中古スマートフォンのデータ消去と流通端末のトレーサビリティ

2016 年 4 月 5 日
オークネット総合研究所
~世界の中古スマートフォン流通市場の実態を探る~
第7回:中古スマートフォンのデータ消去と流通端末のトレーサビリティ(1)
オ ー ク ネ ッ ト 総 合 研 究 所 ( 所 在 地 : 東 京 都 港 区 / 代 表 理 事 : 山 内 良 信 /URL : http://www.aucnet.co.jp
/aucnet-reseach/)は、BtoB ネットオークションを主軸とした情報流通サービスを提供するオークネットグループが運
営し、独自の調査レポートなどを発表しています。昨年 10 月からは、昨今注目される中古スマートフォン市場に関し、
モバイル研究家・木暮祐一氏に取材・調査を依頼し、その実態をニュースレターとして月1~2 回のペースで配信してお
ります。
これまで、香港・中国での中古スマートフォン流通の実態や、国内における政策動向とこれに関連した企業、団体等の
動きにフォーカスして当レポートにて報告してきました。改めて流通する中古スマホに目を向け、中古スマホのデータ消
去の実態や、流通する端末のトレーサビリティについて着目し、今後数回に分けてレポートします。
1. 海外でも評価が高い日本発の中古スマートフォン
日本から輸出された中古のスマートフォン(以下、スマホ)が並ぶ香港市場では、日本から出荷され
た中古スマホのクオリティが高く評価されていた。まずユーザーによる端末の取り扱いが他国に比べ全
体的に丁寧であり痛みが少ないということであった。日本のユーザーの多くはスマホにカバーを取り付
けて傷などが付かないよう工夫して使っていることや、比較的短期間(たとえば 2 年ごとなど)で買い
替えられていることが理由である。そしてもう一つ、現地の関係者から評価されていたのが、端末内の
データ消去と動作チェックが完全に行われているという点だった。
端末のデータ消去といっても、端末の設定メニューから「工場出荷状態に戻す」だけでは完全にデー
タを消去できるわけではない。端末内のメモリはパソコンでいうハードディスクに該当し、端末の初期
化を実施したところで、メモリ内にはファイルの痕跡が残っている。画面上ではデータが見えなったと
しても特殊なツールを使うことで復元できてしまうことがある。たとえば中古スマホが悪意のあるユー
ザーに渡ってしまってデータが復元され悪用されるといった危険が考えられる。中古スマホの流通業者
は、自社が流通させた端末からこうしたデータ流出が起ころうものなら、損害賠償請求などを被ること
もあり得る話である。
日本から香港市場に流通していた中古スマホは、専用のソフトウェアでデータの完全消去や端末の動
作確認が行なわれ、場合によってはその「データ消去証明書」も付いて流通しているという話だった。
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データ消去ソフトウェアとはどういったものなのか。データ消去ソフトウェアの中でトップクラスのシ
ェアを誇るフィンランドの Blancco Oy Ltd(以下、ブランコ)が株式会社オークネットと共同出資で
設立した日本法人、株式会社ブランコ・ジャパンを取材した。インタビューに応じてくれたのは、同社
COO の呉 孝順(ご・たかゆき)氏。
2. データ消去ソフトウェアの大手「ブランコ」
呉氏によれば、ブランコはもともとパソコンやサーバーのデータ消去を専門としてきた。その後スマ
ホの時代が到来し、2011 年からスマホ向けのサービスも開始。現在ではパソコン、サーバー、スマホ
用のデータ消去ソフトウェアを全世界で約 8,000 万ライセンスを出荷しているという。本社および開発
拠点はフィンランドにあり、世界 16 拠点に営業拠点を構えデータ消去ソフトの販売を行っている。日
本法人もこの営業拠点のひとつである。世界の中で、とくにアメリカ、ドイツ、イギリス、日本、メキ
シコの 5 カ国で売り上げが上位を占めているそうだ。またアジアでは、日本のほか、ベトナム、マレー
シア、韓国などにも利用が広まりつつあるという。
株式会社ブランコ・ジャパン COO 呉 孝順 氏
日本市場においては、この分野のソフトウェアのシェアではブランコが 80%と、ほぼ寡占的な状況
でビジネス展開を行っている。日本市場でここまでシェアを独占できた要因は何だったのか。
「日本では、2005~6 年の頃はデータ消去のソフトウェアを法人向けに販売している会社がたくさんあ
った。そこにブランコが参入したわけだが、当然簡単にシェアを取れるような世界ではなかった。しか
し、この時期はパソコンが著しく高性能化すると同時に、新しい周辺テクノロジーが次々に出てきてい
た。日本のデータ消去ソフトウェアメーカーは日本市場だけをターゲットにしていたため開発が追いつ
いていかなくなった。この分野は継続的に新しいテクノロジーに対応を続けていくことが大切なことな
のだが、国内市場だけであるとコストが見合わなくなる。そうして先行していたデータ消去ソフトウェ
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アが次々と更新をあきらめるようになり、そのたびに日本企業が当社のソフトウェアに乗り換えてくれ
