サウディ・アラビアにおける日本語教育

サウディ・アラビアにおける日本語教育
The Education of Japanese Language in Saudi Arabia
ハリール・カラム
シハーブ・ファーリス
KHALIL Karam
SHIHAAB Faaris
─ 53 ─
0.はじめに
日本とサウディ・アラビアは、最近の要人の往来からも分かるように、
経済的・技術的なつながりが深い。そのような関係の一環として、学術
交流では、1993年からサウディ・アラビア、キングサウード大学日本語
専攻コースの開設が着手された。
本稿では、当大学の日本語専攻コースにおける日本語教育の現状と課
題を、次の面から考察する。これによって、海外における大学の日本語
専攻または日本語学科を新設する際の一つの視点を示したい。
1.日本語教育の歴史
2.現在の教育制度の概観と日本語教育の位置づけ
1 )教育制度の概観
2 )外国語教育の中での日本語教育の位置づけ
3.日本語学習の動機と期待
4.教育内容および教材とその問題点
1 )カリキュラム
2 )教材と教授法
5.教員不足の問題
6.おわりに ─ 課題と今後の展望 ─
〈添付参考資料〉
1 )日本語専攻コース講座所属組織図
2 )スクールカレンダー
1.日本語教育の歴史
サウディ・アラビアでの日本語教育は、サウディ・アラビアで最も長
い歴史を持つ最高学府であるキングサウード大学で行われている。サウ
ディ・アラビアには全国で大学が七つしかないが、同大学は首都リヤド
では唯一の総合大学である[ 1 ]。
当大学の日本語コースは、サウディ・アラビアで唯一の日本語を教え
る機関であり、正式名称は「言語翻訳学部アジア言語学科日本語専攻コー
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サウディ・アラビアにおける日本語教育
ス」である。1994年2月に、当大学文学部の付属機関として、言語翻訳研
究所で日本語専攻ディプロマコースとして開講され[ 2 ]、1998年9月に BA
コースに昇格した。この日本語専攻コースはまだ歴史は浅いが、サウディ・
アラビアおよび湾岸地域においての日本語教育を初めて行う専攻コース
であり、将来はそれらの地域で日本語教育・日本研究の中心となること
が期待されている。
2.現在の教育制度の概観と日本語教育の位置づけ
1 )教育制度の概観
サウディ・アラビアの教育制度は「 6・3・3・4制」を採用している[ 3 ]。
私立学校を除き公立学校および国立大学の授業料は無料であり、その上、
小・中・高・大学および大学院の学生に対して月々教育手当を政府が支
給しており、これは非常に恵まれた制度である。
公立学校では、イスラームの教義に基づき、小学校から大学まで男子
校と女子校とに分かれている。私立学校の中には共学の学校もあるが、
校舎は男子部と女子部とに分かれており、教員も男女別で教えている。
学年は 2 セメスター、つまり 2半期に分かれ、1 セメスターを 17週間とし
て計算している。
大学では、入学希望者は書類選考によってまず各学部への入学の可否
が決定され、各セメスターごとの入学である。つまり、前期と後期の学
期開始後に各学科が入学希望者を選考するシステムとなっている。大学
が年度制ではなくセメスター制をとっているため、学生の出入りが流動
的で年間確保が難しく固定化しにくいという問題が生じているものの、
学生側に配慮していると言える。
2 )外国語教育の中での日本語教育の位置づけ
キングサウード大学の言語翻訳学部は、現在、ヨーロッパ言語学科(英・
独・仏・西・伊・露)とアジア言語学科(ペルシャ・トルコ・ヘブライ・日)
から成っている。その学部の存在から分かるように、「サウディ・アラビ
アも外国語教育を重視している」という政府の姿勢を伺い知ることがで
─ 55 ─
きる。その目的はもちろん、国際相互理解のためのコミュニケーション
