャリア導入教育」の両面か
ら、実践的で総合的なキャリア教育課程を構築する点にある。平成16年(2004年)1月28日
に提出された文部科学省審議会答申「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会
議報告書~児童生徒一人一人の勤労観、職業観を育てるために~」にも、「キャリア教育
は、学校のすべての教育活動を通して推進されなければならない」と明記されている。本学
の「福女CEプログラム」でも、一人ひとりの学生の特性を十分に踏まえ、大学のすべての
教育活動を通じてキャリア教育の成果を挙げることを基本にしている。
全学生一人ひとりが学びの主人公になることが重要である。そのために、本学の授業に
は、作文や討論(読み書き討論能力)などを重視した新たな教育方法を積極的に導入する必
要がある。また、「福女CEプログラム」では、全教員がリレー方式の講義科目や少人数ゼ
ミを担当することを予定している。したがって、全教員が、学生の主体性を重んじ、全学生
一人ひとりの能力開発を支援できる効果的な教育方法を習得しなければならない。
そこで、本学では、大学の教育能力を高め、教育改革を推進するために、全教職員のFD
とSDを計画的に実施することにしている。具体的には、教育方法や男女共同参画に関する
各種学内講演会やFD研修、学生による授業アンケートなどをこれまで以上に効果的に実施
する必要がある。
特に重視しているのは、キャリア・カウンセリングである。小規模女子大学のアット・
ホームな雰囲気のなかで学生のキャリア実現を細やかに支援するために、全教職員がキャ
リア・カウンセリング・マインドをもって学生に接することができるようになることをめ
− 14 −
2 選定理由
ざす。そのために、キャリア支援センターの教職員を中心に、実地体験による研修(OJT=
On the Job Training)を積んで、本学独自のカウンセリング手法を開発し、外部委託だけ
に頼らない学内カウンセリング体制の構築に努めている。
1-16 取組期間終了後の大学における取組の展開の予定
本取組「福女CEプログラム」は、取組期間終了後も継続する予定である。申請書作成当
時の情勢では、平成21年度(2009年度)からの学部学科再編が見込まれていたので、「平成
21年度新課程入学生が卒業する平成24年度をもって、第1次のプログラム実施期間は終了」
と申請書に記載した。現在進行中の本学の抜本的改革の今後の推移次第であるが、いずれに
しても改革後の新課程に完全に移行するまでは、現在の教育課程の開講科目は残るため、専
任教員の授業担当を十分に調整しながら、FD研修を継続して、新課程開始後の第2次のプ
ログラム内容の充実を図る必要がある。厳しい状況に置かれてきた地方の女子学生のため、
課外の実施事項についても、本学は大学としてできるかぎりのことを実施し続けていくつも
りである。
今回の現代GPへの応募は、本学の大学改革の発火点になっている。本取組「福女CEプロ
グラム」が選定されるか否かにかかわらず、本学はこの取組を実施することにしていた。取
組期間終了後の財政的措置については、福岡県が示した中期目標に従い「学部学科を含めた
抜本的な改革」を行う本学は、福岡県と協議することにしている。
2 選定理由
以上(1-1~1-16)において、現代GPへの本学の申請の主な内容を紹介した。このよう
な申請内容に対して、次のような「選定理由」が示された。
専門教育を含む学部教育全体を高度教養教育課程として位置づけ、それに、職業
キャリア導入教育、男女共同参画関連教育、学問キャリア導入教育の各プログラムを
連動させて、キャリア形成と男女共同参画社会の実現を目指したジェンダー・センシ
ティブなキャリア教育の体系を構築するという取組は、新規性、独創性が高く評価さ
れます。
正課と課外にまたがる総合的キャリア教育を、人間の生き方として捉え、入学から
卒業までの4年間を、学問キャリア教育と位置づけ、知的実践力と実践的コミュニ
ケーション能力を高め、全体でその目的を共有していることは優れている点と評価さ
れます。
キャリア教育とジェンダー視点を職業教育、専門教育に導入した点では、プログラ
ムとしては優れたものと評価されますが、実施上の課題としては、専門教育との具体
的関連内容、および「学生一人ひとりが学びの主人公となる」ための「新たな教育方
− 15 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
法」の具体像をより明確にすること、また、男女共同参画関連科目の拡充、必修化の
内容や、オンデマンド学習システムのプログラム領域・ソフト数・内容等の明確化と
充実化が求められます。
4年間一貫した総合的キャリア教育の体系によって、専門教育を含む学部教育を編
成し直すことが可能となれば、現在の教育方法と比較して効率の向上・新付加価値の
創出に貢献する要素があると認められ、他の女子大のみならず共学校の教育改革に参
考になる取組として期待されます。
起承転結型の文章構成の第3段落において、本学の取組に対して、いくつかの「実施上の
課題」が指摘されている。これらの課題には今後十分に対応していかなければならないが、
「専門教育との具体的関連内容」という課題に対しては、平成19年度(2007年度)後期に、
「キャリア教育とジェンダー視点を専門教育に導入する試み」としてさっそく取り組んだ。
つまり、各教員が専門教育の授業を行う際に、その授業内容が「キャリア教育とジェンダー
視点」からどんな意味をもつのかを各教員に意識してもらい、その意味内容を授業内容に各
教員の自由裁量で織り込んでもらうようにした。
3 キャリア教育とジェンダー視点を専門教育に導入する試み
この試みには、専門教育の授業内容のなかにキャリア教育やジェンダーの視点を適宜導入
するという段階から、むしろキャリア教育やジェンダーの視点から専門教育の授業内容その
ものを構成するという段階まで、さまざまな方式の試みが考えられる。しかし、最初のとり
あえずの試みでは、各教員が取り組みやすい方式で試みるところから始めた。
とはいえ、「キャリア教育」と「専門教育」には、もともと密接な関係がある。1971年に
アメリカで「キャリア教育」(Career Education)を提唱したS. P. マーランドJr. の考え方
によれば、「キャリア教育」とは「キャリア志向の教育」のことである。マーランドたち
は、「キャリア教育」を行うことによって、学校教育そのものを「キャリア志向の教育」に
再構築することをねらっていた。
大学においては、マーランドの提唱の原点に返れば、学部学科の専門教育そのものを
「キャリア志向の教育」に再構築することが「キャリア教育」の基本になる。就職指導や
進路指導に相当する特別メニューの授業やサービスをキャリア教育と称するのは、本来の
「キャリア教育」の誤用であるとさえ言える。
この意味で、次の指摘は極めて重要である。「伝統あるわが国の大学の多くは、旧制高等
専門学校から出発した。師範学校も含め旧制高等専門学校は、農林、医、薬、工、経済、師
範などそれぞれの分野で“キャリア志向の教育”を行い、人材を輩出してきたのである。そ
れがいつの間にか、ほとんど例外なく研究大学のように“姿”を変え、学生や社会の期待か
ら逸れた路線を走っている、と感じるのは筆者だけだろうか。“キャリア教育”強化という
− 16 −
3 キャリア教育とジェンダー視点を専門教育に導入する試み
看板または暖簾を掲げるのであれば、創立時からの歴史を振り返り、大学という教育機関の
本質を原点に返って見直してみる必要がある。」(16)
また、就職指導や進路指導に相当する特別メニューの授業やサービスをキャリア教育とし
て大学で実際に担当しているいわゆる「キャリアカウンセラー」の座談会においても、その
ような特別メニューのキャリア教育だけが「キャリア教育」ではなく、むしろ大学教育その
もの、大学の専門教育が「キャリア教育」であり、これが「正論」だと言われている(17)。
特別メニューのキャリア教育だけではなく、「正論」の「キャリア教育」に取り組むの
が、本学の「福女CEプログラム」である。平成19年度後期の取組では、文学部英文学科の
専任教員の全員(8人)から、各自が専門教育科目の授業でそれぞれに試みた結果が報告さ
れた。事例1~事例8として紹介する。
【事例1】
アメリカ文化論の授業で、白人・男性主流文化からの抑圧により、マイノリティが希望の
職業選択をすることがいかに困難だったかを講義した際、職種に関係なく、与えられた職業
を通じて自己実現をめざし、明るい将来に向けて差別のない社会を作る努力をすることが、
若い世代の責務だと説いた。
すると、学生たちは、日本に先立ってアメリカがキャリアやジェンダーの問題に真剣に対
応していることを知り、授業に対する関心を強め、主体的・積極的に授業にかかわるように
なった。
【事例2】
論文講読による理論把握とデジタル・コーパスを用いた実際の調査を組み合わせ、言語の
共時的、通時的多様性について分析・理解することをねらいにした少人数(7人)のセミ
ナーで、たとえば集団面接での議論を想定させ、人に聞かせる発話法、疑問点の整理と発表
の仕方、簡潔な応答の仕方などを意識しながら学生が議論するように促した。
すると、学生たちは、声量も大きくなり、明快な質問、説得力のある応答ができるように
なった。
【事例3】
ネイティブ・スピーカーによるスピーチの授業では、グループを前にして英語で話す基本
スキルを学ばせた。スピーチの場合、話すスキルだけでなく、話す内容も問題になる。学生
が自分の意見をまとめる際、ジェンダー、コミュニケーション、キャリアの相互関係にも留
意するように促した。
すると、学生たちは、スピーチの内容とスキルを向上させ、自信をもって自立的思考がで
きるようになり、具体的な将来展望をもつようになった。
【事例4】
ネイティブ・スピーカーによるライティングの授業では、当該教員のテキスト『世界を見
る20の方法』(Twenty Ways to See the World)を用いて、たとえばJICAなど、学生の卒業後
の多様な進路について作文を書かせた。つまり、英語のライティングの授業を通してのキャ
− 17 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
リア教育を行った。
すると、学生たちは、自分たちの将来の可能性について、具体的にさまざまなことを知る
ようになり、自分自身の生き方(life paths)について意識と能力を高めた。
【事例5】
英語を母語とする研究者の論文を学生は無批判的に受け容れがちだが、英語の語法に関し
て、国際的に評価が高い学術誌に掲載された研究論文を読んだセミナーで、「権威」とされ
るものであっても、自分の頭で判断して批判していく姿勢の大切さを強調した。
すると、学生たちは、著者の主張を批判したり、自分の考えや新たな展開の可能性などを
積極的に議論したりするようになった。
【事例6】
映画『恋に落ちたシェイクスピア』のシナリオを丁寧に読み、映画を鑑賞し、毎回その一
部を暗誦し、授業の最後では学生に配役を決めて実際に演じてもらう初級演習で、キャリ
ア・ジェンダーの視点からのディスカッションを行った。
すると、学生たちは、これから自分が生きていく世界で、社会にどう対処し、独自の生活
を築いていけばよいかを、400年前と現代の社会を比較しながら考えられるようになった。
【事例7】
日本語・英語の新聞、雑誌、インターネットの関連記事を抜粋しながら、イギリスの時事
問題を扱ったテキストの内容補足を行ったメディア英語の授業で、学生が正確に自分の意見
をまとめ、聞き手を意識しながら伝えることの重要性を強調した。
すると、学生たちは、異文化を理解するだけでなく、一人ひとりが発信者として自分の意
見をもち、積極的に社会参加していく意識と能力を高めた。
【事例8】
英文学史の授業では、女性作家を意識的に取り上げ、キャリアの文学表象に見られる変遷
の検討に時間を割いた。現代の日本社会との関連、共通性に注意を促し、学生本人のキャリ
アとのかかわりを考えてもらうように留意した。たとえば、「キャリア=職業=経済的自立
に不可欠」という現代では一般的な考え方に対し、ほんの150年ほど前には、「労働で金銭
を得ること自体が卑しい」とされていたことを紹介した。
すると、学生たちは、こうした情報が面白く役立った、と授業アンケートで回答した。
4 福岡女子大学キャリア教育用語集
本学では、学内の学生教職員間の共通理解を図り、また学外の諸機関との連携協力を深め
て、「福女CEプログラム」を推進していくために、このプログラムで使用している主な12
の用語について、「福岡女子大学キャリア教育用語集(H19年度版)」というかたちでまと
めを試みた。その内容は、次のとおりである。
− 18 −
4 福岡女子大学キャリア教育用語集
● 高度教養教育
本学のキャリア教育は、学生自らが学問することで人間力を陶冶する「高度教養教育」と
して実施されます。学生は入学時から、学問的な読み書き討論の徹底訓練により、理解力・
思考力・洞察力を養います。卒業研究を核とする専門教育も、単に専門の知識技能の習得
のためでなく、共通教育で培われた幅広く深い教養を高度化するために機能します。真の学
力を身につけた学生たちは、卒業後にどの分野を選択しても、すぐれた課題解決能力を発揮
し、活躍することでしょう。本学の学生教育は、そのようにして学生の職業キャリア実現を
支援し、一生涯のキャリア形成を援護します。
● キャリア教育(Career Education=CE)
キャリアとは、単に職業上の成功を言うのではなく、広く人の一生の行路や経歴をさす言
葉です。各自の職業選択も、基本的には人間の生き方の問題です。本学の学生教育は、キャ
リアという言葉の深く豊かな含意を大切にします。そして課外の就職対策支援だけでなく、
正課と課外を総合した実践的なキャリア教育を実施します。
● 職業キャリア導入教育
働くことの人生上の意義、社会的な意味を学生自身が考えるために、「人生・職業・社会
Ⅰ、Ⅱ」と「キャリア・デザインⅠ、Ⅱ」を正課に設け、学生どうしが討論し、論評文を書
き、発表します。課外のキャリア・カウンセリングや講演会でも作文実践を重視して、社会
で活躍する精神的基盤作りを目指します。各種就職対策講座も充実させます。
● ジェンダー・センシティブ
本学は、日本に僅かとなった公立の女子大学として、男女共同参画社会(Gender Equal
Society)の実現に向け、学生教職員一丸となって貢献します。ジェンダーとは、文化的・歴
史的に形成された男女の性別枠組みをさす学術用語です。そしてジェンダー・センシティブ
とは、既存のジェンダー枠組の良い面と問題点とを鋭敏に嗅ぎ分けて、社会の課題を感知す
る「豊かな感覚能力を備えた男女の生き方や教育のあり方」を表す言葉です。
● 男女共同参画関連科目
福岡女子大学のキャリア教育は、女性としての自己の一生と、社会における女性の位置
づけと、人間の働く意味とを理解し考える「21世紀型の自立した女性市民」を養成します。
女子学生のための高度教養教育に全学で取り組み、男女共同参画社会の形成に寄与するため
に、共通教育の中核に男女共同参画関連科目を配置します。学生たちは「女性学・ジェン
ダー論」「ジェンダーと歴史」等の科目において、社会における女性の現状を認識し、自己
と社会の課題に気づき、改善策を討論します。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
● 福女CEプログラム
女子学生の「キャリア(人生)形成」と「男女共同参画社会の実現」を全学体制でめざす
本学の取組は、「福女CEプログラム」と呼称されます。「福女」は福岡女子大学、「CE」
はキャリア教育の略称です。本学は福女CEプログラムを実施することで、学部4年間全体
を女子高度教養教育の課程として構築し直す「大学の抜本的改革」に取り組んでいます。
● GC視点
女子高度教養教育としてのジェンダー・センシティブなキャリア教育(Gender Sensitive
Career Education)に全学を挙げて取り組むために、これを「GC視点」あるいは「キャリ
ア・ジェンダーの視点」と呼称します。学部教育の全科目にGC視点を導入し、GC視点から
の教職員の意識改革と能力開発を進めます。
● 学問キャリア導入教育
大学4年間は長い人生キャリアの重要なひとこまであり、個々の学生が学問で人間力を高
める大切な行程です。学生の学問キャリアの円滑な形成には、①高校までの学びを再編成
し、②広い学問世界の中で各自の専攻の意義を見出して、③自主的な卒業研究の達成に向か
う「段階的なキャリア形成」の支援が不可欠です。学問的な読み書き討論の実践を通じて、
学生の理解力・思考力・洞察力を養う学問キャリア導入教育科目は、この各段階の学びに有
効に作用して、本学での各自の充実した学びを実現します。
● 読み書き討論能力
正課と課外の教育場面で、学生の読み書き討論能力を徹底訓練します。学問と職業の実践
基盤は読み書き討論の能力にあり、これに習熟した者は理解力・思考力・洞察力にも優れま
す。福女CEプログラムは、書いて考え、考えて書く、作文(論評文)実践を重視し、学生
主体の作文コンテストも実施しています。
● 三角(参画)
討論
大人数のクラスでも学生主体の演習を実施するために、3人ずつの学生グループをつく
り、作文発表と討論を行う「三角討論」を複数の授業科目に導入しています。3人グループ
は、最小単位の社会であり、これに参画する全員が均等かつ頻繁に発言機会を得られます。
学生たちは、普段と違う仲間の姿に刺激され、目を輝かせて活発に討論しています。
● 総合コミュニケーション教育
日本語による作文実践や三角討論により、基礎的な人間力に裏打ちされた豊かなコミュニ
ケーション能力を養うとともに、英語総合能力(読解・表現・聴解)やコンピュータによる
情報処理能力(データ管理・文章編集・通信等)を鍛えて、21世紀型市民に必須のコミュニ
− 20 −
5 学問キャリア導入教育特別講演会
ケーション能力を養成します。
● オンデマンド学習システム
職業キャリア導入教育科目やキャリア・ジェンダー教育関連のシンポジウムや講演会など
の内容を電子情報として加工編集し、情報ネットワークによって学生がいつでも繰り返し学
習できるシステムを構築しています。
5 学問キャリア導入教育特別講演会
本学のキャリア教育の取組「福女CEプログラム」では、「学問キャリア導入教育」と
「職業キャリア導入教育」を「車の両輪」としている。このそれぞれの教育効果を高めるた
めに、それぞれに学外の有識者を招いて特別講演会を開催することとした。また、本学の
キャリア教育全体の改善発展に努めるために、キャリア教育に関するシンポジウムを開催し
て、他大学・他機関と情報交換し、本学の取組に関して広く意見を求めることとした。
この3つのイベントは、「学問キャリア導入教育特別講演会」「職業キャリア導入教育特
別講演会」「福岡女子大学キャリア教育シンポジウム」という名称で開催することとした。
この3つは、福岡女子大学の現代GPのいわば「三大イベント」である。この催しを通じて
も、学生の意識と能力の向上と教職員のFD・SDの充実を図っていく。
5-1 平成19年度学問キャリア教育特別講演会
平成19年度の「学問キャリア導入教育特別講演会」は、平成19年(2007年)12月14日に
本学で開催した。講師は、国際基督教大学(ICU)教養学部理学科教授のグラント R. ポゴ
シャン氏に依頼した。本学がキャリア教育のそもそものあるべき姿の教育として「女子高度
教養教育」を掲げているところから、講演テーマは「国際基督教大学のリベラルアーツ教
育」とした。
参加者は、一般10人、学生9人、
文学部教員16人、人間環境学部教員20
人、事務職員22人の77人だった。
ポゴシャン氏によれば、リベラル
アーツとは何かについては、いろいろ
な説明はあるが、唯一の定義はない。
たとえば、リベラルアーツ教育とは、
われわれ人間が世界のなかのどの位置
にいるかを理解するための教育、き
れいな社会をつくるための教育、環
平成19年度「学問キャリア導入教育特別講演会」講演風景
平成19年12月14日㈮ 場所 : 福岡女子大学 視聴覚室
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
境をつくるための教育などということがよく言われるが、よくわからない。しかし、リベ
ラルアーツがヨーロッパ中世の自由七科(Septem Artes Liberales)から由来しているの
は確かである。自由七科は、三学の文法、修辞、弁証(Trivium: Grammar, Rhetoric and
Logic)と四科の幾何、算術、音楽、天文(Quadrivium: Geometry, Arithmetic, Music and
Astronomy)から成る。これらの教育が最もよい教育だと言われていた。リベラルアーツ
のアーツとは、美術とか芸術とかの意味もあるが、ここではそうではなくて、「スキル」、
つまり「技」の意味である。リベラルアーツでは、アーツが自由になるのではなく、人間が
自由になってさまざまな技術を駆使する。キケロの言葉に「技術者には自由性が必要だ」と
いう言葉がある。人間が自由になってはじめて、よい技術ができる。グローバルに考えた
り、批判的に考えたりする場合には、自由性が必要である。
リベラルアーツ・カレッジは、もともとはヨーロッパから始まったが、現在ではアメリカ
で最も普及している。主に東海岸にたくさん存在する。質も高いし、ニーズも高い。学費も
高い。ブティックのような大学である。日本にも教養学部や教養教育は存在するが、ほと
んどの場合、大学全体が教養大学になっていない。日本語版ウィキペディアによれば、日本
にあるアメリカ型リベラルアーツ・カレッジは、国際基督教大学、津田塾大学、国際教養大
学、宮城学院女子大学、相模女子大学などである。これらの大学は、大学全体が教養大学に
なっている。
ポゴシャン氏が受けたモスクワ大学の教育は、国際基督教大学の教育とまったく違ってい
た。両者は対極にあるとさえ言える。モスクワ大学では、一般教育なし、科目選択の自由性
なしで、5年間数学ばかりだった。しかし、国際基督教大学に来てからは、専門の勉強以外
のこともたくさん勉強し、教育活動でもたくさん働いたので、ポゴシャン氏の人生は豊かに
なった。
国際基督教大学の教育を受けると、もっと勉強する力、卒業後にも勉強する力がつく。正
しいリベラルアーツ教育を受けると、勉強のスキルができる。深く勉強することも、広く勉
強することもできるようになる。リベラルアーツ教育は、自分から創造性と責任をもって学
習を望む学生、自分から可能性を求める学生のための教育である。
アメリカのNACE(National Association of Colleges and Employers)の調査結果では、
雇う側の立場から見ると、科学、技術、工学、数学を専門とする若者が不足している。これ
は国際的にそうである。しかし、雇う側が最も重視しているのは、「正しいスキル」(right
skills)であり、「正しい知識」(right knowledge)ではない。特に、「他のことにも能力を
転移させるスキル」「書き言葉と話し言葉によるコミュニケーションスキル」「複雑な問題
を解決する能力」「新しい職場環境に順応する能力」が重視される。
これらのスキルや能力を伸ばす教育が、リベラルアーツ教育である。国際基督教大学の学
生は、卒業時に進学にせよ就職にせよ、ほとんど問題なく進路が決定する。しかも、ほとん
どが希望どおりの進路である。
日本は資源が乏しいので、科学技術で産業を維持していく必要がある。そのために専門教
− 22 −
5 学問キャリア導入教育特別講演会
育はぜひ必要である。しかし、リベラルアーツ教育も必要である。結局、両方が必要であ
る。knowledgeもskillsも、つまり学力も学習能力も必要なのである。そのバランスが重要
である。カリキュラムでは、ディシプリンとインターディシプリンのバランスが重要であ
る。ディシプリンが狭すぎても浅すぎてもいけない。自由選択科目と必修科目のバランスが
重要である。バランスのよいカリキュラムをつくらなければならない。また、リベラルアー
ツの基本として、文系の科目と理系の科目を学ぶことが重要である。文系の学生と理系の学
生が一緒になって、特に理科を学ぶことが重要である。
以上のような講演の後、質疑応答に移った。3つの質問が出された。最初の質問は、一般
教育と専門教育のバランス、skillsとknowledgeのバランスが重要であるということだった
が、このバランスは自然に生まれるのか、それとも教育で育てるのかという質問だった。こ
れに対して、次のような回答があった。学生をつねに勇気づけながら、回答を用意していく
ことが重要である。ガイダンスやオリエンテーションでモデル・スケジュールを示す必要が
ある。教員がアドバイスしながら学生に学習させることが重要である。そのようにして学生
に学習させると、学生の活動が高まる。学生が育つことが大事で、そのためにはアドバイス
を行わなければならない。
次の質問は、ICUの卒業生が日本社会で浮いてしまうというようなことはないかという質
問だった。これに対して、次のような回答があった。オープンに物を言う人が多いというこ
ともあるかもしれないが、特殊な能力をもっている人は多い。卒業してから、「ICUの理科
教育がよかったということがわかった」と言う卒業生が多いことは事実である。
最後の質問は、福岡女子大学では、高度教養教育の教育体制構築をめざして大学改革を進
めているところであるが、専門教育の位置づけ方についてどう考えるべきかという質問だっ
た。これに対して、次のような回答があった。いろいろなところでバランスが重要だと言っ
てきたが、そうなるとICUの教員はハード・ワークを強いられ、とても忙しい。しかし、学
生がいい。学生がいいから、教員がコミットせざるをえない。教員がコミットすると学生は
さらによくなる。このことは循環している。したがって、教員の人事が重要になる。採用人
事では、専門研究とリベラルアーツ教育のバランスがとれ、両方とも優秀な人物というのを
選考の基準にしている。大学では、あくまで学生教育が中心である。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
平成19年度学問キャリア教育特別講演会チラシ
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5 学問キャリア導入教育特別講演会
5-2 平成20年度学問キャリア導入教育特別講演会
平成20年度の「学問キャリア導入教育特別講演会」は、平成20年(2008年)8月6日に本
学で開催した。講師は、法政大学キャリアデザイン学部教授、学部長の高野良一氏に依頼し
た。平成15年(2003年)に設置されたキャリアデザイン学部というユニークな名称の学部で
の先進的なキャリア教育の内容と成果を紹介してもらうために、講演テーマは「法政大学
キャリアデザイン学部の試み」とした。
参加者は、一般4人、学生12人、文学部教員12人、人間環境学部教員20人、事務職員14人
の62人だった。
高野氏に今回の講演依頼に応じていただいた最大の理由は、福岡女子大学で「学問キャリ
ア導入教育」と「職業キャリア導入教育」を「車の両輪」とするキャリア教育を行っている
点に高野氏が痛く共感なさったからである。法政大学でも「二つの肺」(「基礎ゼミ」と
「キャリア相談実習」)と呼んでいる導入教育を行っている。キャリア教育ではこの双方向
からのアプローチが不可欠だという点で、共通の認識が確認された。
平成20年度「学問キャリア導入教育特別講演会」講演風景
平成20年8月6日㈮ 場所 : 福岡女子大学 視聴覚室
法政大学キャリアデザイン学部は、2003年に創設された。「新しい教育学部」で「大人の
教育学」を展開するということで始まった。母体は、旧文学部教育学科、経営学、文化・コ
ミュニティ論の3つである。「新しい大学教育の実験場」として位置づけ、教育内容のみな
らず教育方法の刷新を図った。当時は、「キャリアデザイン」というコンセプトは、ほとん
ど認知されていなかった。高校訪問の際、「美術系の学部ですか」とも言われた。今年の父
母懇談会でも、「どんなことをやっているのですか」との質問があった。
「キャリア」とは多義的なコンセプトだが、それは最も広く言えば「人生」である。少し
狭く言えば「仕事」であり、最も狭く言えば「職業」である。そのような多義的な内容を学
生のニーズに合わせてどう組み合わせて教育するかが課題である。キャリアデザイン学部の
多くの学生は、「いろいろなことを自分で選んで学べる点がよい」と言っている。しかし、
卒業時に「何をやったか曖昧でわからない」という学生もときどきいる。多義的なコンセプ
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
トというのは、入れ物が大きくて便利で学生のニーズに合わせやすいが、結果が曖昧になる
危険性があるという二面性をもつ。
1学年は300人程度で、男女比は4:6である。社会人学生が1割弱、外国籍学生が0.5割前
後である。多様な入試経路を用意している。卒業生の進路は、文系他学部とあまり大差はな
いが、就職率は若干よく、業種としては人材・IT系も多い。企業からは、「卒業生はソー
シャル・スキル(コミュニケーション能力)が高い」と評価されている。しかし、まだ2回
しか卒業生を出していないので、評価はこれからだと考えている。特に、離職率なども含
め、1期生が卒業してから3年経った段階での評価が重要だと考えている。
約1,200人の学生に対して、教員は約30人である。およそ、教員1人に学生40人の割合で
ある。教員は、キャリアを主題や領域とする複数ディシプリンの教員集団で、教育学、人
事・労務系の経営学、文化・コミュニティ論の教員が多い。心理学と社会学の教員を拡充し
ている最中である。また、「準専門職」のアドバイザーを7人雇っている。他学部には、こ
のようなアドバイザーはいない。その趣旨は、「教職員と学生のリエゾン」(媒介者、「ナ
ナメ関係」)を図る点にある。アドバイザーは、現在、事務職員扱いで非常勤なので、今
後、教育職化、常勤職化したいと考えている。その他に、事務職員が8人いる。
なぜキャリア教育が必要になったのかについては、マーチン・トロウの高等教育段階図
式で、エリート型(大学進学率が15%以下)、マス型(50%以下)、からユニバーサル型
(50%以上)になった点が大きい。ユニバーサル化のなかでは、3つの選択肢が考えられ
る。①一体化と非構造化を促進する道(ショッピングモール・モデル)、②部分的一体化を
許し構造化を維持する道(フンボルト型学問共同体モデル)、③一体化しながら再構造化す
る道(キャリア教育推進モデル)の3つである。
学生にどんな力をつけさせるのかについては、「社会人基礎力」(経済産業省・研究会)
がある。「社会人基礎力」とは、基礎学力と専門知識を媒介し、相互補完するコンピテン
シーであり、①前に踏み出す力、②考え抜く力、③チームで働く力から成る。OECDにも類
似のキーコンピテンシーがある。
このような「人間力」や「社会人基礎力」については、批判もある。能力を個人主義化し
ている、自己責任化している。態度主義、心理主義である。適応主義で、労働市場への順応
を求めている。社会経済的問題を軽視して、「教育で始末をつける」発想をしている。客観
性のある専門知識・スキルあるいは基礎学力こそ重視すべきである。しかし、そのような批
判を受け止めつつ、「社会人基礎力をどう再構造化するか」がポイントである。
いわゆる「キャリア教育」にも問題がある。主なものとして、6つある。①就職技法偏重
(エントリーシートや面接訓練の偏重)、②安易な適職選択(インターネットに依存して短
時間で行う業界・企業研究、業者まかせの適職テストの実施)、③視野を狭める自己分析
(安易な自己診断テストで自己像を固定化)、④物見遊山気分の職業知識教育(体験しただ
けのインターンシップ)、⑤本人を責める職業倫理教育(職業人講話での説教や自慢話)、
⑥キャリア教育ではできない積極態度教育(キャリア教育の過大視と矮小化。ゼミや普段の
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5 学問キャリア導入教育特別講演会
アカデミックな教育でキャリア教育をどう行うかが重要。歴史教育や日本文学の教育でキャ
リア教育の視点を入れて教育をどう行うか。キャリア教育は、「特定の科目」や「特定の教
員」で行えばよいというものではない)。このような問題を批判しながら、学部教育全体の
なかでどうキャリア教育を行うかが課題である。
広義のキャリア教育は、学部教育・大学教育の全体である。狭義のキャリア教育は、面接
の訓練、適職テスト、インターンシップなどである。重要なポイントは、広義のキャリア教
育と狭義のキャリア教育をつなげて再構造化することである。そのときに一番重要になるの
が、「レリバンス」という概念である(18)。
「レリバンス」とは、意義、質的な関連性のことである。大学教育に取り戻されなければ
ならないレリバンスは、3つある。①即時的レリバンス(おもしろさの実感)、②職業的レ
リバンス(労働力の質)、③市民的レリバンス(市民として生きる道具)。特に重要なのは
②と③である。キャリア教育の課題は、大学教育の中身と将来働くとき・市民として生活す
るときの質的な関連性をどうつけていくかという点にある。
キャリアデザイン学部には、3つの柱がある。①アカデミック系科目、②ソーシャル・ス
キル系(体験学習)科目、③ゼミ系科目の3つである。正課科目のスコープ(広がり)と
シークエンス(順次性)を保ち、アカデミック系科目とソーシャル・スキル系科目の仲立ち
をするのがゼミ系科目である。
正課だけでなく課外活動も視野に納めた教育・学習メソッドとして、「参加型学習」を重
視している。しかし、ワークショップ、ファシリテーション、アサーション、メンタルヘ
ルスなどのスキルを大学教員は通常もっていないので、FDでスキル形成を図り、授業に持
ち込んでいる。正課科目では、導入教育、一般教育、専門基礎教育、専門教育に参加型学習
を埋め込んでいる。キャリア支援や就職支援には、学生・先輩・社会人の参加を組み込んで
いる。高大連携、産学連携、受験生・新入生支援(オープンキャンパス・履修相談会)など
で、学生に他者支援活動を行わせている。学部内自主活動を支援し、学生に自主的学習を促
している。施設、機器、奨学金などの条件整備はもちろん、教員やアドバイザーが助言や支
援を行い、表彰などで学生の活動を評価している。
現代GPのプログラムでは、「基礎ゼミ」と「キャリア相談実習」という「二つの肺」を
掲げている。基礎ゼミを設置した理由は、学部学生がアカデミック・スキルに弱いというこ
とを自覚したからである。もう一つの理由は、教員間で学部教育の共通理解を図るという点
である。取り上げるアカデミック・スキルとしては、大学における学びの理解、ノートテイ
ク、図書館・データベースの活用、クリティカル・リーディング、フィールドワーク、KJ
法などの情報整理、プレゼンテーションである(19)。基礎ゼミでは、アカデミック・スキル
の形成をめざした導入教育を行うが、そこでは同時に、少人数教育を通じてソーシャル・ス
キルの形成も副次的に行うことができる。
ソーシャル・スキルの形成は、主として「キャリア相談実習」で行う。これは、事前指導
と相談実習のセットになっている。事前指導では、聴き方、自分の意見の言い方(ロールプ
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
レイ)、グループでの話し合い、模擬練習を行い、一種のポートフォリオである「キャリ
アデザイン・ノート」を使用する。ノートをつけるというのは、アカデミック・スキルであ
る。ソーシャル・スキルとアカデミック・スキルを連動して形成させることをねらってい
る。相談実習では、学部が認定した学外・学内での相談活動を行う。他者支援、自己理解、
反省の3つの異なる活動を行う。体験しただけでは効果がないので、事前指導と事後報告を
組み込んだ「効果測定テスト」を開発して実施している。
就職活動は、ほぼ全学生が取り組む「特殊なインターンシップ」と位置づけている。文部
科学省の『小・中・高校キャリア教育推進の手引き』(2006年)にも、「過去・現在・将来
の自分を考えて、社会の中で果たす役割や生き方を展望し、実現すること」と記されている
が、就職活動は、まさにこの活動である。バーチャルな情報・体験ではなく、リアルな情
報・体験こそが重要で、就職活動は社会人基礎力形成の場である。
就職活動を学部教育全体のなかに位置づけ、独自の教育・支援プログラムを設定してい
る。ただ、構造的な問題として、就職活動の早期化という問題がある。3年生の後期から就職
活動が始まる。すると、大学教育は2年半ということになる。1年生の導入教育も重要だが、
2年生の教育が重要となる。また、4年生の4月あるいは連休前、遅くとも夏休み前には、ほ
とんど(8割程度)の学生の就職活動は終了しているので、4年生の教育も重要となる。
以上のような講演に対して、2つの質問が出された。1つめは、法政大学内において、
キャリアデザイン学部と他学部の連携はどうなっているかという質問だった。これに対し
て、次のような回答があった。キャリアデザイン学部は実験学部で、他学部に対しては、
キャリア教育の視点を持ち込む役割を有している。就職部を改組したキャリアセンターの研
究部門には、キャリアデザイン学部の教員が派遣されている。全学のキャリア形成教育のプ
ログラムもキャリアデザイン学部の教員が協力して作成している。そもそも他学部のキャリ
ア形成科目の必要性を訴えて実施に移したのも、キャリアデザイン学部の教員である。キャ
リアデザイン学部の教員がキャリアセンターのセンター長を務めるだけでなく、キャリアデ
ザイン学の大学院の修了者がキャリアセンターのアドバイザーを務めるなどして、全学的連
携を強めている。実験学部というのは、学部だけでの実験というのではなく、キャリア教育
の視点を全学に持ち込む実験を行っているという側面もある。
2つめの質問は、「キャリアデザイン学部」というものを高校生がどう受け取っている
か、志願者数の推移はどうなっているのか、併願状況はどうなっているかという質問だっ
た。これに対して、次のような回答があった。併願状況については、ご勘弁いただきたい。
高校生に対しては、「こういうことが学べるよ」ということを言うことが重要で、キャリア
デザイン学部とはこういう学部だと説明する「言葉が先にない」ことが重要である。履修相
談会やオープンキャンパスでなぜ学生を使っているかと言えば、学生自身の振り返りや他者
支援の経験が重要だからというだけでなく、学部で何を学んでいるかを「学生の目線で語
る」ことが重要だからである。美しいパンフレットで宣伝をする時代は終わった。パンフ
レットは情報としては重要だが、受け手の側に情報をどんなふうにリアルに伝えるかが重要
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5 学問キャリア導入教育特別講演会
である。学生が頓珍漢なことを言うリスクも負っている。しかし、それは受験生が学部に
入ってから4年間で教育しようと思っている。
講演会終了後、講師の希望により、福岡女子大学の学生を中心にした「情報交換会」が別
室で開催された。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
平成20年度学問キャリア教育特別講演会チラシ
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5 学問キャリア導入教育特別講演会
5-3 平成21年度学問キャリア導入教育特別講演会
平成21年度の「学問キャリア導入教育特別講演会」は、平成21年(2009年)5月21日に本
学で開催した。講師は、金沢工業大学教授、学生部長の藤本元啓氏に依頼した。全国的に名
高い金沢工業大学の「教育力」の秘密を紹介してもらうために、講演テーマは「金沢工業
大学の自己成長型教育アクロノールプログラム――KITポートフォリオシステムと総合力教
育」とした。
参加者は、一般14人、学生8人、文学部教員15人、人間環境学部教員17人、事務職員19人
の73人だった。
金沢工業大学では、平成7年度(1995年度)から大きな改革を進めている。特に、1年次
学生をどう専門課程に進めさせるかが課題である。金沢工業大学は、北陸という地域で1学
年1,500人ほどの学生を有する大学で、当時は工科系の単科大学だった。当然ながら、北陸
地方だけで卒業生の就職先を確保するのは不可能である。関東地方、関西地方、東海地方な
どへ卒業生を進出させなければならない。
平成3年(1991年)に、21世紀の金沢工業大学をどう構想するかについて検討がなされ
た。そのときに、理事長や学長たちがアメリカの大学(スタンフォード、MIT、ウオー
タールー、CALTECH、ハワイ)へ視察に行った。視察前の考えでは、「これからの大学は
研究で生き残るべきだ」だったが、すべての大学で教育の話しか出なかった。「まさか学生
の授業料で教員が研究しているんじゃないでしょうね」とまで言われた。かなりショックを
受けて帰ってきた。
視察の報告を教授会等で行ったが、おおよその教員の反応は「何を言っているんですか。
大学の教員の仕事は研究です」というものだった。そこで、教員の意識を変えるために、
トータルで170人ほどの教職員を順番にアメリカに派遣した。視察に行ったどの大学でも、学
生はたいへんよく勉強するし、教員は教育をたいへん大事にしていた。教員がボランティア
で夜遅くまで学生指導を行っているケースもあった。金沢工業大学の大学改革はこのように
して始まったが、改革には教員だ
けでなく職員も関与する。職員に
大きな発言権があり、教員と職員
の合同委員会が開催される。
現在の学生数は、学部が6,767
人、大学院が474人、その他32
人、合計で7,273人である。教員
数は、教授214人、准教授67人、
講師60人、助教2人、合計で343
人である。非常勤講師は41人
で、この人数はかなり少ない。
金沢工業大学と同規模の他大学
平成21年度「学問キャリア導入教育特別講演会」講演風景
平成21年5月21日㈮ 場所 : 福岡女子大学 視聴覚室
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
の場合、500~1,000人程度の非常勤講師がいるのが通例である。つまり、金沢工業大学の場
合は、他大学と比較して専任教員数が多いということである。専門課程の教員の半数は、企
業経験者(実務経験者)である。
大学の教職員が共通に理解すべき最近の現状として、「多様化する学生」という問題があ
る。基礎を嫌う学生、マニュアル主義の学生、マニュアルさえ読まない・読めない学生が増
えている。プロセスを軽視するが結果は重視する性格の学生が多い。大学進学の目的もはっ
きりしていない。「進学先を決めたのは、担任の先生とお母さんだった」という学生も珍し
くない。「本当は他の大学へ行きたかったけど、合格したから来た」「行くかどうか迷って
いたが、まごまごしているうちに、おじさんとおばさんがお祝いを持って来たので、行かざ
るをえなくなった」という学生もいる。その結果、学ぶ意欲の欠如、自学自習の姿勢の欠如
という問題が生じる。
最近の学生は、ストレスコントロールができない。つまり、ストレスを発散させる方法を
知らない。その結果、「キレやすく」なる。最悪の場合、自殺に至るケースもある。もちろ
ん、すべての学生がそうだというわけではないが、以前に比べてそのような学生を目にする
ことが格段と多くなった。指示待ち症候群の学生、自律と自立が未成熟な学生が増えたこと
は事実ではないか。
さらに、保護者の家庭教育の問題や消費者意識の問題もある。つまり、「大学にこれだけ
授業料を納めているのだから、後は大学の方でよろしくお願いしますよ」という考え方であ
る。保護者の頭のなかには、「自分の子どもは、18歳で大学に入学して、22歳で卒業して、
その後すぐに就職する」という一つのレールができあがっている。保護者は、自分の子ども
がそのレールからはみ出すことを極端に嫌う。留年などという事態になれば、「これはどう
いうことですか」と大学の責任を問う保護者もいる。最近では、大学だけでなく就職先にま
で保護者がクレームをつけてくるケースもあるそうだ。
大学を取り巻く環境が激変している。全入時代となり、多様な入試形態が用意されてい
る。金沢工業大学でも、毎年9月から3月まで、何らかの入学試験が実施されている。大学
間の格差も拡大しているが、特に私立大学の場合は、大学内における学生間の格差も拡大し
ている。さらに、就職募集の早期化という問題もある。教育期間は、極端に言えば、学部で
2年半、大学院で半年から1年しかない。就職が内定するまでのこの短期間に、文部科学省
は「人間力」を、経済産業省は「社会人基礎力」を、厚生労働省は「就職基礎能力」を学生
に身に付けさせるように大学に要求している。今年の就職戦線は、「短期決戦」「超短期
化」と言われている。現時点でほぼ店じまいをしている企業も多い。このような状況で、昨
年の中教審の答申では、大学に対して「大学教育の実質化」や「出入口の管理」について厳
しい注文が付けられている。
金沢工業大学で学生に言い続けていることは、大学で「何を学ぶのか」「何を身に付ける
のか」「何ができるようになるのか」の3点である。これは保護者に対しても言っている。
学生の行動特性として、次の8点を掲げている。①挨拶・返事の励行(人間関係の基本)、
− 32 −
5 学問キャリア導入教育特別講演会
②皆出席・定刻出席(勤務態度)、③予習復習の実施・授業への集中(仕事の事前準備と集
中)、④課題の提出期限厳守(仕事の納期厳守)、⑤学習に必要な情報収集(仕事に必要な
情報収集)、⑥スケジュール管理(仕事の予定、進捗状況の把握)、⑦キャンパス・教室内
の美化(職場の美化)、⑧学内・社会のルールを順守(倫理観)。ごく当たり前のことばか
りである。括弧書きの部分は、「4年後はこのように社会から評価される」ということを学
生の頭のなかに植えつけるためのものである。これは割と有効である。
たとえば、学生が課題の提出をしない場合に、「仕事の納期」という話を教員がする。
「ものづくり」をする学生が多いので、「納期を守らないと、次から仕事がまったく来な
い。これは、この世界の常識だ」ということを教える。無断欠席をする学生に対しては、
「これは無断欠勤だ。君が社長だったら、そんな社員を雇いますか」と尋ねる。すると、学
生はよくわかってくれるので、教員が説教をする必要がない。
金沢工業大学は、能登半島にヨットハーバー付きの宿泊施設を有している。130人の学生
が合宿できる施設である。1年生から3年生まで、必ず各学年で2泊3日の研修を行わなけ
ればならない。大学の規模がまだ小さかった頃は、1週間の研修を行っていた。昼は「海洋
活動」「海洋調査」、夜は「グループ討議」、最終的に「プレゼンテーション」を行う。こ
の団体生活のなかで、学生には「共同」「規律」「礼儀」を学んでもらう。このようなかた
ちで、文部科学省の言う「人間力」を開学以来育成してきた。
学生には、大学の学習スタイルは高等学校と違うことを教えなければならない。高校まで
は「問題解答型」だったが、大学では「問題発見型」、さらに「問題解決型」の学習をしな
ければならない。答はないし、問題は見つけなければならない。ところが、「問題を見つけ
なさい」と学生に言うと、学生は「それは問題を作ることですか」と言って、数式の問題を
作る。学生は、「問題」ということの意味がわかっていない。そもそも「問題とは何か」と
いうことを学生に丁寧に教える必要がある。
学生に文章作成能力やコミュニケーション能力を身に付けさせることも必要である。こう
した能力は、理工系の学生にこそ必要である。ところが、「作文やコミュニケーションが嫌
いだから理工系に来た」「オタクの世界が好きだから来た」という学生もいる。にもかかわ
らず、理工系では機械の操作手順などを書かなければならない。誰が読んでも間違いなく一
通りの方法でしか操作できない文章が求められる。そのような文章の作成能力が必要だとい
うことを学生に納得してもらわなければならない。言うまでもないが、ここで言う文章作成
能力は、文学的なセンスのある文章を作成する能力のことではない。理工系の場合、「チー
ムワーク」「リーダーシップ」も必要である。
こうしたことを踏まえて、「金沢工業大学人間力」というものを定めた。一言で言えば、
「社会に適応できる能力」であるが、次の5つの項目を立てた。①自立と自律(チャレン
ジ精神、自己管理能力)、②リーダーシップ(統率力、指導力)、③コミュニケーション能
力(意思・感情・思考を伝達する能力)、④プレゼンテーション能力(提示・発表する能
力)、⑤コラボレーション能力(協働・協調する能力)。「人間力」の項目と言えば、人に
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
よって、大学によって、たくさんの違った項目が立てられる。しかし、この5項目は、金沢
工業大学の教職員が教育の現場で責任をもって行える部分に限定して設定したものである。
問題は、この5項目を決めた以上、教室、実験室、課外活動の場に、最終的には個々の科目
のなかに、どう落とし込んでいくかという具体的な作業を行うことである。
どの大学にも、建学綱領や建学の精神がある。そこにはたいてい崇高なことが書かれてい
るが、これを単に唱えているだけではお題目に終わってしまう。そうならないためには、目
標を階層化しなければならない。まず、「教育の実践目標」を立てる。そこから、一方では
「学部・学科の教育目標」「科目群の教育目標」「科目の行動目標」を立て、他方では「学
生の実践目標」「教員の実践目標」「職員の実践目標」を立てる。
目標を立てて実施した後は、評価を行わなければならない。そこで、教育評価システムと
して、「学習支援計画書」というものを作成した。これは一般に「シラバス」と呼ばれてい
るものに類しているが、次の9項目から成っている。①授業科目の学習教育目標、②授業の
概要・学習上の助言、③教科書・参考書、④履修に必要な予備知識、④学生が達成すべき行
動目標(○○することができる)、⑥達成度評価(評価方法・指標と評価割合)、⑦評価の
要点、⑧具体的な達成の目安、⑨授業明細表(1回の授業ごとに、学習内容・授業の運営方
法・学習課題)。全科目についてこの「学習支援計画書」を作成し、学生に配付している。
この方式を開始してから、平成17年度(2005年度)より定期試験を廃止した。定期試験の
代わりに、臨時試験・達成度確認試験をはじめとするいろいろなかたちでの評価を行ってい
る。従来の「結果重視型」の評価から、「プロセス重視型」の評価に変えた。多様な評価項
目を立て、評価の内容と基準を提示している。最も大きな試験の点数は、全体評価の40%以
内にとどめなければならない。残りの60%については、それ以外の項目によって評価しなけ
ればならない。学生が提出したレポート等については、コメントを付して返却することを教
員に義務づけている。単にA、B、Cなどの評価ではなく、どうしてAなのか、どうしてBな
のか、どうしてCなのかなども書くようにしている。成績については、教員は学生に対して
説明責任を負っている。さらに、学生には「成績異議申立制度」を利用するように勧めてい
る。担当の教員に学生が直接言いにくい場合は、学生が教務課に行けば、教務課から担当教
員へ連絡して説明を行うようにしている。
学生が「授業アンケート」で、教員の授業運営や教育力について、意見、不満、改善要求
を出すようにしている。それに対して教員はフィードバックするようにしている。こうした
やり取りを含めて、授業アンケートはWeb上で公開している。ただし、現状では全教員が
この授業アンケートに応じているわけではなく、およそ8割程度の教員が応じるにとどまっ
ている。応じない教員に対しては、応じるように学長も指導しているが、学生からの突き上
げがある。学友会という学生の組織を通じて、学生が要求を突きつけてくる。金沢工業大学
には、理事会と教授会と学友会が対等の立場で話し合う「学園協議会」という会合があり、
そうした要求はこの場へ議案として提出される。
このようにして学生対応を進めているが、1年次学生の変容に対処するために、平成16年
− 34 −
5 学問キャリア導入教育特別講演会
(2004年)に、「基礎教育部」というものを設置した。そこにおいて初年次教育の一部とし
て「大学教育適応支援促進科目群」というものを開設して、「スタディ・スチューデントス
キル」「自校教育」「キャリアデザイン」「人間力の基礎」という科目を置いている。専門
課程への導入や情報リテラシーなどについては、別の科目群で教育する体制にした。
ここで特徴的なことは、このなかに「ポートフォリオ」というものを平成16年度から逐次
導入したことである。ポートフォリオというものは、いろいろな物を入れる「鞄」や「引
き出し」のようなものであるが、一番大きな目的は、「物事を保存する」ことにある。この
取組は、学生がポートフォリオを利用して自己管理と自己評価を行って、何かに「気付く」
ようになってほしいという単純な発想からスタートした。というのは、最近の学生は自己管
理ができないし、自己評価など行ったことがないからである。しかし、ポートフォリオシス
テムを作って、学生にこれを利用するように言っただけでは、学生は実際に利用してくれな
い。そこで、これに教員が関与するようにした。しかし、これは大学の教員が「最も苦手と
する分野」「最も嫌がる分野」「最も近づこうとしない分野」である。
これはたいへん手のかかる作業だが、実施してよかった。昨年4月の経済新聞に、「20年
度新入社員は『カーリング型』」という記事が掲載された。つまり、カーリングでは、前
から後ろから、右から左から、ブラシをかけて石をコントロールしなければならない。石は
学生(新入社員)である。金沢工業大学では、そのような学生を出したくないので、何とか
しなければならない。しかし、ポートフォリオシステムを利用して学生が自己管理と自己評
価ができるようにしている。「たいへん手のかかる作業だが、実施してよかった」というの
は、そのような意味である。
ポートフォリオシステムとして、現在、次の5つのものがある。①修学ポートフォリオ
(「修学基礎Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ」で、「1週間の行動履歴」と「各期の達成度自己評価」を登
録する)、②キャリアポートフォリオ(「修学基礎Ⅱ、Ⅲ」で、過去のさまざまな経験、在
学中の経験、将来への展望を登録し、3年次のセミナー「進路セミナーⅠ、Ⅱ、Ⅲ」につな
げる)、③自己評価ポートフォリオ(修学基礎科目・専門科目及び課外活動における自己評
価を登録する)、④プロジェクトデザイン(工学設計)ポートフォリオ(プロジェクトデザ
インⅠ、Ⅱにおける成果物と自己評価を登録する。プロジェクトデザインⅢにおける活動記
録と指導記録を登録する)、⑤達成度評価ポートフォリオ(1~3年次の年度末に、1年間
の反省と次年度へ向けての目標を登録する。具体的には、上記の各ポートフォリオシステム
の成果物をサマリー化し、これらを俯瞰して振り返ることにより、自己成長の軌跡と修学の
自覚・自信・反省から、技術者になる意義と意欲を高める)。
このシステムは、eラーニングとは異なる。ポートフォリオを使えば、特別な学習スキル
が向上するわけではない。「自学自習の姿勢を身に付ける」「生活スタイルを確立する」
「自己の目的指向を高める」ための手段・ツールがポートフォリオである。学生が就職間際
になると、どの大学でも学生指導に熱を入れるが、それでは間に合わない。就職して働くた
めの基礎力は、1年生のときから徐々につけさせていかないと、物にならない。3年生の秋
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
までと言えば、実際2年半しかない。この2年半の間に、どれだけ繰り返して基礎力を身に
付けさせるかが問題である。そのために、このシステムを各科目に散らばらせている。これ
がこのシステムの特徴である。
こうした科目の最初の入口が、1年次学生に課している「修学基礎」という科目である。
この科目では、自己管理とタイムマネジメントに重点を置いている。この科目を通して「何
かに気付いてほしい」というのが、大きなねらいである。「修学ポートフォリオ」はその
ために採用している。授業では、講義、講話、演習、グループ討議、プレゼンテーションな
ど、金沢工業大学の実験・実習を除いたすべての授業スタイルを体験する。新入生が入学す
ると、以前は上級生がキャンパス内を案内していたが、それをやめた。新入生に地図を渡し
て、独力で「キャンパスラリー」を行わせている。そして、感想を書かせて提出させる。こ
の課題は、オリエンテーション期間中に出される。図書館の案内についても、同様である。
なるべく早く大学に慣れさせるために、クラス単位でバーベキューパーティーを開催してい
る。学科紹介や研究室訪問に行かせて、調査させたものをプレゼンテーションで発表させて
いる。
このようにして、毎日のように各種のポートフォリオやレポートが課される。というのも、
1年次学生には、まず大量の文章を書かせることをねらっているからである。これを資料とし
て、入学直後の4月と学年末の2月に、全学生の個人面談を実施している。学期中には、教員
が指定した学生について、また希望した学生について個人面談を実施している。1クラスのサ
イズは40~60人で、教養系の教員が担当する。全クラスが1時限目の開講で、全学共通で実施
している。こうした活動の記録を保存するためのものが、ポートフォリオである。
ポートフォリオなどを通して大量の文章を書くことによって、学生は徐々に文章が書ける
ようになっていく。大切なことは、そのような学生に対して、教員が「何か一つでも褒める
こと」である。「そんなことを本当に大学でやっているのか」と思われるかもしれないが、
本当にやっている。そのような時代が来たと認識している。相談にのることも重要である。
「授業後、残ってください」と言うようにしている。「課題や勉強ができなかった」という
学生に対しては、非難する叱咤激励のコメントは避けて、「できなかった原因」を考えさせ
るようにしている。このような学生指導が大切だと考えている。
学期毎には、科目の達成度自己評価のためのポートフォリオを学生に作成させている。
個々の「学生の行動目標」の項目について、0%、20%、40%、60%、80%、100%のいずれ
かを達成度として選択させる。しかし、たとえば同じ60%でも、その中身は一人ひとりの学
生によって異なる。そこで、単に数字だけではなく、その理由を100文字程度で書かせるよ
うにしている。さらに、「全履修科目の修学状況」と「日常生活状況全般」について、300
文字程度で書かせるようにしている。
授業アンケートの「授業を終えて、あなたはこの科目に満足していますか」という項目に
対する回答では、「満足」と「まあ満足」を合計すると、95%からほぼ100%になる。「こ
の科目の考え方・進め方について」記述式で寄せられた回答では、プラス評価として「自己
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5 学問キャリア導入教育特別講演会
管理・行動の整理ができる」「修学アドバイザーが役立つ」「個人面談がよい」「授業目的
が明確」「提出期限が厳しい」「ルール・マナーが身に付く」「学習への姿勢がよくなる」
「文章能力が高まる」「人間形成になる」などが、マイナス評価として「課題が多い」「15
分の個人面談は短い」「行動履歴の作成が面倒」などがある。
「教員の熱意を感じ取ることができましたか」という項目に対する回答では、「感じ取れ
た」と「まあ感じ取れた」を合計すると、90%からほぼ100%になる。「高校時代と比べて自
学自習は身に付きましたか」という項目に対する回答では、「十分身に付いた」と「やや身に
付いた」を合計すると、70~90%程度になる。夏休み明けの授業アンケートでは、どうしても
数値が下がる。4年間で見ると、第2学年で数値が下がる。これは全国的な傾向である。
「『行動履歴』や『達成度自己評価』は自分を見つめ直し自己評価を行うものですが、あ
なたにとってこの作成は有益と考えますか」という項目に対する回答では、「大変有益」と
「有益」を合計すると、65~94%程度になる。この肯定率は、年々高くなる傾向にある。こ
の試みを開始した当初は、6割、7割といった高い肯定率に喜んでいた。しかし、肯定率が
だんだん高くなる一方なので、「これは何かおかしい」と思い始め、「肯定率が高ければよ
いというわけではない」とワーキンググループに提案した。つまり、学生には、「自分のこ
とを振り返って、それを記録して、評価して、もう一回やり直す」というPDCA(20)の経験
がほとんどないから、そうなるのではないかと考えた。そのような学生は、これからますま
す増える一方だと予想される。したがって、肯定率が高ければ高いほど、より一層の危機感
をもつ必要がある。
キャリアの問題については、何も大学だけの問題ではない。すでに小学校、中学校、高等
学校においても、さまざまな取組が始まっている。しかし、目的をもたずに、あるいは目的
が不明確なままに、「とりあえず大学に来た」という学生もいる。そこで、新入生には「高
等学校までの自分史」を作成させている。次に、「大学卒業後のキャリア像」を描かせる。
その後に、それを実現するための「在学中の取組」を明確にさせる。最後に、「自分の特性
と目標」を設定させる。こうしたことを、入学した時点で「自己分析」として学生に行わせ
ている。そのために用いられる「キャリアポートフォリオ」は本格的には平成16年度(2004
年度)から導入しているが、これに類する試みは平成7年度(1995年度)から実施してい
た。当時、他大学から、「金沢工業大学は1年生から就職対策を行っている」と非難された
ことがあるが、そうではなく、その当時から「自己分析」を新入生にさせることが目的だっ
た。しかし、今や、このような形でキャリア支援を実施していない大学はないはずである。
3番目のポートフォリオは、「自己評価ポートフォリオ」である。これが最も実施しやす
いポートフォリオである。もともとは、これは「レポートの提出システム」だった。この
ポートフォリオのなかへ学生はレポートを流し込み、保存する。それを教員が見るという仕
組である。教養系の科目が全部で60科目ほどあるが、そのすべてでこれを利用している。現
在は、このポートフォリオを専門科目のなかへ導入している最中である。
4番目のポートフォリオは、「プロジェクトデザインポートフォリオ」である。これは、
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
以前は「工学設計」と呼んでいた。このポートフォリオを金沢工業大学では、教育の主柱に
なる科目で利用している。たとえば2年生の科目で、ポスターセッションを行う科目がある
が、ここでは学生は工学的な問題を解決して、それをA0のポスター用紙に印刷して説明す
る。学生は、「ポスター」「最終設計報告書」「最終口頭発表スライド」を入力する。さら
に、「能力状況とその向上に関する自己診断」も入力する。そこには、能力に関するたくさ
んの項目があるが、たとえば「実社会で活躍できる能力に関するもの」という項目がある。
この項目のなかにも、さらに細かい評価項目があり、たとえば「図、グラフ、表、イラスト
等を効果的に使用して発表することができる」という評価項目がある。こうした評価項目のそ
れぞれについて、学生は「第1週」「第5週」「第9週」の3回にわたって、それぞれの評価
を入力する。そのような中間評価において、評価の数値が上昇していけば問題はないが、逆に
下降していく場合もある。担当教員は、中間評価の動向を見て、学生指導を行っている。
「プロジェクトデザインポートフォリオ」は、最終的にはいわゆる「卒業研究」で用い
る。学生は卒業研究のための活動状況をここに書き込んでいく。それに対して、指導教員が
さまざまな指示を与える。そのようにして、絶えず「記録」が残っていく。工科系の場合、
学生の活動状況に対しては、実に多様なタイプの指導がなされる。厳しい研究室では「日
報」を書かせる。少なくとも「週報」は書かせる。研究室は、朝8時半、ラジオ体操からス
タートして、実際の工学の現場と同じようなかたちで動いている。
このようなかたちで、学生の活動に対して教員がコメントを加えている。このようなポー
トフォリオは、教員にとって今後ますます重要になってくると予想される。つい最近、東北
地方の国立大学で、教員が2年間にわたって博士論文を審査せず、学生が自殺するという事
件が起きた。教員が適切な指導を行っていたかどうかの証拠は、通常、ない。石川県の国立
大学でも、修士論文に合格しなかった学生が、「適切な指導がなされなかった」として裁判
所に訴えたことがある。最終的には和解が成立したが、つまりは大学が謝罪したということ
である。しかし、大学の教育責任は、どこにあるのか。
そのような意味では、こうしたポートフォリオは、言い方は悪いが、教員にとっての「保
険」になる。もちろん、これは本質ではない。学生と教員の間に信頼関係ができて、うまく
教育を進めていければ何も問題はないが、必ずしもそうはいかない場合も出てくる。とはい
え、本質はあくまで、教員が学生の活動や研究を正確に把握して、それに対して適切な指示
を与えるシステムを構築することである。
最後の5番目のポートフォリオは、「達成度評価ポートフォリオ」である。これは、新年
度の個人面談のための資料となるもので、1~3年次学生に学年末に、次の5項目について
作成してもらう。①今年度の目標と達成度自己評価、②今年度の修学・生活状況の反省、及
びその改善方法、③希望進路とその実現に向けて実際にとった行動・成果・展望、④「KIT
人間力=社会に適合できる能力」に示された5つの能力(「自律と自立」「リーダーシッ
プ」「コミュニケーション能力」「プレゼンテーション能力」「コラボレーション能力」)
の達成度自己評価、⑤次年度の目標とこれを達成するための行動予定。
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5 学問キャリア導入教育特別講演会
以上の5つのポートフォリオシステムを使用して、学生には、「自分のことを評価しなが
ら、自分のことを相手にわかりやすく説明できる」訓練を1年生のときからこつこつと施し
ている。期待される効果として、次の6つを予想していた。①修学・生活の自己管理と分
析、②次年度の目標と行動設定、③修学アドバイザーによる迅速な修学指導、④実在修学モ
デルの提示、⑤自己評価の文章化による自己表現力、⑥保護者会個別懇談会手元資料。この
6点については、すべて予想どおりの効果が得られた。それ以上の効果も得られた。たとえ
ば、1年次に徹底的な指導を行うので、学生は進級してからも、1年次のときのアドバイ
ザーにいろいろな報告をしに来る。苦労している新しい1年次学生に対しては、上級生がみ
ずから「勉強会」を開いて指導している。運営会議やホームページまで立ち上げている。
上級生は大学に対して、施設などについていろいろな要求を出してくるが、驚いたこと
に、夜9時からの時間帯を要求してきた。このような活動を行っている学生は、たいていが
クラブ活動やグループ活動を行っている学生である。したがって、夜9時にならないと、
「勉強会」が始められない。本当にびっくりするくらい「とんでもない頑張り屋さんの学生
たち」である。このような学生は、オープンキャンパスなどでも協力してくれる。自分が
もっているデータを全部、来場者に公開する。学生は自分でデモンストレーションを行った
後で、受験生に入力させてみる。受験生は、「こんなことをやるのか」と感心する。それを
見て、「そこまでやってくれるんですか」と保護者が喜ぶ。
ポートフォリオシステムを使っていると、学生には知らず知らずのうちにPDCAが身に付い
てくる。単に学生に「PDCAをやりなさい」と言っただけで、学生ができるようになるはずが
ない。手を替え品を替えして、学生に実際にPDCAを行ってもらうしかない。そのためには、
教員にはたいへんな苦労がかかってくる。しかし、今の大学の教員は、特に初年次教育を担
当する教員は、そのような苦労をしなければならない。ところが、現在、多くの大学の初年
次教育の問題では、「教員がいかに苦労をしないで、効率よく学生を指導できるか」という
議論に躍起になっている。そんなことができるはずがない。苦労しなければならない。
授業時間外に学生がみずから学べる仕掛け、教育環境を整備することも重要である。1
年間の大学の授業日は約170日で、日曜祝日を引けば、残りが130日ほどある。この130日を
どうするかで、随分と変わってくる。そのような話を学生にはしている。ポートフォリオ
システムがうまく動いた背景として、平成7年(1995年)から学生全員にノートパソコンを
もたせていたということがある。当時のノートパソコンは相当に高価だったが、学生が使
用するから教職員も使用して、学生の要望を聞きながら、いろいろな施設を逐次整備して
いった。たとえば、KITインターネットサービス(情報コンセント: 学内7,000箇所、学生ア
パート3,500箇所)、夢工房(自由工作空間)、実験考房(基礎実験室・専門実験室)、マルチ
メディア考房(自由創作室)、ライブラリーセンター(図書館)、自習室(220席、24時間、
365日オープン、情報コンセント・プリンター完備)、数理工教育センター(数・理の補完
教育)、学習支援デスク(専門基礎の補完教育)、基礎英語教育センター(補完教育)、ライ
ティングセンター(文章添削)、自己開発センター(資格指導)、穴水湾自然学苑・池の平
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
セミナーハウス(人間形成)などである。
「学生による学生支援」も行っている。学期毎に約190人の大学院学生をティーチングアシ
スタント(TA)として採用し、学部の実験・演習科目で、実際に学部学生の指導に当たらせ
ている。学期毎に約250人の3年次以上の学生をスチューデントアシスタント(SA)として採
