経営理念は経営指針の根幹 (一)経営理念とは (二) いろいろな不安

経営理念は経営指針の根幹
(一)経営理念とは
「理念」とは『広辞苑』(岩波書店)によると、「事業・計画などの根底にある根本的な
考え方」とあります。
企業の目的とは、いったいなんだろうか、それを根底にしてわれわれはどのような企業
を目指すべきか、企業の目的・使命と存在意義と、顧客、社員等、企業経営上のキーファ
クターに対して企業が持つべき共通の基本姿勢、行動基準を定めたものが経営理念です。
良くない経営理念の例として、よく引き合いに出されるのが、倒産した E 社の「頭を使
って知恵を出せ、知恵の出ないものは汗を出せ、知恵も汗も出ないものは静かに去れ」と
いうものです。
経営理念の策定にあたっては、経営者の人生観・社会観・価値観・世界観−ものの見方、
考え方、生き方−が色濃く反映するものです。
現在は、また「物の豊かさ」から「心の豊かさ」を優先させる人が多くなっており、社
会全体の意識水準も高くなっています。
中小企業においても労働条件の改善もさることながら、従業員が生きがいを感じること
ができる職場づくり、環境づくりを行なうことが、人材確保のための重要な課題となって
います。
こうした職場づくり、環境づくりにあたって、中小企業においては、経営者の経営理念
がとりわけ強く反映されます。
したがって、良質な人材を中小企業が確保していくうえで、従業員にとって魅力ある経
営理念を経営者が提示できるか否かが大きな課題となります。
(二)
いろいろな不安、迷い、疑問
経営理念の策定にあたって、いろいろな不安、迷い、疑問が出されます。
①「理念」ができれば自分もそれなりに拘束されるのではないか。
②そのような合理的な正当な共通理念というものがつくれるものなのか。
③それはあくまで理想であって「願望」にすぎない。
④自分はそれなりの考えをもっているが、それをまわりの人に押しつけたくない。
⑤逆に「おれの考えはこうだ」、だからおれの考えについてくるべきだ、など。
従業員の問でも、それは経営者の考えることであって、われわれには関係がない、とい
うのがおそらく多数ではないでしょうか。
しかし、よく考えてみれば、これらはそれぞれその人の人生観、哲学であるといえます。
企業と自分とのかかわりのなかで(経営者として、あるいは従業員として)、企業をどの
ように見るか、どう考えるか、自分はそのなかで、いかに生くべきか。
うちの社員は「なかなか口を開こうとしない」と中小企業経営者はよくいわれます。社
員のほうも、「うちの社長の考え方がよくわからない」という声の多いこともたしかです。
それぞれのおかれた立場、とくに経済的な立場によって、ものの見方・考え方も自然にち
がってきます。
人は知らず知らずのうちに、個人的な経験のなかで、自分なりの人生観・世界観を身に
つけているものです。年齢が高くなるにつれて固定化しがちです。しかも、その人生観で
ある程度成功してきた場合には、その人生観にたいする信頼、信念というべきものにさえ
なります。
(三)消極的な人生観から積極的な世界観へ
人の人生観・世界観はさまざまで、十人十色であることは間違いありません。それは人
生の豊かさを示すものです。ここで、人生観には二通りあることがわかります。一つは、
人生観はばらばらなものであってあたりまえなのだ、それでよいと考える、消極的な人生
観。
もう一つは、人の人生観・世界観は、さまざまなのだが、しかし共通するものを見出し、
あるいはつくりあげることができる、それが組織をよくする大きなカになる、そのことが
より人間的な生き方だと考える積極的な人生観です。
それぞれが個人的な経験や先入観にとじこもった職場から、それぞれが積極的な人生観
を持って、自分の人生と企業発展のための共通の目標を見出し、生きがい、働きがいのあ
る職場づくりをめざすような職場に、どう変えていくか。
そのためには、まず経営者が積極的な世界観を持ち、従業員にたいして積極的に問題を
提起し、「共に考え、悩み、学び、育ち、幸せをつかんでいく」姿勢と行動が大切です。
経営理念は、決して、その人の人生観・世界観・価値観を規制しようとするものではあ
りません。
