我が国地方へのインバウンド誘致に関する研究 ―長野県野沢温泉村を事例に― 桃井 謙祐(信州大学) Keyword: インバウンド、おもてなし、地域文化 【目的】 ウィンターリゾートを楽しむ外国人観光客は、訪日経験 我が国の地方の活性化を図る上で、観光振興は大きな課 が増える中でニセコ以外の地域にも、白馬、そして野沢 題であり、特に、国内観光客のみならず、近年急増しつつ 温泉などへも足を運ぶようになるとも言われており、こ ある外国人観光客の地方への誘致は今後の大きな課題であ れまで外国人観光客がそれほど訪れていなかった地域に る。しかしながら、外国人観光客の訪問先を見ると、東京 おける外国人観光客の訪問意図や訪問実態を分析するこ 周辺や東京と関西を結ぶいわゆるゴールデンルート、国際 とは、重要な課題であると言える。 路線も充実しつつある北海道など一部の地域に偏っている (例えば観光庁(2015)) 。 他方、我が国の地域におけるインバウンド誘致に関す る研究は、近年出てきているものの、行政や観光協会等、 今回、上記のような地域以外の地方への外国人観光客誘 いわば供給者側・誘致側への調査に基づくものや、ある 致のあり方について考察を深めるべく、近年外国人観光客 いは全国規模などある程度広範囲での外国人観光客への が急増している野沢温泉村を事例として、外国人観光客の 調査に基づくものが多く、実際にある特定の地方を訪問 実態に関する研究を行った。野沢温泉村は、スキーなどの する外国人観光客の訪問意図等を分析するといった言わ 楽しめる観光地・ウィンターリゾート地としては長年に渡 ば需要者側への研究は、管見の限りそれほど見受けられ る歴史はあるものの、ニセコや白馬といった、ゲレンデも ない。例えば、長野県におけるインバウンド観光の進展 広大で、多種多様なコースを楽しめる外国人に人気のウィ について述べた研究としては金(2009)があるが、これも ンターリゾート地には及ばない点もあり、また、アクセス 前者の側の研究である。 も本年3月14日の北陸新幹線金沢開業による飯山駅への新 また、我が国の地方のウィンターリゾートにおけるイ 幹線延伸までは決して良好とは言い難かったが、近年外国 ンバウンド誘致に関する先行研究は、ニセコや白馬など 人観光客が急増してきている。本研究では、この野沢温泉 に関する研究は一部あるものの、外国人観光客の訪問意 村を事例に、特に外国人観光客の多い冬季の動向を分析し、 図等を詳細に分析したものは少ない。例えば、眞田(2009) それを通じ、今後の我が国地方へのインバウンド誘致への は、白馬村のスキー場を訪れる外国人旅行者へのアンケ 示唆を得ることを目的としている。 ートも行っているが、彼らがなぜ白馬村を訪れたのか、 【研究方法・研究内容】 白馬村についてどのように評価しているか、などについ 我が国におけるインバウンド誘致が大きな課題となる ては分析を行っていない。 中で、前述のように、インバウンドの訪問地としては一 野沢温泉村に関する研究についても、例えば外国人誘 部の地域に大きく偏る中、地方へのインバウンド誘致に 致への取組みの事例紹介はあるものの(森(2011)) 、実際 おいては、地域間連携による情報発信力の強化や、従来 に外国人観光客を対象とした分析は見られない。 のゴールデンルート以外の新たな広域周遊ルートの形成 このため、本研究においては、野沢温泉村を事例とし が重要な課題とも指摘されている(交通政策審議会観光 て、特に外国人観光客がなぜウィンターリゾート地とし 分科会(2014)) 。 て野沢温泉村を訪れたのか、訪問に当たっては他のどの 他方、訪日外国人観光客も増えつつあるものの、今後、 ウィンターリゾートと比較し、実際どのように評価して 我が国地方へのインバウンド誘致競争はますます活発に いるか、などを明らかにすべく、実際に野沢温泉スキー なりつつあると考えられる。 場及び温泉街において、外国人観光客を対象に、アンケ そのような中、我が国地方へのインバウンド誘致の成 ート及びインタビューを行った。これは、本年 3 月 1~3 功事例としては、まずニセコ地域の事例が大きく採り上 日、21~23 日、27 日の計 7 日間行い、有効回答数は 131 げられていたが、現在は、例えばウィンターリゾートに であった。回答者の属性は以下のとおりであった。 