における重要な手段の教育である。外国語は政治、経済及び文化などの
交流のためには不可欠だからである。特に貿易面においては日本はサウ
ディ・アラビアにとって重要な相手国であり、日本は主に車や電気機械、
金属などをサウディに輸出し、サウディから原油、石油製品、液化石油
ガス( LP ガス)を輸入している。日本のサウディからの原油輸入量は総
輸入量の 22.3%
( 1996年)を占めている[ 4 ]。
サウディ・アラビアのアブドラ・ビン・アブドルアジズ皇太子が日本
訪問中述べたように、
「我が国は日本を単なる商売相手とは見ていない」。
サウディは技術移転や投資など踏み込んだ関与を求めている[ 5 ]。実際に
経済協力の面において研修員の受け入れや専門家派遣などの技術協力が
行われている。主な協力分野は工業、通信・放送、社会基盤整備などで
ある。このように、日本とサウディ・アラビアの間には、経済、技術の
面において非常に密接な交流があり、
「サウディの経済・技術の面に貢献
し得る、日本語の知識のある人材を育成する必要がある」とサウディ側
は判断したのであろう。またサウディ・アラビアならではの目的もある。
その1つは、
イスラームの正しい姿を日本語で紹介するという目的である。
この中には 1年に 1回行われるイスラームのハッジ(巡礼)の際に案内を
日本語で書いたり、コミュニケーションをはかったりするという目的も
含まれる。もう1つは、
日本語で書かれた文献から情報を得るためである。
この場合文献とは、最新技術に関するものであり、またサウディ・アラ
ビアについて書かれたものも含まれるであろう。以上の理由から、サウ
ディ・アラビア側のキングサウード大学は日本語専攻開講のために働き
かけ、日本側の国際交流基金に協力を要請したのである。
3.日本語学習の動機と期待
サウディ・アラビアでは日本の文化的プレゼンスは東南アジアなどに
比べてまだ少ない。最近は空手も普及し、日本のアニメがアラビア語に
吹替えられてテレビで放送されている。しかし、基本的には当地におけ
る日本観は「車と電気製品の国」
、
「技術・経済大国」というようなものが
─ 56 ─
サウディ・アラビアにおける日本語教育
支配的である。もちろんこれまでにも、国際交流基金を通して空手や柔
道指導の専門家が派遣されたほか、日本の写真・ポスター・版画等の展
覧会を開催するなど、日本文化に対する理解を促進しようという試みも
なされている。そのほか、大使館も自らが主催する茶会・生花・映画会
などについての広報を積極的に行う意向である。また、日本語教育につ
いての最新情報も提供している。
このような状況の中で日本語専攻の新入生は、日本語を学習する理由
として次のようなものをあげている。
( 1 )日本の経済力、技術的な水準の高さに対する関心
( 2 )日本の生活や経済発展に対する関心
( 3 )日本文化に対する興味
( 4 )日本語そのものに対する興味
( 5 )ほかの人からの勧め
以上のように、学生の側からは日本語・日本人・日本文化への関心も
あがっているが、実際の学習動機は少し異なるようである。日本の文化
等について勉強するというよりも、経済大国である日本のことばを習い、
社会に出て日本と関係のある仕事をしたいというのが実態のようである。
このようなことは他の国の学生にも見られることであろう。彼らが学科
に入学してから見ると、やはり皆一様に、就職を非常に強く意識してい
ることがよく分かる。言葉をかえれば、文化などの精神的な面への関心
というよりも、物質的なものが学習動機の中心にあると言える。この学
習動機の偏りは、学生の個々の問題ではなく、サウディ全体に日本から
の情報が少ないということが原因となっている。しかしながら、入学し
た後日本文化に触れるにつれて、学生達も勉強を続けたいという熱意を
持つようになる。実際、1999年2月にカイロで行われた日本語能力検定試
験を受験し、2級に合格した学生もいる。さらに日本的な謙虚な姿勢、礼
儀などを身に付ける学生も多い。
