「脆弱国家の開発戦略」研究報告書 - FASID 財団法人国際開発機構

平成19年度 外務省委託
グローバリゼーションと国際開発研究
「脆弱国家の開発戦略」研究報告書
平成20年3月
財団法人 国際開発高等教育機構
目
次
はしがき.............................................................................................................................................. 1
.............................................................................................................................................. 3
序
第 1 章「脆弱国家」の定義と分類 .................................................................................................. 5
1-1 「脆弱国家」及び「国家の脆弱性」の定義・指標 .......................................................... 5
1-2「脆弱国家」のリスト........................................................................................................... 11
第 2 章 主要援助機関による「脆弱な国家」へのアプローチ .................................................. 16
2-1 OECD-DAC ........................................................................................................................... 17
2-2 世銀/IDA ................................................................................................................................ 19
2-3 米国......................................................................................................................................... 22
2-4 英国......................................................................................................................................... 25
2-5 フランス.................................................................................................................................. 28
2-6 UNDP....................................................................................................................................... 29
第 3 章 日本の「脆弱国家」への対応 .......................................................................................... 32
3-1 ガバナンス支援...................................................................................................................... 33
3-2 平和構築支援.......................................................................................................................... 33
3-3 各援助実施機関の取組み...................................................................................................... 35
3-3-1 外務省 .............................................................................................................................. 36
3-3-2 国際協力銀行(JBIC)....................................................................................................... 37
3-3-3 国際協力機構(JICA) ...................................................................................................... 38
3-4 日本の援助の特長:他ドナー国・機関との比較 ............................................................. 41
第 4 章 「脆弱国家」をめぐる最近の研究動向 ........................................................................ 42
4-1 国家の脆弱化を巡る研究動向............................................................................................. 43
4-1-1 健全な国家と脆弱性―国家の破綻と破綻が問題化された背景―.......................... 43
4-1-2 現代的な国家の脆弱化過程........................................................................................... 45
4-1-3 脆弱化な国家と紛争主体の形成.................................................................................. 48
4-2 「脆弱国家」における紛争要因をめぐる研究動向 ......................................................... 51
4-2-1
紛争の構造的な条件 ................................................................................................... 51
4-2-2
政治社会的要因と開発プロセス................................................................................ 55
4-3 脆弱国家の支援方針を巡る研究動向-国際規範の観点から ......................................... 59
第 5 章 日本が脆弱国家へ支援を行ううえでの問題点と課題 ................................................ 63
5-1 脆弱国家に対する基本的な支援政策スタンスの確立 ..................................................... 63
5-2 戦略、政策............................................................................................................................. 65
5-3 調査、研究............................................................................................................................. 68
5-4 実施......................................................................................................................................... 69
5-5 国際協調................................................................................................................................. 69
5-6 援助が逆効果を生む可能性への配慮................................................................................. 70
結び
............................................................................................................................................ 72
事例:ネパールへの援助戦略 ........................................................................................................ 74
1. 背景........................................................................................................................................... 74
2. ネパールの開発と援助 ........................................................................................................... 75
3. 脆弱国家(fragile states)としてのネパール ............................................................................ 76
4. 開発援助の可能性:国づくりと経済開発は車の両輪 ....................................................... 79
補論
............................................................................................................................................ 82
参考文献............................................................................................................................................ 88
はしがき
現在、
世界の開発途上国の経済成長は大きく二極化されつつある。一つのグループは中国、
インド、ブラジル等の急速な経済成長を示している国々で、一人当たりの所得が増加し、
貧困削減も順調に進展している。もう一つのグループは国内の紛争や、政府の脆弱な統治
能力のために経済成長が停滞または後退している国々であり、脆弱国家と呼ばれている。
これらの国々の多くはアフリカ(特にサブサハラ地域)、南アジアに存在しており、民族
間の紛争や反政府勢力のため、政府が国土の一部を統治することができなかったり、政府
のガバナンスに大きな問題があったりする。これらの地域ではミレニアム開発目標(MDGs)
で示されているような貧困削減等の目標の達成も容易ではない。同時に、テロ組織の温床
になる可能性も指摘されている。開発援助の関しては、社会開発、経済開発に加えて、国
家建設(State- Building)や制度作り(Institution-Building)といった政治開発も重視しなけ
ればならない。更に、援助の有効性を重視すれば、ガバナンスの良い国へ多くの援助が流
れ、結果としてガバナンスの悪い脆弱国家への開発援助は減少してしまうことになる。最
も援助を必要とする脆弱国家への援助戦略を検討することが本書の目的である。
開発援助は基本的に政府間での合意に基づき、途上国政府をパートナーとして行われる
が、このような枠組みでの援助には国土の全ての人々を対象とする援助には限界がある。
これら、いわゆる脆弱国家に対する開発援助を考えると、我々は大きなパラダイムの転換
の必要性を感じる。本書では、脆弱国家への開発援助のアプローチを検討するに当たり、
まず「脆弱国家」定義と分類を明らかにし、主要援助機関による「脆弱な国家」へのアプ
ローチと日本の「脆弱国家」への対応を概観する。更に「脆弱国家」をめぐる最近の研究
動向をレビューした上で、
日本が脆弱国家を支援する際の問題点と課題について検討する。
本書の編集は秋山孝允 FASID 国際開発研究センター参与が担当した。外部から、アフリカ
等の脆弱国家支援に多くの知見を持たれている笹岡雄一氏(国際協力機構、国際協力総合
研修所、国際協力客員専門員)に執筆のご協力を得たことに心から感謝したい。FASID 国
際開発研究センター内部の執筆者は秋山孝允の他、湊直信(所長代行)、中村有希(主任)、
小野真依(JPO)、浜名弘明(JPO)である。各章節の執筆担当は以下の通りである。
序:秋山孝允
第 1 章:小野真依
第 2 章:秋山孝允(2-1、2-3)、小野真依(2-2、2-5、2-6)、中村有希(2-4)
第 3 章:小野真依
第 4 章:浜名弘明(4-1、4-3)、笹岡雄一(4-2)
第 5 章:秋山孝允
結び:秋山孝允
1
事例:湊直信
補論:浜名弘明
本書の各章の内容は関係機関の見解を示すものではなく、執筆者の見解に基づいて書かれ
たものである。また、所属は執筆当時のものである。
本書が、いわゆる脆弱国家への援助戦略に関しての議論を深め、ひいてはそれらの国々の
平和と安定への日本の貢献に役立てば幸いである。
財団法人国際開発高等教育機構
国際開発研究センター所長代行
湊直信
2
序
世界の開発援助動向は、2001 年 9 月 11 日の米国における同時多発テロ事件によって大き
な変化を余儀なくされた。それまでもテロ事件はあったが、9.11 は外国からの攻撃によっ
て一度に多数の米国人が米国本土死んだという出来事としては、初めてのことであり、そ
の政治的また社会的反響は非常に深刻であった。貧困国であり、政府が正常には機能して
いないとされるアフガニスタンに拠点を構えるアルカイダによって 9.11 が行われたことは、
否が応でも米国政府の強い関心をいわゆる「脆弱国家」に向けさせた。さらに、イラク、
アフガニスタンへの軍事介入や、その後の国家建設が順調にいっていないということも脆
弱国家に対する関心を一層高め、米国をはじめ、主要ドナー国や OECD-DAC、世界銀行、
UNDP などの国際機関の間でも脆弱国家の問題が重要課題として議論されるようになった。
国家として国民に対して基本的なサービス(特に治安)を提供する意思がないか、または
行う能力がない国の多くが世界または地域の安全保障を脅かす可能性があるという認識が
脆弱国家への関心を高めた。脆弱国家の問題は従来、安全保障・軍事問題として、また開
発問題(貧困、ガバナンス)として扱われてきたが、最近の議論は脆弱国家の多くは国家
の体をなしておらず、
国家とは何か、
健全な国家にしていくにはどうすべきか
(国家建設)
、
これらの国の紛争を予防するには何ができるかに焦点が移っているように思われる。これ
は今までの開発パラダイムを大きく変えることである。すなわち脆弱国家の開発の重点が
経済から政治、また国によっては治安や安全保障に移ることを意味するのではないか。こ
の場合、多くの脆弱国家への対応についてドナー国内でも開発なり経済協力担当の部署だ
けではなく、外交、防衛(3D: Diplomacy, Defense, Development)担当部署との協調が必要
になる(Whole-of-government approach)と DAC は述べている。このような議論の動向は日
本へのインプリケーションも大きく、早期に基本的政策スタンスを築く必要があると思わ
れる。
現在、脆弱国家とは「国家の構造が貧困削減や開発、および国民の安全保障や人権の保
障に必要な基礎的機能を提供する能力または意思を欠いた」状況にある国であるとする
OECD-DAC の定義が国際援助コミュニティで広く用いられているが、多くのドナーは政治
的配慮もあって具体的な国を明記していない。研究者などの間では、世銀の CPIA 分類で
第 4・5 分位に含まれる 39 カ国、また世銀の定める脆弱国家 34 カ国に特に着目することが
多い。本報告書では OECD-DAC の定義に入る国を想定して議論を進める。
本報告書の趣旨は、脆弱国家に関して国際開発社会また研究者の間でどのような議論が
行われてきたのかをレビューし、国際開発社会および日本へのインプリケーションを検討
することである。この問題は国際開発社会で採り上げられてから比較的新しく、議論もま
だまだ流動的であり、日本もこれに十分貢献できると思われる。本報告書を通し、日本の
援助コミュニティが如何に脆弱国家に対処すべきかという課題に貢献できれば幸いである。
本報告書の構成は以下である。まず第 1 章では主要ドナー、国際機関、研究機関(者)
3
による「脆弱国家」の定義、分類、指標を検討する。「脆弱国家(Fragile States)」という
言葉は OECD-DAC や世銀、いくつかの研究機関、研究者が用いているが、他の機関でも
上記した OECD-DAC の定義に当てはまるような国に関する議論はなされている。第 2 章
では主要ドナーの脆弱国家に対する政策や援助動向を、第 3 章では日本の脆弱国家へのア
プローチ、実績を概観する。この 2 つの章で述べているように、日本と他ドナーのアプロ
ーチの違いは、今後日本が脆弱国家に対する方針を検討するうえでの材料になると思われ
る。第 4 章では主に政治学的な脆弱国家の分析として、政治学的に見た国家、脆弱国家の
定義および紛争の原因などを紹介する。脆弱国家が抱える問題は政府の役割、紛争の原因
など当該国の政治、社会問題を理解することが不可欠と思われる。本章はそれらの基本的
概念を整理したものである。第 5 章では、日本のこれまでの脆弱国家への政策、援助など
を分析し、これからどうすべきか、それに伴う課題を述べる。この章での議論はあくまで
も暫定的であるが、日本における脆弱国家への議論のたたき台として要点だけを示したい。
第 6 章は結びである。
4
第 1 章「脆弱国家」の定義と分類
2005年にロンドンにおいて開催されたUNDP・世銀・EC・OECD-DAC共同ハイレベル・フ
ォーラムを機に、国際社会はいわゆる「脆弱国家」に関して “Fragile states”という統一した
用語を用いるようになっている。他方、国家の脆弱性に関する厳密な定義付けは未だなさ
れておらず、また脆弱国家として分類される国のリストについても合意に達していない。
しかし、こうした国家においては、極端に弱いガバナンスや紛争の勃発、紛争終結後の移
行期における社会の不安定性、治安の欠如、社会グループ間の亀裂、汚職の蔓延、法支配
体制の崩壊、投資需要の停滞、開発のための資源の枯渇など、他の低所得国とは質的に異
なった課題を複合的・慢性的に抱えており、それ故に従来とは異なった慎重な政策対応を
要することが認識されている1。このため、国際社会は当該国における脆弱性の要因分析を
適時に実施して各国の状況を反映した支援を行う重要性に合意し (Prest et al 2005)、それぞ
れの援助目的や方針、また支援対象国との関係に応じて様々な国家の脆弱性に関する研
究・分析ツールの開発を進めてきた。
脆弱国家の定義や国の分類はドナーや研究者によって異なる。その相違には、主として
紛争や安全保障への影響、制度・政策整備の成熟度合、またドナーや研究者の各当該国に
対する認識の違いがあると思われる。具体的な脆弱国家のリストとしては、世界銀行が国
別政策制度アセスメント(Country Policy and Institutional Assessment: CPIA、詳細後述)に基
づいて脆弱国家を特定・公開しており、それゆえに世銀の脆弱国家分類が一つの基準にな
っている2。但し、脆弱国家とされる国々の抱える課題と状況は変動的であり、従ってこう
した状況分析に基づく脆弱国家の分類は一時的なステータスであることを付言しておきた
い。
本章では、各主要ドナー機関やNGO、民間シンクタンク、学者による脆弱国家の実用的
定義や分類を広く比較検討し、また脆弱国家を定義するうえで用いられている主要な指標
の考察を通じて、脆弱国家(国家の脆弱性)の概念を整理する。
1-1 「脆弱国家」及び「国家の脆弱性」の定義・指標
既述のように、脆弱国家の定義や区分の基準は各援助国・機関の支援戦略、及びその支援
対象国との関係によって様々に異なるが、その議論の機軸は概して(1)当該国行政機構の
ガバナンスや経済開発パフォーマンス、(2)国際治安情勢への脅威、(3)人間の安全保
障、の3つに集約されると見てよい。先ず(1)は、脆弱国家における「健全」な行政制度
や社会基盤の欠如と、これによる(いわゆる「Good Performers」に比べて)限定的かつ不安
1
またこれを実現するために、従来の開発部署に加えて治安、司法などの部署とも意識的に連携を図る
“Whole-of-government”型の対応の重要性が OECD-DAC を中心に強調されている。
2
世界銀行は、後述する Low Income Countries Under Stress(LICUS)イニシアティブを 2002 年に立ち上げて
以来、いわゆる脆弱国家について LICUS の呼名を用いてきたが、近年になって脆弱国家(Fragile States)の
語を用いるように移行しつつある。
5
定な援助資金のフローに特に着目するもので(「援助孤児」問題)、世界銀行やOECD-DAC
における定義がこれにあたる。
(2)については、特に2001年の世界同時多発テロ事件以降、
脆弱国家の存在を国際治安保障の立場から捉え、これに取り組む動きが急速に広がってい
る。アメリカは脆弱国家支援を自国の安全保障戦略の一環として位置づけるドナーの好例
である。また(3)は、主に貧困削減やMDGsの観点から脆弱国家に焦点を当てるもので、
例えばイギリス(DFID)が挙げられる。但し、実際には多くの主要援助国・機関が、上に
あげた3つの課題のうち複数の課題認識の下に脆弱国家を定義しているものと見られる。
以下では、主要な援助国・機関および民間シンクタンクによる脆弱国家の定義と指標を
検討する。
(1)世界銀行
世界銀行のFragile and Conflict-Affected Countries Groupは、約30カ国の「制度や
能力の弱さ、または紛争に起因する困難を経験している」貧困国を脆弱国家とし
て特定している。世銀では、2002年よりこれらの国々を特にLICUS(Low-Income
Countries Under Stress)とし、行政政策・制度の弱さと援助の効率性の観点から
定義と分類を行ってきた。2005年のUNDP・世銀・EC・OECD-DAC共同ハイレ
ベル・フォーラム以降は、その対象を紛争や政治的不安定性のリスクを抱えた
国にも拡大し、またその呼名も他ドナーの動向に合わせてFragile Statesに統一す
るようになっている。
世銀は脆弱国家が多様な集団であることを強調したうえで、分析の目的上、
国別政策制度アセスメント(CPIA)による評定値が3.2以下の国家を脆弱国家と
している。このうちCPIA値が2.5以下の国を“severe countries”、2.6以上3.0以下
の国を“core countries”、3.1以上3.2以下の国を“marginal countries”としている。
2007年度には34の国・地域がリストアップされている。但し、分析の対象はIDA
融資国に限定されるため、例えば北朝鮮など、一部の国は含まれていない。
CPIAとは、経済運営、構造政策、社会的一体性/公平のための政策、公的部
門の運営・制度の4分野にわたる16のパフォーマンス指標から構成される、世銀
IDAの融資決定における主要参考指標である。CPIA値の決定は各国カントリ
ー・チームの裁量に基づくところが大きい。CPIAは、DFIDやOECD-DACなど
他の援助国・機関によっても政策決定段階での参考指標として参照されている
ほか、アフリカ開発銀行(AfDB)等では実際の融資決定指標のひとつとして用
いられている3。他方、CPIAの各指標がネオリベラリズム的な市場経済主義に沿
った政策を高く評価する仕組みになっていること(例えば貿易指標の得点項目
3
AfDB においては、融資の決定指標として CPIA の他にポストコンフリクト国別ファシリティ
(Post-Conflict Country Facility: PCCF)を設置(2004 年)することで、多くのアフリカの紛争経験国へ向
けた援助実現に対応している。これを通じ、2004 年にブルンジ、コンゴ共和国が債務削減を受けている。
6
として低い関税や資本流入へのコントロール撤廃などが挙げられている)から
CPIAの客観性を問う見方や、ジェンダーや労働、環境の持続可能性など、元来
世銀が比較優位を持たない分野における評定値の信頼性に対する懸念が指摘さ
れている (Bretton Woods Project 2005)4。
(2)USAID
アメリカのODA関連組織のうち、唯一明示的な脆弱国家政策を採用している米
国開発庁(USAID)は、国家の脆弱性を特に「危機(crisis)5」に着目して捉え、危
機に対する脆弱性を備えた国家(failing states)と、既に危機状況に陥っている国
家(failed states)、及び回復途中にある国(recovering states)までを含めた比較的幅
の広い定義を設けている。また安定化へのアプローチを明確化させるために、
当該国における危機状態の回復速度に応じて異なった支援戦略を策定している
(USAID 2005)。但し、政治的影響への懸念から具体的な支援対象リストは公表
していない6。
USAIDは国家の脆弱性の測定指標として、2006年に経済・政治・安全保障・
社会の4分野における政府の有効性と正統性を33の指標から分析するFragile
States Indicators(FSI)を発表している。しかし、政府の有効性と正統性という概
念の曖昧さ、USAIDの支援実施分野外でのデータ収集の難しさから、具体的な
国家の脆弱性を測定・分析するイニシアティブは一時的に中断されている(Rice
and Patrick 2008)。
(3)DFID
英国開発省(DFID)による「脆弱国家」概念は、ブレア労働政権以来の積極的な
貧困削減推進の方針を機軸とするもので、「政府が貧しい人を含めた国民に対
して基本的に重要な機能を果たせないか、果たす意思の無い国家」と定義され
る。また、DFIDは1999-2003年の間にCPIAの第4・5分位に含められた39カ国に
評定不可能とされた7カ国をあわせた46カ国を便宜上の脆弱国家リストとして
いる。DFIDの定義は紛争経験の有無に拘らず、当該国政府における適切な社会
保障政策の実施能力と意思に着目するため、例えばタイのように領域内で紛争
を経験している国であっても貧困層を含めた大多数の国民人口に適切なサービ
ス提供を確保している場合には脆弱国家に含まれない。他方、ガイアナなど、
4
http://www.brettonwoodsproject.org/art.shtml?x=84455
「危機」とは、中央政府が必要不可欠なサービスの提供能力またはその意思を持たず、政府の正統性が
不在か脆弱であり、暴力的紛争が勃発しているまたはそのリスクが極めて大きい国と定義される。また「脆
弱性」とは、安全の保障および基本的サービスの適切な提供のための実施能力またはその意思のない国で、
政府の正統性が問題となっている国(崩壊しつつある国家、回復途中にある国家)とされる。
6
USAID(2005)は、危機国家の例としてアフガニスタン、スーダン、エルサルバドル、シエラレオネを、
また脆弱国家としてはインドネシア、マケドニア、セルビア・モンテネグロを挙げている。
5
7
紛争国でなくとも基本サービス提供能力の欠如が確認される国は脆弱国家とみ
なされる(Brown and Stewart 2007)。
(4)OECD-DAC
OECD-DACによれば、国家は「国家の構造が貧困削減や開発、および国民の安
全保障や人権の保障に必要な基礎的機能を提供する能力または意思を欠く場
合」に脆弱である(OECD-DAC. 2007a)。DFIDの定義とは異なり、ここでの国家
の基礎的機能には安全保障の提供が含まれる。但し、OECD-DACは諸々の理由
からあえて明示的な脆弱国家の定義を置かない立場をとっている。また、便宜
的に世銀のCPIA第4・5分位および2003年のCPIA値が欠損した4カ国(アフガニ
スタン、リベリア、ミャンマー、東ティモール)を分析の対象国と定め、これ
らの国々を CPIA値とGNI、ODAレベルの高さに基づいて4つのグループに分
類し、援助配分フローのモニタリングを行っている(Morcos 2005)。
(5)Fund for Peace
アメリカの NPO である Fund for Peace は、2005 年以来、特に国内的暴力紛争
や「国家の失敗」発生リスクの早期警告を目的に、対象国(2007 年において
は 177 カ国)のランキングを行う Fragile State Index(FSI)を Foreign Policy 誌
に発表している。FSI は、人口的圧力、集団の憤懣、不均衡な開発、経済停滞、
非正統化した政府、安全機構、外部介入など 12 の「不安定性指標」から成り、
96 年より同団体代表であり米国上院外交委員会メンバーでもある Baker 教授
によって開発された紛争測定システムツール(Conflict Assessment System Tool:
CAST) を測定の基盤としている。2007 年度の FSI に基づき、US Central
Intelligences Agency (CIA) による報告書では 20 カ国が「警戒国(Alerted zone
countries)」に分類されているなど(Fund for Peace 2007)、相対的な「国家の
失敗」リスクの参考指標として幅広く用いられている。但し、その分析対象は
専ら国内紛争の観点に限定される。また CAST の分析に特定された報道ソース
のみを用いていることから、その情報の不透明性が指摘されている。
(6)Brookings Institution
Brookings Institution の Rice と Patrick は、弱い国家を 4 つの政府の中心的義務
(政治、経済、安全保障、社会福祉)を遂行する能力と/または意志を欠いた
国、と定義し、これら 4 分野における政府の効率性や反応性、正統性の観点か
ら国家の弱さを測定する Index of State Weakness を 2008 年に発表した(Rice and
Patrick 2008)。同指標は、世銀の定義する低所得国、低中所得国および上中所
得国に北朝鮮などを含めた 141 カ国を分析対象とし、その今日の相対的な国家
8
の弱さをランク付けするとともに、上記 4 分野にわたる計 20 の指標毎に提示
することで、政策立案者のための総合的かつ明確な参考ツールを意図して作成
されている。現段階では各 20 の指標は均等な重みを付与されている。
総じてみれば、上記の脆弱国家の定義と指標は、いずれも国家統治主体としての政府の
有効性(state- effectiveness)に焦点をあて、当該国行政機関が、安全保障を含めた適切な
社会サービスの提供能力(capacity)と意思(will)および統治の正統性(legitimacy)を備
えているか否かの観点から、従来の低所得国に向けた開発援助枠組の外に置かれた国々に
対する特別な支援モダリティの必要性を認識するものであるといえよう。
9
Box 1.「脆弱国家」定義と指標を巡るその他の議論
EU
欧州委員会(EC)は現 EU 議長国(ポルトガル)のイニシアティブのもと、2007 年 7-9
月に途上国における脆弱性への対応に関する公開討論を実施した。この成果としてま
とめられた「脆弱な状況に関する EC コミュニケーション」(EC 2007)は、本課題に焦
点をあてた初の EU 公式文書である。同文書は、国家の脆弱性とは「政府のガバナン
スや行政制度の弱さ、及び政府の基本サービス提供機関としての能力の欠如」によっ
て特徴づけられるとし、脆弱性の決定・永続要因としての権力構造と、その形成が特
定の政治・社会・経済および歴史的プロセスに起因すること、また脆弱性の引き金要
因として政治的不安定性、民族的・宗教的対立、食糧不足、小型武器の密輸、若年者
の失業などを指摘している。
フランス
フランス政府は公式に「脆弱国家」の語を用いていない。フランス開発庁(AFD)のアナ
リストであるChâtaigner(2005)によれば、「脆弱国家」とは弱い経済パフォーマンスや
有効な政府の不在、MDGs達成見込みの低さに特徴付けられ、その脆弱度の度合は法の
支配、領土内における政府の権威、マイノリティへの配慮、基本サービスの提供能力
によって測定される。またChâtaignerは、いわゆる「脆弱国家」アプローチが予防処置
の概念を含む一方で、開発政策や民間セクターの介入など国家の対外的脆弱性(external
fragility)を軽視していることを指摘する。
カナダ
カールトン大学の Country Indicators for Foreign Policy(CIFP)プロジェクトは、カナダ国
際開発庁(CIDA)や Canadian Department of Foreign Affairs and International Trade(DFAIT)
の委託を受け、国家の脆弱性指標(index of state fragility)を 2006 年に開発している。同指
標は、従来の紛争分析を超えた国家の脆弱性分析ツールとして、国ごとに経済、ガバナ
ンス、安全保障と犯罪、人間開発、人口、環境の 6 クラスターにわたる指標を総合して
structural profile を作成し、これを国家の「3 つの側面(権威、正統性、能力)」から再
検討することで、分析対象国の文脈を重視しつつも、その国家の安定性を相対的に分析
する。また現在 CIDA との連携で、脆弱国家を対象とした援助配分決定の指標に関わる
研究を進めている。(Rice and Patrick 2008)
ドイツ
2004 年にドイツ政府が発表した「紛争予防、紛争解決及び紛争後の平和構築に係る
行動計画」によれば、失敗国家(failed states)および失敗しつつある国家(failing states)と
は、良い統治の欠如と国家構造の段階的な崩壊を特徴とする (Cammack et al 2006) 。
10
1-2「脆弱国家」のリスト
現在、「脆弱国家」の具体的な分類基準を公表している援助国・機関は少なく、世銀がCPIA
に基づき約30カ国の脆弱国家を定め、2005年以降その分類を公開しているほか、これに準
じてDFIDが2005年に46カ国の便宜的な脆弱国家リストを挙げているのみである。表1には、
世銀、DFIDによる脆弱国家リストに加え、UNDP(2003)による「最優先国」「上位優先
国」(59カ国)、および国連の定める「後発開発途上国(Least Developed Countries: LDCs)」
(50カ国)7を示した。さらに表2では、比較のために世銀による脆弱国家リストと、前節で
