日本通訳翻訳学会 - 翻訳研究への招待

日本通訳翻訳学会
第 17 回年次大会
スケジュール
交通アクセスと会場案内
基調講演
予稿集
2016 年 9 月 10 日(土)-11 日(日)
会場 同志社大学
JAITS 2016
日本通訳翻訳学会第 17 回大会スケジュール
開催日:2016 年 9 月 10 日(土)~11 日(日)
会場:同志社大学
第 1 日(9 月 10 日)
9:45
10:20
受付開始
良心館 RY305
開会式
良心館 RY305
基調講演
–10:30
10:30
「日本の古典をロシア語に」
イリーナ・メリニコワ(同志社大学教授)
– 12:00
12:20
良心館 RY305
総会
– 13:00
昼食
13:00
評議員会
– 14:00
14:00
良心館 RY305
特別企画 「現代日本文学の立役者たち:フランス・英語圏における村上春樹の事例を中心に」
– 15:00
バンジャマン・サラニョン(同志社大学)、辛島デイヴィッド(早稲田大学) (司会:三ツ木道夫)
良心館 RY408
14:00
A 会場
A-1 「オバマ大統領 2016 年一般教
書演説の通訳にみるthat節の訳出方
略」
鶴田知佳子(東京外国語大学)
– 14:30
(司会:水野 的)
良心館 RY407
B 会場
良心館 RY405
C 会場
良心館 RY404
D 会場
B-1 「コミュニティ通訳講座受講者の
C-1 「日本語学・日本語教育学の概
D-1 “Who Is the Declarant of the
意識について:アンケート調査結果よ
念を応用した翻訳者教育:OJT指導
English Translation of the
実践報告」
り」
北村富弘(法務省大阪刑務所国際対
水野真木子(金城学院大学)
策室)
(司会:内藤 稔)
(司会:坪井陸子)
Defendant’s Out-of-Court Foreign
Language Statement? An
‘Authenticated Conduit’ Theory”
Tomoko Tamura (Waseda
University) (司会:武田珂代子)
14:45
– 15:15
A-2 “The Use of Chunk-based
B-2 「対人援助におけるコミュニティ
C-2 「日本語初級・中級クラスでの
D-2 「上海会審公廨における通訳翻
Translation in English Language
通訳者の役割考察::通訳の公正介入
選択体系機能言語学(SFL)を用いた
訳」
Teaching”
基準の提案」
Narumi Yokono (Kanazawa Seiryo
飯田奈美子(立命館大学研究生)
University Women’s Junior College)
(司会:内藤 稔)
翻訳活動の実践報告」
行木瑛子(国際教養大学、ロンドン大
吉田慶子(大東文化大学)
(司会:武田珂代子)
学 SOAS) (司会:坪井陸子)
(司会:水野 的)
15:30
A-3 A-4 「『サイトラ研究プロジェク
B-3 「SEMI(札幌英語医療通訳グル
C-3 「キキとハーマイオニーの女こ
D-3 「プロ野球通訳:『社会的側面』
ト』研究会報告」
ープ)の活動とそこから見えてくるも
とば:翻訳と非翻訳の児童文学にお
と『言語的側面』からの考察」
ける文体比較」
板谷初子(北海道武蔵女子短期大学)
古川弘子(東北学院大学)
(司会:武田珂代子)
長沼美香子・船山仲他(神戸市外国語
大学)、稲生衣代・水野的(青山学院
– 16:00
16:15
大学)、石塚浩之(広島修道大学)、辰
巳明子(広島商船高等専門学校)
(司会:吉田理加)
の」
北間砂織(北海道大学)
(司会:内藤 稔)
(司会:坪井陸子)
B-4 「医療における擬音の通訳につ
C-4 「日ア語語、ア日語の慣用表現
D-4 「日越双方向逐次・同時通訳に
いて」
の翻訳::『死』、『恋愛』、『時間』にま
おける明示化方略の異同」
石野 尚(大手前大学)
つわる慣用表現を事例に」
(司会:内藤 稔)
上川アルモーメンアブドーラ(東海大
–16:45
17:30
学) (司会:坪井陸子)
寒梅館1階 レストラン「アマーク ド パラディ寒梅館」
懇親会
– 19:30
※懇親会会費(一般 4,000 円 学生 3,000 円)は当日、受付でお支払いください。
1
TRAN THI MY (東京外国語大学 D)
(司会:武田珂代子)
第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
第 2 日(9 月 11 日)
良心館 RY408
10:00
A 会場
A-5 「新文体の創出:藤本和子によ
るリチャード・ブローティガンの翻訳
をめぐって」
邵 丹(東京大学)
–10:30
10:45
良心館 RY407
B 会場
C 会場
D 会場
C-5 「ノンプロフェッショナル翻訳
D-5 「映像翻訳における情報喪失
の負担と訳出精度」
の定義と翻訳教育の再考」
の諸相:英語原作の映画とその日本
立見みどり、武田珂代子(立教大学)
新崎隆子(東京外国語大学)
(司会:山田 優)
(司会:白澤麻弓)
(司会:大久保友博)
語字幕および吹き替え版の対照分
析」 山崎有加(関西大学研究科修
了) (司会:河原清志)
A-6 「日本における新時期文学の
B-6 「同時通訳における流暢さにつ
C-6 「翻訳テクノロジーの発達に関
D-6 「『字幕翻訳コンピテンス評価
翻訳の黎明期と黄金期」
いて」
する翻訳プロジェクトマネジャー
シート』の提案::大学における字幕
孫 若聖(神戸大学協力研究員)
黄華麗(名古屋大学)
(PM)の意識調査:イギリスを例に」
(司会:大久保友博)
(司会:白澤麻弓)
阪本章子(ポーツマス大学)
(司会:山田 優)
翻訳教育の枠組み」
豊倉省子(関西大学・関西学院大学)
(司会:河原清志)
A-7 「ひらがなのみによる翻訳の
B-7 「日中同時通訳のおける誤訳
C-7 「バイリンガルチェック担当者
D-6 「日本語字幕と英語字幕の訳
試み:明治初期における日本語文章
しやすい長文に関する実証研究序
の専門的力量とは:ISO17100 の規
出方略比較:視聴者、制作プロセ
法の追求」
説」
定を満たす専門的翻訳技量に関す
齊藤美野(順天堂大学)
龐 焱(広東外語外貿大学)
る一考察」
(司会:大久保友博)
(司会:白澤麻弓)
佐藤晶子(大阪大学特任研究員)
–12:00
ス、英語の優位性から」
篠原有子(立教大学 D)
(司会:河原清志)
(司会:山田 優)
12:00
「院生コロキアム」
昼食
院生有志による自主セッション
–13:30
13:30
良心館 RY404
B-5 「英日逐次通訳における記憶
–11:15
11:30
良心館 RY405
(司会:篠原有子 )
A-8 「E・.ナイダの翻訳理論イデオロ
B-8 “Error Index in Shadowing
C-8 「『応用通訳翻訳学 (Applied T&I
D-8 「日本のドラマに付された中国
ギー:科学主義と福音主義」
and Shadowing Efficacy for
Studies)』とは何か:外国語教育への
語字幕に見られるポライトネス表現
河原清志(金城学院大学)
English-Japanese Interpreting:
具体的な応用・展開例」」
の翻訳戦略」
(司会:田辺希久子)
Omissions in Shadowing and its
下吉真衣(関西大学 D)、染谷泰正
袁 青(東北大学国際文化研究科)
Association with the Source Text
(関西大学)
(司会:古川典代)
Interpretation”
(司会:石原知英)
Hiroko Yamada (Kansai Gaidai
–14:00
College)
(司会:松下佳世)
14:15
A-9 「重訳の実践運用:現状とその
B-9 「コミュニケーション能力向上
C-9 「文理・産学を越えた翻訳関連
D-9 「日本におけるイラン映画の翻
可能性」
を目標とした学部生対象の逐次通訳
研究:端緒の議論と今後の展望」
訳についての研究:パラテクストの
演習実践報告」
山田優(関西大学)、藤田篤(情報通
分析」
西畑香里(東京外国語大学)
信研究機構)、影浦峡(東京大学)、
大庭夕穂(神戸大学 D)
(司会:松下佳世)
武田珂代子、立見みどり(立教大学)
(司会:古川典代)
NGUYEN Thanh Tam(神戸大学国際
文化学研究推進センター)
–14:45
(司会:田辺希久子)
(司会:石原知英)
15:00
–15:30
A-10 「テクストと読者間の距離に
B-10 「学術分野における手話日本
C-10 「学部3・4年生向け翻訳通
D-10 「ウェブニュース見出しの文末
ついての考察:翻訳行為の差異と効
語同時通訳の形態素解析」
訳論の授業について」
表現における日中翻訳」
果を生産するもの」
白澤麻弓(筑波技術大学)
永田小絵(獨協大学)
李 正政(広島大学 D)
クマイ恭子(名古屋大学 D、南山大
(司会:松下佳世)
(司会:石原知英)
学) (司会:田辺希久子)
2
(司会:古川典代)
JAITS 2016
■ 研究発表=20分、質疑応答=10分(質問は発表内容に直接関連したことについてのみ手短に行うもの
とします。質問者の単なる意見の陳述はご遠慮ください。
■ 各発表間の15分間は出入室のための時間です。移動はすみやかにお願いします。
■ 発表スケジュールにある (D) は発表者が博士後期課程の学生会員であることを示します。
発表者の皆さんへ:
■ 固定式ノート PC は各会場の AV 機器収納ボックスに設置済みです。PC 画面は大型のつり下げ式モニタ
ー2 台に映し出されます。OS は Windows8.1 Enterprise、ソフトウエアとして PowerPoint(Office2010)がインスト
ール済みです。PowerPoint をご使用の方はそれぞれファイルを作成・保存した上で、データを USB メモリー
に入れて当日ご持参ください。ただし、教卓などで PC 画面を見ながら発表するのが難しい教室の構造になっ
ています。スライドショーを進めるには、備え付けのワイヤレスプレゼンターを用いていただきます。
■ PC がうまく機能しない場合の対策の意味合いも含め、コピーを配布資料として準備しておいてください。
枚数は 40 枚程度お願いいたします。
■ 内容に関して:個人情報や守秘義務、二重投稿(発表)、無断引用などには十分ご注意下さい。
[大会委員会]
三ツ木道夫(大会委員長・実行委員長)、山田優(大会運営委員長)、田辺希久子(実行委員)、瀧本眞人(実行
委員)、大久保友博(大会運営委員)、歳岡彩香(大会運営委員)、西田万里子(大会運営委員)、南條恵津子
(大会運営委員)
[プログラム委員会]
武田珂代子(委員長)
3
第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
交通アクセス
会場:同志社大学今出川キャンパス
4
JAITS 2016
第 1 日(9 月 10 日) 10:30-12:00
良心館 RY305 教室
基調講演
「日本の古典をロシア語に」
イリーナ・メリニコワ先生(同志社大学教授)
要旨
1991 年のソ連崩壊を境として、ロシアではソビエト時代に翻訳された日本古典文学作品の総数を
遥かに上回る数の日本文学作品が新たに出版された。このようなブームを可能にした要因としてい
くつかの理由が挙げられる。第一に、1991 年以降のロシアでは検閲が廃止され、イデオロギー統制
が穏和され、従来の国営出版社と並んで沢山の民間出版社が現れた。もう一つ見逃せないのが、現
代ロシアにおける日本に対する関心が、日本の芸術文化に対する人々の興味によって支えられてい
る点である。私がロシア語に訳した日本の文学作品の殆どは、民間出版社が発行している。古典で
いえば、平安時代の『更級日記』や、江戸時代の井原西鶴、上田秋成、為永春水の作品、大正時代
の永井荷風の『腕くらべ』の翻訳がある。
私の母校であるサンクト・ペテルブルグ大学では、20 世紀の初めにニコライ・コンラドという極
東文化の研究者が、日本古典文学の研究やロシア語翻訳方法の基盤を作った。私の恩師、エヴゲニ
ヤ・ピーヌス先生は、コンラドの弟子であり、
『古事記』から徳富蘆花まで、数多くの翻訳を残した。
コンラドとその弟子たちが目指していた「理想の翻訳」は、読者が日本古典文学をロシア語でも楽
しめるような、原作独自のイントネーション、リズム、フレーバーを保つ翻訳だった。14 世紀のお
坊さんであった兼好法師は『徒然草』の第 13 段に以下のように述べている。
「ひとり灯の下に文を
ひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる」と。このように、私も翻訳の仕事を
通して、何百年も前に生きた日本の作家や、ロシアの偉大な翻訳者たちと対話をする。
プロフィール
ロシアのサンクト・ぺテルブルグ生まれ。サンクト・ペテルブルグ国立大学で日本の古典文学を
専攻し、江戸時代の文学(上田秋成等)について研究されました。ロシア語教育のほか、日本文学
のロシア語への翻訳にも取り組んでおられ、最近では宮部みゆきの『火車』をロシアで翻訳出版さ
れました。むろん日本の古典文学、『更級日記』や『好色一代男』などの翻訳もされています。先
生の趣味は、「美味しい和食と熱い温泉」とか。ひょっとすると我々以上に日本的な方かもしれま
せん。最近の研究課題は「日本とロシアの文化交流」にあると伺っています。(三ッ木道夫)
司会
有信優子(翻訳家・同志社大学嘱託講師)
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第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
第 1 日(9 月 10 日) 14:00-15:00
良心館 RY305 教室
特別企画
「現代日本文学の立役者たち:
フランス・英語圏における村上春樹の事例を中心に」
バンジャマン・サラニョン(同志社大学)
辛島デイヴィッド(早稲田大学)
司会:三ツ木道夫
要旨
村上春樹の小説は、世界 50 か国語以上に翻訳され、様々な国でベストセラーになり、著者は数々の国
際的な文学賞まで受賞している。その批評的/商業的成功は、日本の現代作家としては前代未聞だと言
えるだろう。本発表では、二人の発表者が下記のとおりフランス語と英語圏の各事例を紹介した後に、英
語圏と仏語圏の事例の相違点や英・仏語圏と他の言語圏での翻訳の関係性などについて、特に「翻訳家」
の役割に焦点を当てながら、質疑応答を含めたディスカッション形式で考察を深めることを目指す。
<バンジャマン・サラニョン>
フランスはヨーロッパで最も7日本の作品を多く出版している国である。また、フランスの出版世界では、
日本語は英語に続いて、第2位に訳されている言語である。その中、フランス人が 2000 年代から一番好ん
でいる作家は村上春樹である。1990 年に出版された「羊をめぐる冒険」のフランス語訳という出発点から現
在に至るまで、村上の流行りの理由を本発表で検討したい。言うまでもなく村上の才能は第一理由であり、
その次はよく注目されている彼の作品に含まれているメッセージの普遍性であろうが、むしろ本発表では
フランス語に訳した翻訳者の貴重な作業を強調したい。それは一見して村上春樹の作品が翻訳しやすい
とは思われるが、実はフランス語の特徴によりそもそも綺麗であった隠喩はフランス語に直接訳すと違和感
を覚える事が多い、また日本やフランスの常識や基礎知識が異なるため困難の要素は少なくないにもか
かわらず、作品の本質をフランス語で伝えられたことが素晴らしいと思う。
<辛島デイヴィッド>
筆者は、これまで村上作品の英語圏における翻訳や受容について、翻訳家や編集者から読者まで、広
義な意味での「トランスレーション」に携わる個人・組織の役割や関係性について考えてきた。本発表では、
その中でも特に「翻訳家」に焦点を当て、「小説家」村上春樹のキャリアパスにおける「翻訳家」の役割では
なく、「翻訳家」のキャリアパスにおける村上作品の翻訳という観点から、比較対象として村上の世界的成
功が切り開いた道を歩みながら英語圏の読者を獲得しつつある新しい世代の日本の作家と翻訳家の事例
も紹介しながら、考察を深めたい。
6
JAITS 2016
1 日目 A 会場 (RY408) 14:00 – 14:30
司会
A-1
オバマ大統領 2016 年一般教書演説の通訳にみる that 節の訳出方略
鶴田知佳子(東京外国語大学)
本研究発表では、英語から日本語への演説における that 節に焦点を当てた訳出方略をとりあげる。
同時通訳者が、国家指導者の発表する今後の政治方針の表明などの重要な演説の通訳にあたるとき
には、通常原稿が直前に入手可能である。原稿が直前に入るときには、担当する複数の通訳者の間で担
当箇所を分担して、原稿に印をつけながら同時通訳の準備にあたるのが常である。その場合、意識してお
かねばならないのは that 節が出てきた場合、その部分を順送りの訳出として訳すのか、あるいは逆行訳と
して訳すのか、である。本研究は、原稿付きの同時通訳にあたる際に、通訳者がどのような基準で判断を
下しているのかについて、実際の素材をもとに分析を試みる。
本研究は、素材としてオバマ大統領 2016 年一般教書演説をとりあげ、3 つの放送局でその同時通訳に
あたった通訳者の実際の放送に流れた日本語訳の分析をもとにして、その過程を探求するものである。SL
テクストは、ホワイトハウスより入手可能であり、放送開始前に重要なポイントの解説とともに提示されていた。
3 組の同時通訳者の訳出した結果(TL テクスト)を書き起こして、that 節について、それぞれの通訳者がど
ちらの訳出方略をとったのかを抽出する。
放送同時通訳においては、原稿と離れることはめったにないが、それでも数カ所は考えられるため、放
送される前に訳を出すことはできない。さらに、逆行訳が聴き手にとってわかりやすいと判断される箇所で
も、短期記憶やプロセス容量のことを考えると、ジルの努力モデルからも明らかなように、負担を軽くするよ
うに順送り訳が多くなると考えられるが、実際はどうであったのか。結果をこの素材に関して複数の通訳者
を対象に書き起こしたテクストを元にした分析を加えると共に、一部の担当通訳者にインタビューを行う。
さらに、研究の結果大学院などの同時通訳の授業において反映させることができるか、検討する。
【参考文献】
水野的(2015)『同時通訳の理論―認知的制約と訳出方略』朝日出版社
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第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
1 日目 A 会場 (RY408) 14:45 – 15:15
司会
A-2
The Use of Chunk-based Translation in English Language Teaching
Narumi Yokono (Kanazawa Seiryo University Women’s Junior College)
Translation has long been used in foreign language teaching around the world including Japan. Japanese
English teachers use their native language and translation in class, and translation still occupies an important
part in Japanese English language teaching (hereafter, Japanese ELT). Hart said that until very recently,
yakudoku, which is similar to the grammar-translation method, was the only instructional approach that had
been widely used in different school levels throughout Japan (as quoted in Young, 2010, p.19).