それでは、日本語専攻コースの学生は卒業後、どのような就職を希望
─ 57 ─
しているのであろうか。学生に聞くと、日本企業や日本大使館やサウディ
の外務省、いわゆる外交官コース、日本語の翻訳・通訳者、日本語教師
などである。しかし、実際問題として、就職は非常に難しい状況にある。
1994年から 1998年まで 3年制のディプロマコースで、7名の卒業生を送り
出した。1名は TOYOTA のリヤド支店、もう 1名はリヤド銀行、3人目は
サウディ・アラビアの航空会社に就職したが、3人とも日本語には関係の
ない仕事に就いている。残りの 4名は当コースが 5年制に昇格した 1998年
9月に大学に戻り、BA コースに編入している。確かに卒業生の日本語能
力がどの程度のものであるか疑問もあろうが、労働市場も非常に厳しい
状況である。例えば同じアラブの国エジプトでは観光産業が発達してい
るが、サウディでは観光が認められていないので、日本語専攻を卒業し
ても日本語を使う就職口がほとんどない。専攻を生かした仕事がサウディ
内に増えることを望んでいる。
4.教育内容および教材とその問題点
1 )カリキュラム
大学での日本語専攻コースでは、学部が定めた教育目標に沿ってカリ
キュラムを作成している。その教育目標では、5年間の言語の基礎教育と
共に、通訳・翻訳者の人材を養成することが掲げられている。当大学で
は前述したように学年制ではなく、半年ごとのセメスター制を採用し、1
セメスターは 17週間として計算している。日本語専攻が発足した時は、
3年制のディプロマコースだったため、カリキュラムも 3年のもので、第
1 レベルから第6 レベルまでであった。しかし、1998年の 9月から 5年制へ
昇格したのを機に、カリキュラムも 5年のものになり、レベルは第10 レ
ベルまで設定されるようになった。そのカリキュラムは次表の通りであ
る。
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サウディ・アラビアにおける日本語教育
[6]
〈カリキュラム表〉
第1 レベル
科目
第2 レベル
時間数
科目
時間数
聴解 1
3
聴解 2
3
語彙 1
3
語彙 2
2
筆記 1
4
筆記 2
4
読解 1
4
読解 2
4
発話 1
4
発話 2
3
文法 1
2
文法 2
2
辞書の技能
2
週計
20
週計
第3 レベル
科目
20
第4 レベル
時間数
科目
時間数
応用文法
2
筆記 4
2
筆記 3
3
翻訳学
2
聴解 3
3
聴解 4
2
読解 3
3
読解 4
2
発話 3
3
発話 4
2
日本文化読解 1
2
週計
14
週計
第5 レベル
科目
12
第6 レベル
時間数
科目
時間数
Text Linguistics
2
同時通訳 1
2
文体論
3
双方向通訳 1
2
言語学
3
連続通訳 1
2
意味論入門
3
翻訳(イスラーム)
2
翻訳(自然科学)
2
翻訳(軍事)
2
翻訳(人文学)
2
翻訳(経営学)
2
比較文化
2
翻訳(薬学)
2
翻訳(工学)
2
翻訳(マスメディア)
週計
17
週計
─ 59 ─
2
18
第7 レベル
科目
第8 レベル
時間数
科目
時間数
日本文化読解 2
3
翻訳(政治学)
2
アラビア語化
2
翻訳(教育)
2
翻訳(社会学)
2
連続通訳 2
2
翻訳(商業)
2
翻訳(安全保障)
2
翻訳(コンピュータ)
2
週計
7
週計
第9 レベル
科目
12
第10 レベル
時間数
科目
時間数
翻訳(法律)
2
双方向通訳 2
2
翻訳(石油化学)
2
要約と翻訳
3
翻訳(農業)
2
翻訳の問題点
3
翻訳(文学)
2
同時通訳 2
2
翻訳プロジェクト
週計
4
12
週計
10
1∼10 レベルのうち、1999年9月現在で学生が在籍しているのは、4、5、
9 の 3 つのレベルである。1995年の 2月から 1999年9月までの間、10回の
セメスターがあったにもかかわらず、実際に学生が入学したのは 3回の
