5. Host property 表現 ···················································

5. Host property 表現 ··············································································· 2
5.1. Host property ······························································································ 2
5.2. value ········································································································ 4
5.3. 「24cm のサイズの靴」 ·············································································· 5
5.4. 「サイズが 24cm の靴」·············································································· 8
5.5. Host property 表現と OBJECT 指示表現の曖昧性 ·············································· 11
5.6. 本書で未解決のまま残している問題の一覧 ··················································· 13
5.7. この章の索引 ·························································································· 15
5.7.1. モデル全体の構成に関わるキーワード ·················································· 15
5.7.2. 概念・分析などを表すキーワード ························································ 15
5.7.3. 構文・解釈などを表すキーワード ························································ 15
5.7.4. 日本語の具体的な表現 ······································································· 15
1
(ch5-140929.doc)
5. Host property 表現
5.1. Host property
4.1 節で OBJECT 指示表現による「A の B」構文について見た。(1)のように、A と B の関連づけに
ついては、それぞれ好みはあるだろうが、様々な可能性が許されることがわかる。
(1)
a.
b.
c.
メアリの番組(「メアリが見ている番組」「メアリが出ている番組」「メアリが推薦した番
組」...)
A 社のビル(「A 社の社屋ビル」「A 社が購入したビル」「A 社が施工したビル」...)
『ヴェニスの商人』の俳優(「『ヴェニスの商人』の中に出演していた俳優」「『ヴェニス
の商人』役を演じたことのある俳優」「『ヴェニスの商人』役にふさわしそうな俳優」...)
これに対して、(2)の場合、圧倒的に1つの解釈の可能性が突出している。
(2)
a.
b.
c.
メアリの弟(「???メアリが推薦した彼の弟」)
A 社の社長(「???A 社の取引先の社長」)
『ヴェニスの商人』の演出家(「???『ヴェニスの商人』が大好きな、この作品の演出家」)
(2)で主要部になっている「弟」「社長」「演出家」などの表現は、OBJECT を指示しているものの、
その指示にあたって、別の OBJECT が軸となって指示が決定している。明らかに、「メアリの弟」と
「ジョンの弟」は、通常、別の OBJECT を指示すると理解されるだろう。この意味で「軸になってい
る別の OBJECT」は、(3)のように Host という attribute の property の value として指定されると考えてみ
よう。
(3)
{<x1,{<Name, メアリ>}>
<x3,{<Kind, 弟>, <Host, x1>}>}
以下、attribute が Host である property を Host property と呼び、意味素性に Host property を持つ表現を
Host property 表現と呼ぶことにする1。つまり、
「弟」のような表現は、Host property 表現であり、Lexicon
では(4)のように指定されているとする。
(4)
[{N}, <id,{<Kind, 弟>, <Host, ★>}>, 弟]
「メアリの弟」は(5)-(7)のように構築され、その結果、(10)のような意味表示が導かれると考えたい。
(5)
Numeration:
{<x1, [{N}, <x1,{<Name, メアリ>}>, メアリ]>,
<x2, [{J, +N, no}, φ, の]>,
<x3, [{N}, <x3,{<Kind, 弟>, <Host, ★>}>, 弟]>}
(6)
Merge base = {x1, x2, x3}
<x1, [{N}, <x1,{<Name, メアリ>}>, メアリ]>
<x2, [{J, +N, no}, φ, の]>
⇒ J-Merge
<x1, [{NP, no}, <x1,{<Name, メアリ>}>, <
<x1, [{N}, φ, メアリ]>,
<x2, [{J}, φ, の]>
>]>
(7)
Merge base = {x1, x3}
<x1, [{NP, no}, <x1,{<Name, メアリ>}>, <
<x1, [{N}, φ, メアリ]>,
<x2, [{J}, φ, の]>
>]>
<x3, [{N}, <x3,{<Kind, 弟>, <Host, ★>}>, 弟]>
1
Host property 表現は、西山 2003 の非飽和名詞に対応すると考えてよい。
西山佑司 (2003) 『日本語名詞句の意味論と語用論-指示的名詞句と非指示的名詞句-』、ひつじ書房。
2
(ch5-140929.doc)
⇒
<x3, [{N}, <x3,{<Kind, 弟>, <Host, x1>}>, <
<x1, [{NP}, <x1,{<Name, メアリ>}>, <
<x1, [{N}, φ, メアリ]>,
<x2, [{J}, φ, の]>
>]>
<x3, [{N}, φ, 弟]>
>]>
(8)
LF 意味素性
<x3,{<Kind, 弟>, <Host, x1>}>
<x1,{<Name, メアリ>}> Relate x1 to x3.
