ステンレス鋼の特性と使用上の要点

ステンレス鋼の特性と使用上の要点
(社)腐食防食協会 腐食センター
遅沢
浩一郎
目
次
1.ステンレス鋼の定義と種類 -------------------------------------------1
1.1 定 義 ------------------------------------------------------------------- 1
1.2 種 類--------------------------------------------------------------------- 2
2.物理的性質、機械的性質および加工性----------------------------- 4
2.1 物理的性質------------------------------------------------------------- 4
2.2 機械的性質および加工性------------------------------------------- 5
(1) マルテンサイト系ステンレス鋼
(2) フェライト系ステンレス鋼
(3) オーステナイト系ステンレス鋼
(4) オーステナイト・フェライト(2 相)系ステンレス鋼
(5) 析出硬化系ステンレス鋼
3.耐 食 性-------------------------------------------------------------------- 8
3.1 不動態と腐食形態---------------------------------------------------- 8
3.2 耐孔食/すきま腐食性----------------------------------------------- 9
(1) 材料側因子の影響
(2) 環境側因子の影響
3.3 耐応力腐食割れ性---------------------------------------------------- 13
(1) 材料側因子の影響
(2) 環境側因子の影響
3.4 金属の溶出など------------------------------------------------------ 15
4.材料選択------------------------------------------------------------------- 17
引用文献------------------------------------------------------------------- 17
1.ステンレス鋼の定義と種類
1.1 定 義
鉄は通常の大気中に放置すると短期間でさびるが,鉄にクロム(Cr)を合金させると腐食量
は減少し,Cr 量が 11~12%に達すると図 11)に示すようにほとんど腐食減量がなくなり,
清浄な大気中ではさびの発生が抑えられる.このことから,さび・しみ(stain)のない(-less)
鋼として 13Cr 鋼の発明者である英国の H. Brearley により stainless steel(ステンレス鋼)
と名付けられた.ただし,より厳しい環境条件で十分な耐食性を得るためには Cr 量をさら
に増したり,Ni,Mo その他の合金元素が添加され,現在では JIS においても 100 種類程度
のステンレス鋼種が規定されている.Fe 以外は Cr が必須合金元素で JISG 0203 によると,
ステンレス鋼とは「耐食性を向上させる目的でクロム又はクロムとニッケルを合金させた
合金鋼.一般にはクロム含有量が約 11%以上の鋼をいい,主としてその組織によって,マ
ルテンサイト系,フェライト系,オーステナイト系,オーステナイト・フェライト系及び
析出硬化系の五つに分類される.」
国際標準では「クロム含有量 10.5%以上,炭素含有量 1.2%
以下の合金鋼」となっており日本も統計資料では 2007 年からこの定義に従っている.この
1
定 義 に 従 う と 従 来 耐 熱 鋼 (JIS の
7
SUH 記号鋼種)に分類されていた鋼
もステンレス鋼に含まれる.
1.2 種 類
させるために,Mo, Cu, Si, Mn, N そ
の他の元素が添加される.また
平均侵食深さ
(mils)
なっており,さらに各種特性を向上
Kure Beach-80ft(海岸)
5
ステンレス鋼は化学成分上は,
Fe-Cr または Fe-Cr-Ni がベースと
Kure Beach-800ft(中程度海岸)
6
South Bend(半田園)
4
3
2
Fe-Cr-Mn をベースとするステンレ
ス鋼も開発されている.ステンレス
1
鋼は前記定義のとおり,金属組織に
0
よって 5 種類の系統に分類されてい
る.各系統に規定されているステン
Newark(工業)
0
-1
レス鋼種数は表 1 に示したとおりで,
オーステナイト系がもっとも多い.
4
8
12
16
20
24
28
Cr量(%)
図1 Fe-Cr合金の大気暴露結果に対する
Cr量の影響
マルテンサイト系ステンレス鋼は,
高温のオーステナイト相の温度域から急冷することにより常温ではマルテンサイト組織を
示す鋼種で,JIS の鋼種は成分上は Cr 量 11.5~18%,C 量は最大 1.1%含有される.フェ
ライト系ステンレス鋼はフェライト相から成るステンレス鋼で,高温からの急冷によって
も変態がない.JIS 鋼種は Cr 量 11~32%,C 含有量はマルテンサイト系よりも低く 0.12%
以下である.オーステナイト系ステンレス鋼は Fe-Cr-Ni,Fe-Cr-Ni-Mn,または Fe-Cr-Mn
をベースとする,常温から高温までオーステナイト組織を示すステンレス鋼で,JIS 鋼種は
Cr16~26%,Ni4~26%の範囲にある.
表 1 ステンレス鋼の種類と分類
成分による分類
クロム系
Fe-Cr 系
組織による分類
代表鋼種
JIS 鋼種数
マルテンサイト系
SUS 410 (13Cr-0.1C))
16
フェライト系
SUS 430 (17Cr)
15
オーステナイト系
SUS 304 (18Cr-8Ni)
50
オーステナイト・フェライト系(2 相系)
SUS 329J4L
Fe-Cr-Ni 系
ニッケル系
Fe-Cr-Ni 系
Fe-Cr-Ni-Mo 系
Fe-Cr-Ni-Mo-Cu 系
Fe-Cr-Ni-Mn 系
3
(25Cr-6Ni-3Mo-0.15N)
析出硬化系
SUS 630 (17Cr-4Ni-4Cu-Nb)
1
SUS 631 (17Cr-7Ni-Al)
3
マルテンサイト系
SUH 600
6
フェライト系
SUH 409L
4
オーステナイト系
SUH 310
マルテンサイト系
オーステナイト系
セミオーステナイト系
オーステナイト・フェライト系
(参考)耐熱鋼
2
10
オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼は,金属組織上はオーステナイト相とフェ
ライト相の二つの相から成り,したがって2相ステンレス鋼とも呼ばれる.成分により 40
~70%のフェライト相を含んでいる.2相組織とするためにフェライト生成元素である Cr
とオーステナイト生成元素である Ni の量比(Cr/Ni)はオーステナイト系ステンレス鋼より
も大きくなっている.JIS には 3 種類(SUS 329J1, 329J3L, 329J4L)が規定されている.