みであった。
日本語の学習時間は〈カリキュラム表〉で述べているように、第1 レベ
ルは週あたり 20時間、17週間で 1 セメスターとなるので、計算すると第1
レベルの総学習時間数は 340時間(試験時間も含む)となる。また、1∼
10 レベルまでの総学習時間数は 2,380時間となる。
さらに全レベルの一週間の学習時間数を合計すると、140時間となる。
したがって仮に 1∼10 まですべてのレベルの学生が存在するとなると、1
週間に 140時間教えることになる。
カリキュラムを概観すると 2 つの段階に分けられることに気づく。1 つ
目は第1 レベルから第4 レベルまでであり、言語の 4 つの技能の基礎固め
をし、それを前提として実用能力を高める段階である。もう一方は、第5
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サウディ・アラビアにおける日本語教育
レベルから第10 レベルまでであり、もっぱら翻訳・通訳のできる人材の
養成がなされる段階である。もちろん以上のカリキュラムは立派なもの
であるが、日本語専攻の教育としてはその実体に即していない点もある。
前述の通り、このカリキュラムには、大学側の指示で、日本語教員が独
自に作成することができないという制約が課せられているのである。言
語翻訳学部では、どの言語のコースでも全く同じカリキュラムである。
以下にその問題点を列挙する。
( 1 )日本語教育独自の学習項目となる漢字などの学習時間がなく、日本
語の文法を学ぶ時間が設定されているのは第1、2、3 レベルだけで
あり、しかも各レベル 2時間づつである。
( 2 )日本文化を学ぶ時間が少なく、日本語中心のカリキュラムである。
つまり、言葉としての日本語の習得に重点が置かれているのである。
しかし、言葉は実社会を抜きにしては理解することができないので、
日本に関する一般教養程度の歴史や日本事情の科目を設けることが
必要であろう。
( 3 )日本語専攻コースにも軍事・工学・医学などの翻訳という授業が設
定されているなど、非常に専門的な内容が、2年間しか日本語を勉強
していない学生に対して設けられている。
( 4 )卒業直前の第9 レベルではその終了時に、卒業論文に相当する翻訳
プロジェクトというものを提出しなければならない。これは、日本
語の本をアラビア語に翻訳しなければならないというもので、大変
難しいものである。例えば英語専攻の学生であれば、英語は小学生
や中学生の頃から勉強しているのでこのような課題は充分理解でき
るものであるが、ゼロからスタートする日本語専攻の学生にとって、
わずか 4年間のコースでは、それ程までの能力を得るのは容易なこ
とではない。
上述したことから判断できるように、現在日本語専攻コースが採用し
ているカリキュラムが日本語専攻独自のものになるよう、その改善・整
─ 61 ─
備について、真剣に議論されるべきであり、大学もそれに向けて努力し
ているところである。
2 )教材と教授法
使用している教材は母国語であるアラビア語で書かれた自作教材以外
はすべて日本で制作・出版されたものである。
最初の 2年間(第4 レベルまで)で基礎的な文型や語彙を教え、アラビ
ア語で書かれた自作の教材・練習問題のほかに、教科書として主に『ア
ラブ人のための日本語』
、
『みんなの日本語Ⅱ』、
『基本漢字500 vol. 1 』、
『コ
ミュニケーションゲーム 80 』
、
『クラス活動集101 』などを使用している。
その他、
『となりのトトロ』など日本のアニメを題材にして、学生の意欲・
関心を高めようと努力している。
3年目(第5 レベル)から人文学、自然科学、軍事、工学などの翻訳の
科目がほとんどになるが、まだ学生の日本語能力が不十分であるので、
ふさわしい教科書が見つからず、いろいろな教材や雑誌、新聞などをも
とに自作教材を作るなどして、対処している。
