hotproject-2011 660KB - 東京都医師会

HOT プロジェクトの普及・推進について
(
答 申
)
平成23年3月
東 京 都 医 師 会
HOT プロジェクト委員会
東都医発第1078号
平成21年7月9日
HOT プロジェクト委員会委員長
殿
東 京 都 医 師 会 長
鈴
木
聰
諮
問
下記について貴委員会の意見を求めます。
記
HOT プロジェクトの普及・推進について
男
HOT プロジェクト委員会
委 員 長
山 下
巖
豊 島 区 医 師 会
副委員長
小 塚 和
人
昭和大学医師会
委
黒 瀬
巌
新 宿 区 医 師 会
〃
深 沢
祐 之
世田谷区医師会
〃
加 山
裕 高
渋 谷 区 医 師 会
〃
天 木
聡
板 橋 区 医 師 会
〃
品 川
直 介
町 田 市 医 師 会
員
特別顧問
中 島 裕
生
MedXML コ ン ソ ー シ ア ム
目
第1章
HOT プロジェクトの現在
第2章
プロジェクトの価値の再確認
次
(山下
巖)------ 1
(中島
裕生)------ 6
1.業務への導入経験
(黒瀬
巌)------10
2.ほっとラインの課題
(加山
裕高)------14
3.現実と期待
(品川
直介)------18
1.普及への必要条件
(小塚
和人)------20
2.ほっとラインへの期待
(深沢
裕之)------23
3.在宅医療での活用
(天木
聡)------26
世界における HOT プロジェクトの位置づけ
第3章
第4章
普及しない理由
将来への提言
第1章
HOT プロジェクトの現在
HOT プロジェクトの誕生
HOT プロジェクトは、2003 年に大橋克洋理事が構想を立ち上げたもので、医
療における IT の有効活用を目標としている。IT 化の第一段階ともいえる電子カ
ルテの普及を見越して、第二段階の「医療情報の共有」を推進することを目指
し、そのためのインフラを整備することとした。
医療機関が蓄積している患者情報を必要に応じて共有することは、連携医療
の際に不可欠なことである。これが便利に行えるようになれば、情報量も増え、
医療者のみならず患者にも利益となる。限られた医療費を無駄なく使うことに
もつながる。そのためには安全に医療情報をやりとりする「道路」が必要にな
る。この整備された「道路」は、さらに発展して医療者と患者とのコミュニケ
ーション・ツールにもなりうる。情報化が医療の質を変化・向上させる可能性
を持っている、と考えた。
ほっとラインの概要
情報を Web 上でアクセスできるようにするため、自前のサーバーを用意し、
「ほ
っとライン」と名付けた。IC カードなどに医療情報を書き込んで患者が持ち歩
くという考え方が多い中で、特定の読み取り機器がなくても、また患者側は手
ぶらでも情報にアクセスできることを利点と考えた。近年注目を浴びている「ク
ラウド」の発想を当時からしていたことになる。セキュリティを担保すること
でサーバーに置かれた医療情報は、必要な時にどこからでもアクセスできると
いう形である。
限られた資金の中で一通りの機能を整備する為に、宮崎・熊本で実証実験を
行なっていた「ドルフィンプロジェクト」のアプリケーションを廉価で利用す
る契約を取り付け、
「ほっと健康ノート」とした。その他に、診療情報提供書を
Web 上で送受信できる「ほっと紹介状」、処方箋を薬局との間で送受信できる「Web
処方箋」、ユーザー同士を Web メールで結ぶ「ほっとメール」などのアプリケー
ションが作られ、
「ほっとポータルサイト」に登載されていった。さらには商業
ベースのアプリケーションである診療予約システムや医薬品対応病名検索シス
テムなどいくつかのアプリケーションも追加されてきた。携帯端末の普及を考
慮して「ほっと健康ノート」を携帯で見られるようなバージョンアップも図っ
てきた。
プロジェクト発足以来の 10 年間で社会も IT 技術も変化している。2010 年に
は政府が「どこでも My 病院」構想を打ち出す様になった。HOT プロジェクトの
発想に国がようやく近づいてきたとも言える。当時から国や行政が後追いして
くることは想定しており、そうした折に現場にあったシステムの構築を提言す
る必要があると考えていた。IT 化は医療資源の効率的な利用に寄与することは
あっても、経済面からのみ管理するためのツールに悪用されてはならない。そ
のため、困難なことは承知の上で自力でのシステム構築を志してきた。
- 1 -
普及しない理由
果たして実際に取り組んで見ると、様々な面で思った様には進捗しなかった。
東京には大学病院をはじめとした大病院が多数あり、各病院を中心とした医
療圏が複雑にオーバーラップしている。従って東京以外で成功した地域医療連
携モデルを東京に持ってきても、うまく機能しない。また、そのようなことで
地域の診療所では地域連携に余り困っておらず、あえて IT を利用したシステム
を利用しようとは思わない。
このような事情から「ほっとライン」で各種の診療支援サービスを提供して
も、なかなか参加して頂けないのが大きな悩みである。東京においても、近い
将来「IT を利用した診療支援サービス」が必要になることは間違いない。一昨
年のレセプトオンライン化騒ぎが好例であるが、その時になってから対応する
のでは遅い。あらかじめ東京都医師会として十分な準備をしておくことが必要
である。
基幹アプリケーションである、「ほっと健康ノート」は動作が直感的でなく、
使い勝手の良いシンプルなものに作り込むことが望ましいと思われた。しかし、
独自開発でないため改編には相当の費用がかかる。普及が進まない段階での資
金投入には躊躇を禁じ得ず、改善は中途半端で留まっている。
内容を良くするためには、多くのユーザーの声をフィードバックさせること
が望ましい。2005 年から 2 年間にわたる東京都の補助金事業を活用することで、
都内の 10 を超えるグループがほっとラインを利用し、いくつかの改善はみられ
た。しかし、補助金事業の終了に伴いユーザーの利用頻度も減ってしまった。
ある程度使えるものでなければ、ユーザーも増えない。ユーザーを増やすこと
と内容を改善することの「卵が先か、ニワトリが先か」というパラドックスを
突き破れずに月日が流れた。多くの議論の結果、
「ほっと健康ノート」では現実
の医療活動に供することは難しいという結論にいたった。
なぜ普及しないのかという、
「失敗学」のプロセスを経ることも委員会の使命
と考え、3 名の委員にそれぞれの視点で執筆頂き、第 3 章に掲載した。
今後の展開
将来を切り開くには核になる機能を向上させることが必要である。シンプル
で使い勝手の良い、必要最小限の機能を整備した上で、どう展開していくかが
問われる。委員会で検討され、今後の可能性が期待されるテーマを列挙してみ
る。
- 2 -
1.ほっとライブラリー(電子書庫)
今年度は少し視点を変え「ほっとライブラリー」と呼ぶ電子書庫の開発を行
なっている。当面は、行政や日本医師会からの伝達文書を主体に電子化したも
のを東京都医師会のサーバーに蓄積し、会員の方々がホームページを見る Web
