2016年3月(PDF)

K E N C H I K U T O K YO
Vol. 52 | No. 617
2016
3
T O K YO S O C I E T Y O F
ARCHITECTS & BUILDING ENGINEERS
建 築
東 京
CONTENTS
01 オープン・カフェ
三井所 清典
会 員 建 築 士 の 皆さん が 木 造 建 築 に 取
組むことを願う
02 インフォメーション
04 近 代 化 遺 産のカタチ 154
増田 彰久
旧小笠原伯爵 邸
06 建 築むしめがね 177
下村 純一
アム・シュタインホフの 聖レオポルド
教会堂 そのⅠ
08 C P D 技 術講 座
林 芳成
建築外装材・エンジニアリング 講 座
外壁ルーバー風切音防止
(対応策)
( 第2回 / 全10回 )
09 うごき
竹田 精次郎
ベトナム建築事情とKUME DESIGN
ASIAの7年
12 編 集 後 記 /執筆者紹介
<広告目次>
OPEN
CAFÉ
会員建築士の皆さんが木造建築に取組むことを願う
( 公 社 )日 本 建 築 士 会 連 合 会 会 長
三井所 清典
(公社)
日本建築士会連合会では、現在非住宅の木造建築の普及に努めて
います。建 築 士がこれまで鉄 骨 造や RC 造で設 計していた公 共 建 築をはじめ、
店 舗やオフィスビルを木 造でも設 計できるようになることが期 待されているので
す。今から 6 年前の平成 22 年に公共建築物等の木造化・木質化を促進する
法律が成立し、施行されています。この法律は衆議院でも、参議院でも反対者
は一 人もなく成 立した法 律です。日本の森 林の樹 木が伐 採と植 林、育 林の循
環で活 性 化し、炭 酸ガスを吸 収し固 定する効 果を期 待する環 境 的 視 点と国 産
材を活用することで地域の経済が活性化する効果を期待する経済的視点で作
成された法 案だったので、それが全 国民の願いであると思えば、私たち建 築 士
には木造建築に取組むことが求められていることになります。
建築士会連合会では、どのような普及教育活動をすべきか、3 年程前から模
索していましたが、昨年 10 月に講習会用テキストがまとまりました。
「 中大規模
木造設計セミナーテキスト」です。昨年 11 月から各建築士会が企画して講習会
を実施しています。東京は会員も多いので、東京建築士会が、何回も講習会を
開催し、木構造に親しみ、木造建築を設計できる建築士を大勢輩出することを
期待しています。テキストを用いながら DVD 講習も可能になっています。
そのテキスト作りを担当した稲山正弘東京大学大学院教授や木構造のベテ
ラン山辺豊彦さんを含むタスクフォースのチームでテキストがほぼ完成した昨年
8 月、新国立競技場の屋根を木造で設計することに挑戦しました。目的は白紙
撤回後に新しい建設条件を検討している「 新国立競技場整備計画再検討のた
めの関係閣僚会議 」
( 議長遠藤利明五輪担当大臣)に日本建築士会連合会と
して木造で屋根を構築する技術を応募条件から排除しないようにして欲しいとい
う願いを届けることでした。まず構造的に実現可能と確認でき、防耐火性や耐
久性の検討、全国 47 都道府県の森林から木材を調達し、全国各地で製材し、
集 成 材とし、プレカット工 場でトラスの部 品として製 作して、東 京に集め、現 地
で組立てるという構想でシミュレーションしてみました。建設の実現性も大いにあ
ると確 認できました。そして木 造 屋 根は① 大 量の木 材を都 市に固 定してエコロ
ジーである、②市場に流通する材を活用すればエコノミーである、③大きな木造
屋根は日本の木の文化を象徴する、④全国各地の木材関連産業が活かされ地
方創生につながる、⑤全国のプレカット工場や集成材工場の協働で工期が短
縮できる、⑥ 競 技 場をキッカケに木 造 化が進み木 材 利 用が促 進されるという6
つの意義があり、日本の木の文化を世界に発信し、サステナブル建築を指向す
る地球環境保全重視のスタンスを世界にアピールできるとまとめました。そして
「 新国立競技場
“屋根
8 月 25 日に遠藤利明五輪担当大臣に直接お会いして、
構 造の木 造 化 ”
に向けた提 言 ―スポーツの杜に架ける日本の技・日本の屋 根
―」
を届け、詳しく説明する機会をいただきました。提言は副議長である下村博
文文部科学大臣と太田昭宏国土交通大臣(当時)、さらに林芳正農林水産大