また実際の問題として、日本語の基本的な文法、漢字を教えなければ
ならないのに、カリキュラムでは翻訳の科目がほとんどで、漢字などの
科目が設定されていない。そのため仕方なく、カリキュラムを無視して
常用漢字や中級程度の教材を使用し、常用漢字を学生に覚えさせるよう
努めている。教材としては『基本漢字500 vol. 2 』、『日本語中級』、『読解
20 のテーマ』などである。
教授法については、日本人の教官はほとんど直接法を使用し、聴解、
発話(会話)
、作文を教えている。エジプト人スタッフは、直接法を試み
ているが、学生への配慮から、状況に応じてアラビア語を媒介語にして
教えることもある。
5.教員不足の問題
日本語専攻が属している当大学の言語翻訳学部の独立した棟はまだで
きていない。文学部の中に併設されており、LL 教室をはじめ、施設・設
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サウディ・アラビアにおける日本語教育
備は充実している。教員には個人用の研究室も与えられる。また言語翻
訳学部の図書室も充実しており、英語・アラビア語関係の雑誌、辞書な
どがある。さらに大学中央図書館も立派なもので、検索もすべてコン
ピュータで行うことが可能であり、英語・アラビア語による日本関係の
蔵書も豊富である。日本語教育関係の蔵書も、国際交流基金から提供を
受け、整備されつつある。
しかしながら、現在直面している一番大きな問題は、教員の不足である。
先に述べたように、キングサウード大学の制度では 1年を 2 セメスターに
分け、半年ごとに学生の入学を認めているので、5年制といえども 10 の
レベルの学生を教えることになる可能性もある。全部のレベルの学生が
存在したとすれば、1週間に 140時間も授業時間を持つことになる。確か
に教員数は足りないが、当初ディプロマコースであったのが、1998年9月
から 5年制の BA コースに昇格したということで、日本語専攻コースの安
定に向けて一歩前進したと言えるであろう。さらに、今年度より、国際
交流基金からの派遣教師がもう1人増員となり、現在スタッフは4人となっ
た。しかしながら、それでもカリキュラムを忠実に実施するためには、
まだ不足していると言わなければならない。
6.おわりに ─ 課題と今後の展望 ─
サウディ・アラビアでの日本語教育は始まったばかりであり、発展・
安定に向けて前進しているが、
多くの課題が残されている。第一の問題は、
キングサウード大学でしか行われていないということである。同大学の
日本語専攻コースの学生以外にも、日本語を勉強したいと考えている一
般社会人、
他大学もしくは他学部の学生は少なからずいるのである。実際、
聴講という形で受講できないものかという問い合わせが毎年いくつか来
ている。しかしながら大学が聴講を認めておらず、日本語専攻コースに
在籍している学生以外は受講が許されない。これは非常に残念なことで
ある。サウディの一般の人が日本語を勉強することができるような機会・
場を広げていくことが重要である。例えば大使館で日本語講座が開かれ
れば、大きな成果が得られることであろう。
─ 63 ─
特にキングサウード大学の日本語専攻コースに限って考えると、例え
ば、上述したカリキュラムの改善の問題も大きな課題である。もちろん、
カリキュラムの改善はサウディ・アラビアの当日本語専攻コースだけの
問題ではない。日本語教育が行われている諸外国、また今後ますます増
えるであろう日本語学科または日本語専攻コースにおいて、どこまで各
自の特色をカリキュラムに打ち出せるかは大きな課題であろう。
また、教材に関しても課題は多い。まず、現在出版され利用可能な教
科書には英語話者を対象としているものが圧倒的に多い。アラブ人学生
の英語力の問題は別にしても、やはり学習者の母語で書かれた教科書、
教材、辞書などがあれば学習効率も上るので、開発を急ぐことが必要で
あると思われる。そのような教材開発や企画のための協力、物質的・精