On the other hand, the use of translation has often been criticized for being ineffective and outmoded in
this age of communicative language teaching. The criticism against translation was a fallacy, which resulted
from a wrong assumption that translation results in linguistic interference. In defense of translation, Cook
(2010) noted that translation in language teaching had been ostracized in the modern teaching theories, but the
reasons for this ostracism were not well-founded, and there had been very little research to back it up. “The
rationale for the complete outlawing of translation in many teaching contexts, and its almost complete neglect
in theory and research for many decades, cannot claim descent from the academic arguments of the Reform
Movement” (Cook, 2010, p.18).
Thus, obviously, more research is required in order to determine the future direction, and this study
undertakes a step in this research. It aims to investigate what effects translation, particularly, chunk-based
reading (translating chunk by chunk) has on reading comprehension and considers the possible role that
translation can play in Japanese ELT. It also aims to consider the use of translation from learners’ perspectives
and beliefs.
The data from two stages of the quantitative research conducted in a Japanese university with 40
students, and with 32 students in the following year will address the research questions 1) What are the effects
of chunk-based reading on reading comprehension in Japanese ELT?, and 2) What are Japanese students’
attitudes towards translation? In addition, a qualitative survey was conducted to find out students’ thought and
belief about translation to gain the fullest information possible, which is not available from closed-response
questionnaire. Despite the mixed results of reading comprehension tests in the first stage of research, the
results of the surveys on attitudes in the second and the third stages of research showed that the students felt
that translation was both effective and necessary, indicating that translation could be a helpful learning strategy
for students.
Cook, G. (2010). Translation in language teaching. Oxford: Oxford University Press.
Young, M.O. (2010). Collaborative reasoning in Japan: English learners’ discussions and experiences. PhD.
Thesis of Philosophy in Curriculum and Instruction, the Graduate College of the University of Illinois.
8
JAITS 2016
1 日目 A 会場 (RY408) 15:30 – 16:45
司会
A-3, A-4
「サイトラ研究プロジェクト」研究会報告
長沼美香子・船山仲他(神戸市外国語大学)、稲生衣代・水野的(青山学院大学)、石塚浩之(広島修道大
学)、辰巳明子(広島商船高等専門学校)
本発表では、2015 年度に新規にスタートした「サイトラ研究プロジェクト」における成果を会員と共有し、さ
らに活発な議論をすることで、サイト・トランスレーション(sight translation サイトラ)への理解を深める。本プ
ロジェクトの設立趣旨は次のとおりであった。
サイト・トランスレーションは通訳でも翻訳でも使われる特殊な翻訳技法であり、通訳と翻訳をつなぐ言語活動でもあると
いう性格をもっている。サイトラ自体の研究はいまだに少ないため、その研究が重要であることは論を俟たないが、それ
は同時に、いわゆる「訳読」の問題や最近注目されている TILT (Translation in Language Teaching)にも関連する問題
を含んでいる。
このような設立趣旨に則って、本プロジェクトでは実践・研究・教育の観点からサイトラを巡る諸相に関す
る研究会を実施した。具体的なテーマを挙げておこう。
第 1 回研究会
サイトラ・AVT・SFL(長沼美香子)
テクストの現前:サイトラの認知的研究の持つ意義(石塚浩之)
第 2 回研究会(公開)
サイトラにおける概念化のステップ(船山仲他)
順送りの訳・翻訳・訳読(水野的)
第 3 回研究会
英語教育におけるサイトラについて(辰巳明子)
通訳訓練におけるサイトラ(稲生衣代)
初年度の研究会において、サイトラの特徴やとらえ方の多様性が明らかになった。サイトラは従来、通訳
者養成のための基礎訓練の方法として使用されてきた一方、原稿付き同時通訳などの実務においても実
践されてきた。サイトラは書記言語から音声言語への訳出方式であり、独自の特徴を備えている。本プロジ
ェクトでは今後、通訳・翻訳の実践・研究・教育におけるサイトラの位置づけを整理し、サイトラの概要と標
準的な枠組みを示すことを試みる。そして、サイトラの多様な応用の可能性を探る計画である。
ミニシンポジウム形式での本発表では、これまでの研究会における内容を中心に各メンバーが個別のテ
ーマにそって発言を行い、最後にフロアも交えて意見交換をしたいと考えている。
9
第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
2 日目 A 会場 (RY408) 10:00 – 10:30
司会 大久保友博
A-5
新文体の創出:藤本和子によるリチャード・ブローティガンの翻訳をめぐって
邵 丹(東京大学)
藤本和子は 1975 年 1 月 20 日にリチャード・ブローティガンの小説『アメリカの鱒釣り』の翻訳をもって翻
訳家デビューを果たした。その翻訳を丸谷才一は逸早く「文章が生きている」と評し、「名訳として推奨する
に足る」と絶賛している(丸谷, 1975)。その後、藤本によるブローティガン訳が定訳となり、版が重ねられて
いく。近年になり、翻訳家の柴田元幸は折にふれて『アメリカの鱒釣り』の藤本訳からうけた衝撃を述べると
ともに(柴田, 2010)、学術的な観点から『アメリカの鱒釣り』の藤本訳を戦後アメリカ文学の翻訳におけるひ
とつの転換点だと位置づけている(柴田, 2009)。
このような評価がなされていたものの、ブローティガン文学自体は時代性を背負っているがゆえに、「風
化しやすい」(池澤, 1979)特性を持っていた。比較的好評だった日本においてさえ、七十年代後半に盛ん
に紹介・翻訳されていながら、八十年代に入ると低迷期を迎えることになった。その後、再評価の動きは見
られたものの、継続的に関心が払われることはなかった。このように、『アメリカの鱒釣り』を筆頭とする藤本
和子の翻訳作品群は注目されながらも、詳細にわたって分析されることはきわめて少なかったのである。
そこで、本発表では、藤本作品の細部を分析して、作品群全体を俯瞰すべく、イスラエルの学者トゥーリ
ー(Gideon Toury)の記述的翻訳研究(Descriptive Translation Studies)の方法論を用いて(Toury, 1995)、
藤本によるブローティガン訳を検討する。具体的には、まず、日本におけるブローティガンの受容史からブ
ローティガンの藤本訳を戦後日本の文化空間で位置づける。次に、原文と翻訳文を等価と見なし、その一
部を「マッピング」の手法で分析する。最後に、藤本が翻訳作業の過程に用いた翻訳ストラテジーや規範
を明らかにする。
【参考文献】
池澤夏樹(1979)「ビート・ジェネレイション以降の新たな感性」『ミュージック・マガジン臨増』, 50—51.
柴田元幸(2009)「鑑か鏡か アメリカ文学は日本でどう読まれてきたか」『すばる』, 168−183.
柴田元幸・テッド・クーゼン(2010)「ダイアローグ 2010 日本で夢見たアメリカ、アメリカで夢見た日本」『す
ばる』,172-183.
丸谷才一(1975) 「ユーモアとパロディで綴る 47 章」『週刊朝日』,106—107.
Toury, Gideon (1995) Descriptive Translation Studies and Beyond, John Benjamins Publishing.
10
JAITS 2016
2 日目 A 会場 (RY408) 10:45 – 11:15
司会 大久保友博
A-6
日本における新時期文学の翻訳の黎明期と黄金期
孫 若聖(博士、神戸大学協力研究員)
新時期小説とは 1976 年ごろから 1980 年代末(作家によって 1990 年中段)までの中国大陸の作家によ
って書かれた小説である。1980、90 年代の日中友好の歴史文脈において、数多くの新時期小説は中国を
理解するための社会学の材料や文芸鑑賞の道具として日本に紹介された。
日本における新時期小説の翻訳は 1970 年代末期から始まった。調べたところ、2014 年までに少なくとも
659 篇の新時期小説の訳文(以下「TT」)が日本の公開出版物として刊行されている。このうち、1978 年か
ら 1986 年までの 9 年間では合計 108 篇の TT が見つかった。続く 1987 年から 1995 年までの 9 年間では
合計 412 篇の TT が記録される。新時期小説の殆どの秀作がこの 2 つの時期で日本に紹介されたため、
1978-1986 年は新時期小説翻訳の黎明期、1987-1995 年は黄金期であると考えられる。1996 年以降は、日
本で中国同時代文学翻訳の重心は新時期小説以降の中国小説に転移してきた。それにもかかわらず、
2014 年年末までは 139 篇ほどの新時期小説の TT が翻訳された(ただし本研究では「黎明期」と「黄金期」
しか論じない)。
黎明期の間に、訳本は年間 1 冊、2 冊のペースで出版されていた。そして出版形態の多くは短編小説の
作品集である。なぜなら、1980 年代前期までの新時期小説の殆どは、社会問題を取り扱うリアリズムのテク
ストであった。このうち短編の価値が最も高かったからである。また、訳者の構成は研究者、中国に関わる
仕事に携わる者、中国語独学者など多様性があった。その理由は、日中友好の信念を持つ一般市民は積
極的に新時期小説の翻訳に関与したからである。
黄金期においては、新時期小説自身の文学水準の向上、新時期小説に対する日本側の需要、日本に
おける新時期小説の研究陣の充実という 3 つの理由で、新時期小説 TT の出版形態は作品集以外、長編
小説の単行本、選集シリーズ、新時期小説の翻訳専門誌など多様化を呈した。訳本は年間 10 冊前後まで
に増加した。また、訳者は大学の中国文学研究者を主とする比較的単一の構成へと収斂されていく。
11
第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
2 日目 A 会場 (RY408) 11:30 – 12:00
司会 大久保友博
A-7
ひらがなのみによる翻訳の試み:明治初期における日本語文章法の追求
齊藤美野(順天堂大学)
西洋の文献が多く翻訳されるようになり、多様な訳出方法が試みられていた明治時代に、ひらがなのみ
を用いて化学の入門書を英語から日本語へ訳出したのは、清水卯三郎(1829-1910)である。『ものわり の
はしご:また の な せいみ の てびき』(1874,瑞穂屋,原著トマス・テイト)は題名の表記からも察せられ
るように、漢字は使わずに、ひらがなのみによって(項番号等を示す漢数字を除く)訳された。清水は文章
法を論じる際に、読みやすさとわかりやすさの点からひらがなによる執筆を推奨しており(1874,「平仮名の
説」『明六雑誌』第 7 号)、本翻訳書において実践している。
本発表は、翻訳論が展開される本翻訳書の序文を中心に取り上げ、ひらがなのみによる訳出の動機を
確かめながら、化学書を漢字、カタカナに依らずに訳すという興味深い方法がとられ得た事実を示す。序
文は、本書を翻訳した清水によるものに加え、国学者・翻訳者の横山由清(1826-1879)によるものもあり、
どちらも全てひらがなで書かれている(暦を示す漢数字を除く)。翻訳ではない部分も含め、ひらがなのみ
の文章により学術書を構成するのは、日本語文章変革期における興味深い文章法の実践である。両者の
序文を読むと、ひらがなをもって翻訳する理由の根本は、幅広い読者層に理解してもらうためだとわかり、
さらにはこの翻訳書に限らない、読みやすく、書きやすい日本語文章一般の追求のためでもあると察せら
れる。ひらがなのみによる文章がどのように綴られるか、序文に加え、訳出箇所である本文も見ると、清水
が序文に述べているようにひらがなを用いた和語を中心とした訳出が実践される様子が確かめられる。化
学用語も、造語、音訳、その他いずれの場合もひらがなによって訳される。表記以外の点に関する訳出方
法にも触れながら、明治初期に試みられたひらがなによる訳出・文章法の追求について論じたい。なお本
翻訳書は、筆者が代表を務める日本の近世・近代翻訳論研究プロジェクトの 2015 学会年度研究会合にお
いて取り上げた文献に含まれ、本発表は同会合での議論を踏まえて準備した。
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JAITS 2016
2 日目 A 会場 (RY408) 13:30 – 14:00
司会 田辺希久子
A-8
E・ナイダの翻訳理論イデオロギー:科学主義と福音主義
河原清志(金城学院大学)
本発表は故ユージン・ナイダ(1914-2011)の翻訳理論を振り返り、主に言語・伝達理論の科学主義と信仰
としての福音主義に着目して社会文化史的なメタ理論分析を行うことを趣旨とする。