臣 等 関 係の方々や部 局にも届けました。翌日は記 者 発 表を行って活 動を社 会
化しました。テレビや新聞で御覧になった人も多いと思います。さらに有力な応
募者になると推測されるゼネコン大手 5 社を訪問し、提言の主旨と内容を説明
し、応 募に際しては、一 度は木 造 屋 根を検 討していただくようお願いしてきまし
た。応 募 結 果については国民がよく知っている通りです。A 案、B 案の両 案は
殆ど同点といってよい評価と思いますが、木造振興の主旨からは A 案が選定さ
れたことを喜ばしく思っています。
新国立競技場建設を契機として、木造化・木質化が普及すると確信していま
すが、東京建築士会会員の建築士の皆様が真剣に木造に取組まれることを期
待します。
表 2 /建築資料 研 究 社
表 4 /総合資格 学 院
2016.03 KENCHIKU TOK YO
01
会員証・請求書送付及び会費自動振替引落のお知らせ
平成28年度会員証( 正・準会員 )及び請求書を3月中旬に発送予定
です。ご確認のうえ、お払込み頂きたくお願いいたします。口座自
平成28年二級・木造建築士試験日程
●試験日
二級建築士:学科 7月3日(日) 製図 9月11日(日)
動引落を行っている方は 、4月5日(火)ご指定の口座からお引き落
木造建築士:学科 7月24日(日) 製図 10月9日(日)
としさせて頂きます。何卒、よろしくお願い申し上げます。その他
●インターネット申込
詳細は、会員証・請求書に同封の案内をご参照ください。
・受付期間 3月22日(火)10:00~3月29日(火)16:00
・URL http://www.jaeic.or.jp/
ブリッジ連続講座Vol.11「塗」
~塗料の歴史と最新のトレンド~ ●受験申込書配布 3月7日(月)~4月11日(月)9:30~17:00
2単位
●郵送受付期間 3月14日(月)~3月29日(火)
(消印有効)
[日 時]3月15日(火) 15:00~17:30
●対面受付期間 4月7日(木)~4月11日(月)10:00~17:00
[場 所]日本ペイント東京事業所 センターAホール
●東京都配布及び対面受付場所 (一社)東京建築士会
(土日祝日を除く、但し対面受付期間の4月9日・10日は配布)
(品川区南品川4-1-15)
[定 員]50名(定員になり次第締切)
※詳細は、
(公財)建築技術教育普及センター又は東京建築士会ホーム
[参加費]本会正会員・準会員、新規合格者 1,000円
ページをご参照ください。
一般 2,000円
建築士のビジネスとしてのマンション再生連続セミナー
第3回 いまリフォームが建築士を求めている。 3単位
建築士試験監理員登録のご案内
毎年多数の登録会員の皆様にご協力を戴いております 。本年も下
記の通り新規募集を行います 。下記要件で協力希望の方は是非ご
講 義 1 建築士職能に期待する住戸リフォームの現状
登録をお願いします。ただし、希望者多数の場合は本年の協力依頼
が出来ない場合もありますのでご了承願います 。なお 、20年以降
藤木 賀子(株式会社インテリックス空間設計)
講 義 2 建築士だから回避できた住戸リフォームのトラブル
に監理員協力された方は 、登録済ですので今回のご登録は不要で
す。本年の試験協力依頼については、後日ご連絡させて頂きます。
重原 信明(三井不動産リフォーム株式会社)
[日 時]3月24日(木)13:30~16:30
[日 時]7月3日(日)又は7月24日(日)8:15~18:30頃
[場 所]東京建築士会会議室
[業 務]学科試験問題・解答用紙の配布・回収。試験室内の監理
[定 員]100名(定員になり次第締切)
[会 場]都内 本会より指定
[参加費]本会正会員・準会員 3,000円 一般 5,000円
[謝 金]17,000円程度
[資 格]1.本会正会員で1年以上の入会歴を持つ方。
これから始める地域建築士
~コミュニティアーキテクトVol.2 3単位
[日 時]3月26日(土)14:00~17:00
[場 所]東京建築士会会議室
[定 員]25名(定員になり次第締切)
[参加費]本会正会員・準会員、新規合格者 2,000円
一般 3,000円
第2回 これからの建築士賞
多様な分野における建築士ならではの新しい動きに光を当て 、
都市と建築に関わる近年の活動や業績で 、設計監理 、施工 、行政 、
教育 、まちづくり 、発注など建築士としての多様な立場を通じて
