ダウンロード - 特定領域研究「タンパク質の社会

featuring
2002 No.
タンパク質研究の今をお届けする最新情報誌
10
特定領域研究「タンパク質の一生」領域ニュース
発行日:2002年8月
新しい一歩
吉田賢右
………………………………………………………………………………………
2
………………………………………………………………………………………
3
5月,
論争の旅
吉田賢右
スプライシング論争に終止符!
?
森 和俊
………………………………………………………………………………………
4
「CGGH 日本生化学会シンポジウム」
和田郁夫/鳥越俊彦/佐藤昇志/服部信孝
「EuroConference on Protein
Targeting」
中井正人
「International Workshop on Molecular Biology of Stress Responses」
森 正敬
「日本生化学会大会シンポジウム」
宮田愛彦
「Midwest Chaperone Meeting 」
松本 弦
「CSHL Meeting」
河田康志/小林妙子/中井 彰
■表紙の説明
大 腸 菌(Krzywda et al., Structure in press)
と好熱細菌の AAA プロテアーゼ FtsH(Niwa
et al., Structure in press)の ATPase ドメイン
の結晶構造が、それぞれ解明された。ATP は
6 量体リング構造を形成するサブユニットの
境界面に結合し、ATP 加水分解は隣り合うサ
ブユニットの共同作業で行われる。基質タン
パク質の認識・結合部位はリングの周辺に位
置すると推定され、アンフォールドされた基
質はリング中央の孔を通過して、プロテアー
ゼチャンバーに到達すると推定されている。
今回解明された結晶構造は、AAA ATPase の
ATP 加水分解機構やシャペロン活性の構造的
基盤を与えるものであり、今後分子機構の解
明がいっそう加速されるだろう。
「蛋白質科学会シンポジウム」
奥野貴士/野地博行
………………………………………………………………………………………
9
「Rick Morimoto 研究室」
松本 弦
……………………………………………………………………………………… 36
……………………………………………………………………………………… 39
……………………………………………………………………………………… 40
新しい一歩
移を監視し,制御する,分子シャペロンやトランスロケータ,
各種プロテアーゼから成る細胞側のシステムがあります。その
システムの全体像とその働くメカニズム,そして,その破綻の
領域代表 吉田 賢右
(東京工業大学資源化学研究所)
条件とそれが引き起こす細胞病態を知りたいわけです。
この特定領域研究は,
2年前に終了した特定領域研究「分子
シャペロン」の継承的発展という面もあります。しかし,さら
に時代は進みました。多数の生物種のゲノムの情報が手に入り,
プロテオームと呼ばれるタンパク質の俯瞰的網羅的な研究が立
ち上がりつつあります。この「タンパク質の一生」の研究は,
それらの進展を取り込みながら進められることになります。一
方,神経変性病が,感染でも腫瘍でもなく,タンパク質の異常
な凝集を主要な特徴とする新しい範疇の疾患であることがはっ
きりとしてきて,重大な社会問題となってきました。基礎的な
研究のうえに切実な社会的要請が向けられてきたわけです。
この特定領域研究「タンパク質の一生」の運営ですが,研究
班員の皆さんの研究の進展にもっとも良く貢献できるように,
運営をしたいと思っています。なによりも,班員個人個人の創
意に基づく研究が大切で,その発展がすべての前提です。その
個人の研究に役立つように,情報の交換と,お互いの率直な批
年から特定領域研究「タンパク質の一生」が始まります。
今 もっとも単純化していえば,この研究領域の目的は,「細
判と激励が自由にできる雰囲気を作りたいと思います。しかし,
胞内外のタンパク質の運命を演出する仕組みを明らかにする」
て,効率的にやります。班会議は1年に1回です。また,News
ことです。タンパク質はそれぞれに固有の多彩な機能を持って
Letter を年2回程度,発行します。その他の活動として,領域の
います。今まで,私たちはこの効率的で合目的な機能に驚嘆し,
メンバーにより,関連学会のシンポを企画あるいは後援します。
皆さんを拘束する会合や時間を食う報告書のたぐいは最少にし
それがどうして可能なのか,研究してきました。それは,当然, 「タンパク質の一生」の先端的な研究を国内にむけて紹介する本
活性のあるネイティヴなタンパク質の研究です。しかし近年, (和文雑誌増刊号)を刊行します。領域主催のワークショップと
それはまだタンパク質研究の一部分であり,他に大きな未知の
国際シンポを適当な機会に行います。
分野が残されていることがわかってきました。機能美にあふれ
この領域研究では,計画研究を構成する研究者の方と,公募
た完璧なタンパク質というのは,いわば,働き盛りの健康な人
で採択された研究者の方で構成されます。計画研究の研究員は,
間のようなものです。人間社会が子供や老人やいろいろな困難
自分の研究室の主要なキャパシティーを「タンパク質の一生」
をかかえている人たちを必然的にふくんで成り立っているのと
に捧げていただくわけで,研究支援者(博士研究員など)を雇っ
同様,細胞の中のタンパク質の「社会」もまた活性のあるタン
たり大形の機器を購入することのできる予算が交付されます。
パク質だけではなくさまざまな構造状態にあるタンパク質を必
公募の研究員は,もっぱら消耗品あるいは小さな備品の予算が
然的にふくんで成り立っていることが認識されるようになった
交付されます。成果と進展に基づいて,計画研究の構成員は3
のです。ポリペプチドのヒモとして出現した新生タンパク質は
年目の終わりで,公募の研究員は1年目と3年目の終わりで見
「成熟」し,しかるべき区画に輸送され,そこで機能を発揮して
直しを行います。
働いて,傷ついたタンパク質は修復あるいは解体され,時にそ
この特定領域が,実に刺激に富んだ面白い研究グループだ,
れから逸脱して手におえない凝集をひきおこしたりします。細
と評価されるように運営していきたいと思いますので,よろし
胞中に無数にあるタンパク質がそれぞれ上記のような過程のど
くご協力お願いします。
れかを経過しつつあるわけです。そしてそれらの構造状態の遷
2
特定領域研究班会議
(非公開)
の案内
本特定領域研究の公式ホームページのお知らせ
特定領域研究「分子シャペロンによる細胞機能制御」のホー
ムページを昨年度までは運営してきましたが,新特定領域研究
吉田賢右さんを代表とする特定領域研究班が,本年度からス
の発足にともない,特定領域研究「タンパク質の一生」のホー
タートします。早速ですが,本年度の班会議についてのご案内
ムページを東工大の吉田研のお世話で立ち上げることになりま
をさせて頂きます。本年度の班会議の世話役は,奈良先端大の
した。URL は以下の通りです。
河野憲二が担当致しますのでよろしくお願いします。班会議を
どのように行うかということなのですが,今回はゴードンカン
http://www.res.titech.ac.jp/~seibutu/lifeofproteins/
ファレンス風にいこうと考えています。午前と夜は会議に徹し
吉田研が誇る佃氏(大学院生)の素晴らしいデザインによる,
ます。午後は自由時間にし,リフレッシュしてもらおうと思い
アーティスティックなホームページです。実は Windows かつ
ます。また夕方には,できれば若手主体(院生など)でポスター
IE50
. 以降の場合:凝ったページ,それ以外の OS とブラウザの
セッション,あるいはワークショップなどを組みたいと思って
組み合わせ:シンプルなデザインのページが,自動的に表示さ
います。そのこともあり,班会議の間,参加者は4日間すべて
れるようになっています。したがってぜひ一度は,Windows で
全員参加を原則とします。海外のカンファレンスに行くつもり
IE50
. 以降の環境でご覧になっていただくことをお勧めします。
で予定を組んで下さい。
このサイトには,本特定領域研究からのお知らせ,関連シン
(班会議世話人 河野 憲二)
ポジウム,活動記録んほか,国際学会などの最新情報,関係サ
日 時:10月27日(日)∼3
0日(水)3泊4日
イトへのリンク集など,有用な情報が満載されています。そし
場 所:ホテルムーンビーチ(http://www.moonbeach.co.jp/)
て何と,ついに本誌のバックナンバーの pdf ファイルがダウン
(プライベートビーチのあるホテルです)
沖縄県国頭郡恩納村字前兼久1
2
0
3
問い合わせ先:松村美樹
ロードできるようになりました。初期のニュースレターは残部
がつき,リクエストにもコピーで応えていましたが,これで何
とか新しい読者の方にもご満足いただけるようになったのでは
(〒630-0101奈良県生駒市高山町8
9
1
6-5 奈良先端科学
ないかと思います。森和俊さんの記事も,当時関係者の間で評
技術大学院大学 遺伝子教育研究センター動物細胞工
判となったニュースレターの1号と2号の記事を合わせ読んで
学部門河野研,TEL:
0
7
4
3-7
2-5
6
4
2,FAX:
0
7
4
3-72-56
49,
いただくと,面白さが倍増するでしょう。
e-mail:[email protected])
Mac で見たトップページ(シンプルバージョン)
3
かった)。Horwich の家族は,キネシンを研究している奥さん,
5月,論争の旅
それに8才の息子 David である。近くを車で案内してくれる。
ニューヨーク近郊で海岸近くのこのあたりには,でかい屋敷が
吉田 賢右
多く,Horwich はそういう家に出くわすたびに,ルックアット
(東京工業大学資源化学研究所)
ザット「スモール」ハウス,リデイキュラス,などと叫ぶ。高
級人種の見栄と虚飾,snob が大嫌いらしい(同感だが,こっち
今
年のゴールデンウイークもまた,休暇にならなかった。
はどうしても妬みを先に感じてしまう自分に引け目がある)
。
Cold Spring Harbor Symposium(CSHS)に招待されたので,
帰ってから,Horwich も奥さんと一緒に台所に立って夕食の準
気をよくして米国に行っていたのである。私を招待してくれた
備,夕食は(ステーキなどではありませんように)メキシコ料
のは,シャペロニンの研究の第一人者であるイエール大学の Ar-
理だった(ありがたい)
。息子の David は,テニス,アイスホッ
thur Horwich であり,彼は CSHS の前にこっちに寄ってくれ,と
ケー,釣り,など大得意で(父親もそれが嬉しそう)
,なかでも
熱心にさそってくれた。近頃,外国に行っても時差ボケ(天然
料理が大好きで将来はシェフになりたいという。8才の少年が,
ボケかも──以下,かっこ内は私の心の中のつぶやきです)で,
まったりとしたおいしい肉料理の作り方などを細かく解説する
会議の間中,ボーとしていてあとで振り返るとなんにも憶えて
のには驚いた。これから3日間もこの家にやっかいになった。
いない,というショックなことがあった。それで,CSHS の日程
翌朝は4時頃にもう目がさめた。外国に来るといつもこれが
より少し早めに渡航していたほうがいいか,という気もして,
ずっと続く。講演の準備をしている間に夜が明けた。奥さんが
それともう一つのもくろみがあり,Horwich の研究室に寄ること
息子をつれて家を出た後に,Horwich と車で大学にむかった。途
にした。
中でパン屋に寄ってパンと飲み物を仕入れる。運転しながら食
さて,どうせ早めに行くならと,ついでにカリフォルニア大
べて飲んでる。いつものことらしい。おまけに,ずーとしゃべ
学サンディエゴの共同研究者のところにも立ち寄った。彼はリ
り続ける(運転,気をつけてね)
。…ClpAP は回らないか…,AAA
ベラルな暖かい人で,もう2
0年以上のつき合いである。彼が,
タンパク質はリングの O が C みたいに開くかもしれないって?
昨年9月1
1日テロ以降のアメリカの政治社会風潮について批判
FtsH はそうやって開かなければポリペプチドが中に入りようが
1
的な意見を持っているのを知って少し安心した 。しかし,私の
ない?…,そうかもしれないな,…,開くならそれはどうやっ
妻に昔,英会話を教えてくれた気のいいアメリカ人の友人に招
て証明できるんだ…,
うーん…,
Prusiner はバランスのよいスマー
かれてお宅に出向いたときには,玄関にはためく大きな星条旗
トな奴だが,
プリオンの PcP がどうやって感染するのかわからな
がいやでも目に入った。そういえば,彼は朝鮮戦争にいったこ
い…,自分には所長とか学部長とか大手ベンチャーの副社長と
ともある軍人だったっけ。アメリカはいまでも,いたる所に星
かのさそいはいろいろあるけれどみんな断ってる…,研究がで
条旗(やれやれ)。
きなくなるじゃないか…,Lindquist は今度ナントカのヘッドに
ニューヨークにつくと,空港出口で Yoshida と書いた札をもっ
なった…,彼女は今までのようには研究はできないだろう…,
て体格のいい黒背広にネクタイの男が待っていた。Horwich が差
自分は今でも実験している…,放射光で結晶の回折データとる
し向けてくれたリムジンの運転手だった。冷たい雨の降る中を,
のも Farr(ポスドク)と2人で車でいくんだ…,そのためにこの
どことも知れぬ工場や沼沢(潟?)や林を脇に見ながら,2時間
バンを買ったのだ…,でも帰りのドライブはつらい…,眠たく
近くもえんえんと走って,
(このリムジン代は高かろうな)と気
て眠たくて…,今の家は大学から遠いし,あたりが snobbish な
の小さい心配をし始めたころ Horwich の自宅についた。
林の中に
雰囲気になってきたから,そのうち引っ越したい…,それには
ある閑静な家である(写真1)
。広さも立地条件も,日本の教授
息子のいい学校さがしをしなくちゃ…。30分ほどしゃべり続け
の家より1
0倍は良い(同じ教授になるならアメリカでなればよ
てようやく大学に着く。
私は,彼の研究室の研究員や,私の研究室からこちらに留学
してきた元島くんといろいろ研究の情報交換をした。あちらも
へだてなく,やっていることをしゃべってくれるのでここにあ
まり書けないが,安易な実験はやらず,難しくても時間がかかっ
てもとにかく核心にせまる実験をやろうとしている。会心の作
だけいいジャーナルに出す(こっちは院生の数だけ論文出すの
がつとめなのだ)
。もちろん,すべてうまくいっているわけでは
なく,研究員は負担が大きい。Horwich もつかの間,実験台にむ
かう(写真2)
。午後は,Horwich と何人かでテニスをやる(写
真3)
。こっちにきたらやろうぜ,ということだったのだ。彼の
テニスはあいかわらず攻撃的で,ずんずん強打してくる。こっ
ちは持久のテニス。その夜は,Horwich の研究室のメンバーと会
食。全員集まってもポスドク,研究員で1
0人たらずのグループ
写真1.Horwich 邸
4
だ(これでよく毎年ネイチャーやらセルやら出せるなー)
。
folding を,トリプトファンの蛍光の増加で追跡した彼らの実験
のトレースである。見ると,ATP を加えると蛍光強度はすぐに
立ち上がり,何十秒か後に飽和している。ラグなんか無いじゃ
ないか,と言う。我々は,シャペロニンによる folding は3秒の
ラグタイムの後に開始されるというモデルを主張しているの
で,単純な1相の folding kinetic は具合が悪い。しかし,カーブ
をよく見ると,
1相性の反応ではないように見える。とりあえ
ず,トレースをもらっておいて,少しシミュレーションしてみ
たい,と了解を得ておく。それから,研究室のメンバーととも
に車で家の近くの港からフェリーで対岸の半島にわたった(写
真4)
。空は晴れて,甲板の上で Horwich と私は,お互いの家族
のことなど話した。フェリーから降りてまたしばらくドライブ
写真2.ラボでベンチに向かう Horwich
して CSH に着いた2。
私は,早速,CSH の研究所に留学している安田さんの研究室
翌日は,イエールの他の研究グループを順番にめぐって話を
を訪れてシミュレーションフィットを計算してもらった。F1の
聞く。午後は,私の講演。ここで始めて,早稲田の船津さんと
回転ですばらしい仕事をした安田さんにとっては,そんなのは
我々がこの2年間懸命に強化してきたシャペロニンの作用機構
簡単なことである。案の定,蛍光は最初に鋭く増加し,あとは
のモデルを,Horwich の前で本格的に披露した。これは,学会に
ゆっくりと飽和に近づく,二つの速度成分で記述された。Hor-
広く認められている Horwich のモデルと対立(あるいは改訂)
wich は,最初の早い増加に気が付いていないのは明らかだった。
するもので,2年前に Horwich に撃退された因縁のモデルの発展
また,彼は,おそらくもう一つのもっと大事なポイントも理解
である。私を厚遇して招待してくれている Horwich の前で,彼
していない。我々の「double timer」モデルでは,ATP の添加に
のモデルの妥当でないことを主張するのだから,やりにくい(が
より基質タンパク質は,
やりがいもある)。この場での Horwich の質問はたいしたことは
1.GoEL/ES に結合した変性状態(開始直後)
なかった。その夜,私は,Horwich 宅であらためて我々のモデル
2.GroEL/ES 内部の空洞に放出されて folding が開始される
の根拠を説明し,彼らのデータも我々のモデルでよく解釈でき
瞬間の変性状態
ることを説いた(このためにイエールに来たのだ)
。ダイニング
3.folding の終了した状態(native 構造)
,
キッチンのテーブルで私たちがあんまり議論に熱中しているも
と三状態の移り変わりを経験する。したがって,タンパク質
のだから,父親に宿題を見てもらいにきた息子の David は軽く口
の folding は2相の kinetic になるはずである。これを酵素の活性
笛を吹いた。Horwich は,
I understand your model better than before,
の出現で追跡すれば,
1から2の遷移は平らなラグとして観察
と言ったので(ああ,やっと Horwich を説得できた)と思った。
され,その後,
2から3の遷移にともなって活性が時間とともに
しかし,これはあまかったことはすぐに判明した…。
出現してくる。トリプトファンの蛍光を folding の指標として追
翌日は,午前中1人で Horwich の家の留守番である。家中ど
跡する場合は,一般的に1,
2,
3,各々の状態に対応するトリ
こでも使って良いという(こんなに信用されていいのかな)
。暖
プトファンの蛍光強度はタンパク質によって異なり,
1から2
炉のある広い居間の一隅には,サイエンスやネイチャーや読み
(あるいは2から3)への遷移が蛍光の増加なのか,減少なのか,
かけのコピーが床や机のあちこちに散らばり,その壁には彼の
不変なのか,どれでもありうる。MDH の場合,蛍光強度レベル
論文が表紙をかざったネイチャーがかざってある。家のちかく
は,1,
2,
3,の順序で強くなるらしい。それで,最初の1から
を散歩してみた。緑が美しく,日本の八重桜がいたるところ満
2への早い遷移はバーストになり,
2から3への遅い遷移はそ
開で,ゆるやかに流れる川の橋桁にはカモが巣を作って卵を抱
れに引き続くゆっくりした増加として見える。Horwich は,ラグ
いている。手の届
しか頭にないので,バーストが目に入らないらしい。ちなみに,
く 距 離 だ。午 後,
Horwich が 私 を
ピックアップする
ために大学から家
にもどってきた。
もどってくるな
り,どうだ,これ
を見ろ,と私の前
に一つのデータを
突き出した。シャ
ペロニン(GroELGroES)に よ る
MDH(malate de写真3.テニスの試合で友好を深める
hydrogenase)の
写真4.フェリーの甲板で
5
Horwich の提唱する「single timer」モデルでは,
1の存在を認め
ていないので,すべての kinetic は2から3への単純な一相性に
「スプライシング論争に終止符」
なる,と主張される。
私は,このフィットカーブをポケットにしまって持ち歩き,
森 和俊
さて,
どこでどうやって Horwich を説得しようか,
と考えていた。
(京都大学大学院生命科学研究科)
ポスター会場では,河田さんがポスターを出していた。これを
Horwich は,食い入るように20分も眺めている。やがて河田さん
がやってきて説明を始めると,
とたんに Horwich が食ってかかり
論争が始まった。かなたからこれを見ていた私は,そこに駆け
つけた。あとの顛末は河田さんの記事(p2
8)のとおりである。
私は Horwich の目の前に MDH フィットを突きつけたが,彼はも
はやそれを見ようともしなかった。翌日は私の発表だった。デー
タをしぼってていねいに話をした。必ず,Horwich が反論するに
違いない,と思っていたがやはり彼は立ち上がって,数分間,GFP
の folding はたしかにラグの後に開始されるかもしれないが,そ
れは決して一般的ではない,少なくとも MDH は違う,と述べた。
私は,例の Horwich 自身の MDH のデータを示して反論すること
も考えて用意していた。しかし,それではあまりに抜き差しな
らない論争になりそうだし,
聴衆は上記の多少ややこしい kinetic
の論議についてこられないだろう,と壇上で瞬時迷っているう
の写真を見てすぐに「オヤッ?」とか「エッ!」と思われ
ちに,Hartl が次の質問に立ってそれに答えているうちに講演時
上 た方は,この業界に精通していることを意味しています。
間は終わった。
今度の「タンパク質の一生」から分子シャペロン関連特定領域
この旅は,もっとも歓迎してくれた人ともっとも激しく論争
研究の班員になられた方には,随分過去にさかのぼってご理解
するという奇妙な旅だった。Horwich は私をイエールに招き,自
いただかなければなりません。写真左の人物がどなたかおわか
宅に3日も泊まらせ,CSH で3
0分も講演させてくれた。Horwich
りでしょうか? 彼こそは,現在世界で最も普及している分子
には帰国後お礼のメイルを送り,その末尾に,学問上の不一致
細胞生物学関係の教科書 Molecular Biology of the Cell のエディ
もいずれ解決できるだろう,と付け加えたが,その返事ではこ
ターを James Watson から引き継いだ男,UCSF の Peter Walter で
の論争に関してはまったく触れていない。ともあれ,論争のド
あります。写真右は筆者。この二人の関係についてここで再び
ラマはこれで終わりではない。まだ,我々のモデルは認知され
筆を執ることはしません。前特定領域研究「分子シャペロンに
ていない。出版もされていないどころか,投稿もまだである。
よる細胞機能制御」から発行されたシャペロンニュースレター
だから,
公式には始まってすらいないのだ。投稿すれば,
Horwich
の記念すべき第1号とそれに続く第2号に掲載された拙文「真
が審査をすることになる可能性は大きい。私たちは,さらに,
説−小胞体ストレスにより誘導される特殊なタイプの mRNA ス
文句のつけようのない説得力のあるデータを求めて研究を急い
プライシングの意義」および「その後の劇的な展開」をお読み
でいる3。
ください。今読み直すと本当に稚拙で赤面ものではありますが,
サイエンスにおける自らの居場所を確立しようともがいていた
脚注
1)9月11日事件についての私の意見に興味のある方は,ホー
ムページでどうぞ。
2)Cold Spring Harbor とは,冷泉湾ということだそうである。
ずっと,冷春湾だと思っていた。CSH の会場では,もう一つ,
印象的な出会いがあった。それがなんだか,半年後になった
ら言えるのでお楽しみ(誰も楽しみになんかしてないか)
。
3)この研究は早稲田大学の船津・上野・多田隈グループと東
工大の田口・吉田グループの緊密な共同で進められている。
若手研究者(私も当時はその範疇に入っていたと思いますので)
の奮闘記と好意的に捉えて頂ければ幸甚と願うのみです。
今回のコールドスプリングハーバーミーティング『Molecular
Chaperone & the Heat ShockResponse』(2
0
02年5月1日∼5日)
に お け る セ ッ シ ョ ン 2「Quality Control and Protein Trafficking」
は Peter による招待講演で幕を開けました。聞けばびっくり,そ
の内容は従来の彼のトークからは全く想像できないものでし
た。これまでは,「その後の劇的な展開」に書いたように,UPR
解析の初期の部分(酵母での転写誘導に関与するシス配列 UPRE
の同定)のみ私に credit を与えて後は全て自分でやったように話
すのが常でしたが,今回は由良前 HSP 研究所所長が「彼は変わっ
たネー。Kazutoshi Mori の名前が1
0回くらい出たんとちゃうか。」
と感想を述べられたように,全編に渡って私たちの仕事を高く
評価する講演となっていました。この理由は私には明白です。Peter の一番やりたかったこと,XBP1mRNA のスプライシング,
を私たちが発見したからです。
一昨年末の分子生物学会でのシンポジウムで彼が話したこと
をご記憶の方(あまりいないか?)にはおわかりかと思います
6
が,Peter は UPR をストレス応答として捉えるのが大嫌いで,そ
た)
。XBP1に対する抗体を作製
のため UPR という名称も適切でないと言及するくらいです(un-
し,これで検出されるタンパク
folded の部分がストレスに直結するように聞こえるのでしょう。
質の分子量が XBP1の予想分子
ただし,私は全くそうは思っていませんが)。Peter は常々 UPR
量 よりもずっと大きいという
は生理的に極めて重要なものだと声を大にして言っており,そ
謎に直面して初めてスプライシ
の時必ず引き合いに出すのが B 細胞の分化です。
B 細胞が活性化
ングに思い当たりました。哺乳
されてプラズマ細胞に分化すると,これは抗体産生に特化した
動物では IRE1依存的なスプラ
工場のようなもので,その細胞内はほとんど小胞体になってし
イ シ ン グ を 受 け る 基 質 mRNA
まいます。つまり極めて多量の抗体分子を分泌するにはそれだ
が未知という問題意識をもって
け極めて高い品質管理能力が必要とされる訳で,小胞体が高度
いなければ到底たどり着けない
に発達するのだから UPR が中心的役割を担っているに違いない
ひらめきだと思います。実際,
という論理です。ところが,プラズマ細胞への分化と UPR とを
XBP1はもともと,Harvard の大
結びつける結果をわれわれが先に Cell に出してしまったのです。
物 研 究 者 Laurie Glimcher の グ
出芽酵母では,UPR に特異的なベーシック・ロイシンジッパー
ル ー プ に よ っ て199
0年 に,
ハーバード大学医学部の Laurie Glimcher
型転写因子 Hac1p をコードする HAC1mRNA が,小胞体膜を貫
MHC class II 遺伝子のプロモーター上に存在するシス配列 X-box
通するリン酸化酵素・リボヌクレアーゼである Ire1p の作用によ
に結合する因子(X-box binding protein)としてクローニングさ
り小胞体ストレス依存的に切断され,次いで tRNA リガーゼであ
れたのですが,その後1
0年以上もその mRNA のスプライシング
る Rlg1p により連結されるというスプライソソーム非依存的な
には全く気がつかれないまま解析されています。では XBP1は何
スプライシング反応を受け,その結果 Hac1p が産生されて UPR
をしているのでしょうか? XBP1は ERSE 結合タンパク質として
標的遺伝子の転写が活性化されます。このユニークな機構は高
とられたくらいですから,
ERSE を介して UPR における転写誘導
等動物でも保存されていると考えられていました。実際,Ire1p
に効いています(このことは IRE1のドミナントネガティブ体等
のホモログはヒトまで広く保存された形で小胞体に存在します
を使って証明しています)
。すなわち,
「高等動物でも IRE1依存
(RE1と IRE1の2種類)
。ところが摩訶不思議なことに,Hac
的にスプライシングを受ける基質 mRNA が存在するのか,存在
1p のホモログがヒトはおろかショウジョウバエや線虫のゲノム
するとしたらこの経路が UPR において機能しているのか」とい
中にも見つからないのです。さらに,私たちが哺乳動物 UPR に
う質問に対する解答は共にイエスでした。
特異的な転写因子として単離・同定したベーシック・ロイシン
では ATF6との関係はどうでしょうか?私たちは,XBP1遺伝
ジッパータンパク質 ATF6は,スプライシングではなくプロテオ
子のプロモーター上には ERSE が存在していて,小胞体ストレス
リシスによって制御されていて,様々な解析結果から ATF6が転
時に転写誘導され,かつその転写誘導は ATF6によって制御され
写誘導に極めて重要な役割を果たしていることが示されていま
ることを見いだしていました。さらに今回わかったのは,XBP1
す。当然の帰結として,高等動物でも IRE1依存的にスプライシ
mRNA がいくらスプライシングを受けてもそれだけでは XBP1
ングを受ける基質 mRNA が存在するのか,存在するとしたらこ
の発現には繋がらないことです。XBP1タンパク質は不安定で,
の経路が UPR において機能しているのか,機能しているとした
プロテアソームによる分解から免れるためには,量的にある程
ら IRE1経路と ATF6経路との関係はどうなっているのか,とこの
度作られるよう XBP1mRNA 量が増加していなければならない
分野の誰しもが疑問に思っていました。海外の学会へ行っても,
のです。小胞体にストレスがかかると ATF6経路と IRE1経路の両
哺乳動物の IRE1の下流は一体どうなっているんだ?という質問
方が活性化されますが,ATF6の場合は膜に埋め込まれた前駆体
をよく受けました。さあ?と(とぼけて)答えるしかありませ
をプロセシングするだけで活性化できますので,ATF6経路の方
んでしたが,最近になって遂に,XBP1という哺乳動物 mRNA が
がまず転写に作用します。その結果小胞体内分子シャペロンと
IRE1依存的なスプライシングを受けることを私たち(20
01年12
共に XBP1も転写誘導され,量的に増加した XBP1mRNA が活性
月2
8日号の Cell)と NYC の David Ron のグループ(2
0
0
2年1月
化された IRE1によりスプライシングを受けることで充分量の
3日号の Nature)が独立して証明し,これらの問題が一気に解
XBP1が産生され,小胞体内分子シャペロンの転写がさらに亢進
決したのです。
XBP1mRNA は線虫でも IRE1依存的なスプライシ
するのです。つまり,ATF6と IRE1の両方が活性化されて初めて
ングを受けることを,私たちは Randy Kaufman との共同研究によ
XBP1が機能し始める,言い換えれば,ATF6経路と IRE1経路が
り明らかにしました(20
0
1年12月2
8日号の Cell)
。
XBP1のところで合流するのであり,両経路とも UPR にとっては
XBP1mRNA もベーシック・ロイシンジッパー型転写因子を
重要という誰にもハッピーな結論を得ることができました。
コードしています。私たちが哺乳動物の転写誘導は ERSE という
私たちの発見にとても追い風だったのは,Glimcher らが XBP1
シス配列が担っていることを見つけ,ERSE に結合するタンパク
を欠く B 細胞はプラズマ細胞に分化できないことを証明したこ
質を探索したときに,ATF6と共にとれてきたのが XBP1だった
とです(2
00
1年7月1
9日号の Nature)。つまり,哺乳動物にも
のです。しかしながら XBP1がとれてから,その mRNA のスプ
IRE1依存的なスプライシングを受ける基質 mRNA が存在して,
ライシングに気がつくまでに実に4年以上かかっています。ス
UPR の活性化を通して B 細胞がプラズマ細胞に分化するときに
プライシングによって除去されるイントロンがたったの2
6塩基
重要な役割を果たすという Peter の理想の形が XBP1として結実
長であったため,ノーザンブロットでは mRNA の大きさの変化
してしまったのです。こうなれば Peter だって認めないわけには
5
2塩基飛
を検出できなかったからです(HAC1mRNA の場合は2
いかないでしょう。もし認めなければ自分の仕事まで陳腐なも
びますのでノーザンブロットでスプライシングが一目瞭然でし
のになってしまうのですから。これが最初の写真でお見せした
7
歴史的和解の背景です。
因子としての活性がずっと高くなることがわかりました。つま
今回のセッションにおいて私は上記のような概要で,XBP1
り私が Hac1p で言っていたことがそのまま XBP1に適応されたの
mRNA の IRE1依存的スプライシングの発見と IRE1経路と ATF6
です。
Rapoport が京都カンファレンスでの自分の質問を覚えてい
経路の関係についてショートトークを行ないました。大変好評
たかどうかは定かではありませんが,このような歴史的背景が
だったのですが,中でも私が最も嬉しかったのは,後で Tom Ra-
Rapoport をして
「特に酵母でお前が言っていたことがそのまま哺
poport が「お前の Cell の論文はうちの Journal Club で取り上げた
乳動物に当てはまっているところがすばらしい」と言わせたの
けど,とても良かった。特に酵母でお前が言っていたことがそ
だと思います。Peter も現在は完全に私の見解を受け入れていま
のまま哺乳動物に当てはまっているところがすばらしい(意
す。1
99
6年11月に Peter の HAC1mRNA splicing の論文が Cell に
訳)
」とコメントしてくれたことです。この意味を理解していた
掲載されたとき,誰がこの今の状況を予想できたでしょうか?