神的援助が必要である。
さらに、日本語専攻の学生と「日本」との接触場面をもっと増やす必要
がある。実際サウディ・アラビアでは、学生が日本語の会話をするチャ
ンスはおろか、日本語を目にする/耳にすることもほとんどない。結局
学生は与えられた教科書の中だけという、限られた状況に閉じ込められ
てしまうことになる。なるべく多くの学生に「日本」に触れる機会、欲を
言えば日本見学などの機会が与えられたら、学生の学習意欲もより高ま
るであろう。言語の習得を完全なものにするためには、その言語が話さ
れている国の文化を勉強し、その国に短期間でも滞在し、密接なコンタ
クトをとることが必要であろう。そのために、訪日研修の枠を広げて多
くの学生に日本見学の機会を与えられることができるよう、努力してい
きたい。
サウディ・アラビアの日本語教育は始まったばかりである。歴史もあ
り大きな成果を上げているカイロ大学日本語・日本文学科を良き目標と
し、地盤を固めて行きたい。その第一歩として、キングサウード大学の
学生がカイロ大学で毎年行われている「日本語弁論大会」に参加できれば
と考えているところである。これはキングサウード大学の学生にとって
大きな刺激となり、学習意欲を高めるうえで非常に効果的であろう。日
─ 64 ─
サウディ・アラビアにおける日本語教育
本とサウディ・アラビアそして大学のエジプト人・日本人スタッフがよ
り堅く結束し、努力する必要があるのはもちろんだが、カイロ大学をは
じめ、様々な関係者の方々の御指導と御協力を希望する次第である。
最後に、カイロ大学日本語・日本文学科の 25周年記念のお祝いを述べ
るとともに、このような発表の場を与えてくださった皆様にお礼を申し
上げたい。
脚注
[ 1 ] もう一つイマーム大学というイスラーム宗教大学がある。
[ 2 ] 1993年9月開講の予定であったが、実際にスタートしたのは翌年の 1994年2月である。
サウディ・アラビアのビザ発給に予想した以上の時間を要し当初の予定よりも遅れ
てしまったが、1993年9月に日本人教員1名が、同年11月にエジプト人教員が、次い
で 94年11月にもう一人エジプト人教員が着任し、教員スタッフは 3名となった。そし
て翌年の 1995年1月1日から言語翻訳研究所が文学部より独立し、言語翻訳学部に昇
格した。それに伴い、同学部内のアジア言語学科日本語専攻コースとなった。最初
は 3年制のディプロマコース、つまり短大扱いだったが、1998年9月から 5年制の BA
コースへ昇格した。
[ 3 ] 大学の修業年限は通常4年であるが、もちろん医学部のように 7年制のところもある。
当言語翻訳学部は 5年制となっている。
[ 4 ] 外務省編集協力「世界の国シリーズ」1998年5月、No.602 p.8。
[ 5 ] 『アエラ』、朝日新聞社 No.51 1998年12月14日
[ 6 ] この表には日本語の授業だけを記載した。実際には、学生はこの他に一般教養科目
を学ばなければならない。一般教養科目の学習時間は、週計を全レベルで合計する
と 34時間、5年間で 578時間となる。
─ 65 ─
著者略歴
ハリール・カラム
KHALIL Karam
エジプト国立カイロ大学教授・博士
在日エジプト・アラブ共和国大使館文化参事官
学歴
1980年7月
エジプト国立カイロ大学文学部日本語日本文
学科卒業
1981年4月
筑波大学大学院修士課程地域研究、研究科
入学
1984年7月
同大学大学院同研究科修了
1988年3月
同大学大学院同研究科文学博士学位取得 修了
職歴
1993年11月 サウディ・アラビアキングサウド大学言語・
翻訳学部アジア言語学科日本プログラム日本
語専任講師( 2002年6月まで)
1995年9月
サウディ・アラビアキングサウド大学言語・
翻訳学部アジア言語学科日本語プログラム主
任( 2002年6月まで)
1996年
エジプト国立カイロ大学文学部日本語日本文
学科准教授
エジプト国立アインシャムス大学言語学部日