行った未来につながる社会貢献に対して 、その活動・業績を担っ
2.本会専攻建築士登録者、またはCPD制度参加申込者。
3.健康で秘密の保持と厳正な監理の出来る方。
(受験関係者の方はご遠慮願います)
※全ての資格を満たす方
[登録方法]E-mail又はFAX等にて、監理員登録希望と明記の上、
「会員番号、氏名、勤務先名、電話番号、自宅住所、E-mail」
を記入頂き、本会までお申込願います。
[応募期限]4月末日
なお、6月22日(水)
(18時開始、本会にて)平成28年学科試験監理
員説明会を実施します。別途ご連絡しますが是非ご参加ください。
第85回すまいろんシンポジウム
リノベーションによるエリアの再生
た建築士もしくはそのグループ顕彰し 、広く世の中に伝えようと
[日 時]4月13日(水)14:00~17:00
するのが「これからの建築士賞」の目的です。
[会 場]AGCスタジオ(中央区京橋2-5-18 京橋創生館2階)
[応 募 資 格]原則として建築士もしくは建築士を含むグル—プで、
活動のベースが東京にあること。
[提 出 期 限]2016年4月11日(月)必着
東京三会建築会にて「 建築設計にかかる契約手続きについて 」の
要望書を東京都、都議会自民党へ提出いたしました。詳細は、本会
HPをご参照ください。
[参加費]無料
[定 員]50名(申込順)
[申 込]4月8日(金)締切
下記ページ中のフォームよりお申込ください。
http://www.jusoken.or.jp/symposium/sumaisympo.html
[問合せ]一般財団法人 住総研
TEL 03-3484-5381/FAX 03-3484-5794
はCPDの認定単位数 認定研修では会場受付の名簿に記名ください。CPDシールの配付はありません。
本会主催の催し物の詳細は東京建築士会ホームページ又は挟み込み広告をご参照ください。 http://www.tokyokenchikushikai.or.jp/
02
KENCHIKU TOK YO 2016.03
建 築 外 装 材・エンジニアリング 講 座
外壁ルーバー風切音防止(対応策)
(第 2 回/全10回)
旭ビルウォール株式会社 環境材料事業部 林 芳成
風切音は、風や材料のパラメー
き下し方 向 の 角 度は必ず 変 化さ
となる形状を特定し、改良策の効
い。流れのシミュレーション、騒音
ンテーブルが必要であり、試験体
る。しかし、音や振動が 発生した
ターにより行 うことが できても、
細かな角度設定が 可能な事が 望
る風速や風向角が特定されること
試 験 体の模 型の精 度も重 要で
境と照らし合わせて、ルーバーの
発生を予測、判定することが難し
伝播シミュレーションはコンピュー
風 切 音 の 発 生 を 直 接 シミュレー
ションする手法は未確立である。
した がって、ルーバーによる風
切 音 の 発 生を事 前に評 価するに
設 置 部 位 がその 風 速、風 向 角に
ある。精度が悪いと流れに乱れが
なる頻度が十分に小さい場合は、
生じ、音が発生しにくくなり、正し
合 は、材 料 の 剛 性、密 度、固 定
風切音や振動のリスクは小さいと
とらえることができる。
ルーバーの 振 動 を 評 価 する 場
風洞実験を行うことが出来ない
場合は、風切音が発生しないこと
条 件によって固 有 振 動 数 など が
が確認されている製品を採用する
変 化 するの で、材 料を実 際と合
実寸法が大きく影響し、縮小模型
わ せ、できるだ け 実 際 の 支 持 方
か、ルーバー設 置 部 にネットなど
とが 必 要である。したがって、実
がある
(図-3)。ルーバーに加速
げる方法が考えられる。
使用し、低騒音の施設であること
動の状況を測定するとともに、打
ではなく、実物大の模型で行うこ
技術講座
が重要である。建物まわりの風環
ましい。
実な方法である。
ことは、音の発生には部材断面の
場合でも、実験によって問題とな
から受ける荷重に十分対応でき、
い評価ができない。
風洞実験を行うにあたり重要な
果を確認できることがベストであ
せて実験する。風洞施設にはター
は、風洞実験を行って風切音発生
を確認することが、現在、最も確
CPD
発生が確認された場合、その原因
横ルーバーの場合は吹き上げ、吹
タが 複 雑 に 関 係し、事 前 に 音 の
験を行うには、大型の風洞設備を
が 望ましい( 図-1、図-2)。実
