教育研究論集 第6号(2016 年 2 月発行) 〈論文〉 EUにおける早期離学の現状 柿内真紀 The Current Circumstances of Early School Leaving in the EU KAKIUCHI Maki キ ー ワ ー ド : EU, 早 期 離 学 , 中 等 教 育 Key words: EU, Early School Leaving (ESL), Secondary Education はじめに EU( 欧 州 連 合 ) は 2000 年 に 欧 州 理 事 会 で 「 リ ス ボ ン 戦 略 」( 2010 年 ま で に よ り 多 く の 雇 用 と強い社会的結束を伴い,持続可能な経済成長を可能にし得る,知識基盤型経済・社会への移 行を目指したもの)を採択した。これを基軸に教育を含む各分野が対応を迫られてきた。ただ し , 2010 年 ま で に 達 成 で き な か っ た 項 目 も 少 な く な か っ た 。 そ の 後 継 が 2020 年 ま で の EU の 新 経 済 成 長 戦 略「 欧 州 2020」で あ る 。新 戦 略 で は 3 つ の プ ラ イ オ リ テ ィ( 賢 い 成 長 ,持 続 的 成 長,包括的成長)を実現するために5つの分野(雇用,研究開発,気候変動・エネルギー,教 育 , 貧 困 ・ 社 会 的 排 除 ) で ヘ ッ ド ラ イ ン 指 標 (重 点 目 標 ) が 定 め ら れ , 教 育 分 野 が そ の 1 つ を 占めている。教育分野のヘッドライン指標は,早期離学率の引き下げ(中等教育段階の早期離 学 率 を 10%未 満 に ),高 等 教 育 レ ベ ル 修 了 率 の 引 き 上 げ( 30~ 34 歳 の 高 等 教 育 修 了 者 比 率 を 40% 以上に)からなる。 ここでは,このヘッドライン指標のうち,早期離学率の引き下げに注目したい。早期離学は 若 者 の 雇 用 問 題 と も 直 結 し , ま た 社 会 統 合 問 題 と も 連 関 す る 。 EU の 早 期 離 学 に つ い て は 国 内 で は , フ ラ ン ス の 状 況 を 分 析 考 察 し た 園 山 ( 2015) の 研 究 が 詳 し く , ま た ヨ ー ロ ッ パ に お い て は , た と え ば , European Journal of Education の Vol.48,No.3(2013)が 特 集 を 組 ん で い る 。 ま た , ド ロ ッ プ ア ウ ト や 若 者 の 失 業 問 題 の 視 点 か ら の 研 究 を あ げ る こ と が で き( 例 と し て ,Lamb, S. et al. 2011, De Groof, S. & Elchardus, M. 2013), 早 期 離 学 の 考 察 に つ い て は さ ま ざ ま な 切 り 口 を 設 定 す る こ と が で き る が , ま ず は EU の ヘ ッ ド ラ イ ン 指 標 か ら み た 現 状 を 押 さ え て お き た い 。 そ こ で 本 稿 で は ,EU の モ ニ タ リ ン グ 報 告 書 を 中 心 に そ の 現 状 を み る こ と に す る 。な お ,EU に お け る 早 期 離 学 者 と は , 18-24 歳 の う ち 前 期 中 等 教 育 ま た は そ れ 以 下 で 教 育 ・ 訓 練 を 離 れ , そ の 後 の 教 育 ・ 訓 練 を 受 け て い な い 者 を 指 し て い る ( European Commission 2013a, 8)。 1.EUの経済戦略と教育・訓練政策との連動 さ て , 冒 頭 で 述 べ た EU の 経 済 戦 略 と 教 育 ・ 訓 練 政 策 分 野 は ど の よ う に 連 動 し て い る だ ろ う か 。ま ず , 「 リ ス ボ ン 戦 略 」へ の 対 応 と し て ,教 育・訓 練 政 策 分 野 に お い て は「 教 育 と 訓 練 2010 ( Education & Training 2010: ET2010)」 で 戦 略 目 標 を 定 め , 目 標 達 成 の た め に 2010 年 に 向 け た 5 つ の ベ ン チ マ ー ク ( 数 値 目 標 ) を 設 定 し , 2004 年 か ら の 年 次 報 告 書 ( Progress Report) で 達 成 進 捗 状 況 を モ ニ タ ー し て き た 。 リ ス ボ ン 戦 略 で 導 入 さ れ た 「 裁 量 的 政 策 調 整 」( OMC: Open − 19 − 柿内真紀:EU における早期離学の現状 Method of Coordination) が EU の 目 標 達 成 に 向 け た 統 治 手 法 と し て 教 育 ・ 訓 練 分 野 で も 適 用 さ れており,達成状況をモニタリングされながら,良い実践を学び合うしくみが浸透していくこ ととなる。