ナイダは識字や新約聖書のメッセージ、福音の伝道・拡散を目的とした SIL (Summer Institute of
Linguistics) の重要人物で、SIL の創始者 W. タウンゼント (1896-1982) にミシガン大学に送り込まれ、言
語学を習得した。その背景には、タウンゼントが厳密な構造言語学による科学的な手続きによって言語が
習得され翻訳されれば、どのような宣教師であっても、どのような未開の部族や未知の言語であっても伝
道が可能であるという信念の裏打ちがあった。ナイダなどの宣教師たちは、言語の専門家として識字の普
及や福音の伝道を目的に母語主義を掲げ、母語中心主義と福音主義とが一体化した形で、SIL は構造主
義が中心の言語教育および翻訳教育を伝道主義のもとで施している。
このような背景から出てきたのがナイダの諸翻訳理論で、主張は大きく 3 点ある。①「意味への科学的ア
プローチ」による意味分析の手法(意味には言語的意味、指示的意味、感情的意味があり、指示的意味と
感情的意味を決定する手法として、位階構造化、成分分析、意味構造分析を提唱)、②言語間の統語的
転移の手法(N. チョムスキーの変形生成文法の影響を受けて、翻訳プロセスを「科学的」に説明)、③等
価反応達成の手法(目標言語的ニーズや文化的期待に合わせ、完全に自然な表現を狙う「動的等価」(後
に「機能的等価」)概念を提唱)。 しかしこれは、様々な批判に晒された。
そこで、本発表はナイダ批判論に対するメタ理論分析も施しつつ、以下を見てゆく。①生成文法に依拠
した統語構造の普遍性と、それに基づいて抽出が可能な普遍的意味が理論的に存在するというイデオロ
ギー、意味の普遍主義(原言語)のイデオロギー。②生成文法が想定するのは、言語変種ではなく SIL が
認定する離散的な言語であり、言語ナショナリズム的な言語観とプロテスタンティズムが共鳴して福音が伝
道されることとなっている点。③導管モデル的な客観的に伝達可能な意味の存在(神のメッセージ、福音)、
社会指標性を等閑視した言及指示的意味中心の言語イデオロギー。
聖書翻訳・仏典翻訳の研究動向を踏まえ、総合的にナイダ翻訳理論を総括してゆきたい。
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第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
2 日目 A 会場 (RY408) 14:15 – 14:45
司会 田辺希久子
A-9
重訳の実践運用:現状とその可能性
NGUYEN Thanh Tam(神戸大学国際文化学研究推進センター)
「重訳」(英:Relay または Indirect Translation)とはあくまでも翻訳の一つ方法である。それは単に言語を
媒介することだけではなく、媒介翻訳を通じて起点言語の文化と目標言語の文化をつなげる架け橋の役
割を果たしている。翻訳を評価する際に、原文に対して忠実であることは常に最優先の基準とは限らない。
場合(翻訳の目的など)によってその翻訳は受け手が起点テクストや起点文化についての理解を充実させ
ることも重要である。そのような受け手の理解に焦点を置くと、重訳の出番となる。重訳についての概念は
まだ定まっていないものの、実際には様々な場面で扱われている。通訳の分野において、リレー通訳は国
際会議通訳の不可欠な部分になっており、通訳翻訳業務を行う会社では重訳は認められる手段でもある。
とりわけわずかな世界の言語を除き、残りの「周辺的」言語間のコミュニケーションは重訳に依存しているの
も現実である。また、翻訳の現場では、より早く本を出版させたい需要に対し重訳がそれに応えている。さ
らに、通訳翻訳の媒体は多様化するにつれ、SNSにおける自動翻訳などでは重訳も役割を果たし、新た
な使い道が出来ていると考えられる。この新たな社会的な背景において、翻訳及び重訳がどのような形
式・有り様であるべきか、それに既存の翻訳の理論・知識をいかに翻訳の実践に生かし、利益をもたらす
べきかについて、検討することは大いに価値のあるものと考える。本研究は、まず異文化コミュニケーショ
ンの観点から、筆者が博士論文で提唱し、メリットがあると究明された多言語・多文化的な翻訳の形式であ
る「三視点対照の翻訳法」を紹介する。またその運用を拡大発展し、より良い翻訳を実現することを目標と
している。次に、その通訳翻訳の新しい方法論を踏まえ、重訳の有効的な使用と可能性を検討する。具体
的には異文化共生の環境が求められている日本やアメリカ、ヨーロッパにおいて、重訳の実践運用を考察
することを試みる。
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JAITS 2016
2 日目 A 会場 (RY408) 15:00 – 15:30
司会 田辺希久子
A-10
テクストと読者間の距離についての考察:翻訳行為の差異と効果を生産するもの
クマイ恭子(名古屋大学大学院後期課程在籍、南山大学非常勤講師)
本研究の目的は、テクストと読者間の距離という視点から、起点テクストと目標テクスト間に見られる差異
と効果の要素を考察することである。「テクストと読者の距離」とは、換言すればテクストと読者の関与の度
合いである。関与の度合いが深く近接性が増すほど距離は近く、その逆になる程距離が遠くなると言える
が、物語に対する好感度や共感の有無だけで距離が決定づけられるほど単純な問題でもない。キャサリ
ン・ロス (2009) は事例研究で読者とテクストとの関与について多様な例を提示する。物語の世界に入り物
語中の人物と同化する、物語から何かを獲得するという客観的姿勢での読み、読書に挫折し途中で放棄
する等である。第一の例がテクストへの近接性が最も高く、第三の例が最も低いと言える。
この関与の度合いの議論に第二言語習得の知見を参考にすることもできる。John H. Schumann
(1976) は、目標言語文化と学習者の文化的社会的コンテクストが類似しているほど、目標言語習得率が
高いと分析した。Schumannは外国語学習者の目標言語文化への近接性による第二言語習得結果を
“assimilation (1)”、 “acculturation (2)”、 “preservation (3)”というスケールで提示する (pp. 136-137)。これ
をテクストと読者の距離に援用すると、最も単純な形では、読者が物語に共感する要素を備え、物語の世
界に入るような読みを(1)、何かを獲得する等の目的で客観的姿勢を保つ読みを(2)、読書を放棄する、あ
るいは挫折する状態を(3)と類比できる。
上述のスケールをテクストと読者間の距離の分析に援用する際、語り、読者受容理論、読者のスキーマ
等、様々な角度からの仕分けが必要である。本発表ではこれらの要素に焦点を当て、起点テクストと目標
テクストを比較分析する。対象テクストとして、1999年に米国ニューベリー賞メダルを受賞したLouis Sachar
作Holesおよびその邦訳『穴-Holes』(幸田敦子訳)を用いる。邦訳版は2000年に産経児童出版文化賞翻
訳賞を受賞している。米国のみならず日本でも高評価を得た背景には翻訳行為の貢献度の高さが窺える。
本発表では訳の正誤や等価を問うのではなく、テクストと読者の距離について、翻訳行為によって立ち現
れる差異と効果を生み出す要素を探求する。
【参考文献】
ロス, C. et al. (2009). 『読書と読者』. 京都: 京都大学情報学研究会.
Schumann, J. H. (1976). Social distance as a factor in second language acquisition. Language learning, 26 (1).
135-143.
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第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
1 日目 B 会場 (RY407) 14:00 – 14:30
司会 内藤 稔
B-1
コミュニティ通訳講座受講者の意識について:アンケート調査結果より
水野真木子(金城学院大学)
2020 年の東京オリンピック・パラリンピックの誘致をきっかけに、日本各地で通訳人材養成の必要性に対
する認識が急激に高まり、地方自治体単位でさまざまな形で養成講座の開講が進められている。これまで
も各地の国際交流協会を中心にボランティア通訳者の登録の仕組みは存在していたが、近年では単なる
ボランティアから脱却し、基本的にはボランティアベースではあるが、ある程度プロフェッショナルな人材を
求める傾向が見受けられる。養成講座の受講を義務付け、通訳のスキルを測るためのスクリーニングの仕
組みを持つところも増えている。
コミュニティ通訳の位置づけや役割に対する考えは各地でそれぞれ異なっており、そこに関わる通訳者
のスタンスも異なる。観光や交流事業を中心に英語の通訳をメインにしている自治体もあれば、教育や保
育の現場での語学サポートを中心にポルトガル語やタガログ語の通訳者を多く必要とする自治体もある。
暮らしに密着した通訳を中心に据えている自治体の中には、外国人住民をフルにサポートする方針のとこ
ろもあれば、彼らの自立を目的とするため、通訳翻訳のサポートを最小限に抑える方針を取る自治体もあ
る。このように、地域の状況に応じて、通訳というものに対する意識は異なる。
発表者は、全国の様々な地方自治体の依頼でコミュニティ通訳養成プログラムに関わってきたが、過去 2
年にわたって、講座を担当する際に、受講生を対象にアンケートによる意識調査を行い、7 つの地方自治
体から合計 169 名の回答を得た(鳥取県 38 名、大阪市 31 名、犬山市 19 名、四日市市 9 名、高知県 26
名、札幌市 30 名、春日井市 16 名)。本発表では、通訳講座に参加した通訳者たちがコミュニティ通訳をど
のように捉え、どのような意識で通訳活動に携わっている、あるいは携わろうとしているかを、上記アンケー
ト調査の結果に基づいて論じたい。主なポイントは、コミュニティ通訳はボランティアであるべきかどうか、コ
ミュニティ通訳者にとって最も重要な資質は何か、コミュニティ通訳者になる動機は何かの 3 つである。これ
らについて、地域別および回答者の性別、年齢、通訳言語、母語、通訳経験などの属性ごとに比較分析
する。
16
JAITS 2016
1 日目 B 会場 (RY407) 14:45 – 15:15
司会 内藤 稔
B-2
対人援助におけるコミュニティ通訳者の役割考察:通訳の公正介入基準の提案
飯田奈美子(立命館大学 研究生)
対人援助のコミュニティ通訳では、専門家とクライエントの要通訳者間に権力の非対称性があることから、
通訳倫理規程を忠実に実行する通訳では要通訳者間のコミュニケーション不全を招くことになり、通訳者
がコミュニケーションの調整やケア的役割を担わざるを得ない状況に遭遇することがある。そして、通訳倫
理規程からの逸脱行為が通訳者の個人的な倫理規程違反と捉えられることで、倫理規程の要請と通訳実
践のギャップから葛藤を抱く通訳者も多く、コミュニティ通訳の人材育成や通訳者の健康管理に問題が出
ている。
通訳者の役割に関する先行研究は、コミュニケーションの調整や文化の仲介者の役割が明らかにされ
てきた。しかし、通訳者の介入がどこまでどのように行われるべきかという理論的議論はされていない。
発表者は、倫理規定からの逸脱行為は通訳者の個人的要因だけでなく、専門家とクライエント間の権力
の非対称性という構造的問題により発生すると考える。そのため通訳者が、専門家とクライエントの信頼関
係構築と問題解決を促進するために介入を行っており、通訳者が理想とするコミュニケーション(公正とケ
ア)に近づけるために介入をしていることを明らかにした(飯田 2012)。
そして、博士論文において、通訳者がどのように介入するべきかという介入項目の設定を試みた。専門
家とクライエントが問題解決に向けて合意形成を行う過程で、通訳者は発言内容や下された決定には干
渉できないが、合意形成が公正な手続きによって行われているかについて関与できると考え、社会心理学
の手続き的公正概念を用い、6 つの通訳の公正介入基準を設定した。この基準は、合意形成における公
正な手続きが取られていない場合に通訳者が 6 つの基準に沿って、異議申し立てや情報提供ができるも
のである。
本研究は、これまで通訳者の経験を頼りに行われてきた介入行為を客観化したことに大きな特色がある。
これにより通訳者の介入行為が公正介入基準をもとにした通訳技術として確立していくことができ、通訳者
の養成プログラム開発や資格制度設計の研究に大きく貢献できると考える。しかしながら、実用化には基
準内容や活用方法などさらなる検討が必要である。
本発表では、6つの通訳の公正介入基準の私案について発表し、基準内容や活用方法、今後の課題
について、参加者と議論、意見交換を行いたい。
【参考文献】
飯田奈美子, 2012,「対人援助場面のコミュニティ通訳における「逸脱行為」の分析―事例報告分析を通し
て―」 『Core Ethics』8 pp.27-39.
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第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
1 日目 B 会場 (RY407) 15:30 – 16:00
司会 内藤 稔
B-3
SEMI(札幌英語医療通訳グループ)の活動とそこから見えてくるもの
北間砂織(北海道大学 非常勤講師)
人口が 200 万人の札幌市には 1 万人を超える外国人が住民登録を行っているが、医療通訳の制度がな
かったため、有志が集まって 2009 年 4 月に SEMI(札幌英語医療通訳グループ)を立ち上げた。クライアン
トには費用を課さず、ボランティアがベースの活動となっている。設立した 2009 年度の通訳派遣件数は 59
件であったが、徐々に SEMI の活動が浸透して、2014 年度と 2015 年度はそれぞれ 500 件を超える派遣を
行い、設立以来の通算派遣件数は 2000 件を超えている。
活動に伴い行政との連携が少しずつ始まり、設立翌年の 2010 年度からは公益財団法人札幌国際プラ
ザとの共催の母子保健セミナーを開催している。また、札幌市の国際部、保健所や子ども未来局といった
行政組織とも連携しながら外国籍市民のサポートを行っている。2016 年度からは SEMI の活動の一部が札
幌市の多文化共生事業の一環なっている。
ボランティアとして始まった活動ではあるが、2013 年度から北海道大学より留学生のための医療通訳に
必要な交通費の半額が支給されるようになり、その後日本学生支援機構中島記念財団の助成金の採択や、
北海道大学スーパーグローローバル大学創生支援採択に伴い連携が拡充し、謝金が支払われるようにな
ってきている。
2016 年 6 月現在、24 名の会員がおり、このうち 13 名が医療通訳者として活動しており、現在研修中の
会員も何名かいる。ベテランの会員数名が交代でコーディネーターも務めており、この限られた人数で年
間 500 件を超える通訳派遣を行っている。会員は平日に活動可能であることが原則で、歯科医師、薬剤師、
臨床検査技師といった医療従事者や、通訳ガイド、翻訳者、会議通訳者、英語講師といった英語のバック
グラウンドを持つものも多い。SEMI の活動に賛同する医師や研究者など、アドバイザーという立場の会員
も数名いる。
SEMI の特徴として、毎週勉強会を開催していることが挙げられる。金曜午後の勉強会に参加できること
が SEMI 入会の条件にもなっていることから出席率も高く、毎週ともに勉強するだけではなく、クライアント
の個人情報に配慮しながら最近の実例について話し合い、不安や疑問を常に解消できるようにしている。
本発表では、SEMI の活動の紹介を通して、医療通訳の経験のある参加者と議論・意見交換をして、こ
れからの医療通訳のあり方について考えて行きたい。
【参考文献】
北間砂織(2015)「SEMI(札幌英語医療通訳グループ)の取り組み -医療面からの留学生等のサポートを
目指して-」『留学交流』2015 年 12 月号、23-31.
