高齢者施設(介護施設)における 事故の法的責任と安全管理の重要 性

M&P Legal Note 2016 No.2-3
高齢者施設(介護施設)における
事故の法的責任と安全管理の重要
性
2016 年 4 月 8 日
松田綜合法律事務所
弁護士 菅田 正明
で、事故予防と事故発生後の対応について若干
1
高齢者施設の増加と事故リスク
日本は高齢化が進んでおり、高齢者施設の数
の意見を述べたいと思います。
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事故における主な法的責任
も急激に増加しております。厚生労働省の統計
によれば、平成 12 年と平成 26 年における施設
数は次の表のとおりとなっています。
≪施設数の推移≫
(1)刑事責任
高齢者施設内の事故で利用者が負傷又は死
亡した場合、刑事上問題となるのは業務上過
失致死傷罪となります。
平成 12 年
平成 26 年
介護老人福祉施設
4463
7249
同罪は法人には適用されませんが、事案に
介護老人保健施設
2667
4096
よっては現場の職員はもちろん、施設の責任
350
9632
者や運営法人の代表者まで責任を追及される
有料老人ホーム
可能性があります。
この急激な施設数の増加に伴い、介護人材は
慢性的な不足状態に陥っており、この急激な施
設数の増加と人材不足によって、十分な人材育
成や十分な経験を積んだ職員を確保することが
難しくなり、施設内における事故のリスクも増
加傾向にあると考えられます。
(2)民事上の責任
民事上の責任としては、債務不履行責任と
不法行為責任が考えられます。
利用者との契約主体は運営法人ですので、
債務不履行責任は運営法人のみ問題となりま
高齢者施設で人命にかかわる重大な事故が発
すが、不法行為責任については現場の職員及
生した場合には、法的責任を追及されるリスク
び使用者としての運営法人の両方が追及され
があるとともに、社会的非難を受けることによ
えます。
って、日々の業務はもちろん、施設の経営自体
認定される損害賠償額は事案によって異な
に深刻な影響を与える可能性も否定できません。
りますが、過去の裁判例をみると、死亡事故
そこで、本稿では、高齢者施設において事故
であれば 1000 万円を超える賠償額が認定され
が発生した場合の法的責任の内容を整理した上
ることも珍しくありません。
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守されない』と答えた施設が約26%もあっ
(3)法的論点
事故が発生したからといって、必ずしも上
たことからも、実際の事故予防対策の難しさ
を垣間見ることができます。
記の責任が発生するわけではありません。責
確かに、全てのヒヤリハットや全ての利用
任が発生するか否かについて、裁判で争点と
者について詳細な検討と適切な対応策を講じ
なる代表的な要件は、過失の有無です。
ることは難しいかもしれません。しかし、弁
誤解をおそれずに簡単にいえば、当該事故
護士の視点からヒヤリハットやケース記録を
の発生を防止しうる措置を講ずべきだったに
見させていただくと、法的責任が発生するリ
もかかわらず、当該措置を講じなかったと言
スクには軽重があることがわかります。つま
える場合に、過失があったと認定されます。
り、すぐにでも検討を開始して対応策を講じ
そのため、事故予防及び事故の事後対応を
ないと、事故が起きた時には過失ありとして
考えるうえで、裁判で過失ありと認定されな
法的責任が発生する可能性が極めて高いもの
いためにはどうすべきかという視点で検討す
については、優先的かつ重点的に検討を行う
ることが重要になってきます。
必要があり、この視点によってメリハリをつ
けた検討が可能となります。
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高齢者施設での安全管理
(1)事故予防の重要性
このように、施設内で事故が発生すれば、
様々な法的責任が問題となる上、利用者のご
家族への対応、行政への事故報告、裁判への
対応等をせざるを得ず、金銭面のみならず時
間的・精神的にも相当の負担を強いられるこ
とになるため、事故を予防することが何より
も重要になってきます。
特別養護老人ホームなどの指定介護老人福
祉施設においては、厚生労働省令によって事
故発生の防止のための指針整備や事故発生の