本語科日本語非常勤講師(現在に至る)
2003年11月 エジプト国立カイロ大学文学部日本語日本文
学科教授(現在に至る)
2003年12月 エジプト国立カイロ大学文学部日本語日本文
学科長(現在に至る)
2004年
エ ジ プ ト 文 化 省 supreme council of culture
( SCC )翻訳委員会(現在に至る)
2005年 7月 在日エジプト大使館 文化参事官として来日。
現在に至る。
─ 66 ─
サウディ・アラビアにおける日本語教育
業績
( 1 )著書
①『 ア ラ ブ 人 の た め の 日 本 語 』共 著( カ ラ ム ハ リ ー ル と
ファーリス シハーブと阿部俊之)アハラム新聞社、カイ
ロ、 エ ジ プ ト、2001年、 本 文: 日 本 語 と ア ラ ビ ア 語。
570 ページ
②『日本近、現代文学における文学運動』ヤママ新聞社、リ
ヤ ド、 サ ウ ジ ア ラ ビ ア、1999年、 本 文: ア ラ ビ ア 語。
349 ページ。
③ 博士論文『日本中世における夢概念の系譜と継承―日記
と和歌を中心として―』筑波大学大学院博士課程 歴史・
人類学研究科 史学専攻文学博士学位請求論文、
1987年(昭
和62年)11月 日本語、ワープロ A4 349 ページ。
④『日本中世における夢概念の系譜と継承』
(雄山閣1990年9
月5日)日本語、博士論文1 の基本的部分、第四章の三・四・
五、五章を削除して、第六章を付論とした。328 ページ。
⑤「一人のムスリムとして『羅生門』を読む」216∼219 ペー
ジ『私的日本文学案内』ほるぷ出版、東京、1985年1月、
pp.216 219
( 2 )論文
①「代表的戦後派文学作家 三島由紀夫」
『カイロ大学文学部
紀要』第61巻、第3号、2001年7月、pp.251 278 本文:
アラビア語 概要:日本語
②「代表的戦後派文学作家 大江健三郎と 1994年のノーベル
文学賞」
『カイロ大学文学部紀要』第61巻、第1号、2001
年1月、pp.383 409 本文:アラビア語 概要:日本語
③「日本近代文学における浪漫主義文学運動」
『カイロ大学文
学部紀要』第59巻、第3号、1999年7月 本文:アラビ
ア語 概要:日本語
④「第二次世界大戦前・戦中の日本文学運動」
『カイロ大学文
学部紀要』第58巻、第3号、1998年7月 本文:アラビ
ア語 概要:日本語
⑤「日本文学における自然主義文学運動」
『サウディ・アラビ
─ 67 ─
アキングサウド大学言語・翻訳学部紀要』第10号、1998
年 本文:アラビア語 概要:日本語
⑥「日本詩の二形態 < 短歌と俳句 > につて」
『フスール学術文
学雑誌』、1996年 本文:アラビア語 概要:日本語
⑦「日本のシェークスピア 劇作家近松門左衛門について」
『サウディ・アラビアキングサウド大学言語・翻訳学部紀
要』第1号、1995年 本文:アラビア語 概要:日本語
⑧「日本近代文学における写実主義文学運動」
『カイロ大学文
学部紀要』第55号―3号、1995年7月 本文:アラビア
語 概要:日本語
⑨「川端康成とノーベル賞」
『カイロ大学文学部紀要』第61
号、1994年2月、pp.109 147(全40 ページ)
⑩「中世仏教者と夢」日本思想史懇話会編集・季刊『日本思
想史 特集:外国人の日本研究Ⅱ』No.34、1990年1月、
ぺりかん社、pp.72 80(全9 ページ)
、1987年10月25日
の日本思想史学会の発表に修正補筆。
⑪「明月記にみる夢の考案」社会文化史学会編『社会文化史
学』第24号、1988年、pp.27 42(全16 ページ)、第23回
社会文化史学会の研究発表に修正補筆。
⑫ 修士論文「俊成卿女と和歌美学 ― 中世の展開と関連して
―」筑波大学大学院地域研究研究科に 1984年4月提出。
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