議事録(PDF)

第三回 HANDS セミナー議事録
2007 年 9 月 14 日(金)
18:30~18:45
開会・挨拶・HANDS 活動紹介
(HANDS オペレーションズ・ディレクター
横田雅史)
セミナーの目的
HANDS 活動紹介
18:45~19:05
インドネシア地域保健プロジェクトの紹介
(インドネシアプロジェクト専門家
八田早恵子)
◆プロジェクト概要
・ JICA 技術協力プロジェクト
・ 財団法人国際開発センター(IDCJ)と共同企業体を結成し実施
・ 期間:2007 年 2 月~2010 年 2 月
・ 地域:インドネシア南スラウェシ州
バル県、ブルクンバ県、ワジョ県
◆八田専門家のインドネシアとのかかわり
・ 1996 年青年海外協力隊で参加した西ティモールでの活動が最初。通算 7 年目
◆インドネシアデータ
<一般>
・ 人口世界第四位、世界最大のイスラム国家
・ 日本の 5.5 倍の面積、島嶼国家:地理的・経済的・社会文化的多様性、地域間格差大
・ 経済・社会状況:近年不況から回復し、政情不安が落ち着く。火山・地震多い
<保健状況>
・ 厳しい状況:乳児死亡率(対出生千人)
・妊産婦死亡率(対出生 10 万人)は、日本の3・
10に対し、インドネシアの30・230。他の ASEAN 近隣諸国と比較しても決して良
好ではない
・ 重要な課題としての認識:取り組みの一例としての Healthy Indonesia 2010(健康増進・
疾病予防に政策転換を図ろうとするもの)
・ 地域間格差:地域の状況は中心部のジャワ島よりさらに悪い(含乳児死亡率)
◆南スラウェシにおけるプロジェクト実施の意義
・ インドネシアの重要な課題:東部インドネシアの開発
・ 南スラウェシ:東部インドネシアの物流の中心地。重要性大
・ JICA の南スラウェシ州地域開発プログラム
¾ 地域開発を通じた貧困削減の促進を目指す
¾ 保健分野のプロジェクト:PRIMA Kesehatan
◆PRIMA Kesehatan(インドネシア国「南スラウェシ州地域保健運営能力向上プロジェクト」)
<目標>
・ コミュニティが中心となった PHCI(プライマリー・ヘルス・ケア向上)モデルの構築、
疾病予防と健康増進意識の向上
<概要>
・ PHCI チームの構成(教師を入れ、ジェンダーバランスに配慮)
・ 住民参加型のプロジェクト運営
¾ REDIP モデル(教育において使用。地域社会による問題分析、提案、活動を行い、
プロセスを重視するモデル)を応用
¾ ワークショップ:Ex. 下痢の原因→トイレがない原因を考え(問題分析)、改善の
ための活動計画策定
・ 活動資金の流れ
¾ PHCI チーム開設銀行口座に直接活動資金が送金
¾ 精算方法のフォローアップ(会計研修)
¾ チームはプロジェクト資金以外に自己資金ないし労働力を提供
<2007 年度の活動>
・ 2007 年 7 月:パイロット地域の各村に PHCI チームを設立(74 チーム)
・ 8 月:研修、活動計画策定、プロポーザル作成・提出・審査、送金
・ 9 月~11 月:活動実施
・ 12 月~2008 年 1 月:活動評価、精算
→PHCI 活動モデルを構築、来年度以降の活動展開
・ 今後:住民意識の改善へ
<特徴>
・ 自分たちで考えた計画を実行する点
19:05~19:15
質疑応答
Q. 具体的に何が新しいのか?
A. 計画段階から保健局や保健医療従事者ではなく住民中心である点と、PHCI チームが活動資金
を直接得て精算管理まで行う点。同様のプロジェクトは他地域にも存在するが、保健分野で
はインドネシアで初めての試みと言われている。
Q. プロポーザルの審査を行う際に、県が関与し注文をつけることはあるのか?
A. カウンターパートである県保健局・州保健局も審査に入っているが、審査のポイントは、予
算を範囲内に収めているか、計画の流れは論理的か、評価のポイントも立てているかという
ことの確認。基本的にはチームがやりたいことを承認。
Q. プロポーザルの中に「TBA(伝統的産婆)に新生児のケア研修を実施する」というものがあ
るが、文化的なコンフリクトは発生しないのか?また、押し付けにならないようにどのよう
な方法を取っているのか?