紹介したいくつかの脆弱国家の指標、さらに政治学者のRotberg(2003)によるCollapsed /
Failed / Failing / Weak Stateの分類を載せている。Rotbergの分類については第4章で後述した
い。
それぞれで特定された対象国には相当な重複が確認され、その大半はサハラ以南アフリ
カの小国である。また表2からは、ドナーによる分類と各指標による分類が必ずしも同一
ではないことが指摘される(この傾向は特に中央アジアやラテンアメリカ、CIS諸国におい
て顕著である)が、概して、脆弱国家支援の議論の対象は、明示的に議論されることこそ
少ないが、従来から最貧困国と括られてきた国々とほぼ一致すると言えるだろう。しかし、
紛争やガバナンス問題など諸理由によって開発援助のコンディショナリティを満たせず、
このために安定した援助資金フローを確保できないこれらの国々における援助資源の必要
性に改めて光をあて、また従来の援助手法とは異なる新たな開発援助モダリティの確立を
国際社会に喚起する点に、脆弱国家支援の議論の付加的意義がある。
世銀をはじめ多くのドナーが指摘しているように、脆弱国家の抱える状況と課題は多様
である。アンゴラ、コンゴ民主共和国、ナイジェリア、パプアニューギニアなど一部の国
は資源保有国であるが、ブルンジやハイチなど、その他の多くの国は天然資源を持たない。
World Development Indicators 2007によれば、2000年から2005年にかけて、カンボジアやアン
ゴラが平均9-10%の成長を遂げているのに対し、ギニアビサウやハイチは平均-0.5、ジンバ
ブエにおいては平均-6%のマイナス成長を経験している(World Bank 2007a)。UNDP(2007)
による人間開発指標(HDI)をみれば、多くの脆弱国家が「人間開発低位国(HDI 0.5未満)」に
分類されるが、例えばウズベキスタン(HDI 0.702)やトンガ(HDI 0.819)は極めて高いHDI
値を記録している。このために、脆弱国家に向けた有効な支援戦略の策定には、詳細な状
況分析の実施が不可欠であることが合意されており、実際に、イギリス内閣府戦略ユニッ
トによるCRI(Country at Risk of Instability)プログラム、カナダのCIFPプロジェクト(Box 1)、
日本の平和構築ニーズアセスメント(2007)PNA、第3章にて後述)のように、紛争分析ツ
ールから発展し、各国の異なる状況をより効果的に政策決定過程への反映させることを目
指す手法の開発が進められている。
他方、これらの脆弱国家に見られる共通項として、紛争勃発の高いリスクと(それに伴
7
http://www.un.org/special-rep/ohrlls/ldc/list.htm (アクセス日時:2008 年 1 月 24 日)
11
う)著しく弱体な国家政府機能、が指摘される。例えば世銀の定める脆弱国家の 4 分の 3
は紛争国であり(World Bank 2006c)、このため紛争に配慮した開発援助の実施と紛争予
防への取組みは「脆弱国家」への対応戦略において中核的位置を占める。また紛争によっ
て破綻した国家機能の復興、すなわち国家建設(State-Building)にどのように取り組むか
が主要課題となっている。本報告書では第 4 章にてこの議論を詳細に検討したい。
12
表1:ドナーによる「脆弱国家」リスト
国名
アフリカ
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
東アジア・ 42
太平洋
43
44
45
46
47
48
49
50
52
53
54
55
56
57
南アジア 58
59
60
61
中央アジ 62
ア
63
64
65
66
近東
67
68
中央・南 69
アメリカ
70
71
アンゴラ
ウガンダ
エチオピア
エリトリア
カーボヴァルデ
ガボン
カメルーン
ガンビア
ギニア
ギニアビサウ
ケニア
コートジボワール
コモロ
コンゴ共和国
コンゴ民主主義共和国
サオトメ・プリンシぺ
ザンビア
シエラレオネ
ジブチ
ジンバブエ
スーダン
赤道ギニア
セネガル
ソマリア
タンザニア
チャド
中央アフリカ共和国
トーゴ
ナイジェリア
ニジェール
ブルキナファソ
ブルンジ
ベニン
マダガスカル
マラウィ
マリ
モーリタニア
モザンビーク
リベリア
ルワンダ
レソト
インドネシア
カンボジア
キリバツ
サモア
ソロモン
ツバル
トンガ
バヌアツ
パプアニューギニア
フィリピン
東ティモール
ミャンマー
モルディブ
モンゴル
ラオス
アフガニスタン
ネパール
ブータン
バングラディッシュ
アゼルバイジャン
ウズベキスタン
グルジア
タジキスタン
コソボ
イエメン
ヨルダン川西岸・ガザ地
ガイアナ
ドミニカ
ハイチ
WB(2007)
DFID(2005)
UNDP(2003)*1
Severe/Core/Marginal LICUS Fragile states Top priority/high priority countries
Core LICUS
×
top priority
high priority/×
top priority
Core LICUS
×
high priority
Severe LICUS
Severe LICUS
Core LICUS
Core LICUS
Marginal LICUS
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
Marginal LICUS
Marginal LICUS
Severe LICUS
Core LICUS
×
×
×
×
Severe LICUS
×
Core LICUS
Severe LICUS
Severe LICUS
Marginal LICUS
×
×
×
×
×
Marginal LICUS
Core LICUS
Core LICUS
high priority
high priority
high priority
top priority
high priority
top priority
high priority/top priority
×
×
Marginal LICUS
Severe LICUS
×
Marginal LICUS
×
×
×
Core LICUS
×
Core LICUS
Marginal LICUS
Marginal LICUS
×
×
×
Core LICUS
Severe LICUS
×
×
Core LICUS
Severe LICUS
×
×
×
×
×
×
×
top priority
top priority
top priority
top priority
top priority
high priority
high priority
Core LICUS
UN (2006)
Least Deved Countries
×
×
×
×
×
top priority
top priority
top priority
top priority
top priority
top priority
top priority
top priority
top priority
top priority
high priority
top priority
top priority
top priority
top priority
top priority
top priority
high priority
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
×
high priority
×
×
×
high priority/top priority
Core LICUS
top priority
×
×
×
×
×
×
×
×
×
Core LICUS
×
high priority/top priority
×
×
×
×
top priority
×
Severe LICUS
Core LICUS
出所:World Bank(2007)、DFID(2005)、Cammack et al(2006)、UN(2007)
注:UNDP(2003)は最優先国および上位優先国を明示していない。表中の分類は Cammack
et al(2006)の計算に基づいている。
13
表 2 世銀による脆弱国家リストと Index of State Weakness、Failed State Index 2007,
Rotberg(2004)
アフリカ
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
アンゴラ
ウガンダ
エチオピア
エリトリア
カメルーン
ガンビア
ギニア
ギニアビサウ
ケニア
コートジボワール
コモロ
コンゴ共和国
コンゴ民主主義共
和国
サオトメ・プリンシぺ
ザンビア
シエラレオネ
ジブチ
ジンバブエ
スーダン
スワジランド
赤道ギニア
ソマリア
タンザニア
チャド
中央アフリカ共和
トーゴ
ナイジェリア
ニジェール
ブルキナファソ
ブルンジ
マダガスカル
マラウィ
マリ
モーリタニア
モザンビーク
リベリア
ルワンダ
レソト
World
Bank(2007)
Fragile States
Index of State
Weakness
Bottom/2nd quintile
Core countries
bottom quintile
bottom quintile
bottom quintile
bottom quintile
2nd quintile
2nd quintile
bottom quintile
bottom quintile
2nd quintile
bottom quintile
2nd quintile
bottom quintile
bottom quintile
Core countries
Marginal
Core countries
Core countries
Severe countries
Severe countries
Core countries
Core countries
Fund for Peace
Failed State
Index(2007)
Critical /In Danger
Countries
Rotberg
(2004)
collapsed/faile
d/failing/weak
states
failed state
Critical
Critical
In Danger
Critical
In Danger
In Danger
Critical
failing state
In Danger
Critical
failed state
In Danger
failed state
Critical
Critical
failing state
failed state
Critical
collapsed state
Critical
Critical
weak state
weak state
Critical
In Danger
In Danger
Critical
weak state
weak state
weak state
weak state
weak state
weak state
weak state
Marginal
Marginal
Marginal
Severe countries
Core countries
Severe countries
Core countries
Severe countries
Severe countries
Marginal
Core countries
Marginal
Severe countries
2nd quintile
bottom quintile
2nd quintile
bottom quintile
bottom quintile
2nd quintile
bottom quintile
bottom quintile
2nd quintile
bottom quintile
bottom quintile
bottom quintile
bottom quintile
bottom quintile
2nd quintile
bottom quintile
2nd quintile
2nd quintile
2nd quintile
2nd quintile
2nd quintile
bottom quintile
bottom quintile
2nd quintile
14
In Danger
In Danger
In Danger
failed state
表 2 世銀による脆弱国家リストと Index of State Weakness、Failed State Index 2007,
Rotberg(2004)(続)
東アジ
ア・太
平洋
南アジ
ア
中央ア
ジア、
欧州
近東
中央・
南アメリ
カ
World
Bank(2007)
Fragile States
Index of State
Weakness
Bottom/2nd quintile
Marginal
Core countries
Core countries
Marginal
Marginal
2nd quintile
2nd quintile
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
50
51
インドネシア
カンボジア
ソロモン
トンガ
バヌアツ
パプアニューギニア
フィジー
フィリピン
東ティモール
ミャンマー
ラオス
北朝鮮
アフガニスタン
52
53
54
55
56
57
58
59
60
61
62
63
64
65
66
67
68
69
スリランカ
ネパール
パキスタン
バングラディッシュ
ウズベキスタン
Core countries
キルギス
グルジア
コソボ
Core countries
タジキスタン
トルクメニスタン
ベラルーシ
モルドバ
イエメン
イラク
エジプト
シリア
レバノン
ヨルダン川西岸・ガ Severe countries
ザ地区
エクアドル
ガイアナ
グアテマラ
コロンビア
ドミニカ
ハイチ
Core countries
パラグアイ
ボリビア
70
71
72
73
74
75
76
77
Core countries
Severe countries
Core countries
Severe countries
Fund for Peace
Failed State
Index(2007)
Critical /In Danger
Countries
Rotberg
(2004)
collapsed/faile
d/failing/weak
states
failing state
In Danger
weak state
2nd quintile
weak state
weak state
weak state
2nd quintile
bottom quintile
2nd quintile
bottom quintile
bottom quintile
Critical
Critical
2nd quintile
bottom quintile
2nd quintile
2nd quintile
2nd quintile
In Danger
In Danger
Critical
Critical
In Danger
Critical
Critical
weak state
weak state
failing state
failed state
failing state
weak state
weak state
2nd quintile
2nd quintile
In Danger
2nd quintile
bottom quintile
In Danger
Critical
In Danger
In Danger
In Danger
weak state
weak state
weak state
2nd quintile
In Danger
bottom quintile
Critical
failing state
weak state
weak state
weak state
weak state
failing state
weak state
weak state
weak state
出所: World Bank (2007c)、Rice and Patrick (2008)、Fund for Peace (2007)、 Rotberg (2004)
15
第 2 章 主要援助機関による「脆弱な国家」へのアプローチ
「国民に対し、国家としての機能を果たしていない国」という観点から開発問題を捉え、
途上国政府の政策に干渉を行う方針がとられたのは、世界銀行や IMF(ブレトンウッズ機
関)が 1980 年にはじめた構造調整融資に始まる。しかし、融資条件(コンディショナリテ
ィ)に多くの問題があり、この政策は批判を浴び、1990 年後半から貧困削減戦略(PRS)
を途上国自身に作成させて、それに沿って国際開発援助社会は当該国を支援するという戦
略にかわってきた8。
1995 年に世銀の総裁に就任したウオルフェンソン氏は、それまでタブー視されていた汚
職を中心としたガバナンスの問題を開発戦略の大きなテーマとした9。また、国際援助コミ
ュニティにとって、1998 年の世銀報告書は、開発援助の投入と途上国の制度、政策の関係
を検討する契機の一つとなった(World Bank 1998)。この報告書は、統治制度や開発政策
が整備されていない途上国への援助は効果があまりないという主張をした。この報告書を
反映して、世銀は途上国のガバナンスを含めた制度、政策の整備具合を測定する CPIA 指
標を作成し、それをベースに IDA 資金配分を行うようになった。2003 年に設立された米
国のミレニアム・チャレンジ公社 Millennium Challenge Corporation: MCC)もガバナンスを
はじめとする制度や政策に関する指標を用いて MCC からの融資を受ける資格国を判定し
てきた。このような動向が構造調整融資と大きく異なるのは、前者が制度、政策に関して
事前的であるのに対し後者は事後的であるということである10。
2001 年の 9.11 米国同時多発テロに続く軍事的介入は、上記の開発援助の流れに大きな影
響を与えることになる。9.11 以降、テロ国家対策が米国政府にとって安全保障上、また外
交政策上の最重要課題となり、アフガニスタン、イラク等を危険国家とみなし、軍事介入
を行ってきた。初期段階では、この両国において米軍の軍事介入が順調にいっていたよう
に見えたが、時とともに紛争の死傷者も増加し、英米などでは軍事介入に反対する運動も
盛んになってきた。両国への軍事介入が妥当であったかという問題とは別に、イラク、ア
フガニスタンのような脆弱国家といえる国へのアプローチが、過度に軍事的に偏り、開発
の視点が軽視されたのではないかという批判や反省もあった11。
一方、MDGs(ミレニアム開発目標)の視点から脆弱国家にアプローチする傾向が強い
と思われるのが英国である。MDGs の達成を開発援助の重要政策方針に掲げている英国は、
「政府が貧しい人を含めた国民に対し基本的に重要な機能を果たせないか、果たす意思の
無い国家」を支援していくことが MDGs 実現にむけた重要課題であると見ている(DFID
2005)。
8
秋山他(2003)参照。
JICA(2007)参照。
10
事前的(ex-ante)とは貸し付け条件として当該国に将来政策変更を行うことを約束させることで、事後
的(ex-post)とは、すでに好ましい政策を採っている国に支援すること。
11
この点は日本でもインド洋における給油問題で取り上げられた。
9
16
紛争を中心に脆弱国家の研究を行ったのが世銀の Research Group の局長を務めていた
Collier 氏(現オックスフォード大教授)で、制度と政策が未整備な国が紛争を起こしやす
く、紛争が起こる前にこれらの国へ開発援助にとどまらないセキュリティ、貿易金融を政
策を含む総合的な支援を行うことで、紛争を回避すべきだと主張した。
上記のような、脆弱国家に関わるここ数年の潮流をまとめると、これらの国への支援が
この数年国際援助コミュニティの注目を集めてきた要因には以下が挙げられるだろう。
-2001 年 9 月 11 日のアメリカにおける同時多発テロ事件を契機にテロとの闘
いが声高に叫ばれるようになって以来、国際テロ対策は主要先進国の政治的最
大関心事となり、脆弱国家がテロの温床になりうるという危機感が共有されて
きた。
-イラク、アフガニスタンや北朝鮮が示すように、脆弱国家に対し早いうちに
手を打たないと多大なコストがかかる。脆弱国家は内戦を起こしやすく、その
コストは平均で 540 億ドルと推定されている(Collier and Chauvet 2004)。紛争
予防のコストは 4 分の 1 になるという推定もある(Chalmers 2004)。
-脆弱国家には多くの貧困者がおり、これらの国の開発を援助しなければ
MDGs は達成できない。
-脆弱国家が抱える問題は、当該国内にとどまらず、社会的、政治的、軍事的
不安定性が近隣諸国に及び、地域問題となる可能性がある。
-極度の貧困に苦しむこれらの国の住民の存在は人道的問題でもある。
-テロ、不法移民、難民、国際的犯罪、伝染病などを通してドナー国の社会問
題につながる可能性がある。
過去数年、脆弱国家への介入や支援のあり方について、軍事的な介入も含め、国際政治、
外交の場でも議論されてきた。特に開発援助の枠組みに関しては OECD-DAC が中心とな
り議論を牽引してきたように思われる。
2-1 OECD-DAC
1997 年に OECD が発表した報告書「Policy Statement on Conflict, Peace and Development
Co-operation in the Threshold of the 21st Century」は、脆弱国家への対応を国際援助コミュニテ
ィで議論される先駆けとなった (OECD-DAC 1997)。同報告書は、途上国における戦争と
紛争は開発を大きく遅らせることもあり、援助国はこの問題を無視できないこと、また人
道的にも無視できる問題ではないことを述べている。1999 年ベルリンのコミュニケでは
DAC 諸国は紛争予防に努力すべきとした。英米を中心として主要ドナーが脆弱国家の問題
に多大な関心があることを受け、DAC 2003 High Level Meeting で OECD-DAC Fragile State
17
Group (FSG)が設立された。このグループの目的は援助機関間で脆弱国家援助の経験、研究
などを共有することである。
ロンドンで 2005 年 1 月に Senior Level Forum on Fragile States では Policy Commitment and
Principles for Good International Engagement in Fragile States and Situations(脆弱国家へ国際的
に取り組む政策責任と原則)が起草され、2007 年 4 月の High Level Meeting (HLM)で DAC
メンバーによって採択された。定められた原則の主要点は以下である(OECD-DAC 2007a)。
表 3: Principles for Good International Engagement in Fragile States and Situations(脆弱国家へ
国際的に取り組む政策責任と原則)
基本
1. まず脆弱国家の状況を理解すること。
2.状況を悪化させないこと。
国家建設と平和構築
3.中心的な目的として国家建設にフォーカスすること。
4.紛争、危機の予防を優先すること。
5.政治、安全保障と開発の目的の関連性を認識すること。
6.安定した社会基盤のために、差別の排除を促進すること。
実施
7.被援助国が重視している案件にアラインすること。
8.他の国際機関と実務面の協調の方法に関して同意すること。
9.行動は迅速に、しかし成功に導くに十分な期間関与すること。
10.「援助孤児」が出ないようにすること。
出所:OECD-DAC(2007)
さらに、
この「原則」
の実現にむけて、
FSG の下に、
現在 Whole-of-Government and Integrated
Approach to Fragile States と State Building in Fragile States の 2 つのタスクチームが設けられ
た。前者は脆弱国家への支援はドナー国内の少なくとも軍事、外交、開発担当部署が協調
して行わなければならないという考えのもと、DAC メンバー国政府内の脆弱国家への援助
に寄与できる機関間の協調・協働について調査を行った(OECD-DAC 2006a)。この報告
書ではオーストラリア、ベルギー、カナダ、フランス、オランダ、英国がそれぞれケース・
スタディを行い、脆弱国家への援助はドナー国の全体的なアプローチが必要と説いている
が、国内機関間の協調の難しさなど、実際面での障害や課題も述べている。
State Building に関するタスクチームが扱う主要テーマは、以下の三つである。
①脆弱国家にとって、「国家建設とは何か」の理解をドナー間で深め、共有する。
②調和の取れた国家建設の支援に関して、ベスト・プラクティスを共有し、理解を深める。
③必要に応じ、現行のドナーの政策の変更の必要性を指摘し、新しいツールや方法を提案
する。
18
また、国家は国民がその正統性を認めなければ成り立たないとの認識にたち、脆弱国家
に対する援助は、当該国政府と国民との関係を正統なものへと導くものでなければならな
い、としていることも、このチームの議論の特徴といえるだろう。またタスクチームは、
今までの PRS を中心とするドナーの援助方針も見直すべきと提案している。
そ の 他、 DAC で は 治安改 革 部門 に関 し ての 調査 、 研究 も行 わ れ、 Security Sector
Reform(SSR: 治安セクター改革)ハンドブック(OECD-DAC 2007b)の作成、脆弱国家への援
助の流れの統計をまとめた報告書(OECD-DAC 2006b)を 2005 年から毎年出版している。
2-2 世銀/IDA
世銀における脆弱国家、即ち「行政機構の慢性的なパフォーマンスの低さのために援助の
コンディショナリティを満たせず、持続的成長や開発、貧困削減への道筋をつけられずに
いる国々」への支援の梃入れは、2001年にウォルフェンソン元総裁のもとで立ち上げられ
たLICUSイニシアティブに起源する。以来、IDAを窓口とした世銀の脆弱国家向け支援(無
利子の融資供与、及びIDA13/IDA14以降に導入されたIDA助成金の供与)総額は著しく増加
している。2003-05年におけるIDA融資総額は41億ドル(2000-02年の25億ドルから67%増)
で、このうち64%が紛争国7カ国に集中している12。後述するLICUSトラスト・ファンド
(LICUS TF)からの供与額を合わせれば、非LICUS低所得国への供与総額を上回る水準となっ
った(World Bank IEG 2006)。2007年10月には、ゼーリック総裁はスピーチの中で紛争終
結国や国家の崩壊の危機にある諸国への対応を包括的で持続可能なグローバリゼーション
のための課題の1つに打ち出している13。
LICUSイニシアティブが設置された2001年当初、これらの国々に対する世銀の支援の重点
は主として援助の効率性向上に置かれていた14。しかし近年になって、OECD-DACを中心と
する脆弱国家や紛争と開発に関わる議論の活発化と同様に、世銀の対脆弱国家支援戦略も
国家建設や紛争経験国における平和構築への取り組みを重視するものに拡大されつつある。
2007年には、脆弱国家ユニット(Fragile States Unit)と紛争予防・復興ユニット(Conflict
Prevention and Reconstruction Unit、旧持続可能な開発ネットワーク内)を併合し、脆弱及び
紛争経験国グループ(Fragile and Conflict-Affected Countries Group: OPCFC)を立ち上げた。こ
のことは、これらの国々における共通課題としての紛争と行政機構の弱さに対する世銀の
認識を反映した動きであり、この2つの課題への取組みを総合的かつ一貫した実施を狙うも
12
またこの他に、管理予算の供与額は 1.61 億ドル(2000-02 年の 1.04 億ドルから 55%増)、うち 34%が
紛争国 7 カ国に対して実施されている。
13
http://web.worldbank.org/WBSITE/EXTERNAL/NEWS/0,,contentMDK:21504730~pagePK:34370~piPK:42770
~theSitePK:4607,00.html
14
2002 年に LICUS タスクフォースが発表した報告書は、世銀のこれらの国に向けた支援戦略の中心原則
として、長期的関与、社会政治的分析の活用、ポジティブな変化に向けた当該国側の需要や能力の重視、
実行可能な改革支援、社会サービス提供に係る革新的メカニズムの追求、他ドナーとの連携強化、などを
特定している。
19
のである。
2006 年に発表された世銀内独立評価グループ(Independent Evaluation Group: IEG)による
評価報告書は、より効果的な世銀の脆弱国家支援のための提言として(1)脆弱国家支援戦
略における世銀の強みの明確化、(2)世銀内部組織(特に人事制度)の強化、(3)特別
な援助配分基準の開発、
(4)継続的な再評価の実施、を指摘している (World Bank IEG 2006)。
とりわけ(1)は、世銀の平和構築分野への関与と世界銀行協定の定める「非政治性原則」
との接触を問うものでもあった。これに対して世銀は、人道支援や平和構築分野について
は国連や他ドナーの役割を認識し、2007 年に自らの業務活動を持続可能な復興に資する経
済開発分野に集中させる方針を承認しており(World Bank 2007b)、あくまで貧困削減の障壁
となる紛争問題に対して社会システムやガバナンスの改善を通じて対処する立場を強調し
ている (World Bank-IDA 2007)。
また(2)に関しては、OPCFCを紛争国や行政機構の脆弱な国に係る世銀業務の中核的機
構として、世銀内の複数セクター間の調整や、業務調査や紛争後ニーズ分析の実施、内部
人材の育成・指導、またそのための世銀内機構再編を進めている。特に人事制度に関して、
脆弱国家への優れた世銀スタッフ配置を促進するようなインセンティブ強化(具体的には、
これらの国々での勤務経験の有無が人事に大きく作用する)が図られていることは特筆に
価する。
(3)に関しては、IDAのPBAシステムに基づく配分のほか、紛争国のための特別な支援
配分枠組みや、「IDA融資再開国」のための配分枠組みを設けている。先ず紛争終結国15に
対しては、CPIAの代わりに「紛争終結国におけるパフォーマンス指標(Post Conflict
Performance Indicators: PCPI)」による評定と、ポートフォリオ実績のある国についてはその
値を参考指標としてIDA融資供与を行うなどの特別な枠組みが設けられている。
さらに、長期にわたる支援停止期間を経てIDA融資の再開を図る国のうち、紛争終結国と
しての条件を満たさない国については、「IDA融資再開国」として特別な融資供与枠組みが
設けられている。これまでにハイチと中央アフリカ共和国が同枠組みを通じた融資供与を
受けている。現在その適格基準の精密化と援助配分ガイドラインの作成が進められている
が、大規模な資金を急激に投与することへの懸念も指摘されており、融資方法の確立が今
後の課題となっている。
この他の脆弱国家に向けた特別な資金配分枠組みとしては、LICUS TFおよびPCFがあげ
15
紛争国支援については、LICUS イニシアティブ立ち上げ以前にも 1997 年に紛争後復興支援ユニット
(Post-Conflict Unit)及び紛争後復興支援基金(Post-Conflict Fund :PCF)を設けており、国家の無償資金
や技術協力の提供を行ってきた。これは世銀(特に IDA)の融資対象国の多くが、国内に何らかの形で紛
争を抱えているという状況を踏まえ、紛争予防や再発予防、また復興期における特別なニーズに配慮する
ことの必要性に応じた動きであった。具体的には、CAF(Conflict Analysis Framework)と呼ばれる独自の
紛争分析手法によって紛争終結国を特定し、また PCPR(Post Conflict Performance Rating)による事前審
査を実施することでこれらの国に対するオペレーションを行う。
20
られよう。LICUS TFとPCFは、IDA融資の滞納国(non-accrual countries)となった国16について
限定的なグラント供与を実施するもので、OPCFCがこの運営を所轄する。将来的には二つ
のファンドのより一括した運営を目指している17。表4はLICUS TFおよびPCFの主要支援対
象国とその供与額を表したものである。
表4
LICUS Trust Fund と Post-Conflict Fund の主要支援対象国と支援金額(米ドル)
LICUS Trust Fund(04-06 年 10 月の累計)
Post-Conflict Fund(98-05 年度の累計)
順位
主要支援対象国
支援承認額
主要支援対象国
支援実行額
1
リベリア
11,657,170
ソマリア
6,607,156
2
中央アフリカ共和国
10,790,720
コソボ
5,782,587
3
ハイチ
6,868,680
アフガニスタン
5,175,000
4
コートジボワール
6,400,000
コンゴ民主共和国
4,855,000
5
スーダン
5,144,725
ブルンジ
3,993,524
6
ギニアビサウ
1,600,000
ハイチ
3,714,519
7
ソマリア
1,413,555
スーダン
3,398,160
8
ジンバブエ
1,168,450
東ティモール
3,275,483
合計額
46,993,469
合計額
66,711,253
出所:稲田(2007)
また実施レベルでの脆弱国家支援戦略として、世銀はこれらの国々を Deterioration、
Post-Conflict or Political Transition、Prolonged Crisis of Impasse、Gradual Improvement の 4 つ
のビジネスモデルに区分し、それぞれの状況に沿った対応策を示している(表 5)。また、
多くの脆弱国家では政策形成能力の弱さ、行政組織の未整備・能力欠如、財政管理キャパ
シティの低さ、政策の透明性や説明責任の欠如などの理由から PRSP(貧困削減戦略ペー
パー)の導入が困難なため、より単純かつ当該国のニーズを選択的・包括的把握を可能と
する Transitional Results Matrix(TRM)を代りに策定している18。
16
2007 年の Non- accrual 国はリベリア、コートジボワール、ミャンマー、ソマリア、スーダン、トーゴ、
ジンバブエの 7 カ国。
17
http://siteresources.worldbank.org/INTLICUS/Resources/PCF_LICUS_TF_Annual_Report_FY07.pdf
18
脆弱国家のうち PRSP が策定された国はカンボジア、チャド、ガンビア、グルジア、ギニア、ニジェー
ル、タジキスタンの 7 カ国(2004 年)。また、これまでに TRM が策定されているのは東ティモール、ハイ
チ、リベリア、スーダン、中央アフリカ共和国の 5 カ国(稲田 2005)。
21
表 5 世銀による 4 つの脆弱国家ビジネス・モデルとそれぞれへのアプローチ
Deterioration
Post-Conflict or Political Transition
・ISN(Interim Strategy Notes)の適用:ポートフォリ
・ISN の適用:状況改善のための即応性維持に重点、
オ再建を重視、新規融資の制限.
/和解交渉促進のための経済インプット投入
・小規模グラント中心の支援.(主として NGO セクタ
・CDD や民間セクター、NGO の活用
・政府のキャパシティとアカウンタビリティ:透明
性・対話の重視、制度資本の維持
ー経由で実施).
・政府のキャパシティとアカウンタビリティ:制度分
・コミュニティレベルでの紛争予防策実施、また国レ
ベルでの平和構築/ガバナンス改革支援
析、対話、カウンターパートの養成
・社会経済課題の解決(対話再開/状況変化の切り口
の特定化に向けて)
Prolonged Crisis of Impasse
Gradual Improvement
・ISN の適用:国家のキャパシティとアカウンタビリ
・CAS(Country Assistance Strategy)の適用:政府の
ティ再建、目に見える開発の成果の早急な提示重視
キャパシティとアカウンタビリティ構築の重視、選
・IDA 特別融資の適用
択的開発目標の達成など
・政治的安定と経済・社会的復興との両立(Joint ニー
ズ分析の実施)
など
・適度な IDA 融資
・国内改革の促進、リーダーシップ支援 など
出典:World Bank 2005より抜粋.
