アジアのハブ港湾をめぐる覇権争いの意義

SRIC MOOK RD 001
M a s a h i k o
H a r a d a
ボーダレス時代の地域問題 ● アジアのハブ港湾をめぐる覇権争いの意義
ボ
ー
ダ
レ
ス
時
代
の
地
域
問
題
アジアのハブ港湾をめぐる覇権争いの意義
わが国にハブ港湾は必要か?
アジアではハブ港湾の座をめぐる競争が激化し、
わが国の港湾はコンテナ取扱量で香港、シンガポール、高雄、釜山といった港湾の後じんを拝している。
それでは、わが国はこの競争に勝ち残るべきか?ハブ港湾はわが国に必要なのか?答えは、国と各地域それぞれの立場で異なり、どのような考え方で港
湾機能の強化に臨むのかが政策上の重要な論点である。
原田昌彦
●
Masahiko Harada
2.外航定期航路における
ハブ&スポーク化の進展
1.はじめに
阪神・淡路大震災において神戸港が壊滅的なダメージを受け、その
応急措置として多くの輸出入貨物が釜山港に流れたことが、皮肉にも
わが国港湾のハブ機能低下を露呈することとなった。
(1)ハブ港湾とは
ハブ港湾の「ハブ」
という言葉は、航空路や航路のネットワークを自転
車の車輪に例えた
「ハブ&スポークシステム」
に由来している。
すなわち、
本稿では、
アジアの港湾間で熾烈に繰り広げられているハブ港湾を
車輪の中心にあるハブ空港あるいはハブ港湾と、そこから放射状に広
めぐる競争について、その実態と要因を分析したうえで、わが国がこれ
がる航空路あるいは航路からなるネットワークを構築することによっ
にどのような意義を見いだして参加し、
どのような対応を取るべきか
て、1便あたりの輸送効率を高め、増便による利便性向上も図ることが
について検討する。
できるというシステムである
(図1)
。ただし、ハブ空港あるいはハブ港湾
図1●ハブ&スポークシステムのイメージ
における乗り換えや積み替えが発生するというデメリットがある。
すべて直行便とした場合
ハブ&スポークシステム
フィーダーポート
ハブ港湾
※ 積み替えは発生しないが、航路が多くなり、
輸送効率を向上させにくい。
SRIC MOOK
RD
volume ◆ 01
●108
フィーダーポート
ハブ港湾
※ ハブ港湾での積み替えは発生するが、航路
数は少なくて済み、輸送効率の向上や便数
の増加を行うことができる。
ボーダレス時代の地域問題 ● アジアのハブ港湾をめぐる覇権争いの意義
(2)航空ネットワークにおけるハブ&スポーク化とその要因
当初、ハブ&スポークシステムが注目されたのは、アメリカの国内航
空ネットワークにおいてである。
1970年代後半から80年代にかけて、
アメリカでは国内航空市場の自由化が行われ、その結果として激化し
た航空会社間の競合の中で、効率的な交通ネットワークシステムとし
て登場したのである。各航空会社はそれぞれ特定の空港をハブ空港
と位置づけてネットワークを構築し、競争力の維持・向上を図った。そ
の動きは国際航空市場にも波及し、わが国においても、関西国際空港
の開港に際して
「国際ハブ空港」
という概念が広く浸透した。
(3)海運ネットワークにおけるハブ&スポーク化とその要因
外航海運においてハブ&スポークシステムが注目を浴びるようにな
ったのも、航空と同様にオペレーター(外航船社)
側の競合の激化が
大きな要因である。
3.アジア諸港湾の伸長と
わが国港湾の相対的地位低下
定期航空路の開設が政府間交渉によって決定されるのと対照的
に、定期航路は「海運自由の原則」により、各船社が自由に開設するこ
とができる。このため、外航海運業界は従来から国際競争が激しく、
これに対処するため「海運同盟」
と呼ばれる運賃カルテルが認められ
(1)
コンテナ貨物取扱量の変化
ている。しかし、84年の米国海運法の改正による競争原理の強化や、
コンテナ取扱量を指標としてアジア諸港における競合状況を見る
コスト競争力の強いアジア極東船社の参入などにより、海運同盟の
と
(表1)
、75年時点において、神戸港は世界第3位の取扱量を誇って
形骸化が進んでおり、運賃市場も低迷している。
おり、北米のニューヨーク、欧州のロッテルダムに匹敵するアジアを代
各外航船社は、輸送の効率化によるコストダウンを強力に推進して
表する港湾であった。当時、わが国を除くアジアの港湾で世界上位20
おり、その中核を成すのが航路体系の「ハブ&スポーク化」
である。外
港にランクされていたのはわずかに香港のみである。
