2.「スポーツと開発」をめぐる諸問題 ―実行組織としての NGO に関する包括的研究にむけて― 鈴木 直文 1.はじめに らの実践が持続的な社会改善につながることに資 「スポーツと開発」 1 は、一握りの特に優れた するための研究の方向性を示すことを目的とする。 成功例と、他の無数の悪戦苦闘する零細な活動に 以下ではまず近年進む「スポーツと開発」の主流 よってなっている——。2010 年度の日本運動スポ 化の過程を振り返り、その特徴を明らかにする。 ーツ科学学会国際健康スポーツ分科会第 8 回大会 次にそれに伴って生じている諸問題について論じ で基調講演を行った Kevin Young 氏は、国際開発 る。最後に「スポーツと開発」の実行組織の実情 分野におけるスポーツの潜在力についての議論の を包括的に把握するための研究の方向性を示す。 中でこのような趣旨の発言をした 2 。これはスポ ーツの開発への貢献について過度な期待をするこ 2.「スポーツと開発」の主流化過程 とに対する警句である。しかし近年「スポーツと 「スポーツと開発」の分野における NGO の先 開発」の運動はグローバルな拡大をみせており、 駆的な事例は 1980 年代からみられ、90 年代後半 そこにはむしろスポーツに対する楽観的な期待が 以降少しずつ増加してきた。よく知られている事 みてとれる。 例に Mathare Youth Sports Association (MYSA) 国際開発分野においてスポーツを積極的に活用 (1987-)、SCORE (1991-)、 Olympic Aid/Right to しようとする取り組みは、この 10 年で急速に拡 Play (1992-, 2000 改称)、Magic Bus (1999-)、 大したといってよい。こうした拡大の背景として、 Moving the Goalposts (2001-)等がある 5 。2000 一方で 2015 年までに世界の貧困を半減すること 年代になると、これらの草の根で発展してきた事 等を謳った国連ミレニアム開発目標(Millennium 例が Good Practice として認識されるようになり、 Development Goals: MDGs) 3 に象徴されるグロ 「スポーツと開発」は一気に主流化する。 ーバル市民社会における貧困撲滅への関心の高ま 2003 年 に は 国 連 が UN Inter-Agency Task りがあり、他方で「社会への貢献」が切実な要請 Force on Sport for Development and Peace によ になってきたスポーツ統括組織、プロスポーツ界、 る Sport for Development and Peace: Towards スポーツビジネス界がこれに呼応したものとみる Achieving the Millennium Development Goals ことができるだろう。 を発表し、 MDGs に対するスポーツの貢献が明 しかしこうした拡大が十分な内省を伴わずに加 示された 6 。2004 年に Sport for Development and 速度的に進展することで、多くの課題の芽がふく Peace International Working Group (SDP IWG) らんでいるように思われる 4 。とりわけ「スポー が立ち上がり、2005 年が「スポーツと体育の国際 ツと開発」のプログラムの成否にとって最も重要 年」に定められされた 7 。2008 年には UN Office of なのは日々受益者に寄り添う実行組織のあり方で Sport for Development and Peach (UNODP)が あるが、そうした現場レベルでの変化には十分な 設置され、SDP IWG の最終報告書 Harnessing 注意が払われていないことが懸念される。 the Power of Sport for Development and Peace: Recommendations to Governments が出された 8 。 本稿は、近年の「スポーツと開発」への国際的 な関心の高まりを、主にその実行を担う存在であ 前後して「スポーツと開発」にかかわる組織の る NGO への影響の観点から批判的に考察し、彼 グローバル・ネットワーク化が進んだ。ネットワ 15 ーク 化の 草分 け的 存 在と して 、 Swiss Academy リカ大会にあたっては、NIKE や Sony などのグ for Development (SAD)が 2003 年から管理運営 ローバル企業が様々なプログラムを展開、支援し す る International Platform for Sport and た。2006 年 FIFA ワールドカップを開催したドイ Development (IPSD)がある。IPSD には 2007 年 ツの国際援助機関である GTZ15 は、同国でのイベ 時点で、世界各国で展開されている 260 以上のプ ント終了後から 2010 年に向けて南アフリカでの ロジェクトと 150 以上の組織が登録されていた。 「スポーツと開発」の技術援助を強化した 16 。 現在、登録団体の数は 180 を超える 9。ほぼ同時 期(2002-)か ら活 動して いる サッカ ーに 特化し た 3. 