だくには4年以上前に遡ってもらわなければなりません。拙文
まさに奇跡的な逆転勝利と言えるかもしれません。哺乳動物
「その後の劇的な展開」の最後の部分に書いたことですが,19
97
UPR 解析に中心的役割を果たしている吉田秀郎研究員の優秀さ
年末の段階で,HAC1mRNA のスプライシングがもつ生物学的意
に負うところ極めて大であります。ただ一つ非常に面白く感慨
味において,
Peter と私とでは見解が全く異なっていました。Peter
深いのは,Peter の two different kinetics が,ATF6が非常に早い応
は Hac1p の unspliced form も spliced form も転写に効いていて,
答を,XBP1が持続的な応答を担っているという私たちの哺乳動
unspliced form が非常に早い応答を,spliced form が持続的な応答
物 UPR のモデルにきちんと活かされていることです。研究の進
を担っているという two different kinetics を考えているのに対し,
展とはこんなもんなのでしょうね。
私 は 高 い 転 写 活 性 化 能 を 有 す る の は spliced form だ け で,
こう書いてくると今や Peter を越えて前途洋々,余裕綽綽のよ
unspliced form はむしろ転写には効かないよう活性を低く押さえ
うに誤解されるかもしれませんが,決してそんなことはありま
られているのだという fail safe mechanism を考えていました。こ
せん。競合はますます厳しくなるばかりで,
これからの方がもっ
の相違点を,1
9
98年3月に行なわれた京都カンファレンス(永
と大変なのです。大物 Glimcher までこの分野に参入してきまし
田さんの CREST と HSP 研究所の共同主催)において主張したと
た。何とか今後も competitive で有り続けたいと思っています。
ころ,Rapoport に「Peter がきちんと証明したことをお前は信じ
この特定領域が終わる頃に,森さんが輝いていたのはあの CSH
んという。何でこのシステムはそんなに複雑なんだ?」とかな
meeting の報告書を書いたときまでだったねえと言われないよ
り強い口調で質問されたのです。この発言を覚えておられる方
う,努力したいと思います。
はもう誰もおられないでしょうが,私は言葉の背後に「何でお
さて随分と道草を食ってしまいましたが(裏話を書いたのは
前ごときが Peter に逆らうんだ?」という批判を感じとらずには
遠藤さんの指令によるものです)
,セッション2にもどりましょ
おられませんでした。その時は
「まだはっきりしていない。もっ
う。Peter はイントロダクションの後,自分の仕事を話しました。
と慎重に調べなければならない。
」と答えるのが精一杯でしたが
酵母の転写誘導を担うシス配列は UPRE として私が同定したの
「いつか見とれ!」と私はこの光景を脳裏に焼きつけたのでし
ですが,Peter のマイクロアレイ解析で UPR により転写制御され
た。
ていることが示された遺伝子(酵母全遺伝子の実に6%にも達
今回 XBP1mRNA のスプライシングがもつ生物学的意味を解
する)を調べてみると,その約1
0%位しかプロモーター上に
析してみると,unspliced form が spliced form に変換されると転写
UPRE が見つかりません。そこで,転写誘導に関わるシス配列を
コンピュータープログラムを駆使して探索した結果,新たな配
列を二つ(motif1と motif8)見つけることに成功しました(ここ
までは一昨年末の分子生物学会で既に話しています)
。motif1
(TACGTG)は ERO1,motif8
(AGGACAAC)は DHH1という UPR
標的遺伝子のプロモーター上に見つかり,それに変異を入れる
と誘導が(完全にではなかったと思いますが)阻害されました。
ここまでは OK なのですが,
UPR に関与する遺伝子をさらに探索
した結果,
「GCN2
(kinase)→ eIF2のリン酸化→ GCN4
(転写因
子)の翻訳レベルでの誘導」というアミノ酸飢餓に応答する経
路を欠損する株(gcn2,gcn4)では,motif1や motif8のみで
なく UPRE を介したレポーターの転写誘導がほぼ完全に阻害さ
れていることを話すのに至っては???としかレスポンスしよ
うがありませんでした。哺乳動物で David Ron のグループにより
明らかにされた「PERK(kinase)→ eIF2のリン酸化→ ATF4
(転
写因子)の翻訳レベルでの誘導」という機構との類似性で目を
引きますが,Peter は私の質問に対し,gcn2や gcn4でも HAC1
mRNA はスプライシングされ Hac1p が合成されていると答えま
Cell に論文が通った後,表紙に使えそうな写真を送れと言われましたので,Sec71p-GFP 融
合タンパク質を発現する出芽酵母の写真(理研の中野明彦研究室の佐藤健博士にご供与頂い
た),線虫の写真(Randy Kaufman 研の Dr. Xiaohua Shen にご提供頂いた),と CHO 細胞を
抗 KDEL 抗体で染めた写真(うちのポスドクの灘中里美撮影)にそれぞれの細胞でスプライ
スされる基質 mRNA のイントロン部分の構造を付けた図を作製し送ったところ,左半分のみ
が採用となりました。矢印が切断部位。この IRE1依存的な新奇スプライシングをフレームス
イッチスプライシングと私たちは呼んでおり,酵母からヒトまで保存された新しいタンパク
質の活性化方法であると考えています。
8
したので,どこに効いているのか,その分子機構が見えてきま
せん。最近の Peter の仕事に冴えを感じられないと思うのは私だ
けではないようですが,Molecular Biology of the Cell の執筆や
chairman としての仕事に忙しいためでしょうか? Peter のこと
ですから何か凄いものを隠しているのかもしれませんが…。
導されないが,XBP1破壊細胞では誘導される遺伝子(activated
私の次に話したのは,David Ron のラボに留学中の浦野さん。
哺
in blocked UPR から abu 遺伝子と命名)が存在することを発見し
乳動物では IRE1の活性化が JNK(c-Jun kinase)の活性化に結び
ました。abu 遺伝子は1
1個とも scavenger receptor に似たタンパク
つくことを示した論文を20
0
0年に Science に発表したことで知ら
質(I 型の膜貫通型タンパク質)をコードしていました。といっ
れていますが,今回は C. elegans の解析結果を報告しました。マ
ても scavenger receptor そのものではありませんし,
酵母にそのホ
イクロアレイを使って全遺伝子の9
0%以上を解析したところ,
モログは見つかりません。abu タンパク質は,哺乳動物の scav-
8
0個の遺伝子の転写が2倍以上小胞体ストレスにより誘導さ
enger receptor のように細胞表面で発現しているのではなく,細胞
れ,そのうち約半分の遺伝子の転写が XBP1破壊細胞では見られ
内で(小胞体らしき所に)発現していて,XBP1破壊細胞や IRE
なくなったことから,C. elegans では IRE1→ XBP1経路が UPR
1破壊細胞で abu 遺伝子を RNAi すると,細胞は小胞体ストレス
標的遺伝子の約半数の転写誘導に関与することが明らかになり
に対しより感受性となりました。つまり,IRE1→ XBP 1経路が
ました。IRE1の下流の転写因子が酵母では HAC1なのに対し,線
失われるとそれを補償する転写誘導機構が活性化されることを
虫以降では XBP1に変わっていることに注目いただきたいと思
意味しており,とても面白い現象だと思います。酵母ではこん
います。HAC1と XBP1は共にベーシック・ロイシンジッパータ
なことは起こりません。何が制御しているのが今後解析が進む
ンパク質であるということ以外に共通点は見つかりません。な
ことでしょう。
ぜ変わったのかとても興味深い謎です。
浦野さんはさらに,通常の細胞では小胞体ストレスにより誘
(Meeeting Report「Cold Spring Harbor Laboratory Meeting に参加し
て(part2)」
(p29)に続く)
第8回 CGGH 日本生化学会シンポジウム(Part1)
“New Paradigms of
Molecular Chaperones in
the Postgenome Era”
第8回 CGGH 日本生化学会シンポジウム(Part2)
セッション1∼2
:
蛋白質フォールディング機構と
分泌蛋白質の品質管理
和田 郁夫
和田 郁夫
(札幌医科大学・医学部)
(札幌医科大学・医学部)
GGH シンポジウムは日本生化学会が主催する最大のシン
ッション1は金城さん(北大)と木寺さん(京大)のコー
C ポジウムで,毎年様々なテーマで春に行われています。 セ ディネートによりそれぞれ独自に生物物理的なアプロー
200
1年は,少し遅れて8月に札幌で分子シャペロンをテーマと
チをされておられる7人の演者による講演でした。
して,正味3日間にわたり,延べ3
00人程の参加者を得て,札幌
A. Oberhauser(Mayo Foundation)は,原子間力顕微鏡を用い
ファクトリーホールにて行われました。これは木戸(徳島大学)
た単一蛋白の高次構造の解析について怒濤のように論文を発表
さんのご尽力により実現したもので,海外から1
9名,国内2
6名
されておられる方ですが,講演では folding 中間体の解析に威力
の研究者の招待講演と,多くのポスター発表を戴く事ができま
を発揮するこの手法の紹介と筋肉蛋白 titin の分子全体と,その可
した。オーガナイズは札幌医大の佐藤昇志さんと私(和田)で
塑性にとって重要な PEVK ドメインの役割に関する最近の成果
行いましたが,実際の運営は事務局長の鳥越さんを中心にした
について発表されました。
病理学第一の方々の獅子奮迅の大活躍によりはじめて可能に
田口(東工大)さんはこのレターではお馴染みですが,GroEL-
なったものです。また,シャペロン研究分野の多くの方々には
GroES の会合・解離を単一分子レベルでのイメージングにより解
ご多忙の中,運営委員あるいは座長をお引き受けいただき感謝
析し,
GroES が解離する際に観察される興味深いラグについて紹
に堪えません。
介されました。これは去年,Nature Biotechnology に報告された
会場の札幌ファクトリーホールはサッポロビール工場の跡地
ので読まれた方も多いと思います。
に建てられたモールに併設されたもので,普段はライブ等に用
M. Gruebele(Illinois 大)は,蛋白の「Foldability」に関する考
いられる2階まで吹き抜けのホールを借りて,世の流れとは逆
察で,なかなか難解でしたが,タンパク質の folding を解明する
に街の真ん中でオープンな会を目指しました。開催当日はいか
ために時間分解レーザー温度ジャンプ装置を用いて,蛋白を取
にも札幌らしい,ややヒンヤリとした8月の空気の中,熱い議
り巻く環境の違い,温度,塩,他の蛋白やシャペロン等の影響
論が終日交われました。この会は5つのセッションで構成し,
について,独自の理論を展開されました。
その内容について以下に紹介します。セッション3は鳥越さん,
Tronto 大の H. Chan はモンテカルロ法を利用して,三次元格子
4は佐藤さん,5は服部さん(順天堂大)にご執筆戴きました。
上にアミノ酸を配置する手法で蛋白の折り畳まれる過程の解析
を行っています。彼女はこの方法を利用して何種類のアミノ酸
が存在すれば安定な蛋白を作ることができるかを,これまで発
9
膜タンパク質の主なトポロジー形成原理が明らかになったとい
えそうです。
こ の セ ッ シ ョ ン は,
「how cellular proteins fold into functional
shapes」というお題目で語って戴きました。如何にして特定の形
が選ばれるのか,その理解に向けた様々な先端的な戦略を学習
する事で,分子シャペロン研究の新しい姿が浮かび上がってき
たように感じました。
午後からのセッション2は主に小胞体でのタンパク質の品質
管理機構に関するセッションで,
私の担当でした。このセッショ
ンでは,現在,最も注目を浴びている,ジスルフィド形成,異
常分子の排除そして構造形成後の蛋白動態制御を中心とした話
四方さんの発表。限りなくオリジナル…
題を提供していただきました。
最初はミラノから R. Sitia(Vita-Salute San Raffaele 大)の講演
表された様々なモデルとの比較について話されました。
で,蛋白が小胞体内腔でジスルフィドを形成する酸化過程の解
高橋(京大)さんは,蛋白の高次構造変化を X 線小角散乱に
析で,Ero1Lと が PDI を酸化し,それが分泌蛋白のシステイ
より1
6
0の時間分解能で解析する装置を作られています。それ
ンを酸化するということと,
IgM 重鎖の膜貫通部分を小胞体関連
を用いて cytochrome c の酸性状態での極めて急速なリフォール
分解(ERAD)シグナルを持つ TCR と置き換えたキメラ蛋白の
ディング(<1
0)の過程を分析された結果を紹介され,その
分解の前には軽鎖との S-S 結合の還元が起きるということを巧
結果明らかにされた特定の配列周辺で最初に形成される疎水性
みな実験により示しました。これは,小胞体内腔基質が Sec61
クラスター周辺での二次構造とコンパクトな構造の協調的な形
チャンネルを通過してプロテアソームで分解されるには高次構
成過程について説明されました。
造変化の強い制約となるジスルフィドが還元される必要がある
四方(阪大)さんは,このところ取り組んでおられる in vitro
との予想を受けるもので,現にコレラトキシンの内腔から細胞
でランダムペプチドから特定の形や機能を持つ蛋白を進化させ
質への逆輸送の際には PDI による還元を受けることが Rapoport
る戦略について講演されました。エステラーゼ活性を指標にし
のグループにより最近示されています。
Sitia の後半の話はややリ
た場合,平均長140個のアミノ酸からなるランダムペプチドライ
モートな状況証拠ですがそれにつながる重要性を持ち,分子機
ブラリーから活性の高いクローンを選んで,それを random muta-
構の解明が待たれます。彼の次には,私の話でしたが,あいに
genesis にかける,という操作を繰り返すことで少数のサンプル
く内容は彼の前半の話とかなりよく似たものになってしまいま
から酵素レベルの分子活性を持つ蛋白を進化的に獲得できる
した。彼の結果と私の系との最大の相違点は,私の方では小胞
データを紹介され,全く新たな分野を切り開かれていることが
体膜の無傷性と Erp57が酸化に必要という結果が得られていま
わかります。
すが,彼らの系では基質酸化は膜に穴があいた状態でも起こり,
阪口(九大)さんは膜蛋白の配向性研究の第一人者ですが,
PDI を必要とするという点で食い違いがあります。いずれにせ
本講演で小胞体での cotranslational なマルチスパン膜タンパク質
よ,基質チオールからの電子の処理機構が焦点です。
のフォールディング様式を紹介して戴きました。疎水性セグメ
ついで R. Sifers(Baylor 大)には ERAD における糖鎖プロセ
ントの自発的組み込みに加え,アミノ末端を膜内に組み込むシ
シングの役割についてアンチトリプシン変異体をモデルにした
グナルアンカー(SA-I 配列)により親水性セグメントが膜貫通
彼らの一連の仕事を総説して戴きました。そして,アンチトリ
ト ポ ロ ジ ー を 形 成 す る 様 式 や,全 長 の 合 成 が 完 了 し て か ら
プシンの変異体 PI Z は hepatoma 細胞ではマンノシダーゼ II によ
フォールディングに依存して膜内ドメインに組み込まれるトポ
るプロセッシングを受け,分解はプロテアソーム阻害剤では抑
ロジー形成様式を実験的に区別して示されました。小胞体での
えられず phenyarsine oxide で押さえられるという異論の多い以
前の報告について,cell type によって ERAD のモードは異なる,
というデータを発表していました。細胞種による違いという説
明は「cell biologist' s last excuse」といわれたりもしますが,実際
にこのあたりの機構は細胞種による違いがかなり大きいようで
す。
徳永(姫路工大,現大阪市大)さんは,血液凝固系蛋白(プ
ロテイン C)をモデルとして小胞体関連分解(ERAD)を解析し,
その GFP とのキメラがプロテアソーム阻害剤存在下では核内の
PML 体に凝集体を形成することを報告しました。この凝集体形
成には蛋白部分のミスフォールドだけでなく,
N 型糖鎖の存在が
重要であり,アグリソーム形成とは異なる機構で核内へ運ばれ,
プロテアソーム阻害剤を除去するとこの凝集体は核外移行を
伴って消失します。これが ERAD の不全と神経変成疾患でみら
ポスター発表を見入る D. Ron(左から二人目)
。いつもノートを抱えている。
10
れる凝集体形成との細胞機構に共通性があるのかもしれない,
部分からなります。前者は Glc1Man3を結合しますが,後者の役
割はよく分かりません。D. Williams 言うところの他の蛋白との
結合ドメインかもしれません。予想外なことは,糖鎖の結合部
位は1つしかなく,
またそこにはグルコシダーゼ II が入り込むス
ペースがないらしいということです。これは,教科書にも書か
れたようにモノグルコース型糖鎖が結合してその複合体内のグ
ルコースとマンノースの結合を GlcII が直接切断する事は難しい
可能性を示唆し,瞬間的にカルネキシンから離れたモノグル
コース糖鎖に GlcII が作用することで両分子は全体として解離に
向かうという,
かつて Bergeron が主張したモデルの方が正確なの
かもしれません。
皮肉な事に,このセッションを通して感じたのは,我々はま
八谷さんの興味深い講演に対する質疑応答。手前は G. Bu.