い も の に 交 換 で きれ ば 良 い が、
を把 握する。また、表-1 の 式に
後 に 設 置し て、ルーバー部 分 を
取 付 高さに 応じて 決 定 する。共
より、ルーバーを 両 端 単 純 支 持
風 速 範 囲 が 狭 い ので、見 逃さな
いためには風速の刻み幅を 2 m/
s 程度とするのが良い。風向角は
縦 ルーバーの 場 合 は 水 平 方 向、
生してしまった場合は、音が 出な
撃 試 験により材 料の固 有 振 動 数
を測 定し、共 振 が 発 生 する条 件
鳴、共振が起こる場合、発生する
設 置 後にルーバー風 切 音 が 発
度センサーを取付け、風による振
験 する 風 速 は 5 m/s から 30 m/
s 程 度 が 一 般 的 で、ルーバーの
の遮蔽材を設置し、通過風速を下
法と一 致させた 実 験をする必 要
遮蔽材やメッシュ等をルーバー背
風 が 抜 け な い ようにすることで
解 決する場 合もある。いずれも、
梁として 固 有 振 動 数とカルマン
建物竣工後の対応は多額の費用
渦 の 周 波 数を求 め、共 振 が 起こ
と時 間 が 必 要となるた め、設 計
る風 速 の 見 当をつ けることが 可
時 点で 事 前 確 認を行うことが 重
能である。
要である。
実験によって、風切音や振動の
図−1 H2.3×W3.0m 風洞でのルーバー実験例
図−3 大型風洞による長尺ルーバー風洞実験
2
f1 =
2 l2
f = St
d:
f1 :
I:
w:
図−2 大型低騒音風洞でのルーバー風洞実験
08
KENCHIKU TOK YO 2016.03
EI
w
0.5
(1)
U
d
(2)
[m] E :
1
2
2
[kg/m ]
0.5
2
[Pa]
[Hz],
f2
[m4]
l:
St :
4f1,
f3 =
f:
[Hz]
9f1
[m]
0.15
表−1 ルーバー振動に関わる要素と関係式
U:
[m/s]
ベトナム 建 築 事 情と K U M E D E S I G N A S I A の 7 年
K UME DESIGN A SIA 取締役社長
竹田 精次郎
1 . ベトナムの戦後から今日まで 昨年はベトナム戦争終結後 40 周年の記念の年であった。ホーチミン市(旧サイゴン)では盛大な祝賀軍事パレードが行われ、テレビではサイゴン
解放の瞬間を記録した映像が繰り返し流された。1975 年 4 月 30日、ベトナムは 1884 年のフランスによる植民地支配以来長く続いた戦争の歴史に
終止符を打ったのだ。
その後も国境を接するカンボジア、中国との争いはあったが、1991 年には各国との関係正常化を実現し、社会主義型市場経済を目指すドイモイ
(刷新)政策の導入により経済発展の道を歩み始める。1995 年にはアメリカとも和解し、同時に ASEAN 加盟を果たした。
今日ベトナムは ASEAN 諸国の中でも際立って勤勉な国民性と豊富な若年労働者層により、日本をはじめ多くの国から投資を集めている。そして
いくつかの調査(* 1)
によれば、最も親日的な国として日本との極めて強いつながりを持つ国となっている。
私は 2009 年 3 月以来、日本から首都ハノイに生活の場を移し設計活動を続けてきた。いくつかのプロジェクトが実現し、スタッフも少しずつ育って
きた。しかしこの間の道のりは決して平坦なものではなかった。いやむしろ2010 年からの 2、3 年間は不動産バブル崩壊(* 2)の渦の中にいたと言っ
てもいい。
現在ベトナム建築界はその低迷からの回復期にある。中断し放置されていた工事現場に作業員の姿が戻ってきた。新規の大型プロジェクトの立ち
上げも次々と発表されている。私たちKUME DESIGN ASIAもようやく新しい成果を手にし始めた。
<注>
*1 :
「ジャパンブランド調査2015」 電通News Release、2015年6月22日 「アジア10カ国の親日度調査」アウンコンサルティング株式会社、2015年7月15日
*2 :
「底ばい状態が続くベトナム経済」 伊藤忠経済研究所、2013年5月7日
2.K UM E D E S IGN A S IA の 7 年 < 2009 年~10 年>
久米設計は 2009 年 1 月にベトナム政府から設計業としての投資許可を取得し
100%出資の現地法人 KUME DESIGN ASIA(KDA)
を設立、3 月にハノイ