(4)のように、「弟」は Lexicon において id-slot に「id」が指定されているので、それ自身は OBJECT
指示表現である。しかし、Relate 指令については、すでに関連づけが行われた状態になっているため、
それ以上の処置が必要ない。そのため、(2)のような表現の場合、解釈にゆれが観察されにくいのであ
る2。また、Host property 表現は、次のような意味表示派生規則が適用すると考えたい。
意味表示派生規則
<xn,{..., <Kind, α>, <Host, xm>, ...}>
⇒ additional property on the Host
<xm,{<α, xn>}>
(9)
これによって、(8)の LF 意味素性は、最終的に(10)のように Host である x1 に<弟, x3>という property
を加えて意味表示を構築する。
(10)
意味表示
{<x1,{<Name, メアリ>, <弟, x3>}>,
<x3,{<Kind, 弟>, <Host, x1>}>}
このように、「弟」のような Host property 表現は、自分が指示しているわけではない OBJECT に property
を追加するという意味で、property 記述表現との共通性がある。
もちろん、Host property 表現の Host が常に発音されなければならないわけではないが、Host となる
OBJECT が同定されない場合には、Host property 表現の理解も止まることがある3。
(11)
A: このボタンは、おそらく犯人が落として行ったものだろう。
B: え、何か事件でもあったんですか。
単体で「弟」と使われている場合には、次のように zero-Merge が適用していると考えておけばよい。
(12)
<x3, [{N}, <x3,{<Kind, 弟>, <Host, ★>}>, 弟]>
⇒ zero-Merge
<x3, [{N}, <x3,{<Kind, 弟>, <Host, x4>}>, <
<x4, [{NP}, <x4,{}>, φ]>,
<x3, [{N}, φ, 弟]>
>]>
zero-Merge は「A の B」構文でも適用しないと決まっているわけではない。たとえば、次のような場合
には、主要部となっている名詞が Host property 表現であっても、関連づけに様々な可能性が許されて
おり、A が B の項として解釈されていないことがうかがえる。
(13)
a.
b.
c.
A 社の弟(「A 社が大好きな弟」「A 社に勤めている弟」「A 社を担当している弟」...)
『ヴェニスの商人』の社長(「『ヴェニスの商人』を彷彿とさせるような社長」「『ヴェニ
スの商人』の公演に出資している社長」「『ヴェニスの商人』のゲームを製作している社
長」...)
メアリの演出家(「メアリがいつも指名する演出家」「メアリをいつも指名する演出家」...)
2
もちろん、あえてゼロ代名詞を生じさせるような構築の仕方をすれば、有標の解釈も不可能ではない。
3
ただし、総称の用法は可能であるが、その場合、どのような表示になっているかは今後の課題とする。
3
(ch5-140929.doc)
さらに、(14)の「サイズ」「色」「年齢」などは、一見、OBJECT 指示表現ではないと思うかもしれ
ないが、以下では、「弟」の場合と並行的に考えたい。
(14)
a.
b.
c.
[この靴のサイズ]は、私には大きすぎる。
[あの車の色]は、目立ちすぎる。
[その女性の年齢]は、僕にはちょうどいい。
つまり、(14a)の LF 表示から取り出された意味素性は(15)のようになっており、それが(16)のような意
味表示を生むという分析である。
(15)
(14a)の[
] 部分の LF 意味素性4
<x3,{<Kind, サイズ>, <Host, x1>}>
<x1,{<Kind, 靴>}> Relate x1 to x3.
(16)
(15)に基づいた意味表示
{<x1,{<Kind, 靴>, <サイズ, x3>}>,
<x3,{<Kind, サイズ>, <Host, x1>}>}
(14a)で「この靴のサイズ」という表現によって指示されているのは、x1 という OBJECT のサイズと
いう attribute の value である。そのような value が指示されていることは、(14)が(17)のように言い換え
うることからもわかる。
(17)
a.
b.
c.
[24cm]は、私には大きすぎる。
[赤]は、目立ちすぎる。
[34 才]は、僕にはちょうどいい。
5.2. value
value を表す表現は、property 記述表現として「A の B」の A としてあらわれることが可能である。
(18)
a.
b.
c.
[24cm の靴]は、私には大きすぎる。
[赤の車]は、目立ちすぎる。
[34 才の女性]は、僕にはちょうどいい。
これに対して、Host property 表現は、最終的にはその value を指示していると考えられるにもかかわら
ず、そのままでは「A の B」の A にすると、非常に解釈しにくい表現になる5。
(19)
a.
b.
c.