ブラウザーを使って ID とパスワードで利用できる。文書の中に存在するどの文
言をも検索できる「全文検索」で、極めて簡便に使える。Google などの検索エ
ンジンと同じようなものであるが、東京都医師会会員専用というところが違う。
これにより、紙文書が手元に保存されていなくても電子書庫からいつでも取り
出し参照できる。
文書だけでなく、写真、動画、音声なども蓄積できるので、いずれは学術研
修や伝達講習などを動画として記録し、ライブラリーに蓄積すれば、会員の先
生方が何時でも検索でき、何度でも見直すことができるので大変有用なものと
なる。
2.電子処方箋
当初稼動していたものは、提供元の NPO の都合で頓挫したため、現在、東京
都医師会が独自開発中である。国が電子処方箋を進めようという気配があり、
その前に現場から使い勝手の良いものをつくって研究しておくことが目標であ
る。普及に当たっては、レセコンや電子カルテがある中で、どういった用途で
使えるのかという、「マーケティング」も必要になると思われる。
3.ほっとゲートウェイ
生涯教育担当部で開発中の「生涯教育制度申告支援システム」がある。これ
は地区医師会事務局の生涯教育制度申告業務の支援と、会員による自己申告の
一部支援のためのサービスである。複数のシステムに認証機能を持たせること
は無駄なので「会員のログイン認証」を専門とした「ほっとゲートウェイ」を
別途設けることとした。これは文字通り門番で、会員が「生涯教育システム」
や「ほっとライン」を利用する時はまず「ほっとゲートウェイ」にログインし、
後はそのまま下位のシステムを使えるようになる。これに伴い「ほっとポータ
ル」が担っていた会員認証の機能は「ほっとゲートウェイ」へ移管される(図 1)。
- 3 -
(図 1)
4.各地区のニーズに合わせた利用法のコンサルティング
連携医療には「顔が見える連携」が大事なので、郡市区医師会レベルでの医
療連携は充実している。より質の高い医療連携を目指して IT の活用を模索して
いるところもある。こうした地区の取り組みで最もネックになるのがセキュリ
ティを担保するシステムである。そこで、ほっとラインの機能を活用すると、
各地で現場にあった個性のあるシステムが育つと考えられる。昨今クローズア
ップされている糖尿病や脳卒中の地域連携クリティカルパスなどは、基幹病院
によって少しずつ異なっているため、個別性を許容されるべきである。妊娠中
を管理する施設と出産を受け持つ施設との連携に用いるモデルを以前の答申で
も提示したが、必要とする情報は産科施設によって差があることが想像される。
在宅医療における多施設・多職種の連携に用いるモデルは、今後も利用価値の
あるモデルと言えるが、こうしたシステムは顔の見える間柄の中で、地域特性
に合わせて作ったほうが愛着が湧く。地域の個別のニーズや提案に対してコン
サルティングで答える様な態勢を検討しても良いのではないだろうか。
- 4 -
5.既存のアプリケーションとのコラボレーション
サイボウズなどの商用グループウェアは日々使い勝手や機能を進化させてい
る。また、Google や Yahoo!などの巨大サイトも無料のグループウェアを用意
しており、情報共有には十分な機能を備えている。これらのアプリケーション
とのコラボレーションにより、安全にかつ使い勝手の良いツールを生み出す事
ができないか、模索しても良いと思われる。
将来への提言
ほっとラインの既存のアプリケーションについては、日々進歩する技術と環
境を考慮して、原点に戻って新たな展開を図るべきと考えている。ただ、セキ
ュリティが担保された多施設連携用のツールは、在宅分野などを始めとして、
必要であることに変わりはない。既存の開発メーカーが関心を持っていないこ
うした分野では、公益性を持った東京都医師会が主体となって開発を進めるこ
とは、十分に意義のあることと考える。第 4 章では、HOT プロジェクトの将来像
について、3 名の委員にそれぞれの視点から論じて頂いた。
- 5 -
第2章 プロジェクトの価値の再確認
世界における HOT プロジェクトの位置づけ
世界の状況を要約すると次のようになる。
EU は 2009 年に国レベルで GP を中心した EHR 基盤確立に見通しを得て、2015
年迄に EU 全体にサービスする EHR(電子処方箋、サマリーなど)プロジェクト
epSOS(*)を開始し、米国も ARRA/HITEC 法に基づく政府主導で国の資金による
2015 年までに EMR+a で EHR を開発するプロジェクトを進めている。この両者が
2010 年 3 月、メトリックスや相互運用性など標準化で協力する eHealth 協定を
締結し、治験の分野で具体的な動きを始めた。
WHO は、2014 年に向け、2005 年に WHO によって資金を確保し、開発途上国へ
の EHR 導入プロジェクト HMN(**)を立ち上げ、ISO や EHR 先行国の支援を得て、
成果を段階的に適用する EA,フレームワークなど ISO 標準化を強力に進めている。
EU は 2010 年 3 月、2020 年に向けた eHealth ビジョンを発表、プライマリケ
アの成果を活かし、福祉を中心とした改革を遠隔医療の再展開を含め目指す。
つまり、EHR から e-Health へと動き始めたのが現時点での世界の動きと言えよ
う。
*--epSOS( Service Oriented Systems for European patients )
**-HMN( Health Metrics Network )
・e-Health とは
保健にデジタルや電子化プロセスおよびコミュニケーションの適用を行う
e-Health(用語)は 1990 年代の終わりから 2000 年代の初めに使用され始め、
2003 年の e-Europe,2005 年に WHO が使用し欧州を中心に米国においても使用さ
れている。用語としては米国発の Health IT 等がインターネット上では 5-6 倍
多く検索される。
・グローバル e-Health とは
2010 年に入り、グローバル e-Health の用語が使用されるようになった。①EU
と米国が e-Health で協力協定、②WHO が HMN の展開で ISO 標準化等、保健、医
療や福祉の世界がグローバルなネットワークで結ばれる時代が印象付けられた。
EHR の開発を進めている国が 50 カ国近くになり、WHO 支援のもと HMN に参加し、
EHR の立ち上げを目指す国が 87 カ国になり、2015 年までに EHR 基盤を形成する
国が大勢を占めることが見込まれる。
WHO は 2005 年に既存の Health Informatics 関連主要国際標準化団体に呼び掛
け、eHSCG ( eHealth Standardization Co-ordination Group)を組織化した。
また併せて開発途上国の保健メトリックスのオンライン化を目指し、HMN を設立、
標準をベースに段階的に 2014 年までに展開実現を目指し活動を行っている。
別表に e-Health の動きおよび最新 EHR の状況を掲示した(図 2)。先進諸外国