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JAITS 2016
1 日目 B 会場 (RY407) 15:30 – 16:00
司会 内藤 稔
B-4
医療における擬音の通訳について
石野 尚(大手前大学)
人間の感覚と密接に結び付いた表現に、オノマトペ/mimetics と呼ばれる擬音語・擬声語がある。
Mimetics は様態の副詞と同様の統語機能があり、それらが表す音そのものを単に表すのではなく、行為
の見た目や感情的な側面を言い表したものであり、日本語の伝統的な分類の語彙層の1つである
(McCauley 1968:64)。世界の言語の中でも、日本語はとりわけ mimetics の語彙が豊富であることが認めら
れており、それらは擬態語や、感情を表す擬情語とも呼ばれている(金田一 1978、他)。本研究では、痛み
や気分といった極めて主観的な描写を訴える患者と、そこから治療の判断を客観的に下す診断者との間
をつなぐ立場として医療施設の看護師が担う言語面のサポートに注目する。どの程度、どのように痛いか
については、日本語母語話者であれば mimetics を用いて症状を描写することが多いため、主観的表現を
客観的に数値化することの必要性を重く見て、とりわけ Doizaki, Matsuda, Utsumi and Sakamoto (2015)など
で定量化システムの研究開発が近年集中的にすすめられているが、本研究は言語学のアプローチから、
痛みの程度に関する日英の表現を対照し、看護師が担うことができる通訳技術にどのように反映できるの
かについて考察する。
日本語の mimetics は predicate を修飾する様態の副詞用法が一般的であるが、それに-suru がついた
mimetic verb と呼ばれる動詞がある。Kageyama(2007:44)によれば mimetic verb を 7 つに分類し、
zuki-zuki-suru や kiri-kiri-suru といった physiological verb はその1つの語彙群となっている。当該群に所属
する動詞の意味的統語的特徴としては、主語名詞の意味役割は theme であり、人称代名詞ではなく、(1)
に示すように体の部位を入れる必要がある。次に日本語は多重主格構文を許容するが、physiological
verb は自覚に基づくものであるため、大主語は一人称に限られ、(2)に挙げた例文のうち二人称・三人称の
主語は容認されない。しかし、看護及び問診の過程における通訳では(2a)のような日本語では非文法的
である二人称・三人称の英文を作ることになる(→(3))。また、英語は多重主格構文を許容しないため、(4)
のように人称代名詞を主語位置に入れる限りにおいては、physiological verb は形容詞化しなければならな
い。
(1) a.
Watashi-wa *(atama-ga) zuki-zuki-suru. b. i-ga kiri-kiri-suru.
I-TOP
(2) a.
head-NOM Mimetic-do
Watashi-wa/*Anata-wa/*Kare-wa atama-ga zuki-zuki-suru.
I-TOP/you-TOP/he-TOP
head-NOM Mimetic-do
b. Watashi-wa/*Anata-wa/*Kare-wa i-ga kiri-kiri-suru.
I-TOP/you-TOP/he-TOP
(3)
(4)
stomach-NOM Mimetic-do
OK
OK
stomach-NOM Mimetic-do
OK
My/ Your/ His head is throbbing with pain. (≒(2a))
I feel/have a stabbing pain in the stomach. (≒(2b))
通訳では対象言語の統語的諸特徴の知識は重要であり、本研究は様々な physiological verb の意味的統
語的振る舞いを詳細に観察し、通訳技術における一つの指針を示すことを試みる。
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第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
2 日目 B 会場 (RY407) 10:00 – 10:30
司会 白澤麻弓
B-5
英日逐次通訳における記憶の負担と訳出精度
新崎隆子(東京外国語大学)
本発表では、英日逐次通訳において通訳者の記憶負担の重さが訳出の精度にどのような影響を与えて
いるかを調べた研究結果を共有し、逐次通訳の指導についての提案を行う。
逐次通訳は発言者が話を区切るごとに訳出する形式の通訳である。通訳者は原発言を聞きながらメモ
をとり、発言が終わったところでメモを見ながら通訳を行う。原発言を止めずにほぼ同じスピードで訳出を
行う同時通訳に比べ、逐次通訳では理解した内容を記憶に留めるリテンション能力がより重要である。発
言のひと区切りが長いほど、通訳者の記憶への負担は重くなると思われる。しかし、効果的な逐次通訳を
行うための適切な発言の区切りに関する研究はあまり行われていない。大学院の通訳コースや民間の通
訳者養成機関においても、どれぐらいの長さの発言をどの程度の精度で訳出することができれば良いかと
いう基準を明確に示しているところは見当たらない。また日本で出版されている通訳の教科書、教則本、
通訳教本、参考書には逐次通訳の際の原発言のひと区切りの長さについて、通訳実務家の体験を紹介し
ているものはあるが、はっきりとした根拠に基づいた記述は見られない。また逐次通訳におけるエラーの実
証研究においても、区切りの長さの影響は注目されていない。すなわち、日本国内における通訳教育や
訓練において、逐次通訳の際の記憶の負担と訳出の精度については研究が行われておらず、実務専門
家や通訳訓練生の目指すべき目標がはっきりと示されていない状況である。
発表では、逐次通訳されるひと区切りの発言の長さについて、日本内外の通訳研究者がどのように述
べているか、日本国内の通訳の使用者と通訳養成の指導者がどのように理解しているかについて概観し、
通訳者が記憶しなければならない発言の長さと訳出の精度の関係を調べた実験結果を紹介する。最後に、
英日逐次通訳の実践や使用における適切な区切りの長さや、逐次通訳の訓練における到達目標につい
て議論する。
【参考文献】
BERGEROT (2005) 『TIT 通訳理論と作業記憶』通訳研究.
Roberts, P.(2014). Enhancing Short-Term Memory for Accurate Interpreting. The ATA Chronicle, Volume
XLIII, Number 7.
Vernon Gregg (1986). An Introduction to Human Memory. Routledge & Kegan Paul Limited.
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JAITS 2016
2 日目 B 会場 (RY407) 10:45 – 11:15
司会 白澤麻弓
B-6
同時通訳における流暢さについて
黄華麗(名古屋大学)
通訳における流暢さについての研究はまだほんの初期段階であるが、現在活発に研究が行われている
分野である(Mead, 2005)。同時通訳においても、流暢さを測定するための量的な指標が研究者間でまだ
定まっておらず、指標の選択は研究者の主観的な判断で選択される傾向があるという問題があるが、研究
対象として関心を集めるようになった。筆者は、同時通訳における先行研究で問題となっている三つの課
題に着目し、自ら仮説を立て、その仮設を検証するために実験を行い、データを分析することによって、仮
説の合理性を検証した。本発表では、語順が同時通訳における流暢さに影響を与えるかどうかという課題
を取り上げ検証したい。
異なる言語間には語順の差異が存在するが、通訳において個別言語の特異性が影響を及ぼすかどう
かは実証的には証明されていない(Gile, 2009)。郭(2011)の博士論文では、中国語と英語の名詞句の語順
の違いによる通訳処理困難性に注目し、EVS パフォーマンスを測定することで、プロ通訳者における名詞
句の英語から中国語への通訳処理パターンを明らかにすることを試みた。横山(2013, 2014)は、英文和訳
における原文と訳文の語順の違いの様相を、実際のデータを用いて測定するによって明らかにした。本研
究では、明らかにした結果は以下のようになった。原文の語順差異率と訳出文の語順差異率との相関係
数を算出したところ、相関係数は.250**であり、r=.000<.001 と有意な正の弱い相関が見られた。原文語順と訳
出文の正確さとの相関係数を算出したところ、相関係数は-.292**であり、r=.000<.001 と有意な負の弱い相関
が見られた。原文語順と訳出文の流暢さとの相関係数を算出したところ、相関係数は -.323** であり、
r=.000<.001 と有意な負の弱い相関が見られた。訳出文の正確さと訳出文の語順差異率との相関係数を算
出したところ、相関係数は-.528**であり、r=.000<.001 と中程度の負の相関が見られた。訳出文の語順が訳出
目標語英語の語順に近ければ近いほど、正確な通訳パフォーマンスができる可能性が高くなると考えられ
る 。 訳出文の 正確さ と 訳出文の 流暢さ と の 相関係数を 算出し た と こ ろ 、 相関係数は .354** で あ り 、
r=.000<.001 と有意な正の弱い相関が見られた。以上の結果から、原文の語順と英語の語順の間に、差が
大きければ大きいほど、言語処理の負荷が高くなることが明らかになった。さらに、訳出文の語順差異率も
高くなり、同時通訳における正確さと流暢さが低下していく可能性があることも考えられる。また、評価者が
原文を知らないまま評価した通訳の正確さと実際の正確さとの間にズレが生じるにもかかわらず、訳出文
の正確さが訳出文の流暢さに有意な影響を与えることも明らかになった。
本研究は、語順による日英同時通訳における流暢さにネガティブに有意な影響を与えることを実証した。
本研究には、協力者の人数が少なかったり、語順差異率の測定に改善の余地があったりするなどの問題
もある。しかしながら、本研究は、同時通訳の統語的再構成方略の問題(水野, 2015)、特に日英や中英の
同時通訳の統語的再構成方略という問題を解決するための基礎的な研究になることが期待されることに意
義がある。
21
第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
2 日目 B 会場 (RY407) 11:30 – 12:00
司会 白澤麻弓
B-7
日中同時通訳における誤訳しやすい長文に関する実証研究序説
龐 焱(広東外語外貿大学)
中国における日本語から中国語への同時通訳は、現在中国語を母語とする通訳者がほとんどを行って
いる。AIIC の言語規定により、A 言語への同時通訳が通例として認められているが、しかし、日本語を B
言語とする中国語母語の通訳者にとって、日本語を中国語に同時通訳することが非常に難しいとの認識
は通訳者界では共通問題となっていることは確かであり、当面は中国語母語の通訳者や研究者に課さら
れた課題でありつづけるのである。
筆者が長年抱いてきた疑問は、日中同時通訳は中国語母語の通訳者にとってどこが最も難しいのか?
日中同時通訳の作業に大きな障害なるものは一体何だろうか?それはどんな特徴があり、どのように対応
したらよいのか、というものであった。
これまで、文法構造の相違点が同時通訳に対する影響を巡り、日英の研究学が論じてきた研究成果が多
くあった。もし日中文法構造の相違点が同時通訳の誤訳に対する大きな要素である事が確かめられれば、
その誤訳された日本語文の特徴を把握し、文型に応じた改善方策を見出すことができる。これは日中同時
通訳の質の向上に非常に有意義のものではないかと期待される。故に、今後、この一連の問題を課題とし
て、研究を展開していく必要性も非常に大きいと考えている。
本研究では、日中文法構造の視点から、実例のデータの統計と分析を通じて、日中同時通訳における
誤訳しやすい長文に関する研究の必要性と意義を論じ、今後、この研究を展開して行くための研究方法と
研究構想を提示しようとするものである。
今後、同時通訳の訳出の質を改善していくために、日本語の誤訳しやすい長文の特徴、そして、その
特徴に応じた方策を見出しいくのは非常に有意義なことである。本研究では今後の研究を展開していく必
要性と方向性を明確にした。
今後の研究方法は、日中パラレル・コーパスを踏まえて、定量的な分析方法を定性的な分析方法と結
びつけて、観察法と経験総括法を利用し、研究の主題と目的について、実証的にロジカルな帰納、演繹
推定をしていくことを目指している。
22
JAITS 2016
2 日目 B 会場 (RY407) 13:30 – 14:00
司会 松下佳世
B-8
Error Index in Shadowing and Shadowing Efficacy for English-Japanese Interpreting:
Omissions in shadowing and its Association with the Source Text Interpretation
Hiroko Yamada (Kansai Gaidai College)
There has been fervent debate of whether shadowing is merely monolingual repetition of verbal output or a
useful tool to enhance the ability of interpreting the source text information. Interest in the association between
shadowing and simultaneous interpreting has remained high over the last decade (Pöchhacker, 2004); however,
little research has explicitly examined how shadowing tasks can contribute to the development of consecutive
interpreting skills according to an effectiveness evaluation based on the empirical data.
I taught three English/Japanese interpreting classes at the University of Foreign Studies in Japan in 2015.
For data collection, one class received 30 lessons in intensive shadowing during the spring semester, which
was classified as an experimental group. No special training was given to a control group combining the two
other classes. Shadowing tests and subsequently-conducted English-Japanese consecutive interpreting tests,
both of which used the same source texts, were concurrently implemented on the occasions of the midterm and
final examinations, respectively. Utilizing data from a total of 110 research participants, the efficacy of
shadowing for source text interpretation was evaluated.
The present study first identifies the most frequently committed errors in shadowing: omissions of words,
substitutions, corrections, additions and distortions (Gerver, 2002). The results demonstrated that word
omissions are the major errors, and serve as a rough index of shadowing performance quality. The findings
illustrate salient efficacy of intensive shadowing for boosting consecutive interpreting skills, whereas some
provocative findings were ascertained. Specifically, they suggest that the quality of the shadowing
performance is affected very little by the intelligibility of the source text information, whereas the syntactic
complexity of the source text markedly affects the accuracy of interpretation, which overrides the length of
training. Another unexpected result concerns the different pattern of associations for correlation between the
shadowing and interpreting performance shown by the control group and the experimental group, respectively.
In summary, this suggests that shadowing activities are effective for boosting interpretation skills in the early
stages; however, supposing the shadowing activities are continuously assigned for a longer period of time,
they would not necessarily lead to further enhancement of interpreting abilities. As students are used to word
by word repetition, not translating the individual meaning of each successive word, they would not be likely to
successfully transfer the processing strategies from mere repetition to the meaning-oriented approaches. These
findings have pedagogical implications for the future course of shadowing activities.