これは加盟国にいわばソフトパワーとして圧力を与えていると言える。 現 在 は 後 継 の「 欧 州 2020」に 連 動 し て , 「 教 育 と 訓 練 2020( Education & Training 2020: ET2020)」 ( 2009 年 策 定 )で 新 た な ベ ン チ マ ー ク が 設 定 さ れ て い る 。そ の う ち の 2 つ( 早 期 離 学 率 の 引 き 下 げ , 高 等 教 育 レ ベ ル 修 了 率 の 引 き 上 げ ) は 上 述 の よ う に ,「 欧 州 2020」 の ヘ ッ ド ラ イ ン 指 標 で も あ る 。 こ の ET2020 で は , 4 つ の 戦 略 目 標 (「 生 涯 学 習 と 移 動 性 を 現 実 化 さ せ る 」,「 教 育 と 訓 練 の 質 と 効 率 性 を 向 上 さ せ る 」,「 公 正 さ と 社 会 的 結 束 , ア ク テ ィ ブ ・ シ テ ィ ズ ン シ ッ プ を 促 進 す る 」,「 す べ て の 教 育 ・ 訓 練 段 階 で , ア ン ト レ プ レ ナ ー シ ッ プ ( 企 業 家 精 神 ) を 含 め て , 創 造 と 革 新 を 高 め る 」) を 立 て て い る 。 早 期 離 学 問 題 は ,「 公 正 さ と 社 会 的 結 束 , ア ク テ ィ ブ ・ シティズンシップを促進する」に位置づけられている。 2.モニタリング報告にみる早期離学の現状 欧 州 委 員 会( European Commission)は 2012 年 か ら 毎 年 度 モ ニ タ リ ン グ 報 告 書「 Education and Training Monitor」1 を 発 行 し ,ET2020 の 進 捗 に つ い て モ ニ タ リ ン グ し ,EU の 生 涯 学 習 研 究 セ ン タ ー( CRELL)で は 指 標 の デ ー タ 分 析 を お こ な っ て い る 。モ ニ タ リ ン グ 報 告 書 で 用 い ら れ る デ ー タ は ユ ー ロ ス タ ッ ト (EU 統 計 局 : Eurostat) の 労 働 力 調 査 ( Labour Force Survey: LFS) が ソ ー ス で あ る 。表 1 は ,ユ ー ロ ス タ ッ ト か ら ,2009- 2014 年 の 達 成 状 況 の 変 化 を 作 成 し た も の で あ る 。 10%の 目 標 値 を 達 成 し て い る の が 網 掛 け 箇 所 で あ る 。 ( 表 1 ) 2009-2014 年 の 達 成 状 況 National Target 2009 2010 2011 2012 2013 2014 EU (28 countries) 14.2 13.9 13.4 12.7 11.9 11.2 (b) EU (27 countries) 14.3 14 13.5 12.8 12 11.3 (b) Belgium 11.1 11.9 12.3 12 11 9.8 (b) 9.5 Bulgaria 14.7 13.9 11.8 (b) 12.5 12.5 12.9 (b) 11 Czech Republic 5.4 4.9 4.9 (b) 5.5 5.4 (b) 5.5 (b) 5.5 Denmark 11.3 11 9.6 9.1 8 7.8 (b) 10 (d) Germany 11.1 11.9 11.6 (b) 10.5 9.8 9.5 (b) 10 (d) Estonia 13.5 (b) 11 10.6 10.3 9.7 11.4 (b) 9.5 Ireland 11.7 (b) 11.5 10.8 9.7 8.4 6.9 (b) 8 Greece 14.2 (b) 13.5 12.9 11.3 10.1 9 (b) 9.7 Spain 30.9 28.2 26.3 24.7 23.6 21.9 (b) 15 (d) France 12.4 12.7 12.3 11.8 9.7 (b) 9 (b) 9.5 Croatia 5.2 5.2 (b) 5 5.1 4.5 2.7 (bu) 4 Italy 19.1 18.6 17.8 17.3 16.8 15 (b) 16 Cyprus 11.7 (b) 12.7 11.3 11.4 9.1 6.8 (b) 10 Latvia 14.3 12.9 11.6 10.6 9.8 8.5 (b) 13.4 Lithuania 8.7 7.9 7.4 6.5 6.3 5.9 (b) 9 (d) Luxembourg 7.7 (b) 7.1 6.2 8.1 6.1 6.1 (b) 10 (d) Hungary 11.5 10.8 11.4 11.8 11.9 11.4 (b) 10 Malta 25.7 23.8 22.7 (b) 21.1 20.5 20.3 (b) 10 Netherlands 10.9 10 (b) 9.2 8.9 9.3 (b) 8.7 (b) 8 Austria 8.8 8.3 8.5 7.8 7.5 7 (b) 9.5 Poland 5.3 5.4 (b) 5.6 5.7 5.6 (b) 5.4 (b) 4.5 Portugal 30.9 28.3 23 (b) 20.5 18.9 17.4 (b) 10 Romania 16.6 19.3 (b) 18.1 17.8 17.3 18.1 (b) 11.3 Slovenia 5.3 5 4.2 4.4 3.9 4.4 (b) 5 Slovakia 4.9 4.7 5.1 (b) 5.3 6.4 6.7 (b) 6 (d) Finland 9.9 10.3 9.8 8.9 9.3 9.5 (b) 8 Sweden 7 6.5 6.6 7.5 7.1 6.7 (b) 10 (d) United Kingdom 15.7 14.8 (b) 14.9 (b) 13.4 12.3 11.8 (b) : (d) :=not available b=break in time series e=estimated d=definition differs (see metadata) u=low reliability Source of Data: Eurostat − 20 − 教育研究論集 第6号(2016 年 2 月発行) ET2020 が 設 定 さ れ た 2009 年 の 時 点 で は ,10%未 満 の ヘ ッ ド ラ イ ン 指 標 を 達 成 し て い る の は , チェコ,クロアチア,リトアニア,ルクセンブルグ,オーストリア,ポーランド,スロヴェニ ア ,ス ロ ヴ ァ キ ア ,フ ィ ン ラ ン ド ,ス ウ ェ ー デ ン の 10 ヵ 国 で あ る 。一 方 で ,顕 著 に 高 い の が ス ペ イ ン , イ タ リ ア , マ ル タ , ポ ル ト ガ ル で あ る 。 EU 平 均 ( 2013 年 加 盟 の ク ロ ア チ ア を 含 む ) は 14.2%で あ っ た 。 で は , そ れ 以 降 , ど の よ う な 変 化 が あ っ た の だ ろ う か 。 最 新 デ ー タ で あ る 2014 年 に は 19 ヵ 国 が 達 成 し て い る 。EU 平 均 も 11.2%と 年 々 下 が っ て き て い る 。ま た ,各 国 が 設 定 す る 国 家 指 標 ( National Target)で は ,15 ヵ 国 が 目 標 達 成 で き て い る( イ ギ リ ス( United Kingdom)は 目 標 設 定 し て い な い )。早 期 離 学 率 の 低 い 国 の 特 徴 を み る と す れ ば ,従 来 か ら の 就 学 率 の 高 さ ,後 期 中 等教育段階まで選抜制度がほとんどないこと,早くからの前期中等教育の単線化,後期中等教 育 で の 職 業 教 育 の 充 実 な ど が 指 摘 さ れ て い る ( 園 山 2015, 132-133)。 ま た , 離 学 率 が 顕 著 に 高 い南欧は,たとえばスペインの場合,教育に対する歴史的文化的な地域差,労働構造の地域差 が要因のなかにあることが指摘され,後者の例として,農業,観光,建設業などが主要産業の 地域では,後期中等教育は職に就くことに必ずしもつながらないと見なされ,継続教育から生 徒 た ち が 離 れ て い く 要 因 の ひ と つ と さ れ て い る ( Vallejo, C. & Dolly, M. 2013)。 そ れ で は , 2015 年 の モ ニ タ リ ン グ 報 告 書 ( European Commission 2015b, 32-39) を も と に し な が ら , 現 状 を み て い く こ と と す る 。 図 1 (European Commission 2015b, 33)で は , 横 軸 で 0%よ り 大きいと早期離学率が増加していることを示している。すでに目標達成していても,増加して いる国はある。報告書では,次のようにA~Dの4つのグループに分類してそれぞれの特色を 分 析 し て い る の で , 要 点 を 取 り だ し て み る 2。 (図 1 )2014 年 の 各 国 別 早 期 離 学 割 合 と 平 均 年 間 変 動 ( 2011-2014 年 ) グ ル ー プ A( 11 ヵ 国 )は ヘ ッ ド ラ イ ン 指 標 に 到 達 し た 後 も 早 期 離 学 率 を 下 げ る こ と に 大 き く 前 進 し て お り , 国 家 指 標 に も 到 達 し て い る 3 。 グ ル ー プ B( 5 ヵ 国 ) は , ス ペ イ ン ( ES), マ ル タ( MT),ポ ル ト ガ ル( PT),イ タ リ ア( IT),イ ギ リ ス( UK)で ,ヘ ッ ド ラ イ ン 指 標 に は ま だ 道 の り が あ る が , こ の 間 ( 2011 と 2014 年 の 間 ) に 大 き く 前 進 し て い る 。 