航定期航路は、主にハブ港湾間を結ぶ北米航路や欧州航路といった
10年後の85年には香港および高雄港(台湾)
が神戸港を抜きさ
基幹航路と、ハブ港湾とそれ以外の港湾を結ぶフィーダー(支線)航
り、
シンガポール、基隆
(台湾)
、釜山
(韓国)
といったアジア諸港もラン
路への二分化が進み、基幹航路では、一層の輸送効率化のため、船
キングに登場している。さらに、94年になると、
シンガポールと香港が
型の大型化も進展している。港湾側でも、ハブ港湾とフィーダー港湾
「二強」
として群を抜いた取扱量となり、高雄港や釜山港も神戸港を
の分化がより明確になりつつあり、船社は基幹航路の寄港するハブ
大きく上回っている。欧米との比較においても、上位5港中4港をアジ
港湾をさらに集約化する方向にある。
ア諸港が占めている。
1975年
港
表1●アジア主要港湾におけるコンテナ貨物取扱量の推移
(資料)
運輸省海上交通局
「日本海運の現況 平成7年7月20日」
1985年
取扱量(TEU)
港
1 ニューヨーク
1,621,800
1 ロッテルダム
2 ロッテルダム
1,078,661
1994年(見込み)
取扱量(TEU)
2,654,906
港
取扱量(TEU)
1 香港
11,265,984
10,600,000
2 ニューヨーク/ニュージャージー 2,404,872
2 シンガポール
3 神戸
904,549
3 香港
2,288,953
3 高雄
5,202,000
4 香港
802,283
4 高雄
1,900,853
4 ロッテルダム
4,475,000
5 オークランド
522,355
5 神戸
1,852,397
5 釜山
3,700,000
6 シアトル
481,064
6 シンガポール
1,698,803
6 神戸
2,787,000
7 サンファン
452,375
7 ロングビーチ
1,444,294
7 ハンブルグ
2,700,000
8 ボルチモア
419,829
8 アントワープ
1,350,000
8 ロサンゼルス
2,575,443
9 ブレーメン
409,791
9 横浜
1,327,352
9 ロングビーチ
2,550,000
10 ロングビーチ
390,689
10 ハンブルグ
1,158,776
10 横浜
2,390,629
11 ジャクソンビル
377,323
11 基隆
1,157,840
11 アントワープ
2,250,000
12 メルボルン
364,752
12 釜山
1,148,000
12 ニューヨーク/ニュージャージー 2,169,961
13 東京
358,744
13 ロサンゼルス
1,103,722
13 基隆
1,899,268
14 ハンブルグ
322,328
14 東京
1,004,390
14 ドバイ
1,870,313
1,800,000
15 横浜
328,592
15 ブレーメン
986,265
15 フェリックストウ
16 ロサンゼルス
327,177
16 サンファン
881,629
16 東京
1,720,000
17 アントワープ
297,268
17 オークランド
855,642
17 サンファン
1,550,000
18 ハンプトンローズ
292,051
18 フェリックストウ
850,000
18 オークランド
1,504,718
19 シドニー
262,166
19 シアトル
845,027
19 ブレーメン
1,423,505
20 ロンドン
260,040
20 ボルチモア
706,479
20 シアトル
1,369,890
上位20港合計
10,273,867
上位20港合計
27,620,200
上位20港合計
65,803,711
SRIC MOOK
RD
volume ◆ 01
109 ●
ボーダレス時代の地域問題 ● アジアのハブ港湾をめぐる覇権争いの意義
(2)
トランシップ量の変化とハブ機能のシフト
ハブ港湾のハブ港湾たるゆえんは、充実した航路ネットワークを活
用した積み替え機能にある。そこで、アジアの主要港における積み替
え
(トランシップ)比率の推移をみると
(図2)
、1970年代後半には
50%近くに達していた神戸港のトランシップ比率は、その後急速に低
下し、代わって高雄港のトランシップ比率が急増している。94年には
釜山港のトランシップ比率も15%に上昇している。
このことから、アジア諸港湾の取扱量の増大はハブ機能の強化が
大きな要因となっていると考えられる。その一方でわが国の港湾は取
