BioResource Now

BioResource Now ! Vol.8 No.6
BioResource Now !
Issue Number 8
June 2012
国内外のバイオリソースを巡る様々な問題や取り組みについて、毎月ホットな話題をこのニュースレターで紹介していきます。
金子 武人 ( 京都大学大学院医学研究科附属動物実験施設 )
ホット情報
No.40
じょうほう通信
No.70
お薦め Book!
No.6
10 年ひと仕事
−フリーズドライ精子保存法開発への道−
BLAST+ のインストール
P1 - 2
P2
「粘菌 −その驚くべき知性」
P2
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及び国際条約により保護されています。
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URL: www.shigen.nig.ac.jp/shigen/news/
ホット情報〈NO.40〉
10 年ひと仕事
−フリーズドライ精子保存法開発への道−
2001 年 8 月、私はハワイ・ホノルル
空港に降り立った。これが、フリーズ
ドライ精子保存法開発の始まりであ
る。柳町隆造博士率いるハワイ大学の
研究グループは、1998 年にフリーズ
ドライ精子からマウスを誕生させるこ
とに成功した。柳町グループの NIH プ
ロジェクトに参画し、マウスフリーズ
ドライ精子保存法をより効率の良いも
のにすることが私に与えられた課題で
あった。2 年間という短い期間の中で、
絶対的な観光地である「ハワイ」の誘
惑と闘いながら、フリーズドライに対
する精子の耐性や作出効率向上に関す
る研究を行った。その甲斐もあって、
保 存 液 へ の 金 属 キ レ ー ト 剤 の 添 加、
pH、保存温度、そして精子の成熟度が
フリーズドライ後の精子
の受精能に大きく影響す
ることを明らかにするこ
とができた。
液体窒素による凍結保存法が主流の
中、なぜ「フリーズドライ」にこだ
わ る の か?そ れ は、こ の 技 術 が 携
わっていたバイオリソース事業に大
きなメリットがあると感じたからで
ある。フリーズドライ精子保存法は、
○ 特殊な凍結保護剤・保存液が不要
(トリス -EDTA 保存液で保存可能)
○ 液体窒素タンクや定期的な液体窒
素の購入・補充が不要(冷蔵庫で
保存可能)
○ 設備・維持費の大幅なコストダウ
ンが可能
○ 保有サンプルの管理、バックアッ
プが容易
○ ドライシッパー・ドライアイス不
要の常温国際輸送が可能(常温で
3 ヶ月保存可能)
である。このため私は、帰国後もバ
イオリソース事業を行いながら、フ
リーズドライ精子保存法の効率向上
を目的とした研究を継続した。バイ
オリソース事業において、貴重な遺
伝資源を安全に次世代に受け継ぐこ
とは最重要課題である。そこで、マ
ウスやラットでは、生体維持による
感染症や遺伝的汚染のリスクを軽減
するために、凍結精子・受精卵によ
る系統保存が行われてきた。しかし
ながら、保存系統数の増加に伴う設
備の増設、液体窒素使用量の増加、
定期的な設備メンテナンス等による
ランニングコストは決して安価とは
言えない。
ナショナルバイオリソースプロジェクト「ラット」
京都大学大学院医学研究科
附属動物実験施設 特定講師
金子 武人
今後も起こりうるであろう大災害に
おいても、安全に遺伝資源を守るこ
とのできる液体窒素不要の新しい遺
伝資源長期保存法の実用化が、急務
の課題であるとあらためて強く認識
した瞬間であった。
そのような状況の中、フリーズドラ
イ精子の長期保存が成功した。ラッ
トで 5 年間、マウスで 3 年間、冷蔵
庫(4℃)で保存したフリーズドラ
イ精子から正常な繁殖能力を持つ子
供が産まれたのである ( 写真 1)。ど
ちらの精子もフリーズドライ直後の
精子を用いた時と変わらない産子作
出率が得られたことから、保存中の
劣化や受精能の低下は認められな
かった。この結果により、フリーズ
ドライ精子保存法は実用化に大きく
前進した。フリーズドライ精子長期
保存法の実用化によって、これまで
の液体窒素による凍結保存法よりも
「安 全・簡 易・低 コ ス ト」の 遺 伝 資
源保存・輸送が可能となるのである。
また、精子のみで遺伝子を次世代に
伝えることができるトランスジェ
ニック・コンジェニック系統の保存
や、保存系統の簡易・安価なバック
アップとしてフリーズドライ精子保
存法は有効なツールになる。
また近年、安全面でも今後のバイオ
リソース事業において大きく考えさ
せられる事件が起きた。2011 年 3 月、
東日本を襲った大震災である。この
事件により、これまでフリーズドラ
イ精子保存法の開発は、研究レベル
であり実用化については将来的なも
のとしか考えていなかった私の思い