とホーチミンにオフィスを開設した。当初日本人 3 名、ベトナム人 3 名でのスタート
となった。
当時のベトナムは不動産投資が活発に行われ、建築界は一時の好景気に沸
いていた。KDAも開業してすぐに、ハノイ郊外で建設が始まった Ecopark 高
層住宅の設計業務を受注し、本社、現地法人の総力を挙げて設計に取り組ん
だ。この延べ 16 万 ㎡、1 , 600 戸の大規模プロジェクトはその後の不動産不況
KDA最初の大型プロジェクト、Ecopark 高層住宅(2009年∼2014年)
の影響で工事がスローダウンし、当初の予定から2 年遅れの 2014 年末に全棟
が完成した。
設計から建設までの過程は想定以上に日本とは異なる環境の下で困難の連
続であったが、西日を避け全住戸の自然通風を考慮したプランニングや、住民
共有の庭としての変化に富んだランドスケープが高い評価を受け、2015 年度
ベトナム国家建築賞外国人部門優秀賞を受賞することができた。
< 2011 年~13 年>
実施を前提としたプロジェクトが減少し、外国から投資家を呼ぶための打ち上
げ花火としてのコンペや、将来の開発に備えたマスタープラン作りに力を注がざ
るを得ない時期であった。しかしそれらを通じてスタッフの能力を一気に高める
ことができた。自分たちでアイデアを出し、相手に説明し共感を得るための表現
の技術が個々の中にだけでなくKDA 自体に蓄積された。毎日締切に追われる
今から考えれば、体力を養ういい時期だった。KDA の土台が固められた。
ハノイ中心部のタイ湖畔に計画された複合施設、国際コンペ1等案
(2011年)
またこの間、KDA 設 立 以 前に日本で設 計した 2 つのホテルがホーチミンに
オープンし、オーナー、ホテルオペレーターに加えユーザーからも旅行サイトな
どで高い評価を得た。それによりその後の複数のホテルプロジェクトの受注につ
ながった。
長いトンネルの出口に近づき、希望の光が見えてきた。
< 2014 年~>
2014 年は 2 つのプロジェクトの受注とともに始まった。一つはベトナム最西
端フーコック島でのリゾートホテル、もう一つはハノイ近郊の大規模住宅開発の
中の約 1 , 000 戸の低層住宅群の設計だった。
ホーチミン市中心部の造船工場跡地開発マスタープラン
( 2013 年)
2016.03 KENCHIKU TOK YO
09
そしてフーコックは極めて順調に進捗し今年 1 月にオープン、低層住宅群は
一部がまもなく完成する。
ホーチミンオフィスではベトナム中部ホイアンでのリゾートホテルのインテリア
設計を完成させ、当社の得意分野である民間病院の設計なども進んだ。
ハノイでも工事が中断していた躯体を活かし都市型ホテルとして再生させるプ
ロジェクトが 2 件進行中である。
これらはすべて欧米やシンガポール、タイに拠点を置く設計事務所との競争
により得た。ベトナムの発注者は設計者選定には慎重かつ巧みな交渉術を駆使
してくる。単に強い親しみの対象としての国から来たというだけでは太刀打ちで
きない。日本の高い技術力を背景にしながらも、この地に根を張って、誠実に、
高いレベルの仕事をしているという評価の積み重ねが次の仕事につながるもの
と信じ日々の業務を続けている。
Hotel Nikko Saigon インテリア設計( 2008 年∼2011 年)
3.海 外で設計をするということ <ワイン造りにも似て>
日本の建築家も昨今は様々な形で、海外で設計をする機会は増えているよう
に思う。中にはいわゆるコンセプトだけの設計も多く、基本図を作ればあとは現
地の人の手でそれなりのものが実現する。デベロッパーもそれで手軽に外国ブ
ランドが手に入るのでお互い好都合だ。
ワインを造るにもブドウの苗木を植えてから収穫まで最低 3 年かかる。気候や
土質との相性を探りながら、十分な糖度が出るまで栽培の仕方をいろいろ工夫
していれば満足できるワインが完成するまで 20 年はかかるという
(* 3)。
同じようにその国の風土や人々の習慣、文化の違い、建築産業の仕組みや
商習慣の違いまでを知ろうとしたら簡単なことではない。しかし建築家として外
市内中心部の5スターホテル Pullman Saigon Center
( 2008 年∼ 2013 年)
国で仕事をしようと思ったなら、それらは避けて通れない。
<注>
*3 :
「女性醸造家の渾身のワインに世界が驚嘆した」 東洋経済ONLINE、2015年10月9日、12日
<文化は理解できない>