るようになった。ブランコはグローバル企業だからこそ、一定の生産数を維持することができ、コスト
をペイできた」
(呉氏)
3. 故障診断、データ消去に加えクラウドを通じたデータ管理も
ブランコが提供しているスマホ用ソフトウェアおよびソリューションは 3 サービスある。まず、2011
年から提供を行っているデータ消去ソフトウェアが「Blancco 5 Mobile」で、スマホやタブレットのユ
ーザー変更、譲渡、廃棄時などで、内蔵メモリに残されたデータを完全に消去し、情報漏洩対策に用い
るものである。端末の初期化(工場出荷状態に戻す)とは異なり、内蔵メモリに残存するデータを復元
できない状態にすることである。
「端末の初期化によるデータ消去というのは、本に例えると目次を消すだけ。なのでやろうと思えばデ
ータを復元できてしまう。
「Blancco 5 Mobile」を使うと、目次を消すだけでなく、本の中のページも
真っ黒に塗りつぶしていくイメージである。消去のモニタリング(消去作業中の状態をパソコン上から
閲覧できる)や、複数デバイスの同時消去が可能なほか、データを消去した際の端末の詳細な情報や消
去結果を自動的に消去レポートとして記録したり、発行することができる。国内外の大手通信事業者や
中古端末取扱事業者などに導入されている。iOS および Android、BlackBerry、Windows Phone に対
応している。
」
(呉氏)
「Blancco 5 Mobile」によるスマホのデータ消去とトレーサビリティ(同社ウェブより)
また、故障診断ソリューション「Blancco 5 Mobile Diagnostics」を、端末メーカー、通信事業者、
中古端末取扱事業者、修理事業者向けに提供している。これは端末の故障診断を行うクラウド連携ソリ
ューションで、最大 50 項目の診断を行い、スマホやタブレットの状態を正確に把握することができる。
診断後は、端末のメーカー名、モデル名、OS、IMEI(端末識別番号)などの情報を自動で取得し、診
断結果と共にレポートとして記録する。
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「Blancco 5 Mobile Diagnostics」では故障診断をトレーサビリティ化(同社ウェブより)
端末内に診断アプリがインストールされ、端末機能の動作確認ができる
そして日本市場向けのソリューションとして「Blancco Mobile for FeliCa」を提供している。これは
おサイフケータイ用に端末に内蔵されているモバイル FeliCa IC チップ向けのデータ消去ソリューショ
ンで、アプリやデータの削除や端末の初期化だけでは消すことができないモバイル FeliCa IC チップに
残る利用データを完全に消去することができる。
「モバイル FeliCa IC チップの記憶領域は、スマホのメモリとは違うところにデータが保管されている。
これまではキャリアショップでしか消去できなかった。しかも個人情報にも関わるものであるので、デ
ータ消去にはその端末の所有者の申請があってはじめて処理できるものであった。これがきちんと消去
できないと、中古端末として再販することもできない。日本固有の課題であった」(呉氏)
モバイル FeliCa IC チップのデータ消去と同時にチップの故障診断も行う。チップへアクセスするた
めの認証は FeliCa 対応サーバーと通信を行うことで解除している。「Blancco 5 Mobile Diagnostics」
「Blancco Mobile for FeliCa」共に、市場のニーズに応える形で 2015 年春から提供を開始したもので
ある。
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「Blancco Mobile for FeliCa」はモバイル FeliCa チップの故障診断とデータ消去が可能
これらブランコのデータ消去ソフトウェアやソリューションを使って処理したスマホ端末の診断結
果や消去結果は、同社が消去レポートの管理ツールとして提供するクラウドサービス「 Blancco
Management Console」上で一元的に管理が可能となっている。これにより、流通する中古スマホの
トレーサビリティを確保している。
「最近ではスマホを買い取り、整備して中古として販売する中古品販売チェーンが増えている。こうし
たところでは書籍から家電品まで様々な商品を買い取るが、スマホの場合は店舗のスタッフが完璧にマ
ニュアルどおりに検査したりデータ消去をこなすというのは難しい。そうしたところで、故障診断から
データ消去まで統一した作業を行えるソフトウェアとして評価されている。また買い取りをした店舗と
販売を行う店舗が異なることも考えられる。クラウドを通じて流通の行程において診断やデータ消去の
レポートが共有できるようにしている。同一企業内だけでなく、たとえば提携先とデータベースを共有
するような使い方もできる。
」
(呉氏)
4. ますます重くなる個人情報取扱企業の責任