2-3 米国
アメリカの援助は歴史的にも自国の安全保障、また外交目的のために用いられ、特に 1950
年代、60 年代は冷戦を支える手段として援助が活用されてきた。冷戦後、その援助の目的
は失われたように見えたが、2001 年米国同時同時多発テロ以来、テロ組織アルカイダがア
フガニスタンを本拠に活動したことが契機となって、国家安全保障の観点から、脆弱な国
家、ひいては途上国問題への関心が急激に強まった。2004 年に USAID から出された報告
書には、国家の破綻と貧困との関係が学術的に関連付けられている(USAID 2004)。その
後アメリカの脆弱国家への関心は非常に高まったが、その関与のあり方は軍事的な色彩が
濃い。
しかし政府内での脆弱国家への関与に対して関係省庁間で協調がうまくいっているとは
言えない。アメリカの援助機構は非常に複雑で 50 以上の機関が援助に関与している。政策
も行政部門だけでなく議会も大きく関わっている。すべての予算は議会が承諾しなければ
ならないが、援助関連で 40 以上の予算項目があり、そのほとんどが個別に議会によって承
諾されなければならない。議会の関与は予算の承諾だけでなく、イアマーキング
(earmarking: 予算の用途に特定の分野へ配分するというような条件をつける)がある。
アメリカは 2004 年にミレニアム・チャレンジ公社 Millennium Challenge Corporation:
MCC)を設立することにより、ある程度政策、制度が整備されている国(MCC)とそれ以
22
外の国(USAID)への援助を実施する機関を別にした。この目的のひとつは USAID と国
務省の連携を強化し、脆弱国家への援助を開発という視点だけでなく、軍事、安全保障、
外交をこれらの国に対して重視するためであった。これはいわゆる 3D(Defense, Diplomacy
and Development)を融合させるということを意味し、2006 年のライス国務長官が発表した
Transformation Diplomacy でも述べられている。これらからアメリカの 3D に対するパラダ
イムシフトが起こったことが伺える。2001 年の同時多発テロ事件以降、アメリカの安全保
障が政府の中心課題となり、今までの旧ソ連を中心とした外交、軍事努力は、テロの温床
となりうる国を含めた途上国を重視するようになった。しかし、3D のうち開発の観点から
の脆弱国家への政策は軽視されがちである。The HELP Commission Report on Foreign
Assistance Reform(2007)によると米国の開発援助予算は国防予算とは比べ物にならない
ぐらい小さい規模である。
USAID は新しい援助政策に沿って、2005 年 1 月に脆弱国家に対する戦略文書を出した
(USAID 2005)。この文書で USAID は、問題を安全保障、政治、経済、社会と分け、脆
弱国家(Vulnerable states)に取り組む枠組み援助の目的の例を示している(表 6)。
表 6 USAID における脆弱国家(Vulnerable states)向け援助の目的
安全保障
1.軍の文民統制の進化と強化
2.有効な警察組織の設立(特にコミュニティのレベル重視)
3.争議を解決する法廷や他のフォーラムの設立
政治
1. 政府内の制度改革への支持(特に法遵守、基本的な社会サービスや職の安
全保障)
2. 政府外の改革者への支援(特に安全保障、人権、基本的サービス、天然資
源管理、汚職撲滅を目指している非政府アクター)
3. 立法および議会の委員会のような監視制度の強化
4. 自由で公平な選挙、そのほかの政治的プロセスで政治的競争を促す公式な
制度支援
5. 民間グループ、NGO、政党が改革的な同盟を結ぶ支援(伝統的なアイデン
ティティグループを重要視するものを含む)
6. 報道機関、特に捜査ジャーナリズムの専門性の発達促進や、情報へのアク
セスの促進
経済
1. 経済成長の促進や効果的な天然資源管理に資する制度、および政策の奨励
2.政府の収入制度の改善、税制、支出制度の改善
社会
1. 経済管理、基本的なサービス食料安全担当政府部署の技術的管理的能力の
改革と設立
2.公共的保健・医療サービスの提供確保のための行政支援
出所:USAID(2005)をもとに作成。
23
危機的な状態にある国家(States in Crisis)に対しては、危機と紛争のさなかにある国家(in
crisis and conflict ) と 初 期 回 復 ま た 紛 争 後 の 段 階 に あ る 国 家 ( in early recovery and
post-conflict)に分けている。前者に対しては、人道的援助を行うこと、基本的な安全保障
の確保、ガバナンスの改善、平和構築の能力強化が強調されている。
初期回復また紛争後の段階にある国家に対しては以下の方針が示されている(表 7)。
表7
USAID における初期回復また紛争後の段階にある国家に向けた支援方針
政治
1. 暫定的な司法とガバナンスへの支持、また暫定的な選挙と政治的プロセスへ
の支持
2. 国家の将来に対しての会話と実態的なプロセスの推進を指示
3. 機能する中央および地方政府の設立への支援
4. バイアスのない報道ができる独立した国内のメディアへの支援
経済
1.経済の復興に焦点を当て、特に基本的なインフラ、雇用創出、所得創出、
初期段階の市場改革、天然資源管理、独立した中央銀行、税制整備を重視
2.種、肥料、農業道具の配布、農業技術とトレーニング、農場から市場への
道路の提供
3.資源管理の透明性の促進(特に天然資源が豊富で天然資源からの資金が紛
争に使われる国に配慮)
社会
1.国内の難民の社会復帰および住居提供。家族から分離した子供の保護およ
び世話
2.基本的な保健・医療、教育サービス制度の確立(特に今までサービスを受
けてこなかった人々への配慮)
安全保障
1.公共治安制度の設立と改革、旧戦闘員の復員、社会への復帰。民間の監視
システムの確立
2.人権の尊重の監視と虐待予防イニシアティブへの支持
出所:USAID(2005)をもとに作成。
アメリカの脆弱国家への援助はアメリカ自身の安全保障を重点におき、軍事関連の援助
が主体となっていている。対象国は、紛争を起こしやすい国や紛争中の国が多く、援助の
最終目的は政治的安定と民主化である(Patrick 2007)。国際テロ対策とイラク、アフガニ
スタンへの軍事的関与が政策の中心になっている。アメリカのシンクタンクである Center
for Global Development (CGD)は 52 カ国を脆弱国家と定めているが、Patrik and Brown(2006)
によれば、アメリカの 2007 年会計年度(FY07)ではアメリカの二国間援助総額 132 億ド
ルの 40%に当たる約 52 億ドルがこれらの国へ援助として承認されている。
しかしイラク、
アフガニスタン、パキスタンを除くと 26 億ドルである。この 3 カ国を除いた援助額の半分
は HIV/AIDS のためである。これはアメリカが 2003 年に始めた Emergency Plan for AIDS
24
Relief(PEPFAR: エイズ支援のための緊急計画)があるためであり、2003 年からの 5 年間
150 億ドルが予算化され、2007 年 5 月にはこの計画を継続するが計画され、予算は 5 年間
に 300 億ドルとなっている。
PEPFAR の対象はアフリカ諸国であり、その多くは脆弱国家である。PEPFAR は、FY07
のアメリカのアフリカの脆弱国家に対するバイの援助総額 22 億ドルのうち 14 億ドル、
63%
を占める (Patrick and Brown 2006) 。
安全保障、テロ対策を重視したアメリカ政府内の機構改革も行われた。2004 年国務省内
に Office of the Coordinator of Reconstruction and Stabilization (S/CRS)が設立された。S/CRS
は国務省、CIA、USAID、国防省、などからの 35 人によって構成され、脆弱国家への対応
策を企画し、実施するにあたり省庁間の協調を図る部署である。また USAID 内には USAID
と国防省との協調を促進するため Office of Military Affairs が設けられた。また開発援助と
外交の連携を促進するため、国務省に Director of Foreign Assistance を設け、この Director
は USAID の長官も兼ねる。
脆弱国家への組織内での難しさは、短期間で成果が出にくいため、このような国への援
助を評価した場合あまり良い結果は出ないということである。支援成果を評価する目は、
特に 1993 年政府の活動の成果を評価する目的に出された Government Results Performance
Act of 1993 以来厳しくなっている。一般的な評価は脆弱国家への援助には当てはまらない
こともあり、別の基準を設けている。
アメリカの開発援助政策の見直しが現在行われている。議会によりThe HELP Commission
が設立され20名からなるメンバーが報告書を作成した(The HELP Commission 2007)。こ
こでは21世紀に入り世界情勢は大きく変化しており、米国政府内の援助体制の強化など米
国の開発援助に対する改革案が示されている。このような報告書が議会から要請された背
景には9.11に発する脆弱国家の問題がある。ブッシュ大統領の後継者がこの問題にどう対応
するか見守る必要がある。
2-4 英国
英国は OECD-DAC においても脆弱国家に対する援助政策をめぐる議論の牽引的役割を果
たしている。2001 年の米国同時多発テロ以降、英国は安全保障的考察を幅広い開発アジェ
ンダに統合させているが、あくまでも開発目的が安全保障的アジェンダに優先するという
点が特徴だと言える。
なお、英国政府内において Fragile States の統一的定義は確立されていない。従って、英
国の対外援助機関である DFID は脆弱国家とは「政府が貧困層を含む大部分の国民に対し
て主要な機能を果たすことができない、あるいは果たす意思のない国家」という活動上の
定義を使用しており、さらに、脆弱国家を次の 4 つのカテゴリーに分類している19。
19
Cammack et al (2006)
25
・
国際社会と開発パートナーシップを維持できる能力と政治的意思を備えた“優秀な
行為者(Good performers)”
・
限定的な能力を備えた“弱体ではあるが機能を果たそうとする意思を持つ(weak but
willing)”国家
・
“強力であるが制御不能な(Strong but unresponsive)”国家
・
政治的意思と制度的能力の両方が開発に対して深刻な悪影響を呈している“政治的
意思が希薄で能力も弱体な(Weak-weak)”国家
また DFID が二国間援助プログラムを持つ 38 の低所得国のうち 21 が脆弱国家に分類さ
れ、DFID の公共サービス協約(Public Service Agreement)における 16 のアフリカ重点国
のうち 7 ヶ国が脆弱国家となっている20。
英国の脆弱国家に対する援助政策は 2005 年 1 月に発表された政策文書“Why We Need to
Work More Effectively in Fragile States”(DFID2005)に示されている。この文書において、
DFID は英国が対脆弱国家援助政策を重視する理由として以下の項目をあげている
(DFID2005)。
① 脆弱国家における貧困層の割合は非常に高く、MDGs 達成の見込みが他の発展途上
国と比べて非常に低い
② 脆弱国家は不安定化しやすく、国境を越えて地域的/世界的に悪影響を及ぼす
③ 紛争勃発あるいは国家崩壊前に介入する方が紛争後の介入と比べてコストを抑える
ことが可能
また、この政策文書において DFID は 2005 年以降の脆弱国家戦略における重点項目とし
て、脆弱国家への援助配分見直し、長期間に渡る計画メカニズムの利用、外務省・防衛省・
内閣府や他の関係省庁からの知見を包含した共通分析に基づく政策の利用、人道援助と開
発援助の関係の重視、等の項目を提示している。
脆弱国家への援助配分の見直しを再考するためには、援助国がその国の脆弱性の要因を
理解し、援助効果を予測することが不可欠として、DFID 内では“Drivers of Change”アプロ
ーチが導入された。このアプローチは、制度的パフォーマンスは変化の過程及びどのよう
に貧困層に影響を与えるかを理解する上で重要な項目であるとして、公式・非公式の規範
(rule)、権力構造、既得権益とそのような制度におけるインセンティブに注目し、これ
らの相関関係の解明に焦点を当てるものである21。
なお、このアプローチあるいは政治経済的分析の結果、DFID は政治が開発の中心であ
るという結論に至り、DFID の脆弱国家への取り組みは政治とガバナンスの役割と国家の
脆弱性の解明が急激に増加した、という分析がなされている22。
20
21
22
http://www.dfid.gov.uk/mdg/aid-effectiveness/fragile-states.asp
http://www.gsdrc.org/docs/open/DOC59.pdf
Cammack et al.(前掲)
26
脆弱国家戦略に関し、英国は人員の配置や経済的サポートを通じ、省庁間を越える様々
な取り組みを通じて政府としての脆弱国家政策の一貫性を高める努力を実施している。そ
の一例としては、2004 年に DFID 内に創設された紛争後復興ユニット(PCRU)があげら
れる。このユニットは外務省、防衛省、DFID が共同で出資するとともに、3 省庁から人員
が配置された、いわゆる 3D(Defense, Diplomacy, Development)の融合を目的とした施策
であり、紛争後の安定化に対処する英国政府の能力向上を意図したものである。この他、
3D の融合を目的とした施策には、ネパールへの援助調整機関として 3D のアジアディレク
ターを一つにするネパールグループの設立(2003 年)があり、共通戦略の下、定期的会合
を持っている。また、政府内の脆弱国家政策に関する調整ユニットとしては DFID 脆弱国
家チームが活動を行っている。
また、上記 3 省庁は紛争の予防とマネージメントへの英国の貢献を高めることを目的と
して世界紛争予防プール(GCPP)とアフリカ紛争予防プール(ACPP)を設立、共同運営
している。GCCP の活動は紛争の予防とマネージメント、そして紛争後の復興をカバーし
ており、3 省庁共通の紛争分析に基づく共同戦略において 3 つの D を一つに集約すること
を目的としている。GCCP は現在、治安部門改革(SSR)、小火器及び低装備武器(SALW)、
国連(UN)の 3 つのテーマ戦略とアフガニスタン及びイラクを含む 12 の地域的戦略を通
じた活動を行っており、2006 年度及び 2007 年度の年間予算は 7400 万ポンドとなっている
23
。しかしながら、実際の資金はその半分以上が紛争後の活動、すなわち、イラク・アフ
ガニスタンにおける活動に供与されており、紛争に配慮した(conflict-sensitive)開発アプ
ローチや SSR 等の重要領域に関する活動のような紛争予防あるいは平和構築活動に焦点
が当てられるべきという意見や、プロジェクトアプローチを取ることが戦略的アプローチ
への制限となっている、という指摘もある。紛争後の復興支援においては、治安の維持が
不可欠な要素であり、一貫した戦略の下、復興支援と治安維持・回復を目的とする軍事的
施策が同時並行して実施されることは極めて重要であり、相乗効果が見込まれることから、
今後のプールを通じた活動に期待が寄せられる。
一方、ACPP はサブサハラアフリカの紛争予防に焦点を絞ったプールである。英国のア
フリカにおける紛争予防の全般的アプローチは以下の 3 つの幅広い目的に関連する。1)ア
フリカの紛争マネージメント能力の構築を支援する、2)多くの重点小地区及び国家紛争に
おける紛争予防・マネージメント及び紛争後の復興を支援する、3)治安部門改革、小火器
の管理、紛争の経済的・財政的要因への取り組みへの全アフリカ的イニシアティブを支援
すること。プールの目的と各実施計画は英国のサブサハラにおける紛争予防戦略に記され、
毎年改定されている。なお、ACPP は、治安部門改革、DDR、小火器の拡散・乱用の制御、
紛争の経済的・財政的要因をテーマ別重点課題としている。2004 年度の年間プログラム予
算は 6000 万ポンドで、また、国連の活動と他の介入を含む全ての英国のアフリカ関連の平
23
http://www.fco.gov.uk/servlet/Front?pagename=OpenMarket/Xcelerate/ShowPage&c=Page&cid=1091891937471
27
和支援活動費を監督している24。
2-5 フランス
フランス政府は「脆弱国家」を対象とした特別な支援方策や組織体制、援助スキームを策
定していないが、旧仏領諸国やフランスの海外領土に対し、伝統的なフランスの援助方策
に沿って、経済・軍事覇権の重要ツールとしての開発援助を実施してきた。とりわけアフ
リカに対しては、2000 年以降はトップ・ドナーとしての地位を米国に追い越されたものの、
EU の欧州開発基金に拠出している対アフリカ予算を考慮すれば依然として首位を保って
いる。他の旧宗主国とは異なり、フランスはこれらの国の独立後もその安定化のために経
済的・軍事的介入を積極的に行い、「アフリカの憲兵」として緊密な協力関係を保持する
唯一のドナーとなっている25(片岡 2001)。
警察分野での協力を通じた介入は、国家組織の機能が低下している国における新たな出
発の条件整備に不可欠であるとして、世界 98 カ国(2006 年現在)に置かれた国家警察国
際技術協力部(SCTIP)に文民警察と憲兵隊を少数ながら派遣している。SCTIP は元来、
旧仏領の新興諸国における警察機構の運営支援や、現地警察機構の代替機能を一部担うこ
とを目的として設立されたもので、有事の際には数日で軍隊を派遣するスキームを持ち、
また国際警察の任務への参加も行う。しかし今日では、被援助国警察機構への協力(専門
知識や技術移転)等、フランスと各国警察組織間の連絡調整拠点としての機能がより増加
している。例えば、東南アジア津波発生の折には、緊急災害支援の指揮役を担った。警察
分野の国際協力はまた、フランス自身の安全保障治安(麻薬・不法移民の取締りや犯罪対
策など)の確保に不可欠な役割を果たしている(J. C.カーディ 2006)。
上記のように、フランスの開発援助は意図的に通商政策や軍事介入を補完するものとし
て行われてきたため、中長期的戦略に基づいた開発援助に関わる政策文書は存在せず、そ
の時々の政権指導部による政治声明などがフランスの対外援助を方向付けるものとして中
心的な役割を果たしてきた(大門 2007)。しかし、フランス政府が 2001 年に発表した「貧
困・平等・阻害との戦い」報告書では、経済成長や社会的不平等の削減を含めたより広義
の援助実現が謳われており、フランスの開発援助がより構造的な開発課題へのコミットメ
ントという立場から、特にアフリカに向けたガバナンス改善や法治国家体制・民主主義制
度の定着、キャパシティ構築に重点を置いていることが伺える。例えば、ガバナンス改善
の有効な手段として NEPAD における APRM(African Peer Review Mechanism)信託基金に
対し財政支援を行っている。貧困削減を援助の重要な柱ではあるが、唯一の上位目標とは
されない。
また近年になって、OECD-DAC における紛争と開発に係る議論の高まりや、コートジボ
24
25
DFID(2004)
http://www.jiia.or.jp/pdf/global_issues/h12_africa/kataoka.pdf
28
ワールなど旧植民地国での内紛の勃発が急増したことを受け、平和構築への配慮を強化す
る動きが見られている。2005 年には外務省内に「危機予防・再建局(Bureau for Crisis
Prevention and Recovery: BCPR)」を設置し、紛争後国を対象とした無償資金援助枠を設け
ているほか、紛争予防や復興支援に関する援助実施方針・行動計画、及びこれらの国々に
対する援助配分の決定基準を現在策定中である。さらに、フランスの援助実施機関である
AFD においても、外務省との連携のもとで「紛争後支援」スキームの設置が検討されてい
る(JBIC 2006、工藤 2006)。但し、あくまで旧植民地国を中心的対象とした外交・軍事
領域の活動として紛争・平和への取組みを捉えており、アフガニスタンなど非旧仏諸国に
向けた援助総額は比較的少額にとどまっている26(大門 2007)。
多国間援助のレベルでは、パリクラブの議長として HIPC 諸国への債務削減に積極的に
対応する姿勢をみせたほか、EU の主要大国として EU の対アフリカ開発援助のシェア拡大
やアフリカ援助共通戦略の策定(2005 年 12 月の欧州理事会にて採択)を進言するなど、
特にアフリカ開発援助の強化における牽引的役割を担ってきた。また紛争経験国への外
交・軍事戦略面においても、安全保障理事会の常任理事国としてアメリカとは一線を引い
た独自の立場から国際秩序への貢献を図り、マルチの場におけるフランスのプレゼンスを
アピールしている。
2-6 UNDP
1990 年以来、「人間開発」の概念を機軸とした援助アプローチをとってきた UNDP は、ガ
バナンスの弱い国家への支援や平和構築支援に関しても「人間の安全保障」や「キャパシ
ティディベロップメント」を特に重視し、主としてパイロット・プロジェクトの実施と成功
事例の共有を通じた支援に積極的に取り組んでいる(近藤 2003)。また UNDP は一人当
たり GDP または人間開発指数(HDI)が低下した国家を援助重点国として、これら国家に
対する各主要ドナー国・機関の積極的関与を促している。
民主的ガバナンス支援は MDGs 達成のための中心的課題として UNDP の重点分野のひと
つに位置づけられており、2005 年度においては UNDP の技術支援全体の 46%(約 14 億ド
ル)を占めている (UNDP 2005)。UNDP は国連機関としての活動の中立性や 166 の国別事
務所とのネットワークを有するという分権的性格を踏まえ、民主化支援と地方分権化の推
進に取り組んできた。Gita Welch 氏の主導のもと、2002 年に Bureau for Development Policy
内に設置された Democratic Governance Group(GDD)を中心に、7 つのサービスライン(民
主的ガバナンスのための政策サポート、議会の発展、選挙制度とプロセス、正義と人権、
26
但し、1998 年の援助改革を機に英語圏アフリカ諸国や中東、アジアの途上国も「優先連帯地域(ZSP)」
諸国として含まれるようになった。ZSP とは仏政府の定めるフランスの二国間援助の主要対象国で、2002
年に改定された現行の ZSP リストでは 54 カ国が挙げられている(その内訳は、サブサハラアフリカ 40
カ国(うち仏語圏諸国は 20 カ国)、北アフリカ 3 カ国、中南米・カリブ 4 カ国、アジア 3 カ国、オセア
ニア 1 カ国、中近東 3 カ国)。
29
E ガバナンスと情報へのアクセス、地方分権化と現地ガバナンス、行政改革と腐敗防止)
及び分野横断的なアプローチ・視点としてのジェンダーを通じて支援し、また国レベル・
グローバルレベルでのプラクティスや経験則を一括リンクさせる Democratic Governance
Practice Network(DGPN)を立ち上げている。この他、UNDP の民主的ガバナンス分野の
シンクタンクとして 2002 年に開設されたオスロ・ガバナンスセンター(2002 年開設)を
中心とした情報共有と研究が進められている。また、ガバナンス分野での政策提言や技術
支援の要請の増加に対応するためにテーマ別信託基金(Thematic Trust Fund: TTF)が 2001
年に設けられている。
平和構築への関与については、UNDP はしばしば国連安全保障理事会の授権を受けて支
援全体の取りまとめ役やドナー間の援助協調の中心的役割を担ってきた。例えば、カンボ
ジアにおける暫定統治、東ティモールにおける(復興開発を除く)行政・治安、アフガンに
おける選挙など政治プロセス関与などがある(大門 2007)。
紛争および武器を用いた暴力の予防と紛争後の復興支援に関しては、特に 2001 年に「危
機予防復興局(Bureau for Crisis Prevention and Recovery: BCPR) 27」を新設(従来の緊急事態
対応部(Emergency Response Division: ERD)を改組)して以来、復興段階から長期的開発を
視野にいれた支援の実現(「ギャップ問題」の解消)に力を入れている。例えば紛争と武
器を用いた暴力の予防への取り組みの一環として、2003 年に DFID の支援のもとで
Conflict-related Development Analysis(CDA)を開発し、紛争の構造要因分析ツールとして
公表している。また紛争後の復興支援については、当該国政府の能力開発(専門家派遣や
技術協力など)とパートナーシップの強化を中核とし、紛争経験国における小規模インフ
ラ整備、選挙支援、人材育成、地雷撤去、学校建設、メディア整備、雇用創出事業、小型
武器回収などを実施してきた。
UNDP における復興支援の中核的オペレーションの一つとして、DDR(Disarmament,
Demobilization and Reintegration: 元兵士の武装解除・動員解除・社会復帰)28プロセスの支
援活動がある。
これまで 15 カ国以上で DDR への取り組みを実施してきた経験を基に、
2006
年 12 月には UNDP のイニシアティブのもとで国連 DDR 関係部署からなる UN Inter-Agency
Working Group on DDR (IAWG)により DDR の企画・推進・実施のための国連政策ガイドラ
インとして Integrated Disarmament, Demobilization and Reintegration Standards (IDDRS)及び
DDR Briefing Note to Senior Managers と Operational Guide to the IDDRS が策定された。また
併せて国連 DDR リソース・センターが立ち上げられ、ウェブ上で国別 DDR プログラムや
関連情報が閲覧できるシステムが整えられている。これにより従来は各国連機関で多様で
27
BCPR における「危機」とは人為的災害と自然災害の両方による危機を指すが、ここでは前者に絞って
話をすすめることとしたい。
28
UNDP 危機予防復興支援局が 2005 年にまとめた「DDR に係るプラクティス・ノート(Practice Note on
Disarmament, Demobilization and Reintegration of Ex-combatants28)」によれば、DDR とは、紛争終結直後の
特に中立性が求められる状況下にあって安全保障部門を強化し、復興再建期へのスムーズな移行に資する
ことを目的とする。UNDP は専ら「R(元兵士の社会復帰)」プロセスの支援にあたる。
30
あった DDR に係る政策手続きが統一化され、より効果的な DDR の計画や実施、評価が図
られるようになっている。
31
第 3 章 日本の「脆弱国家」への対応
日本政府はODAの実施にあたり、一定の被援助国を「脆弱国家」と位置づけたうえで特別
の支援を行う形態は取っていない。しかし、前述のように国際機関や他ドナーによって「脆
弱国家」として挙げられている国々に対しては、これまでもガバナンス支援や平和構築支
援を切り口として開発に取り組んできた。2003年に改定された「新政府開発援助大綱」(以
下、ODA大綱)の定める基本方針29において、開発途上国の自助努力支援の重視や、人間の
安全保障を前面に打ち出していることは、政策面における国家の脆弱性に配慮するものと
いえよう。
自助努力支援とは、被援助国のオーナーシップ(当事者意識)を尊重しながらも「グッ
ド・ガバナンス(良い統治)」に基づく途上国の発展、具体的には人づくりや法・制度構
築など経済社会基盤の整備を目指すもので、中長期的な開発を視野に入れた脆弱国家の国
家支援を行ううえで根幹をなす概念であろう。また「人間の安全保障30」の視点を反映させ
た援助政策・実務とは、(1)人々を中心に据え人々に確実に届く援助、(2)人々を援助
の対象としてのみならず将来の開発の担い手として捉え、その能力強化を重視する援助、
(3)政府と人々・地域社会の双方を対象に、当該国・地域社会の持続的発展に資する援助、
の実現を図るもので、脆弱国家の統治能力強化のための支援とそうした国家のもとで困窮
状態にある国民(人々)への支援の双方を視野に含めたアプローチを意味する。
この他の日本の取り組みとして、国際援助の潮流を形成する議論への貢献が挙げられよ
う。例えば近年OECD-DACで活発に行われている脆弱国家支援に係る議論や意見交換にお
いて、外務省、JICA、JBICの連携のもと、日本の知見や教訓事例などのインプットが図ら
れている。JICAが策定した平和構築支援ニーズアセスメント(PNA:Peacebuilding Needs and
Impact Assessment、詳細後述)は、紛争の助長を回避し、紛争の勃発および再発を予防する
「紛争予防」の視点を開発援助に盛り込む手法として、DACにおいて紹介されているし、
2007年に公開されたOECD-DAC Principles for Good International Engagement in Fragile States
の策定過程における議論への参画の結果、上述の自助努力の考え方も「国家建設への着目
(第3項)」や「アラインメント(第7項)」の原則として反映されている。脆弱国家支援
は従来の国際援助の枠組みを超えた新たな援助体制の模索を要するものであり、このよう
な中で国際援助社会に向けた日本からの発信がなされている意義は大きい。
29
ODA 大綱基本方針(1)開発途上国の自助努力支援、(2)「人間の安全保障」の視点、(3)公平性の
確保、(4)我が国の経験と知見の活用、(5)国際社会における協調と連携(外務省ホームページ)。
30
「人間の安全保障」は 1994 年に UNDP が初めて提唱した概念である。この後 2000 年に緒方貞子氏や
アマルティア・セン氏を共同議長として発足した人間の安全保障委員会の定義によれば、人間の安全保障
とは「人間の生にとってかけがえのない中枢部分を守り、全ての人の自由と可能性を実現すること」、及
びそのための制度(システム)作りを行うこと、とされる。牧野(2006)は、人間の安全保障の視点を盛
り込むことにより、紛争、テロ、犯罪、人権侵害、感染症の蔓延、環境破壊、経済危機、災害といった様々
な外的リスク要因による「恐怖」と、貧困、飢餓、教育・保健医療サービスの欠如など広義の貧困問題に
よる「欠乏」とを相関付け、その国が必要とする支援の包括的分析と実施が可能になる、と指摘している。
32
以下では、従来の援助の仕組みの中で、いわゆる「脆弱国家」向けに日本が実施してき
た開発援助を、「ガバナンス支援」および「平和構築支援」という切り口を中心に整理す
る。さらに、これを踏まえて外務省、JBIC、JICA が具体的にどのような取り組みを行って
きたかを検討する。
3-1 ガバナンス支援
日本の援助コミュニティにおけるガバナンス支援に係る議論の活発化は、1990 年代以降、
開発援助における価値観としての民主化・市場経済化の台頭や援助の有効性に対する問題
意識の高まりを背景とする。日本政府は、ODA 大綱において「民主主義の基盤強化は統治
や開発への国民参加と人権擁護の促進につながり、中長期的な安定と開発のために重要な
要素」であると定め、相手国の主体性を重視したうえで基本的自由の尊重や人権の擁護・
保護に向けた民主的発展を長期的視野から支援する立場をとっている。このために、汚職
の撲滅、法制度改革、行政の効率化・透明化、地方政府の行政能力の向上を支援すること
を表明し、グッド・ガバナンスを開発における分野横断的な課題として位置づけ、また新
ODA 中期政策では重点課題のひとつに途上国の政策立案・制度整備の支援を掲げている。
実務レベルでは、JICA が 1995 年に発表した分野別援助研究会報告書『参加型開発と良
・
・
・
・
・
・
い政治』
の中で初めてガバナンス支援を扱っている。
同報告書は、
被援助国が「いかなる状況
・
・
・
・
・
にあっても」、参加型開発の実現に不可欠な基盤整備としての「良い統治」援助を行う必
要性を掲げており(「プロモーショナルな民主化支援」)、以来、ドイモイ政権初期のベ
トナムやミャンマー、カンボジア、ラオスなど、民主化や人権面で問題を抱えた国家に対
しても、ガバナンスインフラ(民主的な政治体制、行政機能、法制度など)の整備を通じ
た援助の供与が継続的に図られてきた31。但し、他の援助国・機関によるガバナンス支援
に比べて日本の活動規模は小さく、またガバナンス支援を担う人材の不足や実施体制の未
整備、他ドナー国・機関との意見調整の必要性などが今後の課題として認識されている。
3-2 平和構築支援
平和構築は、貧困削減、持続的成長、地球規模問題への取組みと並ぶ日本のODAの重点分
野に位置付けられる。2002年5月、小泉前内閣総理大臣はスピーチの中で平和の定着と国づ
くり(Consolidation of Peace and Nation-building)を視野に入れた国際協力を強調したが、以
降、日本の平和貢献のあり方に関わる包括的な検討を目的とする「国際平和協力懇談会」
の設置(同年12月)をはじめ平和構築のためのODAの一層の活用やPKOの迅速な派遣等に
かかる体制や法律整備が進められ、外交戦略・PKO(国連平和維持活動)への協力との連
携を通じた「継ぎ目のない協力」の実現が図られている。その支援の対象は、紛争予防の
31
JICA は、2004 年の報告書「JICA におけるガバナンス支援―民主的な制度づくり、行政機能の向上、法
整備支援―」の中で自身のガバナンス分野における支援方針および援助実績の整理と体系化を試みている。
33
観点を必要とする被援助国から紛争国、紛争終結国までを含む。
日本の国際平和協力活動への本格的な着手は1990年代に遡る。1991年のペルシャ湾機雷
掃海部隊の成功は自衛隊のPKO派遣への道を大きく開き、翌年に「国際平和協力法(PKO
協力法)」を成立させた32。以来、10のPKO等に要員派遣が行われており、このうちカンボ
ジア、モザンビーク、東ティモール、ゴラン高原の各PKOには日本の自衛隊の部隊が参加
している(ゴラン高原の国連兵力引き離し監視隊(UNDOF)については現在も派遣中、2008
年3月時点)。
冷戦構造の崩壊は世界各地で新たな武力紛争を誘発し、その惨禍に見舞われた途上国へ
の復興開発支援が開発援助においても重要課題として急速に浮上する。このようななか、
日本は1992年の「カンボジア復興閣僚会議」及び翌年の「カンボジア復興国際委員会会合
(ICORC)」の開催をはじめ、東ティモール(1999年)やアフガニスタン(2002年)、イ
ンドネシア・アチェ(2002年)、スリランカ(2003年)などの和平・復興に係る国際会議
を開催し、紛争終結国の復興開発や和平促進の枠組み作りに積極的な関与が図られてきた。
2003年にマドリッドで開催されたイラク復興交際会議において日本が表明した国づくり支
援は50億ドル(無償15億ドル、円借款35億ドル。人材育成や国際機関・NGOを通じた復興
支援、債務救済など)にのぼる。より最近では、シエラレオネ、リベリア、コンゴ民主共
和国、ブルンジ、スーダン(ダルフール)等、アフリカに向けた平和の定着支援が強化傾
向にある(表8)。
こうした特定の国への支援に加え、近年では地域共通課題への取組みも始まっている。
2006年、政府はアジアにおける平和構築分野の人材育成を推進する日本のイニシアティブ
を発表し、実践面に重点を置いた研修が既に展開されている。また2007年6月には、日本は
国連平和構築委員会(Peace-Building Commission、2005年設立)においてアンゴラに続き、
第二会期の議長国に就任している。「平和国家」としての我が国の援助理念及びモデルを
国際社会に強く発信し、また外交戦略上も強いプレゼンスを提示する好機となろう。
32
同年に ODA の憲法ともいうべき ODA 大綱が初めて策定されている。
34
表8 主な紛争経験国・地域への支援額推移(ディスバースメント・ベース、百万米ドル)
2000
2001
2002
2003
3004
2005
2006
9768.13
7457.78
6692.3
6334.23
5917.17
10406.1
7313.09
アフガニスタン
0.21
0.58
31.7
134.42
172.52
71.05
107.42
カンボジア
99.21
120.21
98.58
125.88
86.37
100.62
106.28
イラク
0.03
0.02
0.07
3.13
662.07
3502.85
780.81
ネパール
99.93
84.39
97.45
60.61
56.43
63.38
41.72
パレスチナ自治区
61.15