防止のための委員会(以下「事故防止委員会」
といいます。
)の開催などが求められているた
め、どの施設でも事故予防のための対策が行
われていることになります。しかし、実際に
はどのように運用すればよいのか要領がつか
めず、効果的な対応がとれずに悩んでいる施
設も多いのではないでしょうか。この点につ
いて、平成 24 年3月に株式会社三菱総合研究
所が行った介護施設を対象とした調査によれ
ば、
『効果的な対策がたてられない』と答えた
施設が約30%、
『効果的な対策を立てても遵
(2)発生後の対応
同省令によって、指定介護福祉施設サービ
スの提供により事故が発生した場合は、速や
かに必要な措置を講じなければならないとさ
れています。
そのため、各施設では事故発生後の対応フ
ローを作成し、事故発生時にはそれに従って
対応するよう決めていることが多いかと思い
ます。
しかし、そのフローは少ない施設では1つ
しかなく、複数のフロー(例えば施設長と連
絡が取れない場合など)を用意してある施設
であっても、時間帯別や現場で事故に対応で
きる職員数別のフローまで作成していること
は稀なのではないかと思います。
その他にも、事故後の対応を検討する上で
重要と思われる考慮要素として、次のものが
考えられます。
①
事故の種類は何か(転倒、誤嚥、誤薬
など)
②
命にかかわる重大事故か否か
③
事故発生時間は夜間か日中か
④
事故発生現場が他の利用者がいる場
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所なのか個室なのか
⑤
検討不足が原因で被害が拡大することで、施
設経営そのものに深刻な打撃を与える可能性
た時に誰が同行して、現場は誰が統括す
がある上、事故が起きると関係者全てが不幸
るのか
な結果となります。
⑥
利用者を病院へ搬送する事態になっ
利用者の御家族への対応は誰が行い、
一時的にはどのような対応をすべきか
そこで、少しでも事故が減るよう、弊所で
は客観的な第三者としての立場と裁判を通じ
これら全てについて場合分けした対応フロ
て多くの事故事例を検討してきた立場から、
ーを作成することは現実的ではないかもしれ
①事故防止委員会への弁護士の参加、②事故
ませんが、少なくともシミュレーションを重
防止マニュアルのレビュー、③実際の事故事
ね、対応の優先順位について全ての職員が共
例を基にした研修等を提案してまいります。
通認識をもって行動できるようにする必要が
高齢者施設職員のように福祉の専門家では
あります。
ありませんが、一つでも事故を減らすために
裁判例の中には、事故発生後の施設及び職
弁護士だからこそ提示できる視点もあると考
員の対応に過失があるとして損害賠償を認め
えておりますので、安全管理に関して対応を
たものもありますので、事故予防と同様、事
検討される際には、御相談いただければ幸い
故発生後の対応についても迅速かつ正確に行
です。
動することが求められます。
この記事に関するお問い合わせ、ご照会は以下の
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まとめ
一つ一つの高齢者施設からすれば、重大事
故を何度も経験することは稀であるため、重
大事故の経験がない施設では、事故予防対策
や事故発生後の対応を検討する際に、自分た
ちでも気づかないうちに甘いシミュレーショ
ンを行うことや、改善策の徹底が疎かになる
可能性は否定できません。
しかし、たった一度の対応策の不徹底によ
連絡先までご連絡ください。
弁護士
菅田
正明
[email protected]
松田綜合法律事務所
〒100-0004
東京都千代田区大手町二丁目6番1号
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FAX:03-3272-0102
り事故が発生することや、事後対応に関する
この記事に記載されている情報は、依頼者及び関係当事者のための一般的な情報として作成されたも
のであり、教養及び参考情報の提供のみを目的とします。いかなる場合も当該情報について法律アド
バイスとして依拠し又はそのように解釈されないよう、また、個別な事実関係に基づく具体的な法律
アドバイスなしに行為されないようご留意下さい。
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