の EHR 普及については、多くの報告からわかるように普及に著しいものがあり、
- 6 -
それに至る過程の紆余曲折も積極的に克服して今に至っている。それは、国、
行政の意図であり、医療従事者はじめ患者である国民もその意図を受け入れて
いるようである。これはこの 10 年間くらいで起きている事象であり、その過程
で研究・開発された技術、規格も広範囲、堅牢な体系となっている。例えば EHR
関係の ISO、IEC に代表される規格群、SNOMED-CT、ASTM、HL7 などの各国、コン
ソーシアムの規格群についてその発展のスピードは極めて早いものがあり、情
報技術から最新の内容をどう社会に展開するかというソシアルエンジニアリン
グに力点が移っている。特徴として、多様性を重視し、相互のコミュニケーシ
ョン力を高める方向に諸外国は展開している。標準化という一つのものに集約
する考えに組していない。したがって、多様な要素(医療機関であり、医療圏
であり、医療の視点から見た文化圏の最小単位)を組み合わせる術を先進諸外
国は持っている。当然、組み合わせる意図もステークホルダー間でコンセンサ
スをもっており、価値の共有が行われているようである。そのコンセンサス、
価値の共有に対して投資対効果 ROI の尺度が入っており、一つ一つスクラッチ
から作るよりテンプレート的に使い回しする仕組みも実現されている。
翻って、日本はどうか。おそらく上記先進諸外国が進められた要因を欠いて
いるため、ここ 10 年間足踏み状態と考える。またこれらの成功要因を積極的に
取り入れることも実施していない。2002 年に行われた通産省の 26 箇所の地域医
療連携は国によるプロジェクト形式の仕事の進め方のため、プロジェクトが終
了し、継続コストの手当てもままならないとなるとほとんどが停止してしまっ
た。同じやり方をその後も経済産業省、厚生労働省も採用しており、実証実験
という名の国費を多く費やしている。2002 年の通産省地域医療連携プロジェク
トは世界的に進取だったこともあり、多くの有益な知見が得られたが、その後
活用された例は少ない。最近、地域医療再生の形で、あるいは「どこでも My 病
院」で EHR が各地で構築されようとしている。しかし、先の先進諸外国の成功
要因を取り入れているわけでもなく、やはりプロジェクト形式であるため、サ
ービスは継続しないと思われる。
東京都医師会の HOT プロジェクトの場合はどうか。普及への意図を共有すべ
きステークホルダー間でのコンセンサスがとれなかったと考える。これには、
IT による情報伝達という点も含まれる。コンセンサスをとることの困難さに、
東京と言う高密度の医療機関立地と人口という特殊要因も影響していると思わ
れる。コンセンサスを広げていくためのインセンティブ確立が、地方の地域医
療連携で成功している形とは異なり、単純ではなく複雑化している。
具体的な、例えば東京都と医師会が都内で行われる在宅医療のプロジェクト
で IT 支援を位置づけられるならば、まとまった大きさのコミュニティでのコン
センサスつくりが可能と思われる。ただ、これを継続的に実施するための意図
をコミュニティが持ち、そのコストを東京都が負担すると明言した場合に成功
すると思われる。
- 7 -
(図 2)
- 8 -
- 9 -
第3章 普及しない理由
1.業務への導入経験
この節では HOT が何故普及しないのかという命題を、私のような一般レベル
の PC ユーザーである東京都医師会会員の目線で考察してみたいと思います。実
際に HOT を導入して利用するまでの間にはいくつかの障壁を越えなければなり
ません。その各段階でのハードルの高さは、会員個人の持つ PC スキルにより規
定されます。『導入までのハードル』という負のベクトルと、HOT 参加への『魅
力、動機、意欲』という正のベクトルのどちらがより大きいかによって、各個
人が HOT に参加するか否かが左右され、その総和が HOT の普及に影響を及ぼす
ものと想定されます。以下では、HOT 導入までの各段階における障壁と普及に向
けた提言について考えてみます。
段階 1:HOT への参加(導入)を決める前
(問題点 1)HOT の存在そのものを知らない
日頃 HOT に関して何かにつけ話を聞いている HOT プロジェクト委員の周囲に
いる都医会員ですら、HOT の存在を忘れている人が多いと感じます。まして、HOT
プロジェクト委員との接点がない一般会員は、都医ニュースなどに掲載されて
いる HOT 関連記事を読んでも(あるいは読み飛ばしている方が多い?)、記憶に
はほとんど残っていないと思われます。平均的な医師会会員は、私どもが思っ
ているほどには都医のホームページを見ていません。このような状況では HOT
そのものを知り得ないので、参加への導入ハードルを越える事は出来ません。
(問題点 2)HOT で何が出来るかを知らない
恥ずかしながら HOT プロジェクト委員である私自身ですら、この 2 年間の任
期期間中に HOT について説明を繰り返し受けて、何となく概要をつかめたとい
う状況です。従って、残念ながら周囲の都医会員にすら正確な情報を伝えられ
ていません。HOT にはどのようなソフトや機能があり、これらを利用する事でど
のような事が出来るかを正確に多くの会員に知っていただく事で、新たな利用
法などもフィードバックされてくるのではないでしょうか。
(問題点 3)HOT に加入する魅力を感じない
HOT が持つ機能やソフトの魅力的な応用方法を伝えきれていない事も、HOT 導
入の意欲を阻害してしまっています。自由記載ノートなど使い勝手の良い機能
があるのにも関わらず、この利用方法や応用方法について一般会員に伝達や提
言が出来ていません。多くの病診連携や診診連携では、紙の紹介状一枚に収ま
る診療情報で事足りてしまっているのが現状です。本来であれば紹介状には収
まりきらない医療情報を伝えられたらもっと便利なはずなのですが…。特によ
り詳細な情報共有が必要であり、HOT の諸機能について魅力を感じるであろう医
療サービスの分野についてこの節の最後に考察してみます。
- 10 -
以上から、HOT への参加(導入)を決める前の段階での問題点は、情報の周知
が不十分である事と考えます。都医会員の PC スキルは間違いなく年々向上しつ
つあり、さらにはレセプトオンライン化等によって、HOT を利用した医療情報の
やり取りを行う環境は着実に整いつつあると言えるでしょう。一方で現状は、
HOT を知り、魅力を感じ、導入を決意するまでの情報に接していない方が大多数
(極論すれば都医会員全て)と言っても過言ではないでしょう。HOT を 本当に
知る ための情報に接する機会や環境が、少なくとも我々委員会一同が感じて
いる以上に身近にないのではないでしょうか。HOT の持つ魅力を十分かつ正確に
伝えていくための広報戦略について一考する事が喫緊の課題であると痛感して
います。 HOT の伝道師 が定期的に地区医師会を回って直接 HOT の魅力を伝え
るという事が出来ると、HOT 参加への障壁が下がると思います。
段階 2:HOT 参加を決めた後の問題点