用し、修学基礎科目、工学基礎科目の小テストの採点や教材作成の補助に当たらせている。
これは経済的支援の場になっているが、人間力育成の場にもなっている。しかし、最も重要
なポイントは、このことによって「学生の視点からの業務改善」ができるという点である。
もちろん、教職員が協働して修学指導に当たっている。「修学アドバイザー」「修学相談
室」「?(はてな)相談コーナー」の3つを設けている。「修学アドバイザー」では、修
学・生活・将来像などに関する相談、各学期初めのオリエンテーション・履修確認・履修指
導、「達成度ポートフォリオ」を活用した全員個人面談を行っている。1年次学生について
は、「修学基礎」を担当する約30人の人文社会科学体育系教員が指導している。2~3年次
学生については、各学年約30人の専門課程教員(一部は基礎教育部教員)が指導している。
4年次学生については、「プロジェクトデザインⅢ」を担当する約190人の教員が研究室単
位で指導している。「修学相談室」では、学生に対しては、修学生活に関する苦情・相談を
受け付けている。Web上に「投稿ボックス」を設け、24時間以内に回答している。保護者
に対しては、双方向連絡により、質問・相談に応じている。教員に対しては、学生指導情
報・授業欠席情報を提供している。「?(はてな)相談コーナー」では、上級生による何で
も相談を行っている。
以上のような修学指導に関するさまざまな情報を、1つのシステムに集めている。それが
「修学履歴情報システム」である。このシステムは、学生を指導するために教職員が作成す
るポートフォリオであり、「第一学籍簿」である。学生が作成するポートフォリオは、「第
二学籍簿」である。修学履歴情報システムに登録する情報は、学生の基本情報をはじめ、面
談内容、学生個人の時間割、授業欠席情報、修学指導情報、進路指導情報、褒賞情報、成
績情報、資格取得情報、プロジェクト情報、奨学金情報、クラブ情報、学生スタッフ(学
内勤務)情報などである。こうした情報は、学生指導を行う際に、きわめて有効である。こ
のような修学履歴情報システムを用いて、学生指導や科目内容などについて、見直し・改善
を大学として行っている。つまり、大学のPDCAを行っている。学生は自分が作成したポー
トフォリオを用いて、学生のPDCAを行っている。したがって、PDCAについては、大学の
PDCAと学生のPDCAの二重構造になっている。
金沢工業大学では、QPA(Quality Point Average)というものを設けている。一般には
GPA(Grade Point Average)と呼ばれているものに相当する。QPA=(評価ポイント×
単位数)÷(履修科目の総単位数)で算出する。評価ポイントは、成績のSが4点、Aが3
点、Bが2点、Cが1点、Dが0点である。平成15年度(2003年度)入学生までの場合、1
年次から2年次にかけてPQAが一旦下降し、その後3年次、4年次と順次上昇する現象が
見られたが、平成16年度(2004年度)に新しい教育を始めてからは、それ以降の入学者の
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5 学問キャリア導入教育特別講演会
場合、QPAが1年次から4年次まで順次上昇する現象が見られるようになった。一般的に
は、こうした数値は2年次で一旦下降する傾向にある。初年次教育に力を入れている同志
社大学の場合、新しい教育を導入しても、やはり2年次で一旦下降している。いずれにして
も、初年次教育が1年次だけのもので終わっては、何の意味もない。4年間継続して、卒業
時点での学生の力に結びつかなければならない。
大学は、「学生に対する教育責任」を果たさなければならない。そのために、金沢工業大
学では、「自己点検評価の仕組」を整え、「教育プログラムの点検・評価と改善のための
PDCA」を構築し、「GPの活用による教育の組織化」に取り組んでいる。このようなこと
を企画しているのは、「企画調整部」の職員である。私立大学の特色であるが、職員の9割
ほどは、金沢工業大学の卒業生である。
すでに義務化されているが、大学全体(理事会、教職員)で、組織的にFD活動・SD活動
に取り組まなければならない。どれだけ実質的な活動ができるかがポイントである。教育改
革に対しては、「慎重に」行われなければならないという側面もあるが、教職員による情報
の共有と迅速な行動が必要である。大学の教職員は、学生・保護者・社会に対して教育の説
明責任を負っていることを強く意識しなければならない。大学教員にとって、「教育は使
命、研究は責務」である。金沢工業大学の教員の標準では、「教育50%、研究30%、学内外
の貢献20%」である。もちろん、研究専任という教員もいる。いろいろなタイプの教員がい
るにしても、その数値については、教員ではなく、大学が決めなければならない。大学教員
は、「研究職員」ではなく、「教育職員」である。大学は、学生・理事会・教職員の共同
体・協働体である。
大学の教育目標は、「社会のニーズに応じた目標」でなければならない。これだけが大学
の教育目標ではないにしても、社会のニーズをまったく無視した目標だけでは成り立たな
い。しかも、その目標は、学生が具体的に実行でき、達成できる目標でなければならない。
学生の手がまったく届かないような崇高な目標を立てても、それは単なる「お題目」にとど
まってしまう。問題は目標を達成した学生が、何ができるようになるかである。学生は顧客
であり、保護者・企業はステークホルダーである。「すべては学生のために」というのが、
大学の大前提である。学生(保護者)は、高い授業料を前金で払っている。前金で商売して
いる業界は、世の中でそう多くはない。このことを考慮に入れると、どこに軸足を置くかは
必然的に決まってくる。
以上のような講演の後、質疑応答に移った。次の①~⑦のやりとりがなされた。
①【質疑】各種のポートフォリオを駆使して、学生の能力向上に取り組んでおられるが、
「教職員が苦労しないで教育ができるはずがない」という指摘があった。その場合、どうい
う点が最も重要であるか。それから、本日の講演タイトル「金沢工業大学の自己成長型教育
アクロノームプログラム」とは、どんな意味か。【応答】大学には、学生に実力を付けさせ
て社会に送り出すという使命と、教員が研究成果を挙げる使命の両面がある。しかし、この
両面ができる大学とできない大学の違いが必然的にある。金沢工業大学では、学生教育を中
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
心にするということを前提として決めている。入学者の偏差値は40くらいである。その学生
を出口でどうするかを考えている。伸び率が問題である。学生は、自信をもったら伸びる。
したがって、学生に自信をもたせることが必要である。教員が学生にどう接するかが重要で
ある。国の政策で、工業高校の卒業生が関東地方の有名国立大学に推薦で入学するが、その
学生は数学がよくわからない。学生が質問に行くと、「君、こんなこともわからないで、よ
く来たね」と教員が応じる。その一言で、学生はポシャる。こんなことがないようにしなけ
ればならない。多様な学生がいることを理解しなければならない。「こんなことができるの
で、学生は大学に来た」という認識を変える必要がある。現実を見ることができるか、でき
ないかで決まる。「アクロノーム」は、ギリシア語の「最高」という意味のAcroと、英語
のKnowledgeを組み合わせた造語である。学生には、ポートフォリオを用いさせて、学習
の習慣づけをさせる。と同時に、カリキュラムフローのなかで基礎から専門へと段階的に進
む際に、科目においてグループでの発表をさせる。個人とグループの両面で改善を図ってい
き、それが知らず知らずのうちに自信につながっていけばよいと考えている。
②【質疑】「修学基礎」という科目は、どんな教員が担当していて、何人くらいの学生の
ポートフォリオを見ているのか。【応答】クラスサイズは40~60人で、約30人の人文社会科学
体育系教員と3人の数学物理系教員で1年生を担当している。【質疑】学生のポートフォリオ
をどのようにして評価しているのか。【応答】学習支援計画書(シラバス)に明記していると
おり、「学習に取り組む姿勢・意欲」で評価している。1週間の行動を学生が自分で振り返る
のが、この科目の目標である。締め切りを守らなかったら、減点される。提出しなかったら、
0点になる。このようなことを通して、1年生に「納期」ということを厳しく教えている。い
ずれにしても、この科目は、学生に大学に出て来てもらうための科目である。【質疑】ポート
フォリオに取り組む学生たちの間に温度差があると思われるが、評点があるということで強制
力はあるか。【応答】この科目は必修科目であるから、その意味では強制力はある。評点の割
合、学習の内容、科目の運用の仕方などについても、毎年見直している。
③【質疑】蓄積された膨大なデータを、男子学生と女子学生の特性の違いという観点から
分析したことはあるか。【応答】ない。【質疑】ということは、男子学生と女子学生で特性
の違いはないという前提があるのか。【応答】全体に占める女子学生の割合は、6~7%で
ある。工学部の技術系では、男女差はあまりない。【質疑】企業側から、男女別に何か注文
が付けられることはあるか。【応答】ある。女子学生に対しては、「女性の繊細さや注意深
さ」に磨きをかけてほしいという注文がある。そこから派生して、男子学生にもそのような
ことを教えてやってほしいという注文がある。【質疑】留学生に対する特別なシステムはあ
るのか。【応答】正規の学部教育及び大学院教育では、留学生を採用していない。提携校と
の短期(6週間)の語学留学のプログラムはある。JICA(国際協力機構)を通してメキシ
コの学生が半年間来学することもある。
④【質疑】1週間の行動履歴を見ると、学生の睡眠時間がひじょうに短いように思われ
る。学生が授業時間に寝るということがあるのではないか。【応答】行動履歴は、学生の自
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5 学問キャリア導入教育特別講演会
己申告である。昼寝の時間をカウントしていない可能性はある。授業中に寝ていたり内職を
していたりする学生がいることは事実である。しかし、ほとんどの学生は授業に熱心に取り
組んでいる。毎回のように試験があったりレポートがあったりするので、寝ていたり内職を
していたりするのは難しい。工科系の教育は積み重ねであるから、コツコツ勉強しなければ
やっていけない。行動履歴で「睡眠時間が短い」「食事をきちんと取っていない」などが判
明すると、担当教員は学生に事情を尋ねて指導することができる。
⑤【質疑】ポートフォリオを通した学生指導は、教員にとってかなりの負担だと思われる
が、これに関して教員から不満等の声は出ないか。【応答】1年生のポートフォリオに関し
ては、教員にかなりの負担がかかる。担当する教員には、たしかに一人ひとり人文社会科学
の専門がある。教員はその専門領域の研究業績によって大学教員になっているが、金沢工業
大学では、「それは、それ」という考え方をしている。教養系の教員には、「修学基礎」で
アドバイザーになって、ポートフォリオを見て、学生に返却してもらうという前提で採用人
事を行っている。以前からいた教員には、これを納得してもらった。納得しない教員につい
ては、担当から外している。納得して担当したけれども、どうも不得手だという教員がいる
のも事実である。そのような教員については、2年間ほど担当してもらった後、交代しても
らっている。金沢工業大学の教養系(人文社会科学系)の教員約40人の第一の仕事は、この
仕事である。これをどう考えるかの違いは、大学の生き残りにかける認識の温度差である。
退学率や休学率の問題もある。このような大学の方針に不満な教員については、担当から
外している。金沢工業大学の大学改革にそもそも反対の教員は、平成7~9年(1995~1997
年)頃に、「これは大学の教育ではない」と言って、みずから辞めた。
⑥【質疑】金沢工業大学では、全学部がJABEE(日本技術者教育認定機構)対応になっ
ているか。【応答】全学部ではない。情報系がまだである。【質疑】JABEE対応クラス
と非対応クラスに分けていないのであれば、退学率などはどうなっているか。【応答】
JABEE対応クラスに分ける、分けないの議論がなかったわけではない。しかし、全学共通
で実施しなければ意味がないとの結論に達した。JABEEの審査に通ることが目的ではな
く、金沢工業大学の教育システムをJABEEの物差しで測ったらどうなるかを知ることが前
提になっている。ここ15年間ほどの退学率は、3%程度だった。最も高い数字で、4.02%と
いうのがある。昨年は、3%未満だった。休学率も留年率も減ってきている。入学式後の
保護者説明会では、次のように言っている。「1,700人、入学しました。そのうち、200人は
4年間のうちで退学します。200人は1年ないし2年遅れて卒業します。4年間で卒業でき
るのは1,300人です。それに留年した200人の学生が加わって、毎年1,500人が卒業していま
す」。【質疑】ポートフォリオシステムがかなり有効だということか。【応答】そのように
考えている。
⑦【質疑】このようなシステムだと、「特別な対応を必要とする学生」が見えやすいと思
われるが、どんな対応をしているか。【応答】2年生へ進級できなかった学生については、
再履修クラスを設けて、学生副部長が担当している。単位数があまりにも不足している場
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
合は、退学勧告をしている。同一学年は2年間までと決めている。大学だけが人生ではない
ので、進路変更を促している。臨床心理士などのカウンセラーも10人強いる。年間の相談件
数は3,000件以上である。本人と大学と保護者と専門家を交えて、話し合いを行っている。
【質疑】退学勧告と併せて、就職支援等を行っているか。【応答】行っている。たとえば、
情報工学科の学生が一番つまずくのは、プログラミングである。C言語(21)がなかなか理解
できない。ところが、パソコンはうまく使える。そこで、情報経営学科への転学科、あるい
は他大学への編入学などを勧める。「喜んで辞めてもらう」ことが秘訣である。
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5 学問キャリア導入教育特別講演会
平成21年度学問キャリア教育特別講演会チラシ
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福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書
6 職業キャリア導入教育特別講演会
6-1 平成19年度職業キャリア導入教育特別講演会
平成19年度の「職業キャリア導入教育特別講演会」は、平成20年(2008年)1月22日に本
学で開催した。講師は、大分大学学生支援部キャリア開発課長で産業カウンセラーの佐藤眞
一氏に依頼した。学生のキャリア形成支援を実際にどう行うべきか、また支援した結果、実
際にどんな効果がもたらされるかなどについて、豊富な事例も紹介してもらうために、講演
テーマは「女子学生の自立とキャリア形成教育の今日的意義」とした。
参加者は、一般8人、学生4人、文学部教員17人、人間環境学部教員17人、事務職員20人
の66人だった。
まず、女子学生の自立が要請される背景として、佐藤氏より次の7点が指摘された。①少
子高齢化社会の進展と若年労働力の不足、②女性・老人・外国人の活用、③男女共同参画社
会の実現、④女性の経済的自立、⑤働く女性の環境作り、⑥子育てを含むライフ・プラン
の中での女性のキャリア形成、⑦社会における女性リーダーの養成の7点である。いずれに
しても、今後の日本社会では、女性の活躍が期待されているし、女性が活躍してくれなけれ
ば、日本社会が立ち行かなくなる危険性もある。
ところで、「キャリア」とは、「自分らしい生き方・働き方」のことである。人生や職業
において目標に向かって進んでいく姿そのもの、職業や進路など仕事にかかわる人生そのも
ののことを「キャリア」と言う。したがって、すべての人が「キャリア」をもっている。
この「キャリア」は、長いスパンの「ライフ・プラン」のなかで考えていく必要がある。
「キャリア形成」とは、狭義の「職業キャリア」からさらに発展して、人生の生涯にわたる
ライフ・プランを自らデザイン(設計・構想)することである。自分の人生をいかに生きる
かがキャリアである。
大学の外から大学に期待して
いることと、大学が考えている
外から大学に期待されているこ
ととの間にはギャップがある。
たとえば、そのギャップの一つ
として、「大学生に求められる
能力」がある。大学では、勉強
ができる学生がいい学生だと考
えられがちだが、大学の外から
は、コミュニケーション能力、
積極性、行動力、主体性、協調
性、問題意識、明るさなどが学
生に求められている。企業は、
平成19年度「職業キャリア導入教育特別講演会」講演風景
平成20年1月22日㈮ 場所 : 福岡女子大学 視聴覚室
− 46 −
6 職業キャリア導入教育特別講演会
即戦力になる学生を必ずしも求めているわけではなく、潜在的な能力のある学生を求めてい
る。大学では、「軸」をもった学生を育てることが重要である。
そうなると、早い段階での「キャリア形成教育」が喫緊の課題になる。大学卒業後3年の
離職率は35%である。大分県では45.4%である。「何のために就職したか」とさえ言える状
況である。今の若者は、勉強するにせよ働くにせよ、「何のために」という部分が欠落して
いる。入学したばかりの学生がすでに目標を見失って、大学4年間を漫然と過ごしてしまう
場合もある。
就職活動は3年生から始まるが、そのときにはすでに勝負はついている。したがって、
キャリア支援では、出口支援もさることながら、入口での支援が重要である。たとえば、勉
強したことを社会で生かすために勉強するなど、何のために勉強するのかを学生に考えさせ
なければならない。何のために働くかについても、単に就職内定の獲得をめざすのではな
く、社会貢献、自己実現、経済的自立などの要素を含めて考えさせなければならない。大学
に入った早い段階で、4年間の目標設定をすることが重要である。
大分大学では、平成18年(2006年)の7月に「キャリア相談室」を設置して、週に3日、
3人のキャリアカウンセラーによって、学生のどんな相談にも応じる体制を整えた。設置後
8ヵ月の間に、延べ人数で426人、実人数で300人の利用があった。相談内容は、エントリー
シートの書き方(147件)、面接の受け方(107件)などが多い。しかし、ここではあまり
キャリア形成支援は必要とされない。それに対して、自分に向いている職業がわからない、
自分が何をしたらよいかわからない、就職活動がうまくいかないなどの相談内容は、それぞ
れ25件、23件、7件で、数としてはそれほど多くないが、ここには根本的な問題が潜んでい
て、キャリア形成支援がぜひとも必要である。
具体的な相談事例が3つ紹介された。最初の事例は、「何社受けても受からない。就職活
動をやめてフリーターになろうか」という相談事例である。カウンセリングの結果、この学
生の場合、自己肯定観の喪失、つまり試験で何度も落とされて自分を否定された気持ちに
なり落ち込んだのが、就職活動がうまくいかない原因になっていたことがわかった。カウン
セリングで、これまでの就職活動をじっくりと振り返らせ、自分が何をしたいのかを冷静に
見つめ直させた。すると、この学生は、カウンセリングで肯定され、励まされたことによっ
て、自信を取り戻し、内定を獲得した。
次の事例は、「パソコンやIT関係が好きだが、何をやりたいのかが見出せなかったの
で、就職活動はまったく行わなかった」という相談事例である。この学生は、卒業が迫って
きたので、しょうがないということで、たまたまアルバイトをしていた会社に嫌々ながら就
職した。しかし、入社後1ヵ月で仕事を辞めてしまった。その後、ハローワークに行ったと
ころ、次の会社がすぐに決まったのでそこで働いたが、その会社も1ヵ月で辞めてしまっ
た。しかし、その後、職業適性検査を受けた結果、ITに適性があることがわかった。たま
たま父親が勤めている会社で情報システム部門の正社員を募集していたので、試験を受けた
ところ、合格して採用された。嫌な仕事はなかなか続かないという事例である。
− 47 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
最後の事例は、「公務員試験をめざして2年間勉強したが、どうしても合格しそうにない
ので、民間企業への就職に切り替えたい」という相談事例である。カウンセリングで、「な
ぜ公務員をめざしていたのか」「公務員になってどんなことがしたいのか」を尋ねたら、
この学生は自分から公務員をめざしたわけではなく、「安定しているから」という理由で親
が勧めるので受験勉強をしていたという。公務員をめざすにせよ、民間企業に就職するにせ
よ、自分自身が考える必要があるというアドバイスを行った。すると、その後、カウンセリ
ングを進めていくなかで、市役所の環境部門の仕事がしたいという目標が見えてきて、市役
所の採用試験に合格した。
講演者自身の体験では、大学時代のゼミの先生の生き方そのものが自分自身への教育に
なった。学問の分野でも一流の先生であったが、教育者でもあった。当時はキャリア教育と
いう言葉はなかったが、今で言うキャリア教育がなされていた。就職のことなどにも親身に
なって学生に尽くす先生だった。その先生が人生における師となった。
また、学生支援GP審査会委員の体験からは、次のようなことがわかった。GPに熱心に取
り組む大学は、生き残りをかけている。GPが採択されている大学は、やはり実績もあり、
企画も斬新で、新規性・独自性がある。プログラムの名称は、大きなポイントになってい
る。ヒアリング時のプレゼンテーション力は、大学間にかなりの差がある。大学トップの意
気込みが伝わってくる大学と、そうでない大学がある。
最後に、キャリア形成教育の展望が述べられた。学生はコンビニに来るような単なるお客
様ではなく、これからの社会を担うわれわれの後輩であり、われわれが教育という手法で作
り上げる作品である。キャリア形成教育に熱心に取り組む大学は今後生き残っていく可能
性があるが、そうではない大学は厳しい。学長のリーダーシップのもとでキャリア支援教育
を大学改革の課題として位置づけていく必要がある。教員・職員・学生が三位一体となって
キャリア形成教育を推進しなければならないが、中心の軸はあくまで学生である。学生中心
の大学づくりが重要である。
以上のような講演の後、質疑応答に移った。次の①~⑦のやりとりがなされた。
①【質疑】大学時代の恩師が実質的にキャリア教育に相当する教育を行われていたという
ことだったが、具体的にはどんなことをなさっていたのか。また、学生が早い段階から目的
意識をもつ必要があるということだったが、具体的にはどの段階から目的意識をもつべきな
のか。【応答】教育とは、自分の後継者を育てることである。恩師の生き方・姿勢を見習い
ながら、学生は育っていく。研究と教育は分離されるものではない。不本意入学の場合、自
分の自主的な選択がなされていない。今は、大学だけでなく小・中・高でもキャリア教育を
熱心に行っている。職業と学問は結びついていて、切り離されているわけではないことを教
えている。企業が大学に、大学が高校にいろいろな要望を出すという構図もあるが、それぞ
れの段階で学ぶべきことを学ばせることが重要である。
②【質疑】キャリアカウンセラーによる学生支援が効果的だということはわかったが、教
員が同じように効果的な支援をするためにはどうすればよいか。【応答】学生が何を求めて
− 48 −
6 職業キャリア導入教育特別講演会
いて、どういう気持ちでいるかということを、教員が察知するように努めることが重要であ
る。専門的な支援を行いたければ、カウンセリングなどの勉強をする必要がある。しかし、
「ごく自然に学生の声に耳を傾けようとする姿勢」があれば、学生支援はできるのではない
か。学生が本当に何を言いたいのかを把握するためには、表面的な言葉だけではなく、感情
や状況などを含めてじっくり聞く必要がある。いずれにしても、学生が言うことをよく聞い
て応えていけば、学生は相談してくる。人間としての生き方について、自分なりの考えを言
えばよいのではないか。
③【質疑】教員・職員・学生の三位一体ということの重要性はわかるが、学生の親や家族
はどうなるのか。【応答】学生に対して行うカウンセリングでは、必ず親は出てくる。しか
し、そのとき最も重要なのは、「学生本人がどう考えるか」である。親や家族は学生本人に
対して責任を取れない。最終的に判断し責任を取るのは、学生本人である。この考え方をし
ないと、たとえば「誰々が言ったから」などの「逃げの口実」ができてしまう。自分で選択
した学生は、頑張りがきき、困難を乗り越えようとする。
④【質疑】早い段階からのキャリア形成教育が重要だということだったが、大分大学では
低学年の学生に対して、講演会などで「キャリアとは何か」というようなことについて教え
ているのか。【応答】さきほど、3年生、4年生になってからでは「手遅れ」というよう
なことを言ったが、長い人生から見れば、そこからスタートしても何の問題もない。早い段
階というのは、思ったときが早いとき、気づいたときが早いときである。大分大学でも講演
会などで「キャリア」について実際に教えているが、学生が気づかなかったらそれまでであ
る。大学が全学生に向けて行う教育と、個別の学生に対応するカウンセリングを、うまく循
環させる必要がある。
⑤【質疑】教員・職員・学生の三位一体は、どのようにしたらできるのか。大分大学では
どうしているのか。【応答】まずは、ピア・サポーター制度など、三者が一緒になれるよう
な制度をつくることではないか。大学の一つの制度として、先輩の学生が後輩の学生を指導
する「学生相談員制度」などをつくることも考えられる。日本の社会には、先輩が後輩を育
てていく仕組がよくある。サークル活動などでも同じではないか。本音のコミュニケーショ
ンができる場をつくることが重要である。
⑥【質疑】恩師の生き方や姿勢から大きな影響を受けることがあるのは事実であり、それ
にたいへん共感するが、そのような立場から見たときに、今日の大学で実施されている「学
生による授業評価」の問題をどう思うか。【応答】学生が授業を評価するというのは、「授
業の評定」ではなく、「今後よりよい授業をするためのフィードバック」と捉えることもで
きるのではないか。
⑦【質疑】大学生に求められる能力で言われる「コミュニケーション能力」とは何か。
【応答】教員間、教員と学生の間、あるいは一般に職場でもどこでも同じで、相手が何を
言っているのかを理解することが重要である。まずは、相手が言っていることを正確に理解
するという能力がコミュニケーション能力である。企業が大学生に求める能力は、まさにこ
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
の能力である。それ以上の特別な能力を要求しているわけではない。コミュニケーション能
力にもいろいろな能力があるだろうが、ここでのコミュニケーション能力とは、特別の能力
ではなく、仕事の円滑な遂行のために「普通に」要求される能力のことである。たとえば、
隣席の人に要件を伝えるのに、直接話しかけるのが難しいのでメールを送るというような
ケースがあるが、この場合は普通のコミュニケーション能力があるとは言えない。また、こ
の意味でのコミュニケーション能力には、人間関係構築能力、場の空気を読む能力なども含
まれると考えられる。
− 50 −
6 職業キャリア導入教育特別講演会
平成19年度職業キャリア導入教育特別講演会チラシ
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
6-2 平成20年度職業キャリア導入教育特別講演会
平成20年度の「職業キャリア導入教育特別講演会」は、平成20年(2008年)10月21日に本
学で開催した。講師は、西部ガス株式会社の関連会社の株式会社ユニティの常務取締役で、
産業カウンセラー・CDA(キャリア・ディベロップメント・アドバイザー)としても活躍
なさっている山上裕治氏に依頼した。企業が学生を採用する際に、どんな考え方から選考が
なされているかの実際を紹介してもらうために、講演テーマは「企業人事部から見た望まし
いキャリア観」とした。
参加者は、一般14人、学生35人、文学部教員14人、人間環境学部教員10人、事務職員16人
の89人だった。
採用と入社後3年くらいまでの新入社員研修の現場で直面している問題について、山上氏
が感じておられることを話してもらった。山上氏によれば、「キャリア」ということに関し
ては、「これが正解だ」というものはない。会社の人事部では、「どうしたら社員が元気で
生き生きと働いてくれるのか」を日々考えているそうだ。答は見つからず、試行錯誤の連続
だそうだ。以下は、講演の内容である。
年に何回か、キャリアに関する講演や授業を引き受けているが、そこで私(=山上氏。文
脈に応じて、以下同様)ができることは、「サラリーマンという生き方」について少しでも
理解してもらうことである。働かない人がこれだけ増えているということの原因の一つに、
会社なり団体なり組織のなかで働くという働き方に対して、若い人たちが「抵抗感」をもっ
ているということがあるようだ。しかし、「サラリーマンという働き方は、思うほど悪くな
いのではないか」ということが、講演や授業で私が伝えたい内容である。若い人たちには、
「会社員という働き方」も将来の職業の選択肢のうちの一つとしてぜひ考えてもらいたいと
思っている。
2003年にリクルートが高校生を対象に調査を行った際、高校生がなりたくない職業の1位
が教師、第2位がサラリーマンだった。日本の社会はサラリーマンが中心になって支えてい
ると思っていたので、人事業界は
愕然とした。そういうこともあっ
て、「サラリーマンという生き
方」について紹介しなければなら
ないと思っている。
通常、キャリアについて語る人
には多くの転職経験がある。転職
経験がない人はキャリアの話をし
ないというのが通説である。しか
し、私には転職経験がない。私は
サラリーマンとしてキャリアを語
りたい。20年間サラリーマンをし
平成20年度「職業キャリア導入教育特別講演会」講演風景
平成20年10月21日㈮
場所 : 福岡女子大学 視聴覚室
− 52 −
6 職業キャリア導入教育特別講演会
ている。主に営業現場にいた。顧客接点で言えば、法人営業もしたし、エンド・ユーザーの
営業もした。ガス屋なので、自分の仕事が人の生活にどう役立っているかわかりやすい。営
業管理の仕事もした。気温の分析、水温とガス販売量の関係などを調べた。そうした営業経
験を経て、2002年から人事労政部で人材育成担当になった。そこでは、主に採用と教育の仕
事を行った。
人事の仕事は、どうイメージされているか。いいイメージか、わるいイメージか。「人事
の人」と聞いて、「いい人だ」「この人についていけば、きっといいことがある」と思うだ
ろうか。どちらかというと、ネガティブなイメージ、嫌な感じがある。社会人に対しても学
生に対しても、「人事の人って、どういう人だと思いますか」と聞くと、たいてい「気味が
悪い」という答が返ってくる。社員の情報を一手に握っているわけだから、そう思われても
仕方がない。特に学生の間には、「人事の人から選考される」というイメージがあり、すご
く嫌なイメージがある。黒いスーツを着て、黒い車に乗って、笑わず、何を考えているのか
わからない人、それが人事の人というイメージがある。「面接の達人」「人の心をつねに読
んでいる人」などと言われる。「信用できない人」「心許せない人」とも言われる。
しかし、最初に述べたように、人事部では、「どうしたら社員が元気で生き生きと働いて
くれるのか」「そのような社員になる学生にどうしたら入社してもらえるのか」を真剣に考
えている。たしかに、会社の都合で、社員に厳しいことを言ったり、社員の意にそぐわない
異動をしたりしている。採用では志望者全員を採用するわけではないので、せっかく受験し
てもらったにもかかわらずお断りすることもある。しかし、「どうしたら社員が元気で生き
生きと働いてくれるのか」をつねに考えているというのは本当である。この講演の間だけで
も、それは信用してもらいたい。そうしてもらわないと、私が言うことが皆さんに届かない
と思うからである。人事の人には「他言してはならないこと」が多く課せられているので、
人事の人はなおさらイメージが悪くなる。しかし、実際はそうではないということを理解し
てもらいたい。
西部ガスは、全国で見ても大きい方の会社である。ただし、従業員は約1,600人である。
従業員に対して人事部の目が行き届く会社である。従業員数が1万人を超えるような会社に
なると、人事や教育は基本的な制度に則って行っていかなければならないが、従業員数が
2,000人くらいまでだと、「従業員の顔を見ながら」人事や教育ができる。西部ガスは北部
九州を中心とした地場の会社で、従業員は九州出身者が圧倒的に多い。しかし、最近は東京
や大阪から福岡に縁もゆかりもない人が入社することもある。たとえば、「都市ガスの会社
で環境問題や水素の問題を扱いたい」ということで、東京や大阪から福岡へやって来る。し
かし、圧倒的に九州出身者が多い地元の企業である。
西部ガスで20年間勤めた。人事部に6年間在籍した後、この7月に転勤になって、現在
は、従業員数約100人の関連会社で役員を務めている。営業を中心に業務を見ているが、
日々行っていることと言えば、どうしても従業員の「人の問題を解決すること」が中心にな
る。会社というところは人で成り立っているので、毎日毎日、人の問題が生じる。それをど
− 53 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
う解決するかということが、私が現在の会社で行っているマネジメントの仕事ということに
なる。
一口に人事部と言っても、そのなかにはたくさんの部署がある。私は、人材開発と人事の
仕事、直接人に当たる仕事をしてきた。人事制度の企画を担当する人は、経済工学出身者
で、朝から晩までものすごいエクセルのシートを開いて、給与や社会保険の計算をしてい
る。人の問題を解決するために、朝から晩まで面接をして人に会い続けている人もいる。採
用担当の若手メンバーになると、旅役者である。夏ぐらいからホームページを作ってネタを
仕込み、10月ぐらいから合同会社セミナーに出かける。日本全国、東京、大阪、各大学に、
パソコンとプロジェクターをもって出かける。1月ぐらいまで、延々とセミナーを続ける。
会社説明をして、質疑応答をする。そのため、だいたい半年くらいは会社にいない。その他
に、会社の寮の管理や社員の健康管理の仕事を担当しているメンバーもいる。要するに、人
事部というのは、「どうしたら社員が元気で生き生きと働いてくれるのか」ということに関
して、それぞれのアプローチで仕事をするところである。幅広い仕事をするところである。
その人事部の仕事で、何が一番大変だったかと言えば、採用と新入社員研修である。今
は、会社と新入社員の間のギャップが非常に大きくなっている。西部ガスでは、入社後2ヵ
月間、新入社員研修を行う。最初の2週間は合宿で行う。会社の研修所で行い、2人もしく
は3人の相部屋での合宿である。食事は、食堂で決まった時間に同じものを皆で食べる。新
入社員が最初に何に躓くかと言えば、「ご飯」である。ご飯を食べられないのである。研修
どころではない。研修では専門教育をしようとしているが、その前に、集団のなかで生活で
きない新入社員が増えている。
最近の新入社員は、ご飯をゴミ箱に捨てる。ご飯は、嘱託社員が目の前で「はい、どう
ぞ」とよそってくれたご飯である。しかし、食べられないものはゴミ箱に捨てるというの
が、今の若い人には当たり前になっている。「残すのはいけないですよ」とか「『いただき
ます』の意味はわかりますか」とか話しかけて、生活の基本を教えようとするが、それでも
捨てる。
贅沢だが高価な生食の卵を出したところ、生卵は食べられないということで捨てた人がい
た。それを激しく叱責したら、今度は生卵を部屋に持って帰って隠すという事件が発生し
た。生活や価値観というところからやり直さないと、社会人として働いていくには難しいと
いう状況がある。会社で働いていると、短時間でご飯を食べなければならないときもある。
嫌いなものでもお客さんと一緒に、ありがたく感謝しながら食べなければならないときもあ
る。新入社員には、そういうことができるようになってほしいということから教育を始めて
いる。そういうことをわかってもらえるようにするだけでも、随分と苦労している。それく
らい、社会人になるためのギャップがある。
どの会社の人事部でも今困っていることとして、新入社員が研修中に病気になるというこ
とがある。とにかく、病院に行くことが多い。ある程度の時間が経つとストレス耐性ができ
てくる人がほとんどだが、集団で一緒に生活するとか、集団でものごとを決めるとか、ルー
− 54 −
6 職業キャリア導入教育特別講演会
ルに則って生活することがなかなかできない。人事・教育の世界では、会社どうしがひじょ
うに仲良くしていて、東京や大阪の同業者や地元の会社と情報交換を密にしているので言え
るのだが、このような状況はどの会社でも起こっている。
企業が求める人材とは、どんな人材か。能力の段階で言えば、「自分でやってくれる人」
「人を使ってやってくれる人」「やることを考えてくれる人」という整理の仕方がある。今
はどこに行っても、「過去の成功体験は通用しない」と言われる。「先輩の仕事をそのま
ま覚えてください」では仕事にならない。「こういう結果を出してほしいんだけれど、どう
いうやり方があるでしょうか。自分で考えてください」というような指示を受けての働き方
が、今は多くなってきている。そうなると、「どうやったらできるのか、やることを考えて
くれる人」というのがひじょうに重要になる。そういうことから、求められる人材像は、ど
こに行っても「自律あるいは自立」ということになっている。
しかし、「自律/自立」にあまりにもこだわりすぎて採用や社員教育を行った結果、「他
者理解」や「社会性」が低い人が増えてしまった。自律/自立しているんだけれども、会社
のなかでうまくいかないという人が増えてしまった。自律/自立は重要だけれども、その前
提として「仲間と一緒に仕事ができる」ということがある。やはり会社や組織では、「仲間
と一緒に仕事ができる」ための「他者理解」や「社会性」が最も重要である。
何年か前に、「東大の賞味期限は6ヵ月」という川柳が人事業界で流行った。現在は世の
中の変化が激しいので、会社では、その人の学歴やプロフィールを重視しない。重視するの
は、「伸び代(のびしろ)」である。「この人は会社に入ったら、どれくらい伸びてくれる
のか」という点を採用の際に重視する。学生が今もっている知識や基礎学力は、当然極めて
重要である。これがベースになる。しかし、今これをもっているからといって、その人が入
社後にいい結果を出してくれるかどうかはわからない。
40年、45年の会社人生では、つねに勉強の連続である。会社とは、勉強するところであ
る。毎日毎日、「結果を出すためにはどうしたらよいか」を勉強するところである。40年、
45年勉強した結果、その人がどうなるのだろうかという点を採用の際に重視する。思考特性
や行動特性が「伸び代」を期待させる人、このような人を人事部は求めている。東大に入る
ためのプロセスはひじょうに重要だったし、それは否定されるものではないが、それ以降の
努力を本人が望むか望まないかが会社では問われる。
西部ガスでは、いちはやくコンピテンシー・インタビューという採用方法を取り入れた。
『面接の達人』(22)という本にも書かれているが、面接では、その人の「考え方」ではな
く、「過去の経験から皆さんがどういう思考特性・行動特性をもっていたかを教えてくださ
い」ということを尋ねている。「クラブでも勉強でも、自分が向き合った出来事、自分が一
番一生懸命やったことを話してください」と言っているのは、「思考特性・行動特性を教え
てください」ということを言っている。
面接では「自己分析」が重要で、価値観をはっきりさせておく必要があると言われている
が、それだけではなく、小さなことでもよいので、「自分ががんばった経験」を整理してお
− 55 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
くことが重要である。単に、結果が出た/出なかったということではなく、その過程で自分
がどんなことを一生懸命やったかを整理しておかなければならない。
しかし、エントリーシートなどでは、志願者のほとんどが同じことを書いてくる。「家庭
教師をやりました。生徒に合わせた教え方を自分で考えて教えました」という調子の記述が
6割くらいある。ステレオタイプになっている。そうならないようにするためにも、自分自
身の棚卸しをするなかで、自分ががんばったことを整理しておくことが重要である。
コンピテンシーとは、行動科学や心理学の世界で使われている言葉で、行動特性のことで
ある。会社では、社員の行動特性をコンピテンシーという言葉を用いて評価したりトレーニ
ングしたりしている。
ある女子大の学生が面接に来たときに、「一番がんばったことを話してください」と言っ
たら、「貯金をしました」と答えた。「私は、目標を決めて計画的に貯金をした結果、○○
円貯めました」と言った。粘り強く継続する力があるということを言いたかったのだろう
が、「その事例ではあなたを評価することができないので、別の事例の話をしてください」
と言ったら、「う~ん」と言って黙った。「クラブは?」「アルバイトは?」と尋ねたら、
「アルバイトはやってました」と答えた。しかし、何のアルバイトかは言わない。「気にし
なくていいから、何のアルバイトか言ってください」と言ったら、「飲食店でホールのアル
バイトをしていました」と言う。「楽しかったですか」と尋ねたら、「楽しかったです。一
生懸命やって、店の運営方法を変えました」と言った。「なぜ、それを言わなかったのです
か」と尋ねたら、「キャリアセンターで、女性が飲食店のアルバイトをしたことは言っては
いけないと言われたからです」と言う。
この例にも表れているように、学生の間には、「自己の能力をどう見せたらよいか」とい
うことに関して「戸惑い」があるようである。「自分のいいとこ探し」を「出来事中心」で
行うことが重要である。その際、画一的にならないことも重要である。
キャリアとは、単に職業や過去の経歴ではなく、将来を含めた個人の人生全体のことを指
す。会社のためとか、国のためというのは現在の状況にフィットしないし、現実的でもな
い。一人ひとりの人生のなかで仕事に意味づけをしていくことが重要である。
厚生労働省の「キャリア形成を支援する労働市場政策研究会」の報告書(23)に、「働く」
ことの定義がある。「個人が社会の中で、それぞれに夢を持ち、長い職業生活を通じて、失
敗・挫折と成功体験を繰り返しながら、それを実現できる」ようにすることが、「働く」と
いうことである。そのなかでも、自分が社会とつながっていることを実感していくこと、こ
れが重要である。
しかし、長い職業生活のなかで、なかなかここまではたどり着けない。職種によっては、
自分がやっている仕事が社会とどうつながっているのかわかりづらいものもある。成功体験
もそう簡単に積めるものではない。しかし、先輩に励まされたり同期と愚痴を言ったりしな
がら働いているうちに、小さな成功体験が積み重なっていき、自分自身のキャリアが出来上
がってくるのではないかと個人的には思っている。
− 56 −
6 職業キャリア導入教育特別講演会
日本語で「仕事」とか「働く」と言うとひじょうにわかりにくいが、英語で考えてみる
と比較的わかりやすい。Job、Task、Work、Labor、Mission、Occupation、Profession、
Status、Vocation、Careerなどの言葉がある。英語では、仕事の意味合いや位置づけで、こ
うした言葉を使い分けているそうだ。
働く目的を3つにまとめるとすれば、1つには「収入」がある。仕事そのものが人の役
に立っていないといけないので、もう1つには「貢献」ということがある。さらにもう1
つには、仕事をすることによって、自分自身が「成長」するということがある。「収入」
「貢献」「成長」の3つの目的がそれぞれに重なり合っている。この3つを統合したものが
「キャリア」ではないかと私は考えている。
しばしば、「サラリーマンはキャリアなど考えなくてもよいのではないか」ということ
が言われるが、65歳、70歳代まで働こうとする人が増加している今日の就労状況では、サラ
リーマンでさえ50歳から60歳くらいのところで「次の仕事をどうするか」を決めなければな
らない。会社で自分の役割を果たした後、自分がどうありたいのか、次の人生をどうするか
を、会社のなかで働きながら考えていかなければならないライフ・ステージになっている。
一般に、キャリア・プランニング・プロセスは、次の7段階になっている。①意思決定の
必要性の自覚、②自己の再評価、③仕事の特定、④選択肢に関する情報収集、⑤仮決定、⑥
教育・訓練、⑦就職・異動である。最近のキャリアカウンセリングでは、②と③ばかりが注
目されてきている。大学によっては、職業興味テストなどのアセスメントを全学生が受けな
ければならないことになっているが、学生がテスト結果にこだわりすぎてそこからなかなか
抜け出せないという弊害もある。テスト結果は参考になるとしても、学生の可能性は決して
狭いものではないし、テスト一つでわかるものではない。
可能性を探るには、いろいろな職業の人たちと実際に話すことが重要である。「専門職信
仰」というものもあるが、いろいろな職業に目を向けていくことが重要である。アセスメン
トに特化していくと、専門職しか残らない傾向がある。仕事の情報収集は、人を介した情報
収集であることが重要である。
今の学生や新入社員は、ひじょうに焦っている。何に関しても、「すぐ結果が出る」と
思っている。プライドも高い。しかし、結果はなかなか出ないので、そこから崩れていく人
が多い。仕事はそんなに甘くない。社会人としての基礎力をつけるまでの間の「我慢」が必
要である。結果を出すためには、プロセスが必要である。「正解」や「これしかないという
方法」はない。「専門性が高ければ偉い」「専門性があれば安心できる」と思う人たちが増
えている。職業・職種に上下をつけたがっている。この傾向は、年々強くなっている。
どの会社でも今の若年者は、会社に入ってすぐに結果を出したいと思っているが、結果は
出ない。そのときに、「どうやったらいいんですか」と「正解・手法」を求めたがる。それ
だけではなく、「できない」ということで激しく落ち込む。会社に入って2年目ぐらいが、
一番つらい時期である。会社側はそのときに徹底的にケアをするが、社員にはその時期をど
うしても乗り越えてもらわなければならない。
− 57 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
仕事や職種によって、人の育てられ方は違う。しかし、今の若年者には、なぜか「皆と一
緒でなければ納得できない」という特徴がある。「あの人があの研修に行ったのに、私が行
けないのはなぜでしょうか」などと聞いてくるが、会社としては、長い目でその人に合った
育て方をしている。決してその人を悪い方へ陥れようとしているわけではない。
しかし、なぜか「私だけが遅れているのではないか」という不安感に囚われている。新入
社員の配属発表をすると、「えっ、何で私が営業なんですか。経理に行くと思っていまし
た」などと言う人がいるが、会社としては、いろいろな経験を通してその人を成長させたい
と思っている。「思い込み」をもたず、いろいろな可能性に挑戦することが重要である。
理系の学生は研究職を希望し、文系の学生は広報や企画を希望する。しかし、希望理由は
曖昧である。本当は働きたくないけれど、研究職だと学生生活の延長で仕事ができると思っ
ている。広報と宣伝の区別もついていない。職種に対する「思い込み」や「上下」のイメー
ジで希望を出してくる。
さらに、コミュニケーションの問題もある。内定した学生にプレゼンテーションをやらせ
ると、とんでもなく上手い。「このことについて、3分で話してください」と頼むと、社員
よりも上手にできる。しかし、5人ないし10人のグループに対して、「このことについて、
10分で結論を出してください」と頼むと、何もしゃべることができない。かっこよくしゃべ
る力は強くなっているが、人とかかわる力が弱くなっている。教育現場では、学生に討論さ
せることを通じてコミュニケーション能力を育てていくことが重要だと思われる。
現在の特徴として、「自分はこれしかできない」「自分にはこれしかない」というふう
に、自分自身の可能性を限界づけてキャリアを考える人が多くなっている。しかし、天職は
自分で探っていくものである。天職を探る場として、会社組織は有効である。私の場合、人
事で働くということは自分では考えたこともなかったが、働いてみたら楽しくてしょうがな
かった。私は自分が知らなかった可能性を、会社組織のなかで見つけることができた。仕事
を通して自分の特徴を確かめていくことが重要である。
以上のような講演の後、質疑応答に移った。次の①~④のやりとりがなされた。
①【質疑】生卵事件のその後はどうなったか。
【応答】掃除の方が、部屋に卵が隠されていることを発見して教えてくれた。そこで、隠
した人に、「自分が食べられないものがあるときにはどうしたらいいか、自分で考えてごら
ん」と話をした。しかし、結局気づいてくれなかった。仕方がなかったので、「自分が食べ
られないものがあれば、『調理の方に、自分は食べられません』と言えばいいんじゃない
の」と教えた。
ご飯を捨てる人に対して、毎回毎回「どうしたらいいか考えてごらん」と言っているが、
なかなか気づいてくれない。ついには、「量が多すぎるんだったら、調理の方に『量が多す
ぎるんですけど』と言ってみればいいんじゃないの」とか「自分が手をつける前に、同じ
テーブルの人に『誰か食べられる人いない?』と聞いてみればいいんじゃないの」とか教え
ている。
− 58 −
6 職業キャリア導入教育特別講演会
このような気づきは、仕事のなかでも必要である。皆と一緒に食事をするということは、
仕事のなかでも大事なことである。このようなことに関しては、言えばわかってくれるが、
自分では解決してくれない。
②【質疑】現在3年生で、就職活動を始めようとしているところだが、採用する側がどん
な人材を求めているかを考えて面接に臨む必要があると感じた。就職活動に当たって、「私に
何ができるか」ということを考えていた。今までは、「私に何ができるのか」は「資格」のこ
とだと考えていたが、今日の講演を聞いて、それは「どんな社会貢献ができるのか」というこ
とではないかと思うようになった。そのような点から、面接へのアドバイスがあるか。
【応答】面接は、非日常である。おまけに、一方的に評価される場なので、ひじょうにつ
らい。面接に臨むには、場数が必要である。練習が必要である。自然体で臨むのが重要であ
る。面接場面では、ロボットみたいな学生がいる。ある大学では面接の指導がいきすぎてい
て、入室するところから退室するところまで徹底的にトレーニングされている。
面接では、採用側は、「その人と一緒に働きたいか」という感触を探る。作りすぎず、あ
りのままの自然体で、自分の人間性を見せることが重要である。人事の人を「友達だ」と思
うことも重要である。「この人か、私を選ぶのは」と思うと、うまくいかないのではない
か。逆に、自分が「この人事の人がいいかわるいかで、この会社がいいかわるいかを決めよ
う」と思うくらいがいいのではないか。
③【質疑】採用・入社後の女性の状況はどうなっているか。
【応答】採用現場の話をすると、優秀なのは女性ばかりである。男性で、社会性やコミュ
ニケーション能力がある人が、極端に少なくなってきている。女性は、コミュニケーション
能力が高い。年齢相応の社会性を備えている。女性にはライフ・イベントが多いので、女性
は自分自身の人生のことをよく考えていて意識が高い。会社は「男性・女性の枠」を決めて
いるわけではないが、女性は粒ぞろいで、男性はなかなか優秀な人が見つからない。
なぜ女性ばかりが優秀なのか。これは「人事の謎」と言われている。女性は、学生時代を
含めて、小さい頃から、「女性集団のなかで社会性がなければ生きていけない」からだとい
う話もある。現在、教育学や行動科学の分野で就職や若年者の行動を研究している人の間で
は、「なぜ女性の方が優秀なのか」がテーマになるくらいである。
西部ガスの場合、総合職では男女が半々くらいである。理系は機械、電気、化学が中心
で、ほとんどが男性である。女性で理系に応募してくる人がまずいない。女性で育児休暇を
取る人はいる。どのタイミングで子どもを生むのか。出産でキャリアが途絶えがちになるの
は女性の方が多いので、女性の方がより真剣に考えている。サポート制度は整っている。育
児休暇は3年取れる。しかも、続けて取れる。第1子と第2子を続けて出産して、ほぼ4年
くらい会社を離れる人たちもいる。
その人たちが会社に戻ってきたときに、その人たちを会社がどうサポートするかは未知数
である。女性の総合職の方々には、「ロール・モデルがいないので、どうサポートしたらよ
いかを会社も考えるけど、皆さんも一緒に考えていきましょう」と言っている。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
もはや女性が男性化することでキャリアをつくる時代ではないことは、会社も認識してい
る。男性と同じことをして女性がキャリアをつくっていく時代ではない。女性それぞれが自
分の人生、自分のキャリアをつくっていけるような状況にすることが、これからの課題であ
る。どこの会社でも制度はできているが、先進的な取組をしている一部の会社は別として、
まだまだ男性中心の会社が多い。
法律や制度ができているので、女性が会社に入ってもスムーズに仕事ができるはずだと
思っている人が多いけれども、実際に会社に入って働いてみたら、そうではなかったという
ことが多い。まだ現在のところ、会社は古い体質を残したまま新しい制度を取り入れている
という状況である。女性がパートナーや家族と相談しながら、出産や仕事をしやすい環境を
実際につくっていくのは、まだこれからの課題という状況である。
④【質疑】採用側として、大学でのキャリア教育に対しての要望は何か。
【応答】最近、東京のある大学関係者と話したら、「これから大変になりますよ」と言わ
れた。大学で起こっていることは、そのまま会社のなかで起こる。内定者教育でレポートを
書かせると、グーグルで検索して、コピーしてペーストしてくる。それが当たり前に行われ
る。大学でも同じことが起きているそうだ。
大学に対する要望ということだが、特効薬みたいなものはない。しかし、大学時代に、友
人や、できれば年配の社会人など、「人とのかかわり」を通して、「自分の存在感」や「職
業に対する価値観」などを学生に確認させることが重要ではないかと思う。
「自分自身がこうだからこう」というような短絡的な結論を導く学生が多い。したがっ
て、「あの人はこういうことを言っていて、この部分は私と違う」「あの人はこういうこと
を言っていて、この部分は私と同じ」「あの人が言うことは、まったくわからない」「あの
人が言うことには、共感できる部分がある」というような「人とのかかわり」を通して、
「価値観」や「職業観」を学生に確認させる場を多くもたせることが重要ではないか。
ある大学でキャリアカウンセリングを行っている友人によれば、カウンセリングに通いつ
めてくる学生が多いそうだ。3年生の中ごろから始めて、最後の最後まで、「こういうこと
があったんですけど、どうしましょう」と言うだけの連続だそうだ。このような学生たち
は、他人との「人間関係」のなかで、自分の「価値観」や「職業観」を確認する作業を行っ
ていない。具体的にその作業をどうやればいいのかについてはよくわからないが、そのよう
な確認作業が重要だと思っている。
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6 職業キャリア導入教育特別講演会
平成20年度職業キャリア導入教育特別講演会チラシ
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
6-3 平成21年度職業キャリア導入教育特別講演会
平成21年度の「職業キャリア導入教育特別講演会」は、平成21年(2009年)6月23日に本
学で開催した。講師は、福岡商工会議所会頭、株式会社九電工代表取締役会長、福岡女子大
学理事などを務めておられる河部浩幸氏に依頼した。多彩な場面で活躍なさっている河部氏
の率直な考えを紹介してもらうために、講演テーマは「産業界から見た女子学生・女子大学
への期待と要望」とした。
参加者は、一般15人、学生57人、文学部教員12人、人間環境学部教員11人、事務職員27人
の122人だった。
河部氏は、九電工の代表取締役社長を務めた後、2年前から代表取締役会長を務めて現
在に至っている。九電工の仕事は、九州電力の仕事が約25%、ビルの電気・通信工事が約
50%、空調・衛生工事が約25%である。社員は、九電工本体に約5,700人、関連企業55社に
約2,300人、合計約8,000人である。営業地域は、九州・沖縄全域と東京・大阪である。従
来、九電工では九州電力から社長が就任していたが、河部氏は42年ぶりに「生え抜きの社
長」となった。ちなみに、九電工は九州電力の子会社でも関連会社でもない。河部氏は社長
就任後、年功序列と学歴主義を廃止し、実力主義に変更した。
九電工の企業理念は、「株主に対して安定した配当を行う」「従業員とその家族を守る」
「地域社会に貢献する」である。その他に、社員が一丸となってめざすキャッチ・フレーズ
として、「そこまでやるか」を掲げている。「安全もそこまでやるか」「営業もそこまでや
るか」「工事品質もそこまでやるか」ということでポスターを作り、社員が共通して「そこ
までやるか」に立ち向かっている。「そこまでやるか」という銘柄の焼酎を造って、得意先
に配って喜んでもらっている。
平成21年度「職業キャリア導入教育特別講演会」講演風景
平成21年6月23日㈮
場所 : 福岡女子大学 視聴覚室
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6 職業キャリア導入教育特別講演会
会社を挙げて徹底して挨拶運動を行っている。「いつも笑顔で挨拶」というポスターを作
り、「おはようございます」「失礼いたします」「こんにちは」などを励行している。その
結果、社員の一体感が出てきた。やろうと思えば、挨拶は簡単にできる。大きな声で挨拶を
すれば、人と人の心が通い合うことができる。
今年の採用試験は、すでに終了した。来春の大学卒業予定者については、約120人を採用
する予定である。そのうち、女子学生は9人だった。試験では、大学名を伏せて面接を行っ
ている。高校卒業予定者については、約100人を採用する予定である。大卒と高卒を併せ
て、毎年約220人を採用している。
世界で最も早くできた商工会議所は、1599年に設立されたフランスのマルセイユの商業会
議所(Chambres de Commerce)である。日本では、明治11年(1878年)に東京、大阪、
神戸に商工会議所(商法会議所)が設立された。福岡に商工会議所が誕生したのは明治12年
(1879年)で、今年で130周年を迎える。来る10月13日に記念式典が催される予定である。
福岡商工会議所では、5月の連休中に福岡で実施されるお祭り「どんたく」を開催してい
る。去年も今年も、パレードにディズニーに来てもらった。去年は220万人、今年は雨の影
響で200万人の観客数だった。「どんたく」は、観客数が日本一のお祭りである。去る3月
22日には、福岡国際センターでファッション・ショーをはじめて開催した。5,000人収容の
会場のなかに7,000人の観客が入った。たいへんな盛会だった。来年は3月21日に開催する
予定である。その他に、「全国うまかもん市」や「経済人の余技展」などを行っている。
チャリティーでの収益金は、社会福祉のために用いている。
商工会議所の本来の仕事は、地域の中小企業の商業・工業の発展のための支援である。ア
メリカの金融破綻に端を発する昨年来の不景気に対する対策としては、「貸し渋り」「貸し
はがし」がないように国・県・市に要望書を提出した。定額給付金の使途については、貯蓄
に回さずに、なるべく消費するようにお願いした。たとえばそのような地域活性化のための
アドバイスを行っている。新型インフルエンザの問題では、いち早く中小企業に対して感染
予防対策を呼びかけ、マスクを用意した。
日本全国には515の商工会議所がある。加盟会社数は138万社である。九州には79の商工会
議所があり、14万社が加盟している。商工会議所は、たいへん大きな組織で、国が認めた唯
一の経済団体であり、中小企業の育成に力を注いでいる。県と市の間に入って、さまざまな
仲介役を務めている。
福岡商工会議所では、日商簿記、販売士、カラーコーディネーター、九州観光マスターな
ど、11の検定試験を実施し、毎年約3万人が受験している。最も受験者数が多いのは簿記検
定試験で、約16,000人が受験している。
現在、各企業の経営が厳しく、商工会議所から脱退する企業もある。あるいは、倒産や夜
逃げなどをする企業もある。しかし、商工会議所では、なるべく多くの企業に会員になって
もらい、皆で助け合っていこうと考えている。
日本の全企業のうち、99.7%が中小企業である。九州では大企業が少ないので、99.8%が
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
中小企業である。全国の雇用者の69%が中小企業で働いている。九州では、83.6%が中小企
業の雇用者である。日本の経済の発展は、中小企業の発展なくしてはありえない。
女性には、男性よりも大きな力がある。平均寿命は、男性が79歳、女性が86歳である。
女性の平均寿命は、23年連続世界一である。現在、90歳以上の女性は、日本全国に88万人い
る。90歳以上の男性は、27万人である。今後の寿命の予測では、女性の約44%が90歳まで生
きる。男性の場合は、約20%である。
現在、少子高齢化ということで、若者の数が減少している。現在の日本の出生者数は、
約108万人である。平成元年当時は、約125万人だった。この20年間で、出生者数は約20万人
減った。このことから、今後、若者の労働力がますます必要になるのは明白である。留学生
が日本に残って働いてくれることにも期待しなければならない。現在、日本には約123,000
人の留学生がいる。政府は「留学生30万人構想」を掲げているが、日本の物価が高いため、
日本への留学はそれほど容易ではない。留学生が一番多いのは東京で、約42,300人である。
二番目は大阪で、約10,300人である。福岡は三番目で、約6,600人である。留学終了後、日本
に残って日本で就職する留学生の割合は、約1割である。文化の違いなどのために企業が留
学生をなかなか採用しないという側面もあるが、経済界としてはなるべく多くの留学生が日
本で就職し、日本と外国の架け橋になることを期待している。
福岡商工会議所では、アジアとの交流を積極的に進めている。去る1月10日には、麻生太
郎総理大臣とともに、韓国の李明博大統領に会った。プサンの商工会議所と姉妹商工会議所
になって20年経ったので、2月にはプサンへ行った。3月にはベトナムへ行った。ハノイに
は九州から18社が進出している。ベトナムの労働者は、ひじょうに勤勉で真面目で、礼儀正
しい。ちょうど日本の明治時代くらいの様子ではないかという印象がある。その後、台湾へ
行って、馬英九総統に会った。台湾も日本とのさらなる交流を望んでいる。
福岡には18の名誉領事館と総領事館がある。去年の9月にカンボジアの名誉領事館が開設
された。去る4月にベトナムの総領事館が開設された。7月にはモンゴル名誉領事館が開設
される。河部氏は、インドネシアの名誉領事を務めていて、7月14日からインドネシアに行
く予定である。福岡・九州は、東京よりアジアに近い。今後は、アジアとの交流を重要視し
て、人的交流と貿易を促進するべきである。
女子学生に人気がある就職先は、JTB、資生堂、ANA、三菱東京UFJ銀行、JAL、オリ
エンタルランドなどである。共通して見られる特徴は、「安定性がある」「国際人になれ
るような気がする」「自己成長が望める」である。20年前の国会議員に占める女性の割合
は約5%だったが、現在では2倍の約10%である。日本では、女性で知事になった人は6
人である。太田房江・大阪府知事(2000年~2008年)、潮谷義子・熊本県知事(2000年~
2008年)、堂本暁子・千葉県知事(2001年~2009年)、高橋はるみ・北海道知事(2003年~
現在)、嘉田由紀子・滋賀県知事(2006年~現在)、吉村美栄子・山形県知事(2009年~現
在)である。女性の活躍がもっと望まれる。
残念なことに、給与の額には男女格差がある。これには、出産・育児にかかわる女性の負
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6 職業キャリア導入教育特別講演会
担も関係している。約7割の女性が「経済力がないので、子どもを産みたくない」と考えて
いる。男性の協力が不可欠である。男性の平均給与は、44歳で約541万円である。女性の平
均給与は、44歳で約271万円である。女性の場合は男性の場合のちょうど半分である。女性
の場合、正規雇用者であっても、結婚後に退職し、パートや派遣社員になることが多い。し
かし、国も財界もこの問題に対しては対策を講じて、給与面で男女格差が生じないようにす
る工夫を行うべきである。
女性の待遇改善が今後の課題であるが、すでに官公庁では局長や部長など、重責を担って
いる女性が多くいる。会社経営をしている女性も数多い。熊本の著名な製薬会社、福岡の著
名な食品会社の社長は女性である。経営努力をして、大企業よりも収益を上げている。商工
会議所のなかにも「女性会」というものがあり、女性の社長が集まっている。
企業が求める学生は、①主体性のある学生(前向きに考えることができる学生)、②発信
力のある学生(自分の意見をわかりやすく伝えることができる学生)、③行動力のある学
生、④規律正しい学生である。現在の入社試験では、面接試験が重視されている。面接試験
では、「どうして当社を、当社のどんなところに魅力を感じて受験したのか」という志望動
機が尋ねられる。「入社したら何をしたいか」「学生時代に燃えたことは何か」も必須項目
である。学生の回答から、「どれくらい意欲があるか」「どれくらい勉強してきたか」は面
接担当者に伝わる。前向きにものを考えるのが重要である。
先日、東京で友人の順天堂大学の奥村康先生に会ったら、最近の著書『「まじめ」は寿命
を縮める「不良」長寿のすすめ』(24)という本をくれた。まじめすぎると、考えすぎる。悩
みすぎる。女性は90歳過ぎまで生きることが見込まれているので、少々失敗しても前向きに
明るく考えていくことが重要である。陰にこもらない。消極的にならない。
人生のなかで男性はいつ亡くなりやすいかと言えば、配偶者が亡くなったときである。こ
れが男性の死亡原因の1位である。2位は糖尿病、3位は煙草の吸い過ぎである。男性に
とっては、女性の死亡がストレスとなり、自分の死亡の原因になる。しかし、反対に、男性
が早く死ぬと、女性は長生きする。
外国人から見た場合、以前は「日本人は真面目で、勤勉で、メガネをかけた人が多く、働
き蜂・働き蟻だ」などと言われていた。しかし、最近、1,000人の外国人に「日本人は勤勉
か」と質問したら、「勤勉だ」と答えた外国人は28%しかいなかったそうだ。「外国人に比
べて日本人には真面目さが足りない」と思う外国人が6割程度いた。公共のマナーについて
は、90%の外国人が「悪い」と思っている。たとえば、電車やバスのなかで化粧をすること
は、外国では考えられない。今後、日本人は国際人としてのマナーをもっと身に付ける必要
がある。日本人は外国語を話すことはできるが、日本の歴史や文化についてほとんど知ら
ないという指摘もある。また、日本人は外国人に遠慮している。国際人として自分の意見を
もっと積極的に言う必要がある。日本人には自信がないのか、外国人に対して自己主張が足
りない。そのためにも、もっと勉強する必要がある。
しかし、明日を作るのは女性である。女性には男性よりも大きなパワーがある。女性は長
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
生きする。女性は子どもが産める。男性は産めない。仕事と家庭の両立は容易ではないにし
ても、日本の将来は女性にかかっているので、ぜひ頑張っていただきたい。
以上のような講演の後、質疑応答に移った。次の①~⑤のやりとりがなされた。
①【質疑】企業が学生に求める資質として4点が挙げられたが、それは男女に共通して求
められる資質である。特に女性に求められる資質があるとしたら、それはどんな資質か。
【応答】入社試験の成績では、上位はほとんどが女性である。そのまま公平に採用すれば、
女性ばかりになる。そこで、その後の面接で、どのようにして女性を絞り込むかで各企業は
苦心している。そのため、女子学生にはより厳しい規律やより詳細な入社後の抱負などを各
企業は求めることになる。しかし、女性だからということで差別したりすることは、絶対に
ない。ただし、女性に向く会社や職種というものはあるかもしれない。【質疑】女子学生に
求めるものと、男子学生に求めるものとで、何か違いはあるか。【応答】違いはある。女性
には女性らしさを求める。やさしさも求める。そのようなものについては、男性にはあまり
ない。男性と女性には違いがある。しかし、だからといって、男女で何かの差別をするとい
うようなことは、絶対にない。男性には強さを求める。しかし、最近の男性は強いというよ
り、むしろやさしい。男性に決定力がなくなってきている。リーダーシップも発揮できなく
なってきている。企業は男性に明るさと強さを求める。企業に入ってから病気になる人は、