外国の文化を理解する、とひとことで言っても簡単なことではない。まずは言
葉を少しでも学ぶ必要があるだろう。その上で経験や努力により他国の文化が
理解できるかといえば、外国人である限り、完全には無理だと思う。
久米設計では新入社員の海外研修を毎年夏に行っている。私たちのオフィス
にも何人かの若者が来てスタッフと共に 1 週間を過ごす。そこで毎回私が最初
夕陽が美しいフーコック島のビーチリゾート Novotel Phu Quoc
( 2014 年∼ 2015 年)
に彼ら、彼女らに話すのは、町や建築を見て日本とベトナムの似ているところで
はなく、違うところを見つけて、その違いの意味を自分が受け入れられるかどう
か考えてほしい、ということだ。
確かに日本とベトナムの建築には似ている部分がある。ハノイの旧市街の住
宅には京都の町屋のような光を和らげ風を通す中庭がある。戦後の復興アパー
トのバルコニーには黒川紀章氏が提唱したメタボリズムの実践として増設され
たユニットが突き出ている。
しかしそれで日本とベトナムの文化はルーツが同じといえるだろうか。単に夏
の高温多湿の気候や住宅の狭さの解消という差し迫った問題に対し、人間の
知恵としてたまたま同じ方法を採用したというだけのことではないか。
むしろ違いに着目して、その違いを受け入れた上で、そこに自分のアイデン
ティティーを構築できるかが重要なのだ。
ハノイの大型住宅開発 The Manor Central Park( 2014 年∼)
ベトナムも日本も同じアジアの国だ。だが同じ人間なんだから必ず理解し合えるなんて思わないこと。とはいえ恐れることはない。違いが存在すると
いうことだけでも理解できれば、あとは様々な衝突や障害を乗り越えていく気力さえあれば何とかなるはずだ。
<商習慣の違いと言われても>
私たち KDA はベトナムの民間プロジェクトを中心に設計業務を続けている。このことに対し必ず出される質問は、設計フィーは回収できていま
10
KENCHIKU TOK YO 2016.03
すか、ということだ。
想像される通り容易ではない。しかし7 年間の経験から言えば、それは単に
時間感覚の違いではないかと思う。
ただこの感覚の違いは如何ともしがたい。時には机を叩くこともある。しかし
彼らはそんなことには動じない。
日本人は、と一括りで言うべきではないのだろうが、自戒を込めて言えば、概
して契約ということに関して甘い。図面を出したら必ず受領証をもらう、変更指
示は必ず文書化してサインをもらう、承認のサイン、支払いがあって初めて次の
ステップに進む。必要なのは当たり前のことを確実に行うことだけだ。
<国力から都市力へ>
最後に今後の見通しについて私見を述べたい。
日本から投資や営業展開に関し調査に来られる企業は非常に多く、当社にも
立ち寄られることがある。ベトナムはチャイナプラス 1と言って、中国以外にアジ
世界遺産ホイアンのブティックホテル、M-Gallery Hoi An
( 2014 年∼ 2015 年)
アでの進出先を考えるうえでのもう一つの国として最も注目されている国(* 4)
だからだ。
ただ私が思うに国単位で考えていては話が前に進まないのではないか。折し
も昨年末に ASEAN 経済共同体が設立され、東南アジアは人口 6 億人を擁す
る巨大経済圏となった。アジアに、ともに人口 13 億人を上回る中国とインドが
あり、加えて 6 億人の ASEAN が現れ出たのだ。これらの巨大経済圏を見てい
るだけでも圧倒されるが、私はこれからは国や大きな地域ではなく、都市に注目
すべきだと考える。
例えばカンボジアは GDP で ASEAN 10 か国中最下位だが、アンコールワッ
トのあるシェムリアップは世界 2 位の人気観光地であり
(* 5)、またインドシナ半
島の交通の要衝である首都プノンペンでは日系のビジネスホテルやショッピング
モールがベトナムより先に開業するなど、急速な発展を遂げている。
昨今さまざまな機関から「都市力」ランキングが発表されている。
ホーチミン市郊外の民間病院 Hoa Lam Hospital( 2013 年∼)
森記念財団都市戦略研究所のランキング(* 6)では対象となった世界 40 都
市中、ロンドン、ニューヨーク、パリに次いで東京の都市力は 4 位。ASEAN の
都市では、シンガポールが 5 位、イスタンブール、台北に次いでバンコクが 33
位、クアラルンプールが 34 位で 35 位の福岡を上回っている。ハノイ、ホーチミ