(問題点 1)設定が煩雑
現在一般的なソフトはインターネットや CD からのダウンロードで行われます
が、その設定は極めて簡便です。経理ソフトや MS オフィスなどの汎用ソフトの
みならず、多くのの電子カルテソフトですらマニュアルを見なくても、簡単な
質問に答えを入力していけば設定が終了する事ができます。医師会員の大多数
を占める平均的 PC ユーザーでも、特に誰かの手助けなしでも設定する事が可能
です。
一方、一般 PC ユーザーにとって HOT の設定は決して簡単とは言えません。東
京都医師会事務局に電話すると担当の方が丁寧に説明してくれますが、これら
の説明内容もある程度の PC 知識がないと電話のみでは指示を理解して実行する
のは難しいと言わざるを得ません。さらに、一般の会員の大多数は電話をかけ
て問い合わせする勇気さえなかなか持ち合わせてはいないのではないでしょう
か。また勇気を振り絞って電話してみても、指示していただいた内容が理解で
きなかったり正確に実行できなかったりしたら、二度目の電話をするのはさら
に高い障壁になるでしょう。
(問題点 2)操作性(特にログインや患者登録)が煩雑
この 2 年間の間に作業部会のご尽力でログイン時などの操作性を改善してい
ただき、以前に比べて煩雑さはかなり解消されたと思います。また、個人情報
にまつわる情報に対するセキュリティを一定レベル以上に維持する必要性から、
ログインや患者登録の操作を無制限に簡略化する事が出来ない事も理解できる
と思います。ただし、私のようなレベルの人間にとっては、HOT の操作に慣れる
までの間はかなりハードルが高く感じる事は事実であり、何となく使用せずに
終わらせてしまう原因になっている事は確かです。また、操作がよくわからな
い時に事務局に電話してお手を煩わせることを躊躇ってしまうケースが多いの
ではないでしょうか。
- 11 -
以上から、まずは 直感的 な操作性が重要であると思います。さらに、導
入を決意された方には(少なくとも今後数年間は)初期設定のお手伝いと、導
入後の操作の こつ などを説明するための係員を派遣できるようなシステム
があると便利だと感じます。また、ある程度の普及が進んだ時点では、随時 気
軽に 相談できる電話窓口も開設していただくと、導入したが利用しないとい
う幽霊会員を減らす事に役立ち、結果として普及促進につながると考えます。
提言:HOT により大きな魅力を感じて、導入障壁を越える可能性がある医療分野とは?
前述したように、HOT の普及は『導入して利用する障壁』vs『導入・利用に対
する魅力、動機、意欲』のバランスによって規定されるという視点が必要と考
えます。つまり、PC スキルのレベルがあまり高くなく、導入・普段の操作のハ
ードルが高い方にとっても、それを凌駕するメリットを感じれば導入し利用す
る可能性が高いと言えるでしょう。そこで、HOT に魅力を感じるであろうと想定
される医療分野について若干の考察をしたいと思います。
【画像データの転送】
いうまでもなく、全ての医療機関に全ての医療機材がある訳ではありません。
以前では自院にない診断機器を使用した検査が診断・治療に欠かせない場合、
地域の基幹病院や大学病院に紹介状を書いて検査または診断そのものを依頼し
ていました。しかし現在都内では、画像検査を受託する検査医療機関が数多く
開設され、地域の診療所は必要に応じて MRI や CT 検査などの諸検査をこれらの
検査医療機関に委託する事で、自院に通院する方の診断・治療に役立てていま
す。多くの検査医療機関では検査画像を紙にプリントしたり、JPEG などに圧縮
した上で CD などのメディアに保存して読影レポートと共に依頼元に返送してい
ます。一部ではヘビーユーザーである医療機関との間を VPN で繋いで画像情報
のやり取りを行うサービスも始まっていますが、検査を依頼する全ての医療機
関との間に VPN を構築することは現実的ではありません。
一方、HOT のサービスの一つである『ほっとメール』を利用すれば、DICOM 画
像を極めてセキュアーな環境で依頼元に転送する事が可能です。操作方法や実
証実験については前回の答申書に詳述しましたが、ほっとメールの場合は転送
容量も大きく、極めて短時間で転送する事が出来る事が実証されています(平
成 21 年 3 月答申書 p2∼p7)。
『ほっと紹介状』と『ほっとメール』を利用して医
療情報や読影結果報告書を交換し、かつ画像検査データを相互に参照するとい
う方法は、これらの検査受託医療機関にとってインフラ整備にかかる手間や運
営コストの面からも魅力ある提案ではないでしょうか。
- 12 -
【在宅医療と介護サービスとの連携】
介護サービスについての詳細は他章で取り上げられるので、ここでは主に新
宿区医師会が行っている夜間往診支援事業での可能性について述べます。
在宅医療と介護サービスの分野では、複数の医療や介護のサービス機関が一
人の利用者に関係するため、情報の共有化は 一枚の紹介状 には収まりきり
ません。利用者の既往歴や家族構成から現在の服薬内容や検査結果などの医療
情報に加えて、介護サービスの内容や利用状況が相互に理解される必要がある
からです。このような連携には HOT の自由記載ノートを中心とした双方向性の
情報共有システムが威力を発揮すると期待できます。
そのような理解を基に、新宿区医師会の夜間往診支援事業も HOT への参加を
模索しております。当支援事業は、かかりつけ医が学会などのためやむを得ず
往診できない場合に、医師会診療所に待機している当直医が代わりに往診する
というシステムです。新宿区の支援を受けて 3 年前に開始されましたが、区民
の評判も大変高く利用者も年々増加してきています。このシステムでは、往診
を代行する当直医は初めて会う患者さんに医療行為を行わなくてはなりません
が、普段の医療サービス状況が詳細に判れば適切な診断・処置などを行い精度
の高い往診サービスを提供する事が可能です。このような毎日交代する当直医
という不特定の医師が協力して一人の在宅患者さんを診療する環境では、HOT の
もつ『ネットワークに繋げば往診先でも情報が閲覧できる』という機動性の良
さと、『閲覧のみならず往診先で行った医療行為をその場で入力する事が出来
る』という双方向性は大変有用です。特にいったん診療所に戻らずとも往診先
で情報入力する事が出来るという事は、複数の往診先に直接移動していける事
を意味しており、極めて魅力あるものと確信しています。
- 13 -
2.ほっとラインの課題
HOT プロジェクトは 2004 年 4 月にスタートした。最初に利用したときの印象
は、良く考えて作られているが幾つか使いづらい部分がある、この問題点はユ
ーザーが増えてくるに従い、徐々にユーザーの意見を取り込み改良されていく
ものだと思っていた。
利用者数が少ない、Web 処方箋のメーリングリストに書き込みをされた先生は
数名だったと思う、現状維持のままで改良されることもない状態で、ID とパス
ワードが行方不明になり利用できなくなっていった。一番の問題点は利用者が
少なかったことだと思う。
啓発活動が少なかったのではないか?