り扱いの絶対量こそ増加しているものの、ハブ港湾としてのトランシッ
プ機能には相対的な低下がみられ、アジア発着の基幹航路の中にも
わが国港湾に寄港しないものが増加している。
図2●アジア主要港湾におけるトランシップ比率の推移
(資料)
運輸省港湾局
シンガポール港
(60∼80%)
%
50
(3)地方港湾における定期航路開設と主要港湾のハブ機能低下
高雄港
40
わが国港湾の地位低下に関して注目すべき点は、地方港湾におけ
る相次ぐ外航定期コンテナ航路の開設である
(表2)
。
これまで外航定期航路が開設されている港湾は三大都市圏や北部
30
神戸港
20
大阪港
横浜港
九州などごく一部に限られていたが、80年代後半頃から西日本や日
香港港
(20%)
本海沿岸地域を中心に地方港湾への航路開設が進み、94∼95年
だけをみても、初めて外航定期航路が開設された港湾は11港に上っ
ている。現在は全国で合計35の港湾に外航定期航路が開設されて
10
おり、ほぼ1県に1港に近い状況となっている。
名古屋港
0
1976
1980 1982
1985
釜山港
(6%)
1990 1992年
近年新たに地方港湾に開設された航路の多くが韓国・釜山航路で
あるが、それらは対韓国の輸出入貨物を取り扱うだけでなく、釜山港
積み替えによって世界各地との輸送を行うサービスを提供している。
これは自国のハブ機能を強化しようという韓国側の戦略的な取り組
みの一環であり、それまで神戸港などわが国の主要港湾で取り扱わ
れていた地方圏の輸出入コンテナ貨物が、釜山港経由にシフトし、わ
が国港湾のハブ機能低下を加速させている。
このように海外の港湾を積み替え港とする貨物は、絶対量としては
まだ少ないものの、わが国港湾におけるハブ機能の相対的な低下は
着実に進行している。
表2●わが国の外航定期コンテナ航路が開設されている港湾
(資料)
新聞情報等より作成
定期航路初寄港年
1993年以前
SRIC MOOK
RD
volume ◆ 01
●110
1994∼95年
北米・欧州などの航
路が開設されている
港湾
苫小牧・東京・横浜・清水・名古
屋・四日市・大阪・神戸・北九州・
博多・那覇
アジア航路のみが開
設されている港湾
日立・新潟・伏木冨山・金沢・舞鶴・ 八戸・酒田・仙台・千葉・敦賀・
境港・広島・中関・岩国・徳山・ 和歌山・水島・徳島・松山・細島・
下関・今治・志布志
大分
ボーダレス時代の地域問題 ● アジアのハブ港湾をめぐる覇権争いの意義
4.わが国港湾における
ハブ機能低下の要因
わが国を中心とするアジア地域において、港湾の勢力分布が大き
く塗りかわりつつあることの要因としては、
つぎの4点を指摘すること
ができる。
(1)アジアにおけるわが国発着貨物量のシェア低下
近年の急速な経済発展を背景として、NIEs、ASEAN、中国などア
ジア各地域の輸送需要が増大し、以前のようにわが国がアジア発着
貨物量の大半を占める時代ではなくなっている。過去数年の動きを
北米航路の荷動き量から見ると
(図3)
、東航
(アジア→北米)
における
わが国のシェアは86年の31%から93年の21%へ、西航
(北米→
アジア)
でも42%から36%に減少している。
このような輸送需要の地域的な分布の変化に対応してハブ港湾の
分布も変化していくのは、ハブ&スポーク化の理由が輸送効率の向
上にあることを考えれば、当然の動きということができる。
(2)アジア諸港湾の港湾整備と機能強化への取り組み
1970年代頃までアジアにおいてわが国港湾の貨物取扱量が突出
していた大きな理由は、アジア諸地域の港湾整備が相対的に遅れて
いたことにある。韓国などでは大型のコンテナ船に対応できる港湾施
設が十分に整備されていなかったため、わが国港湾において積み替
図3●北米航路における日本発着貨物量の割合の推移
(資料)
運輸省海上交通局
「日本海運の現況 平成7年7月20日」
えを行っていたのである。
しかし、現在では香港、
シンガポール、高雄、釜山などアジアの主要
西 航
東 航
年
1986
日本積
極東積
年
1986
日本揚
港湾の施設はわが国と比較して遜色のないものになっており、
さらに、
極東揚
船型の大型化に対応した大水深岸壁の建設などを積極的に進めて
1987
1987
いるため
(表3)
、むしろ港湾施設整備においてはわが国よりも先行し
1988
1988
ている。
1989
1989
1990
1990
1991
1991