「スポーツと開発」の主流化にともなう諸問題 ネットワーク型 NGO の streetfootballworld は、 「スポーツと開発」の急速な主流化に伴う問題 2011 年現在 50 カ国以上に跨がって 80 以上の団 体を結んでいる 点は、次の 5 つに整理出来る。即ち(1)「援助する 10 。 側」の論理偏重、(2)メガイベントの影響、(3)スポ こうしたネットワーキングの効果の一つは、政 ーツの「ツール化」、(4)実行組織レベルでの実態 把握の不足、(5)日本における理解度の低さである。 府や民間のドナーと実行組織とをパートナーとし て結びつけたことだろう。これに伴い「スポーツ (1) 「援助する側」の論理 と開発」に対する資金提供のルートは多様化かつ 拡大する。ヨーロッパ各国やカナダ、オーストラ 第一に、急速に政治化し、ビジネス化した「ス リア等の政府、FIFA をはじめとした国際的スポ ポーツと開発」の運動は、「外から」の論理、「援 ーツ統括団体、NIKE や Adidas 等スポーツ・メ 助する側」の論理に偏りがちである。Coalter は、 ーカーを中心としたグローバル企業等、多様なド スポーツの開発への効果が十分に検証されないま ナーがこの分野に参入している。Peace and Sport まにスポーツ的価値と開発のレトリックが結びつ (2007-)や Beyond Sport (2009-)等、スポーツによ き、 非現実的な期待がスポーツに寄せられている る社会貢献に特化して表彰・助成を行う財団も増 と指摘する えており、トニー・ブレア元英首相など著名な政 とカルガリー大学が連携して行った案件での経験 治家やアスリートが「顔」となりメディアの関心 から、援助する側の論理が先行して援助される側 Ian の受け入れ態勢や事後の継続体制に注意が払われ を集めている 11 。 イアン・ソープ氏が主宰する Thorpe‘s Fountain for Youth (2003-)や、中田英 17 。Young は Right to Play Canada ないことについて警鐘を鳴らしている 18 。 寿氏が展開する Take Action Foundation (2008-) Beyond Sport や Peace and Sport による表彰の 等、有名アスリート個人が主導する財団にも注目 是非も十分に検証されなければならないだろう。 が集まっている 12 。 著名人を動員した派手な表彰式やメディア露出に こうした「スポーツと開発」への関心の高まり 啓蒙的効果はもちろんあるだろう。しかしごく一 を語る上で、FIFA ワールドカップやオリンピッ 部の「成功例」が取沙汰される一方で、本当に支 ク等のスポーツメガイベントの役割を見逃すこと 援を必要とする実行組織に対して本当に必要な形 はできない。Right to Play の前身の Olympic Aid での支援が行われていくのかどうか、注意深く見 は 1994 年のリレハンメル冬季オリンピックに合 守る必要がある。 「外から」の見栄えではなく、現 13 、イギリスの競技スポー 場レベルでの実効性を具に評価した上での表彰で ツを統括する UK Sport は 2012 年ロンドン夏季 なければならない。また、2010 年は Beyond Sport オリンピックの開催決定を機に途上国におけるス と Peace and Sport で各 11 件と 7 件の計 18 件の ポーツ開発プログラムへのコミットメントを強め 事例が表彰を受けたが わせて開始しているし ている 14 。2010 年の FIFA ワールドカップ南アフ 19 、Good Practice が毎年 濫発されてしまうことで Award が陳腐化したり、 16 本来受賞に相応しくない事例が十分な評価を経ず 集まる地域へ活動場所を移していく傾向もみられ に受賞してしまったりするリスクも考えられる。 る。NIKE は YDF と提携して Sport for Social Change Network (SSCN) South Africa の構築を (2) メガイベントの功罪 支援したが、既に 2012 年に向けて SSCN London 第二に、 「スポーツと開発」の発展がメガイベン の活動が開始されている。Sony が Dream Goal トを契機に展開していくことによる功罪がある。 201022 の一環として行ったパブリック・ビューイ もちろん世界中が注目するイベントを機にスポー ングと HIV/AIDS 検診を組み合わせたイベントは、 ツを通じた開発援助への関心が高まることは、被 出場国であるカメルーンとガーナの村落で行われ 援助側にとっても資金的・技術的支援を受ける機 た。HIV/AIDS は両国に限った問題ではないが、 会の増大という肯定的な効果をもたらすだろう。 当然ながら非出場国に同じ機会は与えられなかっ しかし、そのような注目が一過性のものになり た。次の目標は 2014 年に向いているそうで、両 がちなことについては、十分な注意が払われなけ 国での活動も今回限りである可能性が高い 23 。 ればならない。Olympic Aid/Right to Play のよう こうした一過性かつ巨大なインパクトがメガイ にリレハンメル五輪を切掛けに NGO として立ち ベントに伴って訪れることで、既存の実行組織の 上がり 20 年近く継続・拡大してきた事例もある 日常の活動を阻害する畏れもある。