開業医は経営者である。企業がグループウェアを構築して社員に使用義務を
課すケースとは異なり、保険診療報酬の優遇が無い現状では、自院にメリット
が無ければ使わない意識が強い。これを打開するためは、
「何ができるのか、実
例を示した」講習会を顔の見える状態で頻繁に行わなければならないと考える。
(製薬会社 MR 手法)
HOT プロジェクトの委員会に属して不思議に思ったのは、システムに精通して
いる担当者、所謂インストラクター氏がいないことである。普通は開発ソフト
会社から担当者が来て説明を行うのだが…。電子カルテを導入するときには必
ずインストラクターが常駐してきめ細かな操作法を指導する。どんなに直感的
に利用できるソフトシステムを作っても、例えば Gmail アカウントを取るとい
うシチュエーションでも、Gmail 登録の認証文字が読めないという人がでる、こ
れに対してその場で解決方法を教示しないと、数日経つと何処が問題点か説明
できなくなる場合が多い。
ほっとラインの使い方・疑問点を電話で即答する「HOT ライン」が必要だと考
える。付け加えれば、どんなに良いソフトを開発しても、相当な営業努力がな
いと経営者には使って頂けないという印象が強い。
カルテの閲覧権は誰にあるのか?【permission】の問題点
多くの先生方は数台の PC を数人で利用する、ファイル共有レベルまでのネッ
トワーク環境と思われる。病院や企業の大規模ネットワークのように、システ
ム管理者をおいて各部課毎のアクセス権の権限を設定していない。Linux/Unix
システムでいうパーミッション 【permission】
(グループ毎の「読み込み」
「書
き込み」「実行」の権限)の設定に関しては経験が無いと思われる。
現在のほっとラインでは、患者データへの書き込み・閲覧可能にする方法は、
紹介状に添付される「ほっとライン患者 ID」と「医療機関施設患者 ID」との結
びつけであるように思う。つまり、先生方が閲覧権(パーミッション)を指定
している(図 3)。
- 14 -
これは、患者側からみると一度ほっとラインに登録した自分のデータが、複
数の先生方に閲覧される可能性があるように思われる。
利用する先生方にとっても、この「ほっとライン患者 ID」と「医療機関施設
患者 ID」の結びつけ作業の意図が解らないと思われる。
(図 3)
書き込み
閲覧可能
患者D
患者C
書き込み
閲覧可能
患者B
患者A
紹介状
書き込み
閲覧可能
紹介状
書き込み
閲覧可能
書き込み
閲覧可能
紹介状
紹介状
書き込み
閲覧可能
医療機関A
医療機関B
医療機関C
書き込み
閲覧可能
書き込み
閲覧可能
医療機関D
パーミッションは本来システム管理者が行う設定であるが、管理者不在のシ
ステムでは患者か医師のどちらかが設定することとなる。現在のほっとライン
では医師が行っているが、本来は患者が設定するべきではないだろうか?
患者側で受診医療機関医師の閲覧を許可するという一般的な方法が設定でき
ないのは、現状のほっとライン上には閲覧権限を可能とする ID とパスワードが
患者側に存在しないためのように思う。
1)医師間で紹介状をメールでやりとりする、2)診療所に来院した患者が
自分のデータに閲覧可能とする ID とパスワードを提示(IC カードのようなもの)、
3)ほっとライン上の患者情報を閲覧することができ、書き込みが可能となる
システム、の方が適切のように思われる。
患者が受診できない場合や意思決定ができない場合もある。例えば在宅での
訪問患者とか特養入所者の場合である。
この場合は、診察する医療機関が一つのグループを形成している場合が多い
から、グループ単位での数名の患者データの共有を考えなければならない。管
理者不在のシステムでは、このようなグループ単位で結びつけは非常に難しく
思われる。むしろ既存のグループウェアを選択する方が利用勝手は良く思われ
る。
医療データは患者に帰属しており、患者の同意があれば見させていただける、
という方向付けが必要に思われる。同時に在宅での診療を考えて、診療する医
師グループ単位の閲覧・書き込みを考えたシステムを構築することが次の課題
のように考えている。
- 15 -
患者は何を望んでほっとラインに参加するか?
ほっとラインが患者の為か、医療従事者の為かの討論は無かったように思う
が、両者にとって役立つシステムを開発するのが解答だろう。患者側に立って
みれば、現状のほっとラインの健康ノートの記載内容では不十分のように思わ
れる。
カルテの記載要綱は様々のものからなる(図 3)。
(図 3)
患者が閲覧を
望むデーター
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
検査データ
検査画像
所見記載
血圧
SOAP
患者指導処方箋
病名・疑い病名
薬剤処方箋
紹介状
レセプトデータ
・・・・
・・・・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
医療機関が閲覧を
望むデーター
訪問看護師が閲覧を
望むデーター
ケアマネが閲覧を
望むデーター
どれを共有すればよいかは、患者サイドと医療サイドでは大きく異なってい
る。
在宅では訪問看護師・訪問薬剤師・ケアマネジャー等を始めとする様々なコ
メディカルが参加している、職種部門によっても共有する項目がかわってくる。
記載項目を細分化し項目(フィールド)を定義して、閲覧者毎にレベル付け
をする必要があると思われる。これを実用化するためには、診療情報の交換フ
ォーマット(MML (Medical Markup Language)等)の早急な統一化が望まれる。
現在の電子カルテでは業者により規格も様々で、数値化されている臨床検査
データのフォーマットでさえも統一されていない。結局は、医師がほっとライ
ンに手入力するしか方法は無く、煩わしさを余儀なくされている。将来的には、
様々な仕様の電子カルテデータを標準フォーマット変換する、電子カルテのバ
ックアップセンターを兼ねた医療クラウドのようなものが必要になると思われ
る。
基本にあるのは、利用して良かったと、患者さんに感謝されるシステムの構
築である、これが無いとシステムの運営継続が不可能になる。
携帯電話各社がアップルの iPad のような携帯端末を配布して、政府が作成し
た医療クラウドにある自分の健康・医療データを一覧することができる ICT
(Information and Communication Technology)システムのように、こうすれ
- 16 -
ば便利になると思う方向性は、誰もが同じことを考えている気がする。
しかし、他業種では数年で実用化できそうな ICT 化が医療分野ではなかなか
進まない。
実用化を阻むものが、都医レベルでは解決できない問題点、例えば診療報酬
上の問題点(紹介状、検査所見等)や患者情報の標準化(電子カルテ規格の標
準化)にあるのなら、ほっとラインも少しの期間は足踏み状態で良いように考
えている。ICT 化の目的が医療費抑制ではないかという警戒心も開業医の先生方
にあるように思う。
- 17 -
3.現実と期待
1)何故普及していかないのか?