表 2 に種別,鋼種例および成分を示した.(表中の PRE については後述する.)
表2 2相ステンレス鋼の種別と鋼種例
種 別
鋼種例
主 要 成 分(%)
Ni Cr Mo Cu N ほか
PRE*
Lean
duplex
LDX2101
SAF2304
AL2003
1.5 21 0.3 0.3 0.22 5Mn
4 23 0.5
0.15
3.3 21 1.8 0.16
20.5
27
29.5
Standard
duplex
SUS 329J3L
SUS 329J4L
5 22 3 0.15
6 25 3.3 0.15
34.3
38.3
Super
duplex
SAF2507
Zeron100
7 25
4
0.3
7 25 3.6 0.75 0.25 0.75W
43
42.1
Hyper
duplex
SAF2707HD
6.5
27
5
0.4
49.9
PRE(耐孔食指数)=Cr+3.3(Mo+0.5W)+16N-Mn
*
析出硬化系ステンレス鋼は,マルテンサイト,オーステナイト,またはオーステナイト・
フェライト組織のステンレス鋼等に析出硬化元素を添加することにより析出物を生成させ
て硬化させたステンレス鋼である.JIS には 4 種類(SUS 630, 631, 631J1, 632J2)が規定さ
れている.
Ni 含 有 量 約 30% 以 上 の
記号で表され,ステンレス鋼(SUS
記号)とは別に規定されているが,
一般にはステンレス鋼の仲間とし
て扱われることが多い.
なお金属組織は化学成分によっ
て決まるが,ステンレス鋼の組織
に対するフェライト生成元素とオ
ーステナイト生成元素の影響は、
溶接金属に対して図22) のように
示される.
Ni等量= %Ni+30(%C)+0.5Mn
Ni-Cr-Fe 合金は JIS では NCF の
30
28
26
24
22
20
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
A: オーステナイ ト
フェ ラ イ ト%
F: フェ ラ イ ト
0
M: マルテン サイ ト
5
オーステナイ ト
10
20
オーステナイ ト
+フェ ラ イ ト
40
A+M
80
マルテン サイ ト
A+M+F
M+F
100
フェ ラ イ ト
0 2 4 6 8 10 12 1416 18 20 22 2426 28 30 32 3436 38 40
Cr等量= %Cr+%Mo+1.5(%Si)+0.5(%Nb)
図2 ステンレス鋼溶着部の組織図
3
また表 3 にはステンレス鋼の系統別に特徴と用途例をまとめて示した.
表 3 ステンレス鋼の系統別特徴と用途例
系 統 特 徴 用 途 例
マルテンサイト
ステンレス鋼
高 温から の急冷(焼入れ)により
硬化。硬さ、強度と耐さび性。
刃物、機械部品、オートバイデ
イスクブレーキ、タービンブレード
フェライト
ステンレス鋼
熱処理により硬化せず。
加工性良。Cr,Mo増加で耐食性大。
家電、建築内装、厨房、
自動車排気系
オーステナイト
ステンレス鋼
熱 処理で 硬化せず。加工硬化性大
のものあり。耐食性・加工性良。
耐久消 費財、化 学 プラン
ト
(用途範囲大)
オ ース テナ イ
ト ・ フ ェラ イト
ステンレス鋼
金 属組織 上、オーステ ナイト相と
フェライト相の2相から成る。
強度大。耐食性大のものあり。
油井、ケミカルタンカー、
受水槽
析出硬化
ステンレス鋼
熱 処理に より金属間化 合物等が析
出し、硬化。
強度とある程度の耐食性。
ばね、スチールベルト、
シャフト、
プリント配線基板用押板
2. 物理的性質, 機械的性質および加工性
2.1
物理的性質
ステンレス鋼の物理的性質および機械的性質は金属組織によって変わるが,とくに物理
的性質に対しては組織の影響が大きい.表 4 は各組織を代表するステンレス鋼について物
理的性質を示したもので,マルテンサイト系とフェライト系は比較的似かよった性質を有
するが,オーステナイト系はそれらよりも比熱,熱膨張係数,比抵抗が大きく,一方,熱
伝導率は小さいのが特徴である.オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼は,金属組
織上はフェライト相とオーステナイト相の2相から成るので,その物理的特性値はフェラ
イト系ステンレス鋼とオーステナイト系ステンレス鋼の中間の値を有する.
表 4 ステンレス鋼の物理的性質
系統と
鋼種
密度
常温
g/cm3
比熱
273-373K
kJ/(kg K)
熱伝導率
373K
W/(kg K)
線膨張係数
273-373K
10-8/K
比抵抗
常温
10-8Ω・m
縦弾性係数
常温
kN/mm2
磁性
常温
マルテン
サイト系
SUS 410
7.75
0.46
24.9
9.9
57
205
あり
フェライ
ト系
SUS 430
7.70
0.46
26.0
10.4
60
200
あり
オーステ
ナイト系
SUS 304
7.93
0.50
16.3
17.3
72
193
なし
オーステ
ナイト・
フェライ
ト系
SUS 329J1
7.76
0.46
20.9
12.2
83
198
あり
4
オーステナイト系ステンレス鋼は,表 4 に示したように,一般には非磁性であるが,冷
間加工によってマルテンサイト組織を生成すると磁性を示すようになる.その程度は成分,
10
33)には伸線加工に伴う透磁率の変化を成分
9
の異なるオーステナイト・ステンレス鋼につ
8
いて示した.Ni 量の多い鋼種ほど加工後の
7
透磁率(μ)
加工温度および加工度によって異なる.図
透磁率は小さい.またオーステナイト・ステ
ンレス鋼でも溶接金属部などには,少量のフ
304(8.4%Ni)
6
5
ェライトを含むと溶接の際の高温割れが防
4
止されるので,フェライト相が含まれること
3
があり,その場合は透磁率が高くなる.