グ ル ー プ C( 7 ヵ 国 ) は,この間はほとんど進展がみられなかったにもかかわらず,ヘッドライン指標に到達してい る 。こ の グ ル ー プ は 2 つ に 分 け る こ と が で き る 。1 つ は フ ィ ン ラ ン ド( FI),ポ ー ラ ン ド( PL), − 21 − 柿内真紀:EU における早期離学の現状 ル ク セ ン ブ ル グ( LU),ス ウ ェ ー デ ン( SE),ス ロ ヴ ェ ニ ア( SI)で 比 較 的 変 わ ら な い 割 合 を み せ て い る が , 一 方 で ス ロ ヴ ァ キ ア ( SK) と チ ェ コ ( CZ) は 近 年 増 加 し て い る 。 グ ル ー プ D( 4 ヵ 国 ) は , ル ー マ ニ ア ( RO), ブ ル ガ リ ア ( BG), ハ ン ガ リ ー ( HU), エ ス ト ニ ア ( EE) で , 最 も 状 況 が 悪 く , こ の 間 の 進 展 も 見 ら れ な い う え に ヘ ッ ド ラ イ ン 指 標 の 10%を 上 回 っ て い る 。 こ こ で , グ ル ー プ D に つ い て , モ ニ タ リ ン グ 報 告 書 の 別 冊 ( European Commission 2015c) の 各国分析をみてみよう。エストニアについては,早期離学率の増加はデータソースの問題であ り,実際には年々減少傾向にあることが書かれており,表1をみてもそれがわかる。もちろん 統 計 数 値 が す べ て を 正 確 に 物 語 る わ け で は な い 4 。残 る ル ー マ ニ ア ,ブ ル ガ リ ア ,ハ ン ガ リ ー に 共 通 す る の は 国 内 の 地 域 間 格 差 5 で あ る 。首 都 な ど 都 市 圏 で は 早 期 離 学 率 は 低 い が ,特 定 の 地 域 で高くなっていることである。たとえば,ブルガリアの場合,首都ソフィアのある南西地域で は 5.9%だ が ,最 も 高 い 北 西 地 域 で は 20.8%で あ る 。ハ ン ガ リ ー は ,中 央 地 域 は 7.2%だ が 北 部 地 域 は 18.4%で あ る 。 ル ー マ ニ ア も 都 市 部 と 地 方 で は 3 倍 の 差 が あ る と し て い る 。 ま た , ロ マ の 人びとの義務教育の就学率そのものが低いことも課題となっている。ロマの人びとの経済的社 会 的 環 境 や 教 育 に つ い て は EU 全 体 の 課 題 と し て 従 来 か ら 必 ず 挙 げ ら れ る も の で あ る 。 地 域 間 格差については,加盟国間の差異ではわからない,加盟国間に共通した早期離学要因が表出し ている場合がある。移民の多い地域などがそれに当たるだろう。 (図 2 )サ ブ グ ル ー プ 別 達 成 状 況 図 2 (European Commission 2015b, 34)は , 性 差 , 移 民 の 出 自 ( 外 国 生 ま れ ) の サ ブ グ ル ー プ か ら 達 成 状 況 を 見 る こ と が で き る デ ー タ で あ る 。全 体 的 な 傾 向 と し て 女 性 が 早 期 離 学 率 は 低 く , − 22 − 教育研究論集 第6号(2016 年 2 月発行) 移 民 は 高 い 。 イ ギ リ ス で は EU 域 外 出 身 の 離 学 率 が 低 い が こ れ は ア ジ ア 系 移 民 の 学 校 で の 成 功 があると予想する。移民のデータを提示できている加盟国は少ないが,移民の置かれた社会的 経 済 的 状 況 は 早 期 離 学 を 高 め て い る こ と が わ か る 。こ の こ と は フ ラ ン ス の 事 例( 園 山 2015)で も示されている。適切な進路指導と,進路選択ができるだけの環境(居住地,社会関係資本, 文化資本を含む)にあるかが影響を与えている。 3.早期離学率を下げる取り組み 早 期 離 学 へ の 対 策 と し て ,2011 年 に EU 理 事 会 が 出 し た 勧 告 6 に よ れ ば ,早 期 離 学 の 要 因 は 国 や地域,地方ごとに異なることから,それらに応じた方策を立てることの必要性が述べられて い る 。 そ し て , 防 止 ( prevention), 介 入 ( intervention), 補 償 ( compensation) 措 置 を 含 む 包 括 的ストラテジーを準備すること,そして親を含む関係者や諸機関の横断的な連携による実施を 求めている。実際の取り組みにはどのようなものがあるだろうか。もちろん,職業教育を含め て多くの取り組み例があるが,まずは補償措置に当たる例として,先の勧告にもあげられてい る 「 セ カ ン ド チ ャ ン ス の 学 校 ( Second Chance School)」 を あ げ て お く 。 