例えば、ガー が、先進国政府が自国開催に合わせてコミットメ ナでの Dream Goal 2010 の実施に実行部隊とし ントを強めた場合、イベント後にもそれが維持さ て携わった JICA 青年海外協力隊員は、イベント れる保証はない。ロンドン五輪後の UK Sport の のポジティブな影響として現地住民の満足度や普 動向を注視したい。GTZ(現 GIZ)が自国開催終了 段検診を受けない人が検診を受けたこと等があっ 後 の 2007 年 か ら 南 ア フ リ カ 諸 国 で 展 開 す る たと認めながらも、普段考えられないような大金 Youth Development through Football (YDF)の が投じられることで彼らが日常の HIV/AIDS 予防 場合、2010 年大会へのバトンタッチという意味合 活動を通じて地道に築いてきた現地での信頼関係 いが強く、 技術移転を通じて自立可能な能力開発 が揺らぐ場面もあったと証言している が促進されることを前提に 2011 年までで打ち切 リカで長年活動する SCORE などはこうしたリス りが予定されている。 クを自覚しており、イベントを機に集まってくる 24 。南アフ イベント開催地によって支援が地理的に偏在し 資金やメディア関心からは一定の距離を保った上 てしまうことも避け難い。南アフリカ W 杯の場合、 で、普段の活動の延長で出来る範囲のイベントを 「援助される側」が開催国となった初めての事例 自前で行った といえる 25 。同じように南アフリカで 90 年 代から活動する Altus Sport も、彼らの日常活動 20 。 「アフリカ初のワールドカップ」と への W 杯の影響は「無い」と断言している いうフレーズに象徴的なように、南アフリカだけ 26 。 でなくアフリカ大陸全体に援助が向けられた。こ の傾向は一連の FIFA の取り組みに顕著にみられ (3) スポーツの「ツール化」vs「土着化」 る。例えば、Win for Africa with Africa はアフリ 主流化にともなう第三の懸念として、スポーツ カ全土のサッカー場の芝生を改善する事業であり、 の過度な「ツール化」が挙げられる。 「スポーツは Football for Hope Centre は南アフリカのケープ それだけで社会問題を全て解決することはできな タウンを皮切りに、アフリカ全土に合計 20 のセ い」という言説は「スポーツと開発」を擁護する ンターを建設する計画である 21 。 立場の組織や個人によって頻繁に繰り返されてい 「スポーツと開発」に CSR の一環として参入 る。確かに、スポーツは開発のための「万能薬」 しているグローバル企業の場合には、より注目の ではない 17 27 。ただ、国連による「スポーツは低コ (4) 実行組織としての NGO の実像 ストで効率的なツールである」という認識 28 には、 疑問符をつけなければならない。 第四に、無数に存在するといわれる「スポーツ スポーツが多くの子どもや若者を引きつける力 と開発」の実行組織の実像が断片的にしか明らか をもち、従ってその力と様々な教育プログラムや になっていないことである。もちろん事例研究の 更生プログラムを組み合わせることが効果的であ 蓄積は着実に増えており ることは、90 年代からのイギリスにおけるスポー の開発や応用も行われている ツと都市再生に関する研究蓄積でも明らかになっ 通して効果的な実行組織の実像については徐々に の Dream Goals 2010 は、この 明らかにされて来ている。しかし、何故そうした スポーツの―フック‖する力を HIV/AIDS 教育と接 「成功例」が少数派に止まるのかという問いへの 続した典型例だろう。同じく HIV/AIDS 教育の分 回答は示されていない。そもそも多数派をしめる 野では、Grassrootsoccer に代表される NGO によ といわれる零細な活動はメディアへの露出も限ら ってサッカーのコーチングの中に教育的要素を織 れ、調査研究の対象にもなりにくい。実際に世界 ている 29 。Sony り込む方法論が確立されている 30 。GTZ 34 、プログラム評価手法 35 。これらの研究を による にそうした活動が幾つ存在するのかも、把握する YDF は、同種の方法論を独自のツールキットとし ことは不可能といってよい。いきおい「スポーツ て整理し、零細な NGO などへの普及を図ってい と開発」にまつわる言説は一部の限られた「成功 る 31 。 例」とスポーツに付与された様々な価値に基づい し か し 、 こ う し て ス ポ ー ツ が 手 軽 で たレトリックによって再生産され、開発に対する ready-made な開発ツールとして普及することだ スポーツの貢献の包括的な効果検証が疎かにされ けで、スポーツが開発に貢献する潜在力を最大限 ているようにみえる 36 。 に 発揮 す る こと に な る とは 思 え ない 。 何 故な ら MYSA や SCORE といった先駆的な事例の場合、 (5) 日本における「スポーツと開発」 「ツール化」よりもむしろ「土着化」することで 最後に第五の懸念は、この分野では後発の日本 成功を納めてきたように思われるからだ。どちら における「スポーツと開発」に対する理解度の不 も「スポーツと開発」が主流化する以前から、長 足である。