1992
1992
1993
1993
さらに、
トランシップ貨物に対する荷役料金の割引など、各港湾はト
ランシップ機能の強化にも力を入れており、神戸港などわが国港湾を
含めたアジア諸港湾間の競争が激化している。
0
25
50
75
100%
0
25
50
75
100%
表3●アジア主要港湾のコンテナターミナルの整備計画
(資料)
運輸省資料より作成
国名
港湾名
1995年
2000年
神戸
−14mX3バース
−15mX5バース
横浜
−14mX2バース
−15mX2バース
東京
−14mX1バース
−15mX3バース
大阪
−14mX1バース
−15mX3バース
釜山
−14mX3バース
−15mX4バース
光陽
−
−15mX4バース
香港
香港
−14mX6バース
−15mX16バース
台湾
高雄
−14mX1バース
−15mX3バース
シンガポール
シンガポール
−14mX1バース
−15mX13バース
日本
韓国
SRIC MOOK
RD
volume ◆ 01
111 ●
ボーダレス時代の地域問題 ● アジアのハブ港湾をめぐる覇権争いの意義
(3)わが国主要港湾の競争力低下
1高コスト体質
(1)
および
(2)
は、
アジア各地域の経済力の向上や港湾機能強化へ
の取り組みの成果といえるが、わが国港湾の相対的なハブ機能低下
はそれ自身が抱える問題にも起因している。その最大の要因が、国内
外の物流コストの格差、いわゆる
「内外価格差」の拡大である。
輸出入コンテナ貨物の輸送における物流コストは、国内輸送コスト、
港湾コスト、海上輸送コストに大別することができるが、
このうち外航
図4●港湾関係コストの国際比較
(資料)
「運輸白書平成6年版」
海運の運賃が中心となる海上輸送コストは、国際的な競争下にあり、
一般にはドル建てであるのに対し、
国内輸送コストおよび港湾コストは、
$(1$=¥110)
400
わが国固有のコスト水準となっており、
しかも通常は円建てである。
港湾コストについてみると、わが国の港湾関係コスト
(施設使用料や
港湾荷役費など)
はアジア諸港の1.2∼2.5倍に相当し
(図4)
、国内輸
350
300
290
250
200
230
220
200
送コストについても、
日本国内の陸送コストが日本∼北米の海上輸送
コストよりも高くなるといった事態が発生している。
このため、荷主からみれば、
コスト削減のためには、国内輸送は距離
190
170
160
100
0
が短ければ短いほどよく、積み替えが必要な場合も海外の港湾で行
日本
香港 ロサンゼルス ハンブルグ ニューヨーク シアトル
高雄
140
釜山 ロッテルダム シンガポール
う方がよいということになる。そこで、
できるだけ近隣の港湾でとにか
く外航航路への積み卸しを行い、
その航路の相手先港湾での積み替
えを通じて世界各地との輸送を行うという動きが加速している。具体
的には、地方港湾で開設の相次いでいる韓国・釜山航路などを利用す
ることによって、神戸港などわが国の主要港湾をバイパスし、
コスト削
減を図るというものである。
表4●世界の主要港湾のコンテナターミナルの稼働状況
(本船荷役)
(資料)
運輸省海上交通局
「日本海運の現況 平成7年7月20日」
2サービス性の低下
高コスト体質と同様に、わが国港湾の競争力を低下させている要因
1995年6月11日現在
地域
港湾名
平日
として、
サービス性の低さが指摘される。
具体的には、世界の主要港湾では一般的となっている夜間および休
日も含めた通年フル稼働化への対応が特に問題視されている。わが
国の主要港湾でも1995年6月から休日の本船荷役が実現したもの
日本
の
(表4)
、利用時間の制限や休日割増料金の高さ、休日荷役に当たって
の事前協議制度の存在などが海外と比較したサービス性の低さとし
てあげられ、船社が寄港を敬遠する要因となっている。
東アジア
(4)地方における港湾整備の進展と積極的な航路誘致
わが国ではこれまで多極分散型国土の形成を目指して、産業をはじめ
欧州
とする諸機能の地方分散が国土政策の大きな課題とされてきた。港湾
についても例外ではなく、地方港湾の整備は着実に進展し、
さらに港湾
を管理する地方自治体にとっても外航定期航路の開設は「地方の国際
化」の目に見える成果であることから、航路誘致を積極的に進めている。
しかし、
このような地方分散の実現が、先に述べたように、わが国の
主要港湾の競争力低下を招いた面も否定しがたい。