こ れ は 欧 州 委 員 会 の レ ポ ー ト ( European Commission 2013b) で も 報 告 さ れ て い る 。 早 期 離 学 に よ っ て 一 旦 は ず れ て し まった学びにどのように 2 回目のチャンスを組み込むかである。もちろん,正規の学校教育制 度 だ け に 留 ま る も の で は な い 。た と え ば ,フ ラ ン ス で は 離 学 後 も さ ま ざ ま な ル ー ト が 提 供 さ れ , セ カ ン ド チ ャ ン ス の 学 校 も そ こ に 位 置 づ け ら れ て い る ( 園 山 2015, 136-143)。 次に,地域間格差やさまざまな格差への取り組み例を紹介しておきたい。ヨーロッパ社会投 資 基 金( European Structural and Investment Funds: ESIF)の 活 用 で あ る 。ESIF の ひ と つ で あ る ヨ ー ロ ッ パ 社 会 基 金 ( European Social Fund: ESF) 7 は , あ ら ゆ る 側 面 で 雇 用 を 支 援 す る た め の ツ ールとなる基金である。優先課題には,若者の雇用,学校から職業への移行なども含まれる。 さ ら に ,不 利 な 立 場 に お か れ た 人 び と を 支 援 し ,社 会 的 包 摂 を 高 め る こ と な ど が あ る 。こ の ESF を 早 期 離 学 の 低 減 に 活 用 し た 実 践 例 が あ る 。ESF の 活 用 に つ い て は ,2014 年 の モ ニ タ リ ン グ 報 告 書 ( European Commission 2014b ) で も 言 及 さ れ て い る 。 こ こ で は , 前 節 の グ ル ー プ B に 位 置 する,まだまだヘッドライン指標には到達していない,移民の離学率も高いイタリアの例をみ る こ と に す る 。 南 イ タ リ ア に あ る プ ー リ ア ( Puglia) 地 域 で の “ Diritti a Scuola”(「 学 校 へ の 権 利 」) と い う プ ロ ジ ェ ク ト で あ る 。 以 下 EU の ウ ェ ヴ サ イ ト に よ れ ば 8 , こ の 地 域 は 特 に 不 利 な 立場にある子どもたちに見られる中退に立ち向かい,修了する教育段階を上げるための方策と してこのプロジェクトを立ち上げた。プロジェクトでは初等学校段階の子どもと中等学校の最 初の 2 年の生徒を支援し,初等学校では言語と科学教育を向上させ,中等学校段階ではイタリ ア語と数学のスタンダードを上げていくことを鍵となる目標とし,加えて,カウンセリング, 教育と職業のガイダンス,異文化間の仲介を提供した。特に貧困状態にある生徒や移民コミュ ニティの生徒にはこれらのサービスが提供されるように注意が払われた。また,設置されたヘ ルプデスクによって,カウンセリングや情報提供サービスが普及することとなった。防止的措 置 と 介 入 的 措 置 か ら な る プ ロ ジ ェ ク ト で あ る 。結 果 と し て ,中 退 率 は 2004 年 の 30.3 % か ら 2011 年 の 19.5 %( イ タ リ ア 国 内 平 均 17 %) へ と 減 少 し て い る 。 前 後 す る が ,2014 年 の 報 告 書「 ヨ ー ロ ッ パ に お け る 教 育 と 訓 練 か ら の 早 期 離 れ へ の 取 り 組 み 」 ( European Commission/EACEA/Eurydice/Cedefop 2014a, 35-50) で は , 過 去 の 先 行 研 究 か ら 早 期 離 れ の 要 因 を 大 き く 3 つ に 分 け て 示 し て い る 。そ れ ら は , 「 個 人 ,家 族 ,社 会 経 済 的 状 況 ,移 民 − 23 − 柿内真紀:EU における早期離学の現状 も し く は マ イ ノ リ テ ィ の 背 景 ,ジ ェ ン ダ ー 」 「 教 育 制 度( 留 年 制 度 ,社 会 経 済 的 分 離 ,早 期 の ト ラ ッ キ ン グ な ど )」「 労 働 市 場 」 で あ る 。 前 節 に も こ れ ら の 要 因 は 表 出 し て い た 。 ま た , 複 数 の 要因からなる複合的なケースもある。さらには,要因の相関分析をすれば異なる傾向が現れる 場合もある。たとえば,前節(図2)の性差(ジェンダー)と社会経済的状況の相関分析をす れば,社会経済的状況が良いほど,性差は小さくなると報告書は述べている。ここからも,早 期離学対策も多層的または横断的であるよう求められることが推察できる。上述の包括的スト ラ テ ジ ー が 2013-14 年 度 で す で に 導 入 さ れ て い る の は 6 ヵ 国( ベ ル ギ ー( フ ラ マ ン 語 圏 ),ブ ル ガリア,スペイン,マルタ,オランダ,オーストリア)だけであるが,それらの実践例が上記 の報告書で紹介されている。 