ゆくえ 私は、2年前にこのコラムを「言霊」 という題で始めまし 歴史的事実もあります。友人のクジラ問題専門家によります た。アーティストというのは、言葉に対する感受性が強い と、豪州では1979年までクジラ漁をしていたというから驚 「人種」かもしれません。最近RMIT大学で「アートと精神分 きです。実はメルボルン市の紋章は、牛と羊に並んでクジラ 翼の途方 析」 という講義しているのですが、fish oil と baby oil とい もちゃんと入っているのです。つまりメルボルンはクジラ漁 う表現を例に、無意識というものが日常の言語活動でもい で重要な港だったのです。今度市役所に行かれた時によく メルボルン在住 現代美術家雑記帳 かに関わっているのかを考えてもらいました。 この表現は以 見て下さい。現代では whale oil と聞いて違和感を覚える 前、言語学の講義をしている時に教科書に出てきて、 おもし 豪州の子供達もいるのではないでしょうか? クジラの家族 第24回 Baby Oil と Fish Oil ろい例だなあと感心したものです。言語学の教科書では、 を友達のように思っている豪州の子供達は、whale oil をク チョムスキーの生成言語学を説明するひとつの例として、 ジラが打ち上げられた時に皮膚が乾かないように使う油、 名詞+名詞という同じ表層構造を持ちながら、深層構造が つまり oil for taking care of a whale skin くらいに想像す 違う例として出されています。 るかもしれません。 つまり、fish oil はもちろん魚自身が使うものではなく、魚 大阪に住んでいた時、近くにおいしいイタリアンレストラ を殺し、絞ったり煮たりして油を取ってできた食用油、 という ンがありました。 アフタヌーンウインドというのが店の名前 意味です。一方baby oilはそういうことは想像だに恐ろし でした。 これを聞いてプッと吹き出すあなたは相当英語が い。 まったく反対に、赤ん坊という非常にデリケートな皮膚 できますね。 この場合、 ウインドは放屁の意味に取られま にでも使えるよう、細心の注意を払って作られた、赤ちゃん す。 コールドウインドは冷たい風なのに、なぜなのでしょう。 用オイルという意味です。fish oil はoil taken from the 店の看板には英語表記のAfternoon Windの横におおきく body of fish という構造ですが、baby oil は oil specially 「午後の風」 とありました。英語ネイティブは a wind in the made for the delicate baby skin という構造です。 ですから afternoon ではなく、a (smelly) wind broken in the まったく構造が違う名詞+名詞の並びを、ほぼ「無意識 afternoon という意味にとるのです。形容詞によってはウイ に」、即座に、人は意味を取ってしまうのです。 この意味を取 ンドは風になったり屁になったりします。英語生活習慣、つ り違う人がいれば、変質者か、精神異常者、あるいはナチ まり英語的無意識が浅いものには予測できない事態です。 ス・ヒットラーのようなおぞましい殺人集団の所業を思い出 英語表記は Afternoon Breeze くらいにしておけば良かっ す人というようになるでしょう。 たのですが、 カタカナ表記アフタヌーン・ブリーズは日本語 ではなじみのない名前になってしまいます。 BCD performance in Geelong 無意識というのはかくも豊かな領域ですが、英語ネイ ウインドサーフィンが、風で動くサーフィンであって、放屁 ティブにとって、英語の単語が及ぼす無意識は、にわか仕 をエンジンにして動くサーフィンは漫画です。現実的イメー 込みの日本語英語使いの無意識とは所詮レベルが違う ジではありません。 ウインドブレーカーはどうなんでしょう わけです。 ね? 微妙です。放屁する人ではなく風を通さない服? 単純 な単語も、深層構造により違いがあり、文脈次第であるとい 登 榮一 (とさきえいいち) アーティスト・ディーキン大学・RMIT大学(藝術の哲学)講師。 メルボルン大学哲学科 名誉フェロー。W: bimanualdrawing.wordpress.com オイルと言えば、whale oil はどうでしょう。今ではあまり うことです。言葉ハンティングの楽しみはこういうところにあ 使われなくなりましたが、100年前はクジラと言えば鯨油で りますが、言葉の深層心理は時代によって、又生活習慣に した。 アメリカのペリーにしても鯨油を求めて日本近海まで よって変わってきます。言葉って人そのもの文化そのもので クジラ漁をするのでその寄港地に日本が必要だったという すね。
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