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第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
2 日目 B 会場 (RY407) 14:15 – 14:45
司会 松下佳世
B-9
コミュニケーション能力向上を目標とした学部生対象の逐次通訳演習実践報告
西畑香里(東京外国語大学)
本発表は、2016 年 4 月から 7 月にかけて、大学学部 2 年生以上を対象に開講された英語選択科目に
おいて実践した逐次通訳演習クラスの事例報告である。実践報告の対象クラスでは、通訳の基礎である逐
次通訳を取り上げ、逐次通訳演習を通して英語及び日本語の総合的なコミュニケーション能力を向上させ
ることを授業の目標に設定した。
日本経済団体連合(経団連)が 2016 年 2 月 16 日に発表した「2015 年度新卒採用に関するアンケート
調査結果」によると、企業が「採用選考時に重視する要素」として、「コミュニケーション能力」が 12 年連続で
1 位であったと報告されている。実際のビジネスの現場においても、コミュニケーション能力の重要性を目
の当たりにすることが多々あり、いずれの職業につく場合であっても、コミュニケーション能力向上につな
がる気づきを促す機会を授業に取り入れることは意義があるのではないか、またそれを逐次通訳演習を通
して行うことはできないかという考えを基に、授業の活動内容を計画・実践した。
大学学部向けの通訳関連クラスの特徴として、これまで行われた調査結果(染谷他 2005; 稲生他 2010)
からも、受講者数が比較的多い、学生のレベルに差がある、受講動機として必ずしもプロ通訳者になること
が目的ではないこと等が挙げられる。初めて通訳について学ぶ学生が多いことを想定していた対象クラス
では、受講者数が 21 人であり、そのクラスサイズも活用し、英語だけではなく、日本語も重視し、聞き手の
存在や伝えることを意識した、気づきを促すための課題を取り入れた。
本発表では、授業内で行った活動の一例として、通訳者・スピーカー・オーディエンスそれぞれの視点
を体験するディスカッション通訳演習を中心に取り上げて紹介し、演習の進め方で気をつけた点や受講前
と受講後の学生の変化を、学生の感想や講師の視点から考察し、今後の課題などについても検討してい
く。
【参考文献】
染谷泰正・斉藤美和子・鶴田知佳子・田中深雪・稲生衣代 (2005) 「わが国の大学・大学院における通訳
教育の実態調査」『通訳研究』第 5 号:285-310.
稲生衣代・河原清志・溝口良子・中村幸子・西村友美・関口智子・新崎隆子・田中深雪 (2010) 「日本における
通訳教育の課題と展望 日本通訳翻訳学会・通訳教育分科会 2009-2010 年度プロジェクトより」『通訳翻訳
研究』第 10 号:259-278.
24
JAITS 2016
2 日目 B 会場 (RY407) 14:15 – 14:45
司会 松下佳世
B-10
学術分野における手話-日本語同時通訳の形態素解析
白澤麻弓(筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター)
聴覚障害者の社会進出を支えるためには、高度専門領域における手話通訳者の確保が不可欠であ
る。特に、学術的なディスカッションにおいては、用語の選択やニュアンスの伝達等、より厳密な
コミュニケーションが求められ、一般の手話通訳とは異なる技術の習得が必要とされる。
白澤(2016)は、このような学術分野に特有の手話通訳技術を明らかにするため、一定の通訳技
術を有する手話通訳者が、学術的な研究会で手話通訳を行ったときに陥りがちな問題を取り上げ分
析している。本研究では、こうした先行研究における成果をもとに、特に手話通訳者の用いている
言い回しに焦点をあてて、形態素解析による追加分析を行うことで、多用されやすい表現の特徴と
課題について明らかにした。なお、本研究では、実際の研究会場面において 1 名の手話通訳者が手
話から日本語への同時通訳(以下、通訳)を行っている場面を取り上げデータ(サンプル A)とし
た。加えて、同じ内容を別の通訳者 B が、2 通りの方法、すなわち一方は研究会をもう一方は講演
会を想定して、それぞれ通訳したもの(以下、モデル(研究会)
、モデル(講演)とする)を比較デ
ータとして用いた。この2種類のモデルは、サンプル A とは撮影条件が異なるため、同質に扱うこ
とはできないが、研究会場面に即した通訳方法を検討する上では有用と考えた。
分析の結果、まず、
「フィラー」については、サンプル A で他の2倍近くの出現回数があり、特
に「あの」が多用される傾向があった。これには、撮影方法の違いも影響していると考えられるが、
より聞きやすい訳出のために注意が必要な部分であると考えられた。
次に「接続詞」については、サンプル A、モデル(講演)ともに、
「で」で文をつないでいく傾向
があり、特にサンプル A で顕著であった。これに対して、モデル(研究会)では、
「一方」
「あるい
は」
「すなわち」
といった表現が採用される傾向にあり、
その他の通訳とは異なる傾向を示していた。
また「非自立動詞」では、いずれのサンプルでも「いる」が最も多く用いられていたが、モデル(研
究会)では、次いで「おる」が採用されるなど、他の二つのサンプルとは異なる傾向にあった。こ
れらのうち、モデル(研究会)によって採用されている言い回しは、いずれも学術分野に特有の表
現であると考えられ、こうしたレジスタを習得することで、訳出表現の改善が可能なことが推察さ
れた。
【参考文献】
白澤麻弓(2016)学術分野における手話-日本語同時通訳技術―学術的に重要な用語や言い回しの選択
に焦点をあてて. 日本特殊教育学会第 54 回大会予稿集, 印刷中.
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第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
1 日目 C 会場 (RY405) 14:00 – 14:30
司会 坪井陸子
C-1
日本語学・日本語教育学の概念を応用した翻訳者教育:OJT指導実践報告
北村富弘(法務省大阪刑務所国際対策室)
大阪刑務所国際対策室における翻訳業務は、業務量の多くが外国人被収容者の書簡検査を目的とした
要旨和訳で占められているが、その翻訳担当者は、常勤である国際専門官の他、単年度契約の常駐通訳
翻訳人である。英語においては、常駐通訳翻訳人の言語運用能力は概して実用英語技能検定1級相当
以上であるが、翻訳の実務経験が比較的浅いケースがある。当室では、業務多忙のため、翻訳技能を集
中的に指導する時間枠を日常業務以外にとることが難しく、常駐通訳翻訳人の翻訳技能の改善は、執務
中に機会をとらえて短時間に行っている(OJT指導)。
書簡検査のための要旨和訳は、迅速に行う必要性があると同時に、矯正業務上の要点箇所に関しては
原文の示す事実関係について精密な翻訳が必要とされる。また、書簡の内容を通じて、被収容者処遇担
当職員らが家族関係等対人関係の状況を把握することもあることから、対人表現に配慮した和訳が望まし
い。
そのような要請がある中、経験の浅い翻訳者の和訳文の特徴として、代名詞の多用、対人表現の不足、
また、引用表現や後置修飾が長い場合に訳文が不明確になるなどの傾向がある。このような訳文の場合、
読み手にとっては対人関係や事実関係の把握に支障をきたすことがある。
これに対応し、OJT指導の際、日本語学・日本語教育学の概念である、ゼロ代名詞、「ナル」文、待遇表
現、提題表現などを、具体的な訳例とともに翻訳者に提示することで、日本語らしさのポイントについて意
識化を促す試みを行っている。それにより、翻訳者自らが自身の作成した翻訳文の特徴に気づき、さらに、
指導ポイントを参考にこれまでとは異なる訳文を試行錯誤する過程を通じて、訳文の品質が改善されてい
る。
ここでいう日本語らしさのポイントは、熟練した翻訳者にとってはなんら目新しいものではなく、「日本語に
すれば自然にこうなる」と語られたり、自然な日本語を目指した和訳に何気なく表れたりするような、ごく基
本的な特徴である。しかし、経験の浅い翻訳者にとっては、そのような日本語としてごく基本的な特徴を言
語化し、あえて意識することで、訳文の改善に役立つことが観察されている。
本発表では、経験の浅い翻訳者と熟練した翻訳者による和訳文のパターンを例示しながら、OJT指導に
用いている各ポイントについて、その表現が適切な和訳となりうる理由について述べる。
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JAITS 2016
1 日目 C 会場 (RY405) 14:45 – 15:15
司会 坪井陸子
C-2
日本語初級・中級クラスでの選択体系機能言語学(SFL)を用いた翻訳活動の実践報告
行木瑛子(国際教養大学、ロンドン大学 SOAS)
本研究は、選択体系機能言語学(SFL)を用いた翻訳活動に関する実践研究である。日本語教育をはじ
めとする言語教育では、長い間翻訳が活動の 1 つとして使用されてきた。ただ、言語教育における翻訳は
語彙や文法習得が中心の文法訳読法のイメージが強く、特に英語圏では学習者のコミュニケーション能
力の向上には資さないとの指摘を受け、敬遠されることも多い(Cook, 2010)。ただ、「訳す」という行為は語
彙や文法だけでなく、言語の社会文化的・語用論的側面にも深く関係している。近年では応用言語学で
多(複)言語/多(複)文化能力(Council of Europe, 2001)の必要性が強く認識されたり、2012 年の日本学術
会議による参照基準で「大学外国語教育にとって翻訳通訳を学ぶことには、根源的な意味がある」と明記
されるなど、大学教育において様々な形の翻訳活動の再評価の動きがある。本実践研究もこのまだ始まっ
たばかり流れに沿うものである。
本実践研究では、選択体系機能言語学(SFL)(Halliday, 1985)を用いたプロセス重視の翻訳活動をロン
ドンで日本語を専攻する初級・中級学習者 14 名に実施した。SFL は言語の社会的機能に着目した理論で
あり、言語学習・通訳翻訳学の両方で幅広く応用されている。翻訳クラスでは、ツイッター、新聞、インタビ
ュー記事などの生教材を使用し、SFL の理論を使ってテキストの社会的機能を学生に分析させたほか、翻
訳の前後にディスカッションの機会も設けた。データは、学習者の授業中のディスカッション等の録音、各
授業後の翻訳課題・コメンタリー、学習日記、最初と最後の翻訳タスクなど、幅広く収集した。
本発表では、選択体系機能言語学(SFL)を用いたプロセス重視の翻訳活動の利点として観察できた以下
の 4 点を紹介する。①学習者が主体的に言語を選択する機会を与えられること、②学習者を学習の中心
に置くことができること、③学習者に「考えさせるタスク」を与えることができること、④規範的な形で「文化」
について紹介するのではなく、テキストを通して文化に触れさせることができること。ただ、文化に関する批
判的に捉える視点の育成や、(二言語だけではなく)複言語の能力を育成するという点では課題も見受け
られた。
【参考文献】
Cook, G. (2010). Translation in language teaching: An argument for reassessment. Oxford: Oxford University
Press.
Council of Europe. (2001). Common European framework of reference for languages: Learning, teaching,
assessment. Cambridge: Cambridge University Press.
Halliday, M. A. K. (1985). An introduction to functional grammar. London: Arnold.
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第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
1 日目 C 会場 (RY405) 15:30 – 16:00
司会 坪井陸子
C-3
キキとハーマイオニーの女ことば―翻訳と非翻訳の児童文学における文体比較
古川弘子(東北学院大学)
発表者はこれまでの文末詞使用に焦点を当てた研究で、様々なジャンルの翻訳テクストの女性登場人
物は、現実の日本女性よりも言葉づかいにおいて「女らしさ」が強調されて描かれていることを示してきた
(古川 2013 他)。しかし、翻訳テクストと非翻訳テクスト(日本語で書かれたテクスト)における女ことばの比
較研究は Fukuchi Meldrum(2009: 120-123)があるのみで、さらなる研究が求められてきた。そこで本研究
では、児童文学の翻訳テクストと非翻訳テクストでは女性登場人物の言葉づかいに差異があるのかを定量
分析によって実証的に示したい。
児童文学を選ぶ理由は、児童文学に使われる言葉は子供に女ことばや言語規範を伝える媒介物として
重要な役割を果たしていると考えられるからだ。あるアンケートでは、日本語は中性化しているといわれて
いるにも関わらず約 70%の子供が「男子と女子は言葉づかいが違う」と答えており(市ヶ谷経済新聞
2009)、この結果からも子供に対する言語規範の浸透が見てとれる。
今回分析の対象としたテクストは以下のとおりである。翻訳テクストは『ハリー・ポッター』シリーズの日本
語訳第一巻から第七巻(J.K.ローリング、松岡 佑子訳)で、原書の発表年と翻訳年はそれぞれ以下の通り
である(発表年/翻訳年)――『ハリー・ポッターと賢者の石』(1997/1999)、『ハリー・ポッターと秘密の部
屋』(1998/2000)、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(1999/2001)、『ハリー・ポッターと炎のゴブレ
ット(上・下)』(2000/2002)、『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団(上・下)』(2003/2004)、『ハリー・ポッタ
ーと謎のプリンス(上・下)』(2005/2006)、『ハリー・ポッターと死の秘宝(上・下)』(2007/2008)。非翻訳
テクストには『魔女の宅急便』第一巻から第六巻(角野栄子著、発表 1985~2009)を選んだ。『魔女の宅急
便』の主人公キキと『ハリー・ポッター』シリーズのハーマイオニーのセリフに使われた文末詞を取り出し、
Okamoto and Sato(1992)の言語研究を応用して文末詞使用率の分析を行う。
【参考文献】
Fukuchi Meldrum, Yukari (2009). Translationese-specific linguistics characteristics: A corpus-based study of
contemporary Japanese translationese. 『翻訳研究への招待』第 3 号: 105-131.
古川弘子 (2013)「女ことばと翻訳―理想の女らしさへの文化内翻訳」『通訳翻訳研究』第 13 号: 1-23.