男性の方が多い。3年以内に離職するする人も、男性の方が多い。しかし、女性のなかに
は、なかなか昇進しようとしない人がいる。転勤ができないとか、残業ができないというの
がその主な理由である。
②【質疑】今後、国際的に活躍する女性、リーダーとなる女性がますます求められるが、
そのために企業では現在、どんな環境整備を行っているか。【応答】この問題については、
国や県にも要望を出している。当社では、育児休業制度への取組を進めている。44%が共稼
ぎである。外国には女性をとても大事にしている国もある。日本でも、女性が安心して子ど
もを産んで職場に復帰できるようにするべきである。【質疑】労働環境の整備が進めば、
女性の意識が向上するのか。それとも、女性の意識が向上すれば、労働環境の整備が進むの
か。【応答】たとえば、九州電力などでは、男女かかわりなく新入社員をいきなり宮崎や鹿
児島に配属する。その意図は、「会社に入った以上、甘えてはいけない。男女の別は関係な
い」ということを教えることにある。このことは新入社員もあらかじめわかっていて、納得
した上で入社してくる。そのような考え方をもっていない会社で、仮にそのようなことを突
然行ったら、「そんな所に今さら。それでは、私は辞めます」ということになる。これは考
え方の違いかもしれないが、「男女の別は関係ない」という方式を企業が選択する方が、女
性にとってもよいのではないか。
③【質疑】女性が子どもを産むということは、女性が社会のなかで生きていく上ではデメ
リットではないのか。【応答】女性が子どもを産むとハンディキャップを負うので産みたく
ないというアンケート結果が多い。しかし、女性が子どもを産まないと、少子化がますます
進行する。現在、日本の人口は1億2,750万人だが、50年後には6,000万人になるのではない
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6 職業キャリア導入教育特別講演会
かという予測もある。そうなると、文明が文化で殺される。日本が成り立たない。男性は出
産できないので、女性が出産してもハンディキャップが生じないような環境整備をすること
が重要である。【質疑】しかし、現在、大学生が就職活動を行う際に、女性が出産するとい
うことで、男性よりも不利になることもあるのではないか。【応答】それは、ない。女性が
出産するのは当然のことだから、それを以って採用時に女性に対して不利な扱いをすること
は、企業には一切ない。安心してほしい。仮に企業がそんなことを行ったら、企業は潰れ
る。そんな企業には男性も来ない。愛のない企業には、学生は集まらない。企業が愛を以っ
て人材育成に励むのが一番大きな課題である。ちなみに、就職試験での面接のための訓練を
行っている大学と行っていない大学がある。どの大学で行っていて、どの大学で行っていな
いかは、すぐわかる。今は、面接試験がとても重視されている。面接では、志望動機など、
ごくありふれたことしか訊かない。そのときに、学生が自分の考えをわかりやすく言えるか
どうかがポイントである。日頃からそのような訓練をしておくことが重要である。
④【質疑】九電工に採用される女子学生が少ないのには、何か理由があるのか。【応答】
当社は技術の会社で、入社希望者は電気工学や機械工学を勉強した学生が多い。工学系の勉
強をしている女子学生がそもそも少ない。120人の新入社員のうち、技術職が110人、営業職
が10人である。女性の営業職は、今回はじめて2人採用した。営業と言っても「技術的な営
業」であるので、簡単にはいかない。しかし、慣れてくれば、女性の方が営業には向いてい
るかもしれない。今回の2人の成績がよければ、今後、女性の営業職をどんどんと増やして
いきたいと考えている。【質疑】営業職で大事なことは何か。【応答】一番大事なことは、
気配りである。ややもすると社内の上司などに対して無用の気配りをする社員がいるが、顧
客に対する気配りが重要である。「顧客ありき」である。社内での気配りは、会社を辞めた
ときに役に立たない。顧客に気配りをしていれば、仮に会社を辞めて別の会社に移ったとし
ても、顧客から大事にされる。気配りを通して、顧客から信頼してもらうことが一番重要で
ある。【質疑】気配りという点で、男性よりも女性の方が営業職により向いているというこ
とはあるか。【応答】生まれながらの資質が関係している。人の前で話せない、話すのが嫌
だという人は、営業職に向かない。マイナス思考で考える人も、向かない。営業職に向く人
は、明るくて、積極性のある人である。少々失礼なことを言われても激怒しない人である。
毎日、成果が上がるわけではない。失敗も多い。心の持ち様が大事である。男性に向く、女
性に向くということはないが、女性が頑張れば顧客からより大事にしてもらえる可能性はあ
る。【質疑】九電工の場合、会社の経営において「営業」というものをどう位置づけている
のか。【応答】会社の経営では、営業が一番大事である。しかし、従来、長い間、会社のな
かで営業は大事にされてこなかった。営業職の社員は、朝会社を出たら夜まで会社に帰って
来ない。その間、何をしているかわからない。そんな悪いイメージがあった。しかし、営業
職が仕事を取って来なければ、技術職も技術を生かせない。仕事ができない。魚を釣って来
る人がいなければ、いかに腕のいい料理人でも魚を料理することはできない。会社の業績が
厳しいときには、営業力が一番肝心である。営業職の社員を専門的に教育して育てていくと
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
いうのが、企業の競争力を高めるための課題である。
⑤【質疑】「明日を作るのは女性だ」ということに関して、もう少し説明していただけな
いか。【応答】女性には大きなパワーがある。今、景気が低迷している原因の一つは、女性
の個人消費が伸びていないことにある。デパートの経営者の話では、女性の個人消費が伸び
だすと景気が回復する。デパートの1階、2階、3階は、すべて女性向けの売り場である。
品物を見る女性の目は厳しい。男性よりも遙かに上である。女性にパワーをフル回転しても
らうことが重要である。昔は「男性は仕事、女性は家庭」という風潮があったが、今からは
「男女一緒に家庭を守る」ことが重要である。現に、中国などでは、男女が一緒になって仕
事をしているし、家庭を守っている。長寿社会になると、女性の人数が増える。ちょっとし
たことにはくよくよせずに、前向きに頑張ることが重要である。すると、必ずよくなる。50
年前の女性の大学進学率は、2.5%だった。今は4年制大学への女性の進学率が40%で、短
大を含めると54.1%である。男性の進学率は56.5%である。ほとんど差がなくなっている。
女子学生の皆さんには、「女性にはパワーがある」ということを再認識して、ぜひ頑張って
もらいたい。
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6 職業キャリア導入教育特別講演会
平成21年度職業キャリア導入教育特別講演会チラシ
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
7-1 平成19年度福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
平成19年度の「福岡女子大学キャリア教育シンポジウム」は、平成20年(2008年)2月15
日に、福岡市中央区天神にあるソラリア西鉄ホテルで開催した。最近の文部科学省の政策動
向を本学の「福女CE推進本部」で見極めて、このシンポジウムの総合タイトルは「大学教
育の実質化と女子キャリア教育」とした。
まず、筑波大学特任教授兼キャリア支援室長の渡辺三枝子氏に、基調講演「女子学生の
キャリア形成」を依頼した。続いて、総合タイトルのもとで開催するパネルディスカッショ
ンのパネリストには、広島大学キャリアセンター教授の森玲子氏、京都女子大学現代社会学
部教授の槇村久子氏、金城学院大学人間科学部教授兼学生部長の宗方比佐子氏、東京女子大
学文理学部教授兼キャリアセンター長の今村楯夫氏の4人に依頼した。パネリストは、いず
れも現代GPでキャリア教育に取り組んでいる方々である。基調講演者の渡辺氏には、パネ
ルディスカッションではコメンテーターを務めていただいた。コーディネーターは森邦昭
(福岡女子大学文学部教授、文学部長兼キャリア支援センター長)が務めた。
参加者は、学内者が学生6人、文学部教員17人、人間環境学部教員13人、事務職員19人の
55人、学外者が大学等教職員27人、高校教職員1人、企業関係者4人、市町村関係職員10
人、本学同窓会員13人、一般8人の63人、合計118人だった。
【基調講演の要旨】
基調講演では、およそ次のようなことが述べられた。女子学生のキャリア形成を考えてい
くときに、2つの未解決の問題がある。1つは、大学では「女子学生のキャリア形成」がさ
かんに問題にされるが、高校までのキャリア教育ではジェンダーの問題やステレオタイプを
なくしていく問題などにほとんど触れられていないという問題である。この問題は、文化の
なかに深く根ざした無意識的な価値観の問題である。就職間近になって対応できる問題では
ない。他の国と同様に、日本でも小・中・高のキャリア教育で取り上げなければならない。
もう1つは、男女共同参画の問題は女性だけで解決できる問題ではないのに、男女共同参画
の会議になると男性がとても少ないという問題である。いずれにしても、大学教育は社会の
なかで行われているので、「大学教育の実質化」を考えるとすると、大学だけではなく、大
学を取り巻く状況も考慮に入れなければならない。
他の国では、大学でキャリア教育という言葉はおそらく使わない。キャリア教育というの
は教育全体をキャリアの視点から組み直そうとする運動であるから、大学ではそれが定まっ
た上に積まれる専門教育を行う。そのなかで学生にキャリアプランニングをさせるのがキャ
リア教育になっていて、それは当然のこととされている。しかし、日本ではそうではない現
状がある。キャリア教育と就職が一致している。しかも、就職というものを「仕事と個人の
マッチング」といまだに捉えている。マッチングをさせるだけではなく、「個人の発達と可
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
能性の開発」を専門教育で行うことが、大学におけるキャリア教育である。
社会で活躍している女性は、社会人としての課題と女性固有の課題のバランスをよく考え
ている。しかも共通して、誰かをロールモデルにして生きようと思っていない。女性が社会
に出だしてからの歴史が短いからロールモデルが少ないという面もあるが、かりにロールモ
デルがあったとしても、自分はその人とは違うと考える。先輩から学ぶというのは、単に先
輩をモデルとするのではなく、先輩がどうやってものを学んだかということを学ぶことであ
る。「生き方のモデル」というのは、人によってみんな違う。
平成19年度福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
平成20年2月15日㈮ 場所 : ソラリア西鉄ホテル
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
「若い人はコミュニケーション能力が足りない」とか言うが、一般に大学人の方が「協働
する人間関係能力」が育っていないし、そのためのコミュニケーション能力も育っていな
い。大学の教員が自分の専門を通してコミュニケーションをしていくことで、専門教育と
キャリア教育の統合・融合ができる。それがうまくいけば、学生は自分の専門に面白みを見
つけ、学ぶ意欲が出てくる。大学生は、「コミュニケーションの能力がない」のではなく、
「コミュニケーションのチャンスがない」のである。教員の方から、学生とコミュニケー
ションするチャンスをつくらなければならない。教員の方から、伝えるべきことをきちんと
伝えられる授業をしなければならない。
女子のキャリア形成と言えば、すぐに子育て支援のことや法律的なこと、資格取得のこと
などに大学は取り組みがちだが、教育機関としてもっと重要なことは、社会人、組織人とし
て組織のなかで自分を育てていく力、自覚的に物事を選択して考える力を、専門教育のなか
で育てていくことである。学校を出た後、企業に入れば、能力を育てていくようなチャンス
が女性には男性ほど多くは与えられない。だからこそ、大学が女子学生に対する教育におい
て果たすべき役割は大きい。
【テーマ設定の趣旨と福岡女子大学の取組】
基調講演に続いて、総合タイトル「大学教育の実質化と女子キャリア教育」のもとでパネ
ルディスカッションを行った。まず、コーディネーターが「テーマ設定の趣旨と福岡女子大
学の取組」を紹介した。その後で、各パネリストが各大学の取組を紹介した。
文部科学省では、これまでの特色GPと現代GPを発展的に統合して、平成20年度(2008年
度)から「質の高い大学教育推進プログラム」(教育GP)を実施する。このプログラムを
通して、文部科学省は、各大学等の人材養成目的の明確化やFDの実施義務化などに大学設
置基準等の改正で積極的に対応するとともに、アドミッション、カリキュラム、ディプロマ
の3つのポリシーの明確化や、学内でのPDCA(Plan(計画)、Do(遂行・行動)、Check
(評価)、Action(反映・補正行動))サイクル確立による組織的な運用などによって、教育
の質の向上への取組強化を促進しようとしている。
このプログラムの主管は高等教育局大学振興課で、そこでは「大学教育の実質化」という
点を重視している。大学は学生に在学期間を通じて何を身に付けさせたかということが、
「大学教育の実質化」というフレーズで問われることになる。大学が問われる観点として
は、アドミッション・ポリシー、シラバス、オフィスアワー、FD、授業評価、教養教育、
キャリア教育、ガイダンス、厳格な成績評価などが挙げられている。「大学教育の実質化」
が要請される背景としては、社会からの要請、国際的通用性・共通性、情報公開と説明責
任、大学の大衆化の4点が挙げられている。
大学はいま「大学教育の実質化」というスローガンのもとで、学生に何らかの能力を確実に
身に付けさせる教育をどう構築するかという課題の前に立たされた。もちろん、この課題は、
いまはじめて突然出てきたのではなく、昔からの課題、大学本来の課題、当然の課題である。
− 72 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
しかし、大学を取り巻く環境が激変したため、大学は従来の枠組では当然の課題を果たせなく
なってきた。そこで、大学教育を抜本的に改革することが要求されている。しかし、これは何
も奇抜なことを行うということではなく、大学が学生のために何ができるかという当たり前の
課題を大学がさまざまな現状に即したかたちで着実に果たしていくことである。
福岡女子大学のキャリア教育、現代GPの取組「福女CEプログラム」(内容については、
上述の1-1~1-16で紹介した。)は、女子学生が卒業後に社会で活躍できるようになるた
めの教育、学生のための教育である。「大学教育の実質化」という課題においても、同じこ
とが要求されていると考える。したがって、「大学教育の実質化」と言おうと、「キャリア
教育」と言おうと、大学は学生のために何ができるか、大学は学生のために何をするべきか
という「教育の当然の課題」が議論の出発点になると考える。
【広島大学の取組】
広島大学は共学校だが、女子学生の割合は、学部で39%、大学院で32%である。現在取り
組んでいる現代GPのテーマは、「学生提案型キャリア形成システム基盤構築」である。広
島大学では、「挑戦する意欲を持ち、行動する人材が育つ大学」という教育目標を掲げてい
る。この教育目標の実現をキャリア教育の視点からめざすというのが、現代GPのテーマで
ある。学内のあちこちには、「挑戦する 行動する 広大生よ! フロントランナーになろ
う!」というポスターを貼っている。大学の教育目標を学生にまず知ってもらいたいという
ところから、今回の現代GPの取組は始まった。
昨年4月から5月にかけて、学内でプロジェクトの募集を行った。29件の応募があり、選
考過程を経て、現在18件のプロジェクトが活動中である。たとえば、瀬戸内海の無人島であ
る津久根島の環境を修復するというプロジェクトがある。この島は、この10年ばかりで木々
が枯れて荒廃している。ボート部の学生がこの付近でいつも練習していて、この島には「あ
まんじゃく伝説」(25)があることを知り、ぜひ環境を修復したいと思った。生物生産学部に
所属するプロジェクト代表の女子学生は、島の土壌をチェックして、どんな木を植えれば環
境がもとどおりになるかを考え、昨年11月にクロマツを22本植えた。この活動がきっかけに
なって、「あまんじゃく伝説」を広める活動をしている地域の方々との交流が深まり、今月
には「あまんじゃくフォーラム」を開催するまでに至っている。最初は、島に渡るための
ボートをどう調達するか、保険をどう掛けるかなど、かなりの困難があったが、グループ全
員で一つずつ解決しながら実現にこぎつけた。その他にも、東広島で映画祭を開催するプロ
ジェクトや、リハビリテーションを学んでいる医歯薬総合研究科の学生がミャンマーのリハ
ビリテーションの状況を視察するプロジェクトなどがある。
こうしたプロジェクトを通して、学生たちは、聞くことが中心の授業ではなかなか身に付
かない資質や能力を獲得した。受動的知識収集型学習から、能動的行動型学習への変化が生
じた。今回のプロジェクトでは、学内にとどまらず、できるだけ地域や社会に向けて情報を
発信してほしいという指導を行っている。その結果、地域や社会とのかかわりがかなり増え
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
た。マスコミにも取り上げられて多くの人に知ってもらい、学生たちの自信につながった。
地域の人たちも、「広大生、がんばってね」と声をかけてくれるようになった。この現代
GPの取組を通して、もともと学生たちがもっている興味・関心に対して、それを行動に移
すきっかけを作ることができた。キャリア教育においては、どう生きていくかを考える姿勢
を学生に身に付けさせると同時に、生きていくために必要な力(コンピテンシー)をどう身
に付けさせるかが課題である。この課題は、大学関係者だけでなく社会全体で21世紀型市民
をどう育てていくかという課題につながっている。
【京都女子大学の取組】
京都女子大学は、仏教精神を基調とした心の学園として、一貫した女子教育を100年あ
まりにわたって行ってきた。現在は、4学部9学科がある。現代GPの名称は「女子学生の
キャリア教育の体系化と普及」で、中学生から高校生、大学、そして卒業後を見据えて、そ
れぞれの段階でどんなキャリア教育を行うかということについてのプログラム開発を行って
いる。本学の一番大きな教育目標が「社会へのリーダーシップを持った自立して生きていく
女性」ということなので、中・高・大・卒業まで一貫した女子学生のキャリア形成をするこ
とのできるプログラムの開発をめざしている。
女性のロールモデルについては、モデルというのはどのモデルを選ぶかというような意味
ではなく、多様な仕事をしているいろいろな方々がいらっしゃるということを学生に知って
もらうためのものという意味で捉えている。卒業生が大学生に、大学生が中高生に、それぞ
れに教え合っていく。大学のなかだけで閉ざされた状況にならないようにするために、外部
から人に来てもらったり、海外の大学と交流したり、「大学コンソーシアム京都」という50
大学の集まりのなかで連携したり、男女共同参画センターと協力したりして、取り組を進め
ている。建学の精神から、「心の教育」「自立して社会を生きる女性」「社会のリーダーた
る女性」を教育目的にしているが、女子学生のためのキャリア教育の目的として、「変化に
対応する力」「意思決定する力」「将来設計する力」「社会的リーダーシップを発揮する能
力」を新しく設定して、取組を進めている。
このような取組についての広報を行い、学内での気運を高め、教員自身がどう取り組んで
いこうとするかを考えることが重要である。大学を日本のなかだけで考えていては、わかり
にくいし不十分であるので、特にアジアのなかの日本として、他のアジアの国々やヨーロッ
パと比較するために、韓国の梨花女子大学、香港バプティスト大学、イギリスのシェフィー
ルド大学、内閣府の男女共同参画課から来ていただいて、「女子学生がどのようにキャリア
形成をしていけばいいのか」について国際シンポジウムを開催した。学生によるシンポジウ
ムも開催したが、企画や交渉から進行まで全部を学生に行わせた。その結果、学生たちには
とても大きな力が身に付いた。このようにして、京都女子大学らしい何らかの「京女モデ
ル」ができないかということで、取組を鋭意進めている。
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
【金城学院大学の取組】
金城学院の学院は創立から118年、大学は58年を迎えている。現在、大学院が2つの研究
科、大学が5つの学部で、両方合わせて5,300人ほどの女子学生が学んでいる。このような
女子大学でキャリアに関係した取組を行うには、金城の特質からすると、少し勇気が必要
だった。というのも、金城学院大学は、比較的家庭志向の強い学生が多い大学として世間で
はイメージされ、実際、学生にもそのような傾向が見られるからである。徐々にではある
が、6年くらい前から、改組もあって、職業人としての女性の育成をめざす方向に変えよ
うとする動きもあった。本格的には3年くらい前からいろいろな取組を実施し、平成18年度
(2006年度)の現代GPに選定された。取組名称は「個重視・女性のためのキャリア開発サ
ポート」で、キャリア開発教育科目、アドバイザーによる個別指導、キャリアカウンセリン
グなどを集中的に行っている。
取組には、3つの特徴がある。1つめは、女性のための支援ということで、女性のライフ
キャリアを理解するための事業を展開している点である。さきほどからロールモデルのこと
が話題になっているが、本学ではいろいろなところで卒業生との接触をもってもらおうとし
ている。授業、キャリア相談コーナー、キャリアアップ講座などの講師に、卒業生を多数起
用している。2つめは、個重視ということで、全学科の全教員によるアドバイザー、専門家
によるキャリアカウンセリング、先輩によるメンタリング・ジョブ・コーチを行っている点
である。3つめは、オリジナルのツールをいくつかつくって、手づくりでのキャリア教育、
キャリア支援を進めている点である。たとえば、ノートをオリジナルでつくって、これを
使ってキャリア開発の授業を行っている。初期は1冊だったが、現在は3冊になっている。
3つの科目のテキストも、オリジナルでつくっている。「Kウェブ」という名称で、いつで
も学内のどこからでもウェブで職業の検索ができたり、職業診断検査が受けられたりするシ
ステムをつくっている。また、学生、教員、卒業生などが出演して、「マナーDVD」とい
うものを手づくりでつくって、これを全学の学生に配付して、授業や学科のいろいろな演習
でも利用している。
本学では、このところ毎年200人強の学生をインターンシップに送り出している。できる
だけ十分に準備をしてからインターンシップを行うということを重視して、インターンシッ
プに行くためには半期「キャリア開発」の授業を受けなければならないという設定をしてい
る。今年度は、インターンシップに行く可能性のある学生は1,000人くらいいる。実際には
200何十人かになるだろうが、「キャリア開発」の授業を受けた学生は700人だった。授業で
は、講義だけでなく、いろいろなビジネスマナーやビジネス文書作成など、実務的なことも
行い、学生はひじょうに熱心に受講している。学科の教員によるアドバイザーも、全学的に
定着してきている。2年ほど前から取り入れたキャリアカウンセリングでは、卒業生でキャ
リアカウンセラーや臨床心理士の資格をもっている人たち9人に、毎日2人または3人で担
当してもらっている。平成18年度(2006年度)のトータルの相談件数は3,000件で、毎日30
人くらいの学生が来談するという状況である。本学では、女性が女子大に学ぶということの
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
メリットを学生自身が十分に理解して、どんな人生を歩むにせよ、その問題点や対処法など
も考えながら、自分自身の人生をすばらしいものにしてもらいたいという願いを込めて、こ
うした取組を実施している。
【東京女子大学の取組】
4~5年前のいわゆる「就職氷河期」の時期に、ある大手の銀行が500人の新卒学生を採
用したときに、東京女子大学の学生が25人採用された。ところが、そのなかに、卒論提出に
数分遅れて卒業できない学生が2人出て、当時の就職センターの課長と2人で人事部長の
ところへ謝罪に伺った。12月になって卒業できませんでは銀行にたいへんな迷惑がかかると
いうことで怒られたが、「日本にいくつ大学があるかわかりませんが、おたくの大学から20
分の1、25人も採用しました。それなりの評価と期待をもって行ったわけです」と評価され
た。「東京女子大学は指導力のある人たちを育成している」という評価だった。それ以来、
「クラスやグループでリーダーになる人が必ず女性である女子大だからこそ、女子学生に
リーダーの素養を身に付けさせる教育がより可能ではないか」と考えている。
端的に言って、東京女子大学では、一般に言われる「キャリア教育」は一切行っていな
い。これまでもやってこなかったし、これからもやらない。東京女子大学で考える「キャリ
ア教育」とは、卒論に収斂される教育そのものである。10人~15人の学生に教員1人がつい
て、全学生が卒論を書く。そのようにして4年間の集大成として卒論を書かせることが東京
女子大学の「キャリア教育」である。本学は、正課の授業のなかに実用的なキャリア教育を
いまなお置いていない大学である。創立90年を迎え、初代学長は新渡戸稲造である。キリス
ト教精神に基づく大学で、哲学科を柱に建学された。北米のキリスト教プロテスタント諸教
派が日本に女子の高等教育をさせようとして創立した。哲学科が大学のコアになっていて、
それに基づいたリベラルアーツを行っている。今回の現代GPの取組「東京女子大学キャリ
ア・ツリー」では、大学教育を比喩的に1本の木として考え、3つの柱を立てた。1本目
は、リベラルアーツを土壌として専門教育が上に伸びていき、最終的にはキャリア構築の集
大成である卒論へ至る柱。2本目は、従来の授業を「キャリア」のコンセプトで明確に位置
づけた柱。3本目は、「オープンテーマ演習」で、今回の現代GPの最も根幹にかかわる柱
である。「オープンテーマ演習」では、A、B、Cの3つの項目を立てた。Aでは、メディア
による表現方法などを学ばせ、国内外に発信していく実践的な研究と教育を行う。Bでは、
たとえば森英恵、瀬戸内寂聴、有吉佐和子、永井路子などの卒業生について、学生が自主
的にグループをつくって研究する。Cは、もともと共通教育にあったオープンテーマ演習を
「キャリア」のコンセプトで位置づけたものである。
一番重要なことは、学生がいかに主体的に、ほんとうにやりたいことをやり、学ぶかとい
うことである。東京女子大学に入学すると全学生が「東京女子大学学会」に所属し、上級
生、下級生、院生が自分たちで企画を出して研究プロジェクトを立ち上げ、指導できる教員
を見つけて顧問になってもらう課外の制度がある。この制度と正課の「オープン演習」をど
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
う絡めていくかが今後の課題である。いわゆる「キャリア教育」は行っていないが、「キャ
リア」というコンセプトを学生と教職員に共有してもらわなければならない。そのために、
全学的にこの意識を高めることが必要である。今後の一番の問題は、教員の意識改革であ
る。FDが重要課題である。一人ひとりの教員が「私は授業以外にこんなことができます」
ということを掲げて、そこに学生が集まってきて何か活動できればいいなと考えている。要
は、教員の大学教育に対する意識をどうするかである。
【コメンテーターからのコメント】
注目すべき点は、キャリア教育は全学的な課題であるという点である。一人ひとりの教員
の努力もさることながら、全教員の意識改革がキーになる。教員の意識が変われば、多分、
「キャリア教育」という言葉は要らなくなる。
そこで、パネリストにお一人ずつ順番に、次の2点についてお話しいただきたい。1点目
は、自分がこれだけ一生懸命取り組んでいるなかで、一番「鍵になる」課題・問題点、これ
が解決できるともっとよくなると思われること。2点目は、教員の意識改革という点で、何
か試みていることがあるか。
【広島大学からの回答】
2点目の方から。広島大学では、昨日「教育改革GPシンポジウム」が初めて開催され、
学内で実施しているさまざまな取組について報告があった。多くの教員が、それぞれの専攻
で教育内容を考え、教育方法を工夫して、学生に力をつけようとしていることをお互いに認
識し合った。小さな工夫であっても、情報を交換し共有すれば、「あの人とだったら一緒に
やっていけるな。情報をもっと生かすことができるな」と実感できる。このような機会をも
つことに意味があると考える。
1点目について。現在、18のプロジェクトが活動中だが、学生の自主性をいかに伸ばすか
を考えながらも、支援をどうするか、このバランスが難しいと感じている。学生のなかに
は、大学という限られた世界のなかでの生活により、視野が狭くなり、自分中心の者もい
る。別の視点を示しても、「私にはこれしかない」と思い込みが強すぎる場合もある。各グ
ループの活動を理解して指導するために、私はいままでに133回、1回1時間程度、それぞ
れのグループと話し合った。授業やガイダンスやキャリア相談も担当しているのでとても忙
しいが、成長した学生の姿を見たり、学生が「やってよかった」という反応をしてくれるの
をうれしく感じたりしながら取り組んでいる。
【京都女子大学からの回答】
一番は、「教員の意識」というものと「体制」をどうつくっていくかということである。
キャリアというのは職業・就職であると思っている人もいたり、そもそもキャリアとは何か
がわからなかったりしていたが、現代GP研究会を毎月開いているので、だんだんと意識が
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
広がって、方向性が見えてきた部分がある。参加する教員は毎回参加して理解がだんだん深
まっていくが、参加しない教員はまったくゼロの状態で、この差がどんどん広がっていくの
が問題である。
一番難しいのは、「すでに自分たちはキャリア教育をやっているんだ」、たとえば教員養
成の教育関係の学部だと「もう教員になるための教育をやっているんだ」「それがキャリア
教育だ」、何らかの資格を取得させる学部・学科だと「もう自分たちは専門的なキャリア教
育をやっているんだ」というような教員の考え方を論破して、「キャリアというのは人生全
般にわたるもので、ひじょうに幅広いものだ」ということを理解してもらうことである。し
かし、今日のパネルディスカッションでは、専門教育のなかにキャリアの視点を入れ込んで
いくという考え方が出されたので、その点で「自分たちはこんなことをやっている」という
ことをみんなで褒め合って認めることをまず先に行ってから、次の段階へ進んだ方がよいの
ではないかと思った。
【金城学院大学からの回答】
本学では、キャリア教育の取組を始めたり進めたりすること自体に対して、全学的に反対は
それほどなかった。しかし、やりたい教員や、そういうことに特に関心のある一部の教員、専
門性のある教員がやっていればいいんだというような雰囲気は、いまでもたくさんある。
たとえば、共通教育の改革や学部のカリキュラム改革がある場合に、そこにキャリア教育
がうまく組み込まれていかないということにならないようにするために、最初は、形式的な
ところから、まずかたちを整えるところから入らざるをえなかった。しかし、今後はやはり
もうちょっと魂を入れるようなかたちで進めなければならないと思っている。
【東京女子大学からの回答】
本学では、一部の教員がキャリアというコンセプトでいろいろなことを考えて実践しよう
としているが、大半の教員が無関心のままにあるというのが現状である。今回の現代GPに
応募するに当たって、この3年間ほどさまざまな準備を行ってきたが、そのなかでキャリア
というコンセプトを全体に理解してもらうために、いろいろな定義づけを出した。それに基
づいて、いわゆる「一般教育の教員」と「専門教育の教員」に、「あなたの授業は、キャリ
アというコンセプトにしたら、どういう位置づけになりますか。どういう意味をもちます
か。キャリア教育と呼べますか」と問いかけた。すると、「自分が教えてきた教育は一体何
だったのか」を考えて、自分なりに「これはやっぱりキャリア教育じゃないか」と考える教
員が多く出てきた。
たとえば、外国語教育などでも、「自分はたしかに中国語を教えている」「英語を教えて
いる」「フランス語を教えている」のだが、その向こうに見えるものは、「学生が卒業して
から何らかのかたちでそれが生かされてくる学生の人生」ではないか、あるいは「外国を知
る」ということではないかということで、自分が行ってきた教育そのものをもう一度見直そ
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
うとする姿勢が教員にあったことは事実である。
しかし、1ヵ月ほど前に学会主催で、ICUの大学院教育学研究科の先生をお呼びして「リ
ベラルアーツとキャリア教育」と題したシンポジウムを開催したが、大々的な宣伝にもかか
わらずきわめて低調で、教員も学生もあまり集まらなかった。やはり、ほとんどの教員が無
関心というのが現状である。
しかし、そのような現状は悲観的な部分だけではない。私はアメリカ文学が専門だが、そ
のなかでひじょうに評価の高い授業がある。異文化理解の授業で、「翻訳の可能性」と題し
た授業である。この授業は、多いときには200人近い受講生があるが、教職の単位で必要な
ので教えやすい。しかし、50人であれ、100人であれ、200人であれ、5人なり6人なりのプ
ロジェクトチームを構成すれば、チーム数が増えるだけで、学生たちは自分たちで切磋琢磨
して勉強する。
銀行で評価された「本学の卒業生がもつリーダーシップ」にかかわるが、学生はグループ研
究を行うと、教師が言うことよりも仲間が言うことに耳を傾けて影響を受けやすい。学生のな
かにはひじょうに優れた学生が点在していて、その学生たちが影響を及ぼしていく。上級生が
下級生に教えるということも頻繁に行われる。TA(Teaching Assistant)で博士課程の院生が
教師の補助をして、助言したり指導したりすることもある。こうしたことが全体としてひじょ
うにうまく作用して、学生が自分たちのやりたいプロジェクトをつくって研究を進めている。
実際には、授業という枠のなかでやらされているのかもしれないが、学生本人たちは「自
分たちが考えたプロジェクトをやっているんだ」という主体性を強くもっている。ときには
学期末に、何十枚かのレポートが提出される。成果がそのまま残る。おそらく、このこと
は、さきほど渡辺先生がおっしゃった「協調性」の考え方、「大学では、個が学ぶのではな
く、協働で作業し、そのなかで切磋琢磨し、協調して何か仕事をしていくところに教育があ
る」という考え方と同じだと思っている。この「主体と協働」を「キャリア教育」に結びつ
けてやったらよいのではないかと思っている。
【会場からの質問】
能動的行動型学習や潜在的能力の覚醒は、地域や社会に基づいている。地域の受け入れ態
勢で、どんな混乱や問題があったか。
【広島大学からの回答】
「受け入れ」というのは、たとえばインターンシップの場合は「受け入れ企業を探す」、
本学学生が行っているプロジェクトの場合は「一緒にやっていく」ということになる。
たとえば、学生が「ロバの音楽座」というグループを呼んで、一緒にコンサートやワーク
ショップをしたいと考えた場合、地域には親子劇場や子ども劇場のグループがあることを私
が紹介する。地域のグループの方と興味・関心が同じだから、参加者もすぐに集まり、情報
もすぐに広がっていく。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
大学が位置している東広島市西条という地域は、灘、伏見と並んで酒どころである。人口
17万人くらいの市に、8つの酒蔵がある。地域の皆さんは、大学が移ってきた段階で、若い
人が増え町が活気づけばと思われた。学生も20歳を過ぎれば、おいしいお酒が飲みたいとい
うことで地域に出て行く。「酒蔵プロジェクト」では、「ぜひ一緒に」という気持ちで、市
民の方々と学生たちがかかわっていくことができる。
運営面から言えば、プログラム実行委員会を組織している。その委員には、行政関係者、
地域商工会関係者(実は、酒造関係の組合の会長)、地元マスコミ関係者などにも加わって
もらっている。マスコミには、効果的な取材をお願いしている。さらに、大学のサイトでも
積極的に広報している。広報の重要性は、実感している。
【京都女子大学からの回答】
地域の受け入れ態勢や連携ということであるが、私自身がたまたま「まちづくり」や「地
域計画」を専門にしている。京都市では、たとえば観光について提案することも多い。交通
社会実験への参加もある。観光ガイドや案内表示板が、学生の目から見てどうかという依頼
もある。京都女子大学が位置している東山区は、一番の観光地であると同時に、一番の超高
齢化した区である。空き家や介護の問題があり、こうした問題に対して、学生と一緒に活動
している。こうした活動は、女子学生のキャリア教育として位置づければ、「プロジェクト
演習」でできるわけだが、実はこの案はつぶされて腹立たしいかぎりである。
「インターンシップ」というキャリア教育科目のなかで、このプロジェクト型の活動がで
きないかと思っている。現在は個別に活動しているが、今回、東山区と京都女子大学が地域
連携の包括協定を結び、いろいろなことが実際にできる体制が整った。これまで各教員がば
らばらに自分の裁量で、自己責任で行っていたことが、大学として正式に実施できるという
ことになった。
【会場からの質問】
各大学でいろいろな取組を行っておられることはよく理解できたが、最終的に評価をする
尺度をどのように設けているのか。
【広島大学からの回答】
キャリア教育の評価については最近よく話題として取り上げられているが、本学において
は模索中である。教育学に「評価法」という分野があるが、私自身は教育学が専門ではな
い。学生に対して、授業実施前と実施後にアンケートを行い、各人の目標達成度や何ができ
るようになったか、何が変わったかを見る。その変化を確認する作業を行っている。
データとしては、まだ蓄積中である。現代GPについては、今年度の活動終了が3月なの
で、現代GPにかかわった学生がどう変化したかを3月の時点で検証していかなければなら
ないと思っている。
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
【京都女子大学からの回答】
私も教育学の専門でないので、教育的評価と言われるとたいへん難しい。キャリア教育と
銘打って試行的に実施しているが、これについては、「こういう目的でこれをやります」と
いうことを明らかにしている。その結果については、学生から個別に毎回コメントを取って
いる。15回の授業終了後にはアンケートを取っている。それによって、それぞれの項目がど
うだったか、全体がどうだったかがわかる。数値的な評価ではないが、掲げた目的に対して
結果がどうだったかについては、個別に評価している。
教育学的にどう評価するのかはわからないが、私が考えるキャリア教育というのは、人生
の全般にわたっているので、たとえば卒業後どうなっているのかという、もう少し長い評価
をしていく必要があるのではないかと思っている。そうなると、卒業生の実態をどのように
して把握するかという問題もある。
【金城学院大学からの回答】
本学でも、長期的な効果というものを考えている。10年、20年経って、卒業生が振り返っ
たときに、教育を受けてよかったかどうかが見えてくるのではないかと考えている。
短期的には、3つの評価を行っている。1つは授業評価で、学期末に実施している。もう
1つは学生生活基本調査で、定期的に実施している。このなかに、相談コーナーやサポート
体制が適切だったか、役にたったかなど、キャリアに関係した項目を入れている。さらに、
卒業生に対して追跡調査を始めた。これを継続的に行っていきたいと考えている。
【東京女子大学からの回答】
授業評価は、同じように実施している。さらに、卒業後4年目と11年目の卒業生に対し
て、アンケート調査をこのところ長く実施している。4年目というのは、一つの区切りに
なっている。11年目になると、かなり定着している。その時点で卒業生が大学に対してどう
思っているのか、いまどんな考えで人生を送っているかなどについてのデータを取ってい
る。それを私たちの教育の反省材料にしている。
【コメンテーターからのコメント】
評価は必ず話題になる難しいテーマである。質問の考えや状況によって、答え方は変わ
る。しかし、基本的には、4人のパネリストの回答のとおりである。さらに1つ付け加える
なら、キャリア教育を評価する場合は、その他の教育評価と異なり、「プロセス評価」が必
要になる。なぜならば、キャリア教育の場合は、やるべきプログラムや課題が決まっている
わけではないからである。キャリア教育で何をやるかは、各大学が決めることである。目的
にかなっていれば、何をやってもよい。まず重要なのは、具体的なプログラムが必要になっ
た理由の明確化、現状分析である。次に重要なのは、解決すべき課題、達成すべき目的の明
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
確化である。その次が、具体的なプログラム開発の過程である。プログラムの導入の仕方、
導入した結果、期待される内容などを明確化し、実施過程を評価する。そして、改善点を発
見して、改善していく必要がある。つまり、PDCAサイクルに従って評価する必要がある。
PDCAサイクルに従って、たとえば筑波大学の場合、「教育改善という目的に則って、な
るべく多くの教員が理解し、協力する。そのために初年度は、プログラムの質は少し下がっ
てもよい」という目的を立てた。そういうことから、評価では、「各学部で何人の教員がこ
れに関心をもって実行してくれたか」を評価項目とした。その結果、教員の意識改革がどう
しても必要だということがわかってきたため、教員の反対を押し切ってFDを実施した。そ
の後で、「FDに何人来てくれたか」「参加してくれた教員が、そのFDをどう評価している
か」などを聞いて、変更点を明確化し、「次は、こういうふうに変えますけど、いかがです
か」ということを教員に打診した。この打診に対して、「教員からどんな返事が来るか」と
いうのもプロセス評価である。
もちろん、学生にも、資料等について評価してもらった。その場合、学生の満足度を数量で
評価することには危険性を感じている。なぜならば、学生はほんとうに一生懸命になって取り
組み出すと謙虚になってしまい、厳しい評価をつける場合もあるからである。それゆえに、ア
ウトカム評価では、記述式を並行して使用する。プログラムの内容についての評価のために、
各授業が終わった後で感想文、リフレクションペーパーを必ず取る。その場合、プログラムの
目標によって、評価のポイントは変わる。たとえば、「自覚的に自分の将来に関心をもつ」こ
とを目標にする場合は、言葉の中身がどれくらい個別化してきたか、抽象的な言葉から具体的
な言葉へどれくらい変化してきたかなどに焦点を当てて評価をするようにしている。
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
平成19年度福岡女子大学キャリア教育シンポジウムチラシ
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
7-2 平成20年度福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
平成20年度の「福岡女子大学キャリア教育シンポジウム」は、平成20年(2008年)12月7
日に、アクロス福岡国際会議場で開催した。テーマは、「国際的視点から見たキャリア教育
の本質」とした。大きく2つの理由から、このテーマを設定した。
1つは、そもそも「キャリア教育とは何か」という本質にかかわる理由である。キャリア
教育は、もともとアメリカで1970年ごろに始まったとされる。しかし、アメリカをはじめと
して、他の国々では、大学で「キャリア教育」という言葉はあまり使わないそうだ。キャリ
ア教育というのは、教育全体をキャリアの視点から見直そうとする運動である。大学では、
それが定まった上に積まれる専門教育を行い、そのなかで学生にキャリアプランニングをさ
せるそうだ。それが当然のことになっているという。だとすれば、「キャリア教育とは何
か」という本質は、日本のなかだけで考えるのではなく、国際的視点から考える必要がある
のではないかというのが、1つめの理由である。
もう1つは、福岡女子大学の大学改革にかかわる理由である。本学が現在取り組んでいる
大学改革では、グローバル化時代に対応した学部学科の再編を行い、約2年後の平成23年度
から、グローバル化時代に期待される人材の養成を行うことになっている。そこで、「その
ような人材とは、実際のところどんな人材なのか」ということに関して、豊富な経験と高い
見識を有する講師の方々からぜひ詳しく教示していただきたいというのが、2つめの理由で
ある。
平成20年度 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
平成20年12月17日㈰ 場所 : アクロス福岡 国際会議場
基調講演とパネルディスカッションの2部構成で、基調講演者及びパネリストを、株式会
社リクルートワークス研究所所長の大久保幸夫氏に依頼した。パネリストには、慶應義塾大
学大学院政策・メディア研究科教授の高橋俊介氏、ソニーグローバルソリューションズ株式
会社経営企画部門人事総務部統括部長の米田牧子氏、株式会社あおぞら銀行常務執行役員人
事部長のアキレス美知子氏に依頼した。
コーディネーターは、森邦昭(福岡女子大学文学部教授、附属図書館長兼キャリア支援セ
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
ンター長)と池田宜弘(福岡女子大学人間環境学部教授、環境理学科長兼教務部会長)の2
人が務めた。
参加者は、学内者が学生119人、文学部教員14人、人間環境学部教員9人、事務職員17人
の159人、学外者が大学等教職員18人、専門学校教職員3人、高校の教職員3人、企業関係
者6人、県市町村関係者1人、一般9人の40人、合計199人だった。
【基調講演の要旨】
キャリア教育は、もともとアメリカで1970年ごろから本格的に始まった。シドニー・マー
ランドが連邦教育局長官の職に就いた後、1971年にキャリア教育の推進を掲げた。当初、彼
は「キャリア教育とは何か」を定義しなかった。なぜならば、彼は「キャリア教育というの
は、新たな教育分野ではなく、教育改革そのものである」と考えていたからである。「キャ
リア教育とは何か、連邦教育局が言っているキャリア教育とは何かということを、それぞれ
の学校が教育改革の議論につながるようなかたちで議論してほしい」というのが、マーラン
ドのねらいだった。
時代を少しさかのぼると、1957年にスプートニク・ショックという事件が起きた。宇宙航
空開発でアメリカがソ連に遅れをとった。アメリカでは、「理工系の教育を根本的にやり直
せ」「なぜアメリカがソ連に負けるのか」が大きな世論となった。軍の強い要望で、理工系
では徹底的なエリート教育が行われるようになった。ところが、その反動で、教育の格差拡
大が生じた。60年代に入ると、その格差拡大を受けて、「もう一度、底上げ教育をしっかり
やるべきだ」という議論になった。その結果、職業教育法の改正が行われた。これがキャリ
ア教育前史である。
マーランドが長官に就任したところから、キャリア教育の歴史が始まる。71年にキャリア
教育の本格導入が宣言され、職業教育法によって作られた連邦政府の予算を最大限に活用し
て、キャリア教育の導入が図られた。77年には、キャリア教育奨励法が制定された。この法
律は、連邦の教育法としては、きわめて大きな予算を伴った法律だった。
このときに、主に初等中等教育で、「いま学んでいることが、世の中に出てから何の役に
立つか」を教えようとした。たとえば数学で、速さと時間と距離の関係を教えるとき、ガソ
リンスタンドに勤めている人を呼んできて、これだけのガソリンで何キロ走ったら、どん
なスピードで、どれくらいの時間がかかるかなどを計算させる。生活のなかでの問題につい
て、学校外の人たちを巻き込みながらカリキュラムを展開していくことが、当初のキャリア
教育で行われたことだった。これはひじょうに魅力的な教育だったが、効率が悪かった。そ
の結果、「教育内容が少ない」「学力の低下につながる」という予期しなかった批判が巻き
起こった。
アメリカが双子の赤字を抱えていた83年に、『危機に立つ国家』(26)という報告書が出さ
れた。このなかで、教育の見直しが大統領によって宣言された。キャリア教育は、学力低下
につながりかねないということで、批判の対象になった。80年代のしばらくの間、アメリカ
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
ではキャリア教育は、冬の時代を迎えた。
ちょうど同じ時期に、大学でも大きな変化が起きた。それまで大学は、連邦政府から大き
な助成金を得ていたが、それが州を通じて行われるようになった。「どうやって地元に貢献
するのか」、つまり地域の産業界が求める人材を大学がいかに教育し供給するかが重要に
なった。大学は「キャリアセンター」を設置し、キャリア教育そのものは、大学のキャリア
センターを中心とした「地元への貢献」ということろから、「産学連携」へとつながって
いった。
初等中等教育のキャリア教育では、クリントン政権の時代に入ってから、本格的な着手
が再開された。94年にSchool to Work Opportunity Actという法律が制定された。たいへん
有名な時限立法で、大きな影響を与えた。学校から職業への移行をスムーズにし、失業者
をなくし、落ちこぼれをなくすことがめざされた。ブッシュ政権になってもNo Child Left
Behind Actという法律が制定され、落ちこぼれを出さない取組が進められた。このような
かたちで、キャリア教育が進められていった。
ところが、90年代以降、アメリカでは「キャリア教育」という言葉がほとんど使われな
くなった。なぜならば、70年代に行われたキャリア教育が否定されたので、あえてCareer
Educationという言葉を使わずに、Career DevelopmentやCareer Guidanceなどの言葉を
使って「キャリア教育」のことを表現するようになったからである。
このことと並行して、「就業スキルを標準化する」という動きが同時に起こった。教育
関係とは別のラインの労働省の管轄で、長官の諮問機関として審議会が作られ、SCANSレ
ポート(27)というものが発行された。これは、「産業界がどんな能力をもった人材を求めて
いるか」についてのレポートである。これは、アメリカの産業界が教育界に対して出した要
望である。現在のアメリカでは、産業界から求められるスキルを融合させながら、キャリア
教育が展開されていっている。
日本では、99年の中央教育審議会の答申(28)が、本格的なキャリア教育を公式に提言した
最初のものである。しかし、これは、しばらくの間、放置されていた。キャリア教育の導入
ということが、教育界の外側から外圧として言われたためだと考えられる。しかし、外圧と
して言わなければならない背景として、バブル崩壊以降の就職難という問題があった。
97年ごろから、フリーターの増加について議論されるようになった。02年から04年ぐらい
にかけて、フリーターの数が最も増大した。97年ごろ以降、大学を卒業した段階で進路を明
確に決めない「無業者」の比率が20%を超えた。このことが教育界に与えたインパクトがた
いへん大きかったので、フリーター問題やニート問題から、大学でもう一度「教育と就職へ
の接続」ということを見直さなければならないという気運が高くなった。
バブル崩壊後の1994年卒くらいから、大卒者の就職が厳しい時代を迎えた。98年にいった
ん回復するが、その後も1回落ち込み、回復までにかなり長い時間を要した。最初の落ち込
み期は「就職氷河期」と呼ばれる。実は、この言葉はリクルートの『就職ジャーナル』とい
う雑誌で作られた言葉で、94年に流行語大賞に選ばれた。この言葉は後半期に「超就職氷河
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
期」と言い換えられた。
こうしたことから、日本でも本格的に就職対策を考えなければならないということにな
り、大学で「キャリアセンター」が作られるようになった。1999年から2005年くらいまでの
時期に、かつての「就職部」を「キャリアセンター」に改組するという動きがあった。日本
の大学では、この就職支援の拡大が、いわゆる「キャリア教育」につながっていく。政策的
には、2003年以降、「若者自立・挑戦プラン」(29)のなかでキャリア教育が推進され、予算
措置も取られた。このようにして、初等中等教育も含めて、日本でもキャリア教育の活動が
一般化していった。
日本でもアメリカと同じように、就業スキルを標準化しようという議論が行われた。アメ
リカのSCANSレポートに相当するような動きが日本でもあった。ただし、出所は違う。最
初に議論されるきっかけになったのは、「人間力」という言葉が提唱されたことだった。こ
の言葉は今では随分浸透していて、違和感なく聞くことができるようになったが、最初に聞
いたときは、随分違和感のある気持ち悪い言葉だった。2002年に、日本として「人間力戦略
を策定する」ことを閣議決定したという新聞記事が載った。
人間力戦略が出てきた文脈は、日本が国際競争に勝っていくための競争力強化の戦略の一
環だった。この戦略を政府が強力に推進することになった。その後、内閣府に「人間力戦略
研究会」が設けられ、「人間力とは何か」というところから議論が始まった。人間力とは、
「社会を構成し運営するとともに、自立した1人の人間として力強く生きていくための総合
的な力」であり、「知的能力的要素」「社会対人関係的要素」「自己制御的要素」の3つを
要素とするものだと定義された。
現在、「コミュニケーション能力」というものは当たり前のように知られているが、人間
力の1つの要素として「社会対人関係的要素」というものが打ち出されたことが、その背景
にある。自分自身をコントロールするという「自己制御的要素」が打ち出されたことも、大
きな意義があった。この能力が、3本柱の1つとしてこれだけ強く打ち出されたのは、日本
で最初だった。大久保氏が人間力戦略研究会の議論に参加していてこだわったのは、「継続
して学ぶ力」、つまり学校だけでなく、社会に出た後も必要に応じて継続的に学習していく
力を、人間力の定義のなかに加えることだった。大久保氏は「学習する習慣」と「学習する
スキル」を大学で身に付けさせることの重要性を強く訴えたいと思って、そのような表現を
盛り込んだ。
人間力では、仕事をする人だけが想定されているわけではない。「賢い生活者」というも
のも含めて、人間力は定義されている。しかし、それをさらにもう一段階進めて、「仕事を
する」ということにフォーカスを当てた定義なり議論が必要だというところから、「基礎
力」という問題が展開していった。経済産業省は「社会人基礎力」というものを発表して
いるが、そのもとになる「基礎力」という概念を大久保氏が2004年に発表した。この「基礎
力」とは、どんな仕事をするにも必要となる能力のことである。特定の仕事を選んだから、
それに伴って必要となるような能力のことではない。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
もちろん、この「基礎力」は、小・中・高・大という学校の教育課程のなかで育てられる
べき能力である。しかし、これは学校だけで完結するものではなく、社会に出て企業に就職
してから人材育成のなかで継続的に高められるべき能力である。
「基礎力」という能力観は、ガードナーの知能の多重性論、ピーター・サロヴェイと
ジャック・マイヤーによるEQの議論、マクレランドのコンピテンシー論などの影響を受け
ている。そして、「基礎力」は3つの要素から構成されるという整理がなされた。1つは、
対人関係をつかさどる能力。1つは、自分自身をモチベートしたり、自分の感情を安定させ
たり、よい行動を習慣化させたりするような対自己能力。1つは、問題の発見から解決に導
く対課題能力や、言語的・数量的な処理能力や、論理的・創造的な思考力である。
アメリカのSCANSレポートと同じような議論が、イギリスでも行われた。イギリスでは、
generic skillsとかkey skillsという言葉が用いられた。今日、OECDのなかに、AHELO(30)
という高等教育の学習成果の評価指標を作ろうとする動きがあるが、その指標の1つにも
generic skillsが入っている。世界的な潮流として、いわゆる「基礎力的なもの」を教育のな
かで大事にしていこうという展開がなされてきている。
しかし、日本にキャリア教育が導入される際、ちょっとニュアンスが変わった導入がなさ
れた。背景としては、フリーター・ニート問題に端を発するような若年者の就業難というき
わめて大きな社会問題があった。さらに、初等中等教育におけるいわゆる「ゆとり教育」に
ついての賛否両論が活発に行われているという問題もあった。その状況で、キャリア教育を
「教育改革だ」と言って導入すると、教育に大きな混乱を招くと考えられた。そこで、勤労
観や職業観を育てるのがキャリア教育だという定義をした。このような考え方と、人間力に
代表されるような就業に必要な能力育成の考え方の2つが足し合わされたところで、日本の
キャリア教育のイメージが形成されていった。
当初は、たとえばインターンシップであったり、どこかへの見学であったり、授業外のイ
ベント的なキャリア教育が行われていた。その後、カリキュラム全体のなかにキャリア教育
的な要素を埋め込んでいくというふうに、本質的な方向へ発展していった。つまり、別枠で
キャリア教育の時間を取るということから、一般の授業のなかでもキャリア教育的な考え方
を意識して教育プログラムの改変を図るように発展していった。初等中等教育では、秋田県
などのいくつかの県が先導的にそのような取組を進めている。
大学では、もともとは就職部が改組されてキャリアセンターとなり、そこがキャリア教育
の中心となっていたが、主体が教務の方に移ってきた。大学のカリキュラムの中核部分に
キャリア教育の考え方を取り入れて、カリキュラムそのものを再構築していこうというふう
に変化してきた。この変化は、今の日本における大きな流れの1つである。もともと90年代
の就職難を背景にして、当面の課題を解決するために導入されたキャリア教育であったが、
日本の大学においても徐々に本質的な方向へキャリア教育は変化してきている。
現在のキャリア教育のテーマは、「学習意欲を向上させる」ということを明らかにねらっ
ている。学生が「将来の自分の展望」と「学習」を結びつけることによって、学習すること
− 88 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
の意義や意味を理解して、そこから学習に対して取り組む姿勢を見出すことが重視される。
「キャリアデザイン」という考え方も、広くこのなかに加えられてきた。大学の4年間は、
社会に出る前の最終段階である。この時期に、学生は「自分は一体どんな仕事に向いている
のだろうか」「自分は他人と比べてどんなことに優れているのだろうか」「自分は他人と比
べてどんな志向の違いがあるのだろうか」といったことに向き合う。
この時期に一定のアイデンティティを形成することができれば、社会に出てからも比較的
に道に迷わずに歩を進めていくことができる。しかし、そうでなければ、いわゆる「自分探
し」という迷い道に入ってしまう。「自分探し」というのは、一種のアイデンティティの
形成がうまくいかなかった場合に出てくる現象である。大学生の時期に自分なりのアイデン
ティティを形成させることが重要だという認識が、「大学におけるキャリアデザインの推
進」という事態につながっている。
しかし、実際には、大学におけるキャリアデザインの推進は、しばしば片寄っていたり、し
ばしば間違っていたりしている。片寄っているケースとは、キャリアデザインと言いながら、
「世の中にはいろいろな職業がありますよね」と紹介するだけに終わっているケースである。
間違っているケースとは、すぐに答を出させようとするケースである。キャリアデザインで考
えるべき「自分は一体どんな仕事に向いているのだろうか」というような問題の答を見つける
のには、ひじょうに時間がかかる。5年とか10年とか、ときには15年という時間をかけ、仕事
をする経験のなかではじめてその答を見出していくのが、この問いかけである。
学生が一度も仕事をしたことがないなかで、自分にも納得感のあるクリアな答を見出すの
は、なかなか難しい。学生が考え始めるようになるように推奨するのであればよいが、学生
に「答を見つけなさい」と指導すれば、これはかなり間違ったことになる。「自分は何をや
りたいかということを言われてもわからない」「わからないから就職活動ができない」とい
うように、間違った方向へ行ってしまう。さまざまなかたちでキャリアデザインの片寄りや
誤解があるが、今現在のキャリア教育は、学習意欲の向上やキャリアデザインの推進を相当
に念頭に置いて展開されている。
こうして、日本の大学のキャリア教育は、今、新しい段階へさしかかっている。1つに
は、福岡女子大学の議論のテーマでもある「男女共同参画」という問題がある。全国的に見
て、女子大はキャリア教育に熱心である。従来の女子大は良妻賢母を育てるというポリシー
から始まったが、社会環境が変わってきて、女性の活躍の場が圧倒的に広がってきた。そう
なると、女子大の教育は当然見直されなければならない。たしかに、日本ではこの20年くら
いの間に、職業の現場における男性と女性の男女差別が随分減った。しかし、グラスシー
リーングと言うか、目に見えない差別のようなものがあることは事実である。これは、社会
的な環境の問題でもあるが、社会に出て行く女性自身が自分で自分の道を狭くとってしまっ
ていることの結果でもある。
したがって、大学できちんとしたキャリア教育を行い、女子学生の「基礎力」を充実させ
ることが、女性が活躍する場を広げることに大いにつながっていく。やはりどうしても女性
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
は、社会に出てはじめて、大学時代には経験しなかったような「男性と女性の違い」を意識
することになる。そうなる前に、しっかりとした準備を教育のなかで整えさせるということ
が、男女共同参画とキャリア教育の結びつきの問題のテーマとしてある。
もう1つには、グローバル化の流れという問題がある。日本の企業は、この数年の間に急
速にグローバル化し始めている。日本のマーケットに閉塞感が明らかに出てきて、好むと好
まざるにかかわらず、各企業は目を海外市場に向けざるをえない環境に入ってきている。特
に、最近の状況を見ると、日本の企業は海外展開をますます進めていて、日本企業が海外企
業を買収するM&Aは、昨年の今の時期と比べて金額ベースで220%くらいになっている。
海外の金融不安、そして円高。こういうものを背景にして見ると、アメリカ企業を買収する
際の価格は、昨年と比べると6割引から7割引くらいの価格になっている。だから、余力の
ある会社は、どんどん海外に活路を求める。
ところが、海外で働く人材が、社内で量的にまったく準備がなされていない。そこから、
「これから採用されていく人たちについては、日本国内はもちろん海外にも飛躍していける
人たちを期待する」という動きが出てきた。この動きが、キャリア教育を後押しするもう1
つの要因になっている。
つまり、「1つの文化に対してだけではなく、異文化に対しても適応するための準備をし
てもらいたい」、そしてまた「日本という国以外に、もう1つ、自分にとって親近感のある
国を作ってもらいたい」という企業側からの要望が顕著になってきている。大学の教育のな
かには第二外国語の授業があるが、これを利用して、日本以外にもう1つ、自分がその文化
をよく理解して、言葉も使うことができ、たくさんの友だちがいる国を作ることもできる。
キャリア教育というものは、視界を広めていく教育である。
日本の大学におけるキャリア教育の問題をまとめると、キャリア教育はもともと就職支援
から始まったが、これを教育の視点からカリキュラムのなかで再議論することが重要であ
る。緊急避難的に導入が始まったキャリア教育を次の段階に進ませて、いわゆる「大学改
革」の議論として、カリキュラム全体の問題としてキャリア教育を捉え直すことが、今後の
大学における課題の1つになる。
カリキュラムのなかでの再議論には、「どんな科目のカリキュラムを作るか」だけでな
く、「どう教えるか」の問題も含まれる。学生がただ一方的に受け身で聞くだけの授業で
は、大学教育はもう成り立たない。学生が自分自身で行動を起こしたり、自分自身が発言を
したり、自分自身が考えたりするなどの行為をうまく取り込んで、授業カリキュラムを作る
ことを本格的に考えなければならない。
やがては、キャリア教育の成果を、大学の評価や学生の成績評価と接続して評価すること
が求められてくると思われる。すでにイギリスの一部の大学では、教育の結果として得ら
れたgeneric skillsのスコアを成績証明書に記入するところが出てきた。OECDでは、大学を
卒業した段階での評価を国際的に整備しようとする動きが起こっているが、これにチャレン
ジする国として日本の文部科学省が参加を表明している。これからの大学は、「卒業の段階
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
で、どんな学生を送り出したか」「どんな教育の成果をあげたか」を社会に対して説明しな
ければならない。その説明のなかに、「キャリア教育との接続」という問題が出てくると思
われる。
したがって、そのキャリア教育については、「大学の個性と合ったキャリア教育」のあり
方を見出していく必要がある。たしかに、初期段階では「キャリア教育とは、こういうもの
ですよ」というふうに全国的に定義がなされていたが、そのキャリア教育には当然もう少し
バリエーションがある。たとえば、地域の企業からの期待、その大学が成り立った歴史的背
景、そこの学生の特性といったものを踏まえて、その大学なりのキャリア教育を展開してい
く必要がある。福岡女子大学は福岡女子大学としての個性あるキャリア教育の展開を考える
必要がある。
マーランドは、「キャリア教育を教育改革の運動として議論することが、キャリア教育の
始まりである」「キャリア教育が何かということを考えることが、キャリア教育の始まりで
あり、教育改革の始まりである」というメッセージを発信した。その志に沿って、「キャリ
ア教育とは何か」という話を基調講演でまとめた。
【高橋氏の発表】
2000年5月に、慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)に、「キャリア・リソース・
ラボ」というものができた。それ以来、ほぼ9年近くにわたって、個人のキャリア形成に関
して、国内外でさまざまな調査・分析を行ってきた。その結果、「自分で自分のキャリアを
切り開くって、どういうことなんだろうか」という現実がわかってきた。
しかし、キャリア教育のなかには、「取ってつけたようなキャリアデザイン教育」がまだ
ある。端的に言えば、「5年後、10年後の明確で具体的なキャリアゴールを設定させたり、
自分で内的にやりたいものが何かを考えさせ、それが職業名で1個思いつかないかぎり、就
職しても意味がないんだという印象を与えたりするタイプの危険なキャリア教育」が実は世
の中にはまだある。
つまり、「自律的なキャリア形成」の実際については、いろいろな誤解がある。まず、
「キャリアの満足度は仕事との相性で決まる」という誤解がある。天職に出会うかどうかで
キャリアの満足度が決まると考えられがちだが、実際は「働き方次第」「やり方次第」とい
う部分がひじょうに大きい。
たしかに、昔はアメリカでも、ジョブマッチングモデルでキャリアを考えるのが比較的優
勢だった。たとえば、心理学的なアセスメントを受けて、その特徴を考えた上で、それに
合った職種を考えていた。しかし、実際の仕事内容は、どんどん変化する。ちょっとしたテ
クノロジーの変化、ビジネスモデルの変化、世の中の変化が起きると、仕事内容がイメージ
とひじょうに違ってくる。
「あなたが子どものころになりたかった職業」をビジネスパーソンに聞くと、男の子の1
位はパイロットである。その理由は、「大空を自由に飛びたい」だが、エアラインのパイ
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
ロットは自由に飛んではいけない。ダッシュ400(31)以降、エアラインのパイロットの仕事
は、コンピュータ化、オペレータ化されている。パイロットが飛ばしているのではなく、コ
ンピュータが飛ばしている。パイロットの仕事は、データをインプットすることである。し
たがって、パイロットの職業適性には、「マネジメント能力」や「技術に対する理解」が求
められる。いわゆる「動物的な感性」や「操縦の技能」は、まったくと言っていいほど関係
がない。