は大きく変わった。震災では、長期
停電により冷蔵庫・冷凍庫で保存さ
れていた多くの研究用サンプルが失
われた。液体窒素タンクは、供給シ
ステムが停止してもタンクが破損し
ない限り液体窒素の液面は維持
されるため、震災直後の遺伝資
源は守られた。しかしながら、1
日 5 ∼ 10 リットル気化する液体
窒素は、生産工場被災による製造
停止、道路の寸断による交通機能
1:フリーズドライ精子のアンプルと冷蔵庫(4℃)
のマヒにより供給が途絶えたこと 写真
で 5 年間保存した精子から得られたラット(左)および
3 年間保存した精子から得られたマウス(右)
で危機的な状況に陥った。
次ページへ続く
BioResource Now ! Vol.8 No.6
今回の成果が得られるまでの道のり
は 10 年を要した。まさに「10 年ひ
と仕事」である。フリーズドライ精
子保存法は、野生動物の保護や優良
家畜の保存においても応用できる可
能性が高いことから、他の動物種で
の長期保存の成功を期待し、今後は
精 子 の 常 温 長 期 保 存、受 精 卵 の フ
リーズドライ保存法の開発という新
たな道を歩んでいきたい。■
現在までに受精卵のフリーズドライ
に成功した報告はない。近交系は受
精卵で保存しなければならないので、
全てのラット・マウス系統をフリー
ズドライで保存することはできない
が、「精子=フリーズドライ、受精卵
=液体窒素保存」とするだけでもコ
スト・安全面での貢献度は大きい。
BLAST+ のインストール
実行時間 (sec.)
2009 年、NCBI は従来の BLAST(Legacy BLAST)
の改良版である BLAST+ をリリースしました。
長大なクエリ配列の分割や、Trace-back での
部分検索の導入などが主な改善点とされ、こ
れまで処理に時間のかかっていた大規模な検
索も、短時間で実行できるようになりました。
先生のご発表論文
・PLoS One 7(4): e35043, 2012
・Cryobiology 64: 211-214 (2012)
関連記事のサイト
・http://www.anim.med.kyoto-u.ac.jp/repro
duction/sperm_freeze-drying_jp.aspx
・http://www.anim.med.kyoto-u.ac.jp/repro
duction/home_jp.aspx
・http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/
h1/news6/2012/120410_1.htm
じょうほう通信
BLAST+
Legacy BLAST
クエリ配列長 kbases
図 1 は BLAST+ と Legacy BLAST とで、検索実
行時間にどれほどの違いが生まれるのかを示し 図 1:BLAST+ と Legacy BLAST
た図です。大腸菌の全ゲノム配列 (4.6Mbases) における tblastx 実行時間
を デ ー タ ベ ー ス と し、そ の 任 意 の 箇 所 か ら 取 得 し た 5kbases、
50kbases、500kbases の配列をクエリとして tblastx( フィルタオフ )
を実行し、その処理時間を計測しました。※実行環境は、表 1 の通りです。
その結果、クエリ配列が長くなるほど BLAST+ と Legacy BLAST の実
行時間の差が大きくなることがわかります。BLAST+ は Legacy BLAST
同様、ローカル環境にインストールして利用することが可能です。今
回は、Linux での BLAST+ のインストールから、処理の実行までを紹
介します。
表 1:マシンのスペック
CentOS 6.2 (32bit)
OS
AMD Athlon(tm) 64 X2 Dual Core Processor 3800+(2.0GHz)
CPU
メモリ 2.0Gbyte
1Tbyte, SATA 3.0, 7200rpm
HDD
blastn: 2.2.26+
Package: blast 2.2.26, build Feb 9 2012 16:01:19
① NCBI の BLAST ダウンロードページから、データベースのダウンロー
ドページを開きます。(ftp://ftp.ncbi.nlm.nih.gov/blast/db/)
② FASTA ディレクトリへアクセスし、目的のファイルを任意のディレ
クトリへダウンロードします。
③ 端末からコマンドを入力し ( 表 2-b 又は 2-c) 実行してください。
注)出力するデータベース名とハッシュインデックスの作成は必須ではありません。
④ 実行後、作成したデータベースの情報が端末に表示されれば、デー
タベースのフォーマットは成功です。
BLAST の実行
① FASTA 形式のクエリを用意します。