さらに、主要港湾といわれる港湾についても、韓国では釜山、台湾で
は高雄・基隆というように各国・地域1∼2港程度であるのに対して、わ
が国では東京、横浜、名古屋、大阪、神戸と数が多いことも、ハブ機能の
強化に当たってはマイナスの要因といえよう。
SRIC MOOK
RD
volume ◆ 01
●112
米国
休日
備考
日曜日
祝祭日
東京
▲
▲
▲
横浜
▲
▲
▲
清水
●
●
●
名古屋
▲
▲
▲
大阪
▲
▲
▲
神戸
●
●
●
通年フルタイム稼働
北九州
●
●
●
休日:協議制
シンガポール
●
●
●
通年フルタイム稼働
香港
●
●
●
〃
高雄
●
●
●
〃
釜山
●
●
●
〃
ロッテルダム
●
●
●
〃
ハンブルグ
●
●
●
〃
ロサンゼルス
●
●
●
〃
シアトル
●
●
●
〃
ロングビーチ
●
●
●
〃
通年フルタイム稼働
●:24時間フルタイム稼働 ▲:時間制限
ボーダレス時代の地域問題 ● アジアのハブ港湾をめぐる覇権争いの意義
5.国・地域からみた
ハブ機能強化の意義
さらに、産業基盤としての観点からは、国際関係に緊張が高まった
ときなどを想定して、自国内でハブ機能を担保しておくという危機管
理的な意義も見いだしえよう。
3港湾自体を産業ととらえたハブ機能の強化
(1)国の観点からみたハブ機能強化の意義
港湾を産業基盤としてのみとらえるのではなく、それ自体を一つの
これまでにみてきたハブ港湾の座をめぐる覇権争いの中で、わが
国港湾がその競争に参加し、ハブ機能の強化を目指す意義とはどこ
産業として育成・強化するということにハブ機能強化の意義を見いだ
すことも可能である。
に見いだされるのであろうか。まず、運輸省港湾局の政策から、国とし
自国の港湾のハブ機能を強化し、自国を発着地としない貨物も積
てのハブ機能強化の意義を検証してみよう。
み替えられるようにすれば、寄港する船舶の数が増加し、積み卸しさ
1ハブ機能再強化を打ち出したわが国の港湾政策
れる貨物の取扱量も増大するため、岸壁使用料など寄港にかかる料
長期港湾政策「大交流時代を支える港湾」
(1995年6月)
において
は、アジアにおける港湾間の競争の激化に対して
「国際社会における
金や港湾荷役など貨物取り扱いにかかる料金などを海外から所得と
して獲得することができる。
我が国の港湾の相対的な地位の低下が進みつつある」
との認識を示
自国の人口が約300万人弱で、市場規模も限られているシンガポ
し、国際海上コンテナターミナルの整備における中枢国際港湾
(東京
ールでは、
こうした方向を明確に打ち出しており、全取扱量の6∼8割
湾、伊勢湾、大阪湾、北部九州の4地域)
への重点投資の方針を打ち
程度がトランシップ貨物となっている。しかし、わが国の港湾政策をみ
出した
(図5)
。
る限り、ハブ機能の強化にこのような意義づけを求める記述は見受
96年度からの次期港湾整備五箇年計画のベースとなる
「中期的
けられない。
図5●国際海上コンテナターミナルの配置構想
(資料)
運輸省港湾局
「大交流時代を支える港湾」
な港湾整備のあり方」
(95年8月)
も続いて公
表されたが、
ここではさらに踏み込んで「世界
に巡らされた航路網と高頻度の寄港サービス
が提供されるいわゆるハブ港湾としての機能
を強化する」
と明言している。
これらは、
「国土の均衡ある発展」のため、
地域間格差の是正や地方分散に重点が置か
ロシア
れてきたこれまでの港湾行政に対して、アジア
諸港湾との競合という新たな状況に直面して
方向転換を図ったものということができる。
ナホトカ港
しかし、長期政策では同時に
「地方分散の実
現」も掲げ、大都市圏の港湾を経由せず、地方
北朝鮮
圏の港湾で直接輸出入貨物を取り扱うことの
大連港
有効性も訴えており、ハブ港湾への集中と地
韓国
方分散のバランスをいかに図っていくかにつ
いては、曖昧な部分を残している。
中国
釜山港
青島港
;;;
;;;
2産業基盤としてのハブ機能の強化
;;
;;
;; ;;
;;
;;
運輸省港湾局の長期政策においては、
「我
が国の貿易が海外の港湾に依存することは、
上海港
輸送時間やコストの増加を招き産業活動に大
きな影響を及ぼす。このような脆弱な構造に
ならないため」国際港湾としての 競争力を強
化する必要があるとしている。
基隆港
このような記述から、国としては港湾をあく
まで産業基盤としてとらえ、産業活動を支援す
中核国際港湾