2
2.2
1
機械的性質および加工性
304(9.9%Ni)
305(11.5%Ni)
316
10
(1) マルテンサイト系ステンレス鋼
20
30
40
50
60
伸線加工率(%)
70
80
90
図3 磁性に及ぼす加工の影響
マルテンサイト系ステンレス鋼は硬さと
強さを目的としたステンレス鋼で,大気中で
はさびにくいが,その他の耐食性は他の系統のステンレス鋼よりも一般に劣る.機械的性
質はおもに C 含有量と熱処理条件によって決まる.通常は焼入れ焼戻し状態で使用され,
焼戻し温度が高くなると強度は下がり,伸びは大きくなる.SUS 440 系のステンレス鋼が
もっとも硬く,SUS 440C は JIS 鋼種のなかでは最高の硬さを有し,HRC 58 以上を示す.
(2) フェライト系ステンレス鋼
フェライト系ステンレス鋼は熱処理によって硬化しないので,焼なまし状態で使用され
る.強度,硬さはマルテンサイト系より低い.C および N 含有量を低めたいわゆる高純度
フェライト系ステンレス鋼(SUS 430LX,430J1L,436L,444 など)は C,N 量の低くない同系
統の鋼種よりも強度はやや低いが,靭性,成形性,溶接性に優れる.また Mo を含むものは
若干強度が高い.成形性に優れるので板材は成形加工で製作される容器類にも利用される.
フェライト系ステンレス鋼は低温では靭性が低下し,延性/脆性遷移温度を示す.遷移温度
は低C・N化により,より低温側に移行する.板厚の上昇,Cr 含有量の上昇は遷移温度を上
昇させる.また 1000℃を超える高温にさらされると結晶粒が粗大化して常温以下の靱性が
劣化する.さらに 600℃付近の中間温度域にさらされると Cr 量の多い鋼種はσ(シグマ)相
を生成して脆化し,また 475℃付近に保つと 475 脆性を示すので注意を要する.図 4 には
温度(熱処理)と析出および脆化の関係の概念図を,オーステナイト系およびオーステナイ
ト・フェライト系(2 相系)ステンレス鋼と比較して示した.
(3) オーステナイト系ステンレス鋼
オーステナイト系ステンレス鋼はもっとも種類の多いステンレス鋼で,使用目的に対応
した鋼種が開発されている.耐食性目的には固溶化熱処理状態で使用されることが一般的
である.耐力は一般に低めで,引張強さと伸びは大きい.ただし N 添加鋼種(SUS 304N2,
SUS 836L など)は N をとくに添加しない鋼種に比べて強度が高い.また低温まで変態がな
くオーステナイト相を示す組成のものは,延性/脆性遷移温度がなく極低温まで使用可能で
ある.高温強度も他の系統のステンレス鋼より優れる.
5
1400
オーステナイト系 フェライト系 2相系
1200
1000
o
温度( C)
800
600
高温脆化(粒粗大化)
適正熱処理
適正熱処理
適正熱処理
σ相
σ相
σ相
Cr炭化物(Cr欠乏)
475脆性
475脆性
400
200
0
低温脆化
-200
図4 析出・脆化に及ぼす温度の影響(概念図)
オーステナイト系ステンレス鋼は合金元素をよく固溶し,それにより強度が上昇する.
図 54)は 18Cr-10Ni 鋼の耐力に及ぼす固溶元素の影響を示したものであるが,侵入型元素で
ある N,C がもっとも強度上昇に効果があり,また置換型フェライト生成元素がこれに続き,
置換型オーステナイト生成元素の強度への寄与は小さい.耐力および引張強さに及ぼす元
素の影響を式に表した例は下記のとおりである 5).
0.2%耐力(MN/m2) = 15.4(4.4+23C+1.3Si+0.24C+0.94Mo+1.2V+0.29W+2.6Nb+1.7Ti
+0.82Al+32N+0.16δ +0.46d-1/2)
引張強さ(MN/m2) = 15.4(29+35C+55N+2.4Si+0.11N+1.2Mo+5.0Nb+3.0Ti+1.2Al
+0.14δ+0.82t-1/2)
ただしδはδフェライト量(%),d
は結晶粒径(mm),t は双晶間隔
(mm)を,また元素記号はその元素
の mass%を,それぞれ示す.現在
は N が 0.1%以上添加された鋼種
が多く開発され JIS にも採用され
ているが,いずれも高い強度を有
する.
また,ステンレス鋼は加工によ
り強度が上昇するが,とくに
18Cr-8Ni などの準安定オーステ
図5
オーステナイト系ステンレス鋼の 0.2%耐力に
及ぼす固体溶元素の影響
ナイト・ステンレス鋼ではその効果が大きい.これは加工によってオーステナイト相がマル
テンサイト相に変態(加工誘起変態)するためである.加工誘起変態の量は,オーステナ
イト安定度と加工温度,結晶粒度,さらに加工度,加工速度によって異なる.加工に対す
るオーステナイト相の安定性を示す式としては,30%の引張変形を与えたとき組織の 50%
がマルテンサイト相に変態する温度として Md30 が求められている 6).この温度より低い温
6
度で加工するとマルテンサイト生成量が多い.したがって Md30 値(単位:℃)が大きいほ
ど変態しやすい.結晶粒度も加味した式としては,次式 7)が提案されている.