おわりに EU に お け る 早 期 離 学 率 は , 以 上 の よ う に , 全 体 と し て は 減 少 傾 向 が 進 み , 2020 年 ま で の 達 成 目 標 に 近 づ き つ つ あ る 。EU 理 事 会 は ,2015 年 11 月 に 早 期 離 学 対 策 の 継 続 の 重 要 性 を 結 論 文 書 9 で 出 し て い る 。 ま た , 2015 年 12 月 に 出 さ れ た ET2020 の 共 同 報 告 書 10 で は 今 後 5 年 間 の 6 つ の 優 先 領 域 を 提 示 し ,そ の な か で 早 期 離 学 に つ い て , 「長期間のコミットメントと機関連携協 力,防止,初期の介入と補償措置方策の適切な組み合わせが成功する対策には必要である」こ と が 述 べ ら れ て い る 。続 い て , 「 学 校 を 基 盤 と し た 早 期 離 学 対 策 は ,協 同 ア プ ロ ー チ ,親 の 主 体 的な関与,学外関係者やコミュニティとのパートナーシップ,生徒たちの福利を支援する方策 と質の高いガイダンスやカウンセリングを含み,個々の生徒が質の高い教育にアクセスし,参 加し,恩恵を得られる平等な機会を確かなものとし,すべての学習者が個々の持つ最大限の可 能性に到達できるようにするべきである」としている。そうであるならば,学習権の保障とと もに, 「 個 々 の 持 つ 最 大 限 の 可 能 性 に 到 達 」し た 後 に そ の 可 能 性 が 平 等 に 生 か せ る 社 会 が 準 備 さ れていなければならないだろう。たとえばヨーロッパで育った移民の子どもたちが結局は排除 されるような社会はそのような社会ではないと言える。前出の図1および図2と関連させた実 践例の考察を次の課題としておきたい。 最後にこの 1 年余りでヨーロッパ社会にもたらされた新たな問題について触れておきたい。 EU( 現 在 加 盟 28 ヵ 国 )は 人 と モ ノ の 移 動 の 自 由 を も た ら し ,そ の 移 動 性( Mobility)に よ っ て ヨーロッパに豊かさをもたらすことを目指してきた。しかし,現在,シリア難民を含め,紛争 国・地域からの難民申請希望者や移民らが押し寄せ,移動の自由への再考がヨーロッパを揺る が せ て い る 。も ち ろ ん ,そ れ 以 前 か ら EU 域 内 移 動 も 活 発 化 し て い た 。い わ ゆ る「 EU の 東 方 拡 大」 ( 2004 年 )に よ っ て 新 た に EU に 加 盟 し た 東 欧 お よ び バ ル ト 諸 国 11 の 人 び と の 域 内 移 動 で あ る 。2007 年 の ル ー マ ニ ア ,ブ ル ガ リ ア の 加 盟 ,2013 年 の ク ロ ア チ ア の 加 盟 に よ っ て ,そ れ は さ らに勢いを増しつつある。イギリスでは,東欧・バルト諸国からの移民が急増してきた。これ ら の 移 動 は イ ギ リ ス 国 民 に EU か ら の 離 脱 支 持 を 増 や し た 12 。ヨ ー ロ ッ パ 社 会 の 構 成 員 は 一 層 多 様 化 し つ つ あ り , 現 在 の EU に と っ て は こ う し た 新 た な 人 び と の 移 動 と 流 入 が 喫 緊 の 課 題 で あ る。 こ の よ う な ヨ ー ロ ッ パ の 社 会 状 況 に お い て , 従 来 の 移 民 や 外 国 人 の 子 ど も へ の 教 育 施 策 13 で 乗り越えられるのかどうかは新たな課題となる。やがてヨーロッパ社会で生きていくことにな る難民の子どもたちは異なる学校文化のなかでどのように育っていくのだろうか。また,現に 義務教育年齢を超えた若者たちの社会統合や雇用の問題は待ったなしに直面する課題である。 − 24 − 教育研究論集 第6号(2016 年 2 月発行) 早 期 離 学 が 示 す デ ー タ は ,ヨ ー ロ ッ パ の 貧 困 や 社 会 問 題 を 投 影 し て い る 。上 述 の 2015 年 以 降 の 急 激 な ヨ ー ロ ッ パ 社 会 の 変 化 へ の 言 及 は 2015 年 の 共 同 報 告 書 で も な さ れ て い る が ,早 期 離 学 の 今後の動向を検討するにあたっても注意を払う必要があるだろう。 ※ 本 稿 は , 科 学 研 究 費 助 成 金 基 盤 研 究 ( C)「 EU に お け る 中 等 教 育 段 階 の 早 期 離 学 に 関 す る 比 較 研 究 」 (「 JSPS KAKENHI Grant Number 15K04361」) に よ る 成 果 の 一 部 で あ る 。 