何人もの機長にインタビューしたが、全員がそう言い切る。ITによって、パイロットの
仕事は変わった。もちろん、戦闘機のパイロットは、全然違う仕事である。ともかくも、仕
事内容が細分化され、変化が激しい時代では、「本人の自律的な仕事の仕方」が重要にな
る。ここでは、「価値観」という概念が重要である。それは「自分の動機」ということでも
ある。ユング系の心理学では「心の聞き手」と言われることもある。
人間の心的機能には、「自然に思わず無意識的に使ってしまう機能」と「意識して努力し
ないと使えない機能」がある。この区別は、さまざまなデータからも、18歳以降ほとんど変
わらないと言われている。こうした自分の強い動機を使えば、たとえば「営業」という仕事
でも、いろいろな働き方がある。達成動機の強い人は、高い目標を自分に課してやりがいを
感じればいい。闘争心の強い人は、ライバルを意識して仕事をすれば楽しくなる。パワー動
機の強い人は、お客様を説得して「イエス」と言わせるところに喜びを感じる。社交動機の
強い人は、すぐにお客様と仲よくなってしまう。感謝されたいという気持ちが強い人は、お
客様のために一生懸命やって感謝されることで人間関係を作っていく。
自分の動機に合ったやり方で仕事をして、その仕事で充実感が感じられれば、その仕事が
天職になる。人に言われたやり方や、先輩が行っているやり方で仕事が天職にならなくて
も、自分なりの別のやり方だったら同じ仕事が天職になる可能性は十分にある。したがっ
て、「すべての仕事が天職だ」とまでは言わないにしても、予想以上の多くの仕事が「やり
方次第で天職」になる。これは、やり方が主体的かどうかという問題である。受け身でやれ
ば、どんな仕事も面白くない。今のように変化が激しく、仕事の裁量度合いも上がり、成果
を求められるという事態になればなるほど、「やり方次第」ということになる。
もう1つの問題は、「キャリア形成は、長期でメカニズムが複雑だ」という問題である。
キャリアでは予測可能性が低いので、具体的ゴール逆算型のキャリアデザインは非現実的で
ある。人間は、もともとは、「計画」と「実行」をきれいに分離するようなやり方はしてい
なかった。ところが、産業社会で分業が発達してピラミッド組織ができてくると、「綿密に
計画を立てて、後はひたすら実行する」というふうに、「計画の段階」と「実行の段階」を
分ける考え方がだんだんと確立してきた。
「氷河期」という言葉はなかったが、就職が厳しかった1978年に高橋氏は最初の就職をし
た。技術屋として国鉄に就職した。鉄道の仕事は、「計画」と「実行」を分離する最たるも
のである。まず、さまざまな要素を綿密に勘案してダイヤグラムを作る。そして、一回ダイ
ヤグラムを作ったら、後はひたすら皆で分業して実行する。ダイヤグラムを途中で勝手に変
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
えると、たいへんな問題が起きる。
たしかに、産業社会やピラミッド組織や分業組織では、そのようなマネジメントの仕方が
強く求められるが、キャリアでは、そうはいかない。キャリアの形成には、たいへんな時間
がかかる。要素も、ものすごく複雑である。なおかつ、それが変化の激しい時代であれば、
「計画と実行を分離する」という発想は、きわめて非現実的である。とりあえずやってみな
がら学習していき、そこから学んだことによってやり方を変えていくというように、計画と
学習の実行がつねに並行してスパイラル状に進んでいく。したがって、計画と実行を分離す
るようなキャリア教育は、まったく逆効果になる可能性がある。
さらに、「キャリア形成は偶然の出来事に左右される」という問題がある。これは、スタ
ンフォード大学のクランボルツ教授が1999年に学会誌に書いた「計画的偶発性理論」という
有名な理論である。クランボルツは、500人以上の人にキャリアインタビューを行った。そ
の結果、アメリカのように自分の意志での転職が日本以上に可能な社会であっても、キャリ
アの80%近くは偶然の出来事によって左右されていることがわかった。
ただし、そのよい偶然がより起きている人と起きていない人がいる。その違いは「普段の
行い」にある。これがクランボルツの一番重要な発見である。これはまさに、大久保氏が言
われた「基礎力」のような部分にかかわる。たとえば、他人との関係性において、「お互い
様なんだから」と言って、困っている人がいたら手伝ってあげていると、その人から助けて
もらわなくても、「いざ」というときに誰かが自分を助けてくれる。誰かが助けてくれるか
どうかは、自分の過去の行動の積み重ねで確率的に決まる。このことは、社会心理学の調査
でも明確にわかっている。
社会関係資本の調査などでも、同様のことが言われている。社会関係資本には、「互酬
性」(reciprocity)という言葉がある。このようなことを含めて、あるタイプの人間関係の
作り方、プロ意識が高いなどのあるタイプの仕事に対する態度、あるタイプの考え方などで
仕事をし続けている人には、そうでない人に比べて、よい偶然が明確に何倍もの確率で起こ
ることが証明されている。
しかし、偶然は決して逆算できない。したがって、重要なのは、「キャリアを作るのは、
目標ではなく習慣だ」ということである。キャリアを開き続けるよい習慣を学生時代に身に
付けることが重要である。つまり、「基礎的な習慣」が重要である。実は、これがキャリア
教育の本質である。
キャリア形成には、無駄や回り道が付き物である。しかも、結果的には無駄や回り道が重
要になるケースがひじょうに多い。しかし、最近の学生は、「私は将来この職業に就きたい
です」「そのために必要な経験や知識は、これと、これと、これです」「だから、それ以
外は無駄だから、やりたくありません。時間は限られているのです。早く行きたいのです」
などと言う。しかし、このようなやり方では、よいキャリアは決してできない。キャリアを
最初から細く絞り込めば絞り込むほど、専門職の偏狭なスペシャリストを目指せば目指すほ
ど、環境が変わったときにどうしようもなくなってしまう。ひじょうに危険である。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
むしろ、「根幅が広い」ことが重要である。木は根の幅が広い方がよいように、社会人の
基礎力も幅が広い方がよい。高橋氏は、2000年に出した『キャリアショック』(32)という本
から、「キャリア・コンピテンシー」という言葉を使い始めたが、この言葉で、「自分で自
分のキャリアを生涯にわたって切り開き続ける習慣とは、どんな習慣か」を問題にしようと
した。当時、「エンプロイヤーアビリティ」(employability)という言葉がはやったが、
単に「食える能力」や「市場性のあるスキル」を身に付けさえすればよいという考え方で
は、うまくいかない。
高橋氏は、去年、30人ほどを対象にして、「ワーキングマザーの調査」を行った。ワーキ
ングマザーは、根幅の広いキャリア・コンピテンシーをもつ人の典型である。まだ子ども
を産んでいない、働いている女性たちに、ワーキングマザーのイメージを尋ねると、「先輩
でやっている人がいるんですけど、とてもじゃないけど私にはできそうにない」「大変そう
だ」「苦労ばかりだ」「メリットがない」などの印象をもっている人が多い。しかし、イン
タビューの結論から言えば、ワーキングマザーをすると仕事に役立つ能力がものすごく身に
付く。
ワーキングマザーは、専業主婦や地域の人たちなど、自分とはまったく違う価値観で人生
を送っている人たちと理解し合って、その人たちに協力してもらわなければ、やっていくこ
とができない。そのような場面で、いわゆる「ソフトスキル」や「ソフトリーダーシップ」
が鍛えられる。多様な人たちに対する感受性、グローバル環境のなかでの多様性に対する感
受性が身に付く。そして、そのような人たちに対する間接的な説得力や影響力が身に付く。
この意味で、ワーキングマザーの経験は、ものすごく役に立つ。仕事ばかりしていると、そ
のような能力を身に付ける場面がない。
しかし、このようなことは、やってみないかぎりわからない。実際に行った後でしかわから
ない。デメリットは先に見えやすいが、メリットはやってみないとわからない。したがって、
それにもかかわらず「先に計画をきっちり立てろ」と言えば言うほど、デメリットは少ないけ
れどもメリットも少ないようなものをどんどん選んでしまう可能性がますます高くなる。
表面的なスキルよりも、思考行動特性の方がはるかに重要である。たとえば、変化の激し
い時代では、「今、何を知っているか」ではなく、「学び続ける習慣」がはるかに重要であ
る。最近、「資格」「資格」という話もよく出るが、1つの資格を取って、その仕事でずっ
とやっていけるほど世の中は甘くない。1つの資格の専門分野に逃げ込んで、そこで安定し
てキャリアを作ろうとする人ほど、激しく変化する時代の尾っぽにつかまって、変化に振り
回されてしまうという危険性がある。
むしろ、時代が激しく変化するときには、「変化の中心」にいた方が泳ぎやすい。「変化
の一番端」にいる人が、しっぽのように一番振り回される。「自分は何も悪いことをしてい
ないのに」ぐるぐる振り回されて大変な思いをする危険性は、最初から特定の専門性に逃げ
込もうとすることによって高まる。残念ながら現在は、そのように恐ろしい世界になってき
ている。
− 94 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
極論だが、船に乗る場合に、「絶対に沈没しない船に乗って、泳げなくてもいい」と思う
よりも、最悪のときに備えて、とりあえず自分で泳ぐ力をつけておいた方がよい。自分で泳
ぐ力をつけておかないで、ひたすら安全な船を追い求めていると、船が本当に沈没したとき
には致命的なことになる。もちろん船は安全な船に越したことはないが、自分で泳ぐ力を若
いうちにつけておくことが、今の時代では絶対に必要である。
ワークとライフというのは、バランスではなく、インテグレーションである。生き方その
ものの能力で仕事の能力は高められるし、逆に仕事の能力で生き方の能力を高めることもで
きる。相互が密接に関連し合っている。大切なことは、2つ以上ある。ワークとライフは、
優先順位の問題ではない。最近の女性のなかには、「とにかくワークよりライフ」「できる
だけ楽な仕事で、5時に帰れて、プライベートを侵食しない仕事」「食うためだけに働く」
などと最初から言っている人がいるが、そんなことを言っていると、本当に食うためだけに
一生働かなければならなくなる。
しかし、少しでも仕事にのめり込んで、よりレベルが高い仕事、より責任のある仕事、よ
り裁量度合いが大きな仕事につけば、そのときはじめて「仕事って、こんなにやりがいがあ
るんだ」ということがわかる。仕事は食うためだけにやっているわけではないという気持
ちで仕事ができるようになるので、実は精神的にはひじょうに楽になる。高橋氏は2004年に
『スローキャリア』(33)という本を出したが、ワークよりライフを重視するのがスローキャ
リアだと誤解している人がいる。そうではない。目標による上昇志向をもたずに、仕事その
もののプロセスをエンジョイしながら、ワークとライフを結果的にうまく両立できるような
働き方をするのが、スローキャリアである。そのためには、若いうちには、むしろ部分的に
はライフをぶっ壊してもよいから、ワークに専念する数年間があってもよい。そこで基礎が
できたら、その後は一生、ワークとライフの両方がひじょうに強くなる。
最初からライフ優先では、逆にライフ優先なんて永久にできないという可能性がある。こ
のことについては、名古屋大学の金井篤子先生が調査をなさっている。「ワークとライフの
どっちが重要か」と尋ねた。ワークとライフの間のコンフリクトによるストレスレベルが一
番低かったのは、「両方大事」と言っている人たちだった。ワークもライフもどちらも大事
で、どちらも譲れないと言った人たちのストレスレベルが一番低かった。
世の中には、大事なことは2つ以上ある。1つに専念すればよいという問題ではない。
「育児に専念しないと、ろくな育児はできない」ということはない。ワークとライフの両方
をやっているので、自分の子どもを別人格として扱うことができる。育児に専念している
と、「自分の自己実現は、子どもの育児を通じてしかできない」と思ってしまい、自分のイ
メージどおりに子どもを育てたいという気持ちが強くなりがちである。ところが、ワーキ
ングマザーの話によれば、ワークのところで自己実現ができると、「あなたは、あなたで
しょ」「あなたは、どうしたいの」というふうに、よい意味で一歩引いた育児ができるよう
になる。
ワーキングマザーというのは、「自分一人では社会は生きていけない」ということを痛切
− 95 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
に感じる体験だそうだ。そのような点から、「のりしろ」を作る働き方、つまりチームワー
クを重視する働き方ができなければならない。まさか、そのような働き方を身に付けるため
に、手段として子どもを産むという人はいないとしても、遊ぶ能力が低いと仕事も楽しめな
い。仕事を主体的に楽しむ能力は、遊ぶ能力と同じである。
高橋氏が7~8年前に、日本の大手企業14社の30~40歳代の2,400人に対して、「あなた
は、自分のキャリアを自分で切り開いてきたと思いますか」「あなたは、振り返って、自分
らしいキャリアができたと思いますか」などの質問から成る調査を行った結果によれば、
「明確なキャリアゴール」「職種名としてのキャリアゴール」は1回も上がってこなかっ
た。「あなたは、つねに5年後、10年後の明確なキャリアゴールを意識してきましたか」と
いう単独の質問で相関をとると、相関係数は0.1だった。
ところが、主体的ジョブデザインの因子では、相関係数は0.5くらいあった。キャリア
ゴールが職種名として作られていないのは明らかである。調査の結果、「仕事のやり方を主
体的に決定する」「人間関係を主体的に作る」「スキルをつねに磨き続けるという学習の習
慣を身に付ける」、この3つが重要だということがわかった。この結果は、大久保氏の基調
講演の話と符合している。このような能力ないし習慣を身に付けさせることが、キャリア教
育の本質である。
【米田氏の発表】
これまでの日本企業では、終身雇用を前提として会社が個人のキャリアを決めてきたとこ
ろがあった。たとえば、内定した学生の配属先が入社の当日にならないとわからないとか、
2週間前に突然辞令が出て「今度は東京へ行ってくれ」とかいうようなことは、至極当然
だった。しかし、今後は、キャリアデザインは会社から個人に権限が委譲されていくのでは
ないか。そう思って、米田氏はソニーに入社した。
ソニーが目指しているのは、製品単体を製造して販売することではなく、すべてがソニー
で楽しめる体験の創出である。ソニーは、ハードからコンテンツまで、すべてをもってい
る。世界でもユニークな企業で、新しいライフスタイル、愉快さ、感動の共鳴・共感を呼ぶ
ようなものを提案していきたいと考えている。
たとえば、ウォークマンを作ったときは、当時の70年代までは「音楽は家のなかで聴く」
というのが当たり前だったが、「外で道路を歩きながら、そのときの気分に合わせて音楽を
聴いてみたい」という発想があった。アイボというロボットを作ったときは、動物に代わる
パートナーとして自分のそばにいてくれる存在を作るという発想があった。このように、世
の中に今までなかった新しいライフスタイルを創造していくことが、製品の開発とセットに
なっている。
グローバル・ローカライゼーション展開については、通常、企業の海外展開の仕方は、ま
ず本国企業で十二分に展開をしてから、その後で海外に進出するという販売戦略が取られ
る。しかし、ソニーの場合は、創業者がひじょうにユニークだったこともあって、ニーズの
− 96 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
あるところにどんどん製造拠点や販売会社を立ち上げていくということを、会社の設立後ほ
どなくから始めた。アメリカで預託証券を発行したり、上場したりといったようなことは、
おそらく当時、日本企業ではじめてだったと思われる。
技術と経営理念はグローバルに展開していき、オペレーションはローカルに任せていくと
いうことを、60年代のころから行ってきたのがソニーの特徴である。そのなかで、ソニース
ピリットといわれるものが脈々と受け継がれてきた。これは社員が口に出して合唱するよう
な類のものではない。1946年に会社が創立されたときには、創業者の井深大が設立趣意書の
なかで、「自由闊達にして愉快な理想工場を建設」「規模の大なるを追わず」「成果主義」
「個人の能力を最大限に発揮せしむこと」と言った。今聞くと当たり前に聞こえるものもあ
るかもしれないが、60年前に日本企業でこのようなことを標榜した企業は他にはなかったと
思われる。
歴代の経営者は、言葉は違えどそれぞれのスローガンをもっていた。それを社員に投げか
けながら、規模が大きくなれどこの精神をいかに引き継いでいくかを命題にした。スローガ
ンがスローガンに終わらないように、それを具体的なアクションアイテムに落とし込んで経
営を行ってきた。共通項としては、「オリジナリティ」「人のやらないことをやる」「独創
性重視」という文化を醸成してきた。個人一人ひとりが重視され、「自分がどう考えるか」
「自分は何をしたいか」ということが尊重されてきた。
高橋氏の話にも出てきたが、「自分のキャリアは自分で築く」というスローガンは、随分
昔から根付いていた。「社内公募」という仕組もあり、上司に内緒で社員は次のキャリア
を目指して社内異動ができる。運用実績としては、年間300~400人がこの仕組で異動してい
る。これもソニーのカルチャーを裏付ける一例である。
人材育成については、実はこれまでは体系だった育成の仕方やキャリア形成サポートの仕
組があったわけではなかった。二人の創業者のベンチャーから始まった会社が、つねに新し
い領域に着手するというビジネスモデルをバックボーンにしてきた。年齢・性別・国籍と
いった属性に関係なく、いろいろなチャレンジを社員にさせてきた。自発的な意思のある社
員の情熱や信念から、ビジネス・新規技術・海外市場展開でフロンティア精神が培われてき
た。それが人材育成につながってきた。
前人未到のチャレンジでは、上司も教えられない。任された者が、とにかくがむしゃら
に、まるで虎の子の体験のように崖から突き落とされて一から這い上がるようなことを、つ
ねに経験させられた。計画的と言うより、偶発的だった。高橋氏からクランボルツの話が出
たが、この「計画された偶発性」というのが、ソニーの例に当てはまっている。
それでは、人事の方では何をしていくのか。「会社は何もしないから、皆さん勝手にキャリ
アを築いてください」では、もちろんない。社員がいかにも偶発的にそのような経験ができた
かのように見せながら、実は陰で人事や上司がサポートしていく体制づくりを進めている。
1966年から、社内募集制度を実施している。上司の承認がまったく不要で異動ができる仕組
である。「社内公募」とも言われる。これは、成果なくして好き嫌いで異動を希望する人たち
− 97 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
のための制度ではなく、社内で実績を積み、次の自分のキャリアの幅を広げるために新しい
チャレンジがしたいという人たちのための制度である。ワークライフバランスの観点からは、
「制度があっても使えない」とならないようにしている。95%以上が育児休職制度を取得して
復職しているという実態がある。ソニーユニバーシティという教育機関を作って、トップみず
からが時間を割き、社員とともに将来のソニーを語り合っている。よいアイディアがあればい
つでも手を挙げられる仕組を通じて、トップに直接提言できるようになっている。
ソニーは、創業者の時代からグローバルに展開し、人を送り込んで経験をさせてきた。同
時に、ローカル人材にも仕事を任せてきた。毎年、外国籍の社員が何十人か入社する。有期
の契約ベースで入社している外国籍社員も100人ほど在籍している。日本滞在の赴任者は100
人くらいで、日本から海外への赴任者は1,600人くらいである。ソニーのカルチャーに基づ
いて、個人の属性にかかわらずに採用や育成を行っている。採用プロセスで国籍を問われる
ことはない。新入社員名簿を見てはじめて、氏名などから「外国籍の社員かな」と思うくら
いである。時折、外部の方から「外国籍社員は何人いるか」との質問を受けるが、これまで
はそうした背景からカウントしたことがなかった。
アメリカのコラムニストのトーマス・フリードマンは、「世界はフラット化している」
(The world is flat.)と言っている。米田氏がニューヨーク赴任時代に銀行のコールセン
ターに電話をかけたところ、ひじょうに強いインド訛りの英語で答が返ってきた。「ひょっ
として」と思い、場所を尋ねたら、案の定、「インドだ」という答だった。ブロードバンド
が浸透し、バウンダリーレスになると、世界中がどこでも常時つながるように、急速に世の
中が変わった。そうなると、これからの日本にとって何が重要か。これから世界に出て行く
可能性の高い学生にとって何が重要か。
1番目は「英語力」である。話せないより、話せる方が絶対よい。大学でも企業でも、個
人に対して教育の機会を与えてあげることができる。個人も、自分がそれを必要だと感じれ
ば、勉強することができる。
2番目は「プレゼンテーション力」である。表現力とも言える。会社に入ると、パワーポ
イントを使って、人前で発表することがある。アメリカの人たちは、一般的に言って、中身
のクオリティはさておき、プレゼンテーションや自己表現がとてもうまい。日本人は、やは
りどうしてもおとなしい。本当はちゃんと考えをもっているのだけれども、表現をしなかっ
たり、恥ずかしがったりする。ひじょうにもったいない。
英語力にしてもプレゼンテーション力にしても、ある程度スキルで解決できるところがあ
る。スキルをどんどん身に付けることによって、誰もが力をよりよく伸ばしていくことができ
る。しかし、この2つの力は、「ないよりも、あった方がよい」という程度のものである。
最も重要なのは「精神的なコンプレックスを乗り越えること」である。ソニーの創業者
は、「物理・化学をやっている会社、何か面白いものを世に出そうとしている会社に、上下
なし」ということをよく言っていたそうだ。英語が下手であろうが、偉い人を前にしよう
が、そのようなプレッシャーに負けずに、自分が「精神的なコンプレックスを乗り越えるこ
− 98 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
と」、自信と勇気をもって自分の考えを相手に伝えることが重要である。これは大変なこと
だが、実行してみると、英語力や表現力のスキル部分の巧拙が、たいていの場合カバーでき
る。いろいろな場面に遭遇して、そのように実感される。
会社や大学にとっては、「計画された偶発性」をいかに創出するかが重要である。そのた
めに、個人ではなかなか経験できないと思われる機会を与えてあげることが重要である。そ
れが結果的に人材育成というかたちにつながっていく。
個人は、与えられたチャンスを選り好みしないで、とにかくやってみることが重要である。
学生のうちは、何が自分に合うのかさえわからない場合も多い。だから、機会が来たら、それ
を楽しんでやってみるとか、その面白さや意義を自分流で見つけてみるとか、いろいろとやっ
てみることである。その結果、点と点が線につながって、未来につながっていく。
【アキレス氏の発表】
ひじょうに基本的な「キャリアとは何か」というところについて話したい。仕事とキャリ
アは同じでないし、成果とキャリアも違う。この点をわかっていないと、キャリア教育を行
うのは難しい。アキレス氏自身がいろいろな会社でいろいろなことを学び、自分なりのキャ
リアを築いてきたなかでわかったことは、やはり「成功する人」がいるということである。
「そんな人には、どんな特徴があるか」を10項目にまとめた。
これを紹介する前に、まず「キャリアとは何か」についてだが、仕事をしなければキャリ
アはない。日々の積み重ねがかたちになっていくのがキャリアである。キャリアは、自分が
主体的にデザインしていくことができるものである。しかし、自分がやりたいと思っていて
も周りが評価してくれないとなかなかうまくいかないので、周りに評価されてはじめて成り
立つものでもある。
たとえば、課長・部長・執行役員など、さまざまなポジションやタイトルがある。そこで
は、どんな仕事をやっているか、どんな責任を負っているか、自分をどう表現しているか、
どんな成果を上げているかなどが、キャリアではひじょうに重要である。
今、金融は「100年に1度」と言われるひじょうに厳しい状況にある。先日の内定式で学
生に話す機会があったが、「すごくラッキーなタイミングで皆さん来ていますね」と言っ
た。金融は、上がったり下がったりを歴史的に繰り返している。本当に苦しいときは、もの
すごいスピードで学ばざるをえない。苦しいときだからこそ、ものすごく力がつく。今は、
そんなラッキーなタイミングに来ている。
チャンスが目の前にあっても、それを生かすのは本人である。チャンスを生かせるかどう
かがひじょうに大切である。そのためには、やったことのないことも含めて、自分から出て
行く勇気が必要である。「リスクテイク」という言葉があるように、リスクを自ら負わない
と結果は出てこない。キャリアには、いろいろなかたちがある。1つの目標に向かって黙々
と努力するかたちもある。偶発的に与えられた目の前のことを一生懸命やったら結果が出た
というかたちもある。そこからまた道が広がって、次につながっていく。こうしたことを一
− 99 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
言でまとめると、「プロフェッショナルとして成長するプロセスがキャリア」である。「プ
ロフェッショナル」とはどんなことかについては、3つの要素でまとめられる。
1番目は「専門性」である。ちょっとハードルが高いかもしれないが、自分の能力や実績
で、自分のいる会社だけでなく、その分野で5本の指に入るくらいを目指すべきである。
「市場価値がある」ことが重要である。10年前に求められたスキルが今も通用するかと言え
ば、違う場合がある。金融では金融工学がひじょうに発達して、デリバティブなどの商品が
できた。その能力にはとても素晴らしいものがあったが、結果的に今この瞬間を見ると、そ
の市場価値は崩壊してしまっている。その能力自体は別に悪いものでも何でもないが、今は
それを使いたくてもなかなか使えない状況にある。
それならばどうすればよいかと言えば、これが2番目だが、そのとき、そのときで市場や
顧客から求められる能力に、いかに磨きをかけるかである。自分を磨きながら、up to date
にする。つまり、能力を使えるかたちに改良して高めていくことが重要である。そのような
努力をして自分の専門性の「市場価値」を高め続けている人が、プロフェッショナルな人で
ある。
3番目は「人脈」である。社内だけでなく社外にも、活用できる・助けてもらえる・助け
てあげられる人脈をもつことが重要である。1つの業界だけでなく、異業種の人脈もひじょ
うに有効である。アキレス氏は比較的金融業界が長かったが、5年近くだけ住友スリーエ
ムという外資系製造業の人事部で働いたことがある。製造業の「ものづくり」とは、こうい
うものだったのかと、ひじょうに勉強になった。いろいろな人とも知り合った。1年間だ
けだったが、この期間に、ちょうど伸び盛りだったインドと中国を含めたアジア16ヵ国のス
リーエム支社の人財マネジメントの統括を担当した。日本と全然違う状況が勉強になった。
中国の勢いや学ぶ意欲の高さに圧倒された。
少しハードルが高いかもしれないが、やはり「専門性」「市場価値」「人脈」の3つがそ
ろっている人が、プロフェッショナルな人と言える。今の時勢では、金融だけでなく、いろ
いろな業界が深刻な影響を受けている。そのような状況下で、万一会社がなくなったとして
も、「そこで声をかけてくれる企業や顧客や仲間がいる」というような人になることが重要
である。アキレス氏は、このような話を新入社員や学生にしている。
「キャリアの達人」の特徴である10項目の1番目は「コミュニケーション能力」である。
これは「基礎力」の1つである。仕事では、いろいろな人とコミュニケーションを取る機会
が多い。そのときに、「あのタイプはOKだけど、このタイプは駄目」「日本人とはいいけ
ど、アメリカ人・インド人は苦手」では困る。いろいろな状況や場面で、英語でも日本語で
もコミュニケーションが取れなくてはならない。流暢に英語を話すだけが重要ではない。英
語が使えなくてもコミュニケーションがうまい人もいる。人と人が一緒に仕事をしていくな
かで、お互いの意思疎通がうまくできるかが重要である。
2番目は「実行力」である。口だけうまければそれでよいわけではない。やはり、結果が
伴わないと信用してもらえない。有言実行ができる人が必要である。
− 100 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
3番目は「速く的確な状況判断力」である。変化の激しいこの時代でますます求められる
のが、スピードである。長く時間をかければよい判断ができるか。今はとてもそんな時間的
猶予がないことが多い。できるだけ早く、そして的確な状況判断ができることが必要であ
る。そのめたには、普段からいろいろなアンテナを張り巡らせ、「世の中で何が起きている
のか」「社内がどうなっているのか」をつねに把握しておき、反応しなければならないとき
に、すぐ反応できるようにしておくことが必要である。
4番目は「周囲を巻き込む能力」である。一人では、あまりたいしたことはできない。少
しでも大きなことをやろうと思えば、必ず周りの人たちを巻き込んで一緒にやる必要があ
る。すると、成果も大きくなるし、達成感も共有できる。すると、「また今度も一緒にやり
たい」という気持ちになる。
5番目は「結果に対する責任感」である。いろいろと言い訳をしても、企業は結果で見て
いく。その結果に対して、責任感が強く、執着心も強く、頑張れる人が必要である。
6番目は「変化を前向きに捉え、柔軟に対応する力」である。「変化は恐い」「変化は嫌
だ」「嵐が過ぎるまで待っていよう」ではなく、変化のなかで自分がどう成長していけるのか
をポジティブに捉えることが重要である。この力が、この10項目のなかでも3本の指に入るく
らい重要である。物事に柔軟に対応できるかどうかは、自分の殻をどれだけ破れるかである。
一つの殻を作ってそこに安住し、それを破らないでいるようでは、グローバルな組織で仕事を
するのはひじょうに難しい。そのような人は、今では日本の組織でも置いて行かれる。
7番目は「得意分野をもち、学び続ける力」である。キャリアの達人には、このようなタ
イプの人が多い。
8番目は「打たれ強い」である。失敗することは、たくさんある。その度に、反省をしな
がらも、ただでは起きない。何かを学んで、次に生かす。いろいろなプレッシャーを受けな
がらも、打たれ強く進んでいくことが重要である。
9番目は「人を大切にする」である。4番目で言ったとおり、一人では、あまりたいした
ことはできない。人事では、この部分はとても大切である。これが「信頼される」というこ
とにつながっていく。
10番目は「多様性を尊重し、楽しむ」である。世の中には、いろいろな人がいる。いろい
ろな考え方がある。いろいろなやり方がある。そのような多様性を評価しつつ、なおかつ楽
しむことが重要である。「違うから面白そうだ」「違うから楽しそうだ」というふうに捉え
られるかどうかである。これができる人は、おそらく日本だけでなくグローバルなキャリア
のなかでも、プレッシャーを受けながらも成果を上げていける。
以上の10項目は、別にグローバル環境で活躍するためだけではなく、日本の企業でも求め
られていることである。グローバルな企業でも日本の企業でも、求められていることはそん
なには変わらない。日本の企業がそれだけグローバル化しているとも言える。日本の企業で
あるか、グローバルな企業であるかにかかわらず、このような能力を身に付けている人が成
功するのではないか。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
参考のためにアキレス氏自身のキャリアを例に挙げると、20歳代は学生だった。留学した
り、その間に結婚や出産もしたりした。いろいろな経験を重ねながら、自分に本当に合って
いる職業は何かということを探していた。
30歳代前半では、人とのコミュニケーションがひじょうに好きだということはわかってい
たが、出産をしたこともあって、いきなりフルタイムの仕事をするのはちょっと難しいと考
えた。週に3日勤務という条件で仕事を探したら、富士ゼロックスで異文化間コミュニケー
ションのトレーナーとして働くことになった。その後、人財開発コンサルタントとして、い
ろいろな会社で働いた。当時は今と異なって、企業のいろいろな制度が整っていない時代
だったので、送り迎えを含めて二重保育を頼んだり、子どもに熱が出たときには他人に頼ん
だりしながら仕事をした。
30歳代後半から40歳代前半にかけては、子どもはまだ小学生くらいだったが、ある程度大
きくなって、ちょっと手が離れたので、少し本格的にキャリアを開始した。そのころから、
さまざまな外資系金融機関で、人事を中心に、いろいろなことを経験しながら、夫と二人三
脚で子育てをした。
40歳代後半になって、住友スリーエムというメーカーにはじめて入った。このときは、た
またま娘二人がアメリカの大学に留学するというタイミングで手が離れたので、修士号取得
を目指した。組織開発の仕事をずっと行ってきたが、それを体系的に学んだことがなかった
ので、この辺で学んでみようということにした。平日は仕事で、土日は勉強という生活を3
年ほど続けた。アメリカのフィールディング大学が開講していたオンラインの大学院で修士
号を取得した。そして、50歳代に入り、今年の8月からあおぞら銀行に入行した。
長い目で見ると、子どもに手がかかるときは子どもの方に向きあい、ちょっと手が離れた
ら仕事に没頭し、少し余裕ができたら勉強をした。普通「ワークライフバランス」と言われる
が、ワークというのはライフのなかの重要な1つの要素ではあるが、それがすべてではない。
学生のために、「学生時代にできること」として2点を示したい。1つは「自分の適性と
企業の特徴を理解する」ことである。自分がどんなことが得意で、どんなことが苦手かがわ
かっているかというと、意外にわかっていないことが多い。自分が興味をもった業界や企業
は、どんなふうに動いているのか。これを知ることが重要である。そのためには、いろいろ
なイベントやセミナーで、先輩の話を聞いたり、企業の人と話をしたりする必要がある。
もう1つは「基礎体力」である。たとえば、「論理的に考える癖をつける」「顧客志向で
ものを見る」ことが重要である。どんな職業であっても、必ず顧客がいる。顧客の視点は、
今この瞬間に誰でももつことができる。なぜならば、誰もが顧客になったことがあるから
だ。したがって、常日頃から、「顧客だったらどう見るか」「顧客として見たらどう見える
か」と考える癖をつけることが重要である。この考える癖が基礎体力である。
コミュニケーション能力を磨くことも重要である。ビジネスで使える英語力も重要であ
る。勉強以外にも、いろいろな体験を積んでおくことも重要である。キャリア教育のなかで
は、体験を通した学習がもっと増えてもよい。「頭で理解しても実際やってみないとわから
− 102 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
ない」ということが、ほとんどである。なるべく学生のうちに、参加型の学習やインターン
シップなどに参加すべきである。
学生だけではなく、教える立場の先生方も、企業を訪問し、実際の仕事の場を見た上で、
「こんなふうに動いているのか」ということをある程度経験した上で、キャリア教育を行え
ば、かなり実感のこもったキャリア教育ができるのではないかと思われる。
以上の発表の後、質疑応答に移った。会場から4つの質問が出された。最後に、コーディ
ネーターが1つの質問を行った。
【会場からの質問1】
大学でキャリア教育に協力してくれる教員がなかなかいない。キャリア教育を担当する教
員をどのようにして育てていったらよいか。
【高橋氏の回答】
「大学の教育改革だ」というレベルの認識でやらないといけない。何かプラスαで、「大
学の教育プログラムのなかに余計なものが1個できました」という認識ではまずい。
たとえば、コミュニケーション能力が重要だと言われれば、「コミュニケーション講座」
を1つ作ったりするが、重要なのは、実際に社会に出てからの基礎力としてのコミュニケー
ション能力が身に付くようにやり方で、いろいろなコンテンツの講座の授業を行うことであ
る。Howの部分の改革は、Whatの部分の改革以上に大切である。
以前、東北大学で、授業調査を行って、学生からの評判がよかったトップ5の先生の講義
を、ボトム5の先生が参考のために見に行かなければならないという仕組があったそうだ。
だいたい年輩の先生が若い先生の授業へ勉強に行くという結果になることが多かったそうだ
が、そもそも大学では他人の講義を見ること自体が本当はいけない。よほど許可を取らなけ
れば失礼になる。だから、他人の講義は普通は見ない。他人が何をやっているのかは、まっ
たくわからない。
まず、自分の講義自体の改善をどう行うかに、キャリア教育というレベル以前の問題とし
て、一人ひとりの教員が取り組まなければならない。Howの部分を変えることによって、
「基礎力って、こうやって身に付くんだ」というような部分がわかってくる。いきなり全員
は無理にしても、気づいた教員から少しずつ変わっていくという取り組み方もある。
講義では、やはり最新の動きについての情報提供を行う必要があるので、一握りの人たち
で「人材の交流プログラム」のようなものを実行する必要がある。民間から来たり、逆に民間
へ行ったりして、最新の動きについて学生に中身を教えられるようにしなければならない。
「今、世の中は、こんなに変わっているのだよ」「仕事って、資格を取ったら一生食えるほど
簡単なものじゃないんだよ。そんな話は、もうないんだよ」という現実を教えられる人、つま
りキャリアに詳しい人を一握り、ごく少数、何とかして確保することが必要である。
− 103 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
【米田氏の回答】
以前は情報もひじょうに限られていたし、キャリア教育を考えるセンターが大学のなかに
もきちんとしたかたちではなかった。それに比べると、今の学生は、ネットやさまざまな媒
体を通じて情報を得やすくなっているし、大学側の取組もなされている点が格段に違う。し
かし、実際にキャリアというものにどんな道があるのか、それは実際どうなのかという具体
的なところは、なかなか伝わっていないのが現状である。したがって、キャリア教育を担当
するところが、リアリティをもって情報提供できるようにすることが重要である。そのため
には、担当者自身にその必要性を認識してもらわなければならない。なぜその必要があり、
何が課題かをまず分析・定義して、適任者を巻き込んでいく仕組が重要になってくる。
【アキレス氏の回答】
キャリア教育の担い手を育成するための3点を考えた。1点目は、キャリア教育の重要性
をどの程度認識しているか、どれくらい本気で取り組んでいるかを目に見えるようにするこ
とである。最初のうちは学長のトップダウンが必要だろうが、いくつかのデータを見えるよ
うにする必要がある。たとえば、卒業生が3年後、5年後、どんなキャリアを築いているか
を、データとして捉える。成功例も含めて、卒業生のキャリア構築がどうなっているかを調
べて、その結果を公表し、話し合うことも可能である。「『キャリア教育』って言ってるけ
ど、うちの大学って、どれくらい本気でやっているんですか」という部分を目に見えるかた
ちで説明できるようにすることが重要である。
2点目は、いろいろな業界から企業の人を授業に呼んでくることである。学生が本で学ん
でいることと、実際の状況では、結構同じだったり、全然違っていたりする。そのようなこ
とを、生の材料を一緒にして話し合う必要がある。昨今では、以前企業に勤めていた人が大
学で教えるという例も多くなってきているが、そこまでいかなくても、企業の人に生きた授
業をしてもらって話し合うことが重要である。
3点目は、教員をインターンシップのようなかたちで企業が受け入れることである。過去
の経験では、1週間くらいのインターンシップだったが、「企業というのは、実はこうなっ
ていたんですか」というような気づきを教員にもってもらったことがある。どの企業にもビ
ジョンや経営理念があって、それを基に経営がなされる。それを知った教員が、「うちの学
校のビジョンは、あまり見えないかもしれない」と気づいた。「ビジョンなくしてどうやっ
て教育するのか」と気づいた。そのような「気づき」を起こさせるようなディスカッション
や機会を増やしていくことが有効である。
【大久保氏の回答】
もともとの質問が、たいへん難しい質問である。大学だけではなく、高校でも中学校で
も、同じことで悩んでいる。キャリア教育というものは、一種の教育改革運動だから、たい
へん多くの人たちの協力も必要だし、やっていくためには時間もかかる。ただし、推進して
− 104 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
いくなかで、欠かせない要素がある。
まず、トップダウンだけではなかなかうまくいかないので、錦の御旗が必要である。つま
り、教育のあり方をこんなふうに変えていくというビジョンがあって、そのビジョンが文部
科学省の現代GPに採択されてオーソライズされることをもって、大学全体で推進していく
力にするというようなことが必要である。
次に、どうしても学長のリーダーシップが必要である。これは絶対に譲れないところで
ある。
さらに、一種の外圧が必要である。たとえば、キャリア教育の実践的なプログラムをオー
プンキャンパスのようなところでどんどん公表し、外側からの期待値を作ってしまう。これ
は、一つの外圧になる。好むと好まざるにかかわらず、来年からの新卒の採用環境は悪化し
始めるので、このことに関しては推進しやすくなる。
また、キャリア教育を手作りではなく、早く計画的に行うことが重要である。実質化する
ことが重要である。そのためには、カリキュラムマネジメントをどう展開していくかを考え
る実務リーダーが重要で、カリキュラムのベースをしっかりと作っていかなければならな
い。
それから、OBの活用がとても重要である。キャリア教育は、OBの力が入っているかいな
いかによって、全然違う。卒業して数年の人もいれば、結構時間が経って産業界のなかであ
る程度活躍している人もいる。この両面でもOBの活用をしっかりやることが重要である。
最後は、やはり学内で協力者を増やしていくことである。輪を一人ずつ広げていくには、
キャリア教育というものに興味・関心をもって、その価値に気づいてもらわなければならな
い。実際にキャリア教育に生で触れる機会をもってもらうとか、学校の先生が企業に体験に
いく「エクスターンシップ」とかが考えられる。そのような機会を地元の産業界で中核とな
る企業に作ってもらって、そのようなところにローテーションで何人かの先生が体験に行く
ことが、キャリア教育の理解者を作るための大きな力になる。そのような多様な活動を複合
的に根気よく行うことが、担い手づくりとしては重要である。
【会場からの質問2】
大学で学生に取り組ませたキャリア教育の成果を見えるようにするには、どうしたらよい
か。そのことについて、会社ではどうしているか。
【大久保氏の回答】
キャリア教育の成果というものは、本来はひじょうに長い時間をかけて出てくるものであ
るから、長期的な目的になる。しかし、短期的にキャリア教育の成果を確認したいという要
望も当然出てくる。何をもってそれを見るのかがポイントになるが、キャリア教育の短期的
な成果は、抽象的な言い方になるが、「自己効力感の向上」で測ることができる。今までは
行動的でなく、「どうせ自分は何をやっても、きっと失敗するんじゃないか」と思っていた
− 105 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
子どもたちが、キャリア教育を受けることによって、「自分が今まで経験したことのないこ
とをやってみよう」「もしかしたら、できるかもしれない」「ちょっとやってみようかな。
参加してみようかな」と言い出すようになることが、第一歩である。
このことを数値化するのは難しいかもしれないが、学生たちの教育を担っている先生方で
あれば、その変化はすぐにわかる変化である。この変化を実感すると、キャリア教育という
ものが楽しくなる。やっている側が楽しくなると、やめられなくなる。バンデューラが言う
ところの「自己効力感」を実感してもらうことが、キャリア教育の短期的な成果である。学
生たちが、今までやったことのないことをやってみたいと思い、きっとできると思うように
なったかどうかを確認することが、短期的な成果を測ることである。
【アキレス氏の回答】
キャリア教育の成果には、見えるところもあるが、見えないところもある。たとえば、
キャリア教育の一つとして、グループ学習と分析をして、その結果を皆の前でプレゼンテー
ションするという場合、そのプレゼンテーションがどんな質のものか、どんなスキルを身に
付けたらどんな変化があるかという部分は、比較的わかりやすい。しかし、キャリアについ
ては、いろいろな考え方がある。効力感をどう見るかの課題もある。
企業では、社員の意識調査・満足度調査を定期的に行っているところが多い。年ごとの結
果を比較すると、ある目安が出てくる。アンケートは一つの手段であるが、見えにくいもの
を数値に置き換えて比較していくことができるようにするものである。
部下の育成については、まず年初めに目標の設定をする。その年にどんなことを達成する
かについて、部下と一緒に5つか6つの目標を設定する。パフォーマンスマネジメントと言
われるが、これは業績評価の一つのサイクルで、目標設定とその達成度について、上司と部
下がコーチングのディスカッションをしていくものである。これを毎年、毎年、繰り返す。
その過程で、部下が育っていく。部下の強いところと、弱いところがわかってくる。苦手な
ところは、たとえば研修で補ったり、いろいろな育成プランに反映させたりしていく。
【米田氏の回答】
成果の可視化については、会社のなかでは「キャリア月間」というものを設けて、上司・
本人・人事が一体になって、社員の次のキャリア形成をどうするかについて話し合ったり、
モラルサーベイを実施したり、自己申告フォームなどを通して定性的・定量的に見たりし
ている。ただ、育成はやはり時間のかかることで、基本的に短期的に成果を求めるのは難し
い。また、求められるものではない。
昨今はビジネスでも短期的思考に走りがちで、短期的な成果を求める風潮もあるが、育成
にかぎっては、ボディブローのように、じわじわと効いてくるものである。ネガティブスパ
イラルに陥ると、人のモチベーションや向上意欲は途端に失われていく。したがって、仕掛
け側が、試行錯誤を繰り返しながらでも、いかに粘り強く継続して取り組んでいけるかどう
− 106 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
かが重要である。
継続的に取り組むためには、対象者自身の意識を高め、実施側との相互啓発的なポジティ
ブスパイラルに向かっていくように考える視点も重要である。たとえば、ソニーユニバーシ
ティでは、受講者は一方的に講義を受けるだけでなく、教える機会が設けられるなどして、
参画意識・当事者意識が高められるようになっている。学ぶことより教えることの方が、実
際学ぶことが多いという摂理から、いかにインタラクティブな機能をもった仕組をつくるか
が重要である。
【高橋氏の回答】
キャリア教育では、つまり広い意味での教育では、行動特性・思考特性の方が、つまり習
慣化していく基礎力の部分の方が、いわゆる「スキル」と呼ばれるものよりも、もっと重要
である。
企業研修の場合でも、スキル系の知識や技術的なものの中身を教えるのではなく、行動特
性・思考特性・習慣を変えさせるタイプの研修もある。その場合、典型的には多面評価で自
己評価をして、その結果をカウンセラーからフィードバックしてもらい、アクションプラン
を作る。そして、「3ヵ月、6ヵ月、こういうことを継続します」と言わせる。その間、週
に1回くらい、コーチが「ちゃんとやってるか」と電話をかけ、その後にもう1回多面評価
を行い、自分が変えると言ったところについて、周りの人たちも変わったと本当に思ってい
るかどうかを見る。ここまでやると、人間は相当変わる。
一般的に言って、企業研修ではカークパトリックのモデルが昔から有名である。これは、
トレーニングの効果測定の4段階を示している。1段階目は参加者の満足度で、2段階目は
習得度である。3段階目は行動変容度で、4段階目は結果である。これをキャリア教育に
当てはめれば、4段階目の結果がわかれば、それが一番よい。たとえば、結果として、卒業
して10年後に皆が自分の人生やキャリアを切り開いて、満足度の高いキャリアを築いている
か。そうなるのが一番よいが、カークパトリックのモデルでも、つまりアメリカでも、4段
階目を測れるケースがすごく少ない。10%とか15%しかない。
現実的にはすごく時間がかかるので、最終結果が出るまで待っていると、フィードバック
回路が遅すぎる。「10年信じてやってきました」けれど、「10年目に、無駄だったとわかり
ました」では、「それじゃ遅すぎる」ということになる。だから、その手前の段階で、もう
ちょっとラーニングサイクルを回さなければならない。すると、やはり行動変容の問題など
が重要になってくる。
まさに「取り組み方が変わった」とか、定性的にでもよいから、そのような事例を集めて
くるというのがベースである。たとえば、インターンシップを行う場合、行うこと自体はよ
いとして、その前と後がすごく重要である。どんな解釈をして、どんな勉強をした上でイン
ターンシップに行くか。その後で、それをどんなふうにして自分のものにしていくか。その
プロセスが重要である。
− 107 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
この前後をしないで、ただ経験だけをさせると、最後に感想を聞いたときに、往々にして
「仕事って大変そうだ。もう結構です」みたいな感じになってしまう可能性がある。ネガ
ティブな結果も出やすい。銀行にインターンシップに行っての感想が「金庫がでっかくて感
動しました」といった程度の話にならないように、プログラムの設計をする時点で、終わっ
た後の感想が定性的にどのレベルで出てほしいのかを明確に想定しておく必要がある。これ
は短期の調査だが、さらに卒業後3年とか5年とか経ってから、もう1回調査する必要もあ
る。短期と長期の2段構えで確認していくのがよいのではないか。
【会場からの質問3】
1点目は、大学が行っているキャリア教育を企業はどう評価しているのか。そこに共通理
解があるのか。2点目は、日本のキャリア教育は国際的に通用するのか。日本人学生が本当
に国際的に活躍できるのか。外国人留学生に負けるのではないか。
【高橋氏の回答】
ざっくり言うと、大学がキャリア教育をしてくれないと困るという一般論としての問題意
識やニーズは企業側にある。それは、これくらいの基礎力をもった学生を育ててほしいとい
う広い意味での要望である。しかし、どの大学がどんな優れたキャリア教育を行っている
かについては、企業側は関心がない。なぜならば、それは個別の学生の問題だからである。
「その大学のキャリア教育がよいから、その大学の出身者を採用する」という発想は、今の
企業では完全になくなってきている。ソニーでは昔から大学名は不問である。慶應でもそう
だが、大学名で判断されることは、ものすごく少なくなってきた。
端的に言えば、同じ大学の同じ学部で同じ成績にもかかわらず、1人は内定が10個、1人
はゼロというように、ものすごい格差が出てくる。大学自体の評価をしなくなって、個人
のコンピテンシーインタビューのようなテクニックが最近の企業では進んできているので、
このような格差が出てくる。企業は個人を買うわけであって、大学を買うわけではない。し
たがって、大学では、企業が求めるようなキャリア教育をするのではなく、企業に入ってか
ら、企業にも評価されながら、満足度が高いキャリアを自分で作っていける学生が1人でも
多く輩出するようなキャリア教育を考えればよい。
キャリア教育プログラム自体を企業がどう評価するかは、あまり関係がない。要は、個人
の問題である。企業から評価される学生がたくさん出てくるためには、大学は何をしたらよ
いかと考えた方がよい。今の時代は、問題意識の高い企業ほど、大学名で判断しないという
状況になっている。
グローバル化の問題については、ほぼ10年前にリーダー教育というものを始めて、コーポ
レートユニバーシティなどが流行った。しかし、一時期、日本企業も「はっきり言って、日
本人はグローバルに向いていないんじゃないか」「いっそ、非日本人でやってもいいんじゃ
ないか」と傾いた。それが、この3年くらいで、「やはり日本人でグローバルがやれる人間
− 108 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
がたくさんいないと、この世の中のグローバル化は本当に乗り切れない」と発想を変えてき
た。同年輩の韓国人のコンサルタントの話でも、韓国では英語での授業がものすごく多くな
り、「われわれのころには考えられない」「大学を出た人間は皆そこそこの英語をしゃべ
る」「韓国も変わった」と言われる。
韓国では、国を挙げてのグローバル教育というものを相当に行っている。企業も行ってい
る。その投資に比べると、日本では極めて不足している感が否めない。今、日本全体が内向
きになってきている。日本の学生も国内志向になって、卒業旅行で海外に行かなくなってい
る。特に男子学生がそうだ。単に英語力の問題ではなく、海外とかグローバルとか、広い世
界に対する積極的な姿勢や意識がものすごく縮小してきている。それをキャリア教育だけで
埋めろと言われても、荷が重過ぎる。
企業もいろいろとやるだろうから、大学もできるところからきっちりやっていく以外にな
い。それは、「自己効力感」だったり、「自信をもったポジティブな取組」だったりする。
このようなことをやっていけば、必ずグローバルな問題に行き着く。広い世界や多様性に対
して関心をもたざるをえない。要するに、「守りに入らない」ことが重要である。
20歳くらいから守りに入ってどうするのか。肉付けヘッジのために、とりあえず資格を1個
取っておいてという感じだが、そんな守りは後からの人生でいくらでもできる。一番リスクが
取れるときにリスクを取らなかったら、若いうちにリスクを取らなかったら、どうするのか。
沖縄県庁の仕事の手伝いで、Good Job運動という若者の就労意識の改善運動などの手伝
いをしているが、沖縄で有名なアイスクリームの会社が一回倒れかかった。新しい社長が来
て、建て直したら業績がひじょうによくなっている。地元企業の業績をよくしているような
人たちは、たいてい若いうちに一回外に出て、それから戻ってきた人たちである。中国で言
う「海ガメ族」である。
地元を活性化しているのは、中国でも沖縄でも、広い問題意識をもって一回外に出て、い
ろいろな経験をして戻ってきた人たちである。そのような人たちを福岡の大学からいかにし
て輩出するかが、地方の行政にとっても経営者にとってもとても重要である。「アジアのハ
ブ福岡」と言っても、人材が出なかったらしようがない。
【米田氏の回答】
大学側のキャリア教育を企業側が把握するのは難しい。結果として採用者数の多かった大
学をリストで並べてみてはじめて、各大学のキャリア教育・キャリアセンターの取組の違い
が現れるということはあるかもしれない。それに対して、アメリカの大学では、キャリアセ
ンターの担当者や学長が変わるごとに、その特色が学生の質にリンクしている。
大学で、学生一人ひとりがアイデンティティをうまく形成しているか。学生が自分はどん
な人間で、何をやってきたかをきちんと伝えられるような教育を行っているか。スキルを身
に付けさせるための支援もよいが、「大学のアイデンティティ=学生のアイデンティティ」
のようなものが伝わるかどうかが問題である。その意味では、しっかりした学生が多い大学
− 109 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
では、キャリア教育がきちんとなされていると捉えられる。
国際的な観点については、「グローバルかどうか」という指標が出ること自体が、日本が
遅れている証拠である。一番弱いのは、単一民族・単一国家ゆえのダイバーシティの欠如か
らくる「個を個として認める上でのさまざまな課題」である。平易な例で言うと、ディス
カッションのときなどで、自分と異なる意見をもつ人への対応がうまくできなかったり、世
界のスピード感についていけなかったりするようなところが、キャリア教育の結果としての
人材の競争力としては、まだまだだと言わざるをえない。
しかし、英語にも何ら抵抗感をもつことなく、国境を越えてチャレンジする学生たちも、
昔に比べると格段に増えている。今後、産学協同などを通じて、これらの課題への取組が進
めば、十分に国際競争力のある学生が育つ土壌は日本にもある。
【アキレス氏の回答】
「この大学の教育・キャリア教育はいい」と最初から思うわけではない。よく使われてい
るのは、「どの大学の何とかゼミ出身の学生はすごいね」というような視点である。技術系
でも文系でも、その担当教授がどんな取組をしているかが、学生の心構えや人間性、取り組
み方などをひっくるめて、全部を決める。担当教授の取り組み方次第で、学生は本当に自分
のキャリアを作っていこうとする意欲をかなり高める。それを企業は求めている。
どんな学生を企業が求めているかについて、大学側でマーケティング的な活動をしてもよ
いかもしれない。マーケティング的な発想が、意外と大学側には欠けているかもしれない。
もちろん、企業側と大学側の双方について言えるだろうが、マーケティングの基本はやは
り、「顧客が何を求めているかを知る」というところにあるので、福岡だったら、福岡周辺
の企業がどんなことを求めているかをリサーチして、その結果をカリキュラムに反映させる
ようなことも考えられる。
「グローバル人材」の問題は、キャリア教育にかぎらず、日本の企業が抱えている大きな
課題である。どんな場面でも通用する「グローバル人材・リーダー」が1つの企業のなかに
何人いるかと言えば、経験した数社ではひじょうに少ない。日本だったら通用する、アメリ
カだったら通用するという人はいても、どっちでも通用するという人はひじょうに少ない。
これは英語力だけの問題ではない。「キャリアの達人」の10項目が全部できるほどの高い
ハードルの問題である。しかし、そんな完璧な人は、もともといない。
他国との比較で言うと、以前は、韓国と日本が英語力が少し低いという評価があった。中
国は、割と勢いよく積極的に学習して、英語力も高い海外留学経験者が多いような状況だっ
た。この3~4年では、韓国でもかなり英語力を身に付けた人たちが増えている。日本だけ
が、そのあたりは苦手という意識をまだ引きずっている人たちが多いようである。日本は国
際舞台の上で、ひじょうに損をしている。日本もいい経験をしているし、産業も強い。もっ
と貢献できるはずなのに、日本的な遠慮がちのスタイルや、思ったことをそのまま言うと角
が立つからやめておこうという心理や、英語がちょっと苦手だという意識などが相まって、
− 110 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
せっかくいいものをもっていても貢献できない。
米田氏から「コンプレックスをいかに克服していくか」についての話があったが、このよ
うなことは企業に入ってからもできるにしても、学生時代でも、いろいろな人とどんどん交
流して意見を戦わせることによって鍛えることができる。キャリア教育のなかで、異なった
文化的背景をもつ人と英語で討論する機会を設け、そこで必ず自分の意見を相手にわかるよ
うに論理的に述べる癖をつけさせるような試みを行えば、採用やその後のキャリアにひじょ
うに役立つのではないか。
【大久保氏の回答】
大学生に求められるレベルがどんどん高くなってきている。それはなぜかと言えば、ワー
キングパーソンに求められるレベルがどんどん高くなってきているからである。もっと言え
ば、企業経営や企業に求められるものがどんどん高くなってきているからである。今、社会
は企業に対して、ものすごく難しいことを求めている。完璧な製品をすばらしい技術のもと
低価格で作って、何か不祥事が起こったらすばらしい対応をして、すべてを正直に話す。企
業にはいろいろなことが求められる。それを誰が回しているかと言えば、そこで働いている
人が回している。そのなかの初期的な能力の一部を学生に求めるようになる。当然の流れと
して、そのようになっている。
だからと言って、企業が人材育成を放棄し、本来は企業で行うべきことを大学側に期待し
ていると捉えると、それはまったくの間違いである。日本企業は以前よりも、むしろ今の方
が教育を熱心に行っている。ただし、それは「大学教育の上に乗っけていく教育」であるか
ら、熱心に行えば行うほど、「大学教育に期待している」ということになる。
以前は、多くの企業で、「大学教育なんかに期待していないよ」「採用した後で一から鍛
えるんだよ」と言っていたが、今ではそんなことは言わない。大学でもしっかり教育しても
らわなければ困るという状況になっている。
たしかに、グローバルに活躍できる人材を育成するという問題は、大学だけの問題ではな
く、日本の企業のすべてが抱えている課題であり、これが最大の課題である。しかし、問題
なのは、「能力の側面」よりも、「志向の側面」である。「本当に国際舞台で活躍したいと
いう気持ちをもっているか」ということが、ものすごく重要である。この側面が、今、危機
的な状況にある。
国際舞台で活躍するためには、コミュニケーション能力などだけではなく、「体力」も重
要である。あまり言われないが、基礎体力をしっかり鍛えておくことも、ものすごく重要で
ある。飛行機に乗ってあちこち移動すると疲れる。時差ボケもするが、着いたらすぐに仕
事をしなければならない。実はヘッドハンターたちは、「日本人は体力がないから駄目だよ
ね」と頻繁に言っている。グローバルリーダーになるには、求められるものが結構多い。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
【会場からの質問4】
キャリアのことを考えた場合、専門に特化していくのは危険だが、それをどう打破できる
のか。企業内では、理系と文系をどう考えているのか。
【高橋氏の回答】
慶應のSFCは、その辺の問題意識で出来上がった学部である。専門の壁をどうやって乗り
越えるかについては、教授同士のコラボレーションが必要である。たとえば、学際的な分野
で、理系と思われる人と文系と思われる人が一緒になって何らかの同じプロジェクト的な
テーマに取り組む。クラスターとかプロジェクト制度とか呼ばれる取組がそれである。大学
で一番よくないのは、教授が一人で閉じこもってしまうことである。
分野の専門性以上に個人がものすごく孤立している。したがって、異分野の教員同士の
コラボレーションでアウトプットを出すというタイプの取組が重視されてきている。SFCで
は、最初からそれを意識している。政策・メディア研究科などは、そもそも文系か理系かわ
からない。十数年前に、「何なんだこれは?」というものがはじめて作られた。それは、ま
さに「文系と理系の壁を作らない」という理念からだった。最初から理念だった。企業側で
も、特にITの分野などでは文系も理系もほとんど関係がない。分野によっては、文系と理
系の区別がない職種や企業が増えてきているのではないか。
【米田氏の回答】
「専門性特化か得意分野か」の二者選択よりも、その方法論のところが重要である。どん
な仕事や専門性を求められても、その特殊技能や専門知識ではなく、その解決手法や取り組
み方などの方法論を身に付けている人の方が、仕事で応用力を活かせる。そのような人材が
求められる。
文系と理系に関しては、どちらかが区別できないような学部が最近かなり増えてきてい
る。ソニーでは7割が理系出身だが、これは技術を後から身に付けるのがどうしても難しい
分野で理系出身者を採用しているからだ。しかし、昨今のIT時代では、文系の人が理系の
職業に就くことも実際に多い。逆に、工学部などの理系出身者が海外マーケティングや人事
の仕事をしている例もある。知識や専門性だけでなく、方法論で仕事ができるかということ
が重要なので、文系・理系の壁はあまり考えられない。
【アキレス氏の回答】
専門性に特化してやった方がいいのか、もうちょっと多様にやった方がいいのかに関して
は、「両方ともあり」である。仕事によっては、専門性一筋で行った方がよい場合もある。
たとえば、住友スリーエムでは、専門性を高めてマスターやドクターに行き、入社後はずっ
と研究所でコーポレートサイエンティストを目指している人たちも当然いた。最初は技術職
で入社したけれども、その後マーケティングに移って、事業部長を経て役員になったという
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
人もいた。
いろいろなパターンのキャリアが可能である。どれがよくて、どれがよくないという問題
ではない。ただし、「その人が一番やりたいことは何なのか」ということがだんだんわかっ
てくるので、それを目指してやっていくことが重要である。
理系と文系の違いは、あまり感じたことがない。人事にも、「あれ、理系だったの?」と
いうような人も結構いる。後から考えると、理系出身者の方が数字の扱いが正確だったり、
分析力が高かったり、それぞれに得意分野があるが、最初の時点では、企業にとっては理
系も文系もどちらも必要で、同じ営業をやってもらうにしても、それぞれにやってもらうの
で、採用の際も育成の際も、理系・文系の違いはまったく関係ない。
【大久保氏の回答】
専門性を高めるということと、視野が狭くなるということは、別問題である。専門性はど
んどん高めていくべきである。一橋大学で教えているが、そこで学生に「国立と国分寺の間
でサンダル履きで行けるようなところで生活するな」「もっといろいろなところへ出かけて
行きなさい」とよく言う。すごく狭い圏域で学生生活を送っている。もしかすると、先生た
ちもそうかもしれない。日常のいつも行き慣れたところだけで生活していると、当然視野が
狭くなる。「もっといろいろと出歩いて少しは勉強したらどうですか」ということを、学生
にも先生にも申し上げたい。
文理の壁については、リクルートワークス研究所で新卒の有効求人倍率を毎年発表してい
るが、昔は文理別に分かれていた。しかし、今はやめている。やめた理由は、企業が採用計
画を文理別に立てないからである。ということなので、学部卒に関しては、実質的に文理の
壁はまったくないと思っていただいた方がよい。
【コーディネーターからの質問】
福岡女子大学が「男女共同参画社会をめざすキャリア教育」と「グローバル化時代に対応
するための大学改革」の2つを推進する際に重要な点は何か。
【大久保氏の回答】
よいか悪いかは、やってみないとわからない。とりあえず、キャリア教育を一生懸命やっ
てみることが重要である。すると、いろいろなことがわかる。実践をまず先行させるのが重
要である。
【アキレス氏の回答】
学生が楽しいと思わなければ、なかなか長続きしない。これからの就職活動では、本当に
厳しい状況が予想される。そのような状況下でも、「仕事ってこんなに面白いんだ」という
メッセージをキャリア教育のなかに入れていくことが重要である。詰め込み教育ではなく、
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
モチベーションが上がるような教育を行えば、きっとうまくいくのではないか。
【米田氏の回答】
日本でもようやく「ワークライフバランス」などの概念が出てきて、男性であれ女性であ
れ、「生きやすい世の中」「愉快な世の中」を目指していこうというような風潮が出てき
た。キャリア教育においても、既成概念にとらわれず、「今後、世界・社会はどう変わって
いくのか」ということにタイムリーにアンテナを張って、それに対応できる人材を育成する
施策を盛り込んでいくことが重要である。
【高橋氏の回答】
せっかく学生さんがたくさん来られているので、最後に、目線を変えて、学生さんにアド
バイスを一つ。キャリア教育ももちろん重要だが、もし将来自分なりに仕事を続けていきた
いと思うのであれば、女性にとって一番重要なのは配偶者選びである。
これは、本当に考えなければならない。結婚とキャリアは同じである。好きなタイプと向
いているタイプは違う。好きなタイプに惑わされない。人生は長い。だから、「仕事をやら
せてくれる」という価値観の人ではなく、「そんなの当たり前だ」という価値観の人かどう
か、生き方の価値観としてやっていけそうな人かどうか、これを確実に見てから結婚するべ
きである。そうしないと、大変なことになる。
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
平成20年度福岡女子大学キャリア教育シンポジウムチラシ
− 115 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
7-3 平成21年度福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
平成21年度の「福岡女子大学キャリア教育シンポジウム」は、平成21年(2009年)10月17
日に、福岡女子大学大学会館で開催した。福岡女子大学の大学改革との関連から、このシン
ポジウムのタイトルは、「グローバル化時代の人材育成」とした。