*サイズの靴(≠「24cm の靴」)
*色の車(≠「赤の車」)
*年齢の女性(≠「34 歳の女性」
これまでの分析にしたがえば、(19a)の派生は次のようになる。
(20)
Numeration:
{<x1, [{N}, <x1,{<Kind, サイズ>, <Host, ★>}>, サイズ]>,
<x2, [{J, +N, no}, φ, の]>,
<x3, [{N}, <x3,{<Kind, 靴>}>, 靴]>}
(21)
Merge base = {x1, x2, x3}
<x1, [{N}, <x1,{<Kind, サイズ>, <Host, ★>}>, サイズ]>
<x2, [{J, +N, no}, φ, の]>
⇒ J-Merge
4
「この」という指示詞の部分がどのように意味表示に投影されるかについては、保留にしておく。
5
Host property 表現が OBJECT 指示表現を主要部として Merge できないわけではない。
(i)
a.
サイズの測定
b. 色の追加
c.
年齢のごまかし
ただし、(i)の意味表示をどのように考えるかは別の問題を提起する。
4
(ch5-140929.doc)
<x1, [{NP, no}, <x1,{<Kind, サイズ>, <Host, x2>}>, <
<x1, [{N}, φ, サイズ]>,
<x2, [{J}, φ, の]>
>]>
(22)
Merge base = {x1, x3}
<x1, [{NP, no}, <x1,{<Kind, サイズ>, <Host, x2>}>, <
<x1, [{N}, φ, サイズ]>,
<x2, [{J}, φ, の]>
>]>
<x3, [{N}, <x3,{<Kind, 靴>}>, 靴]>
⇒
<x3, [{N}, <x3,{<Kind, 靴>}>, <
<x1, [{NP}, <x1,{<Kind, サイズ>, <Host, x2>}>, <
<x1, [{N}, φ, サイズ]>,
<x2, [{J}, φ, の]>
>]>
<x3, [{N}, φ, 靴]>
>]>
(23)
LF 意味素性
<x3,{<Kind, 靴>}>
<x1,{<Kind, サイズ>, <Host, x2>}>
Relate x1 to x3.
この(23)の状態では、x1 と x2 は関連づけられているが、肝心の x1 と x3 は関連づけられていない。ま
た、ゼロ代名詞の場合とは異なり、Host property の value となっている x2 は、そもそも OBJECT とし
て意味素性が導入されていないものであるから、この(23)は解釈不可能ということになる。このように、
本書で提案している分析では、(19)の解釈が難しいことを、新たな仮定を追加することなく説明できる。
5.3. 「24cm のサイズの靴」
ただし、(19)は解釈不能でも、(24)ならば容認可能になる。
(24)
a.
b.
c.
24cm のサイズの靴
赤の色の車
34 歳の年齢の女性
つまり、「24cm のサイズの」という部分で、「サイズが 24cm である」ということを表す property が
作られ、それが「靴」の property であるという構造になればよい。そこで、次のような特殊 Merge 規
則を仮定する。
Host-Merge:property 記述表現と Host property 表現との特殊 Merge 規則
<xn, [{範疇素性 1, 統語素性 1}, <★,{property1, ...}>, 音韻形式 1]>
<xm, [{範疇素性 2, 統語素性 2}, <xm,{property2, ..., <Host, ★>}>, 音韻形式 2]>
⇒ Host-Merge
<xm, [{範疇素性 2, 統語素性 2}, <xm,{property2, ..., <Host, _>}>, <
<xn, [{範疇素性 1, 統語素性 1}, <xm,{property1, ...}>, 音韻形式 1]>
<xm, [{範疇素性 2}, φ, 音韻形式 2]>
>]>
(25)
(25)は、Host property の解釈不可能素性が何にも置換されずに削除されて「_」になっている以外は、
普通の Merge 規則と同じである。これを仮定すると、たとえば(24a)は次のようになる。
(26)
Numeration:
{<x1, [{N}, <☆,{<Value, 24cm>}>, 24cm]>,
<x2, [{J, +N, no}, φ, の]>,
<x3, [{N}, <x3,{<Kind, サイズ>, <Host, ★>}>, サイズ]>,
<x4, [{J, +N, no}, φ, の]>,
<x5, [{N}, <x5,{<Kind, 靴>}>, 靴]>}
5
(ch5-140929.doc)
(27)
Merge base = {x1, x2, x3, x4, x5}
<x1, [{N}, <☆,{<Value, 24cm>}>, 24cm]>
<x2, [{J, +N, no}, φ, の]>