る立場から、
「輸送時間」および「コスト」の点
で優れた港湾機能を提供することにハブ機能
;;
;; 中枢国際港湾
高雄港
香港港
0
250
500km
強化の意義を求めているといえる。
SRIC MOOK
RD
volume ◆ 01
113 ●
ボーダレス時代の地域問題 ● アジアのハブ港湾をめぐる覇権争いの意義
(2)地域によって異なるハブ機能強化の意義
若干観点を変えれば、現在立地している産業の基盤としてのみ港
1産業基盤としての観点からの検討
湾をとらえるのではなく、港湾機能の強化をてこにして、新たな産業
わが国国内の各地域の中でも、大都市圏を中心とした主要港湾の
を誘致したり、既存産業の高度化を図ったりすることに意義を見いだ
立地する地域と、地方圏を中心としたそれ以外の地域では、ハブ機能
す場合もある。これは、物の集まるところにはビジネスチャンスが生じ
の強化が異なった意味を持ってくる。
るという発想であり、地域活力の停滞に悩む地域において特にこうし
国は、国際港湾の競争力強化の必要性として、
「輸送時間やコスト
の増加」
を招かないことを掲げている。まず、
この2点についてみると、
た点への期待が大きいということができる。
2港湾自体を産業ととらえた観点からの検討
現在
「世界に巡らされた航路網と高頻度の寄港サービス」が提供さ
つぎに、港湾自体を産業ととらえた場合について検討する。港湾を
れている地域
(東京湾、伊勢湾、大阪湾がほぼ該当すると考えられ、三
一つの産業とみた場合、港湾の立地する地域においては、港湾が地
大都市圏とおおむね一致する)
の周辺においては、当該港湾のハブ機
域外からの所得獲得の手段であり、地域住民の雇用確保の手段とも
能強化が図られなければ、航路網の縮小、寄港頻度の低下が起こり、
なる。
輸送時間の長期化、輸送コストの増加を招くことは必至となる
(図6)
。
一方、それ以外の地域では、国内のハブ港湾を経由するよりも海外
のハブ港湾を経由する方がコストが削減されるからこそ、現在、ハブ
この点においても、わが国のハブ港湾の立地する地域においては、
その機能を強化し、貨物の取扱量や外航航路の寄港頻度を増加さ
せることの積極的な意義が見いだせる。
機能流出が進行しているのであり、
これを国内のハブ港湾経由に戻せ
一方、国内ハブ港湾の機能を強化することを是とすれば、それ以外
ば、相対的に高い国内輸送コストのため、むしろコスト上昇となる可
の地域の港湾においては、海外のハブ港湾とではなく、国内のハブ港
能性がある。すなわち、
こうした地域からみて、輸送コスト削減の観点
湾との間のフィーダー 航路や陸送ルートを強化することが求められ
から国内主要港湾のハブ機能を強化する意義を見いだすためには、
る。このため、外航船の寄港頻度は減少し、港湾関連産業を所得獲得
海外ハブ港湾を経由するよりも輸送時間とコストの面でメリットが得
や雇用確保の手段として育成することは難しくなる。
られなければならないということになる。
図6●海外のハブ港湾積み替えに転換した場合の輸送コストの変化
ハブ港湾周辺地域(3大都市圏)
その他の地域(地方圏)
海上輸送コスト
海上輸送コスト
フィーダーコスト
フィーダーコスト
港湾コスト
港湾コスト
国内輸送コスト
(最寄りの港湾まで)
国内輸送コスト
国内港湾積み卸し
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volume ◆ 01
●114
海外港湾積み替え
国内港湾積み卸し
海外港湾積み替え
ボーダレス時代の地域問題 ● アジアのハブ港湾をめぐる覇権争いの意義
(3)わが国港湾のハブ機能強化の意義
これまでの検討から、わが国港湾におけるハブ機能強化の意義を
整理すると表5のようになる。港湾のハブ機能を強化する意義は、港
湾を産業基盤ととらえる見方と港湾自体を産業ととらえる見方の二つ
表5●国の観点からみたハブ機能強化の意義と各地域に与える効果
のアプローチがあり、前者は港湾の諸側面のうち海陸の結節機能や
輸出入手続きの機能といった「港湾機能」に、後者は港湾運送業や通
関業といった
「港湾関連産業」
に注目した考え方である。
わが国の港湾政策では、港湾を産業基盤としてとらえ、利便性向上
ハブ機能強化への
アプローチ
港湾=産業基盤
港湾=産業
項目
産業の競争力底支え
海外からの所得獲得
やコスト削減といった機能強化に主眼が置かれており、港湾を産業と
・利便性確保