第1部として、2つの基調講演を用意した。立命館アジア太平洋大学国際経営学部長・経
営管理研究科長・グローバルビジネスリーダーズプログラム(アジア人材)リーダーの横山
研治氏には「大学の立場から」、デロイトトーマツコンサルティング株式会社ヒューマン
キャピタルグループ・シニアコンサルタントの石黒綾氏には「企業の立場から」、それぞれ
に「グローバル化時代の人材育成」についての基調講演を依頼した。
第2部として、パネルディスカッションを用意した。横山氏、石黒氏、福岡女子大学理
事・大学改革推進室長・人間
環境学部教授の甲斐裕の3人
がパネリストを務めた。コー
ディネーターは、福岡女子大
学文学部教授・附属図書館長
兼キャリア支援センター長の
森邦昭が務めた。
参加者は、学内者が学生127
人、文学部教員15人、人間環境
学部教員13人、事務職員26人の
181人、学外者が大学等教職員
5人、企業関係者7人、一般8
人の20人、合計201人だった。
平成21年度 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
平成21年10月17日㈰ 場所 : 福岡女子大学 大学会館2階
【横山氏の基調講演】
立命館アジア太平洋大学(APU)には、世界98の国・地域から国際学生(外国人留学
生)が来ている。セメスター(学期)ごとの成績がどうなっているかと言えば、ベトナムが
今、最も成績がよい国の1つである。APUで最もGPAがよい国際学生の出身国は、タイ、
ベトナム、インドネシアの3国である。2000年にAPUが開学した当初からベトナムから国
際学生が来ていたが、この10年間におけるそのレベル・進捗・伸び、特に語学力(英語力)
の伸びには凄まじいものがある。ベトナム人学生の入学時点でのTOEFLの平均点数は、
Paper-Basedで580~590点である。ということは、かなり数の学生が、610、620、630点く
らいの成績を有しているということである。677点という満点を取った学生も、ベトナムで
はかつて数人いた。
APUは、MBA(Master of Business Administration)の世界ランキングで137位、日本で
は3位に入ったりしているが、日本国内ではそれほど知られていない。「ちょっと変わった
− 116 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
大学」くらいにしか見られていない。2つの学部がある。アジア太平洋学部(APS)と国
際経営学部(APM)である。APSは教養学部で、APMは経営学部である。教養学部である
APSの上には、修士と博士のコースがある。経営学部であるAPMの上には、MBAのコース
がある。2000年の4月に別府に開学した。
入学定員はAPSが650人、APMが600人、4学年でそれぞれ2,600人、2,400人で、収容定員
は5,000人である。現在、教養学部であるAPSには、国内学生(日本人学生)が2,000人、国
際学生(外国人留学生)が1,000人いる。国内学生と国際学生の比率は、2:1である。経
営学部であるAPMには、国内学生が1,200人、国際学生が1,600人いる。国内学生と国際学生
の比率は、3:4である。
国際学生が増加しているのは、ここ数年の傾向であるが、APMでは2年前から、国内学
生より国際学生の方が多くなった。これが、たいへん大きな影響を与えている。APUでは
当初、国内学生を中心にして、その周りに国際学生がいるという典型的な「国際大学」のイ
メージをもっていたが、今やAPMでは、「国境を意識しないグローバルな展開」が必要に
なってきた。日本人というものを意識した教育は、もはや通用しなくなってきている。こ
の影響がAPU全体に波及している。教育において、「インターナショナル」ではなく「グ
ローバル」な展開が必要になってきた。それでは、教育や人材育成における「グローバル」
とは何なのか。今は、それを考える時期に来た。
大学院は人気があって、現在450人の学生が在籍している。学部学生と大学院学生を合計
すると、国内学生が3,240人、国際学生が2,915人で、全体で6,155人である。全体に占める国
際学生の比率は、47.36%である。
教育システムの特色として、4月と9月の年2回の入学制度がある。学期はクオーター制
を採用しているので、2ヵ月に1回試験がある。1つの科目が週に2時間繰り返される。語
学など、科目によっては週に4時間、8時間繰り返されるものもある。学部では、2言語教
育を基本としている。日本人の1年次学生は、日本語で専門教育が受けられる。その間に英
語を勉強する。TOEFLの点数が500点以上になれば、英語による開講の専門科目を受けてい
く。3年次、4年次に配当された専門科目の大半は、日本語か英語で行われる。1年次、2
年次に配当された専門科目は、日本語で開講されたら次の学期は英語で、英語で開講された
ら次の学期は日本語で開講される仕組になっている。
しかし、横山氏は、ちょっと変則的な開講の仕方をしている。週のうちの1時間目は日本
語で開講し、2時間目は英語で開講する。内容は同一で、ジョークも同じである。受け止め
方には、かなりの差異がある。国内学生には、1時間目の日本語での授業を受けた後、2時
間目の英語での授業を履修するすように勧めている。国際学生は日本語がまったくできない
ので、1~2年次のときは英語での授業を履修する。3~4年次になると、各自の専攻に合
わせて、ある科目は日本語の科目、別の科目は英語の科目、さらに英語と日本語を一緒に使
う科目を履修する。大学院は英語による科目のみで、日本語による科目はない。
2002年、2003年くらいになって、国際学生が就職活動を始める時期になったとき、APU
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
では、当然「国際学生は国に帰って就職する」と思っていた。大学の制度設計も、当然その
ようになっていた。APUでは国内学生を就職させるために、「オンキャンパス・リクルー
ティング」というシステムを開発し、2003年度から企業の採用担当者に大学に来てもらい、
大学で採用活動を行ってもらうようにしている。国内学生のことしか考えていなかったが、
国際学生が「オンキャンパス・リクルーティング」に参加するようになった。すると、国際
学生の方から先に就職が決まっていった。国際学生の方が先に、さまざまなビックネームの
企業に就職が決まっていった。この事実が、後に大きな展開を見せていく。
これは想定外だったが、国際学生も当初は大学院志望者が多かった。諸外国では、優秀な
学生は大学院へ進学する。就職がなくて「しかたなく大学院」という選択肢は日本にはある
が、この選択肢は国際学生には考えられない。国際学生にとって、大学院は優秀な学生が行
くところである。国際学生にとっては、学部卒で超有名大企業に総合職で就職することは考
えられない。ところが、日本ではそれができる。これは、国際学生にとってとてもショッキ
ングなことだった。
実は、この時期は、APUが大きな危機に面していた時期だった。国際学生が集まらな
かったのである。2000年の開学前は、何とか努力して国際学生を集めていて、2001~2002年
まではどうにか横ばいだったが、2003年くらいからガクンと落ち始めた。ご祝儀相場がなく
なった。国際学生への奨学金は、もうこれ以上外部から調達できなかった。そこで、国内学
生から1人20万円上積みして授業料を払ってもらって、国内学生の定員を1.5倍にするとい
う大命令が発せられた。ところが、そのときに、APUを卒業すれば、学部卒で日本の超有
名大企業に総合職で、テニュア(終身雇用)のポジションで働けるという事実が、口コミ
で一気に広まっていった。口コミの強さは凄まじかった。その翌年から、国際学生の志願者
は、1.5倍ずつ確実に増えていった。英語で授業をしなければ、国際学生はまず日本に来な
い。さらに、国際学生を日本に振り向かせるためには、就職ができるという事実を用意しな
ければならない。国際学生を恒常的に確保するためには、この2点が重要である。
学生寮を9棟用意していて、全部で1,310人が入居可能である。個室が932室で、大学院の学
生が使うことが多い。ルームシェアが378室で、これを今後増やそうとしている。ルームシェ
アでは、1つの部屋がパーティションで2つに区切られている。パーティションを開け放つ
と、1つの部屋として使える。国内学生が400人、ここに入る。国際学生は1年次のとき、
全員が義務としてここに入る。なぜか。国際学生をいきなり町中に住まわせると、危ないか
らである。ゴミの捨て方がわからない。捨てようと思っても、ゴミを触ることができない。
「私はそういうカーストではありません」と泣き叫んで、近所の人を呼んだり警察を呼んだ
りして、「ゴミを捨ててください」と頼むといったことが日常茶飯事に起こる可能性があ
る。国際学生は1年間、寮に入れて生活の指導をする。現在は国内学生の400人を1年次の段
階でここに入れているが、将来は1年次の国内学生の全員をここに入れたいと考えている。
ルームシェアでは、国内学生と国際学生が1対1で1つの部屋に入る。飲食や苦労を共に
する。何でも共にする。仲のいい女子学生どうしだと、一緒に寝ていたりする。すべてのも
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
のを共有する「シェア」という感覚が重要である。「シェア」という感覚が「情」を育て
る。相手を思う気持ち、国際理解を「知」ではなくて「情」で行える基礎は、寮でできる。
したがって、寮の施策はとても重要なものだと考えている。
2009年4月から、Language Learning Community(LLC)というものを新規教育事業の
トライアルとして始めた。LLCとは、寮での使用言語を英語にかぎるフロアーで、第1期生
として国内学生18人、国際学生18人、合計36人が入居している。「英語以外の言語を話した
ら罰金」という制度を学生たちが勝手に作っている。現在はトライアルとして行っている
が、将来はLLCを寮全体に広げたいと考えている。
APUでも、サークル活動やクラブ活動を重視している。しかし、それは一般的に考えら
れているものとは根本的に異なっている。日本で一般的に考えられているサークル活動やク
ラブ活動は、3年間ないし4年間ほど、一定の期間そこに所属して、その分野の専門知識、
技術、あるいはそれを楽しむ術を身に付ける活動だが、そういったことはAPUでは一切考
えていない。というのも、国際学生の大半は1つのクラブにずっと身を置くようなことはし
ないからである。3ヵ月、4ヵ月単位で、どんどん新しいクラブに入って活動を続けるから
である。最初は、「こんなクラブはクラブではない」と立命館出身の教職員からしきりに言
われていたが、APUではこれを「プロジェクトタイプのクラブ活動」と定義をして推奨し
た。すると、学生たちがいろいろなことに顔を突っ込んだ。ボランティア活動に数百人単位
で学生が一気に集まるような雰囲気ができた。
たとえば、ミュージカルを行うとなると、キャストとスタッフを合わせて400人くらいの
学生が集まる。3ヵ月くらいこのミュージカルに打ち込んで、それが終わると次の活動に移
るというようなことが普通になっている。いわゆる「日本的なクラブ活動」は「女子駅伝
部」だけで、その他は「プロジェクトタイプのクラブ活動」である。「プロジェクトタイプ
のクラブ活動」では、次から次に人が集まって散じて、また集まってくる。そうしたなか
で、お互いに「シェアする」という感覚がかなりできる。これも「情を育てる」という点
で、大きな役割を果たしている。
授業料は、ちょっと高めである。年間で、だいたい140万円である。そのうち20万円は、
国際学生を集めるための奨学金として使っている。このことは、国内学生にも、その父母に
も公言している。「この環境を維持するために、20万円余分に取っている」ということで理
解してもらっている。
「人材育成」と言っても、あまりにも大きすぎて、あまりにも一般的すぎて、何を意味し
ているのかつかめない。2005年から2006年くらいにかけて、この「人材育成」という言葉が
出てきた。日本人の労働者層の人口が少なくなっていったとき、国際的な人材を集めて、日
本の企業で働いてもらって、日本のGDPを維持し高めようとするために、経済産業省から
出てきた言葉が「人材育成」だった。経産省は「人財育成」という文字を用いているが、そ
れは国際人材を「材料」として使うことに違和感があるということかもしれない。APUで
は、これまで学生教育を行ってきたなかから、国内学生であれ国際学生であれ、学生を「常
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
に変化する社会の様々な職域で、新しい価値の創造に貢献し、人々の幸福や人類社会の発展
に寄与できる人材」として育成するというミッションをもつに至った。この言葉は、決して
先にあった言葉ではない。
APUで国際人材を育成するためには、まず学生を集めなければならない。単に「この指
とまれ」だけでは、誰も集まらない。国際学生を集めるためには、英語による授業を行わ
なければならない。最初から日本語による授業を受けようとする国際学生が仮にいたとして
も、それは一握りである。国際的なマーケットでは、国際学生は圧倒的に「英語による授
業」が受けられるところに行って勉強しようと思っている。日本ではそれをAPUが提供し
ているので、「たまたまAPUに来ました」という国際学生が多い。APUでは、英語による
授業を始めたことで、これほどマーケットが広がるのかということを実感している。日本語
による授業だけを行っていたら、これほどの国際学生は集まらなかった。しかも、国際学生
の優秀さたるや、想像を絶している。一部の国内学生の入学レベルの偏差値は高くないが、
たとえばバングラデシュからは、国の共通試験のトップ10に入るくらいの国際学生が5~6
人入ってきている。そのレベルたるや、かなり高い。これは間違いなく、英語による授業を
行っているからだと考えている。
何を学んできたかではなく、どう学んできたかが重要である。ある国の学生は、授業で話
された言葉を一言一句書き取る。試験のときは、その言葉を一言一句覚えて書こうとする。
先生が言った言葉を暗記することが勉強だと誤解している。これが「アティテュード」(学
び方)だと思っている。ある国の学生は、授業で対話しようとする。対話して、先生が言っ
たことに対して自分のコメントを述べることによって、授業が終わると考えている。それが
「アティテュード」だと思っている。試験でよい成績を取ることなどは、どうでもよい。と
ころが、極東の国や地域、台湾、日本、韓国、中国では、間違いなく「試験でよい成績を取
ること」が勉強の目的である。アメリカやヨーロッパの学生は、授業で論理的な発言を自分
ができたときに、「自分は学んだ」と感じる。国際大学で一番のポイントになるのは、「学
生のアティテュードが根本的に違う」ということである。
何を学んできたかは、どうでもよい。イスラム教の学生がイスラム教の教義を学んで入っ
てきたことは、あまりたいしたことではない。しかし、「どのような姿勢で勉強するか」
ということが、APUの教育にとってはとても大きな意味がある。よい授業、つまり学生が
「なるほどなあ」「わかった」と思えるような授業をしていくと、学生は勉強そのものが本
能的に、欲求として好きになる傾向がある。「何のために勉強するのか」ではなく、「勉
強したくてしようがなくて勉強する」ようになる。ある学生は、1日1冊、本が読みたく
なる。1日に1冊読まないと、夜に眠れない。本を1日に1冊読むことが、無類の目的に
なる。それによってどうするかなどは、どうでもよい。とにかく、勉強することが好きに
なる。そして、欲求としての「学習アティテュード」が身に付いた学生は、どんな職域に
行っても、そのような仕事の仕方をする。「学習アティテュード」と「ワーキング・アティ
テュード」は一致している。
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
成績ばかりを目的にした勉強を大学でしていれば、間違いなく仕事でもそのような働き方
をする。授業で教師に必ず反論をする「学習アティテュード」の学生は、仕事場でも上司に
必ず反論する「ワーキング・アティテュード」を示す。本質的に勉強が好きになる学生は、
あわてずにゆっくり勉強して、本質を見つける「学習アティテュード」を身に付ける。そし
て、これが本質的な「ワーキング・アティテュード」につながっていく。「人材育成」とい
う言葉があるとすれば、それは本質的に勉強が好きで、何のためにということではなく、勉
強のために勉強を自己目的化して勉強する「学習アティテュード」をもった学生を育成する
ことだと確信している。
国際学生を「人材」として生かすためには、必ず就職まで導かなければならない。そうで
なければ、その後恒常的に国際学生は集まらない。国際学生をよい就職先に世話してあげれ
ば、その学生はその後、自分の妹、弟、従兄弟、従姉妹、再従兄弟、再従姉妹などを次から
次に連れてくる。就職支援が恒常的に国際学生を確保する道になる。
卒業後、最長10年くらい日本で働いて、その後は国に帰ろうと思っている国際学生が多
い。これは、どういうことか。日本の企業の受け入れ方に問題があるのか。国の発展に寄与
したいのか。一番大きな理由は、「婚活」の問題である。日本では、結婚相手を探して、家
庭を作れない。日本でよい伴侶が見つかると、彼らは間違いなく日本に永住する。日本で学
生結婚した国際学生は、間違いなく日本での永住を望んでいる。生活の場が与えられるかど
うか、家庭が作れるかどうか、これが本質的なところである。これが日本ではできないとい
う感覚が国際学生には強い。たとえば、イスラム教徒で鬚をたわわに蓄えた色の浅黒い男性
が、青山を闊歩している女性と結婚できるという印象を国際学生はもてない。日本での企業
への定着を阻むものとしての「婚活」の問題は、根強い問題として今後も残っていくのでは
ないかと思われる。
国際学生は、「いろは」の「い」の字もわからないで日本へやってくる。日本で生活する
ということは、日本の文化を理解するということであり、その入り口は日本語である。入学
後に国際学生に日本語力をどう身に付けさせるかは、国際人材育成の重要な課題である。国
際学生が1~2年次のときは英語で授業が行われるが、そこに必ず国内学生(日本人学生)
が入っていなければならない。というのも、国内学生に英語力を身に付けさせることも、国
際人材育成の重要な課題だからである。国際学生にも、国内学生にも、本質を探究するよう
な「学習アティテュード」を教員がいかにして身に付けさせるかが重要である。これを身に
付けさせれば、そのような働き方をするからである。そのような「学習アティテュード」を
身に付けた学生は、卒業後、価値の創造、幸せの創造に貢献できる働き方をする。「個人の
目標」と「企業ないし社会の目標」の2つに「どう折り合いをつけるか」の能力を身に付け
させるのが「キャリア教育」である。働くことばかりを優先して家庭を顧みないという「企
業目的中心の働き方」も、5時になったら何が何でも帰って家庭サービスをするという「個
人目的中心の働き方」も、企業のことしか考えずにコンプライアンスなどどうでもよいとす
るような「社会の目的を無視した働き方」も問題である。こうしたことに折り合いをつけら
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
れる能力、こうしたことを調整できる能力、こうしたことのなかでバランス感覚をもつこと
ができる能力を身に付けさせることが、キャリア教育にとってとても重要だと考えている。
鬚をなみなみと蓄えて、常にイスラム教特有の服を着て、イスラム教特有の食事をする人
たちが、日本の普通の家庭で育った女性と結婚できて、その女性の家庭がそのような人たち
を受け入れるような「国際人材育成力」(つまり、「包容力」)を日本が社会全体として
今後もてるかどうか。これが一番難しいところかもしれない。APUでは、寮のなかで、生
活しながら相互理解を深めていくようにしている。一例を挙げると、日本人の女子学生が韓
国人の女子学生と寮でシェアすることになった。入った当初、その都度、その都度、喧嘩ば
かりしていた。原因は、領土問題だったり、キム・ヨナのことだったりした。いちいち喧嘩
ばかりしているが、夜は必ず同じベッドで寝ている。国際理解というのは、知識で理解する
と一般に思われているが、彼女たちはすでに家族のような関係を作っていて、そんな細かな
違いはどうでもよくなっていて、お互いを「情」で理解するようになっている。そのために
は、いかにシェアするかが重要である。寮で生活するということが、APUの教育にとって
は重要な意味をもっている。
【石黒氏の基調講演】
私は上智大学を卒業後、縁あって人材関係のベンチャー企業に入社した。当時は就職超氷
河期で、男性には求人があるものの、女性には求人はほとんどなかったので、就職には苦
労した。そこで営業や転職のコンサルタントなどの仕事を行った。ちょうどその頃、ベン
チャー企業がIPO(Initial Public Offering)で新規に株式を証券取引所に上場することがは
やり、私の会社も店頭公開をした。会社のランクが1つ上がったのに伴って、私自身もス
テージを1つ上げたいと思って、会社を辞めた。そして、アメリカのニューヨークにあるコ
ロンビア大学の大学院で組織心理学を学んだ。
組織心理学という学問は、組織に属している人間がなぜ働くのか、どういったときに喜び
を感じるのか、組織はどうやって動かしたらよいのかなどを心理学的に研究する学問であ
る。私は組織活性とか、会社で働く人の幸せとは何かとかいったことについて勉強した。そ
れで、帰国後は、組織を活性化するお手伝いができる仕事をしたいということで、デロイト
トーマツコンサルティング株式会社に入社した。
この会社は、あまりよく知られていないようで、東京でも、「デロイトの石黒です」と言
うと、「デトロイトの石黒様ですか」などと言われる。知名度はあまりないが、全世界にデ
ロイトコンサルティングという会社があり、グローバルファームと呼ばれるなかの日本支
社がデロイトトーマツである。日本支社には、マネジメント・コンサルティング、ファイナ
ンシャル・アドバイザリー・サービス、税務、会計・監査の4つのサービスカテゴリーがあ
る。会社の経営にかかわることなら、だいたい何でもできる。私が所属しているマネジメン
ト・コンサルティングでは、企業の悩み、企業の課題について一緒に考え、原因を見つけ出
して、解決に向けてのアクションを一緒にとっていくような仕事をする。東京には568人の
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
コンサルタントがいて、日々業務に邁進している。私はそのなかで、ヒューマンキャピタル
という人事・組織を専門にしたチームに所属している。最近では、特に、日本企業がグロー
バル化をする際に直面する人材マネジメント上の問題を解決するプロジェクトに参加するこ
とが多い。
グローバル化とは何かについては、いろいろな考え方がある。「資本主義がアメリカから
全世界、全企業、全地球に広がっていき、日本もそれに巻き込まれているだけだ」とか、
「グローバライゼーションなどと言っているが、それはアメリカナイゼーションではないの
か」とかと言われるが、それはそれとして、ここでは、「日本企業がグローバルに進出して
いくことがグローバル化である」と位置づけさせていただきたい。
日本企業が必然的にグローバル化しなければならない理由として、3点が挙げられる。ま
ず、国内市場の成熟・縮小である。少子高齢化等により、日本ではこれ以上の市場拡大は望
めない。国内ではもうこれ以上モノは売れない。だったら、海外に出て行くしかない。しか
も、自分で出て行っていたら間に合わない。M&Aで海外の企業を買うしかないというような
状況でもある。例としては製薬会社が多いけれども、聞きなじみがないので、キリンビール
の例を挙げると、フィリピンのサンミゲルというビール会社や、オーストラリアのライオン
ネイサンという会社を買っている。この種のM&Aは、ものすごいスピードで進んでいる。
2つめの理由は、低コスト商品の追求である。ユニクロは安い。低価格商品でなければ、
モノが売れない。安い商品を作るのだったら、日本国内で作っていては、もう間に合わな
い。海外の安い労働力を求めて海外進出するしかない。これはユニクロだけではなく、日本
のどのメーカーにも当てはまる。たとえば自動車業界では、トヨタでも日産でもホンダで
も、拠点は海外に移している。
3つめの理由は、クライアントのグローバル化である。お客さんが海外に出て行ったの
で、自分たちも海外に出て行かなければならないという必然性である。たとえば、トヨタや
日産が海外進出をすれば、そこに部品を卸している会社は一緒に付いて行くしかない。トヨ
タが行けば、デンソーも行く。これはメーカーにかぎったことではない。たとえば、広告会
社も付いて行かなければならない。トヨタが行けば、電通も行く。
量的に海外に進出するということは、実は40年以上前から始まっている。ホンダとか日産
は、その頃から海外に拠点を出している。従業員数で考えても、売上率で考えても、日本国
内の数字より海外での数字の方がおそらく上である。ということから、日本企業が量的に海
外に進出するという段階は、基本的にはすでに終わった。
それでは、すでに海外に量的に進出している企業にとって、「グローバル化はもうしてい
るんだよ」と言う企業にとって、今求められるものは何か。グローバル化している企業の統
治の仕方には3種類がある。分権統治(Multi Local)、連邦統治(Transnational)、直接統
治(Global)の3種類である。
直接統治をしている企業の例として、たとえばトヨタ自動車がある。ここでは、日本で開
発した「トヨタ生産方式」を海外でも忠実に守っている。タイだから、インドネシアだから
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
ということには関係なく、グローバルに統合したかたちで完全に染め上げて海外の拠点を統
治している。
分権統治というのは、たとえばM&Aで海外の企業を買ったものの、その地域のことがわ
からないので、その地域のことはその地域に任せるという統治の仕方である。日本企業が海
外に進出した場合は、たいていはこの分権統治を行っている。
連邦統治をしている企業の例としては、「ネスカフェ」や「キットカット」を作っている
ネスレという企業がある。この企業が、今、連邦統治に近づいていると言われている。コー
ヒーやチョコレートなどの一般消費財には好みがあって、地域によって好まれる味が全然
違う。当初はネスレも分権統治を行っていて、たとえばイギリス、ドイツ、インドネシアと
いったように、国ごとに海外の拠点をもっていて、1つの国ですべてのことをまかなってい
た。ところが、最近では、開発や財務や購買などの業務はグローバルに統一してよいのでは
ないかという方向に進んでいる。つまり、連邦統治というのは、ローカルに任せた方がよい
ものについてはローカルに任せるけれども、中央集権的にグローバルに統一した方がよいも
のについてはグローバルに統一するというやり方である。
この連邦統治が、企業のグローバルマネジメントモデルの進化の方向である。実際、分権
統治を行っている企業はグローバル統合の要素を取り入れながら、直接統治を行っている企
業は諸事情に合わせた分権的要素を取り入れながら、連邦統治の方向に進んできているとい
うのが現在の状況である。ナショナルという企業が社名変更したのも、この点にその理由が
あると考えられる。
日本は日本のやり方で、地域は地域のやり方で勝手にやるというやり方では、もはや企業は
成り立たなくなっている。世界を1つのものだと見なして、そのなかで一番適切なやり方がで
きるかということが、今、企業に求められているグローバル化の最大のポイントである。
その際に、一番問題になるのは何か。それは、人材不足である。Transnational人材が不
足している。これまでは、海外で日本のマニュアルに沿って仕事をさせたり、海外のローカ
ルに仕事を任せたりしていたが、それではもはやうまくいかなくなった。人材の「高度化」
がキーワードになった。たとえば、現地の販売組織を、現地に行って、現地のやり方に沿っ
て直さなければならないといった課題、現地に合わせた商品を開発しなければならないが、
日本本社とも連携しなければならないといった課題、日本本社とも連携しなければならない
が、ローカルとの協働体制も構築しなければならないといった課題などが山積している。日
本と海外の両方を見ることができて、日本と海外をつなぐことができる人材が求められてい
る。ところが、今までは分権統治か直接統治かのどっちかしか行っていなかったので、日本
と海外をつなぐ連邦統治ができる人材が育っていない。誰もそんな訓練を受けていない。
それならば、連邦統治など諦めて、日本企業が日本で日本人だけと仕事をすればよいので
はないかと考えられるが、それは不可能である。たとえば、日本板硝子という超日本企業が
あるが、この会社は2年前にピルキントンという自分の図体よりも大きなイギリスの会社を
M&Aで買った。これまでの日本企業の伝統では、買収先の会社の社長には日本人が就くの
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
が普通だった。ところが、ピルキントンの社長には外国人が就任した。なぜ、そうなったの
か。それは、能力重視で選んだ結果だった。他の幹部ポストでも、能力重視で選んでいった
ら、日本人はすごく少なかった。同様のことは、日本板硝子だけではなくて、資生堂、富士
通、武田薬品工業、イオン、電通などでも起きている。グローバルに何かを行う場合や、全
体最適を追求するポジションを作る場合などは、日本人ではなく外国人を登用するケースが
増えてきている。
それでは、グローバル化のなかで、どういった人材が成功例で、どういった人材が失敗
例かという話をコンサルティングの現場から紹介したい。日系大手製造メーカーA社は、何
年も前から自前で海外進出をしていたが、最近、海外の大きな企業をM&Aで買った。その
A社に、きらりと光る人材がいた。40歳代の女性である。その会社では、女性社員は「女の
子」と呼ばれ、制服を着て名札を着けている。男性社員は、そのようなことはしていない。
その女性は、入社してすぐの頃は、ショールームの受付ガールをしていた。その女性は、国
際化やグローバル化といったことにはまったく興味がなかったし、そのための教育も受けて
いなかった。現在は、グローバル人事部というところに配属されている。彼女は、英語はで
きない。英語ができないにもかかわらず、買収先の企業にどんどん出かけて行って、通訳を
介してだが、ちゃんとコミュニケーションがとれている。
日系大手製造メーカーのB社も、最近、海外の大きな企業を買った。50歳代の男性が、買
収後の組織をどう最適化するかということで、買収先の企業の女性役員との交渉に出かけ
た。そしたら、まったく会話にならなかった。彼は、グローバル化ということに対する意識
も低いし、交渉相手の役員が女性だということで「上から目線」になっているし、英語はで
きないし、「ダイバーシティって何だっけ?」という感じで、日本企業のやり方をそのまま
押し付けた。女性役員からは完全に嫌がられて、「あの人を二度と交渉の場に呼ばないでく
ださい。あの人とは話ができないので嫌です」と言われた。
コンサルティングファームのC社では、30歳代のアメリカ人男性が2年間くらいの予定で日
本へやって来た。彼は、日本のやり方がまったく理解できなかった。日本では何をやってい
るのかがよくわからない。日本語もわからない。日本のことを理解するのも面倒くさい。理
解しようと思っても、理解させてくれない。ということで、彼にはすごく不満がたまった。
周りの日本人の同僚も、彼が“No”とばかり言うので、「何、文句ばっかり言ってるの」と
いう感じで、日本のやり方について説明をしなかったし、説明ができなかった。結局、その
アメリカ人は、日本とアメリカをつなぐことができずに、1年くらいで帰って行った。
B社とC社の失敗事例では、なぜうまくいかなかったのか。日本に多く見られる組織(サ
ムライ企業)は、「日本人」「大卒」「男性」「日本語」の4つが前提条件になっている組
織である。1社で長期雇用されるので、社員は会社に忠誠心をもっている。社外に出ること
などはまったく考えていないし、社内で年功序列である。この組織構造によって、「時間
をかけた価値観・暗黙知の伝承」が可能になる。20年も経てば、会社が何をしたいのか、上
司が何をしたいのかがわかる。これには、すごく効率的な一面がある。日本企業の年功序列
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
は、最近はアメリカでもヨーロッパでも見直されてきている。忠誠心や連帯感に支えられた
経営は、外からはなかなか崩しにくい。しかし、外国人にはまったく理解できない。サムラ
イが一人のお殿様に盲目的に従っているような状態で、そこに流れているものを外国人は
まったく理解できない。外国人にしてみれば、日本の会社は「鎖国」状態である。
それに反して、アメリカでもヨーロッパでも、海外で多く見られる組織では、「多民族」
「多人種」「男女」「多言語」が当然である。ヨーロッパと言えば、日本人には何となく「一
つ」というような感じがするが、言葉も民族も歴史も全然違う。アメリカでもそうだ。放って
おいたら、価値観や暗黙知の共有はほとんどできない。それゆえに、仕組やシステムの言語化
が必ず行われている。「うちの会社が大事にしていることは、こういうことです」という社是
がある。会社のビジョンは、すごくわかりやすく示されている。そのような努力をして、社員
が社外へ出て行かないようにしている。また、会社に入ってきた人がすぐに会社のことをわ
かってくれるような説明をしている。そのようにして、「どこでも、誰でも説明可能」という
状況を作り出している。この点が、サムライ企業とのものすごく大きな違いである。
C社にやって来たアメリカ人は、おサムライさんたちが考えていることがまったくわから
なかった。おサムライさんたちは、おサムライさんたちで、自分たちが考えていることがな
ぜわかってもらえないかがわからない。日本企業の組織がだめだとか、それは捨てるべきだ
とかということではなく、日本人は日本企業の組織の特質を認識することが重要である。こ
こに軸足を置いて、外国人とどうコミュニケーションをするか、どう関係を築くかを考える
ことが、日本企業がグローバルに出て行ったときのポイントになる。
グローバル化の企業現場で求められる力として、「スマートパワー」という考え方があ
る。この考え方は、オバマ氏がアメリカの大統領に就任したときに「駐日大使になるのでは
ないか」と言われていたジョセフ・ナイ氏が唱えている考え方である。「スマートパワー」
を備えている人というのは、「ハードパワー」と「ソフトパワー」の両方を備えている人の
ことである。
「ハードパワー」とは、「仕組み力」である。「仕組み力」は、「組織力」と「交渉力」
から成る。組織として人々を効果的に動かす力が「組織力」である。必要に応じて、効果的
に周囲を威圧したり、抱き込んだり、駆け引きしたりする力や、目的を果たすために、周囲
との連携体制を構築し、維持する力が「交渉力」である。今までの「上に立つ人」がもって
いればよかった力が「ハードパワー」である。
「ソフトパワー」とは、「人材力」である。「ソフトパワー」は、これまで脚光を浴びて
こなかった力だが、すごく重要な力である。今、政治家も「ビジョンがない、ビジョンがな
い」と言われているが、ビジョンを提示できるか、感情をコントロールしながら周囲を引き
つけることができるか、さらに相手をうまく説得できるかは、すごく重要である。この力が
「ソフトパワー」である。
「ハードパワー」と「ソフトパワー」を両方もったかたちで出てくるのが「スマートパ
ワー」だと言われている。「スマートパワー」とは、「情勢判断力」である。置かれている
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7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
環境(状況)とその変化を理解する力、変化や流れに乗じて、運を引き寄せる力、状況に応
じて「ハードパワー」と「ソフトパワー」を使い分ける力である。
「スマートパワー」をもっている人の例を挙げるとすると、たとえば日産のカルロス・
ゴーン社長が挙げられる。ゴーン氏と言えば、「ハードパワーの人」というイメージがあ
り、「あの人にソフトパワーがあったっけ」という感じだが、実は「ソフトパワーの人」で
もある。ゴーン氏のバックグラウンドは、レバノン人であるということである。家族は離散
してしまっている。ゴーン氏の底流に流れているものは、多様性に対する受容力である。
ゴーン氏は、レバノンからフランスやアメリカに渡ったりして、多様性に触れる機会が多
かった。違うものに対する受容性がすごくある人だそうだ。日産に来たときも、「数字は数
字です。これはやってください。ただし、私たちは別に侵略者ではありません。コミットメ
ントしてもらわなければならないところにはコミットメントしてもらいますが、侵略をしに
来たわけではないので、あなたたちのやり方を尊重します」というかたちでビジョンを提示
し、周囲に対して説明をしていった。
ゴーン氏は、「あなたたちがいいと思う方法でやってもらって構いません。それを私に説
明してください。その説明を私がわかるようになったら、私はそれを完全に支持して手伝
います」というようなかたちで「ソフトパワー」を使って、日産のV字回復に貢献したと言
われている。ゴーン氏は、テレビに出てきて笑ったり、人を引きつけるような言葉を言った
り、「うまい」と思わせるようなところが多い。
それでは、「スマートパワー」をどうやって磨けばよいのか。異質なものと交わるという
のが、一番わかりやすくて手っ取り早くて、間違いのない方法だと思われる。均質な日本の
社会のなかで、暗黙の了解として同じものをもっている人たちとだけ交わるのは、すごく楽
だし、力もかからないし、気持ちがいいのだが、それでは「スマートパワー」は身に付かな
い。外国人と交わると、文化も考え方も全然違うので、ささいなことですぐトラブルになっ
たりする。外国人と交わるのは、すごく面倒くさい。しかし、面倒くさいからといって、内
にこもるようなことはすべきではない。
日系大手製造メーカーA社の40歳代の女性は、その点が優れていた。彼女は英語ができな
い。それだけでも、内に引きこもりがちになってもおかしくないような状況で、彼女は「私
にできることはコミュニケーションしかないんです」ということで、つたない英語と通訳を
介して、恐れないで、異質なものにどんどん交わっていった。グローバル化に対応するため
には、内にこもらないで、異質なものに交わることが重要である。
それから、身も蓋もない言い方だが、英語も重要である。デロイトトーマツコンサルティ
ングのグループのなかで一番大きなファームがアメリカにある。そこの代表と話をしたこと
があって、そのときに「グローバルプロジェクトに参加するためには、どういう力が必要で
すか」と尋ねた。「スマートパワー」に類するような話をしてほしいと期待していたが、最
初に出てきた答は「英語」だった。「英語ができない人に、グローバルプロジェクトを任せ
ようとはまず思わない」と言われた。なんて身も蓋もない言い方をする人だと思って、すご
− 127 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
くがっかりした。しかし、英語ができないと致命的である。英語の文法と日本語の文法は全
然違うが、英語を勉強して、英語を使ってしゃべっていると、外国人の考え方が少しずつわ
かるのではないか。
英語の重要性を強調したために萎縮されては困るので、念のために言っておくと、英語を
使って仕事をするときは、第二言語を使って仕事をしているわけで、このことは、相手もわ
かっている。日本人が英語を母国語同然に操って仕事をしてくれるとは、相手も思っていな
い。そこまでのレベルは、誰も求めていない。自信をもって英語を使って、相手とどんどん
交わっていくことが重要である。
タイにある日系企業の製造メーカーにコンサルティングで1年くらい行ったことがあるが、
タイ人スタッフからは、「上からものを言われるのではないか、指示ばかりされるのではない
か、上から押さえつけられるのではないか」と不審がられて、ほとんど誰からも話しかけても
らえなかったし、話も聞いてもらえなかった。最初の3ヵ月くらいは、コミュニケーションが
まったく成立しない状況だった。そこで、まずは自分のことをわかってもらうしかないと思っ
て、自分がやってほしいことを言うのではなく、「私がなぜこれをやらなければならないと、
あなたたちに言っているのかと言うと」というところから、地道な関係構築を始めた。「別に
私はあなたたちの仕事を増やすためにここに来ているのではないし、あなたたちが望むんだっ
たら、私はそれをやってあげるわよ」くらいの勢いで入っていった。すると、「あれ、この
人、実は信頼できるんじゃないの」というかたちで、やっと関係が構築できた。最後の半年以
上は、相手から率先して「これ、ちょっと手伝ってほしいんだけど」とか、「これ、助けてほ
しいんだけど」とか、「これ、やってくれて、すごく助かったよ」とかというかたちで信頼し
てもらえて、仕事もスムーズにいった。相手と交わるとか、自分のことを話すとか、関係を構
築するとかということを、恐れずに行うことが重要である。
今の若い世代の人たちは、「草食系」だとか、「低温世代」だとか言われていて、高度成
長期の人たちと同じように常に上を向いていて常に元気のいい企業に入るというようなこと
は難しいと思われる。しかし、グローバルに何かを行っていくという分野が、これから一番
伸びていく分野ではないかと思われる。そのなかで力を発揮できるのは、たぶん「おサムラ
イさん」ではない。日本の「おサムライさんたち」と、海外の「おサムライさんではない人
たち」をつないでいくことができる人が、力を発揮できるのではないか。この会場に来てい
ただいている若い皆さんが、萎縮せず、「おサムライさんたち」に負けず、頑張ってもらう
ことを期待している。
【パネルディスカッション】
以上の2つの基調講演に続いて、パネルディスカッションが行われた。まず、コーディ
ネーターから、次のような「テーマ設定の趣旨」について説明がなされた。
3年半前の平成18年4月に、本学、福岡女子大学は、福岡県を設立団体とする公立大学法
人に移行した。その際、福岡県当局が法人に示した中期目標において、学部学科の再編を含
− 128 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
めた抜本的改革に本学が取り組むことが指示され、現在本学が取り組んでいる「大学の抜本
的改革」の検討が本格的に開始された。
平成19年7月からは、知事からの要請を受けた有識者による「福岡女子大学改革検討委員
会」で審議がなされ、平成20年2月に提言が出された。この提言を受けて、平成20年6月に
「福岡女子大学の抜本改革に向けた準備委員会」が設置され、平成20年11月に「福岡女子大学
改革基本計画」が策定された。この基本計画では、これからの時代にふさわしい福岡女子大学
のあり方についての提言がまとめられている。基本計画には、次のように述べられている。
グローバル化時代においては、社会・経済・文化の地球規模での交流が進み、国際的な共
生の関係が増大するとともに、環境問題や食料危機などの利害が対立し人類の生存を脅かし
かねない様々な問題も発生しており、多様性(ダイバーシティ)と持続可能性(サステナビ
リティ)への対応が、今日の社会の大きな課題となってきている。
このような観点から、今後の大学教育においては、世界の様々な国や地域の人々の多様性
を理解し、多元的なものの見方や考え方を身に付け、持続発展可能な社会の構築に貢献でき
る人材、言い換えれば、多様な価値観を尊重しながらも、その中に共通する新しい価値観を
創造し、未来に向けた新たな社会の枠組みやシステムを構築できる人材を育成することが求
められている。
このような経緯で、「グローバル化時代の人材育成」をどう行うかということが、本学の
テーマになった。そこで、今回のシンポジウムでは、キャリア教育の観点からこの問題を取
り上げることにした。そして、すでに2つの基調講演を行っていただいた。これを踏まえ
て、本学の甲斐から、福岡女子大学の考え方について紹介させていただく。
【甲斐】
本学は、現在、大学の抜本的改革に取り組んでいる。その理由は、新しい社会、グローバ
ル化社会に対応できる女性人材を育成する点にある。この目的のもとに、現在の2学部5学
科1学系の体制を、1学部3学科の体制に変革する。組織を変えるだけではなく、グローバ
ル化社会に向けての有用な人材を育成するために、教育体制も抜本的に変える。そのために
大学がどう取り組むかという点で、横山先生と石黒先生の基調講演から、たいへん貴重なご
意見をいただいた。
本日のパネルディスカッションでは、本学が現代GPで2年半前から取り組んでいるキャ
リア教育の視点からの課題について討論する。本学の改革理念は、この現代GPを最終的
に完成させるところにある。本日は、もっと広い立場での「グローバル化社会に向けての
キャリア教育はどう行われるべきか」ということについて、本学の考え方を改革とからめ
て紹介する。
グローバル化社会に有用な人材を育成すると言うが、それは、「課題の解決に対して貢献
できる人材」あるいは少なくとも「住みやすい社会を実現するための手助けができる人材」
を育成することである。そのためには、グローバル化社会そのものの課題は何かというこ
− 129 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
とを考えなければならない。グローバル化社会とは、ものすごく複雑なものであるから、こ
れは簡単に求められるものではないが、まず、「ボーダーレス社会」ということがある。人
やモノの膨大な交流が始まっている。「文明の衝突」という言葉が使われたこともある。交
流が起こることによって、世界の国々や地域の個性、課題、価値観がぶつかる。つまり、多
様性がある世界に一元的な価値観や仕組を持ち込むと問題が起きる。しかし、交流を避ける
ことはできない。交わっていかなければならない。したがって、多様性を尊重した上で交
わっていかなければならない。先ほどの基調講演の話にもあったが、寮での生活において、
「情」、つまり「協調性」や「仲よくすること」を学ぶ。あるいは、グローバル企業におい
て、相手のことをきちんと知っておく。たとえば、こうしたことが、多様性を尊重した上で
の交わりになるのではないか。
もう1つは、文明が発達し、産業や経済が拡大し、資源を大量に消費し、その結果として
廃棄物が出てきて環境を汚染するという問題である。この問題を解決するために、持続可能
な社会をいかにして実現するか。これが、もう1つの課題である。つまり、多様性を理解し
た上で、持続可能な社会を実現すること。これが、グローバル化社会の2つの課題である。
もう1つ、日本社会が抱える問題として、少子高齢化社会という問題がある。大学のユニ
バーサル化、大学へのユニバーサル・アクセスということが言われている。つまり、大学を
希望する者は、ほぼ自分が希望するところへ行ける。特殊な大学、超有名大学は別として、
ある程度の大学ならほぼ入れるという状況が生まれてきた。そこで、「大学教育の質の確
保」ということが重大な課題になってきた。教育の質の保証ということで、「学士力」ある
いは「社会人基礎力」というような言葉が使われているが、「国際的に通用する学力」を養
成しなければならない。別の言い方をすると、「大学教育の実質化」が課題である。
本学はこれまでよい教育をしてきたが、将来を見通すと、現状ではこの部分がやや弱い。
とすれば、今までの実績を踏まえた上で、ここに抜本的な改革を施す必要がある。福岡県の
方にも、この改革には並々ならぬ熱意をもっていただいている。この支援を受けながら、大
学として、グローバル化社会に対応できる女性人材の育成をめざしたい。
では、どうすればよいか。改革の基本計画には、「国際」と「教養」の他に、「アジア」
ということが挙げられている。グローバル化社会に有用な女性リーダーを育成するには、一
体どういう資質・素養が必要なのか。グローバル化社会では、もはやかつての時代とは異
なって、「文系」「理系」という時代ではなくなっている。たとえば、今度のインフルエン
ザの問題では、遺伝子レベルの問題で免疫薬を開発するとか、ウイルスであるとかの知識を
もっておかなければならない。あるいは、遺伝子のことさえ知っていれば、国際金融の恐慌
が起こっても自分は関与しないというわけにはいかない。今の社会は、さまざまな分野の科
学のベースがあって成り立ってきている。とすれば、その基本的な部分、本質的な部分につ
いては、文理を問わず知っておかなければならない。今の時代は、社会システムなどのいろ
いろな現象を、文理のどちらか一方の知識だけで運用できたり理解できたりする時代ではな
くなってきている。
− 130 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
海外でも、国内でも、家庭でも、グローバル化社会で活躍できるためには、きちんとした
「価値観」をもつ必要がある。価値観というのは、バックボーン的なものであり、1つ1つ
の事柄についていちいち「よい」とか「わるい」とか判断することだけではなくて、「人と
してこうあるべきである」という本質的なことにかかわる。この価値観を大学時代にきちん
と培っておかなければならない。その上で、事柄や問題に対する判断力や、それを解決に導
く過程を計画して最終的に問題を解決する能力を身に付けなければならない。こうしたこと
が、中教審の言う「本物の学力」「大学教育の実質化」に相当すると考える。
それでは、「本物の学力」や「主体的な自己の確立」というようなことを、大学の4年間
でどうやって行うのか。4年間という短い期間で、これが全部できるとは思えない。しか
し、今の日本の高校までの教育課程で、「自分でものを考える力」を養成することに、どれ
くらい力点が置かれているかと言うと、ひじょうに危機感を覚えている。大学に入ってきた
ばかりの頃は、「先生、これは教科書に載っていません」というようなことを言う学生もい
ないわけではない。昔は、教科書に書かれていなければ自分で調べるというようなことは、
当然だった。先生が言ったことで、わからないことがあったら、自分で調べた。昔は、「主
体的な学び」は、全部とは言わないにしても、ごく自然なことだった。今は、そうではなく
なってきているのではないか。そうであれば、「学生が主体的に学ぶ状況」を作り出すこと
が重要ではないか。横山先生の言葉で言えば、「本質的にものを学ぶ」意志を学生に植え付
けさせることが一番重要ではないか。
【横山氏】
大学全入時代に当たって、教育の質的保証をどうするか。APUでは今、アメリカのアク
レディテーション(accreditation)を取ろうとしているので、関心をもって話を聞いた。教
員の立場で変わらなければならないことについて例を挙げたい。
私は2000年からAPUに奉職しているが、その前は別の大学で働いていた。そのときは、
学生にレポートを返したことが一度もなかった。私が学んだ早稲田大学でも、レポートを
返してもらった経験はほとんどなかった。APUには、成績評価では試験の比重は2~3割
で、後はレポートやプレゼンテーションにしなければならないという決まりがあるので、私
はレポートを5回書かせることにした。3枚くらいでよいと言ったのに、学生は10枚も20枚
も書いてきた。150人くらいの学生がいたので、山ほどのレポートになった。放ったらかし
にして、見てもいなかった。翌週、授業が終わって帰ろうとしたら、50人くらいの学生から
取り囲まれて、「先生、先週書かせたレポートは返さないんですか、今日は」と言われた。
そんな経験は、他の日本の大学ではほとんどなかった。
そこで、1週間をかけて、どうにかA+、A、B、Cを付けてレポートを返した。返したら
返したで、今度はもう、ほぼ全員の学生から、「なんで私はBですか」「Cですか」と言わ
れた。A+の学生からも、「なんでA+なのか、コメントがまったく書かれていないので、勉
強できません」と言われた。この経験から、学生に勉強しろと言うのは、教員も勉強して一
− 131 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
緒に苦労しろということだと思った。
教育の質を変化させるというのは、具体的には授業の1つ1つをどう変えるかにかかって
いる。学部長としては、学生にはあまり期待していない。教員の1人1人が、学生に少しで
も「おもしろい」「なるほど」と思わせる授業を何回できるかがポイントである。これが、
教育の質を変えていく。これが、学生がその後一人だけでものを探求して勉強していけるプ
ロセスにつながる。大学の教育の質の変化は、授業の質の変化そのものである。
【石黒氏】
毎年、春になると、新卒の新入社員が入ってくる。最近は、すぐに「わかりません」と言
う新入社員が多い。私が新卒だった頃は、「『わかりません』というのは、すごく恥ずかし
いことだから、やめろ」と言われた。「『わかりません』ではなく、『自分でこういうふ
うに考えたんだけれども、これに対してどう思いますか』と質問しろ」と言われた。とにか
く、「『わかりません』と言うな」と言われた。
最近の新入社員も、「わかりません。どうしたらいいんですか。教えてください」とすぐ
に言う。そういうところから、学生に「これが学びたい」というかたちで主体的に選ばせ
て、それを4年間かけて習得させていく方向というのは、すごくいいと思われる。
【コーディネーター】
こ れ か ら の 時 代 で は 、 横 山 先 生 の 言 葉 で は 「 国 際 人 材 」、 石 黒 先 生 の 言 葉 で は
「Transnational人材」がどうしても必要になってくる。しかし、現状では、このような人
材がほとんどいない。このような人材にどうしても必要な力とは何か。石黒先生の言葉では
「スマートパワー」、横山先生の言葉では「学習アティテュード」、甲斐先生の言葉では
「主体的な学び」「課題解決力」「国際的に通用する学力」ではないか。このようなもの
が、われわれが達成すべき共通の目標になるのではないか。
このような「総合的な力」をどうやって学生に身に付けさせていくか。日本語に「情理」
という言葉がある。「スマートパワー」は、「ハードパワー」と「ソフトパワー」を足した
ものである。「スマートパワー」の要素として、「ハードパワー」と「ソフトパワー」があ
る。「情理」は、「人情」と「道理」である。「情」がすごく大事だということについて、
横山先生からも石黒先生からも話をいただいた。これまで大学では、「理」ばかりに重きを
置いて教えていたのではないか。「情」も大事だということで、両方を教えようとしている
けれども、両方を教えれば、両方がうまく総合されて「スマートパワー」になるのか。そう
簡単にはならないのではないか。
「情」を育むためには、たとえばルームシェアをするとか、タイに行って現地の人たちと
打ち解けていくとか、特殊な訓練や経験が必要である。「理」の方を鍛えるためにも、それ
なりの訓練が必要である。これを総合して「スマートパワー」にまでもっていくには、やは
り「スマートパワー」のための訓練というものも必要ではないか。「スマートパワー」ある
− 132 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
いは「学習アティテュード」を伸ばすための方策というものがあるとすれば、それはどんな
ものとしてイメージされるか。
【横山氏】
まず、「理」の方だが、「学生はなぜ勉強するのか」という話を初年次教育のなかでして
いる。初年次教育は、学部長の義務だと思っている。勉強するということは、ものが見えな
い状態から、ものが見える状態にすることである。その力を、「言葉」で身に付けることで
ある。いろいろな社会現象を、短い言葉で説明する。学生は「あっ、なるほど」と思った瞬
間に、「あっ、そういうことだったのか」というかたちでドーパミンがぱっと出て、それを
もう一回繰り返したい、追体験、強化体験をしたいと思うようになる。その繰り返しのなか
で、頭のなかに「ものを見る力」がどんどん付いていく。頭のなかに体系を作っていく。こ
れが、勉強した結果である。ものを見る力がなければ話にならないので、勉強してもらわな
ければどうしようもない。ものを見る頭の体系、言語的体系、知の体系、言葉あるいは概念
のために勉強する。
それとは別に、学生どうしがいろいろなものをシェアする体験が重要である。たとえば、
まったくの猫嫌いでどうしようもなかった人が、たまたま迷って入ってきた猫を見ていたら
可愛くなって、1週間後にはどんな猫も好きになっていたということがある。これは、「情
は育つ」ということを表している。友人とシェアをする、目的をシェアする、食べ物も飲み
物も苦労も喜びも何でも分かち合う環境をいかに設定できるかということが、「情」の方の
課題である。
この両方をどう融合させるかということだが、この両方がバランスよく育てば、この両方
は混じっていくのではないか。どういうふうに混じるかと言うと、「私のもっている知識
を、自分のためにではなく、人のため、愛する友人のため、愛する友人の出身国のベトナム
のために使おう」あるいは「世界のために使おう」というようなことが、自然に出てくるは
ずである。重要なことは、「理」と「情」の両方をバランスよく大学教員が意識して作らせ
ることである。すると、自然に「志」が出てくる。
【コーディネーター】
もしバランスが悪かったら、うまく混じらないか。
【横山氏】
ある程度混じると思うが、私を含めて私は学部の教員に、「教えるとき自体も、情で教え
るべきだ、笑顔で教えるべきだ、心を込めて教えるべきだ」と言っている。そうだったら、
混じるのが早いのではないかという話をしている。この間から、学生全員に対して、「こう
いうことを先生たちに話しているので、先生たちがこういう授業ができなかったら、ぜひ僕
のところへ文句を言ってきてくれ」とメールを出したら、3件ほど返信が来た。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
【石黒氏】
女性は割りと「ソフトパワー」が得意なのではないか。自分のことを表現するとか、コ
ミュニケーションをとるとか、関係を構築するとかは、女性の方が得意ではないか。私もど
ちらかと言うと、「ハードパワー」がそんなに得意な方ではなくて、感情でものを伝えたい
と思う人間である。どうしたら「ハードパワー」が身に付くのかと思ったりしていた。コン
サルティングの会社に入ってまず言われたことが、「ロジックがつながっていない、ロジッ
クがつながっていない」だった。そのように、すごく言われた。「君の伝えたいことは、何
となくしかわからない」と言われた。「何かとてもいいことを言おうとしているとは思うん
だけれども、感情ばっかりなのでよくわからない」と言われた。
そのときに、「それでは、どうしたらいいのだろうか」と考えた。プレゼンをしなければ
ならないときや、何か成果物を作らなければならないときに、自分が得意なところはとりあ
えず置いておいて、ロジックから始めることにした。このときに、私はすごく鍛えられた。
上司と「シェア」したときに、すごく鍛えられた。先ほど、「シェア」ということについて
話があったが、本当にそのとおりだと思う。
自分が何かを伝えなければならない事態に陥るとか、何かプレゼンをしなければならない
状況が目の前に来るとかという状態では、「ハードパワー」と「ソフトパワー」の両方がな
いとできない。ロジックでちゃんと説明できないと、誰が聞いてもわからない。気持ちが
入っていなかったり、説得力がある話し方ができなかったりすると、伝わらない。このよう
な体験が重要である。このような意味では、体験型のプレゼンやチームワーキングが効果的
ではないか。
アメリカの大学院では、このようなことをよくやらされる。共同のチームを作って、何か
をやらされる。そのときに、どうするか。自分がやりたいことを相手にわかってもらい、相
手がやりたいことを自分が理解し、そこから1つのものを作っていく。このような過程で
は、両方の能力が割りと磨かれるのではないか。
【甲斐】
この2つは、そんなに対立するものではない。思いやりの心とか、私なりの言葉で言え
ば愛とか、人を大事にする心とかは、並立しなければならない。その上で、「組織力」や
「ハードパワー」を発揮すれば、全体としてひじょうに効果的な運営ができるのではない
か。最初の「情」の部分をどうやって育成するかという問題は、ちょっとやそっとの問題で
はない。
【コーディネーター】
要するに、「スマートパワー=ハードパワー+ソフトパワー」あるいは「情理=情+理」
という式は、単純な足し算ではないのではないか。どちらかと言えば、「情」の方が基本
的、本質的であり、ベースにある。重層構造になっていると考えられるか。
− 134 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
【甲斐】
先ほど、国際活動の場面では英語力がなければ話にならないという話があったが、英語が
いくらできたところで、相手の気持ちをつかむことができなければ、会話は成り立たない。
相手のことをわかろうとする気持ち、相手の価値観に対する理解力がベースになる。
【コーディネーター】
英語ができないと、「国際人材」や「Transnational人材」になれないのか。英語ができ
れば、それでよいのか。グローバルな現場で実際に働くときには、英語という問題が表面に
出てきがちであり、現実に出てくる。グローバル人材には英語が必要だが、ローカル人材に
は英語は不要ということになるのか。与えられた職務の場所が、たまたまグローバルな環境
か、ローカルな環境かという違いがあるだけで、本質的なところはそんなに変わらないので
はないか。ローカルであろうとグローバルであろうと、これからの時代に求められる人材の
本質は、共通する部分が大きいのではないか。
【横山氏】
英語に関しては、私も奉職する前は、かなりびくびくしていた。今は、ほとんどの科目を
英語で教えているが、最初は「教えられるのだろうか」とびくびくしていた。たしかに、英
語できちんと意思疎通ができない教員に対しては、評価のときに学生から、「あなたには、
教える資格がない」とか、「教授はやめなさい」とか、「あなたは、研究に専念した方がい
い」といった辛辣な意見がたくさん来る。「この先生は、ショックで立ち直れないな」と思
えることも、しょっちゅう出てくる。しかし、教員と学生の間に「情」の関係ができていれ
ば、学生はそんな文句は一言も言わない。学生から文句を言われる教員は、知識を押し売り
して、ものごとを理屈だけで進めていって、理屈だけで学生を管理した教員であり、明らか
に評価が低い。気持ちの交流というものが、たいへん重要な役割を果たしている。これに
よって、評価はいくらでも変わっていく。
APUほど楽なところはない。わかればいいわけだから、極論を言えば、誰一人として正しい
英語を使っていない。ネイティブ・スピーカーでも、よく聞いていれば、間違った英語を使っ
ている。間違った英語を頻繁に使っている。もちろん、間違いのレベルは、間違いとはわから
ないようなレベルだが。私たちも学生も含めて、第二言語として英語を使っている連中の英語
のいい加減さは、これはもう楽である。通じればいいというのが、唯一の基準である。英語が
重要になると言っているが、そういう意味では、皆さんが考えている英語とは全然違う。
どうしても、日本人が求める「アティテュード」は、「正解を求めるアティテュード」で
ある。仕事でも、「正解を求めるアティテュード」である。英語でも、「正解を求めるア
ティテュード」である。これを変えるしかない。これを変えるには、本質的な勉強が好きに
なるしかない。英語を使うことが本質的に好きになるしかない。これが重要である。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
【石黒氏】
「英語」「英語」とすごく言ってしまったので、誤解がないように。今、横山先生がおっ
しゃったのと同じである。英語が完璧である必要は特にないので、それだけは誤解がないよ
うに。大前提として、「話すのは嫌だ」という状態だけはやめておいた方がいいのではない
かという話である。
日本で働くか、グローバルで働くかは、与えられた職務が違うだけではないかという質問
に対する答になるかどうかはわからないが、日本だからどうとか、グローバルだからどうと
かということではなくて、日本や日本企業では、すごく特殊な社会で人を使ってきたとい
うことがある。さっき、「サムライ」「サムライ」と言ったが、日本には本当に「サムライ
みたいなところ」がある。特に何もしなくてもわかりあえる何かが、日本の社会には流れて
いる。特に組織のなかに流れている。しかし、これはもう通じないのではないか。これだけ
は、今までと違うことではないか。努力してわかりあおうとしないかぎり、絶対につながら
ない。絶対にコミュニケーションはできない。今後、この状態だけは、絶対に変わってい
く。日本で日本人だけを相手にしてやっているんだったら、そんなに「スマートパワー」は
いらないのかもしれないが、今までとは違うのではないか。
【甲斐】
日本人どうしだと、意思が通じるとか、言葉がいらないとかという時代は、もう終わった
のではないか。私などは、学生と話しているときに、食い違いがひじょうに多い。やはり、
きちんと説明しなければならない。私はコミュニケーション力が乏しいので、家庭でも職場
でも、「きちんと説明せよ」と怒られる。これからは、言葉にしてきちんと説明をするとい
う努力をしなければならないのではないか。
【横山氏】
説明の方法に関して、例がある。たいへん問題がある例だが、APUの各オフィスには、
通訳関係のスタッフが2人くらい、多いところでは4人くらいいる。この人たちは、日本人
が書いたメモなどを英語に訳す。場合によっては、それを教職員全員にメールで配信する。
この人たちは、この仕事を忠実に逐語訳として行っていく。最初の頃の英語は、教職員や学
生から、「先生、これ、何が書いてあるのか、まったくわかりません」と言われた。ところ
が、私が見たらわかる。「わかるじゃないの。これは、こういうことを意味しているんだ
よ」と言うと、「どうして、これが、こういうことを意味しているということがわかるので
すか」と言われた。
日本人が書いた文章を見ていると、たしかに、「これしてください」「あれしてくださ
い」「あれしてはだめです」などとは一切書かれていなくて、情的な文章で、「こういう状
況で、私たちはこう努力して、今後、こういうことを考えているのだけれども、皆さんの
…」ということが書かれている。暗黙知がかなり共有されているために、自然にわかってほ
− 136 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
しいということしか書かれていない。
そこで、2003年くらいから、①状況の説明(situation)、②行動の指示(action)、③結び
(closing)の3つだけでメールを書くようにした。これで、随分とミスがなくなった。つま
り、質的なもので随分と違ってくる。このような工夫をしなければ、私たちが「当然わかっ
ている」と思っていることが、まったく通じていない場合がある。
【会場からの質問】
APUでの外国人留学生の受け入れに当たって、「婚活」など、おもしろい話を聞かせて
いただいた。出口の就職対応が重要だという話だったが、外国人留学生の日本語能力と英語
能力は、現状の教育でどれくらい高まっているのか。不適応を起こす外国人留学生は、どれ
くらいいるのか。何%くらいが卒業できないのか。
外国人留学生は、日本人や日本の国を好きにならないかぎり、たぶん日本に永住しないの
ではないか。外国人留学生が日本を好きになるような特別な取組をしているのか。
【横山氏】
不適応により卒業できない学生については、把握していない。卒業しない学生数は、入学
時の学生数の20%くらいである。途中で本国に帰ったりする学生がかなりいる。場合によっ
ては、ドロップ・アウトしているのかもしれないし、大学院に行っているのかもしれない。
それが環境不適応によるものかどうかについては、まだ調査をしていない。
日本を好きになることについては、トルコから来た男子学生の例がある。この学生は、日
本が嫌で嫌でたまらなかった。どちらかと言えば、トルコは親日的である。トルコとかタイ
とかから入ってきた学生は日本がすぐ好きになるのだが、この学生は入ってから1ヵ月くら
いは文句ばかり言っていた。そのような話を耳にすると、学部長として学生に直接会って話
をするようにしている。話をしてみたら、「もう1ヵ月もすると、この学生は辞めるのでは
ないか」と思われた。ところが、夏休みの後に顔を見ると、何となく明るい。「どうだ、今
は」と尋ねると、「いや、好きになったんです」と答えた。「どうして」と尋ねると、「先
生、私はアイドルの福田愛という子がとっても好きになったんです。横浜なんとかという大
学を出ているんですけど、丸顔で日本的で…」と答えた。「そんなことで好きになったの」
と言ったら、学生は困っていたが、意外にそんなところなのではないか。
男性だと、好きな女性ができると重要な意味をもつ。女性だと、好きな男性ができると重
要な意味をもつ。自分を大切に思ってくれる日本人が周りにいることが、とても重要な意味
をもつ。そういう意味では、寮生活がたいへん重要な意味をもっている。1年間で彼らは日
本が好きになる。それは、いい日本人がいるからである。寮の各フロアーには1人のお世話
係の日本人学生がいて、彼らが「お父さん」「お母さん」になってあげなさいという教育を
している。敢えて「制度」と言ったら、それが「制度」なのかもしれない。
− 137 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