21.52
12.75
4.46
9
5.8
78.23
スリランカ
163.68
184.72
118.94
172.26
179.53
312.91
202.73
東ティモール
29.07
8.93
5.74
8.93
9.88
33.41
21.83
コンゴ民主共和国
0.47
0.32
0.85
0.63
48.47
376.26
23.17
シエラレオネ
0.02
0.02
0.09
3.73
0.19
2.09
62.69
0.67
0.69
1.17
1.47
1.55
2.11
42.73
途上国全体
スーダン
33
出典:OECD(2007)
Box. 2 アフガニスタン支援:DDR プロセスの主導と緒方イニシアティブ
アフガニスタンに向けた支援は、2002 年 1 月のアフガニスタン復興支援国際会議(東京
会議)の直後より、和平プロセス、治安、復興、の 3 分野で実施されてきたが、特に
DDR(Disarmament, Demobilization and Reintegration:元兵士の武装解除、動員解除、社
会復帰)プロセスにおいては日本が主導的な立場で協力を実施した。国際社会全体でも
当時まだ経験の蓄積が浅かった DDR の分野において、アフガニスタン政府、先進各国
や援助機関や UNAMA や UNDP 等国際機関を取りまとめ、日本政府が主導的な立場で
DDR を進めたことは、日本の平和構築支援にとって新たな経験の蓄積と教訓をもたら
した。また、緒方貞子アフガニスタン総理特別代表(当時)の主導により立案された地
域総合開発支援(緒方イニシアティブ)は、異なるスキームで個別に活動する傾向のあ
る国際機関が協働する仕組みを提案することにより、人道支援から復興・開発への継ぎ
目のない移行を図る試みとして実施された。緒方イニシアティブが提示した地方復興支
援のモデルは、特に緊急フェーズから復興・開発フェーズの移行過程で脆弱性を抱える
国への支援のあり方として注目される。
3-3 各援助実施機関の取組み
開発援助の効率的・効果的な実施には、政策立案から実施に至るまでの一貫性の確保
が不可欠である。こうした認識に基づき、2003 年より日本大使館および JICA、JBIC
33
OECD.Stat http://stats.oecd.org/wbos/Default.aspx?usercontext=sourceoecd(アクセス:2008 年 3 月)
35
等実施機関の現地事務所を主要メンバーとする現地 ODA タスクフォースの設置が奨
励され、日本の援助政策の立案や実施体制、他ドナーなどの関連機関との連携強化が
図られている。これまでに 74 ヶ国で現地 ODA タスクフォースが設けられ(2007 年 8
月現在)、被援助国の政治・経済・社会情勢を踏まえた開発ニーズや他の援助機関の
動向の把握、当該国政府や国際的な開発目標とも合致する国別援助計画及び重点課題
別・分野別の援助方針の策定、またこれに基づく具体的案件の形成・実施決定と、援
助全体の進捗状況の把握・修正等における中心的機能を担っている。必ずしも全ての
現地 ODA タスクフォースが順調に稼動しているわけではないものの、第一義的には
「脆弱性」の把握とこれに配慮した援助計画の作成、案件形成は、現地タスクフォー
スに委ねられているともいえよう。
2008 年度に予定される JICA と JBIC の統合により、援助の実施体制や現地タスクフ
ォースの強化が期待されるが、以下ではこれまでに外務省、JBIC、JICA により実施さ
れてきた脆弱国家ないし脆弱性を抱える国に対する開発援助を概観する。
3-3-1 外務省
無償資金協力は、特に開発が遅れている国・地域の運輸交通、電力、情報通信、医療・保
健、生活用水の確保、環境、農漁村開発などの「基礎生活分野」や、教育・研究など人材
育成に対してインパクトを与える援助スキームである。平和構築やガバナンスに関係のあ
るものとしては、無償資金協力全体の半数を占める「一般プロジェクト無償」34の他、自然
災害や内戦、紛争による避難民・難民に対する人道的援助、途上国の民主的選挙、復興開
発などに向けた緊急無償などがある。特に平和構築の局面では、紛争予防・平和構築無償
(ノン・プロ無償)、草の根・人間の安全保障無償など、状況に即した様々な支援手法が
活用されている。また2006年度に現地使用の設計や施行段階での現地業者の活用を可能と
するコミュニティ開発支援無償、2007年には貧困削減戦略支援無償が新設されている。
緊急無償と草の根・人間の安全保障無償について見れば、近年の対アフガニスタン及び
イラク援助政策の強化を反映し、中近東地域における道路の修復や給水施設、医療保険施
設の建設などの分野で5000万円以上1億円未満の案件が積極的に承認されている。過去3年
間に同地域に対して承認された供与額の内訳は全体の27%(91.7億円)を占めた。また2005
年度におけるこの他の国別供与額の上位国としては、カンボジア(15.3億万円、107件)、
コロンビア(12億円、127件)などが続いている35。
こうした様々な形態の無償資金協力と、JICAが実施を担う技術協力を連携・連動させる
ことで、協力のインパクトを最大限に出すことが期待されている。特に「脆弱性」を抱え
る国あるいは統治能力の低い国では、施設等の建設・設置サイトの選定、持続的な活用や
34
病院や学校、道路の建設、公共の輸送用車両など幅広く対応するプロジェクト型のものや自治体や教
育・医療機関、NGO など草の根レベルの活動を支援する日本 NGO 支援無償、経済改革計画や特定分野の
開発計画全体を支援するノン・プロジェクト無償、さらに草の根・人間の安全保障無償が含まれる。
35
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/hyouka/kunibetu/gai/kusanone_h/pdfs/sk05_01_04.pdf
36
メンテナンスに向けた相手国政府の実施体制の確認、期待される直接・間接裨益効果の範
囲など、無償資金協力による投入が及ぼす様々なインパクトを事前に確認するだけでなく、
事後も一定期間モニタリングしていくことが求められるだろう。
多国間協力を通じた援助の実績としては、日本のイニシアティブの下で1993年に国連に
設置された「人間の安全保障基金36」に対し、2006年4月までに累計約315億円の拠出を行
っている。同基金を通じた支援実績は、2006年3月末現在で総額約2.04億ドル(149プロジェ
クト)、分野別では、貧困分野約5,525万ドル(43件)、保健・医療分野3,144万ドル(38件)、
難民対策2,405万ドル(18件)などとなっている。地域別にはアジアへの拠出が最も大きな割合
を占め(60件、約6,111万ドル)、アフリカ(41件、約5,654万ドル)と欧州37(13件、約5,248
万ドル)がこれに続く(外務省 2006)。
3-3-2 国際協力銀行(JBIC)
JBICは、2005-2007年度における事業指針をまとめた「海外経済協力業務実施方針」におい
て、「地球規模問題・平和構築への支援」を重点分野の一つとして掲げ、紛争予防・再発
防止のための支援、平和定着へ向けた中長期的な復興支援、および地域の安定を念頭にお
いた周辺国支援の重視を明記している(JBIC 2005) 。2003年に円借款債権に関する債務削減
の方式が従来の債務救済無償による方式からJBICの債権放棄による方式に改められてから
は、イラクなど多くの脆弱国家を含む対象国への債務削減実施を担ってきた。
いわゆる脆弱国家への円借款事業は、スリランカやフィリピン・ミンダナオ、アフガニ
スタン、イラクなど一部の国での円借款供与が事例として見られる。しかし日本政府の方
針として、HIPC スキームを通じて債務放棄を受けた国家に対する新規借款の供与は当面
行われないこととなっているため、脆弱国家に対する円借款関連事業の実施は限定的であ
る。他方、円借款には複数年にわたるプレッジがなされることによって安定的な復興プロ
セス支援を実現できるという強みがある。償還能力の慎重な検討に基づきつつも、日本に
とって重点国とされる国(例えばカンボジアやラオスなど)を中心に無償資金協力や技術
協力とも連結した供与の実施が模索される(中尾 2005)。
平和構築に貢献する円借款の事例として、JBIC が 2003 年にスリランカで農村経済開発
復興計画があげられる。本プロジェクトにおいては、内戦で開発が遅れていた同国の北・
東部州地域を対象とする溜池灌漑施設の改修やマイクロファイナンスを用いた地元自治体
による職業訓練の支援など、和平成立後の農村に帰還難民や住民を定着させ、その中長期
の経済開発を視野に入れた試みが事業に組み込まれた。また借款の供与に先立って行われ
た開発政策事業支援調査「紛争と開発:JBIC の役割」の成果は、スリランカ政府関係者、
36
同基金は、国連機関(または国連機関との非国連機関との連携)によって実施される脅威(貧困・環境
破壊・紛争・地雷・難民問題・麻薬・HIV/エイズを含む感染症など)からの保護と人々の能力強化に資す
るものに対して資金拠出を行うもの。
37
主としてコソボを対象とした援助。
37
LTTE(タミル・イーラム解放の虎)関係者の双方に対してフィードバックされている(JBIC
2003)。
この他、紛争終結後の復興期にあるアフガニスタン(2002年)やイラク(2004年)にもJBIC
の職員を派遣していることに加え、日本国内においても2007年1月に元アフガニスタン財務
大臣のAshraf Ghani氏38を招聘して平和構築セミナーを開催するなど、脆弱国家の文脈に沿
った国家建設支援への知的貢献を行っている(福田・工藤 2007)。
3-3-3 国際協力機構(JICA)
JICAが2004年の機構改革を機に導入している人間の安全保障概念は、開発と平和への包括
的な取り組みやより困難な状況にある国・地域に対する支援強化を問題意識として掲げる
もので39、広義での脆弱性に焦点をあてたアプローチといえよう。但し、JICAは脆弱国家と
いう表現を採用していない。その主な具体的な取組みには、ガバナンス支援や、紛争終結
国への復興開発・平和構築支援があげられる。
先ずガバナンス支援については、3-1でも述べたとおり、被援助国行政機関を主要対象と
し、その内発的変革プロセスの促進を目指した「選択肢提供型」または「共同思考型」の
支援を特徴とする (JICA 2004)。その支援対象は、各種行政サービスの向上を含む国家の基
本的な機能の回復・向上を目指して幅広い分野にわたるが、特に民主的な制度や仕組みの
運用のための施策や手法開発(法制度整備など)、組織改善、人材育成などを比較優位と
する。民主主義の推進または人権上の問題を抱えているような被援助国に対しても、当該
国政府を迂回しない援助を一貫して実施してきたことは既に述べたとおりである。
事例としては、カンボジアやウズベキスタンなどアジア諸国を中心に、法体系整備のた
めの継続的な協力の実施が挙げられよう40。ここでは日本と支援国側の双方の専門家を交え
た共同研究を通じて法案の起草にあたることで、相手国の社会経済な現状に沿った法整備
支援が行われている。またインドネシアにおいては、国家警察改革支援プログラムとして、
2001年から国内治安維持の要となる警察機関の能力向上のために制度づくりや行政能力向
上への支援など人材育成や施設整備、機材供与を組み合わせた支援が実施されている41。
平和構築に関しては、2003年の国際協力機構法において「復興への寄与」が新機構の目
的の一つとして明記されている通り、組織を挙げた取り組みがなされてきた42。2003年に作
成された平和構築分野の課題別指針(なお指針は現在改訂作業中)は、紛争終結後の国に
38
同氏はカルザイ暫定政権の主席顧問を務めたほか、ボン合意形成・調整・実施過程における UN 顧問を
歴任するなど被援助国及びドナーの双方の観点からアフガニスタンの復興に深く関与した経験を持つ。
39
JICA ウェブサイト。
40
カンボジアにおいては 1991 年の内戦終結以来、法支配体制の確立が最重要課題となっており、JICA は
民法および民事訴訟法の草案作成のために全面的な支援をおこなった。2003 年に最終法案を完成させた
後も、継続的な裁判官の教育支援が実施されている。また民事訴訟法は 2007 年 7 月に適用開始となり、
民法についても本年度中に制定公布される予定である。
41
2006 年 3 月までに合計 96 人の研修生を受入れ、
無償資金協力による無線機器や交番施設の供与と併せ、
ソフト面、ハード面の強化が図られている。
42
平和構築は 2008 年 10 月に発足を控えた新生 JICA の柱の一つとしても掲げられている。
38
とどまらず、紛争の構造的要素を抱えた国、および停戦から和平にむけた移行期の国まで
を視野に入れ、中長期的な安定化を視野に入れた復興支援を実施する上で必要となる取り
組みやその方法について一定の指針を提示している (JICA 2003)43。具体的な協力分野は、
(1)和解、(2)ガバナンス支援、(3)治安回復、(4)社会基盤整備、(5)経済復興支
援、(6)社会的弱者支援、及び(7)緊急支援、の7分野に整理され、これらの分野におい
て、専門家の派遣や各分野の政策立案支援とプロジェクト実施、及び無償資金協力の実現
を視野にいれたマスタープラン作りなどを行っている。治安等の理由から日本人が現地に
駐在することが困難な局面では、現地からの研修員の受入れ等によって支援の継続性を保
つ工夫も行われているほか、他の援助国・機関・NGOや、必要に応じてPKOとも連携・調
整が図られている。
前述のとおり、紛争予防配慮の視点を事業の計画・実施・モニタリング・評価過程に反
映させるための手法として平和構築ニーズアセスメント(Peace-building Needs and impact
Assessment: PNA)手法が開発・導入されている。2001年のスリランカでの実施をはじめ、
2006年までに22の国・地域でPNAが実施されている。PNAは、特に紛争終結国の文脈にお
けるステークホルダー分析の実施を通じた”Do No Harm”の原則の実現を図る取り組みとい
えよう44(Box.3 参照)。
43
JICA の支援は原則として①停戦/和平合意の締結、②日本政府のコミットメント、③治安の確保、の
3 点を前提条件に実施されるが、近年になって、停戦と和平の移行期にある国の平和構築や紛争の再発予
防も積極的に行われている(スリランカ、フィリピン・ミンダナオ、インドネシア・アチェなど)。
44
原則として PNA の実施は(1)JICA が支援のキャパシティ(現地事務所の有無等)を保有し、(2)支援実
施の需要が高い国、において優先的に実施されている。
39
Box. 3 平和構築ニーズアセスメント(Peace-building Needs and impact Assessment:
PNA)
JICAがPNAを導入した背景には、現地の不安定な状況において援助が紛争の要因に
影響を及ぼし、あるいは紛争を助長する可能性(即ち援助の「負の影響」)への配
慮がある。PNAは、こうしたリスクを可能な限り最小化するために、被援助国が置
かれた状況をあらかじめ把握し、また紛争経験国が抱える特有のニーズの分析・把
握を通じて、紛争の要因・要因を緩和するための方策を検討するものである。PNA
の導入により、支援が特定の社会集団や地域に偏って実施されたり、特定のグルー
プを排除するような形で実施されることがないよう配慮し、また対立するグループ
間に不公平感等を生じさせないような工夫を行うばかりでなく、むしろ、投入する
事業が貧富の格差や参加機会の不平等など、紛争の背景にある要因を緩和する一助
となるよう、事業の立案・実施の段階でPNAが活用され始めている。
平和構築支援はJICAにとって比較的新しい協力分野であるが、既に実績と教訓が積み重
ねられつつある。アフガニスタンへの支援には、これより前に実際されたカンボジアでの
復興支援事業(小型武器管理や地雷除去支援などによる治安部門改革の支援を含む)や東
ティモールでの復興支援事業から得られた教訓を反映し、現地において早期に目に見える
成果を示すための工夫として、現地の人的資源を活用する緊急開発調査や、道路やBHN(ベ
ーシック・ヒューマン・ニーズ)に係るインフラ復旧・整備を重点とする協力を実施した。
またアフガニスタンでの経験をもとに、より迅速に事業を展開するためのJICA内の実施体
制の改善として、2005年7月より「ファスト・トラック制度」が導入された。これは、平和
構築支援や災害復興支援など迅速かつ機動的な対応が必要とされる事業について、実施・
計画プロセスの簡素化やJICA内部人員のプーリングにより、最短で45日でプロジェクトを
始めるもので、長期的な観点に基づく開発援助と緊急性の高い災害復興支援とのギャップ
解消を狙う45。
また、上記のような特定の国を対象とする支援事業に加え、脆弱国家支援に係る調査研
究として、統治能力が弱い国への援助のあり方について、2006年2月から2007年3月に「国
のリスク対応能力を踏まえた中期的な支援のあり方」研究が実施されている。他ドナーに
よる援助政策・戦略の分析・把握を踏まえ、被援助国のリスク対応能力を捉える枠組みの
検討が行われている。さらに、2007年度からはUNDPとの共同で、紛争予防の観点を取り込
んだ政策アプローチをテーマに研究を進めており、ルワンダ、ブルンジ、コンゴ民主共和
国、シエラレオネ、モザンビーク及びダルフールで事例検証を行っている。本研究は現ロ
ンドン大学キングス・カレッジ客員教授のピショット氏やニュースクール大学教授のフク
45
同制度によってこれまでに適用事業と認定された事例としては、パキスタンの地震や南部スーダン、パ
レスチナ、フィリピン・ミンダナオなど。
40
ダ・パー氏を中心として進められており、11月には英国ウィルトンパークにおいて課題検
討のための会合が開催された46。
3-4 日本の援助の特長:他ドナー国・機関との比較
他ドナー国・機関による援助が、貧困削減戦略ペーパー(PRSP)やセクタープログラムの
共同策定、一般財政支援の実施など、援助の有効性の担保としてのコンディショナリティ
設定に重点を置き、また国家行政主体を回避した支援形態(例えばNGOの積極的な活用等)
も多くみられることに対し、日本の援助はあくまで当該国政府とのパートナーシップを前
提とし、国家行政組織への支援を中心として実施されてきた。こうした日本の援助実施の
姿勢は、OECD-DACの「脆弱国家へ国際的に取り組む政策責任と原則」が掲げるアライン
メントや国家建設重視の原則とも符合するものといえないだろうか。脆弱国家の存在に配
慮した新しい国際援助体制のあり方が模索される今、日本の援助に係る知見や経験の体系
化および対外発信は、我が国が担う重要な使命のひとつであろう。
他方、日本の援助のあり方がこれらの国への支援として十分に効果的であったかについ
ては、今後も検討を要する。特に紛争経験国に対する援助の領域において、従来は自助努
力にゆだねられていた部分が、主体的な関与を要する分野へと変化していることは、大門
(2007)等によっても多く指摘されているが、このことはガバナンスの弱い行政機関を抱
える脆弱国家の支援の文脈においてはとりわけ著しく認識される。日本が民主化や人権の
面で問題があるとされるような国に対しても継続的な支援を行ってきたことは、長期的コ
ミットメントを要する国家建設の基盤づくりに貢献したと考えられる一方で、被援助国の
独裁的政権の温存を助長したとする批判もある。開発援助または人道的支援の名の下に、
主権国家に対する干渉はどこまで許されるのか、今後、一層の議論が必要となろう。この
うえで、これまで我が国が消極的であったガバナンスの観点からの介入実施についても再
検討しなければならない。またこのためには、日本の外交戦略における援助の位置づけの
明確化が不可避の課題となる。
第5章では、脆弱国家支援のための日本にとっての課題を詳しく検討する。
46
同会合のペーパーは以下より参照可能。
http://www.wiltonpark.org.uk/documents/conferences/WP889/participants/participants.aspx
41
第4章 「脆弱国家」をめぐる最近の研究動向
「脆弱国家」とはなにか、どのような特徴をもち、どのような問題があるのか。そして国
際社会はどのように対処していけばよいのだろうか。学術分野においてもこの問いへの答
えは定まっておらず、多くの論者が様々な議論を展開している。なお、「脆弱性」につい
て国家とは別に社会やレジームから検討する視点もあり得るが、ここでは紙数の関係から
取り上げない47。本章の目的は学術分野における「脆弱国家」をめぐる議論を整理し、「脆
弱国家」問題の本質を明らかにすること、そして「脆弱国家」に対する国際社会のあり方
を理論的に検討することにある。
学術分野のなかでも主として国際政治学、国際関係論が「破綻国家」、「脆弱国家」を
問題として切り取り、検討を加えてきた。これらの学問が冷戦後の紛争要因を国家の破綻
(脆弱化)という文脈からの分析を試みてきたため、学術的に「脆弱国家」は暴力的紛争
に対する脆弱性という観点から検討される場合が多い48。その際に用いられる用語も「崩
壊国家(collapsed state)」や「破綻国家・失敗国家(failed state49)」、「脆弱国家(fragile state)」、
「弱体国家(weak state)」など様々あり、それらは同義であるとされることが多いが、学術
的には、「破綻国家・失敗国家(failed state)」、「弱体国家(weak state)」という用語を用い
ることが一般的である50。ただし、暴力的紛争との関係を強く想起させるものとして学術
分野において「破綻国家」、暴力的紛争のみならず広くガバナンス等の欠落との関連で「脆
弱国家」という用語が用いられるという一般的な傾向がある。
本章においては学術分野における「脆弱国家」の議論を検討するが、他の章と同様に、
特に断りがない場合および引用の場合を除いて、「脆弱国家」という用語を用いるものと
する。
最初に挙げた「脆弱国家とはなにか」という問いは、必然的に「健全な国家とはなにか」
という議論を喚起する。脆弱な国家とは、主権国家が自律的に存続するために当然有して
いるべき何かを、キャパシティーまたは意思の欠如によって、有していない国家と考えら
れるからである。そこで本章においては、第一に自律的な主権国家の条件を授権システム
という観点から検討し、さらにその条件を瑕疵している国家としての脆弱国家を、学術分
野におけるいくつかの定義とともに検討する。
後述のとおり国家の破綻、失敗は歴史的にみて決して稀有な出来事ではない。しかし、
現代的な国家の失敗については特有の状況があると考えられる。そこで第二に現代的な国
47
Raeymaekers, T.(2005)
横田洋三(2001)、納家政嗣(2005a)など参照。
49
“failed state”に関しては、「破綻国家」という訳語が当てられる場合と、「失敗国家」という訳語が当
てられる場合と同程度であるといえる。
50
主要学術ジャーナルのアーカイブである JSTOR の検索によると、9・11 アメリカ同時多発テロ後の 2003
年以降に発表された論文の内「failed state」という用語を用いているものが 890 本、「weak state」を用い
ているものが 928 本、「fragile state」という用語を用いているものが 140 本、「collapsed state」という用
語を用いているものが 122 本あった。
48
42
家の失敗の特徴をいくつかの場合に分けて検討する。
第三に脆弱な国家における紛争主体の形成について、エージェンシー理論をアナロジー
として検討し、第四にそうした主体の対立がいかにして暴力的紛争に発展するかを検討す
る。脆弱な国家の多くで暴力的紛争が生じることは多くの論者が指摘している通りである
が、全ての脆弱国家において暴力的紛争が生じているわけではない。また、紛争を行うた
めには少なくとも二つ以上の暴力主体が必要となるが、どのようにして紛争主体が生じる
か、そしてどのようにして暴力的対立に陥るかについて国内・国外の比較的新しい研究成
果も踏まえ検討する。そして最後に今後、国際社会がいかにして脆弱国家と関わっていく
べきかという規範に関して検討する。
第 1 章から第 3 章までにおいて、実際の各ドナーがどのように脆弱国家と関わってきた
かということを検討した。しかし、国際社会による脆弱国家に対するコミットメントの重
要性は学術的にも、実務的にも指摘されながらも、その理論的裏づけが完全になされたと
は言いがたい。特に国際政治学が伝統的に検討してきた内政不干渉という国際規範との間
に齟齬が生じるからである。国家と国民との関係をプリンシパル-エージェント関係とし
て捉えた場合、ある意味国家(合法政府)としての特殊性を捨象することになるが、それ
が故にある意味、理の当然として国際社会の介入が導出されることになる。
4-1 国家の脆弱化を巡る研究動向
4-1-1 健全な国家と脆弱性―国家の破綻と破綻が問題化された背景―
脆弱な国家とは何かという議論は必然的に国家とは何かという議論を喚起する。国家を巡
る議論はボダン、マキャベリー、ホッブズ、ロック、ルソー、ヴェーバーと営々と続けら
れてきたが、議論が収束したとはいいがたい。しかし、近代国家の構成原理は、理論的に
は中間的な社会権力を一掃し、政府と個人が非明示的であるとはいえ直接的に社会契約な
いし、統治契約を締結する点にあるということはコンセンサスを得られるであろう51。そ
して、実際に国際場裡においても、OECD-DAC などでこの社会契約の概念について、今日、
問い直されつつある52。
国境を越えての戦火の拡大を招いた近世の宗教戦争の教訓により、国家(合法政府)は、
対外的には平等、不可侵の主権の絶対的「主体」とされ、国内的には「民族自決」または
「国民自決」という規範に基づき、国民が本源的に有する主権を政府に委任することによ
って政府が「ある一定領域の内部で正統な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する」
53
ことができるとされた。そして国民から権限を委託された機関は合法政府と同定され、
51
納家(2005b)、高山(1992)、岩崎(1992)
Jones, B et al (2007) OECD Fragile States Group のなかで上述のような主旨のもと、現在執筆中(2007 年
現在)。
53
M.ウェーバー著 脇圭平訳(1980)
52
43
両者の関係は、本源的に主権を有する主体である国民がプリンシパル、それを委任された
合法政府はエージェントであると措定できる。
合法政府に委任されたこの主権の性質が問われることは、主権国家という概念が成立し
た後も、長い間決して大きくはなかった。しかし国際政治学者のクラズナーは、主権は総
体で語るべきではなく、その特徴から国内的主権、相互依存的主権、ウェストファリア的
主権、国際法的主権の四者54に分類して検討するべきであると指摘する55。この分類は、前
二者が主権の実質的側面に着目し、後二者が形式的な側面に着目していると整理すること
ができる。遠藤(2006)は、脆弱国家(合法政府)の特徴をクラズナーの主張する国内的主
権、相互依存的主権が喪失され、国際法的主権、ウェストファリア的主権という主権の二
つの限定的な要素のみを有している国家(合法政府)であると指摘している。
国家(合法政府)の脆弱化とこの理論的な意味における主権の分割とは、実は無関係で
はない。歴史的にみたときに、国家の失敗や破綻、脆弱化ということは決して珍しいこと
ではなかった。主権国家不承認論で知られるハーブスト(2004)は第二次世界大戦以降、1989
年の冷戦終結までにおける期間のほうが特殊であり、国家が失敗することは歴史的常態で
あったと指摘するし、「脆弱国家」、「破綻国家」という用語がまだ使われることのなか
った 1990 年に、山影(1990)は国家としての機能を果たさない国家について論じている。も
っといえば歴史的な文脈において、「破綻国家」という用語は本来、形容矛盾であった。
というのも破綻した国家は歴史的には他国に併合されたり、内部から瓦解し全く別の国家
になったりすることが当然であったからであり、破綻した国家は、少なくとも長期間存続
することはできなかったからである。もし現在もこうした歴史的常態が続いているとする
ならば、主権を形式的特徴と実質的特徴によって分類する意味はない。
しかし、今日一度認められた主権国家(合法政府)が国際法上の主権を剥奪されること
は事実上なく、そのため国家を実質的に統治することができなくなった合法政府は、本来
あり得なかった「破綻国家」となったのである。岡垣(2007)は「国際法的主権の安定性そ
のものが国家建設の動機付けを削いでいる」とまで指摘する。例えばソマリアのように長
期間にわたり政府を有していなかったような国家であったとしても、その法的主権が剥奪
されることはなく国連へは加盟し続けた。
健全で自律的な国家(合法政府)であるにせよ、脆弱国家(合法政府)であるにせよ、
主権の形式的側面は有していることがわかる。脆弱ではないという意味において「健全」
な主権国家(合法政府)と脆弱国家(合法政府)の相違は、主権の実質的な側面の有無に
54
クラズナー(2001)の主張する 4 つの主権とは相互依存的主権、国内的主権、ウェストファリア的主権、
国際法的主権を指す。それらはそれぞれ、相互依存的主権が、国境の内部および国境を越える諸活動を管
理する政府の能力、国内的主権が、ある政体における国内の権力構造、ウェストファリア的主権が、「内
政不干渉」を原則とした外的影響力からの事実上の独立、国際法的主権が、国家の形式的相互承認を意味
する。
55
但し健全な国家全てがこの四つの主権を完全に有しているというわけではない。実際、クラズナー自身
もこの四つの主権全てを完全に満たしている国はアメリカ合衆国のみであると 2003 年 UC バークレーで
行われたインタビューで指摘している。(http://globetrotter.berkeley.edu/people3/Krasner/krasner-con0.html)
44
あるということができよう。その実質的側面を担うということは、例えばロットバーグが
「破綻国家」を分類したように、政治財56を適切に提供することと考えることができる。
そして脆弱国家とは、その政治財の提供を行う意思がないかあるいは能力がない国家であ
るが、政治財、特に治安維持・安全保障サービスは、それを提供するために正統性が認め
られる必要がある57。必要な場合には暴力装置によって国民の自由を制限することが出来
るからである。例えば永田(2002)は文民警察を市民への奉仕を目的とし、民主主義の擁護
として活動する「民主的警察」と反体制運動を武力的に抑圧する「抑圧的警察」に分類す
る。「抑圧的警察」は平等性に欠けるため、正統性を獲得することが困難で、正統性をも
たない治安機関による実力行使はそうした治安機関に対する信頼を失墜させ弾圧された側
を自力救済や反政府行動に走らせ、結果として内戦のきっかけを形成する58。
政治財の提供と正統性の関係には、一種のトートロジーが生じるが、健全な国家の場合
そのトートロジーは問題にならない。理論的、形式的には合法政府が存在することが正統
性を満たしていることと同値となるが、その正統性が実際に国民に認識されるには、通常
第一に歴史的建国方法、第二に(量的かつ質的に)適切な政治財のサービスデリバリー、
第三に国際的国家承認の三点によるとされる59。一点目は所与であり、先に述べた通り三
点目は問題にならないため、やはり重要な要素は二点目のサービスデリバリーとなる。そ
して健全な国家においては、合法政府が正統性を有するために政治財を提供することが出
来るのであり、政治財を提供するが故に正統性を有するのである。脆弱国家とは近代主権
国家が持つこの不可避的なトートロジーの輪を有しないために正統性を有せず、それが故
にサービスデリバリーを行えない(あるいはその逆の)合法政府によって形式的に統治さ
れた国家と特徴づけることが出来る60。
4-1-2 現代的な国家の脆弱化過程
学術的に国家の失敗が注目され、「破綻国家」の用語が与えられるようになったのはそれ
ほど昔のことではない。山田(2005)によれば、「破綻国家(failed state)」という言葉はヘ
ルマンとラトナー(1992-93)がソマリアなどの状況を記述するために用いたのが始まりだと
され、一般的に国際政治学の用語としては「一定領域とその住民に対する実効支配が認め
られず、そのためその領域住民の安全・生存が恒常的に脅かされている状態」61を指すと
56
ロットバーグは、そもそも政府とはある特定のサービスを提供するために存在していて、そのサービス
を政治財(political goods)と定義している。そしてなかでも最も重要なものは治安維持サービス(security)で
あると指摘する。世銀(2004)は基礎的な保健や教育について政府が供給する義務をもつと指摘しているが、
ここでは政治財を、治安維持サービスを中心とした政府が提供すべき財・サービスと定義する。
57
正統性のない治安維持サービスの提供は、安全保障の空白地帯を形成することを促進する(世界銀行
2004)。
58
塚田(2007)、永田(2002b)
59
Jones, B et al.(2007)”From Fragility to Resilience: Concepts and Dilemmas of Statebuilding in Fragile States”
A Research Paper for the OECD Fragile States Group
60
この論点は OECD-DAC の定義と関連付けることが出来る。
61
Buzan, B(1991)、本山編(2005)
45
される。また、ザートマンは 1.権威、2.有効な意思決定機関、3.アイデンティティーの象徴
が欠けているものを「崩壊国家」の特徴として指摘する62。
最近では、国家による実効的支配を段階的に区分することが多く、例えば Rotberg63によ
る分類が非常に有名で、国家を政治財の供給度合いに応じて「強い国家(strong state)」、
「弱
い国家(weak state)」、「失敗しつつある国家(failing state)」、「失敗国家(failed state)」、「崩
壊国家(collapsed state)」の 5 つに段階的に分類している(第 1 章表 2 参照)。
「脆弱国家」の定義は学術分野の中においても必ずしも意見の一致をみないが、「政府
の実効支配」つまり治安の有効な維持の欠如が必要条件となるということはコンセンサス
を得られるであろう。そしてそれは先に述べた正統性とのトートロジーの崩壊によって現
代的な脆弱国家問題として、注目されることになった。
そしていくつかの脆弱国家の分類を検討することによって、国家が脆弱化していく現代
的な特徴を窺い知ることができよう。ただし、本分類は必ずしも論理的で決定的なもので
はない。また極端な一般化による危険性もあるが、そうした限界を踏まえた上で、現代的
な国家が脆弱化する一般的な傾向を検討することには意味があるだろう。
世銀の定義する Fragile States、先のロットバーグによる分類、Fund For Peace による Failed
State Index などを比較すると、地域的にはアフリカ、旧ソ連(CIS)諸国、太平洋島嶼部が
多いことがわかる。
アフリカにおいて脆弱国家が目立つことは多くの論者が指摘しているとおりである。そ
うした脆弱国家として認定されるアフリカ諸国は、脆弱化するプロセスにおける共通点も
しばしば指摘される。例えば妹尾(2005)は極端な一般化の危険も、例外が多いことも認め
ながら、特にアフリカにおける国家の失敗について大まかに以下の特徴があることを指摘
する。第一に冷戦期において潤沢であった経済援助が大幅に削減されたこと、第二に主要
な輸出品であるプランテーション作物の価格が大幅に下落したこと、第三に独立時のしば
しばカリスマ性を有した強力な指導者が引退または死亡したことである。
冷戦構造の崩壊が主要先進国の介入方針を変化させ、国家の脆弱化に大きな影響を有し
ていたことは、アフリカ諸国に限ったことではない64。冷戦期においても内政不干渉とい
う原則はあったものの、実際には米ソ両陣営ともに徹底的な内政干渉をおこなっていた。
国際政治学者のジョセフ・ナイは「冷戦時代には、アメリカとソ連の諜報機関は、しばし
ば外国の選挙に資金をつぎ込んだ」と指摘する。冷戦終結後における主要先進国から途上
国への援助は、量的な変化とともに質的な変化も大きい。石田(2003)は質的側面の変化と
して、経済改革、人権擁護、民主化など国内の政治・経済体制の変化が二国間援助の条件
とされるようになったことを指摘する。そしてそのことが政府の「力の優位」を崩すこと
になった。実際アメリカ合衆国について、「冷戦の終結と共に、開発援助は反共手段とし
62
Zertman, I W (ed)(1995)
Rotberg, R I.(2002)、(2004)
64
ただし例えばモザンビークやカンボジアのように冷戦が崩壊することによって冷戦が沈静化し、脆弱性
が緩和された事例もある。
63
46
ての役割および存在意義を失い、大幅な金額の減少が見られた」65と指摘されるし、冷戦
期には開発援助と目的を一つにしてきた軍事援助は、冷戦崩壊後「9.11 同時多発テロ」以
前まで国内の軍需産業の販路確保という全く異なる目的によって行われたと指摘される66。