企業の存続と発展、従業員の幸せをめぎす企業の根本的なあり方を、同友会の仲間や社
員とともに考え、語り合うことにより、お互いに、お互いの人生観をより豊かにするもの
です。
経営者が社員と共に語り合うことは、おたがいにパートナーとして認め合うことであり
ます。経営者が同じ経営者の仲間同志で語り合うことは、中小企業の未来を共に考えるこ
とです。
(四)科学性、社会性、人間性を追究する世界観を
中同協は、その「経営指針の確立・成文化」運動のなかで、
「経営理念は科学性、社会性、
人間性の三つの要素がなくては、全ての人が納得しないし、自ら確信するものになりにく
い」(1981 年度、中同協の活動方針)という重要な教訓をまとめています。
企業の科学性とは、経営環境の変化に科学的に対応し、目に見えない消費者の潜在的な
ニーズを掘りおこし、それぞれの企業が特長を発揮し、製品・サービスを社会に提供して
いくこと。経営の原則を踏みはずさず、たえず経営の革新に挑戦していくこと。
企業の社会性とは、企業が社会的諸関係の中で存在していることを自覚し、消費者、地
域社会、従業員、仕入先、金融機関等に対する社会的責任を全うし、地域社会から信頼さ
れる企業づくりをめざしていくこと。
企業の人間性とは、基本的には、
「従業員を利益追求の手段としてみるのではなく、最も
信頼しあえるたのもしいパートナーとなり得る」(『同友会運動の発展のために』
)という考
え方を基本とするものです。
全社員が誇りの持てる企業づくり、将来性のある企業づくり、夢がもて、安心して働け
る企業づくり、働くことを通じて生きがいと、豊かな人間形成のはかれる職場づくりをめ
ざしたいものです。
「経営理念」は、企業のあるべき姿、社会に対していかなる存在価値を主張するのか、
それを実現するための基本姿勢、行動基準を明文化し、全社員の共通の目的理念と行動理
念とするものです。
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㈱千代田エネルギーの経営理念
>
私達はお客様と社員、その一人一人を大切にし、より質の高いガソリンサービスステー
ションの構築・運営と、車社会に関連する事業の充実を通じて、安全で豊かな社会の創造
に貢献します。
一、お客様第一主義を貰く
質の高いサービス、すぐれた技術によってお客様に満足していただくことが、私達の事
業目的です。全力をつくして、より大きなお客様の満足と信頼を提供し、社会への貢献と、
会社の発展を図ります。
二、働きがいのある会社をつくる
すべての社員とカをあわせ、働きがいのある会社をつくります。社員一人一人が、自分
の能力を十分に発揮し伸ばし、豊かな生活と明るい将来を築くことができる。そのような
企業をめざします。
三、限りなき挑戦を行なう
会社を、より大きく発展させ続けることは、より大きく社会に貢献し続けることになり
ます。今日より明日、今年より来年へと、より大きなお客様の満足と、働きがいのある会
社の創造をめざし、限りなく挑戦し続けます。
(五)魅力ある経営理念づくり
価値あるユニークな商品開発、サービスを提供するためには、社内においてもそれにふ
さわしい組織風土が形成されなければなりません。
個性あふれる経営理念を設定するには一人で考えていたのでは、決して出てくるもので
はありません。
どのような企業づくりをめざすのか、初心にかえり、過去をふりかえり、考えることも
大切です。
また、経営理念をもち、経営力のある、しっかりした経営者の「ものの見方・考え方・
生き方」を観察し、その人たちの言葉に耳をかたむけることも大切です。
幹部社員と十分に話し合い、全社員にアンケートを出し、企業を良くするために、職場
をよくするために、どうしたらいいかを、ひと言でもいいから書いてもらうことも一つの
方法です。そのことを実行したところ、職場から六十項目にわたる声が出てきたと語る経
営者もいます。それを見た幹部は、これは労働組合の要求だとびっくりしたそうですが、
その経営者は「いや、これは私の貴重な宝ものだ」、「これをもとにじっくり考えてみたい」
といっていました。社員の声の底にある本当の気持ち、願いをつかむことが重要なのです。