多摩南部地域病院より、東京都医師会が主体になって電子カルテを利用した
病診連携のプロジェクトを始めるから参加しないか、という連絡を貰ったとき
は非常に興奮した。
15-6 年前から在宅に力を入れ始めていたので(患者が高齢化して通院できな
くなるため、仕方が無く始めた、という面もあるが)患者を中心に、バックに
なってもらえる病院、訪問看護師、ヘルパー、福祉施設などのチームが患者の
病歴や、日々変化する情報をリアルタイムに共有できるようなシステムがぜひ
とも必要だと考えていたからである。ナースやホームヘルパーからもそのよう
な要望がでていた。
しかし現実には病院に入院させてもらった患者情報にアクセスできるどころ
か、医局の医師との直接的な連絡も出来ず、こちらの情報‐電子カルテ、検査
結果、画像情報など−もスムーズに送れない。看護ステーションのナースもせ
いぜいメールを送受するくらいの技術しかない人が大部分、という状況ではと
ても実用には程遠かったということだと考えられる。
以前はシステムの使い勝手に問題があるのではないかと考えていたが、最近
はそうは思えなくなった。
本当に必要であれば、多少使いにくくても徐々に広がるのであろうが、取り
敢えずは、不便でも郵便やファックス、一般のメール等で事足りている、とい
うことなのだと思われる。
2)どうすれば使いやすくなるか
あえて現状のほっとラインを使いやすくする要素について考えてみたい。
①ID、パスワードの簡略化
電子認証が不要になっただけで大幅に使い勝手がよくなった。
ID を自分で設定できるようにすれば更に身近なものになり、情報を共有した
い医師、看護師にも勧められるが、現状ではソフトにたどり着く手間を考えた
だけで気分が重くなる。
②セキュリティに対する認識を変える
ネットバンキングでさえ気軽に使える時代である。患者情報が直接個人を特
定できないように工夫すれば、現在のような重たいゲートは取り払ってもよい
のではないか?
③システムそのものの構造を変える
現在はあえて言えば、 昔風 のソフトウェアである。システムの構造を理解
し、約束事を頭に入れなければつかえない。直感的な操作ができないのである。
しかし、情報をやり取りするのに本当にシステムが必要であろうか?情報を
格納したフォルダにアクセス出来るようするだけでよいのではないか?
- 18 -
④会員を限定しない
これは HOT プロジェクトそのもの成立に異議を唱えるような形になるかもし
れないので、多少問題ではあるが、医師、看護師、コメディカル、患者などに
ID、パスワードを限定して割り振るのではなく、参加する個人の意思でアクセ
ス出来る様な形にする。(例として NTT システムの COCOA)
3)将来像
個人的には電子処方箋に期待している。HOT の本道ではないだろうが、実用化
されれば患者、薬局、医療機関にも多くのメリットがあるはずである。
HOT プロジェクト全体に関していえば、診療所の医師と大病院の医師との立場
の違いがあまりにも大きく、これを乗り越えて情報をスムーズに交換出来るよ
うになるのはセキュリティの問題が一皮むけて、次元が変わらなければムリだ
ろう、というのがこの 5 年間の感想である。
あと 10 年もたてば殆どの開業医も電子カルテを使用するようになるだろうし、
セキュリティ問題も解決し、適度に使えるシステムであれば爆発的に利用され
るようになると思う。
- 19 -
第4章 将来への提言
1.普及への必要条件
東京都医師会にて、ほっとラインを普及・推進するための HOT プロジェクト
に取り組まれてから既に約 10 年が経過している。この間、多くの委員の方々や
関係者にご協力を頂き意見交換したが、残念ながら有効な活用をされるに至れ
ていない。要因は様々あろうと思うが、仕組みとして備えるべき、特に利用者
とシステムが接する部分等について論ずる。
1.明確な利用目的
ほっとラインはまさに「ライン」であって、そのラインの上に何を走らせて
活用するかは使い手次第、というスタンスでこれまで望んできた。しかし一向
にはじめの一歩を踏み出される気配はない。ほっとラインの名前を聞いた医師
会員の先生などから、
「何ができるのか」という問い合わせを何回か受けた、と
聞いた。ほっとライン自体には具体的は活用事例がまだ存在しない状態では、
これらの質問を受けた際に「何をしたいとお考えでしょうか」と質問仕返す事
になる。実はこの時点で問い合わせ側にも明確なモデルができあがっているわ
けではなく、オンライン上で診療に関わる情報交換が安全にできれば、という
程度で連絡を頂いていることがほとんどである。残念ながらそのように問い返
されると、
「再度検討してから連絡する」という言葉で終わってしまう事がほと
んどである。
ほっとラインという仕組みを東京都医師会が提供しているが、いくつかのア
プリケーションにより診療情報のエントリーは可能になっていた。ここにどの
ような患者の情報を入力したら、誰が、いつ、どのように活用されるのかが明
確でないために入力にためらいが生ずる。まずは利用目的とその情報を活用す
る利用者が明確になったモデルを作り、事例として活用を図らねばならない。
具体的に患者 A1 の診療情報を B1、B2、B3 の医師でほっとライン上に記録作成
する。記録内容としてはどのような内容を登録するかもある程度明確化し、そ
れを相互参照して診療負荷の分担化をはかる、などのフレームワークを先に決
めて運用開始し、適宜見直しを実施するということが必要である。
2.オンライン通信の危機意識
日本においてここ 10-15 年で、パソコンは当たり前のように普及し、インタ
ーネット通信回線も一気に普及した。今となってはネットワークに接続されて
おらず、単独で使用されているパソコン自体の方が少ない。しかし一方で情報
漏洩などの報道も数多く聞かれるようになり、電子情報となった記録情報はそ
の実体は不可視なものであり、また一般的には容易に複製が作成し得る。今ま
では患者のプライバシーを守ることが記録物を確かに保管することと同義であ
ったが、電子情報になるとそうはいかない。ただ、一方でインターネットによ
る WEB による情報発信や情報収集、およびメールによる伝達が容易になってく
ることで、安易に患者情報をメールにて送信する例も少なからず存在する。間
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違った宛先に対する誤送信は誰でも経験するケアレスミスであり、その内容に
患者情報が含まれることは当然の事ながら個人情報の取り扱いとして不適切で
ある。また間違った送信をしなかったとしても、暗号化されていないメール送
信はその通信過程において、第三者から閲覧されている可能性があることは、
インターネットメール利用者全体に周知されているとは思えないしそれは難し
い。診療情報をオンライン上で多施設間相互参照できるようにして活用される
ように推進するためには、「相互に参照できること」も勿論だが、「設定外の利
用者からは参照できない」事も確認できる必要があるのであろう。このような
情報種を取り扱う以上、情報エントリーする利用者が意図した相手に、意図し