そもそも日本は 1960 年代から青年海 い年月をかけて貧しいコミュニティに寄り添って 外 協 力 隊 (Japan Overseas Cooperation Volun- 活動を続けてきた。スポーツに関するスタンスや teers: JOCV)を通じて途上国のスポーツ教育に人 組織展開に違いはある。MYSA はサッカーに特化 材を提供し続けているという意味で、二国間協力 した一つの大きな階層的な組織として発達し、国 のレベルではこの分野で長い歴史を持っていると の代表選手を輩出するようなトップチームを持つ いってよい 32 。SCORE は複数スポーツを用いて、様々な地 育の枠組みに則している点で、主に NGO が実践 域で個別に組織的なスポーツ活動を行うことを支 主体となり多様な社会開発目的にスポーツを利用 33 。このような違いはあるものの、どちら する側面の強いグローバルな「スポーツと開発」 も地域でスポーツを育てることを通じて地域を育 の流れとは一線を画している。もちろん派遣され てるという意味では共通したアプローチであると た隊員レベルではスポーツ指導に止まらない社会 いえる。 「ツール」としてのスポーツという側面が 開発的アプローチが取られてきたケースもあるだ 強調されすぎてしまうことで、時間的・人的コス ろうが、任期付きの派遣プログラムでは継続性を トを惜しまずじっくりと土着のスポーツを組織化 担保することは難しい。 援する 37 。しかし国によるスポーツ・体育教 一方、スポーツを通じた国際協力を目指す NGO することがもたらす開発への貢献を見過ごしてし まうことが危惧される。 の活動も少数だが存在する。有森裕子氏が主宰し 18 て 1998 年からカンボジアや東ティモールへの援 助活動を展開するハート・オブ・ゴールド 38 第一に、絶対数として「スポーツと開発」に関 は、 わる団体が限られている。 もちろん上記で全てを その先駆けと言ってよい。2000 年代に入ると、 網羅したとは到底断言できないが、未だ数えるほ 2002CLUB Afghan-Project が、2002 年 W 杯を期 どであることは確かである。第二に、多くの取り にアフガニスタンのカブールでのパブリック・ビ 組みはファンドレイジングまたは集中的なイベン ューイングとサッカー大会の開催、東南アジア諸 ト開催型で、実行組織として日常的で継続的なプ 39 。イスラ ログラム提供を行うに至っていない。第三に、被 エル・パレスチナ・日本の青少年の交流を進める 援助国側を拠点とするプログラム提供型の NGO ピース・フィールド・ジャパンは、2003 年に行わ との提携も進んでいないようにみえる。第四に、 れた 3 国の子どもたちによる親善サッカーを切掛 そもそもスポーツの利用価値として、―集客力‖と けに翌年設立されたピース・キッズ・サッカーを 社会的弱者のスポーツ参加の促進に止まらない多 40 。アフリカで野球産業を育成す 様な社会開発プログラムをデザインする可能性が 国へのサッカーボールの寄贈を行った 前身としている ることを目指すアフリカ野球友の会も 2003 年に 設立されている 41 。 2005 あるという認識が浸透していないように思われる。 年にアメリカで発祥した ファンドレイジング・イベントであるワールド・ 4.むすび-実行組織型 NGO の包括的研究にむ スイム・アゲンスト・マラリアは 2008 年以降日 けて 本に事務所を構える 42 。2007 年には、国連難民高 以上、2000 年代以降の急速な主流化により「ス 等弁務官事務所(UNHCR)から要請を受けた NPO ポーツと開発」に対するグローバルな関心が高ま 法人バレーボール・モントリオール会がネパール ったことに伴う様々な懸念について論じてきた。 の難民キャンプでバレーボール教室を行った様子 元々草の根でじっくり時間と手間をかけて育て上 が、テレビ朝日の番組として放映された 43 。 げられた先駆的で内発的な事例と比べて、近年の 日本にベースをおきながら国内外でスポーツに 傾向は、援助する側の外発的な論理優先、メガイ よる社会貢献を実践、支援する団体をネットワー ベント依存による一過性、スポーツの過度な「ツ ク で つ な ぐ 活 動 と し て 2010 年 か ら Sport for ール化」といったリスクを孕んでいる。もちろん Smile が活動を開始しており、2011 年 9 月 1 日に 資金や技術面での援助や協力の機会が増加するこ 最初のイベントとして第 1 回 Sport for Smile ラ とは、実行を担う NGO の存続や発展にとって望 ウンジが行われた。Sport for Smile は将来的には ましいことでもある。そうした援助や協力が実効 Good Practice の表彰を視野に入れている 性を持つためには、支援を受ける側で展開される 44 。ま た 、 2008 年 に は 中 田 英 寿 氏 が Take Action プログラムの有効性が問われなければならないが、 Foundation を立ち上げていることや、2010 年に 一部の「成功例」の陰に隠れた大多数の実行組織 おける Sony の活動については、既述の通りであ の実態は明らかにされていない。日本からも企業 る。 