おいても、白馬地域や野沢温泉村など、外国人観光客が (なお、次節以下、ウィンターリゾート地としての野沢 増えつつある地域は他にも出てきている。特に、日本の 温泉村を「野沢温泉」と表記することとする) 【図表1】回答者の年代 また、野沢温泉に来訪した外国人観光客の訪日回数を 調査したところ、初めての来日で野沢温泉を訪れた者が 4 割弱と来日回数別では最大の割合であり、二回目までの 訪日で訪れた者の合計は約 6 割と、比較的少ない訪日回 数で野沢温泉を訪れていることがわかる。 また、野沢温泉以外の我が国のスキー場への往訪経験 を調査したところ、ニセコや白馬など国内の他のウィン ターリゾート地を訪れた経験のある者はそれほど多くな く、せいぜい 10%強にとどまっていた。 【図表4】回答者の野沢温泉以外の訪問経験のあるウィ ンターリゾート地 【図表2】回答者の出身国 また、今回の野沢温泉への滞在に当たり、他のどこの ウィンターリゾート地と比較して決めたかについても、 国内の他の場所とはそれほど比較しておらず、むしろど ことも比較せずに野沢温泉への滞在を決めた回答者が最 【分析結果】 大多数であった。 以下、今回実施したアンケート調査の結果を示す。 外国人観光客の野沢温泉来訪回数と訪日回数を調査し たところ、 野沢温泉を初めて訪れた者が8割強であった。 【図表3】回答者の野沢温泉来訪回数と訪日回数 野沢温泉 人数 割合 来訪回数 訪日 人数 割合 回数 1 107 81.7% 1 49 37.4% 2 16 12.2% 2 30 22.9% 3 3 2.3% 3 6 4.6% 4 2 1.5% 4 5 3.8% 5 1 0.8% 5 3 2.3% 6 以上 2 1.5% 6 以上※ 38 29.0% 合計 131 100% 合計 131 100% ※一部、日本在住者を含む。 【図表5】回答者の今回の野沢温泉滞在に当たり、それ と比較したウィンターリゾート地 また、今回の訪日における野沢温泉以外の訪問先につ いて調査したところ、野沢温泉以外のウィンターリゾー 【図表8】回答者が今回野沢温泉を滞在先に選んだ主な 理由 ト地はほとんど挙がらず、東京・京都が多く、次いで野 沢温泉から日帰り圏内である地獄谷野猿公苑や長野市を 挙げる回答者が多かった。 【図表6】回答者の今回の訪日での野沢温泉以外の訪問 予定先 他方、外国人観光客に、野沢温泉における各属性に関 し満足度調査を行ったところ、 「大変満足した」要素とし ては、下表のとおり、ホスピタリティや地元の文化、温 泉といった要素が、スキー場本来の要素である雪質やゲ レンデを大幅に上回っていた。 つまり、野沢温泉は、我が国で外国人に人気のニセコ や白馬といったウィンターリゾート地と比べ、規模や立 【図表9】回答者が「大変満足した」と回答した野沢温 泉の各属性の割合 地面では相対的によいとは言えないものの、日本でスキ ーやスノーボードを楽しむならまず野沢温泉を目指す外 国人観光客が相当の割合に上っていた。 さらに、外国人観光客が野沢温泉をどのように知った かについて調査したところ、下表のとおり、友人からの 口コミが圧倒的に多かった。 【図表7】回答者がどのようにして野沢温泉を知ったか なお、雪質やゲレンデについて、他の属性よりも「大 変満足した」という回答が少なくなったことについては、 調査時点が 3 月であったためにスキー場の雪のコンディ ションがシーズン最盛期より悪化していた可能性がある ことには留意する必要があるものの、他方、訪問前には 野沢温泉を滞在先に選ぶ主要因でなかったホスピタリテ 次いで、今回、野沢温泉を滞在先として決めた主な理 由について調査したところ、地元の文化、雪質、温泉が 多く挙げられ、スキー場のゲレンデがそれに続いた。 ィについて、外国人観光客の満足度が大変高かったこと が注目される。 これに関し、外国人観光客にニセコと他のウィンター リゾート地との違いについて尋ねてみたところ、地元の 文化や街の様子、温泉などと並んで、地元の人がフレン ドリーで助けになる、といった回答が多く聞かれたのが ることで、外国人観光客を惹きつけていると言えよう。 印象的であった。 