た内容が、齟齬なく参照してもらえることを、エントリーする人自身が確認で
きないと安心して利用してもらえない。
3.日常業務の中で新たな労作を増やさない事
ほっとラインのような診療情報相互参照について、その趣旨や目的について
は理解頂けたとして、具体的なワークフローになるとまた障壁にぶつかる。ほ
っとライン上で診療情報を共有しましょう、という話になったとして、誰がど
のように情報入力をするのか、ということは避けて通れない。情報入力するか
らこそ、他の利用者が参照することができる。しかし診療所の先生方にはその
基本に診療行為が存在するので、そのための記録やレセプトのための情報入力
は必須である。この日常業務の他に、さらに加えて診療情報相互参照のための
記録作成労作を負担して頂くのはなかなか難しい。日常診療での必須作業がど
れだけほっとラインへの情報入力とマージできるかは、ほっとラインが普及し
得るかどうかと密接な関係にある。
ほっとラインが認知され、ある程度活用されるようになるためには、通常の
診療ワークフローに何ら負荷をかけることなく、情報エントリーが自動的にさ
れるようなものから始めるのも一つの選択肢である。具体的には診療報酬請求
のためにエントリーしている病名や処方情報などがあげられる。フォーマット
が決まっている以上は技術的な障壁は比較的低い。問題は患者本人からの同意
が得られるかという問題や、診療報酬請求に用いる病名が正しい情報共有に相
当な情報種であるかどうか、などである。
ある程度情報を機械的に処理するのであれば、主観や評価の要素が一切入ら
ないものの方が望ましい。その意味では、処方などの情報や検体検査結果など
が相当する。いずれにしても、他人のエントリーした情報を参照し活用はした
いが、自らが情報エントリーしたくない、というのは全ての人に対して共通す
る心理であり、労作が伴い、なおかつ入力者の主観が含まれる情報エントリー
はこの種のシステムの運用がある程度進んでからでないとすすまない。
以上、ほっとラインが活用されることを期待するとなると、
- 21 -
1)どのような目的、対象患者、情報入力者、情報参照者、入力される情報種で
活用しようとするのかを明確に決める。
2)具体的に人や地域、対象を決めて事例をつくる。
3)情報エントリーは、新たな労作負荷が発生しないように留意した仕組み作り
を行う。
4)自らがエントリー、または自動的にエントリーされた情報は誰が、どのよう
に参照できるかを確認できるようにする。
などが留意されたものであることが、必要条件になると考える。
- 22 -
2.ほっとラインへの期待
HOT プロジェクトスタート以来数種類のアプリケーションを実装してきたが、
残念ながらアクセス数などより検討したところ、現在それらが有意義に活用さ
れてきている状態とはいえない。
この原因としてはそもそも HOT プロジェクト自体が今即戦力的に使用できる
ツールを目指してきたのか、将来もっとコンピュータ時代になってきたときに
よりよいものを普及させるための基盤としてのインフラを目指していたのかで
判断は分かれると思う。
プロジェクト開始当初まだ一般診療においてもそれほどコンピュータが浸透
していない状態で開始されていた。そのためどちらかというと即戦力的に使用
できるツールと言うよりも将来を見越してのプロジェクトとしての位置づけの
方が大きかったように思われる。現在筆者を含めてプロジェクト委員での日常
にはコンピュータ無しの生活は考えられないようになってきてはいるが、医療
者全体の中でどの程度コンピュータが必要とされているのかは調査方法によっ
て大きく異なっている。医療従事者のみの統計は不明であるが、一般的な内閣
府の調査によると 50 代を境にコンピュータ使用率は急激に低下している。医療
従事者は比較的利用度が高いと推測されるがこの年代による傾向はおそらく認
められることと思われる。
さらに HOT プロジェクトの目的である医療現場におけるネットワーク利用と
いう面で考えた場合、診察現場に常時ネットワーク接続されたコンピュータが
用意されていないと使用することは困難である。一般的に電子カルテを使用し
ている医療機関においては電子カルテ用のコンピュータがあるものの、セキュ
リティ面などより常時インターネットを使用できる施設はまれである。東京都
医師会の年次調査によると診療中に IT 機器を使用している施設は 47%に過ぎな
い。また自院ホームページを持っていない施設が約 45%存在している。従って
現在の医療機関のコンピュータ環境においては遺憾ながら HOT プロジェクトが
目指している運用形態(患者情報のインターネットを使用したやりとり等)を
実際に活用できる施設が非常に少数しかない。このことは当然 HOT プロジェク
ト開始当初より問題となっており過去にも指摘している。
当初日医総研 ORCA プロジェクトの急激な普及やレセプト電算化も相まって、
もっとネットワーク環境が普及すると予想していたが、一般家庭や企業オフィ
スへの普及ほど増加していないようである。かたや一般家庭においてはこの数
年でさらに普及し、一般家庭でのインターネット普及率は 90%以上となってい
る。最近は医療機関選択や医療内容につき、まずはインターネットで検索する
ような時代となっている。
したがってここに現在の医療機関におけるコンピュータ化ネットワーク化の
現状と、一般における現状に大きな差があり将来の普及を目指しているがまだ
普及段階で無いとも考えられる現状がある。医療機関側で普及が進んでいない
現状においては即戦力的なツールがあったとしても結果として有効にならない。
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ちなみに HOT プロジェクトは一般ユーザーサイドのこの状況を予測して、患
者がネットワークを通して参加できる医療を目指すべく設計された面も存在す
る。健康ノートという診療内容をネットワーク上に記録しておき病診連携や転
院時に自己記録を本人が持参できるアプリケーションがその代表例であり、プ
ロジェクト検討段階においては母子手帳の電子化等を検討していた。
しかしながら患者利便性を上げるソリューションはその大部分は医療記録の
公開と言うことになる。または通常の医療記録以上のデータを公開することに
よって得られる。そういったソリューションの場合、医療従事者の業務手数が
増加することになる。先般の保険改定において医師事務作業補助体制加算が算
定されたが診療所においての算定は不可能であり小規模施設では既存人員の仕
事量増と言う結果に直結する。そのため医療従事者側がやはり追従できていな
いという状況になっている。
米国においては数年前より同様のシステムが一部病院群等で実用化されてい
るとは見聞きしている。健康ノートに近いものも Google Health として運用さ
れている。この場合提携医療機関からデータが渡されるようであるが、この場
合は有料とのこと。また体重計からインターネット経由で情報が転送される等
のデバイスも登場している。ただし実際にどの程度普及しているかは不明であ