市 ヶ 谷 経 済 新 聞 (2009) 「 男 女 の 言 葉 遣 い は 『 中 性 化 』 す る 傾 向 に - 旺 文 社 が ア ン ケ ー ト 」
http://ichigaya.keizai.biz/headline/562/
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JAITS 2016
1 日目 C 会場 (RY405) 16:15 – 16:45
司会 坪井陸子
C-4
日ア語、ア日語の慣用表現の翻訳:「死」、「恋愛」、「時間」にまつわる慣用表現を事例に
上川アルモーメンアブドーラ(東海大学国際教育センター)
本研究では、日本語とアラビア語の両言語による慣用表現とその概念的構造の差異を、発想や論理の面で
比較してみる。本研究は、第一に従来の慣用表現と翻訳の研究においてほとんど分析されていない日本語とア
ラビア語の慣用表現をどんな翻訳方法で訳されているかを 明確にした上で、「死」、「恋愛」、「時間」にまつわる
日本語とアラビア語の慣用表現(メタファー表現)を語彙、統語構造、意味、概念体系等、様々なレベルにおい
て分析し、両言語の慣用表現(メタファー表現)にみられる個別的・普遍的特徴を明らかにする。
第二に、異なる言語の翻訳を有意義なものにするためには、言語形式の対応が実際に概
念の対応であるかどうか、つまりそれぞれの言語共同体の構成員による世界の捉え方の対応であるかどうかを
見る必要があると思われる。その上で、日本語及びアラビア語の「死」、「恋愛」、「時間」という<抽象的語彙>
にまつわる慣用的表現とその概念体系の諸パターンを提示し、両者にはどのような概念特性があるかを検証す
る。
研究アプローチ:
本稿では、複数の訳者によるアラビア語訳を、原文(日本語)と照らし合わせ、日本文をアラビア語訳するに当
たってどんな問題があるのか、また、どんな処理が必要なのか、実例に即して具体的に見ていくことにしよう。
日本語による原文とアラビア語訳とを対訳形式で示し、それについて筆者が検討した構文転換とその根底に
ある論理を中心に考察を加えてみた。また、本研究の具体例では、日本語とアラビア語の対訳のコーパスが構
築されていない状況などを踏まえて、筆者が自ら訳出したアラビア語訳に加えて、アラビア語訳者によるインフ
ォーマントを設置した。この他にも、既存のニュースや文学作品、辞典事例などの日本語やアラビア語対訳の一
部もデータとして採用した。
分析事例:
概念的メタファーは、慣用表現の理解にきっかけを与える働きを持つものとして、こうした慣用表現の仕組みの
一部であり、またある言語共同体の成員が世界を理解する手立ての一つである。つまり、慣用表現の意味を結
ぶ一種の共通的概念があるとして、そして、その共通的概念を共有することによって、私たちは、慣用表現の意
味を理解している。そうでなければ、慣用表現の理解はおぼつかなくなるはずである。
特に慣用表現を翻訳する際にこの問題によく突き当たる。例えば、上に取り上げたアラビア語の「死」に関す
る慣用表現の中の一つ、「qa.dâ
na.habahu」を例に取ってみよう。この表現をそのまま訳した場合には、「彼は
約束を果たした」となるが、これでは何のことかさっぱり分らない訳になってしまうのである。そして、これは上に
述べたように、「死」の事実を述べている原文とは異なる概念が使用されているからだ。原文の言語と翻訳文の
言語に属する二つの言語共同体には「死は約束」という概念的メタファーが一致していないということである。
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第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
2 日目 C 会場 (RY405) 10:00 – 10:30
司会 山田 優
C-5
ノンプロフェッショナル翻訳の定義と翻訳教育の再考
立見みどり・武田珂代子(立教大学)
近年、ノンプロフェッショナル(以下、ノンプロ)翻訳者による活動の場が増えている。代表例としては、フ
ェイスブックやツイッターに見られるように、サイトやアプリを実際に使用しているユーザーがそれらを自身
の言語に翻訳するケースや、好きな海外アニメ、ドラマ、ゲームなどを自国の人に楽しんでもらうために字
幕翻訳を行うファンサブなどが挙げられる。このように、翻訳の専門教育は受けていないが、対象分野の
知識や経験が豊富で、なにより対象への情熱にあふれるノンプロによる翻訳のおかげで多言語化が実現
された例は少なくない。また翻訳を必要とする側やサービスを提供する組織にとっては、翻訳料金が無償
または比較的安価で済み、スピードが速いという利点もある。このような状況は、プロフェッショナル(以下、
プロ)翻訳者の地位や職業的アイデンティティ、さらには収入の機会を脅かす可能性があり、倫理的側面
についても議論が行われている(O’Hagan 2011)。
こうした中、プロ翻訳者を養成しようとする教育機関は、ノンプロ翻訳者の活動が拡張する現状をどのよう
にとらえるべきだろうか。この問題を検討するには、まずプロとノンプロの違いが何であるかを議論する必
要があるだろう。プロをノンプロと区別するものは、個人的な趣味に依存しない幅広い分野の知識や安定
した品質の提供といった翻訳そのものに関わる側面に加え、翻訳者に必要な職務倫理や翻訳に関する法
律的な知識を有するなど、プロの翻訳者として信用され自律的に業務を遂行できる能力も関わると考えら
れる。さらに、さまざまな分野で今後「プロ」の定義がますます曖昧になる(Susskind & Susskind 2016)中で、
既成の「プロ」の概念に依存せず、自らのプロフェッショナリズムを常に問い直し、創造してゆく主体性が必
要とされるだろう。
以上の認識に基づき、高等教育機関における翻訳教育では何をすべきかを再考する必要がある。本発
表では、欧州翻訳修士プログラム(EMT)などで推奨されているプロフェッショナルコンピタンス、ノンプロ
翻訳者の実践などを参照しながら、翻訳教育のカリキュラムで今後強調すべきあるいは取り入れるべき内
容やアプローチを議論する。また、サービスラーニングとして学生がボランティア翻訳に従事する場合の課
題についても言及する。
【参考文献】
O’Hagan, M. (ed.). (2011). Translation as a Social Activity: Community Translation 2.0. Linguistica
Antverpiensia New Series – Themes in Translation Studies..
Susskind, R., and Susskind, D. (2016). The Future of the Professions: How Technology Will Transform the
Work of Human Experts. Oxford University Press.
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JAITS 2016
2 日目 C 会場 (RY405) 10:45 – 11:15
司会 山田 優
C-6
翻訳テクノロジーの発達に関する翻訳プロジェクトマネジャー(PM)の意識調査:イギリスを例に
阪本章子(ポーツマス大学)
近年の目覚ましいデジタル技術、特に翻訳ツールの発達により、翻訳という作業そのものが非常に複
雑化している。複数の関係者がオンライン環境上でバーチャルなネットワーク組織を形成し、そのネットワ
ーク上で翻訳作業が進められるようになり、翻訳プロセスにかかわる翻訳者、翻訳プロジェクトマネジャー
(PM)、顧客、ユーザーなどすべてのプロセス関与者の仕事に大きな変化が生まれている。例えば、翻訳
メモリ(TM)や機械翻訳をつかったポストエディット(MTPE)、音声認識ソフトなどの発達により、翻訳のスピ
ードアップへの期待はますます強まっている。また、ソーシャルメディアや翻訳者フォーラムの普及により、
翻訳会社が翻訳者を採用するプロセスにも変化が生まれている。最近では、クラウドソーシングを使った翻
訳サービスの登場で、安価で手軽な翻訳サービスが提供されるようになったものの、翻訳者の社会的地位
や翻訳料金の低下などの新たな課題も生まれている。
このようなテクノロジーの発達が翻訳プロセスにどのような影響を与え、それに対し翻訳業界はどのよう
な対応をしているのだろうか。この問いに答えるべく、ポーツマス大学では 2016 年 6 月、イギリスの翻訳
PM16 人を対象にフォーカスグループをもちいた調査を行った。調査では、1) 機械翻訳、2)翻訳支援ツ
ール、3)通訳関係ツール、4)デジタルツールの教育、5)クラウドソーシングを使った翻訳サービス、6)コ
ミュニケーションツール(ソーシャルメディアやオンラインフォーラム)、の6つのテーマについて質問した。
このプロジェクトでは、PM の翻訳テクノロジーに関する意識や行動を調査することで、人間と機械が効果
的、かつ健全で持続可能な状態で共存し、よりよい相互作用を与えるために、何が問題で、何が必要かを
特定し、翻訳業界で働く人々にその情報を還元することを最終目的に据えている。
これまでの翻訳学では翻訳者や翻訳テクストが研究対象の中心を占めてきたが、実際の現場では翻訳
PM の役割が翻訳プロセスや翻訳の質に大きな影響を与えていることが分かってきている (Olohan &
Davitti, 2015; Sakamoto, 2014)。これを受けて、フォーカスグループではとくに翻訳会社の翻訳 PM を調査
対象にした。
本発表では、このフォーカスグループ調査の研究手法やアプローチについて説明したうえで、現段階
での調査結果を報告する。また、今後このテーマについてイギリスだけでなく、日本を含む他国での調査
の必要性と可能性について議論する。
Olohan, M., & Davitti, E. (2015). Dynamics of Trusting in Translation Project Management: Leaps of Faith and
Balancing Acts. Journal of Contemporary Ethnography.
Sakamoto, A. (2014). Translators theorising translation: A study of Japanese/English translators’ accounts of
dispute situations and its implications for translation pedagogy. Unpublished PhD thesis. University of
Leicester.
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第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
2 日目 C 会場 (RY405) 11:30 – 12:00
司会 山田 優
C-7
バイリンガルチェック担当者の専門的力量とは:
ISO17100 の規定を満たす専門的翻訳技量に関する一考察
佐藤晶子(大阪大学言語文化研究科特任研究員)
平成 27 年 5 月 1 日『Translation Services—Requirements for translation services(翻訳サービス―翻訳サ
ービスの要求事項)』が発行された。原本は日本を含め投票権を持つ参加国である P メンバー国
(participating member:P-member) が策定に携わり、国際標準化機構(International Organization for
Standardization:ISO17100 が修正)が発行した。英和対訳版については、発行者との合意に基づいた上
で、ISO/TC37(専門用語及び他の言語、情報内容の資源に関する専門委員会)/SC5(翻訳、通訳及び関
連技術に関する分科委員会)に対応する国内委員会(事務局:一般社団法人情報科学技術協会)の監修
を経て、一般財団法人日本規格協会が原本出版同日に出版している。
日本では、日本規格協会が認証機関となり、翻訳サービスを提供する企業、事業者、個人事業主に対し
て ISO17100の認証を行っている。審査の際に重視されるのは、認証を受ける翻訳サービス提供者
(Translation Service Provider: TSP)が、ISO17100 翻訳ワークフローに則り、規定された要件を満たしてい
るか、否かである。予備審査を経て、本審査で要件を満たしている場合は、本審査後に開催される TSP 判
定委員会での審議を経て、認証取得が承認される。
筆者は、平成 28 年度 6 月に TSP(翻訳会社、個人翻訳者または社内翻訳部門など、専門的な翻訳サー
ビスを提供する言語サービス提供者[Language Service Provider])として A 分野(金融、経済、法務)、B 分
野(医学、医薬)2 部門の英日、日英の認証を取得した。
本発表においては、筆者の TSP 認証取得にあたり、ISO17100 の 3.1.5 で規定されている「バイリンガルチ
ェック担当者の専門的力量(Professional competences of revisers)」の要件を満たすために重視された、バイ
リンガルチェック担当者とは誰か、その専門的力量はどのように慮るのかについて、ISO17100 の規定に基
づいて考察する。
【参考文献】
武田珂代子(2012)「日本における通訳者養成に関する一考察」『通訳翻訳研究』No.12
32
JAITS 2016
2 日目 C 会場 (RY405) 13:30 – 14:00
司会 石原知英
C-8
「応用通訳翻訳学 (Applied T&I Studies)」とは何か:外国語教育への具体的な応用・展開例
下吉真衣(関西大学外国語教育学研究科博士後期課程)
、染谷泰正(関西大学)
本発表では、我が国における 1960 年代以降の通訳翻訳教育の流れを振り返りながら、その近代黎明期
からほぼ半世紀が過ぎた現在、通訳翻訳がどのような学問分野として認知されているかを概観する。その
上で、「通訳翻訳学」の下位分野として、特に我が国において独自の発達と展開を見せている「応用通訳
翻訳学 (Applied T&I Studies)」という新たな学問分野について、外国語教育、とくに英語教育との関連を
中心に、その具体的な展開の諸相について論じる。
「応用通訳翻訳学」とは、その名のとおり「通訳翻訳学の研究成果を外国語教育に応用するための理論
と方法論の探求を目的とする」学問分野である。具体的には、例えば、通訳訓練法のひとつとして 1960 年
代から採用されてきたシャドーイングが、その副産物として外国語の習得に一定の効果があることは、通訳
訓練に携わる関係者の間では広く知られており、これが次第に一般の外国語教育の現場にも取り入れら
れるようになってきた。同じことが、逐次リピーティング、スラッシュリーディング、パラフレージング、サマライ
ジング、ノートテイキング、あるいはメモからの全文復元などの各種訓練技法・項目とその様々なバリエー
ションについてもいうことができる。染谷 (2011) では、これらの訓練のうち、とくに言語産出能力養成に有
効な訓練法について詳述している。一方、翻訳に関する応用通訳翻訳学的な展開は、様々な理由から
比較的立ち遅れていたが、Cook (2000) を契機として世界的なレベルで「外国語教育における翻訳」
の見直しが始まっており、これに合わせて様々な実践報告が出始めている(例えば、バックトラン
スレーション、要約翻訳、パラフレージング翻訳、原文と訳文間のメタ・シフト分析 (染谷 2010)
、
字幕翻訳を使った概念ベースのコミュニカティブ翻訳、
「比較の第 3 項」を基軸としたメタファー翻
訳など)
。
応用通訳翻訳学の主たる関心は、これらの訓練技法が言語習得(の何らかの側面)に効果があるとすれ
ば、それはどのような理由によるのかを学問的な見地から明らかにすること、およびこれらを一般の外国語
教育の現場において、どのような手順と組み合わせで導入するのが望ましいかを具体的なレベルで記述
することである。本発表では、とくに後者について、レベル別・目的別の「タスクシート」の開発という観点か
ら詳述するとともに、これを通じて、我々の提唱する応用通訳翻訳学の理念と、昨今の「技能統合型授業」
や「インプットとアウトプットを繋げる外国語教育」という新たな教育パラダイムとの関連性について明らかに
する。
【参考文献】
Cook,G. (2010). Translation in Language Teaching. Oxford University Press.
染谷泰正 (2015) 「大学における通訳教育のためのeラーニング教材の開発とその学習効果に関する実証研究」平成
24~26 年度科学研究費助成研究 基盤研究 (B) 課題番号: 243220112.
染谷泰正・河原清志・山本成代 (2013)「英語教育における翻訳 (TILT: Translation and Interpreting in Language Teaching)
の意義と位置づけ――CERF による新たな英語力の定義に関連して」『語学教育エキスポ 2013 プロシーディングス』
(pp. 27-30).
染谷泰正 (2011) 「英語教育におけるプロダクション訓練の方法論とその理論~インプットからアウトプットへの橋渡し」 関西
大学外国語学部紀要第 5 号, 93-132.
染谷泰正 (2010) 「大学における翻訳教育の位置づけとその目標」 関西大学外国語学部紀要第 3 号, 73-102.