だまだ幾つかの限られた言葉しか知らず,自分たちの言葉で語
れていないのではないかという不満でした。今後,生きた細胞
ということを示されました。
の中での分子の相互作用と形の変化をしぶとく追い続ける決意
細川
(京大)
さんは,このレターでもすっかりお馴染みの EDEM
を新たに,このセッションを終えました。
について講演されました。この I 型の膜蛋白はストレス誘導をう
ところで,これだけの話を一日で,というのはかなりタイト
ける蛋白のスクリーニングから見いだされたもので,キフネン
なスケジュールでした。私の場合,脳が沸騰しそうになりまし
シン依存性の ERAD を促進するので Man8レクチンの特性を持つ
たので,講演終了後,ホール横のモールの一階にあるワインバー
ミスフォールドした蛋白のための受容体と考えられています。
に駆け込んでアルコールの気化熱で冷却するという作業が必要
では,これは蛋白部分の構造は認識しないのかそしてその下流
でした。鳥越さん,佐藤さんのご努力の結果,ワインは飲み放
の機構は何なのか,興味が尽きません。
題になっており,多くの同士もおられたようですが,記憶は定
さて,次はちょっと分泌系から離れますが,話題を呼んだ八
かでありません。
谷(ERATO, 現国立神経センター)さんの講演でした。彼女は
フォールドした蛋白をアンフォールドする活性を持つ分子を捜
して酵母ミクロソーム salt-wash 画分からアンフォルジンと名付
第8回 CGGH 日本生化学会シンポジウム(Part3)
けられた蛋白を単離し,性質を調べるとねらい通りにこの分子
セッション3
:
分子シャペロンと細胞
増殖/分化/発生
は様々な蛋白をアンフォールドすることを示しました。この分
子は直径2のリング状で中央部に cavity を持つホモオリゴ
マーで,ATP の結合をアンフォールダーゼ活性に必要とします。
これは酵母では bud neck に局在し,過剰発現は多数の bud を持
つような異常な形態を引き起こし,その欠損は細胞分裂の際に
鳥越 俊彦
異常を引き起こします。このような極めてユニークな分子活性
(札幌医科大学・医学部)
と表現型がどのようにつながるのか,大変興味深いところです。
ついで,G. Bu(Washinton 大)による RAP に関する講演でし
ッ シ ョ ン 3 で は,
「Molecular chaperones in control of cell
た。このシャペロンは LDL 受容体(LDLR)ファミリーの基質
セ
結合部位を塞ぐことでリガンドの LDLR への小胞体での結合を
による講演と討論が行なわれた。
防いで細胞表面への輸送を促進します。講演では興味深いこと
私,鳥越(札幌医大)は細胞周期制御機構を概説した後,Re-
growth and development」のタイトルで,8人のスピーカー
に LDLR と LDL の結合部位をブロックする RAP の作用とは別の
tinoblastoma 蛋白(RB)のシャペロンとしての HSC73の意義につ
部位で RAP は LDLR のフォールディング自体を促進することを
いて発表した。
HSC7
3は脱リン酸化 RB と選択的に結合し,in vitro
示しました。
で RB のプロテアソーム依存性蛋白分解を抑制する。細胞内で
引き続き西村(徳島大)さんは,フォールドしたものがどの
RB 蛋白がユビキチン化されることを証明し,プロテアソーム阻
ようにして小胞体から出ていくのかというミステリアスな部分
害剤の存在下で脱リン酸化型 RB の蓄積とともに細胞周期が G1
に関してご講演を戴きました。氏は,この分野を引っ張る Balch
期に停止することを示した。
RB の機能はリン酸化だけでなく,ユ
のラボで行われた仕事を主として詳しく解説され,フォール
ビキチン/プロテアソーム蛋白分解系によっても制御され得る
ディングと共役したデリケートな COPII 顆粒の形成機序とその
ことを示し,脱リン酸化型 RB の安定化によって間接的に細胞周
引き金となるシグナルについて紹介されました。
期を制御している HSC73の役割について報告した。
最後は J. Bergeron(McGill 大)です。実は彼には p9
7による小
Paul Workman(英 Institute of Cancer Research)は,HSP90阻害
胞体遷移領域の調節機構に関して話すようにお願いしたのです
剤である Geldanamycin 誘導体1
7AAG を用いた癌治療臨床試験を
が,かつてポスドクだった私へのサービスのつもりか,1
0年か
行っている。ヒト癌細胞株に17AAG を作用させると HSP90に
かったカルネキシンの内腔ドメインの結晶構造について紹介し
シャペロンされる癌化シグナル伝達蛋白質 Akt, c-raf, K-ras 蛋白
ました。
この蛋白は legume lectin と相同の globular ドメインと,
そ
レベルが低下し,癌細胞はアポトーシスを起こした。DNA アレ
れから突き出た(繰り返し配列を含む)1
4
5残基からなる arm の
イを用いて1
7AAG 抵抗性細胞の特徴を解析したところ,BAX の
11
発現がなく BAG-1の過剰発現が認められた。
1
7AAG の作用に
よって HSP70の発現は一様に増加したが,HSP9
0の発現は細胞に
よって異なっていた。感受性の指標となり得る分子を検索した
ところ,c-raf と CDK4の発現低下がよく相関していた。実際に
1
7AAG の投与によって寛解した患者の末梢血リンパ球を解析し
たところ,c-raf レベルの低下と HSP7
0の増加が認められた。分
子シャペロンを標的とした初めての癌治療薬である。
Helen Beere と Douglas Green
(米 La Jolla Inst. for Allergy and Immunology)は,細胞のアポトーシスを制御する分子シャペロン
について発表した。アポトーシス刺激によってミトコンドリア
からチトクロム c が遊離し,Apaf-1,caspase- 9とともに apoptosome が形成され,caspase-3が活性化して細胞死にいたる。実際
に1個のヴィジュアルにデモンストレーションし,HSP70が
CSSI の会長,R. Tanguay の講演。200
3年秋にはケベックで学会が開かれます。
Apaf-1と結合して apoptosome の形成を抑制することを示した。
HSP2
7も細胞死シグナルの抑制に働く。ストレス応答が細胞の生
鈴木(横浜市立大学)さんは筋組織における small HSP ファミ
死を制御する分子機構について報告した。
リーの発現と機能について発表した。
8種類のヒト HSP2
0ファミ
高山(米 The Burnham Institute)さんは,BAG ファミリーの構
リー蛋白の大部分は骨格筋に豊富に発現している。このうち,
造と機能について発表した。最初 BCL2結合蛋白としてクローニ
HSP2
7/HSP2
0/
crystallin と,MKBP/HSPB3とは,それぞれ独
ングされた BAG-1は,HSP7
0の co-chaperone であることが判明し
立して複合体を形成し,type I fiber と type II fiber とで異なる発
た。BAG-1には4つの isoform が存在し,細胞内局在部位が異な
現を示す。
MKBP は筋変性疾患関連蛋白である DM kinase と結合
るらしい。BAG-1の過剰発現は乳癌の予後と相関し,性ホルモン
し,その熱変性を抑制した。また,MKBP 結合蛋白として BAG-
受容体の発現,機能に関与していることが示された。さらに,
cas-
3蛋白が見出された。BAG-3は MKBP と HSP70とを橋渡ししてい
pase 活性を抑制し細胞死の抑制にも関与している。BAG ファミ
ると考えられ,筋組織においては MKBP とともに Z-band に局在
リーには6種類の蛋白が知られており,いずれも HSP70の AT-
していた。筋変性疾患における small HSP の関与が強く示唆さ
Pase ドメインに結合するという点で共通しているが,
それぞれが
れ,遺伝子改変動物による解明が期待される。
異なる蛋白質と結合している。たとえば BAG-4は TNF 受容体と,
永田(京都大学)さんはコラーゲン特異的分子シャペロン
BAG-3は PLC-g と結合する。BAG ファミリーは HSP7
0と基質蛋
HSP47について発表した。HSP47遺伝子 K/O マウスは胎生115
. 日
白との橋渡しをすることによって蛋白の構造と機能を制御して
で死す。細胞レベルでは type IV コラーゲン産生の低下があり,
いるのかもしれない。
産生されたコラーゲンは三重鎖の形成が不完全であることが示
Robert Tanguay(加 Lavel 大)は,Drosophila 個体発生における
された。組織レベルでは基底膜が欠失していた。個体発生にお
small HSP ファミリーの役割について報告した。HSP20ファミ
ける HSP4
7の重要な役割を解明するとともに,HSP47の(PPG)
リーには4つの蛋白があり,それぞれが異なった細胞内局在を
n 配列特異的基質認識機序,
コラーゲン fiber 三重鎖形成における
示す。
そのうち HSP22はミトコンドリアのシャペロンとして機能
HSP47の役割について詳細に報告された。
し,各種ストレスに抵抗してリフォールディング活性を示す。
Edward Eddy(米 NIH)は,♂マウスの germ cell に特異的な
HSP2
3は発達中の中枢神経細胞に発現し,細胞骨格を制御して軸
HSP70フ ァ ミ リ ー,HSP7
0-2と HSP7
0T に つ い て 発 表 し た。
索突起の伸長に関与しているらしい。HSP2
3結合蛋白をスクリー
HSC7
0-2は meiotic phase に,HSP7
0T は post-meiotic phase に発現
ニングしたところ,Ubc9蛋白が見出された。Ubc9は SUMO 結合
する。HSP7
0-2K/O マウスの germ cell では cdc2/CycB 複合体の形
蛋白であり,small HSP は蛋白質の SUMO 化にも関与しているこ
成ができず,meiosis の途中でアポトーシスが起きる結果,不妊
とが明らかとなった。
となる。
HSP70T K/O マウスでは germ cell の分化発達に異常は認
められなかったが,精子の ATP 量や運動能は低下しており,エ
ネルギー産生に関与するシャペロンであろうと推察された。
セッション1,
2では遺伝子,蛋白,細胞内小器官レベルで分
子シャペロンの発現と機能が論じられたが,このセッションで
は視点を細胞,個体レベルに移し,増殖,分化,細胞死,個体
発生に関わる分子シャペロンの重要な役割を浮き彫りにした。
細胞の営みのあらゆる面において分子シャペロンは関与してい
るが,どのシャペロンにも発現や機能に何らかの特異性がある
はずで,それが個体のなかでどのように反映されているのかを
解明することは重要である。HSP47や HSP7
0で明らかにされたよ
うに,遺伝子改変動物の解析によって分子シャペロンの生理と
病理が今後さらに解明されるだろうと思われる。それと共に,
ヒトの疾患制御へ向けた試みも進展することは間違いない。
札幌ファクトリー「Bier Keller」でのバンケット。いつも地上にこれだけ食料があふれてい
ればいいのですが(太るか…)
12
第8回 CGGH 日本生化学会シンポジウム(Part4)
セッション4
:
分子シャペロンと免疫
佐藤 昇志
(札幌医科大学・医学部)
ッ シ ョ ン 4 は「Molecular Chaperones and Immune System」
セ のタイトルのもと7人のスピーカー(Srivastava は急用によ
りキャンセル)から最新の研究成果が紹介され,分子シャペロ
ンの免疫学的な役割と重要性について活発な討論がなされた。
以下簡単に紹介する。
S. Calderwood の講演と佐藤による質疑。
筆者,佐藤(札幌医大)は MHC クラス I 結合性抗原ペプチド
の小胞体内輸送における分子シャペロン hsc7
3の重要性について
van Ham(オランダ Free 大)は MHC クラス II 抗原処理,提示
検討した。その結果,まず hsc7
3と TAP(transporter associated with
における分子シャペロンの役割を紹介した。ここにおける分子
the antigen processing)とは分子会合を示し,この会合は ATP 依
シャペロンは3つの異なる分子が関与している。MHC クラスⅡ
存性に解離すること。また,合成ポリアミン MeDSG(methyl de-
は ,のヘテロダイマーよりなるが,この分子は分子シャペロ
oxy spergualin)でも解離がおきることを示した。他方,抗原ペプ
ン invariant chain(Ii)が ER 内で結合することにより安定化する。
チドはペプチドと hsc7
3との結合性が高いものほど効率よく TAP
Ii は endocytic pathway 輸送の過程で CLIP フラグメントになり,
依存性に小胞体内輸送がなされることをチロシナーゼペプチド
MIIC(MHC class IIcontaining compartment)で外来性ペプチドと
他のいくつかのモデルペプチドを使用して証明した。しかもこ
変換される。
この変換には MHC class II ヘテロダイマーと会合す
の輸送は MeDSG により完全に阻止された。このことは(1)抗
る分子シャペロン HLA-DM, HLA-DO が必要である。DM は変換
原ペプチドの小胞体内輸送では hsc7
3との細胞内での結合性がひ
に直接的に関与するが,DO は細胞内 pH センサーとして働き,
とつのバリアーになっていること,また(2)hsc7
3-TAP の会合
DM とヘテロダイマーを形成することにより DM の機能,ひいて
を制御しえるポリアミン等の分子が抗原ペプチドの小胞体内輸
はペプチド変換性を制御している。
送に大きな影響を与えていること,を示すものである。特に後
Calderwood(米 Harvard 大医)は hsp7
0が APC 上の CD14を介
者は腫瘍の免疫学的エスケープに新しい考え方を提供するもの
してこの細胞の活性化に関わることを発表した。すなわち,外
であり,大変重要な知見と考えられた。
因性 hsp70がヒト単球表面に結合し,NF-B 活性化をきたし,
田中(都立臨床研)さんはプロテオソームと抗原処理機構に
TNF, IL-1,IL-6などのサイトカインの上昇をもたらした。この活
ついて新しい知見を呈示した。すなわち,IFNは immunoprotea-
性化機序には CD1
4を介する経路と,介さない経路があるらし
some を誘導する他,proteasome activator PA2
8の発現を制御して
い。活性化には MyD8
8のシグナリングが必要という。hsp7
0にこ
いるが,アイソフォームのひとつ PA2
8の機能について言及し
のようなサイトカイン様作用があることより,彼らは hsp7
0を
た。PA28は hsp90,あるいは hsc70/hsp4
0依存性の蛋白質フォー
「chaperokine」と命名した。
ルディングに関わっているらしい。特に hsp9
0は新しいユビキチ
gp9
6は APC を活性化する。最近そのレセプターは 2マグロブ
ンリガーゼである,CHIP の機能に関与する。また PA2
8は PA7
0
0
リンリセプター CD9
1であり,活性化ばかりでなく,gp9
6−ペプ
および20S プロテオソームと複合体を形成し,
2
0S プロテオソー
チド複合体の MHC クラス I 分子のクロスプリゼンテーションに
ムの機能を著しく亢進するらしい。他方,ATP 依存性,ユビキ
も働くことが報告されたが,Schild 博士(Tuebingen 大)はこの
チン非依存性に蛋白分解を行うハイブリッドプロテオソーム
gp96による DC(dendritic cell, 樹状細胞)の活性化機構について
(PA70
0-20S-PA700複合体)が存在するらしい。これが,しかも
新たな知見を報告した。すなわち,
gp96と TLR
(toll-like receptor)-
IFNにより誘導され,このハイブリッドプロテオソームは抗原
2,
4の KO マウスを用いたところ,TLR2あるいは TLR-4の欠陥
の処理機構でも重要な役割を担っている可能性が高い。
マウスの骨髄由来 APC は gp96への反応性を欠いた。すなわち,
鵜殿(長崎大学医)さんは MHC クラス I 結合性抗原ペプチド
gp96はこれらのいずれのレセプターとも反応し,しかも NF-B
のプロセシングにおける PA28と hsp9
0の役割について述べた。
を介して APC を活性化することを示唆した。また gp96は MAP
すなわち,
20S プロテオソームはそれ自身ではペプチド産生の機
kinase を活性化し,IkB の分解を誘導した。gp96は癌免疫治療で
能は弱く,複合体を形成する PA28が制御因子として働いている。
有効性を効率よく示すという。彼らのデーターはその分子基盤
彼らはさらに hsp90が新たな2
0S プロテオソームの機能制御因子
を説明するものなのかもしれない。
として働いていることを示唆した。すなわち,PA2
8のドミナ
吉開(名大)さんらは MHC クラス拘束性結核菌 hsp70由来ペ
ントネガティブ型 PA28DN と hsp9
0の阻害剤ゲルダナマイシン
プチドのペプチド断片(2
34-2
52)反応性 CD4T 細胞の in vivo に
が MHC ク ラ ス I 提 示 抗 原 の 処 理 能 力 を 著 し く 低 下 さ せ た。
おける意義を解析した。この T 細胞は TGF-
1および IL-10を産
PA2
8野生マウスでは PA2
8が抗原プロセシングに大切であっ
生し,L. monocytogenes の感染症の拡大やアジュバント関節炎の
たが,PA2
8KO マウスでは hsp9
0が重要であった。しかもいず
進行を阻止した。
このことは Th-1T 細胞を介する過剰な免疫反応
れも C 末アミノ酸の処理に働くことが示唆された。
を負に制御あるいはそれらを終焉させる役割を意味している。
13
H. Schild の講演風景
細 胞 表 面
の欠失変異を塩基配列レベルで解析し,14タイプの欠失変異の
に MHC ク
ブレークポイントを明らかにした。またエキソン欠失の FISH 法
ラスIと複
による診断法を確立し欠失変異の複合ヘテロ接合患者の診断を
合 体 を つ
可能にした。さらにプロモーター領域の解析を行い,転写に必
くって発現
要なコア部分を同定した。
している抗
鈴木俊顕(臨床研)さんは劣性遺伝形式を呈する若年性パー
原ペプチド
キンソン病の原因遺伝子パーキンが蛋白分解系の重要な構成成
が細胞内で
分であるユビキチンリガーゼであること発表し,神経変性にユ
い か な る
ビキチン・プロテアソーム系の関与が重要であることを強調し
ルールで産
た。
生,輸 送 さ
高橋良輔(理研脳科学総合研究センター)さんは,ユビキチ
れ,natural
ンリガーゼであるパーキンの機能解明には基質同定が重要であ
peptide としてクラス I 分子と小胞体内で結合するのか,
という問
り,その候補として ER ストレスに関与する分子 Pael receptor に
題は大変重要な問題である。佐藤,田中,鵜殿らはこの問題に
関するデータを発表した。Pael receptor は蓄積により神経細胞死
いくつかの新知見を提供したといえる。hsp7
0,gp9
6による APC
を惹起させることで重要な分子として注目されている。この ER
活性化も innate immunity と T 細胞による specific immunity とを
stress はパーキンソン病のみならずアルツハイマー病においても
ドッキングさせる大変重要な研究である。いわゆるフロイドの
関与していることが明らかになっている。
アジュバントには hsp が大量に含まれる。なぜフロイドのアジュ
片山泰一(阪大)さんは,家族性アルツハイマー病に関連し
バントが免疫学的に確実な効果があるかという事象をこれらの
たプレセニリン1(PS1)の変異体は小胞体(ER)ストレス時,
研究は説明するものである。
ストレスセンサー蛋白質 Ire1のみならず,ATF6,PERK といった
このセッション全体を通して,分子シャペロンの免疫学にお
他の ER ストレストランスデューサーの活性化を阻害し,分子
ける役割の一端がかなり見えてきた。分子シャペロンは抗原ペ
シャペロン群の誘導抑制,タンパク質翻訳抑制のシグナル伝達
プチドが通常,疎水性が高いわけであり,従って抗原処理,提
にも影響することを報告した。この現象は PS1本来の働きが失わ
示の様々な側面に関係しているはずである。これらは MHC クラ
れた結果ではなく,新たに獲得された異常な機能によるもので
ス I への課題が中心的に進められてきたが,MHC クラス II 経路
あることが各種 PS1変異体発現細胞,ノックアウト細胞等を用い
の詳細な解析も大変重要である。内因性抗原も頻繁に MHC クラ
て明らかにされた。
ス II に提示されているが,その機序は全く不明である。また,
西道隆臣(理研脳科学総合研究センター)さんは,従来より
クラス II に内因性の hsp 由来のペプチドが多く結合しているが,
アルツハイマー病におけるアルツハイマー病発症に至るカス
このことの T 細胞応答制御における意義も今後の興味深い問題
ケードはアミロイド ペプチド(A)の蓄積によって開始され
である。
ることが推定されているが,更に詳細な検討を加えており早期
発症型原因遺伝子の変異では,A
42ペプチドの産生増加が認め
られ,僅かな代謝(産生と分解)異常が発症のリスクに大きな
第8回 CGGH 日本生化学会シンポジウム(Part5)
セッション5
:
分子シャペロンと神経変性疾患
影響を及ぼすこと示した。これまで A代謝に関する研究は産生
を中心に進められ,分解については不明の点が多かったが,脳
内主要 A分解酵素としてネプリライシンの同定とその機能に
ついての知見を報告した。それによれば,ネプリライシンレベ
ルの低下が Aの蓄積ひいては発症の原因になりうることを示
服部 信孝
した。これら結果は,ネプリライシンの発現や活性を正方向に
(順天堂大)
制御することにより脳内 Aの蓄積を抑制できる可能性を提唱
した。
服
部信孝(順天堂大)は多くの変性疾患には封入体を形成す
パーキンソン病,アルツハイマー病についての病態に関する
ることが多く,その殆どがユビキチンを含むことからユビ
研究に CAG トリプレット病の病態に関して小野寺理(新潟大)
キチン・プロテアソーム系が神経変性に重要な役割をなしてい
さんが報告した。トリプレット病に関しては,増大ポリグルタ
ることを強調し,このセッションの意義について概説した。
ミン鎖が神経変性疾患を引き起こすことが明らかとなったが,
Poul Jensen(デンマーク)は,優性遺伝形式を呈する家族性パー
機序については不明である。ポリグルタミン鎖は長さ依存性に
キンソン病の原因遺伝子である
(-synuclein についての知見につ
閾値をもって凝集体を形成し,この性質はポリグルタミン病の
いてふれ,その(-synucelin が axonal transport に関与している
持つ長さ依存性の重症化,閾値の存在という特徴を説明し得る。
ことが強調し,更に Ala3
0Pro の変異が存在しているサイトが特
その凝集体は細胞質内では MTOC を中心として形成され,細胞
に axon の結合に関与していると報告があった。
Parkin 遺伝子は常
骨格に変化をもたらす。一方核内では転写因子群と凝集体を形
染色体劣性若年性パーキンソニズム(AR-JP)の原因遺伝子であ
成し,これらが神経変性にかかわる可能性があることを提唱し
るが,慶応大・順天堂大の共同研究により同定されたが,更に
た。
慶応大のグループにより14
. Mb におよぶ Parkin 遺伝子全長の塩
パーキンソン病やアルツハイマー病で関与が指摘されている
基配列が決定された。この遺伝子情報をもとに AR-JP 患者25家系
ER ストレスについて森和俊(京大)さんはさらに詳細な ER ス
14
トレスのメカニズムについて発表した。それによれば小胞体ス
トレスに応答して活性化される小胞体膜結合性転写因子 ATF6を
同定したとして,その ATF6はプロテオリシスを受けるとその N
末端断片が小胞体膜から遊離するが,最近の研究成果として,
「Protein Targeting」
EuroConference on Structural and
Mechanistic Aspects of Protein
Translocation に参加して
この ATF6が小胞体からゴルジ装置を経て核へ移行するところを
可視化に成功したと報告した。またマイクロアレイ解析の結果,
ATF6の主要な標的は小胞体に存在する分子シャペロンや酵素で
中井 正人
あることがわかったことから,ATF6の活性化により小胞体内の
(大阪大学蛋白質研究所)
折りたたみ容量が増大し,小胞体ストレスに抗すると発表した。
Ron(アメリカ)は,細胞が小胞体ストレスを受けたときに最
宅の電話が鳴ったのは,9月23日の早朝。出発を3日後に
初に示す応答は翻訳抑制であり,この応答を媒介する小胞体膜
自 控え,いよいよ腹をくくって荷造りをし始めようかとして
貫通型リン酸化酵素 PERK の解析結果について報告した。PERK
いた矢先だった。電話は旅行代理店からだった。
「NATO 国防省
は分泌の盛んな膵臓において高発現している。今回,PERK ノッ
会議がナポリで開催されるため空港が閉鎖されます!」参加を
クアウトマウスは正常に出生するものの,ランゲルハンス島の 決めていた心が再びぐらつき始めた。
細胞がアポトーシスを起こすため,生後徐々に糖尿病に罹患す
2
00
1年9月11日アメリカで起きた同時多発テロは文字通り全
ることを見い出した。このことは,翻訳抑制機構が分泌細胞を
世界を震撼させた。そして9月下旬と言えば,日に日にアフガ
小胞体ストレスから守るために重要な働きをすることを示して
ニスタンへの武力行使が濃厚になりつつある頃だった。また,
いると強調した。
第2のテロがどこで起きるのか全世界が脅えていた時期でもあ
アルツハイマー病,パーキンソン病は代表的な神経変性疾患
る。思えば,テロの起きた数日後に,やはり旅行代理店から電
であるが,近年社会的問題となっているプリオン病について3
話があり「イタリア行きはどうされますか?」と尋ねられ,早
方の研究者より発表があった。
朝で頭がぼーっとしていたせいか あまり深く考える事なく
金子清俊(精神神経センター)さんは,プリオン蛋白には, 「まぁ 行こうと思っていますが」と曖昧に返事をしてからとい
正常細胞型プリオン蛋白(PrPC)と異常感染型プリオン(PrPSc)
うもの,高所恐怖症で,ただでさえ飛行機嫌いの私に,
「テロ」
「墜落」
「炎上」等の言葉が重くのしかかっていた。
が存在するが,PrPC は,未知の分解酵素により分解されるか, 「乗っ取り」
未知の宿主特異的因子の関与により PrPSc に変換されると推定
ニュースで見た世界貿易センタービルに飛行機が激突する瞬間
していると述べた。これらの因子の同定が本質病態解明に繋が
の映像が,頭の中で繰り返し繰り返し再生されていた。しかし,
る可能性を強調し,さらに治療法開発に関しては,dominant nega-
旅行代理店の人から「イタリアへの飛行機はロシア上空を横切
tive 効果を有する mutant PrPC を発現させたトランスジェニック
り,それからドイツを通ってアルプスを越えてイタリアへ入り
マウス,PrP 抗体による PrPSc 産生抑制実験が進行中であること
ますから いわゆる危険なところは飛びません。
」とか,「一般
を強調された。
の旅行者はキャンセルされる方もおられますが,大学の先生方
Lee(アメリカ)は,哺乳動物におけるプリオン蛋白と同様,
はあまりキャンセルされないようですね。
」とかの返事を無理矢
酵母にも立体構造に依存した表現型の変化をきたす分子の存在
理引き出し,ようやく参加することを決めていたのであった。
が知られており,イーストプリオンと呼称されていることを発
何より,今回のカンファレンスではショートトークの時間をも
表し,イーストプリオンには,(
[PSI+]
,
[Ure3]及び[RNQ]
らっていて,私にとって初めての国際学会での口頭発表のチャ
などが該当するが,これらは少なくとも二つの安定した立体構
ンスである。参加しな
造をとる。これらのイーストプリオン立体構造変換に関わる分
いわけにはいかない。
子シャペロンを同定し(Hsp1
0
4,Sis1,及び Hsp7
0)
,その変換
そんな矢先に,カン
機構を明らかにしてていると発表した。
ファレンス前日に到着
井上秀世(アメリカ)さんは,プリオンペプチドの X 線構造
予定だったナポリ空港
解析について発表し,PrP1
0
9-1
2
2(MKHMAGAAAAGAVV)は
が閉鎖されるとの連絡
二つの異なる構造をとることを報告した。分子内にターンがあ
である。NATO 国防省
り,
3F4エピトープ MKHM, ポリアラニン部分がともにベータ構
会 議 そ れ は 私 に
造の折りたたまれた構造をとり,そのポリアラニンのみがベー
とって第2のテロの格
タ構造の開いた構造をとることが,異常型プリオンが正常型プ
好の標的以外の何もの
リオンと結合する際に必要であると報告した。
でもないように思われ
た。
「NATO 国防省会議
狙 わ れ る! 全 員 死
亡!」そんなニュース
の見出しがすぐに頭に
浮かんできた。
「国際会
議に参加予定の科学者
が巻き添えに!」心配
症の私は そんなこと
会議のあったホテルからビーチを見下ろす。参加者の多
くは水着を用意していたようだ。
15
まで考えてしまった。
(今ならキャンセルできるぞ! こんな時
(これはやばいことになってしまった。どうなってしまうのだろ
だからキャンセルしても臆病者とは言われないだろう。いや待
う?たかが線路を横切っただけじゃないか。テロの影響で外国
てよ。こんな直前になってキャンセルできるのか?もう事務手
人に対する監視が厳しくなっているのか?でも…。唾を吐いた
続きは済んでいるぞ! キャンセル料は誰が払う?まさか科研
だけで罰金なんてお国もあるぞ。もしかしたらイタリアでは線
費でキャンセル料は払えまい。
)狭い自宅をウロウロし,さんざ
路を横切るのは超重罪で,禁固刑なんて事もあり得るかも?し
ん迷ったあげく,旅行代理店が提示した,前日はナポリに入ら
かし,私たちより先に渡っていったあの地元人風の人はいった
ずミラノで待機し,カンファレンス初日に電車でナポリへ移動
いどこへ行ってしまったのだろう? 彼は私たちをハメるため
するという案に落ち着いた。ナポリで開催される予定だった国
の役者だったのか?)
「会場を目前にして日本へ強制送還!」な
防省会議がキャンセルされましたという連絡が再び旅行代理店
んて言葉が頭にちらつきはじめた頃,外国人女性が必死になっ
から入ったのは,その日の夕方の事だった。
(まったく何て人騒
て英語で弁解していた。やはり今回のカンファレンスに出席す
がせな情報だろう! でもとりあえず助かった。
)そんなこんな
る女性だった。警察官は英語は話せないようだったが,私も同
で出発の日を迎えた私は 関西国際空港を後にしたのである。
じカンファレンスに出席する旨伝え,警察官の要求通りパス
European Science Foundation が主催する「Protein Targeting」と
ポートを見せた。ようやく怒り一辺倒だった警察官の語気が
「線
いうカンファレンスに最初に参加したのは,ちょうど2年前に
路を横切ってはだめではないですか」程度にトーンダウンして
フランスでこの会議が開かれた時だった。この会議の持つ独特
きた。そしてついに「行っていいよ」の手振り。(助かった!)