A. プロポーザルが当事者から出されているという点が重要。外部者と TBA ではなく、住民と
TBA の関係の問題。このプロポーザルは TBA に情報が少ないのではないかとの考えから、助
産師との連携が取れれば良いという発想で作られたもの。
Q. 住民が能力を高め、健康を増進する上で大きな意味を持つのが資金だと思うが、プロジェク
トが終了する三年後には住民自らが資金調達するところまで狙っているのか?
A. 住民と保健局がプログラムを継続することが目的。予算規模は変わるかも知れないが保健局
が予算を取るのは可能という話であり、それを見据えた継続を考えている。
19:15~20:15
講演「コミットメントの力~国際保健への招待~」
(津田塾大学国際関係学科教授・HANDS 理事
三砂ちづる氏)
◆イントロダクション
・ HANDS とのかかわり:HANDS の立ち上げより。現在は理事。
・ 国際保健分野:日本は元々援助を受ける側だったので参入して日が浅い(欧米は二代目、
三代目)。それだけに夢を持って仕事の出来る分野。
・ コミットメントの力:新著のタイトル。コミットメントというキーワードから国際保健協
力の有り様を理解し、日本をベースに今後何が出来るのかを考えて欲しい
◆発展・開発に関する議論の展開
・ 発展途上国と言うが、何の「発展」の「途上」なのか?
・ 1950 年代:全ての国は「経済」発展の途上にあり、テイクオフから高度消費社会(現代
のアメリカや日本)へという道筋が存在するとする近代化論
・ 1970 年代:全ての国がアメリカや日本のようには経済発展しないという現実を前に、発
展や開発は経済の話だけではないのではとの議論が登場
・ 1980 年代:近代化論以外の理論(Ex. 従属論)
◆アマルティア・セン
・ 経済学者(ノーベル経済学賞)。厚生経済学、社会選択理論が専門
・ インド生まれのベンガル人。シャーンティニケタン(アジアの英知を集めたアジアを学ぶ
ための学校)出身
・ 緒方貞子氏とともに人間の安全保障の概念を提唱
・ 近代経済学の考え方に異議:ホモ・エコノミクス=「合理的愚か者」
¾ 近代経済学:需要と供給の関係で価格が決定。ホモ・エコノミクス(利益の最大化
を目指して行動する人間)の前提
¾ 人間が利益に基づき行動することはあるが、それを前提とする理論は誤り。行動規
範としての友人関係、社会関係などの存在の重要性
¾ 人間は自己の利益だけでなく他者の存在に道徳的関心を示し、他者との相互関係を
自己の価値観に反映させて行動する(アジア的発想)=社会的なコミットメントが
できる個人の姿
・ キーワード:「コミットメント」/「エンタイトルメント」/「潜在能力」/「人間的発
展」
◆キーワード①「コミットメント」
(commitment)
・ 1976 年論文
・ 定義:自己の利益にならなくとも、他人の権利の侵害を止めるために行動する決心をする
こと
・ 人間の行動は利己的な動機ではなく、より倫理的な思考、道徳的価値に動機付けられてい
る(Ex. 地震の際の緊急救援)
◆キーワード②「エンタイトルメント」(entitlement)
・ 1981 年論文
・ 定義:権利の剥奪から身を守る能力。つまり、エンタイトルメントの剥奪=基本的人権の
侵害
・ Ex. 飢饉:原因は自然条件(旱魃、砂漠化)の結果としての食糧不足ではなく、エンタイ
トルメントの不足(政治的独裁・戦争・交通手段の不足などにより、食べるものはあるが
お金がない、もしくは動く手段がない、動くことが出来ない状態)
・ エンタイトルメントの剥奪への対処が重要
・ 援助する者は、エンタイトルメントが剥奪されている人々に対し、回復のための協力だけ
でなく、彼らが主要な行為者として行動を起こせるよう支援すべき
◆キーワード③「潜在能力」(capability)
・ 1979 年論文
・ 定義:人間それぞれが持つ「こうなりたい、こうでありたい」と思う気持ち(Ex. おいし
いものが食べたい、幸せになりたい、自分を誇りに思いたい)を結びつけることから生じ
る機能の集合
・ 人間のニーズは、物質崇拝的な西洋近代文化が想定する「モノ」ではなく、潜在能力にあ
るのではないか
・ 発展の究極の目標:ひとりひとりが備える潜在能力機能を拡大する(人間的に増やしてい
く)こと。これは自由の拡大へつながる
→キーワード④「人間開発」(human development)の考えへ:
・ 経済的発展ではなく、ひとりひとりの発展=潜在能力拡大を目指す。国際保健協力の目標
◆国際保健医療分野におけるコミットメントの形とは?