端末を買い取りに出すユーザーの中には端末内のデータに無頓着なケースも多く、初期化がされずに
持ち込まれるケースも少なくないという。しかしながら、そうした端末から個人情報が流出するような
事態になれば、端末の買い取りや販売を行った企業が責任を追及されることになる。
昨年、壱番屋の廃棄冷凍カツが横流しされた事件が話題になった。事件の背景にある食品リサイクル
産業の構造的問題がクローズアップされることになったが、中古スマホを取り扱う業界も決して他人事
ではないはずである。ユーザーの個人情報が詰まった機器だけに、中古品販売チェーンにとっては取り
扱うスマホのデータ消去履歴や流通経路の管理は一層重要なものになっていくと考えられる。
同時に、企業の責任は一段と重いものになっていくようだ。
欧州連合(EU)では現在「欧州統一個人情報保護法」
(= General Data Protection Regulation、以
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下 GDPR)の制定を目指し議論が進んでいる。
「データ所有者(個人)の権利強化」
「データを管理する
者の責任の明確化」
「データ保護機関の権限強化」などが盛り込まれたものである。この 20 年における
急速なインターネットの広まりによる個人情報を扱うビジネスの変化や、近年のソーシャルネットワー
クを通じた個人情報のネット上の拡散と、そうした情報の商用利用が当たり前な時代となり、新たに EU
における統一的データ保護規則の確立が求められてきたことで、2012 年以降 GDPR の法制化が議論さ
れてきた。2015 年 6 月 15 日に欧州閣僚理事会が内相・法相会議を開催し、欧州データ保護規則案を
承認、約 2 年の移行期間を経て施行される予定である。
わが国でも「マイナンバー」運用を視野に、昨年 9 月に個人情報保護法案の改正案が国会で承認され
たところだが、GDPR は EU の国民や居住者の個人情報データ保護に関して、データを取り扱う企業の
責任をより明確にしている。当初は従業員 250 名以上で年間 5000 件のデータを処理する中小企業以上
の組織に適用される予定のようだが、万が一 EU 域内の国民や居住者の個人情報を漏洩させてしまった
場合に莫大な罰金が科せられる。その額は最も重いもので前会計年度全世界売上の 4%、もしくは 2000
万ユーロ(約 25 億円)になる。
たとえば中古スマホの買取事業者が、端末内データの消去が曖昧なまま商品を流通させたことにより
販売先で個人情報漏洩につながったとした場合、この GDPR が適用され企業の存続も危ぶまれかねない
莫大な罰金が科せられる可能性があるのである。GDPR では「EU の国民や居住者の個人情報データ保
護」となっているが、EU 以外に拠点のある企業であっても EU 域内の情報を扱う限り適用される懸念
がある。日本企業においても、たとえば欧州から仕入れた中古スマホから情報が漏洩してしまうような
ケースも起こりかねない。
わが国では法制上ここまで企業に重い責任を負わせてはいないが、世界ではこれほど個人情報の取り
扱いに関する責任がシビアなものになりつつあるということだ。中古スマホを取り扱う事業者は、端末
内情報の取り扱いに関してますます気を引き締めていかなくてはならない。
次回は実際にブランコのデータ消去ソリューションを導入している企業を取材し、データ消去の実際
や中古スマホ端末のトレーサビリティについてレポートする。
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著者:木暮祐一(こぐれゆういち)
モバイル研究家・青森公立大学経営経済学部准教授
1967 年、東京都生まれ。黎明期からの携帯電話業界動向をウォッチし、2000 年に(株)アスキー
にて携帯電話情報サイト『携帯 24』を立ち上げ同 Web 編集長。コンテンツ業界を経て 2004 年独立。
2007 年、
「携帯電話の遠隔医療応用に関する研究」に携わり徳島大学大学院工学研究科を修了、博士(工
学)。スマートフォンの医療・ヘルスケア分野への応用をはじめ、ICT の地域社会での活用に関わる研
究に従事。モバイル学会理事/副会長、IT ヘルスケア学会理事。近著に『メディア技術史』
(共著、北樹
出版)など。1000 台を超えるケータイのコレクションも保有している。
<オークネット総合研究所
概要>
当総合研究所は、1985 年に世界初の中古車 TV オークション事業をスタートし、以来 30 年にわたり
オークションを主軸とした情報流通サービスを提供するオークネットグループが運営。これまで培った
実績とネットワークを活用し、専門性、信頼性の高い情報を発信することで、更なる業界発展に寄与す
ることを目指しています。
所在地:〒107‐8349 東京都港区北青山二丁目 5 番 8 号 青山 OM スクエア
代表理事:山内 良信
U R L:http://www.aucnet.co.jp/aucnet-reseach/
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