や NGO による「スポーツと開発」への参入の流 このように、日本における「スポーツと開発」 れが芽生えているが、日本の企業や市民の潜在力 の展開は、2000 年以降の拡張、メガイベントを機 を正しく生かすためにも支援先となる実行組織の にした発展、ネットワーキングと表彰機関の設立、 実態やあるべき姿が明らかになることが望まれる。 著名なアスリートの関与、グローバル企業の参入 「スポーツと開発」の実行を主に担う NGO の など、グローバルな主流化の過程と類似した特徴 実態を解明するために、主に 2 つの研究の方向性 を示している。しかし、次の点でグローバルな潮 が考えられる。1 つは、ミクロな事例研究を地道 流からは遅れを取っていると言わざるを得ない。 に蓄積していくことである。多くの評価研究はド 19 ナーからの委託で行われるため、既にある程度知 Programmes and Broad Gauge Problems? れ渡った事例が対象となりがちである。しかし本 International Review for the Sociology of Sport 来は、ドナーを獲得するのにも苦労しているよう 45(3): 295-314. な活動の実態こそ解明しなければならない。 5. Mathare Youth Sports Association. MYSA KENYA <http://www.mysakenya.org/> 29 Aug. もう 1 つは、マクロな傾向を量的に把握するこ とである。世界に存在する「スポーツと開発」関 2011; SCORE. SCORE: Changing Lives 連 NGO をデータベース化し、全体の傾向を分析 Through Sports. <http://www.score.org.za/> 29 す る こ と で あ る 。 現 在 IPSD Aug. 2011; Right to Play. Right to Play や streetfootballworld により、実践者のネットワー International . キングを促進するためのプラットフォームの整備 <http://www.righttoplay.com/International/Pag がある程度進んでいる。しかし目的がネットワー es/Home.aspx> 31 Aug. 2011; Magic Bus. キングであるため、統計的分析に堪えるものでは ABOUT MAGIC BUS . ない。そこで筆者は、彼らの集めた情報を軸にし <http://magicbusindia.org/magicbus/> 29 Sep. ながら Web ベースでの調査を行い、データベース 2011; Moving the Goalposts. Moving the として整理することを目指している Goalposts Kilifi Kenya: a Girls Youth Sports 45 。 and Development Organization . 「スポーツと開発」の主流化は、スポーツが実 効性のある社会改善プログラムをデザインする際 <http://www.mtgk.org/> 31 Aug. 2011. の構成要素として有効でありうるという認識が浸 6. UN Inter-Agency Task Force on Sport for 透する契機である。拡大する実践を正しく方向づ Development and Peace (2003) Sport for けるための、知の蓄積が急がれる。 Development and Peace: Towards Achieving the Millennium Development Goals . United 注 Nations. 1. 国際開発分野におけるスポーツの利用を意味す <http://www.un.org/wcm/webdav/site/sport/sha るフレーズとして―sport and development‖ red/sport/pdfs/reportE.pdf> 5 Sep 2011. ―sport for development (and peace)‖ ―sport in 7. UNOSDP. Sport for Development and Peace: development‖ ―development through sport‖等の the UN System in Action . 英語表記があるが、それらの総称として本稿では <http://www.un.org/wcm/content/site/sport/hom 「スポーツと開発」と表記する。 e> 31 Aug. 2011. 2. Young, K. M. (2010) Sport, Peace, and Social 8. SDP IWG (2008) Harnessing the Power of Development: Cautions from an African Slum, Sport for Development and Peace: 日本運動・スポーツ科学学会専門分科会国際健 Recommendations to Governments . United 康・スポーツ分科会第 8 回大会基調講演, 2010 年 Nations. 8 月 7 日(土)・8 日(日)JICA 九州。 