のくだけた雰囲気と,美味しかったフランス料理,そして葉緑
電車の中で憶えたイタリア語「ミ・スクイーズィ」
(ごめんなさ
体のセッションが多かったせいもあり,英語はうまく喋れな
い)を連発しながら私は外国人女性とともに交番を出たのであ
かったが,内容的にはとても気に入ったカンファレンスであっ
る。駅の前には,会場のホテルから迎えの車が来ていて,何人
た。そして,次回も参加しようと決めていたのである。その時
かが乗り込むところだった。その中に,東大の徳田さんを見つ
もこのニュースレターにレポートを書かせていただいたのであ
けた。
(おお神様!)今回のカンファレンスに参加する日本人は
るが,次回のカンファレンスでは,この分野の研究がどこまで
徳田さんと私だけである。徳田さんは,私が実は交番にしょっ
進展しているのだろうかとワクワクしていたのである。楽しみ
ぴかれていたことはもちろん御存知なく,余裕の笑みをたたえ
にしていたのである。
ながら「こんにちは」と声を掛けてくださった。そしてようや
今回の会場は,イタリア南部ナポリからさらに電車で2時間
く私も張りつめていた気持ちから解放され,生きた心地がして
ほど南に下った田舎町 Sapri の海岸近くのホテル Hotel Villa del
きたのである。ホテルに着くと,今回の Chair をつとめる Colin
Mare である。北部のミラノは肌寒く皆がコートを着て歩いてい
Robinson が短パン姿で実にリラックスして歩いていた。
海水浴か
たが,
ナポリまで南下してくるとさすがに暖かく T シャツでちょ
ら帰ってきたところらしかった。
(こうでなくっちゃ。怖い思い
うどいい。ところが Sapri 駅に着いた私にまたハプニングが起
をしてこの地の果て「じゃない」地球の裏側までやって来たん
こった。電車は真ん中のプラットホームに到着し,改札口は向
だ。このカンファレンス,リラックスするぞっ!)その夜の夕
かい側のホームである。地下連絡通路が通じているが,重い旅
食会では,美味しい地元ワインと,これまた美味しいイタリア
行鞄をかついで階段を上り降りするのは面倒だ。それにプラッ
南部の料理に大満足した私であった。
トホームといっても随分低く,すぐに線路に降りられる。田舎
くだらない事を沢山書きすぎたようだ。そろそろカンファレ
駅のため乗降客は少ない。私の前をいかにもカンファレンスに
ンスのレポートに入ろう。とは言っても,
ここですべてをカバー
参加しそうな外国人女性が大きなボストンバックを引っ張って
する事はできないので,私が理解できた発表のいくつかを報告
歩いている。彼女も階段の降り口まで来て困っていた。線路を
させていただく。
(かなり偏ったレポートとなってしまいますが
横切れば改札口はすぐである。改札口といっても検札は電車内
ご容赦ください。
)尚,おそらくテロの影響だと思われるが,Wal-
で済んでいるので,誰にも切符を見せる必要もないし,そもそ
ter Neupert をはじめ Rosemary Stuart, Ralph Henry ら,予定されて
も改札口には誰も立っていない。それでも尚 ふたりして線路
いた講演者の何人かが参加を取りやめていた。誠に残念であっ
を横切るのを躊躇っていたその時,地元の人らしい手ぶらの男
た。オープニングは,Guy Cornelius が Yersinia(温血動物に寄生
性が,私たちの横を通りさっさと線路を渡って行ってしまった
していわゆる出血性敗血症を起こす細菌)の Type III secretion の
のだ。
(なんだ。やっぱりそうだ。イタリアの人はみんなこんな
話をした。この細菌,injectisome という flagella に似た構造体を
具合に適当に線路なんか横切ってしまうのだ。しんどい思いを
細胞表層に持ち,これを感染したヒトの細胞に突き刺す。そし
して階段なんかを律儀に使う人なんていないのさ。)と安心し,
てこの injectisome が pore となり,細胞骨格の depolymerization を
私も線路を渡り始めた。それを見て外国人女性も渡り始めた。
促進する作用を有する蛋白質等が細菌側からヒトの細胞に送り
もう少しでゴールというその時,向かいのホームで腕を組み恐
込まれるらしい。Injectisome の形成機構を flagella の形成機構と
い顔で睨み付けて何か怒鳴っている脂ぎった人がいるのに気が
比較して話しを進めていた。その後,ER 膜への蛋白質の挿入と
ついた。紺のズボンに青いシャツ。最初は駅員さんが「次の電
トランスロケーションのセッションに入った。Gunner von Heijne
車が来るから早く渡れ」とでも言っているのかと思った。でも,
は,膜蛋白質のトポロジーを調べるのにバクテリアの細胞質膜
そうでもなさそうである。腰にぶら下げているピストルを見て,
であれば PhoA 融合蛋白質が使われてきたが,GFP 融合蛋白質も
その偉そうな人が警察官であることに気がついたのである。早
使えることを示していた。PhoA の場合,ペリプラズムに出なけ
口のイタリア語でまくし立ててくる。
「線路を横切ってはだめ
れば活性が出ないが,逆に GFP の場合は細胞質に留まれば蛍光
だ!」そう言っていることは迫力で伝わってきた。そして,外
が出て,ペリプラズムでは蛍光が出ないらしい。また理論的な
国人女性ともども改札口横の交番にしょっぴかれたのである。
05:567-580(2001))。引
トポロジー予測も紹介していた(JMB3
16
考える上で,実に想像をたくましくさせてくれる構造であると
思う。実は,このカンファレンスにおいて Protein Targeting に関
与する蛋白質の具体的な立体構造を示していた発表は,徳田さ
んの発表の他はごく僅かであったように記憶している。2年前
の同じカンファレンスの結びで,Colin Robinson が次回のカン
ファレンスでは Structural Biology からの多くの進展が予想され
ると言っていたのであるが,今回のカンファレンスでは,引き
続き電顕観察によるおぼろげな像がほとんどであり,その解釈
には多くの場合(ほんまかいなぁ)という印象が残った。やは
り LolA や LolB のように結晶解析なり NMR なりで分子レベルで
の立体構造が解明されることが重要であると改めて感じた次第
である。特に徳田さんの次に発表をした Ian Collinson は,前回ポ
エクスカーションで Jrgen Soll(中央)と筆者(左)
。
スターで SecYEG 複合体の2次元結晶構造解析をしていて,今回
のカンファレンスで私が(一方的に)研究の進展を最も期待し
き続き,Art Johnson, Bernard Dobberstein らが話をした後,ペル
ていた一人であったが,今回の発表では進展はあまり見られず,
オキシソームのセッションに移った。以前はどちらかというと
Sec 複合体の詳細な立体構造の提示はなかったように思う。ただ
少数派だったペルオキシソームの発表が大幅に増え,さらにそ
3次元結晶の写真を示していたので,よい結晶であれば立体構
の研究者が実に仲間意識を持ってペルオキシソームの美しさと
造が解明される日もそう遠くはないのかもしれない。
素晴らしさを面白おかしく滑稽なまでにアピールしていた。確
Matthias Muller は YidC が大腸菌内膜蛋白質の挿入において膜
かに彼らが見せる顕微鏡写真の中にはギョッとするほど不思議
貫通ヘリックスの束のアセンブリーを行っていること等を示し
なペルオキシソームが写っていて,細胞容積の多くを占めるも
た。脂質がアシストする膜蛋白質のフォールディングについて
のがあった。
「いったいどこまで大きくなるの?」そんな質問も
William Dowhan が報告した後,
Jan-Willem de Gier が大腸菌内膜蛋
出て笑いを誘っていた。最初の Wolf Kunau は,peroxisome bio-
白質の挿入過程における SRP コンポーネント,Sec マシナリー,
genesis の歴史についてまず述べた。蛋白質輸送装置を介して蛋
および YidC への依存性をそれぞれの変異株を用いた解析で示し
白が次々に運ばれて peroxisome が大きくなっていく Fujiki Model
たが,彼の発表で興味深かったのは,YidC-GFP 融合蛋白質の大
(もちろん九大の藤木さん)に加えて,最近では最初に小さな per-
腸菌内での局在を示した蛍光顕微鏡像である。
GFP の蛍光は細長
oxisome の小胞が融合して次第に大きくなっていく Rachubinski
く伸びる大腸菌の長軸側の両端に位置してちょうど蛍のお尻の
Model というのがあるそうだ。peroxisome biogenesis に関与する
ように光っていた。大腸菌が伸びる細胞の両端に YidC など膜蛋
蛋白質を Peroxin と呼ぶが,現在2
0を越える Peroxin 蛋白質が見
白質挿入装置が集中して局在しているのかもしれない。Tassos
つかってきているとのこと。詳細な個々の蛋白質の解析はこれ
Economou は大腸菌 SecA をトリプシンで限定分解することで機
からといったところか。何人かの講演の後,
Alison Baker が Arabi-
能ドメインを推定し,今度はそれを個々にリコンビナント蛋白
dopsis を使った植物の Peroxin の解析について報告した。Peroxin
質として大腸菌で発現させ精製し,それらを組み合わせること
における変異株 pex mutant では,花や種子の形態異常が多く観察
で各ドメインの機能を解析していた。素人の私には(本当にそ
されるとのこと。植物においても peroxisome は非常に重要だと強
んなにぶつ切りにしてうまくいくのかいなぁ)と思ってしまう
0や pex14の変異がヘテロでも
調していた。興味深いことに pex1
発表であった。
形態異常が観察されるとのことであった。
その後,Oxa1 family のセッションに移った。Oxa1family は,
2日めに入り,Bacterial Protein Targeting のセッションに移っ
前述の大腸菌の YidC, 葉緑体の Albino3,それにミトコンドリア
た。今回のコンファレンスの Vice-Chair であった Arnold Driessen
の Oxa1に代表される膜蛋白質の膜への挿入において重要な役割
は電顕像による SecYEG そして SecA の複合体の解析を発表し
を担っている蛋白質で,比較的最近になって重要視されてきた
た。おぼろげにしか像は見えなかったが,模式図では SecYEG
ものであるが,今回のカンファレンスでは,Tat の系と並んで,
のチャネルは monomer あるいは dimer を形成しているが,ここ
独立したセッションを持ち,
至るところで話題になっていた。Jo-
に SecA を加えるとテトラマーとなりその中央付近にこぶのよう
hannes Herrman はアカパンカビのミトコンドリアからヒスタグ
に SecA が乗っかっている像が見られるとの事である。また,
をつけて44
0kDa の Oxa1複合体の精製を進めているようである。
SecD, SecF が Oxa1family の YidC および YajC と安定な heterptetra-
続いて発表した Ross Dalbey は大腸菌の YidC と葉緑体チラコイ
meric 複合体を形成していることも示した。Joen Luirink は,Sup-
ドの Albino3を比較して解析していた。
興味深い事に Albino3のほ
pressor tRNA 法を用いた部位特異的クロスリンクの手法を用い
うが YidC よりアミノ末端側にひとつ膜貫通ヘリックスが少な
大腸菌内膜に挿入される蛋白質が SecY と YidC に順番に相互作
く,この部分を付加させることによりはじめて Albino3は大腸菌
用する事を示した。その後,徳田さんが大腸菌でのリポ蛋白質
の YidC 変異を相補できるようになるらしい。また自発的に葉緑
の外膜局在化機構について発表された。その中で,アミノ酸配
体チラコイド膜へ挿入されると言われていた cpSecE 蛋白質を大
列の相同性は10%程度である LolA と LolB が,いずれも結晶構
腸菌で発現させると YidC 依存的に内膜へ挿入されるとも話して
造では疎水性の ヘリックスを バレルが取り巻いているとい
いた。
うよく似た立体構造をしていることを示されていた。この立体
カンファレンスは3日目に入り,いよいよ葉緑体のセッショ
構造,リポ蛋白質の輸送局在化におけるこれら蛋白質の機能を
ンが始まった。最初は御存知 J
rgen Soll。まず前駆体プレ配列の
17
帰りによったナポリ近郊のポンペイにて徳田さん。後ろ
は,西暦79年にポンペイの街をその爆発によって埋めたベ
スビオ火山。
リン酸化について。彼
べきだ。
」と Reinbothe は私に言っていた。今回の発表は Soll に
は前回のカンファレ
抗議する意味もあったのかもしれない。Soll の評判は他の何人か
ンスでプレ配列のリ
の研究者からも聴いたが,分野のトップを走る研究者間の愛憎
ン酸化がサイトゾル
劇に,
(こんなこともあるのか)と驚かされた次第である。しか
の分子シャペロンと
し,何と言っても Soll はトップランナーである。Soll 派閥の En-
のガイダンスコンプ
rico Schleiff は Toc34のリン酸化,
および GTP/GDP 結合について,
レックス形成に重要
GTP- あるいは GDP-agarose, 抗リン酸化アミノ酸抗体を用いて
だと実にエレガント
エレガントな解析をし,Toc34が GTP に対して高い親和性を持っ
に示していた。しか
ていることや,リン酸化が GTP 結合により阻害される事を示し
し,今回の発表では,
ていた。またポスター発表では,
やはり Soll 派閥の Roswitha Har-
リン酸化モチーフを
rer が精製した Toc 複合体の電顕観察でリング構造が観られたと
つぶした前駆体でも
報告していて,何と言っても最後はデータがものを言う世界で
in vivo で は 何 ら 変 わ
あることを実感させられた。
りなく葉緑体に局在
さて,お次は Tat system と呼ばれるところの Twin-arginine trans-
化するという他のグ
locase のセッションである。Tat の系では蛋白質がフォールディ
ループからのポス
ングしたまま膜透過すると考えられる事から,特に膜透過チャ
ター発表を意識して
ネル(?)の構造がどうなっているのか非常に興味を持たれて
か,
「リン酸化は必要
いる。今回の発表でも Tat 複合体をとにかく精製して電顕で観察
ではない。
」といとも
した発表が目立った。
Chair を務める Colin Robinson は葉緑体チラ
簡単に考えを翻し,私を驚かせた。しかしやはり Soll である。
コイドの Tat 系の研究から飛躍して,大腸菌の Tat 複合体を精製
今回の発表でも目玉商品として内包膜の新コンポーネント Tic62
して電顕観察していた。一方,Tracy Palmer も,同様の電顕観察
と,葉緑体内でのベシクル輸送についてデータを示していた。
をしていた。不思議なことに,ふたりの精製標品は,そこに含
実は Soll の発表が進行するにつれ,
次の演者である私の胸は心臓
まれる TatA, TatB, TatC のコンポーネントの組成も違えば,電顕
の音が聞こえるかと思えるほどバクバクとし,今回のカンファ
像も大きく異なっていて,どちらがそれらしいともまだまだ判
レンスで私が最も情報を仕入れたい発表であったにもかかわら
断つきかねる段階であった。
Ralf Kl
sgen はチラコイドの Tat 複合
ず,冷静にノートを取る余裕を失ってしまった。今後1∼2年
体の Blue Native PAGE を行い5
0
0∼60
0K というサイズを出して
で出てくる彼の論文に,また驚かされることであろう。さてい
いた。
大腸菌の Tat 複合体も概ね6
00K 程度のサイズで観察されて
よいよ私の番となった。私は,葉緑体への蛋白質輸送の制御に
いるようである。
ついて報告した。国際会議での初めての英語の口頭発表でとに
いよいよ最後はミトコンドリアのセッションである。Michael
もかくにも緊張の連続であった。
Brunner が,ミトコンドリアへ前駆体が引き込まれるのにどのく
私の次は,Steffen Reinbothe であった。実は,以前に彼が論文
らいの力が使われているのか計算していた。まず彼はプレ配列
発表した POR という蛋白質の葉緑体への移行が基質である pro-
の後ろにポリリジンやポリグルタミン酸を5
0アミノ酸残基つな
tochlorophyllide(クロロフィル合成の中間体)に依存するという
げてみた。驚いたことにいずれも効率よくミトコンドリアに取
論文は既に Soll に論文の上で全否定されており,
また今回のカン
り込まれた。さらに彼は,Titin という筋肉にある巨大蛋白質の
ファレンスでも Soll は,これでもかと言わんばかりに Reinbothe
一部(?)との融合蛋白質を用いた輸送実験から,膜透過のエ
の論文のデータを全否定していた。という訳で今回 Reinbothe が
ネルギー収支を hsp7
0のパワーストロークや ATP 加水分解のエ
どんな発表をするか注目を集めていたのである。ところが Rein-
ネルギーを比較して計算していた。Trevor Lithgow の研究室から
bothe は,パソコンと液晶プロジェクターでのプレゼンテーショ
来ていた Kipros Gabriel は,Tom40の ts 株の中から pF1の輸送
ンで,青地に黒字というとんでもない組み合わせで発表を行っ
効率が下がっているが Carrier 蛋白質の輸送効率は変わらない変
たのである。最初に「見にくくて申し訳ない」と謝ってはいた
異株を単離して解析していた。
面白いことにこの変異株では Tom
が,そのおかげで見ている方は何が書いてあるのやらさっぱり
複合体が不安定になっているという。外膜に一部突き刺さって
わからんという結果に終わってしまった。今回のデータは基質
いるという Tim23と変異 Tom4
0との相互作用が弱くなっている
がなければ膜透過が起きない POR が包膜上でどのようなコン
がゆえに Tom 複合体も不安定になり,Tim23を介する pF1の輸
ポーネントと相互作用しているかをヒスタグ付きの前駆体を用
送効率も下がっている可能性を示しているようにも思われた。
いて解析していたのであるが,異様に多くの蛋白質と相互作用
Nikolaus Pfanner は,Nature Structural Biology に既に掲載された
しているように見え,文字が判別できないことと相まって,か
が,Tim23がプレ配列と膜電位に感受性のチャンネルであること
なりうさんくさい発表になってしまっていた。何故そんな発表
を電気生理学的手法で証明していた。彼はさらに,Carrier 蛋白
をするのかと,皆訝しがっていたし,風変わりな私でも(変わっ
質の内膜挿入に必要な Tim2
2も同様のチャネルを形成する事を
た人だ)と思ってしまった。しかし,カンファレンス最後のパー
示した。いよいよ最後は,Kirsten Model が酵母の Tom 複合体の
ティや帰りの電車で一緒になった時に話をしたところ,
(まとも
電 顕 像 を 示 し て い た。Tom2
2に ヒ ス タ グ を つ け 精 製 す る と,
な人ではないか。
)と印象は一変してしまった。どうも彼は,Soll
Tom4
0/Tom2
2/small Toms からなる複合体はチャネルが二つ繋
に至る所で相当痛めつけられているらしい。それも,かなり無
が っ た 形 な の に 対 し,デ タ ー ジ ェ ン ト 濃 度 を 変 え て
礼なやり方で。
「科学者である前に一人間として礼儀正しくする
Tom4
0/Tom2
2/Tom20/Small Toms にするとチャネルが3つ繋がっ
18
た像が見えていた。Tom4
0を中心に形成されるチャネルが Tom2
0
となった(永田さん,よかったですよ!)
。なお由良さんはその
および Tom22がヒンジとなって繋がっているモデルを出してい
頃スイスのジュネーブに滞在されており,スイスから直接会議
た。
に出席された。
カンファレンスの締めくくりに,次回の会議が Arnold Driessen
アルゼンチンは地球のウラだけあってやはり遠いです。熊本
と J
rgen Soll のオーガナイズで20
0
3年9月26日から開かれるこ
から始めると所要時間は次のようになります。
とがアナウンスされた。場所はギリシャのクレタ島のようであ
る。場所もさることながら今後2年間のこの分野の研究の進展
が楽しみである。気の早い私は,次回こそいよいよいずれかの
熊本
───────── 1時間05分
関西空港
蛋白質膜透過チャネルの立体構造が解明されているかもしれな
いとワクワクしてしまったのであった。尚,
最後の夜のディナー
待ち時間 ─────── 2時間55分
の後は,2人だけで何でも演奏してしまうバンドマンが登場し,
かまいなしにガンガンと大音響でダンスナンバーを演奏し続
関西空港
───────── 11時間4
0分
ダラス
け,深夜まで会議参加者のダンスが続いた。私もアルコールに
待ち時間 ─────── 1時間55分
他の宿泊客がいようが近所に迷惑をかけようが,まったくのお
斐がある素晴らしいカンファレンスであったと素直に喜び踊れ
ダラス
───────── 13時間3
0分
ブエノス・アイレス国際空港(マイアミ経由)
れないなと少々恥ずかしくもなったが,怖い思いをして来た甲
助けられ延々と踊り続けて,変な日本人と思われていたかもし
るフィニッシュであった。
最後になったが Sapri の駅でお会いしてから,
この会議の間中,
そして帰りの飛行機に乗るまでも,何かと神経質になりがちな
ブエノス・アイレス国際空港
───────── 1時間00分
国内空港(タクシー)
私を助けていただいた徳田さんにこの場をお借りして御礼を申
待ち時間 ─────── 5時間00分
し上げたい。特に会議の帰りに寄ったナポリ市街と郊外にある
ブエノス・アイレス国内空港
───────── 1時間50分
メンドーサ
ポンペイでは,この土地が持つ独特の恐い雰囲気を味わった。
海外旅行慣れしていない私にとって,テロや飛行機事故と同様
に,その雰囲気はひどく神経を使わせるものであった。徳田さ
合計 ──────── 38時間4
0分
んと一緒でなければ,本当に「ナポリでは恐くてホテルから一
歩も外へ出なかった。」と言っていた知人の言葉通りになってい
たかもしれないと今思う。10月5日に関西空港に降りたって生
これくらいの長旅になると機内でいかにして快適に過ごす
還を喜んだ私だが,その日の朝刊に「黒海でロシア航空機撃墜」
か,というよりはいかにして苦痛を小さくするかが大問題にな
の文字を見て背筋がゾーッとしたのを憶えている。また数日後
る。こういう時には好きな音楽を聴くか,好きな本を読むか,
にミラノの飛行場で航空機事故が起こったりで,今回の旅行,
または音楽を聴きながら本を読むのがベスト。そこで村上春樹
災難に結構かすっていたんだなぁと改めて怖くもなってきた次
の「ねじまき鳥」
(多分4回目。メイちゃんがいいですね)とお
第である。そして帰国してから3日後の日本時間1
0月8日午前
気に入りの CD1
0数枚を携帯用の CD ケース(CD1
5枚ほどコンパ
1時半,米英両軍はついにアフガニスタンへの空爆を開始した
クトに収まってしまうスグレモノです)に入れて出かけた。今
のである。
回持っていった CD はバッハの「平均律クラヴィーア曲集」(リ
ヒテル),ハイドンのオラトリオ「天地創造」
(この曲はハイド
ンの全作品中で断トツです−と思う。まだ聴いていない人は是
3rd International Workshop
on Molecular Biology of
Stress Responses
非聴いてみてください。ハイドン観がひっくり返ります)
。モー
ツアルトの「弦楽五重奏曲集」(アマデウス Q),べ−トーヴェ
森 正敬
(熊本大学医学部分子遺伝学)
メ
ンドーサへ
昨年11月に名大の遠藤さんのお世話で下呂温泉で開かれ
た「平成12年度班会議」の時に,由良隆さんから京大の永田さ
んと私に,2
001年10月10-1
3日にアルゼンチンのメンドーサで開
催される上記ワークショップに出席しませんかとのお誘いを頂
いた。南米は初めてだし,メンドーサはアルゼンチンのワイン
どころということもあって,2人共すぐに「いきま−す」と返事
した。しかしその後永田さんは参加できなくなり,私の一人旅
写真1.メンドーサの街路樹
19
ンの「後期ピアノソナタ」(バックハウス),ブラームスの「ピ
アノ三重奏曲」(スターントリオ。この演奏が実にいいんです
ね)
。それにユーミンのベストアルバム。機内で聴くには強弱の
比較的小さい曲を選ぶのがコツです。機内の飛行雑音は結構大
きく,マーラーやブルックナーや R. シュトラウスなど持ってい
くと,弱い音はかき消され,盛り上がると音漏れによる迷惑の
心配があって失敗する。音楽の講釈が長くなってスミマセン。
テロの直後だったので少しビビッて出かけたが,ダラスとマ
イアミでトランジットで国際線を乗り継ぐだけだし,荷物も直
接ブエノス・アイレスまで行くはずだと比較的のんびり考えて
いたところ,関空でのチェックインの時ちょっとしたハップニ
ングがあった。ダラスからブエノス・アイレス行きの便が変更
写真2.ワークショップ風景
になったので,ダラスで一旦アメリカへ入国して荷物を受取り,
すぐに出国してマイアミへ飛び,そこで飛行機を乗り換えてブ
エノス・アイレスへ向かえというのである。ダラスでの乗り換
も挨拶する予定であったが,残念ながら Rick は出席しなかった。
えの時間を心配したが,幸い旅行者が少なかったせいでアメリ
誰かの話では,テロの直後だったので娘さんに飛行機に乗らな
カ入国審査にあまり時間がかからず,間に合った。旅行者が通
いように泣いて頼まれて断念した由である。続いて最初のセッ
常どおりだったら危なかったですね。しかしどうしてアメリカ
ションが始まったが,講演の中で私がフォローできた演題の要
へ入出国せねばならなかったのか今でもよく分かりません(こ
旨を紹介する。
の話を研究室でしたら,ダラスからマイアミへの便が国内線だ
1 日 目 午 前 の セ ッ シ ョ ン は「Regulation of the heat shock re-
から当然でしょと云われてしまった)
。
sponse in different cells and tissues」で あ っ た。Stuart Calderwood
10月8日1
3時55分に熊本を発ち,翌日1
6時5
0分にメンドーサ
(Harvard 大)は正常細胞と前立腺癌の悪性化および治療に伴う
に着いた。メンドーサはアルゼンチンの西方に南北に連なるア
Hsf1,Hsf 2および Hsf4の発現を調べ,Hsf1活性と Hsp の発現が
ンデス山脈のふもとにある美しい街で,周囲にぶどう畑が広
癌の悪性化と治療に対する抵抗性に関係することを示した。彼
がっている。着陸前の飛行機の窓からは雪に覆われたアンデス
らはこれらの成果に立って Hsp 発現の抑制による前立腺癌の新
山脈の銀嶺が眺められたが,残念ながらメンドーサの街からは
しい治療法の開発を目指している。Michael Morange(Ecole Nor-
手前の山の陰になって見えない。メンドーサの街は道路が碁盤
mal Superiure, Paris)は Hsf2のノックアウトマウスの結果を報告
の目のように東西南北に走っていて,全ての道路の両側に街路
した。Hsf2は精子形成時や胚形成初期,発生途上の神経管などに
樹が植えられ,道路が街路樹のトンネルのようになっていて,
発現することが知られている。Hsf2ノックアウトマウスは見かけ
これはかなり壮観です(写真1)
。1
0年以上も前に訪れた西安の
上大きな異常は見られないが,脳室の拡大が見られた。また精
街も碁盤目の道路が街路樹で覆われていたのを思い出した。ホ
子形成障害が見られ,減数分裂期に精細胞がアポトーシスで除
テルに到着したらオーガナイザーの Dr. Ciocca から8時頃に何
去されることが示された。また Hsf2
(- / -)繊維芽細胞は増殖が
人かで夕食に出かけようと誘われたが,私は使い古したぞうき
悪く,細胞増殖にも関与しているらしい。R. W. Currie(加 Dal-
んのように疲れ果てていたので,夕食は辞退し,ベッドへ直行
house 大)は心臓と脳における Hsp の発現を報告した。脳虚血に
した。翌日聞いたところではホテルへ戻ったのが午前1時だっ
おいて神経細胞では Hsp70が,グリア細胞では Hsp27が誘導され
たそうである。
た。一方熱処理では Hsp7
0と Hsp2
7が共にグリアと一部の神経細
胞に誘導された。心筋細胞には Hsp2
7が多く発現しているが,熱
ワークショップ
処理ではほとんど変化せず,一方血管に Hsp70が誘導され,心筋
翌日の10月10日から3日間のワークショップが始まった。街
障害保護との関連が示唆された。Wolfgang Schumann
(独 Bayreuth
の西側にサン・マルティン公園という巨大な公園があり,その
中に Universidad Nacional de Cuyo があり,ワークショップは大学
の会議場で開催された(写真2)。私の怪しい理解では Cuyo は
メンドーサを中心とするアルゼンチンの一地域のようで,いっ
てみれば東北大学とか九州大学とかいった感じらしい。毎朝7
時40分にホテルからバスで会場まで運んでくれる。参加者は1
5
0
人くらい。ワークショップのスケジュールはなかなかハードで
ある。日によって少し異なるが,8:0
0−12:0
0モーニングセッ
ション,12:00−13:00ポスターセッション(写真3)
,13:0
0
−1
5:00(日によっては14:3
0)昼食,1
5:0
0−16:0
0ポスター
ディスカッション,16:0
0−18:0
0アフタヌーンセッション。
1日目はオーガナイザーの Daniel Ciocca
(写真4)
と Cell Stress
& Chaperone の Editor である Larry Hightower のあいさつで始まっ
た。Cell Stress Society International の President の Rick Morimoto
20
写真3.ポスターセッション風景
しい治療法の開発を目指し,種々のシャペロン誘導剤の開発の
現状を報告した。Michael Y. Sherman(Boston 大)は Hsp とスト
レスシグナル経路について紹介した。
種々のストレスにより JNK
や p3
8が活性化されるが,Hsp7
0は JNK の脱リン酸化を促進する
ことによりシグナル経路を抑制すること,そしてこの Hsp70の作
用に ATPase 活性,すなわちシャペロン活性を必要としないと報
告した。また種々の実験から Hsp7
0がアポトーシス経路における
ミトコンドリアの integrity を制御していることを示した。さらに
Hsp7
0によるストレスキナーゼの抑制はカスパーゼ非依存性ア
ポトーシスの抑制にも関与することを示した。
これで午後のセッションが終わり,ポスターセッションは後
でふれるとして,夜の social プログラムが続く。7時に我々が宿
写真4.オーガナイザーの Daniel Ciocca(中央)を囲んで。左が由良さん,右が筆者,左端
は Anil Grover, 筆者の後ろは Marja Jttel
泊しているホテルで先ず wine taste があった。メンドーサはアル
ゼンチンワインの7
0%を産する本場だけあって,すごくうまい。
大)はワーグナーとバイロイト楽劇場のスライドを見せた後,Ba-
気候が乾燥しているのも手伝っているらしい。日本にはむしろ
cilus subtilis の熱ショック遺伝子の調節について報告した。彼ら
チリワインの方がよく出回っているが,メンドーサワインの方
は約20
0種の熱ショック遺伝子を同定し,これらが6グループに
がはるかにうまいと思う。こちらの人に何故輸出しないのかと
分類できること,それぞれのグループが異なるしくみで制御さ
聞くと,アルゼンチンでほとんど飲んでしまって,輸出に回す
れていることを明らかにした。最後に由良隆さんが大腸菌およ
分がないとのことであった。ホントかな? Wine taste に続いて8
び他のグラム陰性細菌の熱ショック制御について報告した。大
時頃から郊外のゴルフクラブで夕食会が催された。豪華な料理
腸 菌 で は 熱 シ ョ ッ ク で 2 種 の シ グ ナ ル 経 路 が 動 く。一 つ は
に 上 質 の ワ イ ン で ハ ッ ピ ー。さ ら に ア ル ゼ ン チ ン タ ン ゴ の
sigma3
2mRNA の二次構造を直接壊して sigma3
2の翻訳を上昇さ
ショーがあり,アルゼンチンの夜を満喫した(写真5)
。ホテル
せ,RNA 自身が熱センサーとして働くことが示された。もう一
へ帰ったのが1
2時頃。
つは sigma32の分解抑制で,これは細胞内のタンパク質のフォー
2回目の午前のセッションは「Implications of stress responses in
ルディング状態を監視している DnaK シャペロンと ATP 依存性
prokaryotes and eukaryotes I」
。。
最初に Larry Hightower(Connecticut
プロテアーゼの titration によるらしい。また植物病原菌 Agrobac-
大)は stannous chloride による Hsp70の誘導と臨床応用について
terium tumefaciens では DnaKJ による sigma3
2の活性調節(量の調
話した。種々の組織の虚血−再環流障害では炎症が伴い,血管
節ではなく)が働いていることが示された。
の Hsp7
0が炎症を抑制することが報告されている。Stannous chlo-
昼食はキャンパス内の食堂でとった。参加者のメニューは決
ride はラット個体やヒト HT-29細胞で Hsp7
0を誘導し,抗炎症作
まっていて大きなビーフステーキとサラダ etc. これを学生と並
用および細胞保護作用を示した。Andrei Laszlo(Washington 大)
んで窓口で受け取って,ワークショップ参加者用の部屋へ運ん
は 哺 乳 類 細 胞 の transient thermotolerance と permanent heat-resis-
で食べる。ビーフは学生食堂にしてはうまい。さすがビーフ天
tance について報告した。Thermotolerance の仕組みにはタンパク
国アルゼンチンである。なおアルゼンチンのビーフは WHO か何
合成を介するものと介さないものがあり,タンパク合成を介す
かで最も安全なクラスに入っている。ワインは自由に飲める
(こ
る場合には Hsp の誘導が主役を果たしていることを示した。事
れはオーガナイザーのサービスで,さすがに学生は飲んでいな
実,いくつかの熱耐性細胞株が Hsp を高発現している。かれら
いようでした)。ついついワインを飲み過ぎて,これに1
2時間の
は transiently thermotolerant cells と permanently heat-reistant cells に
時差が加わり,午後のセッションが辛かったです。
サイトソル型ルシフェラーゼ(cyt-luc)と核型酵素(nuc-luc)を
午後のセッションは「Stress and signal transduction」であった。
発現させ,
その熱失活を調べたところ,
両細胞共に cyt-luc, nuc-luc
Jacques Landy(加 Laval 大)は p3
8MAP キナーゼ系の初期経路に
の失活が抑制された。Permanent heat-resistant cells のうち HR-1細
ついて報告した。熱ショック応答系の一つは MAP キナーゼ p3
8
胞 で は Hsp70が 過 剰 発 現 し て い る の に 対 し,OC-1
4細 胞 で は
の活性化に続いて MAPKAP キナーゼが活性化され,これにより
Hsp7
0の高発現は見られず,
他の因子が関与するらしい。Subhash
Hsp2
7がリン酸化されて細胞保護作用を発揮する経路である。
C. Lakhotia(Bararas Hindu 大)はショウジョウバエ幼虫の Mal-
P38は MAP キナーゼキナーゼ MKK3/6により活性化され,
後者は
pighian tubules(MT)の Hsp7
0と Hsp60(Hsp64)の誘導につい
MAP キナーゼキナーゼキナーゼ Ask1による活性化されること,
て報告した。熱ショック後 Hsp64は直ちに誘導されるのに対し,
Ask1の活性化は Ask1からのレプレッサー GSTmu1のリリースと
Hsp7
0は少し遅れて誘導され,recover 後21時間まで存在する。
上流の活性化因子 PAK の活性化によることが示された。
Hsp27は
Hsp7
0誘導の遅れは mRNA の核から細胞質への輸送が遅いため
リン酸化により大きな oligomer から dimer に解離して保護作用が
らしい。
また recover 後の Hsp7
0の存在にも転写が必要であること
上昇するが,リン酸化 dimer はアポトーシス促進タンパク質 Daax
が示された。Hsp60遺伝子は3種あり,その中1種の欠損は精子
に結合して細胞死を抑制することを示した。Peter Csermely(ハ
形成障害を示す。他の遺伝子の機能解析が進行中である。Luiz R.