また、インバウンド誘致においては地域間連携やルー なお、こうした地元の人の旅館・商店などの従業員や ト設定が重要とも言われるが、実際に野沢温泉を訪れる 住民のホスピタリティや地元の文化、温泉などへの満足 外国人旅行者はそれほど周辺地域や観光ルートを意識せ 度の高さもあってか、野沢温泉への再訪意図について調 ず、滞在地としての魅力に惹かれ野沢温泉を訪れている。 査したところ、再訪したいとの回答が圧倒的に高かった。 このように、地方へのインバウンド誘致戦略としては、 滞在地としての独自性ある魅力を磨きつつ、長期滞在客 【図表 10】回答者の野沢温泉への再訪意図 を飽きさせないような地域づくりをしていくといった意 味での周囲との緩やかな連携も考えられよう。また、日 本の他の地方でも、インバウンド誘致に当たっては、そ の地の特徴を多面的に活かしそれを体感できる、独自性 のある場づくり・文化づくりも訴求ポイントとして重要 と考えられよう。 本研究から、①外国人は、規模やアクセス条件等で有 利な条件にあるとは言えない場所でも、地元の文化や地 元の人との交流なども活かした独自の場所感や体験的要 【考察・今後の展開】 素があれば、今や初めての来日でも訪問するようになっ 上記のように、野沢温泉は、ウィンターリゾート地と ていること、②そうした遠隔地への来訪には、口コミが しては、スキー場の規模などは既に外国人観光客を多数 大きな影響力を持ちうること、③雪質やゲレンデ等、ス 集めているニセコ地域や白馬地域よりも小さく、またこ キー場の魅力のみならず、地域固有の文化や温泉街の存 れまでアクセスも決してよかったとは言えないものの、 在、地元民のおもてなしなどが外国人観光客に特別な経 主に口コミが広がることによって、まだ訪日経験の浅い 験価値をもたし、それにより口コミが生まれ、他の国内 外国人観光客を多数惹きつけている。 外のウィンターリゾート地とも差別化され集客につなが 冬季に野沢温泉を訪れる外国人観光客は、そこで感じ っている、ことが明らかとなった。 られる伝統的な地域文化や、地元の人のホスピタリティ、 今後、他のウィンターリゾート地との比較や、さらに 温泉の存在、歩いて周れる規模の小さい街の様子などに はこうしたウィンタースポーツを核としたツーリズム以 独自の魅力を感じており、単にスキーやスノーボードと 外の来訪形態との比較も行いつつ、外国人観光客の動向 いったウィンタースポーツを楽しむのみならず、日本ら をさらに分析し、地方へのインバウンド誘致に関する研 しい文化や地元の人との交流・おもてなし、温泉、街の 究成果の精緻化・一般化を考えていきたい。 風情などを体験し、楽しみたい人を惹きつけている。 【註】なお、本稿における事実関係の誤りがあれば、筆 また、こうした野沢温泉ならではの場所感や独自の体 者の責に帰するものである。 験が、野沢温泉を訪れた外国人観光客に高い満足度を感 【引用・参考文献】 じさせ、また訪れたいと思わせるとともに、友人への口 ・ 26 年・年間値(速報) ) 」 コミを誘発していた。 我が国でもニセコや白馬といったウィンターリゾート ・ ・ 研究会、pp.77-86 ・ いて回れる程度の小さい温泉街、という特性を活かし、 日本らしさあるいはその地域独自の伝統文化を感じられ 金玉実(2009)「地方におけるインバウンド観光の進展-長野県を事 例に-」 、 『地域研究年報』第 31 巻、筑波大学人文地理学・地誌学 方向で変化してきているようにも思われるが、野沢温泉 では、ニセコや白馬などよりも小規模でありながら、歩 交通政策審議会観光分科会(2014)『交通政策審議会観光分科会提言 「2020 年に向けて、2000 万人の高みを目指すための観光政策」 』 地は、規模も大きく、いかに欧米のそれと競争しつつ世 界的なウィンターリゾート地に成長していくかといった 観光庁(2015)「宿泊旅行統計調査(平成 26 年 10 月~12 月・平成 眞田隆法(2009)「外国人誘致のための観光施策分析」 『日本地域政 策研究』第 7 巻、日本地域政策学会、pp.177-184 ・ 森晃(2011)「民間の力でインバウンド誘客」島津隆文・鷲尾裕子編 たり、地元の人との交流を楽しめるといった、いわば欧 『カネよりもチエとセンスで人を呼び込め!-地域発 観光まち 米のウィンターリゾート地とは異なる価値提案がなされ づくり最前線』東京法令出版株式会社 pp.124-129
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