【コーディネーター】
地元の人々との交流を組織的に仕組んでいるのではないか。
【横山氏】
地元の人々との交流についてもGPをいただいて取り組んでいるが、それとは別に、2年
生になったら地元に下りるように指導している。そしたら、地元の人たちがホスピタリティ
豊かで、とりわけお年寄りの人たちが「食事をしなさい」とか「温泉に入りなさい」とかと
言ってくれる。そういうふうに、幸いなことに、都会にはないところがあった。APUが別
府でよかった1つの理由は、田舎のホスピタリティによって彼らが大事にされるというとこ
ろにある。
【コーディネーター】
外国人留学生の日本語能力、英語能力についてはどうか。
【横山氏】
企業の方としょっちゅう話をしているが、不思議なことを思う。それは、企業によって日
本語の要求度が随分と違うということである。かなり高い日本語能力を要求する企業もあれ
ば、そうでもない企業もある。それは、彼らをどういう人材と見るかによる。ブリッジ人材
として現地で採用する場合は、日本語能力はあまり要求されない。しかし、日本にいて日本
を基盤にして働いてほしい場合には、かなり高い日本語能力が要求される。
英語能力については、ブリッジ人材の場合は、日本語と現地語ができればよいわけだか
ら、あまり要求されない。グローバル人材で、日本に拠点を置いて、現地のみならず世界で
活躍が期待される場合は、かなり高い英語能力が要求される。APUには英語基準で学生は
入ってくるのだが、TOEFLで550点前後だと、なかなかグローバル人材とは見なされない。
そこで、どうやって600点を超えさせるか、630~640点のネイティブ・レベルまでもってい
くか。これを達成するための授業も始めている。企業の要求に合わせて、「日本語と現地
語」あるいは「日本語と現地語と英語」の能力を付けさせることが重要な課題である。
【会場からの質問】
大企業になればなるほど、「即戦力」になる人材を求めていると聞くが、その「即戦力」
とは何なのか。そのためには、学生はどんな努力をすればよいのか。
【横山氏】
私が感じるかぎりでは、日本の企業が国際人材に求めている力は、専門的な力ではない。
たとえばアカウンティング(会計)の能力が求められたりすることもあるが、そのようなこ
とは一般的には外資系の企業の場合である。日本の大企業では、そのようなことはあまりな
− 138 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
い。ただし、語学力は重要である。
「即戦力」という言葉の意味は、「お客様の前にすぐに出せる」という意味ではないかと
私には思われるが、専門知識や技術という意味での「即戦力」はあまり求められていない
し、今後もこの傾向は変わらないと思われる。少なくとも、大企業がすぐに学部生を採用す
る以上は、「即戦力」は求められない。これは、アメリカにおいても同様である。「即戦
力」は、他の企業から採用するので「即戦力」になる。どんなふうにしても、大学の新卒者
は「即戦力」になりえない。
【石黒氏】
日本の企業では、新卒を「即戦力」として採用することはあまりない。中途採用の場合
は、だいたい「即戦力」が求められる。
先ほどの話と重複するが、何もかも面倒をみてもらえるのではないかと思っている学生が
増えている。採用面接をしていると、「どこに住んだらいいのですか」とか「何々はどう
やってするのですか」とか、ぎょっとするようなことを訊いてくる学生もたまにいる。ゴミ
を触れない外国人留学生もいるという話があったが、私がタイにいたときに、タイ人スタッ
フを研修で日本に送るということがあった。そのときに、タイ人スタッフが日本で生きてい
けないというようなことがあった。「即戦力」と言えば、外国人の場合は、日本で生きてい
けること、日本人の場合は、最低限、自分の面倒くらいは自分でみられることではないか。
【甲斐】
私が学生部長で学生の就職のお世話をしていたときの話だが、いろいろな企業の人事担当
者から話を伺うと、「将来、会社の中核となって働いてくれる人材」がほしいということ
だった。「即戦力」というよりも、会社に入って、会社の仕組をきちんと理解して、さらに
人を活用して、統括して課題を解決してくれる人材がほしいということだった。「即戦力」
という言葉を聞いたことは、一度もなかった。
専門性についても、企業はいろいろな分野をかかえているので、「この分野の卒業生でな
ければだめだということはない」と聞いた。
【コーディネーター】
日本の企業が日本人の新卒者を採用する場合は、その人が入社後にどれくらい伸びてくれ
るかという「ポテンシャル」を見ているのではないか。横山先生から「学習アティテュード」
ということを教えてもらったが、「ポテンシャル」を見るということは、結局「学習アティ
テュード」を見るということではないか。どんな「学習アティテュード」をもっているのか。
「学習アティテュード」は、そのまま「ワーキング・アティテュード」に移行してしまう。し
たがって、この人には「ポテンシャル」があるかどうかは、「学習アティテュード」を見れば
ほぼ予測がつくということではないか。このようなことに関して、何か事例があるか。
− 139 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
【横山氏】
いくつか事例はあるが、私が仮に企業の立場で学生の「ポテンシャル」を見るとしたら、
間違いなく「どういう勉強をしたか」と訊く。つまり、点取り虫だったのか、本格的な勉強
をしたのか。本格的な勉強をどのようにしたかをきちんと言えるかどうかが、その後の「ポ
テンシャル」を知る上でのシグナルになる。これは、とても重要な意味をもっている。大学
時代の過ごし方、勉強の仕方が重要である。これが1つめである。本当に勉強が好きだと、
真理を探究するような仕事の仕方をする。真理などを探究されたら、「それは困る」という
企業もあるかもしれないが。
2つめは、自分の目的、企業の目的、社会の目的、人類の目的と、目的はどんどん大きく
なっていくが、これらの目的を一本化して捉えられるかどうか。この4つの目的の関係性を
自分なりにきちんと体系的にまとめて捉えられるかどうか。このような力がある人は、キャ
リアとして自分の一生の仕事をしっかりと見つめていくことができる。人類という発展のな
かで自分の仕事を見つめていくことができる。
3つめとして、人を愛せるかどうかも、重要なポイントである。いくら能力があっても、
自分しか愛せなくて、自分が稼いだお金は夜な夜なドンペリ(Dom Pérignon)を飲んで美
女を侍らせるのに使うというのでは、いかにも精神が幼い。精神の豊かさ(maturity)と
は、どれだけ多くの人を愛せるかということである。つまり、「情」の人かどうかというこ
とである。
以上の3つを「ポテンシャル」として挙げておきたい。
【会場からの質問】
企業のなかでどんなキャリアディベロップメントができるかを学生が知る方法はあるか。
学生がめざしているキャリアについて、企業の方はどのように判断しているのか。
【石黒氏】
どんなキャリアディベロップメントができるかについては、新入社員をちゃんとトレーニ
ングしている企業は、間違いなく前面に押し出して説明している。リーマン・ショック以
来、そこにお金をかけていない企業もあるかもしれないが、やっている場合は、必ず説明す
る。採用活動のなかで、この仕組について説明しないということはない。「ありますか」と
訊かれて、「ありません」と言う企業はないのではないか。自慢げにいろいろと話してくれ
る会社は、この仕組を必ずもっている。
企業側が学生を見るときに、「この人はちゃんとしているな」と思うのは、横山先生の
話と重複するが、「学生時代に何をしてきましたか」と訊かれたときに、学生がステップ
を踏んで説明できる場合である。「まず、これがありました。そこで、これとこれとこれ
をやりました。そしたら、こういう結果でした。それに対して私はこう思っていて、課題
はこうです」というようなかたちで、ちゃんと説明できるかどうかが重要である。単に
− 140 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
「サークルで何々をやりました」「サークルの部長でした」「バイトのリーダーでした」
だけではだめである。そのなかで、何をしたのか。一体、何をやらなければならないかと
認識したか。その認識まで、どういうステップでたどり着いたか。そういうことを重視し
て採用側は訊いている。
【会場からの質問】
1点目は、今、日本は世界に対して何を言っていけるのか。たとえば、中国は国家政策と
して中国語の研修施設などを世界中に作っている。そのようなことを日本はしていない。今
後、日本が生き残るためには、日本は何を言っていくのか。
2点目は、学生は今どういう夢をもちながら、日々を過ごしているのか。
【横山氏】
1点目についてだが、9年半教えてきて、日本人の学生が、他のどんな国の学生とも明確
に違う点が1つある。日本人の学生あるいは日本人が、中国とも、韓国とも、タイとも、台
湾とも、アメリカとも、他のどんな文化圏とも明確に違う点が1つある。それは、「遵法精
神の高さ」である。規則、法律、慣習を守る。あまりにも伝統的すぎる、保守的すぎるくら
いである。たとえば、日本人だけのクラスで試験監督をすることがあるが、100人くらいの
クラスであっても、カンニングは目をそらしていても起こりえない。ところが、国際学生が
いるクラスでは、目をそらした瞬間に、ごそごそする。何度かショックを受けたこともあ
るが、こんなに優秀な学生が人のを見るかというほどである。日本人の「遵法精神の高さ」
は、財産である。これを今後、世界に発信していかなければならない。発信していけるもの
は、他にはないように思われる。敢えてもう1つ言えば、「クオリティに対する確かさ」あ
るいは「クオリティの追求」があるが、「遵法精神の高さ」が他とは比べ物にならないくら
い高い。
2点目についてだが、APUでは国際学生と国内学生(日本人学生)が半々で暮らしてい
る。国際学生は、間違いなくかなり優秀である。日本人学生はどうかと言うと、国際学生を目
当てに入学してくるので、学力は高くはないが、世界のために何かをしようという意識はひ
じょうに高い。APUではボランティア活動を積極的に支援しているが、中心になるのは日本
人学生である。国際学生には国際性や国際的視点があると思われがちだが、APUあるいは日
本に来ている国際学生の大半には国際性がほとんどない。国際学生は自国しか見ていない。自
国の発展が重要なのである。それに反して、APUの日本人学生は、多くの世界に対して幅広
い興味をもっている。幅広い視野や国際性は、日本人の方がはるかに多くもっている。
【石黒氏】
学生のことはわからないので、1つめの質問だけに答えると、先ほど「サムライ」「サム
ライ」と言ったのが、ばかにしたみたいになっているのかもしれないが、あのようなかたち
− 141 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
で価値観を共有した後で、何かの目標に向かっていくことが日本企業はすごく優れている。
今は、それを日本人だけに教えて、日本人だけでやっていこうとしている点が問題である。
これをグローバルでちゃんとやっていこうと舵取りをした瞬間に、日本企業はよさを出して
いける。
まだまだ「グラス・シーリング」と言って、日本企業は外国人を登用していない。しか
し、このことに関する意識は、だんだん変わってきている。外国人幹部をちゃんと教育して
いこうというふうに、少しずつ変わってきている。
日本人は、「変える」と決めたら変える。「やる」と決めたらやる。「やる」となった
ら、外国人にちゃんと伝えるとか、外国人をちゃんと教育するとか、同じ仲間だと見なすと
かといったことができる。
【コーディネーター】
「やる」と決めたらやる。でも、なかなか「やる」と決められないのでは。
【石黒氏】
そのことは日本人は得意ではないが、今はそんなことを言っていられない状況である。
【コーディネーター】
そんなことを言っていられない状況というのは、グローバル化時代の状況のことか。
【石黒氏】
日本の大企業の方とつきあわせていただいていることが多いのだが、ぎょっとするほど内
向きの方がいらっしゃる。でも、そんな方々が少しずつ変わってきている。「こんな会社が
コンサルテーションを頼んでしまうのか」とびっくりすることもある。
【コーディネーター】
そんなに内向きで世界から取り残されそうになっている会社でも、何とかやっているとい
うところを見ると、その会社がやる気になったら、これはすごいのではないか。
【石黒氏】
ちゃんと世界を見て、適切なことをやろうとなったときには、日本の企業はきっと再生す
ると思われる。
【甲斐】
まず、学生のことについてだが、福岡女子大学の学生は、ほぼ地元の人たちである。就職
も、ほぼ地元志向である。ということは、学生の希望としては、穏やかでゆったりとしたあ
− 142 −
7 福岡女子大学キャリア教育シンポジウム
たたかい生活を送りたいということではないか。
次に、最初の方の質問についてだが、この質問は、ひょっとしたら日本人はもう世界に通
用しないのではないかという恐れからの質問かもしれないが、私自身は、日本人が自信を失
う必要は絶対にないと思っている。今度の改革で留学生を今の規模からすると大量に入れ
て、国際的な環境を作ろうとしているが、留学生に対しても日本人学生に対しても、日本文
化の講義を設けてこれを教える。これが1つの柱になっている。それは、単にお茶やお花な
どの日本文化を教えることではない。それは、日本人の心、繊細さを教えることである。文
章にしろ何にしろ、ひじょうに繊細である。これが、横山先生が言われた「質の追求」につ
ながっていく。「繊細な心」を育むことは、自然と「周りと協調する心」を育むことにな
る。日本人は、他と一緒になってやっていく。他と争わない。一面では欠点に見えるかもし
れないが、これこそが日本人の特質である。民族どうしの争いが激しい今の世界において
は、日本人の「他を大事にする気持ち」が重要である。日本文化を世界の人々に知ってもら
うことが、今後の世界のためにひじょうに大切ではないか。ぜひ日本文化を世界にアピール
したいと思っている。
【コーディネーター】
日本人の特質として、なかなか舵が切れない、なかなかやる気になれないということがあ
るかもしれないけれども、日本人は一旦舵を切ってやるとなったら、とことんやる。なおか
つ、日本人にはよいところがたくさんある。クオリティを追求するとか、遵法精神が高いと
か、他と争わないとか、繊細であるとか。そのようなよさを生かしながら、大胆に舵を切っ
て新しい世界へ進んでいくことが重要である。本学の改革でも、本学の今までのよいところ
を生かしながら、大胆に舵を切って大きく変わっていければと願っている。
− 143 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
平成21年度福岡女子大学キャリア教育シンポジウムチラシ
− 144 −
8 作文コンテスト
8 作文コンテスト
現代GPへの申請書には、「ゼミ対抗の作文コンテストも、学生主体の運営体制で実施」
すると記載していたが、そのもとになる「学問基礎ゼミ」が未開設であるため、「作文コン
テスト」は、大学祭の行事として実施した。もちろん、学生の組織である大学祭実行委員会
の企画として、学生主体の運営体制で実施した。大学祭実行委員会が案を練って実施要領を
作成した。
平成21年度作文コンテスト
平成21年11月7日㈰ 場所 : 福岡女子大学大学会館2階
8-1 平成19年度作文コンテスト
平成19年度は、字数は600字~800字、テーマは大学祭のテーマと同じ「Ladyゴーゴー!!!」
というテーマにし、「女子大の魅力とそのアピール方法」や「女性のパワーをどう表現する
か」について、近年の女性の社会的進出などの点を踏まえて、女子大生の将来のキャリアを
考える作文を募集したところ、23人の学生から応募があった。大学祭実行委員会のメンバー
で第1次審査をして、そこで選ばれた10人が大学祭当日の本選に出場し、作文を発表した。
本選は、平成19年(2007年)11月10日10時から福岡女子大学の大学会館で行われた。本選で
は、大学祭実行委員長と学生自治会長の学生2人に、理事長(学長)、文学部長、人間環境
学部長の3人を加えた5人が審査員を務めた。
参考として、1位に入賞した作文を紹介する。氏名等は割愛した。
悩むより、挑戦あるのみ
私は、様々な分野で活躍する女性を取材する機会に恵まれた。そして、ある女性との出会
いが私を変えた。その女性は、臨床心理士として大学や中学校でカウンセリングを行う傍
ら、保健所や地元センターなどで子育て支援にも携わっていた。年齢は40代半ば。私はてっ
きり、ベテランのカウンセラーだと思っていた。しかし驚いたことに、臨床心理士の資格を
取得したのは、1年ほど前だという。夫のリストラを機に、英語もわからないまま37歳のと
− 145 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
き渡米し、語学学校に通い、大学の心理学科に入学したそうだ。
彼女は「渡米することに不安はあまりなかったですね。本当に自分がやりたいことは、人
生のどこかで必ずやっておかなければ、いつまでも納得できないままに心に残るでしょう。
だからこそ、チャンスが訪れたときは迷わず挑戦してみるべきだと思います。」と話して
くれた。自分の年齢や語学力などは関係なく、果敢に新しいことに挑戦する彼女の行動力と
前向きさに驚かされた。そして、逆境をチャンスに変える力強い女性のパワーを感じた。さ
らに、「その時、自分がやりたいと思ったことやしなければならないことを、一生懸命やっ
たり、楽しんだりしていると、道は繋がるものよ。」とも話してくれた。私は当時悩んでい
た。自分が想い描く未来の自分と今やっていることが繋がらないようで不安だったからだ。
しかし彼女と話すうち、今自分が立っている場所が理想とは違っていたとしても、そこで精
一杯頑張れば、必ず自分が進みたかった道へと繋がってくるに違いないと前向きに捉えられ
るように変わっていった。
彼女は、まだたくさんの夢があるという。その実現に向けて、今も挑戦を続けている。そ
の姿を見て、私も負けてはいられないと感化された。「悩むより、挑戦あるのみ」をモッ
トーに、私も彼女のように社会で活躍し、いつまでも夢を追い続けるパワフルな女性になっ
てみせると意気込んでいる。
8-2 平成20年度作文コンテスト
実行委員会は、今回の作文コンテストを「『書く』『発表する』『聞く』能力を高める」た
めの行事として位置づけて、作品を募った。大学祭のテーマは“Joy!!! make the most”だっ
たが、作文コンテストのテーマは“Girls be ambitious!”となった。応募者はこのテーマに
関して、もちろん自由に論じてよいのだが、実行委員会からは、「福岡女子大学の魅力を発
信するにはどうすればよいか」「女子大で養う力とはどんな力か、私はなぜ女子大を選んだ
のか」「現代の女性の地位について私はこう考える」「これからの女性の地位はどうあるべ
きか」「男女平等で働ける社会をつくるためにはどうすればよいか」「働きながら子どもを
生み育てることについて私が考えること」という6つの着眼点が例示された。前年度の制限
字数は600~800字だったが、今回は1,200~2,000字となった。
前年度は23人の学生から応募があった。今回はもっと多くの学生が応募するように実行委
員会が働きかけたが、今回の応募者数も23人だった。実行委員会が第1次審査を行い、そ
こで選ばれた10人が大学祭当日の本選に出場し、作文を発表した。本選は、平成20年(2008
年)11月8日10時から、福岡女子大学の大学会館で行われた。本選では、前年度大学祭実行
委員長、理事長(学長)、副理事長、常務理事、学務担当理事、経営管理部長、学務部長、
文学部長、人間環境学部長、キャリア支援センター長の10人が審査員を務めた。
参考として、1位に入賞した作文を紹介する。氏名等は割愛した。
女性だからできることを考える
福岡女子大学に入学して3年がたった。3年間の中で、「女性」について深く考えるよう
− 146 −
8 作文コンテスト
になった。授業で女性学を学んだり、女子しかいない大学での大学祭や体育祭を行ったりす
る中で、女性の立場を見つめ直し始めた。そして、気付いたことがある。「女性しかできな
いこと」ばかりに注目するのではなく、「女性であるからこそできること」を伸ばしていく
べきなのだ。
女性にしかできないことは、もちろん大切なことである。まず頭に浮かぶのは、妊娠や出
産である。当たり前のことであるが、女性にしか理解できない体の調子などを良好にするた
めに考えることも、女性特有であろう。少し前までは、看護師や保育士も女性だけという印
象があったが、それは男女平等が進んできたといえる。
しかし、女性にしかできないことだけに敏感になっていても、成長できないことに気が付
いた。妊娠や出産で仕事を休まなくてはならない。そのために産休や育休をしっかりもうら
うのが女性として当然であり、社会復帰を企業が補佐するべきだとばかり叫んでいても、
女性の特質をいかせない。たしかに福利厚生もしっかりとした基盤を築かなくてはならない
が、その部分以外にも目を向けるべきである。
今年の夏、私はいくつかのインターンシップに参加した。どの企業でも女性が最前線で活
躍していた。学生の前で、企業説明のプレゼンテーションをしたり、質問に丁寧に答えたり
してくれた。どの女性社員も堂々としていて、輝いて見えた。私はそんな社員さんたちに憧
れをもった。そして、どうしたらそのような女性になれるのかという疑問をぶつけてみた。
すると、その方は「私は自分ができることを自分で見つけています。女性だからできないと
小さくなるのではなく、男性の目が届かないところに着目したり、男性にはない発想を出し
たりしています。企業は男性とか女性とかではなく、中身を求めているのですよ」とおっ
しゃった。
この会社は飲料メーカーで、企画を行うときに、男性が気にしていなかった後味やパッ
ケージなどを女性の視点から指摘し、商品開発に取り入れたそうだ。私は感嘆した。自分が
できることを彼女は十二分に行っていた。女性だからこそ気付いたことを提案し、まただか
らといって、女性ということにこだわらずに会議に参加し、意見を言っていた。この方は、
自分というものをよくわかっている。
私は、女性だからできることが見えていなかった。女性にしかできないことから見て、世
界が狭くなっていた。しかし、今日まで多くの女性と会い、さまざまな経験をし、女性ない
しは私だからできることの存在を知れた。男性の視点と女性の視点は、必ずしも一致しな
い。そこをうまく利用して、一人の自分としてできることを模索していきたい。
8-3 平成21年度作文コンテスト
今回の大学祭(かすみ祭)のテーマは、「かすみなでしこ」だった。本学の校章が「なで
しこ」で、本学が福岡市東区の「香住ヶ丘」(かすみがおか)という地域に立地していて、
今回の大学祭は、福岡女子大学の伝統を守り、発展させ、地域に根付いた大学祭にしたいと
いう想いから、このテーマが学生の実行委員会で決定された。そのようなことから、作文コ
− 147 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
ンテストのテーマは、「これだけは伝えたい! かすみなでしこ’
s 心の叫び」となった。
作文の内容は基本的に自由で、たとえば「これから自分のためにやりたいこと」「今まで生
きてきた中で役に立った経験」などという着眼点が例示された。今回の字数制限は、800~
1,600字だった。
前年度も前々年度も応募者数は23人だったので、今回はその数を上回る応募者数になるよ
うに実行委員会が働きかけたが、今回の応募者数は17人にとどまった。実行委員会が第1次
審査を行い、そこで選ばれた10人が大学祭当日の本選に出場し、作文を発表した。本選は、
平成21年(2009年)11月7日10時から、福岡女子大学の大学会館で行われた。本選では、前
年度大学祭実行委員長と学生自治会副会長の学生2人に、理事長(学長)、文学部長、人間
環境学部長、体験学習担当女性教員、外国人男性教員の5人を加えた7人が審査員を務め
た。今回は初の試みとして、会場の聴衆も審査に加わった。
参考として、1位に入賞した作文を紹介する。氏名等は割愛した。
きどあいらく
大学生活もあと5ヵ月を切った。この福岡女子大学で、また大学の外でも、「大学生」に
しかできないことを模索しながら過ごしてきた。この4年間を一言で言い表すなら、それは
「きどあいらく」である。「喜怒哀楽」ではない。当て字ではあるが、「聞努会楽」と表
す。この4つの文字から、私の大学生活を叫んでみる。
まず、聞くの「聞」。高校生の頃までと違って、大学生には有り余るほどの時間がある。
その時間を有効活用するために、自分が今まで知らなかった世界を知ろうと私は考えた。た
とえば、私は裁判を傍聴しに行った。裁判員制度が導入されるということで裁判に興味をも
ち、実際に裁判所に出かけて行った。そこで、裁判長が黒いマントのようなものを本当に羽
織っていること、裁判の進め方や雰囲気がどうかということ、傍聴人マニアらしき人が本当
にいることなどを、見て聞いて知ることができた。少しではあるが、自分が知らない世界を
覗けて、視野を広げることができたように感じた。
次に、努力の「努」。学生の本分である学業についてももちろんだが、春先まで行ってい
た就職活動についても、この「努」で表せる。就職が厳しいと言われていたが、それでも自
分にできることがあるはずだと信じて就職活動を行った。たとえば、私はさまざまな業種
のインターンシップに参加した。私が参加したものは、1日で終わるものばかりだったが、
その分、たくさんの業種を知ることができた。妹に付き合ってもらって、面接の練習をした
り、たまにはSPIの勉強をしたりした。自分の長所や短所を友だちと言い合ったり、相談に
乗ったり乗ってもらったりを繰り返した。新聞の一面は、毎日メモした。精神的にきついこ
ともあった。努力というほどのことではないかもしれないが、どれも欠けてはならなかっ
た。内定をいただいた会社でも、またこれからの人生でも、めげそうになっても努力を続け
ていける自信をつけてくれたのが、私の就職活動だった。
その次に、会うの「会」。一期一会という言葉があるように、人との出会いを私は大切に
した。尊敬できる友だちや先生に大学で出会うことができた。私は人に恵まれていると感じ
− 148 −
8 作文コンテスト
ている。「会う」のは人だけではない。本や場所にも「会う」。たくさんの一期一会のなか
で、私が本当に一期一会だと感じたのは、高等学校での教育実習である。私の拙い授業を必
死に聞いてくれた生徒がいた。わからない問題を聞きに来てくれた生徒がいた。お忙しいな
か、丁寧に指導してくれた指導教員がいた。支え合った実習仲間がいた。2週間、同じ大切
な時間を過ごしたが、この2週間を同じ人々で過ごすことはもう決してできない。実習が終
了したときに、この「会う」を実感した。別れは寂しいが、この人々と私は単に「寂しい」
だけで別れなかった。生徒たちとも、先生方とも、実習生たちとも、「お互いに頑張ってい
こう」と約束して別れることができた。このことに、会えた意義があったと感じた。
最後に、楽しいの「楽」。北は宮城県、南は沖縄県、海外は韓国など、友だちと旅行に出
かけては楽しいと感じ、大学祭の実行委員として企画を練ったり、夜遅くまで準備をしたり
しては楽しいと感じた。嵐のコンサートに行ったり、体育祭ですぐ負けたり、さまざまなア
ルバイトをしたりしたことも、すべて本当に楽しかった。だから、この「楽」は外せない。
まだまだ叫び足りないが、このように、本当に充実した4年間を私は過ごせた。残りの学
生生活でも、もっと思い出を作っていきたい。終わりに、私にかかわってくれた人全員に、
「ありがとう」。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
9 人生・職業・社会Ⅰ
職業キャリア導入教育において、正課の科目を4つ新設した。「人生・職業・社会Ⅰ」
「人生・職業・社会Ⅱ」「キャリア・デザインⅠ」「キャリア・デザインⅡ」である。「人
生・職業・社会」では主に1年次学生の受講を、「キャリア・デザイン」では主に2年次学
生の受講を想定している。「Ⅰ」の科目は前期開講、「Ⅱ」の科目は後期開講である。
「人生・職業・社会Ⅰ」の授業では、学生の一人ひとりが自己概念を確立し、有意義な
キャリア形成ができるようにするために、人生・職業・社会の現実を学生が十分に認識する
ようになることをねらっている。キャリア・ジェンダー視点からは、次のようなねらいを設
定している。自己概念の確立やキャリア形成などは、他人から与えられるものではなく、自
分自身で行わなければならないものであり、さらに人間には誰しも、自分で変えられる条件
と、自分では変えられない条件が課されているので、まずは人生・職業・社会の現実を学生
が十分に認識することにより、一生の問題としての自己概念とキャリア形成の根本問題に学
生が向き合うように教員がさまざまな側面から問題提起していくことが、この科目のねらい
である。
学生の到達目標としては、次の3点を掲げている。①人生・職業・社会の現実を十分に認
識し、自分が置かれている状況を理解することができる、②毎回の授業で認識したことをも
とに、論評文を書くことができる、③授業で認識したことをもとに、自分が理想とする人
生・職業・社会について自分の意見を発表することができる。
ちなみに、「人生・職業・社会Ⅰ」の授業では、学生がまず人生・職業・社会の現実を十
分に認識するようになる点を最も重視しているのに対して、「人生・職業・社会Ⅱ」の授業
では、学生が人生・職業・社会と自分自身のかかわりについて考えを深めるようになる点を
最も重視している。
平成19年度「人生・職業・社会Ⅰ」授業風景
平成19年11月7日㈬ 5時限目
場所 : 福岡女子大学 A31教室
− 150 −
9 人生・職業・社会Ⅰ
9-1 平成19年度後期「人生・職業・社会Ⅰ」
現代GPの実質的開始時期等の関係上、平成19年度(2007年度)は、前期ではなく後期に
「人生・職業・社会Ⅰ」を試行的に開講した。7人の教員で担当し、15回実施した。そのう
ち、1回(第7回)は遠山顕氏のキャリアの視点からの英語学習講演会、1回(第15回)は
期末試験に当てた。受講者数は、69人だった。
90分の授業の進め方は、次の4段階になっている。①担当教員が30分程度の講義を行う、
②講義について、受講者が原稿用紙(34)に400字の論評文を30分程度で書く、③受講者が3
人グループになって論評文を一人ずつ発表し、コメントを出し合う「三角(参画)討論」を
15分程度で行う、④希望者が受講者全員の前で論評文を発表し、受講者全員で討論する「全
体討論」を15分程度で行う。
第1回~第13回までの授業では、授業中に400字の論評文を作成する。しかし、第14回目
の授業では、受講者はそれまでの13回の授業で認識したことをもとに、「自分が理想とする
人生・職業・社会」について2,000字の論評文をあらかじめ書いてきてから出席することに
した。この授業では、いきなり「三角(参画)討論」を行い、その後じっくりと「全体討
論」を行った。
参考として、授業で提出された作文を各回につき1例ずつ紹介する(35)。作文のタイトル
は、受講者本人が付けたものである。
【第1回】キャリア成功への道
私は今回の授業に衝撃を受けた。最近、私は「私の生き方」がわからず、途方に暮れてい
た。私は何がしたいのか、何に向いているのかということを考えていた。そして私は「他者
の欲求を生きる」ことになりかけていた。自分が欲するものを第一に考えていたつもりだっ
たが、実際は「他人が欲するもの」を考えていた。それは、「自分」が無いからだ。自分自
身の生き方がわからなくなりかけていたのは、自分が無いため「生きる意味」を見出すこと
ができなくなっていたからだ。「生きる意味」を見出すことができたら、私のキャリアは成
功への道をたどる。
どうやって「生きる意味」を見出すかを考えた。まずは、現在の日本や世界を知ること
だ。そのためには、大学生活で学ぶことを一つでも多く吸収し、考えてみることが重要だ。
今の私は、日本や世界のことをあまり知らない。そのため、「生きる意味」がわからなかっ
た。これからは、日本や世界について知って、自分で考え、「生きる意味」を見出していき
たい。
【第2回】
「生きる意味」
を考える過程が大切だ
「生きる意味」について、様々な人の考えを知ることができた。前回の授業で、「生きる
意味」を見つけることが大切だと私は考えた。一方で、「『生きる意味』を考えない方がよ
いかもしれない」「生きることに意味はない」と考えている人たちがいた。このことに私は
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
驚いた。確かに、それも一つの意見である。人によって考え方も違うし、物事に対する感じ
方も違う。私と反対の意見を聞いても、今までの考えを変えずに、私は「生きる意味」を探
したい。
私は「生きる意味」について考えるのは意味があると思う。他人との協調性を中心に考え
る世界に身を置いていたからこそ、新しい視点で自分を見つめ直すことは大切である。「生
きる意味」を考えていくことで、今までにない物事に対する見方を得ることができれば良
い。最初から、「生きる意味」はないと決めつける必要はない。答を見つけ出すことだけが
大切なのではなく、その過程も大切である。
【第3回】オリジン(源)を見つける
「オリジナリティ」や「オーダーメイド」という言葉に対して、「人と異なった考えをも
つ」や「同調しない」ということを私は考えていた。しかし、今回の講義で、そうではない
ことに気づいた。自分で悩み、考えた結果が他人と同じであったとしても、そこには立派
な「オリジナリティ」があり、それは「オーダーメイド」である。「オーダーメイド」とい
う言葉には、深い意味がある。他人との共同作業という意味だ。「オーダーメイドの服」と
いっても、自分一人だけで作ることはできないのだから、考えてみれば当然だ。
それは、あくまで共同作業だ。しかし、共同作業という言葉を楯に、他人に流されてはな
らない。私は自分の中のオリジンを見つけたい。今回の講義で、気が楽になった。というの
も、今までは、「人と違うことをしなければならない」と考えていたからだ。結果的に人と
同じになったとしても、自分自身で自分のオリジンを見つけられたら満足である。
【第4回】情報と知識を得る
選択肢を多く得るためには、たくさんの情報や知識が必要だ。情報がなければ、私達はど
の方向に進めば良いか分からない。情報を理解するためには、それを理解できるだけの知識
が必要である。理解できなければ、情報を得ることはできない。
私達はいつか人生の選択を迫られる。そして、どの道に進むかを選ぶのは、他の誰でもな
く自分自身だ。その時に自分にとってベストの道を選ぶためには、多くの知識と情報をもっ
ておく必要がある。
今、私達は情報、知識を得ることのできる良い環境にいる。私達は大学で多くの授業を受
けることができる。授業の中で、知らなかったことを知り、新しい興味をもつこともでき
る。大学の授業だけで人生の選択ができるほどの十分な情報や知識を得られるとは思わない
が、私達は今、多くのことを見て、聞いて、感じて、考えることで、選択の時に必要な情報
と知識を手に入れなければならない。
【第5回】教養と品格を身につける
自分の「生きる意味」を考えるにあたって、自己否定は無意味であることがわかった。人
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9 人生・職業・社会Ⅰ
間の行動は、自己を肯定してほしい、肯定したいという思いゆえの行動だからである。なら
ば、否定に走るより、肯定できるようになるための努力をした方がよい。
今回の授業を受けて、「生きる意味」を前向きに考えていく糸口が見つかった。「いい人
生を送る」ための必要十分条件は「自分を磨く」ということだ。今、現に生きている自分
が、これから人生をどう送っていくかが大切なのだ。
自分を磨くとは、どういうことか。私は、自分の内面を豊かにすることだと考える。具体
的に言うと、教養を積み、品格を身につけることだ。自ら積極的に見聞を広め、いろいろな
社会の場で対応できるように努めなければならない。また、様々なことに対し、許すという
ことを覚えなければならない。これらは決してすぐに身につくものではない。私は大学で少
しでも変わることができれば嬉しい。
【第6回】家庭と仕事
ハッピーキャリアの5つのタネの中に、「働き方」のタネというものがある。女性は、男
性と違い、結婚すると出産や育児を経験するかもしれない。そうなると、会社の育児休暇な
どの制度が充実していない場合は、仕事を辞めることも有り得る。
そういったこともあって、私は結婚に関してあまり積極的になれない。しかし、今の社会
は子育てについての制度が充実し始めたので、女性にとって仕事と家庭の両立が不可能では
なくなった。それでもなお、私は女性としての働き方に迷いがある。仕事が続けられるとは
いっても、支障をきたして、どちらかが中途半端になるのではないかと不安である。どちら
か一方しか選べないと考えているわけではないが、家庭と仕事の両立は、私には難しそうに
思える。
実際、会社に入って、そういう状況になってみないと、答が出ないのかもしれない。しか
し、今から少しずつ、女性としての仕事と家庭の関係について考えていきたい。
【第7回】キャリア形成において、積極的な姿勢が大切だ
私は、今回の遠山顕さんの講演会を聞いて、大学時代の大切さを再認識した。遠山さんは
60歳になった現在、自分を振り返ると、大学時代が一番思い出がつまっていて、自分のキャ
リア形成において重要な役割を果たしているとおっしゃっていた。遠山さんが大学時代に打
ち込んでいた芝居が現在の土台を作り、在学中に習った英語での早口言葉が英語教師となる
きっかけを作った。
遠山さんの話を聞いていると、どれも偶然が重なっていて、それがたまたまキャリアにつ
ながっていると思った。でも、そこで見逃してはならないのが、遠山さんの積極的な姿勢で
ある。私は、遠山さんの好奇心とそれに対する積極的な姿勢がキャリアを作る一番のきっ
かけになっていたのではないかと思った。私もこれからあと3年ちょっとの大学生活におい
て、いろいろな経験をして視野をひろげていきたい。そうすればきっと、それが自分のキャ
リア形成につながるはずだ。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
【第8回】大学生活は将来のためのステップだ
今回の講義で改めて気づかされたことが2つある。1つめは、多くの人がそれぞれの生活
のために働いているということである。2つめは、やりがいのある仕事を見つけるか見つけ
ないかで、将来が多少左右されるということである。自分の興味や性格にあわない職に就
き、無理をして体を壊してしまうと、仕事を辞めなければならなくなる。医療費も払わなけ
ればならないので、生活は大変である。私はこの2つの話を聞いて、やりがいのある仕事が
将来に関係しているということに納得した。
私は、自分が就きたい仕事をまだ決めていない。ただ漠然と、英語に興味があるから、英
語を使った仕事に就きたいとしか考えていなかった。しかし、今回の講義で、その興味こそ
が重要だと気づかされ、もっと自分の興味の幅を広げ、もっと自分に向き合おうと考えた。
だから、この大学生活で自分と深く向き合い、多くのことを吸収していきたい。
【第9回】前向き実践型へ移る
今日、「若者の職探しの分類」で、4つの分類ができることを知った。私は「意欲空回り
型」に入る。私には、ぼんやりとだが、してみたいことがいくつかある。しかし、どの職が
向いているのかも、どの職が本当にやりたいのかも、わからない。
授業で、福女卒業生の進路のデータを見た。先輩方の実際の就職状況を目にして現実味
があった。3年後の自分がどうしているのか、少し不安になった。民間企業と言っても、
ひじょうに多くの民間企業がある。どの企業に就職するかによって、仕事内容や周囲の
人々が異なる。
そう考えると、何になりたいのかを決め、希望の就職先をいくつかに絞る必要がある。私
は、就職サポートのいくつかのサイトに興味をもった。それらのサイトを見て、またさらに
大学内のキャリア支援センターで先輩方の実際の報告書を見たい。一日でも早く、「意欲空
回り型」から「前向き実践型」へ移る必要がある。
【第10回】取捨選択された情報の背後を理解すると同時に、取捨選択された情報を見極めて
いきたい
新聞やテレビなどの情報は、取捨選択されている。確かに、その通りである。限られた範
囲の中で情報を伝えるには、情報の取捨選択が必要である。それゆえに、その情報を見極め
るということを、私たち自身が自分で行わなければならない。
私たちは、主に新聞やテレビ、インターネットなどから情報を得ざるをえない。これらの
情報発信元から情報を得ないと、日常生活で、世界で何が起こっているのか、私たちは知る
ことができない。何らかのかたちで取捨選択された情報だと理解していても、私たちがその
ようにしてある程度の情報を得ることは、私たちにとって必要である。
したがって、情報を受け取る際、私たちには様々なことが要求される。取捨選択された情
報だけでなく、その背後の情報も自分で理解しようとすることや、取捨選択された情報の見
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9 人生・職業・社会Ⅰ
極めをすることである。今の私には難しくて、できる範囲が限られている。しかし、これか
ら、その力を少しずつ伸ばしていきたい。
【第11回】立場を変えて現状を見つめ、世の中を知り、自分の意見を確立させていきたい
今日の授業では、前回のテーマである「疑い深く生きる」ためには、具体的にはどうした
らよいかが分かった。それは、立場を変えて現状を見つめることである。
配付された資料には、海外諸国と日本の大学では学費がどれほど違うかが載っていた。
学費が最も高い日本の私立大学とドイツの大学を比較すると、日本人1人を通わせる分の
お金で、約64人のドイツ人を通わせることができる。いかに日本の大学の学費が高いかが
分かった。今までは、私は学費について、日本の私立、公立、国立の大学の比較をしたこ
とはあった。しかし、もっと違う立場(海外)に立つことで、日本の現状が見えてくるこ
とに気づいた。
自分の人生を大切に生きるために、疑い深く物事を見る。そのツールとして、立場を変え
て現状を見つめる。今からこの姿勢を大切にして、もっと世の中を知り、それを自分の中に
取り込んで、自分の意見を確立させていきたい。
【第12回】現代の社会における非正規雇用の影響
私が非正規という形の雇用を認識したのは最近だ。パート・アルバイトという言葉につい
ては、ある程度身近に感じていた。しかし、派遣・契約社員という言葉については、名前ぐ
らいは知っていたものの、具体的な知識はなかった。最近になって、そのような言葉を目や
耳にすることが多くなり、そのような雇用について知る機会があった。非正規雇用は、格差
が叫ばれる現代の日本社会において、重要なポイントになっていたのだった。
非正規雇用が増加する社会と対照的なのが、日本的経営を基盤とした戦後の社会である。
両者の相違点は数多くあるが、その中の1つに、自分が勤める会社に対する忠誠心や愛着心
が育ちやすいか否かという問題がある。日本的経営が崩れつつある現在の社会では、こうし
た精神をもつ人々が減ってきている。確かに、こういった精神が人々から公平な判断力を奪
う要因の1つになっている。しかし、これは働く意欲にも繋がるはずだ。現代の実情は望ま
しくない。
【第13回】制度改革とともに社会の意識改革をもっと進めるべきだ
女性が社会に進出しだしている今、育児・家事における女性の負担が昔と変わっていない
というのは問題である。実際、育児休業をとる夫は少ない。特に共働きの場合は、育児・家
事の負担は女性の方が大きくなりがちである。妻が望んで負担している場合は、他人が口を
出す問題ではない。しかし、妻が夫の協力を望んでも、夫が妻に任せきりにしたり、夫自身
は協力したいと思っているが家事や育児が理由では仕事を休みにくいという状況があったり
すれば、これは社会的問題である。なぜならば、そのような社会には、性別を理由に役割を
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
付与する構造があるからだ。
今、育児・家事に積極的に参加しようとする男性は、昔よりほんの少しだが増えているそ
うだ。育児休暇の制度があっても、休暇をとりにくい環境があるなら、それは無意味であ
る。女性にばかり家庭的要素を求める社会は、遅れた社会である。日本はアジアの先進国代
表として、制度改革とともに社会の意識改革をもっと進めるべきだ。
【第14回】自分が理想とする人生・職業・社会
私は、自分の将来を思い描くのが好きだ。自分の理想像を想像すると、未来に希望がもて
る。それに向かって何か行動を起こしたくなる。高校生までの私は、本当に自分が好きなよ
うに考えていた。「高校、大学を卒業してすぐに結婚すればいいから、仕事なんかしなくて
も問題ない」。ずっと、そう考えていた。「仕事をしなくったって、自分の家庭をもって、
普通に生きていければそれでいい」。ずっと、そう思っていた。
しかし、大学生になって、この福岡女子大学に入学して、いろいろなことを学んできた
今、あの頃の私は何も知らなかったのだということを思い知らされた。「人生・職業・社会
Ⅰ」や教職の授業を受けていく中で、思い描く理想の形が変わってきた。昔と考え方が最も
変わった点は、受け身の人生よりも、自ら積極的に行動する人生を望むようになった点だ。
以前は、仕事をしないなんていうとんでもないことを考えていた。しかし、今は、自立した
女性にとても憧れている。仕事をしない人生なんて考えられない。むしろ、今の時点で早く
働きたいと思っているくらいだ。
そう思えるようになったのは、先ほども述べたように、この授業や教職の授業でよい刺激
を受けることができたからだ。そして、人生で初めて受けたキャリアカウンセリングがとて
もためになった。1年生で将来の仕事について深く考えるなんて、早すぎるかもしれない
と思った。しかし、まったくそんなことはない。むしろ、今のうちから自己分析をすること
は、とても大事なことなのだと深く感じた。自分は就職して、一体何がしたいのか。どんな
職種なら、打ち込むことができるのか。カウンセリングを受けることによって、私は自分一
人では見つけられなかったであろう「企画」という答を見つけることができた。物でもイベ
ントでも、多くの人々の心に伝わるもの、今まであったようでなかった新しいものを、私は
発案したいと思っていたということが、わかってきた。
しかし、具体的にどの分野で働きたいのかは、まだ決まっていない。しかし、「企画」と
いう目標が見つかってからは、以前よりも新聞記事やニュース番組の様々なところに興味を
もてるようになった。それぞれのちょっとしたところでも、表面的な部分だけでなく、そ
の裏やそれが成立するまでの過程など、深いところを追究したいという気持ちになった。将
来、自分が自分に最適の職場で働く様子を考えると、本当にわくわくしてくる。男性に負け
ない仕事力、行動力、統率力を身につけ、その仕事が自分の人生の生きがいだと思えるよう
に頑張りたい。
仕事をこなしていくと同時に、自分の家庭もしっかり支えていきたい。以前は、結婚後は
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9 人生・職業・社会Ⅰ
専業主婦になるか、一旦仕事をやめて子育てが落ち着いてからまた仕事をしたいと考えてい
た。その理由は、現代社会では、青少年の非行や精神的な問題が何かと多く存在し、それが
家庭環境によって左右されるという話をよく耳にしていたからだ。子どもを保育園に預けて
仕事に行くのは、子どもに寂しい思いをさせてしまい、かわいそうだと思っていた。仕事を
したいという気力がさほどなかった以前なら、会社をやめる道でも構わないと思っていた。
しかし、今はそう思わない。自分が一生懸命自己分析をして、せっかく勝ち取った道を捨て
てしまうのは、とてももったいない。
よく、子育てをしながら資格を取得して、その後に新しい仕事に就くという将来計画を聞
くが、私は、新しい職業に就くというのはそう簡単にできることではないと思う。もちろ
ん、パートやアルバイトなら話は別だ。私は仕事をするなら、正社員としてしっかり働きた
い。パートやアルバイトを悪く思っているわけではないが、正社員の方がやりがいのある
様々な仕事ができるし、サポート体制も充実していると考えるからだ。そう考えているの
で、私の場合、一旦仕事をやめて、その後で再就職することを考えるのは難しい。よっぽど
の能力があるなら話は別だと思うが。私は、子育てをしながら仕事は続けたい。そうなる
と、就職先は、女性へのサポート体制が特に充実している企業を選ばなければならない。
今の日本社会は、かなりの悪循環になっている。少子化と言いながら、女性への抜本的な
対策がまだとられていない。女性が社会進出をしている現在、晩婚化や少子化は、女性が結
婚しにくい、子育てをしにくい体制によってもたらされている。女性が高い能力をもってい
る今、女性に対して(制度的に)優しくない企業は、今後成長できるのか。私は、できない
と思う。逆に、男性も女性も同じように能力を発揮できる企業は、確実に成長するのではな
いか。私は、すると思う。結婚・出産後に再び戻ってきやすい職場は、とても魅力的だ。就
職する企業は、女性としては私は、このような企業がいい。この企業のためになら一生懸命
働ける、自分が大いに成長できるという企業を早く見つけて、理想に少しでも近づけるよう
に努力したい。
9-2 平成20年度前期「人生・職業・社会Ⅰ」
職業キャリア導入教育科目では、オンデマンド学習システムを構築し、情報ネットワーク
を使って、授業内容を学生がいつでも繰り返し学習できる環境を整えることになっている。
平成19年度(2007年度)後期に試行的に実施した「人生・職業・社会Ⅰ」の授業内容は、こ
のオンデマンド学習システムを用いて学習できるようにした。そこで、平成20年度(2008年
度)前期に開講した「人生・職業・社会Ⅰ」では、せっかく構築したこのシステムを用いて
授業を実施した。
第1回の授業では、オンデマンド学習システムの使用法や授業の進め方などについて受講
者に説明しなければならないので、前年度と同様の仕方で授業を行った。しかし、第2回以
降の授業では、受講者があらかじめオンデマンド学習システムで学習して、論評文を作成し
てから授業に出席するようにした。そのため、授業では、「三角(参画)討論」と「全体討
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
論」だけをじっくり行うことができた。ゆとりのある時間配分で、じっくりと発表と討論が
できたので、受講生にも好評だった。「話し合いが楽しいので、授業が楽しみ」「たくさん
話し合うと、それだけ力がつく」といった感想が多く寄せられた。オンデマンド学習システ
ムを有効に活用することができたと言える。
キャリアの視点からの英語学習講演会の内容については、いろいろの関係でオンデマンド
学習システムに搭載することができなかった。受講者数は、1年次学生79人だった。
参考として、授業で提出された作文を各回につき1例ずつ紹介する(35)。作文のタイトル
は、受講者本人が付けたものである。
【第1回】私だけの生きる意味を創る
私もよく自分の生きる意味を考える。それを見つけたくて大学に入った。今日の話で、生
きる意味は自分で創りあげるものだと聞いて、少し安心した。これから私は、私らしい、私
だけの生きる意味を創っていきたい。
そのために何をするか。まだ、たった18年しか生きていない。そんな私の視野は、きっと
とても狭いだろう。もっとたくさんの経験をして視野を広げていくことが、私にはまず必
要だ。長い人生の中で、もしかしたら生きる意味はなかなか創ることができないかもしれな
い。あるいは、いつのまにか完成されているのかもしれない。どうであれ、私はとにかく
もっとたくさんのことに触れていこうと思う。
私は今、学生であり娘である。この役割も、考えてみれば私の生きる意味かもしれない。
私が元気だとうれしいと母は言う。母を幸せにする、私の生きる意味。こんな素敵な意味
を、欲ばってたくさん創っていきたいと思った。
【第2回】私は何者か
現時点で、私にとっての「生きる意味」とは、自分が何者であるかを考え探していくこと
である。自分が望む将来に向かって努力し、その足跡を定期的に振り返る。そのことで、長
い人生の間に、「自分はこうなりたくて、こんなふうに努力してきたのだ」と実感できれ
ば、私にとっての「生きる意味」が存在していると思える。
「生きる意味を探さない方が良い」「探しても分からない」という意見があった。私は驚
いた。確かに、探せば必ず見つかるという保証がない以上、その意見にも頷ける部分もあ
る。しかし、私は「生きる意味」を探していきたい。たとえ自分を振り返って、何のために
生きてきたのか明確にわからなかったとしても、私は落胆しない。自分が何者であるかを常
に模索してきたということは、私にとって大きな財産になるだろうし、それまでの過程は決
して無意味なものではないと思うからだ。
【第3回】「人のため」が「自分のために生きること」である
人生とは何なのか。その答は未だ分からないけれど、生きていることには意味がある。人
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9 人生・職業・社会Ⅰ
生を天気にたとえてみると、人生の天気は変わりやすい。ある人が言ったたった一言で、嵐
が吹き荒れることもある。雲が吹き飛ばされて晴れることもある。自分もまた、他人の天気
に影響を与える存在である。
人は一人では生きていけない。だから、お互いに助け合い、支え合って生きていく。自分
の生きる意味は未だ分からないけれど、自分が誰かにとって意味のある人間として存在して
いるなら、それは意味のあることである。できるだけ、他人の心の雲を吹き飛ばす存在であ
りたい。自分のためだけに生きていては、私は生きる意味をすぐに見失ってしまいそうにな
る。だから、私は自分のためにも、他人の心の雲を吹き飛ばして生きていきたい。自己満足
かもしれないが、そうすれば生きる勇気が湧いてくるから。
【第4回】悩むことは悪いことではない
今回の講義は、とてもためになった。私もささいなことで悩んで悩んで落ち込むタイプだ
からだ。「悩んでいる自分を客観視する」などということは、今まで考えもしなかった。悲
観的に自分を見ても、何も変わることはない。逆に、どうにもならないならしょうがない、
次はがんばろうと肯定的になれば道が開ける。「生きる」ということでも、同じことが言え
る。「生きる」ことを否定できない以上、「生きる」ことを肯定的に捉えた方が得である。
そのためには、失敗したことや、他人と比べて自分が劣っていることをくよくよ悩むので
はなく、一日一日の楽しかったことや、嬉しかったこと、感動したことなどを大切にする必
要がある。そのような小さな出来事に出会うために「生きる」のも、立派な「生きる意味」
になるのではないか。今まで私は、「生きる意味」を探すことにやっきになっていた。しか
し、考えてみれば、職業も社会における役割も、それ以前に「生きる」ということが前提と
してある。
【第5回】悩むことにより起きる自己肯定
私は「悩む」ということは、自己否定につながると考えていた。だが、それは違ってい
た。私が今回知ったことは、「悩む」ということは、自己を評価し向上させようとしている
から発生するのであり、無意味な自己否定とは違うということだ。
私たちは、自分という存在を大切に感じるから、つまり自己肯定をしているから悩む。
「悩み」というものは、自分が今の状態に何らかの疑問をもち、前へと進もうとしていると
きに発生する。普通、自分の人生を丁寧に生きようと思わなければ、前へ進もうと考えない
だろう。前へ進もうと考えなければ、悩みは発生しないだろう。
つまり、「悩む」という行為は、社会的存在である人間としての私たちを成長させるもの
である。私は、人間として成長するために、自分の中にある「悩み」と素直に向きあい、自
分を磨いていきたい。
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【第6回】ハッピーキャリアへの第一歩
私は将来就きたい仕事を探している途中である。中学校や高校でも自分の進路について考
えてきたが、曖昧なイメージしかもつことができなかった。しかし、今回の講義で、その理
由に気づいた。職業や雇用に関する私の知識が不足していたからだった。
今まで私は、自分がやってみたいと思う仕事に必要な技術や資格のことばかりを考えてい
た。「自分が興味をもった分野にどんな企業がどんな目的で取り組んでいるのか、そこで働
くとどんな働く形態や将来の自分のライフスタイルが予想されるか」ということなどは考え
たことがなかった。こうしたことを考えることが、将来について具体的にイメージするには
不可欠だった。
私は今、ようやくスタートラインに立つことができた。これから4年間の大学生活で、自
分が本当にやりたいことだけでなく、それをどこでどのようにやるかを探していく。それが
私にとってのハッピーキャリアへの第一歩だ。
【第7回】不確かな未来予想図
弱冠18歳の私に、老後の生活まで考えろと言われても、正直言って困る。どんな職業に就
きたいのかさえ未だにはっきりとしていない私が、60歳を過ぎた自分をどうして想像できる
だろうか。
退職と年金生活の間にある5年という途方もない時間。少しずつ少しずつ低所得者に残酷
になっていく介護保険制度。知識としては知っていた。憤ったし、気の毒に思った。しか
し、やはりどこかで他人事だった。そこで、無理にでも想像してみることにした。望んだと
ころに就職できるだろうか。早速ここでつまずきそうだ。退職まで無事でいられるだろう
か。リストラという単語が頭をよぎる。きちんと退職金をもらえるのか。否、その前に、結
婚しても仕事は続けるのか。様々な不安要素がごろごろと転がっている。
今の私にはとても見通し切れない未来だが、時間は決して止まらない。私にできるのは、
現実から逃げない覚悟をもつことだけだ。
【第8回】夢追い型から脱出する
若者の職探しの分類でいうと、私は「夢追い型」に近い。将来やりたいことは、自分の中
に漠然とだがある。しかし、目標達成のために何をすればいいのか、まったくわからない。
解決策を見つけようともせず、毎日がただ過ぎていくばかりだ。最近、私はそんな自分が嫌
になる。口で言っているばかりでは、何も見えてこない。行動が伴わなければ、まったく意
味がない。
現在、雇用情勢が改善されている。景気が回復し、団塊の世代が大量退職するからだ。そ
んな恵まれた時代に就職する自分だが、このままではチャンスを逃してしまうだろう。未来
の自分のそんな姿を想像すると、今何かしなければと強く思う。だから、これからは、口ば
かり、考えるばかりではなく、まず行動していくことから始めたい。未来の自分が少しでも
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9 人生・職業・社会Ⅰ
幸せな人生を送れるように、私は今、この時期に努力していくようにしたい。
【第9回】メディアリテラシーの先へ
自分が受け取る情報や周囲の情報について冷静かつ批判的な判断を下す能力、それがメ
ディアリテラシーである。私はある時まで、メディア、特に新聞の情報を疑いもしていな
かった。しかし、たまたま自分が詳しく知っているある事柄がテレビで報道されているのを
見た時、おかしいと思った。確かに、嘘ではない。だが、どう考えても説明不足で、何も知
らない人が見たら絶対に勘違いすると思った。その時から、メディアはすべてを伝えている
わけではないと、はっきり認識するようになった。
しかし、私はその後、疑いをもつことはしても、その先の真実を知ろうとしていただろう
か。この報道はおおげさではないかと考えても、そこで終わっていたのではないか。私たち
がすべての情報について真実を知ることは、当然不可能である。しかし、これからは、自分
が本当に必要とする情報についてだけでも、自分の力で考えていくべきだと思った。
【第10回】流されやすい日本人
「日本は世界で最も学費が高い国」。そんなこと、この授業の資料を見るまで知らなかっ
た。いや、知ろうともしていなかったというのが、正しいのだろうか。私は、親が必死に働
いて得たお金に頼り、奨学金を貰い、大学に通うことができている。もちろん、だからこそ
きちんと就職し、親を安心させなければと考えていたが、学費がなぜこんなに高いのか?と
いう問いには、考えが至らなかった。その理由は、この国ではそれが当たり前だと認識され
ているからだ。
世間が当然だと認識することに、私は見事に流されている。そして、そのことに気づきも
しなかった。もし世の中が、戦争は当たり前、ピストルの所持は普通になったら、私はそれ
にも流されてしまうのだろうか。それは絶対に嫌だと思う。自分でしっかりと考えること、
疑問に思うことの大切さを実感した。日本人は周りに流されやすいと言うけれど、何も見な
いまま、考えないままに流されていては、気づけば恐ろしい場所にいるということにもなり
かねない。
【第11回】一人でも多くの女性が社会で活躍し、女性の社会的地位を向上させる
女性の非正規雇用率の高さに私は驚いた。なぜなら、私はこのまま大学を卒業し、どこか
の会社で正規雇用で働いているだろうと、ぼんやりと考えていたからだ。しかし、女性の半
分は非正規雇用で働いているそうだ。私は自分が希望する業種で、しかも正規雇用で働ける
のだろうかという不安を抱いた。
私は、この不安と同時に、悔しさも覚えた。今まで男性と同じように勉強してきたのにも
かかわらず、女性というだけで正規雇用で働けないことがあるからだ。私は、この問題は日
本社会の風潮だから仕方がないと諦めたくない。だからといって、学生の私にできることは
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
数少ない。だから、私のできることの一つとして、今は就職に向けて大学で多くのことを学
び、社会に出た後、男性よりも活躍できる力を養う。一人でも多くの女性が社会で活躍し、
女性の社会的地位が向上することを願うと同時に、私もその一人になれるように、様々な経
験を積んでがんばりたいと思う。
【第12回】今の行動が未来を切り開く
講義のまとめを聞いて私が感じたことは、法律は少しずつ改正され一歩ずつ良くなってき
ているが、私たち国民の感覚がそれに追いついていないということである。家事や育児をす
るのは母親だという固定観念が今でも残っているし、「女社長」や「女医」という言葉はあ
るのに「男社長」や「男医」などは聞いたことがない。私たちは気づいていないところで、
未だに男女差別を継続して行っている。こうした事態に目を向け、気持ちの面を改善しなけ
れば、男女差別はなくならない。
改善のために私たちがするべきことは、均等法成立直後の女性たちが行ったように、自ら
差別に立ち向かっていくことだ。「女性には無理だ」と言われていることにも積極的に挑戦
したり、女性がしたことのないことに取り組んだりする。男性も家事や育児に参加したり、
女性に対する偏見を捨てたりするべきだ。このようなことを意識して行動し、いつかそれが
普通のことになれば、未来の社会では差別などなくなるはずである。
【第13回】考えて、書いて、知る
「人生・職業・社会Ⅰ」の授業を受けて、私は現実を知った。社会では、非正規雇用が増
えている。このような状況の中、正規で雇用され身分が保障されながら働くことは難しい。
女性の社会進出が進んできたとはいえ、女性が社会で働くには、男性よりももっと困難が多
い。生活するためには働かなければならない。同じ働くなら、楽しく充実している方がより
よい。私は近い将来、楽しく充実した生活を送れるのだろうか。
この授業では、はじめに「生きる意味」について考えた。生きる意味は、感動することで
ある。生きる意味は、自己を肯定することである。生きる意味は、そもそも存在しない。な
どなど、さまざまな意見があった。しかし、私には、どの意見もピンと来なかった。私は、
自分の生きる意味は自分で作るものだと思う。何千年も前から、多くの人が生きる意味を考
えてきた。しかし、いまだに多くの人が生きる意味を考えている。それは、きっと、みんな
自分がこれだと思う答がなかったからだ。自分が納得できる生きる意味を探すことは難しい
ということだ。だから、自分の生きる意味を自分で作ればいい。人は成長するから、普遍的
な生きる意味でなくていい。今の私が生きる意味を作ればいい。その過程で考えるというこ
とが大切である。なぜならば、たとえ答が出なかったとしても、考えることで人は成長する
ことができるからだ。
次に、ハッピーキャリアについて考えた。そのときに、書くことの大切さを知った。この
授業では、毎回400字の作文を書いてきた。考えは表現しないと伝わらない。だから、自分
− 162 −
9 人生・職業・社会Ⅰ
の考えを自分の言葉で表現することが大切だ。しかし、とても難しいことでもあった。400
字の作文を書き始めた当初は、書き上げるのに2~3時間かかっていた。そして、長い時間
をかけても、自分が伝えたいことをうまく書けていなかった。しかし、何回も400字の作文
を書くことで、自分が伝えたいことを書けるようになってきた。訓練は必要である。
また、書くことには、①自分のことを振り返ることができる、②セルフカウンセリングの
効果がある、③「書くこと」自体に成功を引き寄せる力があるということを知った。③の効
果についてはまだ実感したことはないが、①と②の効果については私も同じ考えである。私
は高校生のころから、毎日2~3行の日記を書いている。書くためには、その日一日を思い
出さなければならない。だから、その日の自分を振り返ることができる。また、自分が思っ
たことを書くことで、頭が整理される。自分を客観視できる。他人の責任だと思っていたこ
とも、実は自分の責任だったと気づくことも多かった。自分が伝えたいことを表現し、自分
を振り返ることは必要である。
最後に「職業や社会の現実」を考えたとき、知ることの大切さを感じた。自分に知識がな
いと、情報を鵜呑みにしてしまう。人の話を完全に理解することができない。たとえば、私
は「試合に勝ったチームが、負けたチームの分まで頑張る」ということの意味がよくわから
なかった。勝ったチームは負けたチームのことを考えなくてもよいと思っていた。きれいご
とだと思っていた。しかし、高校で私の考えは変わった。私が部内戦の1次リーグで勝ち残
り、2次リーグに進んだことがあった。しかし、2次リーグでの私の試合は最悪だった。1
次リーグで私に負けた人たちは、2次リーグの私の試合を見てどう思っただろうか。「自分
が出ればもっとよい試合をしたのに」と思っただろうか。そのときに、私は「負けた人の分
まで頑張る」ことの意味がわかった。負けた人は次の試合に出られない。負けた人たちの代
表者として自分が頑張らなければならないのだと気づいた。この体験がなかったら、きっと
今でもきれいごとだと思っていたかもしれない。
知ることは、経験することである。経験は、体験することだけでなく、伝聞も含む。経験
を積むことでわかるようになることは多い。就職の話はまだまだ先のことだと思っていた
が、就職についてはよく考えなければならない。楽しい生活が生活に潤いを与え、充実した
生活が楽しい生活につながる。プラスのスパイラルを作りたい。自分が興味があり好きな仕
事をしたいが、それにはそれ相応の努力をしなければならない。また、そもそも自分がした
いことだけができる仕事はまずないから、嫌なことがあっても続けていけるくらい好きな仕
事を見つけたい。興味のないことからも、楽しさを見つけることができるタフさも身につけ
たい。人生に無駄なことは何もない。大学時代に何を学ぶか。今の私にできることは、考
え、書き、知ることだ。ほんの少しの勇気を出して、様々な人と出会い、様々なことに挑戦
していく。
9-3 平成21年度前期「人生・職業・社会Ⅰ」
平成21年度前期の授業方法等は、平成20年度前期の場合と基本的に同じである。第1回の
− 163 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
授業では、オンデマンド学習システムの使用法や授業の進め方などについて受講者に説明し
なければならないので、前2回と同様の仕方で授業を行った。しかし、第2回以降の授業で
は、受講者があらかじめオンデマンド学習システムで学習して、論評文を作成してから授業
に出席するようにした。そのため、授業では、「三角(参画)討論」と「全体老論」だけを
じっくり行うことができた。
授業アンケートでは、「毎回作文を書くので、作文がスラスラ書けるようになった。作文
を書くことに対する抵抗感が少なくなった」「自分から発表しようとしたり意見を言おうと
したりする姿勢が身に付いた」「学生と教員のいろいろな意見を聞くことができるので、自
分自身の考え方が広がったり深まったりした」といった回答が寄せられた。受講者数は、1
年次学生60人だった。
参考として、授業で提出された作文を各回につき1例ずつ紹介する(35)。作文のタイトル
は、受講者本人が付けたものである。
【第1回】自分の人生について
今回の講義でのように、問いかけられることがなければ、日常生活の中で「自分の人生」
というものについて考えてみる機会はそれほどないということに私は気づいた。自分がした
いこと、就きたい職業、欲しいもの、それが一番であるのに、今の時代では、それが周りの
意見に確かに左右されがちになっている。
自分らしい生き方をすることが、自分の人生を満足なものにし、幸せにつながる。しか
し、現在では、有名な大学に入り、有名な会社に入ることが、人生の成功だと考えている人
が多い。現代の人々の価値観からすると、それが成功であるが、自分の「生きる意味」につ
いて考えると、自分がやりたいことをやって、最後に自分の人生を振り返ったときに、自分
の満足がいく人生になっていることが本当の成功である。