画一的なコンディショナリティを伴った世銀や IMF による 1980 年代の構造調整プログ
ラムによる急激な市場経済化政策が政府の弱体化を招いたという批判も多い67 。例えば
UNICEF は早くも 1987 年から 90 年にかけて、世銀による構造調整プログラムが特に貧困
者へのサービスデリバリーを抑制し、厚生を下げる結果につながったと指摘している
(UNICEF 1987-90)。
こうした国際市場の変化そして質的および量的な外部からの介入の変化によって、多く
の途上国において財政状況が著しく逼迫し、治安部隊の統制も困難になった68。また、ア
フリカを始めとした多くの途上国における政治体制が新家産制であったことも脆弱化の原
因としてしばしば指摘される。メダールによれば、新家産制とは「個別利害に基づいて行
われる、政治的支持に対する公的資源の配分」を行うことであり、政権中枢部のパトロン
がクライアントの投票や支持、時には暴力装置といった政治的資源を私的に利用すること
を指向してクライアントに対して公的資金を私的に分配している国家体制である。国家の
新家産化は冷戦後に始まったものではないものの、冷戦構造の崩壊にともなう主要先進国
による介入方針の変化により政府が自由に出来る資金の減少を招き、新家産制国家の脆弱
化へと拍車をかけたと思われる69。武内(2000)はアフリカ諸国の紛争増加要因が 1980 年代
以降の長期の経済危機、および冷戦崩壊後の主要先進国の援助方針の変化にともなう政治
的、経済的な自由化によりパトロン-クライアント関係が崩壊したことにあると指摘して
いる。
実際に、コートジボアールの家産制に関して分析した佐藤(2003)は、1978 年のココアの
国際価格の暴落を契機とした経済危機および 1990 年頃からのフランスの支援方針が親仏
政権の支持から民主化へと変更されることによって、そのパトロネージ資源が著しく枯渇
したことを指摘している。後継のベディエ政権も含め、コートジボアールの新家産制がす
ぐさま崩壊することはなかったが、確実にその勢力は弱まり、1999 年の軍事クーデターに
より政権は崩壊した70。
また、ハイチやソロモン諸島といった誕生以来脆弱であり続けている国家も存在し、そ
うした国家はそもそも一定の地域を統治するための資源が欠乏しているとさえ思われる。
シエラレオネのストラッサーやムーサといった国家元首、リベリアのテイラーなどはそも
そも国家を統治する意思が希薄であったといえる。また次節で指摘するように鉱物資源が
65
66
67
68
69
70
国際協力銀行
国際協力銀行
吉川(2004a)
首藤 前掲
佐藤(2003)
佐藤 前掲
開発金融研究所(2004)
開発金融研究所(2004)上掲、村山(1995)
47
豊富に腑存することによっていわゆる「資源の呪い」から紛争リスクが高まり、実際に紛
争が生じることで脆弱化するという場合もある71。さらにいえば国際社会には 1914 年に 55
カ国、1960 年に 90 カ国、冷戦後には 192 カ国が主権国家として成立したが、そうした国
家の多くが、小さく、不利な立地の貧しい国家であり72、潜在的な失敗の可能性を抱えて
いた。その他、冷戦崩壊による状況の特殊な変化によって脆弱化した旧ユーゴスラビアや
アフガニスタン、アメリカによる攻撃によって脆弱化したイラクなどの事例もある。それ
らをまとめると、表 9 のような要因が挙げられるだろう。
表 9:脆弱国家の現代的特徴
政治的要因
経済的要因
対外的要因
社会的要因
その他
脆弱化
新家産制
資源の呪い
大国の介入方針
紛争から脆弱
突発的な自然
要因
カリスマ的指導者
資源の欠乏
の変化
国家への転落
災害
の引退
一次産品作物価
援助額の減少
紛争の再発と
気候変動によ
急激な民主化政策
格の低下
民主化(複数政
悪循環
るリスク
統治意思の欠如
党制)への圧力
社会集団の対
コラプション
外国勢力の介入
立や不平等
資金・資源管理の不
構造調整プログ
透明性
ラム
隣国での紛争
出所)筆者作成
先にのべたように脆弱国家が脆弱化する過程や要因をおそらく一つに帰すことは不可能
であるが、現代的な脆弱国家は表中のいくつかの要因を有することが多い。そしてそれら
が複合的に作用し、脆弱国家へと至っている。脆弱国家の分類は第一章で述べたように国
際機関においても、学術的にも行われてはいるが十分とはいえない。また、その中でも地
政学的分類が多く、今後は要因の観点からの分類も必要となってくるだろう。その要因に
応じて、対応が変わるべきであるし、要因のモデル化が進めば、より有効に国家の脆弱化
の予防を行うことが出来るからである。
4-1-3 脆弱化な国家と紛争主体の形成
社会的に不安定である脆弱国家ほど、紛争に陥る傾向が大きいと指摘されるが、脆弱な国
71
Collier(2007)による 4 つの罠の中でも指摘されている。天然地下資源を販売することによって収益を得
ている政府は、国民の労働によって収益を得ないという意味で、不労所得国家と呼ばれる。国民の所得に
よって収益を得ないために国民の福祉に対する意識が欠け、後に指摘するが、政府と国民との間で「エー
ジェンシー問題」が生じやすくなる。
72
Rotberg R.I. (2002)
48
家の全てにおいて紛争が生じる訳ではない。紛争が生じるためにも少なくとも二者以上の
暴力主体が必要となる。
では、いかにして脆弱国家内部で紛争主体が成立するのだろうか。
国家による政治財の提供は非常に滞りやすい。国家は安全保障サービスを中心とした政
治財を提供するエージェントとして機能するが、安全保障サービスは排除不可能性と、非
競合性が強く、公共財としての側面が極めて強い。そして個々人による自力救済の費用は
極めて高く、エージェントの代行による限界費用は低い。そこで本来的に各個人が有する
自らの生命、健康および財産を保護し、それらが侵害された場合、その侵害者を罰する権
利を一元的に国家(合法政府)に対し委任する。この考え方こそが社会契約の概念であり、
この国民と合法政府との関係をエージェンシー理論73から分析することはコンセンサスが
得られている74。
政治財の提供については「エージェンシー問題」75が慢性的に生じる。「エージェンシ
ー問題」とは、プリンシパル(依頼人)とエージェント(代理人)の間の交換において、
エージェントは、プリンシパルの利益にとって有害な行動も有益な行動もとることができ
るが、そのことを契約上の合意において排除することも保障することもできないという問
題である。
生命、健康、財産の安全保障は、何といっても人間の基本的ニーズの中でももっとも基
本的なものであり合法政府が(量的かつ質的に)適切な政治財を供給できない場合には、
(自力救済も含めて)合法政府以外によって不可避的に代替提供され、政治財を提供する
新規のエージェントが合法政府の領域内に出現することになる。政治財を提供する新規の
エージェントとしては、一般的に以下の四者が想定できよう。第一に援助機関・国際機関・
隣国・地域共同体(以下国際機関等とする)、第二に自警団、第三に擬似国家、第四に軍
閥である。ただし、第一の国際機関等以外の三者については、明確な区別が困難であり、
自警団が擬似国家や軍閥へと発展すると考えることが合理的である。現実にはキプロスに
おける EOKA や東ティモールやルワンダの自警団(民兵)のように他国の公的機関が組織
化、運営に関与する場合も多く、単純ではない(詳しい特徴に関しては補論を参照)。ま
た、機能的な観点からも国際機関以外による政治財の提供は不安定であって紛争に発展す
るリスクが高まる。
73
エージェンシー理論とは「取引主体 A が取引主体 B に意志決定権限を委譲し、B が A の身代わりにな
って行動を選択する、人と人との関係を代理人関係として捉え、市場における契約や取引に厳密な経済的
分析を加えるミクロの理論」であって、本来的に何らかの権利を有するものをプリンシパル、そしてそれ
を代行して行う機関のことをエージェントと措定する。各プリンシパルが個別に権限の行使を行うよりも
エージェントに権限を一部委譲し、エージェントが統括して行った場合の方がより費用が安い場合には、
プリンシパルはエージェントに権限を委譲するインセンティブが高まる。
74
世界銀行(2004)前掲
75
「交換される対象が非常に複雑な性格をもつか、あるいはその監視が困難であるために、あらかじめ包
括的な契約をかくことができないか、または第三者によって契約履行を強制することができない場合には
「エージェンシー問題」が生じ、安全保障サービスはこの全てに当てはまる財である。鍋島(2001)
49
(1)エージェントの構造
国家内に生じた自警団・武装集団がもっぱら政治財を提供する(と称する)集団と、依頼
する集団とに分化した場合、その集団は新規のエージェントと同定することが出来る。そ
うしたエージェントも合法政府同様、決して一枚岩ではなく、その内部構造は指揮、命令
を行う「動員部門」と実際に役務を提供する「実働部門」とに分けて考えることが出来る76。
政治財の供給において世銀は事務方の国家機関である「政策当局」と、教師や水道工、電
気工、警察官といったサービスを行う「提供者」とに分けているが、この分類と基本的に
は同様である77。一番の特徴は通常の消費者と供給者の関係とは異なり、「実働部門」(=
実際の役務提供者)の行動を消費者が直接コントロールできず、「政策当局」あるいは「動
員部門」を通してのみ統制できるという点である。
動員部門は主として経済的便益、強制、「アイデンティティー」の三者によって実働部
門を動員する。エージェントは当初、動員に際し「アイデンティティー」を用いる傾向に
あるが、エージェントの規模が大きくなるに伴い、エージェント内部のみならず、合法政
府のようにそれを支えるプリンシパルにまで「アイデンティティー」の共有を求めるよう
になる。
(2)対立
各主体はそれぞれが異なるインセンティブを有していて、プリンシパルは主として安全を
指向し、主として経済的資源、政治的資源(同意や投票など)のどちらかまたは、両方を
エージェントに提供する。エージェントにおいては、特に動員部門が通常の国家と同様に
政治的・経済的パワーの拡大を指向し、その手段としてプリンシパルに対して安全保障サ
ービスの提供を行う、また実働部門としては、経済的便益、強制の回避、「アイデンティ
ティー」の充足を指向し、実際の戦闘活動などの実働を提供する。
エージェント間が対立し、武力紛争にまで発展するには、次節で詳細に検討するように
構造的要因と引き金的要因が必要となる。合法政府内に新規のエージェントが成立してい
ること自体が構造的要因の一つであろうが、それだけで武力的紛争が生じるわけではない。
また、エージェント間は常に対立的関係に陥るわけではなく、互いに無視する場合や提携
関係を締結する場合すらある。どちらかの政治的あるいは経済的パワーの相対的拡大をも
う一方が許容しない場合に対立関係に陥るが、そのパワーバランスの変化に対する認識を
もたらすものが引き金的要因ということができよう。
76
通常の開発の局面と異なり、クライアントパワーが直接行使されにくい。例外は、住民組織自体がエー
ジェントと一体化している場合である。モザンビークの Frelimo の住民組織化に学んだウガンダの
Resistance Committee などに例がある。
77
世銀(2004)前掲
50
4-2 「脆弱国家」における紛争要因をめぐる研究動向
4-2-1
紛争の構造的な条件
紛争の構造的な要因には様々なものがあり、普遍的な要因があるわけではない。ただし、
多くの事例に共通する幾通りかの代表的な解釈はあるので、それらを概観したい。なお、
通常紛争は構造的な要因と引き金要因が重なり合って起きると考えられる。構造的な要因
は、その国の地理的、物理的な環境条件と歴史社会的な条件に規定されている。実際の紛
争の勃発には引き金要因も作用するが、開発援助の主たる役割は、構造的な要因が解消さ
れる方向に役に立つように長期的な目標を見定めて、実施することである。引き金要因は
政治プロセスに位置付けられるので、開発援助というよりはむしろ外交や政策の一貫性の
方が一義的な問題と思われる。
紛争の構造・社会心理的な要因とその他の構造的(物理的)・政策的要因について検討し
てみよう。構造・社会心理的な要因に関しては、貪欲(greed)と憤懣(grievance)という対照的
な見方が存在する78。その他の要因に関しては、若者の人口の膨張や環境の衰退、天然資
源への依存といった物理的な環境要因と、経済復興政策の失敗、隣国の介入等政策的な要
因がある。そして、構造・社会心理的な要因と、その他の構造的な要因がそれぞれ密接に
関連しあうこともある。
(1)紛争の構造・社会心理的な要因
この要因には貪欲説、憤懣説という二つの見方がある。貪欲説は特定の政治集団が資源の
獲得をめぐって、一般の人々や貧困者を操縦・動員して紛争を仕掛けるという考え方であ
る。これに対して、憤懣説は差別され、不平等な立場にいる人々の不満が集団内で増幅さ
れて、抑圧している者に対して紛争を起こすという考え方である。代表的な研究者は、前
者については Paul Collier、後者については Francis Stewart が挙げられる。
Collier の貪欲説は、紛争を起こす首謀者ないし集団は費用便益分析に立脚して行動を決
定しているとする。Collier and Hoeffler(2002)は、政治学者は紛争の動機に拘泥し過ぎて
その本質を見失っていると言う。憤懣が原因のように見受けられる政治現象は、紛争を仕
掛ける集団の宣伝により醸成されたものであるとする。この集団が紛争の前に用意しなく
てはならない資金は巨額で、とても一般大衆や貧困者はこれを集められない。さらに、教
育普及が低い地域においては、人々が紛争に参加する場合の機会費用が低いので紛争が拡
大しやすいという。
Stewart の憤懣説は、エスニシティや宗教という集団のアイデンティティの相違が構造化
されている社会において、集団間に政治的、経済的、社会的に深刻な不平等や文化的な差
別があるとき、かつ政府がこれらの状況に無策なときに紛争のリスクが高まると説明する。
78
Collier, P. (2000)
51
Stewart(2007)は、マレーシアの政治指導者はブミプトラ政策によって華僑系とマレー系
の集団間の不平等をある程度解消して紛争予防という意味での成功を収めたという79。社
会経済的な条件に共通性のある象牙海岸とガーナも、集団や地域に対する国内政策の相違
がその後の国内の南北間の紛争の有無に影響を与えたと説明している。
二つの説は、人間の心理のみならず、社会の不平等についても対照的な見解を示してい
る。貪欲説は社会の様々な属性と紛争の起こりやすさとの相関を分析しているが、基本的
には方法論的個人主義の立場に立ち、個人や世帯所得の不平等と紛争の発生のあいだには
有意な関係はないとしている(Collier and Hoeffler, 2002)。これに対し、Stewart は個人間の
不平等である垂直的不平等に対比して、アイデンティティ集団間の不平等を水平的不平等
(HI: Holizontal Inequality)と呼んで、これを重視した。
次に、民主主義についても両者は対照的な解釈を示している。Collier(2000)はエスニ
シティが多様な国はそれが同質的な国よりも民主主義を進める必要があるという。エスニ
シティが同質的な国では政治的な権利の進展は経済成長に影響しないが、多様な国では独
裁制は民主制よりも成長が緩慢になるとした。つまり、民主主義は、エスニシティの多様
性と結びついて成長の障害となる要因を取り除けると解釈している(但し、紛争後の社会
では、民主主義の急激な導入は非民主主義よりも危険という)。これに対し、Stewart は民
主主義が重要であるとしても、多数決で勝者がすべてを取るシステム(ウェストミンスタ
ーモデル)の性急な導入は却って集団間の関係を不安定にすると述べ、包摂的な政策
(inclusive policy)の導入の方を重視する80。
両説は、紛争の構造・社会心理的な側面での示唆に富む見解であるが、その限界につい
ても指摘したい。貪欲説は紛争を主導する集団を政治集団としてよりも犯罪集団とみなし
やすく、抗議の信憑性を疑問視させる効果をもっている(Goodhand 2003)。従って、紛争
を起こす歴史・政治社会的な過程を軽視しやすい。また、天然資源の獲得をめぐる紛争の
説明には適しているが、環境の衰退が関わる紛争については適切に妥当しない。次に、憤
懣説は社会経済的な不平等と政治的な不平等が同じベクトルに向かうと紛争のリスクが増
すと説明しているが、取り扱われているケースが必ずしも網羅的ではない。
(2)紛争のその他の構造的・政策的要因
その他の構造的・政策的要因として重要なものは、若者の膨張、環境の衰退、天然資源へ
の依存、経済の長期的低迷・経済復興政策の失敗、の 4 つであろう81。このほかにも、隣
国や国際社会等の外部の介入、急速な民主主義制度の導入や安価な武器の流入等の要因が
79
Stewart, F. (ed) (2007) ただし、近年のインド系についてはこの限りではない。
80
Stewart, F. and O’Sullivan, M. (1998)
これらは、2007 年 11 月に英国のウィルトンパークで行われた「アフリカにおける紛争予防と開発協力:
政策ワークショップ」で取り扱われた。同会議は、UNDP と JICA の共催で行われ、構造的な要因の主要
な研究者と 5(6)カ国の地域研究者、援助の実務関係者が参加した。
(http://www.wiltonpark.org.uk/documents/
conferences/WWP889)
81
52
存在する。
① 若者の膨張(Youth Verge): このセオリーは、若者は若さゆえに、政治的暴力・犯罪を
引き起こしやすいとの言説から始まる。アフガニスタン、イラク、パキスタン等の暴力事
件実行犯の年齢の中央値は 19 歳以下であると主張され、これが人口統計学者の議論の口火
を切った。Cincotta et al.(2003)によれば、紛争リスクを高める要因としては、若年層過多に
よる失業率の高さ、都市人口の急速な増加と社会的混乱、1人あたりの農地や給水の利用
量の減少、HIV/AIDS の高い感染率と死亡率などがある82。
② 環境の衰退(水と土地):Crisis States Research Centre の Putzel(2007)は、土地の生産性
が向上しない地域で、人口が急速に増加し、さらにエスニシティによって土地へのアクセ
スが規制されると紛争が起こりやすいという。土地問題は、高い人口密度やアクセスを決
定する排他的な制度などと組み合わさると紛争を引き起こすことがある。こうした見地の
代表的な論者であるトロント大学の Homer-Dixon(1999)は、資源枯渇型の紛争は国家内の
紛争を増加させると予測した。環境資源の希少性は、一般的に社会的な緊張を高め、貧困、
大量移住、民族対立、国家の統治能力の疑問といった争点に繋がると考えられる。
③ 天然資源への(過度な)依存:紛争と関係が深い天然資源は、石油、金、コルタン、ダ
イヤモンド、貴金属、材木、麻薬であり、近年起きた天然資源に関係のある紛争の約半分
がアフリカで起きている。Hoeffler(2007)は、資源輸出が GDP の 3 割を産品輸出として
占めると、紛争のリスクが高まり、資源は弱い国家など幾つかの条件下では恵みであるよ
りも寧ろ呪いであるとした。また、一般的に、紛争後の平和は 40%が 10 年以内に崩壊し
ていると分析している。Ross(2002)は資源の略奪の容易性(lootability)が紛争のタイプに
影響すると分析した83。さらに、天然資源と内戦の関係について、先行研究における関係
のタイプと対応策を下表 10 のように整理している84。
82
Cincotta, R., Engelman, R., Anastasia, D (2003)
83
Ross によれば、地下深い資源は分離運動型紛争、ダイヤモンドの一部と麻薬は非分離運動型紛争と関
係しやすいという。
Ross, M L. (2003)
84
53
表 10 天然資源とイシューの関係
両者の関係
対応策
z
経済の停滞
z
輸出品目の多様化政策・資源収入の安定化策
z
脆弱なガバナンス
z
透明性の向上
z
資源が豊富な地域の独立運動
z
予防外交
z
反政府運動の収入源
z
貿易制限等
出典 Ross (2003)
天然資源貿易の管理については、ダイヤモンドの原産地証明を求める NGO の働きかけ
によってキンバリープロセスが行われたが、それ以外の資源についても同様な対応が必要
である。
④ 経済の長期的低迷、経済復興政策の失敗:FitzGerald(2007)は、貧困国の取るべき経
済政策の目的が平和時と紛争時でどのように対比されるかを下表 11 に示している。
表 11 経済政策の目的
“平和時”
“紛争時”
z
効率性の向上
z
不確実性の減少
z
生産高の増加
z
雇用の増加
z
貯蓄の増加
z
投資の増加
z
貧困の削減
z
水平的不平等の減少
z
世界市場との統合進展
z
対外的な脆弱性の減少
出典 FitzGerald, V. (2007)
紛争予防を支持するマクロ経済政策として、財政政策では税基盤の多角化、資源レント
の適性管理、水平的で公正な生産の支援、国内借入の抑制、金融政策では長期的な地方の
貸付制度、低金利政策、競争的だが安定的な為替政策の維持、対外金融では援助支出の小
さな変動、一次産品市況が低迷するときの対策、債務減免の進捗が推奨されている。Stewart
と同様に、武力紛争は水平的な配分の問題から起こり、資源紛争が根源的な問題ではない
としているが、貪欲説か憤懣説かという設定は誤っており、両者の関係は紛争を資金的に
担う必要性からより複雑になっているとしている。
(3)ガバナンスの要因
さらに構造的な要因の一環としてガバナンスがある。脆弱国家論は前節で述べられている
が、これは構造的な要因とさまざまな形で結合する。Nathan (2004)はアフリカにおける紛
54
争の主要な要因として権威主義的支配、エスニック少数派の疎外、社会経済的な収奪と不
平等、政治的・社会的紛争を有効に管理する制度的能力を欠いた弱い国家(weak states)を挙
げている。これらの条件が相互に影響し合うと、暴力の可能性が上昇するという。また、
国家と市民のあいだの実効的な社会契約(Social Contract)の不在も影響すると考えられる85。
紛争のガバナンス的要因は、途上国における近代的国家や社会組織の未発達性に立脚し
ている。旧植民地の統治構造を引きずり、エスニシティなどが分裂し、近代的・現代的な
国家を築き上げられないでいる国々が植民地からの独立直後に冷戦に巻き込まれた。その
終焉と共に新たな国造りに臨んだ 1990 年代に入って、政治的な対立や少数派の抑圧が新た
に開始された。利害の対立は、国有資源が市場に開放され、民主化や複数政党制の進展に
より新たにエスニシティ基盤の狭い政治集団がうまれると却って促進されるようになった
(武内 2000)。前節が示したように、新家産制的(neo-patrimonial)支配も影響する。これは
権力者が国家を私物化し、パトロン-クライアントの関係を築く一方、国家は公共性を獲
得せず、一般のサービスが国民に供給されない傾向を意味する86。
Reno(1998)は、国家の支配者が、国内のライバルをコントロールする目的で、国内外の
パートナーとの同盟を私物化してきたとする。このような私物化された政治権力が抑圧的
であっても、冷戦期には米ソが同じ陣営であれば当該国を「グローバルに承認された主権」
として支持した。冷戦後に支持は終わり、急速に民主化やガバナンスが求められると、こ
れらの体制は動揺し、資源配給の停止から紛争が起きたと説明する。
1990 年代の紛争はいったん下火になったとは言え、脆弱国や低所得国の多くは、ガバナ
ンスの弱さや新家産制国家のあり方が引き続き問われている。新家産制の国においては、
ドナーが援助しても、それが有効に利用されるのかが不確実である。政治リーダーは、国
家のことよりも私的な利害に関心をもち、パトロン-クライアント関係の持続に精力を注
いでいるからである。ODI の Cammack(2007)は、こうした国々においてドナーは変化を
強いることがあまり出来ないことを受容すべきであると同時に、開発プロセスには何十年
も何百年も時間がかかることを承知すべきだと指摘している。
以上の構造・ガバナンスの要因は、複合して「紛争の罠」を形成している。相対的には、
天然資源への依存と新家産制及び軍閥の存在は特定の政治集団による貪欲説に連なりやす
く(ただし、Collier の分析は反政府側勢力に貪欲があると見なしやすいが、実際には政府
の側にも貪欲が多いというのが新家産制の見方である)、集団間の不平等、若者の膨張と
環境の衰退、
土地問題の組み合わせは憤懣説に連なりやすい傾向があるであろう。
ただし、
紛争の過程において異なる要因が交互に現れることもあり得る。
4-2-2
政治社会的要因と開発プロセス
実際の紛争は、上記の構造・ガバナンス要因に、引き金要因が加わって起きると考えられ
85
86
Fuentes, A J and Fukuda-Parr, S. (2007)
新家産制的支配とは、マックス・ウェーバーの支配の 3 類型のうち、伝統的支配に属する。
55
る。それは国内的な、または近隣国を含む地域的な、政治過程の一部として理解される。
これらに、Fukuda-Parr(2007)氏が問題としている「開発の失敗」がどのように影響して
いるのかを把握することが必要である87。
Andersen(2000)は、1994 年の大虐殺前の 1990 年代の対ルワンダ援助について、マル
チの援助機関は他のバイのドナーと共に主として 3 つの目的を掲げていたと説明する。そ
れは、経済的な構造調整、多党制民主主義プロセス、アルーシャに於けるルワンダ愛国戦
線(RPF)との和平交渉と実施プロセスであった。これらの開発戦略は意図としてはルワンダ
の当時の状況の安定化と改善を狙ったものであったが、それぞれの内容が矛盾し、相互に
打ち消しあう効果をもち、結局紛争が起きる方に働いたと説明する。
構造調整援助は、社会的な不安と統治体制の弱体化に寄与した。民主化の支援を薦める
一方で、構造調整のような抜本的な変化を求める政策が何らの社会の民主的な合意なしに
行われた。次に、和平交渉は構造調整援助の条件となっていたが、ハビャリマナ大統領が
自分に近いグループからも信頼されなくなる契機となった。民主化プロセスと平和交渉の
関係では、多党制民主化の推進によってハビャリマナ政権よりも強硬な路線の集団が幾つ
かの政党を形成した。民主的な伝統のない国、市民社会が殆ど存在しない国における和平
交渉は過激派を勢い付けた88。3 つの改革戦略は組み合わさって、統治体制の弱体化をもた
らし、アルーシャ合意履行を迫る国連の要求に同意しにくい立場に大統領を追い込んだ。
その結果は、エリート層の不安感を増長し、その後の惨劇を招いたという。
ここで象徴されるのは、世界銀行などのマルチの援助機関が長期間採用していた政経分
離原則の変化である。冷戦後には、従来とは異なり、マルチ機関が政治的コンディショナ
リティ政策を採用することを求める声も上がり、世界銀行はこの原則を微修整して経済開
発のためにはグッド・ガバナンスが重要と論じ、他のバイのドナーのより明確なコンディ
ショナリティとも一定協調する方針を打ち出した。この微修正がそれぞれの戦略で相互の
調整なく採用されたときに、融資借入国にとっては拒否することの出来ない、それでいて
政権を追い込む大きな圧力となったのである。
「開発の失敗」は、紛争の引き金要因(突発的事件)と相互作用する。ドナーの開発支
援は紛争を起こす方向に作用してはならないが(“do no harm”の原則)、1990 年代の構造調整
と急激な民主化の要求は多くの国で社会を不安定化させた。政治的民主化と構造改革・市
場経済化は途上国にグローバルな環境における長期的な開発効果を与える方針であると仮
定しても、国内諸制度の適合性が十分に考慮されなくてはならない。アフリカ諸国の開発
が不調な要因は、往々に紛争を起こす要因とも関係する。これらを解明するには、外国の
制度を当該社会に移植するだけではなく、制度を需要する社会の政治構造を正確に把握し
て、導入の仕方を検討する必要があった。
構造的な要因と引き金要因をリンクさせる政治過程は変動的過程として捉える必要があ
87
88
Fukuda-Parr, S. and Picciotto, R.(2007)
Uvin, P. (2007)
56
る。例えば、ツチとフツもベルギー政府が植民地行政の都合のために作り上げた要素があ
った。つまり、エスニックグループ間の相違は固定的、生得的というよりも、相当程度の
作為性や可変性を伴って歴史的に形成されてきた。先の新家産制の議論も同様であり、パ
トロネージを通じて権力者が潜在的批判者を仲間に加えるという意味で、新家産制は紛争
を抑止する要素としても機能したし、逆に惹起する要素としても機能した。こうした要因
どうしの可変性を政治扇動家が操作するわけである。
最後に、一般的な政治過程において、紛争の引き金要因がどのように構造的な要因とも
関連して作用するのかを例示してみたい。以下の分析は限られた事例と記述であるが、紛
争の要因どうしの関係と紛争を起こすアクターの多様性が窺える。
① 貪欲説とコロンビアの麻薬マフィア:麻薬マフィアは政府を糾弾し、地元の農民の支持
を取り付け、選挙で選出されたマフィア議員がその力と脅迫によって地方行政、地方社会
を牛耳っている。マフィアの指導層は富裕層であり、麻薬の販売から大きな資金を得てい
る。彼らを支持する兵士や農民は訴えられた宣伝を信じ、また雇用や受益関係にある。
麻薬マフィアと政府の関係は慢性的な内戦状態にあり、麻薬に対決姿勢を示す政府要人の
暗殺に示されるように、暴力の恐怖が常に大衆の心理に圧力をかけている。
② 憤懣説とブルンディのフツ:独立後、ルワンダに隣接するブルンディ国ではツチが政治
経済を支配していた。ツチとフツのあいだには水平的不平等が存在し、ツチの抑圧的支配
が続いていた。ここでは虐殺事件があったら相手に仕返しをするという構図が長らく出来
上がっていた。1993 年に初めて選挙で選ばれたフツの Ndadaye 大統領が暗殺されたときに
は、ツチに対する報復が起こり、双方で暴力の連鎖が起きた。多くのフツがルワンダに逃
亡したが、彼らの一部は 1994 年にルワンダにおけるツチ虐殺に加担した。
ブルンディでは大衆の不満はエスニックラインに沿っている。統治体制の正統性は、フ
ツが住民の多数を占めることから非常に低く、野蛮な抑圧とエスニシティの否定
(Burundi-ness の強調)の組み合わせは、ツチエリートが普及させた手段であった(Uvin
2007)。1980 年代には、ツチがフツを取り込む融和的な動きが起こり、高い地位に登用さ
れたフツもいたが、1993 年のクーデターは再びエスニシティを分断した。
③ 若者の膨張、資源とシェラレオネ:シェラレオネの紛争はダイヤモンド獲得をめぐる若
者の争いと思われがちであるが、そう単純な話ではない。無力で職がなく、政治や社会で
疎外された若者は、都市部や富裕層のエスタブリッシュメントへの不満や憎悪をもってい
た。軍も敵対する RUF もこれらの不満な若者を大量に吸収していた。表面上は敵対勢力で
はあったが、双方同じ人材プールを有していた。直接的には、モモ政権のときに債務返済
のために政府が外国企業と契約して鉱山から非合法採掘者を立ち退かせた措置が若者を大
量に RUF に投降させた(Reno 1998)。つまり、ダイヤモンドは経済行為を犯罪化し、反
57
乱人材の供給源になったのである。
Keen(2002)は、現地調査を行い、若者が教育を受け、様々な思想の影響も受けてエン
パワーされながら、自分たちの将来に絶望し、暴力に走ったと描いている。憤懣はエスニ
シティのあいだの不平等に由来するものではなく、世代的に若者、地域的に農村が社会か
ら周縁化されていた。植民地時代の行政がいわゆる分岐国家で、首都のフリータウンが直
轄地、後背地が保護領であった。こうした政治社会構造の影響も受けて、フリータウンに
権力と富が過剰集中し、農業は軽視された。農村部の失業の増加が潜在的な反乱者の供給
源となり、地方における伝統的首長の権力乱用も不満を醸成した(Richards1996)。
④ 天然資源とコンゴ DRC:コンゴ DRC(旧ザイール)はベルギー国王の私有地として始
まり、独立後モブツ将軍によって支配された国である。国内の多くの地域で鉱物資源が発
見され、それを狙う外国の介入を頻繁に受けている。現在も東部の鉱物資源の一部は外国
経由で輸出されている。東部は軍閥が割拠するアナーキーな状態になっており、カビラ政
権は東部が権力基盤であるものの、同地域の実効支配はしていない。
人口が稠密で土地争いがある地域では、市民権をめぐる問題も付随している。Kivu では
植民地期にルワンダから移住してきた Kinyarwanda という人々が土地に対する土着の権利
を有していなかった。一部には土地を購入する者もいたが、契約の正統性も不確かなもの
であった。モブツ政権の初期には包摂的な市民法規があったが、地域の実効的な支配を地
元のブローカーに移譲するとそれは撤回された。その後、ルワンダから難民が流入し、土
地へのアクセスをめぐる緊張が暴力紛争のベースを作るようになった(Putzel 2007)。
以上の事例においては、紛争の構造的要因と引き金要因が相互作用しており、紛争の要
因どうしの関係やその明確性は多義的である。
・ 貪欲説とコロンビアのマフィアの関係は構造的要因のアクターの関係がそのまま現れ
ているが、マフィアの宣伝により操縦されている人々もいれば、受益している協力者も
いる。貪欲説を担うアクターは反政府集団とは限らず、リベリアのテイラーのような政
府側の場合もある。天然資源のある国の新家産制には、貪欲説と通じ合う側面がある。
・ 憤懣説とブルンディのエスニシティの関係はセオリー通りの展開をとったが、支配の
ツチと被支配のフツの関係は現在まで続いている。隣国のルワンダでは大虐殺後に支配
と被支配の関係は逆転した(ないし、現政権はそうした区別を行わない政策を採用して
いる)。ちなみに、ルワンダでは、本来の憤懣説であれば被支配のツチが立ち上がる図
式であるが、ウガンダからのルワンダ愛国戦線の攻撃はあったにせよ、危険を察したフ
ツがツチに事前攻撃を仕掛けた関係であった。ルワンダの紛争要因の複雑性とドナーが
絡む開発の失敗については既述した通りである。
・ シェラレオネの若者の場合には、若者の膨張、天然資源と隣国の介入、植民地遺制の
問題、新家産制と要因が多様である。非常に複雑な構図であるが、筆者から見て、最
58
も大きいのは疎外された若者のエスタブリッシュメントへの憎悪であったと思われる。
ただし、それは政治化の途中で挫折し、屈折した形となって発現し、最後には武装集
団が紛争の継続のために資源の略奪と密貿易を行った。最後の現象だけ見ると貪欲説
に見えるが、紛争のメカニズムはより深く、出発点は(非エスニシティの)憤懣説に
近いようである。
・ コンゴ DRC は典型的な新家産制国家の崩壊であるが、天然資源があることで隣国の介
入を呼び込みやすかった側面は否めない。ただし、土地やガバナンス、人々の移動の問
題などを含み、非常に複雑な問題となっている。
全体を通じて、残念なことに、開発の失敗がさまざまな形で相当程度観察される。これ
らの教訓として得られるのは、通常の開発行為に加えて、国内社会の地域や集団間の公平
性や平等(とそれに向けた政策)の重要性、資源管理や公共資金管理などの透明性を含む
ガバナンス改革の重要性、開発の政治的な側面により注目する必要性、開発に関わる人々
が紛争の構造的な要因を増やすのではなく、減少する方向に働くような規範と基準を国際
社会が備えることである。最後に、ダイヤモンドのキンバリープロセスに見られた資源の
貿易管理などにみられる、開発援助より広義の、紛争予防のための国際的な政策の一貫性
(policy coherence)が真剣に求められているという点にも留意したい。
2000 年代に入っても構造要因には大きな変化は無く、現在の紛争減少の機運はまだ見か
けだけのものでしかないが、引き金要因の一つであった民主化による政治社会集団の対立
激化は比較的に沈静化をみせている。民主化はある程度問題をはらみながら、各国に定着
しつつある。また、ルワンダの大虐殺前のように、国際社会が求めた急激な民主化が紛争
の引き金要因の一つとして作用してしまった教訓を汲んで、ガバナンス改革はより自国主
導の時間をかけたプロセスにし、より政治社会集団間の対立に考慮したものにする必要性
が学習されている。
これらにより国際社会がガバナンス支援のあり方を新しいものにすれば、引き金要因の
減少によって、今後大規模な紛争の発生が減少する可能性はあるだろう。ただし、民主化
プロセスは必ずしも定着したものになってはおらず、このプロセスの帰趨は予断を許さず、
国際社会のセンシティブな関与が必要である。2008 年1月のケニアの大統領選挙後の暴動
と混乱はこのことを物語っている。
4-3 脆弱国家の支援方針を巡る研究動向-国際規範の観点から
ひとたび暴力的紛争が生じた場合には、隣国への戦火の拡大や、国際金融市場を通した近
隣諸国への経済的影響、難民の流入、当該国にある外国施設の被害など紛争当事国以外に
も大きな影響がある。アメリカ合衆国における「9.11 同時多発テロ」はその最たるもので
あるといえる。アフリカのような脆弱国が密集している地域でなくとも、北朝鮮が崩壊し
59
た場合の日本への影響を想像しても、その影響は推して知るべしであろう。貧民の救済と
いうよりもむしろ社会的安定を目的とした「エリザベス救貧法」のように、国際社会の安