⇒ J-Merge
<x1, [{NP, no}, <★,{<Value, 24cm>}>, <
<x1, [{N}, φ, 24cm]>,
<x2, [{J}, φ, の]>
>]>
(28)
Merge base = {x1, x3, x4, x5}
<x1, [{NP, no}, <★,{<Value, 24cm>}>, <
<x1, [{N}, φ, 24cm]>,
<x2, [{J}, φ, の]>
>]>
<x3, [{N}, <x3,{<Kind, サイズ>, <Host, ★>}>, サイズ]>
⇒ Host-Merge
<x3, [{N}, <x3,{<Kind, サイズ>, <Host, _>}>, <
<x1, [{NP}, <x3,{<Value, 24cm>}>, <
<x1, [{N}, φ, 24cm]>,
<x2, [{J}, φ, の]>
>]>
<x3, [{N}, φ, サイズ]>
>]>
(29)
Merge base = {x3, x4, x5}
<x3, [{N}, <x3,{<Kind, サイズ>, <Host, _>}>, <
<x1, [{NP}, <x3,{<Value, 24cm>}>, <
<x1, [{N}, φ, 24cm]>,
<x2, [{J}, φ, の]>
>]>
<x3, [{N}, φ, サイズ]>
>]>
<x4, [{J, +N, no}, φ, の]>
⇒ J-Merge
<x3, [{NP, no}, <x3,{<Kind, サイズ>, <Host, _>}>, <
<x3, [{NP}, φ, <
<x1, [{NP}, <x3,{<Value, 24cm>}>, <
<x1, [{N}, φ, 24cm]>,
<x2, [{J}, φ, の]>
>]>
<x3, [{N}, φ, サイズ]>
>]>
<x4, [{J}, φ, の]>
>]>
(30)
Merge base = {x3, x5}
6
(ch5-140929.doc)
<x3, [{NP, no}, <x3,{<Kind, サイズ>,<Host, _>}>, <
<x3, [{NP}, φ, <
<x1, [{NP}, <x3,{<Value, 24cm>}>, <
<x1, [{N}, φ, 24cm]>,
<x2, [{J}, φ, の]>
>]>
<x3, [{N}, φ, サイズ]>
>]>
<x4, [{J}, φ, の]>
>]>
<x5, [{N}, <x5,{<Kind, 靴>}>, 靴]>
⇒
<x5, [{N}, <x5,{<Kind, 靴>}>, <
<x3, [{NP}, <x3,{<Kind, サイズ>, <Host, _>}>, <
<x3, [{NP}, φ, <
<x1, [{NP}, <x3,{<Value, 24cm>}>, <
<x1, [{N}, φ, 24cm]>,
<x2, [{J}, φ, の]>
>]>
<x3, [{N}, φ, サイズ]>
>]>
<x4, [{J}, φ, の]>
>]>,
<x5, [{N}, φ, 靴]>
>]>
(31)
LF 意味素性
<x5,{<Kind, 靴>}>
<x3,{<Kind, サイズ>, <Host, _>}> Relate x3 to x5.
<x3,{<Value, 24cm>}>
(32)
意味表示6
{<x5,{<Kind, 靴>, <サイズ,x3>}>,
<x3,{<Kind, サイズ>, <Value, 24cm>,<Host, x5>}>}
(19)と(24)の対立は、民部(2012)の指摘によるものである7。さらに民部(2012)の例文を示しておく。(24)
では、たまたま Host property 表現に value を表す property 記述表現が追加されていたが、必ずしも value
が提供されずとも、同様のパターンが観察されることがわかる。
(33)
a.
b.
*名前の男の子
珍しい名前の男の子
(34)
a.
b.
*成績のメアリ
ずば抜けた成績のメアリ
(35)
a.
b.
*味の料理
独特な味の料理
(36)
a.
b.
*動機の通り魔事件
理不尽な動機の通り魔事件
(37)
a.
b.
*大きさの靴
ちょうどいい大きさの靴
(38)
a.
b.
*性格の太郎
穏やかな性格の太郎
6
Host である x5 の<サイズ,x3>という property は、意味表示派生規則によって追加されたものである。
7
民部紘一 (2012) 名詞の意味と修飾における役割, 九州大学卒業論文.
7
(ch5-140929.doc)
(39)
a.
b.
*作り方のプラモデル
複雑な作り方のプラモデル
(40)
a.
b.
*長所のジョン
人懐っこさが長所のジョン
(41)
a.
b.
*順位の決勝レース
過去最高の順位の決勝レース
(42)
a.
b.
*犯人の連続殺人事件
残忍な犯人の連続殺人事件
(43)
a.
b.
*日程の文化祭
例年通りの日程の文化祭
(44)
a.
b.