Md30 = 551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)-18.5Mo-68Nb-1.42(ν-8.0)
ここでνは結晶粒度番号,元素記号はその元素の mass%を,それぞれ示す.
加工誘起変態による強度の上昇
1600
は,オーステナイト系ステンレ
る.図 68)は SUS 304 および SUS
316 板の冷間圧延率と強度の関
係を示した図であるが,オース
テナイト安定度のより低い SUS
304 の方が強度上昇が大きい.
これらの性質はばね材に応用さ
れている.また切削や研摩など
1400
0.2%耐力、引張強さ(N/mm2)
ス鋼の高強度化に利用されてい
により表面が擦られると表面付
近の組織が変化し硬さが増すの
で,耐食性に対して有害となる
1200
1000
800
600
304引張強さ 316引張強さ 304耐力 316耐力 400
200
0
0
20
40
冷間圧延率(%)
60
80
図 6 引張強さと耐力に及ぼす冷間圧延率の影響
可能性がある.切削性の良い
SUS 303 は SUS 304 よりも硬化の程度が小さい.一般に加工による組織の変化は耐食性に
も影響を与えるので注意を要する.
板材の深絞り成形時に,加工が進んで板厚が薄くなると加工応力に耐えられなくなり破
断することがあるが,加工誘起変態により強度が上昇するとこれを防止できるので,深絞
り加工が可能となる.ただし,あまり加工が大きいと加工後にシーズンクラックを生じる
ので限界がある.また深絞り成形の際に結晶粒の大きい板材を用いると肌荒れ(オレンジピ
ール)の可能性があるので,結晶粒は小さい方(結晶粒度 6.5 以上)がよい.
(4) オーステナイト・フェライト
(2 相)系ステンレス鋼
フェライト系およびオーステナイ
ト系ステンレス鋼と同様,熱処理によ
っては硬化しないので,普通は固溶化
熱処理状態で使用される.耐力と引張
強さは,オーステナイト系ステンレス
鋼より一般に高く,延性は低い.冷間
成形はオーステナイト系に比べ困難
であるが,900℃以上の高温域では
18Cr-8Ni 鋼よりも強度は低下する.
また図 79)には SUS 329J3L 相当鋼
図7
の中間温度域における時間-析出曲線
2 相ステンレス鋼(SUS329J3L 相当)
の時間―析出曲線
(TTT 線図)を示す.(図 4 にも概念図
を示した.)σ相等の生成および 475 脆性があるので注意を要する.長時間の使用は 350℃
以下に限られる.なお 2 相ステンレス鋼には 900~1000℃付近で優れた超塑性を示すもの
7
がある.この性質は超塑性成形に応用できる.ただし 2 相ステンレス鋼の薄肉成形品を
1000℃以上に保持すると,高温強度が小さいため自重で変形する可能性があるので注意を
要する.
(5) 析出硬化系ステンレス鋼
析出硬化系ステンレス鋼はマルテンサイト系と同様に強度を利用した用途に適している
が,マルテンサイト系よりも一般には耐食性はよく,また析出硬化処理前に成形,溶接を
行うことができるという特長がある.SUS 630 は時効熱処理により Cu 富化相が析出して
硬化し,一方 SUS 631 は時効熱処理によって Ni, Al の金属間化合物が生成することによっ
て硬化するものである.
3.耐食性
3.1 不動態と腐食形態
ステンレス鋼は表面に不動態皮膜を
有するため多くの環境で優れた耐食性
(水溶液)
を示す.図 8 はステンレス鋼のごく表面
Fe,Cr水酸化物
付近断面における皮膜構造を模式的に
不動態皮膜
Cr酸化物
1-3nm
示したもので,不動態皮膜は金属地側は
Cr の酸化物,環境側は水酸化物から成る
(金属地)
2層構造になっていると考えられてお
り,その厚さは条件によって異なるが,
図8
ステンレス鋼の不動態皮膜(模式的)
およそ 1~3nm である.不動態皮膜は,
ステンレス鋼が置かれている環境において自然に生成され,それが耐食性の維持に寄与す
る.メタルの僅かな溶解をも嫌う環境に適用する場合には,メタル(特に Fe)イオンの解け
にくい不動態皮膜を形成させる必要がある(後述).ステンレス鋼の不動態皮膜中の Cr 量
(Cr/(Cr+Fe)比)が大きいほど耐食性がよい.
ステンレス鋼の水溶液(たとえば希硫酸)中におけるアノード分極曲線を模式的に示す
と図 9 のようになり,電位を貴にすると活性態から急に電流が落ち,不動態に移行する.
さらに電位が貴になると不動態がなく
なり,再び電流が上昇する(過不動態).
腐食疲れ
ステンレス鋼は一般に不動態で使用
粒界腐食
されるため酸化力がある程度ある環
全面腐食 孔食
境で優れた耐食を示す.ステンレス鋼
が遭遇する腐食の形態と電位条件を
図 9 中に示したが,全面腐食はとく
に活性態で問題となり,粒界腐食はと
全面腐食
SCC
電
流
密
度
くに活性/不動態境界領域および過不
活性態
動態領域で,また孔食(およびすきま
不 動 態
過不動態
電極電位
腐食)は不動態領域で,さらに応力腐
食割れも多くは不動態領域で問題と
なる.腐食疲れは活性から過不動態
図9 ステンレス鋼のアノード分極曲線と主な腐食形態
領域にかけて起りうるが,活性態で,
8
または不動態で孔食・応力腐食割
れなどの局部腐食を起点として,
起きやすい.アノード分極曲線の
各特性値に及ぼす合金元素の影
響を定性的に図 1010)に示した.