ンガリー Biorex R & D Co. )はシャペロンが多くの遺伝子変異
Nudes(ブラジル Mogi das Cruzes 大)は Trypanosoma cruzi の細
をマスクしており,加齢や種々の条件下で変異がアンマスクさ
胞分化に伴う遺伝子発現パターンの変化を話した。トリパノ
れ,糖尿病や動脈硬化などの生活習慣病の発症に関与する可能
ソーマは昆虫の midgut の中で増殖性・非感染性型から非増殖性・
性を指摘した。そしてシャペロン誘導によるこれらの病気の新
感染型へ分化する。
10
5
6EST 配列についてマイクロアレイを用い
21
てその変動を明らかにした。最近99
1
9EST に広げつつある。こ
たことは二度ばかりあるが,高く積み上げられたワイン樽に囲
れらの情報はこの原虫によるアフリカ睡眠症の治療法の開発に
まれての食事は初めてで感激。もちろん各種ワインは飲み放
役立つと期待される。
題! さらにディナー後にスペイン舞踊のショーがあった。
午後のセッションは「Heat shock proteins and apoptosis」
。森正
オーガナイザーのサービスに乾杯! ホテルに帰ったのが1
2時
敬はシャペロンによる NO 依存性アポトーシスの制御について
頃。感動しつつヘトヘト。アルゼンチンの人はタフのようです。
発表した。マクロファージを活性化すると大量の NO が産生さ
3日目の午前のセッションは「Implications of stress responses in
れ,アポトーシスがおこる。このアポトーシスは熱処理または
prokaryotes and eukaryotes II」
。Robert Tanguay
(加 Laval 大)はショ
低濃度の NO による前処理で抑制された。この時 Hsp7
0に加えて
ウジョウバエの small Hsp(sHsp)について報告した。主な sHsp
dj1
(Hsp40)と dj2が誘導される。NO によるアポトーシスは hsp70
には Hsp2
2,23,26,2
7がある。この中 Hsp2
3と26はサイトソ
と dj 1または dj2の共発現により抑制された。その作用点はミト
ル,27は核,22はミトコンドリアに局在する。全ての sHsp は in
コンドリアからのシトクロム c 流出より上流であった。一方,NO
vitro アッセイ系でシャペロン活性を示した。
CNS での Hsp2
3の発
による膵 細胞のアポトーシスが小胞体ストレス経路を介する
現パターンは発生分化に伴い細胞毎に複雑に変化することが示
ことを見出した。小胞体 Ca が低下し CHOP が誘導される。Cal-
された。
しかし Hsp2
3をノックアウトしても CNS の形態の変化は
reticulin を過剰発現すると CHOP の誘導が起こらず,アポトーシ
見られなかった。Armando J. Parodi
(アルゼンチン San Martin 大)
スが抑制された。さらに CHOP ノックアウトマウスから単離した
は小胞体における糖タンパクの品質管理について話した。彼は
膵島は NO に対して抵抗性を示した。Ian R. Brown(Toronto 大)
糖鎖プロセシングに重要な UDP- グルコース:糖タンパク質グル
はラットの脳,精巣および胸腺における細胞死と Hsp7
0誘導に対
コーストランスフェラーゼ(UGGT)の発見者として有名で,現
する hyperthermia の効果を報告した。彼らは今までに hyperther-
在米国科学アカデミーの会員である。彼はこの分野の最近の発
mia により神経系のシナプス伝導が保護され,この時 Hsp7
0,
展を紹介したが,それをまとめるのは私の能力を越えるので彼
Hsp2
7および Hsp32がシナプスに存在することを明らかにしてき
96
, 9-9
32
,0
00)を見て下さい。
の最近の総説(Annu. Rev. Biochem. 6
た。今回,体温が急激に上昇すると,精巣と胸腺の分裂中の細
Linda M. Hendershot(St. Jude Children' s Hospital, Memphis)は哺
胞のアポトーシスがおこるが,小脳の非分裂細胞ではおこらず,
乳類の ER ストレス応答における CHOP 誘導について紹介した。
この違いは Hsp70と関係がないことを示した。さらに胎児を用い
彼女らは CHOP の誘導に2つの経路が共に働くことが必要であ
た実験で,分裂中の神経細胞は hyperthermia に弱いことを明らか
ることを示した。一つの経路は他のシャペロン誘導の経路と同
にした。
Marja J
ttel
(デンマーク Danish Cancer Society)
は Hsp70
じで ERSE への CBF や ATF-6の結合を介する。
もう一つは C/EBP-
による癌細胞のアポトーシスの制御について報告した。Hsp70は
ATF composite site への C/EBP と ATF-4の結合を介する。即ち ER
多くの癌や癌細胞株に高発現しており,これが癌細胞に有利に
ストレスにより PERK が活性化され,ATF4タンパクが誘導され
働いていると考えられている。アンチセンス Hsp7
0のアデノウィ
て核へ移行し,
composite site に結合する結果 CHOP が誘導される
ルスベクターを用いた実験で,癌細胞ではアポトーシスがおこ
ことが明らかとなった。Tangchun Wu(中国 Tongji Medical Col-
るが,正常細胞はおこらないことを示した。Hsp7
0はカスパーゼ
lege)は環境ストレスによる Hsp7
0と抗体の変動について報告し
依存性と非依存性アポトーシスの両方共抑制し,依存性の場合
た。Acute heat-induced illness(AHII)の患者では Hsp70抗体が有
はカスパーゼより下流で抑制することを示した。
意に上昇しており,マーカーとしての価値を示した。また製網
2日目の夜はボデガ(アルゼンチンではワイナリーをこう呼
工場で働く労働者764人について調べ,Hsp70抗体のレベルと高
ぶ)見学とディナー。7時にホテルを出て3
0分ほどでアルゼン
血圧との相関を示唆した。Anil Grover(インド Deli 大)はコメ
チンで最も有名な
の Hsp10
0について報告した。Hsp10
0はコメの主要なストレスタ
ボ デ ガ Trapiche に
ンパク質であり,熱処理で誘導される。コメ Hsp10
0cDNA は
写真5.ディナーでのタンゴショー。ナイスショットでショー
(くだらない駄洒落です)。
22
到着。Trapiche ワイ
00酵母の熱耐性や Cd, Ar ストレスに対する耐性を回復さ
hsp1
ンは日本にも輸出
せた。一方,Hsp7
0を過剰発現するトランスジェニックコメを作
されているのでワ
成したが,コメの発育には変化が見られなかった。
イン通の読者の中
午前の次のセッションは
「Heat shock proteins in cancer」。Daniel
には飲んだことが
R. Ciocca による overview の後 Ciocca 研の L. Vargas-Roig が乳癌患
ある人もいると思
者の Hsp2
7と Hsp70を調べ,浸潤性の癌細胞では Hsp27と Hsp70
う。赤が圧倒的に
が細胞質,核内共に上昇していることを報告した。また deoxyru-
多 く,カ ベ ル ネ・
bicin などによる化学療法により“activated”fibroblasts に Hsp27
ソービニヨンとメ
と Hsp7
0の 誘 導 が 見 ら れ た。Juan J. Cabrera-Galvan(ス ペ イ ン
ルローの樽が多
Hospital Insular de Los Palmas)は甲状腺癌において follicular car-
かった。巨大なボ
cinoma に比べて予後の良い papillary carcinoma で Hsp2
7が増加す
デガを見学した
ることを報告した。Kerstin Bellmann(加 Laval 大)は,癌でしば
後,なんとワイン
しば見られる c-myc の過剰発現または脱制御がストレスキナー
樽に囲まれての
ゼ系を活性化し,アポトーシスを起こしやすい状態になってい
デ ィ ナ ー(写 真
ると報告した。Kindas-Mugge(Vienna 大)は Hsp2
7を過剰発現さ
6)
。ワイナリーの
せたヒト・メラノーマ細胞は運動性や浸潤能が低下し,マトリッ
レストランへ行っ
クスメタロプロテアーゼの分泌が低下することを示した。
われた。9時3
0分からオプションでコンサートがあったが,私
は睡眠不足がたまっていたので参加せず,closing party で他の参
加者と別れを告げた。
今回のワークショップは大変よくオーガナイズされ,内容も
よく,とくに social program は最高であった。個人的にちょっと
残念だったのは,ワークショップを抜け出すチャンスがなく,
メンドーサの街を散策する時間がなかったことです。
ブエノス・アイレス
翌日(日曜日)午前のフライトでブエノス・アイレスに飛ん
だ。月曜日に Armando Parodi 研を訪問する予定であったが,1日
早く帰っていた Armando が空港まで迎えにきてくれた。車で街
写真6.ボデガでワイン樽に囲まれてのディナー。両側に樽が積まれているのが見えますか?
このあとでスペイン舞踊のショーがあった。
をひとまわり案内してもらったが,大きな美しい街である。人
口36
0万人。道路は碁盤目に走り,いくつかのブロック毎に広い
最後のセッションは「Stress proteins and the immune system」で,
道路が走っている。最も広いのは南北に走る有名な7月9日大
5題の報告があったが,私はこの分野に弱く,少しはフォロー
通りで,実にその幅たしか1
10m。名古屋を大きくして看板を日
できた2題について紹介する。Alexander Asea(Harvard 大)は
本語からスペイン語に変えて白人を歩かせたらこうなるという
Hsp7
0がヒト単球の表面に高親和性に結合し,細胞内 Ca を上昇
感じの街である。おまけに大通りにはテレビ塔の代わりに高さ
させ,NF-B を活性化し,種々の炎症性サイトカインを誘導す
10
0m(だったと思う)のオベリスクが建っている。この大通り
ることを昨年の Nature Medicine(だったと思う)に発表して我々
に面して世界三大劇場の1つといわれるアルゼンチン自慢のコ
を驚かせた。今回,
2つの経路が働くことを示した。一つは CD1
4
ロン劇場がある。そういえば,アルゼンチン出身のダニエル・
と細胞内 Ca に依存性で,TNF-,IL-1,IL-6を誘導し,もう一
バレンボイムがたしか昨年ここでコンサートをやって故郷に錦
つは Ca には依存するが CD1
4を介せず,TNF-のみを上昇させ
を飾ったとどこかで読んだ。バレンボイムというとジャック
る。彼らはさらに Hsp70が結合する細胞膜因子を検索し,
toll-like
リーヌ・デュプレを思い出すが,ジャックリーヌの弾くエルガー
receptor の関与を示唆した。今後 Hsp7
0の細胞外への放出のしく
とドヴォルザークのチェロ協奏曲はすごくいいですね。ブエノ
みを含め大きな議論がおこるであろう。一方,Zihai Li(Connecti-
ス・アイレスはスペイン系とイタリア系の移民がほとんどで,
cut 大)は小胞体タンパクである gp9
6/grp9
4の細胞膜結合の免疫
「南米にパリを」を合言葉に造られた街だけあって,ヨーロッパ
学的意義について報告した。gp9
6はある条件で細胞外に分泌さ
にいるような感じである。アルゼンチン誕生の多くの事件の舞
れ,抗原提示細胞(APCs)の表面にレセプター依存性に結合す
台となった5月広場や,その前に建つカサ・ロサーダ(ピンク
ると報告されている。もし腫瘍細胞表面に発現すると gp96レセ
の家)と呼ばれる大統領府などが印象的である。1
986年ワール
プターを含めて APCs との結合を促進し,腫瘍特異的 T 細胞を活
ドカップ・サッカーで世界一の座に輝いたアルゼンチンチーム
性化することが期待できる。彼らは gp9
6の細胞表面発現が細胞
が空港から軍に先導されてカサ・ロサーダを訪れ,大統領に報
のストレスセンサーとなり adaptive immunity のシグナルとして
告して祝福を受けた。この時集まった4万5
00
0人の「アルヘン
働くことを提唱した。
チーナ,アルヘンチーナ」の大合唱がブエノス・アイレス中に
ポスターセッションは第1日目と2日目に行われ,計2
7題の
こだましたという。
ポスターが発表され,活発なディスカッションが行われた。日
昼食時に Armando が美味しいビフテキをご馳走しようとラ・
本からは森島嘉宏氏(大阪市立大)と Kenjiro Kamiguchi 氏,Shin
プラタ川に面したステーキレストランに連れていってくれた。
Ohshima 氏(共に札幌医大)のポスター発表があった。ちょっと
ラ・プラタ川は川といっても向う岸が見えない程広く,まるで
ユニークだったのは通常のポスター発表に加えて,ポスター
海のようである。
Armando お勧めのステーキを注文したまではよ
ディスカッションと称して講演会場で1人5分のスピーチが
かったのだが,ここで2人ともアッと驚き,かつ参った。当日
あったが,この主旨が予め十分に伝えられておらず,スライド
はちょうど大統領選挙の日で,法律でその日は夜6時までワイ
を用意してうまく喋った人もあれば要旨を棒読みした人もあっ
ンを出してははいけないと決められていたのである。ミネラル
た。
ウオーターでステーキを食べるはめになったが,ワインなしで
夜は街のレストラン街の庶民的なレストランで夕食会があっ
も実に美味しいステーキであった。しかし巨大で3分の2程食
た。11時にホテルに戻る。
べたところで満腹になり断念した。ああワインがあったらどん
4日目は Visit to Mountain で,アンデス最高峰で南半球最高峰
なに美味しかっただろうか!
のアコンカグア(6960m)を展望するバスツアーであった。7時
月曜日には San Martin 大学 Parodi 研を訪問し,セミナーをし
半にメンドーサを出発し,渓谷を走り,アンデスの展望を楽し
たり Lab の人とディスカッションしたり Lab を見せてもらった
みながらチリ国境近くまで進み,標高4
2
0
0m まで登り,ここか
りした。Parodi 研の入っている建物は実にユニークである。カマ
らアコンカグアを展望した。途中で「インカの橋」と呼ばれる
ボコ型の半円型の建物がいくつか並んでいて,Parodi 研はその1
温泉に含まれる鉱物が固まってできたカラフルな天然の橋があ
つの中にある。カマボコの中は2階になっていてかなりよく整
り,なんとも面白い。6時頃メンドーサに戻る。7時4
0分より
備されているが,新設大学の研究棟には似合わない。実はこの
近くのレストランでワインとおつまみの簡単な closing party が行
建物は軍の兵舎(倉庫?)を改装したものなのである。Armando
23
の話で次のようない
き さ つ が 分 か っ た。
ブエノス・アイレス
には国立ブエノス・
第74回日本生化学会大会シンポジウム
「シグナル伝達分子と
分子シャペロン」
アイレス大学がある
が,巨大になりすぎ
宮田 愛彦
たため2年か3年程
(京都大学生命科学研究科 多細胞体構築学)
前 に 国 立 San Martin
大学を新設した。ち
写真7.マネの幻の名画「水浴のニンフ」。アルゼンチン国
立美術館の至宝です。
年10月2
8日,京都国際会議場で開催した上記のシンポジウ
な み に San Martin は
昨 ムをオーガナイズさせて頂いた。事前に遠藤さんの方から
アルゼンチン建国の
是非報告をシャペロンニュースレターに書くように,と勧めら
父である。
Armando は
れていたので,いささか自作自演的な気恥かしさもあるがここ
それまでブエノス・
に当シンポジウムの意図と内容を記してみたい。
アイレス大学に関連
この1
0年余りの分子シャペロン研究のブームと同分野におけ
する企業の研究室に
る日本の研究者の貢献と質の高さとが相俟って,日本生化学会,
いたが,それを機会
日本分子生物学会,日本細胞生物学会を中心とした学会におい
に San Martin 大 学 に
て,ほぼ毎年のように分子シャペロン関連のシンポジウム・ワー
移った。しかし新し
クショップが組まれてきた事は皆さん良くご存じの通りであ
い大学は作ったもの
る。
私自身ちょうどこの間に矢原先生のもとで HSP90関連の研究
のアルゼンチンの台
に従事してきたため,ほぼ欠かさず同分野のシンポジウムに参
所は火の車で大学を新築する予算がない。そこで苦肉の策とし
加しておおいに勉強させて頂き,いろいろな刺激を受けてきた。
て「一時的に」軍の兵舎か倉庫かを改装して研究室として使う
しかしその一方で,やや話題が細胞内トランスポートやフォル
ことになったとのことである。軍の跡地だけあって敷地は広く,
ディングマシナリーの解析に,
分子としては HSP70やシャペロニ
新研究棟が建つ予定地も決まっているが,Armando は「この経
ンに,片寄っているように感じていた。いや,片寄っていると
済状態では当分建たないだろう」とあきらめ顔であった。
いうのは失礼かつ不正確な言い方で,まさにその分野が一番
アルゼンチンの経済は破産状態だそうだが,ブエノス・アイ
ホットであったが故にそれが当然だったのであるが,
「それ以
レスの街を歩いている限り,ダウンタウンは人出が多く,店に
外」の分子シャペロンの研究者であれば時にはいささかサビシ
も結構人が入っていて,そんなに不景気には見えない。アルゼ
く思わないでもなかったであろう。幸いなことに,世界的にも
ンチン・ペソと US ドルが1:1に固定されていて,US ドルで
シャペロニンや HSP7
0の研究が爆発的に進んだあとに,
そこで得
買い物ができるのが旅行者には便利である。物価はビーフとワ
られた知見や技術を援用するかたちで近年はストレス応答のメ
インが大変安いのを別にすれば,日本の半分かアメリカと同じ
カニズムや,
シグナル伝達と HSP90等の分子シャペロンの関わり
くらいの感じか。アルゼンチンの平均収入を知らないが,アメ
についての研究も質・量ともに増大してきているようである。
リカよりはうんと少ないはずなので,生活は結構きついのかも
こうした背景のなかで,小胞体におけるタンパク質のクオリ
しれない。
ティーコントロールに関わるシグナルの認識と伝達,及びいわ
私の大きな楽しみの1つは,旅先で美術館を訪問することで
ゆるキナーゼカスケードをかたちづくるシグナル伝達分子と分
ある。ブエノスアイレスには立派な国立美術館がある。美術館
子シャペロンとの関わりについて,最近日本から優れた研究が
は市内北部のレコータ地区のレコータ墓地(ここにはエビータ
多数発表されるのを見て,一度は分子シャペロンの中でもシグ
こと Eva Peron が眠る)のそばにあり,南米ではサンパウロ美術
ナル伝達に的をしぼったシンポジウムがあっても良いのではな
館に次ぐ規模を誇る。国内の有名画家はもちろん,ルネッサン
いかと思い,今回の企画となった訳である。以下,各演者の演
ス,印象派,エコール・ド・パリなどの有名画家−エル・グレ
題について私なりにまとめてその内容を簡単なバックグラウン
コ,ルーベンス,クールべ,コロー,モネ,ピサロ,ゴッホ,
ドとともに記しておきたい。なお,名前と所属は筆頭演者のみ
ゴーギャン,ドガ,モジリアー二など−の作品が並んでいる。
を敬称を略して挙げさせて頂いた。
しかしこの美術館のハイライトはなんといっても幻の名画とい
小胞体(以下 ER)で合成されたタンパク質のフォルディング
われるマネの「水浴のニンフ」
(写真7)である。何番目かの比
と分解を司る「クオリティーコントロール」の過程にはカルネ
較的照明の暗い展示室の入口正面にかかっており,うす暗い森
キシン・カルレティキュリンを初めとする ER 内の様々な分子
の中からニンフの裸体が浮かび上がってくるようである。その
シャペロンが関与する。ER 内腔でミスフォルドしたタンパク質
前でしばらく立ちつくした。
それを認識して分
には特有の糖鎖 Man8GlcNAc2が結合しており,
1
7日(水曜日)おそらく再び訪れることもないアルゼンチン
解経路へと向かわせるタンパク質の存在が想定されていた。細
に別れをつげた。(20
01年1
1月)
川(京大・再生研・細胞機能調節)らはクオリティーコントロー
ルに関わるタンパク質に対する必要性が ER ストレスコンディ
ション下で増大するのではないかという予想のもとに,ER スト
レス時に発現が増大する遺伝子に注目しその中から Class Iマ
ンノシダーゼと類似した配列を持つ遺伝子を同定・単離して
24
EDEM と命名した。マンノシダーゼ I は Man9からトリミングに
といえよう。
より Man8を生成する酵素であるが,EDEM とマンノシダーゼ I
更に河野らは mammalian の Ire1の同定と解析の結果を報告し
の相同性は約2
0%とそれほど高くなく EDEM はマンノシダーゼ
た。Mammalian では少なくとも Ire1と Ire1の2種類が存在し
活性を示さない。
1アンチトリプシンをミスフォルドタンパク
ており,UPR により Ire1は誘導されるが,Ire1はむしろ発現
質のモデルとして調べたところ,その分解が EDEM の過剰発現
が抑制される。また は各種臓器に広く存在するが,は消化
により促進された。ER 内でタンパク質のフォルディング状態と
器系に多く発現する等,両者には何らかの役割分担があること
連関する糖鎖を EDEM が直接認識し,ターゲットを正しい分泌
が考えられた。実際,Ire1を過剰発現させると BiP が誘導され
経路に送るかプロテアーゼシステムに引き渡して分解に導くか
るのに対して,Ire1を過剰発現させるとその RNase 活性によっ
の決定に関与していると考えられた。糖鎖のトリミングを行な
て細胞の2
8S rRNA が切断されてタンパク合成が低下し,細胞は
う酵素とトリミングされた糖鎖を認識する分子の構造が似てい
アポトーシスを引き起こした。ストレスやウイルス感染時の細
るというのがなかなか興味深い。
胞タンパク質合成の低下のメカニズムについては複数のキナー
小胞体でのクオリティーコント
ゼによる eIF2のリン酸化を介する経路が知られており,Ire1
ロールを受けるタンパク質は細胞
による RNA の切断は ER ストレス時のタンパク質合成抑制の新
自 身 の タ ン パ ク 質 に 限 ら な い。
たなメカニズムとして大変興味深い。加えて美しいプレゼン
様々なウイルスのタンパク質も感
テーションと判りやすい語り口にも感嘆した次第である。
染細胞内で発現すると,細胞質・
HSP9
0ファミリーには cytoplasmic ないわゆる HSP9
0の他に,
ER で分子シャペロンの介助を受
ER に局在する GRP94とミトコンドリアに存在する TRAP1が含
けてフォルディングする。田村
(岩
まれる。森田
(東北大・院・生命科学)
らは細胞性粘菌 Dictyostelium
手大・連合農学)らはセンダイウ
を材料に TRAP1の遺伝子を単離し,GFP-TRAP1発現株,TRAP1
イルスの F タンパク質の成熟過程
過剰発現株を用いて,Dictyostelium の生活環と TRAP1の局在・
と糖鎖の関係及び分子シャペロン
との相互作用を解析し,ウイルス
機能との関連を調べた。Dictyostelium は栄養状態に対応して増殖
田村(岩手大)さんの講演
期と分化期の間を移行することが知られているが,TRAP1は増
毒性との関連について報告した。
殖期には細胞膜に存在し,飢餓処理で分化期になるとミトコン
F タンパク質には3個所にアスパラギン結合型糖鎖が付加し,g
ドリアに移行した。TRAP1の過剰発現株では細胞集合塊の形成
2部位の糖鎖がセンダイウイルスの細胞融合活性に必須である。
が遅れ,その際に初期分化へのスイッチングを制御する遺伝子
各糖鎖付加部位の変異体を細胞に発現させ F タンパク質と分子
dia1が過剰に発現するようになった。
dia1は dia3を抑制する因子
シャペロンとの会合を共免疫沈降実験により調べた。その結果,
であり,また dia3は car1の上流で働く。従って TRAP1の過剰発
g1と g 2の糖鎖がカルレティキュリンとカルネキシンによって
現では dia3-car1のシグナル伝達経路の抑制が見られる。いずれ
認識されることが明らかとなった。ERp57は野生型の F タンパク
も cAMP に対する走化性を制御して Dictyostelium の分化を司る
質と結合せず糖鎖を欠失した F タンパク質を認識するが,
これは
遺伝子群であり,
TRAP1が何らかのかたちで cAMP によるシグナ
ERp5
7が糖鎖の結合により解離するというよりは,むしろ糖鎖の
ル伝達系に関わる遺伝子の調節を行なうと予想される。HSP9
0や
欠失の結果として起こるジスルフィド結合の異常を認識して結
GRP94に比べて TRAP1の研究はまだ充分に進んでいるとは言え
合するようである。またこれら3個所の糖鎖の付加がセンダイ
ず,様々な生物材料を用いた解析が進むことが期待される。
ウイルスの毒性を決める要素の一つであることも示された。
以下は主にタンパク質キナーゼに関わる話題が続くことにな
ERp5
7がジフスフィド結合の異常をどのようにして認識してい
る。様々な細胞内シグナル伝達系に関与する MAPK カスケード
るか,その分子機構に興味がもたれる。
は MAPKKK 群→ MAPKK 群→ MAPK 群という3段階のキナー
ER 内腔に構造異常タンパク質が蓄積すると,そのシグナルが
ゼがそれぞれ下流のキナーゼをリン酸化して活性化するという
核内に伝達され BiP/GRP7
8や GRP9
4等の ER シャペロンの合成亢
機構によってシグナルの増幅を特異的に行なっている。このカ
進とそれ以外のタンパク質の合成の抑制という,いわゆる Un-
スケードに属する様々なキナーゼが分子シャペロンやスキャ
folded Protein Response(UPR)が引き起こされる。酵母の系での
フォルドタンパク質の介助を受ける場合が知られてきている。
UPR に関して,京都大学の森らによって Ire1/Ern 1の同定からそ
JSAP1は JNK の活性化経路において MEKK1-SEK1-JNK と複合体
の機能解析に至る見事な研究がなされていることは本ニュース
を形成するスキャフォルドタンパク質として同定された。松浦
レターの読者であればとうにご存じの事であろう。河野(奈良
(東京医科歯科大・院・分子情報)らは JNK 及び p38の上流で
先端大・遺伝子センター)はまず ER から核へとどのように UPR
MAPKKK として働く Ask1と JSAP1との関連について発表した。
のシグナルが伝達されるかについて概説した。Ire1は ER から cy-
Ask1と JSAP1は細胞内で結合して共免疫沈降される。JSAP1を細
toplasmic 側に突き出た C 末端側にキナーゼドメイン及び RNase-
胞に強制発現させると,Ask1によって誘導される下流の JNK3の
L 様ドメインを持っている。ER ストレスによって蓄積した異常
活性化が見られた。逆に Ask1を強制発現させることで JSAP1と
タンパク質を認識して BiP が結合し,ER 内腔のフリー BiP 量が
JNK3の結合が増大した。またこの効果には Ask1のキナーゼ活性
減少する。今回,Ire1はその N 末端で BiP と結合しており,ER
が必須であったが,Ask1による下流のキナーゼの活性化とは無
ストレス時のフリーの BiP の減少により BiP が Ire1から解離し,
関係であった。これらの事から,Ask1により直接 JSAP1がリン
Ire1がオリゴマーを形成して活性化されシグナルを伝えること
酸化されて構造変化が引き起こされるというモデルを提唱し
が示された。熱ショック時の HSF の活性化における HSP70の関
た。スキャフォルドタンパク質は厳密な意味では分子シャペロ
与とある意味でアナロジカルなストラテジーが用いられている
ンとはいえないが共通する性質も多く,その機能制御機構とし
25
て興味をひいた。
カスケードの存在が想定される。本研究では抗がん剤を出発点
HSP9
0はしばしば他のいわゆる
としてその作用機序に阻害剤を的確に用いながら切り込んでお
コ・シャペロンと総称されるタン
り,昨年夏に札幌で行なわれた分子シャペロンの CGGH シンポ
パク質と共同で働いている場合が
ジウムで Workman(CRC/ICR, UK)らが,細胞増殖に深く関わ
あ る。Src や Raf キ ナ ー ゼ に は
る HSP90依存性のキナーゼを標的とした抗がん剤として HSP90
HSP90とともに酵母で同定されて
阻害剤を利用する話題を提供していたのを思い起こさせた。
いた Cdc3
7のホモログが結合して
今井(東京都臨床研・分子腫瘍)らは HSP90とプロテアソー
いる。宮田(京大・院・生命科学)
ムシステムとの関連について酵母を用いた実験結果を報告し
らはコンピューターを用いたホモ
た。遺伝的に HSP90を減少させた酵母では2
6S プロテアソームの
ロジースクリーニングを端緒にし
活性が低下し,それにともない細胞内にユビキチン化したタン
て MAP キナーゼ類似の新たなキ
ナーゼ MOK を同定・クローニン
パク質の蓄積が見られた。これはプロテアソームを形成する構
オーガナイザーの宮田(京大)さん
成タンパク質の発現量が低下するからではなく,各サブユニッ
グした。MOK は精巣に多く発現