柿内真紀(鳥取大学 大学教育支援機構・教員養成センター) <注> 1 European Commission の Education and Training Monitor の サ イ ト か ら 各 年 版 を 入 手 で き る 。本 稿 で 使 用 し た 当 該 報 告 書 も ダ ウ ン ロ ー ド し た も の で あ る 。 http://ec.europa.eu/education/tools/et-monitor_en.htm( 最 終 閲 覧 2016/2/8)。 2 ク ロ ア チ ア は 2014 年 デ ー タ へ の 信 頼 度 が 低 い た め に こ の 図 に は 含 ま れ て い な い 。 3 目 標 達 成 で き て い て も も ち ろ ん 問 題 が な い わ け で は な い 。た と え ば フ ラ ン ス に つ い て は 園 山 (2015)を 参 照のこと。 4 たとえば統計の対象となる中等教育段階のいずれの資格の取得者までを早期離学者の範囲とするかど う か で , 状 況 に 変 化 は な く て も 統 計 上 の 値 は 変 わ る ( 園 山 2015, 132)。 5 2014 年 の モ ニ タ リ ン グ 報 告 書 で は 詳 し く 取 り あ げ ら れ て い る ( European Commission 2014b, 33-34)。 6 Council Recommendation of 28 June 2011 on policies to reduce early school leaving 7 EU 基 金 の 教 育 政 策 に お け る 活 用 例 は , 柿 内 (2012)を 参 照 の こ と 。 8 EU の ESF の サ イ ト お よ び 地 域 政 策 の サ イ ト で 紹 介 さ れ て い る 。本 稿 の 実 践 例 紹 介 は 地 域 政 策 の サ イ ト , http://ec.europa.eu/regional_policy/en/projects/italy/tackling-school-drop-out-rates-and-improving-re sults( 最 終 閲 覧 2016/2/8)に よ る 。こ の プ ロ ジ ェ ク ト は 2015 年 に EU の RegioStars award を 受 賞 し て い る 。 9 Council Conclusions on reducing early school leaving and promoting success in school 2015 Joint Report of the Council and the Commission on the implementation of the strategic framework for European cooperation in education and training (ET 2020) 11 ポーランド,ハンガリー,チェコ,スロヴァキア,スロヴェニア,エストニア,ラトヴィア,リトア ニ ア 。 な お , EU 域 内 の 人 の 移 動 と 教 育 に つ い て は , 柿 内 (2015)を 参 照 の こ と 。 12 イ ギ リ ス の キ ャ メ ロ ン 首 相 は EU か ら の 離 脱 を 問 う 国 民 投 票 を 控 え ,EU 残 留 を 目 指 し た 政 策 方 針 を 打 ち 出 す た め ,2016 年 初 頭 現 在 ,移 民 へ の 社 会 保 障 受 給 制 限 な ど に つ い て EU と の 交 渉 を 続 け て い る 。ま た , 最 も 多 く の 難 民 申 請 者 の 希 望 地 と な っ た ド イ ツ で は ,ド イ ツ お よ び ヨ ー ロ ッ パ 全 体 で の 難 民 受 け 入 れ 姿 勢 を貫くメルケル首相の支持率は下がり続けている。 13 EU 主 要 国 に お け る 外 国 人 の 子 ど も の 教 育 に 関 す る 施 策 に つ い て は , 柿 内 ・ 園 山 (2015)を 参 照 の こ と 。 10 <参考・引用文献> 柿 内 真 紀 (2012), 「 ラ ト ヴ ィ ア の 教 育 政 策 に み る EU 基 金 の 活 用 」, 『 教 育 研 究 論 集 』第 2 号 ,鳥 取 大 学 , 31-38 頁。 柿 内 真 紀 (2015),「 EU 域 内 の 人 の 移 動 と 構 築 さ れ る ヨ ー ロ ッ パ 的 次 元 空 間 - EU 新 規 加 盟 国 に と っ て の ヨ ー ロ ッ パ / イ ギ リ ス - 」, 青 木 利 夫 ・ 柿 内 真 紀 ・ 関 啓 子 編 著 『 生 活 世 界 に 織 り 込 ま れ た 発 達 文 化 - 人 間 形 成 の 全 体 史 へ の 道 - 』, 東 信 堂 , 2015 年 。 