ここで太い矢印は有効な合金元
素を,細い矢印は有害な合金元素
をそれぞれ示している.活性態に
おける腐食を抑制する合金元素
は Ni,Mo,Cu などであり,したが
って高 Ni で Mo と Cu を添加し
たステンレス鋼は硫酸,酢酸その
図 10
アノード曲線の各特性値に及ぼす合金元素の影響
他非酸化性酸における耐食性に優
れる.また濃硝酸におけるような過不動態域の腐食に対しては Si 含有量の多い鋼種が開発
されている.
以下には,ステンレス鋼使用上もっとも問題となる局部腐食,とくに孔食(およびすき
ま腐食)と応力腐食割れ,について述べる.
3.2 耐孔食/すきま腐食性
(1)材料側因子の影響
とくに塩化物を含有する水溶液中で問題となる孔食(またはすきま腐食)は,不動態皮
膜の局部が破壊して起こる腐食現象で,海水等でのステンレス鋼使用上の欠点となってい
るが,これに対する合金元素としては Cr, Mo および N の効果が注目されており,それらを
積極的に増量または添加したステンレス鋼が多く開発されている.ただし,これら元素は
金属に固溶した状態で効果を発揮するので,フェライト系ステンレス鋼における N は,固
溶可能量が小さいので Cr 窒化物を析出させて隣接部の Cr が欠乏するため,有害である.
ステンレス鋼の耐孔食性は下記の孔食指数(PRE: Pitting Resistance Equivalent)が大き
いほど良いとされている.
PRE = Cr + 3.3Mo + nxN (ただしフェライト系ステンレス鋼では N は無視する)
ここで元素記号はその元素の mass%を示す.N に対する係数 n は研究者により異なり 10
~30 にわたっているが,16 が採用されている例が多い.ただし少なくともオーステナイト
系においては 3011)に近い方がよいと思われる.2 相ステンレス鋼では W を含む鋼種も開発
されており,その場合 W に対する係数は Mo の 1/2 とされている.さらに Mn は耐孔食性
に対して有害なので,多量に含まれる場合はその係数を-1 として上記の式に加算すること
も提案されている 12).すなわち
PRE = Cr + 3.3Mo + 30N –Mn
PRE 値が大きくなると,普通のステンレス鋼の欠点である塩化物環境における耐局部腐
食性(とくに耐孔食性,耐すきま腐食性)が向上するので,PRE 値が約 40 以上のステンレ
ス鋼はスーパーステンレス鋼と呼ばれている.ただしスーパーマルテンサイト・ステンレ
ス鋼は PRE 値とは関係ない別の範疇のステンレス鋼である.
2 相ステンレス鋼ではフェライト相とオーステナイト相中の元素の分配量が異なるが,と
くに N 添加鋼では耐孔食性に寄与する N がほとんどオーステナイト相に固溶するので,相
9
比によって耐孔食性が大きく変化する.図 11 は相比と耐孔食性との関係を模式的に示した
ものであるが,ある相比のとき最大の耐孔食性が得られる.
120
60
100
④γ相のCr+3.3Mo+30N
50
354N 625 C-22
①α相のCr+3.3Mo
80
臨界温度/℃
Cr+3.3Mo(+30N)
40
836L
255N
M
60
30
②γ相のCr+3.3Mo
すきま腐食
254NM
312L
354N
329J3L
329J4L
625
255
40
20
C-276
孔食
836L、254NM
155N 185N, 255NM
317L
③γ相の30N
10
825
20
304
329J4L
32J3L
316L
825
0
0
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1
10
オーステナイト相比
図 11 2 相ステンレス鋼の耐孔食性に
及ぼす相比の影響(模式的)
30
50
70
PRE(Cr+3.3Mo+30N)
90
図 12 各種ステンレス鋼の孔食および
すきま腐食限界温度と PRE 値の関係
図 1213)には各種ステンレス鋼の孔食お
よびすきま腐食の限界温度と PRE 値の関
係を示した.なお,すきま腐食はすきま
内部の pH が低下して不動態が破壊され
たときに起こると考え,脱不動態化 pH
(pHd)が各種ステンレス鋼に対して求
められているので,その例を図 1314)に示
す.Cr, Mo を多く含む鋼の pHd が低い.
Cu も pHd を下げるが,N はほとんど影
響ない.
図 13 各種ステンレス鋼の脱不動態化 pH
耐孔食性は,材料側では加工,溶接等
によって劣化しやすい.オーステナイト・ステンレス鋼を加工して加工誘起マルテンサイト
が生成すると劣化の程度は大きい.図 1415)には孔食電位に及ぼす表面処理の影響が示され
ているが,研摩により孔食電位は卑となり,その程度は乾式研摩の方が湿式研摩によるよ
りも大きい.乾式研摩後に酸処理すると孔食電位は著しく貴となる.同図は各種処理後の
試料の表面の Cr 量を横軸にとり,孔食電位との関係をみたものであるが,孔食電位の貴化
は表面の Cr 量の増大によってもたらされていると考えられている.また図 1516)は各種表
面仕上げの表面粗さと孔食電位の関係を示した.ベルト研摩ではベルト番手の小さいほど
孔食電位は卑となる.耐候性に対しても表面仕上げの影響は大きく,鏡面,2B,No.4 の順
で前者ほど耐候性は優れる.また研摩材としてアルミナを用いた場合は表面が擦られ損傷
を受けやすいので,よく切れる SiC を用いた方が耐候性が良いことが認められている 17).
また溶接熱影響によって材料の粒界腐食感受性が増すと耐孔食性は劣化するが,鋭敏化さ
10
れていなくても溶接スケールが残留すると図 1618)に示したように耐孔食性は著しく劣化す
るので,溶接後のスケール(または溶接焼け)は完全に除去する必要がある.