*点数の合格者
最高の点数の合格者
たとえば、(33b)の場合、LF 表示から取り出された意味素性は(45)のようになり、その結果、意味表示
は(46)のようになる。
(45)
(46)
LF 意味素性
<x5,{<Kind, 男の子>}>
<x3,{<Kind, 名前>, <Host, _>}>
<x3,{<珍しい, _>}>
Relate x3 to x5.
意味表示
{<x5,{<Kind, 男の子>, <名前,x3>}>,
<x3,{<Kind, 名前>, <珍しい, _>,<Host, x5>}>}
(25)の Host-Merge によって Host property の解釈不可能素性★が削除されるのは、
Merge の相手が property
記述表現である場合に限られるので、たとえ意味的には value に相当するものであっても、OBJECT 指
示表現が追加された場合には同様の解釈は生じない。
(47)
a. *フロリダの産地のオレンジ
(≠ {<x5,{<Kind, オレンジ>, <産地, x3>}>,
<x3,{<Kind, 産地>, <Name, フロリダ>,<Host, x5>}>})
b. *ジョンの社長の会社
(≠ {<x5,{<Kind, 会社>, <社長, x3>}>,
<x3,{<Kind, 社長>, <Name, ジョン>,<Host, x5>}>})
また、(25)の Host-Merge は、Host property 表現が主要部として Merge する場合にしか適用しないの
で、(48)にも適用しない。
(48)
a. *サイズの 9 号の服
(≠ {<x5,{<Kind, 服>, <サイズ, x3>}>,
<x3,{<Kind, サイズ>, <Value, 9 号>,<Host, x5>}>})
b. *身長の 170cm の男
(≠ {<x5,{<Kind, 男>, <身長, x3>}>,
<x3,{<Kind, 身長>, <Value, 170cm>,<Host, x5>}>})
5.4. 「サイズが 24cm の靴」
5.3節では、次のような表現の派生について考察した。
(24)
a.
b.
c.
24cm のサイズの靴
赤の色の車
34 歳の年齢の女性
ほぼ同じ意味で(49)のような言い方もありうる8。
8
ただし、5.3節の(48)で、(i)に対して(ii)の語順は容認されないということを述べたが、(iii)に対して(iv)の語順は、
不自然ではあるものの、完璧に容認不可能というほどではない。
8
(ch5-140929.doc)
(49)
a.
b.
c.
サイズが 24cm の靴
色が赤の車
年齢が 34 歳の女性
この場合も5.3節と同じ方法で説明するために、(50)のように、「の」には範疇素性が T である語彙項
目もあると仮定してみる9。
(50)
[{T, no}, φ, の]
5.3節の場合とは、「property 記述表現と Host property 表現との特殊 Merge 規則」が適用する際に主要
部となる要素が異なっているが、この場合も範疇 T が例外を引き起こすと考えておく。
(51)
Numeration:
{<x1, [{N}, <x1,{<Kind, サイズ>, <Host, ★>}>, サイズ]>,
<x2, [{J, +N, ga}, φ, が]>,
<x3, [{N}, <☆,{<Value, 24cm>}>, 24cm]>,
<x4, [{T, no}, φ, の]>,
<x5, [{N}, <x5,{<Kind, 靴>}>, 靴]>}
(52)
Merge base = {x1, x2, x3, x4, x5}
<x1, [{N}, <x1,{<Kind, サイズ>, <Host, ★>}>, サイズ]>
<x2, [{J, +N, ga}, φ, が]>
⇒ J-Merge
<x1, [{NP, ga}, <x1,{<Kind, サイズ>, <Host, ★>}>, <
<x1, [{N}, φ, サイズ]>,
<x2, [{J}, φ, が]>
>]>
(53)
Merge base = {x1, x3, x4, x5}
<x3, [{N}, <☆,{<Value, 24cm>}>, 24cm]>
<x4, [{T, no}, φ, の]>
⇒
<x4, [{T, no}, <★,{<Value, 24cm>}>, <
<x3, [{N}, φ, 24cm]>,
<x4, [{T}, φ, の]>
>]>
(54)
Merge base = {x1, x4, x5}
<x1, [{NP, ga}, <x1,{<Kind, サイズ>, <Host, ★>}>, <
<x1, [{N}, φ, サイズ]>,
<x2, [{J}, φ, が]>
>]>
a.
9 号のサイズの服
b. 170cm の身長の男
(ii)
a.
*サイズの 9 号の服
b. *身長の 170cm の男
(iii)
a.
サイズが 9 号の服
b. 身長が 170cm の男
(iv)
a.