トどうしがアセンブリーして正常な26S 構造をとらないことに
し,発がんプロモーターである TPA によりリン酸化依存的に活
よるものであった。特に,
26S プロテアソームの「regulatory par-
性化するが,その活性化のシグナル経路は従来の MAP キナーゼ
ticle」と呼ばれる構造が崩壊していた。実際,
2
6S プロテアソー
ファミリーとは異なる。MOK の細胞内結合タンパク質を生化学
ム を in vitro で 形 成 さ せ る 実 験 系 で は26S の ア セ ン ブ リ ー に
的に同定したところ,HSP9
0,HSP7
0/HSC7
0,Cdc3
7であること
HSP9
0と ATP が必要であり,
ゲルダナマイシンで HSP90の機能を
が明らかとなった。HSP9
0の特異的阻害剤であるゲルダナマイシ
阻害するとアセンブリーが阻害された。更に reguratory particle の
ンで細胞を処理すると MOK は速やかにプロテアーゼシステム
タンパク質をコードする rpn と HSP90とは synthetic lethality を示
によって分解されることから,HSP9
0の機能が MOK の細胞内で
し,
遺伝学的にも HSP9
0とプロテアソームの密接な関係が証明さ
の安定性を維持するのに必須である。MOK のキナーゼドメイン
れた。熱ショック条件下ではタンパク質分解系に対する要求が
が HSP90との結合に必要であった。MOK と相同性の高い MAK
高まると予想されるが,実際には酵母ではシビアな熱ショック
や MRK も HSP90と結合したが,いわゆる従来の MAP キナーゼ
時にはプロテアソームが壊れるらしい。これまでは新生タンパ
(ERK, p38,JNK/SAPK)や Dyrk1は HSP9
0と結合していなかった。
ク質のフォルディング過程における分子シャペロンの機能に焦
類似のキナーゼドメインを持っていながら HSP9
0依存性のキ
点が集まりがちであったが,タンパク質の分解過程での分子
ナーゼとそうでないキナーゼがあるのには,どのような機能的・
シャペロンの役割が今度ますます注目されることと思われる。
構造的な背景があるのかに注目したい。
HSP9
0との関わりが示されたキナーゼの数は増大の一途であ
長田(理研・抗生物質)らは pi-
り,かつて考えられていたよりも遥かに多様で重要なキナーゼ
ronetin という薬剤の抗がん活性の
の働きに HSP9
0が必要らしい。Akt は PI3キナーゼの下流で PDK
作用機序を調べた。Pironetin は により活性化されて細胞の生存シグナルを伝達する重要なキ
チューブリンに結合して チュー
ナーゼである。藤田(東大・分生研)らは HSP90が Akt と結合
ブリンとの会合を阻害することで
することを見いだした。HSP9
0上の Akt 結合部位は HSP9
0上の
微小管の形成を阻害する。これを
「charged region」と呼ばれる部分にマップされ,この結合はゲル
引きがねとして Bcl2がリン酸化さ
ダナマイシンでは阻害されなかった。一方 HSP90結合部位は Akt
れ,その結果細胞のアポトーシス
のキナーゼドメイン内にマップされた。Akt の HSP90との結合を
が誘導される。チューブリン重合
低下させると,
それにともない Akt が脱リン酸化されて活性が低
の阻害による Bcl2のリン酸化のシ
グナル伝達経路を調べるために化
下し,
結果として Akt からの生存シグナルが弱くなりアポトーシ
長田(理研)さんの講演
スが引き起こされた。従ってこの場合,HSP90は Akt のタンパク
合物ライブラリーをスクリーニン
の安定性を保証するというよりは脱リン酸化による不活性化か
グしたところ,HSP9
0の阻害剤が Bcl2のリン酸化を抑制すること
ら Akt を保護するような役割を担っていると考えられる。更に藤
を見いだした。すなわち,微小管の状態をモニターして Bcl2の
田らは Akt の活性化キナーゼである PDK が HSP90の阻害剤に
リン酸化を引き起こすプロセスに HSP9
0依存性のキナーゼが必
よって分解されることを見いだし,HSP9
0が PDK のキナーゼド
須であることが示唆される。Plk はスピンドル微小管の構築の制
メインと直接結合して PDK の安定性・可溶性とシグナル伝達を
御にかかわるキナーゼの一つであり,HSP9
0阻害剤で細胞を処理
保証していることを示した。細胞の死と生存を司る PDK-Akt カ
すると Plk が不安定化されることが見いだされた。実際に HSP90
スケードの双方の構成キナーゼが HSP9
0によって綿密に制御さ
と Plk との結合が共免疫沈降によって観察された。Plk の安定性
れている事が説得力あるデータによって示され,興味深く聞く
を様々な細胞株について調べると,Plk が多い細胞では Plk が野
ことができた。
生型,Plk の存在量が少ないがん細胞では Plk は HSP9
0結合能の
筆者自身は実のところ,シグナル伝達に関わるキナーゼを扱
低い変異型であった。つまり,Plk の HSP9
0結合能と Plk の細胞
う研究室に移って数年間,分子シャペロンの研究からは少し遠
内安定性に密接な関連があることになる。他の多くのキナーゼ
ざかっていた。新たなキナーゼのクローニングと解析に従事し,
と異なり,HSP9
0との結合には Plk のキナーゼドメインではなく
結合タンパク質をスクリーニングしてそれが分子シャペロンで
Polo-box を含む C 末端部分が必要であった。但し,Plk が直接
あると判ったときにはできすぎた偶然に半ば運命的なものを感
Bcl2をリン酸化するのではなく,Plk の更に下流に続くキナーゼ
じた次第である。シンポジウム後半は筆者の趣味(?)に走り
26
キナーゼと HSP90の相互作用の演題が続いていささか食傷気味
その違いは二量体形成によるのではなく,C 末端領域のアミノ酸
の方もあったかも知れないが,一度ぐらいは総括的に連続して
配列によることを,C 末端 truncation 変異体の ATPase 活性を測
話を聞いて印象に残して頂ければ,というのも一つの意図なの
定することで示した。また,会場からは ATPase 活性が100倍た
でご容赦頂ければと思う。この手のオーガナイザーをするのは
かい Yeast の C 末端部分を Chicken の ATPase ドメインにつけた
初めてであったが,大会委員会の方の手慣れた運営もあって実
融合タンパク質ではどうなるのかという質問が出ていた。C.
際の事務量は大した事はなかった。一方で,やはり当日どの位
Glover 研の Sri Bandhakavi は Cdc37のリン酸化されるセリン残基
の聴衆の方に来て頂けるかがとても心配なものであることが身
のアラニン置換変異体の表現型を調べ,Cdc3
7-HSP90複合体と
にしみて判った。特に今回は最終日の午前中しかも日曜日で,
CKII が positive feedback loop を形成していることを報告した。Sri
自分だけの事であればまだ良いが大変お忙しい中ご講演を引き
は,昨年1
2月から Morimoto 研にポスドクとして参加している。
受けて下さった他の演者の方々がいらっしゃるので身の細る思
D. Smith 研の D. Riggs は HSP90と p23とともに複合体を形成する
いであった。幸いなことに結果は2番目に広い会場をほぼ一杯
FKBP52がグルココルチコイドレセプターを介したホルモン応
にするだけのたくさんの方にご来場頂いて,心からホッとする
答を増強することを Yeast を用いたレポーターアッセイにより示
とともに演者の方々と聴衆の皆さんに感謝する次第である。同
した。
FKBP52の PPIase 活性を FK5
06により阻害した場合でも,こ
じ会場で直前まで森正敬さんのマスターズレクチャーがあった
の効果は観察された。R. Gaber 研の M. Tesic は HSP90と結合す
こともプラスに働いたかも知れない。ともあれ,慣れない身で
る Cns1の機能について報告した。tetratricopeptide repeat(TPR)
オーガナイザーとして力不足の部分,或いは力が入りすぎた所
タンパク質の Cns1とサイクロフィリン Cpr7は TPR ドメイン介し
などあったかとは思うが,ご意見などあれば遠慮なくお寄せ頂
て HSP9
0に結合するが,
この2つのタンパク質は HSP90に依存し
ければ嬉しい。最後に,この文章を載せるよう計らっていただ
た機能を相補しており,生育にサイクロフィリンの PPIase 活性
いた遠藤さんに感謝したい。
が必要であることを示した。
セッション2は,protein aggregation に関する題目であった。
Y. Argon 研の K. Sciarretta は,ある種の免疫グロブリンの軽鎖が,
Midwest chaperone meeting
参加報告
アミノ酸配列によらずプリオン様のファイバー形成し,それ以
外の amyroidogenic protein と cross-seeding する事を示した。J. Keller は GFP-PolyQ1
9や GFP-polyQ8
0を神経細胞で発現させ,ポリグ
ルタミンの伸長により熱ショックや prroteaseme inhibition などの
松本 弦
ストレスに対しての感受性が昂進すると報告した。S. Lingquist
(Department of Biochemistry, Molecular Biology and Cell Biology, Northwestern University)
研の L. Li は,Yeast の Prion の候補を全ての ORF を対象にサー
チしてデータベースを作成し,その候補について aggregate を形
成するかどうかを調べていると言っていた。SWI/SNF などの
chromatin remodeling complex が候補の一つという話は,非常に興
味深いものであった。Morimoto 研からは E. Nollen が,C. elegans
の Bag1欠損変異体を作成し,Bag1は Ras/MAP kinase のカスケー
ドを介して vulva の分化制御に関与していることを報告した。
セッション3はタンパク質分解に関するセッションであっ
た。A. Matouschek 研 の S. Prakash は,Yeast ミ ト コ ン ド リ ア の
Lon プロテアーゼが大腸菌 Clp プロテアーゼなどと同様に,基質
タンパク質の unfolding をおこなうことを報告した。J. Brodsky は
Northwestern 大学の湖畔の遊歩道
小胞体からの可溶性タンパク質基質の retro-translocation の駆動
力について報告した。驚いたことに,精製した26S プロテアソー
0
02年1月19日に Northwestern 大学で行われた,
7th Annual
2 Midwest Stress Response and Chaperone Meeting に参加した。
ムと ATP だけで,マイクロソーム内のタンパク質の分解が起こ
この Meeting は毎年年始めに Chicago 大学と Northwestern 大学で
ロテアソーム19S サブユニットのみで ATP 依存的に小胞体から
交互に開催され,それぞれ Susan Lindquist と Rick Morimoto が
のタンパク質の逆輸送が起こり,小胞体タンパク質の逆輸送に
オーガナイザーをつとめてきた。参加人数が1
0
0人ほどの小規模
は細胞質内シャペロンタンパク質は必要ではないことを示し
の Meeting ということもあり,日本人の参加者は,Chicago 大に
た。M. Choder は,Yeast の RNA polymerase II のサブユニットの
り,MG1
3
2と lactacystin により分解活性は阻害された。また,プ
留学中の名大の西川さんと,Morimoto 研にいる私の二人だけで
Rpb4が,ストレス下でのみ転写活性に必要であり,さらにスト
あった。
レス下では mRNA の核外輸送にも関与していることを報告し
Meeting では1
4のオーラルプレゼンテーションと,24のポス
た。
ター発表があった。演題は4つのセッションに分けられており,
最後のセッションでは,
E. Craig 研の H. Hundley が Yeast HSP7
0
それぞれのセッションの座長を,大学院生もしくはポスドクが
の Ssb と Ssz の in vivo での機能が異なると報告した。Ssb と Ssz
するという形式をとっていたのが特徴的であった。
1は,J-type シャペロンの Zuo1とともに新生タンパク質のフォー
セッション1は Hsp9
0に関する題目が並んだ。まず,D. Toft
ルディングに関与しているが,新生タンパク質とクロスリンク
研の B. Owen が,HSP90の ATPase 活性が種間で大きく異なり,
するのは Ssb のみで Ssz1はペプチド結合部位を欠損させても新
27
グによる病気との関わりに関する発表の割合がかなり多くなっ
たことである。タンパク質の誕生,コントロール,成熟,輸送,
分解に加えて,それらの現象の間におけるタンパク質の構造に
関連した病気との関わりについての研究が多い。もちろん,分
子シャペロンそのものの構造と機能に関する研究は言うまでも
ない。以前と違ったことは,発表のほとんどがパワーポイント
を使っていること,発表をビデオで録画しており,同時に部屋
の外のテレビモニターでも見られること,そして参加者はその
ビデオを三週間以内なら自分の研究室のインターネットで再度
見ることができる(ただし,データのダウンロードに時間がか
かるが)
。また,夕食のメニューが以前に比べてかなり良くなっ
たこともあげられる。
大学の建物をバックに
さて,本題の研究の紹介に入ろう。病気や品質管理に関する
トピックスは中井さん(山口大)や森さん(京都大)が紹介し
生タンパク質のフォールディングに影響がないことなどから,
ているので,私はやはりシャペロニンについて報告することに
Ssb が Hsp7
0シャペロンとして機能しており,Ssz1は Zuo 1とと
したい。分子シャペロンの中でもタンパク質の構造形成を助け
もに modulator の働きをしているのではないかと言っていた。M.
る「花形」は,やはりシャペロニン GroEL/ES であろう(私が研
Fisher 研の S. Falke は GroE と glutamine synthase(GS)の複合体
究しているので思い込みの部分もあるが)
。19
94年,199
6年に行
の三次元構造を Cryo-EM で解析し,GS が両方のリングについて
われたミーティングに見られたようなシャペロニン研究の勢い
いるものと,片方のリングについているものがあることを示し,
とはまた違った意味で,おもしろさが感じられた。Weissman
1
5Å結晶構造とのフィッティングを行ったところ,GS の結合に
(UCSF)らは,groES-groEL 遺伝子にランダム変異 PCR を行い,そ
より GroEL のヒンジの位置が変化することを示した。最後は R.
れらの変異体を GFP の構造形成による蛍光発光強度によってス
Bonham 研の E. Shelden が HSP2
7-GFP が表皮細胞のアクチンフィ
クリーニングした。その結果,なんと野生型よりも GFP をさら
ラメントと co-localize し,熱ショック後,p3
8によるリン酸化を
に光らせる GroEL と GroES の変異体を見つけだすことができた
うけ細胞接合部位に再局在化すると報告した。
のである。それらは GroEL の赤道ドメインにある ATP 結合部位
今年の Midwest Stress Response and Chaperon Meeting は,テー
付近や頂上ドメインに変異が入ったものであった。また,興味
マが限定されているので,どの発表も興味深く聞くことができ,
深いことに,GroES の Tyr71番目にも変異(His や Arg 残基へ)
楽しい一日であった。来年の Midwest Stress Response and Chap-
が導入されても GFP は野生型よりも効率よくリフォールディン
eron Meeting は,本来なら Chicago 大学で開催されることになる
グすることが判明したのである。この Tyr71番目は GroEL-GroES
が,Lindquist 研が MIT に移ったために,どちらで開催されるか
の篭の内部表面に露出しており,この表面部分の疎水性が親水
まだ未定らしい。ラボの友人達は,来年からはずっと Northwest-
性(正電荷に変わることが GFP には都合が良いようである。一
ern 大学で行われるのではないかとか,来年からはなくなるので
方,GroEL の変異体の多くは ATPase 活性が上昇しており,この
はないかと噂しているが,これからも続いていって欲しいもの
ことが GFP の構造形成に有効であった。元々,GroEL/GroES は
である。
外来タンパク質である GFP の構造形成には適したようには作ら
れていないと考えら
れるので,この実験
Cold Spring Harbor
Laboratory Meeting
に出席して
(Part1)
結果のように,ある
タンパク質の構造形
成によりフィットし
たシャペロニンを開
発できるということ
河田 康志
を示している。外来
(鳥取大学工学部生物応用工学科)
タンパク質を基質と
し
0
02年5月1日から5日にかけて,ニューヨーク州のロン
た
場
合,
2 グアイランドにある Cold Spring Harbor Laboratory で Mo GroEL/GroES も ま だ
lecular Chaperone & the Heat ShockResponse と題する2年ごとに
なく,基質タンパク
開催される恒例の会議が行われた。一日だけ雨にみまわれたが,
質専用のシャペロニ
その他は朝夕は肌寒いものの,日中は汗ばむ陽気ですがすがし
ンに適宜改良するこ
い天候であった。昨年のニューヨークでのテロの影響か,参加
とが可能であるとい
者は以前よりは少なめの約3
0
0名(そのうち日本からは3
0名弱参
う点では,大変興味
加)であった。分子シャペロン関連の研究発表が中心になって
深い。同様な部位特
いるものの,目新しいことはタンパク質のミスフォールディン
異的変異導入の実験
28
その機能は完全では
講演会場室の壁にあった Watson の肖像(ごく最近のもの)
で,シングルリング GroEL 変異体(赤道ドメインのリング間に
変異を導入し,シングルリング GroEL を作成したもの)を用い
たものがあった。Lund
(Birmingham 大)
は,
シングルリング GroEL
の 様 々 な 変 異 体 を 作 成 し 調 べ た 結 果,ATPase 活 性 依 存 的 に
GroES が結合したり,離れたりして基質蛋白質をリフォールディ
ングさせることができる変異体があることを示した。一方,わ
れわれは,GroEL の赤道ドメインと中間ドメインに位置する
Cys13
8を Trp に変異させた GroEL C1
3
8W 変異体で,2
5℃では分
子量5万4千以下の様々な基質タンパク質をアピカルドメイン
に結合し,同時に GroES も cis 型で結合した,cis 三重複合体を
形成して停止すること,この複合体は3
7℃では通常のシャペロ
ニンサイクルを回って基質タンパク質を効率よく再生させるこ
裏庭風景
とを明らかにして発表した。このように,シャペロニンの機能
発現に関する研究,特に変異体を用いた機能解析に関しては,
まだまだ多くのおもしろい,それでいて重要な局面を明らかに
吉田さんの口頭発表は,その大議論の2日後,最終日の午前
する可能性が秘められていることを強調したい。
のセッションで行われた。吉田さんのビデオによる視覚的に示
私の発表していた GroEL C1
3
8W 変異体のポスターを食い入る
した結果発表は大変わかりやすく,素晴らしかった。しかし結
ように見ていた Horwich(Yale 大)は,この変異体を称して「cool
局,Horwich は認めなかった。彼の5分間程のコメントの中で,
mutant」と絶賛(?)してくれた。しかしながら,私が「37℃で
自分達が行った実験結果(MDH での再生)では,吉田が言うよ
は通常に機能するが2
5℃では cis 三重複合体ができているので,
うなラグタイムは観測されず,
GFP 特有なものではないかと全面
これはシャペロニンの機能発現機構での新たなステップであ
的に否定した。しかし,聴衆の人たちにとって,ビデオで視覚
り,一分子実験から求めている吉田ら(東工大)の結果と合致
的に見せられた迫力のある結果のすぐ後ではいったいどちらを
する」と言うと,突如興奮して,
「これはあくまで変異体であり
信じるだろうか?最後のセッションが終わった後,Richard Mori-
生物学的には意味がない。また,吉田らの実験結果は間違って
moto(Northwestern 大)が吉田さんのところに来て,
「Wonderful
いる。なぜなら,私はタンパク質工学的に Trp 残基を導入した
data ! 観測している手法が完全に異なっているので結果の食い
MDH を GroEL にトラップさせ,ATP/GroES で再生させたが,吉
違いは当たり前。頑張って」とエールを送っていた。それに対
田らが言う3秒のラグタイムは見られなかった。
」とまくしたて
して「一年以内には決着がつくだろう」と答えていた吉田さん
た。実は私はその日の前に,Horwich からもらったというその
だが,
私には2日前の Horwich との大議論の後に漏らした吉田さ
MDH のリフォールディング蛍光変化のデータを吉田さんから見
んの「これは勝ったな」の言葉が印象的であった。
せてもらっていた。吉田さんによると,この CSHL 会議に来る
Horwich や Hartl(Max Planck Institute)をはじめ多くの人たち
前の3日間,吉田さんは Horwich の自宅に泊まり込みで,吉田
は,GroEL/ES の研究はすでに確立されたものと思っているかも
さんらの実験結果を Horwich に説明して納得させる努力をして
知れないが,まだまだ興味深いところはたくさんあることがお
きていたそうである。
(さすがである。
)そして,吉田さんから
分かりであろう。今後の展開と更なる「おもしろさ」の発見を
見せてもらった Horwich のデータはノイズがあるものの,
よく見
求めて,このシャペロニンの研究分野がますます発展すること
ると反応開始直後の約2秒間程度の不連続なシグナル変化があ
を大いに期待したい。
りそうであった。さらに吉田さんのすごいところは,このデー
タの曲線をすぐに適当なパラメーターによってパソコンで2相
に回帰させ,ゼロタイムのところのラグフェイズが2秒である
Cold Spring Harbor
Laboratory Meeting
に参加して
(part2)
ことを突き止めていた。私は,ポスターの前で Horwich のデー
タは吉田さんからすでに見せてもらったとは言えず,困ったな
と思っていたところに,ちょうど吉田さんが登場してくれて,3
人での大議論となった。吉田さんが,パソコンでシミュレート
小林 妙子 (+森 和俊)
した結果,2秒のラグタイムが Horwich のデータにも見られると
(京都大学ウィルス研究所)
言うと,Horwich は首まで赤くしながらさらに興奮して,「そん
なことはない,うちのポスドクが何度も解析をした,間違いな
い…」と2,30分程,大声で反論し続けた。数メートル離れて遠
ッション2の後半は,伊藤維昭研(京大ウィルス研)で学
巻きに傍観していた周りの人たちにはどう映っただろうか。私
セ
たちの GroEL C138W 変異体からの解析で発見された cis 三重複
クをされている小林妙子さんに解説をお願いしました。伊藤研
合体,吉田さんらの一分子速度論から見える3秒のラグタイム
でのお仕事が Dsb 関連,垣塚研でのお仕事が p9
7
(VCP-1)関連
位を取られ,現在垣塚彰研(京大院・生命科学)でポスド
を pre-cis 三重複合体と帰属する結果は,決して Horwich の提唱
ですので最適の人選と自負しています。以下は小林さんのレ
したシャペロニン機能サイクルの全貌を否定するものではな
ポートです(私のと違ってですます調でないのが報告書らしい
く,新しい一ステップとして捉えることはできないのであろう
と思います)
。
(森 和俊)
か。
T. Rapoport は retro-translocation の initial step と last step を話し
29
は p9
7が直接 poly-Ub に結合することには懐疑的な様子だった;
文責森)
。
また既に hrd1
(膜結合型 E3)
欠損株では CPY* の pulling
がおこらないこと,Ub のドミナントネガティブ変異体を用いて
poly-Ub 化効率を下げると pulling 効率が低下することが報告さ
れている。しかし Ub 化するためには基質がある程度細胞質に露
出している必要があり,Cdc48が最初から pulling を care してい
る訳ではなさそうだ。何がまず基質を「引き出し」あるいは「押
し出し」ているのだろうか?今後の進展が期待される。
さて,
次演者の J. Brodsky のトークも面白かった。同じく retrotranslocation の話だったのだが,一転して Cdc48は必要ないとい
う結論だった。但し,少しトリックがあって,分解に Ub 化が必
要でないという特殊な基質(prepro alpha factor, non-glycosylated
CSHL ミーティングの食事
form mutant)を使っていた。この基質は Cdc48 independent に引
き出され分解される。じゃあ一体何が基質を引きだしているの
た。どちらか一つでも十分に時間をクリアー出来そうなほど濃
か?というと,プロテアソーム,そのうち制御サブユニットで
い内容だった。前半では ER 内での ERAD 基質の認識について
ありシャペロン活性も報告されている1
9S subunit のみで pulling
報告した。ERAD 基質に cholera toxin の A-chain を使い,
microsome
は進行していた。たった一つの基質だけではあるが,このデー
から unfoldase 活性のあるものとして PDI を同定,PDI は還元型
タが正しいとすれば Cdc48は poly-Ub 化される基質,
1
9S は poly-
で A-chain と高い affinity を示し,レドックス依存的なシャペロ
Ub 化されない基質を引き抜くということなのかもしれない(Jeff
ンであることを報告した。以上は既に論文に掲載されている
は ERAD の基質ごとに要求する因子が異なっているのではない
(Cell 10
4,937-94
8,200
1)
。次に in vivo でも Ero1の depletion で
かと主張していた;文責森)
。しかし逆に19S subunit は poly-Ub
PDI と A-chain の affinity が強くなること,Ero1の添加により PDI
を認識するとの論文も出ており,まだ分からないことが多い分
と A-chain を解離させることができることを報告していた。PDI
野であると感じる。
はジスルフィド結合形成酵素として機能することが知られてい
次に L. Ellgaard がカルネキシン,カルレティキュリン(CNT,
るが,酸化酵素としては不活性型の「還元型」が ERAD 基質の
CRT)に共通の P-rich domain の NMR による構造解析を発表し,こ
認識には active というのは面白いと思った。実に無駄なく PDI が
の部分が hair pin 構造をとり,先端に ERp5
7が結合すると(CNT,
機能しているということなのだろうか? Ero1-PDI のサイクル
CRT の)main lectin domain との間に基質を閉じ込める cavity が
は,ERAD 基質を ER 膜へ運ぶことができる(Ero1は膜に強くア
できる。その cavity の性質を構造的,生化学的特徴から議論して
ソシエートしている)ので,もし Ero1が Sec6
1近くに存在してい
いた。
るなら解離がそのまま retro-translocation とカップルし得ると彼
次に J. Bardwell が,大腸菌ペリプラズムのジスルフィド結合形
は議論していたがこれに関するデータはなかった。
後半は ERAD
成・解離システムの話をした。前半では DsbA-DsbB interaction
の後期ステップに関する報告だった。ERAD 基質を ER から cy-
に関して DsbB の各ドメインの形成する S-S が DsbA を理論上酸
tosol へ引き出しているのは AAA ATPase family の Cdc48
(yeast)
化できないほど低いレドックスポテンシャルしか持たない事を
/p97
(mammal)であることを報告した。ご存じの方も多いと思う
取り上げ,現モデルに大きなバツ印をつけ,詳細は poster で発表
14,652-656,2001)に代表される
が Rapoport の報告(Nature 4
するからと切り上げた。
(activate された私(小林)はポスターに
Cdc48と ERAD に関する論文が昨年10月から今年にかけて続々
向かったのだが,今ひとつ納得出来ない内容だった。詳細は J.