33
第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
2 日目 C 会場 (RY405) 14:15 – 14:45
司会 石原知英
C-9
文理・産学を越えた翻訳関連研究:端緒の議論と今後の展望
山田優(関西大学)、藤田篤(情報通信研究機構)、影浦峡(東京大学)、武田珂代子・立見みどり(立教大
学)
本学会の翻訳通訳テクノロジー研究プロジェクトは 2013 年の発足以来、いくつかの目標を掲げ進めて
来たわけだが、その目標の1つに文・理の研究者の交流促進がある。自然言語処理分野の研究者(いわゆ
る理工系研究者)と、翻訳研究者(主に文系研究者)の両者の交流・意見交換ができる会合の場を提供
し、他分野との共同研究ができるような機会を促すことを目指してきた。2016 年 3 月には、言語処理学
会第 22 回年次大会において『文理・産学を越えた翻訳関連研究』という題目でテーマセッションを開催
した。このテーマセッションでは、文理の枠だけでなく、翻訳産業に携わるプレーヤーをも含めた産学の
垣根をも越え、学術的・産業的協働(あるいは連携)の可能性を探るためにニーズとシーズの共有を行っ
た。
このテーマセッションにおける議論等を通じて、我々は、文理・産学を越えた協働/連携の実例および想
定される可能性を、次の 3 つのプレーヤーの視点で整理した。 (a)自然言語処理研究/翻訳研究、(b) 翻
訳産業、(c)翻訳者の養成・育成。
文理融合のみを模索していたこれまでは、上の(a)(b)(c)の分野の中で、いかに文理の接点を持たせら
れるかに注視していたように思われる。例えば、(a)の自然言語処理研究に、翻訳研究分野がいかに参入
できるか(またはその逆)であったり、(c)の翻訳者の養成に(a)の研究者がどのように協力できるか、という点
に焦点が合わせられていた。
一方で、より大域的な視点から、(a)(b)(c)の間を結ぶ共同研究の機会を増幅させることの重要さが浮き
彫りとなった。例えば、(c)翻訳教育・養成の研究のために、(a)自然言語処理研究/翻訳研究と(b)翻訳産
業が連携するということだ。これまでにも、同様の事例はあったかもしれないが、このようにプレーヤーの全
体像を包括的かつ俯瞰的にまとめ、翻訳研究者らと学術的・産業的連携の可能性を共有することには、一
定の価値があると考える。
以上を踏まえ、本発表では、言語処理学会のテーマセッションの報告をベースに、翻訳通訳研究が、自
然言語処理研究、翻訳産業、翻訳者の養成・育成と、どのような共同研究を行うことができるのか、その可
能性と展望を考える。
34
JAITS 2016
2 日目 C 会場 (RY405) 15:00 – 15:30
司会 石原知英
C-10
学部3・4年生向け翻訳通訳論の授業について
永田小絵(獨協大学)
獨協大学国際教養学部では学科専門科目として、英語・スペイン語・中国語・韓国語の四言語で春学
期 15 回完結の「翻訳通訳論」が開講されている(秋学期は「翻訳通訳実習」)。授業シラバスに掲載された
講義目的と概要をまとめると以下のとおりである。
英語:ビジネスや政治経済分野の題材を使い、通訳スキルを学び習熟させること、また、よい通訳に必要
な要素を検討してそれを実践することを目指す。サイトラ・ノートテイキングの指導を行う。ペアワークによる
模擬通訳を通じて学んだ通訳スキルを実践し、質の高い通訳にするために必要なことを検討する。
スペイン語:翻訳では接続法と表現に焦点を当てる。また、スペインとラテンアメリカの歴史に焦点を当て
ながら翻訳者養成に有意義だとされているメモリーレッスンを試みる。伝達意図を即時につかみ、取りいれ、
発表する練習を行う。通訳訓練の内容先取り訓練を兼ね行う。通訳に関しては、通訳者の役割と訓練法の
説明を行い、さらに通訳技術を応用した翻訳技法を用いて課題で演習を行う。日本語訳、スペイン語訳 2
課題を提出する。 語彙のテストを10回行う。
韓国語:語彙力の養成と、翻訳・通訳の実践的スキルを身につけることを目的とする。さまざまなテーマを
巡る実際場面での翻訳・通訳ができるように、高度な語学力の養成とスキルを学習しながら、素早い反応
力と適切 な表現力を身につけることができる。
中国語:中国における翻訳研究の歴史、日中間の翻訳交流の歴史などから翻訳がいかなる役割を果たし
たかを探る。伝統的な中国の翻訳理論に対する理解を深めるため、厳復、林語堂、魯迅等の翻訳論に関
して中国語原文と日本語翻訳または参考文献を併せて読む。翻訳規範および文体比較の観点から実際
の翻訳作品を例にとり、日→中および中→日翻訳された文学作品の言語表現の変化を検討する。
問題提起:
以上から見ると、英・西・韓の三言語では事実上はほぼ翻通訳演習が行われていることがわかる。春学
期と秋学期の科目名はそれぞれ「翻訳通訳論」、「翻訳通訳実習」となっているが、理論と実践の線引きは
曖昧で、秋学期は春学期の延長線上でテキストの内容がより高度になっている程度の違いしか見られな
い。翻訳通訳はもとより「理論」と「実践」が分かちがたく結びついている言語行為であり、学ぶ側も「語学力
と翻通訳スキルの向上」を期待していることは確かである。そこで、①個別言語ごとに開講される「翻訳通
訳論」ではどのような内容を扱うべきか、②個別言語ごとに翻訳通訳理論を教える意義はあるのか、以上
の二点について参加者の皆さまとともに検討したい。
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第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
1 日目 D 会場 (RY404) 14:00 – 14:30
司会 武田珂代子
D-1
Who Is the Declarant of the English Translation of the Defendant’s Out-of-Court Foreign Language
Statement? An “Authenticated Conduit” Theory
Tomoko Tamura (Waseda University Graduate School of International Culture and Communication Studies)
This is an oral summary of the recently completed Harvard University ALM thesis in Legal Studies, which,
through: 1) legal analysis, and 2) forensic-linguistic analysis, contends that the declarant of the
English-language translation of an LEP (Limited English Proficiency) suspect’s out-of-court testimony “must”
become no one else but the suspect, not by making the interpreter the suspect’s “agent” through the application
of FRE (Federal Rules of Evidence) 801(d)(2)(C) or (D), but by ensuring that every interpreter passes muster
as a true “language conduit” to enable the application of FRE 801(d)(2)(A).
The presentation will briefly explain the thesis’ legal analysis, which: 1) criticized the inherent logic
dilemma of the “agent-and-conduit” hybrid theory; 2) advocated the necessity of a separate analysis of the
“agent” theory’s legitimacy; 3) denied the legal validity of the “agent” theory; 4) cautioned against potential
infringements of LEP suspects’ due process rights in interpreter-assisted custodial police interviews, resulting
from longtime legislative/judicial neglect in the U.S.; and 5) advocated the implementation of the 21st
century-style “authenticated conduit” model by mandatory digital recording and check translation by an expert
witness, each of which will become independent and indispensable “authenticated” evidence.
The presentation will try to allocate more time on the thesis’ forensic- linguistic analysis of a real,
interpreter-assisted police interview, which attempted to substantiate the indispensability of a check translation
by demonstrating empirically, using data collected through ELAN, the limitations on the part of the
monolingual participants and fact-triers in their “indirect” assessment of the interpreter’s translation accuracy
and impartiality.
The presentation will share some of the most intriguing data analysis results, e.g.
turn-taking cycle patterns, monolingual extra round-trips with/without excuse/explanation, pronoun use shifts,
footing shifts (Goffman, 1981), pause & utterance time as well as SL-TL rendition time comparisons, and
even some of the critical non-verbal factors such as the participants’ seating positions.
The presentation will also try to draw, based on this thesis’ findings, a possible distinction between the
legal definition of a “conduit” based on the U.S. case law and its linguistic definition based on Goffman, supra.
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JAITS 2016
1 日目 D 会場 (RY404) 14:45 – 15:15
司会 武田珂代子
D-2
上海会審公廨における通訳翻訳
吉田慶子(大東文化大学)
上海会審公廨(The Shanghai Mixed Court)をいう場合、上海公共租界の会審公廨(「上海会審公廨」とも
いう)と上海フランス租界会審公廨の2つを指す。また、あまり知られていないが、清末民国初期には、上
海のほか、厦門、漢口などの租界にも会審公廨が設置されている。今回の発表は上海公共租界の会審公
廨に限定することにする。
上海会審公廨は、1864年に清政府はイギリス、アメリカとフランス三ヵ国と上海領事協定「洋泾浜設官
会審章程」によって租界に設置した裁判機関であるが、1928 年中国政府に回収されるまで約60年の間、
租界内おいて裁判機関としての機能を果たし、その間多くの民事、刑事事件を審議しただけでなく、租界
内の立法、行政管理の機能も果たしていた。
上海租界に関してこれまで多くの研究の蓄積があり、最近、弁護士制度、陪審制度などさまざまな角度
から会審公廨という現象についてアプローチし、多くの資料を公開することによってその実態がより一層明
らかになってきている。しかし、会審公廨における通訳翻訳に関する研究は、発表者の知る限りまだない
状態である。関連資料の欠如と通訳翻訳者はつねに影の存在とされ、多くの場合はほかの業務と兼務し
ている場合が多いことが原因の一つと考えられる。
本研究は、会審公廨の通訳翻訳に焦点を当て、歴史資料に基づき会審公廨の生じる背景、通訳翻訳に
かかわる組織構造、そして、会審公廨の審議において通訳翻訳者はどのようにかかわっていたのかの解
明を試みる。
【参考文献】
『支那租界論 増補3版』 植田捷雄(1939) 厳松堂書店
『工部局董事会会議録』 第 1‐28 冊 上海市档案局編(2001) 上海古籍出版社
『上海共同租界工部局年報』 上海共同租界工部局編(1988) 文海出版社
『帝国之鞭与寡頭之鏈』 楊湘鈞(2006) 北京大学出版社
『上海公共租界史稿』 (1980) 上海人民出版社
『上海閑和』 姚公鶴(1989) 上海古籍出版社
『中国租界史』 費成康(1991) 上海社会科学院出版社
「申報」
上海市档案局蔵公開資料など
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第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
1 日目 D 会場 (RY404) 15:30 – 16:00
司会 武田珂代子
D-3
プロ野球通訳:「社会的側面」と「言語的側面」からの考察
板谷初子(北海道武蔵女子短期大学)
「アグリーメント」(日本野球機構作成の申し合わせ事項)の記録をたどると、日本のプロ野球では半世紀
以上にわたり通訳者が活躍してきたことが記されている。しかしプロ野球通訳者を対象にした研究事例は
少ない。長い歴史の中で蓄積され、受け継がれてきた通訳経験と知識を明らかにすることは、通訳学既存
研究の間隙を埋めることに貢献する。
本研究ではプロ野球通訳を「社会的側面」と「言語的側面」から考察した(Angelelli, 2004)。「社会的側
面」ではプロ野球通訳者に求められる資質とその役割を解明することを目的として、研究協力を頂いた複
数のプロ野球球団の練習時にエスノグラフィー観察調査を行った。さらに通訳者、外国人選手、球団職員
への半構造化インタビュー調査を実施し、書き起こしデーターの分析には修正版グラウンデッド・セオリ
ー・アプローチ(M-GTA)を用いた。その結果、野球通訳者に求められる資質・役割、通訳者自身のアイデ
ンティティ、職業観などがあきらかになりつつある。
「言語的側面」では、主に次の二点に焦点を当て、ヒーローインタビュー及び囲み取材の通訳音声分析
を行った。まず通訳者が「不変・不介入原則」から主体的に逸脱する「コミュニケーション調整」(新崎, 2010)
が、プロ野球通訳においても確認されるかどうかを検証し、「コミュニケーション調整」が行われている事が
明らかになった。二点目に、訳出時間に注目した。訳出時間は源発言の 75%以内が望ましい(Herbert,
1952)とされているが、実際には lengthening がしばしば行われている(松下, 2015; 松山, 2008)。しかしプ
ロ野球通訳においては shortening が確認された。
本発表では、野球通訳者の「社会的側面」と「言語的側面」を、観察調査及びインタビュー調査の結果と
通訳例を示しながら考察する。本研究は継続中であり、参加者からの御意見、御助言を賜ることができれ
ば幸いである。(なお本研究は科学研究費補助金を受けて実施されている。)
【参考文献】
Angelelli, C.V. (2004). Revisiting the interpreter’s role: A study of conference, court, and medical interpreters
in Canada, Mexico and United States. Amsterdam: John Benjamins.
Herbert, J. (1952). The interpreter’s handbook: How to become a conference interpreter. Geneba: Georg.
MATSUSHITA, K. (2015). Risk management in political interpreting: case study of a press conference held in
Japan. Interpreting and Translation Studies,15,1-16.
MATSUYAMA, Shoko. (2008). English-Japanese Consecutive Interpreting and Note-Taking: A
study looking into the time needed for renditions. Interpreting and Translation Studies, 8, 1-18.
新崎隆子『通訳のコミュニケーション調整仮説―英日逐次通訳の事例からー』青山学院大学大学院国際
政治経済学研究科 2010 年度提出博士論文
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JAITS 2016
1 日目 D 会場 (RY404) 16:15 – 16:45
司会 武田珂代子
D-4
日越双方向逐次・同時通訳における明示化方略の異同
TRAN THI MY (東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程)
本研究は日越双方向逐次・同時通訳における明示化に関する研究である。日越通訳における明示化を
通訳の方向及び方式の側面から解明することにより、日越双方向通訳において明示化がどのような形で
現れるか、方向別及び方式別の比較で明示化の使用傾向に相違があるか、その相違の要因を明らかに
することを目的としている。そのために、日越逐次通訳歴 5 年以上かつ同時通訳経験がある 8 名の通訳者
を研究協力者とし、スピーチの動画を用いた実験でデータを収集した後、文字化資料を作成し、分析・考
察を行った。
本研究で明らかとなったのは、以下の 3 点である。
(1)
日越双方向通訳において明示化は「省略の復元」、「語、句の拡張」、「長文の小分け」、「クッシ
ョン表現の使用」、「接続詞、副詞の使用」、「情報の追加」、「授受表現の視点転換」、「指示対象の明示
化」、「固有名詞の明示化」及び「語彙の反復」という 10 つのカテゴリーに現れる。
(2)
逐次通訳において、和文越訳と越文和訳との明示化の使用傾向を比較した結果、「省略の復
元」、「授受表現の視点転換」、「固有名詞の明示化」の出現割合に有意差が見られた(p<.05)。
同時通訳において、和文越訳と越文和訳との明示化の使用傾向を比較した結果、「省略の復元」、「授受
表現の視点転換」、「固有名詞の明示化」と「語彙の反復」の出現割合に有意差が見られた(p<.05)。
和文越訳の通訳方向において、逐次通訳と同時通訳との明示化の使用傾向を比較した結果、「長文の小
分け」、「情報の追加」の出現割合に有意差が見られた(p<.05)。
越文和訳の通訳方向において、逐次通訳と同時通訳との明示化の使用傾向を比較した結果、出現割合
に有意差が見られる明示化はなかった(p<.05)。
(3)
明示化の使用傾向における相違の要因は言語の組み合わせ、通訳方式の特徴、心理的立場
や母語・非母語など通訳者に内在する要素の 3 つであると推察される。
他方で、2 つの課題が残されている。1 つ目は本研究で扱った 10 種類以外の明示化の研究である。2
つ目は明示化の効果の明確化である。明示化の効果として伝達効果、通訳業務補助効果及び人間関係
円滑化効果の 3 つが考えられるが、緻密な分析と考察が必要不可欠だと考えている。今後の研究におい
て、この 2 つの課題に着目し、問題を掘り下げていく。
【参考文献】
花岡修(2000)「放送通訳における明示化の方略」『通訳研究』第 0 号(日本通訳学会設立記念特別号)pp.
69-85.