ンは対象となっていない。
ハノイで生活していて週末に少しでもまとまった時間が取れれば、シンガポー
ル、バンコク、クアラルンプールなどに出かけることができる。飛行機で 2~3 時
間の距離だから日本の国内旅行と似た感覚だ。それぞれの都市にはさまざまな
魅力があり人々が集まって来る。その結果ホテルが増えショッピングセンターは
賑わいを増す。それらの魅力の総合的な評価が都市力として数値化される。
シンガポールは国=都市であるが、その都市力を高めることに力を注いでい
る。街のど真ん中で F 1レースが開催され、コンベンションや巨大スタジアムが
次々に建設され、霧の立ち上る植物園が人を癒す。
今後どこに設計のチャンスが広がっていくか、それは都市力の変化を見てい
れば自ずと見えてくるだろう。
ハノイでは日本の ODA により国際線ターミナルが完成し市内への道路も整
備された。その沿道には国際展示場や大型住宅地開発の計画が進展しつつあ
る。ホーチミンでも大規模な新空港の計画が進んでいる。また両都市ともモノ
レールや地下鉄の建設が急速に進んでいる。確実に都市力が高まっていると
既存の躯体を再生、Novotel Suites Hanoi
( 2014 年∼ 2016 年)
言えるだろう。
他にも北部港湾都市のハイフォン、中部リゾートのダナンなども着々と都市力を高めている。空港、高速道路など交通インフラの整備がポイントだ。
同じように都市力の視点で ASEAN の各都市を眺めれば多くの可能性が見えてくるだろう。経済の垣根が取り払われ人の移動がより自由になって
いく。さまざまな魅力を持った都市が今後 ASEAN 各地に現れ出るだろう。
私たちKDA はベトナムから広くASEAN 全体を見通し、この 7 年間で蓄えた力を活かしてさまざまな都市の発展に貢献していきたいと考えている。
新幹線技術の輸出などの例を見るまでもなく、今後の ASEAN の飛躍的な成長が日本の更なる成熟につながる時代が既に始まっているのだ。
<注>
*4:
「2013年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」 Jetro、2014年3月
*5:
「2015 Travelers’Choice, ベストデスティネーション
(観光地)」 Tripadvisor
*6:
「世界の都市総合力ランキング2015」 森記念財団都市戦略研究所、2015年10月
2016.03 KENCHIKU TOK YO
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EDITORIAL VIEW
編 集 後 記
現在の「APEC アーキテクト」
プロジェクト
「 うご き 」は「 ベトナ ム 建 築 事 情と KUME
の参加国・地域 ( エコノミー) は14の国・地
DESIGN ASIA の7年 」というタイトルで、
域/オーストラリア、カナダ、中 国、香 港、
久米設計におけるベトナムでの活動を紹介
日本、韓 国、マレーシア、メキシコ、ニュー
する。そこには、久 米 設 計が 2009 年ベト
ジーランド、フィリピン、シンガポール、台
ナムに現 地 法 人を開 設してからの、この7
湾、タイ、アメリカ合衆国である。
ている。近 年やっとその努 力がプロジェク
ついて一定レベル以上にあると認められる
アーキテクトに対し、APEC 域 内 で の 共 通
ムの 建 築 交 流 への 地 道な取り組みに頭 が
の称号を与え、その登録を統一的に行う事
下がる。
業であり APEC 域内でのアーキテクトの流
こうした国際的な建築設計の人的交流の
動 化を促 進し、アーキテクトの国 際 的な活
環境創りへの支援制度として
「APEC アーキ
動を支 援することを目 的としている。各 国
テクト」
プロジェクトが始動している。
間の協定締結後は他のエコノミーに於ける
APEC( ア ジ ア 太 平 洋 経 済 協 力、Asia
資格取得について通常、日本の建築士に課
Pacific Economic Cooperation) は ア
せられる資格試験等の一部が免除され資格
ジア太平洋地域の21の国と地域が 参加す
取得が容易になる。現在、日本はオーストラ
る経済協力の枠組みであり、経済規模で世
リア、ニュージーランドと
「APEC アーキテク
界 全 体の GDP の6割、世 界 全 体の貿 易 量
ト2国間取決め」