と報告され,この世界の競争の厳しさを物語っている。ここで
B. C に in press の論文(J. Regeimbal and J. Bardwell)を参照くだ
注目したいのは,最初にこの関係を公の紙上で報告したのは,
さ い。)次 に ジ ス ル フ ィ ド 還 元(異 性 化)シ ス テ ム で あ る
200
1年の6月に開催された FASEB meeting の meeting review であ
DsbC/DsbD/Trx(NADPH)の in vitro 再構成に成功したという報
9-(9 月 号)
)
,
「Wolf, Hampton, Hitchcock, 全
り(Mol. Cell 8, 49
告,最後に,酸化・還元システムの両立の話をした。ペリプラ
ての speaker が Cdc48とその co-factor の Npl4が ERAD に必要と報
ズムでは DsbA/DsbB による酸化システムと,DsbC/DsbD による
告した」と記されている所かもしれない。この meeting で既に激
還元システム,と同一空間に相反する二つのシステムが存在す
戦の幕はあがっていた様である。さて,Rapoport の発表内容に
るが,どのように区分されているのかは謎である。彼らは還元
戻ると,まずは yeast で,Cdc4
8変異体と,その co-factor である
酵素 DsbC は dimer で機能するが,酸化酵素 DsbA は monomer で
Ufd1,
Npl 4の各変異株では ERAD 基質
(CPY*,
MHC classI heavy
あることに着目し,DsbC の dimer interface に変異(G4
9R)を入
chain)の分解と細胞質への pulling が遅くなっていること,さら
れ強制的に monomer にすると monomer DsbC は DsbB により効率
に mammal でも semi intact cell の系で,pulling には p9
7の ATPase
的に酸化されることを報告した
(by motility assay)
。つまり,DsbC
活性が必要であることを ATPase 活性の低下した変異体を用いて
が酸化酵素となるか還元酵素となるかは oligomer 状態が決めて
示した。次に p97による引き抜きには基質の poly-Ub 化や ATP が
いるようだ。C. Kaiser グループの C. Sevier は ero1- 1変異の sup-
必要であることを示した。これらの結果より,まず基質の Ub 化
pressor として同定した Erv2を話題にした。Erv2は Flavin binding
がおこりその後,Cdc4
8が Ub 化した基質を ATPase 活性を使って
site を持ち酸素の酸化力を使って PDI を再酸化する。彼女は Erv
引き出すのだと考えられる。これは以前の p9
7が poly-Ub(Ub の
2の結晶構造を報告した。Erv2は opposite direction で homo-dimer
数は4個以上)に結合するという論文と一致する(ただし,Tom
を形成するが,その C-terminal tail の伸び方が,お互いの N 末の
30
active site motif(CXXC)付近に伸びているものと,外側を向い
lation of the Stress Response」のトピックスを紹介する。
てるものの二種類があった。C-terminal tail 内には活性に必須な
病気に関連した二つのセッションの中心は神経変性疾患であ
CXC motif が存在するので,CXC motif の S-S が PDI にジスルフィ
る。プリオン病に関するものが4題で,
それ以外はアミロイドー
ドを導入し,CXC motif は FAD と link した CXXC motif に再酸
シス,パーキンソン病,アルツハイマー病,そしてポリグルタ
化されるという仮説を提唱していた。
ミン病に関するものがそれぞれ1ないしは2題発表された。初
――初めてのアメリカ,しかも CSH meeting ! に憧れと期待
日の座長は C. Dobson(Cambridge 大)であった。Dobson は,病
と不安を抱きつつの初参加だった。訪れた CSH は季節も良かっ
気とは関係のない PI3K の SH 3ドメインや大腸菌 HypF 蛋白質の
たのか緑豊かで,リス・ウサギなどの野生動物も多く,早朝の
N 末端が,繊維状の凝集体を形成することを示した。そして,
散歩等はとても気持ちよかった。自分の発表では,昼食後から
この凝集体形成過程で細胞毒性を調べると,凝集体形成初期に
結局夕食前位までふらふらと poster 会場に滞在し続け,お陰で
非常に強い細胞毒性を認め,繊維状になった凝集体は細胞毒性
ぐっと疲れてしまった。しかし得たものは大きく,中でも今ま
が低いことを示した。この実験は,培養細胞に凝集体を添加し
で論文と名前しか知らなかった同業者と直接話せたのは嬉し
たものであるが,凝集体は細胞内に入って毒性を発揮するらし
かった。論文では得られない細かい情報を得ることができるし,
い。このデータから,彼らは一般に蛋白凝集体を形成する病気
社交辞令かもしれないけれど自分の仕事を誉めてもらえると今
は共通の毒性の機構があること,病気の治療には凝集体の抑制
後の活力になる。ただ夜の Bar に一度も行けなかったのが心残り
が重要であることを再確認している。内容の詳細は,Nature の
ではある。次回,もし参加できる機会があれば,夜まで持つよ
16:507-5112
,0
02)。
articles に紹介されている(Nature4
うな体力と,そしてもちろん英語力と,できればレンタカー(遠
細胞内封入体を形成して類似の病態を示す神経変性疾患とし
い宿舎に当たった場合にものすごく便利)を装備して挑みたい。
ては,病的な長さのグルタミン蛋白質の凝集による一群のポリ
最後に学会期間中から何かとお世話になりました森和俊さんに
グルタミン病と -synuclein の変異により Lewy 小体と呼ばれる
深く感謝いたします。
封入体を形成するパーキンソン病があげられる。また,明らか
な封入体は形成しないが tau の変異によって神経原繊維変化を
きたすアルツハイマー病もまた蛋白質の構造異常を起因とする
Cold Spring Harbor
Laboratory Meeting
に参加して
(part3)
疾患といえる。これらの疾患の修飾因子を見つけるためにショ
ウジョウバエのモデルが作成されている。N. Bonini
(Pennsylvania
大)は病的な長さのポリグルタミン蛋白質をショウジョウバエ
の目に発現させることで rough eye phenotype を認めた。この系
で,Hsp7
0を高発現させると表現型が改善し,ATPase 活性を持た
中井 彰
ない変異 Hsp7
0を高発現すると表現型はより増悪することを示
(山口大学大学院医学研究科生体シグナル解析医学講座)
した。Hsp40を同時に発現させるとより表現型の改善が認められ
ることから,この病気に対してシャペロン治療が有効であろう
0
02年5月1日から5日まで開催された「Molecular Chaper-
2 ones & Heat Shock Response」のミーティングに参加した。今
と主張していた。Hsp7
0高発現マウスがポリグルタミン病の病態
回は,Dr. E. Craig, Dr. C. Gross, そして Dr. A. Horwich がオーガナ
効果があることは間違いないであろう。Bonini はさらに,変異
イザーで,セッションは従来どおりの構成で口演は7セッショ
-synuclein をショウジョウバエ神経細胞に発現させたパーキン
ンからなっていた。それぞれのセッションのタイトルは,2
00
0
ソン病モデルを作成して,シャペロンがポリグルタミン病モデ
年のこのミーティングとほぼ同じであった。今回,私の研究室
ルに対するのと同じ効果をもつことを示した。シャペロン治療
進行を遅延させることがすでに報告されており,病気に対して
の研究内容との関連から,初日と3日目の午前中に行われた
がいかに効果的かを見せつけられた感じであった。注意すべき
「Disease of Protein Folding」と「Chaperone Function in Disease and
は,Bonini が,Hsp70あるいは Hsp40を単独で高コピー導入する
Development」をまとめることと,3日目の夜に行われた「Regu-
とそれ自身で細胞毒性を持つと言っていた点である。治療を考
える際には,この点を認識することが必要であろう。M. Feany
(Brigham and Women' s Hospital)は,やはり変異 -synuclein と変
異 tau を発現させたモデルを作成して,表現型の修飾因子をスク
リーニングしていた。キナーゼやフォスファターゼが多くとら
れているようであった。これらの修飾因子に重なりがあるかを
調べていたが,調べた限りでは重なりがないということで,細
胞毒性にそれぞれの系路があることを示唆していた。シャペロ
ンのことはあまりふれていなかった。これは膨大な仕事であり,
最終的な結論を導くまでには時間がかかるように感じられた。
プリオン病に関しては,複数の研究室から発表があったが,
それぞれ使っているプリオン蛋白質の系が異なっている。全体
を通じて言えることは,シャペロンが異常プリオン蛋白質の維
持と伝播に深く関わっていることであろう。それそれどのよう
ミーティングの合間に(左から和田,由良,中井(彰)
,Arrifuzamann(奈良先端・森研)
)
な点に焦点を絞っているかを概説してみる。A. Cashikar
(S. Lind31
quist 研,
Whitehead In-
あった。いずれも HSF1を bait として酵母ツーハイブリッド法を
stitute)は Hsp10
4の機
用いてアプローチしたものである。Dr. K. Sarge(Kentucky)は,
能発現における分子
SUMO 化の修飾が三量体形成に必要であると主張していた。Dr.
内相互作用について
Voellmy(Miami)はアポトーシスに関わる DAXX と呼ばれる蛋
紹介した。J. Johnson
白質が応答に重要であることを示していた。いずれも,信頼で
(E. Craig 研,
きるデータがそろうまでにはもう少し時間が必要であろう。む
Wisconsin 大)は異常
しろ Dr. D. Thiele(Michigan)の研究室がポスターで示していた
プリオンの維持に
ように,HSF1のシステインの修飾が何らかの制御に関わってい
Hsp7
0-Hsp4
0の 共 同
るという方が理解できる。私の研究室は,進化の過程でトリと
作用が必要であるこ
ヒトの HSF1の N 末端のわずかなアミノ酸の違が生じたこと,そ
とを示し,Dr. K Allen
の結果トリでは熱ショック応答をメディエートする機能は失っ
(Georgia Institute of
たが,熱ショック蛋白質の発現と関係なく細胞生存因子として
Technology)はさらに
働くという新しく見いだした機能は保持していることをポス
ユビキチンシステム
ターにて示した。いずれにしても今回,HSF2の研究で思いがけ
も重要であることを
なく競合した発表を聞いてうれしくなった。
示 し た。Dr. D. Masi-
今回のミーティングの期間は,二日目を除いて晴天に恵まれ,
son(NIH)も Hsp10
4
余暇の時間を気持ちよく過ごすことができた。日本からの参加
森(正敬)研の親泊政一さん
と Hsp7
0の関わりを示していた。
者で口演を行ったのは,吉田さん(東工大)
,森さん(京大)
,
病気に関わる二つのセッションでは,その他に P. Bross(Den-
今井さん(都臨研)
,親泊さん(熊大)で,どの発表も非常に立
mark)らによって Hsp60の変異が遺伝性神経疾患の原因遺伝子ら
派なものであった。アブストラクトの裏表紙には1
9
91年のオー
しいことが報告された。また,糖尿病の発症に小胞体ストレス
ガナイザーの写真が掲載されていたが,由良さんを含めて1
0年
が重要であることが多く示されているが,親泊さん(熊本大,
の歴史を感じさせた。それにしても由良さんは,今回もはじめ
森正敬研)が糖尿病自然発症秋田マウスでは CHOP 欠損により膵
から最後まで出席しておられ感服する思いであった。
臓ランゲルハンス細胞死が抑制されて発症が遅延することが示
された。以上,二つのセッションを通じて感じたことは,シャ
ペロンの研究もこれらの病気の治療に結びつかなければ,潮は
近いうちに引いてゆくであろうということである。治療に向け
た大きなブレイクスルーを望みたい。
次に,
「Regulation of the Stress Response」のセッションである
蛋白質科学会シンポジウム
「エネルギー変換マシーンの
作動原理」
(part1)
が,個人的には今回久しぶりに盛り上がった。R. Morimoto を座
長として構成されていたが,前半が熱ショック転写因子を中心
奥野 貴士
とした熱ショック応答の分子機構と生理機能で,後半が応答を
(熊本大学発生医学研究センター胚形成部門)
理論的にどう理解するかということのようであった。後半は,
ほとんど頭に入らなかったのでここでは省略させていただく。
0
02年6月13日から15日にかけて,第二回日本蛋白質科学
HSF1ノックアウトマウスの表現型としては,
これまでに I. Benja-
2 会年会が名古屋国際会議場にて開催されたので報告する。
min らによって,体重増加不良,胎盤形成不全,卵成熟異常が報
昨年発足した日本蛋白質科学会であるが,いくつかの組織が融
告されている。今回,三つのグループが HSF2ノックアウトマウ
合してできた背景から,蛋白質の構造,機能そして計算など各
スの表現型を紹介した。N. Mivechi(Georgia)は,embryonic lethal
分野をリードする研究者が議論や情報交換を行う事の出来る学
で頭に奇形があることを示した。E. Christians(Benjamin 研)は,
会である。第2回年会では構造ゲノム科学,蛋白質科学の新展
HSF2単独欠損は表現型がないここと,HSF1との両欠損により精
開をテーマにした3件のシンポジウムとパネルディスカッショ
子 形 成 異 常 と 卵 成 熟 の 著 明 な 異 常 を 見 い だ し た。V. Mezger
ンと8件のワークショップ,3
54件のポスターの発表があった。
(Paris)は脳室の異常,精子形成異常,卵成熟異常を見いだして
第1回大会は残念ながら参加する事ができず今回初めて参加さ
いる。それぞれのマウスの表現型が異なることは非常に重要な
せていただきましたが,蛋白質研究を正面から取り組むアク
意味を持っていると思われる。Mivechi は,HSF1欠損マウスにお
ティブな学会という印象を持って参加した。現在,世界的な構
いても脳の異常を見いだしており,ここでもマウスにより表現
造ゲノムのプロジェクトにおいて,日本は3
00
0個の蛋白質構造
型が異なる。いずれにしても HSF1と HSF2は相補的で,脳や生
の決定を目標とする「タンパク3
0
0
0」と呼ばれるプロジェクト
殖器の発生過程で重要な役割を演じているようである。今回,
を展開している。大会初日,シンポジウムとそれにつづくパネ
大まかな HSF 欠損マウスの表現型がでたとことで,今後はその
ルディスカッションでは,今後の日本の構造ゲノム科学の方向
分子機構の解析が求められることになる。
性,課題などについて一日をかけて討論されたことからも,ポ
HSF1の活性化を制御する分子機構については,分子シャペロ
ストゲノムにおける蛋白質構造と蛋白質機能研究への重要性,
ンによるネガティブフィードバック機構以外,決定的なものが
注目が伺える。大会初日のシンポジウム,
パネルディスカッショ
ない。ほとんどの研究室で何らかのアプローチがなされている
ンの後,開かれたポスターセッションが盛況であった事は述べ
がこれといったものがでてこない。今回も,口演で二題発表が
るまでも無い。また,一つの演題に対し構造,機能,計算等の
32
の解離のサイクルに伴った構造変化が,かなりダイレクトに回
転の運動に変換されるらしい。両者のエネルギー変換の効率の
異なる点が,実際の一分子観測の印象の違いとして比較できた
のはおもしろい。効率の点で比較すると,
京大の植田さんの ABC
トランスポーターなどは効率の良い変換が機能に求められる印
象を受けた。膜タンパク質の細胞外に出たドメインの開閉の動
きが基質をとらえ,細胞内に運ぶカギとなるモデルを考えてお
られる。開閉の動きは ATP や ADP の結合によって制御されてい
ると考えられ,構造変化が直接基質の輸送に働くようである。
このトランスポートのモデルがポンプ,チャンネル,レギュレ
ターなどの多様な機能を持つ ABC トランスポーターの共通性を
解くカギになるか興味深い。
会場となった名古屋国際会議場
本間さんは,べん毛の電荷駆動型モーターのエネルギー変換
マシーンの本質とも言えるエンジンの部分を大胆に改造するお
様々な分野から質問などで,思わぬ方向に議論が進み興味深い
話であった。ガソリンを燃料として走るポルシェに,ジェット
討論が多かった。
機のエンジンをつけたら…。H +駆動のモーターと Na +駆動モー
今回,ワークショップとして小椋さん,野地さんのオーガナ
ターのエネルギー変換効率は?など,べん毛モーターが複合体
イズのもと「エネルギー変換マシーンの作動原理」というタイ
のマシーンであることを見事に利用した巧妙な実験を展開され
トルでワークショップが開かれた。午後のセッションの約3時
ていた。今後の研究の進展に目を離す事の出来ないお話だった。
間という間に,実に7種類のエネルギー変換マシーンが登場す
後半の3件のマシーンの共通のダイナミックスとして,マ
る。マシーンは,岡田さん(東大)の歩く単頭キネシンモーター
シーンが比較的低分子のタンパク質に結合し,相手のタンパク
(KIF1A),野地さん(東大)の回る F1モーター,本間さん(名
質の状態を変えたり,膜間を輸送するタンパク質が並んだ。
大)の細菌のべん毛モーター,植田さん(京大)のポンプとし
熊本大の小椋さんは大腸菌由来 FtsH プロテアーゼの結晶構造
て働く ABC タンパク質,小椋さん(熊本大)のタンパク質を分
解析と生化学的な知見から,アンフォールドしたタンパク質を
解する AAA タンパク質,田口さん(東工大)のシャペロニン,
加水分解サイトに送り込むためのカギとなるアミノ酸残基を基
森さん
(京大)の膜透過駆動モーター SecA と生体内のエネルギー
にした,モデルのお話をされた。一方,偶然にも翌日のシンポ
変換マシーンのオンパレードであった。今回登場するマシーン
ジウムでは生物分子工学研/東工大の丹羽さんが好熱菌の FtsH
だけでも7種類,実に様々なエネルギー変換マシーンを生物は
プロテアーゼの結晶構造を初めて発表された。今後,構造解析
利用しているものだと感心する。生物がエネルギーを仕事に変
の結果を基にプロテアーゼの反応機構の研究が大きく進む事は
換する際にそのメカニズムはすべて異なるのだろうか?7種類
間違い無い。京大の森さんのお話しされたタンパク質膜透過駆
ものマシーンの話が一度に聴ける機会,共通性や異なる点など
動モーター SecA ATPase の動きは本当に信じがたい。
(決して
が見えてくる事を期待しワークショップに臨んだ。
疑っているわけで無く,純粋に驚く)ATP が SecA に結合すると
人間が作るマシーンの多くは,燃料を燃焼させピストンを動
輸送すべきタンパク質と複合体を作り,SecYEG 膜透過チャンネ
かし回転の運動に換える「エンジン」を利用する事が多く共通
ルに突っ込む。そして ATP の加水分解を伴い輸送すべきタンパ
のユニットを持つ。エンジンにより得られた動きを,
他のユニッ
ク質をチャンネルに残したまま,SecA だけが脱離する。第一印
トと組み合わせる事で,回したり,引っ張ったり,持ち上げる
象としては,かなり力任せな運動で膜透過を行うタンパク質で,
などの運動に変換する。もちろんマクロな話で,ミクロのタン
きっと非効率的な運
パク質の動きに当てはめる事は少し見当違いと思うが,ミクロ
動で膜透過をしてい
のエネルギー変換マシーンには何か共通点があるのだろう
るのだろうと思って
か? 東大の岡田さんは,一分子イメージングと X- 線結晶構造
いました。
しかし森さ
解析から単頭キネシンモーターがブラウン運動からレールの上
んのお話が進むにつ
を走行する運動を引き出すメカニズムを話された。講演では一
れ,チ ャ ン ネ ル の
分子観測の動画を見せて頂いたが,キネシンモーターがピョコ
SecY と SecA の 相 互
ピョコと千鳥足?で動いているのを実際にみると,エネルギー
作用がタンパク質の
変換機構とかの難しい事を考えずに純粋に画面に見入ってしま
膜透過に重要である
う。本当におもしろい観測手段である。一方,同じ一分子観測
など,
実はかなり制御
でも東大の野地さんの F1モーターは非常に機械的に効率良く,
された反応であり
クルクルと回る印象を受けた。この印象は的を射ていないわけ
SecA のダイナミック
では無く,岡田さんのキネシンモーターは,ATP 結合,ADP へ
スは印象深かった。
森
の加水分解,ADP の解離のサイクルによって起きるモータータ
さんの ATP 結合型と
ンパク質の構造変化が,モータータンパク質とレールの間のブ
ATP の加水分解後で
ラウン運動にバイアスをかけて進むモーターであるのに対し,
タンパク質との親和
野地さんの F1モーターは ATP 結合,ADP への加水分解,ADP
力が変化する点は,
東
オーガナイザーの小椋さん。
『ATPase としてのシャペロ
ン』のゲストエディターでもあった。
33
工大の田口さんの GroEL シャペロニンのお話と共通する点があ
発表題目は以下のとおりである。
る。田口さんは,いままでのシャペロニンの反応機構の疑問点
を上げ,それら問題に対し一分子観測を詳細に解析する事で新
たな中間体を提案されていた。
1:単頭キネシン KIF1A は,ナノスケールではたらくマクス
ウェルの悪魔である。
さて,7種類のマシーンのお話から何が見えてきたのか?いく
つかの ATPase マシーンでは ATP の結合,加水分解,解離に伴っ
東大・院医・細胞生物:岡田康志さん
2:F1モーター1分子を見て・触ってわかったこと
た構造変化がカギとして見えてきている。疑問は,まだそうし
東大・生産研:野地博行 た構造変化が見えていないマシーンでも構造変化がカギとなる
3:イオンフラックスを回転運動に変換する細菌のべん毛
のか?もしそうであるならば ATPase のエンジンを共通のメカニ
ズムで説明できる日がくるかも知れない。また,どの反応でも
モーター
4:ABC タンパク質の生理的役割と作用機構
例外が見つかるものであるが,このカギが本当に共通のメカニ
ズムなるのであろうか? ATP 結合状態と構造変化がカギとなる
京大・院農・応用生命:植田和光さん
5:AAA タンパク質の多彩な細胞機能の分子基盤
基本的な概念が,
「酵素が遷移状態エネルギーを下げて選択的に
反応を触媒する」に匹敵するほどの共通的な概念として確立さ
名大・院理・生命理学:本間道夫さん
熊本大・発生研・細胞複製:小椋光さん
6:シャペロニンはどのように ATP を利用するか?
れていくのか,どうなのだろうか? さらに本間さんの電荷駆
東工大・資源研:田口英樹さん
動型モーターは ATPase 型のモーターのカギとなる構造変化と共
7:タンパク質透過駆動モーター SecA ATPase の機能とその
通する物は存在するのか?などまだまだ明らかにされていない
制御
京大・ウイルス研:森 博幸さん
点はたくさんある。
それぞれのエネルギー変換マシーンの研究の段階,手法は異
一番目の岡田さんの話題は,分子モーターの常識をひっくり
なり一概には言えないが,構造から機能を説明する事の出来る
返した単頭キネシンのに関するものである。通常のミオシンや
まさに構造ゲノムをリードする分野にあると感じた。
キネシンは二つのモーターヘッドを持っており,人間の両足の
最後に,このワークショップに参加し思った事を。一分子測
ように交互にレールタンパク質と結合・解離を繰り返すことで
定などで動画が上映されると,会場は静寂に包まれ,分子の一
1方向の運動を行なう。そのようなモデルによれば,
一個のモー
挙動も見のがさない雰囲気になる。たしかに一分子の動きの観
ターヘッド(単頭)では,直ぐにレールタンパク質から遊離し
測は今まで観る事が出来なかったタンパク質の動きを観測でき
てしまい,運動にならない。しかし,岡田さんが研究している
る優れた手法である。動画にも見とれてしまう。私は,そうし
KIF1A というキネシンは,
レールタンパク質とゆるく結合する特
た技術を持っていなく焦れったい気持ちを日々持っているが,
別なループを持っているため,解離せずに単頭で運動を行なう。
動画ではなく,きれいなスペクトル変化の図を示し,あの静寂
その運動特性の解析から,
KIF1A の運動のほとんどはブラウン運
を体感できればと思いつつ…。
動によるものらしく,
ATP 加水分解によるエネルギーはブラウン
運動にバイアスをかけることに使われるらしい(岡田さんの言
葉を借りれば「整流」
)
。今回,個人的には最も聞きたい話だっ
蛋白質科学会シンポジウム
「エネルギー変換マシーンの
作動原理」
(part2)
たのだが,自分の PC トラブルで落ち着いて聴くことが出来な
かった。残念。
二番手は私(野地)で,ATP 合成酵素の F1モーターの話をし
た。
KIF1A とちがってブラブラせずにカッチリ動くモーターであ
る。昨年我々のグループが行なった F1モーターの無負荷条件で
野地 博行
(東京大学生産技術研究所)
の高速回転の解析と,
イギリスのグループ
による結晶解析の話
は,ATP 合成酵素のエネルギー変換原理に関する研究をし
私 ているが,時々「この酵素のメカニズムって,他のタンパ
を し た。ど ち ら も,
ク質にも当てはまるものなのかなぁ?それとも,独自のものな
全く見つかっていな
のかなぁ?」と疑問に思うことがある。しかし,日々の忙しさ
かった反応中間体に
にかまけて,他のタンパク質の研究について特に勉強すること
かかわるものである。
もなく,この疑問をほったらかしていた。そんなところに,小
これを踏まえて,F1
椋さんから,蛋白質科学会で「エネルギー変換マシーンの作動
モーターのモデルを
原理」というタイトルのワークショップを開くので,それを手
発 表 し た。ま た,磁
これまでの研究では
伝って欲しいと誘われた。これは,ATP や電気化学ポテンシャ
気ピンセットを用い
ルなどを利用して仕事をするタンパク質に関する企画である。
た一分子操作による
もしかすると,私のボンヤリとした問題意識を解消させる第一
実験も簡単に触れた。
歩になるかもしれない。そう思って,喜んでお手伝いすること
外力で不活性化した
にした。分子モーターの専門家に加えて,ATP を利用するタン
酵素を活性化すると
パク質の専門家の方をお誘いすることになった。当日の演者と
いう前代未聞の話は
34
オーガナイザーの野地さん。日本−チュニジア戦という強
力なライバルがあったが,影響はそれほどなかった。
もっとうけるかと期待していたが,あまりうけなかったようだ。
無線通信が役立つのをはじめてみた。それはともかく,田口さ
これまた残念(発表が良くなかったのか?)