9. Swiss Academy for Development. 3. United Nations. United Nations Millennium sportanddev.org: The International Platform Development Goals . for Sport and Development . <http://www.un.org/millenniumgoals/> 31 Aug. <http://www.sportanddev.org/en/index.htm> 31 2011. Aug. 2011. 4. Coalter, F. (2010) The Politics of 10. streetfootballworld. Home – Sport-for-Development: Limited Focus streetfootballworld . 20 <http://www.streetfootballworld.org/> 31 Aug. 18. Young, K. M. (2008) Defiance under Fire: 2011. Sport, Peace, and Naivety, Sport and Society at 11. Peace and Sport. Peace and Sport . the Crossroads 5th World Congress of ISSA . <http://www.peace-sport.org/> 31 Aug. 2011; 26-29 July 2008, Kyoto, Japan. Beyond Sport. Beyond Sport . 19. Peace and Sport, op. cit.; Beyond Sport, op. <http://www.beyondsport.org/> 31 Aug 2011. cit. 12. Ian Thorpe‘s Fountain for Youth. ―About us: 20. 中国も政府間援助においては「被援助」側で Ian Thorpe‘s Fountain for Youth.‖ Ian あるが、2008 年夏季オリンピック北京大会を期に Thorpe‘s Fountain for Youth . 中国に対してスポーツを通じた開発援助が盛り上 <http://ianthorpes-fountainforyouth.com/about- がった様子はない。 「スポーツと開発」が西欧的価 2> 31 Aug. 2011; Take Action Foundation (2011) 値観に基づいて旧植民地諸国との関係の上に成り 『財団概要:趣旨と目的| Take Action 立っている可能性について別に分析が必要である。 Foundation』 21. 一つ一つの施設規模がフットサルコート一面 <http://www.takeactionfoundation.net/about/in 程度でありすぐ周辺の地域にしか供さないことを dex.html> 31 Aug. 2011 考えると、この数字の評価は分かれるだろう。参 13. Right to Play, op. cit. 考として、ローカル NGO の SCORE が南アフリ 14. UK Sport. ―UK Sport International.‖ UK カのスラムに合計 45 ヵ所の施設を整備してきた Sport. ことを指摘しておく(SCORE, op. cit.)。 <http://www.uksport.gov.uk/pages/uk-sport-int 22. Sony Japan.―Sony Japan|スペシャルプロジ ernational-what-we-do/> 31 Aug. 2011. ェクト|プロジェクトリスト|Dream Goal 2010‖ 15. The Deutsche Gesellschaft für Technische Sony Japan. Zusammenarbeit GmbH (German Technical <http://www.sony.co.jp/SonyInfo/csr/ForTheNex Cooperation)の略。2011 年 1 月 1 日に the tGeneration/contentslist/dreamgoal2010/index. Deutscher Entwicklungsdienst (DED) gGmbH html> 4 Sep 2011. (1)上述のパブリック・ビュー (German Development Service)及び Inwent – イング、(2)オリジナルボールの開発および寄贈、 Capacity Building International, Germany と組 (3) 55 試合 15,000 人の子どもたちの無料招待、(4) 織統合され、the Deutsche Gesellschaft für シャコナ―We Can Do It‖プロジェクトの 4 つのプ Internationale Zusammenarbeit (GIZ) GmbH ロジェクトからなる。(1)は 2 ヵ国 15 ヵ所で と改称した。(<http://www.giz.de/> 3 Sep. 2011.) 24,000 人の参加者を集め、そのうちの 4,800 人が 16. 