る。非常に普及しているという話は調査できなかった。
普及に関する提言
(なぜ現状の HOT プロジェクトが普及しないのか、普及させるためには)
①医師の作業量を軽減しない限り普及は困難である。
1)医療環境にインターネットが使用できるコンピュータが身近に存在すること。
2)入力転記業務を代行する補助員がいること。
3)患者ニーズが高く 費用対効果が高いこと
が必要になる。
病院の場合は上記をクリアーすることも可能な場合が多いと考えるが、診療
所規模の場合はコスト的には困難を伴うと思われる。
②全国的な共通インターフェースが必要
対医療機関・介護施設等との連携や、特に患者側との連携を考えたソリュー
ションの場合、大都市とはいえ東京都医師会独自での取り組みには限界がある。
どの医療施設も複数の基幹医療機関と接しているため日本医師会または厚生労
働省もしくは全国規模の企業との提携等ではじめから検討しなければ普及を目
指すことは困難と思われる。
③携帯電話で使用可能なインターフェースが必要
世界的に見てインターネット接続の状況として、日本はかなり独自の展開を
示しており携帯電話でのインターネット接続がかなりのウエイトを占めている。
一部統計によると若年層ではほとんどが携帯電話での利用とのデータも出てい
- 24 -
る。
(東大情報学環教授(コミュニケーション論)らの「日本人の情報行動」調
査より)パソコンのみでしか運用できないソリューションでは普及は困難であ
る。
ただし、近年 iPhone に代表されるスマートフォンが急激に浸透してきており
数年でこの状況が変わる可能性もあり、デジタル時代においては将来にわたっ
ての展開を予測することもまた非常に困難である。
④医療従事者側のコンピューターネットワーク使用に関する基本的啓発活動及
び標準化を行う必要がある。
医療自体がデジタルと言うよりはアナログ的な世界観のためではないと思う
が、医療業界はデジタル化の恩恵をあまり受けていない業態であることは間違
いない。これは各種業界団体が率先してデジタル化してきている他の業態と比
べれば一目瞭然である。例)銀行・運送・コンビニ・運輸・宿泊等々
これは公的機関が先導していないからと言うことではなく、先導するトップ
企業がないところに由来すると考える。ちなみに医療現場は、一般企業論で考
えた場合ほとんどが中小企業レベルであり大企業はほとんど存在していない。
そのため IT 業界でたびたび見かける大企業が広めることにより事実上のスタン
ダードとなる事も少ない。また IT 業界では標準化作業が広く新技術が使用され
る場合に必要となるが、標準化を検討するような業界団体が存在しない医療業
界では標準化作業はほとんど行われず、各者がまちまちに開発するため、作業
効率は低下し、後に連携させる場合も非常に高いコストが発生する。
最大業界団体は日本医師会であることは間違いない。ただし医療の場合、許
認可制度下に置かれているため、日本医師会独自で行動したとしても限界があ
るように思える。したがって公的機関が動かない現在混乱している感は否めな
い。
- 25 -
3.在宅医療での活用
今後 20 年間首都圏の高齢者人口は増加を続け第一次ベビーブームの世代は
2030 年には 80 歳を越える年齢となる。また、高齢者世帯形態の将来推計による
と、2025 年には世帯主が 65 歳以上の世帯が 1843 万、そのうち一人暮らしが 680
万世帯、夫婦のみが 609 万世帯とされている。こういった方々は徐々に介護が
必要となり、また診療所や病院へ通院することが困難となり、在宅医療を余儀
なくされることは明白であろう。
すでに在宅医療に取り組んでいる医療機関は多いが、今後はさらに在宅医療
の必要性は増加し、在宅療養支援診療所も今後増加していくことが考えられる。
さて、在宅医療を円滑に行うためのポイントは多職種の円滑な連携にある。在
宅医療においては、医師、訪問看護師、ケアマネジャー、ホームヘルパーが患
者とその家族を中心として連携をとることが必要である。この連携のツールと
して HOT プロジェクトの価値を見いだしたい。
1)患者情報の共有
病院であれば、患者情報は一括管理されるため、院内の多業種間で共有は容
易である。電子カルテを導入した病院であれば、ID とパスワードで患者情報に
アクセスできる。しかし、在宅においては、医療機関、訪問看護ステーション、
居宅事業所等は個別の機関であり、しかも物理的距離も離れている。個別患者
情報へのアクセスは困難である。患者医療情報を一括管理できるシステムを構
築することにより患者を中心に在宅医療を病院のごとく機能させることが可能
となる。
2)多業種間連絡によるお互いの情報共有
患者への投与薬の変更、それに伴う状態変化や副作用の可能性の情報、看護
職、介護職が日常業務のうえで患者から得た情報、質問点、ケアマネジャーに
よるサービス変更等の情報を共有することにより、患者に対するよりきめの細
かいサービスが期待できる。
3)医師間での情報の共有
これは 1)の患者情報の共有と共通な点も多いが特に医師間の特殊事情を考え
てあえて医師間での情報の共有とした。
ア)在宅医̶病院勤務医間での情報共有
日常的に連携を取り合っている病院があり、コンサルトをお願いし
ているケースは少なくない。特に癌末期患者を在宅で管理するときに
は病院の専門医の意見をしばしば伺うことになる。しかしお互いに多
忙なために医師間の連絡は、緊急を要するものでなければセキュリテ
ィのしっかりしたメールによるものが好ましいと考える。
また、在宅で安定していた患者が急変することがある。その時は訪
問看護ステーションが対応できることもあるが、直接急性期病院へ搬
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送されることも少なくない。このような状況に対応するために事前に
バックアップ可能な病院と協議し協力をお願いするとともに、病院の
医師が必要に応じて患者情報を取り出せるシステムを構築すると、効
率の良い医療が提供できる。
イ)在宅医̶在宅医間での情報共有
2006 年 4 月、在宅医療の推進のため、在宅療養支援診療所が診療報
酬制度に盛り込まれた。在宅療養支援診療所においてはその設立要件
のひとつに、当該診療所において、又は他の保険医療機関の保険医と
の連携により、当該診療所を中心として、患家の求めに応じて、24 時
間往診が可能な体制を確保することがある。複数の医師を抱えている
診療所であれば当該診療所単独で対応が可能であるが、医師 1 人で運
営している在宅療養支援診療所が大多数である。これらの診療所が単
独で 24 時間対応することは現実的には不可能である。従って診療所間
で連携を円滑に行うためのツールが必要である。
以上、在宅における情報の共有の様々なパターンについて述べたが、セキュ
リティの確保された状態で情報をやりとりし共有する為の手段として HOT プロ
ジェクトは活用出来ると考える。
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