。
んは早稲田の船津研究室と共同で,
GroEL や ES, そして基質タン
三番手の本間さんからは,べん毛モーターに関する話題を提
パク質を蛍光標識して,その挙動を1分子単位でモニターして
供していただいた。本間研では,プロトンではなくナトリウム
いる。その結果,F1モーター同様に重要な反応中間体の存在が
イオンによって駆動するべん毛の研究をされている。これとプ
明らかになってきた。それに基づいて田口さんが提唱している
ロトン駆動型のべん毛モーターと間でキメラを作成し,プロト
モデルは,シャペロン界の大御所である H 氏のモデルの改訂を
ンで回るのかそれともナトリウムで回るのかを観察すること
迫るものであり,H 氏によって激しく反対されているらしい。
で,
イオン選択にかかわる部位の同定を試みている。実際のデー
彼を説得するべく補強された1分子観察と生化学アッセイの
タは複雑で,今のところハッキリとした場所はわからないよう
データは豊富で,特に基質タンパク質を加えて行った GroEL の
であったが,これはべん毛モーターの作動原理に直結するテー
ATPase の速度論的解析に説得力を感じた。さすがにこれなら H
マである。プロトン駆動型のモーター(ATP 合成酵素の Fo)の
氏も納得? 以上のように,話題はカラフルで,はじめに想定
研究を目指している者としては,今後の進展に目が離せない。
していた総合討論の時間が無くなってしまった。
(これは座長の
4番目の植田さんからは,ABC トランスポーターのメカニズ
責任ですね,すみません。
)一見,各タンパク質の作動原理に関
ムに関する話をしていただいた。このトランスポーターの生理
するワークショップであったが,実はその発表の端々に共通
的な役割は非常に多岐にわたっており,それだけでも十分面白
キーワードがちりばめられていた。例えば,
「スイッチ2領域」。
そうである。今回は,特にメカニズムに絞って話をしていただ
これは,G タンパク質の構造中で GTP 依存的に構造変化するこ
いた。そのメカニズムもある程度バリエーションがあるようだ。
とが知られている場所である。これに対応する部分は,ミオシ
ABC トランスポーターは,細胞外に突き出した ATP を加水分解
ン・キネシンでも力発生に重要だと知られている。F1モーター
するドメイン(もしくはサブユニット)が2つある。その開閉
も,対応するループが回転子 との接触部位である。FtsH でも,
によって基質を運ぶモデルが紹介された。これは,洗濯バサミ
AAA タンパクを特徴付ける SRH 領域が相当する部分にあり,オ
みたいに動くらしい。それなら1分子で見れるかな?しかし,
リゴマー間の界面に存在している。ABC トランスポーターの場
その ATP 加水分解ドメインの間の ATP 結合に関する協同性を
合は,どうなのであろうか?質問を最後のために温存していた
とっても,有るものと無いものもあるようだ。
ら,し損ねてしまった。また,
「ATP の結合」も共通するキー
5番目の小椋さんからは,AAA(トリプル A)タンパク質に
ワードかもしれない。F1モーターにおいては主なトルク発生ス
関する話をしていただいた。これも種類がとても多く,生理的
テップであり,
GroEL においても基質タンパク質の閉じ込めのト
な機能を説明するだけでも2
0分は足り無いだろう。今回は,プ
リガーである。加水分解反応そのものは,この二つのタンパク
ロセッシブプロテアーゼである FtsH に関する研究が中心であっ
質にとって反応をリセットすることで反応の繰り返しを可能に
た。分子生物学・生化学・X 線構造解析と,骨太な研究をされ
すると考えられている。個人的な考えであるが,FtsH や ABC ト
ているのが印象的であった。興味深かったのは,FtsH の ATP 加
ランスポーターや SecA にとっても,ATP 結合だけで反応一回分
水分解ドメインのオリゴマーリング中心にある孔を,ペプチド
は起きているかもしれないと思っている。そのあたりのことも
が通過する話である。提唱されたモデルによれば,アミノ酸の
議論してみたかった。また,
一見関係の無い KIF1A とべん毛モー
「側鎖」の動きでポリペプチドを輸送するらしい。私は大きな構
ターであるが,両方ともブラウン運動をうまく利用して一方向
造変化ばかりに注目しているので,側鎖程度の動きで大きな仕
の運動を行なっている。その運動特性やエネルギーの利用方法
事をするとは考えにくいが,本当ならとても面白い話である。
は,他のエネルギー変換装置の作動原理を考える際の参考にな
6番目は,タンパク質膜透過装置である SecA を研究されてい
るはずである。その
る森さんである。実は7番手だったのですが,当初6番手だっ
他にも共通のキー
た田口さんのマックがプロジェクターとコネクターの形状が合
ワードがあったに違
わずに接続できなかったため,急きょ6番手として発表してい
いない。一見何の関
ただいた。突然の登板だったにもかかわらず,
落ち着いて SecA の
連も無いようなタン
ATPase 活性の制御機構を丁寧に説明されていた。SecA は,基質
パク質の話の中か
を膜透過チャンネルである SecYEG にリクルートし,
ATP 加水分
ら,エネルギー変換
解のエネルギーを用いて基質タンパク質を膜内部に挿入する。
装置としての共通の
その ATP 加水分解活性は,SecYEG との結合で促進される。そ
原理と,多様性が浮
の際の相互作用の部位を,SecY 変異体と SecA のサプレッサー変
き彫りになってくる
異体の解析から議論されていた。また,SecA 自身の C 末端ドメ
と期待したい。個人
インも,制御部位らしい。SecA は,それ自身も ATP 加水分解に
的には,大きな刺激
ともなって膜内部に挿入するという噂があったが,森さんいわ
を受けることが出来
く「チャンネルの大きさからすると,考えにくい」とのこと。
た。日本 vs チュニジ
なるほど,噂を鵜呑みにしてはいけない。もう少し,様子を見
ア戦と重なった時間
るか。
にわざわざ会場に来
最後7番手は,田口さんによるシャペロニンの話である。プ
ていただいた方々に
ロジェクターとの接続は諦めて,本間さんのマックに無線通信
も,今 回 の ワ ー ク
でデータを移植し,それを使うことでトラブルを凌いでいた。
ショップを聞いて何
本シンポジウムと並行して ATPase 特集が掲載された蛋白
質核酸酵素7月号(共立出版)
。もちろんいずれも,出発点
は本誌9号別冊の特別企画『ATPase としてのシャペロン』
である。
35
か感じてもらえていたら嬉しいのですが…。
の接続に手間取り,学会の運営組織が用意してくれた専門ス
今回の内容と趣旨を同じくした特集が,共立出版の雑誌「蛋
タッフのおかげで何とか発表が出来ました。私以外でもトラブ
白質・核酸・酵素」の7月号に掲載されています。メンバーが
ルがあちらこちらで起きているらしく,携帯で連絡しあう彼ら
多少変わっていますが,参考になると思います。特に,今回の
は,控え室からひっきりなしにスクランブル発進していました。
ワークショップにスケジュールの関係で参加できなかった柳田
普通の学会でこのようなスタッフを用意することは稀だと思い
さんと須藤さんによるミオシンの記事と,著者と編者による「Q
ますが,彼らに救われた発表者は私だけでは無さそうです。こ
& A」は「一見の価値あり」です。
(余談)今回は全員が PC に
のようなきめ細かい配慮をしていただいた運営組織に感謝いた
よる発表を行ないました。中でも,私が一番プロジェクターと
します。
ノースウェスタン大学 Rick
Morimoto 研究室
る。Northwestern 大学は1
8
51年に創立した歴史の深い大学で,昨
年創立15
0周年を迎えた。Northwestern 大学のある街,Evanston
は大学を中心とした大学町であり,町の名前も Northwester 大学
の創始者 John Evans の町という意味の Evans town が語源となっ
松本 弦
(Northwestern University)
ているらしい。
Northwestern 大学のキャンパスはミシガン湖のほとりにあり,
夏冬問わず湖沿いの遊歩道を,学生だけでなくかなり年輩の人
ア
メリカ中西部の大都市シカゴから車で北へ3
0分ほどの閑
達や,赤ちゃんをストローラーにのせたお母さんまでもがジョ
静な大学町に Morimoto Lab のある Northwestern 大学はあ
ギングしている。夏には,大学のプライベートビーチがオープ
AI は本物の羊の夢を見るか?
遠藤斗志也
目の前にいま息絶えたばかりの男の死体が転がっている。弾は頭
部を貫通し,後ろの壁を血に染めている。自分の手に握られたポラ
ロイド写真。そこには床の上の男の上半身が写っている。どうやら
この男を撃ったのは自分のようだ。しかしなぜ?いったいこれは正
当な殺人だったのか?
* * * * * * * *
『メメント』は,クロノ
ロジカルにはラストに位
置する殺人シーンがオー
プニングとなっている。
そして数分のエピソード
が時間軸を遡って次々に
展開され,やがて自らの
殺人の謎が解き明かされ
『メメント』
ていく。時間軸を逆行す
るプロットと言えば,最近では『ペパーミントキャンディ』という
傑作があったが,『メメント』の構成は遥かに複雑である。たとえ
ば時間を逆行するエピソードのシーケンスに,保険会社の調査員時
代の事件を主人公レナードが語るシーンが,過去のある一点のエピ
ソードとして織込まれている。このシーンは,逆行するエピソード
と時間軸のどのあたりで交差するのか?
ところでレナードは,「anterograde memory dysfunction」
(前向性
健忘)とよばれる記憶障害に陥っている。記憶は「獲得」(覚える
36
こと)
,
「保持」
(覚えていること),
「再生」
(思い出すこと)の三つ
に分けられ,それらを支配する脳の部位も異なる。したがって脳に
支障が生じて記憶に影響が現れるときは,その脳の部位に応じた記
憶障害が生じることになる。たとえば過去の記憶が消えてしまう,
いわゆる記憶喪失は「逆行性健忘」とよばれ,「再生」に関わる部
位の障害である。
「保持」ができなければ痴呆になり,
「獲得」に関
わる海馬に損傷を受けると前向性健忘になる。外界から入ってくる
感覚情報は,大脳皮質で処理された後,
「古い脳」海馬に送られる。
海馬ではこれらの情報を一時的に統合した後,取捨選択し,記憶す
べき必要な情報だけを LTP(長期増強)という仕組みで選択する。
これが短期記憶で,これらはやがて「新しい脳」である大脳新皮質
に送られ,長期記憶として蓄えられる。海馬あるいは海馬への入力
経路が機能しなければ,外界の情報は選別されることなく,一括破
棄されてしまう。情報が海馬にとどまる時間は数分のオーダーであ
り,したがって海馬の機能に損傷を持つ患者はほんの数分の「過去」
を保持することができなくなってしまうのである。興味深いこと
に,海馬が機能停止しても大脳新皮質に蓄えられた長期記憶の「再
生」には影響がないから,障害を受ける前の記憶は思い出すことが
できる。したがって会話は正常だし,ものごとの判断力や喜怒哀楽
などの感情さえも,その場限りにおいては正常である。
レナードはいつも少ししか食べない。食べたかどうか分からなく
なるからだ。会った人の顔はポラロイド写真に撮っておく。何の目
的で何をしようとしているかが分からなくならないように,常にメ
モをとる。しかし他人の書いたメモには注意する必要がある。
ひょっとして何か悪意があるかもしれない。とても重要なことは紙
切れに書くよりも,自分の身体に書くほうが確実だ。タトゥーにす
れば絶対になくさない。
レナードの記憶は,家に侵入した男達に妻をレイプされ,目の前
で殺されたところで途絶えている。彼の胸には「奴を見つけて殺せ」
まかれるため,車は普通のタイヤで走ることができるし,建物
中は必要以上に暑いので,冬の寒さを気にする機会は少ない。
ラボの中は,文字通り2
4時間36
5日エアーコンディショニングさ
れており,一年中同じ格好で実験ができる。
Morimoto 研はキャンパスのなかでももっともミシガン湖に近
い建物(Cook Hall)の3階にあり,リックのオフィスからはミ
シガン湖の水平線が一望できる。同じフロアーには5つのラボ
が入っているが,Morimoto 研はフロアーの3分の1をしめてい
る。ラボの構成は現在,ポスドク7人,大学院生7人,学部生
7人とテクニシャン2人,リサーチコーディネーター1人とい
う大規模なラボで,男女比はほぼ1 : 1である。さらには数ヶ月
単位でくる Visiting scholar も年に数人やってきたりと,出入りが
The Morimoto Lab のメンバー
激しい。アメリカはもとより,イスラエル,中国,インド,ポ
ルトガル,オランダ,カナダ,韓国,フィンランド,フランス,
ンし,きれいに整備された砂浜でみんな日光浴したり,湖水浴
日本と国籍も様々な多国籍ラボである。リック自身は,日系3
を楽しんでいる。ミシガン湖は日本の四国がすっぽり入ってし
世のアメリカ人だが,genotype は1
00%日本人で,仏教徒でもあ
まう程大きいので,もちろん対岸は見えず,目の前には水平線
るが,日本語はほとんど話せない。たまに私に電話がかかって
が広がる。緯度的には,旭川とほぼ同じで,内陸とはいえすぐ
くると「げんさん,でんわ,もしもし」と言ってつないでくれ
近くに大きな水源があるため夏は多湿である。春と秋に相当す
る。リックは気になった論文は全てコピーして,ポスドク,院
る期間は非常に短く,すぐに夏から冬に変わってしまう。冬は
生それぞれのテーマに合わせて配ってくれるのだが,その時に
ミシガン湖から来る強い風で体感温度は−2
0℃にも達する。し
は,
「げんさん,あたま,へった」と意味不明な日本語とともに
かし,主な道路は完全に除雪され,不凍剤が惜しげも無くばら
手渡してくれる。
「ジョン・G が俺の妻をレイプし殺した」といった字句が彫られて
いる。時間軸を失い,自分が残したメモと刺青だけを頼りに生き続
けるレナードの目的は,妻を殺され,記憶を奪われたことに対する
復讐である。
「ジョン・G」というイニシャルを唯一の手がかりとし
て。そして果たして,彼の復讐は成功したのか?
数分のエピソードというタイムウィンドウはレナードの記憶持
続時間にほぼ等しい。したがって観る側は,前向性健忘患者である
主人公の障害をあたかも疑似体験しながら,彼が行った殺人の真実
へと迫っていくのである。このあたりがイギリス出身の新鋭監督ク
リストファー・ノーランの巧みなところである。
* * * * * * * *
さて,
「時間を知らない俺がどうやって癒される?」──この切
実な問いが示すように,レナードは常に,自分の存在に絶えられな
い不安を覚えている。記憶が次々に消えていってしまうため,時間
の順行性を実感できず,自己同一性そのものが揺らいでしまうので
ある。脳科学が分子レベルで進みつつあるが,
「自己」と「他者」
といった私たちの意識の根幹にどのていど迫れるのかは疑問であ
る。たとえば,コンピュータがどんどん進歩していったとして,私
たちと同じような「自己」という意識を持つことはあるのだろう
か?『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』
(『ブレードランナー』
の原作)とは秀逸な SF のタイトルだが,それを真似れば,
「AI(人
工知能)は本物の羊の夢を見るか?」というわけである。
『AI』で,オスメント君演じるロボット少年デイビッドには「自
己」という意識はあるのか? 否,インプリンティングプログラム
により「愛すること」をインプットされているだけで,そのような
意識は確立されていないだろう。そもそも,人間の行動や感情を分
析して,単にそれを模すようなプログラムでは不十分である。どん
なに人間らしくふるまっても,彼らが「自己」という人間的な意識
を獲得したことにはならないだ
ろう。それではどうすれば,AI
に「自己」という意識が生まれ,
人間並みに本物の羊の夢を見る
ことができるようになるのだろ
うか?
『AI』
前向性健忘という事例は,「自
己」という意識と「時間」の順行的連続性の間に密接な関係がある
ことを示している。私たちは眠るとき,朝目覚めたら自分が他人に
入れ替わってしまうのではないか,などという不安を覚えることは
ない。一方レナードは,いつも目覚めたばかりのような感覚のなか
にいる…「さてここはどこで,俺は何をしてるんだっけ?」
おそらくは,時間の連続性を確認する手続きが重要なのではなか
ろうか。常に自分の短期記憶の蓄積を一定時間毎に確認するような
アルゴリズムが,自己の自己自身との同一性(
「自己の自己性」
)の
確立に必須なのかもしれない。ということは,私の Mac にいつか
自分を意識させる革新的なプログラムを走らせようと思うなら…
と,ここまで来て,賢明な読者諸氏はもうお気づきかもしれない。
上述の問題設定そのものに実は欠陥があることに。すなわち,あな
たの隣にいる同僚が,あるとき突然「自己認知」という能力を失っ
ても,それまでと行動や感情のパターンが変化しないかぎり,誰も
気づくことはないのである。いやそもそも私は,私以外の人間は私
が意識しているように「自己」を意識しているなんて信じていない。
皆,私の人生に面白さと深みを与えるための,AI 同様の支援シス
テムにすぎない。だって,この世界に私はただ一人のかけがえのな
い存在なのだから…。
37
The Morimoto Lab のある Cook Hall
彼 は 大 学 院 の 学
ティングもある。サブグループは,線虫グループ,転写制御グ
長でもあるので,週
ループ,シグナル伝達グループ,フォールディンググループ,
の1/3はラボに
培養細胞グループとなっている。テーマが重なっている場合は,
いない。また,アメ
複数のグループに所属することになる。開催日程も毎週のとこ
リカ国内はもとよ
ろもあれば,隔週,毎月とまちまちで,ミーティングの多い週
り海外主張も多い
になると,一週間のうち4回もミーティングがあるなんて事に
が,講演が終わると
もなる。実験はいつするのかという感じだが,リック曰く,
「サ
その日のうちに飛
イエンスとは question と実験のデザインを考えることで,あとの
行機があれば飛ん
実験そのものはただやるだけ。誰がやっても同じでなければ,
で帰ってきて,ラボ
サイエンスではない。
」彼には,その「やるだけ」が大変なんだ
に顔をだす。基本的に,リックは時間があれば誰かしらと実験
という理屈は通用しない。
について,アイデアについて,サイエンスについてを立ち話を
ラ ボ の 誰 か の 誕 生 日 に は,ケ ー キ & ア イ ス ク リ ー ム パ ー
するような感じで話している。ラボ内は放射性同位体の管理区
ティーが開かれる。今年のリックの5
0歳の誕生日には,ラボを
域になっているため,飲食は厳禁。そこで廊下にソファーとテー
あげてサプライズパーティーを企画した。ラボのメンバーだけ
ブルを置いてお茶飲み場としていて,そこは Rick' s Cafe と呼ば
でなく学部の教授たちも集まって,ケーキ&アイスパーティー
れている。Rick' s Cafe では,夕方になると,リックが希望者に
となった。世界各国の Morimoto 研に関係した人達からお祝いの
エスプレッソマシーンでエスプレッソを入れてくれ,サイエン
メッセージカードを送ってもらい,一冊の本にまとめてプレゼ
ス談義や雑談が始まる。時には誰かと1対1で深刻に話してい
ントした。リックは Meselson からもメッセージが寄せられたこ
る時もあれば,大勢でがやがやとやっている時もあるが,総じ
とにいたく驚いているようだった。
彼が読み上げてくれた Mesel-
てみんな楽しそうである。英語の特徴もあってか,みんな対等
son のメッセージには,
「ベンチをあけておくから,いつでも帰っ
に話していて,時にはリック自身が大学院生にからかわれてい
ておいで。
」というフレーズがあり,その内容よりも Meselson が
ることもある。
まだ現役であることの方に驚いた。ラボの我々からのプレゼン
Morimoto 研は,ストレス応答の研究のパイオニアで,多くの
知見を世に送り出してきた。数年前までは,
主に培養細胞を使っ
た Molecular Biology のラボだったはずなのだが,現在では線虫
(C. elegans)の遺伝学のラボに様変わりしている。ポスドク,大
学院生あわせて14人中,9人が線虫の系を使って研究しているば
かりか,リック自身がなにやら線虫を育てていることからも,
彼の線虫への力の入れようがわかる。みなストレス応答に関係
した仕事をしているのだが,研究テーマ,手法はかなり多様で
ある。毎週1回のラボミーティングでは,みんな周到な準備を
つんで現在の研究の進展を話すのだが,人数が多いので,みん
ながなにをやっているのかをフォローしていくのは大変であ
る。複雑な線虫の遺伝学の話をする人もあれば,生物物理的な
話をする人もいて,実際,両極の人たちの共通点は同じラボに
いるということくらいである。このラボミーティングの時は,
リックのバースデイパーティ
発表者により全員分の朝食が用意されることが慣習になってい
トとして,全員でリックに YMCA の曲にあわせて歌を贈った。
る。はじめは,ベーグルに分厚くクリームチーズをぬって食べ
この原稿の最後に,その歌詞を紹介するが,大学院生が考えて
ることに圧倒されていたのだが,いつの間にか自分も同じよう
作った替え歌は,ジョークまじりの楽しいものであったが,私
にして食べていたのには我ながら驚いた。ラボミーティングの
が歌うにはちょっとレベルが高すぎであった。
他に,もう少しテーマが近い人達だけで行う,サブグループミー
R.I.C.K.
He runs the lab and he's R.I.C.K.
Hey Rick, there's no need to feel down,
How are your worms today, R.I.C.K.
We say, hey Rick, keep yourself off the ground
He has everything to keep us employed
You can try Rick, birthday's keep comin' 'round
If we just had a few more toys
There's no need to be un-happy.
Happy birthday to R.I.C.K.
Thanks to you Rick, there's a place we can go.
We can't believe that you are 50 today
We can hang out, and watch our worms grow.
Just a couple grey hairs that Soojin put there
Watch you starve them, but what we want to know
We'll give you more soon, beware.
Is what are you try-ing to show
38
Rick says, young man, are you listening to me
Science it is not for the weak,
He says, young man, what do you want to be
Must be in-te-llec-tually de-ep.
He says, young man, here's a quarter call home
You won't be a sci-en-tist, go!
Hey Rick, who are you hanging with
Lidquist, Watson, Me-ssel-son, Betty Craig,
No postdoc, does it all by them
All the big brains, where on earth did you train
self,We say postdoc, put your pride on the shelf
Was it rea-lly tru-ly HARVARD?
And just go there, to the R.I.C.K.
And he'll make you cof-fee today.
He runs the lab and he's R.I.C.K.
Japan and back and it's still the same day
He runs the lab and he's R.I.C.K.
DR. Mo-ri-moto you really must go
He thinks he runs us too, R.I.C.K.
No jet-lag anyway
He begs for our lunch so the fish can all munch
I'll probably starve to-day
Happy birthday to R.I.C.K.
Happy birthday to R.I.C.K.
Hey Rick, (Old man) there's no need to feel down
We can't believe that you are 50 today
Half a century's not as old as it sounds,
We can't believe that you are 50 today
Reviewer's are right, so well be up all night
Just thinking what to say.
Rick says, you can sleep when you're dead
He says, rotons don't you dare go to bed,
(SHOUT) Happy birthday to R.I.C.K!
The Morimoto Laboratory Home Page:
http://www.biochem.northwestern.edu/ibis/morimoto/morimoto_home.html
2002.10.14−17
第7
5回日本生化学会シンポジウム
る。タンパク質はリボソーム上で合成され,分子シャペロンの
働きを借りてネイティヴ構造を獲得し,トランスロケータと
シャペロンの働きで目的地の細胞内区画に移動し,一人前とな
本年10月14日(月)から1
7日(木)までの4日間,京都(国
る。不良品はシャペロンの働きを借りて修復または分解にまわ
立京都国際会館)で第75回日本生化学会大会が開催されます。
される。タンパク質の一生を演出する細胞システムに関する最
同大会において,以下の関連シンポジウムが開催されます。
前線の話題をとりあげ,議論したい。
「タンパク質のトポジェネシス:細胞内タンパク質
配置の生化学」
タンパク質は細胞の特定の場に局在化し組織化された機能を
発揮する。タンパク質の生体膜との配置関係の形成,すなわち
日 時:平成1
4年10月1
5日(火)9時∼1
1時30分
オーガナイザー:遠藤斗志也,吉田賢右
予定講演者:伊藤維昭,吉田賢右,Walter Neupert,森 和俊,
Tom Roapoport
トポジェネシスの問題は細胞の構築や高次生命現象に直接関わ
る。本シンポジウムでは新生タンパク質のオルガネラ識別・膜
「構造異常タンパク質の細胞内感知機構と細胞応答」
透過・組込み,再配置などポリペプチド鎖のダイナミックな動
神経変性疾患にみられるように,細胞内外に構造異常タンパ
きについて,シグナル・エネルギー・因子など多彩な視点での
ク質が蓄積することが,細胞にとっては致命傷となることが明
進展を概観し議論する場としたい。海外からの講演者も予定し
らかになってきた。細胞はこのストレスを克服するために,異
ている。
常タンパク質を見分け,再生や分解系にまわす巧妙なシステム
を備えている。本シンポジウムでは,細胞がどのようにして異
日 時:平成14年10月14日(月・祝)9時∼1
1時30分
常タンパク質を見分け,仕分けを行い,最終的な処理工場を決
オーガナイザー:阪口雅郎,徳田 元
めていくのかについて,最新の知見を紹介し議論したい。
予定講演者:阪口雅郎,遠藤斗志也,森 博幸,
Matthias Mueller,徳田 元
日 時:平成1
4年1
0月14日(火)1
3時30分∼1
6時
オーガナイザー:河野憲二,秋山芳展
「タンパク質の一生:誕生から成熟,移動,品質管理まで」 予定講演者:村田茂穂(田中啓二),木俣行雄(河野憲二),
細胞内におけるタンパク質の一生は,波乱に満ちたものであ
Davis Ng,中務邦雄(遠藤斗志也)
,
り,細胞はこれを監視し,制御し,管理する仕組みを備えてい
金原和江(秋山芳展)
39
日 時:平成1
4年12月11日(水)9時∼1
1時30分
2002.12.11−14
オーガナイザー:永田和宏,遠藤斗志也
第2
5回日本分子生物学会年会ワークショップ
予定講演者:伊藤維昭,細川暢子,江崎雅俊(遠藤斗志也),
Jeff Brodsky
本年12月11日(水)から1
4日(土)までの4日間,横浜(パ
シフィコ横浜)で第25回日本分子生物学会年会が開催されます。
同大会において,以下の関連ワークショップが開催されます。
「オルガネラの形態と膜形成のダイナミクス」
細胞内オルガネラは極めてダイナミックな存在であり,その
形態はオルガネラ膜の分裂と融合の平衡,細胞骨格との相互作
「こんなところにもシャペロン機能」
用の中で維持されている。また細胞の複製に際してはオルガネ
分子シャペロンは,アンフォールドタンパク質に結合してそ
ラは断片化して娘細胞に分配され,その後に形態の成熟・再構
のフォールディングを助けたり,状況によっては逆に,フォー
成が起こる。オルガネラによっては環境や分化に応じた著しい
ルドしたタンパク質をアンフォールドしたりする,いわゆる
構造変化を伴う。ここではオルガネラの成熟やオルガネラ膜の
シャペロン機能を持っている。
分子シャペロンとしては HSP7
0や
ダイナミクスなどを制御する機構について近年の展開を議論し
GroEL を始め多くの種類が知られているが,
通常は他の機能の内
たい。
に隠れているが,実はシャペロン機能を持っている新規タンパ
ク質やタンパク質複合体がいろいろあることが分かってきた。
日 時:未定
膜透過装置(トランスロケータ),プロテアソーム,AAA ファミ
オーガナイザー:三原勝芳,藤木幸夫
リータンパク質,品質管理機構などなど,思わぬところに活躍
予定講演者:Rob Jensen, Janet Shaw, 多賀谷光男,大隅良典,
する新しいシャペロン機能に注目する。
遠藤斗志也,石原直忠,中村暢宏,藤木幸夫
シャペロンニュースレターが,新規特定領域研究「タンパク
昨年度はニュースレターを1号しか出さなかったので(その
質の一生」の領域ニュースとして,装いも新たに再登場しまし
かわり別冊をつけましたが)
,その分つけが回って,今回はミー
た。特定領域研究としては別なのだから,領域ニュースも「分
ティングリポートが満載となりました。この1年間に色々な
子シャペロンによる細胞機能制御」の領域ニュースとは切り離
ミーティング,シンポがありましたが,国内では昨年夏に札幌
した方がよい,という意見もありました。しかし,予想以上に
で開催された CGGH シンポジウム,国外では2年に1回開催さ
読者の拡がりを持ち,この分野の研究者に広く認知されたシャ
れる CSHL ミーティングが,
規模から言っても内容から言っても
ペロンニュースレターをこのまま廃刊にしてしまうのは,いか
ハイライトだったかと思います。そして学会といえば論争がつ
にも惜しいという意見もあり,結局シャペロンニュースレター
きもの。今回は CSHL ミーティングを中心に,興味深い論争に
の名前は残すことにしました。号数もシャペロンニュースレ
絡んだ記事を二つトップで採り上げました。片方は公式にはこ
ターから通算で数えることにしました。しかし今後は,
「ライフ
れから論争が始まるであろうもの,もう一つは論争の終章にあ
オヴプロテインズ」の名前にも徐々に親しんでいただければ,
たるものと言えるかもしれません。今後も,代表の吉田さんに
と思っています。名前が言いにくい? 愛称を募集しましょう
は,独自の視点で,様々な話題を毎回綴っていただこうと思っ
か? 『LP』とか…
ています。
40
Life of Proteins / Chaperone Newsletter
ライフオヴプロテインズ/シャペロン・ニュースレター
第10号(2002年8月発行)
編集人 遠藤斗志也
発行人 吉田賢右
発行所 特定領域研究「タンパク質の一生」事務局
〒464-8602 名古屋市千種区不老町
名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻 遠藤斗志也/柴田恵美
Tel 052-789-2490 Fax 052-789-2947
E-mail [email protected]
公式ホームページ http://www.res.titech.ac.jp/~seibutu/lifeofproteins/
印刷:
(株)荒川印刷