??/?*9 号がサイズの服
b. ??/?*170cm が身長の男
この違いは、ガ格名詞句の特性に帰するべきではないかと考えているが、まだ具体的な分析案があるわけではな
い。
(i)
9
「弁護士の太郎」のように、いわゆる同格のノの場合について第 4 章では、範疇素性が J であるノであると仮定
して説明したが、範疇素性が T であるノが関わっている可能性もある。
9
(ch5-140929.doc)
<x4, [{T, no}, <★,{<Value, 24cm>}>, <
<x3, [{N}, φ, 24cm]>,
<x4, [{T}, φ, の]>
>]>
⇒ Host-Merge
<x4, [{T, no}, <x1,{<Value, 24cm>}>, <
<x1, [{NP}, <x1,{<Kind, サイズ>, <Host, _>}>, <
<x1, [{N}, φ, サイズ]>,
<x2, [{J}, φ, が]>
>]>
<x4, [{T}, φ, <
<x3, [{N}, φ, 24cm]>,
<x4, [{T}, φ, の]>
>]>
>]>
(55)
Merge base = {x4, x5}
<x4, [{T, no}, <x1,{<Value, 24cm>}>, <
<x1, [{NP}, <x1,{<Kind, サイズ>, <Host, _>}>, <
<x1, [{N}, φ, サイズ]>,
<x2, [{J}, φ, が]>
>]>
<x4, [{T}, φ, <
<x3, [{N}, φ, 24cm]>,
<x4, [{T}, φ, の]>
>]>
>]>
<x5, [{N}, <x5,{<Kind, 靴>}>, 靴]>
⇒
<x5, [{N}, <x5,{<Kind, 靴>}>, <
<x4, [{T}, <x1,{<Value, 24cm>}>, <
<x1, [{NP}, <x1,{<Kind, サイズ>, <Host, _>}>, <
<x1, [{N}, φ, サイズ]>,
<x2, [{J}, φ, が]>
>]>
<x4, [{T}, φ, <
<x3, [{N}, φ, 24cm]>,
<x4, [{T}, φ, の]>
>]>
>]>
<x5, [{N}, φ, 靴]>
>]>
(56)
LF 意味素性
<x5,{<Kind, 靴>}>
<x1,{<Value, 24cm>}> Relate x1 to x5.
<x1,{<Kind, サイズ>, <Host, _>}>
(57)
意味表示
{<x5,{<Kind, 靴>, <サイズ,x1>}>,
<x1,{<Kind, サイズ>, <Value, 24cm>,<Host, x5>}>}
日本語では、「~は~が...」という構文がよく用いられるが、その中の多くのものは、ガ格名詞が
Host property 表現になっている。
(58)
a.
b.
太郎は背が高い。
桜は見た目がきれいだ。
10
(ch5-140929.doc)
c.
d.
e.
f.
g.
h.
i.
キリスト教は信者が多い。
彼は様子がおかしい。
この高校は合格者が少ない。
あの国は税率が高い。
新幹線は料金が高い。
スーパーマンは力が強い。
このリンゴは酸味が強い。
5.1節では(59)のような表現を Host property 表現として紹介したが、(60)のような「全体-部分」の関係
を表す表現も Host property 表現と考えていいだろう。
(59)
a.
b.
c.
ジョンは父親が弁護士だ。
あの会社は社長が有名だ。
『オセロ』は主役が大事だ。
(60)
a.
b.
c.
象は鼻が長い。
ジョンは目が青い。
この車はエンジンが静かだ。
Host property 表現が述語部分にあらわれる場合も時々ある。
(61)
a.
b.
姉はジョギングが日課だ。
今年は茶色が流行です。
(58)のような文は、英語に直訳しにくいことでも知られている。これまでは、もっぱらハという助詞
の機能に関して、その特異性が論じられてきたことが多かったが、上記のように分析してくると、む
しろ特殊性を持っているのは、Host property 表現のほうではないかと思われてならない。もちろん、英
語にも、age とか weight のような Host property 表現はあるわけだが、「property 記述表現と Host property
表現との特殊 Merge 規則」が適用しないために、(58)のような構文がないという可能性もある。逆に、
英語にあって日本語にはない構文として、(62)のようなものがある。
(62)
a.
b.
John is [three years old].
This pool is [two meters deep].