・外航船の寄港料金
してとらえるアプローチからトランシップ貨物を積極的に取り込もうと
・低コスト化等
・貨物の取扱料金等
(港湾機能に着目)
(港湾関連産業に着目)
いう意志はみせていない。ただし、ハブ機能の強化自体については、
ハブ機能強化の意義
ハブ港湾のあり方
一方、国内各地域の利害は、ハブ機能強化という国の考え方と必ず
わが国港湾政策におけるとらえ方
しも一致しない。
特にハブ機能を持たない地方港湾の周辺地域では、
地域別にみた
産業基盤としての機能確保のためには、国内のハブ港湾と海外のハ
の効果
ブ港湾を比較して、より利便性や低廉性に優れる方を選択すればよ
い。むしろ地方港湾における外航定期航路開設の動きが国内主要港
湾のハブ機能低下を招くというように、国と地方では利害の対立する
面もある。
充実した航路網および
トランシップ貨物の取り込み
多頻度寄港の確保
その必要性を訴えている。
必要性を指摘している
特に記述なし
ハブ機能強化
ハブ港湾周辺
(主に三大都市圏)
その他の地域
(主に地方圏)
わが国港湾のハブ機能強化は地域にメリットあり
わが国港湾のハブ機能強化は条件によって地域にメリットあり
わが国港湾のハブ機能強化は地域にデメリットあり
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ボーダレス時代の地域問題 ● アジアのハブ港湾をめぐる覇権争いの意義
6.わが国港湾における
ハブ機能強化に向けた展望
(1)産業基盤としてのハブ機能強化のあり方
1当面の方向性
これまでみたように、わが国の港湾政策は、産業基盤としての機能
確保という点にハブ機能強化の意義を見いだしているが、具体的に
は、航路網およびその頻度の面で現在の航路ネットワークを維持・強
化していくことと、輸送コストの低廉化を進めて産業の競争力を確保
していくことが課題となる。
2高コスト体質の改善
このように、わが国港湾が競争力を維持・強化していくためには、輸
送コストの低廉化だけではなく、航路ネットワークの維持のためにも、
航路ネットワークを維持していくためには、わが国港湾が外航船社
にとって寄港地として魅力ある港湾であることが必要である。外航船
国際的なコスト競争力の強化が不可欠である。
わが国の港湾コストおよび国内輸送コストが割高となる要因には、
社の寄港地選択は、充実した港湾施設および機能が整備されている
所得水準が世界の中で高いことに加えて、円高の急速な進展による
ことを前提条件として、寄港にかかるコストを上回る運賃収入が得ら
為替レートの影響がある。しかし、運賃が認可制となっている港湾運
れることが基本となる。すなわち、十分な貨物量が確保されることと、
送事業をはじめとして、わが国の物流関連産業が抱える非競争的な
寄港にかかるコストが低廉であることが重要な要件である。
制度・慣行も高コスト体質の大きな要因であるといわれている。この
さきにみたように、低下基調にはあるものの、わが国発着貨物はア
ジアの中でも依然大きなシェアを占めていることから、まずそれらが
わが国港湾をバイパスして海外に流出するという動きを抑制し、貨物
量を確保することが先決であろう。
ことは、国際的な自由競争にさらされている外航海運との対比におい
て、
より顕著である。
海外と比較して非常に割高なわが国の港湾コストのうち、最も大き
な部分を港湾荷役料金が占めている
(図7)
。港湾荷役は、
コストに占
そのためには、荷主側からみて、わが国ハブ港湾経由のコストが海
める人件費の比率が高い労働集約的産業であり、
このため、労働力コ
外ハブ港湾経由のコストと比較して明らかに高いということのないよ
ストの非常に高いわが国は、
アジア諸港との競争において大きなハン
うにする必要がある。
ディキャップを抱えているといえる。シンガポールなどのように港湾を
産業としてとらえ、
トランシップ貨物を呼び込む方向は、選択しなかっ
図7●神戸港における港湾関係コストの内訳
(資料)
「運輸白書平成6年版」
たというより選択できなかったというのが実情であろう。
このような中で、コスト面での競争力を高めていくためには、規制
3.0%
6.0%
緩和を進めて市場原理を導入し、
自動化・情報化などによる合理化を
43.8%
一層推進してコストダウンを図っていくことが求められる。これは、
トラ
6.0%
ックを中心とする国内輸送コストについても同様であり、国際的なコ
10.8%
スト競争力の強化のため、一層のコストダウンが求められる。