ベイカー, M., サルダーニャ, G.(2013)『翻訳研究のキーワード』(藤濤文子 監修・編訳)研究社
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第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
2 日目 D 会場 (RY404) 10:00 – 10:30
司会 河原清志
D-5
映像翻訳における情報喪失の諸相:英語原作の映画とその日本語字幕および吹き替え版の対照分析
山崎有加(関西大学大学院外国語教育学研究科修了)
本研究では映像翻訳をテーマに、英語原作の映画作品に付けられた日本語の字幕と吹き替えテクスト
を、英語原文に対する「情報量」という観点から比較・分析した。外国語による映画を視聴するに当たり、字
幕と吹き替えのどちらが好ましいか、あるいはそれぞれどのような利点・欠点があるかについてはこれまで
様々に議論されてきた。しかし、両者のテクストを情報量の変化という観点から分析し、それぞれの翻訳方
法の特徴を明らかにしようとした研究は、筆者が知る限り前例がない。
本研究では、分析対象として米国映画「風と共に去りぬ」(1936 年)と「タイタニック」(1997 年)を取り上げ、
それぞれの英語原作、日本語字幕、吹き替えテクストの全体について、命題数および各品詞(名詞、代名
詞、形容詞、副詞)の出現頻度の比較を行った。品詞については「評価的形容詞」と「強調の副詞」に着目
し、作品のモダリティ要素を補う項目として分析を行った。加えて、作品中の「役割語」に焦点を当て、上記
に関連する項目として分析を行った。対象項目の算出に当たってはテキストエディタの正規表現やコンコ
ーダンサ、品詞タガー等のソフトウェアを使用し、命題数の算出に当たっては、英文・和文ともに独自の算
出ルールを考案した。命題数および各品詞の出現頻度については量的分析を行い、それぞれの出現比
率を英語原作、日本語字幕、吹き替えの3つのテクスト間で比較した。また、評価的形容詞、強調の副詞、
役割語については量的な数値を明らかにした後、それぞれの項目を質的に分析することで、テクストが持
つ特徴を明らかにするよう試みた。
量的分析の結果、吹き替えでは命題数が原作の約 80%に削減されているのに対し、字幕では 50%に
まで低下していることが明らかになった。これは、前者の情報量が原作の 8 割、後者では半分になってい
ることを意味し、原作と吹き替え、字幕作品間で伝達される情報量に明らかな違いが見られる。各品詞の
数については、品詞によって削減量に違いが見られ、特にモダリティ的な形容詞と副詞の削減率が他の
品詞よりも著しいことが判明した。この結果を経て、モダリティ要素の削減傾向を詳しく分析するため、本研
究では評価的形容詞、および強調の副詞に限定し、さらなる質的・量的調査を実施した。本発表では、以
上の分析結果について、その一部を具体的なデータを示しながら紹介するとともに、今後の課題について
も言及したい。
40
JAITS 2016
2 日目 D 会場 (RY404) 10:45 – 11:15
司会 河原清志
C-6
「字幕翻訳コンピテンス評価シート」の提案:大学における字幕翻訳教育の枠組み
豊倉省子(関西大学・関西学院大学)
21 世紀に入り、言語教育における翻訳への関心が高まっている。とりわけ字幕翻訳教育は魅力的な分
野である。字幕翻訳(英→日)には、1秒4文字(話者の発話1秒につき、4文字の日本語字幕を付与できる)
という厳しい文字数制限があり、多くの場合、いわゆる「逐語訳」は機能しない。これにより、どうしても表層
上の「言語」にとらわれがちな学習者の目を、その発話によってどんなメッセージが伝えられているかという
「概念」に向けさせることができる。また、映画は、テキスト、映像、音声情報からなるマルチモダールな素
材であり、意味の構築において、文脈が果たす役割の大きさを意識させてくれる。字幕翻訳は、日常的に
英語体験を積みあげる環境にない日本人 EFL 学習者にとって、教室における英語学習の限界を克服し、
オーセンティックな英語を学ぶ絶好の機会を提供してくれる魅力的な教育素材であり、CEFR (2001, 2011)
が提唱する新たな外国語運用能力の一環としての「仲介能力」 (mediation competence) の養成や、モチ
ベーション、自立的学習といった点からも、今後さまざまに研究が深められていくべき分野である。
ところが、こういった多大な教育的貢献の可能性にもかかわらず、現状では、字幕翻訳は授業の中でス
ポット的には用いられてはいるものの、正統的な教育法のひとつとして認知されるにはいたっていない。そ
の原因は大きくわけて二つ考えられる。一つは、字幕翻訳という作業が、いわゆるプロの技の範疇にあるも
のとみなされ、一般的な学生の英語教育にどう貢献できるかについて分析や議論が十分になされていな
いこと。もう一つは、授業に導入するにあたって、まだ理論に基づいた統一的な枠組みがなく、教員が指
導や評価に迷う場合が少なくないことがあげられる。そこで筆者は上記のふたつの問題について解決の
第一歩とすべく、先行文献を援用しながら、字幕翻訳コンピテンスを評価するための枠組みを考案し、そ
れをもとに「字幕翻訳コンピテンス評価シート」を作成した。さらに、自分の担当する授業で同シートを用い
て、字幕翻訳の授業によってどのような効果が得られるのかを検証する実験を行った。
本発表では、自らの授業実践例の紹介もまじえながら、同実験の結果を報告するとともに、大学におけ
る英語教育の一環としての字幕翻訳教育の今後の可能性について、参加者と意見交換を行いたい。
【参考文献】
CEFR (2001, 2011), Common European Framework of Reference for Languages: Learning, Teaching,
Assessment, The Council of Europe.
Gutt, E.-A. (2000). Translation and Relevance. Manchester, UK: St. Jerome Publishing.
Toyokura, S (2016), Enhancing the Metaphorical Competence of Japanese EFL Learners through Subtitle
Translation; T&I review.(in press)
41
第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
2 日目 D 会場 (RY404) 11:30 – 12:00
司会 河原清志
D-7
日本語字幕と英語字幕の訳出方略比較:視聴者、制作プロセス、英語の優位性から
篠原有子(立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科博士後期課程)
映画字幕は映画鑑賞を補助するテクストであるとの認識から、読んでいることを忘れるような訳出が「良
い字幕」だと考えられている。そのため字幕翻訳では、訳出される言語にかかわらず、起点テクストの性質
や特徴を低減した平板で受容的な翻訳になるとされるが(Fawcett, 2005)、実際には言語ペアや目標文化
における起点文化の認知度などにより、受容化の度合いに差異が生じると考えられる。言語ペアや、起点
文化と目標文化の関係性が、訳出における方略選択に影響を与えると予想されるからである。しかしなが
ら字幕研究では、翻訳の方向性と方略の関係性に着目した論考は少なく、日本語字幕と英語字幕の訳出
方略の違いについての考察は管見の限り行われていない。
本発表は訳出の標準化(Toury, 2012[1995])という観点から日本語字幕と英語字幕を分析し、その結果
について社会文化的視点から考察を行う。考察に当たっては、想定される視聴者、ローカリゼーション・モ
デルの国際化(ピム,2010)、英語の優位性の 3 点に焦点を当てる。具体的には、『タイタニック』『アナと雪
の女王』の日本語字幕、および『Shall we ダンス?』『千と千尋の神隠し』の英語字幕を分析対象とし、起
点テクストに含まれる異文化要素の訳出という観点から日本語字幕と英語字幕を比較していく。はじめに、
各作品の字幕において、異文化要素訳出にどのような方略が採用されているのかを分析する。次に分析
結果から、これらの作品では、英語字幕における標準化率が日本語字幕のそれよりも高いことを確認した
うえで、字幕の標準化の度合いが異なる理由について考察する。そして、想定される視聴者、制作プロセ
ス、英語の優位性の 3 点から日本語字幕と英語字幕の違いを明らかにすることによって、想定される視聴
者の多様性、中間バージョン性、リンガフランカとしての英語(ELF)が、日本語字幕と英語字幕における標
準化率の違いを生み出す要因と考えられることを示す。また、作品が扱う起点文化によって標準化の度合
いが変化することにも言及する。
【参考文献】
House, J. (2013). English as a lingua franca and translation. In Y. Gambier & L. Doorslaer (Eds.), Handbook
of translation studies vol. 4 (pp. 58-62). Amsterdam & Philadelphia. John Benjamins.
ピム,A. (2010). 『翻訳理論の探求』(武田珂代子・訳).みすず書房.
Toury, G. (2012[1995]). Descriptive translation studies – and beyond. Amsterdam & Philadelphia. John
Benjamins.
42
JAITS 2016
2 日目 D 会場 (RY404) 13:30 – 14:00
司会 古川典代
D-8
日本のドラマに付された中国語字幕に見られるポライトネス表現の翻訳戦略
袁 青(東北大学国際文化研究科)
Brown と Levinson (1987)によれば、人には「自分の領域・自由を侵害されたくない」という negative face
(NF)と「他者に賞賛されたい、仲間に入れてほしい」という positive face(PF)の二つのフェイスという名の
欲求がある。話し手は自分の言葉が聞き手のフェイスを傷つける恐れがある場合には、それを緩和する手
段をとる。それをポライトネスという。またフェイスを脅かす恐れが小さければ、特に手段を講じないオン・レ
コード(On-Record)のストラテジーが使われるが、リスクが大きくなるに従って、PF に配慮するポジティブ・
ポライトネス・ストラテジー(PPS)、NF に配慮するネガティブ・ポライトネス・ストラテジー(NPS)、はっきりとは
言わない Off-Record ストラテジーを用いるという。本発表では、相手の NF を非常に重く見る日本語では、
聞き手のフェイスを脅かすリスクを高めに計算し、Off-Record や NPS の頻度が高いのに対し、リスクを低く
見積もる中国語では日本語のストラテジーが On-Record や PPS で字幕に翻訳されることを見る。
会話データは最近の日本のテレビドラマ『ナオミとカナコ』からとり、「サセテ+クダサイ」などの「使役+
授受」表現、「けど」などで言い終わる言い差し表現、「ちょっと」などのヘッジ表現、「じゃないのかな」など
の自分の意見を相手に押しつけないように断言を避ける表現の四つに注目して用例を収集し、これらの用
例に付された中国語字幕のポライトネス表現と比較した。まず「お祝いさせて」のように、相手の利益になる
ようなことでも、あえて聞き手の NF に配慮し、相手に許可を求める「使役+授受」表現は削除され、
On-Record の直接的な提案に訳されていた。「けど」などの言い差し表現や、「ちょっと」などのヘッジ表現
のような婉曲表現も省略されることが多い。「じゃないのかな」などの表現は中国語字幕では、On-Record
の直接断言表現に置き換えられていた。このように、同じ言語行為であっても、NF を重視する日本社会と、
PF を重視する中国社会ではフェイスを侵害するリスクの計算が異なり、採用されるストラテジーに相違が見
られる。このことが字幕翻訳にも反映されていることが明らかになった。
【参考文献】
Brown, Penelope and Levinson, Stephen. 1987. Politeness, Cambridge: Cambridge University Press.
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第 17 回日本通訳翻訳学会年次大会
D 会場 (RY404) 14:15 – 14:45
司会 古川典代
D-9
日本におけるイラン映画の翻訳についての研究:パラテクストの分析
大庭夕穂(神戸大学国際文化学研究科博士後期課程)
異文化交流の重要性が増す今日、翻訳を介した異文化間コミュニケーションの機会はさまざまな
場面へと拡大している。翻訳とは、言語間の仲介だけでなく、言語の背景に根差した文化の交流に
も深く関与する。相互の文化や言語の間に隔たりがある場合、人々は直接コミュニケーションをと
る術を持たないため、特に翻訳の果たす意義は大きい。日本とイランはまだまだ人的交流が盛んと
は言えないが、
国際的な評価の高いイラン映画は日本において貴重な異文化接触の機会を提供する。
その一方で、イラン映画をはじめ、日本人のイランに対する関心は現実離れしたものだとする危機
意識も研究者の間にはある(鈴木, 2010)
。映像や音響をともなう映画という媒体を通じて、文化や
言語面で大きな隔たりのある国に対して人々が何らかのイメージを持つようになる背景には、その
イメージが事実を反映するものであれ偏ったものであれ、翻訳の問題が絡んでいることは言うまで
もない。
本発表では、まずイラン映画の動向を探るために、母体となるイラン映画全体の大枠を把握した
上で、日本におけるイラン映画の実態について調査する。日本で封切られたイラン映画一覧を映画
雑誌『キネマ旬報』にもとづいて作成し、各作品に見られる特徴分類を行うことで、日本における
「イラン映画」の特徴とは具体的にどのように表現できるのかを明らかにする。
特徴分類の結果、日本におけるイラン映画は、イラン映画の母体と比べると確かな「偏り」が見
られた。その偏りとは、日本で公開されたイラン映画には「子供を主人公/題材とした作品」およ
び「田舎・地方都市を舞台とした作品」が特に多いという点である。さらにそれらの作品は 2000
年前後に集中して劇場公開されている。
次にイラン映画に対する特有のイメージに着目し、その形成に大きく影響を与えたと考えられる
作品を、具体例分析の対象と位置付ける。具体例分析では、より人々の目に触れやすいパラテクス
トについて、日本語版と英語版の翻訳を比較することで両者の違いを明示化する。例えば作品のタ
イトル翻訳について、日本語版および英語版ではそれぞれどのような訳出方略が採られ、それがど
のようなイメージに結びつくのか考察を加えたい。以上のように、本発表では日本の「イラン映画」
というジャンルのイメージと翻訳の関わりについて、パラテクストの具体例分析を通して検討する
ことを試みる。
【参考文献】
鈴木均(2010)
「イラン映画は子ども向けか?」
『イランを知るための 65 章』岡田恵美子・北原圭
一・鈴木珠里編著, 明石書店.
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JAITS 2016
2 日目 D 会場 (RY404) 15:00 – 15:30
司会 古川典代
D-10
ウェブニュース見出しの文末表現における日中翻訳
李 正政(広島大学大学院国際協力研究科、博士後期課程)
日本のメディアは、ウェブサイトに中国語に翻訳したニュースを掲載している。ウェブニュース見出し(以
下、ニュース見出しと略す)はニュースの内容を読み手に推測させる重要な手掛かりとなりうるため、その
翻訳はもっと注目されてよい。日本語のニュース見出しは文末表現による述部省略が多いが、中国語に翻
訳する際にそれが復元されているか否かが問題として挙げられる。本発表の目的は、日本語のニュース見
出しの文末表現における名詞止め、助詞止め、動詞止めに注目し、それらが中国語でどのように翻訳され
ているかを明らかにすることにある。資料として、NHK のウェブサイトから収集した日本語のニュース見出
しとそれに対応する中国語のニュース見出し(訳文)107 組を用い、以下の 4 つを明らかにする。
1.漢語動名詞で終わる見出しの場合、中国語訳では、その多くは意味が類似する 1 字か 2 字の動詞を用
いて翻訳されている。また、“将”(動作や状況が間もなく起こることを示す)という表現が多用され、物事の
結果を伝えることを重視する傾向がある。
2.一般名詞で終わる見出しの場合、中国語訳では、人物名の後に付く述語を補充したり、地名を文頭に
持ってきたり、適切な表現で名詞表現をつなげたりすることで、文脈に工夫が認められる。また、「見通し」
や「可能性」など予測や可能の意を表す名詞表現は中国語訳では現れず、断定の言い方になるという傾
向がある。
3.助詞止めの日本語の見出しには、助詞「を」「へ」「に」「か」「も」で終わるものがある。例えば「を」の場合、
中国語訳では文脈に適切な動詞が補充されている。「へ」の場合、未来志向的用法が伺え、多くの場合
“将”、“拟”及び“计划”で翻訳されている。
4.動詞止めの日本語の見出しはすべて動詞現在形で終わるが、中国語訳では、その多くは「劇的現在」
(野口、2002)の手法として扱われる。また、日本語の動詞が意味的に対応するさまざまな動詞で翻訳され
ているという特徴がある。
しかし、日本語のニュース見出しの文末表現が中国語のニュース見出しで翻訳されているものは 5 割程
度しかない。そのほかにも、表現の書き換え、見出しの一部省略、或いは見出しの書き直しが行われてい
る。これは、ニュースの翻訳者が読者に強い印象を与えることを目的に、文字数の制約など見出しの作成
規則と、中国語の表現方式とを併せて配慮した上で、そこに編集を加えたためと考えられる。
【参考文献】
野口崇子(2002) 「『見出し』の“文法”――解読への手引きと諸問題」『講座日本語教育』38,94-124,早稲田
大学日本語研究教育センター.
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