たとえば、(62a)の場合、<old, _>と<Value, three years>という property を含む語が Merge した結果、<old,
three years>というような property が構築されれば意味が表示されるように思われるが、その合成規則が
どのようになっているかということに加えて、(62a)の文では、「John is old」という含意が失われてい
るという点も説明を要するところである。形容詞が関わる構文については、日本語と英語の間にいろ
いろな違いがあることが知られているが、attribute をどのように表現するかという違いがその根底にあ
るのではないだろうか。
5.5. Host property 表現と OBJECT 指示表現の曖昧性
「弟」のような Host property 表現は、その指標番号の OBJECT を意味表示に生起させるという点で、
OBJECT 指示表現でもあるが、Host property を持っているという点で、たとえば「犬」のような OBJECT
指示表現と異なっている。ただし、実は同じ語彙であっても、Host property を持つかどうかには曖昧性
がある。たとえば、「長男」という表現は、普通ならば「○○さんの長男」「××さんの長男」とい
うように、別の OBJECT を軸にして指示が決定する表現であり、Host property 表現とみなすべきだろ
うが、たとえば「長男会」なるものがあったとして、「今日は、12 人の長男が集まった」といった場
合には、その「長男」は、誰の長男であるかということは問題にされていない。後者の場合は、Host
property を持たない OBJECT 指示表現とみなすべきだろう。逆に、「学生」という表現も、普通は Host
property を持たない OBJECT 指示表現として用いられるかもしれないが、文脈によっては、「○○大学
の学生」「××大学の学生」のように Host property 表現としての用いられ方をする場合もある。Host
property を持つかどうかは、単純に分類してしまえる問題ではないのである。
また、Host property 表現には、それとは別の曖昧性もつきまとう。たとえば、「奥さん」という表現
は、Host property を持たない「既婚婦人」という意味の場合と、Host property を持つ「○○さんの配偶
者」という意味の場合とがあるが、後者に限った場合でも、(63)には2つの異なる解釈がある。
(63)
医者の奥さん
11
(ch5-140929.doc)
1つは(64)のような意味表示、もう1つは(65)のような意味表示である。また、文脈を工夫すれば(66)
のような解釈も無理ではない。
(64)
{<x1,{<Kind, 医者>,<奥さん, x3>}>,
<x3,{<Kind, 奥さん>, <Host, x1>}>}
(65)
{<x3,{<Kind, 医者>,<Kind, 奥さん>, <Host, x4>}>,
<x4,{}>}
(66)
{<x1,{<Kind, 医者>}>,
Relate x1 to x3.
<x3,{<Kind, 奥さん>, <Host, x4>}>,
<x4,{}>}
(64)と(65)/(66)の違いは、「医者」を「奥さん」の項(Host)として Merge するか、それとも、「奥さ
ん」の項をゼロ代名詞とするかである。後者では「関連づけ」を行なう必要があり、そこで「医者」
=「奥さん」という解釈をすると(65)になる。
このように、「A の B」構文には、いろいろな要因による曖昧性があり、たとえば(67)は実際に新聞
で使われていた例であるが、一見、どのように構築すればいいか、迷っても当然だろう。
(大相撲の野球賭博問題で、警視庁組織犯罪対策3課は19日までに、恐喝容疑などで、)
[現役力士の実兄の元力士](を立件する方針を固めた)
(67)
まず、「現役力士」「実兄」「元力士」はすべて OBJECT 指示表現であるが、その中で「実兄」は Host
property 表現でもある。
(68)
Numeration
{<x1, [{N}, <x1,{<Kind, 現役力士>}>, 現役力士]>,
<x2, [{J, +N, no}, φ, の]>,
<x3, [{N}, <x3,{<Kind, 実兄>, <Host, ★>}>, 実兄]>,
<x4, [{J, +N, no}, φ, の]>,
<x5, [{N}, <x5,{<Kind, 元力士>}>, 元力士]>}
そして、これは「A の B の C」という形をしているので、この3つの名詞にどの順番で Merge 規則が
適用するかで、おおまかに言って次の2つの構造の可能性がある。
(69)
a.
b.