通例的イメージ:整備されたサービスを増やし、サービスに対する利便性を向上
→現場の人の持つ力を生かすにはそれ以外の考え方が必要
◆Safe Motherhood 概念に基づく国際保健プロジェクトの趨勢
<背景>
・ 1987 年以降に登場した概念。女性の安全な妊娠・出産を目指す:妊産婦死亡のほとんど
は予防可能
・ 1980 年代以前の母子保健(Maternal and Child Health)プロジェクト:Child Health
関連のプロジェクト中心(子どもの下痢、肺炎、ワクチンへの対処)
¾ 理由:病院を巻き込まず地域レベルで可能。乳児死亡率の指標が扱いやすく評価が
容易。どの社会でも優先事項であり、反対者がいない
<Safe Motherhood プロジェクトの展開>
・ ナイロビ会議(1987 年):Safe Motherhood プロジェクト立ち上げのイニシアチブ
・ 世界中で様々なプロジェクトが実施
¾ コミュニティベースのプロジェクトに人気が集中(プライマリ・ヘルスケア(PHC)
を提唱したアルマアタ宣言(1978 年)の影響。地域重視の機運):コミュニティ・
ヘルス・ワーカーによる妊婦検診や TBA(伝統的産婆)トレーニング中心
— TBA トレーニング:TBA=どんなコミュニティにも存在。TBA をトレーニン
グし、妊産婦死亡率を下げたいとの発想
・ コロンボ会合(1997 年):10 年後の評価「全く成果が上がっていない」
¾ TBA トレーニングと妊産婦死亡率の間に因果関係なしとの調査結果(「トレーニン
グをしても TBA は医療知識に乏しいため貢献できていない」)
→TBA の巻き込みの重要性にも関わらず低調に。緊急産科ケア、ヘルスセクター介
入へ方向性転換
<TBA トレーニングの問題点>
・ TBA=近所の「おせっかいおばさん」
・ 病院研修によって権威を身に付け、医療介入をしがちに
・ 医療の発想に基づく中途半端なトレーニング
◆潜在能力に働きかけるアプローチの重要性
<途上国のお産の現場>
・ 科学的根拠のない無駄で危険な医療介入、緊急産科ケア内容のチェック不十分
¾ 感染症の原因
¾ 女性が生む力(潜在能力)を発揮できない受身の出産
<問題解決のための施策:女性に優しいお産の推進>
・ 現場での女性と赤ちゃんへの働きかけにより産科リスクを減らす
¾ 「助産」(midwife / sage femme(賢い女性))、女性とともにある姿勢
¾ 一対一のケア:できるだけ一人の人が妊娠、出産、産褥を診る
¾ 医療従事者が権威的な態度を取るためのトレーニング(内的改革)
・ プロジェクト:ブラジル、アルメニア、マダガスカルで実施(中)
¾ ブラジル:分娩台を狭く高いものから平らなものに変更、女性の気持ちを理解する
ためのトレーニング実施など
¾ アルメニア:在外公館のない国での初めてのプロジェクト。日本の助産師の知恵が
導入。ソ連時代の方法論からのアップデート
¾ マダガスカル:現在実施中(国立国際医療センター)。女性のプライバシーを保護
するような分娩室、人間的なお産のセミナー実施など
◆日本をベースとする国際保健で何ができるのか
・ フェーズの変化
¾ 援助を受ける側(1960 年代まで)→個人的な活躍→大規模なインフラ整備大規模
(1970 年代、80 年代)→「途上国から学ぶ」時代(スタディツアー(元気の搾取?))
→よりプロフェッショナルな協力へ(潜在能力開発への貢献)
・ 日本の貢献できる分野=日本の得意分野
¾ 西洋医学を相対化する視座:その他のやり方があることを知る視点
¾ 地域に根ざした「開業」と地域保健の伝統:欧米にはない。保健師の活動など PHC
に関連する活動を考える上でヒントになりうる
¾ 生活へのまなざし
¾ Rural Area へのフットワークの軽さ(欧米人は嫌がる傾向)
◆大切なこと
・ 当たり前の生活感覚
¾ なぜコミットメント?身近な問題はたくさんあるのになぜ遠くに行きたいと思う
のか?足元の問題に向き合うことから逃げているのか?
↓
「行かせてもらっている」と思いながら国際保健に健康的にかかわるべき
¾
どんな環境でも生活の延長線上に仕事がある。生活感覚を大切に
¾
自分のテーマを持つ
¾
経験が日本社会のより良い有り様に還元されるように
20:15~20:30
休憩
20:30~21:00
質疑応答
(進行:HANDS プログラム・アドバイザー
和田知代)
Q. UNFPA、UNICEF のリプロダクティブヘルス・プロジェクトの現在のあり方は?
A. 現在の具体的な状況は分からないが、現場で活動をしていたときには、JICA や USAID と得
意分野が異なっていることを明確に出していたため、足りない部分をお互いに補完をするよ
うな役割分担・協力は容易であった。
Q. 潜在能力を発揮させるトレーニングにおいて、行動変容は言葉だけになっていることが多い。
医療従事者が脱権威化を図るトレーニングは具体的にどう進めるべきか?