5
1.2
ベルト研摩
SUS316
30%硝酸
4
10%硝酸
0.8
SUS304
硝・フッ酸
0.6
10%硝酸
30%硝酸
湿式研摩
0.4 乾式研摩
0.2
表面粗さRa/μm
孔食電位/V vs SCE
1
硝・フッ酸
湿式研摩
乾式研磨
36番
他の機械
研摩
3
化学研摩
80番
ワイヤブラシ
120番
酸洗
ペースト
2
サンドブラシ
220番
1
液
360番
0
-0.1
0
0.1
0.2
0.3
皮膜当たりのCr量(任意単位)
0.4
0
-300 -200 -100 0
100 200 300
孔食電位/mV vs SCE
図 14 皮膜当たりの Cr 量と孔食電位
400
500
図 15 316 鋼の各種表面仕上げの粗さと
孔食電位の関係
1
1
人工海水
60 ℃
-
150ppm
Cl
2SO4 500ppm
0.8
-
0.8
孔食電位/V vs SCE
80℃
0.6
0.6
0.4
0.4
0.2
0
受入れ
0.2
#600
0
スケール付き
-0.2
-0.2
0
1
304L
2
3
316L 329J2L
0
4
1
2
3
4
図 16 溶接スケール生成による孔食電位劣化と溶接後研摩仕上げの影響
(2)環境側因子の影響
孔食,すきま腐食は Cl-イオン濃度,温度が高いほど生じやすい.図 1719)に数種のステ
ンレス鋼について孔食電位に及ぼす温度の影響を、また図 1820)には温度―塩化物イオン濃
度図上に SUS304 と SUS316 の等孔食電位曲線を示した.ただし水道水などでは水中に含
まれる SO42-イオン量が Cl-イオン量に対して多いと,図 1921)に示すように孔食は抑制さ
れる傾向がある.この図は給湯配管における使用実績をもとに作成したもので,ばらつき
はあるが,SO42-イオン/ Cl-イオン比が 1 より大きいと腐食されにくくなる傾向がある.
11
なおステンレス協会では,これら実績および実験結果に基づき図 2021)のような給湯配管
の耐食性に関する水質指針
1.4
(案)を提案した。
孔食電位(V vs SCE)
一方,水環境中の微生物
の存在が,特に溶接部等の
腐食を加速することが知ら
れている.典型的な例とし
ては,水圧テスト後に残っ
た水により短期間で腐食す
ることがある.
SUS317J3L
1.2
SUS329J4L
SUS329J1
1
0.8
SUS316
0.6
0.4
0.2
0
10
図 17
20
30
40
50
60
温度(℃)
70
80
90
4%NaCl 中における孔食電位に及ぼす温度の影響
図 18 塩化物イオンを含む水溶液中の等孔食電位(vs SCE)図
SUS304 SUS316
1000
Mアルカリ度≦75mg/l
10
硫 酸 イ オ ン ( m g / l)
Corrosion
No corrosion
○ △ × ○ ○ △
塩化物イオン 2
/硫酸イオン
○ △ × ○ ○ △
1
100
比
安全域
○ ○ × ○ ○ △
0
Mアルカリ度=75~500mg/l
10
腐食域
10
△ × × ○ △ △
塩化物イオン
2
/硫酸イオン
○ × × ○ △ △
比
1
○ × × ○ △ △
0
1
1
10
30
塩素イオン (mg/l)
100
1000
0 30 100 200
0 30 100 200
塩化物イオン(mg/l)
塩化物イオン(mg/l)
ステンレス協会(1998)
図 19 建物給湯配管の腐食に及ぼす水中の
図 20 給湯水の腐食性判定指針
(ステンレス協会)
塩化物イオンと硫酸イオンの影響
12
○:腐食性なし
×:腐食性あり
△:○または×
図 2122)は,微生物が存在すると,
低い塩化物濃度まですきま腐食発
生の危険があることを示している.
水中の微生物による腐食発生を防
止するためには配管の場合,溶接
部内面を電解研摩することが推奨
されている 23).
大気腐食については,ここでは詳
細は省略するが,環境因子としては,
主に塩化物の付着,結露,工業地帯
では SO2 の存在がある.なお,大気
(天谷、幸)
中に暴露されることにより,不動態が
強化されるので
24) ,使用初期に表面
図 21
を傷つけずに手入れをして初期さび
304 鋼の淡水中での微生物腐食発生条件
(迅速評価試験と文献値比較)
を除去することが肝要である.
3.3 耐応力腐食割れ性(1)材料側因子の影響
材料側因子は,材料そのものと引張応力の存在である.オーステナイト系ステンレス鋼
がもっとも応力腐食割れ(SCC)を起こしやすい.一般には Cl-イオンを含む 50℃以上の環
境で生じやすく,粒界鋭敏化されていない場合は普通は貫粒割れを示す.しかし鋭敏化さ
れたものは,よりマイルドな塩水環境(低 Cl-イオン濃度、より低温)で粒界割れを生じる
ことがあり,また Cl-イオンを含まない高温水や酸においても粒界割れを生ずる可能性があ
る.18Cr-8Ni 系オーステナイト・ステンレ鋼はとくに SCC に敏感であるが,鋼中の Ni 量
を増すと図 2225)に示すように耐 SCC 性は向上することが古くから知られている。また塩化
物環境での割れは孔食やすきま腐食を起点とすることが多いので,孔食,すきま腐食に強
い鋼種は耐 SCC 性が一般に優れる.したがって図 2326)に示すように Ni 量と(Cr+3.3Mo)
量の高い鋼種が,耐 SCC 性が優れる。またフェライト系やオーステナイト・フェライト系(2
相系)ステンレス鋼はオーステナイト系ステンレス鋼に比べて割れにくいので,SUS 444 は
耐 SCC ステンレス鋼として SUS 304 に代わって使用され,また SUS 329J4L も利用され
る。ただ、オーステナイト系ステンレス鋼の方が成形、溶接等が容易なので、最近はオー
ステナイト系で耐 SCC 性の優れるステンレス鋼として Cu,Si,Mo を含有させた鋼種 (SUS
315J1,315J2)も適用されている.