このことに気づいた今、私はこれからの人生を悔いのないように生きるため、自分らしい
ものの考え方をして、自分の「生きる意味」を探していきたい。
【第2回】生きがいを見つける
自分がやりたいことをするのは困難だ。しかし、それ以前に、やりたいことを発見するの
も困難だ。そのためには、たくさんのことを学び、経験し、感じ取り、自分の世界を広げる
必要があるからだ。そのためには、いつも前向きに考え、向上心を持ち続けていなければな
らない。
私は、「生きる意味」はそこにあると思う。自分がやりたいことを遂行するため、あるい
は発見するために、前向きに生きていれば、そこではおのずと「生きる意味」がついてく
る。困難なことをクリアして、自分がやりたいことを手に入れることができれば、それが必
ず「生きがい」になる。
私は今、自分が一生をかけてやりたいと思えることを探している。在学中にそれに出会え
− 164 −
9 人生・職業・社会Ⅰ
るかもしれないし、もしかしたら気付かないまま社会人になってしまうかもしれない。それ
でも、私は自分の「生きがい」になるものを一つでもいいから見つけたい。なぜならば、
「生きがい」があれば、どんなに年を取っても、それが自分に「生きる意味」を与えてくれ
ると思うからだ。
【第3回】自己のオリジンの追求
私は何を求めているのか。私は将来何をやりたいのか。私は中学生の頃から、この問題に
悩まされてきた。比喩的に述べると、それまで必要としなかったオーダーメイドが欲しくな
り、そのくせ材料や製作者の多さに困ってしまっている。しかも、作り直しがきかないよう
に私は感じ、ますます決めづらくなっている。
私は迷った挙句、自分の希望と現実のずれを感じて後悔することが多かった。「自分が思
うようにしよう」と決心しながらも、「自分をこんなに悩ませるなら、最初から決めておい
てくれ」と言いたかった。言い換えると、私は「人生を考えること」が嫌だった。自分に向
き合うのが怖かった。失敗したときの責任を、誰か他の人に押し付けたかった。
しかし、私が自分を見つめなければ、自己の本当の欲求はわからない。生きている意味を
感じ、人生の意味を見出すためには、それなりの代償、すなわち苦労が必要である。私はこ
れを機に、まず自己のオリジンを追求したい。
【第4回】悩むこと、生きること
私は、悩むことの少ない中学時代を過ごした。というのも、中学時代は、日々がそれなり
に楽しく、私はそれに満足していたからだ。それが、高校生になると、変わってしまった。
毎日、くだらないことで私は悩み、「生きる意味」について真剣に考えるようになった。今
回の講義を通して、「悩むことは自己肯定を前提としている」ということを私は知った。し
かし、今生きている自分を、「お前はだめな奴だ」と自分が否定している。考えてみると、
とても不思議な話だ。自分自身で作り上げた自己を、なぜわざわざ自分で否定しているのだ
ろうか。
私は「人生がうまくいくのは当たり前だ」と思っていた。しかし、高校時代は中学時代と
違って、勉強も友人関係も恋愛もうまくいかないことが多かった。思いどおりにいかない人
生に私は納得できなかった。つらい高校時代だった。しかし、同時に得たものもある。それ
は、私を支え許してくれた友人の存在である。そのような友人に出会えなかったら、今の私
はないと思う。振り返ってみると、うまくいかない人生が素晴らしいと思う。うまくいかな
い人生だからこそ、そこでわかること、学ぶことができるものがある。そう考えると、講義
で先生がおっしゃったような「悩みすぎない人生」が歩めると私は思う。
【第5回】感動を覚えるということ
感動を覚えるということこそが、自分の人生を素晴らしい人生にする鍵である。人間誰も
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
が感情をもっている。感情をもってこそ人間である。それゆえに、感動を覚えることが人間
性を高めることにつながる。
自分が今まで知らなかったことに触れて感動を覚えれば、自分の新しい可能性を見出して
いける。感動を覚えることのこういった積み重ねが、自分の視野を広げ、感性を豊かにし、
人間性を高める。すると、人生に充実感も出てくる。もちろん、人生は山あり谷ありで、
一筋縄でいかないこともたくさんある。自分の新しい可能性を見出すような感動は、もしか
したらなかなか覚えることはないかもしれない。しかし、少し疲れたときにふと空を見上げ
て、その美しさに感動することもある。わりと多くの人に、そんな経験があるはずだ。そん
なささいな感動を私は大切にしていきたい。
【第6回】女性として働く
女性の社会進出は、少子化とよく関連付けられる。しかし、ビデオで紹介された統計によ
れば、働いていて経済力をもっている女性が多い県ほど、より多くの子どもが生まれてい
る。このことを知ったときには、私は本当に嬉しかった。
たしかに、子どもを産むことができるのは女性である。男性には無理である。少子化問題
の表面部分しか理解していない人は、「女性たちが本来の役割を果たさずに、生意気にも社
会に出て働こうとするから、少子化が深刻化している」と考えているようだ。女性の役割を
妊娠と出産だけに限定したこの短絡的な発想が、女性の社会進出を阻害し、女性を経済的弱
者にしている。その結果、生まれる子どもの数が減少し、少子化が進行する。
出産という行為は、母体にある程度のリスクを負わせる。女性が働いている場合には、勤
務にもハンディを生じさせる。このような状況が白眼視されない社会をこれから作り上げて
いく必要がある。
【第7回】私にとっての働くこと
将来のことを考えると、たしかに若いうちにある程度の貯蓄をしておく必要性がある。け
れども、だからといって、給料が高い仕事に就けば幸せになれるというわけでもない。その
ような仕事をしても、その仕事に何の楽しみも感じられなかったら、それは苦痛でしかな
い。結局は、その仕事を辞めてしまうことになる場合も多い。少なくとも、精神面で大きな
負担がかかってしまう。働く以上、嫌なことも苦手なことも避けられないのは仕方がない
が、それを最低限に抑える工夫はできるはずだ。
働くということは、その仕事が好きだというだけでできるものではない。しかし、生活のた
めに必ず仕事をしなければならないのなら、好きな仕事を楽しんでやる方が張り合いがある。
他人が見たら、「なぜそんなつまらない仕事を」「なぜそんな嫌な仕事を」というような仕事
であっても、私自身が一生懸命になれたり、やりがいを感じたり、満足できたりするような仕
事であれば、それは素晴らしい仕事である。私はそんな仕事を見つけ出して働きたい。
− 166 −
9 人生・職業・社会Ⅰ
【第8回】受け取り方が重要だ
これから2年後に迎える就職活動で、私が何よりも重要だと思うのは、その時の状況の受
け取り方だ。というのも、景気がよくても悪くても、それぞれにメリット、デメリットがあ
るからだ。私の高校時代のある先生は、こう言っていた。「景気がよければ就職活動は楽だ
が、同期が多いのでライバルが多い。景気が悪く就職難であれば、企業に実力を認められて
入社できる人は少ないので、入社できればライバルが少ない」。この話を聞いて、時々の状
況に一喜一憂する必要はないということが私はわかった。
しかし、そのようなことが言えるのは、本当に実力をもった人だけだ。今の私は、この話
に納得はするが、就職活動が怖くてたまらない。私は、苦手とする作文も、自己アピール
も、教養というものも、これからこつこつと身に付けていかなければならない。今までの私
は、考えはしてもなかなか実行できないタイプだった。私は、そんな性格から脱出して、行
動力にあふれる新しい自分になりたい。
【第9回】疑問をもてる心を育てる
「疑い深く生きる」とは、どのように生活することなのか。どうすれば膨大な量の情報を
冷静に処理し、自分で選択できるようになれるのか。私は今回の講義ビデオを見て、とても
怖くなった。
小中学校の教員に「新聞を読みなさい」と教わってきた私は、高校生のときの教員から
「新聞を読むことは大切だが、それを鵜呑みにしてはだめだ」と言われたが、そのときはい
まひとつピンとこなかった。新聞を読めば、世の中のことを知ることができると思っていた
からだ。しかし、今回の講義内容を理解すると、その考え方は間違っていた。新聞をはじめ
とする各種メディアから私たちが受け取っている情報は、世間で起こっていることのほんの
一部でしかない。
それゆえに、私たちは新聞などのメディアから得た情報を吟味して理解こそすれ、鵜呑み
にしてはならない。「疑い深く生きる」には、情報を鵜呑みにしないだけの知識と判断力を
養っておくことが必要である。「疑問をもてる心」を私は育てたい。
【第10回】決め付けることをやめる
日本は他国に比べて学費が高いという話を聞いて、私は最近聞いた奨学金の話を思い出し
た。今、日本では、働いていても奨学金を返還しない人が増えているそうだ。中には、自分
の贅沢のために、故意に返還しない人もいるそうだ。
この話を聞いたときに私は、「返すつもりがないのなら、最初から借りなければいいの
に」と考えていた。つまり、奨学金を借りたのに返さない人たちを悪者扱いしていた。しか
し、たとえばフランスのように、国が教育に力を入れていて、学費がそれほどかからないな
らば、そもそも奨学金などを借りる必要がない人たちが増えるはずである。そう考えると、
誰が悪いなどと一概に決め付けられないのではないか。そんなことに、授業を通して私は気
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
が付いた。
「誰が正しくて、誰が間違っている」とか「当たり前だ、仕方がない」とか決め付けてし
まえば、それ以上話は前へ進まない。疑い深く生きるには、まずは決め付けることをやめ、
物事を柔軟に受け止める姿勢を身に付ける必要がある。
【第11回】正規雇用と非正規雇用の格差を縮小する
現在、働くスタイルの多様化にともない、正規雇用から離れ非正規雇用に移る労働者が増
えてきている。たしかに、非正規雇用で働けば、小さな子どもがいる家庭の人々や、時間に
都合をつける必要のある人々にとっては、便利な側面がある。しかし、問題点もある。正規
雇用と非正規雇用の間に存在する所得格差の問題である。
所得格差が生じる一要因として、正規雇用と非正規雇用の間には、職業能力開発の機会の
格差があることが挙げられる。すなわち、正規雇用では技術を身に付けられるが、非正規雇
用ではいつまで経っても技術を身に付けられないことが多い。その結果、正規雇用を重視
し、非正規雇用を軽視するのが当然のように思われている。
しかし、非正規雇用の場合でも、正規雇用と同等以上に働いている場合もある。そのよう
にして非正規雇用で長期間働いている場合は、給料を上げたり職業能力開発の機会を与えた
りして、正規雇用との格差を縮小する必要がある。これからの目標は、非正規雇用でも働き
やすく働きがいのある環境を整備することである。
【第12回】真に男女平等の社会にしていく
男女雇用機会均等法ができて、現在の日本は以前に比べて女性が働きやすい環境になって
きている。しかし、育児や家事などの負担は主に女性が負うという社会構造には、現在もあ
まり変化が見られない。
実際、私も「育児や家事は女性がするものだ」といった環境で育ってきた。その結果、私
自身も「それが当たり前」と思っている。しかし、誰もがそう思っているかぎりは、これま
での社会構造を変えていくことはできない。
私が中学生のとき、育児休暇を取った男性教師がいた。私は驚いた。なぜならば、男性が
育児をしている姿を私は想像できなかったからだ。私のような考え方をする人は現にいる。
したがって、今後ますます男性が育児休暇を取ったり家事を行ったりして、「育児や家事は
女性がするものだ」という意識を変えていくことが大切である。男性と女性がともに育児や
家事をする姿を次世代の子どもたちに実際に見せることによって、真に男女平等の社会にし
ていくことができるのではないかと私は考える。
【第13回】人生・職業・社会を知る
私が福岡女子大学に入学して、約3ヵ月が経った。この「人生・職業・社会Ⅰ」という授
業を受け始めても、約3ヵ月が経った。第1回の授業のとき、いきなり「作文を書け」と言
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9 人生・職業・社会Ⅰ
われ、私はとても戸惑った。テーマは何でもよいと言われた。だから、何を書けばよいかわ
からず困惑した。作文作成が始まると、すぐに周囲はシャープペンシルで文字を書くコツコ
ツという音でいっぱいになった。その音が、原稿用紙の左欄外に学籍番号と氏名を書いただ
けで静止している私を焦らせた。
ようやく書き終えた私の作文は、ほとんど小説のようだった。そのころ始めたばかりの
一人暮らしのことについて、私はだらだらと書いた。つまらない作文だった。その後、全
体討論が行われた。そこで、他の学生が発表した作文を聞いて、私は驚いた。上手だっ
た。同じ話を聞いて、同じ時間内に書いた作文なのに、私の作文とは比べ物にならなかっ
た。まず、使っている言葉のレベルが違った。文章の構成も優れていた。その日の授業の
後、私はこの授業をとろうと決心した。作文を書く能力を養って、いつか全体討論で発表
しようと決心した。
それからの毎週火曜日は、私にとっては決戦だった。講義のビデオとプリントを見て、
たった400字の作文に2時間も3時間もかけて作文を書いた。それでも、出来上がった作文
は、まとまりもなく、何を言いたいのかよくわからない作文だった。三角討論で作文を発表
するのが、毎回恥ずかしかった。
そうやってあくせくしていたが、ある日、その頃の自分のなかでは最高傑作と思われる作
文が出来上がった。テーマは「生きる意味」についてだった。講義ビデオとプリントの中で
は、生きる意味を比喩で表現することについて言及されていた。そこで、私は毎日「自分」
が次の日の「自分」へ変わっていく様子を「アンパンマンの顔」にたとえた作文を書いた。
今日の自分は、昨日の自分に励まされ、明日の自分に期待されて生きている。今日を精一杯
生きた後、明日の自分に魂をバトンタッチする。そんな内容の作文を大勢の学生の前で発表
した。黒板に図示までして説明した。今思えば、出すぎた真似をしたなと反省する部分もあ
るが、初めて全体討論で発表できてよかった。自分のこんなにくだらない考えをたくさんの
人に聞いてもらって、それについて一緒に討論してもらって、私はとても嬉しかった。
その後は、私はあまり躊躇せずに授業中に自主的に発表や発言をすることができるように
なっていった。自分や他の学生の考えをじっくり時間をかけて話したり聞いたりする機会な
ど、この授業以外にはほとんどないため、この授業は貴重な時間だった。
この授業では、その授業科目名のとおり、「人生・職業・社会」について深く考えること
ができた。「生きる意味について」「生きる意味を考える意味について」など。私は今まで
そんなことは考えたこともないまま生きていたので、作文を書くのには本当に手こずった
が、討論では先生や他の学生のさまざまな意見を聞くことができ、理解を深め知識を広げる
ことができた。
私にとっての「生きる意味」とは、何かやりたいことを見つけて、それを全うするという
ことだ。私は、生まれてから今まで、やりたいことがないということがなかった。ピアノ、
新体操、バドミントン、勉強など、常に私は何かに全力で打ち込んでいた。負けず嫌いな
性格のためか、一度始めると絶対に最後まで全力でやり抜こうとした。そこで得られたもの
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
は、たくさんある。努力すること、辛抱すること、諦めないこと、仲間を大切にすることな
どだ。
これらの経験がなければ、今の私はない。私は今は、所属しているダンスサークルの活動
に打ち込んでいる。ダンスは心から楽しいと思えるし、上手になりたい。これからも辛いこ
とや苦しいことがたくさんあるだろうが、私はそれに打ち勝って乗り越えてみせる。強い希
望と意志をもって、何かを目標に生きる。それが、私にとって「生きる」ということだ。度
重なる作文の課題と討論によって、私はそのような自分なりの答を見つけることができた。
「職業」と「社会」の分野では、現在、職に就くということがどれだけ難しいかというこ
とを知った。さらに、職に就いても、社会では未だに男女差別が存在するという厳しい現実
を知った。現在の日本が就職難であることは、数年前から耳にタコができるほど聞かされて
きた。この大学でも、この授業にかぎらず、他の授業でもいろいろな先生方からそのことを
聞かされている。だから、わかってはいる。のんびりしている場合ではない。しかし、私は
それでもなかなか行動することができなかった。
しかし、私はやっと行動し始めた。ほんの些細なことではあるが、自分がなりたい職業の
ことについて少し知ることができた。今は以前に比べて、自分が就きたい職業についての道
が明確に見えるようになってきている。この授業を通してたくさんのことを学んだからだ。
私はこの授業をとって、本当によかった。
10 人生・職業・社会Ⅱ
すでに前の2学期においてそれぞれに実施した「人生・職業・社会Ⅰ」の授業では、学生
がまず人生・職業・社会の現実を十分に認識するようになる点を最も重視した。これに対し
て、「人生・職業・社会Ⅱ」の授業では、学生が人生・職業・社会と自分自身のかかわりに
ついて考えを深めるようになる点を最も重視した。
10-1 平成20年度後期「人生・職業・社会Ⅱ」
平成20年度(2008年度)後期に、「人生・職業・社会Ⅱ」の授業を初めて実施した。6人
の教員で担当し、15回実施した。受講者数は、1年次学生7人だった。
学生の到達目標は、次の3点である。①人生・職業・社会に自分がどうかかわるかについ
て考えを深めることができる、②毎回の授業で認識したことをもとに、論評文を書くことが
できる、③授業で深めた考えをもとに、人生・職業・社会と自分自身とのかかわりについて
自分の意見を発表することができる。
授業の進め方は、次の4段階である。①担当教員が30分程度の講義を行う、②講義につい
て受講者が原稿用紙に400字の論評文を30分程度で書く、③受講者が3人グループになって
論評文を一人ずつ発表し、コメントを出し合う「三角(参画)討論」を15分程度で行う、④
− 170 −
10 人生・職業・社会Ⅱ
希望者が受講者全員の前で論評文を発表し、受講者全員で討論する「全体討論」を15分程度
で行う。
第1回から第13回までの授業では、授業中に400字の論評文を作成する。しかし、第14回
目の授業では、受講者はそれまでの13回の授業で認識したことをもとに、「人生・職業・社
会と私」について2,000字の論評文をあらかじめ書いてきてから出席することにした。この
授業では、受講者数が少なかったため、7人全員に作文を発表してもらった。1人の発表が
終わるたびごとに、質疑応答というかたちで「全体討論」を行った。
参考として、授業で提出された作文を各回につき1例ずつ紹介する(35)。作文のタイトル
は、受講者本人が付けたものである。
【第1回】自分のキャリア・アンカーを早く自覚するべきだ
今回の講義で、「キャリア・アンカー」という言葉を初めて聞いた。自分がどうしても犠
牲にしたくない本当の自分を象徴するコンピタンスや動機や価値観について、自分が認識し
ていることが複合的に組み合わさったものが、キャリア・アンカーである。
今の私には、あまりピンとこない。キャリア・アンカーには、たった8種類の分類しかな
い。また、誰にでもただ1つだけ、自分に合ったアンカーが存在する。けれども、今の段階
で、私は自分が複数のアンカーに当てはまるような気がする。それは、十分な人生経験をし
ていないことが原因かもしれない。しかし、このアンカーを自覚することが、自分の満足の
いくキャリア形成のために、一番重要であると感じた。
たとえ苦労の絶えない職業であっても、自分が譲れない唯一のことを実現できるなら、何
が起きても楽しく充実した仕事ができる。就職活動を始める前までに、自分が絶対に譲れな
いものを見つけなければならないと強く感じた。
【第2回】迷いの時期
私は優柔不断である。ある1つのことに対して、ずっと悩んで、結局決めきれずに、そこ
で諦めてしまうこともある。大学生になって、自分の将来のことを考えるときも、ただ1つ
を決めるとなると、私の優柔不断な性格が決断を邪魔してしまう。
まだ大学1年生だが、決断できない自分に私は焦りを感じていた。今回の講義の前半で
は、「自分のキャリアの拠り所を探す」などの話があり、私は自分が納得できるキャリアを
決めることができるのかと、ますます不安になった。
しかし、最後のスライドにあった「節目とは、過渡期であり、迷いの時期である」という
一文で、とても気が楽になった。今は迷ってもよい時期だ。自分が満足するまで迷って、決
断できなくても、自分が進んだ道で力強くドリフトできればよい。今日からは、思う存分、
迷って迷って迷おうと思う。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
【第3回】自分自身で考えること
講義のなかで何度も出てきた「自分自身で考える」という言葉が、とても印象に残った。
私たちは、幼い頃から、知識を詰め込んできただけにすぎない。しかし、学問を自分のもの
にするためには、自分自身で考え、学問することが不可欠である。
大学生になったからといって、知識を詰め込む現状が改善されたかといえば、今までとあ
まり変わらない。しかし、いくつかの講義のなかで、私は自分自身で深く考えるということ
を初めて経験した。考えたからといって、必ず答が出てくるわけではない。それでも、自分
自身で考えることには新しい発見があり、それはとても新鮮だった。
考えるということは、ひじょうにたくさんのエネルギーを要する。覚えたり、教えられた
りする方が、楽だし手っ取り早い。しかし、考えることにより、人間としてさらに成長する
ことができる。自分自身の悟性能力を高めるためにも、人間として成長するためにも、「自
分自身で考える」ということが必要である。
【第4回】人との出会いと私の人生
私も漱石と同じように自殺を考えたが、実行する勇気もなく断念した。私が断念した理由
は、私を生んでくれた両親、可愛がってくれた祖父母や兄妹に申し訳ないと思ったからだ。
漱石が自殺を思いとどまったのにも、同じことが言えるだろう。
病に冒されている子規に対して、漱石は厭世観の籠った書簡を送っている。しかし、漱石
は子規がいたからこそ、自殺を思いとどまったと私は思う。死にたくないにもかかわらず、
人より先に死に向かわなければならない子規。そんな友人に対して、自ら命を絶つというこ
とを言うことは漱石にはできないはずだ。
漱石も自ら言っているが、或人との結びつき、愛気があれば、慈隣主義になれる。だから
私は、自分の人生は多くの人と出会うためにあると考える。世の中には、いろいろな人がい
る。自分にとって得になる人、損になる人もいるだろう。しかし、そんなことを気にせず、
いろいろな人と出会い、その人たちのいいところを吸収して、人間として成長すること、そ
れが私の人生だ。
【第5回】私が生きる上で期待されたいこと
人間には、つねに悩みがつきまとっている。できるならば、悩まないで生きていたいけれ
ど、そうもいかない。悩むということは、人間に与えられた義務のように思われる。悩むか
らこそ、自分自身の考える力が発達し、失敗や成功から学ぶことができる。
悩むことを放棄してしまうと、それは人間として何かが欠けてしまったことになる。悩む
ことは、人間の特権である。そもそも人間が悩み、苦悩するのは、その困難を乗り越える力
が人間に備わっているからだ。現に私は、これまで多くの困難な状況に置かれてきたが、何
とか現在まで生き抜いてくることができている。
私が過去に悩んだ経験が、現在の私をつくっている。「生きることが私たちに何かを期待
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10 人生・職業・社会Ⅱ
している」のであれば、私はひたすら悩み生き抜き、人間は強い生き物であることを証明し
たい。さまざまな苦しみや挫折などを抱えて、人生を投げ出してしまいそうな人たちに、人
間は困難を乗り越える力をもっていることを私は証明したい。
【第6回】労働者派遣法から考えたこと
労働者派遣法という法律があることを初めて知った。「派遣労働の原則自由化」と聞く
と、何となくよいイメージがあるが、その裏には、使い捨てを可能にする隠された意図があ
る。そのことに私は驚いた。
最近のニュースで、トヨタがひどい赤字のために、派遣社員を解雇するという報道があっ
たのを思い出した。労働法では、正社員も派遣社員も同等の権利を有する。しかし、労働者
派遣法によって、派遣社員を突然解雇することが正当化されてしまった。このような場合、
逆に派遣社員の立場を守るような法律が必要なのではないだろうか。これは、日本国憲法第
25条を守るために必要である。
法律とは、守って当たり前だと思いがちである。しかし、実際には、私たちを苦しめるよ
うな法律も紛れ込んでいる。法律を鵜呑みにせず、それが必要か必要でないかを見極める力
を、国民一人ひとりがもつようにするべきである。
【第7回】アルバイトを通して思ったこと
私は大学生になり、アルバイトを始めた。そのアルバイトで感じたこと、考えたことが、
今回の講義の内容ととてもよく結びついていた。
やはり、私に対する周りからの評価というものが、私が仕事をする上で、いつも私の頭を
よぎる。同じ失敗を何度も繰り返したとき、また、その後の対処のときなどは、特にそう
だ。いかに円滑に、事を済ませることができるか。しかし、今思えば、これはそんなに悩ま
なくてもよいことである。
「休みをいただく」という表現がある。しかし、雇用者には、休暇を取る権利がある。に
もかかわらず、休みを貰うときには、ちょっとだけ後ろめたい気持ちになる。何も悪いこと
はしていないのに感じてしまうから、不思議である。
アルバイトを通して薄々は感じていたが、仕事に苦労はつきものである。講義で、「雇い
主のお手伝い」という話を聞いたとき、そんなことのために、1年生から頑張っているのだ
ろうかと、少し疑問をもった。しかし、「自分の経済自立のため」とまずは考えておこう
と、今は思っている。
【第8回】学生時代の思い出
今年の春、私は大学生になった。それから数えて、もうすぐ8ヵ月目に入ろうとしている
が、やはり今までと違うことだらけである。とても新鮮な半年を過ごした。
今までと異なることの1つは、講義内容の質である。今までは、問題が解けることが重視
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
されていた。しかし、大学では、もう一歩踏み込んで、なぜそうなるのか、また、その裏に
は何が隠されているのかなどが重視される。表面だけではなく、その原理を学ぶ。私はこれ
をとても興味深く感じた。
もう1つは、個人で自由にできる時間が多くなったことである。このことは、すべてのこ
とを自分の責任で行わなければならないということでもある。大学生になってからの時間
を、私はたくさんの経験をすることに費やした。大半はアルバイトをして過ごしているが、
友人と旅行をしたり、サークル等のイベントに参加したり、自分が少しでも興味をもったこ
とは何でも経験しようと心がけている。
これからの大学生活のなかでも、私の心に一生残るような経験をたくさんしていこうと
思っている。
【第9回】経験すること(自己PR)
私のモットーは、「何事も経験しないと始まらない」です。人間にとって、経験するとい
うことが大事なことだと思います。だから、私は少しでも多くのことを経験しようと思い、
大変そうなことでも自分から積極的に参加しています。
たとえば、学業では、学ばなくても特に支障が出ないような講義でも、あるいは、受講す
れば大変だから受講者があまりいないような講義でも、それに私が興味をもてば積極的に受
講しています。
私は理系ですが、それにとらわれずに文系の科目も学んでいます。受講して特によかった
と思ったのは、哲学の講義です。哲学は初めてで、少し近寄りがたい雰囲気でしたが、いざ
一歩踏み込んでみると、哲学はすべての学問の根底にある学問だということがわかり、私の
学問的視野が広がる貴重な経験をすることができました。
まだ他にもやってみたいことが、たくさんあります。これからも、たくさんの経験をして
みたいです。
【第10回】働くお母さんは素晴らしき女性
最近、「不況、不況」という言葉をよく耳にしたり目にしたりするが、私自身が身をもっ
てそれを実感したことはない。しかし、不況の波は、すぐそこまで来ているそうだ。
今回の講義で、私は厳しい現実を突きつけられたが、かと言って、私は結婚したくないと
いう気持ちにはならなかった。私は結婚したいし、子どもだってほしい。
先日行われた「キャリア教育シンポジウム」で、ワーキングマザーについての話があっ
た。ワーキングマザーは、一見大変そうに見える。しかし、何事もやってみなければわから
ない。専業主婦の多くは、自分が叶えることができなかった夢を自分の子どもに押し付け、
子育てがうまくいかないことがあるそうだ。それに対して、ワーキングマザーの場合、自分
の子どもを「一個人」として見ることができる傾向にあるそうだ。
仕事と子育てのどちらか一方で溜まったストレスを、もう一方で昇華できるのが、ワーキ
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10 人生・職業・社会Ⅱ
ングマザーである。この「働くお母さん」はパワフルなだけではなく、「素晴らしき女性」
である。そんな女性に私もなりたい。
【第11回】優先順位をつける
私は、大学に入ってから、漠然と「環境計量士」の資格を取りたいと考えている。なぜな
らば、私の興味を惹きつける仕事をしている会社の人材募集の条件として、「環境計量士の
資格を有すること」とあったからだ。
しかし、「環境計量士」の資格取得は難しいらしい。このことがわかってからは、「私は
まだ1年生だし」と理由をつけて、このことを頭の隅に追いやっていた。今回の授業で、合
格率1割の不動産鑑定士の資格を働きながら取得した服部恵子さんの話を読んだ。そのなか
に、「気持ちの持ち方で『やりたいこと』は『できる』」とあった。「やれない理由の方が
大事なら、あきらめるか、できる範囲のことに縮めるしかない」ともあった。
私が資格を取りたいと思ったのは、自分の興味が惹きつけられる仕事に就きたいからだ。
私の「やれない理由」は、難しそうだからだ。これが、「やらない理由」になっている。資
格をもっていれば、必ず職を得られるともかぎらない。私は自分のキャリアをどう形成する
かという視点から、資格取得についてもう一度考え直したい。
【第12回】クオータ制(36)を導入すべきだ
私は、日本もクオータ制を導入すべきだと考える。日本企業における管理職に占める女性
の割合は、年々増加傾向にあるが、男性と同じくらいの割合になるのは、何十年も先のこと
になるだろう。そんな小さな変化を待っているよりも、ノルウェーのようにクオータ制を導
入した方が早い。
クオータ制の導入によって、企業の内部で多少の混乱が生じるかもしれないが、現在の不
況のなかでは、企業にとっては「優秀な人材」こそが重要であるはずだ。それに比べれば、
「男性か女性か」は重要でないはずだ。そうなると、クオータ制により多少の混乱が生じた
としても、それはそれでよいのではないか。
育児休業制度も、日本とノルウェーではまったく違っている。私は将来、結婚して子ども
もほしいが、仕事も続けたい。しかし、現状では育児休業を取るにしても、給与の半分しか
保障されていないので、経済的不安がつきまとう。こんな日本社会のなかで生きていくに
は、会社の育児休業制度や保育園のことなどについてよく調べながら就職活動を行うという
のが、私に今できることだと思う。
【第13回】仲良く過ごす
今回の授業で、派遣労働のなかに常用型というものがあることを知った。また、通訳の仕
事など、一定の専門技能を必要とし、定時に同じ場所で仕事をするのは難しいといった理由
から、派遣労働が必要になる場合もあることを知った。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
しかし、登録型や製造業務の派遣労働については、見直しが必要だ。たしかに、自分自身
で生活費を稼がなければならない学生、資格取得などの勉強のために時間を確保したいと考
える人、子育てにできるだけ専念したい母親など、派遣労働があれば便利になる人たちはい
る。しかし、「派遣労働で働く方法しかない」といった状況にしてはならない。日雇い派遣
や製造業派遣は、禁止の方法で進めていくべきだ。とはいえ、このことにより、働き口が減
少することのないようにしなければならない。
人間が意欲をもって生きていくようにするために、格差が必要なのかもしれない。しかし、
たとえば、屋根のある場所で寝られない、三食きちんと食べられないといったような最低レベ
ルの生活すら満足に送れない人たちが生じるのは、おかしい。それとは反対に、破格の高所得
者が大勢生じるのは、もっとおかしい。みんなでもっと助け合い、仲よく過ごしたい。
【第14回】人生・職業・社会と私
今回私は、「人生・職業・社会Ⅱ」の授業を受けて、自分のキャリア形成に向けてのさま
ざまな知識を得ることができた。6人の先生に授業を行っていただくことにより、多くの側
面からキャリアについて考えることができた。前期には「人生・職業・社会Ⅰ」の授業を受
けていたが、それと比べて今回は、より現実的な内容について考えさせられた。社会の厳し
い現状を目の当たりにした。将来、自分が納得できるキャリアを実現できるようにするため
には、今から自分ができることを始めなければならないと感じた。
まず、キャリア・アンカーについて学んだ。ほとんどの人は、自分がどうしても犠牲にし
たくない本当の自分を象徴する動機や価値観について、自分が認識していることが組み合わ
さったものを、必ず1つずつもっている。これが、キャリア・アンカーである。今、何か1
つのアンカーに絞れと言われると、私は少し迷ってしまうが、それは自分のなかにある将来
の夢に左右されているのかもしれない。自分が無意識に「そうありたい」と感じていること
が、いくつもあるような気がする。しかし、現実的には1つのアンカーしかないのだから、
これからは、自分の行動や思考を自分でよく観察して、何が自分の一番大切なものなのか
を、しっかり見極めていきたい。
次に、カントや漱石の人生などから、考えることや悩むことについて学んだ。人間は、物
事について自分で考え悩むことによって成長する。ただ単に知識を詰め込むだけでは、何も
成長しない。何よりも、楽しくない。人間は、経験することによって自分をつくり、それに
ついて考え悩むことによって成長する。「いろいろな経験をしなさい」とよく言われるが、
経験をするだけではなく、その後で考え悩まなければならない。そのようにして、やっと成
長することができる。大学生になって、アルバイトを始めた。最初も今も、失敗の連続であ
る。しかし、失敗を経験し、その原因や対策を自分で悩みながら考えることにより、「次は
絶対に失敗しないぞ」と気合を入れて仕事に励んだ。すると、だんだんと自信がもてるよう
になった。他人から言われるよりも、自分で悩んで考えた方が、何事も身に付くし、他の場
面への応用もできるようになる。
− 176 −
10 人生・職業・社会Ⅱ
また、労働をする上での権利についても学んだ。弱い立場になりやすい雇用者を保護する
ためにつくられた法律を知らないというのは、とても危険なことである。安心して働けるよ
うに法律がせっかく定められているのだから、雇われて働くようになる前に、労働者の権利
について知っておくことが必要である。しかし、労働者派遣法など、企業側の利益になるよ
うな法律もある。自分のために、また社会のために、そのようないろいろの法律についてよ
く知ることが大切である。
さらに、実際の就職活動のイントロダクションのような内容で、自己分析や自己PRなど
の練習を行った。自己分析の結果、自分のタイプのなかに、私がやりたい職業があったの
で、私はとても驚いた。しかし、自己PRは、自分が思っていたよりも遙かに難しいことに
もっと驚いた。自己PRでは、「自分のセールスポイント」を単に述べるだけでなく、それ
を裏付ける「自分のエピソード」を具体的に盛り込まなければならない。要するに、今のう
ちに、いろいろな経験をしておく必要があるということだ。今はまだ1年生だからと言っ
て、のんびり過ごしていると、いざ就職活動を始めてエピソードを探しても、何も見つから
ないという事態になる。大学生がもてる長い自由時間は、自分の将来につながる経験をする
ための時間として、有意義に使わなければならない。
女性がキャリアを実現しよとするときに生じる問題や、その解決策についても学んだ。日
本企業が進める社員の非正規化は、女性の社会進出を促進させると思われていたが、実際は
反対に大打撃となっている。授業では、女性が自分のキャリアを築くためのポイントが5つ
挙げられたが、そのなかで私には「生涯学習」が印象に残った。学習を継続して行うこと、
つまり日々の生活で積極的に学ぶ態度をもち続けることにより、毎日が自分を高めることに
つながる。これが自分の成長につながる。そして、日々成長することが自分のキャリア実現
につながる。
最後に、日本とノルウェーを比較しながら、女性の社会進出について考えた。両国には、
女性の社会進出を義務づけているかいないかという点で違いがある。昔から、男女の格差は
どの国にも少なからず存在するが、今なおその格差が濃厚である日本で、クオータ制なしで
男女平等の社会進出を実現するのは困難である。クオータ制が日本社会に導入されるのを、
ただ待っているだけではいけない。たとえば、現在問題になっている就職難を利用して、女
性自身が企業の求める人材になるように努力し、自らの力で女性の社会進出を促進していく
ことが大切である。
それぞれの授業が終了した後、社会の現実が厳しいことに不安を抱いたこともあった。し
かし、この社会を動かしていくのは、これから社会に出て行く私たちである。私はひるむこ
となく、自分のキャリア実現を目指して頑張りたい。
10-2 平成21年度後期「人生・職業・社会Ⅱ」
平成21年度後期の「人生・職業・社会Ⅱ」は、オンデマンド学習システムを用いながら、
前年度と同じ方式で現在開講中である。1年次学生25人が受講している。
− 177 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
11 キャリア・デザインⅠ
職業キャリア導入教育において「人生・職業・社会」と並んで設定された科目が「キャ
リア・デザイン」(37)である。1年次学生が「人生・職業・社会Ⅰ」で現実を認識し、「人
生・職業・社会Ⅱ」で現実と自分のかかわりについて考えを深めることを想定している。そ
の後で、2年次学生が「キャリア・デザインⅠ」で福岡女子大学の卒業生との対話を通して
自分自身の進路について考えを深め、「キャリア・デザインⅡ」で本学卒業生にかぎらず、
社会で活躍する女性との対話を通してさらに考えを深めることを想定している。
11-1 平成20年度前期「キャリア・デザインⅠ」
平成20年度(2008年度)前期に、「キャリア・デザインⅠ」の授業を初めて実施した。
授業のねらいは、本学卒業生(先達)との対話を通して、学生の一人ひとりが自己概念を確
立し、有意義なキャリア形成ができるように、自分自身の進路について考えを深めるように
なる点にある。学生の到達目標としては、次の3点を掲げている。①本学卒業生(先達)の
人生観と人生行路を認識し、それを自分自身の進路選択の参考にすることができる、②毎回
の授業での対話をもとに、ゲスト・スピーカーへの手紙を書くことができる、③授業で認識
したことをもとに、自分の進路選択について自分の意見を発表することができる。
授業の進め方は、次の3段階になっている。①各学科から推薦されたゲスト・スピーカー
が30分程度の講義を行う、②ゲスト・スピーカーと受講者が30分程度対話を行う、③ゲス
ト・スピーカーに対して受講者が30分程度で400字の「お礼の手紙」を書く。この授業で
は、各学科の教員が分担して司会進行を務める。「お礼の手紙」は授業終了直後にコピーし
て、ゲスト・スピーカーに手渡している。
第1回目の授業では、とりあえずの練習ということで、本学の女性職員にゲスト・スピー
カーを務めてもらった。第2回~第13回は、毎回1人ずつ、12人の卒業生にゲスト・スピー
カーを務めてもらった。第14回目の授業では、受講者はそれまでの13回の対話を通して認識
したことをもとに、「進路選択についての私の考え方」について2,000字の作文をあらかじ
め書いてきてから出席することにした。この授業では、いきなり「三角(参画)討論」を
行い、その後じっくりと「全体討論」を行った。第15回目は、期末試験に当てた。受講者数
は、2年次学生48人だった。
参考として、授業で提出された作文を各回につき1例ずつ紹介する(35)。「お礼の手紙」
にはタイトルが付けられていない。ゲスト・スピーカーのお名前の部分は割愛した。
【第1回】
今日はお話をしてくださって、ありがとうございました。お話を聞いていて、前向きな方
だという印象を受けました。県庁職員であるという同じ職種でも、仕事内容がかなり違って
いることに驚きました。そんな中で仕事をこなしてきても、「やめたいと思ったことはな
− 178 −
11 キャリア・デザインⅠ
い」ときっぱりとおっしゃっていたことや、「必要な知識は自分で身に付け、与えられた仕
事を積極的にこなしてきた」とおっしゃっていたことが、「前向きな方だ」という印象につ
ながったのだと思います。
今回の「キャリア・デザインⅠ」の授業では「働く女性の話が聞ける」ということだった
ので、楽しみにしていました。そして今日、公務員の仕事について聞くことができて良かっ
たです。私の進路はまだ定まっていなくて漠然としています。自分のどちら側に道が広がっ
ているのかも分かりません。今回のお話を含め、今後、働く女性からお話を聞くことで卒業
後の進路を探していきたいです。
【第2回】
私は今日のお話を聞いて、自分と向き合うことの大切さを改めて感じました。私は現在2
年生ですが、将来どんな職に就きたいとか、どんな会社に就職したいとかいうような具体的
な見通しはまだ立っていません。お話の中に出てきましたが、私も同じで、1年生のときは
大学という新しい環境に慣れるので精一杯でした。将来についてゆっくり考える余裕があり
ませんでした。あっという間に2年生になってしまい、将来自分がしたいことをどうやって
見つければいいのか分からずに悩んでしまうこともあります。
しかし、今日のお話を聞いて、自分がこれからすべきことのヒントを頂くことができまし
た。自分に合った職に巡り合うことは難しい。しかし、自分に合った職に巡り合うかどうか
は、学生時代にかかっているということを実感しました。学生時代に体験したことや頑張っ
たことを将来に活かせるように、大学時代にたくさんのことにチャレンジして頑張っていこ
うと思います。
【第3回】
今日はお話をしてくださって、ありがとうございました。とても分かりやすく、そしてポ
イントが絞られていたので、お話を聞いていておもしろかったです。特に、内向的な性格で
も営業はできるという部分が印象深かったです。私もどちらかと言えば内向的なので、営業
という職に就いている自分を想像することはできませんでした。しかし、仕事上で心がけて
おられることを聞いて、営業に向いているのはすべてが外交的な人ではないということが分
かりました。
私は営業という職を勝手にイメージして、私の選択肢から外していたのですが、就職先
の一つの候補として営業が加わりました。また、生命保険がオーダーメイドであることを
初めて知りました。私の保険のことは両親がしてくれているので、その人に合わせて内容
を変更できるということを知りませんでした。既製品を売るよりも、お客さまに合わせて
自分で変えられる方がやりがいがあるのだろうと感じました。今日は本当にありがとうご
ざいました。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
【第4回】
今日はお話をしてくださって、ありがとうございました。初めに配付された資料の略歴を
見て、ご経歴に興味をもちました。在学中にご結婚なされて、私たちには分からないご苦労
がたくさんあったと思いますが、これからが楽しみが多いとおっしゃっていたときの表情が
印象的でした。その笑顔は、「心がけ」の中の「プラス思考」や「迷うなら進め!」という
ところから来ているのだろうと思いました。
子育てをしながら仕事をするのは、大変なことだと思います。私は器用な方ではないの
で、どちらか一方しかできないのではないかと考えていました。しかし、今日のお話を聞い
て、大好きな守るべき家族がいて、大好きな仕事があれば、両立も可能なのかなと思いまし
た。例にあがっていたゴキブリのお話のように、守るべきものがあれば、私も強くなれる気
がしてきました。とても53歳には見えないキラキラ輝く笑顔を見させていただき、守るべき
ものに出会う時が楽しみになりました。
【第5回】
貴重なお話をありがとうございました。今日のお話を聞き、今の甘い自分に鞭を打たれた
ようでした。今までぼんやりしていた自分の希望や目標が、演習シートに実際に書き込むこ
とによって、かなり明確になりました。授業後にまた真剣に考え、自分ともっと向き合おう
と思います。
私たちに贈ってくださった「自愛・自信・自立・自律」というこの4つの「自」に私は強
く感動しました。私を支える言葉になりました。他人を愛するように私を愛し、愛すること
で自分自身を信じることができる。それが自分を一個人としての自立へ導き、そこから自分
を律することができる。この連鎖関係は今後の私に大きくかかわるものなので、大切にしよ
うと思います。
また、今日のお話を聞き、将来の職の目標を発見することができました。それは「笑」で
す。笑みは自分にパワーを与えるだけでなく、他人も幸福にするパワーをもちます。これか
らの人生の目標の一つとして、「笑」を掲げていたいです。
【第6回】
私は今日の講義で、「自分を育てる」という言葉が印象的でした。若いうちから、自分
が何をしたいのか、何をしたら自分は食べていけるのかを考える。それが大事だと感じま
した。
私はというと、自分が何をしたいのか、まだわかっていません。そんな私を見越して、周
りの人や家族から、「ああしたらどうだ」「これはどうだ」「あれは向いてない」「これは
無理だ」などと口を出されました。私は、何をしたらよいのか、ますますわからなくなりま
した。しかし、大学に入り、一人で暮らし始めて、自分という人間がどんな人間かわかって
きたような気がします。
− 180 −
11 キャリア・デザインⅠ
周りの人に何を言われても、結局は「私の人生」であって、所詮、周りの人は周りの人。
責任をとるのは私自身なのです。ゆえに、私の進路・将来のことを私が真剣に考えなければ
なりませんが、慎重になりすぎて身動きがとれなくなるよりも、失敗してもいいからまず行
動にでようと私は思いました。
【第7回】
今日はお話をしてくださって、ありがとうございました。私は就職でマスコミ関係は考え
ていないのですが、興味深くお話を聞くことができました。私はアナウンサーという職業
は、取材で話を聞きに行ってそれにナレーションをつけるだけの職業だと思っていました。
しかし、取材内容の選択から字幕の挿入まで、さまざまな仕事をしていらっしゃることを知
りました。
お話を聞いて、行動力が素晴らしいと感じました。自分のやりたいことが見つかってから
の積極的な行動は、とても素敵です。昨年、女子大で同じ1年生で、授業を受けながら受験
勉強をして、今年、ある大学の1年生になった友達がいます。その友達も目標を高くもち、
理想を描き、積極的に行動していました。今日のお話にはその友達の姿と重なる部分が多く
ありました。私もその友達や今日のお話のように自分をしっかりもとうと思いました。まず
は理想を描くことから始めます。今度、テレビで拝見するのを楽しみにしています。
【第8回】
今日は大変良いお話をありがとうございます。女性がもっと声を上げて良い、上を目指す
べきだとおっしゃる力強い姿勢に、大きなエネルギーを感じました。主にカナダの労働形態
のお話を聞いて、日本との違いにショックを受けました。今の日本では、生きること(生
活)のために働くのではなく、働くために生きているような状態になっていると思いまし
た。カナダでは可能なことが、技術も制度も良くなった今の日本でなぜ出来ないのか、本当
に不思議です。この疑問をここで止めずに、「私たち」が意志を高くもち変えていくことが
必要なのだと学びました。
また、ワーク・ライフ・バランスやファミリー・フレンドリーなど、男女共同参画社会を
より実現させる取組があることを知りました。これは私が就職活動をする際のポイントにな
りそうです。福岡県ではどんな企業が表彰されたのかを調べようと思います。将来は、いか
なる形であっても、自分の働きや考えが今後の社会に少しでもプラスになるような仕事がし
たいです。そして、今日のお話のように、人に力を与えられる女性になりたいです。
【第9回】
今日は貴重なお話をありがとうございました。渡米された方から、アメリカではなく日
本の伝統文化についてお話を聞くことは、私にとってとても意外でしたが、興味深い内容
でした。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
今日のお話を聞く中で、外国人への教育という視点から見た日本文化は、たいへん新鮮で
した。アメリカという他の国を意識して、自分の国を改めて浮き彫りにすることができまし
た。また、自分の国のことでありながら知識もないし、それについての自分の考えもないこ
とを痛感し、心から恥じ入りました。
他国、他文化との交流において私が最も重要視していたのは、英語でした。しかし今回、
そうではないことに気づきました。英語はあくまで道具であり、伝えたいものは別で、今回
のお話ではそれは「心」だということです。このことは、就職についても言えると思いま
す。将来のために私に必要なのは、テクニックではなく「心」だということを忘れずに生き
ていきたいです。
【第10回】
今日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。お話の中で、私達が生
きていくうえでは人間関係が何よりも大切であると感じました。私達は人と人との関係の中
で生きていて、たくさんの人に支えられています。人に支えられるだけでなく、私も人を支
えられる人になりたいと思いました。
たくさんの素晴らしいキャリアを積まれているにもかかわらず、ゴールを決めずに常に向
上心をもって日々精進していらっしゃるお姿が、とても素晴らしいと感じました。自分の限
界を自分で決めてしまったらそれ以上先に進むことはできないと思うので、私も学生のうち
から向上心をもって今よりも上を目指す姿勢を養いたいと思います。日頃の挨拶や生活態度
など、身近なところから自分を高めていこうと思っています。そして、常に先を見据えて行
動できるように改善していきたいです。
【第11回】
本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。企画という仕事は、アイデア
を出すだけでなく、商品を作って、情報を集めてなど、様々なことをしなければならないと
いうことがわかりました。他社と違うコンセプトを考えたり、同じ分野の商品の中から消費
者に選ばれるものをいかにして作るかを考えたり、とても大変そうです。
今の職にお就きになる以前にもいろいろなことをなさっていましたが、すべて食品にかか
わる仕事をなさってきたというのはすごいと思いました。一つのことばかりに力を注ぐの
は、つぶしがきかなくなる気がして恐いです。でも、専門性を追求していたら自然と他のこ
とにも広がっていくものだというお話を聞いて、とても意外でした。私はずっとかかわって
いきたいと思えるものをまだ見つけてもいないのに、始める前から恐がっていてはだめだと
感じました。今興味があることに一生かかわりたいのかどうか分かりませんが、できるだけ
のことはしていきたいです。
− 182 −
11 キャリア・デザインⅠ
【第12回】
今日はお忙しい中、本当にありがとうございました。私は、「苦労した先に分かるものが
ある」というお言葉に胸を打たれました。私は全然苦労していない気がするので、若いうち
の苦労は買ってでもしろと言うし、苦労する場に身を置かなければなぁと思いました。「自
分の感情で物を言わない」というお言葉も胸に刺さりました。論理の組み立ては一番苦手と
言っても過言ではない私なので、なんだか危機感を抱きました。やっぱり、勉強しなきゃい
けないんだなぁと強く思いました。
立派な人はみんな勉強している人なんだと思います。お話の中に出てきた仕事に対する考
え方も素敵です。私の場合は「日々の糧を得るために働く」という感じなのですが、お話で
は「自己実現のための仕事」という感じだったので、それはすごくかっこいいと思いまし
た。適性はやっぱり多少は変化していくものだと思うけど、しっかり見つめてみないといけ
ないとも思います。今日はありがとうございました。
【第13回】
今日はお忙しい合間をぬって講義をしてくださって、ありがとうございました。とても楽
しくて、あっという間に時間が経ちました。アナウンサーといえば、もう私たちとは別世界
の人だと感じていました。しかし、今日の講義ではありのままのお姿をみせていらっしゃる
という感じで、すごく素敵な方だと思いました。
私は今2年生で、来年、就職活動が始まります。就職活動をする前までに自分がしたいこ
とを決めなければと思っていましたが、会社の方針に合わせて自分を変えるのではなく、あ
りのままの自分を受け入れてくれる会社を選ぶという考え方もあったのだと思いました。ま
た、大学のうちにしかできないことに、もっとチャレンジしようと思いました。自分の将来
のためにと考えるのではなく、何事にも積極的にチャレンジしていくのが良いという言葉が
印象的でした。キャリアのためと考えるのではなく、もっと肩の力をぬいて様々なことに励
んでいきたいです。
【第14回】進路選択についての私の考え方
「キャリア・デザインⅠ」の授業を受けてきて、さまざまな職業に就かれている福岡女子
大学の卒業生に私は出会った。卒業生のお言葉には、力強いパワーがあった。私がこれから
生きていく中で、忘れずに心に留めておきたいものばかりだった。
お話をしに来てくださった卒業生は、みな生き生きとなさっていた。目がキラキラと輝い
ていた。それはきっと、常に夢をもたれているからだ。夢に向かって努力なさっているから
だ。夢は人に生きる力を与えてくれると私は改めて感じた。
「就職はゴールではない。スタートである」というお話を聞いたとき、私ははっとした。
自分の中で、就職がゴールのように思っていたからだ。しかし、それは違う。ゼロの自分か
ら、社会人としてスタートするのだ。働き始めてから資格を取ったり、勉強をし直したりす
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
ることがあることを私は知った。学ぶというのは、学生で終わりではない。人は一生、夢を
もち、学び続けるのである。
夢は一つでなければならないと、今まで私は思っていた。今の私には、やりたいこと、興
味のあることがたくさんある。その中から、無理に一つを選ぼうとしていた。だから、私は
苦しんでいた。しかし、夢を一つに絞らなくてもよいことに気づいた。いろいろなことに興
味をもっていると、将来の可能性が広がる。だから、今はどんなことにも関心をもつことを
大切にしたい。普段何気なく見聞きしているものにも、すべて意味があり、次へとつながっ
ている。何事も、ただ見て、ただ聞いて、それで終わりにしてはいけない。常に何かを学
び、考えを深める姿勢が大切だ。
夢を実現させるためには、心がけておくべきことがある。1つめは、体の使い方である。
上を向いて、悲しいと思えるか。下を向いて、幸せだと思えるか。体の使い方次第で、人の
感情は変えられるということを私は知った。胸を張って、前を向いて、明るく前向きな気持
ちをもっていたい。2つめは、言葉遣いだ。ネガティブな言葉を遣ってはならない。その一
つに、“can’t”がある。「できない」というのは、自分が勝手に決めつけたことである。
そこですでに諦めている。私は「諦める」という言葉が嫌いだ。やると決めたら、自分を信
じて最後までやり通したい。最後に3つめは、積極性である。卒業生の一人がおっしゃった
「迷うなら進め!」という言葉が私は気に入った。私は何をするにしても、一度頭で考えて
から行動してしまう。そのことが、時に自分の行動を制限してしまうことになる。私は自
分に、「迷うなら進め!」と言い聞かせたい。知らない世界にもどんどん飛び込んでいきた
い。「いっぱい失敗してもよい。失敗は次につながる道になる」という言葉も印象に残って
いる。失敗したら、そこから何かを学べばよい。だから、失敗を恐れず、たくさん失敗する
ために、たくさんのことに挑戦していきたい。
私の目標の一つは、信頼される人になることだ。この人なら大丈夫。この人が言うなら耳
を傾けよう。そう思ってもらえる人は素敵である。「仕事ができるから、多くの仕事が任せ
られる。忙しい日々を過ごす」というお話を聞いたとき、なるほどと思った。就職したば
かりの頃は、わからないことだらけで雑用も多いはずだ。しかし、自分ができることを見つ
けて、一生懸命取り組んでいると、いつか必ず「仕事を任せられる人」になれると思う。そ
して、私はいつも「人を見上げる人」でありたい。尊敬する人、目標とする人に近づくため
に、自分に磨きをかけていくことは、とても大切なことである。
今まで私は、結婚をして、子どもが生まれたら、仕事を辞めたいと思っていた。しかし、
男性の中でも力強く働いてこられた卒業生のお話を聞いて、そう思わなくなった。自分の強
みとなるものをもっていれば、社会から必要とされる人であり続けることができる。現在
は、仕事と家庭の両立が、昔よりはるかにしやすくなった。このような社会になったこと
に、私は感謝したい。
10年後、私は30歳である。私の将来計画では、すでに結婚している歳だ。実際はどうなの
だろうか。幸せな家庭をもっていても、仕事が楽しくて独身だったとしても、私が幸せで
− 184 −
11 キャリア・デザインⅠ
あってほしい。10年前の私は、大学でたくさんのことを学んでいる。将来についても、いろ
いろと悩んでいる。10年後の私はどうなっているだろうか。自分の強みとなるものをもって
いるだろうか。10年後の私が生き生きとしているためにも、今の私はがんばらなければなら
ない。
学生には自由な時間がたくさんある。自分磨きに費やせる時間を、私は存分に生かした
い。留学、ボランティア、教育実習。たくさんの知らない世界に足を踏み入れたい。家にい
ると、私はついだらだらしてしまう。なので、今年の夏休みはなるべく外に出て、たくさん
の新しい発見をしたい。
11-2 平成21年度前期「キャリア・デザインⅠ」 平成21年度(2009年度)前期の「キャリア・デザインⅠ」の第1回目の授業では、ガイ
ダンスのみが行われた。第2回~第13回は、毎回1人ずつ、12人の卒業生にゲスト・スピー
カーを務めてもらった。第14回目の授業では、受講者はそれまでの13回の対話を通して認識
したことをもとに、「進路選択についての私の考え方」について2,000字の作文をあらかじ
め書いてきてから出席することにした。この授業では、いきなり「三角(参画)討論」を
行い、その後じっくりと「全体討論」を行った。第15回目は、期末試験に当てた。受講者数
は、2年次学生42人、3年次学生2人の計44人だった。
参考として、授業で提出された作文を各回につき1例ずつ紹介する(35)。「お礼の手紙」
にはタイトルが付けられていない。ゲスト・スピーカーのお名前の部分は割愛した。
【第2回】
今日は、貴重なお話を聞かせていただいて、ありがとうございました。お話のなかで、
「求められる能力と求める能力は違う」「反省はするが後悔はしない」という2つの言葉が
私の印象に残りました。
私は今まで、就職するために大学生の間に何をすべきかということばかり考えて、就職し
た後に仕事の質を高めるための自ら求める能力については考えていませんでした。せっかく
就職するわけですから、就職後も自分から行動を起こして能力を身に付けていくことが大切
だということに気付かされました。
私は頭のなかで考えるだけで、行動を起こせなくて、後悔することが多くありました。し
かし、自分の将来のために勉強でも遊びでも思い切り挑戦できるのは大学生のうちだと思い
ますので、失敗して反省することはあっても後悔はしないように行動を起こしていきたいと
思いました。授業では本音のお話が聞けましたし、私の出身地でもある筑後地方の方言も聞
けて、とても楽しかったです。
【第3回】
今日は、実体験をもとに、私たちのためになる素晴らしい話をしてくださいまして、あり
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
がとうございました。私が今日、自分にとって最も重要だと思ったことは、固定観念にとら
われないということです。
私は今、将来の就職について悩んでいて、私が今までまったく勉強したことがない分野で
の就職を考えています。今は、そのためには何をしたらよいのかなどを、自分で調べていま
す。しかし、私が本当にチャレンジしてもよいのかどうか、迷っていました。しかし、今日
のお話を聞いて、職業に直接関係する学部を卒業していなければその職業には就職できない
という私の固定観念にとらわれる必要はないということがわかりました。
自分の行動次第で、できることがたくさんあります。自分の考え方にもっと多様性を取り
入れた生き方をしたいと思うようになりました。将来は、今日のお話のような生き生きとし
た職業生活ができるようになりたいと思いました。今日は、ありがとうございました。
【第4回】
今日は、貴重なお話をありがとうございました。とても笑顔が素敵でした。きっと、素敵
なキャリア・デザインを描いていらっしゃるからだろうなと実感しました。
「単にやってみたいこと」と「将来にわたって打ち込むことができそうなこと」を区別す
ることが大切だというお話でしたが、本当にその通りだと思いました。私は国文学科に所属
し、国文学に一番興味がありますが、その他にも中国語や英語や法律など、勉強してみたい
ことがたくさんあって、どこから手をつけたらよいかと悩んでいます。留学や大学院進学も
考えています。
しかし、本当は自分は何をしたいのか、何に向いているのかは、自分ではよくわかってい
ません。そこで、今日のお話を参考にして、紙に書き出して選択をしていこうと思いまし
た。今日は、とてもパワフルな生き方のお話でしたので、私もそのようなパワフルな生き方
をして、生き生きと働いていきたいと思いました。今日は、ありがとうございました。
【第5回】
英文学科に所属する学生として、今日のお話はとても興味深かったです。私は高等学校の
英語教員を目指していますが、実は英語があまり得意ではありません。高校生までの英語の
成績はかなりよく自信もありましたが、井の中の蛙状態でした。英語は大好きですが、大学
に入ると英語ができる人たちが集まっていて、私は挫折し英語を嫌いだと思うまでになって
しまいました。
けれども、今日のお話を聞いて、私は今、やりたいことを行動に移す努力をしているのか
と反省させられました。留学やその後の学生生活のお話では、行動力がいかに大事かがよく
わかりました。「まずは読書から」ということもおっしゃいましたので、私もそのような第
一歩を踏み出して、教師になるという夢を叶えようと決心しました。今日は、貴重なお話を
ありがとうございました。
− 186 −
11 キャリア・デザインⅠ
【第6回】
本日は、お話をしてくださいまして、ありがとうございました。私はまだ、はっきりとし
た自分の将来像が見つかっていません。何も考え切れないままに時を過ごしています。気が
つけば大学に入学して1年が経って2年生になり、若干焦っています。
お話を聞いて私が思ったことは、学生のうちにいろいろな経験を積んでおくことが大事だ
ということです。やってみる前は嫌で嫌でたまらないことでも、いざ経験してみると案外楽
しいこともよくあるというお話でした。そのようにして経験を積んでおけば、「あのとき経
験しておいてよかった」と後になって思うこともできます。一番よくないことは、何もしな
いことです。
今の私はあまりにも消極的すぎて、後悔ばかりしています。今日のお話を聞いて、これで
はだめだと思いました。もっと積極的になれるように、自分を変えていきたいです。
【第7回】
私は今日のお話を聞いて、貪欲さが努力を生み、それが成功へつながると強く思いまし
た。お話では、学生のころから海外留学や海外ボランティアなどの活動をはじめとして、
ご自分から積極的に活動をなさっていたとのことでした。キャビンアテンダントになるた
めの学費は、ご自分で貯めたお金で支払われました。ひじょうに自律していらっしゃった
と思いました。
私は現在、はっきりした将来の夢をもっていません。「どうにかなるだろう」と思って、
毎日怠惰な生活になっています。しかし、お話を聞いて、「夢がないなら夢を見つける努力
をすること」や「なりたい職業を見つけたら、それを諦めずにすむような準備をすること」
がいかに大事かがわかりました。
貪欲な生活が成功へつながりますが、怠惰な生活は成功には絶対につながりません。私は
自分がやるべきことをリストアップして、それを即座に実行に移そうと思いました。
【第8回】
今日は、貴重なお話をありがとうございました。私は今日のお話のなかで、「節目でいか
に自分と向き合えるか」「自分の進む道は自分で決め、選んだ道で後悔しない」という言葉
が印象に残りました。
節目で自分と向き合うことはとても難しいことですが、自分の将来を考える上では避け
て通れません。自分の進む道を決めるときには、自分の思い通りにならないこともありま
す。動機がはっきりしないこともあります。しかし、自分で決めたからには、後悔しない
ようにしなければなりません。そのためには、自分が自分自身と真剣に向き合わなければ
なりません。
私も自分で決めてこの大学に入学しました。ですから、後悔しないようにこの大学で最後
まで頑張るつもりです。自分が本当にやりたいことを見つけて就職もしたいです。10年後に
− 187 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
振り返ったときに、後悔のない人生を歩んでいたいとお話を聞いて思いました。
【第9回】
本日はお忙しいなか、貴重なお話をしていただき、ありがとうございました。とても興味
深いお話で、私の今後の大学生活に生かすことができる多くのことをお聞きすることがで
き、本当によかったと思いました。
とても真面目で努力を惜しまれない方なのだろうなと思いながら、お話をお聞きしまし
た。印象的だったのは、転職がうまくいきそうになかったとき、「今いる場所で頑張ろう」
と思い直し、「この場所で、なくてはならない存在になろう」と決心なさったというお話で
す。うまくいかないときに、その場所から逃げ出すのではなく、その場所に踏みとどまって
精一杯努力することが大事だと思わされました。
「大きな視点をもって貪欲に生きる」「感謝の気持ちを忘れない」など、さまざまなアド
バイスをいただきました。それを私は自分のこれからの大学生活に大いに生かしていこうと
思っています。
【第10回】
今日は本当にためになるお話をしていただいて、ありがとうございました。教師をなさっ
ていらっしゃるとのことでしたので、大学時代はとても真面目で、目標をもって生活をな
さっていらっしゃったのだろうと、私は最初少し身構えてお話を聞いていました。
私は中学校教師を目指しているのですが、それにもかかわらず、ついだらけた生活を送っ
ているため、その事実を突きつけられたらどうしようかと思っていました。幸いにもそうな
らなかったので、安心しました。
お話を聞いて、私は教師という仕事に一層の魅力を感じました。学校行事の写真を見せて
いただいたときに、「こんなときに、普段気づかない生徒の一面に気づくことができます」と
おっしゃいましたが、私はリアルタイムで生徒の成長を見ることのできる教師の仕事のおもし
ろさを感じました。教師をめぐるさまざまな問題も厳しさを増し、教師に採用されるのも依然
として難しい状況ですが、私はあきらめないで教師を目指そうとあらためて思いました。
【第11回】
今日のお話はとてもおもしろかったです。ありがとうございました。お話のなかで特に印
象的だったのは、公務員の魅力は人に喜んでもらえる仕事をするというお話です。私は教師
になって人に喜んでもらえる仕事をしたいと思っていますが、どの公務員でもその点は共通
しているのではないかと思いました。
社会に出てから求められる能力についてのお話も印象的でした。コミュニケーション能力
の必要性については、頭では理解できているつもりですが、実際に習得するのは簡単ではあ
りません。私は常にどうやってこの能力を伸ばそうかと考えています。人と接するときに、
− 188 −
11 キャリア・デザインⅠ
相手が言っていることを正確に理解できるまできちんと聞き、自分が考えていることが相手
にうまく伝わるまで工夫することを私は心がけています。コミュニケーション能力が欠けて
いると社会に出てからどんなにマイナスになるかが、今日のお話でよくわかりました。本当
にありがとうございました。
【第12回】
今日は、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。私は洋服を見たり着
たりするのは好きですが、専門的なファッションの話を聞くのは今日が初めてでした。とて
も勉強になりました。
今日のお話のなかでは、私は「会話」という言葉が印象に残りました。会話能力やコミュ
ニケーション能力は、どんな仕事でも必ず必要とされます。この能力を身に付けられるよう
に、私たち学生は努力しなければなりません。しかし、この能力はすぐに身に付けられるも
のではありません。お話を聞いて、今から人と接するたびに、この能力を高めるための経験
を自分から積極的に積んでいかなければならないと思いました。
自由な時間がある大学生のうちに、自分で自分をアピールできるものを何か1つでも見つ
けておかなければならないとも思いました。チャンスの神様が私の前にも現れてくれること