を締結しており、この2国に
の約5割、世界人口の約4割を占める
「世界
ついては固有事項審査のみによりアーキテ
の貿易センター」
として、アジア太平洋地域
クト登録が可能となっている。現在オースト
の 持 続 可 能な成 長と繁 栄に向けて
「 貿 易・
ラリアで日本のアーキテクト3名がこの制度
投 資の自由 化 「
」 ビジネスの円 滑 化 「
」人間
により資格を取得し活動している。
「APEC アーキ テ クト 」プ ロ ジェクト は
久米設計の永年の労苦にも表現されてい
る通り、個々の国の“ 文 化・経 済・伝 統・価
値観の違い・建築産業や資格制度の違い”
「APEC 域 内に於ける建 築 職 能サービスの
等々を乗り越えて海外でアーキテクトとして
提供に関して建築家の移動を促進する仕組
活動することの障壁はいまだ大きい。しかし
みを構築する」
ことを目的として 2000 年に
今、一歩一歩それを越えるための環境が整
スタートし我が国では 2005 年より第1回の
えられようとしている。
審査受付けを開始した。
2016 年3月10 日発 行
定価 /7 72円
「APEC アーキ テクト」は 実 務 経 験 等 に
トとして結実しつつあるという。日・ベトナ
行っている。
3
通 巻 617号
建 築 の 国 際 化 が 加 速している。今 号 の
の安全保障」
「 経済・技術協力」等の活動を
K E N C H I K U T O K YO
第52巻/第 3号
■ 編 集 N OT E
年 間の苦 闘と成 果のドキュメントが 描かれ
建 築
東 京
斉藤 博
発 行 人:一般社団法人 東京建築士会
代表者 中村 勉
発 行 所:一般社団法人 東京建築士会
〒104-6204
東京都中央区晴海1-8-12
オフィスタワーZ 4F
[ TEL ]03-3536-7711
[ FAX ]03-3536-7712
[E-mail][email protected]
■ 執 筆者PRO FILE
〒107-0062
1939 年生まれ/1963 年東京大学工学部建築学科卒業/1968 年東京大学大学院博士課程修了
/同年芝浦工業大学講師就任/1970 年アルセッド建築研究所設立主宰/1982 年芝浦工業大学
教授就任、現在名誉教授/2005 年長岡市中山間地型復興住宅検討委員会副委員長兼作業部会長
/2005 年本会副会長/2007 年 5 月 31 日 本会会長就任、2012 年 6 月 8 日 日本建築士会連合
会会長就任、現在に至る。
東京都港区南青山6-11-1
林 芳成(はやし よしなり)
1979 年千葉生まれ/2003 年山梨大学工学部機械システム工学科卒業/2005 年山梨大学大学
院医学工学総合教育部修士課程 機械システム工学専攻 修了/2011 年山梨大学大学院医学工学
総合教育部博士課程 情報機能システム工学専攻 単位取得満期退学/同年旭ビルウォール株式会
社入社/一般社団法人日本機械学会 会員
竹田 精次郎(たけだ せいじろう)
1958 年東京生まれ/1985 年早稲田大学大学院理工学研究科修了、工学修士/同年久米建築事
務所(現久米設計)入社/以後 2009 年まで東京本社において主に学校、病院などの設計に従事/
2009 年 3 月 KUME DESIGN ASIA の設立と同時に同社設計部長としてハノイに赴任/2011
年 12 月より現職/趣味はランニング。駐在 3 年目から始め、週に 3 日は早朝のハノイの町を走っ
ている
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制 作:
(株)ケシオン
三井所 清典(みいしょ きよのり)
KENCHIKU TOK YO 2016.03
スリーエフ南青山ビル 7F
情報委員長:斉藤 博
委 員:臼田 哲男
観音 克平
小林 剛士
柴峯 一廣
千葉 修嗣
三原 斉
編 集:川村 哲也
梅津 洋佑
http://www.tokyokenchikushikai.or.jp/index.htm
建築東京
KENCHIKU TOKYO
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VOL.52 No.617 2016
第52巻617号 昭和40年3月25日 第三種郵便物許可
平成28年3月10日発行(毎月1回10日発行)ISSN 0910-2884
定価772円(会員の購読料は会費に含む)