市販のオーステナイト・ステンレス鋼について,固溶化熱処理状態と鋭敏化状態での SCC
試験結果を表 527)に示した.食塩水溶液中では酸化剤が含まれるときに割れを生じやすいが,
Mo を含む鋼種は割れ抵抗が大きい.また鋭敏化熱処理をすると耐粒界腐食鋼以外は粒界割
れを生じる.マルテンサイト系ステンレス鋼の耐食性は焼入れ状態でもっとも優れ,焼戻
し処理すると割れ感受性が増大する.塩水中のその他の腐食も焼戻し熱処理の影響を受け,
Cr 欠乏を生じるような中間の温度域で熱処理すると割れ感受性が増す.
マルテンサイト系ステンレス鋼,強加工して強度を上げたオーステナイト・ステンレス
鋼(マルテンサイト生成)
,析出硬化系ステンレス鋼などの高強度ステンレス鋼は,大気中,
特に海浜地区,で使用する場合は SCC 発生の可能性もある.析出硬化性ステンレス鋼のな
13
かでは SUS 631 のようなセミオーステナイト・ステンレス鋼の方が,マルテンサイト系ス
テンレス鋼である SUS 630 より割れ感受性は高い.
1000
50
割れる領域
40
100
SCCなし
30
割
れ
寿
命
(hr)
Ni
(%) 20
割れない領域
10
SCC
10
0
0
1
10
20
30
%Cr + 3.3x(%Mo)
40
50
Ni含有量(%)
図 22 沸騰 42%MgCl2 における Fe-Cr-Ni
図 23
100℃の通気 22%NaCl 溶液中で SCC
線の SCC に及ぼす Ni 量の影響
が発生するステンレス鋼の組成範囲
表 5 SCC 感受性および割れ経路に及ぼす鋭敏化熱処理(650℃x2h)の影響
SUS 304
鋼種
熱 処
理
固溶化
鋭敏化
熱処理
割 れ
有
状況
無
SUS 304L
経路
固溶化
熱処理
有
経路
無
鋭敏化
熱処理
有
経路
無
SUS 316
固溶化
熱処理
有
経路
無
鋭敏化
熱処理
有
経路
無
SUS 316L
熱処理
有
経路
無
固溶化
熱処理
有
経路
無
鋭敏化
熱処理
有
経路
無
*
① ×
T
×
T
×
T
×
T
×
T
×
T
×
T
×
T
1
② ○
―
○
―
○
―
○
―
○
―
○
―
○
―
○
―
試
③ ○
―
×
I
○
―
○
―
○
―
×
I
○
―
○
―
験
④ ×
T
×
IT
×
T
×
T
○
―
×
I
―
―
―
―
液
⑤ ×
T
×
IT
×
T
×
T
○
―
×
IT
○
―
○
―
⑥ ×
T
×
IT
×
T
×
T
×
T
×
IT
×
T
×
T
鋭敏化熱処理:650℃x2h
試験液:①42%MgCl2 沸騰, ②0.1N NaCl 90℃, ③4%NaCl 沸騰, ④20%NaCl 102℃,
⑤20%NaCl 沸騰, ⑥20%NaCl+1%Na2Cr2O7・2H2O 沸騰
試験時間:240h
割れ状況:○
割れなし,
×
割れあり, T 貫粒割れ, I
粒界割れ
(2)環境側因子の影響
SCC は,孔食の場合と同様に Cl-イオン濃度および温度の上昇とともに起きやすくなる.
図 2428)には 304 鋼について pH の異なる Cl-イオン含有水溶液中における SCC 発生領域を
示した.pH が低くなると割れ条件範囲は低温・低 Cl-イオン側まで広がる.2 相ステンレ
14
ス鋼も pH3 以下の塩化物水溶液環境では,SCC に敏感となるので注意を要する.
また図 2529)は水冷却の多管式熱交換器における冷却水側からの SCC 発生の有無に及ぼ
す冷却水中の Cl-イオン濃度の影響を事例解析から調べたもので,割れ発生の限界条件が示
されている.Cl-イオン濃度が低くても気相部など構造上濃縮しやすい場所では割れ感受性
が大きいので注意を要する.また,本来は水分がなくても,保温材に接する部分は漏洩水,
雨水などの影響で保温材中の塩分が浸出し SCC を生じることがあるので,保温材としては
Cl 量の分析値に対して珪酸ソーダ(Na+SiO2)の多いものが推奨されている 30).
1000
120
304ステンレ
塩素イオン濃度(ppm)
SCC
100
pH12
温度(℃)
80
pH7
SCC
60
pH2
40
さび
20
0
100
孔食
pH
7
その他
100
SUS316
10
SUS304
pH7
1
1000
10000
塩化物イオン濃度(ppm)
0
100000
図 24 食塩水溶液中の腐食に対する Cl-
100
200
最高温度(℃)
300
図 25 多管式熱交の SCC に対する系の最高
イオン,温度および pH の影響
温度と冷却・加熱媒体中の Cl-イオン
濃度の影響(線の右上で SCC 発生)
3.4
金属の溶出など
ステンレス鋼の不動態皮膜
中の Cr 量,すなわち Cr/(Cr
+Fe)比,が大きいほど耐食性
が良く,メタルイオンの溶解
が少ないので,メタルの溶解
を嫌う薬品や飲料に接する容
器類に対してはクエン酸で前
処理することが推奨されてい
る 31).図 2632)は薄いクエン
酸水溶液または酒に予め浸漬
すると鉄の溶出が抑えられる
ことを示している.
これは,図 27 に概念的に
示したように,クエン酸のよ
うなキレート化合物は鉄を挟
図 26 クエン酸処理等による酒への鉄溶出の抑制
んで除去してくれるからである.