② 端末からコマンドを入力し ( 表 2- d 又は 2-e) 処理を実行します。
③ 現在のディレクトリに結果のファイルが出力されていれば処理は
成功です。
表 2 :コマンド一覧
項番
目的
BLAST+ のインストール手順
b
塩基配列 DB のフォーマット
① NCBI の BLAST のダウンロードページから、BLAST+ 最新版のダウン
ロードページ (ftp://ftp.ncbi.nlm.nih.gov/blast/executables/blast+/LATEST/)
を開きます。
② 2012 年 6 月現在の最新版である ncbi-blast-2.2.26+-x64-linux.tar.gz
を任意のディレクトリへダウンロードします。
注)マシンの性能により時間のかかる場合があります。
③ gz ファイルをダブルクリックで解凍します。
④ 端末からコマンドを入力し(表 2-a)、BLAST の実行ファイルの格納
されている bin までの PATH を通します。
⑤ 最後に、 blastn -version と入力して実行してください。BLAST+ のバージョンが表示されれば、イントールは成功です。(図 2)
c
d
アミノ酸配列 DB の
フォーマット
blastn
e
blastp
中垣俊之著(PHP サイエンス・ワールド新書、2010 年)
著者はイグ・ノーベル賞を2度も受賞したことで有名な人。ちなみに、
イグ・ノーベル賞は「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる」研究
に対して与えられるという。
本書では単細胞の真正粘菌が示す「優れた能力」が紹介されている
が、その1つが 2008 年のイグノーベル賞を受賞した「粘菌の迷路
解き」である。迷路の中に粘菌を入れ、迷路の入り口と出口に餌を
置くと、粘菌は2つの餌を同時に食べようとして、入り口と出口を
つなぐ最短の経路に沿って身体を伸ばす。つまり粘菌としては、餌
は食べたいし身体は2つに分断したくないので、最短の管(原形質)
でつないで身を1つに保つということらしい。
もう1つは、2010 年のイグノーベル賞に輝いた「関東圏の鉄道網
を再現した粘菌」の話だ。寒天プレート上に描いた関東地方の地図
の主要な都市に餌を置き、粘菌を東京の位置から出発させると、原
形質流動によって広がり、餌に集まる。多数の餌を同時に食べよう
とするので、結果的に粘菌はネットワーク状の管を形成し、その形
が現実の JR 路線図とよく一致したという。このとき、粘菌は管の
総延長を短くすると同時に、管の一部が断線しても身体は2分され
ないように(連結保証性)、二重の最適化を行ったのだという。こ
こまでくると、たしかに粘菌は「驚くべき知性」をもっていると言
えそうだ。(K.N.)
図 2:バージョン情報例
データベースのフォーマット
PATH を通す
「粘菌 −その驚くべき知性」
10 分
$ blastn -version
a
お薦め Book!〈NO.6〉
[ 第 70 回 ]
コマンド
export PATH=$PATH: 指定ディレクトリ
までの絶対パス
makeblastdb -in FASTAファイル -dbtype
nucl -out データベース -hash_index
makeblastdb -in FASTAファイル -dbtype
prot -out データベース -hash_index
blastn -db データベース -query クエリファイル
-out 出力ファイル
blastp -db データベース -query クエリファイル
-out 出力ファイル
大規模な検索であるほど性能を発揮する BLAST+ を、
ぜひ使ってみてはいかがでしょうか。
(生物遺伝資源センター データベース事業部 松野 恭兵 )
Contact Address
連絡先 〒411-8540 静岡県三島市谷田 1111
国立遺伝学研究所 生物遺伝資源センター
TEL 055-981-6885 ( 山崎 ) E-mail:[email protected]
Editor's Note
リソース保存技術の革新は、リソースセンターの運営に大きく貢献するこ
とはもちろんのこと、今後世界中の研究室に浸透することを考えるとその
影響力は計り知れないですね。それにしても、新技術の発見から実用化ま
で 10 年間の金子先生の弛まないご努力に頭が下がります(Y.Y.)。
バイオリソース情報
(NBRP) www.nbrp.jp/
(SHIGEN) www.shigen.nig.ac.jp/indexja.htm
(WGR) www.shigen.nig.ac.jp/wgr/
(JGR) www.shigen.nig.ac.jp/wgr/jgr/jgrUrlList.jsp
BioResource Now !
Issue Number 8 June 2012