を信じて、そのときにチャンスを逃さないように、これから出会う経験や人を大切にしてい
きたいと思いました。
【第13回】
今日のお話のなかで、私は「会社の思いと自分の思い」というお話が印象的でした。私は
今まで、「自分がやりたいことは何か」「好きなことは何か」「どんな職業に就きたいか」
などを考えてきました。しかし、「自分がやりたいことを一番実現できそうな会社はどの会
社か」という視点をもっていませんでした。
私は、自分がやりたい職種がある会社であれば、自分がやりたいことができると思い込ん
でいましたが、お話のなかで、「会社の思いと自分の思いが合致するところで会社を選ぶ」
という考え方を知って、人の話をよく聞いて多くの情報を集めることが重要だと私は思いま
した。
自分の思いに合致する会社を見つけ、その会社の思いと自分の思いを近づけ、会社に貢献
しながら自分のやりたいことを実行することができれば、とても素晴らしいです。そのため
に、まず私は本当に何をやりたいのかを深く考えなければなりません。それがわかって、本
当によかったです。今日はお話してくださり、ありがとうございました。
【第14回】自分のキャリア実現に向けて
今学期、この「キャリア・デザインⅠ」の授業のなかで、たくさんの福岡女子大学卒業生
の方々のお話をお聞きした。私は今まで、自分の将来のイメージを漠然としかもっていな
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
かったが、それがぐっと具体的になった。今の自分が何に興味をもっているかも、ずいぶん
とはっきりしてきた。
私がなぜこの授業を受講しようと思ったかと言えば、福岡女子大学を卒業した先輩方が現
在どんな分野でどのように活躍なさっているかを知りたかったからである。私が所属してい
る環境理学科の卒業生の様子はもちろん、それ以外の学科の卒業生の様子も聞いてみたかっ
たからである。
実際にお話を聞いてみると、福岡女子大学の卒業生の先輩方は、本当にさまざまな分野に
進まれて活躍なさっていた。幼いころからの夢を叶えられた先輩もいらっしゃれば、いろい
ろなチャンスに恵まれて現在の職業に就かれた先輩もいらっしゃった。大学卒業後に企業に
就職したり、海外留学をしたり、大学院進学をしたり、とても多種多様だった。
先輩方のお話を聞くと、「自分がもしその立場だったら」などと考えたりして、とても興
味深かった。私の印象では、大学卒業後も研究や学問を続けておられる先輩方が多かったよ
うに思う。「私が就職したのは、就職氷河期と呼ばれた時期だった」とおっしゃった先輩も
いらっしゃった。いずれにしても、福岡女子大学の卒業生の方々は、学ぶことにとても意欲
的な方々だと感じずにはいられなかった。
多くの先輩方と同じように、私も大学卒業後は大学院に進学するなどして、いろいろな
ことをもっと深く学びたいと考えているので、先輩方のお話がとても参考になった。私の
場合、大学院進学のことは、今まではただ何となく考えていただけだったが、先輩方の実
際の体験談を聞いてみて、大学院に進学したいという希望がより具体的なものに変わって
いった。
先輩方のお話は、すべてが興味深かった。私がまだ体験したことのないようなお話や、こ
れからも私が体験しそうにないお話も多かった。とても貴重なお話が聞けてよかった。しか
し、私が特に興味をそそられて聞いたお話と言えば、結果として、だいたい決まったお話に
なったのではないかと私は感じた。当然かもしれないが、環境理学科の先輩方のお話が、特
に興味深かった。留学や進学のお話もそうだった。
先輩方が在学中になさっていたこと、特に力を入れられたこと、今となって振り返って
「やっておいた方がよかったと思われること」などについてのお話は、今の自分にすぐに反
映させることができるので、私は注意して聞き入った。先輩方のお話を聞いたおかげで、私
はこれから待ち受けている将来のことを大まかに知ることができただけでなく、自分が何に
興味があって、自分が理想とする将来像がどんなものかがよりはっきりと見えるようにも
なった。
先輩方について共通して言えることは、現在の進路を選択したことに対して誰一人として
後悔しておられる先輩がいらっしゃらないということである。いろいろと思い悩んで進路を
決められた先輩、就職活動をするなかで自分がやりたいことを見つけて就職された先輩、転
職に踏み切られた先輩など、さまざまな先輩方がいらっしゃった。けれども、その選択が間
違っていたとおっしゃった先輩は、一人もいらっしゃらなかった。私は、とてもうらやまし
− 190 −
12 キャリア・デザインⅡ
いと感じた。
人生の大部分を占める「仕事」という項目に不満があったら、楽しい人生は送れない。英
文学科の卒業生の先輩が、「死ぬ前に、人生楽しかったと思えるように生きたい」とおっ
しゃった。まさに、その通りだ。私はこれから先、自分の理想とは程遠い人生を歩んでいく
かもしれない。しかし、それでも自分なりに努力して、「この選択は間違っていなかった」
と他人に堂々と言える人生を私は送りたい。もちろん、私は少しでも自分の理想に近い人生
を送れるように努力を続けていきたい。
先輩方のお話のなかでもう一つ印象に残ったのが、「この『キャリア・デザイン』の授業
があることがうらやましい」と数人の先輩方がおっしゃっていたことである。私の今までの
知識から、このようなキャリア教育が日本で、そして福岡女子大学で始まったのは、つい最
近のことであることは私は知っていた。福岡女子大学の学生が自分のキャリアや人生を考え
る機会をキャリア教育の授業で与えられるのは、とても幸運なことである。
学生のうちから人生の先の見通しを立てておけば、先輩方と同様に、あるいはそれ以上
に、自分が満足できるキャリアを築くことが可能になる。今学期は、この「キャリア・デザ
インⅠ」の授業で先輩方から多くのことを学び取った。それをもとに、自分が理想とする
キャリア実現に向けて、私は努力を惜しまずに進んでいきたい。
後輩の学生のために、忙しい合間を縫って準備をしてゲスト・スピーカーを務めていただ
いた先輩方に対して、私は感謝の気持ちで一杯である。先輩方のお一人お一人からいろいろ
なことを学ばせていただいたので、私はこの授業を受けて本当によかった。来年の夏が過ぎ
たら、私たち2年生には就職活動が待ち受けている。先輩方に続くべく、自分の理想を追求
しつつ、後悔しないキャリア実現を目指していく。
12 キャリア・デザインⅡ
前期の「キャリア・デザインⅠ」では「本学卒業生」に先達としてゲスト・スピーカーを
務めてもらったが、後期の「キャリア・デザインⅡ」では広く「社会で活躍する女性」に先
達としてゲスト・スピーカーを務めてもらった。授業のねらい、学生の到達目標、授業の進
め方は、「キャリア・デザインⅠ」と「キャリア・デザインⅡ」は共通にしている。
授業のねらいは、先達との対話を通して、学生の一人ひとりが自己概念を確立し、有意義
なキャリア形成ができるように、自分自身の進路について考えを深めるようになる点に設定
している。
学生の到達目標は、次の3点である。①先達の人生観と人生行路を認識し、それを自分自
身の進路選択の参考にすることができる、②毎回の授業での対話をもとに、ゲスト・スピー
カーへの手紙を書くことができる、③授業で認識したことをもとに、自分の進路選択につい
て自分の意見を発表することができる。
− 191 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
授業の進め方は、次の3段階である。①各学科等から推薦されたゲスト・スピーカーが30
分程度の講義を行う、②ゲスト・スピーカーと受講者が30分程度対話を行う、③ゲスト・ス
ピーカーに対して受講者が30分程度で400字の「お礼の手紙」を書く。この授業では、各学
科等の教員が分担して司会進行を務める。「お礼の手紙」は授業終了直後にコピーして、ゲ
スト・スピーカーに手渡している。
12-1 平成20年度後期「キャリア・デザインⅡ」
平成20年度(2008年度)後期に、「キャリア・デザインⅡ」の授業を初めて実施した。第
1回から第13回まで、毎回1人ずつ、13人の「社会で活躍する女性」にゲスト・スピーカー
として登場してもらった。第14回目の授業では、受講者はそれまでの13回の対話を通して認
識したことをもとに、「進路選択についての私の考え方」について2,000字の作文をあらか
じめ書いてきてから出席することにした。この授業では、いきなり「三角(参画)討論」を
行い、その後じっくりと「全体討論」を行った。第15回目は、期末試験に当てた。単位を修
得した受講者は、2年次学生16人だった。その他にも、担当事務局(学生支援班)の呼びか
けに応じて、単位修得に関係なく授業に出席した学生が回によっては若干名いた。
参考として、授業で提出された作文を各回につき1例ずつ紹介する(35)。「お礼の手紙」
にはタイトルが付けられていない。ゲスト・スピーカーのお名前の部分は割愛した。
【第1回】
今日は、お話をしに来てくださって、ありがとうございました。私は以前から、国際協力
に関心があったので、今日の出会いが嬉しかったです。「貧しい国の人々のために何かをし
たい」と私も思い続けてきました。
しかし、私は「自分に何ができるのか」と悩み、大学卒業後に新たに勉強し直して、小学
校教師になろうか、臨床心理士になろうか、などといろいろな選択肢を考えました。やりた
いことは漠然とあるけれども、それを職業と結びつけることができませんでした。
この夏、JICAの存在を私は知りました。日本と発展途上国の架け橋になるために、技術
を提供するのではなく、相手国と連絡を取り合ったり、事業を企画したりする仕事をするそ
うです。これに私は興味をもちました。
授業では、「マレーシアへ行って、日本を客観視できるようになった」とおっしゃってい
ました。日本を一歩出ることで、日本のことや自分のことを改めて知ることができると私も
思います。リスクを恐れず、私も自分から道を広げていきたいです。
【第2回】
先生のお話に、最後まで惹きつけられました。人前で話をすることに慣れておられるご様
子から、「さすが教師だ」と思いました。私は教職課程を受講しています。そのために、こ
の9月に中学校へ観察・参加実習に行ってきました。細かく観察してメモをとることには苦
− 192 −
12 キャリア・デザインⅡ
労しませんでした。しかし、生徒と接することには苦労しました。「どう話しかけたらよい
か」とずっと悩みました。悩んでいる間に実習は終わってしまい、「積極性」という課題が
残りました。
3年生、4年生のときの実習では、同じような後悔をしたくありません。私は、自分から
コミュニケーションをとるのが苦手です。今後は、人と出会う場に自分からどんどん行くよ
うにして、自分を変えたいと思っています。
今日のお話を聞いて、理想を高めすぎるのにも問題があると感じました。高めれば高める
ほど、絶望して自分を追い込んでしまうことも多くなるからです。まずは、いろいろな職業
について広く知り、理想も「1つの選択肢」として考えることが大切だと思いました。
【第3回】
今日は、貴重なお話をしてくださって、ありがとうございました。私がイメージしていた
市役所の仕事とは違う仕事の内容を知ることができました。
今日の授業で、私にはとても印象に残ったお話が2つあります。1つは、「夢に向かって
努力したことは無駄ではなかった」というお話です。私はこの言葉を聞いて、とても安心し
ました。私は、すぐに結果を求めてしまいがちです。そこを我慢して、何事にも全力で取り
組むと、それがおのずと将来につながると信じることが重要だとわかりました。
2つめは、「本来の夢とは違う仕事に就いたものの、それが楽しくなってきた」というお
話です。このお話から、広い視野をもって物事を見ることが大切であり、やり続けることに
よって何か別のことを得られるかもしれないということを学びました。
今日の授業から、私は勇気をいただきました。今日は、本当にありがとうございました。
【第4回】
今日は、お忙しい中、本当にありがとうございました。バンド活動、イギリス留学、学習
塾経営と、多くのことに積極的に取り組んでこられたということがわかりました。また、型
にはまった人生設計どおりに生きようとするのではなく、自分がやりたいと思ったことに積
極的に取り組んで人生をつくっていくことが大切だということがわかりました。
私は今までの自分の人生を振り返ってみると、重要な選択をするときには、「皆もこうし
ているから」という意識が必ずどこかで働いていました。自分の周囲の多くの人が選ぶ選択
肢ばかりを私は選んできました。そのような選択ばかりだったにもかかわらず、幸いなこと
に、私は大きな後悔をしたことはまだありません。
しかし、これから先の私の人生の選択肢は、今までとは比べものにならないほどたくさん
あります。今までのような選択方法は使えません。使うと後悔すると思うからです。自分が
やりたいことを早く見つけたいです。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
【第5回】
今日は、とても楽しい授業をしてくださって、ありがとうございました。私は「自分には
コミュニケーション能力がない」と思っていました。しかし、今日のペアワークで、自分が
相手のことを想い、自分が少し変わるだけで、コミュニケーションがうまくいくようになる
ことがわかりました。
自分が話をしているときに、うなずきながら一生懸命に聞いてくれる人がいると、とても
落ち着いて話をすることができます。そのような人との間には、ラポールが形成されている
ということを知りました。私は、コミュニケーションとは、「単に言葉だけの会話」だと
思っていましたが、本当の意味は、意思や感情や思考を伝達し合うことによって引き起こさ
れる「反応」だということを学びました。
相手がリラックスして話しやすい状況を作り上げられる人こそ、聞き上手です。相手のこ
とを想う思いやりの気持ちが、コミュニケーション能力には欠かせません。私は苦手な人と
はつい距離を置いてしまいますが、コミュニケーションの達人になって、誰とでも楽しく話
ができるようになりたいです。
【第6回】
今日は、お忙しい中、ありがとうございました。就職・結婚・出産・育児など、私たちが
これから直面する問題について詳しくお話ししていただき、とても参考になりました。
育児に男性が協力することに関して、「育児の楽しみを女性だけの特権にするのは、もっ
たいない」とおっしゃっていたのが、私の印象に特に強く残りました。世間では、「育児を
女性だけに押し付けるのは間違っているから、男性も協力すべきだ」という考え方がよくな
されています。これに対して、そのような考え方をするのは、とてもすばらしいことだと私
は思いました。家事・育児・仕事など、すべてにおいて充実した人生を歩んでおられる人に
しかできない考え方だと思いました。
今回の授業では、営業という仕事の内容についても少し知ることができました。さらに、
営業だけにかぎらず、どんな仕事をする場合にでも役に立つお話(仕事をする際の心構えな
どについて)をしていただき、とても勉強になりました。今日は、本当にありがとうござい
ました。
【第7回】
今日は、貴重なお話をありがとうございました。社会人として、家庭をもつ大人としてだ
けでなく、同じ地球に住む一人の人間として、地球の環境問題に向き合っていらっしゃる面
にも触れさせていただき、私はお話に本当に興味深く引き込まれました。
私が特に重要だと思ったのは、環境問題に取り組むときの姿勢です。私は、環境問題を理
解するということは、科学によって現在立証されているデータをもとにして、今後に予測さ
れる変化についてより正しく専門的に知っていることだと思っていました。しかし、今日の
− 194 −
12 キャリア・デザインⅡ
お話では、そのような机上の知識だけを身に付けるのではなく、自分自身の五感で問題を感
じ取り、自分自身の目線で周囲の問題から考えていく姿勢が、環境問題を理解しようとする
ときに重要だと気づきました。
これからは、今日学んだような姿勢で、環境問題について私も考えていきたいと思いま
す。この目標を達成するために、今日の授業で描いた「10年後の自分の顔」も見続けていき
たいです。
【第8回】
今日は、お忙しい中お話しいただき、ありがとうございました。私はこれまで、公務員や
研究職というものに触れ合う機会があまりなかったので、とても勉強になりました。
私自身は文系なので、大気汚染や残留農薬については、どうしたらよくなって、どうした
ら悪くなるのかが、明確にわかっていませんでした。初めて聞くようなお話もあって、とて
も興味深かったです。
お仕事以外にもNPO活動などをなさっていて、とてもすばらしいと思いました。私もボ
ランティア活動をしたいとは思っていたのですが、私はなかなか実行に移せずに過ごしてき
ました。私の考えのなかに、ボランティア活動をすると何かを犠牲にしなければならないと
いう思いがあったのかもしれません。
しかし、今日のお話のなかで、「無理せず、やれることをすればよい」とおっしゃったの
を聞いて、私は今度は恐がらずに一歩を踏み出してみようと思いました。具体的にどんな活
動をするのかは決まっていませんが、前向きに決めようと思います。今日は、本当にありが
とうございました。
【第9回】
今日は、貴重なお話をありがとうございました。今日のお話は魅力にあふれた本当に素晴
らしいもので、時間が終わってしまうのが口惜しいほどでした。
アナウンサーの方ということでしたので、美しい日本語を朗々とお話になるのだろうとい
う先入観をもって臨んだ私でしたが、祖母を思い出させる博多弁を交えながらの快活なお話
から、私は多くの気づきを得ることができました。
大学2年生も終盤にさしかかり、将来の職業のことを意識するにつれ、私は「現代の女性
である私は何が何でもバリバリ働いて、その他のことは二の次にする人間にならなければな
らない」と、とても意固地な状態になっていました。このことだけに重点を置き、好きな本
を選ぶときでさえ、このような苦しい意識をもっていました。
でも、今日のお話を聞いて、自分自身の周りをもう一度ゆっくり見つめてみることの大事
さがわかりました。私も今日のお話を見習って、「何本も柱がある人生」を歩めるように努
力していきます。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
【第10回】
今日は、貴重なお話をしてくださって、ありがとうございました。お話がとても明朗快活
で、とても楽しくうかがうことができました。私は大学に入学してから、なるべく自分でお
弁当をつくるようにしていますので、電子レンジを使った調理の工夫はとても参考になりま
した。
今日のお話で、「自分で毎日新しい発見をする」ということが、私の印象に残りました。
今の日本は管理されすぎていて、お膳立てもされすぎているというお話を聞いて、何でもそ
ろっていることは幸せである反面、生きていく強さを弱めることにつながっているというこ
とがわかりました。
私自身を振り返ってみると、自分から臆することなく行動していく場面というのが、ほぼ
ないのではないかと気づきました。「自分で毎日新しい発見をする」探究心が、先生の素晴
らしい調理研究やレシピ開発につながっていることがわかりました。今日は、本当にありが
とうございました。
【第11回】
起業なさった方からお話をうかがったのは、今日が初めてでした。社長さんなので少し堅
苦しいのかなと思っていましたが、ありのままの思いを自然体でお話ししてくださったの
で、とても勉強になりました。
起業するきっかけは、1通のメールだったということから、勇気を出して一歩を踏み出す
ことの大切さを私は感じました。たしかに、一歩を踏み出すと、世界がどんどん広がってい
きます。仕事や人との出会いなど、新しいことを経験するチャンスが広がります。しかし、
そこで重要になるのは、人間関係です。他人とうまく付き合えることが、どんな場合でもプ
ラスに作用します。
若い女性の特権についてのお話がありました。「注意を素直に受け入れて、再び笑顔で仕
事をする」ことが若い女性は得意です。今、男性のなかで働く女性の不利な点ばかりに目が
向けられがちです。しかし、女性だけがもてる心の余裕というものもあるということに私は
気づきました。
今日のお話を聞いて、「ネガティブな言葉を言わず、素直で前向きな女性でありたい」と
私は思いました。
【第12回】
今日のお話を聞いて、照明デザインという一見、技術で勝負するような仕事でも、技術だ
けではなく、人との出会いや縁を大切にする心や、自分の気持ちを他人に伝えようとする心
も大事だということが、とてもよくわかりました。
日常生活のなかで照明に接する機会は多くあります。しかし、それぞれの照明がそれぞれ
の意味や役割をもっていること、それもものすごく多岐にわたっていることを、私は今まで
− 196 −
12 キャリア・デザインⅡ
知りませんでした。
クライエントの希望に合わせた照明をデザインするために、照明の対象物、クライエント
の販売方法、顧客の心理などをリサーチするお話を聞いて、就職では、仕事を見つけたり仕
事に就いたりすることがゴールではなく、プロとして常に勉強し続け新たなことを生み出し
ていくことが大事だということがわかりました。
自宅の近所の美容専門学校の照明がとてもきれいだなあといつも思っていたのですが、今
日それが先生の作品だと知って感動しました。
【第13回】
今日は、貴重なお話をしていただき、ありがとうございました。ビジネスの視点や工夫に
ついてのお話が、とても面白かったです。
子どもの絵を「アート」として残すというアイディアはもちろん、必要なときにだけ出勤
するというタイムマネジメントの方法、異業種で働いていた人たちで会社を設立なさったこ
となど、私には思いつかないようなお話で、とても興味深かったです。
お話を聞いて、仕事に対する私の考え方が、よい意味で変化しました。私は今度の3月に
インターンシップをすることになっていますが、その会社は女性の方々が活躍なさっている
会社で、主婦目線でニッチの部分をビジネスにしています。
私は、自分が女性という立場で働くということに対して、不安を感じることが多いので
すが、今日のお話で、女性ならではの視点や得意分野というのもがあることを知り、それ
を生かしていくべきだと思いました。このことをインターンシップで実行しようと思って
います。
【第14回】
この授業を通して、私は多くの方々に出会った。生まれ育った環境も、現在の職業もまっ
たく異なる方々だったが、皆人生の先輩である。多くの「社会で活躍する先輩」のお話を聞
くことによって、いろいろな生き方があるということが私はわかった。
私はどのような生き方をしたいのかを、毎回頭のなかに少しずつ描いてきた。人生では、
いつ何が起きるかわからない。思うようにいかないことも、たくさんある。しかし、こんな
生き方をしたいという理想をもつことが、とても大切である。その理想に近づくためにしな
ければならないことや、しておいた方がよさそうなことをし続けることが大切である。
私は、つねに刺激を受けて、生き生きとした生き方をしたい。話をしてくださった方々に
共通していたのは、美しい笑顔と元気のよさだった。周囲の人間を明るい気持ちにさせる力
に、私はいつも感激していた。この力の裏には、コミュニケーション能力やポジティブ思考
があった。
コミュニケーション能力とは、相手に上手に話ができる能力だと私は思っていた。しか
し、その本当の意味は、「意思疎通によって引き起こされた相手の反応を、自分の五感で
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
しっかりと受け取り、再び相手に反応を求める能力」だと学んだ。つまり、コミュニケー
ションが上手いということは、聞き上手・質問上手だということである。
相手が気持ちよく話をすることができるような配慮を聞き手がすれば、心地よいコミュニ
ケーションが成立する。私はこの半年間で、そのことを実感した。こちらが相手の話に関心
を寄せれば、相手は心を開きやすくなる。そのようにして、信頼関係が生まれる。
私は、相手に対する苦手意識というものをもっていた。私には、「このような人の前に出
るとなぜか緊張してしまうというタイプの人」がいる。このようなタイプの人とは少し距離
を置きたいと私は思ってしまう。しかし、授業で「皆同じ人間。相手に興味をもつと、苦手
意識は消える」という話を聞いて、私ははっとした。
苦手だと思うから、距離を置こうとする。しかし、距離を置くことよりも、話をすること
の方が大切である。そのことに私は気づいた。苦手だと思うのは、開かれたコミュニケー
ションの関係ができていないからである。私は、どんな人とも良好なコミュニケーション関
係がもてるようになりたい。
ポジティブ思考は、人の心を楽にさせ、一歩を踏み出す勇気を与えてくれる。自分の考え
のなかだけに閉じこもっていると、自分を追い込んでしまい、さらに苦しくなることがあ
る。そんなとき、新たな物の見方を他人から教わると、一気に心が軽くなる。この授業で
は、次から次へといろいろなポジティブ思考が展開された。
その一つに、「コンプレックスは、優しさ・柔らかさを生み、人を育てる」という考え方
があった。私は、コンプレックスということに関するまったく別の見方を知った。緊張する
と、顔がこわばったり、赤くなったりする。これは、私のコンプレックスだ。私は、私のこ
の状態に私がしっかり向き合えば、この現象を少しずつ克服していけると信じていた。この
ことを私は以前は気にしすぎていて、私にこのようなコンプレックスがあることを他人に言
うことができなかった。
しかし、今は、そのことを私の周りの人たちに知ってもらった方が楽だと思うようにな
り、私は思い切ってそのことを話すようにしている。授業で「一番言いたくないことが、一
番わかってほしいこと」という話があった。まさに、そのとおりである。私は、この話から
大きな衝撃を受けた。心の底から、私は納得した。
「プレッシャーが人を育てる」という考え方も出てきた。プレッシャーを背負うに値する
自分だからこそ、自分が今それに立ち向かわなければならないと考えるポジティブ思考であ
る。そのように考えると、プレッシャーを感じるということは、とても大切である。
たいていプレッシャーを感じるのは、新しいことにチャレンジするときや、新しいステッ
プを踏むときである。したがって、そのような節目のときにプレッシャーに負けずに困難を
乗り越えていくと、人間は大きな成長・変化を遂げることができる。
この春に、私は3年生になる。夏休みが明けて秋になると、就職活動が少しずつ始まる。
世間では、不況のために就職活動は困難だと騒がれている。私は不安である。果たして就職
は決まるのか。今の私で大丈夫か。この不安に押しつぶされないようにするために、私は
− 198 −
12 キャリア・デザインⅡ
「今」を大切にしたい。私が「今」できることに、私は目を向けたい。
授業で「男性はandの人生を送り、女性はorの人生を送る」という話があった。男性の人
生では、経験が重層的に積み上げられる傾向にある。それに対して、女性の人生では、結
婚、出産、育児、介護などで、二者択一を強いられる分れ道のある人生を送らなければなら
ない傾向にある。つまり、女性の場合の方が、人生のターニングポイントがより多いという
傾向にある。
大学2年生である私の「今」は、まだ「andの人生」であるように思う。やりたいこと
は、何でもできる。自由も余裕もある。私は、この「今」を大切にしたい。いろいろなこと
に足を踏み入れて、自分の可能性を広げていきたい。
たしかに就職活動は辛く厳しいものだろうが、夢や希望に溢れ、自分を見つめ直す絶好の
機会でもあるはずだ。この授業で出合った素晴らしい女性の方々のように私もなるために、
私はポジティブ思考で前へ進んでいきたい。
12-2 平成21年度後期「キャリア・デザインⅡ」
平成21年度後期の「キャリア・デザインⅡ」は、前年度と同じ方式で現在開講中である。
2年次学生7人が受講している。
註
(1) たとえば、平成20年(2008年)8月7日に、IDE大学協会九州支部・九州大学の主催で、九州大学西
新プラザにおいて、「大学におけるキャリア教育の現状と課題」と題するセミナーが催された。大江
淳良(㈲ユニバーシティ・アクティブ代表取締役社長)の基調講演「大学のキャリア開発支援の現
状」、高野良一(法政大学キャリアデザイン学部教授、学部長)の法政大学キャリアデザイン学部の
取組についての報告、森邦昭(福岡女子大学文学部教授、キャリア支援センター長)の福岡女子大学
の取組についての報告が行われた。その後、この3人による総括・討議も行われた。「大学における
キャリア教育」と言えば、往々にして「就職対策」と受け止められがちだが、学生に対して「キャリ
ア開発支援」ないし「キャリア形成支援」を大学がどう行うべきかについて熱心な討論がなされた。
主催者側からは、「目から鱗が何枚も落ちるようなセミナーだった」との講評がなされた。
(2) 渡辺三枝子+E. L. ハー『キャリアカウンセリング入門』ナカニシヤ出版、2001年、162頁。
(3) 渡辺三枝子+E. L. ハー、前掲書、163頁。
(4) 中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」平成11年12月16日、第6章
第1節。
− 199 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
(5) 吉田辰雄『キャリア教育論』文憲堂、2005年、38頁参照。なお、後述のように、福岡女子大学でも、
平成18年度(2006年度)からの公立大学法人への移行を機に、従来の学生課・学生部委員会の組織が
廃止され、1年間の準備期間を経て、平成19年度(2007年度)からキャリア支援センターが設置され
た。
(6) 大江淳良「キャリア開発支援とは何か」、『IDE現代の高等教育』483号、2006年、9-15頁、9-10頁
参照。
(7) 「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」(現代GP)とは、各種審議会からの提言等、社会的要請の
強い政策課題に対応したテーマ設定を文部科学省が行い、各大学等から応募された取組の中から、特
に優れた教育プロジェクト(取組)を選定し、財政支援を行うことで、高等教育の活性化が促進され
ることを目的とするものである。平成16年度(2004年度)から平成19年度(2007年度)までの4年間
にわたって実施された。また、これに先立って、「特色ある大学教育支援プログラム」(特色GP)
も実施された。これは、大学教育の改善に資する種々の取組のうち、特色ある優れたものを選定し、
選定された事例を広く社会に情報提供するとともに、財政支援を行うことにより、国公私立大学を通
じ、教育改善の取組について、各大学及び教員のインセンティブになるとともに、他大学の取組の
参考になり、高等教育の活性化が促進されることを目的とするものである。平成15年度(2003年度)
から平成19年度(2007年度)までの5年間にわたって実施された。ちなみに、“GP”とは、“Good
Practice”の略語である。また、文部科学省では、平成19年度(2007年度)から、「新たな社会的
ニーズに対応した学生支援プログラム」(学生支援GP)というものを開始した。学生の人間力を高め
人間性豊かな社会人を育成するため、各大学等の入学から卒業までを通じた組織的かつ総合的な学生
支援のプログラムのうち、学生の視点に立った独自の工夫や努力により特段の効果が期待される取組
を含む優れたプログラムが選定されることになっている。平成20年度(2008年度)からは、特色GPと
現代GPを発展的に統合した「質の高い大学教育推進プログラム」(教育GP)が実施されている。
(8) 梅澤正『大学におけるキャリア教育のこれから』学文社、2007年、1頁参照。
(9) 平成15年(2003年)4月10日に公表された人間力戦略研究会の人間力戦略研究会報告書『若者に夢と
目標を抱かせ、意欲を高める~信頼と連携の社会システム~』では、「人間力」とは、「社会を構成
し運営するとともに、自立した一人の人間として力強く生きていくための総合的な力」(10頁)と定
義されている。
(10) 平成11年(1999年)6月23日に公布・施行された男女共同参画社会基本法第2条第1号では、「男女
共同参画社会の形成」とは、「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあら
ゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び
文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会を形成することをいう」と定義
されている。男女共同参画基本計画(第2次)に、「2020年までに指導的地位に立つ女性の割合を少
なくとも30%程度」に高めるという目標が明記され、そのための取組が進められてきた。しかし、そ
の進捗は十分ではない。女性の社会的参画、特に意思決定過程への女性の参画は、遅れている。国際
的に見ても、低水準である。指導的地位に立つ女性の割合は、わが国の場合、たとえば衆議院議員で
9.4%、参議院議員で17.8%、都道府県議会議員で7.3%、民間企業課長相当職で3.6%、国家公務員管理
− 200 −
職で1.7%、都道府県の地方公務員管理職で5.1%、医師で17.2%、研究者で12.4%となっている。国連
開発計画のジェンダー・エンパワーメント指数(GEM)は93カ国中54位、世界経済フォーラムのジェ
ンダー・ギャップ指数(GGI)は131カ国中91位となっている。こうした現状を改善するために、平成
20年(2008年)4月に、男女共同参画推進本部において、「女性の参画加速プログラム」が決定され
た。このプログラムでは、「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の実現」「女性の能力
開発・能力発揮に対する支援」「意識改革」の3つを総合的に実施することが、施策の基本的方向と
して打ち出されている。
(11) 平成18年(2006年)4月の調査では、入学者の76%、在学生の74%が福岡県の出身である。
(12) 平成12年(2000年)の総務省統計局の「国勢調査」により、「女性の年齢階級別労働力率」で福岡県
と全国平均を比較すれば、15歳~29歳はほぼ同水準、30歳~39歳はわずかに上回り、40歳~65歳以上
はつねに下回っている。ちなみに、この労働力率は、わが国の場合、M字型になることが知られてい
る。また、平成16年(2004年)9月の「福岡県男女共同参画社会に向けての意識調査」、同年11月の
「内閣府男女共同参画に関する世論調査」によれば、「子どもができても、ずっと職業を続ける」と
考える女性は、福岡県で27.3%、全国平均で40.4%である。「出産で中断し、子どもが大きくなったら
再び持つ」と考える女性は、福岡県で56.2%、全国平均で34.9%である。
(13) グレートブックスとして、平成19年度(2007年度)中に、1,148冊を購入した。この冊数はタイトル
数ではなく、1タイトルにつき複数冊数購入した数も含む冊数である。授業科目「人生・職業・社会
Ⅰ」のために203冊、「人生・職業・社会Ⅱ」のために221冊。文学系の図書として、読書案内・読書
のすすめ関係90冊、エッセイ10冊、日本家族史13冊、辞典関係30冊、洋書哲学系グレートブックス61
冊、平凡社などの文庫本195冊、古代文学25冊、近代女性文献資料161冊。理科系の図書として、科学
のとびら(東京化学同人)35冊、岩波科学ライブラリー70冊。その他、大学改革・リベラルアーツ関
係図書34冊。平成20年度(2008年度)中には、617冊を購入した。職業キャリア導入教育関連の授業
科目のために83冊。学問キャリア導入教育関連で、文科系の図書として190冊、理科系の図書として
334冊。その他、大学改革・リベラルアーツ関係図書10冊。平成21年度(2009年度)は、文科系の図
書235冊、理科系の図書177冊、文理統合・国際化関係の図書144冊の3本柱で、発注中である。
(14) FDとはFaculty Development(ファカルティ・ディベロップメント)のことである。平成20年(2008
年)12月24日の中央教育審議会答申「学士課程の構築に向けて」の「用語解説」には、次のように記
されている。「教員が授業内容・方法を改善し向上させるための組織的な取組の総称。具体的な例
としては、教員相互の授業参観の実施、授業方法についての研究会の開催、新任教員のための研修
会の開催などを挙げることができる。なお、大学設置基準等においては、こうした意味でのFDの実
施を各大学に求めているが、FDの定義・内容は論者によって様々であり、単に授業内容・方法の改
善のための研修に限らず、広く教育の改善、更には研究活動、社会貢献、管理運営に関わる教員団
の職能開発の活動全般を指すものとしてFDの語を用いる場合もある」。これに対して、SDとはStaff
Development(スタッフ・ディベロップメント)のことで、教員以外の職員の研修を表す語として用
いられることが多い。たとえば、平成20年(2008年)5月29日に開催された本学のFD研修会では、
久留米大学文学部の安永悟教授を講師に迎えて、「協同学習の基本的な考え方―学生の変化・成長を
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
求めて―」というテーマで講演がなされた。講師が講演テーマについて「協同学習」の方式で講演す
るというスタイルだったので、受講者である本学教職員は講演内容を理解するとともに、協同学習の
「実施方法」そのものも体験することができた。講師から、「さっそく明日から協同学習方式の授業
に取り組んでほしい」との要望が出されたので、それ以降、担当授業科目のうち協同学習方式が導入
できる科目では、この方式での授業を行っている教員もいる。授業アンケートの結果を見ても、協同
学習方式は、受講生からかなりの好評を博している。最近では、2年次学生(73人)の教育実習の事
前指導を協同学習方式で行ったところ、全実習校である本学近隣の4つの中学校のいずれにおいて
も、「今年の実習生は例年にまして積極的で優秀である」と評された。協同学習方式の事前学習が
教育実習での積極的な態度につながっていると推察される。ちなみに、協同学習では、Think-PairShareという技法(①クラス全体に質問を与える、②一人で考える、③ほぼ同じ時間を使って、ペア
で順番に考えを述べる、④クラス全体で話し合う)やRound Robinという技法(①クラス全体に質問
を与える、②一人で考える、③ほぼ同じ時間を使って、グループ内で順番に考えを述べる、④クラス
全体で話し合う)を用いる。こうした技法は、本学で独自に開発して、「福女CEプログラム」で用
いている「三角(参画)討論」の技法に酷似している。三角(参画)討論は、学生が授業を聞いて、
それに対する自分の考えを作文に書いた後で行う。一人用の机をきれいな正三角形に配置して3人グ
ループを作って作文を発表し討論するので、「三角討論」と呼んでいる。この方式では否応なく討論
に参画しなければならないので、「参画討論」と呼ぶこともできる。3人グループでの発表・討論の
後には、クラス全体での発表・討論を行っている。
(15) 平成19年(2007年)8月6日に大学改革推進室が設置され、室長と事務局長の2人で出発した。同年10
月1日からは、本学の現代GPの取組期間中に主として現代GP関連の事務を担当する1人の専任職員
がこの大学改革推進室に配置された。翌年4月1日からは、主として大学改革関連の事務を担当するも
う1人の専任職員が配置された。その後、本学の抜本的改革の準備が進展するとともに大学改革推進
室の充実が図られ、平成21年(2009年)10月の現状では、室長1人、事務責任者1人、事務部門に副
長1人、専任職員1人、海外学生募集担当職員1人、教員部門に体験学習担当教員1人、文学部から
の兼務教員1人、人間環境学部からの兼務教員1人の計8人が配置されている。大学改革推進室に配置
されていた広報担当部門が独立して、平成21年9月1日から企画広報室となり、室長の副理事長のも
とで2人の職員が戦略的広報に務めている。現代GP関連の事務を担当する職員は、平成21年の4月か
らキャリア支援センターで業務に就いている。
(16) 大江淳良、前掲論文(上記註(6))、15頁。
(17) 特集「大学でのキャリア教育の現状」Part 1 CDA座談会「キャリア教育のシステム構築は、まだ試行
錯誤の段階にある」、『JCDAジャーナル』27号、特定非営利法人日本キャリア開発協会、2007年9
月25日発行、2-12頁参照。
(18) 本田由紀『若者と仕事』東京大学出版会、2005年参照。
(19) 法政大学キャリアデザイン学部では、アカデミック・スキルを養成するための基本テキストとして、
2008年度は次の2冊を用いている。佐藤望編著『アカデミック・スキルズ』慶応義塾大学出版会、
2006年。宮内泰介『自分で調べる技術』岩波書店、2004年。
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(20) PDCAサイクルとは、Plan/Do/Check/Actionの頭文字をとって、計画→実行→検証→改善の流れを次
の計画に活かしていくプロセスのことを言う。この考え方を体系化したデミング博士の名前から、欧
米ではデミングサイクルとも呼ばれている。
(21) C言語とは、1972年にアメリカのAT&T社のベル研究所で開発されたプログラミング言語のことであ
る。1986年にアメリカ規格協会(ANSI)によって標準化され、国際標準化機構(ISO)や日本工業規
格(JIS)にも標準として採用されている。B言語という言語の後継として開発されたため、C言語と
名づけられた。
(22) 中谷彰宏『面接の達人2009バイブル版』ダイヤモンド社、2007年。この本によれば、「面接で言わな
ければならないのは、『自己紹介』と『志望動機』の2つだけ」である(23頁)。「『面接における
自己紹介』を一言で言うと、『これまで何をしてきたか』ということ」である(66頁)。『面接の達
人』のシリーズには、「バイブル版」の他に、「就活マナー編」「自己分析エントリーシート編」
「問題集男子編」「問題集女子編」がある。
(23) 「キャリア形成を支援する労働市場政策研究会」報告書とは、平成14年(2002年)7月31日に厚生労
働省職業能力開発局が公表した報告書である。公表に際して、次のようなコメントが出されている。
「経済社会環境が急激に変化し続け、予測のつかない不透明な時代となり、労働者、個人は一回限り
の職業人生を、他人まかせ、組織まかせにして、大過なく過ごせる状況ではなくなってきた。すなわ
ち、自分の職業人生を、どう構想し実行していくか、また、現在の変化にどう対応すべきか、各人自
ら答えを出さなければならない状況となってきている。/この意味において、「キャリア」(関連し
た職業経験の連鎖)や「キャリア形成」といった言葉が、労働者の職業生活を論ずるキーワードとな
りつつある。こうした動きを単に時代の流れに対応させるための受動的なものと受け止めるのではな
く、これを契機として個人主体のキャリア形成の動きを積極的に位置づけ、企業や社会の活性化を図
る方向に向けていくことが重要である。」
(24) 奥村康『「まじめ」は寿命を縮める「不良」長寿のすすめ』宝島社新書283、2009年。
(25) つくね島環境修復プロジェクト(広島大学キャリアセンター現代GPフロントランナープログラム企
画)のWebサイトには、「五日市町誌より」ということで、次のような「あまんじゃく伝説」が紹
介されている。「道空さんには子供がいましたが、いつも親の言うことにさからう言動をしていまし
た。ある日、道空さんは死期に臨んで、心の中では海老山にお墓を建ててほしいと思っていました
が、日頃の子供のことを考えて『私が死んだら墓は津久根島に建ててくれ』と遺言しました。道空さ
んの死後、子供は今まで自分は父の言葉に背いた行動ばかりした親不孝者だった。せめて父の残した
遺言だけは守って不孝のつぐないともしようと思いました。そして遺言のとおりに津久根島にお墓を
建てました。これより以後、親の言葉にさからう者を『あまんじゃく』と呼ぶようになりました。」
もちろん、「あまんじゃく」とは「あまのじゃく」(天邪久・天邪鬼)のことである。
(26) 『危機に立つ国家』(A Nation at Risk)とは、レーガン大統領時代の1983年にアメリカ教育庁長官の諮
問機関であるThe National Commission on Excellence in Education(卓越した教育に関する国家委員
会)が発表した報告書である。3,500万部印刷されてベストセラーになった。アメリカの学力低下、教
育の質の低下を問題視した内容で、各州に教育改革を促すことになった。この報告書は、西村和雄編
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
『学力低下が国を滅ぼす』(日本経済新聞社、2001年)で、アメリカが低学力の状態から脱したきっ
かけになった報告書として全文が翻訳されて紹介されている。
(27) 1980年代の国際競争力の低下を背景として、教育に対して産業界から強い懸念が示された。その結
果、ジョージ・ブッシュ大統領のイニシアティブで、1991年に教育に関する国家戦略が表明され
た。1992年には連邦労働省長官の指導で「必要なスキル獲得に関する労働省長官委員会」によって
「SCANSレポート」が策定された。SCANSとは、Secretary’
s Commission on Achieving Necessary
Skillの略称である。このレポートでは、職場で求められる能力を明確化するとともに、産学連携に
よってそうした能力を学校段階から養成していくことなどを提言している。今後50年、産業構造が
どんなに変化しても必要になる職業能力が「基礎力」とされ、5つのコンピテンシー(能力)と
3つの基本スキルがその要件として定義づけられた。5つのコンピテンシーとは、Resources(資
源)、Interpersonal(人間関係)、Information(情報)、Systems(システム)、Technology(テクノ
ロジー)の能力である。3つの基本スキルとは、Basic Skills(読み書き計算などの基礎スキル)、
Thinking Skills(思考スキル)、Personal Qualities(人間的資質)である。
(28) 中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」平成11年(1999年)12月16
日。ここでは、次のような提言がなされた。「学校と社会及び学校間の円滑な接続を図るためのキャ
リア教育(望ましい職業観・勤労観及び職業に関する知識や技能を身に付けさせるとともに、自己の
個性を理解し、主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育)を小学校段階から発達段階に応じ
て実施する必要がある。」上記註(4)参照。
(29) 当時の日本では、高い失業率、増加する無業者、フリーターなど、若者を取り巻く雇用情勢が極めて
厳しい状況にあり、このような状況が続けば、若者の職業能力の蓄積がなされず、中長期的な競争
力・生産性の低下といった経済基盤の崩壊や、社会保障システムの脆弱化、社会不安の増大等深刻な
社会問題を惹起しかねないとの認識が政府(若者自立・挑戦戦略会議)においてなされた。その結
果、平成15年(2003年)6月10日に、文部科学大臣、厚生労働大臣、経済産業大臣、経済財政政策担
当大臣が、「若者自立・挑戦プラン」を取りまとめた。ここでは、平成18年度(2006年度)までに、
若年者の働く意欲を喚起しつつ、全てのやる気のある若年者の職業的自立を促進し、もって若年失業
者等の増加傾向を転換させることを目的にして、教育・雇用・産業政策の連携を強化し、官民一体と
なった総合的な人材対策を強化するとしている。
(30) 近年の高等教育の拡大や国際化の進展に伴い、高等教育の多様な質を評価することが重視されるよ
うになってきている。政府や高等教育機関、質保証機関などが学習成果の評価方法を改善しやす
いようにするために、OECD(経済協力開発機構)が高等教育における学習成果の評価(AHELO:
Assessment of Higher Education Learning Outcomes)について、フィージビリティ・スタディ(試
行的に試験を行い、本格的な実施可能性を明らかにすること)を実施することを提案した。平成20年
(2008年)1月11日~12日に東京で開催されたOECD非公式教育大臣会合において、当時の渡海文部科
学大臣が、フィージビリティ・スタディに日本も参加する意志があることを表明した。平成20年12月
に開催された各国代表者による第1回AHELO専門家会合において、日本が工学分野へ参加すること
が正式に決定された。
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(31) アメリカのボーイング社が開発した大型旅客機「ボーイング747-400」のこと。1988年4月29日に初飛
行。いわゆる「ハイテク・ジャンボ」である。電子制御技術を駆使した自動化で、機長と副操縦士の
2人乗務にした。このモデルの登場以降、以前のモデルは「747クラシック」と呼ばれるようになっ
た。
(32) 高橋俊介『キャリアショック どうすればアナタは自分でキャリアを切り開けるのか?』東洋経済新
報社、2000年。2006年に、SB文庫(ソフトバンク クリエイティブ株式会社)で文庫化されている。
(33) 高橋俊介『スローキャリア 上昇志向が強くない人のための生き方論』PHP研究所、2004年。ちなみ
に、英語では、Slow Career. A Theory of Living for People Without Strong Ambitionと表記されている。
(34) 「福女CEプログラム」では学生の「読み書き討論能力」の向上を図るため、さまざまな機会に論評文
(作文)を学生が書くように工夫している。学生が作文に取り組むモチベーションを高めるために、
「福女CEプログラム用原稿用紙」という名称でオリジナルの400字詰め原稿用紙を作成し、キャリア
支援センターなどで学生に無償で配付している。
(35) 作文の選定は、キャリア支援センターの嘱託職員など、授業の補助業務を担当した3人の嘱託職員の
協力を得て行った。作者名は匿名にしている。読みやすくするために、ごく一部に修正を加えたもの
もある。なお、授業で提出された作文は、キャリア支援センターで保管している。
(36) クオータ(quota)は「割当」を意味する英語で、クオータ制(quota system)とはマイノリティに一
定比率以上のポジションを割り当てる制度のこと。ここでは、議会や委員会、国・自治体・会社など
の一定のポジションに一定比率以上の女性を割り当てる制度のこと。ノルウェーでは上場企業の役員
の40%以上を女性に割り当てることが法律で義務づけられ、この基準に達しない企業は解散させられ
る。アメリカではクオータ制は導入されていないが、女性管理職の割合は40%を超えている。クオー
タ制は、人種や性別などを理由として歴史的に形成された構造的差別を解消するための積極的是正措
置(positive action)の一つである。
(37) もともと「先達との対話」という授業科目名を考えていたが、現代GPへの申請書の検討段階で、「わ
かりにくい」という理由から「キャリア・デザイン」に名称変更になった。しかし、平成20年(2008
年)2月10日にパシフィコ横浜で開催された「文部科学省大学改革プログラム合同フォーラム」のポ
スターセッションで多くの大学関係者と意見交換を行った際、「先達から学ぶ」「対話によって学
ぶ」ことが明確にわかるので「先達との対話」は優れたネーミングだとの指摘があった。
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┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
13 現代GPと大学改革
福岡女子大学 理事 甲斐 裕
平成19年度の文部科学省の「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」(現代GP)の「実
践的総合キャリア教育の推進」に「男女共同参画社会をめざすキャリア教育(3年間)」とい
う取組名称で応募し、選定された。このプログラムに応募することになったのは、その前年度
に本学が法人化され、同時に福岡県から抜本的大学改革に取り組むよう指示されたことに始ま
る。この指示に対して学内に改革委員会を設置し、大学教育の質を保証することをその基本方
針とした。これは翌年の中教審答申における大学教育の実質化と軌を一にするものであり、期
せずして本学改革方針の妥当性が示された形となった。
この改革を実現する準備として、現代GP「男女共同参画社会をめざすキャリア教育」(以
下、「現代GP」と略す)に取り組むこととした。大学教育の質の保証を目標に掲げたのは、
現在の本学の教育がややもすれば形式的な知識・技能の教授に終始し、単位修得を以て卒業認
定とする教育の形骸化がみられなくもなかったからである。これを改め、学生に本当の学力を
身につけさせる基盤的教育を現代GPで確立することをめざした。
これに沿って、二つのことを目標に掲げた。一つは学問する意識を養成し、学生に主体的に
学ぶ姿勢を身につけさせることである。それには各授業においてその内容と社会との関わりを
取り上げるようにするとともに、卒業生や社会で活躍している人をゲスト・スピーカーに呼ん
で、学問の意義づけを語ってもらうキャリアデザイン科目を設置した。これらの取組を総称し
て「職業キャリア導入教育」と名づけた。併せて、女性の社会的位置づけを知ってもらうため、
ジェンダーに関する科目を充実させた。もう一つは、大学での学び方を身につけさせ、論理的思
考力と判断力を身につけさせることである。これについては、全学生を20人程度の小グループに
分け、個別ゼミ形式による指導を従前より導入していたので、またその補助手段として、グレー
トブックスを整備した。このようにして、「学問キャリア導入教育」の充実を図っている。
現在進めている大学改革では、現在の2学部5学科を再編統合し、平成23年4月をめどに1
学部3学科のまったく新しい体制を発足させる予定である。新学部のねらいはグローバル化社
会に対応する女性人材の育成である。これは国際的に通用する人材の育成であり、本物の学力
を身につけさせねばその実現は不可能である。すなわち、大学教育の質の保証、大学教育の実
質化が求められる。このことは現代GPで我々が取り組んできたことに他ならない。現代GP
に引き続き、新学部ではそれを充実発展させ、学生の主体的学びを実現する教育体制を整備す
る。現代GPでは職業キャリアとして個々の授業内容や、社会人の講演などを用意したが、改
革後はそれをさらに効果的にするため、自らそれを実地に学ぶ体験学習制度を導入する。さら
に学問に対する基盤的思考力を育てるファーストイヤーゼミ、学問への志向を育てる学部基盤
科目を設け、教職員の手厚い指導助言体制を整備して、卒業研究までの学生主体のカリキュラ
ム編成により、大学教育の実質化を図る。
本学の現代GPは、総じていえば本学の改革の柱である「学生の主体的学び」実現の前駆を
なすものであり、改革の実現にとって多大の知見、経験を積むことができ、その基礎となるひ
じょうに有益な取組であった。
− 206 −
付録 関連資料
付録 関連資料
1「職業キャリア導入教育科目」
(「人生・職業・社会」&「キャリア・デザイン」)受講者数
①受講者数
1.H19年度後期「人生・職業・社会Ⅰ」
1年
2年
3年
4年
計
国 文
10
0
2
0
12
英 文
29
0
1
0
30
環 境
16
0
0
0
16
栄 養
5
0
1
0
6
生 活
5
0
0
0
5
65
0
4
0
69
栄 養
3
0
0
0
3
生 活
5
0
0
0
5
79
0
0
0
79
栄 養
0
1
0
0
1
生 活
0
12
1
0
13
0
47
1
0
48
栄 養
0
0
0
0
0
生 活
0
0
0
0
0
7
0
0
0
7
栄 養
0
0
0
0
0
生 活
0
2
0
0
2
0
16
0
0
16
栄 養
13
0
0
0
13
生 活
9
0
0
0
9
60
0
0
0
60
栄 養
0
2
0
0
2
生 活
0
0
0
0
0
0
42
2
0
44
2.H20年度前期「人生・職業・社会Ⅰ」
1年
2年
3年
4年
計
国 文
33
0
0
0
33
英 文
25
0
0
0
25
環 境
13
0
0
0
13
3.H20年度前期「キャリアデザインⅠ」
1年
2年
3年
4年
計
国 文
0
6
0
0
6
英 文
0
15
0
0
15
環 境
0
13
0
0
13
4.H20年度後期「人生・職業・社会Ⅱ」
1年
2年
3年
4年
計
国 文
5
0
0
0
5
英 文
0
0
0
0
0
環 境
2
0
0
0
2
5.H20年度後期「キャリアデザインⅡ」
1年
2年
3年
4年
計
国 文
0
6
0
0
6
英 文
0
6
0
0
6
環 境
0
2
0
0
2
6.H21年度前期「人生・職業・社会Ⅰ」
1年
2年
3年
4年
計
国 文
18
0
0
0
18
英 文
18
0
0
0
18
環 境
2
0
0
0
2
7.H21年度前期「キャリアデザインⅠ」
1年
2年
3年
4年
計
国 文
0
13
1
0
14
英 文
0
17
1
0
18
環 境
0
10
0
0
10
− 209 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
②受講者の動向
1.H19年度後期「人生・職業・社会Ⅰ」
卒業生
1
2
3
4
5
6
決定進路
7
2.H20年度前期「人生・職業・社会Ⅰ」
国文A
○
他大学大学院進学
3.H20年度前期「キャリアデザインⅠ」
国文B
○
情報通信会社
英文A
○
不動産会社
栄養A
○
栄養食品会社
4.H20年度後期「人生・職業・社会Ⅱ」
5.H20年度後期「キャリアデザインⅡ」
6.H21年度前期「人生・職業・社会Ⅰ」
現3年生
1
2
3
○
国文A
4
5
○
6
7
○
○
国文B
8.インターンシップ参加回数(3年生のみ)
国文D
○
国文E
○
○
国文F
○
○
国文G
○
○
国文C
希望進路
8
休学中
通信・マスメディア業界
7.H21年度前期「キャリアデザインⅠ」
1 メーカー
○
日本語教師
○
1 地方公務員
休学中
地方銀行
○
国文H
出版社
国文I
○
地方公務員
国文J
○
ブライダル会社
国文K
○
国文L
○
○
○
国文M
○
○
○
英文A
○
英文B
○
英文C
○
○
サービス業
英文D
○
○
2 英会話教室
英文E
○
○
英文F
○
英文G
○
○
英文H
○
○
英文I
○
英文J
○
英文K
○
○
2 航空会社
英文L
○
○
1 公務員
英文M
○
○
1 教育事業会社
英文N
○
英文O
○
英文P
○
英文Q
○
英文R
○
英文S
○
英文T
○
英文U
○
○
英文V
○
○
英文X
○
○
英文Y
○
旅行会社
英文Z
○
メーカー
英文a
○
英文b
○
地方銀行
民間放送局
○
英文e
○
環境B
○
環境C
○
メーカー
サービス業
留学中
留学中
1 国家公務員
2 教員
○
1 化粧品会社
留学中
サービス業
○
○
○
環境E
○
環境F
○
環境G
○
環境H
○
環境I
○
環境K
○
環境L
○
環境M
○
環境N
○
環境O
○
1 通信・マスメディア業界
○
1 サービス業
地方銀行
○
○
留学中
○
1 アパレルメーカー
民間放送局
○
公務員
旅行会社
メーカー
○
環境V
○
環境W
環境X
○
栄養A
○
栄養B
○
化粧品会社
○
1 薬品会社
メーカー
2 電話会社
○
2 公務員
公務員
○
環境U
通信・マスメディア業界
公務員
○
メーカー
○
1 化学系企業
○
1 都市ガス
○
1 他大学大学院進学
○
1 金融機関
大学院進学
1 地方銀行
映画制作会社
1 食品会社
○
栄養C
他大学大学院進学
1 進学
○
環境T
メーカー
独立行政法人
大学院進学
○
環境Q
○
2 サービス業
塾講師
○
環境P
環境S
通信・マスメディア業界
2 教員
○
○
環境J
飲食店
1 銀行
○
環境D
2 商社
1 公務員
○
環境A
環境R
○
○
英文d
銀行
1 通信・マスメディア業界
英文W
英文c
2 都市銀行
メーカー
栄養D
○
2 メーカー
栄養E
○
3 食品会社
栄養F
○
生活B
○
生活C
生活D
食品会社
○
生活A
○
大学院進学
○
1 メーカー
○
○
1 メーカー
○
○
1 化粧品会社
生活E
○
生活F
○
IT企業
○
1 地方公務員
○
1 地方公務員
生活K
○
1 商社
生活L
○
生活M
○
1 公務員
1 メーカー
生活N
○
専門学校進学
生活O
○
メーカー
生活G
生活H
○
生活I
○
生活J
○
食品会社
メーカー
1 教員
− 210 −
付録 関連資料
現2年生
現1年生
㻔
㻕
㻖
㻗
㻘
㻙
㻚
国文A
○
国文B
○
国文C
○
国文D
○
○
国文E
○
○
㻔
㻕
㻖
㻗
㻘
㻙
国文A
○
国文B
○
国文C
○
国文D
○
○
国文E
○
○
○
国文F
○
○
○
国文F
国文G
○
○
○
国文G
○
国文H
○
国文H
○
国文I
○
国文I
○
国文J
○
国文J
○
国文K
○
国文K
○
国文L
○
国文L
○
国文M
○
国文M
○
国文N
○
国文N
○
国文O
○
国文O
○
国文P
○
国文P
○
国文Q
○
国文Q
○
国文R
○
国文R
○
国文S
○
英文A
○
国文T
○
英文B
○
国文U
○
英文C
○
国文V
○
英文D
○
国文W
○
英文E
○
国文X
○
○
○
○
○
○
英文F
○
国文Y
○
英文G
○
国文Z
○
英文H
○
国文a
○
英文I
○
英文J
○
英文K
○
○
○
国文b
○
国文c
○
国文d
○
英文L
○
国文e
○
英文M
○
国文f
○
英文N
○
国文g
○
英文O
○
○
○
国文h
○
英文P
国文i
○
英文Q
○
英文A
○
○
英文R
○
英文B
○
○
環境A
○
英文C
○
○
環境B
○
英文D
○
○
栄養A
○
英文E
○
○
栄養B
○
英文F
○
栄養C
○
英文G
○
栄養D
○
英文H
○
栄養E
○
英文I
○
栄養F
○
英文J
○
栄養G
○
英文K
○
栄養H
○
英文L
○
栄養I
○
英文M
○
○
栄養J
○
英文N
○
○
栄養K
○
○
英文O
○
栄養L
英文P
○
栄養M
○
英文Q
○
○
生活A
○
○
英文R
○
○
生活B
英文S
○
○
生活C
○
英文T
○
○
生活D
○
○
英文U
○
生活E
英文V
○
生活F
○
英文W
○
生活G
○
○
○
○
英文X
○
生活H
英文Y
○
生活I
英文Z
○
英文a
○
英文b
○
英文c
○
英文d
○
英文e
○
環境A
○
環境B
○
環境C
○
環境D
○
環境E
○
環境F
○
環境G
○
環境H
○
環境I
○
環境J
○
環境K
○
環境L
○
○
○
環境M
○
○
○
○
○
○
環境N
○
環境O
○
環境P
○
環境Q
○
環境R
○
栄養A
○
栄養B
○
栄養C
○
栄養D
○
栄養E
○
生活A
○
生活B
○
生活C
○
生活D
○
生活E
○
生活F
○
− 211 −
㻚
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
2「キャリア・デザインⅠ、
Ⅱ」のゲスト・スピーカー一覧表(氏名は除く)
「キャリア・デザインⅠ」※ゲスト・スピーカーは、本学卒業生のみ。
平成20年度
前期授業
(平成20年4月16日∼平成20年7月9日)
(水曜5時限目・A31教室)
回
授業日
2
4月16日
3
平成21年度
前期授業
(平成21年4月15日∼平成21年7月15日)
(水曜5時限目・A31教室)
勤 務 先
回
授業日
コロロETセンター
2
4月15日
福岡県中小企業団体中央会
4月23日
明治安田生命保険相互会社
3
4月22日
韓国・馬山大学
4
4月30日
自営業
4
4月28日
宮崎大学
5
5月 7日
福岡工業大学短期大学部 5
5月13日
ジオス香椎校
6
5月14日
㈶結核予防会福岡県支部
6
5月27日
コロロETセンター
7
5月28日
㈱テレビ西日本(TNC)
7
6月 3日
シンガポール航空
(株)
8
6月 4日
福岡女子大学
8
6月10日
(株)
東洋新薬
9
6月11日
イリノイ州立大学
9
6月17日
(株)
新日本コンサルタント
10
6月18日
久留米筑水高等学校
10
6月24日
福岡県立玄海高等学校
11
6月25日
キューサイ㈱
11
7月 1日
福岡市役所
12
7月 2日
三池高等学校
12
7月 8日
(株)
モミジ
13
7月 9日
九州朝日放送㈱(KBC)
13
7月15日
宮路電気
(株)
− 212 −
勤 務 先
付録 関連資料
「キャリア・デザインⅡ」
平成20年度
後期授業
(平成20年10月1日∼平成21年1月28日)
平成21年度
後期授業
(平成21年10月7日∼平成22年1月20日)
(水曜5時限目・A31教室)
(水曜5時限目・A31教室)
回
授業日
本学
卒業生
勤 務 先
回
授業日
本学
卒業生
勤 務 先
1
10月 1日
―
九州大学
1
10月 7日
ー
九州国際大学
2
10月 8日
○
祐誠高等学校
2
10月14日
ー
日本放送協会
(NHK)
3
10月22日
○
筑紫野市役所
3
10月21日
○
㈱ポケモン 4
10月29日
○
福岡市当仁中学校
4
10月28日
○
福岡県東警察署
5
11月 5日
○
福岡工業大学短期大学部
5
11月 4日
○
イワキ株式会社福岡支店
6
11月12日
―
朝日無線株式会社
6
11月11日
ー
NPO法人あまらんすねっと
7
11月19日
―
環境教育を
行う
「ながぐつ工房」
7
11月18日
ー
別府市立朝日中学校
8
11月26日
―
福岡市保健環境研究所
8
11月25日
ー
福岡市南区役所
9
12月 3日
―
大野城まどかぴあ
男女平等推進センター
9
12月 2日
ー
㈱カルテットライフ
プランニング
10
12月10日
○
株式会社ムラカミアソシェーツ
10
12月 9日
ー
福岡市総合図書館
11
12月17日
○
栄養士と管理栄養士の
人材サポートを提供する
株式会社Kan-Z 11
12月16日
ー (有)
スタディオパラディソ
12
1月21日
―
㈱松下美紀照明設計事務所
12
1月13日
ー
福岡県工業技術センター
化学繊維研究所
13
1月28日
―
blue birds fukuoka
13
1月20日
ー
㈱シンフォニア
− 213 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
3 文部科学省主催のポスター・セッション参加(平成19年度)
名 称 平成19年度文部科学省大学教育改革プログラム合同フォーラム
開催期間 平成20年2月9日
(土)
∼10日
(日)
開催場所 パシフィコ横浜 会議センター
参 加 者 3名
内 容 ○事前送付資料:大学案内、大学広報、福岡女子大学キャリア教育用語集
キャリア教育シンポジンムチラシ、ポスター
○当日持参資料:ノートPC(「人生・職業・社会Ⅰ」のDVDを流すため)
現代GPパンフレット
○ポスターセッション(11:00∼16:30)
・会場は3階で、最も広くブースが設置されていた。
・常に人の流れがあり、良い位置であった。
・取組についての説明を行った。
○「キャリア教育関連」分科会(16:00∼17:30)
2名参加。
○ポスターセッション片付け(16:30∼17:30)
− 214 −
付録 関連資料
平成19年度は, 600件の申請に対して , 119 件が選定されました。
− 215 −
┃福岡女子大学・文部科学省現代GP報告書┃
4 招待講演での外部発表
平成20年 8月 7日
IDE大学セミナー
九州大学
平成21年10月 9日
福岡県福津市
男女共同参画市民講座
福岡県福津市
健康福祉センター(ふくとぴあ)
平成21年11月29日 あすばる共同参画フォーラム2009
福岡県
男女共同参画センター(あすばる)
平成22年 1月23日
鹿児島国際大学
学生支援推進プログラム講演会
鹿児島国際大学
平成22年 3月 7日
大学コンソーシアム京都主催
第15回FDフォーラム
同志社大学
平成22年 3月16日 静岡県立大学キャリア支援講演会
静岡県立大学
5 受けた訪問調査
平成19年12月12日
北九州市立大学
平成20年 8月 8日
宮 崎 公 立 大 学
平成21年10月16日
国 際 教 養 大 学
平成21年10月19日
静 岡 県 立 大 学
平成22年 2月 4日
宮
九
崎
州
大
大
学
学
6 FD研修会
実施日
平成22年2月2日
テーマ
主体的に学び、生きる学生を育てるために
講 師
夏目 達也
共 催
キャリア教育推進本部とFD部会
氏 (名古屋大学高等教育研究センター教授)
7 中央教育審議会での紹介
平成22年2月4日の中央教育審議会キャリア教育・職業教育特別部会で、本取組が紹介された。
− 216 −
付録 関連資料
(平成19年度・平成20年度・平成21年度)
福岡女子大学・文部科学省現代 GP 報告書
男女共同参画社会をめざすキャリア教育
学生のキャリア意識と人間力を高める
21世紀高度教養教育への地方公立女子大学の挑戦
平成22年3月発行
発行責任者 森 邦昭 キャリア支援センター長・現代GP取組担当者)
発 行 公立大学法人 福岡女子大学
〒813-8529 福岡県福岡市東区香住ヶ丘1−1−1
問合わせ先 福岡女子大学キャリア支援センター
TEL:092(661)2411 FAX:092(661)2415
URL:http://www.fwu.ac.jp/
福岡女子大学
Fukuoka Women’s University