定のためにも脆弱国家を支援する必要があろう。
脆弱国家に対してどのように支援をするべきかという「べき論」については、二通りの
議論が考えられる。理念や政策理論といったいわば上流(アップ・ストリーム)の議論と、
政策実施面における下流(ダウン・ストリーム)の議論である。学術分野においては、も
ちろん前者からの検討が中心になるため、ここでは上流の議論について検討し、下流の議
論および提言については第 5 章で検討する。
量的かつ/または質的な政治財のサービスデリバリーが欠如しているために、合法政府
の正統性が失われていることが脆弱国家の大きな特徴である。そのため脆弱国家に対する
開発戦略が、欠落した政治財のサービスデリバリーを代替、補完、機能強化すべきという
議論に向かうことは十分に理解できるし、形式的には国家が消滅することのない現在の国
際社会の状況を考えれば、ある意味、理の当然ともいえる。但しそこでの問題は、脆弱国
家の合法政府は正統性に問題があり、そのため合法政府の判断が国民の判断を代表してい
るとはいえず、合法政府の判断が国際的な干渉、不干渉を決定する根拠として必ずしも十
分ではないということである。
ここで、既存の国際規範との齟齬が論点となる。つまり、少なくとも部分的には国際社
会の介入を肯定する規範と内政不干渉原則や無危害則(do no harm)89といった規範との軋
轢である。内政不干渉原則に関しては脈々と検討されてきた概念であって、もはや説明の
必要もないだろう。無危害則とは本来生命倫理学のなかで検討されてきた規範の援用であ
る。無危害則はいわゆる生命倫理四原則90の中でも最も古い規範であり、これらの原則は
1970 年代以降アメリカにおける生命倫理学の発展のなかで形成されていった91。そのため
自己決定尊重原則(respect for autonomy)[国家を対象とした場合には自治尊重原則]、善行
則(beneficence)、正義則(justice)といった他の三者の原則とセットで考慮するべきであ
ろう。脆弱国家への内政不干渉との齟齬は、医療分野において個人の意思に反して自由を
制限する場合と状況が酷似している。例えば SARS のような感染症患者を隔離することは、
その患者に対する無危害則、自己決定尊重原則、善行側に反するであろうが、放置した際
の被害の大きさという正義則および未だ罹患していない人々に対する無危害側、善行則の
観点から肯定されよう。
実際国際社会における介入をめぐる規範は現在流動的であり、この正義則にあたる公共
(他国あるいは人民)の福祉が国家の主権に対して優先されうるという国際規範の形成が
89
R. デイビッド(2000)、樋口(2004)
生命倫理四原則とは、「患者の自律的な意思決定を尊重せよ」という自己決定原則、「患者に害を及ぼ
すのは避けよ」という無危害則、「患者に利益をもたらせ」という善行則、「利益と負担を公平に分配せ
よ」という正義則の四者である。(水野 2005)
91
無危害則、自己決定尊重原則、善行則が主として患者と医師との関係であるのに対して、正義則は社会
全体の利益の擁護を指すとされる。
90
60
頻繁に議論されている。それが「人間の安全保障」や「人道的介入」などで、事実、冷戦
終結前後より経済援助においてある種の内政干渉が事実上認められつつある92。東ティモ
ールの事例を持ち出さずとも、PRSP なども含めたプログラム援助自体がそれを具現化す
るものであると指摘されるし93、かつては民間企業(NED)を設立し、民主化支援を行わ
ざるをえなかった米国が、現在では比較にならないほどの大規模な予算を用いて国家機関
である USAID を用いて堂々と民主化支援を行っていることが指摘される94。さらにいえば、
国際社会が脆弱国家に対して介入「可能(can)」であるというだけではなく、ある種の場
合には介入する「義務(must)」があるという議論もある。医師と患者の関係をアナロジ
ーとした場合、日本の法律において医師は診療を拒むことのできない「応召義務」95を有
するが、国際機関における「応召義務」の設定も含め今後、議論していく余地はあるだろ
う。
「保護する責任(Responsibility to Protect)」の議論からそれを読み取ることもできる96。
ただし、政治財のサービスデリバリーにおける代替、補完、機能強化の議論は、既存の
国家建設の議論とは必ずしも同一ではない。より正確にいえば、伝統的な国家観を転向す
るべきであるとする議論と必ずしも矛盾しない。西欧的な長い歴史をもった国家が比較的
緩やかな社会発展の歴史のなかで紆余曲折を経て、大きな犠牲を払いながら形成した「国
家」と、新たに作られるいわば人工的な「国家」とを同一視するべきではない、という既
存の国家観の転向を迫る議論がある。そうした論者は市民社会を無視した国家建設支援を
批判することが多いが、伝統的国家観であっても、新しい国家観であっても、国家を無く
すべきであるという議論ではない。それであるとすれば、いずれにしても国を代表する合
法政府が存在し、それは他の市民社会組織と同レベルのアクターとしての合法政府97であ
る。そして合法政府が果たすことが合理的でありかつ果たすべき機能があり、それこそが
政治財の供給であるといえよう98。合法政府と国民の間で実効的な社会契約を締結するた
めにも、政治財の供給を行え(わ)ない国家に対する支援戦略がサービスデリバリーの代
替、補完、機能強化へと不可避的に向かうことになる。
例えばガーニ他(2005)の「国家の有効性指標(state-effectiveness index)」はより主体
的な政府機関の主権(sovereignty)確立(または国家建設(state-building))プロセスの道
標として提案されたものである。ここでは、国民の政策決定プロセスへの参加など、国家
92
例えば東ティモールのような状況であったとしても、多くの場合は主権国家の「自己決定尊重」原則が
優先されるが、「人道的介入」、「主権国家不承認論」や「人間の安全保障論」は主権国家(合法政府)
の権威を上回る規範が形成されつつあることを示唆している。栗栖(2005)、岩間(1992)、Herbst,
Jeferey(2004)前掲など。また、木下(2002)などは「人道的干渉」による「人間の安全保障」の達成の可能
性を論じている。
93
大野(2000)
94
大津川(北川)(2007)
医師法第 19 条「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正統な事由がなければ、これ
を拒んではならない。」
96
ICISS(2001)、川西(2007)
97
もちろんルールの設定や暴力の独占など、出来る機能に差はある。
98
世銀(2004)前掲
95
61
と「社会契約」を交わした主体としての合法政府の義務と権利を含む 10 の国家の基礎的機
能(Box 3 を参照)に焦点をあてている。Ghani らもまた「法的な主権(de jure sovereignty)」
と「事実上の主権(de facto sovereignty)」とのギャップが課題である(当該国の国家主体
を回避した援助実施はこれを助長する)と指摘している。これらの国家の根本的役割が機
能することによって市民参政の権利と機会が強化される。その一方で、こうした役割を国
家が果たせない場合には先に示した代替的に政治財を供給する複数の競合的集団が形成さ
れ、非効率な政策決定プロセスと相まって、市民の国家に対する信頼が失墜し、究極的に
は暴力手段の行使等の発生に繋がると指摘する。
Box 4. Ghani et al(2005)による国家の根本的機能
(1) 治安維持装置の正統な独占
(6) インフラ・サービスの提供
(2) 行政的支配
(7) 市場の形成
(3) 公共財政管理
(8) 国家資産(環境や自然資源、文化資源を含む)管理
(4) 人材資本への投資
(9) 国際関係(国際契約や対外借入の開始を含む)
(5) 市民権と義務の実現
(10) 法の支配
出所:Ghani(2005)をもとに作成。
国際社会の脆弱国家への関与については、学術レベルでも実務レベルでも益々活発にな
っていくだろうし、実際の関与も進んでいくだろう。肯定するか「待った」をかけるかは
別にして、日本は実務面でも、研究面でもそうした国際場裡へのより一層の貢献が必要と
なることは間違いない。次章においては、日本が一体何をすることができ、何をすべきか
を具体的に検討する。
62
第5章 日本が脆弱国家へ支援を行ううえでの問題点と課題
多くの脆弱国家がどのように国家として、政治的、経済的、社会的に発展するのか、また
その発展のためにどのような援助が有効かという問題に対する答えは明確でない。この問
題はドナーの外交、安全保障問題との関連が強く、ドナーによりその支援実施の方法も異
なる:軍事的対応も含め強硬な対応策から政策協議、またその脆弱性に十分に配慮するこ
となく他の途上国と同様な対処策を講ずるドナーと援助政策、実施方法と多様である。制
度、政策が未整備な国に対する援助の困難性は、少なくとも 1980 年からのブレトンウッズ
機関の構造調整融資をめぐる議論からも明白である。飴と鞭(融資とコンディショナリテ
ィ)、事前(構造調整融資)と事後(CPIA に基づく IDA 融資配分)のコンディショナリ
ティと、その対策は変化したが、有効な支援策が判明されたとはいえない。30 年近くこの
問題は続き、その間経済学、政治学、社会学などの観点から検討され、問題の要因はある
程度明らかになってきたように思われる。国家が備えるべき経済成長が可能な政治・経済・
社会制度の構築を支援するという困難な課題に取り組むには、脆弱国家の現在および過去
の制度や歴史と現状分析の理解なくしては、効果的な支援策を講ずることはできない。第
4 章でも述べたように、ブレトンウッズ機関の構造調整融資が期待された効果を挙げなか
った大きな理由のひとつは、スタッフの被援助国に対する知識が浅く、当該国の国民の同
意を必ずしも得ず、結果を早急に求めていたからとはいえないだろうか。援助機関の脆弱
国家に対する援助が効果的でなかったのは、社会、経済、特に統治のための制度が他の途
上国と比較しても未発達な場合に、他の途上国とは異なった援助方法が必要になる国が多
いということに対する理解がなかったからではないか。一方、ドナー側の問題として、
Gibson et al (2005) が分析したドナーの援助における政治経済学的インセンティブを考え
ると、現在の援助手法は脆弱国家の支援には適していないのではないか。それどころか長
い目で見ると健全な国家としての発展を阻害することになりうる。
本章では脆弱国家を支援する上での問題点を分析し、ドナー、特に日本は脆弱国家へど
のように対応すべきかを検討する。第 2 章、第 3 章で述べた通り、日本と他の主要ドナー
との脆弱国家に対する対応の違いのひとつは、日本のアプローチはプラクティカルで、い
わゆる現場重視であり、政治介入を避ける方法を採っている点にある。この違いはいざと
なれば軍事介入も辞さないという他の主要ドナーの基本的外交スタンスと日本の軍事的な
介入はしないというスタンスの違いにもよるであろう。しかし、脆弱国家の基本的な問題
の多くは当該国の政府にあり、また援助に他ドナーとの協調が必要不可欠であることを考
慮するとこれらの国への支援は政治的介入をも検討しなければならないのでないか。
5-1 脆弱国家に対する基本的な支援政策スタンスの確立
前章までの分析からは、国際社会による脆弱国家への支援の重点が、経済・社会開発から
政治、治安の安定に拡大されてきたことが明らかになった。特に 9.11 以降は、「テロとの
63
闘い」に欧米を中心とする国際社会が傾倒する中で、援助政策も影響を受けてきた。こう
した国際社会と国際援助コミュニティの趨勢を考えるとき、日本の脆弱国家へのアプロー
チも当然、従来の開発援助政策よりも広い枠組みでの議論が必要となる。これまでは、通
常の開発援助政策の中に取り込まれる形で、脆弱国家への支援が実施され、援助実務者が
「脆弱性」に特段の配慮をする形で支援を進めてきた傾向がある。今後の脆弱国家へのア
プローチを考えるとき、従来どおり「開発」の視点を中心に据えながらも、「脆弱性」を
解消することに焦点をあて、積極的に脆弱国家を支援していくのであれば、日本なりの「脆
弱国家支援方針」を明確化していく必要があると思われる。
具体的には、日本として目指す支援の方向性の明確化である。つまり、脆弱国家に対し
て、まずそれぞれの国の政府がどのように変わっていくことを期待し、そのために日本が
何をなすべきかを分析しなければならないであろう。政府と国民との関係を基盤とする政
府の正統性(legitimacy)をどこに求めるのかが重要な問題となる。正統性が認められない
場合、また正統性が認められても、政府に制度、政策を改善しようとする能力や意思がな
い場合、支援を行うべきか否かの判断が求められる。このような国へは援助をしないとい
うことも選択肢の一つであるが、国際安全保障に影響を与える可能性が大きい場合や、当
該国が資源国家である場合、関係を持たないという選択肢は難しいかもしれない。資源輸
出国、
安全保障が絡む脆弱国家にどう対応するかは、
日本にとって開発援助の領域を超え、
政府全体で検討すべきレベルの問題となる。それぞれの脆弱国家に関する調査は、外務省
をはじめとして政府省庁、援助実施機関、研究所、専門家が行うことができるであろうが、
基本的支援政策は内閣レベルで行う事項であろうと思われる。これは特に日本が PKO を通
して支援をする場合、また他のドナーが軍事的介入を行う場合に、その活動を政治的また
資金、物資で支援するか否かの判断をする場合がそうであろう。これは OECD-DAC の言
う Whole-of-Government Approach であるが、他のドナーでは国内関係機関の協調がうまく
いっていないとの報告もあり、わが国においても、各省庁間の調整を踏まえた政府として
一貫性のある支援方針を構築していくことは、チャレンジングな課題ともいえる。
脆弱国家への基本的支援政策を検討する際、主要ドナーや国際機関との協調が不可欠で
あろうが、この協調も日本の基本的スタンスが確立されていなければ難しい。また、後に
述べるが、政治的な課題が絡む場合、他ドナー政府や国連などを含む諸国際機関などとの
協調が必要になることがあると思われ、協調も実施機関だけで行うことは困難であろう。
64
Box 5.
脆弱国家のなかには、石油をはじめとする天然資源が豊富な国もあり、資源が乏しい
日本にとって、これらの国への支援は多様な要素を考慮することになる。天然資源と
国家の脆弱性との関連は Collier (2007) などで述べられているが、この数年、天然資源
の国際価格の急騰により、資源保有国の脆弱性の問題は、国際社会にとっても重要な
課題となってきている。天然資源を求めて中国がアフリカ諸国へ活発な援助を行って
いることが報道されているが、欧米諸国においても、天然資源確保と援助とが複雑に
絡んできている。しかし、天然資源が豊富な国の政府はガバナンスの問題を抱えてい
る国も多く、援助資金が不正に流用されることもあり、支援によっては、当該国のガ
バナンスを一層悪化させる可能性がある。
天然資源と開発に関する国際的取り組みとして『採取(資源)産業透明性イニシア
ティブ(EITI)』がある。これは 2002 年、当時の英国のブレア首相が採取産業におけ
る資金の流れの透明性を確保するフレームワークを確立することを目的に提案したも
のである。2005 年にグレンイーグルズで開催された G8 サミットで、EITI は国家レベ
ルの支持を得た。先進主要 8 カ国は、EITI および EITI の実施国に対する支持を増大
させることを約束した。EITI のメンバーはまだ少ないが、今後、このイニシアティブ
の動向は注視すべきであろう。
5-2 戦略、政策
脆弱国家への支援は、従来の開発援助政策よりも広い枠組みでの議論が必要となるため、
通常の開発援助以上に、支援の目的、方法、手段、実施体制、求めるべき最低限の達成目
標や、援助外の枠組みで行われる介入等との関係について、関係者が議論し、一定の合意
形成をしておく必要がある。また脆弱国家に対する支援の性格上、時には撤退の方針や、
一定の出口政策もあらかじめ検討しておくことが望ましい。
支援を行う目的は、前章までの議論からも明らかなように、単純に人道的な見地から開
発ニーズに呼応して支援するのみならず、日本と当該国の外交的な関係や、経済的(資源
の依存関係を含む)また地理的な関係によって、支援の必要性やあり方が変わってくる。
さらには、当該国に対して、アメリカ政府を筆頭とする欧米諸国や国連がどのような立場・
政策をとるのかも、日本がとるべきアプローチに大きな影響を与えるだろう。こうした二
国間ならびに国際関係のダイナミクスの中で、日本の立場を決めるのは、当然、援助実務
に携わる者のみならず、政府全体の調整と合意が必要となる。こうした政府内の調整・連
携を実現するためには、時には官(庁)主導型の意思決定が必要となる可能性もある。
また、どのように支援を行うのか、つまり方法や手段、実施体制を検討するには、人的
65
リソースや資金、専門的知識(expertise)を含めて、目的を遂行できるだけのキャパシテ
ィの見極めが重要な鍵となる。また、専門的知識や人的リソースが足りない場合には、従
来から平和構築支援でも、国際機関や他のドナーとの連携することで、相互に補完しなが
ら支援を実施してきた先例があるように、脆弱国家支援においても、日本が単体で自己完
結型の支援を追求するよりも、戦略的な連携により目的を達成する方策を考えていくこと
が望まれる。
4 章 1 節で議論されたように、脆弱化の過程を行きつ戻りつしている脆弱国家では、急
激なインフレや政治勢力のパワーバランスの崩壊といった様々な要因により、治安が急速
に悪化し、紛争状態に陥る可能性が極めて多い。このため、実際の支援活動に携わる要員
の安全確保のためにも、緊急事態対応案(contingency plan)の策定は不可欠である。時に
は、撤退の決断をしなくてはならないこともありえよう。脆弱国家への支援では、こうし
た可能性も見据えた戦略立案が求められる。
適切な戦略を立案するための前提として、現地 ODA タスクフォースの他、当該国・地
域を専門とする地域研究者などの知見も得て、より精緻な PNA を作成するなど、事前の調
査が重要となる。また状況が変化しやすいのが脆弱国家の特徴でもあることから、支援に
着手した後も、随時、状況に応じて計画を修正・変更するなど、柔軟な対応の必要性があ
る。
また、脆弱国家への援助戦略、政策策定において注意すべき点は、効果的な援助には多
数のスタッフが多面的に長期にわたり関与する必要性の認識であろう。健全な政治、経済
制度の構築は、時間をかけて政府と国民の信頼関係を醸成しながら進める必要があり、こ
れは単に選挙の実施や法体制整備によって達成されるものではない。このためには、
国民、
特に貧困層のエンパワーメントや政治教育を進めながら、汚職、略奪が伴わなくてすむ経
済活動を推進し、公正な軍・警察組織、自由で中立的な報道機関などを育成することが必
要になる国が多いであろう。このような要素を考慮すると、本格的に援助を行う前に当該
国の政治、経済、社会制度の深い分析が必要になる。この作業にかかる資金、人材、時間
を考えると、一国のドナーがリードして支援できる国の数は多くはない。実際の援助は日
本にとって政治的、経済的、地政学的に重要な脆弱国家でなければ援助の持続性が保たれ
ないのではないか。援助面で日本がリードすべき脆弱国家に対しては、外務省や JICA に
その国担当者(世銀の Country Director99のような役割が考えられる)を設けるなどし、長
期にわたる援助政策の持続性、整合性を確立すべきであろう。現在、外務省本省や本部で
は人員上の制限から一人の担当官に複数の援助対象国を割当て、日本にとっての重要国を
中心にこれを見ているが、
脆弱国家支援の観点からこれらの国々を捉えることはなかった。
脆弱国家という切り口で途上国を一度整理し、その中の重点国を担当官が現地 ODA タス
クフォースとの連携のもと、これまで以上に注視していくことは非常に政治的要素が絡む
99
世銀の Country Director は基本的にある国への世銀の援助の最高責任者であり、政策、実施、評価に責
任を持つ。一人が複数の国を担当する場合もある。
66
これからの国への援助に必要と思われる。また従来、日本の援助体制は、主に外務省、JICA、
JBIC の間で分断的に行われてきたきらいがあるが、新 JICA の下では、国別により整合性
の高い援助が期待できると思われる。
当該国の政策を検討した結果、開発に不適合な政策が行われていることが判明した場合
にどのように対応するべきかは古くて新しい重要課題であろう。この問題に対し、ブレト
ンウッズ機関は 1980 年以来の構造改革貸付に伴いコンディショナリティと呼ばれる貸付
条件を付けたが、批判も多い。批判の多くは政策変更を強引に「買い取る」ことに対する
ものであり、そのような形で政策が変更されても持続的な開発には貢献しないという議論
であった。コンディショナリティは、政策改善の約束を被援助国から事前的(ex-ante)に取
り付けるものであるが、最近の IDA (International Development Association: 国際開発協会)
および米国の MCA に見られるように、制度・政策の整備または改善のみられた国へ援助
を行うという事後的(ex-post)な方式になってきている。
事前的であれ事後的であれ、コンディショナリティまたは政策協議を用いて、いかに脆
弱国家の政府に制度、政策の改善を求めるかは十分検討しなければならない。多くの援助
活動は、持続性、効果、効率から見て、被援助国の政策・制度改革(汚職防止を含む)に
まで踏み込んだものとならない限り、国内の支持が得られない場合もありうる。英国など
では、政治的な問題からケニア、ウガンダ、エチオピアなどの援助に対して何故援助を行
うのかという NGO からの批判にさらされたことがある。日本でもインドネシアにおける
スハルト時代の援助と汚職の関係で問題になった経験があり、日本は下村他(1999)が分
析したように数カ国に対して実質的なコンディショナリティを課している。
2003 年の ODA
大綱でも政策対話の必要性は述べられている。現在、北朝鮮に対する援助においても拉致
被害者の帰国というコンディショナリティを課している。
日本が直接コンディショナリティを課さなくとも、他のドナーがこれを課す方針を検討
している場合、援助協調の下で、日本もそのような方針に賛同するかについて、政策的ス
タンスを明確にする必要がある場合が想定される。こうしたことから、脆弱国家への支援・
介入にあたり、相手国政府に一定の条件を提示するのかどうか、日本が単独でそれを行う
のか、もしくは他国と協調して行うかなど、高次の政策判断が伴う。
また、
日本が脆弱国家への援助政策を策定する際、
考慮すべきは日本の比較優位である。
国際社会で議論されている脆弱国家への支援は安全保障、国家建設に焦点が当たっている
ようであるが、Brainerd and Chollet (2007)が述べているように脆弱国家の最大の問題は経済
である。日本のアジアへの援助の成功は、民間セクターの開発も視野にいれた各種インフ
ラ整備により、民間企業が育ち、経済成長、貧困削減を達成したからであろう。多くの脆
弱国家の大きな問題は、民間部門の脆弱さにあり、この育成支援が必要である。民間企業
が脆弱であれば、政治だけでなく経済の領域においても政府の権力が強くなりすぎ、健全
かつ民主的な国家建設は困難になると思われる。当該国への民間企業育成支援は日本の民
間企業の協力のもとで行うべきであろう。この課題は政策的に深く分析すべきだが、今ま
67
でのいわゆる政府間の援助(G to G)のパラダイムから援助国の政府と民間から当該国の
民間へというパラダイムシフトが必要なのかもしれない。脆弱国家で多くの企業が実質的
かつ具体的に育つ支援を行うことを検討すべきであろう。
5-3 調査、研究
脆弱国家に何らかの関わりを持つ場合、当該国の現状のみならず、当該国と周辺国を含む
諸外国とのフォーマル及びノンフォーマルな関係も視野に含めた綿密な事前調査を行う必
要がある。これには援助関係者のみならず、地域研究者や民間部門における有識者の知見
の動員が必須である。また援助を実施していく段階では、常に流動的な情勢の把握と的確
な判断決定を行うためにも、情報入手のためのネットワーク形成が不可欠である。ネット
ワークは現地レベルのものと、ドナーコミュニティ、主要先進国政策担当者レベルのネッ
トワークの双方が重要であり、当該国内外の動きの的確な把握と、入手した情報の分析・
活用が脆弱国家支援の成否となる。
また、実際に実施した脆弱国家支援について、その成果や教訓などをとりまとめ、事例
を積み重ねていくことによって、共通の教訓を抽出し、一定の概念化やモデル化を図るこ
とが欠かせない。
そうした研究は、
より効果的な支援策へのヒントを導き出すだけでなく、
国際社会に対しても発信することのできる好材料となるだろう。
脆弱国家の抱える問題が各国の歴史、文化、社会構成などと深く関わっていることを考
慮すれば、開発の専門家だけでなく、幅広い学際的な調査、研究が必要になることがわか
る。紛争中または紛争が起こりやすい国の場合、日本が紛争解決に直に関わらなくとも、
援助が紛争に与え得る影響を分析する必要があり、既に JICA でこのような分析が進めら
れている。今後、一層の研究の深化と援助政策との連携の強化が望まれる。
日本においては JETRO のアジア経済研究所が途上国各国の基礎的調査、研究を行ってい
る。数は少ないが大学でも多少研究が行われているが、組織的、系統だって行われている
わけではない。これらを含め国内外の研究所、研究者との連携を強化しなければならない
であろう。海外に脆弱国家の調査・研究に関して多くの優秀な研究所、研究者があり、こ
れらと協調すべき点を考慮すると少なくともこの分野の調査、研究は日本でも英語で行う
べきであろう。
セクターレベルでの調査・研究(世銀の ESW、Economic and Sector Work が例)はドナ
ーコミュニティでも重視されているが、その数は少ない。この分野でも JICA、JBIC は調
査、研究を行っているが、脆弱国家においては特に他の国内外の援助、研究機関との協調
が重要になる。調査、研究で日本に比較優位があると思われる分野は、長期での経済発展
モデルを構築することではないか。アジアでの経験もあり、日本の民間企業との協調の下
に当該国の民間企業をいかに育成するかは重要な課題である。
国内外で行われている脆弱国家に関する調査、研究は膨大なものであり、これらを分析
68
し、欠けている調査、研究を行い、日本の脆弱国家への支援戦略、政策を策定することは
重要だが相当なリソースが必要である。このような活動がより効果的、効率的にできる体
制を築くことは喫緊の課題であろう。
5-4 実施
2008 年 10 月以降は、特に新 JICA が脆弱国家への援助実施の中心的役割を担うことになる
であろうが、脆弱国家支援の難しさや長期的関与の必要性を考慮すれば、JICA と政府内外
との協力体制の構築が不可欠となろう。これらの国々に対する効果的な支援の実現には当
該国の社会、政治、経済状況や形態を的確に把握する必要があるため、担当者をある程度
長期にわたって配置することが望ましい。経験があり、政治、経済、社会問題を分析し、
当該国政府担当者や、ドナーと交渉する力を持ったスタッフを担当者に選任することが望
ましい。治安の問題もあるので、援助を直接運営するだけでなく、現地で活動している NGO
へ委託することも考慮すべきだろう。NGO は脆弱国家支援に重要な役割を果たせるが、ド
ナー間での協調の枠組みに組み込むことが重要である。
評価に関しては、通常の開発援助よりも長いスパンで成果を測るようにすべきであろう。
また、評価基準も国家建設に関するものも含め、評価方法のインディケータとして政府の
機能の強化、
国民との関係改善など他の途上国とは異なるものが必要になるかもしれない。
また、脆弱国家への援助は、支援者がコントロールできない外部条件が非常に大きいこと
から、少なからず、予期せぬ事態や失敗することがありえるということを認識して、取り
組む必要もあるだろう。失敗を恐れてはならない。失敗を恐れれば、イノベーティブな援
助はできない。評価もこの点を考慮すべきである。
多くの脆弱国家の治安は悪く援助にも物理的な危険を伴う場合もあると思われるが、現
在の日本の援助に関する安全管理基準も検討すべきであろう。この点でも他ドナーとの協
調が必要であろう。
5-5 国際協調
脆弱国家支援に関する国際社会の動向と的確に把握し、必要に応じて連携・協調を行って
いくことは、戦略立案・実施・調査・研究のいずれの局面においても重要となっている。
概して、政策レベルで協調がうたわれても、各援助機関の援助の仕組みが異なるため、実
務レベルでの協調・協働行動をとることの難しさが過去の経験に照らしても明らかとなっ
ている。このため、実務レベルで協調を進める場合は、関係諸国との連絡・調整に多大な
時間を要することが多い。また、特に日本のように独自の事業実施の方法がある場合は、
自らの規則をある程度柔軟に運用していくことが求められるだろう。
脆弱国家への支援については他の多くのドナーが強く関心を示しており、調査・研究な
ども多く行っている。援助協調は多くの国で進められており、現場レベルでは日本も現地
69
ODA タスクフォースが他のドナーとの協調を図っている。援助協調は脆弱国家支援の文脈
においては特に不可欠である。ドナー国の都合で援助を行うことは逆効果を生む結果にな
ることも考えられる。
調査・研究の分野でも他ドナーや国際機関との協力は不可欠であろう。
脆弱国家に関しての政策討議、意見・情報交換などは、既存の OECD-DAC FSG などの
委員会を通して行うのが最も妥当と思われる。各当該国での政策討議、援助実施に関して
は、多くの脆弱国家に PRS があることもあり、世銀グル-プの IDA との協調を強化する
ことが望まれる。
脆弱国家への対応は、政治問題が絡む場合が多いと思われる。特に紛争国や国際安全保
障に影響がある国への対応は政治、時には軍事的な対応が議題に挙がるであろう。世銀は
その設立協定により、政治的な問題を扱うことは困難である。OECD-DAC は途上国がメン
バーに含まれないために、途上国に対する影響力に限界がある。これらの機関の役割を相
当変えない限り、関連国連機関なり委員会(UNDP、国連平和構築委員会など)の重要性
は増し、これらの機関との協調がいっそう必要になるであろう。
脆弱国家に関しての国際的な議論の中で日本がイニシアティブをとれるトピックとして
脆弱国家の武器輸入の問題がある。これに関し、国連を中心に進められている武器貿易条
約(Arms Trade Treaty: ATT)に日本政府も積極的に参加する意向100を示していることは歓
迎すべきであろう。国際的な NGO などもこの条約に注目しており101、日本の脆弱国家へ
の貢献が発揮できるいいチャンスとなろう。
5-6 援助が逆効果を生む可能性への配慮
OECD-DAC の脆弱国家への支援原則に“Do no harm”が謳われている。援助が逆効果となる
事例として、以下のようないくつかのケースが考えられる。脆弱国家援助の政策策定、実
施においてこのような事態が発生しないよう配慮すべきであろう。
(1)国民を抑圧するような政府を支援する場合、援助が間接的にでも国民を抑圧
するような政府を支援することによって、当該政府に国際的正統性を与える。
(2)良い統治が確立されていない(ガバナンスが悪い)国では、汚職を増大させ、
健全な政治的制度育成を阻害し、政府と国民の関係を悪化させる。
(3)援助が政府の収入の大きな割合を占める場合、政府の説明責任はドナー社会
に対して行われ、国民への説明責任がないがしろとなり、健全な政府と国民と
の関係を阻害する。
(4)ドナーの過度な政策的介入は当該国の政策策定能力の育成を阻害する。
(5)当該国の経済規模が小さい場合、多大な援助は「オランダ病」(多大な外貨
が急激に国内に入り通貨価値の上昇を招き、輸出産業と輸入代替産業が大きな
100
101
外務省ウェブサイト http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/arms/att/kenkai.html 参照
例えば、IANSA, Oxfam, Saferworld (2007)
70
打撃を受ける)を起こし、長期の経済発展を阻害する可能性がある。
(6)
ドナーの短期的援助コミットメントは、長期的には政府収入を不安定にする。
(7)ドナーによる多大な資料、データ、報告書の要求は当該国の政府スタッフに
多大な負担をかけ、政府の本来業務を阻害する。これはドナーが当該国に適さ
ない活動をドナー主導で行う場合も当てはまる。
(8)ドナーが有能な当該国の政府スタッフなどを高額な報酬で雇うため、実質的
な「頭脳流出」が起こる。
上記はどの途上国に対しても当てはまるものであるが、特に政治、経済が脆弱な国にと
っては重要である。(1)と(2)の当該国政府の正統性、ガバナンスの問題に関してはド
ナーにとっての当該国との政治的、経済的な関係が絡み、政策の一貫性が問題になる。最
近では中国がアフリカの資源国への援助を活発に行っており、DAC メンバーでもないこと
もあり、ガバナンスが悪い国への援助が問題になっている。この問題は日本政府全体で当
たるべきものであろうが、OECD-DAC などを通して国際的な枠組みの作成を検討すべきか
もしれない。
政策協議、政策介入も今までのレビューをすべきではないか。ブレトンウッズ機関の構
造調整融資には批判が高かったが、PRS プロセスも脆弱国家に対して有効なのか検討すべ
きである。ブレトンウッズ機関の政策介入は短期間で効果を求め、十分な調査をせずに行
ってきたきらいがある。構造調整融資のコンディショナリティには当該国の状況を深く分
析せず新古典派経済学が唱えることを押して付けてきた傾向があり、PRS でもその傾向が
変わったとはいえないのではないか。ブレトンウッズ機関の弱点として、ある採択された
方針をベスト・プラクティスとして他のどの国にも当てはめようとする傾向がある。特に
著名な学者などが幹部になると、その個人がそれぞれの国に対する知識が不足していても
その個人の学説を政策に通すきらいがある。また、この数年政策協議が貧困削減の分野に
重きを置き、経済発展の展望が多くの国で見えないのではないか。
他の項目に関しては今までも相当議論されてきたことなのでここでは議論を省くが、ガ
バナンスが悪い国および政策介入の問題は、日本でも重点的に分析し、国際援助コミュニ
ティにその結果を訴えるべきではないか。
71
結び
9.11 同時多発テロ事件、それに続くヨーロッパやアジアにおけるテロ事件、アフガニスタ
ン、イラクでの軍事的介入などがあり、主に世界の安全保障という観点から脆弱国家の関
心が世界の主要先進国および国際機関で急激に増した。またこれらの国が政府の正統性を
含めたガバナンス、紛争の問題、MDGs の未達成の可能性など開発の面からも重要課題を
呈することになり、これらの国の国際政治における重要性をいっそう高めた。
経済成長、貧困削減に資する政策を採っていない途上国政府に対しての問題は少なくと
も 1980 年のブレトンウッズ機関による構造調整融資が行われたときから大きな問題とし
て取り上げられ、それへの批判、事前的から事後的に適応されるコンディショナリティの
問題、PRS と時代を経てドナーの対応策は変遷したが、どのようにこのような国家へ支援
するかという根本的な問題は解決されていない。一方 1990 年ごろから注目を浴びてきた開
発と制度の関係に関しての研究が進み、開発の問題が歴史、文化、宗教などの政治、経済、
社会制度と密接に関係があることが North や Stiglitz により説かれた。政治学の分野でも破
綻国家という概念を中心とした研究が多く行われた。
脆弱国家に主要国の関心が強いのはテロのような国際安全保障問題だけでなく、麻薬な
どの国際犯罪、隣接国への影響、資源、違法移民、難民、人道などの問題が絡むからであ
ろう。このように見ると脆弱国家の問題は多くのドナー国の内政問題にも強く関連してく
ることが判る。ここで注意しなければならないのは、脆弱国家への支援がドナー国の関心
に重点が置かれて行われることである。
このような背景の下、現在国際援助社会は脆弱国家の問題を議論してきているが、この
動向は開発援助のパラダイムを大きく変える可能性を有している。その根底にあるのは脆
弱国家に対する主要国の政治的な対応がこれまでとは変わる可能性が十分あるからではな
いだろうか。特にアメリカのアフガニスタン、イラクへの軍事介入、2006 年初頭に発表さ
れた Transformation Diplomacy などは 20 年近く前に終わった冷戦を想起させる。冷戦時代
は援助が途上国の開発ではなく、主要先進国の世界戦略の目的を達成するために向けられ
たのではないか。冷戦時の開発戦略に大きな問題があったことは明確であり、そのときの
間違いを繰り返してはならない。テロ撲滅を含む世界の安全保障は重要な国際的問題であ
るが、この戦略が途上国の対応で安全保障、治安、外交に偏りすぎ開発という観点がおろ
そかになるのではないかと危惧する。脆弱国家に対応するには、ドナーの 3D(防衛、外交、
開発)間の協調が重要と DAC などは説いているが、DAC の調査によれば開発の D の影が
薄いようである。長期的に見れば国家建設、政治、経済、社会制度の構築という開発から