柿 内 真 紀・園 山 大 祐 (2015), 「 EU 主 要 国 に お け る 外 国 人 の 子 ど も の 教 育 に 関 す る 施 策 と 課 題 」, 『比較教育 学 研 究 』 第 51 号 , 日 本 比 較 教 育 学 会 , 37-49 頁 。 園 山 大 祐 (2015),「 フ ラ ン ス 教 育 制 度 に お け る 周 縁 化 の 構 造 ─ 早 期 離 学 者 に み る エ リ ー ト 主 義 の 伝 統 か ら の 離 脱 ・ 抵 抗 ─ 」,中 野 裕 二 ・ 森 千 香 子 ・ ル バ イ ,エ レ ン ・ 浪 岡 新 太 郎 ・ 園 山 大 祐 編 著『 排 外 主 義 を 問 い な お す ― フ ラ ン ス に お け る 排 除 ・ 差 別 ・ 参 加 』, 勁 草 書 房 。 De Groof, S. & Elchardus, M.(eds)(2013), Early School Leaving & Youth Unemployment, Amsterdam: Amsterdam University Press. European Commission (2012), Education and Training Monitor 2012. − 25 − 柿内真紀:EU における早期離学の現状 European Commission (2013a), Reducing early school leaving: Key messages and policy support, Final Report of the Thematic Working Group on Early School Leaving, November 2013. European Commission (2013b), Preventing Early School Leaving in Europe – Lessons Learned from Second Chance Education. European Commission (2013c), Education and Training Monitor 2013. European Commission/EACEA/Eurydice/Cedefop (2014a), Tackling Early Leaving from Education and Training in Europe: Strategies, Policies and Measures, Eurydice and Cedefop Report. Luxembourg: Publications Office of the European Union. European Commission (2014b), Education and Training Monitor 2014. European Commission (2015a), Highlights from the Working Groups 2014-2015, Education and Training 2020. European Commission (2015b), Education and Training Monitor 2015. European Commission (2015c), Education and Training Monitor 2015 Country analysis . European Journal of Education (2013), Special Issue: Problematising the Issue of Early School Leaving in the European Context, 48(3). European Parliament (2011), Reducing Early School Leaving in the EU, Study, Directorate General for Internal Policies, Policy Department B: Structural and Cohesion Policies, Education and Culture. Eurydice (2015), Eurydice Brief - Tackling Early Leaving from Education and Training. Lamb, S. et al. (eds) (2011), School Dropout and Completion, Dordrecht: Springer. Council Conclusions of 12 May 2009 on a strategic framework for European cooperation in education and training (‘ET 2020’), (2009/C 119/02) Official Journal of the European Union C 119 of 28.5.2009. 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