鈴木直文 (2011) 「南アフリカにおける『ス エイズ検診を受けた。2011 年の Beyond Sport ポーツと開発』への 2010 年 FIFA ワールドカッ Award コーポレート部門最終候補にノミネート プの影響」 第 20 回日本スポーツ社会学会大大会、 されている(Beyond Sport, op. cit.)。 成蹊大学、2011 年 6 月 25-26 日; Suzuki, N. (2011) 23. 2011 年 9 月 1 日の第 1 回 Sport for Smile ラ Lasting legacies, or cherished memories? The ウンジでのプレゼンテーションより。Sony はパ impact of 2010 FIFA World Cup onto the ‗sport ブリック・ビューイングで使用した機材の現地で for development‘ practices in South Africa. の継続利用等、継続性には一定の配慮をしている。 ISSA World Congress for the Sociology of Sport , 24. 2010 年 12 月 10 日実施のインタビューより。 12-15 July, Havana. 25. 2010 年 11 月 17 日実施のインタビューより。 17. Coalter, F. (2010), op. cit. 26. 2010 年 11 月 23 日実施のインタビューより。 21 27. Pillay, U. and Bass, O. (2009) Mega-Events 36. Coalter (2010), op. cit. as a Response to Poverty Reduction: the 2010 37. 斉藤一彦・渡部鐐二・岡田千あき(2011) 「開 World Cup and Urban Development, in U. 発途上国のスポーツ教育事情に関する研究―青年 Pillay, R. Tomlinson and O. Bass (eds.) 海外協力隊の派遣動向に着目して―」日本運動・ Development and Dreams: the Urban Legacy of スポーツ学会国際健康・スポーツ分科会第 9 回大 the 2010 Football World Cup . Chapter 5, pp. 会 2011 年 9 月 3,4 日、JICA 横浜。 76-95. HSRC Press: Cape Town. 38. ハート・オブ・ゴールド『特定非営利活動法 28. UN Inter-Agency Task Force on Sport for 人ハート・オブ・ゴールド国際協力 NPO Hearts of Development and Peace, op. cit. Gold』 <http://www.hofg.org/jp/> 5 Sep. 2011. 29. Coalter, F., Allison, M. & Taylor, J. (2000) 39. 2002CLUB Afghan-Project. 2002CLUB The Role of Sport in Regenerating Deprived Afghan Project . Areas , Edinburgh: Scottish Executive Central <http://www.peace-design.net/afghanproject/in Research Unit; Crabbe, T., Bailey, G., dex.htm> 5 Sep. 2011. Blackshaw, T., Brown, A., Choak, C., Gidley, B., 40. ピース・フィールド・ジャパン『認定特定非 Mellor, G., O'Connor, K., Slater, I. & Woodhouse, 営利活動法人ピース・フィールド・ジャパン』 D. (2006) Knowing the Score: Positive Futures <http://peace-field.org/index.html> 5 Sep. 2011. Case Study Research: Final Report , London: 41. アフリカ野球友の会『あなたにもできるアフ Home Office; Nichols, G. (2007) Sport and リカ支援 アフリカ野球友の会』 Crime Reduction: The Role of Sports in <http://www.catchball.net/> 5 Sep. 2011. Tackling Youth Crime , London: Routledge 等。 42. World Swim Against Malaria 日本事務所『ワ 30. 2010 年 11 月に南アフリカで行った現地調査 ールド・スイム・アゲンスト・マラリア 2011』 より。 <http://www.worldswimagainstmalaria.com/def 31. 同上。 ault_ja.aspx> 5 Sep> 2011. 32. 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