の観点が必要と思われる。
脆弱国家の議論は開発戦略にも大きな影響を与えるであろう。今までの開発支援は長く
ても数年間という短期的な目的を設定して行われきたように思われるが、国家建設、紛争
の回避など政治、社会の相当根本的な制度の問題を扱わなければならないとすれば、長期
72
的で包括的な支援が必要になる。ほとんどの脆弱国家の問題は、政治、経済、文化、宗教、
歴史などが複雑に絡んでおり、他の途上国への援助と同じような基準、手法は有効ではな
いのではないかと考えられるようになった。制度学者が唱えるように脆弱国家に対処する
には North が唱える制度の問題を真っ向から扱わなければならない。この意味で、脆弱国
家の問題というのは、国際援助社会にとって開発課題の中で最も難しい最後のものではな
いかとも思える。脆弱国家への援助が効果的に行うには他の途上国へとは異なった、制度
構築・強化が扱える人材の育成、長期にわたる制度からの評価など援助体制の変換すること
が喫緊の問題となる。また政治問題が絡む場合が多いのでドナーは政府内で相当高度な政
治的、外交的決断が必要になるのではないか。
また国際機関の役割もこの問題をめぐり変化する可能性がある。これまではブレトンウ
ッズ機関が大きな資金を管理していることもあり開発問題をリードしてきたが、設立協定
などで政治への干渉には限度があるため国連が相対的に重要性を増すのではないかと思え
る。現在 DAC でこの問題は大きく取り上げられているが、DAC メンバーは先進国に限ら
れるという問題がある。
このように脆弱国家は、開発だけではなく安全保障、外交、ひいては先進国と途上国の
関係を大きく変える可能性がある。DAC など国際機関で行われている議論、調査・研究な
どを通して日本も今まで以上に積極的に貢献しなければ脆弱国家への支援政策が日本のイ
ンプットなしで決められてしまい、日本の援助政策の足かせになることも考えられる。こ
の数年 DAC や英米など主要ドナーなどでの議論はあまりにも治安、政治体制に偏るきら
いがあるように思われる。今までの日本におけるこれらの国家への対応は平和構築、ガバ
ナンスの側面が強かったように思われるが、石川(2006)が述べているように基本的には脆
弱国家の問題に対処するには経済も含めた包括的な開発モデルが必要であろう。また、現
在ブレトンウッズおよび国連の改革が国際的に議論されているが、世界の安全保障とのか
らみで脆弱国家もその改革の中で課題になろう。国連の常任理事国、ブレトンウッズ機関
での影響力の増大を狙う日本にとってこの課題は避けて通れないものであろうし、世界の
安全保障、繁栄に貢献するという観点からも政府内で重要問題として早急に対応すべきで
はないかと思われる。
73
事例:ネパールへの援助戦略102
本文で議論して来たように、脆弱国家は一般的な開発途上国と様々な点で異なる。政府の
統治能力・意思の欠如、資金・資源管理の不透明性、汚職、民族間の紛争、資源の欠如ま
たは資源への過度な依存、隣国での紛争、急激な民主化等である。この様な脆弱国家は政
治問題が大きく、経済停滞のために長期的な見通しも立て難い点が根本的な問題である。
援助戦略の優先順位を考えると、国家建設、ガバナンス強化といった政治開発分野と、雇
用を生み出すような経済開発分野における援助に重点が置かれると思う。ネパールを事例
に援助戦略を検討したい。
1. 背景
ネパールは 80 年代まで続いた君主制に代わり、1990 年の民主化運動に端を発し、複数政
党議会制民主主義へと移行した。しかし、民主化への民衆の大きな期待にもかかわらず、
政治状況は不安定となり、腐敗と能力不足による経済開発や社会開発の停滞は多くの人々
の不満を増大させた。このような状況の中で、90 年代半ば以降、マオイストによる武装闘
争が続発し、マオイスト、政府側の双方で 12,000 人が死亡したと言われている。国内の治
安の悪化は観光産業にも大きな打撃を与え、地方での援助活動にも困難が生じ、ネパール
の経済社会開発は悪循環に陥った。民主化により立憲君主制度が確立したにも関わらず、
頻繁に政権が交代し、これは行政の継続性にも悪影響をもたらした。武装闘争を通じてマ
オイストが山間部を支配し、その政治的影響力を強めてきた。主要政党、王室、マオイス
トの 3 者の関係も時代により、大きく変化してきた。近年では、2005 年 2 月のギャネンド
ラ国王による内閣解散以降、国民の民主化運動により、2006 年 4 月に下院が復活し、政府
とマオイストの双方により停戦が発表された。更に、2006 年 7 月には暫定憲法起草委員会
が発足し、憲法起案に向けた作業が開始され、2007 年 1 月にはマオイストの参加する暫定
議会が発足し、武力闘争が収束に向かってきた。他方、タライ地域では住民の権利拡大を
求める運動が激化、拡大の兆候を示している。以上のようにガバナンス、民主化、意思決
定の透明性、法治国家としての体制、分権制といった点で政治開発の未熟さが目立つ。
1950 年代以降、現在に至るまで、多くの援助国、援助機関、NGO がネパールの開発に
携わってきた。ネパールの開発は依然として援助へ大きく依存しており、援助行動は国の
開発に大きな影響を与える。本稿では、援助機関による調査研究に加え、異なる立場のネ
パール人へのインタビューとフォーカス・グループ・ディスカッション103を通じて、特に
ネパール側の有識者、多様な人々の意見を踏まえ、ネパールの平和と政治的安定、及び経
102
本稿はネパール研究学会(2008 年 2 月 9 日)で発表した「ネパールへの援助動向:主要援助国、援助
機関を対象として」(湊直信)を基に加筆修正したものである。
103
インタビューとフォーカス・グループ・ディスカッションの際、Love Green Nepal の Dali, Amira 氏に
多大なご協力を得た。ここに謝意を表したい。インタビュー対象者、フォーカス・グループ・ディスカッ
ション参加者は巻末に示した。
74
済社会の発展の方向性を模索し、
これに貢献し得る外部からの援助のあり方を検討したい。
2. ネパールの開発と援助
ここ 10 年間、対ネパール開発援助合計額は毎年 300 百万ドル台から 400 百万ドル台で推移
している。その内、国際機関(多国間援助機関)からは 100 百万ドル台から 200 百万ドル
台であり、主要援助機関は世界銀行と国連機関で、アジア開発銀行は 1996 年から 2001 年
まで最大の多国間援助機関であったが、2002 年以降急速に減少している。援助機関と援助
国は概ね、ネパールの弱いガバナンス、貧困、不平等、社会的排除がマオイストの暴動を
促進させたとの観点を持っている。これらの問題に対して、貧困削減、グッド・ガバナン
ス、経済開発、地方・国際安全保障といった分野での援助で対応してきた。しかし、第2
章でも概観したように、援助側の「脆弱国家」への援助方針、比較優位、優先度、外交政
策等にはそれぞれ相違があり、個々の援助機関により援助行動には様々な特徴が見られる。
世界銀行は CAS(Country Assistance Strategy)の目標として、(1)広がりのある経済成長
(Broad-Based Economic Growth)(財政支出管理、投資、貿易、雇用、金融、農業、道路網、
電力等)(2)社会セクター開発(教育、貧困層への保健サービス、水供給と衛生等)(3)
社会的包括(Social Inclusion)(平等な教育、弱者支援等)(4)グッド・ガバナンス(Good
Governance)(地方分権、透明性・説明責任の向上等)を設定している。UNICEF、UNDP、
UNFPA 等の国連機関は、平和と開発を協力の核とし、(1)平和を定着させるための国家
の制度、過程、イニシアチブの強化、(2)社会的に排除され、経済的に軽視された人々の
質の向上した基本サービスへのアクセス改善、
(3)
特に紛争により社会的に排除された人々
の自立的な生計の機会の増大、(4)全ての人(特に女性)の人権の促進と保護、の4つの
成果を優先している。特に、国家建設(States Building)に関連して、新憲法の設立を支援
するチームも活動しているが、法律の実効性を如何に高めるかが大きな課題である。アジ
ア開発銀行は、経済成長の促進、人的資源開発、女性の地位向上、環境保全に重点を置い
てきた。援助国(二国間援助機関)からの毎年の開発援助額合計は 200 百万ドル台から 300
百万ドル台で推移している。2005 年の二国間の開発援助の総合計は 370 百万ドル(契約ベ
ース)104であり、これを目的別に分類すると保健・人口の比重が最も高く、エネルギー、
債務削減となっている。主要援助国は日本、英国、米国、ドイツ、デンマーク、スイス等
である。日本は「貧困削減に資する経済成長」のアプローチを基本とし(1)社会セクター
改善、(2)農業開発、(3)経済基盤整備、(4)人的資源開発、(5)環境保全の 5 分野
を重点分野としている105。今後は、「地方における貧困削減」や「民主化・平和構築支援」
104
社会インフラサ-ビス 193.9(教育 16.4、保健人口 102.0、給水衛生 15.8)、経済インフラサービス 65.8
(運輸通信 26.2、エネルギー36.6)、生産セクター11.4(農業 9.9、鉱工業建設 0.4、貿易観光 1.1)、マル
チセクター23.1、プログラム協力 20.7(食糧援助 7.0)、債務に関する活動 34.3、緊急援助 13.5、その他
4.2 である。
105
外務省国際協力局(2007)
75
を重視した支援を実施する方針である。英国は MDGs に基づき貧困削減に重点を置いてお
り、ネパール向け援助計画(2003 年~2007 年)106の目標(CAP Overall Purpose)を、「平和
の達成による、貧困削減と社会的包括」とし、5 つの分野目標(平和構築、地方の貧困層
のための成長、保健・初等教育等の基本サービス、社会的包括、ガバナンス)を設定して
いる。米国の援助の統合された課題(Integrating Theme)は「平等な成長のためのガバナン
ス改善」であり、その達成のために5つの戦略目標、すなわち「森林と高価値作物の持続
的生産と販売の向上」、
「人口の抑制と保健の向上」、
「女性のエンパワーメントの向上」、
「環境・社会的に持続可能な水力発電開発への民間セクターの参加促進」、「自然資源と
制度のガバナンス強化」を設定している107。
開発は多くの要素を含んでいるが、(1)社会開発(保健・医療サービス、初等教育等)、
(2)経済開発(道路等のインフラ整備、農業支援等)、(3)政治開発(民主化支援、人
権、国家建設、制度作り、ガバナンス)に大きく分類してみると、世銀と米国は焦点を絞
りつつ 3 つ全てに、国連と英国は初等教育や保健といった社会開発に関する指標が多い
MDGs を重視しているにもかかわらず、MDGs 達成へのプロセスとしての政治開発にも優
先度を置いている。政治開発は内政干渉との見方もあり、日本は社会開発と経済開発に力
点を置いている。
3. 脆弱国家(fragile states)としてのネパール
第 1 章で議論されているように、援助機関、援助国は脆弱国家を様々な指標での計測した
結果、約 100 の開発途上国のうち、4 割を脆弱国家(fragile states)とみなしており、ネパ
ールもその一国と捉えている。世界銀行、米国、英国、OECD-DAC は、脆弱国家(fragile
states)の語を用いているが、その定義108はそれぞれ異なる。様々な指標が用いられている
が、ネパールの CPIA (Country Policy and Institutional Assessment)は 3.34 でザンビアと、CPR
(Country Performance Ratings)は 2.64 でバングラデシュと同程度である。人間開発指標
(HDI)は 0.527 でパプア・ニューギニアと、米国 NGO Fund for Peace による Failing States
Index は 93.6 とシエラレオネに近い。民主化と人権に焦点を当てた Freedom House 指標も
ウガンダと同じである(Freedom House 2007)。
第 4 章でも議論されているように、Collier(2007)は脆弱国家等の貧困国に見られる共
通点として、以下の4つの「罠」を提示している。
(1)武力紛争の罠(The Conflict Trap):経済発展は紛争勃発のリスクを軽減するが、多
くの貧困国では成長が遅滞しているため、経済成長が波に乗る前に紛争が再発し、経済発
展の機会が得られない。
(2)天然資源の罠 (The Natural Resource Trap):石油資源等保有国は、資源に関わるグ
106
107
108
DFID(2003)
USAID(2000)
第 1 章参照
76
ループのみが便益を受け、資源の効率的使用が損なわれ、過度な資源への依存から一般の
生産活動が不活発になる。政治的抑制・均衡機能が弱いため、均衡の取れた民主主義体制
が確立し難く、経済成長の阻害要因となる。
(3)悪い隣国の罠(Landlocked with Bad Neighbors):内陸国は、輸出機会をその隣国に
おける輸送インフラの整備状況、
経済パーフォーマンス、
市場の有無等に大きく依存する。
このため「悪い隣国」を持った場合には経済成長が阻害される場合がある。
(4)弱いガバナンスの罠(Bad Governance in a Small Country):弱いガバナンスは必ずし
も「罠」とはならないが、一部の利益者と大多数の無学者という構図、および適切な経済
改革を実施するのに必要な能力を備えた人材の欠如、によって持続することがある。
上記の4つの罠にネパールを当てはめてみると、(1)90 年代半ばより山岳部を中心に
マオイストによる武力闘争が勃発し、長年にわたり政府側と反政府側の間で戦闘を含む激
しい衝突が続いた。一般に大規模な組織的暴力を伴う紛争は、経済的要因と非経済的要因
が組み合わさって生じる。109
経済的要因として低所得、低成長、一次産品への経済的依
存等であり、非経済的要因としては、山岳地形、若年男性人口への偏り、国の規模の小さ
さ(治安の維持が困難になる)、外部の保護者(例えば東チモールの豪州)がいないこと
等であるが、多くの条件はネパールにあてはまる。(2)一般に地下資源を想定しており、
ネパールには直接当てはまらない。(3)ネパールが地理的に内陸国である制約は大きい。
同じ内陸国スイス場合、隣国の所得水準は高く、市場規模も大きく、海へのアクセスも容
易である。しかしネパールの二つの隣国は巨大な開発途上国であり、外交関係も困難を極
めることが多い。特にインドの政治的、経済的な影響は大きく、外交関係が順調な時は良
いが、両国の関係が悪化するとネパールは大きな痛手をこうむる。インドとの国境はオー
プンボーダーであり、ネパール、インド、双方の人々は自由に往来が可能であり、事実上
の管理は困難である。(4)他の途上国同様、中央、地方を問わず公的機関に見られる汚職
が様々なレベルに見られる。その要因の一つは公務員の低い給与水準であるが、同時に家
族、親戚、知人、友人の便宜を図る情実(Favoritism)の利く文化が根底にあると思われる。
また、行政に対する政党の介入や, 政権の交代の影響を受けて、高級官僚の頻繁な交代も
見られ、官僚の職業倫理の維持が脅かされる。以上の様に、ネパールは4つのうち3つの
「罠」に陥っていると言えよう。
脆弱国家が一般の開発途上国との比較で大きな相違点は国家建設、制度作り、ガバナン
ス改善といった政治開発に関する課題が大きい点であろう。つまり援助機関がパートナー
とする政府や国家自体が必要な能力を備えることが開発のための基礎を固める意味で重要
である。以下、第 4 章 Box.4 Ghani et al(2005)で扱われている主権国家能力指標(sovereignty
109
平和構築フォーラム・世界銀行共催セミナー(2006 年 11 月)
http://www.peacebuilding.jp/http://www.worldbank.org/japan/jp
77
index)110により、それぞれにおけるネパールの状況と対応策を検討する。
(1)治安維持装置の正統的独占(monopoly of means of violence):一国の政府は一つの軍
隊を持ち、一つの警察機構を持つという原則であり、マオイストの武装非武装化、または
国軍への統合により国家が唯一の軍、警察を保有することを目指す。
(2)行政機構の統制(control of the public administration):行政機構を統制するための一
貫した規則が必要であり、納税制度の統一も含まれる。行政サービスの質の向上を図るた
めには、複雑な事務処理過程の解消、チェック・アンド・バランスを図るシステムや行政
評価制度の導入が効果的である。JICA はネパールの行政官を対象に日本で評価研修を行っ
ているが、ネパールでは評価学会設立の動きも見られる。
(3)人的資源の開発(investment in human capital):高い文盲率は開発の大きな制約とな
っており、初等教育の整備は必要不可欠である。更に高等教育の充実により、人材を育成
し、海外への人材流出に歯止めをかける必要がある。特に、政府内の人材が援助機関や国
際 NGO に流出する現象は、重要な政策を立案実施する省庁の人的空洞化に拍車をかける
結果となる。ただし、海外へ流出した人材からの送金は経済的に大きなインパクトを持っ
ており、海外在住のネパール人の開発援助貢献の可能性も大きい。
(4)インフラ整備(infrastructure services):地方の道路網や通信網の不整備が経済発展を
阻害し、政治的不安定に拍車をかけている。
(5)国の資源管理(management of state assets):活用されていない国家の資産を効率的に
使用されるようにする必要性がある。
(6)国際関係と対外借入(international relations/public borrowing):成長著しい隣国中国と
インドから経済的恩恵をどの様に受けるかがネパールの大きな課題である。
(7)市場の規制と監督(regulation and overseeing the market):カトマンドゥはチベット、
インド、カシミール、アッサム地方を結ぶ市場として発展してきたために、文化的にも市
場の機能は整っている。しかし、外国企業が投資をする際の各種権利に関する法的整備は
必要である。
(8)市民権と義務(citizenship and duties):国家と市民との社会契約の概念の確立、国家
建設への市民の主体的な参加が必要である。民主的な社会の実現には選挙制度だけでなく、
情報の公開、識字率の向上、教育水準の向上、メディアの独立性、公正な選挙のための規
制と罰則等の多くの条件が必要となる。
(9)公共財政管理(management of public finance):マオイストによる寄付金徴収を廃止
し、公平な税制度を確立する必要がある。財政支援型の援助は歳出部門に焦点を当ててい
るが、歳入面での制度的、人的能力強化も重要な課題である。開発予算の不適切な配分や
透明性の欠如の改善も重要である。
(10)法の支配(rule of law):必要な法律を作成するだけでなく、法律が実質的に機能す
110
アフガニスタンのカブール大学アシェラフ・ガーニ総長は主権国家としての主要な能力を 10 の機能と
して提示した。国際協力銀行(2007)
78
る法治国家となることが重要である。法律と規則が全ての人々に平等に適応されるべきで
ある。行政や NGO に対してまで政党の影響が及んでおり 国会、行政、司法、メディア、
民間セクター等の権力の間で、分権を確立する必要がある。
4. 開発援助の可能性:国家建設と経済開発は車の両輪
一般の開発途上国と異なり、脆弱国家の場合は上記の様な国家や政府が十分な条件を備え
る国家建設と、雇用を生み出すような経済開発に重点を置くべきであろう。特に援助戦略
のプロセスが重要となり、(1)個々人の安全への援助、(2)平和と安定、(3)民間投資
と雇用機会の増加、(4)経済成長、(5)歳入の増加と社会開発、国民の生活水準の向上、
の経路での発展が想定できる。当面特に重要な(1)個々人の安全への援助、(2)平和と
安定、においては、開発の中の政治開発に該当する援助になる可能性が強く、内政干渉の
議論を整理し、援助側がすべき事と、すべきでない事を検討する必要がある。同時に(3)
民間投資と雇用機会の増加、は経済開発が主になるが、雇用を意識すれば民間活動や産業
としての農業の活性化を重視すべきであろう。ネパールに対する初期段階での援助につい
て具体的に検討したい。
(1)個々人の安全への援助
最も危急の課題は個々人の安全への援助であろう。過去、政府とマオイストの間の紛争や
暴力で多くの人々が犠牲となった。本年 4 月に総選挙が予定されているが、選挙の結果が
明らかになれば、再度、紛争や武装闘争が起きる可能性も否定できない。その際、最低限、
紛争や暴力から人々を守る必要がある。同時に、自然災害・飢饉から一般の人々を守る緊
急援助も含まれる。
(2)平和と安定
紛争国においては国内の平和と安定を達成することが優先されなければならない。まず、
紛争の背景、原因やメカニズム、紛争が起きる危険性を把握する必要がある。このために
は、ネパールの各民族やグループの特徴、課題、可能性、ニーズ等の情報を集めて比較検
討し、
紛争の背景、
原因や解決方法を見出すのにステークホールダー分析が有効であり111、
JICA も同様の手法である PNA(Peace-building Needs and Impact Assessment)を平和構築の
た め に 活 用 し て い る 。 ネ パ ー ル に お い て 国 家 建 設 ( state-building ) と 国 民 の 形 成
(nation-building)は相互補完的関係にある。約 60 の民族から構成されているといわれる
111
Chevalier J. (2001)
79
ネパールにおいて、国民の形成は特に重要な課題である112。 更に、ヒンドゥー教徒対ジ
ャナジャティー、高カースト対低カースト、山地対平地(タライ)の3つの対立軸113があ
り、民族間の対立構造を非常に複雑なものとしている。1994 年には国民語政策提言委員会
による答申114も出されているが、言語、文化、伝統の異なる多くの民族が、ネパール人と
しての共通のアイデンティティの醸成が必要不可欠である。海外で生活しているネパール
人は民族の壁を乗り越えてネパール人として共通のアイデンティティを持ち始めており、
これらの経験や考え方が参考になると思われる。
同時に、
社会の安定のためには真の法治国家を実現する必要がある。
法律を作ることと、
その法律が有効に機能することは別問題である。ネパールでは憲法を改正する動きがあり、
UNDP は新憲法創設への支援を行っているが、新憲法を適切に施行し、法の精神を実現さ
せることは容易ではない。この意味で、条件は大きく異なるものの、戦後の日本国憲法を
日本の国と人々がどの様に受入れ、法の精神を実現したかに関する経験は着目されている。
(3)民間投資と雇用機会の増加
脆弱国家において雇用の増大は多くの側面においてプラスの効果を発揮する。しかし、雇
用の大部分は民間分野に存在する。生活の安全が脅かされて地方から逃げてきた人々が、
平和が回復した後に故郷に帰るためには、地方での雇用機会が必要である。ネパールの山
岳部は高地、豊富な雨量等の特徴があり、茶、花、薬草、野菜等の価格が比較的高い商品
作物の生産に適しており、農産物の生産、加工、流通、国内・海外の市場を結びつけた農
業システムの構築が望ましい。
同時に、地方の道路網の整備は地方の人々に財やサービスを提供しやすくするだけでな
く、道路建設に関わる雇用機会の増大が期待される。最新の技術を使用した通信網の整備
は、遠隔システムによる保健・医療・教育サービスの提供も可能とする。外国の産業やグ
ローバルな市場との連携は発展の大きな可能性を秘めている。そのためには起業家の芽を
伸ばす政策が必要である。
ネパールの水における比較優位に着目すれば、小規模、大規模の水力発電の建設によっ
て国内への電力供給と外国への売電が可能となる。ミネラルウォーターの開発や中東への
水の輸出は大きな潜在性を持っている。
開発援助において官と民の連携を模索すべきである。日本の民間企業が、ネパールの潜
112
名和(2007)によれば、ネパールの地域と民族の関係は「中間山地帯の一部とタライの平野部には南アジ
ア的・カースト的な社会があり、ただし中間山地帯とタライでは言語とかカーストのあり方が違う。一方
中間山地帯の残りの部分とタライからインナータライにかけてのジャングル地帯だった所及びヒマラヤ
の高地には、カースト的な社会構成をもっておらず、多くはチベットビルマ語系の言語を話す人たちが、
それぞれ地域ごとに特定の民族を形成して住んでいる。カトマンズ盆地では、チベットビルマ語族のネワ
ール語を話す人たちが住んでいるが、北インドの文明の影響を受けて、複雑なカースト制度を発展させて
いる」と表せる。
113
石井他(2003)
114
小林、森野(2007)
80
在力を認識し、オールジャパンとして開発に取り組むべく、連携を図る場の設定が必要で
あろう115。貧困層を潜在的な市場と見る BOP116や CSR といった概念は企業を開発に参加
させる機会を増やす。
インタビューとフォーカス・グループ・ディスカッションの協力者
A: インタビュー対象者(2007 年 12 月 22~27 日にネパールで実施)
Adhikari, Sames (研究者)、Dali, Amira (NGO 運営)、 Dhungana, Daman (政治家)、Ghimire,
Yubaraj (ジャーナリスト)、Koirala, Shital (ジャーナリスト)、Manandhar, Mohan(開発コン
サルタント)、Phanbari, Ohm(起業家)、Pun, Umed (農業経営)、Pyakuryal, Biswombar(経
済学者)、Sharma, Krishna (開発専門家)、Prabhakar, Com (CPN マオイスト)、Shrestha, Manoj
(銀行家)、Shrestha, Regmi (赤十字)、 Shrestha, Sambhu (ジャーナリスト)、Shresta,Umesh (教
育連盟)、 Upadhyay, Pradip (計画省)、Wagle, Narayan (ジャーナリスト)
B:フォーカス・グループ・ディスカッション(2007 年 12 月 25 日に現地 NGO
Love Green
Nepal で実施)
参加者は村落共同体、女性団体、教師、農民、学生、起業家、ジャーナリスト等 12 名
115
116
湊他(2007)
Prahalad(2005)
81
補論
ここでは各主体の別による、代替的な政治財供給の特徴を概観する。
① 援助機関・国際機関・隣国・地域共同体(以下国際機関等とする)
国際機関等によって政治財が代替的に供給されることが最も安定的で、主体の性格
も他の三者とは一線を画す。冷戦後の内戦頻発により、PKO の多くが停戦監視型か
ら国家再建支援型へと変容し、法の支配の確立とそれを支える治安機能の役割が決
定的に重要になった。治安機能の担い手として機能するのが文民警察と軍である。
国際機関による文民警察は一般的な警察業務である法執行活動(犯罪捜査、被疑者
の逮捕、取調べ等)は行わず、現地警察の支援に徹するのが普通であるが、国連コ
ソボミッション(UNMIK)や国連東ティモール暫定行政機構(UNTAET)のように
再建可能な現地警察が存在しない場合、国連が一時的に業務を代替した事例もある
117
。また、例えば東ティモールにおいては東ティモール国際軍(INTERFET)が国連
憲章第 7 章のもとで平和強制のための軍事力を行使し(安全保障サービスの提供)、
民兵を制圧したし、UNTAET は行政、立法、司法の三権を行使してゼロからの国家
建設を行った118。
ただし、援助機関・国際機関・隣国・地域共同体による政治財の提供は、制度上実
際に機能するまでに多くの時間的、経済的費用を要し、また大国の利害により現行
制度においては必ずしも実施されるとは限らない119。また、正統性(legitimacy)と
能力(capacity)という点から考えた場合に、国際社会における治安サービスの提供
主体として、少なくとも相対的には国連が最も正統性を有するアクターと考えるこ
とができるが、財政面においても統帥面においてもその能力は必ずしも高くない。
その一方で多国籍軍は能力があっても、正統性は低く、その構成国が少なくなれば
より一層その正統性は低くなる。この点が現在の国連の限界であるが、第 5 章で指
摘するように、国連の役割は他の国際機関と比べてもより大きくならざるをえない。
今後国連の能力改革も含めて議論していく必要があるだろう。
② 自警団による政治財の供給
実際には自警団、擬似国家、軍閥の厳密な区別は困難である。というのもそれらは
段階的なものであるからである。それらは全て非-合法政府であって、武力の行使
もしくは威嚇を行う集団であるが、ここでは便宜的に政治財の供給者と受益者が不
可分で、限りなく自力救済に近い集団を自警団120、そして専ら政治財を提供する(と
117
塚田(2007)
藤井(2003)「東ティモール問題と国連」『NUCB Journal of Economics and Information Science Journal』
vol.48 no.1
119
他の三者による提供は紛争リスクを高めるため、また特に国際機関は多くの専門的スタッフも擁して
いるため、最も望ましい代替的政治財供給主体と考えられる。
120
Les Johnston(1996)
118
82
称する)集団と、依頼する集団とに分化した場合、特に暴力指向的で治安以外の政
治財供給の意思が乏しい集団を軍閥、安全保障以外にも医療や教育といった政治財
も提供する団体を擬似国家として区別する。
「自警団」とは、一般的には「次のような社会状況が認められる場合に現れる、自
己任命の形で法を執行する集団を指す概念として用いられる。それは第一に法の執
行官や裁判所が不在であるか、あるいは十分に機能していない、ないしは、腐敗し
ている場合、第二に地方の自治制度が解体している場合、第三に無法状態や無秩序
に既存の体制が対応できていない場合である」121。つまり合法政府を含め、他の有
効な政治財供給主体が不在の場合には、不可避的に自警団が成立する。例えば、リ
ベリア紛争のロファ防衛軍(Lofa Defense Force: LDF)という小規模な武装集団は特
定の政治的な目的を持った武装集団ではなく、村落指導者を中心とした自衛的民兵
組織であったし、シエラレオネ紛争においても、カマジョーと呼ばれる村落の首長
などによって組織された自衛武装集団が出現した122。
また遠藤は、南アフリカにおける自警団を詳細に検討している。南アフリカにおい
ては 1985 年あたりから、アパルトヘイト体制下で正式の承認を得ている訳ではない
が、いくつかの「自警団」が反アパルトヘイトの抵抗勢力である UDF のメンバーの
虐殺事件に関与するケースが増加した。そうした暴力は正統性を欠く活動として認
識され、対抗するためにセルフ・ディフェンス・ユニット(SDU)と呼ばれる、ア
フリカ人居住区において報復の暴力行動を「警察」「司法」の代替機能として担う
集団が組織されたと指摘される123。
ただし、そうした集団の暴力はあくまで私的なもので、かつそうした暴力行使を行
う経験の乏しいものであるため、正統性を獲得することは困難である。そして複数
の集団間における互いのやむをえない不知の中で暴力の連鎖が広がり、紛争と呼べ
る程発展するケースも少なくない。実際遠藤は「自警活動」による暴力の連鎖や「都
市型テロ」とも解釈されるほどエスカレートした事例を指摘している。こうした「自
警団」が相当程度大きくなると、社会契約論者のノージック(1974)の想定する社会契
約過程124のように、もっぱら暴力を提供する集団が発生し、その集団が権利の代替
行使を行うようになる。このことは、先述のようにエージェンシー理論の観点から
も整合的である。
③ 擬似国家による政治財の供給
121
122
123
124
遠藤 (2000)
落合 (2000)
SDU は「人民裁判」によって「被疑者」を裁くが、その対象は必ずしも政治的に対立している者では
なく、居住区において、国家ではなく SDU の基準のうえで何らかの「犯罪」行為に関与したと考えら
れる者を対象としている。
Nozick (1974)
83
当初反政府勢力として武装闘争を行っていた集団が、その組織の拡大とともに治安
維持以外の政治財を提供する擬似国家的集団として発展する場合もある。エジプト
における「ムスリム同胞団」やスリランカの「タミルイーラム解放の虎(LTTE)」
などがこの意味における擬似国家の例に当たるだろう。しかし、もっといえば現在
の「民主的」な合法政府であってもそのほとんど全てが国民の同意を得て平和裏に
誕生したのではなく、暴力的闘争を経て誕生し、その後徐々に民主化していったの
である。
例えば 1928 年にエジプトに成立した「ムスリム同胞団」は、エジプト政府とは異
なる正義の概念によって武力的反政府活動を展開、反政府団体として弾圧を受けた
が、無料診療所や教育施設を経営することによって、市民からの信頼を得ている。
「ムスリム同胞団」は安全保障以外の政治財をも提供しており、エジプト政府も国
民に充分な医療サービスを提供することができず、少なくとも部分的には、こうし
た反政府組織に妥協、依存せざるをえない。山本(2002)は「人々から同胞団に寄せら
れる信頼は極めてあつい。政府の施策には何かしら嘘の臭いを感じても、同胞団の
やることなら信用できる。そう考えるエジプト人が大半を占めるといっても言い過
ぎではないだろう」125と指摘する。1940 年代末には、
「人口 2000 万人のエジプトで、
2000 の支部、50 万人のメンバーと同数の支持者を擁する同国最大の政治・社会結社
となった」126とも指摘される。
しかし治安以外の政治財を提供する意思を有した集団が発生するかどうかは、偶発
的といわざるをえず、正統性を有しない政府内に生じた反政府的武力闘争を行う集
団が、相当程度大きくなった段階で、国民から収奪する集団になる可能性もあるし、
集団の厚生や正義を標榜しながら戦争から利益を得る集団も少なくない127。
④ 軍閥による政治財の供給
「自警団」が大規模になり、他の政治財も合わせて供給する場合もあるが、そうし
た意思を有しない軍閥として展開する場合ももちろんある。「自警団」は当該社会
一般の正義ではなく、ごく一部の特定集団のみに受け入れられる正義規範を標榜す
る場合もあり、特に一般市民によって形成される集団ではなく、社会の「ならずも
の」や「アウトロー」といった当該社会におけるフォーマルあるいは伝統的な社会
ユニットから排除された人々によって形成された集団の場合そうした傾向が強い。
そうした集団は先進国におけるマフィアやヤクザ組織のように、フォーマルな形態
で政治財の供給を受けることができない集団による「自警団」128と考えることがで
125
山本(2002)p.46
横田 (2006)
127
M.アンダーソン著 大平剛訳(2006)
128
例えば P.ポンス(2006)は日本の裏社会を研究し「やくざは江戸時代から 20 世紀に至るまで、社会の周
縁的空間における秩序の「保証人」であり続け、表面上は国家への異議を唱えているようでいて、結
局
126
84
きる。法学者の長尾(1988)は公安の保護を受けることが出来ずに武装していく、日本
の暴力団組織について指摘している。
また、例えばシエラレオネ紛争における RUF 兵士は、国家だけではなく、地方に
おける社会ブロックから疎外された社会階層から主として形成されたことが指摘129
され、その暴力の残虐性は多くのメディア、論者が指摘している通りで、他の政治
財供給の意思は全くなかったといっても過言ではない。ジョン・ミューラー(2000)
は旧ユーゴスラヴィアにおける紛争を分析し、「民族紛争」とは、指導者に雇われ
た極少数の社会から疎外され「ならずもの」の集団を吸収し「民族」を代表してい
ると主張し、争い、その治安の悪化が民族的境界をより明確化し、「普通の人々」
は対立する団体のうち、少しでも自分の安全にとって有利であると思われる団体に
加担せざるをえなくなると指摘する130。
こうした集団は紛争状態であることから利益を得ていることも多く、安定を望まず、暴力
指向的であるため極めて危険である。
合法政府および国際機関等による政治財供給が脆弱国家内にて滞った場合、どのように
して自警団が成立するかを、再び「エージェンシー理論」をアナロジーとして段階的に整
理したい。
(1) 国家内に生じる自警団
ロットバーグは崩壊国家において、安全保障サービスを頂点とした政治財は限定的にし
か提供されず、それは軍閥(warlord)、「自警団」など非-合法政府によって部分的に提
供されると指摘する131。脆弱国家においては政府の権限が届かない、非-合法政府による
安全保障を中心とした政治財の提供地帯が相当程度大きいという特徴があるが、政治財の
空白地帯に新規のエージェントが出現することは脆弱国家特有の現象というわけではない。
先述の通り永田は合法政府の治安維持機関である文民警察が、誰に対して仕えているかに
よって、その性格が「抑圧的警察」と「民主的警察」とに分類できると指摘する。「擬似
国家」と「軍閥」の関係は、「民主的警察」と「抑圧的警察」の関係に近い。サービスの
対象者が広く一般の人々である場合には、正統性を確保する必要性からより多くの政治財