15
また,図 2833)は食品を調理すると
きに用いるパンからのメタルの溶出
の例としてステンレス鋼中の Cr 成
分の溶出量を測定した結果であるが,
パンを初めて使用したときは,とくに
図 27 キレート化合物による鉄の除去(概念図)
ルバーブやあんずを調理したときに,Cr の溶出がやや多いが,3 回,5 回と使用するうち
に溶出が少なくなることが示されている.Ni 成分の溶出についても,類似の結果が得られ
ている.
ルバブ
あんず
レモンママレード
トマトチャツネ
じゃがいも(食塩含む)
図 28 食品による Cr の溶出について
一方,ステンレス鋼はシンク等として家庭・業務用に多く使用されるが,その理由のひ
とつは洗浄性に優れることである.図 2934)は各種シンク材の洗浄時間と菌数(たて軸)の関係
を示したものであるが,ステンレス鋼は他の材料に比べて菌の除去が容易である.
E:ほうろう鉄板
MR:人造大理石
P:ポリカーボネート
SS:304 鋼板
図 29 家庭用シンク材料の洗浄性比較
16
4.材料選択について
耐食性を重視する機器の材料選択に当たって設計者が行うべき検討項目は,①耐食性,
②機械的性質,③加工性,④総コストおよび⑤調達の難易である.①は環境によって異な
るのでもっとも判断が難しい.③には成形性,溶接性,切削性などが含まれるが,製作上
の能率を重視する場合や加工によって耐食性の劣化がある場合は重要な検討項目である.
④は素材費用だけでなく,寿命,製作効率も考慮した総コストであり,ライフサイクルコ
スト,リサイクル性も重視すべきである.また⑤は素材メーカ,ファブリケータ,問屋な
どからの材料調達の難易とともに,素材メーカやファブリケータが製作しやすいか否かも
考慮されなければならない.
①では機器がさらされる条件,すなわち環境の組成,pH,酸化還元性,温度,圧力,伝
導度,流速,応力,振動,他材料との接触など,さらに使用中の条件変化や高温の場合に
は材料自体の経時変化等を把握する必要があるが,これらすべてを組合わせた条件におけ
る特性は分かっていない.そのとき目安として用いられるものは,まず従来の経験,既存
データ,材料の耐食性に関する基礎知識,専門家の意見などで,それらを参考にして候補
材料を絞る.耐食性に関しては,さらに候補材料について材料選定のための腐食試験(実
験室,実地)を経て最終結論を出すのが理想的である.一般には問題とする環境における
ある種の材料の耐食挙動が分かっていることもあるので,類似環境における各種材料の耐
食性を比較することにより候補材料をかなり限定することができる.いずれにしてもユー
ザ,ファブリケータおよび素材メーカ 3 者の早い時期からの協力が必要で,それによって
最善の結論が得られる.
引用文献
1) R.J. Schmitt, C.X. Mullen: ASTM STP, 454, (1969), 118.
2) A.F. Schaeffler: Metal Progress, 56(1949), No.11, 680.
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会, (1973), 5-1
4) K.J. Irvin, D.T. Llwellyn & F.B. Pickering: J.Iron Steel Inst., 199(1961), 153.
5) F.B. Pickering: “Physical Metallurgy and the Design of Steels”, Applied Science Pub.,
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T. Angel: J.Iron Steel Inst., 177(1954), 169.
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11) G. Herbsleb: Werkst. u. Korr., 33(1982), 334.
12) G. Rondelli, B. Vincentini & A.Cigada: Mater. & Corr., 46(1995), 628.
13) 日本冶金工業資料(筆者一部修正)
14) 小野山征生, 辻正直, 志谷建才: 防食技術, 28(1979), 537.
15) 柴田俊夫, 竹山太郎: 第 19 回腐食防食シンポジウム資料, (1978), 23.
17
16) R. Ericsson, L. Schon & B. Wallen: Proc. 8th. Scand. Corr. Congr., (1978), 312.
17) N.G. Needham, P.F. Freeman, J. Wilkinson & J.Chapman: “Stainless Steels ‘87”,
Institute of Metals, (1988), 215.
18) H. Miyuki, T. Kudo, M. Koso, M. Miura & T. Moroishi: ASM Metals Congr., St.Louis,
(1982), Paper No. 8205-005.
19) 日本冶金工業資料
20) 吉井紹泰: 第 40 回腐食防食シンポジウム資料, 腐食防食協会, (1993), 263.
21) ステンレス協会配管システム普及専門委員会: ステンレス, 42(1998), No.12, 8.
22) 天谷尚,幸英昭: Zairyo-to-Kankyo, 44(1995), 94.
23) 西尾純一,東茂樹,幸英昭: 材料と環境 2007 講演集, (2007), 435.
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26) M.O. Speidel: “Stainless Steels ‘91”, Japan Iron & Steel Inst., Vol.1, (1991), 32.
27) 日本冶金工業資料
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29) 化学工学協会・ 腐食防食協会・ ステンレス協会共同分科会: “多管式ステンレス鋼熱交
の応力腐食割れー使用実績データ集―”, 化学工学協会, 腐食防食協会, ステンレス協会,
(1979), 32.
30) ASTM C-795-92
オーステナイト・ステンレス鋼と接して使用される断熱材の規格
31) ASTM A967-01 “Specification for Chemical Passivation Treatments for Stainless
Steel Parts"
32) 原田和加太,名越敏郎,冨村宏紀: 第 52 回材料と環境討論会講演集, (2005), 269.
33) G.N. Flint & S. Packirisamy: Food Additives & Contaminations, 14(1997), 115.
34) J.T. Holah & R.H. Thorpe: J.Appl.Bacteriology, 69(1990), 599.
注)引用文献を記していない図表は筆者作成
以上
18