「経営理念」の策定は、経営革新の出発点です。経営者自身が、まず自らが積極的な人
生観を持ち、心を開いて行動することから始まります。
(六)経営理念の成文化の要領
経営理念は、その会社の顔のようなものです。
「私たちはこういう考えで、こういう会社を目ぎし、社会的に貫献したいと考えています」
ということをアピールするものです。経営理念の成文化は、次のような要領で試みてくだ
さい。
①利益は、企業の目的なのか、どうか、これが経営理念成文化にあたっての根本的な問
題です。企業の目的・使命はあくまで社会的貫献であること、利益は企業の社会的貢
献の結果であり、社会的貢献を果たすための原資、資本コストであると認識すること
が大切です。
②気ばらず、構えず、常識的言葉を選び、簡潔に箇条書きで、せいぜい五項目以内でま
とめます。
③経営理念をアピールするいろいろな場面を想定して見直して下さい。例えば、お客様、
取引先、取引銀行の支店長に向かって、また学校の先生、社員採用の面接で学生に対
して、社内の朝礼のときも想定してください。
④同友会の経営指針セミナーでは、順番に一人ひとりが自分の成文化作品を、お互いに
見せ合い、こういう考えでこういう気持ちを表現したものであることを説明し、披露
し合っています。
⑤その場合、まず、相手の考え、気持ちを理解する立場で語句の意味、中身を質問し合
い、お互いに相手の考え方をつかむことが大切。
⑥その後は、率直に自由に批評し合って、それぞれが個性豊かで、しかもみんなが納得
のいくようをものにねりあげるよう援助し合って下さい。
経営理念の成文化は、きわめて原則的なもとなります。その中身は奥深く、きびしいも
のです。単に成文化に終わらせることなく、経営者自らが率先垂範し、経営理念が経営者
の身体からにじみ出るものにしたいものです。そして「経営理念」を社風化していくこと
が求められます。
経営理念成文化の事例
経営理念は、企業活動の意義についての根本的な考え方を示したものです。「企業の目的
はなにか」(目的理念)と、そのために私たちは「どのように行動していくのか」(行動理
念)を明確にします。
目的理念は、企業のあるべき姿。事業の目的・使命、社会的貢献のあり方(対外的)と、
働きがいのある会社づくり(対内的)の 2 つです。行動理念は、人間集団のあるべき姿。
目的理念を実現していくための全社員の共通の行動のあり方です。目的理念、行動理念に
ついて、科学性、社会性、人間性の視点を踏まえて明確にすることが重要です。あるべき
姿の自覚がアイデンティティです。
事例−1
㈱サヤカ(東京同友会・製造業)
人間的なふれあいを大切にし、技術の向上で応える
1. 私達は、人間のしあわせと社会の進歩に、自分たちの仕事が少しでも役立つことを
めざします。
2. 私達は、一人一人のもって生まれた個性を発揮し、発展させることのできる人間の
集団となることをめざします。
3.
私達は、自覚的規律で結ばれた、自立した人間の集団となることをめざします。
4.
私達は、現状に甘んじず、常に個人と組織の創造的向上をめざします。
事例−2
1.
㈱アイワード(北海道同友会・総合印刷業)
私たちは<文字>や<画像>が「知性」や「感性」の豊かな運び手として、政治・
経済・文化・生活に果たす役割を大切に考え、それらを印刷メディアや電子メディ
アを通して、広く社会に伝えるお手伝いをすることを自らの責務とします。
2. 私たちは共に学び合い育ち合って、真心のこもったサービスと、より良質の製品を
提供できるよう努力し、結果として環境や労働条件が改善され、従業員が「幸せ・
ゆとり・豊かさを味わえる」会社づくりをめざします。
事例−3
広島洋紙㈱(広島同友会・卸売業)
1. 我々は、よりよい商品を、より充実したサービスをもって、より安く、安定供給でき
る企業をめざします。
2. 我々は、企業を人間成長の場と考え、人格の向上を目指して、お互いに切磋琢磨する
ことによって、より豊かな人間となるよう心掛け、世のためみんなのためになること
を目指します。
3. 我々は、全員参加の民主的運営によって、力を結集して今何を為すべきか、また何が
できるかを追求し、これらをつぎつぎに実現するために挑戦していきます。
社訓
「やってみんさい」