を提供する必要に迫られるが、逆の場合における他の政治財供給のインセンティブは乏し
い。そのためシエラレオネの RUF や先進国のマフィアのようにアウトローを中心とした自
警団は軍閥へと生育する可能性が高く、逆に「イスラム教を通して初めて大衆を政治に動
は並列的かつ補完的な国家のコマ割であったのである。…当局が、秩序維持をやくざに委ねた方が適当と
見なし、支配権を放棄することを選んだ社会空間をヤクザが取り仕切った。」と指摘するし、国際政治経
済学者のスーザン・ストレンジは 1980 年代のイタリア政府とマフィアとの関係を検討しているし、ベシ
ュラーは国家、テロ組織、マフィア、都市部のギャング、山賊団などの組織的類似性を詳細に検討してい
る。
129
落合(2000)前掲
130
Mueller, J (2000)
131
Rotberg, R I. (2004)前掲
85
員しようとした」と指摘されるムスリム同胞団132など、一般大衆を中心とした自警団は擬
似国家へと発展する可能性が高いといえるだろう。ただしこの点は今後より一層の事例研
究が必要となろう。
合法政府によって政治財が提供されることが望ましいことはもちろんであるが、それが
困難な場合、国際機関などによって代替されることがより望ましい。軍閥や自警団はその
性質が極めて不安定で、そうした集団間または政府との間で暴力的対立が生じやすいから
である133。また、たとえそうした集団に必ずしも貪欲性がなく、正義を指向して行動して
いたとしても、その集団間において国際法の分野でしばしば指摘される「やむをえない不
知」134が生じやすく、その場合はやはり暴力的紛争に陥る可能性が高まる。
冷戦崩壊後の国際政治構造の変化に伴い、特に小型武器を中心とした武器貿易がハイポ
リティクスからローポリティクス化されることによって、軍閥も含めた民間セクターが、
安易かつ安価に武器を手に入れることが可能になった135ことも危険性を高めている。
「擬似国家」的集団と「軍閥」的集団の区別は困難であり、集団の性格が変化する場合
もあるが、合法政府内における新規エージェントの性質を分析することは極めて重要であ
る。どのような社会においても暴力や犯罪を指向する人間は存在するが、フォーマルある
いは伝統的な社会にから逸脱した人々を救う社会制度と武器の厳格な管理によって、そう
した集団が強大に生育することを防ぐことが可能となるだろう。
(2) エージェントの構造
国家内に生じた自警団がもっぱら政治財を提供する(と称する)集団と、依頼する集団
とに分化した場合、その集団は新規のエージェントと同定することが出来る。そうしたエ
ージェントも合法政府同様けして一枚岩ではなく、その内部構造は指揮、命令を行う「動
員部門」と実際に役務を提供する「実働部門」とに分けて考えることが出来る。政治財の
供給において世銀(2004)は事務方の国家機関としての「政策当局」と、教師や水道工、電
気工、警察官といったサービスを行う「提供者」とに分けているが、それと基本的には同
様である。一番の特徴は通常の消費者と供給者の関係とは異なり、「実働部門」(=実際
の役務提供者)の行動を消費者が直接コントロールできず、「政策当局」あるいは「動員
部門」を通してのみ統制できるという点である。動員部門は主として経済的便益、強制、
「アイデンティティー」の三者によって実働部門を動員する。
現在、様々な場面において話題になっている民間軍事会社(PMF あるいは PMC)は主
として高額な給与という経済的便益によって社員の動員を行い、徴兵制軍隊の場合は、通
常、強制と「アイデンティティー」の両者によって動員を行う。ほとんどの国において徴
132
133
134
135
松本(2007)
遠藤(2000)上掲
敵対する当事者同士は相手が依っている正義の理解には限界があるということ。(国際法学会編
(2005) 、城戸(1993))
志鳥(1995)、山本 (1995)
86
兵は法的に拒否することが困難であり、またナショナリズムの高揚によって多くの市民が
進んで徴兵制軍隊に向かうように誘導される。チェチェンにおいて、自爆テロをおこなっ
た女性を分析したジャーナリストのユリヤ・ユージックは彼女たちが社会的な強制と、洗
脳による「アイデンティティー」136の強制的付与によって自爆テロをおこなったと分析し
ているし、警察庁の藤野(2007)はオーストラリアやイギリスなどでイスラム系宗教指導
者が宗教を通じて過激化させた事例を指摘している。
「アイデンティティー」が紛争の本質的要因ではなく、動員要因・装置であるという見
方はけして新しいものではない137が、その対象範囲は必ずしも明確ではない。エージェン
トは当初、動員に際し「アイデンティティー」を用いる傾向にあるが、エージェントの規
模が大きくなるに伴い、エージェント内部のみならず、合法政府のようにそれを支えるプ
リンシパルにまで「アイデンティティー」の共有を求めるようになる。
(3)対立
各主体はそれぞれが異なるインセンティブを有していて、プリンシパルは主として安全
を指向し、主として経済的資源、政治的資源(同意や投票など)のどちらかまたは、両方
をプリンシパルに提供する。エージェントは特に動員部門が通常の国家と同様に政治的・
経済的パワーの拡大を指向し、その手段としてプリンシパルに対して安全保障サービスの
提供を行う、また実働部門としては、経済的便益、強制の回避、「アイデンティティー」
の充足を指向し、実際の戦闘活動などの実働を提供する。
エージェント間が対立し、武力紛争にまで発展するには、次節で詳細に検討するように
構造的要因と引き金的要因が必要となる。合法政府内に新規のエージェントが成立してい
ること自体が構造的要因の一つであろうが、それだけで武力的紛争が生じるわけではない。
また、エージェント間は常に対立的関係に陥るわけではなく、互いに無視する場合や提携
関係を締結する場合すらある。どちらかの政治的あるいは経済的パワーの相対的拡大をも
う一方が許容しない場合に対立関係に陥る。そのパワーバランスの変化に対する認識をも
たらすものが引き金的要因ということができよう。
例えば 1991 年におけるクロアチア独立紛争の際には、カトリックを正教会からの擁護を
試みたバチカン、東欧に勢力を広げることを試みたドイツ、オーストリア、ハンガリー、
それらに推される形でのイギリス、フランスといった主要国の秘密裏のコミットメントが
クロアチア陣営のパワーの拡大と認識され、引き金的要因として機能したと指摘される。
また、選挙の導入といった民主化への移行が紛争を引き起こすという指摘も多いが、選挙
が民族主義を高揚させる契機、及びその効果を表す引き金的要因として機能しうる138。
136
ここでは、「アイデンティティー」の定義について深く踏み込まないが、単純に「われら」と「かれ
ら」を分けるものと定義する。
137
首藤(1997)
138
吉川(2004b)など。
87
参考文献
日本語文献
M. アンダーソン著 大平剛訳(2006)『諸刃の援助 紛争地での援助の二面性』明石書房
石井溥他(2003)『ネパール国別援助研究会報告書―貧困と紛争を越えてー』国際協力事業
団
石川滋(2006) 「「貧困の罠」と「公共支出管理」」FASID ディスカッションペーパー、FASID
石田淳(2003)「政治秩序の再編と内戦-文献敵領域秩序の動揺」『紛争予防』日本国際問
題研究所
稲田十一編(2004)『紛争と復興支援 平和構築に向けた国際社会の対応』有斐閣
稲田十一(2007)「平和構築の諸アクターと調整の課題」『平和構築における諸アクター間
の調整』国際問題研究所
岩間徹(1992)「国際環境における国家主権の位相」『国際政治』第 101 号 1992 年 10 月
遠藤貢(2000)「新生南アフリカにおける「紛争」の様式」武内進一編『国家・暴力・政治」
アジア経済研究所
______(2006)「崩壊国家と国際社会:ソマリアと『ソマリランド』」 川端正久、落合雄彦
編『アフリカ国家を再考する』晃洋書房
大津川(北川)智恵子(2007)「秩序変動の双方向性-規範の設定とその拘束力-」
『国際政治』
第 147 号 2007 年 1 月
大野純一(2000)「プログラム援助調査-国際収支支援からセクター・一般財政支援へ移行
する援助手法」『開発金融研究所報』2000 年 10 月 第 4 号
岡垣知子(2007)「主権国家の「ラング」と「パロール」-破綻国家の国際政治学」『国際
政治』第 147 号 2007 年 1 月
落合雄彦(2000)「シエラレオネ紛争における一般市民への残虐な暴力の解剖学-国家、社
会、精神性-」武内進一編『国家・暴力・政治』アジア経済研究所
J. C.カーディ (2006) 黒川浩一編「警察分野の国際協力~フランスの取り組み~」『警察學
論集』警察学論集第 60 巻 5 号
川西晶大(2007)「「保護する責任」とは何か」『レファレンス』平成 19 年 3 月号
外務省編(2006)『2006 年度版 ODA 政府開発援助白書』
外務省国際協力局(2007)『政府開発援助 ODA 国別データブック 2006』外務省
片岡貞治(2001)「アフリカ紛争予防:フランスの視点(仏の対アフリカ政策から)」『現代
アフリカの紛争問題及び紛争解決の模索』日本国際問題研究所
木下英輔(2002)「「人間の安全保障」のための人道的干渉」『海外事情』2002 年 11 月号
工藤正樹 (2006)「主要な開発援助機関・国の援助動向:平和構築支援への取り組み」『開
発金融研究所報』 2006 年 5 月 第 29 号
栗栖薫子(2005)「人間安全保障「規範」の形成とグローバル・ガヴァナンス-規範複合化
88
の視点から-」『国際政治』第 143 号 2005 年 11 月
S.クラズナー著 河野勝訳(2001)「グローバリゼーション論批判 主権概念の再検討」渡邉
昭夫・土山実男編『グローバル・ガヴァナンス 政府なき秩序の模索』東京大学出版
会
国際協力銀行開発金融研究所(JBIC) (2003)「紛争と開発:JBIC の役割(スリランカの開発
政策と復興支援)」JBIC 開発金融研究所 Research Paper No.24.
_________ (2004)「対外政策としての開発援助」JBIC 開発金融研究所 Research Paper No.29
_________(2006)「フランス援助機関動向調査」JBIC 開発金融研究所 Working Paper No. 22.
国際協力機構(JICA) (1995)分野別援助研究会報告書「参加型開発と良い政治」
_____(2001) 事業戦略調査研究「平和構築」
_________ (2003) 課題別指針「平和構築」
_________(2004)「JICA におけるガバナンス支援―民主的な制度づくり、行政機能の向上、
法整備支援―」
国際法学会編(2005)『国際関係法辞典第 2 版』三省堂
小林茂、森野良典(2007)『ネパールの国民統合と言語問題:国民語政策提言委員会答申と
その背景』京都大学
近藤正規 (2003) 「ガバナンス支援の動向」『開発アプローチと変容するセクター課題』
開発援助動向シリーズ 3、FASID
http://www.fasid.or.jp/shuppan/hokokusho/enjo/development.html
佐藤章(2003)「コートディヴォワールにおける新家産性の変化・変質-1990 年以後期の政
治分析に向けて-」津田みわ編『アフリカ諸国の「民主化」再考-共同研究会中間
報告』
志鳥学修(1995)「武器移転の研究」『国際政治』第 108 号 1995 年 3 月
下村恭民・中川淳司・斉藤淳(1999) 『ODA 大綱の政治経済学-運用と援助理念』有斐閣
首藤信彦(1997) 「冷戦後世界における紛争と紛争解決の手段」『地域紛争の予防・解決と
援助』国際開発高等援助機構
世界銀行(2004)『世界開発報告』世界銀行
大門毅 (2007)『平和構築論
開発援助の新戦略』頸草書房
武内進一(2000)「アジア・アフリカの紛争をどう捉えるか」『国家・暴力・政治』アジア
経済研究所
塚田洋(2007)「紛争後国家における警察改革支援-国連ボスニア=ヘルツェゴビナ・ミッ
ションを一例に-」『レファレンス』no.674 2007 年 3 月
城戸正彦(1993)『戦争と国際法』嵯峨野書院
妹尾裕彦(2005)「破綻国家とグローバリゼーション」本山美彦編『「帝国」と破綻国家――
アメリカの「自由」とグローバル化の闇』ナカニシヤ出版
中尾武彦(2005)「変動する世界の ODA の中での円借款のチャレンジ」Discussion
89
Paper No. 4、FASID. http://dakis.fasid.or.jp/report/discussion.html
長尾龍一(1988)『政治的殺人-テロリズムの周辺』弘文堂
永田博美(2002a)「PKO と文民警察の役割-破綻国家における警察再建支援についての一考
察-」『海外事情』平成 14 年 11 月
_________ (2002b)「破綻国家の再建と警察改革支援の役割-「人間の安全保障」の視点か
ら-」『国際安全保障』第 30 巻 3 号
鍋島直樹(2001)「国家・市場・権力へのエージェンシー理論的接近-アメリカ・ラディカ
ル派経済学の転回-」『経済理論学会年報』第 38 集
納家政嗣(2005a)「現代紛争の多様性と構造的要因」『国際問題』2005 年 8 月
_________ (2005b)「国際政治学と規範研究」『国際政治』第 143 号 2005 年 12 月
名和克郎(2007)「特別セミナー:ネパールの民族と社会構造」会報 No.201,(社)日本ネパー
ル協会
P.ポンス著 安永愛訳(2006)『裏社会の日本史』筑摩書房
福田幸正・工藤正樹(2007) 「紛争後の国づくり:アフガニスタン、レバノン、ネパール、
スーダン」、JBIC 平和構築セミナー概要報告:カブール大学総長ガーニ氏講演. 開発
金融研究所報 2007 年 5 月 第 34 号.
_________ (2007)「開発援助からみた平和構築支援:紛争アセスメント・ツールの類型化
を通じて」 開発金融研究所報 2007 年 2 月 第 33 号.
藤野秀彦(2007)「イスラム過激派テロリストに係る過激化の現状と対策-諸外国の例に学
ぶ-」『警察学論集』第 59 巻 12 号
牧野耕司(2006)「人間の安全保障と援助」秋山孝允・笹岡雄一編著『日本の開発援助の
新しい展望を求めて』開発援助動向シリーズ 4
FASID
松本光弘(2007)「ジハード主義の思想と行動(上)」『警察学論集』第 59 巻 12 号
水野俊誠(2005)「医療倫理の四原則」赤森朗編『入門・医療倫理Ⅰ』
湊直信、菊池正、村田あす香(2007)「国際開発における民間企業の役割と可能性を求めて」
FASID
村山裕三(1995) 米国防衛産業の軍民転換と冷戦後の武器輸出市場」『国際政治』108 号
本山美彦編(2005)「「帝国」と破綻国家――アメリカの「自由」とグローバル化の闇」ナ
カニシヤ出版
山田哲也(2005)「ポスト冷戦期の内戦と国際社会」『国際問題』no.545
山本武彦(1995)「冷戦後の軍備管理レジームと国際輸出管理レジームの連繋構造」『国際
政治』第 108 号 1995 年
横田洋三(2001)『アフリカの国内紛争と予防外交』国際書院
吉川元(2004a)「国内統治を問う国際規範の形成過程」『社会科学研究』第 55 巻 5・6 合併
号
_________ (2004b)「平和構築から紛争予防へ-エスニック紛争後の平和構築の課題を中心
90
に-」『紛争予防』日本国際問題研究所
UNICEF(1987-90)『世界子供白書』
D.ロスマン(2000)『医療倫理の夜明け臓器移植・延命治療・死ぬ権利をめぐって』晶文社
樋口範雄(2004)『Jurist 増刊
ケーススタディー生命倫理と法』有斐閣
M.ウェーバー著 脇圭平訳(1980)『職業としての政治』岩波書店
英語文献
Andersen、R.(2000) How multilateral development assistance triggered the conflict in Rwanda.
Third World Quarterly, Vol 21(3) pp.441-456.
Buzan, B (1991) People States and Fear. New York: Harvester Wheatsheaf second edition
Brainard, L and Chollet DH. (2007) Too Poor for Peace?: Global Poverty, Conflict, and Security
in the 21st Century. Brookings Institution.
Brown and Stewart (2007) Fragile States. Paper prepared for the WIDER conference on Fragile
Groups and Fragile States, 15-16 June, 2007.
Cammack, D. (2007) The Logic of African Neopatrimonialism: What Role for Donors ?
Development Policy Review, Vol.25(5) pp.599-614.
Cammack, D. et al (2006) Donors and the ‘Fragile States’ Agenda: A Survey of Current Thinking
and Practice, Report submitted to the Japan International Cooperation Agency, ODI.
Centre for the Study of African Economies, Oxford, UK. http://www.csae.ox.ac.uk
Châtaigner, Jean-Marc. (2005) Beyond the fragile state: Taking action to assist fragile actors and
societies. Agence Française de Développement Working paper, Nov 2005.
Chevalier, J (2001), “Natural Resource Project/Conflict Management: Stakeholders Doing “Class”
Analysis”, Evolving Concept of Peace-building: Natural Resource Management and Conflict
Prevention, FASID
Cincotta, R., Engelman, R., Anastasia, D.(2003) The Security Demographic: Population and Civil
Conflict after the Cold War. Population Action International, Washington D.C.
Collier, P. (2000) Economic Causes of Civil Conflict and Their Implementations for Policy. World
Bank.
_________(2007) The Bottom Billion, Oxford University Pres s
Collier,P. and A. Hoeffler. (2002) Greed and Grievance in Civil Wars. Working Paper Series
2002-01.
DFID (2004) The African Conflict Prevention Pool: An Information Document.
_____ (2005) Why We Need to Work More Effectively in Fragile States.
DFID Nepal (2003) Country Assistance Plan 2003-2007, DFID Nepal
European Commission. (2007) EU Response to situations of fragility in developing countries
–engaging in difficult environments for long-term development-. Report of the External
91
Debate.
FitzGerald, V. (2007) Economic Management for Conflict Prevention: Macroeconomic Policy,
Conference Paper presented at Wilton Park Conference. (http://www.wiltonpark.org.uk/)
Freedom House (2007) Freedom of the World Report 2007.
Fuentes, A J and Fukuda-Parr, S. (2007) Addressing Devolution and Exclusion. Paper presented at
Wilton Park Conference.
Fukuda-Parr, S. and Picciotto, R.(2007) Conflict Prevention and Development Co-operation in
Africa: A Policy Workshop - Concept Paper. Paper presented at Wilton Park Conference.
Fund for Peace (2007) Fragile States Index 2007. http://www.fundforpeace.org/
Ghani, et al (2005) Closing the sovereignty gap: An approach to state-building, ODI working paper
No53. http://www.odi.org.uk/publications/working_papers/wp253.pdf
Goodhand,J. (2003) Ending Disorder and Persistent Poverty: A Review of the Linkages Between
War and Chronic Poverty. World Development, Vol.31, No.3. pp629-646.
Helman G. B. and Ratter S. R.,(1992-93) “Saving Failed States,” Foreign Policy. Vol.89
Hoeffler, A. (2007) Natural Resources, Civil War and Democracy. Paper presented at Wilton Park
Conference
Homer-Dixon, T.F.(1999) Environment, Scarcity and Violence. Princeton.
IANSA, Oxfam, Saferworld (2007) Africa’s Missing Billions, Briefing Paper 107
ICISS (2001) THE RESPONSIBILITY TO PROTECT. Report of the International Commission of
Intervention and Sate Sovereignty.
Jones, B et al.(2007) From Fragility to Resilience: Concepts and Dilemmas of Statebuilding in
Fragile States. A Research Paper for the OECD Fragile States Group.
Jones, S. et al (2004) Aid Allocation: Managing for Development Results and Difficult Partnerships,
Oxford Policy Management.
Keen D. (2002) “Since I am a Dog, Beware my Fangs”: Beyond a ‘rational violence’ framework in
the Sierra Leonean war. Working Paper No.14. Crisis States Programme.
Les Johnston(1996) WHAT IS VIGILANTISM? BRIT. J. CRIMINOL VOL.36 NO.2 SPRING 1996
Levin, V. and Dollar, D (2004) The Forgotten States: aid volumes and volatility in Difficult
Partnership Countries 1992-2000, Washington DC: The World Bank. Summary Paper
Prepared For DAC Learning And Advisory Process On Difficult Partnerships (mimeo).
Morcos,K (2005) CHAIR'S SUMMARY: SENIOR LEVEL FORUM ON DEVELOPMENT
EFFECTIVENESS IN FRAGILE STATES. London, 13-14 January 2005.
http://www.oecd.org/dataoecd/60/37/34401185.pdf
Mueller, J. (2000) THE BANALITY OF “ETHNIC WAR”:YUGOSLAVIA AND RWANDA.
International Security 2000 summer vol.25
Nathan, L. (2004) The Four Horsemen of the Apocalypse- The Structural Causes of Crisis and
92
Violence in Africa. Research Seminar Series, 4th February. Development Research Centre
and Development Studies Institute.
Nozick R. (1974) Anarchy, State and Utopia. New York: Basic Books
OECD(2007) Geographical Distribution of Financial Flows to Aid Recipients, 2001-2005, OECD
OECD-DAC (1997) Policy Statement on Conflict, Peace and Development Co-operation in the
Threshold of the 21st Century, OECD
____ (2005) Senior Level Forum on Development Effectiveness in Fragile States: Aid
Allocation Criteria: Managing for Development Results and Difficult Partnerships.
DCD(2005)4, OECD.
____ (2006a) Whole of Government Approach. OECD
________ (2006b) Monitoring Resource Flows to Fragile States: 2006 Report. OECD-DAC
Fragile States Group (FSG)
_________ (2007a) Fragile States: Policy commitment and Principles for Good International
Engagement in Fragile States and Situations. Development Co-operation Directorate
Development Assistance Committee
________ (2007b) OECD-DAC Handbook on Security Sector Reform: Supporting Security and
Justice
Patrick S. (2006) Weak States and Global Threats: Assessing Evidence of “Spillovers.” Center for
Global Development Working Paper No 73, Jan 2006.
________(2007) The US Response to Precarious States: Tentative Progress and Remaining
Obstacles to Coherence, Center for global Development Essay.
Patrik and Brown (2006) Fragile States and US Foreign Assistance: Show Me the Money. Center
for Global Development Working Paper No 96, Aug 2006.
________ (2007)Greater than sum of its parts? Assessing “Whole of Government” Approaches To
Fragile States.
Prahalad (2005) The Fortune at the Bottom of the Pyramid, Wharton School Publishing
Prest et al. (2005) Working out strategies for strengthening fragile states – the British, American
and German experience. Paper prepared for Conference on Canada’s Policy Towards
Fragile, Failed and Dangerous States.
Putzel, J. (2007) Managing Natural Resources. Paper presented at Wilton Park Conference.
Raeymaekers, T. (2005) Collapse or Order? Questioning State Collapse in Africa. HiCN Working
paper 10. University of Sussex
Reno, W. (1998) The Distinctive Political Logic of Weak States in War lord Politics and African
States. Lynne Rienner Publishers, Inc.
Richards P. (1996) Fighting for the Rain Forest: War Youth & Resources in Sierra Leone. The
International American Institute [Oxford: James Currey, NH: Heinemann]
93
Ross, M L. (2002) Oil, Drugs, and Diamonds: How Do Natural Resources Vary in their Impact on
Civil War? Paper for Peace Academy project on Economic Agendas in Civil Wars.
________ (2003) Natural Resources and Civil War: An Overview. Submitted to review to World
Bank Observer.
Rotberg, R I.(2002) Failed States in a World of Terror. Foreign Affairs, 81(4)
________ (2004) “The Failure and Collapse of Nation-State: Breakdown, Prevention, and Repair,”
in Robert I. Rotberg(ed.), When States Fail: Causes and Consequences. Princeton:
Princeton University Press
Stewart, F. (ed) (2007. “Holizontal Inequalities and Conflict.” Chapter 1. Horizontal Inequalities :
An introduction and some hypotheses.
Stewart, F. and O’Sullivan, M. (1998) Democracy, Conflict and Development - Three cases. QEH
Working Paper Number 15, University of Oxford
http://www.qeh.ox.ac.uk/RePEc/qeh/qehwps/qehwps15.pdf
The HELP Commission(2007) Report on Foreign Assistance Reform.
http://helpcommission.gov/portals/0/Beyond%20Assistance_HELP_Commission_Report.pdf
Transparency International (2007) Corruption Perception Index 2007.
http://www.transparency.org/news_room/in_focus/2007/cpi2007#pr
USAID (2004) US Foreign Aid: Meeting the Challenge of the 21st Century. White Paper.
____ (2005) Fragile States Strategy, PD-ACA-999
USAID/NEPAL(2000), Country Strategic Plan FY2001-2005, USAID Nepal
UNDP (2003) Human Development Report 2003. United Nations. http:wwwhdr.undp.org
_________ (2007) Human Development Report 2007.
Uvin, P. (2007) Structural Causes, Development Cooperation and Conflict Prevention in Burundi
and Rwanda. Paper presented at Wilton Park Conference.
World Bank. (1998) Assessing Aid: What Works, What doesn’t work and why. Washington DC,
The World Bank
_________ (2007a) World Development Indicators 2007.
_________ (2007b) Strengthening the World Bank's Rapid Response and Long-Term Engagement
in Fragile States.
_________ (2007c) Toward A New Framework for Rapid Bank Response to Crises and
Emergencies. Operational Policy and Countries Services(OPCS), World Bank.
World Bank- IDA. (2007) Operational Approaches and Financing in Fragile States, International
Development Association, Operational Policy and Countries Services(OPCS) and Resource
Mobilization Department(FRM), World Bank.
World Bank- IEG (2006) Engaging with Fragile States. Challenges and Opportunities.
Zertman, I W (ed) (1995) Collapsed States: Disintegration and Restorative of Legitimate Authority.
94