荷役料金
施設使用料
水先料金
トン税
引船料
その他
30.4%
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ボーダレス時代の地域問題 ● アジアのハブ港湾をめぐる覇権争いの意義
3公共料金の見直し
しかし、わが国の労働力コストの高さを考えると、規制緩和などに
よる民間部門のコストダウンにも限界があると考えられ、港湾コスト
の中で港湾荷役料金に次いで大きなウエイトを占めている施設使用
料等の公共料金についても、その引き下げを図る必要がある。
このためには、ハブ港湾の整備を国家プロジェクトとして位置づけ、
思い切った資金の投入を行う必要が出てくるであろう。しかし、その際
には、国民負担が増加することにもなることから、港湾整備財源のあ
り方についても見直しが求められることになろう。
7.おわりに
4長期的な展望
今後、アジア諸地域の経済発展にともない、アジアにおけるわが国
発着貨物のシェアが一層低下することが想定され、また、外航船社側
本稿では、まず、外航船社の航路ネットワークの再編の動きに連動
における寄港地集約の志向も、船舶の大型化の進展とともにさらに
して、アジア諸港間におけるハブ機能強化に向けた競争が激化し、そ
強まりつつあり、わが国の状況は厳しいといわざるを得ない。
の中でわが国港湾の相対的な地位低下がみられる状況およびその
このため、長期的には、わが国の国内発着貨物を取り扱うだけでは
要因を明らかにした。つぎに、
これらを踏まえ、わが国港湾におけるハ
ハブ港湾として必要な取扱量を確保できなくなる恐れがある。その
ブ機能強化の意義として、産業基盤としての側面が強調されているこ
際には、産業基盤としてのハブ機能を確保するためであっても、海外
とを指摘し、今後のハブ機能強化の方向性を示唆した。
からのトランシップ貨物も取り込むため、わが国港湾の競争力をさら
に強化していかなければならなくなる可能性がある。
その方向とは、1わが国におけるハブ港湾の最適な配置を実現す
るための国と地方の関係の見直し、2高コスト体質を改善するための
非競争的な規制・慣行の見直し、3公共料金の引き下げを実現するた
(2)ハブ機能強化に向けた国・地方のあり方
めの財源負担の見直しである。これらはまさにわが国社会が直面して
これまでみたように、わが国が港湾のハブ機能強化を進めていく際
いる地方分権、規制緩和、行財政改革といった課題の縮図ということ
には、地域によってその効果が異なり、ある地域にとっては外航定期
ができ、港湾のハブ機能強化に向けた取り組みを通じて、広くわが国
航路の開設可能性を逆に低下させることにもなる。すなわち、わが国
社会全般にわたる問題解決の方向性が示唆されるであろう。
全体にとって望ましい方向が、わが国を構成するすべての地域にとっ
て望ましい方向であるとは限らないのである。
なお、本稿は、
『SRC REPORT Vol.1 No.2』
(三和総合研究所発
行)
に掲載した論文に加筆・修正したものである。
しかし、ハブ機能の強化は国家レベルでの取り組みが必要な問題
であることから、国として明確な方針を打ち出し、各地域の理解を求
めていく必要がある。運輸省港湾局の長期政策は、
「中枢国際港湾へ
の重点整備」
と同時に
「地方分散の実現」も掲げており、
この点の調
整に課題を残している。
そこで、
これまでの検討結果をもとに、ハブ機能強化に向けた国・地
方の取り組みについて考えてみると、
つぎのような方向が考えられる。
すなわち、国がハブ港湾とすべき港湾を選定し、そこへの機能集約
化を図るために重点的な投資を行う。一方、わが国港湾の最大の課
題であるコスト削減のため、港湾管理者である地方自治体などが各
種料金体系なども含めて一元的な管理を行い、各港湾間が競争原理
のもとで低コスト化やサービス向上を図っていくというものである。言
い換えれば、国際競争へ参加する港湾を一定数に絞ることによって国
全体として共倒れとなることを防止したうえで、それらの港湾には競争
原理の導入を拡大して国際競争力の強化を図っていくという考え方で
ある。さらに、ハブ港湾として選択されなかった港湾についても、国内
ハブ港湾へのフィーダー航路開設を促すための優遇措置など、一定
の政策的な誘導を加えることが必要となるかも知れない。
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