A. パウロ・フレイレの出身地であるブラジル東北部に原型が見られるようなブラジルの参加型
トレーニングが理想。参加型手法の気づきのトレーニングはブラジルから学ぶことが非常に
多い。また、国立国際医療センターや南山大学の人間関係トレーニングなどを見ると良い。
しかし、参加者の生き生きした言葉が出てくるからこそ参加型であり、マニュアル化すると
権威的になってしまうという矛盾もある。ファリシリテーターが権威的な姿勢を捨てること、
体への気づきも重要。
Q. インターン経験で、フィリピンの保健医療プロジェクトを計画した。離島医療について、日
本の技術やノウハウを含めたものを考えるようにとの指摘があった。日本の保健医療に関し
て生かせるところ、生かすべきところを教えてほしい。
A. 地域保健の伝統、地域開業の考え方が役に立つのではないか。西洋医学ではないものの見方
のなかに役立てられることはたくさんある。PHC の実践においてトップダウンのマネジメン
トは否定される。それに関する報告書や、開業医・助産師・保健師の働き方を見るとイメー
ジが湧きやすいのではないか。
Q. 現在医学生だが、将来は医師として国際保健、公衆衛生に関わりたいと考えている。アドバ
イスを。
A. 学生の間に一度現場に行くのが良いのでは。国際保健医療学会の学生インターンシップ制度
などを利用し、現場で医師が働いているのを見て、議論するのは非常に良いこと。是非その
思いを完結してほしい。
Q. 医療従事者でない人間が国際保健分野に関わるに際し、活躍の場や必要となる専門知識は何
か?
A. 現実には、診療行為、看護行為以外にも、プロジェクトの企画・運営、調査の仕事などは数
多く、他の分野から入ってくることのできる部分である。また、文系の人は、フィールド経
験を持ち、一度は公衆衛生をきちんと勉強するのがよいだろう。日本で勉強できるところは
少ないので欧米の大学院へ留学を考えるのが良いのではないか。文系から入って活躍してい
る人は大勢いるが、こうした勉強が役に立つと思う。
Q. 医学生で、将来は国際保健にかかわりたいと考えているが、日本にも問題はあるのに途上国
で保健活動をすることが本当にやりたいことなのか自問自答している。三砂先生はなぜ国際
保健の分野に入ったのか?
A. 若い人が何となくあこがれるのと同じ。今にして思えば現実逃避の気持ちがあったのかもし
れない。国際保健の分野は明確なキャリアパスもなく、紆余曲折を経てここまでやってきた。
医師などの専門職は日本である程度専門を持つための仕事をした上で考えても遅くはない。
専門を持ち、キャリアアップと平行して考えてほしい。そのためには論文を書き続けること
を進める。
Q. 途上国でリプロ政策を進める医師のなかには妊婦に優しくするケアに賛同しない人もいると
思うが、どのように説得・説明をしたのか?
A. 日本と同様まず反対される。女性に優しくすることと産科医療の安全が矛盾するようなイメ
ージはどの国にもある。重要なのは、賛同して一緒にやってくれる人を現場で見つけること。
最終的には彼らが担い手になっていってくれる。ブラジルは帝王切開が非常に多いのだが、
それに異議を唱え独自の活動をしている医師が現場にいた。こうした医師と出会い、横につ
ながるためにはプロジェクト内容を広めるセミナーが必要。必ず賛同してくれる人は存在し、
支援の輪が次第に広がっていく。アルメニアでは、まず偉い先生に日本に来てもらった。ソ
連の崩壊後、現地には新しい情報がなかったためこれが功を奏し、彼らが他の反対する医師
を押さえ込んでくれた。マダガスカルのプロジェクトはまだ始まったばかりだが、首都から
巻き込んでいくことが重要だということで、地方でやったセミナーを首都で開催した。
和田:自分も国際保健にかかわってきたが、かかわることに一生懸命になりすぎ、足元の問題を
見ずに没頭したところ体調を崩した経験がある。三砂先生の話には重要な示唆が数多くあった。
今後国際協力に関わる中で、
「とりあえず遠くの問題にかかわっているのだ」という冷静な視座を
持ち続けてほしい。