(69b)の場合には、「実兄」を主要部として Merge していないので、その項(Host)はゼロ代名詞でし
かありえないが、(69a)の場合には、「実兄」の項が「現役力士」である可能性がある。(69a)の場合で
も、「実兄」の項が「現役力士」でない可能性はあるが、その場合、言語使用者が独自に文脈から情
報を集めて Relate 指令を解決しなければならないため、ずっと負荷が高くなる。したがって、「実兄」
に関して解釈の負荷がもっとも少ないのは、(69a)の構造で、「実兄」の項が「現役力士」となる場合
である。さらに、(69a)の構造でも、「実兄」と「元力士」の間の Relate 指令については、言語使用者
が自力で解決する必要があるが、この場合、「実兄」=「元力士」という解釈は不可能ではない。こ
の関連付けの方法は最も負荷が低い方策である。このようにして、(67)で通常、とられる解釈とは、「現
役力士」に「実兄」がおり、その「実兄」が「元力士」である、という解釈なのである。
2.6 節で、動詞の項にゼロ代名詞が用いられているかどうかをソ系列指示詞を使ってテストしたが、
Host property 表現の場合も、上記のような曖昧性が出ないように工夫すれば同様の結果が観察される。
12
(ch5-140929.doc)
A: もしもし、社員数、調べておいてくれた?10
B: えっと、その会社って、どれのことでしたっけ。
(70)
ソ系列指示詞は、Numeration において、その談話ですでに用いられた指標番号をになう必要があるが、
(70)では、一見「会社」である OBJECT は出現していないように見える。それにもかかわらず、「その
会社」という表現が可能であるのは、A の発話の中の「社員数」という Host property 表現がその Host
である OBJECT を項にとるため、それを先行詞にすることができるからである。いわば「もしもし、
あそこの社員数、調べておいてくれた?」というのと同様の意味表示が頭の中に生まれていることに
なる。
また、(70)は、先に Host property 表現が出現し、Host であるその項に対してソ系列指示詞を用いてい
る場合であるが、逆に、先に OBJECT 指示表現を出現させ、それを Host とする Host property 表現にソ
ノを付けることもできる11。
(71)
A: 絶対に秘密がばれないで最先端の手術が受けられます。(『ブラックジャック』的な文脈で。)
B: その医者は信用できるのかね。
CD ショップで流れていたピアノの演奏に涙が出るほど感動した。そのピアニストは目が見
えないそうだ。
(72)
この場合、後続するほうの名詞が Host property 表現であることがキーポイントである。次のように普
通の OBJECT 指示表現を用いると、ソ系列指示詞が容認不可能になるからである。
(73)
A: 絶対に秘密がばれないで最先端の手術が受けられます。(『ブラックジャック』的な文脈で。)
B: *そいつは信用できるのかね。
CD ショップで流れていたピアノの演奏に涙が出るほど感動した。*その人は目が見えない
そうだ。
(74)
しばしば言及される「出家とその弟子」という例も、まさにこのケースである。
5.6. 本書で未解決のまま残している問題の一覧
cf. 5.1節、注3:
Host property 表現にも、たとえば、「この職業には、身長は関係ない」のような、総称的な用法がある。
その場合の解釈をどのように表現するべきかはまだ十分に考察していない。
cf. 5.2節、注5:
Host property を持つ表現が OBJECT 指示表現を主要部として Merge できないわけではない。
(75)
a.
b.
c.
サイズの測定
色の追加
年齢のごまかし
ただし、(75)の意味表示をどのように考えるかは別の問題を提起する。
cf. 5.4節:
5.3節において、修飾構文の場合、(76)に対して(77)の語順は容認されないということを述べたが、叙述
構文の場合には、(78)に対して(79)の語順は、不自然ではあるものの、完璧に容認不可能というほどで
はない。
(76)
(77)
(78)
a.
b.
a.
b.
a.
b.
9 号のサイズの服
170cm の身長の男
*サイズの 9 号の服
*身長の 170cm の男
サイズが 9 号の服
身長が 170cm の男
10
「もしもし」とつけることによって、ここが談話の始まりであるという場面設定が固定されることを意図して
いる。
11
(71)と(72)の例文は酒井弘氏の指摘(2009.6.)による。
13
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(79)
a.
b.
??/?*9 号がサイズの服
??/?*170cm が身長の男
この違いは、ガ格名詞句の特性に帰するべきではないかと考えているが、まだ具体的な分析案がある
わけではない。
cf. 5.5節:固有名詞でも Host property 表現になれるか
次の(80a)が(80b)と同じ解釈になれるとすると、「太郎」というような固有名詞でも、このような交替
をしうるということになる12。
(80)
a.
b.
僕が太郎を当てて見せます。
僕が誰が太郎か当てて見せます。
おそらく、ここでの分析と同様に扱えるのではないかと考えているが、まだ十分に考察しきれていな
い。
12
(80)の文は、2012.02.19. 慶応大学にて出た質問に基づいている。
14
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5.7. この章の索引
5.7.1. モデル全体の構成に関わるキーワード
LF 意味素性, 3, 5, 7, 8, 10
5.7.2. 概念・分析などを表すキーワード
Host property 表現, 2
Merge
Host-Merge(property 記述表現と Host property 表現との特殊 Merge 規則), 5, 6, 10
J-Merge(J の特殊 Merge 規則), 2, 4, 6, 9
zero-Merge(「ゼロ代名詞」用の処理), 3
意味表示派生規則, 3
関連づけ, 2
5.7.3. 構文・解釈などを表すキーワード
格助詞
の, 2, 4, 5, 9, 12
5.7.4. 日本語の具体的な表現
24cm, 5, 9
弟, 2
靴, 4, 5, 9
現役力士, 12
サイズ, 4, 5, 9
実兄, 12
メアリ, 2
元力士, 12
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